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Vol.31 No 歯薬療法 67 口腔疾患に対する漢方医学第 4 回 口内炎 口腔乾燥症 舌痛症 味覚障害 顎関節症 歯周病 口臭症 口腔不定愁訴の漢方治療の考え方 大阪歯科大学歯科医学教育開発室王宝禮 漢方処方には弁証法が原則西洋医学と比較して漢方医学には 証 という概念があります

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口腔疾患に対する漢方医学 第 4 回

口内炎・口腔乾燥症・舌痛症・味覚障害・顎関節症・歯周病・

口臭症・口腔不定愁訴の漢方治療の考え方

― 大阪歯科大学歯科医学教育開発室

宝 禮

 1.口腔領域における漢方治療の考え方  漢方処方には弁証法が原則  西洋医学と比較して漢方医学には「証」という 概念があります.証とは東洋医学の概念を通し, 四診で得られた体質あるいは症状に関する情報を 基に,総合的に診断された現時点での患者の病態 です.現在に至っても,「証」の定義は複雑です. 証を判定することを弁証と言います.代表的な弁 証法には,気血水弁証,八網弁証,臓腑弁証,六 経弁証,経絡弁証などがあります.  吉益東洞(1702︲1773)の医論によれば,証は患 者の呈する毒の容であり,腹部や体表に表出され る初見を一括して「証」と認識されています.一方, 曲直瀬道三(1549︲1631)の医論をみると,例えば 「胃実の証」というように,複数の自覚的・他覚的 徴候からひとつの臓腑の異常を表現しています.  中国医学と漢方医学の弁証法には違いがありま す.中国医学では「弁証論知(べんしょうろん ち)」という概念で,弁証に基づいて治療方針が 決定されます.例えば,「気血両虚証」の患者に 対する治療は「気血双補」であり,「補気薬,補 血薬」を処方します.  一方,日本漢方では,「方証相対(ほうしょう そうたい)」という概念で 証と適用処方が即応 しています.例えば,発熱悪寒,頭頂強痛,脈浮 が揃えば葛根湯の証というように,治療薬に直結 していきます.  従って,西洋医学的には異なる疾患であって も,漢方診断で同じ証と判断されれば同じような 漢方薬が処方され,西洋医学的には同じ病名で あっても体質などが異なれば,異なる漢方薬が投 与されることもあります.  1)口腔疾患に対して漢方薬が有効  口腔領域における漢方治療の考え方の根底に は,心身一如,医食同源などの概念があります. 全人的な歯科治療が求められている現在,口腔領 域の疾患に対する漢方薬の応用は不可欠だと考え ることができます.  実際,心身医学的要因による顎関節症,扁平苔 癬,舌痛症など,西洋医学的アプローチでは症状 が改善しない症例は少なくありません.このよう な症状の改善が困難な症例に対して漢方薬がかな りの改善効果を有していることも事実でありま す.実際,漢方薬が処方されている口腔領域の疾 患には,口内炎,口腔乾燥症,舌痛症,味覚障害, 顎関節症,歯周病,口臭症,抜歯後疼痛,口腔癌 などがあります.漢方薬は従来から不定愁訴,更 年期障害,自律神経失調症のように,症状の改善 が困難な例に対して有効であるとされています. 口腔領域においても,広義の口腔不定愁訴に対し て漢方薬が有効な場合が多くみられます.  今回は,漢方の処方の入門として,これまで調 査研究と文献的に口腔疾患に用いられている漢方 薬から,簡易的に処方できるチャートを作成した ので紹介していきます.  2)口腔疾患で使用されている主な漢方薬  われわれの研究グループが 2009 年に全国の 79 施設の医科系大学附属病院口腔外科ならびに 32 施設の歯科大学附属病院,計 111 施設を対象に漢 方薬の使用状況を調査しました.その結果,回答 を得たのは医科系大学附属病院 32 施設,歯科大 学附属病院 23 施設,計 55 施設であり,漢方薬を 使用しているのが医科系大学附属病院 25 施設,

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歯科大学附属病院 22 施設,計 47 施設でした.そ の 47 施設で比較的に多く漢方治療の対象となっ た疾患を図1に示します.この他にも口腔心身症, 味覚障害,知覚異常,舌炎,口唇炎,扁平苔癬, 歯性上顎洞炎や,術後全身状態の改善,化学療法 時の食欲不振などにも漢方薬が処方されていまし た.これらの疾患は,いずれも確固たる治療法が 確立されておらず,患者の体質や精神状態,およ び他の全身疾患の影響を受け,西洋医学による局 所的治療だけでは改善されないケースが多くみら れました. 図 1  口腔領域において漢方治療の対象となった疾患 (47 施設中)  口腔疾患に使用されている主な漢方薬を図 2 に 示します.多い順に白虎加人参湯,加味逍遙散, 麦門冬湯,柴朴湯,十全大補湯などがあります. 図 2 口腔疾患に使用されている主な漢方薬 (47 施設中) また,各疾患に処方されている漢方薬を図 3 に示し ます.使用される頻度が高いものは,口内炎では半 夏瀉心湯や黄連解毒湯,口腔乾燥症では白虎加人 参湯や麦門冬湯,舌痛症では加味逍遙散,歯周病 では排膿散及湯や黄連解毒湯,顎関節症では葛根 湯,口腔不定愁訴では加味逍遙散です.口腔疾患 に有効であると考えられる漢方薬を表 1 に挙げま した.  2.口内炎の漢方治療  1)口内炎とその原因  口内炎は,口腔粘膜の発赤,びらん,水疱形成, 潰瘍などの症状を呈します.ときに多発性,再発 性のものもあります.  口内炎は,その原因から細菌性口内炎,真菌性 口内炎,ウイルス性口内炎,薬物性口内炎,アレ ルギー性口内炎,放射線性口内炎などに分類さ れ,症状からはカタル性口内炎,紅斑性口内炎, 水疱性口内炎,びらん性口内炎,潰瘍性口内炎, 偽膜性口内炎,アフタ性口内炎,壊死性口内炎な どに分類されます.  代表的な口内炎として,慢性再発性アフタ,多 発性慢性再発性アフタ,帯状疱疹時口内炎,扁平 苔癬が挙げられます.  口内炎の局所的原因は口内粘膜に対する刺激 で,義歯,歯石,食物中の異物,魚の骨,胡椒, 唐辛子などがあります.全身的原因には胃腸疾患, 急性熱性病,月経,妊娠,血液病,薬物中毒,ビ タミン欠乏症,栄養失調症,抗癌治療などがあり ます(表 2).ベーチェット症候群,成人型 T 細胞 性白血病(ATL),骨髄移植後の急性・慢性移植 片対宿主病(GVHD)などの全身疾患の部分症状・ 合併症状として口内炎が発生することもあります.  実際の歯科診療との関連では,口腔清掃状態が 悪い場合が多く,歯石や歯垢の除去が必要な場合 があります.歯科用浸潤麻酔薬施行後の注射部位 に口内炎が発生することもあります.  2)口内炎の漢方医学的考え方  口内炎の漢方医学的所見には,舌所見と舌以外 の所見があります(表 3).  主な舌所見には,厚い黄白色舌苔,舌尖部の点

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状発赤,舌苔の部分的奪脱,歯根舌,舌苔の乾燥, 淡白な舌色があります.  舌以外の所見としては,例えばアフタ性口内炎 は直径約 2 ~ 10mm の類円形で,赤色を有する 小潰瘍が孤立性あるいは多発性に形成されます. また,比較的大きな潰瘍を形成するもの,小水疱, 粘膜面の点状発赤,歯肉の壊死,偽膜形成などが 挙げられます. 図 3 各疾患に処方されている漢方薬 疾患別の漢方薬の処方頻度は,よく処方するものは 3 点,時々処方するものは 2 点,稀に処方するものは 1 点と点 数を付け,その点数を集計した.

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 漢方医学的な治療のポイントは,急性期(実 熱)の場合と慢性期(気虚,血虚,虚熱)の状態 に分け,また各臓腑の熱の状態を考慮しながら治 療方針を決定していきます.最近では易感染性宿 主(担癌患者や長期ステロイド投与患者など)の 口内炎もあり,清熱剤や補剤を上手に選択するこ とも重要となります.  3)口内炎に有効な漢方薬とその選択  口内炎の証と症状を考慮した漢方薬の選択法を 図 4 に示します.大きくは,急性期(実熱)の場 合と慢性期(気虚,血虚,虚熱)の状態に分け, また各臓腑の熱の状態を考慮しながら治療方針を 決定していきます.  例えば実証で便秘のある場合で,のぼせやイラ イラがあれば三黄瀉心湯を,口渇や尿量減少があ れば茵蔯蒿湯を選択します.便秘がなく,口の渇 きがあって水を多く飲みたいという口渇がある場 合は白虎加人参湯を,口の渇きがあっても飲む水 の量が多くないという口乾の場合は,のぼせやイ ライラがあれば黄連解毒湯,口や肌に潤いがない ときは温清飲を選択します.口の渇きがなく,胃 の痛みがある場合は黄連湯,みぞおちのつかえ (心下痞)や吐き気がある場合は半夏瀉心湯を選 択します.急性期(実熱)の場合は陽気亢進や体 中の熱により心,胃,肝などに影響すると考えら れることから,心,胃,肝などの熱を冷ます治療 が必要となります.  虚証の場合は,胃腸が丈夫か虚弱かで分け,さ 表 1 口腔疾患に有効であると考えられる漢方薬 口腔疾患 漢方薬 口内炎 黄連湯,立効散,半夏瀉心湯,小柴胡湯,温清飲,十全大補湯,茵蔯蒿湯,柴苓湯,五苓散, 白虎加人参湯,麦門冬湯,桂枝加朮附湯,香蘇散,葛根湯,十味敗毒湯,黄連解毒湯, 補中益気湯,六君子湯,加味逍遙散 口腔乾燥症 白虎加人参湯,五苓散,麦門冬湯,八味地黄丸,滋陰降火湯,十全大補湯,桂枝加朮附湯, 六君子湯,加味逍遙散,柴苓湯,半夏厚朴湯,補中益気湯,清心蓮子飲,柴胡加竜骨牡蛎湯 味覚異常 柴朴湯,黄連解毒湯,柴胡加竜骨牡蛎湯,小柴胡湯,半夏瀉心湯,半夏厚朴湯, 柴胡桂枝乾姜湯,十全大補湯,白虎加人参湯,六君子湯 口臭 黄連解毒湯,黄連湯,半夏瀉心湯,半夏厚朴湯,六君子湯,加味逍遙散 舌痛症 加味逍遙散,柴朴湯,半夏瀉心湯,立効散,十全大補湯,当帰芍薬散,桂枝加朮附湯, 六君子湯,半夏厚朴湯,麦門冬湯,白虎加人参湯,五苓散,小柴胡湯,補中益気湯, 柴胡加竜骨牡蛎湯,附子 顎関節症 葛根湯,芍薬甘草湯,柴朴湯,甘麦大棗湯,桂枝加朮附湯,加味逍遙散,当帰芍薬散, 疎経活血湯,桂枝茯苓丸,半夏厚朴湯 抜歯後疼痛 五苓散,立効散,桔梗湯,小柴胡湯,柴胡桂枝湯 歯周病 大柴胡湯,黄連解毒湯,黄連湯,温清飲,排膿散及湯,補中益気湯 表 2 口内炎の原因 ●局所的原因(口内粘膜の刺激) 義歯,歯石,食物中の異物,魚の骨,胡椒, 唐辛子など ●全身的原因 胃腸疾患,急性熱性病,月経,妊娠,血液 病,薬物中毒,ビタミン欠乏症,栄養失調 症,抗癌治療 表 3 口内炎の漢方医学的所見 ●主な舌所見  黄白色舌苔が厚く存在する場合(湿熱)  舌尖部の点状の発赤(心熱)  舌苔の部分的奪脱(気虚)  歯根舌(水滞)  舌苔の乾燥(陰虚内熱)  舌色淡白(血虚) ●舌以外の所見  ・アフタ性口内炎は直径 2 ~ 10mm ほどの類円形 で,赤色を有する小潰瘍が孤立性あるいは多発 性に形成  ・比較的大きな潰瘍形成をするもの,小水疱,粘 膜面の点状発赤,歯肉の壊死,偽膜形成など

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らに湿か燥か,軟便の有無や貧血の有無などで, それぞれの漢方薬を選択します.慢性に経過した 場合,虚証の熱による体液の消耗,相対的な陽気 の余剰,脾胃気虚などの所見を呈するため,補腎 剤として六味丸,補気剤として補中益気湯,六君 子湯,気血両補剤として十全大補湯,人参養栄湯, 清熱剤として清熱補気湯,清熱補血湯などを選択 します.  最近では,長期にわたる難治性口内炎に清熱補 気湯や清熱補血湯が有効であるという報告があ り,抗癌剤や頭頸部の放射線治療の副作用として 発生した口内炎に半夏瀉心湯が有効であるという 報告もあります.甘草湯や桔梗湯は扁桃炎や口内 炎に対する含嗽剤としても有用です.  3.口腔乾燥症の漢方治療  1)増加する口腔乾燥症  厚生労働省長寿科学総合研究事業「高齢者の口 腔乾燥症と唾液物性に関する研究」(2003 年)に よると,口腔乾燥症を自覚している高齢者は,調 査対象 770 人(平均年齢 63.3 歳)の中の 200 人 (26%)でありました.口腔乾燥症の増加原因が ストレス,薬物の長期投与,高齢化などであるこ とから,今後も口腔乾燥症を訴える人が増加して いくことは容易に推測できます.一方,口腔乾燥 症を症状の 1 つとするシェーグレン症候群は,わ が国で年間約 2 万人近くが発症するという報告が あり,潜在的患者を含めると約 10 ~ 30 万人と推 定されています.  2)口腔乾燥症とその原因  口腔乾燥症は,唾液の分泌量低下や性状の変化 によって起こる口腔内の乾燥症状です.唾液の分 泌量が低下すると,粘膜疾患,口内炎,病原菌の 増加,齲歯,歯周病などが引き起こされ,口臭が 発生する場合があります.  口腔乾燥症の主な原因としては,加齢による変 化,脱水・糖尿病・シェーグレン症候群などの全 身的な疾患,薬剤の副作用・ストレス・口呼吸・ 齲歯・歯周病・義歯不適合などの局所的な問題が 関与しています(表 4).したがって,口腔乾燥 症を治療する際には,実際の唾液分泌量の減少の 有無と原因の検索が重要です. 図 4 口内炎の証と症状を考慮した漢方薬の選択法

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表 4 口腔乾燥症の主な原因 ●加齢による変化 ●全身的な疾患 脱水,糖尿病,シェーグレン症候群,腎疾 患,高血圧症など ●局所的な問題 薬剤の副作用,ストレス,口呼吸,齲歯, 歯周病,義歯不適合など  3)口腔乾燥症の検査と診断  問診により基礎疾患の有無,常用薬剤のチェッ クを行います.次いで口腔粘膜の萎縮,口内炎や 粘膜疾患の有無,齲歯・歯周病・義歯の状態など を診査してから,実際の唾液分泌量を測定しま す.安静時唾液量は 1.5mL/15 分以下,刺激時唾 液量はガム試験で 10mL/10 分以下,サクソン試 験で 2 g/2 分以下となれば,唾液分泌量低下と診 断してよいでしょう.シェーグレン症候群は,血 液検査より抗 SS-A/Ro,抗 SS-B/La 抗体を含む 自己免疫検査で診断します.唾液腺機能検査とし ては唾液腺シンチグラフィー,唾液腺造影,口唇 腺生検などが必要です.  4)口腔乾燥症の西洋医学的治療  口腔乾燥症の治療には生活指導と口腔ケアが あります.生活指導としては,こまめな水分摂取, キシリトール配合ガムの咀嚼,唾液腺のマッサー ジ,舌や口腔の運動などが効果的です.口腔ケア としては,口腔乾燥が強い場合には保湿成分の 入った洗口剤を用いると有効なことがあります.  シェーグレン症候群の場合にはセビメリンが有 効であります.薬剤の副作用による場合は薬剤の 減量や変更により改善する場合があります.唾液 腺の萎縮変性が高度の場合には口腔ケアを含めた 対症療法が重要です.  5)口腔乾燥症の漢方医学的考え方  口腔乾燥症は,漢方医学的には「口渇」と「口 乾」に区別されます(図 5).口渇とは冷たい飲 料を大量に飲む状態であり,喉の渇きの程度は激 しい状態です.患者の体質傾向は陽証です.一方, 口乾とは口の中を水分で湿らす程度で渇きがとれ る状態です.患者の体質傾向は陰証です.しかし, 実際の臨床では口渇と口乾を明確に区分できない ことも多く,このような場合には,まず口乾と考 えて治療を進め,症状によっては口渇と考えて治 療するとよいでしょう. 図 5 口腔乾燥症の漢方医学的考え方  6)口腔乾燥症に有効な漢方薬とその選択  口腔乾燥症の証と症状を考慮した漢方薬の選択 法を図 6 に示します.  口腔乾燥症に対して病名処方が可能な漢方薬に は白虎加人参湯,滋陰降火湯があります.その他の 漢方薬は,合併症や随伴症状を考慮して処方する 必要があります.  舌に歯痕があり,唾液粘性が亢進している場合 には浮腫傾向にあると考えられることから五苓散 が効果的です.舌が正常よりも赤く,血液の濃縮 や脱水が考えられる場合,舌表面が乾燥して痰が からむ咳をする場合などでは麦門冬湯の適応とな ります.向精神薬の副作用による薬剤性口腔乾燥 症では白虎加人参湯が用いられます.貧血傾向 で,粘膜が弱く,溝状舌などの場合には十全大補 湯も効果があります.  実際の使用に際しては,問診とともに生体の水 分の吸収力や分泌のバランスなどの体質,全身状 態などを考慮して選択していきます.例えば,身 体に水分が貯留しやすい状態か,分泌能力低下の 有無,口が渇くのか,水をよく飲むのか,尿の状 態はどうなのか,などを総合的に判断します.

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 4.舌痛症の漢方治療  1)舌痛症の特徴とその発症要因  舌痛症の特徴は,舌にピリピリ,チリチリとい う表在性の痛みを訴えるが,食事時や会話時には その痛みが軽減ないしは消失することにありま す.癌恐怖が背景にあることも多くみられます. 一般的には 40 歳以降の更年期女性に多く発生し ます.舌痛症の痛む部位は,舌側縁部から舌根部 にかけて最も多く,60 ~ 70%は舌側縁部です.  舌痛の発症契機としては,口内炎,義歯のアタ リや歯の鋭縁による刺激,カンジダ症などの局所 的要因があります.最近の報告からも,舌の痛み は,まず口腔カンジタ症を疑うべきです。また, 生真面目さや心気的なパーソナリティによって舌 に過剰な意識集中が起こり,さらに癌恐怖などの 不安に陥りやすい心理的背景が絡んで,交感神経 の緊張を介して局所の血行障害が引き起こされ, 発痛物質が生じると考えられています(全身的要 因).舌痛症が長期間継続すると,発症契機となっ た局所的要因は改善されても,慢性的な痛みが残 存する場合が多くみられます.  なお,舌痛症の診断と治療にあたっては,日本 歯科心身症医学会の診断基準にある狭義の舌痛症 (特発性舌痛症)(表 5)を参考に,全身的または 局所的要因が関与する広義の舌痛症(持続性舌痛 症)を含めて対応する必要があります. 表 5 舌痛症の診断基準(狭義) 1.舌に表在性の疼痛あるいは異常感を訴えるが,そ れに見合うだけの局所あるいは全身性の病変が認 められない. 2.疼痛あるいは異常感は,摂食時に軽減ないし消失 し,増悪しない. 3.経過中に以下の 3 症状のうち,少なくとも 1 症状 を伴う. ①癌恐怖 ②正常舌組織を異常であると意味づけて訴える. ③ 舌痛症状を歯あるいは保存補綴物などと関連づ けて訴える. 4.うつ病,精神分裂病など内因性精神障害の経過中 に出現したものではない. 以上の 4 項目を満たすものを狭義の舌痛症という. (日本歯科心身症医学会) 図 6 口腔乾燥症の証と症状を考慮した漢方薬の選択法

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 2)舌痛症の西洋医学的治療  舌痛症の西洋医学的治療には,局所的要因の排 除と心理的な対応があります.  局所的要因の排除としては,義歯のアタリや歯 の鋭縁の治療を歯科医の協力のもとに行います. 軟性プラスチック製のナイトガードで歯の鋭縁を 被覆することも有効であります.また,舌痛症では 口渇を訴える場合が多いので,口腔内清掃後に湿 潤剤配合洗口液などを用いることも勧められます.  心理的な対応としては,舌の解剖や舌痛症の病 態を説明し,特に舌癌や前癌病変ではないことをよ く説明することが重要です.また,心理的な緊張を 解きほぐすために,身体的な弛緩によって段階的に リラクゼーションを図るとともに,薬物療法や心理 療法を併用します.特にうつ傾向の強い場合は心 療内科や精神科医との協力も必要となります.  3)舌痛症の漢方医学的考え方  漢方治療に重要な舌診は,証の判定と治療効果 の再評価を行う際の 1 つのテクニックとして,舌 痛症の場合は特に大切です.  舌痛症には瘀血を持つ肝気うっ血型が多くみら れます.すなわち,東洋医学では舌を五臓に分け ていますが,舌側縁部はまさに肝胆に属します. また,舌痛症患者が訴える舌の痛み以外の愁訴 は,イライラや不安などの肝気うっ血の病態に近 いと言われています(図 7). 図 7 舌痛症の証の判定のポイント  4)舌痛症に有効な漢方薬とその選択  舌痛症症の証と症状を考慮した漢方薬の選択法 を図 8 に示します. 図 8 舌痛症症の証と症状を考慮した漢方薬の選択法

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 粘膜に対する対応としては,舌乳頭が萎縮して 平滑舌を来たしている症例や,溝状舌など舌粘膜 が弱くなっている症例の場合には,十全大補湯や 当帰芍薬散などの貧血を改善する漢方薬が効果的 です.また,過敏になっている体質や舌の圧力亢 進を改善する場合は,五苓散,黄連解毒湯,六君 子湯などが有効です.胖大舌には五苓散が有効で あり,冷え症などがある場合には当帰芍薬散や桂 枝茯苓丸を併用するとよいでしょう.また,難症 例と考えられる場合で,抗不安薬や睡眠薬を多用 している症例では,唾液分泌改善と不眠症に効果 のある柴胡桂枝乾姜湯を用いることがあります.  5.味覚障害の漢方治療  1)味覚障害とその特徴  「味の感じ方が鈍くなる」「味を感じなくなる」 「本当は甘いのに,苦く感じるなど違った味を感 じる」「口の中に何もないのに苦味や渋みなどを 感じる」「甘みだけがわからない」「何を食べても 嫌な味になる」といった症状を訴える場合,その ような症状を味覚障害といいます.  味覚障害を訴える人は一般的に高齢者に多くみ られます.加齢とともに味蕾の減少,唾液分泌量 の低下,口腔条件の悪化,内服薬の服用などが引 き金となって味覚障害を引き起こします.また最 近では,極端なダイエットやファーストフードの 普及により若年者にも味覚障害が増加していると 言われています.男女比は 1 対 2 と女性に多いの は,料理の味付けなどで気づく機会が多いためと 思われます.  2)味覚とその分布  基本的な味は,甘味,塩味,酸味,苦味,旨うま味み の 5 種類と考えられており,多くの味はこの 5 種 類のいずれか,あるいはその組み合わせで表現さ れます.さらに,食物が持つ香り(嗅覚),温度 (冷温覚),形状や色彩(視覚),歯ごたえ(触覚), スパイス(痛覚),咀嚼音(聴覚)などが統合され, 広義の味覚として認識されています(図 9).  味覚は,主に糸状乳頭,有郭乳頭,葉状乳頭, 口蓋垂などに分布している味蕾によって感じま す.味蕾は短い周期で新しく生まれ変わっていく ために,多くの亜鉛を必要とします.また,加齢 に伴って味蕾の数が減るので,高齢者では健康で も味を感じにくくなります. 図 9 味覚とその分布  3)味覚障害の原因  味覚障害の原因は薬剤性,特発性,心因性,風 味障害,その他(全身疾患や口腔疾患など)に分 類されています(図 10). 図 10 味覚障害の原因  薬剤性味覚障害の発生機序としては,薬剤の持 つ亜鉛キレート能により生体内の亜鉛が過剰に排 泄されることが考えられています.味覚障害を訴え る患者の多くは長期間複数の薬剤を併用しており, それらの半数例に血清亜鉛の低下がみられます.  特発性味覚障害は,問診あるいは臨床検査では 味覚障害の原因や誘因が全く認められないもので

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す.亜鉛欠乏性味覚障害は低亜鉛血症を唯一の異 常所見とするものです.  心因性味覚障害は,神経症,うつ病などで,訴 える症状と臨床所見が明らかに異なる場合,つま り味がわからない,美味しくないと言っても,味 覚機能検査では正常な場合です.風味障害は,味 覚障害を訴えるが味覚機能検査で異常はなく,訴 えの原因が嗅覚障害にある場合です.その他の味 覚障害の原因としては全身疾患(ウイルス性肝炎・ 肝硬変,胃切除後,腎障害,高血圧症,悪性腫瘍, ビタミン欠乏症など),あるいは口腔疾患(シェー グレン症候群,軟口蓋炎,舌炎など)があります.  4)味覚障害の西洋医学的治療  薬剤性味覚障害は,西洋医学的には,原疾患治 療に支障がなければ薬剤を減量あるいは中止し, 亜鉛内服療法を行います.  亜鉛欠乏性味覚障害や特発性味覚障害には,亜 鉛内服療法や亜鉛を多く含む食物を中心とした食 事療法が有効とされています.また,亜鉛のみな らず他のビタミン,ミネラル類も過不足がないよ うに配慮します.  5)味覚障害に有効な漢方薬とその選択  現状では,味覚障害に対する西洋医学的な病態 分析はほとんど困難であることから,実際の臨床 現場では漢方治療のほうがきめ細かな対応がで き,有効性を期待できます.特に口腔疾患による 味覚障害,心因性味覚障害,特発性味覚障害など が漢方治療の適応になります.  感冒などの急性疾患に伴う味覚障害の場合で, 口が苦いと訴える場合には小柴胡湯,味がない場 合には補中益気湯が有効です.高血圧・胃炎・肝 炎などの慢性疾患に伴う味覚障害の場合で,口が 苦いと訴える場合は黄連解毒湯,酸っぱい場合は 竜胆瀉肝湯,味がないと訴える場合は補中益気湯 が有効です(表 6). 表 6 味覚障害に対する漢方薬 急性疾患 ―感冒など 口が苦い 小柴胡湯 味がない 補中益気湯 慢性疾患 ―高血圧,胃炎,肝炎など 口が苦い 黄連解毒湯 酸っぱい 竜胆瀉肝湯 神経症 味がない 補中益気湯  味覚障害の証と症状を考慮した漢方薬の選択法 を図 11 に示します.例えば実証で便秘があり, 神経症状があってのぼせがあり,顔面紅潮,み ぞおちのつかえが(心下痞)あれば三黄瀉心湯, 図 11 味覚障害の証と症状を考慮した漢方薬の選択法

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のぼせがなく,動悸や胸脇苦満があれば柴胡加竜 骨牡蛎湯を選択します.  6.顎関節症の漢方治療  1)顎関節症とその症状  顎が痛い(顎関節痛),口が開かない(開口障 害),顎を動かすと音がする(顎関節雑音)とい う症状のうち 1 つ以上の症状があり,鑑別診断で 他の疾患がない病態を顎関節症といいます(表 7).顎関節の病気で最も多いのは顎関節症であり ますが,他の疾患との鑑別診断と治療のためには MRI 検査が必要なことがあります. 表 7 顎関節症の代表的な症状と鑑別疾患 顎が痛い・・・・・・・・・・顎関節痛 口が開かない・・・・・・・・開口障害 顎を動かすと音がする・・・・顎関節雑音 このうち 1 つ以上の症状があり,鑑別診断で他の疾 患がない病態を「顎関節症」という. <鑑別疾患>滑膜性骨・軟骨腫症,咀嚼筋腱・腱膜 過形成症,顎関節強直症,口腔癌・咽頭癌の咀嚼筋 進展,智歯周囲炎,発作性神経痛など  2)顎関節の構造  顎関節は側頭骨のくぼみ(下顎窩)に下顎先端 の骨(下顎頭)が入り込む構造で,その間にクッ ションの役割をする関節円板が挟み込まれていま す.顎関節症患者の7割に関節円板のズレがあり, それを明確に診断するためには MRI が最適であ ります.  3)顎関節症の病型と西洋医学的治療  顎関節症は顎関節痛,開口障害,顎関節雑音の 3 症状を基本症状とし,頭痛,耳鳴り,肩こり, 眼の異常などの多彩な随伴症状を示す機能障害で あり,病態によって 5 型に分類されています.病 型に応じた西洋医学的治療法を併せて表 8 に示し ます.  4)顎関節症の東洋医学的考え方  顎関節症は中医学的には「痺ひ証」という病態に 含まれます.「痺」とは塞がって通じないという 意味であり,「痺証」とは風寒・湿・熱などの邪 気が人体の経絡・関節などを侵して,肌肉・筋骨・ 関節の痛み,だるさ,運動制限,腫脹などの症状 を呈する病症であります.現代医学のリウマチ・ 表 8 顎関節症の病型分類と西洋医学的治療 病型 病態 主な症状 西洋医学的治療法 Ⅰ型 咀嚼筋のスパズム,筋の疲労, 筋炎,腱炎 筋の疼痛・圧痛,腫脹感,しびれ感,違和感,開口障 害など 薬物療法:中枢性筋弛緩剤 咬合治療:全歯接触型スプリント 理学療法:赤外線,マイオモニター 筋訓練療法:①開閉口運動練習②開口筋群,閉口 筋群,左右の協調運動練習③測方運動練習 Ⅱ型 靭帯損傷,関節包外傷,関節 円板挫滅,関節捻挫 関節部の疼痛,圧痛,開口障害 薬物療法:消炎鎮痛剤咬合治療:不良補綴物,充填物の除去,治療 理学療法:赤外線,ソフトレーザー 顎関節腔内注入療法 Ⅲ型 顎関節包内における関節円板 の位置異常,関節円板線維化, 関節円板変性など 関節雑音(クリッキング) があり,運動障害,顎運動 痛を伴う 薬物療法:中枢性筋弛緩剤,消炎鎮痛剤 咬合治療:関節円板整位型スプリント 理学療法:開口訓練,徒手的関節円板整位術 顎関節腔内注入療法 外科療法:関節円板整位術,関節円板切除術 Ⅳ型 変形性顎関節症 顎運動障害,顎運動痛,関 節部圧痛,ザリザリという 雑音 薬物療法:消炎鎮痛剤 咬合治療:スプリント,咬合改善 理学療法 顎関節腔内注入療法 外科療法:関節円板切除術 Ⅴ型 精神的因子,心身症,神経症, うつ状態よる咀嚼筋のスパズ ム,筋の疲労,筋炎など 顎関節部,咀嚼筋部の異常 感,違和感,不定愁訴など 薬物療法:向精神薬,抗うつ剤咬合治療:スプリント 理学療法

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慢性関節炎・頸椎症・五十肩・神経痛・筋肉痛な どを包括します.  5)顎関節症に有効な漢方薬とその選択  顎関節症の 5 型の病態を実証,中間証,虚証に 分けた場合,実証には主に葛根湯と芍薬甘草湯, 中間証には加味逍遙散,桂枝加朮附湯,芍薬甘草 湯,柴朴湯,虚証には加味逍遙散,桂枝加朮附湯, 芍薬甘草湯,甘麦大棗湯,半夏厚朴湯などが処方 されます(表 9).  顎関節症の証と症状を考慮した漢方薬の選択法 を図 12 に示します.  例えば,表証であり実証の場合で,うっ血,発 熱,悪寒,筋肉や項背部の緊張がある場合には葛 根湯,虚証の場合で四肢の冷え,関節痛がある場 合には桂枝加朮附湯を選択します.  裏証であり瘀血があり,虚証の場合で貧血,頭 痛,めまい,肩こり,月経不順があれば当帰芍薬 散,のぼせがあり,イライラ,肩こり,冷え,月 経不順,精神不安がある場合には加味逍遙散を 表 9 顎関節症の病型別処方 病型 実証 中間証 虚証 Ⅰ型 葛根湯/芍薬甘草湯 加味逍遙散/桂枝加朮附湯/ 芍薬甘草湯/柴朴湯 加味逍遙散/桂枝加朮附湯/芍薬甘草湯/甘麦大棗湯/半 夏厚朴湯 Ⅱ型 葛根湯 加味逍遙散/桂枝加朮附湯 加味逍遙散/桂枝加朮附湯 Ⅲ型 葛根湯/芍薬甘草湯 加味逍遙散/桂枝加朮附湯/ 芍薬甘草湯 加味逍遙散/桂枝加朮附湯/芍薬甘草湯/甘麦大棗湯 Ⅳ型 葛根湯/芍薬甘草湯 加味逍遙散/桂枝加朮附湯/ 芍薬甘草湯 加味逍遙散/桂枝加朮附湯/芍薬甘草湯 Ⅴ型 葛根湯/芍薬甘草湯 加味逍遙散/桂枝加朮附湯/ 柴朴湯 加味逍遙散/桂枝加朮附湯/甘麦大棗湯/半夏厚朴湯 図 12 顎関節症の証と症状を考慮した漢方薬の選択法

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選択します.中間証から実証の場合で,のぼせが あり,頭痛,肩こり,めまい,月経不順があれば 桂枝茯苓丸,のぼせがなく,関節痛,腰痛,神経 痛の傾向があれば疎経活血湯が適応となります.  7.歯周病と口臭の漢方治療  1)歯周病とその分類  国民の 8 割が罹患していると言われる歯周病の 発症には,細菌性因子,環境因子,宿主因子が大 きく関与し,その発症に生体防御機構である免疫 が深く関与しています.つまり,歯周病は免疫応 答の破綻に伴って病態を形成していくことが示唆 されています(表 10). 表 10 歯周病の発症因子 細菌性因子 歯周病関連細菌/病原性の強さ 宿主因子 生体防御機構/遺伝子多型/全身疾患/ 年齢/咬合・解剖学的異常 環境因子 喫煙/ストレス/薬物/食生活・栄養 状態 細菌性因子,宿主因子,環境因子が重なると歯周病が発症  歯周病はバイオフィルム(歯垢)が原因となる 疾患であり,歯周病治療の基本は歯ブラシの励行 や歯石の除去です.特に慢性歯周病においては, この基本的治療が成功し,漢方薬と併用したとき に進行を抑制できると考えられています.  歯周病は免疫低下型と炎症型に分類することが できます.免疫低下型は,歯肉の炎症傾向が少な いにもかかわらず,わずかな出血や排膿が続いた り,歯肉の退縮,歯の動揺,歯槽骨の吸収が認め られるタイプです.炎症型は,歯肉の発赤,腫脹, 疼痛,出血,排膿などの炎症症状が著明に認めら れるタイプです.  2)歯周病に有効な漢方薬とその選択  歯周病の証と症状を考慮した漢方薬の選択法を 図 13 に示します.  例えば,表証であり実証の場合で,発熱,悪 寒,項背部の緊張がある場合には葛根湯を選択し ます.裏証であり実証の場合で,便秘がある場合 には桃核承気湯,大柴胡湯,防風通聖散が適応に なります.実証で便秘がない場合には温清飲,黄 連解毒湯,白虎加人参湯,桂枝五物湯が適応にな ります.一方,患部に強い化膿がある場合には排 膿散及湯が有効な場合が多くみられます. 図 13 歯周病の証と症状を考慮した漢方薬の選択法

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 3)口臭とその分類  口臭の原因の多くは唾液の分泌低下,口内の清 掃不良,齲歯,歯周病でありますが,口臭自体は 疾患でなく,病態あるいは症状です.  2010 年の日本口臭学会によって口臭ならびに 口臭症が定義分類されました.さらに口臭症の 分類として生理的口臭と病的口臭があります(表 11).  生理的口臭症は起床時,空腹時,飲食時,緊張 時,喫煙時,生理時,更年期,老人期に発生する ものであり,一日や一生のライフスタイルに起因 します.一方,病的口臭症には身体的由来のもの と精神的由来のものがあります.精神的口臭症と は,病的に口臭に対する意識が高く,口臭症の中 でも重症なものであります.  4)口臭に有効な漢方薬とその選択  口臭の証と症状を考慮した漢方薬の選択法を図 14 に示します.  例えば,実証で便秘がある場合は大柴胡湯,三 黄瀉心湯,大承気湯を選択します.便秘がない場合 には黄連解毒湯,白虎加人参湯が適応となります.  中間証から虚証で冷えがある場合で,軟便があ る場合には人参湯や四君子湯を,軟便がない場合 表 11 口臭ならびに口臭症の定義と分類 (日本口臭学会,2010 年) Ⅰ.口臭ならびに口臭症の定義(日本口臭学会の定義分類 2010) 口臭とは,本人あるいは第三者が不快と感じる呼気の総称である. 口臭症とは,生理的・器質的(身体的)・精神的な原因により口臭に対して不安を感じる症状である. 口臭(臭気)と口臭症(疾病)を区別している Ⅱ.口臭(臭気)の分類 1.生理的口臭 ☆一般的な生理的口臭  加齢性口臭,起床時口臭,空腹時口臭,緊張時口臭,疲労時口臭など ☆ホルモンの変調などに起因する生理的口臭  妊娠時口臭,月経時口臭,思春期口臭,更年期口臭など ☆嗜好物・飲食物・薬物による生理的口臭  ニンニク,アルコール,薬物(活性型ビタミン剤)など 2.病的(器質的・身体的)口臭 ☆歯科口腔領域の疾患  歯周炎,特殊な歯肉炎,口腔粘膜の炎症舌苔,悪性腫瘍など ☆耳鼻咽喉領域の疾患  副鼻腔炎,咽頭・喉頭の炎症,悪性腫瘍など ☆全身(内科)疾患  糖尿病(アセトン臭),肝疾患(アミン臭),腎疾患(アンモニア臭)など Ⅲ.口臭症(疾病)の分類 1.生理的口臭症 ☆一般的な生理的口臭  加齢性口臭,起床時口臭,空腹時口臭,緊張時口臭,疲労時口臭など ☆ホルモンの変調などに起因する生理的口臭  妊娠時口臭,月経時口臭,思春期口臭,更年期口臭など 2.病的口臭症 (1)器質的(身体的)口臭症 ☆歯科口腔領域の疾患  歯周炎,特殊な歯肉炎,口腔粘膜の炎症舌苔,悪性腫瘍など ☆耳鼻咽喉領域の疾患  副鼻腔炎,咽頭・喉頭の炎症,悪性腫瘍など ☆全身(内科)疾患  糖尿病,肝疾患,腎疾患など (2)精神的口臭症 ☆神経性障害  不安障害,身体表現性障害など (ICD10-F40,F45 に相当) ☆精神病性障害  統合失調症,妄想性障害など (ICD10-F20,F22 に相当)

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は柴胡桂枝乾姜湯,十全大補湯,半夏厚朴湯,茯 苓飲,加味逍遙散,香蘇散,大建中湯などを選択 します.  中間証から虚証で冷えがない場合で,食欲不振 がある場合には麦門冬湯,参蘇飲,柴朴湯,茯苓 飲,小柴胡湯,黄連湯,半夏瀉心湯,補中益気湯 などが考えられます.食欲がある場合には四逆散 や抑肝散が適応となります.  8.口腔不定愁訴の漢方治療  1)口腔不定愁訴とは  一般的に不定愁訴として出現しやすい身体症状 を表 12 に挙げました.このうち,口腔不定愁訴 として出現しやすい身体症状には口腔乾燥,舌 痛,味覚障害,顎関節痛,口臭,口内痛などがあ ります.口腔不定愁訴は,心身相関の存在する心 身症の 1 つとして治療しなければならないと考え られる場合もあります.  2)口腔不定愁訴の西洋医学的治療  不定愁訴は,西洋医学的には「適切な診察や検 査を行っても,その原因や病態を現代医学では明 らかにできない身体症状」を意味しています.こ のような説明が困難な身体症状は近年,医学的 に説明のつかない症状(Medically Unexplained Symptoms; MUS)と位置付けられています.そ して,口腔内症状としては口内の苦み,口内の渇 き,唾液の分泌亢進,舌の痛みや違和感,味覚の 表 12 不定愁訴として出現しやすい身体症状 ●神経骨格系 :頭痛,頭重,肩こり,背腰痛, しびれ感,振戦 ●心・循環器系 :のぼせ,動悸,胸痛,苦悶感, 四肢熱感・冷感 ●呼吸器系 :呼吸促迫,息切れ,胸苦しさ, 喉頭閉塞・異物感,咳 ●消化器系 :食欲不振,口渇,悪心・嘔吐, 胃部不快,腹痛,膨満,便秘, 下痢 ●皮膚泌尿器系 :発 汗, 寝 汗, か ゆ み, 乾 燥, 頻尿,排尿困難 ●生殖器系 :インポテンツ,月経障害 ●口腔系 :口腔乾燥症,舌痛症,味覚障 害,顎関節症,口臭症,口内痛 図 14 口臭症の証と症状を考慮した漢方薬の選択法

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脱失や変化,顎の痛みや違和感,咬合不快感など が挙げられます.このような口腔内 MUS に対し て,西洋医学的治療では十分な対応ができません.  3)口腔不定愁訴の漢方医学的治療  一方,漢方医学では,MUS を望診,聞診,問診, 切診による四診によって,八綱,六病位,気血水, 五臓の基本的概念を通じて説明できます.実際, 漢方薬は不定愁訴,更年期障害,自律神経失調症 のような症状の改善が困難な症例に対して有効で あるとされており,口腔不定愁訴にもその効果が 期待されます.  口腔乾燥症では,唾液分泌の低下により口腔内 が乾燥し,舌苔がなく鏡面舌を呈している場合は 陰虚として治療を行います.シェーグレン症候群 や加齢などで唾液分泌が低下している場合には胃 陰虚,腎陰虚と考えます.舌痛症は,画一的な治 療より,個体差医療の必要性が高いことが示唆さ れる疾患です.精神的口臭症は,心理療法や漢方 治療が有効である場合が多くみられます.味覚障 害で,例えば食欲不振を伴う場合は脾虚として治 療します(表 13). 表 13 口腔不定愁訴の漢方医学的所見 口腔の乾燥 ● 唾液分泌の低下により口腔内が乾燥 し,舌苔がなく,鏡面舌を呈している 場合は陰虚 ● シェーグレン症候群・加齢などで唾液 分泌が低下している場合は胃陰虚,腎 陰虚 舌の痛み ● 画一的な治療より,個体差医療の必要 性が高い 口の臭い ● 真性口臭症,口臭恐怖症は,心理療法 や漢方治療が有効 味覚の障害 ●例えば食欲不振を伴う場合は脾虚  口腔内症状に対する漢方薬の選択を考えた場 合,口内炎には半夏瀉心湯,黄連湯,茵蔯蒿湯, 歯痛や抜歯後疼痛には立効散,口腔乾燥症には白 虎加人参湯,五苓散,麦門冬湯,八味地黄丸が選 択される場合が多くみられます.しかし,口腔不 定愁訴は漢方医学的には生気が弱っていることか ら,広義には虚証と考えられますので,身体機能 の低下状態に用いて機能回復促進をはかる補剤が 有効であると考えられます.すなわち,消化吸収 機能の賦活と栄養状態改善を通じて,身体防御機 能を回復させ,治癒促進をはかる補剤系の漢方薬 である補中益気湯,十全大補湯,人参養栄湯を積 極的に第 1 選択薬とします.  口腔不定愁訴患者の多くは虚弱体質で疲れやす く,気虚あるいは血虚の状態にあります.気虚で 内臓下垂,胃腸虚弱,食欲不振,寝汗がある場合 は補中益気湯を選択します.血虚で貧血,血液不 足,体力不足があり,さらに動悸,息切れ,咳嗽, 健忘,眠りが浅い場合には人参養栄湯を,手足の 冷え,貧血,体力低下があれば十全大補湯を選択 していきます(図 15).そして,これまで紹介して きた漢方薬を第 2 選択薬として探求していきます. 図 15 口腔不定愁訴に対する補剤の症状別選択法  十全大補湯には,造血能のある四物湯と消化機 能を改善する四君子湯が含まれており,気血両虚 の場合に用います.補中益気湯は四君子湯をベー スに,消炎作用を有する生薬も含まれており,気 虚が著しい場合に用います.六君子湯も四君子湯 をベースとしており,補中益気湯より症状が軽い 人に用いる場合もあります.人参養栄湯は十全大 補湯から川芎を去り,強壮・鎮静作用のある五味 子・遠志と健胃作用のある陳皮を加えたものであ り,呼吸器系疾患(肺気虚)にも効果があります.  その他,心熱や胃熱のある場合には半夏瀉心湯, 黄連湯,温清飲,加味逍遙散を用いることがあり ます.

表 4 口腔乾燥症の主な原因 ●加齢による変化 ●全身的な疾患 脱水,糖尿病,シェーグレン症候群,腎疾 患,高血圧症など ●局所的な問題 薬剤の副作用,ストレス,口呼吸,齲歯, 歯周病,義歯不適合など  3)口腔乾燥症の検査と診断  問診により基礎疾患の有無,常用薬剤のチェッ クを行います.次いで口腔粘膜の萎縮,口内炎や 粘膜疾患の有無,齲歯・歯周病・義歯の状態など を診査してから,実際の唾液分泌量を測定しま す.安静時唾液量は 1.5mL/15 分以下,刺激時唾 液量はガム試験で 10mL/10 分以下,

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