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遺伝子組換え作物は是か非か 利用統計を見る

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遺伝子組換え作物は是か非か

著者名(日)

安藤 直子

雑誌名

工業技術 : 東洋大学工業技術研究所報告

31

ページ

20-24

発行年

2009

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002030/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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遺伝子組換え作物は是か非か

安藤直子*

1.はじめに  現在我が国では,食品偽装や白給率の低下など,食の 安全や安定供給を巡る問題が顕在化している.また,遺 伝子組換え作物について,強い懸念や不信感を感じる国 民も多い.本稿では,現在の遺伝子組換え作物を巡る状 況と具体的な技術開発について紹介する.遺伝子組換え 技術は,農作物の生産増加・栄養素の添加・汚染毒素の 解毒に寄与する・∫能性もあり,一概に否定できるもので もない.遺伝子組換え作物に置ける可能性とリスクを紹 介し,この新規テクノロジーに対して我々がどのように 向き合うべきなのかについて考える. 2.遺伝子組換え作物 2.1 遺伝子組換え作物とは何か  DNAの二重らせんモデルから提唱されてからわずか 半世紀あまりの間に,分子生物学は飛躍的な進歩を遂げ てきた.この進歩により,我々は遺伝子を人為的に操作 する技術を獲得し,遺伝子工学という新たな分野を打ち 立てることとなった.その結果,医療や農業など広い範 囲で技術革新がもたらされ,我々の社会生活も大きな影 響を受けるようになってきたのである,  遺伝子組換え作物とは,遺伝子操作によって得られた 作物を言う.図1は,その作成技術について,簡単に説 明したものである.まず,ある生物から有用な遺伝子を 取り出し,ベクターと呼ばれる運び屋の中に組み込む。 そして,ベクターに運ばれる遺伝子は,植物の万能細胞 “カルス”の中に導入される.カルスへの遺伝子導入法 には,植物に感染するアグロバクテリウムを用いるアグ ロバクテリウム法と,遺伝子(またはベクター)を金粒 子に塗布し,ヘリウムガスの圧力によって導入するパー ティクルガン法がある.  新たな有用遺伝子を導入されたカルスは,シャーレ上 で培養され,特殊な処理によって完全な成体に成長する. 作物はその遺伝子情報を読み取り,対応するタンパク質 を合成し,新たな形質を発現することになる.それによ って,耐病性や害虫抗性などの遺伝子を組み込まれた作 物は,その形質を発現することになるわけである.  実は,このプロセスは,方法こそ違うが,人類が延々 とやってきた品種改良とも似た側面がある.人類は何世 紀もの間,作物や家畜を交配させ,得られた優秀な子孫 をさらに掛け合わせることで,よりよい品種を得てきた. 交配の度に遺伝子組換えは起こる.つまり従来の品種改 良では,白然界で偶然行われた遺伝子組換えの産物を選 抜し,それを繰り返すことによって,よりすぐれた品種 を得てきたのである.現在我々が食しているものは,白 然が行ってきた遺伝子組換えと人為的な選抜の成果であ る.そういった意味では,遺伝子組換え技術は,従来の 品種改良の延長とも言えるのである.  しかし,新規な技術である遺伝子組換え技術では,品 種改良とは根本的に異なる点もいくつかある.従来の技 術との最も大きな差異は,目的の遺伝子を最初からター ゲットにしている点,さらに,全く異種の生物の遺伝子 をやりとりできる点が挙げられよう.つまり,微生物の 有用遺伝子を植物に導入することも可能で,これは従来 の品種改良では全くイミ・∫能なことであった.    有用遺伝子     ↓    有用遺伝子

    /一\

パーティクルガン法 亘轡’ 金粒子にDNAをまぶす     ← *東洋大学1二学部応用化学科 食品化学研究室

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パーティクルガンで  カルスに導入

アグロバクテリウム法   ,z㌧辮., アグロバクテリウムの 中にDNAを組み込む    ↓ アグロバクテリウムを カルスに感染させる

カルスから植物の成体へ成長させる 図1 遺伝子組換え体の作製法 東洋大学工業技術研究所報告

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安藤直子

2.2 遺伝子組換え作物の現状  さて,このような技術つくられる遺伝子組換え植物で あるが,もちろんすぐに市場に出されるわけではない. まず,研究段階から圃場での使用では,国際法でもある カルタヘナ法(遺伝子組換え生物などの使用などの規制 による生物の多様性の確保に関する法律)により,研究 者・技術者達が法令を遵守し,国際ルールに則った措置 を講ずることが求められている.実験室や温室での研究 開発から隔離圃場での使用,一般圃場での使用へと拡大 されて行く訳だが,そのプロセスは,生物多様性を損な う恐れがない場合に限って,関係大臣が使用の承認を行 う仕組みになっている.  さらに我が国では,開発された遺伝子組換え生物が食 品や飼料に用いられる場合は,食品安全基本法・食品衛 生法・飼料安全法などの法律に基づいて,安全性の確認 が行われる.ちなみに我が国では,依然遺伝子組換え作 物の商業的栽培は行われていない,実際,“遺伝子組換え 作物の栽培”に関し,世界各国の対応はかなり異なる. その現状を見てみよう.  まず,現在遺伝子組換え作物の商業的栽培を行ってい る国は,22力国に上る.そのうち最も広い作付け面積を 誇るのは,アメリカの5460万ヘクタールであり,次に, アルゼンチンの1800万ヘクタール,ブラジルの1150万 ヘクタール,カナダの610万ヘクタールが続く,このよ うに,アメリカ大陸では非常に広範囲にわたって遺伝子 組換え作物が栽培されていることがわかる.さらに,イ ンド380万ヘクタール,中国350万ヘクタールが続き, この6力国で95%以上をしめる(2006年農水省資料より).  それでは,どのような作物が遺伝子組換え作物として 栽培されているのだろうか.2006年の統計によると,最 も作付け面積の大きな作物は大豆の5860万ヘクタール で,遺伝子組換え作物全体の約半分を占める.次いで, トウモロコシの2420万ヘクタール,綿の1340万ヘクタ ール,菜種の480万ヘクタールが続く.  作物別に見ると,大豆では全世界の作付け面積の64%, トウモロコシで24%,綿は43%,カノーラ(菜種の一種) が20%を,遺伝子組換え作物で占める.  最大の作付け面積を誇るアメリカにおいては,同国の 農産物の半分以上は遺伝子組換え作物であり,大豆はほ ぼ100%,トウモロコシは約70%というのが現状である. 大豆とトウモロコシという内訳からも分かるように,ア メリカの遺伝子組換え作物政策は,飼料作りに重きを置 いている,結果的に(あるいは“戦略的に”と言った方 が事実をよりよく反映していると思われるが),遺伝子組 換え作物の栽培は,アメリカの旺盛な肉食生活を支えて いる,とも言える,  ここまで,遺伝子組換え作物の国際的現状を眺めてき たわけであるが,翻って我が国ではどうであろうか.周 工業技術No.31(2009) 知のように我が国の食糧白給率は4割を切る作物輸入大 国であるが,遺伝子組換え作物についてもまた例外では ない.その現状について,遺伝子組換え作物のうち,大 豆, トウモロコシ,菜種について,図2にまとめた.  我が国では,現在,遺伝子組換え農作物の商業栽培は 行われていないため,国産作物はすべて非遺伝子組換え と考えてよい.しかし国産の作物は非常に少なく,大豆 で5%,トウモロコシで0.001%,ナタネでO.05%に過ぎ ない.その他が輸入作物である.そして,図2に示すと おり,遺伝子組換え作物の輸入の割合は非常に高い (2004年作物輸入財務省貿易統計より),  ここで,「不分別」とあるのは,遺伝子組換えともそう でないともわからない作物を指す.非遺伝子組換えであ ることを証明するのには,農家から流通までにわたるラ イセンスが必要であり,その分商品としては割高となる. 国際的な非遺伝子組換え作物の見直しとも相まって,ア メリカでも非遺伝子組換えを専門とする農家も増え始め ているが,まだ大勢を占めるには至っていない.  この図から見てもわかるように,我が国には,相当量 の遺伝子組換え作物が輸入されてきている.もちろんこ の中には飼料も含まれているので,すべてが食卓に上る わけではない.しかし,非遺伝子組換えの表示は,遺伝 子組換えのものが5%未満であれば許される.よって, 現実には日本に住んでいる限り,どんなに気をつけてい ても,遺伝子組換え食品を口にしていると考えて良い. このように,遺伝子組換え食品は,いつの間にか私たち の食卓に上るようになってきており,消費者は漠然とし た不安感を抱きながらも,その実態は一般にあまり知ら れていないように思われる. 大豆(441万トン) 口国内産 ロ輸人ぽ・分別) トウモロコシ(1656万トン) ナタネ(231ヵトン) ■輸人(遺伝了組換え)

図2 日本の大P,1、トウモロコシ、ナタネの消費量 3.遺伝子組換え作物の持つ可能性  ここまで,遺伝子組換え技術の実際や現状について述 べてきた.この遺伝子組換え作物という新規のテクノロ ジーの是非を問うというのならば,我々はこの技術の持 つ長所やP∫能性,およびリスクについて,きちんと理解 すべきであろう.そこでまず,遺伝子組換えの持つ長所 と可能性について述べてみたい.

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 現在,商品化されているものの多くは,除草剤耐性や 害虫抵抗性などの性質が付与されている.これらは,遺 伝子組換え作物の中では「第一世代」と呼ばれ,主に農 作物の生産者である農家や,種子を販売する企業に利益 をもたらしてきた、農作物の栽培において,雑草や害虫 への対応は,それに関わっていないものには想像を超え る労力を強いるものである.これらの遺伝子組換え作物 は,農業労働者の煩雑な作業を大幅に削減することに成 功した.それは彼らにとって福音であっただろう.  こういった除草剤耐性や害虫抵抗性を有する作物は, 実は消費者側にもメリットがある.たとえば,除草剤耐 性作物の場合,より毒性の少なく,環境に負担の小さい 除草剤を選択することが可能である.また,害虫抵抗性 を持つ作物は,害虫によって傷つけられることが少ない ため,結果的にカビに汚染されることが少ない.そのた め,カビが出す危険なカビ毒の汚染も,有為に低減化さ れる,という報告もある.カビ毒の中には,強い発がん 性を持つものや,環境ホルモン様の作用を持つものもあ る.それを考えると,遺伝子組換え作物のほうが,元の 品種よりも安全性が高いケースがあり得ることになり, 興味深い.  しかし,こういったメリソトは,消費者の側からは見 えにくく,「第一世代」の遺伝子組換え作物は,農家や企 業しか目に見える形の利益を亨受していないように社会 では受け止められている.おそらくそういった理由もあ って,第一世代の作物は,消費者には許容されにくかっ たように思われる.実際アメリカなどのような大農業 国は例外であろうが,大半の国で消費者達は強い抵抗感 を示したのである.そこで開発されてきたのが,「第二世 代」と呼ばれる遺伝子組換え作物である.  第二世代の遺伝子組換え作物のキーワードは「消費者 利益亨受型」と言えよう.例えば,栄養成分の改善をめ ざし,カロチンの含有量の高いゴールデンライスが開発 され,高オレイン酸大豆も作られている.また,植物に 病気へのワクチンを作らせ,扱いの難しい医薬品を大量 に安定に保存することも試みられている.また,“食べる ワクチン(edible vaccine)”の開発も盛んで,発展途上国 で脅威となっているコレラやB型肝炎に対し,遺伝子組 換えバナナ作成の試みが行われている.我が国では,イ ンシュリンを分泌誘導して糖尿病になりにくくするコメ や,スギ花粉症治療用のイネも開発が進められている、 もし効果が明らかになれば,興味を持つ消費者は多いの ではないだろうか.  また,食糧危機への対応として,収穫量のより高い稲 の開発も取り組まれている.その例として,ネリカ米 (New Rice for Afirica)が挙げられよう.イネの脱粒性 の改善を目指した品種の開発も進んでいる.  さらに現在,「第二世代」とも呼べる遺伝子組換え作物 が,開発に着手されているという.ここでのキーワード は,「地球環境配慮型」とでも言うのだろうか.たとえば, 環境汚染を緩和する目的で,カドミウムを効率的に吸収 する環境修復植物や,二酸化炭素超吸収植物の開発.ま た,過酷な環境下でも収穫が見込まれる品種の開発も行 われている.さらに,エネルギー変換に優れたバイオマ ス植物も,その開発・実用化が待たれている.  これらの“未来型植物”の開発にっいては,現実に遺 伝子組換え作物の開発に着手した経験のある筆者から見 れば,やや夢物語的なところがないでもない.しかし, 遺伝子組換え作物には,多くの利点や将来の可能性があ ることは,否定すべきことではないと思われる. 4.遺伝子組換え作物の持つリスク  前節では,遺伝子組換え作物の光の部分について述べ た.当然のことながら,新規のテクノロジーにはリスク はつきもので,遺伝子組換え作物の開発においても例外 ではない.それでは,遺伝子組換え作物がもたらしうる リスクにっいて考えてみよう. 4.1 食品の安全性に関わる問題一実質的同等性は有    効か?  消費者にとって,最も気がかりなのは,遺伝子組換え 作物を食品として摂取した場合の安全性であろう.「害 虫を殺すような成分の入った作物を食べても大丈夫?」 「遺伝子組換え作物って,長期の動物実験がされていな いそうだけど,本当に大丈夫?」といった疑問が消費者 から寄せられる.そこで,ここでは遺伝子組換え作物を 含め,食品の安全性をどういった概念で決定しているか について,論じてみたい.  そもそも,物質の安全性はどのようにして決められて いるのだろうか?通常,食品添加物や残留農薬,環境汚 染物質などの“化学物質”の場合,ADI(Acceptable Daily Intake:一日摂取許容量)が算出されている.これは動物 実験をもとに,人が生涯にわたって摂取しても作用を受 けないと考えられる“化学物質の一日当たりの最大摂取 量”を算出するもので,体重kg当たりの用量(mg/kg/ 日)で表される.数種の実験動物を用い,長期の毒性試 験を行った場合,何ら影響が見られない量を算出し,そ こに安全係数(おおよそ1!100∼1/1000)を掛けて算出 される.動物実験では,影響が出るかでないかのギリギ リのレベルではなく,はっきりと影響の出る量の化学物 質を動物に与え,それらのデータを延長して“影響を与 えない最大量”を求める(外挿という)ことが多い.  しかし,遺伝子組換え作物の場合,「化学物質」ではな く,「食品そのもの」が対象になる.そのため,“影響を 与えない最大量”を求める長期毒性試験は,著しく難し くなる.なぜなら,純粋な化学物質とは違い,実験動物 の摂取できる食品の量には限界がある.化学物質のよう

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東洋大学工業技術研究所報告

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安藤直子

にはっきりと影響の出る量を与えて外挿するには,正常 な摂取量をはるかに超える量の食品を動物に摂取させな ければならないかもしれない.あるいは,低いレベルの 摂取量で比較するなら,影響の差を検出するためには, 実験動物の数を100倍,1000倍のスケールに増やす必 要も出てきて,こちらも現実的ではない,そもそも,“何 らかの影響を与える量”など存在しないかもしれない, 仮にその量が定められたとしても,そこに安全係数をか ければ,今度は人が食するにはあまりにも少ない量にな ってしまう.  それでは,食品に含まれる成分の安全性を調べればよ いのではないか?しかし,食品は数多くの化学物質の集 まりであり,すべての成分について安全性を証明するこ ともまた難しい.実際,ジャガイモの芽などの例を見て もわかるように,食品全体が安全でなければ食せないと いうことでもなく,食品の安全性を100%追求すること 自体が,やや合理性に欠けているとも言える.実際我々 が日常食している食品の安全性は,厳密な科学的検査に よって決定されているのではなく,“長年その食品が食 されてきた”という経験に基づいて判断されている.こ のように,“食品の安全性を証明する”という作業は,意 外にも複雑で曖昧なことなのである.  そこで考えられたのが,「実質的同等性」という概念で ある.遺伝子組換え作物が,元々組換えるために使用し た従来の作物と異なるのは,原理的には組み込まれた遺 伝子そのものと,その遺伝子が作るタンパク質である. そのタンパク質に毒性がなく,さらに,それ以外の成分 において,遺伝子組換えを行う前の原種と同等であるな らば,安全性が確認されたとする考え方である.  しかし,この「実質的同等性jをどこまで科学的と考 えたらよいのだろうか.実際,新しい遺伝子を組み込ん だ際,その遺伝情報に基づき,新たなタンパク質(多く の場A,酵素)が作られるわけであるが,その際に新規 の反応が起こらないとは言えず,毒性のあるものが生成 される・∫能性はある,いくら巧みな技術を持ってしても, すべての予期せぬ毒物の検出することは不・∫能なのである.  この議論に対し,遺伝子組換え作物の賛同者は言うで あろう.「それをいうなら,従来の品種改良でも遺伝子組 換えは起こる.従来の品種改良でも,予期せぬ毒物は生 成される可能性はある,それでも人類は品種改良されて きた作物を,さして厳しい試験などせずに食してきたで はないか.」事実その通りである.それに対し,反対派は 言うであろう.「人為的な遺伝子組換えでは,異種の生物 から遺伝子をとってきて導入するのだから,安易に従来 技術の延長と考えるべきではない.従来の品種改良で起 こるリスクより高いかもしれない.」その意見にも一理ある.  実際,人為的な遺伝子組換えは,従来の品種改良の延 長と考えるべきなのだろうか?もしそうなら,品種改良 工業技術No.31(2009) はさんざん行われてきたわけで,「実質的同等性」はある 程度根拠があるといえる.しかし,延長ではなく,全く 別物と考えるならば,この議論は成り立たない、延長で あるか,そうでないかの判断は,個々の研究者の見解に よることになる.っまり,「実質的同等性」は科学的な根 拠があるというよりは,科学的方便に近いと言えよう, 遺伝子組換え作物の安全性を巡る科学論争の多くは,ま ずこの科学的方便をどうとらえるかによって,最初から 結論が二分されてしまっているのである.  遺伝子組換え作物の安全性については,実質的同等性 以外にも論点がある.その代表が管理の問題である. 2000年11月,アメリカで食用の認・∫が下りていない遺 伝子組換え飼料が,ずさんな管理によって食品に混入し, 口にした消費者の一部がアレルギーに似た症状に見舞わ れた(スターリンク混入事件).この時混入したスターリ ンクは,後日N本でも混入が確認され,遺伝子組換え作 物の管理の難しさを示すことになった.  消費者の理解を得るには,こうした管理の問題をおざ なりにしないことが先決であろうが,科学的な論争につ いても,専門家や研究者の間だけで議論するにとどめず, 消費者にも情報を提供しっつ,議論を重ねることが必要 であろう. 4.2 環境・生態系への影響  遺伝子組換え作物の安全性は、食品面だけではなく、 環境・生態系への影響についても、懸念されている。1999 年,コーネル大学のロゼイ博士らが,世界的にも権威の ある科学雑誌Natureに「害虫抵抗控の遺伝子級援えB ウモrrコシの楊∼を食べた蝶の幼虫が死んだンと報告し た.「害虫抵抗性」といっても,ターゲットとなる害虫に 近い種は当然影響を受ける.この研究で使用されたのは オオカバマダラと呼ばれる美しい蝶で,アメリカ西海岸 に広く分布するが,その減少が危慎されている.オオカ バマダラの減少は,西海岸一帯の遺伝子組換えトウモロ コシ栽培とは無関係と考えられるが,それでも,遺伝子 組換え作物の環境・生態系への悪影響を懸念させる象徴 的な出来事となった.  筆者の見るところ,「食品の安全性」については楽観的 な見方をする研究者も,「環境・生態系への影響」につい ては懸念を示すケースが多いようである.実際,作物に 組み込まれた遺伝子が,近種の植物と交配することによ って,遺伝子汚染が起こる可能性はある.遺伝子組換え 作物には,抗生物質耐性や農薬耐性などの遺伝子が付与 されているものが多いが,野生種に遺伝子が伝搬すれば, その影響は予測がつかないし,コントロールも難しいよ うに思われる.遺伝子組換え作物の広報に使われている 出版物を見ると,遺伝子汚染の可能性を否定はしておら ず,その影響は「それほど心配するほどのものではない」 という表現がなされている.しかし,その影響をどうや 一 23一

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って予測しようがあるのだろうか.その疑問に対する説 得力のある説明を,筆者は見たことがない.  このように,食品の安全性にしろ,環境・生態系への 影響にしろ,科学的に止確な予測というものは意外に困 難である.確かな悪影響の証拠がない異常は問題なしと するか,少しでも疑いがあれば慎重になるかは,科学を 超える社会的な価値観や理念の問題とも言えよう. 4,3 農業経済的の問題  ここまでは,遺伝子組換え作物の人体や環境に対する 安全性について述べてきた.しかし,遺伝子組換え作物 を巡る議論には,もう一つ大きな焦点がある.農業経済 的な問題である.そして,この問題は道義的な側面も含む.  遺伝子組換え作物の開発に賛同する人たちは,このテ クノロジーが食糧危機に悩む国の人々を救うP∫能性や, 将来の食糧危機に対応できる可能性を口にする.多産の イネ,乾燥に強い穀類,栄養価の高い作物.確かにそう いった作物は魅力的に聞こえるし,実際貧しい人々の手 に渡れば,彼らを救うP∫能性はあるだろう.  しかし,遺伝子組換え作物の開発は,経済大国優先の 市場原理で動いている.現在のように遺伝子組換え作物 が世界を席巻するまでに至っているのは,この技術が莫 大な利益を上げているためである,そして,その利益を 亨受するのは,アメリカをはじめとする経済大国や多国 籍企業である.現在のように,多国籍企業が所有する知 的財産権を独占し,途上国が深刻な財政的な困難を抱え る限り,これらの人々が恩恵を受ける・∫能性はあるのだ ろうか.この点については,多くの専門家たちが疑問を 投げかけている.  救いを必要とする人々にその恩恵が行かないのは,こ の技術白体の問題点であるというよりは,社会構造的な 枠組みの  言ってみれば資本十1義の  問題であろう. しかし,そういった(貧しい人々を救うことができない) 社会構造的な枠組みを支えている企業の側が,“新規技 術の正当性”を主張するために,“技術の人道的・∫能性” を口にするのは,きれい事を通り過ぎ,偽善とは言えな いだろうか. 5.結び一新規のテクノロジーにどう向き合うのか?  以上,遺伝子組換え作物の開発を巡る議論について, その概要を述べてきた.ここまで読まれて,「遺伝子組換 え作物は大丈夫なのか,そうではないのか」という結論 が述べられていないことに,不満を感じる方もいらっし ゃることだろう.しかし,一人の研究者が判定できるほ ど,この問題がシンプルではないことをおわかりいただ ければ幸いである.  社会は,何を基準に新規のテクノロジーを受容するの か,しないのかを判断すべきなのだろうか.一般的に考 えれば,そのテクノロジーのもたらす利益(あるいは可 能性)と不利益(あるいはリスク)を比較し,方針を決 めるべきなのだろう.しかし,その比較は必ずしも容易 ではない.利益や不利益はお金に換算することがv∫能で あろうが,将来にわたるU∫能性とリスクは安易にその換 算を許しはしない.  そういった状況の中で,研究者達が負う役割とは何な のだろうか,研究者は,その分野にっいて,多くの知識 を持ちプロフェッショナルであるがために,政策決定に 携わることも多い.しかし,研究者の下す判断の多くが そのバックグラウンドに依存することが多く,(例えば, 「実質的同等性」についての考え方などはよい例であろ う)必ずしも絶対的なものとは言えない.そもそも,研 究者側に問題の当事者意識が薄い場合も少なくない,こ の問題が,社会的・政治的・経済的な要素を色濃く持つ ことを考えれば,すべての事柄を科学的に判断できると 考えることは,研究者達の著りに過ぎず,純粋な科学論 争には限界があることも知るべきであろう.  ならば,研究者達は何ができるのだろうか.難しい問 いではあるが,まず個々の研究者達が,白分の研究とそ の社会的意義について考えてみることから始めなければ ならないのかもしれない.果たして,研究者達は,市民 の“真摯で率直な疑問”にどの程度答えられるのだろう か.研究費を獲得することに追われ,論文を発表するこ とを迫られ,研究者達はすっかり社会的視点を失ってし まっているのではないだろうか.我が身を省みるとき, 伍泥たる思いを捨てきれない白分がいる.  遺伝子組換え作物についていうならば,政府や企業に よるなしくずしの導入でもなく,消費者による盲日的排 除でもない,立場の違いを乗り越えた議論をしながら, 技術と向き合っていくことが,今求められているのでは ないだろうか.おそらくその実現は容易なことではある まい.しかし,その第一歩として,技術のプロフェッシ ョナルである研究者と市民との“対等な立場での議論の 場”を作っていくことが必要なのではないか,と筆者は 考えている.これまで,“社会的意識の低い研究者”とし て生きてきた筆者は,そういった“場”を作ることにっ いての模索を始めている. ︶ 1 2)

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参考文献 「よくわかる!研究者のためのカルタヘナ法解説」吉倉廣監修 遺伝r・*n換え実験安全対策研究会編著/ぎヒうせい 「図入りバイオテクノロジー戦略大綱」内閣官房内閣府編/財務 省印刷局 「遺伝儲n換え食品の『リスク』」 r瀬勝利 NHKブックス 「遺伝〆組換え作物一大論争・何が問題なのか」大塚善樹 明石 書店 「遺伝僻n換え技術など農業技術の現状と見直し 2007年7∫]」 農林水産省 東洋大学工業技術研究所報告

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