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(1)

復興リーダー会議

Discussion Paper

No.

5

2012

6

スポーツの秘める無限のパワー

西村雄一

(公財)日本サッカー協会プロフェッショナルレフェリー/国際主審

(2)

この

Discussion Paper

は、所内で行なわれた復興リーダー会議における講 演をもとに作成されたものである。なお、本

Discussion Paper

は執筆者個 人の見解に基づくものであり、所属機関の公式見解を示すものではない。

復興リーダー会議

Discussion Paper No.5

2012年6月

スポーツの秘める無限のパワー

(3)

 日本のサッカーはおおいに盛り上がっている。  サッカー日本代表は

2010 FIFA

ワールドカップ南アフリカ大会で決勝トーナメントに進 出し、

2011 AFC

アジアカップではアジアナンバーワンに輝き、なでしこジャパンはフェ アプレーを貫いて

2011FIFA

女子ワールドカップで優勝し、フットサル代表も

2012 AFC

フットサル選手権でアジアナンバーワンに輝いた。  そしていま、サッカー日本代表は

2014 FIFA

ワールドカップブラジル大会に向けて、ア ジア最終予選の険しい道のりを進んでいる。現在、ホームで行なわれたヨルダン戦、オマ ーン戦でともに勝利を収め、先日アウェイで行なわたオーストラリア戦では、惜しくも引 き分けに終わり、その試合でのレフェリーの判定がお茶の間の話題にあがった。  

2

年前に行なわれた

2010 FIFA

ワールドカップ南アフリカ大会で私は、開幕日から最終 日までの

43

日間滞在し、合計

7

試合を担当した。準々決勝のオランダ対ブラジル戦では、 ブラジル選手の乱暴な行為に対するレッドカードの判定を下し、さらに、日本人初となる

FIFA

ワールドカップ決勝戦での第

4

の審判員を務めた。世間で審判への関心がおおいに 高まった大会だった。

サッカーレフェリーの基礎

 サッカーでは、主審・副審

1

・副審

2

・第

4

の審判員の計

4

人のレフェリーが判定を行 なっている。主審はフィールドをホームベンチに近いコーナーから対角線に動き、二人の 副審はそれぞれ片側のタッチラインを受け持っている。そして、第

4

の審判員が、両ベ ンチの間の中央にいて、選手交代やテクニカルエリアの管理などを担当している。つまり、

4

人のレフェリーでプレーを挟んで監視し、お互いに協力して正しく判定していくという のが基本的な審判法(対角線式審判法)である。  この

4

人審判員制で最も難しい判定はゴールインの判定である。

2010 FIFA

ワールドカ ップ南アフリカ大会でも、

VTR

で確認するとボールがゴールに入っているように見える が、その時はゴールインの判定がされなかったという残念な判定ミスがあった。そこでヨ ーロッパのリーグでは、この

4

人審判員制の限界を克服するために、ゴールインの判定 を主に確認する「追加副審」をつけるという試みも行なわれている。

2014 FIFA

ワールド

スポーツの秘める無限のパワー

西村雄一

(公財)日本サッカー協会 プロフェッショナルレフェリー/国際主審

(4)

カップブラジル大会では、ゴールインの判定に関して何かしらの対策が施される可能性が 高いだろう。  

FIFA

の主催する大会は世界中の国際審判員によって担当され、その国際審判員にはパ スしなければならない体力テストの基準がある。男子国際主審は

40m

6.2

秒以内で走り、 これを

1

分半間隔で

6

回行なう。この種目では、できるだけ速くしかも一定に走ること が求められている。これは、試合の中で何度走っても同じようなクオリティが出せるよう にするための狙いがある。さらにその後、

150m

30

秒で走り

50m

35

秒かけて歩く、 というインターバルを

20

回行なう。この種目では、心拍計(ハートレートモニター)の 上がり下がりのデータを見て心肺機能やスタミナが整っているかを判断される。男子国際 副審は、同じく

40m

走を

6.0

秒以内で

6

回、インターバルでは

150m

走(

30

秒)

50m

歩 (

40

秒)を

20

回行なう。女子国際主審は

40m

走を

6.6

秒以内で

6

回、インターバルでは

150m

走(

35

秒)

50m

歩(

40

秒)を

20

回行ない、女子国際副審は

40m

走を

6.4

秒以内で

6

回、インターバルでは

150m

走(

35

秒)

50m

歩(

45

秒)を

20

回、と厳しい基準をクリ アすることが課せられている。

サッカーレフェリーの世界

 私は、専門学校を卒業後、都内の企業に就職し、

10

年間営業マンとして働いた。

1990

年にサッカー

4

級審判員の資格を取得し、

1999

年に

1

級審判員に昇格し、現在

J

リーグ の審判を担当することで生計を立てている。

1

年を通して国内の試合と並行して海外の試 合も担当し、現在

40

歳で

22

年目のシーズンを迎えている。レフェリーの世界では、こ れからが脂ののる時期を迎えるといわれている。  国際審判員になるためには長い期間を必要としている。審判員には競技規則を理解する ことはもちろん、たくさんの試合経験が必要だからである。生まれながらにして審判員と いう人は存在しないので、試合を担当する中で様々な経験と指導を受けて着実にステップ アップし、

JFA

審判委員会の推薦を受け、

FIFA

から国際審判員として承認されるのである。  世界のサッカーを統括している組織が

FIFA

(国際サッカー連盟)である。

FIFA

6

大 陸連盟(アフリカ・アジア・ヨーロッパ・北中米・オセアニア・南アメリカ)に分けられ ていて、日本は

AFC

(アジアサッカー連盟)に加盟している。  (公財)日本サッカー協会(

JFA

)の審判制度は、

4

級・

3

級・

2

級・女子

1

級・

1

級と資 格が設定されている。

1

級審判員の中に、プロフェッショナルレフェリーや国際審判員が 含まれている。  日本の国際審判員が

FIFA

ワールドカップ担当審判員に選ばれるためには、

AFC

エリー ト審判員に任命され、数年間かけて行なわれる

FIFA

レフェリーアシスタンスプログラム に参加することが最低条件となる。そして、様々な要素を総合的に判断され、

FIFA

ワー ルドカップ審判員が選抜される。

(5)

日本のサッカー審判員

 日本のサッカー審判員の登録者数(

2011

年度)は、サッカー

22

459

人、フットサル

2

3876

人の合計

24

4335

人で、日本は多くの審判員を保有するレフェリー大国なの である。  審判員の内訳を見ると、

4

級審判員が

18

5526

人で最も多く、

3

級審判員は

3

1439

人、

2

級審判員が

3287

人となっている。

1

級審判員は

207

人(うち女子

1

級審判 員は

34

人)で、それぞれの技量に基づきカテゴライズされ、

J

リーグ、なでしこリーグ、

JFL

などのトップリーグの試合を担当している。そのなかで、

J

リーグで審判をすること を職業としているプロフェッショナルレフェリーは

13

人。また、国際

A

マッチの審判が できる国際審判はわずか

24

人(男子国際主審

7

人、男子国際副審

9

人、女子国際主審

4

人、 女子国際副審

4

人)である。  国際審判員の中で

AFC

エリート審判員に任命されると、

AFC

が主催する各種大会を担 当することになる。現在行なわれている

2014 FIFA

ワールドカップアジア最終予選で日本 の国際審判員は、日本代表が戦っている

B

グループではなく、

A

グループ(ウズベキスタ ン、イラン、レバノン、カタール、韓国)の試合を担当している。これは、公平を保つた めの処置で、各国審判員は自国が入っているグループを担当することができないのである。

ワールドカップ審判員への道

2010 FIFA

ワールドカップ南アフリカ大会では、審判員は

3

1

組(

Trio

)で選抜され、 アジア・アフリカ・北中米からそれぞれ

4 Trio

、南米から

6 Trio

、オセアニアから

2 Trio

、 ヨーロッパから

10 Trio

の合計

30 Trio

90

人)が試合を担当した。

2010 FIFA

ワールドカップ南アフリカ大会の

30Trio

の選抜にあたって、

FIFA

3

年間 のプロジェクトを計画し綿密な選抜を行なってきた。

2007

4

月に最初のセミナーが行

(6)

なわれ、その後、

FIFA

主催大会でのパフォーマンスを評価し、

2007

10

月に

54

人の 主審が選抜された。さらに、同じようなプロセスを経て、

2008

10

月には

38Trio

に絞 られ、最終的には

2010

2

月に

30Trio

に決められたのである。

2014 FIFA

ワールドカップブラジル大会に向けて(

Road to Brazil"

)の選抜プロセスは すでに始まっていて、現在

52 Trio

が選抜されており、私もその中の一人に含まれている。 すでに

2012

ロンドンオリンピックのアポイントが入っているが、今後、

FIFA

クラブワ ールドカップジャパン

2012

FIFA

コンフェデレーショズカップブラジル

2013

FIFA

U20

ワールドカップトルコ

2013

FIFA U17

ワールドカップ

UAE2013

FIFA

クラブワ ールドカップモロッコ

2013

、のいずれかに参加して実力を見極められ、そして様々な要 素を総合的に判断して、

2014

2

月頃に

2014 FIFA

ワールドカップブラジル大会の担当 審判員が発表されることになる。

ユニフォームとボール

 ワールドカップでは

1

試合ごとに専用のユニフォームで試合を行なうことをご存じだ ろうか。例えば、今回の日本代表のユニフォームには、左胸の協会マークの下に黄色の糸 で、対戦カードやスタジアムなどが刺繍されている。

2014 FIFA

ワールドカップアジア最 終予選の日本対オーストラリア戦で、同じ

4

番の背番号を付けた本田選手とオーストラ リアのケーヒル選手がユニフォーム交換をしていたように、試合後、選手同士がユニフォ ーム交換をするのは、お互いの健闘を称える記念として、各試合専用のユニフォームだか らこそできることである。  私は、

2010 FIFA

ワールドカップ南アフリカ大会で主審を担当したオランダ対ブラジル 戦の、乱暴な行為によりレッドカードを示した選手のユニフォームを持っている。もちろ ん、レフェリーが選手からユニフォームを直接もらうことはない。これは、ブラジルチ ームスタッフが試合終了後に、「お疲れ」ということで

4

枚持ってきてくれた中に「

5

番」 が含まれていて、一緒に組んだレフェリーたちが「

5

番は西村が持っていたほうがいいよ」 と譲ってくれたのである。  また、ワールドカップでは

1

試合につき

22

個のボールが用意され、すべてのボールに 日付と対戦カードとスタジアムが印刷されている。試合後、使用球は担当した審判団に

1

個与えられることになっていて、私はブラジル対オランダ戦で実際に使われた、激しい戦 闘の跡が残る試合球を所有している。

サッカー審判員支援プログラム

2010 FIFA

ワールドカップ南アフリカ大会に選抜されたレフェリーたちは、

FIFA

レフ ェリング・アシスタンス・プログラム(審判支援プログラム)を受けた。このプログラムは、

(7)

審判技術部門(

Technical Area

)、医療部門(

Medical Area

)、審判フィジカル部門(

Physical

Area

)、審判心理部門(

Psychological Area

)、「気」の活用部門(

Energy Performance Area

) の

5

部門で構成されている。  「審判技術部門」は、選手同士がどのようにぶつかったらファウルにするのか、あるい はオフサイドの判定をどうするのかなど、審判技術を高めて一貫した判定基準を確立する プログラムである。  「医療部門」は、けがの予防や体調管理のためのプログラム。  「審判フィジカル部門」は、試合でレフェリーが体調に関する不安なく、自信を持って 動けるようにするためのプログラム。  「審判心理部門」は、精神面の充実をはかる目的で、メンタルリハーサル、メンタルプ レパレーション(心の準備)をしてゲームに臨む際の「心」の準備の他、いつも前向きに 考えるというポジティブシンキングや、お互いの仲間を信頼するチームワークの構築など についてサポートするプログラムである。  「『気』の活用部門」では、自分の持っている「気」の使い方を学ぶプログラムである。「気」 をどのように扱うのか、自分の気持ちをどうコントロールして相手に伝えるのか。また、 選手とのコミュニケーションをどうとるのか、選手に納得してもらうためにどのようなジ ェスチャーが必要なのか。さらに、審判員は目から入ってくる情報が大切なので、どれだ け視野を広くできるか、もしくは視野を急に絞ったり急に広げたりするようなトレーニン グ(スポーツビジョントレーニング)も行なった。  この

5

部門のエキスパートが各部門のインストラクターとして担当し、それぞれの審 判員が固有に持っている能力を最大限に引き出すことを目的として、審判員を支えてくれ

(8)

た。ちなみに、

5

部門のインストラクターのうち

2

人日本人が含まれていて、「医療部門」 は鍼灸師の妻木充法氏、「審判フィジカル部門」は内海俊雄氏が担当していた。

エナジーパフォーマンス

 「『気』の活用部門」のプログラムの中に、「ボディランゲージ」がある。「ボディランゲ ージ」とは、相手に自分の意思を伝えるための非言語コミュニケーション手段であり、「ジ ェスチャー」とは、自らを表現するときの位置、距離、視線、ちょっとした言葉、身振り や手ぶりのことである。ボディランゲージは、その人の外見やそれぞれの体格にも関係す る。相手のボディランゲージから、相手の意図や考えを発見、分析、感じることが重要で あり、自分のボディランゲージを用いて自らの感情や考えを表現し相手に伝えることが大 切である。  例えば、何かを伝えたいときに、「みなさん、いいですか」といって指を

1

本立てると、 ほとんどの人が注目してくれる。これがボディランゲージである。決してレフェリーだけ が使っているわけではない。誰もがいろいろなシーンでボディランゲージを使っている。  レフェリーが用いるボディランゲージには、自己感情(

energy

)のコントロールを含む。 なぜならレフェリーは、フィールドの上で起きているゲームに対応するとともに、その状 況に応じた自分と選手の感情にも対応しているからである。つまり、レフェリーボディラ ンゲージは、外観がどう見えるかではなく、レフェリーの感情、考え、姿勢、呼吸のバラ ンスなどを総合的に把握し、選手の感情を取り入れて、的確なジェスチャーを用いてボデ ィランゲージとして選手に表現することで、有効なゲームコントロールにつなげることが 目的である。  サッカーの試合では、

11

人対

11

人の選手がいろいろな感情を持って勝利に向かって戦 っている。例えば、

2

0

で勝っているチームの選手たちは、できるだけ時間稼ぎしよう と考えているかもしれない。一方、レフェリー側も、選手のいろいろな感情を感じながら、 フェアにプレーしてほしい、怪我をしないでもらいたい、スピーディーにゲームを進めた いなど、様々な思いを持って判定をしている。そういった感情が渦巻いている中で、レフ ェリーが自らをコントロールできなければ、選手たちをコントロールすることはできない。 よって、レフェリーには感情をコントロールする能力が求められているのである。  また、ラフなプレーをした選手に対して、強いジェスチャーを用いてフェアプレーを 促しても、必ずしもそれが相手に伝わるわけではない。むしろ、「絶対にしてはいけない」 ということを穏やかに示したほうが、かえって効き目があるケースも少なくない。レフェ リーが自らの意図をジェスチャーの強弱で表現しようとすると、とかく自分の気持ちが入 り過ぎてしまって、本来の目的である落ち着いた状況を創れない場合がある。例えば、注 意をするために選手を近くに呼びたい時に、「ここに来い

!

」と高圧的なジェスチャーで呼 ぶのと、「ちょっと、こちらに来てもらえますか

?

」というような目線とジェスチャーで

(9)

呼ぶのとでは、明らかに効き目に違いがあるのである。

「手」のジェスチャー

 ジェスチャーには手、足、体、背中、声、視線などいろいろな要素がある。例えば、「手」 に注目した場合、手のひらに気持ちを込めて指を閉じれば、それだけで印象が違ってくる し、親指が

1

本上がるだけでまったくイメージが変わる。「手」は、脳に繋がり、人間の すべての活動につながっている。「手」はボディランゲージにおいて最も大切なパーツで ある。  「手」はさまざまな意味を持っていて、いろいろな意味を表現することができる。腕や 手を広げると開放性を示すことができ、手を広げる角度によって誠実さや正直さを表わす ことができる。これは人が日常生活において普通に行なっていることだが、その要素を知 り、それを意識して使うとより効果的になる。  「手のひら」を上に見せるのは、「脅かすつもりはない」とか「機会を与える」、あるい は「共有する」ことを意味する。手のひらを下に向けると、「命令」「コントロール」「保 安」「権威」などを意味することになる。例えば、手のひらを下に向けながら、「いいです か、ちょっとみなさん」と言うと自然に静になるだろう。同様に、手のひらを下に向けて 上から下へ静かに移動させると、興奮している選手を落ち着かせる効果が期待できる。  「指」は、向けた方向に「より大きな権威」「正確な立場」「服従の命令」「侮辱」などを 意味することになる。指を人に向けるのと、上空に向けるのとでは意味が変わり、角度が ちょっと違うだけで表現することはまったく変わってくる。  「手のひらを隠す」ことは、「意図や秘密を隠す」あるいは「自己コントロール中」など

(10)

を意味する。  例えば、

100%

の気を込めて横に挙げている左腕の、親指を上空に向けるだけで、横へ の力が

95%

に減る。そのまま、

5

本の指が少し緩めば

80%

に弱まり、そして、肘が曲が れば

60%

に減じる。逆に、

100%

の力で横に挙げている左腕の手のひらの角度を変えて 鋭くすることで、横への力は

110%

に増え、肩を入れて左側に体重をのせると

120%

の 横の力を表現することができる。  これをゲーム中のレフェリーのジェスチャーに置き換えると、試合中にボールがタッチ ラインを割って、双方から「マイボール」と言われるような難しい状況のときに、「こっ ちかなあ」というような態度で、首が曲がったりすると、一瞬で信頼を失ってしまう。し かし、肩を入れて体重をのせて手をしっかり伸ばしたジェスチャーを用いると、「そこま で自信があるのであれば、仕方がないな」ということになる。このようにほんのちょっと した印象の違いで信頼感が変わってくるのである。

試合に向けての準備

 レフェリーが自信を持って試合に臨むために最も大切なことは、よい準備をすることで ある。やはり準備はとても大切で、よい準備をしてフィールドに立つと、そのゲームはう まく収まる。  逆に言うと、その準備を怠れば試合に向けてのプレッシャーの一つになる。例えば、フ ィジカルトレーニングが足りないと感じていると、体力が持たないかもしれないという不 安に襲われてゲームの判定に影響する。判定がうまくいかなければ、選手に迷惑をかける。

(11)

そして、それが原因で選手が生み出すはずの感動にマイナスの影響を及ぼしてしまうかも しれない。つまり、自分が原因である準備不足によって審判員自身がプレッシャーを創っ ているということである。  よい準備ができていれば、プレッシャーは何もない。あとはフィールド上で審判を行な うだけであり、自分が練習して準備してきたことを発揮するだけである。すべてを試合に 向けて整えるということが、レフェリーにとって最も重要な準備なのである。  とかく審判員は試合の当日試合会場に来て、審判して帰るだけだと思われがちだが、決 してそういうことではない。よい準備をするために多くの時間をかけているのである。  

2010 FIFA

ワールドカップ南アフリカ大会では、

5

部門が用意周到に準備したトレーニ ングプログラムに基づいて、

43

日間という長丁場を、

30 Trio=90

人の集中力を高めて乗 り切った。もし誰かがミスをすれば、それはみんなが自分のミスのように思い、そして、 うまくいった試合があれば仲間を賞賛し誇りに思う。誰が開幕を担当するとか、誰が決勝 を担当するとか、そのようなことはいっさい抜きにして、この大会の成功に向けて、審判 員とインストラクターが一丸となってよい準備をした結果が、この大会を成功に導いたの である。

審判員と審判指導者の立ち位置

 サッカーにとって最も大事なことは、ゲームを観戦した人に感動してもらうことである。 もっといえば、選手も監督も審判もスタッフも、すべての人に感動があるからこそ、サッ カーを楽しみ、またサッカーを観戦したいと思うのである。

(12)

 もちろん、感動をつくりだすのは選手の役割である。フェアプレーで、思い切りプレー する。パスミス、シュートミス、トラップミスなどが多いと、ゲームの醍醐味、面白みは 半減する。点が入らないけれども面白いゲームもあれば、点はたくさん入るけれど、レベ ルが違いすぎてつまらないゲームもある。  そのゲームにおいて、審判員は自分の立ち位置を間違えないようにしなければならな い。審判員ができることは、正しい判定をして、選手に満足してもらうことである。審判 員が直接感動を生むことはできない。むしろ、ゲームをコントロールする審判員の頭の中 に、そのような考えが少しでもあれば、ゲームはまったく間違った方向にいってしまう。  主審は選手のために判定を下す。副審や第

4

の審判員は、主審を満足させるためにサ ポートに専念する。レフェリング・アシスタンス・プログラムのインストラクターたちは、 審判員が思う存分能力を発揮できるようにサポートする。このようにそれぞれの立ち位置 をしっかりと認識して、関係しているすべての者が、サッカーの感動のために頑張ること で、ゲームはより魅力的になりサッカーの発展につながるのである。  「レフェリーがカードを出しすぎる」という批判がある。しかし、実はカードを出され る原因を創っているのは選手である。レフェリーが気分でカードを乱発するということは ないし、気持よくイエローカードやレッドカードを出しているレフェリーはいない。なぜ なら、感動を生むためには選手が必要だということを知っているからである。しかし、ど うしてもそのようなレフェリー心理をなかなか理解してもらえないことは否めない。審判 員にできることは、自分の立ち位置を勘違いしないようにすること。それが審判員として サッカーを支える立場の者が志すべきことなのである。  審判員はミスを恐れずに挑戦しつづけ、そして、審判指導者は審判員を輝かせる。その 結果、審判員と審判指導者がともに成長し、選手の満足度を高め、選手が素晴らしい感動 を創りだすことで、サッカーを通じで人々に幸せを届けることができるのである。

(13)

チャレンジとチャンス

 試合中にレフェリーは、怪我をすることもあるし、ミスをすることもある。怪我をしな いためには強い体をつくることであり、そのためには毎日の練習が欠かせない。ミスにつ いてはそれを乗り越えることが大切で、ミスから学び改善することの繰り返しである。ま た、そのミスを自分の糧とできるか否かは、ミスをしたあとの自分の行動によって決まる。  ミスを恐れずに、常に前向きな意欲を持って挑戦(チャレンジ)することは大切なこと である。チャレンジしなければミスは生まれない。したがって、ミスをしたくなければチ ャレンジしなければいい。しかしそれでは一歩も前に進まないので、やはりチャレンジし なければならない。挑戦しつづけることでチャンスの女神は現れ、よい準備をしていれば チャンスの女神は必ず微笑んでくれ、そしてチャンスをうまく掴むことができるのである。  レフェリーにとっては、判定がチャレンジでありチャンスでもある。その判定がうまく いけば、選手はレフェリーを信頼しゲームがスムーズに流れる。一つ一つそれを積み上げ ていくことで、あとは選手が感動的なゲームを創ってくれるはずである。

ミスと「トヨタの改善方式」

 挑戦すればミスは起こり得る。そこで、どうしてこのミスが起きたのかを考えていくこ とが必要である。これは日本人が最も得意としているところで、「トヨタの改善方式」の ように、ミスの因果関係を分析するのである。そして、ミスを生み出した原因を

5

回に わたって立ち戻れば、ミスとなった本質的な原因がわかるのである。

(14)

 ただし、レフェリーもミスを犯すといっても「適応ミス」を犯してはならない。「適応ミス」 とはファウルの理解が間違って起きるミスである。例えば、「ゴールキーパー以外の選手 が手でボールを扱ったときに、相手チームに直接フリーキックを与えるべきところを、間 接フリーキックを与えてしまった」というようなミスである。要するに、競技規則の条文 を間違えて理解をし、競技規則の適用と合致しないというミスは許されないということで ある。例えば、先日行なわれた

FIFA

ワールドカップアジア最終予選の日本対オーストラ リア戦で、試合終了間際にフリーキックを得た本田選手が、ボールを蹴る前に試合終了の ホイッスルを吹かれ、この判定はどうなんだと話題になったことがある。しかし、納得す るかどうかは別問題として、フリーキックを蹴る準備の際に規定の時間が過ぎたので試合 を終了するというのは競技規則上何の問題もない。このレフェリーは適応ミスを犯してい ないのである(試合終了間際のペナルティキックの場合には、終了時間になってもキック を行なって結果が出るまで試合を続行しなければいけないとある)。  では、ミスをどう克服するか。それは、ミスを恐れずに挑戦し続けることが大切である。 ミスを犯した原因の対策がとれると、ミスを乗り越えることができてそのミスを忘れてし まう。また、ミスの数だけ成長できるし、他人のミスから学ぶことも多い。ミスと向き合 うことが大切である。  ミスしたことは気持ちのなかに残ることが多い。逆に、良い判定ほどまったく記憶に残 らない。なぜなら、レフェリーがよい判定をすることは当たり前だからである。

選手への対応とゲームコントロール

 試合中にファウルを犯した選手に対する対応は

4

段階に分かれている。不用意なファ ウルを犯した場合には、注意を与えるためにゲームを中断せずに選手とのコミュニケーシ ョンを有効に活用してフェアプレーを促す。不用意なファウルではあるけれども、ファウ ルの質、ファウルの意図、繰り返しファウルを犯している場合には、ゲームを中断して明 確に注意を与える。相手が危険にさらされるような無謀なファウルを犯した場合は、イエ ローカードを提示し、相手が負傷の危機にさらされるような過剰な力を使用したファウル を犯した場合には、レッドカードを提示し選手は退場処分となる。  もちろん、これは競技規則上のことなので、実際の試合ではなかなか的確に区分けでき ない場合もある。しかし、レフェリーがゲームを進めるうえで、ミスを最小限に抑えるた めにしなければならないことは、「

2

段階違う対応をしない」ということである。例えば、 「イエローカード」に値するファウルに対して、レフェリーが

1

段階違う「注意」の対応 にとどめてしまうミスはありうるかもしれないが、

2

段階違う「コミュニケーション」に とどめるミスはしないということである。実際、

2

段階違う対応をした場合は、選手から の納得を得ることはできないので、ゲームコントロールを失ってしまう場合が多いのであ る。

(15)

オランダ対ブラジル戦での出来事

2010 FIFA

ワールドカップ南アフリカ大会で主審を担当したオランダ対ブラジル戦で、 私は一躍注目を浴びることになった。倒れているオランダの選手を踏み付けるという、乱 暴な行為を犯したブラジルの選手に対してレッドカードを示したからである。  もしかしたら、オランダにいる日本の方々は「日本人、いいね

!

」と急に信用が上がっ たかもしれないし、ブラジルにいる日本の方々は「日本人、やりすぎではないか

!

」と 大変な思いをされたかもしれない。

FIFA

ワールドカップで試合を担当するということは、 本当に大変なことなのである。  その時の試合の状況を振り返ると、試合は

2

1

でオランダがリードしていた。した がって、オランダの選手は何かにつけてもめごとを起こし、時間稼ぎをするのではないか と予測していたところ、逆にブラジルの選手がオランダの選手を踏みつけてしまった。そ の行為を見た瞬間、すでに私はレッドカードを出すことを決めていた。その判断に何の迷 いもなかった。  この状況で重要なポイントは、どこに走っていくかであった。その場へ向かって走っ ていくと、当然のように双方の選手が近寄ってきた。そこで私は、その囲みからすり抜 け、選手全員が自分の前にいるような状態をつくり、この判定に関する自信を込めてレッ ドカードを提示した。レフェリーの意思を選手に伝えるために位置取りはとても重要なの である。そして、近寄ってくる選手に対してジェスチャーを使って、これ以上近づかない ように対応をする。この有効な位置取りから選手と的確な距離を保ち状況に対応すること で、ブラジルの選手たちは、私の判定に対する自信を悟り、詰め寄ることを諦めた。これ

(16)

は、すべてエナジーパフォーマンスのプログラムを受けて身につけたことである。  ゲームには絶対に間違ってはいけない重要な判定が必ずある。もし、このときにイエロ ーカードを出していたら、私のみならず、日本人の信用を一瞬にして失墜させたに違いな い。

FIFA

ワールドカップでのレフェリーの判定は、とても多くの意味を持っているので ある。

その 2 分後の出来事

 この試合では、もう一つエピソードがあった。それは、レッドカードを出した

2

分後 に起きた。タッチラインを割ったボールをブラジルのカカ選手が拾おうとしたときに、オ ランダの選手がそのボールを遠くへ蹴ったのである。これは、オランダの時間を稼ぐため の行為だった。試合開始から

75

分、残りあと

15

分を逃げ切れば勝てる。ここからオラ ンダの心理戦が始まり、それを実際に行動に移してきたわけである。  その時私は、他の選手に気になることがあったので、そのオランダの選手が蹴った行為 を見ていなかった。副審の相樂氏の「雄一さん

!

13

番イエロー

!

」という声がイヤホー ン越しに聞こえすぐに反応した。カードを出そうとした時に「それは赤ですよ」と相樂氏 の落ち着いた声がまた聞こえた。もちろん私はイエローカードを出そうとしていたのだが、 見ると左手持っていたのはレッドカードだった。なぜだ

!?

 私は一瞬不思議に思った。  実は、これは単純なミスだった。通常私は、イエローカードを左足のポケットに入れ、 レッドカードを右胸のポケットに入れている。

2

分前のシーンで右胸のポケットからレッ ドカードを出したあと、選手たちを落ち着かせるのに気を取られ、レッドカードを無意識 に左足のポケットにイエローカードと一緒に入れてしまったのである。  もう一度左足のポケットに手を入れると、イエローカードはそこにあった。私は少しホ ッとしたが、オランダの

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番はかなり驚いたようだった。イエローカードを覚悟してい たのにもかかわらず、私がレッドカードを手にしていたのだから当然である。その後イエ ローカードを手に持ち直し、思わず苦笑いをしながら「ごめん、ごめん」とイエローカー ドを提示した。これが結果的には功を奏した。オランダの選手たちは「レフェリー、グッ ドジャッジ

!

」とホッとした様子で、

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分前のレッドカードの興奮と時間稼ぎに対する殺 気立った雰囲気がすべて収まってしまったのである。  大きなミスだったが、ラッキーなことにミスを最小限にとどめることができた。これは、 仲間の審判員が手にするカードを間違えて上げてしまい収拾がつかなくなるというミスを 事前に見て学んでいたのである。よって私は、カードを上に上げる前に必ず色をもう一度 目で確認するようにしている。もしこの時、レッドカードを持った手が、あと

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センチ 高く上がっていたら、カードの判定を覆したということでブラジル側からクレームがつい て、それこそこのゲームは収拾がつかなくなっていたであろう。

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審判員の存在

 選手は「夢」の実現のために全力でプレーする。審判員は、誠心誠意をもって選手の 「夢」の実現をサポートする。審判員が大切にしているのは「リスペクト」の心を持つと いうことである。(公財)日本サッカー協会では、「相手を大切に思うこと」という考え方 を実践している。より具体的に言うと、選手や審判員という立場を超えて、人としてお互 いを信頼し、大切に思うということである。  例えば、確かに選手は審判の言うことを聞かなければならない。しかし、選手だから審 判の言うことを聞く、という審判の立場をリスペクトするのではなく、この審判は一所懸 命に走って、近くから見て判定してくれる。だから「ちょっと違うと思うけど、受け入れ るよ」と選手から思ってもらえることが、人として信頼してもらったということに他なら ない。  このような信頼関係を築けるかどうか、それが審判員として努力する最も大切なところ である。惜しみなくこの努力を続けることで、審判員の存在意義である「多くの人に感動 を伝える手助け」をまっとうすることができるはずである。

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(19)

復興リーダー会議

Discussion Paper No.5

発行日= 2012 年 10 月 1 日 発行人=田村次朗

発行所=慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所     〒 108-8345 東京都港区三田 2-15-45

参照

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