幼児期における「けんか」についての認識の発達--ネガティブな感情のやりとりの理解
著者
久保 ゆかり
著者別名
KUBO Yukari
雑誌名
東洋大学社会学部紀要
巻
42
号
2
ページ
61-80
発行年
2005-02
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00003283/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja幼児期における「けんか」についての認識の発達
ネガティブな感情のやりとりの理解
Preschool Children’s Views About Conflicts With Peers:
APreliminary Analysis
久保 ゆかり
KUBO Yukari
要 約 本研究の目的は、幼児期におけるコンフリクト(「けんか」)についての認識の発達を捉える枠組 みを探索的に検討することである。幼稚園の4歳児、5歳児、6歳児それぞれ10名(男女同数)ず つ計30名を対象として、1対1のインタビューを行い、所属園のクラスでの「けんか」の生起の有 無、「けんか」の原因、「けんか」への対処について尋ね、それらについて子ども自身に語ってもら った。その結果、大半の4歳児は「けんか」が生じているとは言わなかったことが見出された。4 歳児では、「けんか」が生じていることを認識していない可能性がある。5歳児、6歳児では、全 員が「けんか」が生じていると答え、その原因と対処についても答えることができた、「けんか」 の原因としては、5歳児では〈不快な行動〉と〈物の専有〉が上げられることが多かったL6歳児 では、さらに当事者の気持ちや暗黙の規則の違反に言及されることが見られた。「けんか」の対処 については、5歳児では、「謝る」、「やり返す」、「先生を呼ぶ」、「ジャンケン」を提案するといった 多様なものが語られた。6歳児は、さらにそれぞれを精緻化したり、より自律的な対処法が言及さ れたりした。そこから、「けんか」の原因や対処についての考えには、幼児期において多様性があ り、それの成長の仕方にも多様な道筋がありうることが示唆される。1.問 題
幼児期における社会性の発達にとって、仲間とのけんか、いざこざといった社会的なコンフリク ト(social confiict(Shantz,1987))のもつ意味は大きいと言われている。社会的なコンフリクトを通 して、子どもの社会的なコンピテンスの発達が促されると考えられるc社会的コンビテンスとは、東洋大学社会学部紀要 第42-2号(2004年度) Rubin, Bukowski,&Parker(1998)によれば、社会的相互作用において個人の目標を達成すると同 時に、時間を超え、状況を亘り、肯定的な対人関係を維持することのできる能力のことである。ま た、攻撃性を抑え、仲間やおとなと協力したり、他者の権利を侵すことなく自らの要求を主張した りするといった力は、幼児期から児童期の子どもの自己統制の重要な構成要素であると言われる (Gilliom et ai.,2002)。大人は一般に、子どもに比べれば、相手に配慮して相互交渉をすることが多 い。子どもは、大人との相互交渉においては、相手に配慮してもらって相互理解が成立することが 多いと考えられる。一方、子ども同士の相互交渉においては、子ども自身の未熟さから、他者への 無視、無理解、誤解、共感の欠如などの問題をもつ相互交渉を経験することとなる。しかし、その ような問題を含む相互交渉であるからこそ、そのなかで子どもは自分のもてる社会的コンピテンス を総動員して事にあたることとなり、仲間とのコンフリクトのある相互交渉経験は、社会的コンビ テンスの発達を促すと考えられる(斉藤・木下・朝生、1986;井森、1997)。 このようにけんか、いざこざといったコンフリクトは、子どもの社会性の発達にとって非常に重 要な意義を有するものであり、子ども同士のコンフリクト場面の観察研究が数多くなされている (Kinoshita, Saito,&Matsunaga,1993;Rubin et al.,1998;倉持,1992;臼井・森田・山田・岩宗・二 宮・桜井,1994;高坂,1996;高濱・無藤1998;平林,2003 ほか多数)。幼稚園といった仲間集団に 初めて入った子ども達のいざこざについて調べた木下ら(1986)と斉藤ら(1986)によると、いざ こざの原因について、次のようなことが見出されている。3歳児クラスの初期には、「不快な働き かけ」によっていざこざが生じることが半数近くを占めていたが、中期後期には、「規則違反」や 「(遊びの)イメージのずれ」といった原因が増えてきた。「物や場所の専有」といった原因は、3歳 児クラスを通して約3分の1で兄られた。いざこざの終結については、「相互理解」によって終結す る割合が後期になるほど多くなっていた。3歳児クラスのその後を追うと、いざこざの発生件数自 体は、4歳児クラスや5歳児クラスでは少なくなった。また、3歳児クラスでは、第三者の子ども が中立的に調停役になることは少なかったが、年長になると自分以外の二者の立場を理解して調整 役をすることが増えてくることが見出されている一 特定のf中間関係を幼児期3年間にわたって縦断的に観察した高濱裕子・無藤隆(1998)において は、2人の男児が幼稚園3年間を通して、「けんかをしない関係ではなく、けんかを終えられる関係 になった」変化を報告している.tコンフリクトという視点からみることによって、仲間との関係の 形成プロセスを多層的に捉えることが可能となったと考えられる一 コンフリクトの行動観察研究は、このように子どもの社会性の発達を捉える上で、実り多いもの であると言えるが、社会性の発達は「行動」と「認識」の二つの側面からなること(Saarlli, Mumme,&Campos;1998)を考えるとき、行動のみではなく認識を捉える必要性に気付く。子ど もの社会性の発達を促すと考えられるコンフリクトは、子ども自身からは、どのように捉えられて いるのであろうかt.t本研究は、幼児期におけるコンフリクトについての認識の発達を検討する枠組 みを探索することを目的とする=
その際に、本研究では、子どもがコンフリクトについて語ることに注目する。というのは、ある事 柄について語ることとは、言語的に表象すること、叙述することと言い換えることができるが、そ れは自覚化につながり、ひいてはその事柄に対する柔軟なコントロールを可能にすると考えられる (藤崎、2002)からである。コンフリクトについて言語化することによって、自覚化し対象化する ことが促され、ひいてはコンフリクトへの柔軟な対処が可能となるであろう。そのような方向性を 有するものとして、子どもがコンフリクトについて語ることを取り上げる。 さらに、そのコンフリクトとしては、子どもが実際の日常生活場面で経験しているコンフリクト について尋ねることにする、社会的認知の発達研究においては、従来、コンフリクトが生じる架空
の物語を提示してその登場人物について尋ねるという方法が用いられてきた(例えば、
Selman,1980)。それは、実際の文脈から離れた、一般的なコンフリクト概念の発達を捉える上では 有効な方法であるが、日常生活場面で生じる実際のコンフリクトについて、子どもがしている理解 を捉えることはできにくい。また、それを発展させた形として、パペットを用いて物の取り合いの 話を演じて見せて、それぞれのパペットの気持ちなどを5歳児に尋ねる研究もされている(Hay, Zahn-Waxler, Cummings, and Iannotti,1992)。それは、「物の取り合い」というコンフリクトの一形 態についての理解を捉えることはできるが、日常生活場面で生じるさまざまなコンフリクトを、子 どもがどのように捉えているのかを明らかにすることはできにくい。そこで、本研究では、その子 どもが所属している園のクラスにおいて実際にコンフリクトがあるかどうかについて尋ね、日常生 活場面でのコンフリクト理解を捉えることを試みる。 具体的には、所属園のクラスでのコンフリクトの生起の有無、コンフリクトの原因、コンフリク トへの対処法について尋ね、それらについて子ども自身に語ってもらうことにする。言うまでもな く、コンフリクトを子ども自身はどのように認識しているのかについては、行動観察からは直接捉 えることはできない。就学前の幼児期は、自己を対象化して捉えるという自己覚知(self-awareness) がしっかりと現れる時期であるが(Kopp,1989)、そのような力の発達を基盤にして、コンフリクト について子どもに直接尋ねて子どもに語ってもらうことによって、コンフリクトを子どもがどのよ うに認識しているのかを捉えることを試みる、 それによって、行動観察研究から見出されてきたコンフリクトにおける社会性の発達の姿を、子 ども自身の認識という側面から検討する。本研究が検討する具体的な問題は次の四点である。第一 に、そもそも幼児は、コンフリクトが生じていることを認識しているのかどうかを検討する.第二 に、コンフリクトの生起を認識した場合に、コンフリクトの原因として、幼児はどのような事柄を 認識しているのか、を検討する。また、コンフリクトの原因の認識内容について、年齢による違い があるのかどうか、あるとしたらどのような違いであるのか、を検討する。第三に、コンフリクト の生起を認識していた場合に、コンフリクトへどのように対処したらよいと考えているのかを検討 する。行動観察研究からは、年齢があがるにつれ第三者による調停が効力を有するようになってい くことが推測されるが、そのようなことを子ども自身がはたして認識しているのかどうかを検討す東洋大学社会学部紀要 第42-2号(2004年度) る。第四に、コンフリクトの原因や対処についての認識には、多様な個人差やタイプの違いがあり そうに思われる。そして、多様性自体も、発達していき、それぞれの発達の道筋にも多様性がある のではなかろうか。本研究では、個々人の多様性とその発達の過程についても検討を加えることと する。
2.方 法
参加者:東京都内の幼稚園に所属している3歳クラス児10名(男子5名、女子5名)(平均年齢;4 歳5ヵ月、レンジ;4歳0ヵ月一一 4 et 11ヵ月、4歳児と記す)、4歳クラス児10名(男子5 名、女子5名)(平均年齢;5歳5ヵ月、レンジ;5歳0ヵ月~5歳11ヵ月、5歳児と記す)、 5歳クラス児10名(男子5名、女子5名)(平均年齢;6歳5ヵ月、レンジ;6歳0ヵ月~6 歳11ヵ月、6歳児と記す)、合計30名。本研究では、幼児期におけるコンフリクトについ ての認識の発達を検討する枠組みを作ることを目的としているので、比較的少人数のデー タを詳細に検討することにし、得られたインタビューデータ(4歳児18名、5歳児21名、 6歳児19名)のうちから、各年齢児男女5名分ずつをランダムに選び、検討の対象とした。 手続き:対象者所属園の一室にて、筆者と一対一のインタヴューをおこなって、「けんか」につい て質問をした。それは、感情生活や感情経験、感情についての知識に関する調査プロジェ クトの一環として、実施されたものである。そのやりとりは、その場で筆記記録をとると ともに録音しておき、後に文字化してトランスクリプトを作成した。 質問とその聞き方は次の通りである。 Q1:00組(対象児が所属しているクラスの名前)さんで、けんかになること、あるかなあ。 にの質問に肯定的な答(「ある」、肯く、など)が返ってきた場合のみ、Q2の質問をす る。この質問に否定的な答(「ない」とか無答、首を横にふるなど)が返ってきた場合に は、ここで質問は終了する。} Q2:けんかは、どうしてけんかになるのかなあ。 Q3:そういうときには、どうしたらいいのかなあ。 本研究では、子どもに尋ねる際に、コンフリクトを表すことばとして、「けんか」を用いること とする。日常用語における「けんか」は、二つの立場の対立を意昧するコンフリクトとは、必ずし も一致するものではないが、幼児が日常的に使うことばのなかではもっとも近い意味を有するもの であると考えられるので、採用することとした。ただし、「けんか」ということばが日常生活のな かでどのように使われているかについては、別途、研究対象とすべき問題であると考える。また、 コンフリクトの生起を尋ねられると、子どもはおそらくコンフリクトのエピソードを想起しようと するだろうが、自分がコンフリクトの当事者であったエピソードか、あるいは第三者として見聞き したエピソードであったかどうかといったエピソードの種類などについては、子どもの語りに任せ ることとした。というのは、日常生活でのコンフリクトについて有無も含めて問うというインタビユー、究がほとんどされていないなかにあっては、幼児がコンフリクトについて尋ねられて何をど のように取り出してくるか(あるいは取り出せないのか)という取り出し方自体を検討の対象とす べきであると考えるからである。 なお、補足質問として、「そのあと、どうなるのかなあ。」という問いかけをしている場合がある。 それへの子どもの答は、直接には分析対象とはしていないが、事例を理解する上で参考になる可能 性のある場合には、Q4として追記した。
3.分析1:質問への回答の有無についての量的分析
3-1 分析方法 「けんか」が生じていると答えるか否か(Q1)、「けんか」が生じていると答えた場合に、その原 因について答える否か(Q2)、「けんか」が生じていると答え、その原因についても答えた場合に、 それへの対処について答えるか否か(Q3)について、分類する。分類の信頼性を確認するために、 筆・者と、もうひとりの研究者との2名が、30名分のトランスクリプトをそれぞれ読み込み、独立に 評定したところ、一致率は100%であった。 3-2 結果 3-2-1 「けんか」が生じていると答えるか否か(Q1) Q1の質問に肯定的な答(「ある」、肯く、など)をしているか、それとも否定的な答(「ない」、 首を横にふる、あるいは無答など}をしているかについて、分類した。その結果を、年齢別にまと めたものが、表1である。4歳児においてのみ、Q1の質問に否定的な答をすることが見られ、そ れは10人中7人であった。5歳児と6歳児では、それぞれ10名全員が、Q1の質問に肯定的な答をし た。そこから、4歳児では、自分のクラスで「けんか」が生じていると認識していない可能性のあ ることが推測される。一方、5歳児と6歳児では、自分のクラスで「けんか」が生じていると認識 していることがうかがえる。 表1 「けんか」になることがあるかとの問いへの答 単位 人 4歳児 5歳児 6歳児 計 否定的 7 0 0 7 肯定的 3 10 10 23 計 10 10 10 30 3-2-2 「けんか」が生じていると答えた場合に、その原因について答える否か(Q2) 「けんか」が生じていると答えた場合に、その原因について語らなかった人は、4歳児に1名い たのみであった。その1名以外の子どもたちは、原因について答えていた。その結果をまとめたも のが、表2である。東洋大学社会学部紀要 第42-2号(2004年度) 表2 「けんか」があると答えた場合に、原因について答える否か 単位:人 4歳児
5歳児 6歳児
計 答えない 1 0 0 1 答える 2 10 10 22 計 3 10 10 23 3-2-3 「けんか」が生じていると答え、その原因についても答えた場合に、それへの対処につ いて答えるか否か(Q3) 「けんか」が生じていると答え、その原因についても答えた場合には、それへの対処についても 全員が答えていた。(4歳児2名、5歳児と6歳児はそれぞれ10名ずつ。)その結果をまとめたもの が、表3である。 表3 「けんか」があると答え原因も答えた場合に、対処について答えるか否か 単位:人 4歳児 5歳児 6歳児 計 答えない 0 0 0 0 答える 2 10 10 22 計 2 10 10 22 3-3 考 察 4歳児では、10名中7名が所属クラスでは「けんか」があるとは言わなかった。4歳児では、そ もそも「けんか」が生じていることを認識していないのかもしれない。その解釈への考えられる反 論としては、4歳児クラスでは実際に「けんか」が生じていないのではないかということがある1.t それについては、観察も同時並行的に実施したところからは、その4歳児クラスでもいざこざは生 じていることが確認できる。ただし、それを子どもたちが、「けんか」とラベル付けしているかど うかという問題は未解決なままである、今後、その点に関しては観察などを通して確認する必要が あろう。 一方、5歳児と6歳児では、全員が「けんか」が生じていると答え、その原因についても答える ことができた。4歳から5歳にかけて、「けんか」が生じていることが認識されるように、変化成長 することが推測される.4.分析皿:質問への回答の内容についての分析
4-1「けんか」の原因の分析 4-1-1 分析方法 Q2に対する30名分の答えのトランスクリブトについて、1名分を1枚のカード(トランスクリ ブトカード)に記入し、数回読み返した,次に、内容を端的に表す仮のラベル(できるだけ子どものことばを用いた)をつけ、ラベルカード(付箋)に記入したeひとりの子がいくつかの事柄を述べ ていると思われる場合には、ひとつひとつにラベルをつけ、別のラベルカードに記入した。それを 30名分についておこなった。次に、内容が類似していると思われるラベルをまとめ、仮の項目名を つけ、項目名正個を項目名カード1枚に記入した。項目名をつけるにあたっては、子どものことば に重きをおきつつ、先行研究のいざこざの原因となる行動のカテゴリー(斉藤ら,1986;臼井ほか、 1994)をも参考にした。次に、その仮の項目名カードをおき、それに該当するトランスクリプトカ ードを並べ、そこで違和感が生じる場合には、項目名カードの項目名を見直した。その見直しを数 回繰り返し、得られた項目名を「カテゴリー名」とした。 なお、「カテゴリー名」についての定義の説明をしたうえで、別の研究者1名にも、30名分のプ ロトコル資料の分類を依頼した。一致率は、「けんか」の原因で、93.3%であった。不一致の事例 は討議により解決可能であった。 4-1-2 結 果 いざこざの原因として語られたもののうち、3名が全く同じことばを使ったのは、「いじわる」で あった。【面接事例①】はその典型例である。4歳男児1名と5歳男児2名が「いじわる」をあげた。 「いじわる」は、相手が一方的に不快な行動をすることと考えられる。ぶったりけったりといった 身体的な攻撃をしたり、悪口を言ったり、相手の行動を妨害したりといったこともそれに類する行 動であろう。「ぶった」は、5歳男児1名があげたeそれらは〈不快な行動〉として、その年齢別性 別の人数を表4に示した。それは、斉藤ら(1986)があげているいざこざの原因となる行動のカテ ゴリのうち、「不快な働きかけによるいざこざ(ある子どもの行動が相手にとって不快で、不満、 拒絶、否定の行動を引き起こす原因となる場合に起こる)」に類似している。斉藤ら(1986)の観 察では、それはいざこざの原因としてもっとも多く見られるものの一つであった。 表4 「けんか」の原因カテゴリの年齢別性別の人数 単位:人 4歳児 5歳児 6歳児 女児 男児 女児 男児 女児 男児 不快な行動(いじわる、ぶつ) 1 3 不快な行動十解釈の対立 1 1 1 不快な行動十受け手の気持ち 2 不快な行動十受け手の感情的返答 1 物の専有 1 1 順番の専有 1 物の専有十規則(貸してと言う) 2 物の専有十規則(皆で使う) 1 物の専有十規則(先の人が優先) 3 物の専有十規則十気持ち 1 物の専有十決め方十気持ち 1 その他 1 計 1 1 5 5 5 5
東洋大学社会学部紀要 ng 42-2号(2004年度) 【面接事例①】4歳男児 Q2ニ…いじわるだから。 Q3:やさしくすれば、いいの、 Q4:うれしそうになるの。 最年少の4歳児で「けんか」の原因を答えることのできた2名のうちのもう1名(【面接事例②】) は、「ぶつかったりする」と、「二人とも怒っちゃった。『あなたが悪いんでしょ』、『あなたが悪い んでしょ』、ってなっちゃうから。」としている。それは、ぶつかるという身体接触によって不快な ことが生じ、それに対して当事者双方ともに相手方がわるいとの認識をすることによって、対立が 生まれることを述べている。行動そのものが不快であるからというだけでなく、その行動の解釈が 対立を生むことについて言及し、その対立が「けんか」を引き起こすとしている。4歳児といえど も、「けんか」の原因として、不快な行動そのものだけでなく、行動の解釈の対立をあげることの あることが見出されたと言えよう,解釈の対立は、【面接事例③】と【面接事例④】のように5歳 女児と5歳男児それぞれ1名にも見られた。それらは〈不快な行動+解釈の対立〉として、その年 齢別性別の人数を表4に示した。 【面接事例②】註1 4歳女児 Q2:ぶつかったりすると、走ってくる人が、二人とも怒っちゃった。「あなたが悪いんでしょ」、 「あなたが悪いんでしょ」、声色をそれぞれ変えて}ってなっちゃうから。 Q3:あやまればいいの。 Q4:また、仲良しになる。 【面接事例③】5歳女児 Q2:悪いことして、「してないよ」って友達が言って、そいでけんかなっちゃう。(わるい ことって?)お友だち、つねったり、ひっかいたりすること、何にもしてないのに。 Q3:@@先生、**先生、呼んだり、だめだよって言えば。 【面接事例④】5歳男児 Q2:タオルを間違えて、怒ったりしたり、人に指さして、「だめだよ」って言って、もうひ とりの人が「いいんだよ」って言って、けんかになったりする。 Q3:ごめんね。 Q4:仲なおりができる。 〈不快な行動〉に関わる事例は、このほかに、6歳男児2名において、不快な行動を原因に挙げ た場合に、不快な行動を受けた側の人の気持ちを説明するということが見られた。【面接事例⑤】 は、その例であり、「わるいことをやられた人が、いやだよ一って思う」と語っている。それらは、 〈不快な行動+受け手の気持ち〉として表4に示した。 【面接事例⑤】6歳男児 Q1:あ一、あるね。
Q2・Q3:やっぱ、わるいことしたから、わるいことをやられた人が、いやだよ一って思う んじゃない? それで、先生とか、信い直し1自分で言って、聞いてくれなかったら、 先生に言う。 Q4:そのやった子が先生に怒られて、もうやりませんって言って。 それに加えて、6歳男児1名(【面接事例⑥】)においては、不快な行動を受けた側の人の感情の 絡んだ応じ方を、原因としてあげることが見られた。ぶつかられた方の子が「『やめてよ一』とひ どくいったりすると、けんかになったりする」とのことである。「ぶつかった」こと自体よりも、 それに対して強く不快な感情を返すことが「けんか」の直接の引き金であると考えているようであ る。それは、〈不快な行動+受け手の感情的返答〉として表4に示した。 【面接事例⑥】6歳男児 Q2:例えばサッカーやっててぶつかったと思って、「やめてよ一」とひどく言ったりすると、 けんかになったりする。 Q3:先生、呼ぶ。 Q4:仲直りする。 同様の内容を複数の子どもがあげた原因としては「不快な行動」のほかに、「取り合いっこ」が あった。例えば、5歳女児【面接事例⑦】は、「おもちゃとか取り合いっこ」といった〈物の専有〉 をめぐっての対立を答えた。これに相当する原因をあげたのは、このほかに6歳男児1名であった。 それらは〈物の専有〉として、その年齢別性別の人数を表4に示した。〈物の専有〉は、斉藤ら (1986)のあげている「物や場所の専有によるいざこざ(物や場所の使用について分配や順番の規 則を利用できない時起こる」に類似している。斉藤ら(1986)の観察では、それはいざこざの原因 としてもっとも多く見られるものの一つであった 【面接事例⑦】5歳女児 Q2:ん一、おもちゃとか取り合いっことか、してたと思う。 Q3:いいよって言う。 Q4:いいよって言ったら、それ使った後に、また後で貸してねって言う それと類似している事例は、5歳男児【面接事例⑧】であるL、そこでは、「ふたりとも『一番に なりたい』、・一って言って、けんかになっちゃう」とされ、〈物の専有〉というよりも「一番にな る」という〈順番の専有〉をめぐっての対立とみなすことのできる答だった、,それは〈順番の専有〉 として、表4に示した。 【面接事例⑧】5歳男児 Q2:ふたりとも一番になりたい、一番になりたい、一番になりたい、って言って、けんか になっちゃう。 Q3:ジャンケンポイして勝った方が一番になればいいと思う。
東洋大学社会学部紀要 第42・2号(2004年度) 〈物の専有〉に関わる事例は、5歳児ではこのほかに3例(【面接事例⑨~⑪】)ある。ただし、 それらでは物の専有ということだけでなく、その専有の仕方が問題として取り上げられている、 【面接事例⑨】では、「「ロープ貸して』って言っても、『やだ』って言ったら、何かね、パンチしち ゃう」として、「貸して」と言われたら貸すことが期待されていて、いわば暗黙の規則となってい るのに、それを満たさず、専有していることが問題とされている。【面接事例⑩】でも同様に、「何 にも言ってないのに勝手に取ったり」として、貸してもらうには何か言うこと(おそらく「貸して」 と言うこと)が期待されていて、いわば暗黙の規則となっているのに、それを満たさずに取ること が問題とされている。そこで、この2例をまとめて〈物の専有+規則(貸してと言う)〉として表4 に示した。さらに【面接事例⑪】では、発言が必ずしも明確ではないが、「輪」を一人で多く使っ てはならないといった、皆で使うといった、物の使用についての暗黙の規則のあることを示唆して いると考えられる。これは、〈物の専有+規則(皆で使う)〉として表4に示した。 【面接事例⑨】5歳女児 Q2:あの、いつもね、遊ぶときね、「ロープ貸して」って言っても、「やだ」って言ったら、 何かね、パンチしちゃう。○○組さん、ロープ貸してくれなくて、パンチしてた。 Q3:そこをなおす。(どうやって?)できなかったら、他の人が教えてあげる。 Q4:ん一、なおす。 【面接事例⑩】5歳女児 Q2:ひっぱりあいっことか、何にも言ってないのに勝手に取ったりとか。 Q3:勝手にとったらだめだよって言う。 Q4:わからない。 【面接事例⑪】5歳女児 Q2:あの、輪とか、パックマンで使うのに、お友達に多いよって言われて、少なくされた り、多くされたりして、けんかになると思う。そいで、ちょっと前、パックマンしよ うと思ったら、他のお友達が、「多すぎるよ、みんなが使いたいのに、使えなくなっち ゃうよ」。けんかになったこと。 Q3:少ない方、多い方、どっちでもいいから、けんかやめなって。 6歳児では、〈物の専有〉に関わる事例は4例あり、いずれも物の専有をめぐっての対立のみで はなく、何らかの暗黙の規則への違反が語られていた。【面接事例⑫】の6歳女児に典型的に見ら れるように、3例においては、先に使っていた者に優先権があるとする「先行所有のルール」とい う規則(山本,1991)を暗に示しており、その暗黙の規則に違反していることが語られた。それら は、〈物の専有+規則(先の人が優先)〉として表4に示した。【面接事例⑬】の6歳女児は、必ずし も明確ではないが、「黙って、貸してもらった」ということは「いけない」と考えられていること が読み取れる,,物を貸してもらうにあたっては、何か言うことが期待されていて、暗黙の規則とな っていることが示唆される。さらに、「とりたくなっちゃうのね」という当事者の気持ちに言及さ
れているところが特徴的である。それは、〈物の専有+規則+気持ち〉として表4に示した。 【面接事例⑫】6歳女児 Q1(Q2):あの、なんか、最初に、持ってたおもちゃをとられちゃったりすると、「ぼくが 最初に使ってたの」って、けんかになっちゃう。 Q3:先生に言う? Q4:それで、「どっちが最初に使ってたの」って言って。 【面接事例⑬】6歳女児 Q2:人が自分のものをとったりすると、「ぼくのだから、とっちゃだめ」って言って、その 子は、とりたくなっちゃうのね、キーホルダーとか。友達、{言い直し}その持ってた 人が、貸してくれないと怒っちゃう。でも、黙って、貸してもらったんだから、それ はいけない気持ちだと思う。 Q3:けんかしてるときは、だれだって、悲しい気持ちになるから、けんかよしなさいって いう気持ちを心に入れた方がいいです。 また、6歳男児1名(【面接事例⑭1)は、「じゃんけんで負けた子がいやんなっちゃう」として、 物の専有自体には「じゃんけん」という決め方をあてたが、それでも不満が残ることを語っている。 当事者の気持ちに踏み込んで、「けんか」の原因を考えようとしていると思われる。それは、〈物の 専有+決め方+気持ち〉として表4に示した。 【面接事例⑭】6歳男児 Q2:すっこいいいもので、使いたくて我慢できなくて、ジャンケンで負けた子がいやんな っちゃう。 Q3:どっちかが我慢すればいい。我慢できないのは悪い子。 4-1-3 考 察 〈不快な行動〉は、斉藤ら(1986)があげているいざこざの原因となる行動のカテゴリのうち、 「不快な働きかけによるいざこざ(ある子どもの行動が相手にとって不快で、不満、拒絶、否定の 行動を引き起こす原因となる場合に起こる)」に類似している。また、〈物の専有〉は、斉藤ら (1986)のあげている「物や場所の専有によるいざこざ(物や場所の使用について分配やll頂番の規 則を利用できない時起こる)」に類似している。斉藤ら(1986)の観察では、それらはいざこざの 原因としてもっとも多く見られる二つであった。また、その結果は、臼井ら(1994)によっても確 認されている。本研究では、「けんか」の原因について子どもが有している認識を尋ねたが、そこ においても、×きく分類するならば、〈不快な行動〉と〈物の専有〉が原因として、多くの子ども 達によりあげられていた。行動観察で見られた傾向と一貫するものが、認識においても見られると いえよう。行動観察の結果が客観的であるとするならば、この結果は、子ども達自身の認識が客観 性をある程度有していることを示唆すると考えることができる。あるいは、逆に、行動観察によっ
東洋大学社会学部紀要 第42-2号(2004年度) て研究者が推測した原因が、このことによって、子ども達自身からも確認されたと考えることがで きよう。 また、より詳細に見ていくと、〈不快な行動〉と〈物の専有〉それぞれにおいて、次のことが見 出された。4歳児であっても、「けんか」の原因としては、不快な行動そのものだけではなく、当 事者の解釈の対立があることに気付いている場合のあること、また、加齢にともなって、不快な行 動のみならず、その受け手の気持ちや受け手の感情的な返答が、原因として語られるようになって いった。〈物の専有〉に関しても、「けんか」の原因としては、〈物の専有〉のみならず、その背後 にある暗黙の規則の違反や、当事者の気持ちに言及されるようになっていったtt そこから、次のことが示唆される。「けんか」の原因を認識して語ることは、園生活の2年目にお いて5歳頃から、よく見られるようになる。そこでは、「けんか」の原因としては、不快な行動や 物の専有が認識されることが多かっだ。さらに、年齢が上がるにともなって、「けんか」の原因と して、不快な行動そのものだけでなく、行動の解釈の対立があることや、不快な行動の受け手の気 持ちが語られることが増えていった。そこからは、「けんか」の当事・者の内面についての理解がす すんでいくことが推測される。また、年齢が上がるにともなって、「けんか」の原因として、物の 専有そのものだけでなく、その背後にある規則の違反が語られることが増えていった。そこからは、 社会的な規則についての理解がすすんでいくことが推測される。 4-2 「けんか」への対処 4-2-1 分析方法 Q3に対する30名分の答えのトランスクリプトについて、1名分を1枚のカード(トランスクリ プトカード)に記入し、数回読み返した。次に、内容を端的に表す仮のラベル(できるだけ子ども のことばを用いた)をつけ、ラベルカード(付箋)に記入した。ひとりの子がいくつかの事柄を述べ ていると思われる場合には、ひとつひとつにラベルをつけ、別のラベルカードに記入した.それを 30名分についておこなった。次に、内容が類似していると思われるラベルをまとめ、仮の項目名を つけ、項目名1個を項目名カード1枚に記入した、項目名をつけるにあたっては、子どものことば に最も重点をおきつつ、先行研究のいざこざの終結を示す行動のカテゴリー(斉藤ら、1986)をも 参考にした。ただし、本研究で子どもに尋ねているのは、「そういうとき(けんかをしているとき) には、どうしたらいいのかなあ」ということであり、「けんか」への対処について語ることを求め ているので、必ずしも「終結を示す行動のカテゴリー」と一致していることを尋ねてはいない。そ こで、「けんか」の原因の分析とは異なり、いざこざの先行研究との単純な比較はできないことと なる、次に、その仮の項目名カードをおき、それに該当するトランスクリプトカードを並べ、そこ で違和感が生じる場合には、項目名カードの項目名を見直した。その見直しを数回繰り返し、得ら れた項目名を「カテゴリー名」とした. なお、「カテゴリー名」についての定義を説明をしたうえで、別の研究者1名にも、30名分のプ
ロトコル資料の分類を依頼した。一致率は、93.3%であった。不一致の事例は討議により解決可能 であった。 4-2・2 結 果 「けんか」への対処というよりも、「けんか」の経過について述べることが4歳男児1名と5歳 男児1名に見られた、【面接事例⑮】および前節の【面接事例①】である。そこでは、「けんか」と いう出来事が収まる大まかな流れについては把握していることがうかがえるけれども、収めるため にどのような取り組みがされるかについて認識されているとは言い難い。そこでそれらをまとめて 〈対処ではない〉として、その年齢別性別の人数を表5に示したc 表5 「けんか」への対処カテゴリの年齢別性別の人数 単位:人 4歳児 5歳児 6歳児 女児 男児 女児 男児 女児 男児 対処ではない 1 1 謝る 1 1 謝る十最初の人十すぐに 1 いいよ 1 やり返す 2 先生呼ぶ 1 3 1 自分でだめなら、先生呼ぶ 1 けんかやめなって 3 けんかやめなって十気持ち 1 ぼくがとめる 1 ジャンケン 1 1 ジャンケン十我慢 1 計 1 1 5 5 5 5 【面接事例⑮】5歳男児 Q2:いじわるとかn Q3:けんかやめる、 Q4:仲良しになる. 「けんか」への対処として、複数の子どもがあげたもののひとつは、「謝る」であった,4歳女 児1名、5歳男児1名、6歳男児1名が答えた。前節の4歳女児の【面接事例②】はその典型例であ る。「あやまればいいの」(そのあと)「また、仲良しになる」としていて、仲直りへの定型的なプ ロセスを語っている.このほかに、5歳男児1名が「ごめんね」(そのあと)「仲直りができる」と している。それらをまとめて〈謝る〉として、その年齢別性別の人数を表5に示した。 〈謝る〉に関わる事例としては、【面接事例⇔】6歳男児がある。そこでは、謝るのは、「最初に やった人」で、し一かも「すぐに」謝らなければならないとしている。そこからは、単に仲直りへの 定型的なプロセスのみではなく、「だれが」あやまるべきかや「いつ」あやまるべきかについて明
東洋大学社会学部紀要 第42-2号(2004年度) 確な考えを持っていることが読み取れる。それは、〈謝る十最初の人十すぐに〉として、表5に示 した。仲直りへのプロセスについての認識は、定型的なものを理解するようになったらそこで完了 ということではなく、詳細についてはその後も認識が精緻化されていくことがうかがわれる。 【面接事例⑯】6歳男児 Q2:人の、たまにあるんだけど、人が、たまに、やなことする。それで怒って、やっちゃう。 Q3:最初にやった人が、ごめんねとか言う、すぐに。あとからだと、怒っちゃうから。 Q4:そのあとは、一緒に遊べるって感じ。 〈謝る〉に似た対処として、「いいよ」がある。前節の5歳女児【面接事例⑦】が、このように 答えた。それは、〈いいよ〉として、表5に示した。Q4への答を参考としてみてみると、「(そのオ モチャを使って)いいよ」と譲歩しつつ、「それ使った後に、また後で貸してね」と要求を出して いる。それは、相手の権利を侵すことなくことなく、自分の要求を主張していく対処法となってい ると考えられる。この女児は、「けんか」の原因としては、「取り合いっこ」をあげており、「けん か」がふたつの立場の対立であることを認識していて、その認識の上に、このような対処法が展開 するのかもしれない。「けんか」の原因の認識と対処の認識とは関連している場合のあることが、 この例からうかがえる。 「謝る」という対処と反対のものとしては「やり返す」ということがあろう。それは、5歳男児 にのみ2名見られた。【面接事例⑰】は、そのうちの1名の応答である。その子が語ってくれたこと を繋ぎ合わせると、次のようになる;「いじわるしたから」、「やり返す」、と相手は「逃げちゃう」。 それは、〈やり返す〉として、表5に示した。この男児2名はどちらも、「けんか」の原因としては、 「いじわる」といった、相手が一方的に不快な行動をすることをあげている。それに対する行動と して、「やり返す」ということは、一種の正当防衛であるのかもしれない。「けんか」の原因の認識 が対処と連関している事例と考えられる。 【面接事例⑰】5歳男児 Q2:いじわるしたから。 Q3:やり返す。 Q4:…逃げちゃう.: 次に、第三者の関与による対処としては、「先生を呼ぶ」ということがあろう。それは、6歳児 の女児に3名、6歳児の男児に1名、5歳児の女児に1名見られた、女児に多く見られる傾向がある. 典型例は、【面接事例⑱】であり、先生による調停を期待していることが読み取れる。それらはま とめて〈先生を呼ぶ〉として、表5に示した。 【面接事例⑱】6歳女児 Q2:あの、なんか、最初に、持ってたおもちゃをとられちゃったりすると、「ぼくが最初に 使ってたの」って、けんかになっちゃう。 Q3:先生に言う
Q4二それで、「どっちが最初に使ってたの」って言って。 〈先生を呼ぶ〉に関わる事例として、前節の【面接事例⑤】6歳男児の例がある。そこでは、 「自分で言って、きいてくれなかったら、」という条件つきで、「先生に言う」とした。そこからは、 自分で解決しようとするが、それではうまくいかない場合に、先生からの助力を依頼するという考 えが読み取れる。それは、〈自分でだめなら、先生を呼ぶ〉として、表5に示した。 第三者として自分自身が関与する対処としては、「けんかやめなって(言う)」(前節の5歳女児 【面接事例⑪])とか「勝手にとったらだめだよって言う」(前節の5歳女児【面接事例⑩】)といっ た答がある。このほかに、5歳女児(前節の【面接事例⑨】)には、「他の人が教えてあげる」とい う発言があった。当事者以外の子どもが、意図的に介入することによって「けんか」を収めようと する考えが読み取れる。それらはまとめて〈けんかやめなって〉として、表5に示した。 さらに、6歳女児(前節の【面接事例⑬])では、「けんかしてるときは一・悲しい気持ちだか ら、…けんかよしなさいっていう気持ちを心に入れた方がいいです。」と語り、当事者の内面を考 慮しつつ対処することを考えていると思われる。それは、〈けんかやめなって+気持ち〉として、表 5に示した。 第三者としてもっとも積極的に自分が関与する対処としては、「ぼくがとめる」ということがあ り、それは、6歳男児のみに1名見られた(【面接事例⑲】)。それは、〈ぼくがとめる〉として、表 5に示した。そこからは、その子が、「けんか」はとめるべきものであり、自分は「けんかをとめ る」ことがやれるのだ、と考えていることが読み取れる。そのような対処が6歳男児で見られたこ とは、年長児においてはいざこざを自分たちで解決しようとしてほしいとの期待がおとなからかけ られていることと、対応があるのではなかろうか。 【面接事例⑲】 Q2:取り合いでけんかになる。 Q3:ん一とね、ぼくがね、真ん中に突っ込んできてね、止める。 Q4:その後はね、そしたらね、ぼくが離れたら、また、けんかを続ける。 最後に、対立を解消する決定方法を提案するという対処法をあげた事例があった。じゃんけんで の解決は、6歳女児1名と5歳男児(前節の【面接事例⑧】)に1名見られた。じゃんけんは、「互 いに承認しうる、慣用的決定方法」(斉藤ら、1986)であり、対処の仕方として高度なものであると 考えられる。それが、5歳児ですでに意識的に語られることが確認された。それは、〈ジャンケン〉 として、表5に示した。 さらに、6歳男児(前節の【面接事例⑪】)は、じゃんけんで優先順を決めたらば、その後は 「我慢すればいい」とした。じゃんけんでは、運により、勝負がつく。偶然に左右されるという弱 点がある。決まった上は、したがわなければならない、そのためには「我慢」が必要であることを、 この子どもは指摘していると考えられる。じゃんけんの解決における留意点を述べている点で、よ り深い理解であるかもしれない。それは、〈ジャンケン+我慢〉として、表5に示した。
東洋大学社会学部紀要 第42・2号(2004年度) 4-2・3 考察 「謝る」、「先生を呼ぶ」、「けんかやめなって(言う)」、「じゃんけんにしよう」といった「けん か」への対処として基本的な方法については、5歳児ですでに過半数が語れる.そして6歳児では、 それらの対処方法について、「すぐに謝る」とか「自分で言ってだめなら先生を呼ぶ」、あるいは 「じゃんけん・・どっちかが我慢すればいい」といったように、精緻化されていく。さらに、6歳児 では「ぼくがとめる」といったより積極的な介入や、「けんかしてるときは悲しい気持ちだから」 といったように当事者の内面に言及した対処方法が考えられるようになることがうかがわれた。そ こから、「けんか」の対処についての認識には多様性があり、それらの対処についての認識は、年 齢があがるにつれて、それぞれ精緻化されたり、より自律的になったり、当事者の内面の理解が深 化したりすることが推測されるz また、5歳男児のみにおいて、「やり返す」という対処が見られた。そこでの「けんか」の原因 は「いじわる」や「ぶった」ということで、相手に一方的な非があるということであった。その原 因の認識との関連があって、正当防衛といった考えが、それらの5歳男児にはあるかもしれない。 と同時に、そのことと不可分のこととして、「やり返す」との対処法は、当事者の視点から語られ るものであることに注意したい。それらの5歳男児の特徴としては、「けんか」の当事者の視点か ら語り、相手に一方的に非がありとし、それへの対処として「やり返す」を考えるということとな る。逆に、「先生を呼ぶ」、「けんかやめなって(言う)」、「じゃんけん」、「ぼくがとめる」といった 対処は、その子ども自身は「けんか」の当事者ではなく第三者であるとしての視点から語られてい て、第三者による調停や介入を示唆している。行動観察研究からは、年齢があがるにつれ第三者に よる調停が効力を有するようになっていくことが推測されているが、インタヴューの結果からは、 年齢があがるにつれ、第三者の視点から「けんか」について語ることが多くなり、第三者による調 停について語ることが見られるようになった,第三者による調停の有効性を認識するようになって いくことがうかがわれる一
5.総合的考察
インタビューでの子どもの応答について、量的および質的な分析をしたところ、次のことが見出 された、まず、そもそも幼児は、コンフリクトが生じていることを認識しているのかについて、検 討した一その結果、4歳児においては、10名中7名の子どもが、所属クラスにおいて「けんか」が 生じているとは言わなかった、平行しておこなっている観察からは、所属クラスにおいてコンフリ クトは生じていたことが確認できている。したがって、4歳児においては、コンフリクトが実際に 生じているにもかかわらず、それを認識していない可能性がある。4歳児においては、集団生活場 面では、他者と自分とのやりとりを行うのに多大なリソースが使われ、他者同士のやりとりには注 意が充分には振り向けられにくいのかもしれない、木下ら(1986)においても、3歳クラス児が、他 者の友人関係にはまだ関心が低いことが指摘されている。あるいはまた、自分がコンフリクトの当事者である場合には、そのこと自体の処理にリソースが使われ、それを対象化することは困難なの かもしれない。 一方、1歳年長の5歳児では、全員が「けんか」が生じていると答えたことからは、4歳から5 歳の1年間に、「けんか」を認識するように変化成長していくことが推測される、、今後、その変化が どのようにもたらされるのかについて、検討する必要がある,その際には、子ども達が、コンフリ クトに対して、どのようなラベルをどのようにつけていくのか、特に「けんか」というラベルは、 いつごろからどのように使われていくのかということが、検討の視点として有望であると思われる. 「けんか」の原因としては、木下ら(1986)と斉藤ら(1986)によると、「不快な働きかけ」と 「物や場所の専有」が、二大主要原因であった。本研究で、多くの子ども達が言及した原因は、そ の二者であることが見出された。「けんか」について一般的なきき方をされるインタヴューにおい ては、子どもは自分が見聞きした「けんか」のさまざまなエピソードのうち、あまり頻度の少ない ものよりも、頻度の多い典型的なものについて語る傾向があると考えられる。「不快な行動」と 「物などの専有」は、「けんか」の原因として頻繁に生じる、典型的なものとして、多く語られたの かもしれない。 木下ら(1986)と斉藤ら(1986)によると、二大主要原因のほかには「規則違反」や「(遊びの) イメージのずれ」といった原因があげられていた。本研究では、それらの「規則違反」や「(遊び の)イメージのずれ」は、「物などの専有」に加えて語られることが多かった。すなわち、「物の専 有」に加えてその背後にある暗黙の「規範」の違反について語ったり、「不快な行動」に加えて 「解釈の対立」について語ったりするといった形で、年長の子どもが言及することが見られたL「規 範」の違反や「解釈の対立」は、典型的な「けんか」の原因を詳しく説明するものとして、認識さ れている可能性がある。 また、「けんか」の原因としては、不快な行動そのものだけではなく、ふたつの立場の対立があ ると捉えることが可能な4歳児がいたことは、新しい発見であった、さらに、その背後にある暗黙 の規範の違反を示唆したり、当事者の内面にまで踏み込んで説明したりすることは、6歳において はよく見られた.そこから、「けんか」の原因についての認識の発達としては、早期には、不快な 行動や物の専有そのものを原因として捉える場合が多くある一方で、ふたつの立場の対立があるこ とを早期から理解し始める場合があること、その後、暗黙の規範の違反について捉える場合や、当 事者の内面についてより踏み込んだ捉え方をする場合のあることがうかがわれる。 「けんか」に対してどのように対処したらいいかについての考えにも個人差が見られた。謝ると いう子ども、やり返すという子ども、先生を呼ぶという子ども、ジャンケンを提案する子どもとい った多様性が見出された。そして、それぞれのやり方に関して、年齢があがると、謝るのは「最初 にやったひとが」「すぐに」と言ったり、自分で言ってだめなら先生を呼ぶと言ったり、ぼくが (けんかを)とめると言ったり、我慢すればいいと言ったりすることが見出された、より精緻化さ れた対応や、より自律的な対応を考える場合が増えてきていた。また、年長の子どもでは、「やり
東洋大学社会学部紀要 第42-2号(2004年度) 返す」よりも第三者へ調停を依頼し、しかもその後の展開を予想できることが多く見られた。 以上から、「けんか」の原因や対処についての考えには多様性が幼児においてすでにあり、しか も幼児期の中で、その考えはより精緻化し、より自律的なものへと変化していくことがあるのでは ないかと推測される。多様性が初期からあって、それの成長の仕方にも多様な道筋がありそうなこ とが示唆される。 今後、縦断的に幼児期3年間の変化を追い、初期の多様性がその後、どのような道筋で成長して いくのかについて検討する資料を得ることと同時に、行動観察を並行して行い、行動面での変化と 認識面での変化をそれぞれ捉え、両者の関連を検討していくことが課題である。それを通して、コ ンフリクト場面における行動と認識の多様性と、その関連のあり方の多様性を捉え、コンフリクト 場面における社会的コンピテンスの発達の多様な道筋を明らかにすることが可能となるだろう。 また、本研究の対象児は各年齢群10名ずつと少数であることから、ここで得られた結果が幼児一 般にどれくらいあてはまるのか、検討することは、今後の課題としなければならない。さらに、本 研究では所属クラスで生じる「けんか」についての認識を尋ねているので、子どもの答には、その クラスにおける実際の「けんか」のあり方が影響を与えていると考えられる。そのようなクラス集 団による違いについての検討も、今後の課題である。 最後に、感情の社会的な機能の理解についての発達への示唆をまとめておきたい。コミュニケー ションをするとき、人はなんらかの目標をもってかかわっているが、それが常に成功するとは限ら ず、ぶつかり合うことがある。そのようなぶつかり合いは、ネガティブな感情状態を伴うが、その 中で他者理解や自己統制、社会的ルールの獲得、目標達成のための方略の発達などが果たされてい る(荻野、1997)。ネガティブな感情状態が伴う場でこそ、社会性の発達が展開すると考えられる。 そのような場で、ネガティブな感情も含めた仲間とのやりとりを通して、問題のある相互交渉に自 分で対処するようになるといった発達の姿がうかがわれた。感情の発達とは、ネガティブな感情を 抑えて感じないようにすることではなく、ネガティブな感情も含めて自分や他者の感情に気付き、 本当にしたいことややりたいことの実現に向けて気持ちを調えていくことなのではないかと考えさ せられる。 付記 この研究の実施にあたり、平成15・16年度 東洋大学研究所間プロジェクト「豊かな感情 生活を生きるために:感情の社会的な意味を問う」の援助を受けた。記して感謝する。 註1;面接事例において、()内は、インタビューアーの相槌や促しを表す, 側面などについての補足を表している, 内は、発言のパラ言語的
【引用文献】 藤崎春代 2002 『幼児の日常生活叙述の発達過程』 風間書房 Gilliom, M., Shaw、 D. S., Beck, J. E, Schonberg, A,&Lukon, J. L.2002 Anger regulation in disadvantaged preschool boys: Strategles, antecedents, and the development of self-control. Developmental Psychology,38, 222-235. Hay, D. F., Zahn-Waxler, C., Cummings, E. M., and Iannotd, R 1992 Young children’s views about conflict With peers:Acomparison of the daughters and sons of depressed and well women. Journal of Psychology and Psychiatry,33, pp.669-683, 平林秀美 2003 子どものいざこざをめぐって一一社会性の発達の視点から 東京女子×学紀要論集53(2).3 p89~103 井森澄江 1997 仲間関係と発達 井上健治・久保ゆかり(編)『子どもの社会的発達』 東京大学出版会 50 69. 木下芳子・朝生あけみ・斉藤こずゑ(1986)幼児期の仲間同士の相互交渉と社会的能力の発達:三歳児におけ るいざこざの発生と解決。埼玉大学紀要教育科学、35巻、(1)1-15. Kinoshita, Y., Saito, K,&Matsunaga, A.1993 Developmentai changes in antecedents and outcomes of peer conflict among preschool children:A longitUdinal study. Japanese Psychological Research,35,57-69. Kopp, C. B.1989 Regulation of distress and negative emotions:Adevelopmental view Developmental Psychology, 25,343・354. 高坂聡 1996幼稚園児のいざこざに関する自然観察的研究:おもちゃを取るための方略の分類 発達心理学研 究7(1)p62 一 72 倉持清美 1992 幼稚園の中のものをめぐる子ども同士のいざこざ:いざこざで使用される方略と子ども同士 の関係。発達心理学研究、3巻、p1-8. 荻野美佐子 1997 コミュニケーションの発達 井上健治・久保ゆかり(編)『子どもの社会的発達』 東京大 学出版会 185204E Rubin, K H., Bukowski, W.,&Parker, J. G.1998 Peer interactions, relationships, and groups. In W. Damon&N. Eisenberg(eds.)Handbook Of chitd Psychology, fifth edition, voL3:Social, emotional, and personality development. Pp.619-700. John Wiley&Sons, Inc.:New York. 斉藤こずゑ・木下芳子・朝生あけみ1986 仲間関係 無藤隆・内田伸子・斉藤こずゑ 編著 子ども時代を豊 かに:新しい保育心理学 pp59111、学文社, Saarni, C., Mumme, D.L,&Campos, JJ.1998 Emotional development:Action, communication, and understanding. In W. Damon&N. Eisenberg(eds.)Handboofe㎡ε〃」4側εんo/ogy, fifth edidon, voL3:Social, emotional, and personality development. Pp.237-310. John Wiley&Sons, Inc,:New York. Shantz, C. U.1987 Conflicts betWeen children. Child Development,58, 283-305. Selman, R 1980 The groWth of interpersona】understanding:Developmental and clinical analyses. Academic Press: New York, 高濱裕子・無藤隆(1998)仲間との関係形成といざこざ:幼稚園期3年間の追跡 無藤隆 幼児の生活におけ る感情と感性の育ち 平成8年度~平成9年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(2))研究成果報告書 pp33- 48, 臼井博、森田亜希子、山田真由美、岩宗威晴、二宮香、桜井亮 1994 2、3歳児の対人的問題解決行動の発 達:いざこざ場面における行動の縦断的分析 北海道教育大学紀要第1部C教育科学編45(1)p43~55 山本登志哉 1991幼児に於ける「先占の尊重」原則の形成とその機能:所有の個体発生をめぐって 教育心 理学研究 122-132.
東洋大学社会学部紀要 第42-2号(2004年度) 【Abstract】