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(1)

[事実の概要]

1.本事案は、訴外Aの長男である原告Xが保険 会社である被告(被控訴人)Yに対し、被保険 者であるAが死亡したので、生命保険契約に基 づき約定の災害保険金の支払とこれに対する商 事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支 払を求めたものである。 なお、生命保険会社の災害保険金の支払とと もに損害保険会社の傷害保険金の支払も争われ ているが、この点については一部を除き記載を 省略する。 2.前提事実 (1) Aは、死亡当時、大阪弁護士会に所属する 弁護士であり、C法律事務所を経営していた ところ、平成 19 年6月 26 日午後8時 20 分こ ろ、立花駅3番ホームから転落し、走行中の 鉄道車両と衝突し轢死するという事故により 死亡した。その死体検案書には、直接死因と して轢死との記載があり、「死因の種類」欄に は、「自殺」に該当する番号にではなく、「そ の他及び不詳の外因」に該当する番号に「〇」 が記載されている。 (2) Aは、Yの次の保険(判決文では本件保険 2に相当)に加入しており、保険金受取人で あるXは、平成 19 年9月、Yから下記死亡保 険金 2000 万円を受領した。 ア 死亡保険金 2000 万円 災害保険金 1000 万円 イ 特約 災害保障特約付き (3) 本件保険約款には、被保険者が「不慮の事 故」による傷害を直接の原因として、その事 故の日から起算して 180 日以内に死亡したと きは災害保険金を支払う旨の規定及び「対象 となる不慮の事故とは急激かつ偶発的な外来 の事故で、かつ、昭和 53 年 12 月 15 日行政管 理庁告示第 73 号に定められた分類項目中下 記のものとし、分類項目の内容については、 『厚生省大臣官房統計情報部編、疾病、傷害 および死因統計分類提要、昭和 54 年版』によ るものとします」との規定があるほか、保険 契約者又は被保険者の故意又は重大な過失に より死亡した場合は、保険金を支払わない旨 の規定がある。 3.当事者の主張 (1) Xの主張 ア Aの本件死亡について、以下の理由から、 Yが、免責事由であるAの故意又は重大な 過失による事故であることを主張、立証す る責任を負い、Xは、保険事故発生の偶発 性についての立証責任を負わないと解すべ きである。 ・保険金請求者と保険者のいずれかが事故 の偶発性について立証責任を負うのか約 款の文言を比較対照したのみでは直ちに 判別できず、今日まで長時間にわたり、 このような約款の条項を放置してきた保 険者側の責任は重く、保険金支払要件に ついて定めた「急激かつ偶然な外来の」、 「不慮の事故」の部分は、いずれも信義 則ないし消費者契約法第 10 条により無 効である。 ・最二小判平成 13 年4月 20 日民集 55 巻3 号 682 頁は、最二小判平成 16 年 12 月 13 日民集 58 巻9号 2419 頁および最二小判 平成 19 年7月6日民集 61 巻5号 1955 頁によって、変更されたものというべき である。 イ Aは、同日の午後7時から7時 30 分ころ まで、大阪市中央区にあるC法律事務所で 仕事をし、その後 JR 神戸線で立花駅に向か い、交通事故の事故現場を視察した後、帰 宅のため、再度立花駅から自宅のある大阪 方面に向かう普通電車を待つため、3番ホ ームにいたところ、何らかの事故又は第三

災害関係特約における偶発性の立証責任

大阪高判平成 21 年9月 17 日(平成 21 年(ネ)第 1293 号保険金請求控訴事件) 金融・商事判例 1334 号 34 頁 (原審)大阪地判平成 21 年3月 23 日(平成 20 年(ワ)第 4987 号) 金融・商事判例 1334 号 42 頁

(2)

者による故意・過失により(何者かに突き 落とされたという可能性もある。)、同ホー ムから転落したものと考えられる。また、 C法律事務所の経営状態は良好であり、A は、Bと協議離婚しているが、その原因は、 Aが別の女性と内縁関係にあったことによ るものであるから、Aには自殺する動機が ない。加えて、Aは、本件死亡の当日も普 段と変わらない様子で仕事をしており、自 殺するとは到底考えられない。したがって、 Yは、Ⅹに対し、災害保険金 1000 万円を支 払う義務がある。 (2) Yの主張 ア 災害保障特約に基づく災害保険金に関し ては、約款の「不慮の事故」、すなわち、「急 激かつ偶発的な外来の事故」による被保険 者の死亡という一連の事実全体を支払要件 として定めているから、保険金請求者が発 生した事故が偶発的な事故であることにつ いて主張立証責任を負う。 イ 本件死亡は、Aの自殺によるものである。 すなわち、本件車両の運転士の説明によれ ば、Aがホーム中程から線路内に走り込ん だというのであり、過失による転落等と考 える余地はなく、成人男子が、ホームから 軽々に線路内に転落するとは考え難く、危 険を回避する放送もされていたのであるか ら、その行為は故意によるものといわざる を得ない。また、自殺者の心理は複雑であ り、身内や周囲の人間にとっても容易に知 り得るものではなく、自殺者のすべてが身 の回りの整理をして自殺するわけでもない。 ウ 仮に、本件死亡がAの自殺でないとして も、上記のとおり、Aには線路内に転落し たことにつき重大な過失があるから、Yは、 本件保険の上記約款により免責される。 原審では、事故発生の偶発性の立証責任 について平成 13 年4月 20 日最高裁判決に 倣い、保険金請求者が責任を負うとした立 場を採り、またAの死亡が自殺と推認され るから、本件死亡が「不慮の事故」による ものと認めることはできないとして、Xの 請求を棄却したが、これを不服としてXが 控訴した。 4.争点 (1) 事故発生の偶発性についての主張立証責任 (2) 本件死亡の偶発性

[判旨] 控訴棄却

「1.争点(1)(事故発生の偶然性についての主張 立証責任)について (1) 略 (2) 控訴人は、被控訴人らに免責事由である保 険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失 による事故であることを主張立証する責任が あり、控訴人は事故発生の偶然性について主 張立証責任を負わないと主張するので、検討 する。 ア 本件保険1について〔損害保険会社の傷 害保険契約〕 商法には、損害保険と生命保険に関する 規定はあるが、傷害保険に関する規定がな いので、傷害保険契約に関する解釈は、専 ら当事者間の合意、すなわち、保険約款に 委ねられていると解される。・・・・(以下 略) イ 本件保険2について ・・・・本件約款2に基づき、保険者に 対して災害保障特約における災害死亡保険 金の支払を請求する者は、発生した事故が 偶発的な事故であることについて主張、立 証すべき責任を負うものと解するのが相当 である。なぜなら、・・・・本件約款2中の 災害保障特約に基づく災害死亡保険金の支 払事由は、不慮の事故とされているのであ るから、発生した事故が偶発的な事故であ ることが保険金請求権の成立要件であると いうべきであるのみならず、そのように解 さなければ、保険金の不正請求が容易とな るおそれが増大する結果、保険制度の健全 性を阻害し、ひいては誠実な保険加入者の 利益を損なうおそれがあるからである。本 件約款2のうち、被保険者の故意により災 害死亡保険金の支払事由に該当したときは 災害死亡保険金を支払わない旨の定めにつ いても、災害死亡保険金が支払われない場 合を確認的注意的に規定したものにとどま り、被保険者の故意により災害死亡保険金 の支払事由に該当したことの主張立証責任 を保険者に負わせたものではないと解すべ きである。(最高裁判所平成 13 年4月 20 日第二小法廷判決・民集 55 巻3号 682 頁参 照)。

(3)

ウ 以上によれば、本件死亡事故が偶発的な 事故であることについては、保険金請求者 である控訴人に主張立証責任があるものと いうべきである。 エ 控訴人の主張について (ア)・・・・控訴人は、Aの本件死亡事故の 偶然性について主張立証責任を負わない旨 を主張している。そして、控訴人の上記主 張が、前記二つの平成 13 年4月 20 日の最 高裁判決(以下『平成 13 年最高裁判決』と いう。)における補足意見が約款改訂を求め ていることに依拠していることは明らかで ある。しかしながら、控訴人が指摘する本 件保険約款1、2における事故の偶発性の (ママ)関する主張立証責任の問題は、平 成 13 年最高裁判決によってひとまず決着 がついたのであるから、もはや保険契約者 にとって事故の偶然性の主張立証責任の所 在を容易に判別できない状況にあるとはい えないこと、上記補足意見が求める約款改 訂は、主張立証責任の所在を約款上明確に させる趣旨であり、そこにいう改訂の具体 的内容は、同補足意見があくまで法廷意見 に賛成の立場を前提とするものである以上、 保険事故が偶発的なものであったことにつ いて保険金請求者が主張立証責任を負うこ とを約款の文言上明確化するものであると 解すべきであること、疑義のない約款条項 の作成が容易にできるものであるかは疑問 であることなどを総合勘案するならば、保 険者側である被控訴人らが、控訴人の指摘 にかかる本件保険約款1、2の条項を改訂 してこなかったからといって、そのことか ら、本件約款1、2のうち保険金支払要件 について定めた『急激かつ偶然の』、『不慮 の事故』の部分が信義則ないし消費者契約 法 10 条により無効をきたすものであると 解するとはできない。よって、この点に関 する控訴人の主張は、その前提を欠き採用 することができない。 (イ)控訴人は、火災保険や盗難保険等の損 害保険に関する最高裁判決を引用して、控 訴人は、本件死亡事故発生の偶然性につい て主張立証責任を負わないと主張する。 確かに、原告が引用する最高裁判決は、 火災保険について、火災保険金の支払を請 求する者は、火災発生が偶然のものである ことを主張立証すべき責任を負わないもの と解すべきであるとしているが、その理由 は、商法が火災によって生じた損害はその 火災の原因いかんを問わず保険者が填補す る責任を負い、保険契約者又は被保険者の 悪意又は重大な過失によって生じた損害に ついては保険者は填補責任を負わない旨定 めており(商法 665 条、641 条)、火災発生 の偶然性いかんを問わず、火災の発生によ って損害が生じたことを火災保険金請求権 の成立要件とするとともに、保険契約者又 は被保険者の故意又は重大な過失によって 損害が生じたことを免責事由としたものと 解されることなどによるものである(最高 裁平成 16 年 12 月 13 日第二小法廷判決・民 集 58 巻9号 2419 頁参照)。なお、商法 629 条の定める保険事故の『偶然性』は、保険 契約締結の時に、保険事故の発生又は不発 生が予測されない(発生するかどうかが不 確定である場合だけでなく、発生は確実で あるが発生時期が不確定の場合を含む。)と いう意味であって、事故そのものの偶然性 をいうものではないのである。 したがって、上記最高裁判決の事案は、 本件保険1及び2の場合とは事案を異に し、・・・・控訴人は、Aの本件死亡事故発 生の偶然性について主張立証責任を負うべ きである。 (ウ)また、控訴人は、災害補償共済規約が 『被共済者が急激かつ偶然の外来の事故で 身体に傷害を受けたこと』を補償費の支払 事由と定め、これとは別に『被共済者の疾 病によって生じた傷害については補償費を 支払わない』との規定を置いている場合、 補償費の支払を請求する者は、被共済者の 身体の外部からの作用による事故と被共済 者の傷害との間に相当因果関係があること を主張、立証すれば足り、上記傷害が被共 済者の疾病を原因として生じたものではな いことを主張、立証すべき責任を負わない とする最高裁判決(最高裁平成 19 年7月6 日第二小法廷判決・民集 61 巻5号 1955 頁 参照)により、平成 13 年最高裁判決が実質 的に変更されたとも主張する。 しかしながら、平成 19 年7月6日最高裁 判決の事案は、被共済者が昼食に餅をのど に詰まらせて窒息したというものであり、

(4)

被共済者が急激かつ偶然の外来の事故で身 体に傷害を受けたことが認められる事案で あって、上記傷害が被共済者の疾病を原因 として生じたものかが争われたものである から、同事案が、外部からの作用が存在し、 これにより傷害が発生したことについては 争いがなく、これと両立する、『その外部か らの作用が生じた原因(間接的な原因)が 疾病であるか否か』が争われているのに対 し、本件保険1及び2の場合においては、 事故の発生原因が故意によるものか否か、 換言すればそもそも外部からの作用が存在 したか否かが択一的に争われているのであ るから、事案を異にするというべきである。 したがって、・・・・この点に関する控訴人 の主張も採用することができない。 2.争点(2)(本件死亡の偶然性)について (1) 略 (2) 上記前提事実、証拠(略)及び弁論の全趣 旨によれば、次の事実を認めることができる。 ア Aは、本件死亡事故発生当時、大阪弁護 士会に所属する弁護士であり、大阪市中央 区においてC法律事務所を経営していたと ころ、平成 19 年6月 26 日、午後から広島 地方裁判所福山支部の交通事故の裁判に出 廷し、夕方には、上記事務所に戻って仕事 をしていた。 イ Aは、同日の午後7時ないし7時 30 分こ ろ、上記事務所を退所したが、その際、上 記事務所に所属していたD弁護士に対し、 『先帰るわ』『それじゃあ』などと声をかけ たが、普段と特に変わった様子は見受けら れなかった。 ウ Aは、同日午後8時 14 分ころ、立花駅の 3番ホームから線路内に走り込み、同ホー ムに進入してきた姫路発米原行の上り快速 電車(本件車両)に轢かれ、死亡した。即 死であった。 (3) 上記認定事実によれば、Aは、立花駅の3 番ホームから線路内に走り込み自殺したと推 認するのが相当であり、Aが、過失によって 上記ホームから転落したと認めるに足りる証 拠はなく(Aが、疲労や飲酒等により転倒す る危険性のある身体状況にあったと認めるに 足りる証拠もない。)、また、Aが、何者かに よって上記ホームから突き落とされたと認め るに足りる証拠もないから、少なくとも、本 件死亡事故が『急激かつ偶然な外来の事故』 ないし『不慮の事故』、すなわち、『急激かつ 偶発的な外来の事故』によるものと認めるこ とはできない。 (4) 控訴人の主張について ア 控訴人は、本件車両の運転士は、ともす れば、自己が業務上過失致死罪に問われる 可能性があり、自己の罪責を隠滅するため に虚偽の供述をする可能性があるから、そ の供述の信用性は低いと主張する。 しかしながら、丙第3号証及び調査嘱託 の結果によれば、本件車両の運転士は、『甲 子園口駅を定通し速度約 100km/h で惰行運 転中、立花駅ホームに差し掛かったときに、 ホーム中程から線路内に走り込む男性を約 50m手前で発見し、直ちに非常ブレーキを 使用するとともに非常気(ママ)笛吹鳴す るも衝撃し、防護無線を発報し現場を約 280m行過ぎて停車した』というのであり、 その内容は具体的かつ迫真性があって、上 記運転士において直ちに非常ブレーキの使 用及び非常気(ママ)笛吹鳴という事故回 避のための措置をとっていることがうかが われるから、同運転士が前方注視を怠って いたとは考え難く、これを認めるに足りる 証拠もない。したがって、・・・・その供述 の信用性に疑問を差し挟む余地はないから、 控訴人の上記主張は採用することができな い。 イ 控訴人は、AはC法律事務所を退所した 後、JR 神戸線で立花駅に向かい、交通事故 の事故現場を視察し、帰宅のため、再度立 花駅から自宅のある大阪方面に向かう普通 電車を待つため、3番ホームにいたと主張 し、D弁護士作成の陳述書(証拠略)には、 Aが立花駅付近で発生した交通事故の現場 を見に行った可能性があるとの記載がある が、同記載は、いまだ推測の域を出るもの ではないから、Aが立花駅にいた理由は不 明というほかなく、上記主張は採用するこ とができない。 ウ ・・・・自殺を意図する者の内心の心理 は様々であって、突発的な自殺もある反面、 計画的な場合でも、周囲に気付かれないよ うに平静を装っていた可能性も否定するこ とはできないから、上記各証拠は、いまだ、

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本件死亡がAの自殺である可能性を否定す るものということはできず、控訴人の上記 主張は採用することができない。 (5) 以上によれば、控訴人の各保険金請求につ いては、いずれも請求原因事実の証明が十分 でないということに帰着する。 3.よって、控訴人の請求をすべて棄却した原判 決は相当であり、本件控訴は理由がないからこ れを棄却することとし、主文のとおり判決す る。」

[研究]

1.はじめに 災害関係特約の約款によれば、災害保険金が支 払われる条件として、被保険者が「対象となる不 慮の事故」を直接の原因として死亡し、かつ、所 定の免責事由に該当しないことが必要となるが、 この「対象となる不慮の事故」であるためには、 「急激かつ偶発的な外来の事故」の諸要件を満た すことが必要とされる。偶発とは、事故の原因が 予期できない状態のほか、事故発生が自分の意思 によらないもの、すなわち非故意であるという意 味を含むものと解されている(山下友信『保険法』 450 頁〔有斐閣 2005〕等)。だが、一方で災害保 険金の免責事由としては、重過失による事故であ ることと並列的に故意による事故についても規定 されている。立証責任の通説的見解である法律要 件分類説に照らしてみると、偶発の事故であるこ とを請求原因事実とする立場を採れば、保険金請 求者が立証責任を負うことになるが(以下、「請求 原因説」とする)、免責規定に故意が掲げられてい ることを重視すれば、保険者が立証責任を負うこ とになる(以下、「抗弁説」とする)。すなわち、 約款を見る限りでは、偶発性の立証責任が保険金 請求者、保険者のいずれにあるのか明確には判別 できない状況となっており、訴訟上、いずれもが 偶発性の有無について主張したが、裁判所の心証 を形成するまでに至らなかった場合に影響が出て くる。 さて、本事案は、生命保険会社が扱う災害関係 特約に関し、事故の偶発性の立証責任の所在、及 び火災保険の損害保険に関する平成 16 年 12 月 13 日最高裁判決等との関係が争点となったものであ るが、原審及び控訴審ともに平成 13 年4月 20 日 最高裁判決を踏襲し、災害関係特約における偶発 性の立証責任は保険金請求者が負うものとし、ま た近時の損害保険に関する平成 16 年 12 月 13 日最 高裁判決および共済保険に関する平成 19 年7月 6日最高裁判決との関連においては、偶発性の立 証責任の問題とは直接的な関係性を有しないこと を確認した点で意義のある判例といえよう。以下 では、事故の偶発性の立証責任に関する下級審判 例・学説及び近時の最高裁判決について触れると ともに、平成 22 年4月施行の保険法との関連につ いても述べていくこととする。 2.偶発性の立証責任について (1) 災害関係特約における偶発性の立証責任を めぐっては、判例および学説において見解の 対立が続いていた。多くの下級審判例では、 偶発性の立証責任は、保険金請求者が負うも のとしていた。これは、偶発性に関する規定 を請求原因事実とし、偶発の事故であること の立証責任は保険金請求者側にあるとの請求 原因説を採ったものである(福岡高判平成 10 年1月 22 日判時 1670 号 81 頁等)。判例の中 には、上記を前提としたうえで、約款上、免 責事由として並列的に規定されている故意・ 重過失について、故意は保険金請求者、重過 失は保険者がそれぞれ立証責任を負うとする ものや(仙台高判平成6年3月 28 日判タ 878 号 274 頁)、約款の「支払対象となる不慮の事 故」中の分類項目から「不慮か故意か決定さ れない傷害」が除外されていることを請求原 因説採用の理由の一つとするものもあった (仙台地判平成4年8月 20 日判時 1455 号 155 頁)。しかしながら、判例の中には、事故 が被保険者の故意によるものであることを保 険者の抗弁事由として扱うべきであるとする ものもあった(神戸地判平成8年8月 26 日判 タ 934 号 275 頁)。 (2) 学説について、災害関係特約の支払事由は 「急激かつ偶然な外来の出来事による」身体 の損傷が保険事故であるから、保険金請求者 がその身体損傷の原因を立証する必要がある こと(大森忠夫『保険契約法の研究』119 頁 〔有斐閣 1969〕等)、偶発性は傷害にとって 概念本質的な要求であることから、故意によ らないことは保険金を請求する者が立証すべ き消極的要件であること等を理由に(潘阿憲 『傷害保険および生命保険の災害関係特約に おける偶然性の立証責任-立法論的検討』生 保論集 124 号 203 頁等)、保険金請求者が事故

(6)

の偶発性についての立証責任を負うとする主 張が多い。ただ、人は自ら自分を傷つけるも のではないという自己保存本能に基づく経験 則が存在すること、自殺といった自傷行為は、 被保険者の内心の意思に関わるものであり、 被保険者の故意によらないことの立証が極め て困難であること等を考慮して、この主観的 要件に関する立証は必ずしも厳格に要求され るものではなく、周囲の情況からする判断に よる一応の証明ないし表見証明で足りるとの 見解(笹本幸祐『人保険における自殺免責条 項と証明責任(四・完)』生命論集 131 号 109 頁、松本博之「保険金請求訴訟における証明 責任と具体的事実陳述義務」倉沢康一郎ら編 『昭和商法学史』669 頁〔日本評論社 1996〕、 前掲大森 120 頁等)もある。 これに対し、保険金請求者に事故が被保険 者の故意によらないことの立証責任を課すと、 実質的に見て保険金請求者に厳しい結果をも たらすこと、約款上、被保険者の故意が保険 者免責事由として掲げられており、免責事由 の存在は保険者が立証すべきものであること、 このように考えても、災害保険金の請求には 急激性・外来性の立証が必要であり、不慮の 事故による保険金支払の規定の意義は失われ ないこと等を理由に、事故が偶然でないこと (故意)の立証責任は保険者が負担すべきだ とする見解(中西正明『災害関係特約におけ る被保険者の故意の立証責任』事例研レポ 113 号1頁等)も有力に主張されている。 3.平成 13 年4月 20 日最高裁判決の意義 上述のとおり下級審判例及び学説の見解が対立 してきた中で、平成 13 年4月 20 日最高裁判決が 登場し、偶発性の立証責任の分配について一応の 裁判規範は確立したものといえよう。当該最高裁 判決では、「本件約款に基づき、保険者に対して災 害割増特約における災害死亡保険金の支払を請求 する者は、発生した事故が偶発的な事故であるこ とについて主張、立証すべき責任を負うものと解 するのが相当である」と請求原因説の立場が妥当 であることを明確に判示した。その理由として、 最高裁は、①発生した事故が偶発的な事故である ことが保険金請求権の成立要件であること、②こ のように解さなければ、保険金の不正請求が容易 となるおそれが増大し、結果、③保険制度の健全 性を阻害し、ひいては誠実な保険加入者の利益を 損なうおそれがあることの3点をあげ、約款の故 意免責規定については、災害保険金が支払われな い場合を確認的注意的に規定したにとどまり、故 意による事故であることの立証責任を保険者に負 わせたものではないと判断した。しかしながら、 学説においては、このような立場に対して、本来 保険者免責事由として掲げられているものは権利 障碍規定として保険者が主張立証すべきことを前 提として規定されているのであって立証責任の転 換をすべきでない等批判的な見解がなお少なくな い(小林登『不慮の事故の立証責任』事例研レポ 176 号1頁等)。 なお、原告は、上記平成 13 年4月 20 日最高裁 判決による偶発性の立証責任の所在に関する判断 は、その後の火災保険に関する平成 16 年 12 月 13 日最高裁判決及び共済保険に関する平成 19 年7 月6日最高裁判決によって、変更されたと主張し ているが、この点については、まさに判決文のと おり、改正前商法の該当条文や約款条項の趣旨・ 文理解釈からして、特段影響を及ぼす合理的理由 はないものと考えられる。 4.保険法との関係 保険法では、傷害疾病定額保険の給付事由につ いて第2条第9号で「人の傷害疾病に基づき一定 の保険給付を行う」と規定されているにすぎず、 保険法の規律では給付事由である「傷害」の詳細 な定義について記載がない状況である。しかしな がら、第 80 条で、傷害疾病定額保険の免責事由の 一つに被保険者の故意が規定されていることから すれば、保険法が想定する「傷害」とは故意によ る事故をも含むと解するのが合理的であるものと 考えられるが、このような規律のもとにおいて偶 発性の立証責任について考えてみると、法律要件 分類説によれば、保険者がその責任を負うと解さ れることになる。しかし、「保険法の見直しに関す る中間試案の補足説明」では、「(災害保険金の請 求原因である)『傷害』を故意によらないものに限 定しないこととした上で、被保険者の故意を免責 事由として掲げている。これにより、保険法の規 律としては、保険者が被保険者の故意による事故 であることの証明責任を負うことになると考えら れる。(この)規律を任意規定とする場合には、こ れに反する約定が直ちに無効となるわけではない ため、証明責任の所在については個々の契約の約 款の解釈にゆだねられることになる。」と指摘して いる。また、立法担当官も、保険者免責の規定は

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任意規定であり、また一般に証明責任を誰が負う かは、個別の契約の定め方によっても異なるから、 個々の保険契約で被保険者の故意についての証明 責任を保険者と保険金受取人のどちらが負うこと になるかは、保険法の規定を踏まえつつ、約款規 定の解釈の中で判断されることになる、との見解 を示している(萩本修『一問一答保険法』194 頁 〔商事法務 2009〕)。したがって、これらを前提に 考えれば、保険者は、約款で、この偶発性を含む 3要件の傷害事故の概念を定めることにより、偶 発性=非故意性の立証責任を保険金請求者に負わ せることができるものと考えられる(前掲潘『保 険法解説』446 頁)。 また、保険者から保険金請求者に立証責任を転 換することとなると、消費者契約法第 10 条の適用 対象となるのではといった問題が生じる。消費者 契約法第 10 条の適用対象となるのは、契約条項の 内容が、①民法、商法等の一般法の規定よりも消 費者の権利を制限、または消費者の義務を加重す るものであり、かつ②信義則の観点から基本原則 に反して消費者の利益を一方的に阻害するもので ある場合である。しかしながら、保険者としては、 災害関係特約の担保範囲を明確にするために、約 款上、偶発的な事故を請求原因事実として定めて いるのであって、今後、約款上、このような規定 が存在する限りにおいては、平成 13 年4月 20 日 最高裁判決は依然として意義があると解すること もできると考えられる。もっともこのように考え ると、一般的な災害関係特約に基づく災害保険金 の保険金請求者が他の保険契約における保険金請 求者よりも不利な立場に置かれることとなる可能 性はあるが、それは上記のとおり災害関係特約の 担保範囲の限定に伴うものであり、加えてその内 容が著しい不当な内容とはいえず、消費者契約法 第 10 条違反の対象となることは考えにくいであ ろう(前掲潘『保険法解説』449 頁)。 なお、本事案では生命保険契約の災害関係特約 とともに争点となった損害保険会社の傷害保険契 約の解釈について、「商法には、損害保険と生命保 険に関する規定はあるが、傷害保険に関する規定 がないので、傷害保険契約に関する解釈は、専ら 当事者の合意、すなわち、保険約款に委ねられて いると解される。」としている。このような判旨は 比較的珍しく注目に値するものと考えられるが、 改正前商法第 629 条では損害保険の定義について 規定されているものの、損害保険会社の傷害保険 契約は実損填補給付ではなく定額給付であるため、 契約内容について約款解釈に委ねられるとするの は妥当であるものと考えられる。分類項目の列挙 がないことを除けば、本傷害保険契約の給付事由 及び免責事由は生命保険契約の災害関係特約と同 様であるが、これと同様の約款構成を持つ損害保 険会社の傷害保険契約が、仮に保険法適用対象の 契約であった場合、偶発性の立証責任については、 保険法の規律に属するのかといった問題が生じる が、この点については上記のとおり生命保険契約 における災害関係特約の場合と同様の結論になる のではと考えられる。 5.私見 (1) 控訴を棄却した本事案の結論には賛成でき る。偶発性の有無についての判断に際しては、 事故に至るまでの経緯、事故態様、目撃者等 第三者の情報といった客観的な事情のみなら ず、借財、家族関係、勤務状況といった主観 的な事情との相関を総合考慮し、自殺の蓋然 性が相当程度高いと評価できる場合に限り主 張するものであると考える。本事案では、A の自殺動機については不明であるといわざる を得ないものの、①運転士(=目撃者)談に 基づくAの行為内容、②現場にいた合理的目 的性が肯定されなかったこと、③運転士が具 体的詳細な供述をしていたこと及び通常の事 故回避行動を取っていたことがポイントとな るものと考えられる。①から、おおよそ第三 者の関与や疾病発症による不慮の墜落による 事故、そして自過失による事故との想定は極 めて困難であるといわざるを得ず、自殺であ るとの認定が相当であり、更に今回のような 自殺が疑われるような事案であれば、②より 自殺の可能性が肯定的に評価され、加えて③ より運転士談に不審点がなく、また通常の事 故回避行動が取られていたことからすれば、 運転士の証言がより重視されるのではないか と考えられる。したがって、偶発性の立証責 任の問題を抜きにしても、上述の判決文(争 点2(2)参照)のとおり、本件死亡は偶発性を 欠くものであるとの解釈は妥当である。 (2) しかしながら、本事案では、保険金請求者 が負担すべき偶発性に関する立証責任の具体 的内容について何ら触れられていないので、 この点についても整理してみる。偶発性の立 証責任について、保険者としては、約款の「対 象となる不慮の事故」という項目で、災害関

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係特約の担保範囲を限定する趣旨から偶発的 な事故であることを要求しているのであり、 やはり偶発の事故であることは請求原因事実 と解するのが妥当であると考える。ただ、保 険金請求者において、被保険者の死亡が自殺 ではないことを立証することは非常に困難で あり、また自殺の可能性を完全に払拭できず、 裁判所の心証形成にまで至らなかった場合の 責任を保険金請求者が一方的に負うことにな ってしまいかねない。したがって、請求原因 説を基調としつつも、保険金請求者としては、 被保険者の死亡が外形上偶発の事故によるも のであることについて一応の証明をすれば足 り、これに対し保険者が故意に事故を惹起し たことについての一定の事実を主張し、その 事実について保険金請求者が反証を挙証でき なければ、請求を棄却とするといった立証責 任の軽減を認めるべきと考える。加えて、こ の保険金請求者の一応の証明に対するこの第 2段階目の保険者の主張が妥当か否かを厳格 に見ることにより、保険金請求者にとって酷 な結果を一定の範囲で抑えることができるも のと考えられる。 いずれにせよ、保険者としては被保険者が 故意に事故を惹起したことについて一定の事 実を推認できる程度の情報収集を、まずは慎 重かつ必要十分に行うことが非常に重要であ ることに相違なく、また収集した事実関係か らでは上記第2段階目の主張が困難なようで あれば、保険者としては災害保険金を支払と する方向で検討すべきではなかろうか。 (大阪:平成 22 年 12 月 10 日) 報告:住友生命保険相互会社 保険金室 坂口 亨 氏 指導:大阪学院大学教授(大阪大学名誉教授) 中西 正明 氏 立命館大学教授 竹濵 修 氏

参照

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