〈報告〉 シンポジウム 多文化アジアの教育問題?
ーインドネシアの場合―
雑誌名
アジア・アフリカ文化研究所研究年報
巻
26
ページ
187-220
発行年
1991
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00011203/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja︿
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多文化アジアの教育問題
│ │ イ ン ド ネ シ ア の 場 合 ! │ │ 日 時 A :z:;; 白山校舎 一九九一年十一月二日 一 四O
番教窒 場 司 A :z:;; 研究員 報告 アジアの教育ーーその多様性と普遍性il
国立教育研究所員、東洋大学・東京大学非常勤講師 カリマンタン(ボルネオ)にみる国民統合の教育 九 州 大 学 教 育 -ザ一 部F
付 属 比 較 教 育 文 化 研 ワ廿 7u 施 設 助 教 授 針生清人・比嘉佑典 井 上 星 西 村 重 インドネシア科学庁(巴巴)社会文化研究所研究員 インドネシアの教育制度と第五次五カ年計画におけるマンパワ! 固 め 円 目 白 口 出 H U ﹀ J 同 ﹀ 、 吋 斗 叶 4A 山 間 ヨ -ロ ヨ - u 井上星児 吉田辰雄 西村重夫 西 村 誠 ヘルマン・ヒダヤ 西野節男 多文化アジアの教育問題 ヘルマン・ヒダヤ は じ め に 一 昨 年 、 アジア・アフリカ文化研究所は創立三十周年を記念して、異文 化問コミュニケ l ションを探るべく、 シンポジウム﹁異文化としての日本 ー留学生はこう見る│﹂を開催し、﹁日本﹂および﹁日本人﹂とは何かにつ いてそれぞれの立場から考察していただきました。昨年はシンポジウム 児 ﹁多文化アジアの人間観﹂を企画し、多様な文化を有するアジア諸民族の人 間観について、 シンガポール、 タ イ 、 イラン、インドネシアおよび日本の 夫 方々を中心に論じてもらいました。そこではおのおのの文化の普遍性と同 時にその差異性が示されました。 今回は﹁多文化アジアの教育問題 I ﹂と題し、アジア全般の教育問題と、 第一回としてインドネシアの事例について、各専門家からお話をいただく ことに致しました。 教育問題は、 それぞれの民族および国家が、みずからの文化・社会をに ない、創り出していく人聞を育成するために、各国が真剣に取り組んでい る重大問題です。今回はインドネシアをとりあげ、その具体的な問題につ いて探究してみたいと思います。 一 八 七重 ノ イ JI173FJUV 虫章者 F H ド 目 疋 -﹂ / 斗 斗 ノ li ﹂ 仁 k と 日 リ ノ ¥ アジアの教育ーーーその多様性と普遍性 井 上 星 児 塁 。 巴 伺 白 色 ﹄ 同 国 立 教 育 研 究 所 員 、 東 洋 大 学 ・ 東 京 大 学 非 常 勤 講 師 一 九 四 一 年 、 旧 ・ 台 湾 台 北 市 生 ま れ 。 東 京 大 学 大 学 院 教 育 学 研 究 科 博 士 課 程 単 位 取 得 退 学 。 公 務 に 就 き 、 八 三 年 、 人 事 院 在 外 研 究 員 と し て 渡 仏 、 エ ク ス ・ マ ル セ イ ユ 大 学 等 で 調 査 研 究 を 行 う 。 八 七
1
八 九 年 、 文 部 省 外 国 調 査 官 ( フ ラ ン ス 担 当 ) を 勤 め た 後 、 八 九 年 よ り 国 立 教 育 研 究 所 教 官 。 企 画 調 整 部 に 属 し て ユ ネ ス コ 関 係 の 教 育 ・ 研 究 国 際 協 力 事 業 に 関 わ り 、 ラ オ ス 、 モ ン ゴ ル 、 中 国 な ど ア ジ ア 各 国 か ら の 研 究 者 や 行 政 官 の 研 修 指 導 に 従 事 す る 一 方 、 OECD の 国 際 教 育 イ ン デ ィ ケ ー タ l 開 発 プ ロ ジ ェ ク ト 等 に も 、 毎 年 参 加 し て い る 。 共 訳 書 に ﹃ PUF 講 座 ・ 教 育 科 学 序 説 │ 教 育 哲 学 の 擁 護 ﹄ ( 白 水 社 刊 ) ほ か 。 共 著 書 に ﹃ 講 座 ・ 世 界 の 幼 児 教 育 9 │ フ ラ ン ス ﹄ ( 日 本 ら い ぶ ら り 刊 ) ほ か 、 比 較 教 育 関 係 の 論 文 多 数 。 はじめに わが国における近年の﹁アジア関心 L とアジア教育研究 わが国における近年の﹁アジア・ブ 1 ム﹂││l他のアジア圏諸国に対す る民間外交ブ l ムのようなものは、 一 九 八0
年代に入ってから急速に高 まったといわれている。 上智大学の村井吉敬助教授は、その要因を、基本的に日本のアジアとの 経済関係が、またそれにともなう政治(政府間)関係が、七0
年代から八0
年代にかけて飛躍的に密になった事実に見ながらも、 さらにその上に、 日本の熟年世代と青年世代の内面における社会心理学的要因にも注目して いる。すなわち熟年世代については、 モノ・モノで戦後四O
年余を働き続 けてそれなりの物質的報償を手に入 れ た が 、 それと引き換えのかたちで 精神の空洞化を背負い込み、その空 いた心の穴に戦前・戦中に親しんだ 懐かしい﹁アジア﹂が入り込んでき た(村井氏はそれを藤原新也氏の比 仏鳴を借りて﹁社長さんの写経ブ l ム L 現象とも表現している)と見受 けられるし、また飽食の若者世代に おいては、そのきっかけは﹁インド 体 験 で あ っ て 、 ボート・ピ l プルの大人や赤ちゃんたちの飢えた顔と肉体 シナ難民 L へ の T V を通じての直面 に対する衝撃にあったのではないか、という(村井﹁アジアとの民間交流 一 九 八 三 一 年 ) 。 │││原点から考えてみる││﹂、﹁国際交流﹂誌、第三六号、 書 二 氏 は 、 他方、わが国の東南アジア書籍出版の草分け的功労者の一人である井村 一九八二年の日本におけるこつの事件││国際交流基金による ﹁南アジア映画祭﹂の記録的成功と、アジアの人々による日本の教科書への 批判・関心の高まりとを、 日本の﹁対東南アジア文化関係を一変させた・ :・日本人にとってアジアの人たちとの真の交流のスタートラインの意味を もつ﹂できごととしている(前掲誌)。南アジア映画祭の﹁予想外の﹂大成 功を、わが国のアジア・ブ l ムのきっかけに挙げる専門家は、 ほかにも少 よる爆発が可能なのである。 なくないが、むろん日に見えないガスの充満が先行していてこそ、点火にまた、拓殖大学の田中明教授や評論家・川村湊氏らの指摘によれば、八 二一年の関川夏央氏著﹃ソウルの練習問題﹄や﹁宝島﹂誌別冊﹁朝鮮・韓国 を知る本﹂が象徴的な転換点となったというわが国の﹁新しい韓国ブ 1 ム ﹂ は、それまでの政治的関心の対象国から文化人類学的関心の対象国への移 行 で あ っ た と い う ( ﹁ 国 際 交 流 ﹂ 誌 、 第 四 七 号 、 一 九 八 八 年 ) 。 そ し て 、 お そ ら く 、 そのような﹁政治・経済一辺倒的関心から文化・風 俗を含むより広汎な関心へ﹂という転換図式は、わが国のアジア全体への 関心についてもいいうることであったろう。 もちろん、わが国の対アジア民間外交の運動は、 一 九 七
0
年代の後半か らいわゆる﹁草の根の海外協力﹂として続けられてきていた。そして、そ の 決 定 的 な 盛 り 上 が り は 、 一九八八年三月の小田原市における︿市民とア ジアをむすぷ国際フォーラム﹀と銘打たれた﹁飽かながわアジア市民 フ ォ ー ラ ム ー ア ジ ア 、 ひ と 、 ひ と び と と : : : ﹂ の 開 催 で あ っ た 。 そ の 成 果 は 、 アジア市民フォーラム編﹃アジアの草の根ネットワ l キ ン グ ﹄ ( 学 陽 書 房 、 一 九 九O
年 ) 一巻に詳細に報告されているが、第一章﹁出 会 う ﹂ か ら 、 ﹁ 協 力 す る ﹂ ﹁ 間 わ れ る ﹂ ﹁ 結 び つ く ﹂ ﹁ つ ど う ﹂ と 続 く 全 五 章 のどれも重要で魅力的な活動と思索の報告が収録されている中で、とりわ け︿地域からの国際化﹀という新しいコンセプトの創出が注目される。も はや全国の各地域は、行政首都トウキョウを介さずに直接世界に向けて、 とりわけアジアの各地の生活民衆に向けて、 メッセージを発し受けとる態 勢と感覚が整ったのである。これは、画期的なことであった。ちなみに、 小田原フォーラムの後の第二回﹁アジア市民フォーラム﹂は、関西のNGO
団体を中心に、﹁いっそう地域的な﹂場ll
淡 路 島 で 行 わ れ て い る 。 多 文 化 ア ジ ア の 教 育 問 題 -( 井 上 星 児 ) こ う し た な か で 、 についての専門的研究も、次第に量 ﹁ ア ジ ア の 教 育 ﹂ 的・質的に高い水準のものが発表されるようになってきた。 アジアを広く 見渡してその教育・文化を取り扱った権藤輿志夫・弘中和彦両氏の﹃アジ ア の 文 化 と 教 育 ﹄ ( 九 大 出 版 会 、 一 九 九O
年)のような概説書はもとより、 インドネシアのイスラム寄宿塾(プサントレン)における学習の組織化の 実態を調査研究した西野節男氏の﹃インドネシアのイスラム教育﹄(勤草書E
そ
一 九 九O
年。第一回日本比較教育学会﹁平塚賞﹂受賞)のような優れ たモノグラフィー研究も漸次刊行されている。 各学会誌や大学紀要などの個々の単発論文のなかにも、注目すべきもの が多々あるが、ここではそのような一例として、蔵田雅彦氏の研究ノ l ト ﹁アジア理解のための英語教育の可能性﹂(桃山学院大学総合研究所発行 ﹁ 英 米 評 論 ﹂ 第 四 号 、 一 九 九O
年)を、参考までに紹介しておこう。 蔵田氏は、﹁社会言語学で高まりつつあるノンネイティブ・スピ 1 カ l ・イングリッシュに関する研究ならびに知見にもとづき、 ア ジ ア の 草 ︿ 語の特徴を正当に評価する理論的根拠を提示し、同時にアジア各国の特徴 を詳しく解説﹂した本名信行氏編﹃アジアの英語﹄(くろしお出版、 九 九O
年)などの近年の優れた研究成果に依拠しながら、﹁大学における英語教 育の現状は欧米理解教育という基本的枠組みを抜けきっていない。:::英 語学習と欧米文化理解を同一視する必要は必ずしもないのではなかろう か しー と の 問 題 認 識 か ら 、 ﹁英語教育とアジア理解を繋ぐひとつの回路とし て、最近注目されはじめた︿アジアの英語﹀の可能性について探って﹂み ょうとする。そして、矢野安剛氏や D ・クリスタルの推計を借りて蔵田氏 l k多 文 化 ア ジ ア の 教 育 問 題 -( 井 上 星 児 ) は、アジアを中心とする ESL( 英語を第二言語として使う)人口が三億、 EFL( 英語を外国語として使う)人口が三一億と推定される今日、﹁英語を 母語とする人口(三億)をはるかに越える人口が英語を日常的に第二言語 として使用し、かれらによって英字新聞や英語文学が生み出されている現 実 を 考 え る と 、 いわゆるアジア英語を通してアジア人の文化や生活習慣な どを学ぶこともけっして的はずれなことではないはず﹂との仮説を披れき す る 。 とはいえ、﹁もちろん、アジア英語を主張することに問題がないわけでは ない。﹂それらアジアの多民族・多言語国家の多くで英語が日常的に使わ れているのは、かつて英米の植民地であったからであり、以後も政治的・ 経済的にそれら先進国への依存的関係が続いているからにほかならない し、また、﹁シンガポールやフィリピンの英語文学や英語評論が総じて中流 以上のエリート層を対象としたものであることも、もうひとつの問題とし て指摘できる。﹂しかしながら、蔵田氏自身が行ったわが国の高校生や大学 生の﹁アジア認識アンケート﹂のイメージ調査の結果をみても、明治以来 の﹁貧しく、汚く、そして遅れたアジアというステレオタイプ的イメージ﹂ が基本的に保存されているという現実は覆いがたく、それゆえ﹁もし日本 の英語教育がそのような精神構造の延長線上にあるならば、英語教育を通 した国際化の進展も基本的には脱亜入欧、すなわち欧米偏向を助長する機 能をはたすことにしかならないだろう﹂と、氏は警告する。 氏自らがいうように、その具体化にはまだ困難や課題が多々ある試論と はいえ、﹁アジアの教育しの問題を考える際の、貴重な提言の一つというべ き で あ ろ う 。 一 カ
C
アジアの教育の概況ll
ーその多様な現実と課題 1 i ここで、本稿の扱う﹁アジア﹂の範囲・内実を暫定しておこう。 まず入手資料の制約から、対象地域圏は、北緯五O
度i
南緯二O
度のモ ンゴルからトンガまで、東経六O
度1
一 八O
度のパキスタンからフィジl あたりまでの範聞とする(図表 1 ) 。 各国の標準的な学校教育制度図(初等・中等学校系統図、義務制・無償 制の存否)は、図表 2 の 通 り で あ る 。 なお、主たる原データは、国立教育研究所の国際研究・協力部が毎年開 催するユネスコ APE-D 事業の一環としてのテlマ別教育研究ワlク シ ョ ッ プ の た め に 、 アジア・太平洋地域の参加国(テ i マにより、国の数 や種類が異なる)の代表が持ち寄ったカントリー・レポート等を集約した も の で 、 オーストラリアやニュージーランドなどの非アジア国が入ってい る 反 面 、 ユネスコ加盟国でない台湾、香港、 シンガポールなどの重要なア ジア諸国のデlタが欠落しているのは残念である。 それらのレポートから、各国の初等教育の政策課題を拾うと、次のよう で あ る 。 ) l ( 就学状況とそれを阻む要因 日本、韓国のようないくつかの国では義務教育が完全に実施されてお り、就学率もほとんど一O
O
%
である。就学率は高いが、落第の問題を抱 えている固に、バングラデシュ、 インド、ネパlル、 フィリピン、西サモ ア が あ る 。 ま た 、 いくつかの国では、伝統や宗教が小学校就学、特に女子 のそれを妨げている。対象地域圏 図表1 多文化アジアの教育問題 -( 井 上 屋 児 ) 各国の標準的な学校系統図(初等・中等教育) 図 表2 九 tQ田町llOtyIn.鵬 附.lartls 回 無 償 制 ~義務制晶、っ無償制 スリランカでは,第1-8学年までの8年間の教育が「初等教育」とみなされ インド,ノfキスタン, ている。 (注)
多文化アジアの教育問題 -( 井 上 屋 児 ) 就学できない理由として多くあげられているのは、地域の辺部性・過疎 性や部族移動、子どもの心身の障害、家族や本人の学校教育に対する無関 心である。交通手段が乏しい農山村においては、雨や洪水という自然現象 や山・森林などの自然環境が低就学率の要因ともなり、また農作地帯で は、収穫期になると欠席が増える現象がみられる。 ) の / “ ( 小学校段階における落第と中途退学 日本、韓国をはじめ、 アジア・太平洋地域において初等教育を義務教育 にしている国では、中途退学問題はほとんどなく、 ほぼ全員が必要とされ るレベルまで在学している。しかし、中園、インド、インドネシア、 フ ィ リ ピ ン 、 タイ、ベトナムでは、特に辺部な地方において、初等義務教育段 階でも、落第や中途退学が少なくない。その主たる原因は地理的条件のほ か、生徒の貧しい社会・経済的背景、児童が家庭で親の仕事を手伝わなけ ればならないなどの望ましくない環境にある。 バ ン グ ラ デ シ ュ 、 マレーシア、ネパ l ル、パキスタン、パプア・ニュ l ギニア、西サモアの諸国では初等教育は無償で行われているが、義務教育 ではない。バングラデシュとネパールでは、きわめて高い中途退学率、落 第、出席率の悪さが目につくが、 それらは十分に訓練を受けた意欲をもっ 教員の不足、貧弱な施設、児童労働代替コストの高さ、児童の健康状態の 劣悪な結果だとされている。 落第や学習遅進の問題は、多くの国に共通している。しかし、適切な救 済措置や個別指導がなされている例はほとんどない。 ) の 4 d ( その他 バングラデシュ、中園、インド、ネパ l ル、パキスタン、パプア・ニュ l 各 国 の ポ ピ ュ レ ー シ ョ ン ・ プ ロ フ ァ イ ル ( 所 得 ・ 貧 困 度 ・ 平 均 余 命 ・ 教 育 到 達 度 ) 図表 3 九
(出典:Raja Roy Singh <Education in Asia and the Pacific) , UNESCO, 1986)
GlN人P(当19り83) 困国(1窮民97線の5)以割%下合の 平(均19余83)命年成字(1率89人識5%) 到達した教育の水準別に見た国民の割合 % 国 名
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ドル 就 学 せ ず 初 等 教 育 ま で 中 等 教 育 ま で 中 等 後 高 等 ノてングラテシュ 130 64 50 33 82.3 10.0 6.9 0.9 中 国 300 67 69 44.5 32.7 21. 7 1.0 インド 260 46 55 44 72.5 11. 3 13.7 2.5 インドネシア 560 54 74 41.1 48.4 9.6 0.8 マレーシア 1,860 12 67 73 43.4 42.6 13.9 ネノマーノレ 160 46 26 41. 2 29.4 22.7 6.8 パキスタン 390 43 50 30 78.9 8. 7 10.5 1.9 パプアニューギニア 760 54 45 82.6 13.2 4.2 フィリピン 760 33 64 86 14. 1 57.6 16.4 11. 9 韓 国 2,010 自 67 94 19.7 34.5 36.9 8.9 スリランカ 330 14 69 87 17.8 50.5 29.4 2.3 タ イ 820 32 63 91 20.5 69.7 6.8 2.9 トノレコ 1,240 63 69 39.7 45.1 13. 1 2.2ギ ニ ア 、 フ ィ リ ピ ン 、 スリランカなどでは、教育施設や教材が不足してお り 、 ま た 、 マレーシア、パキスタン、韓国では、大都市地域においては学 級規模が大きく児童数が多すぎる弊が出ている。 インド、ネパlル、パキスタン、パプア・ニュ 1 ギ ニ ア 、 フ ィ リ ピ ン 、 スリランカでは、都会と地方の間や性別により教育機会に大きな聞きがあ る。さらに、ネパ!ルとスリランカでは教員給与と教員の社会的地位の低 さ マレーシアは教員と学級および児童数の割合、 タイは教員の過剰、べ トナムは新カリキュラムと教科書の評価、辺地に住む不利益集団の問題が 指摘されている。 次の、各国のポピュレ!シヨン・プロファイル(いわゆる所得、貧困度、 平均余命、教育到達度等の一覧。図表 3 ) 、および本稿末尾に掲げた図表の うち、初等・中等教育の在学・進学状況︹女子在学率、落第率、中退率) に関する図表 5 1 、 F O -9
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、
5 3 は 、 ユネスコにおけるこの種の問題 の権威、ラジャ・ロイ・シンの著書﹃アジア・太平洋地域諸国の教育﹄(ユ ネ ス コ 刊 、 一九八六年)から採った。他ではほとんど入手の困難な、貴重 な デ l タ が 多 い が 、 その意味あいの読み取りは、読者にゆだねたい。 なお、その他の末掲の図表i
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各国の主要な言語と宗教(図表 4 ) 、教育 費・教育財政指標(対 GNP 比、対総行政費比。図表 611 、 6 ー ー 2、
3 ) 、および初等・中等教育の必修教科目(図表 711 、 712 、 7 1 3 ) については、前述の各国のカントリー・レポートを出典としている。 い う ま で も な い が 、 アジアの教育と一口にいっても、その状況はきわめ て多様・不斉一であることは、これらからも実感されよう。 多 文 化 ア ジ ア の 教 育 問 題 -( 井 上 星 児 ) E アジアの教育の共通性 l i l 比較教育学的事例研究 l i l 以 上 の よ う に 、 アジアの教育は、国ごとあるいは地域ごとにすこぶる多 様なあり方( E
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で営まれているが、その反面、世界的な 視野で見た場合、独特の共通な構造や論理(
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をもっている ことも事実である。 し か も 、 それらは、しばしば当事者にとってはあまりに日常化した教育 慣行となっているがために、それと意識されることのないケ 1 スが少なく な い 。 こ こ で は 、 そのような事例の代表的な一つを挙げておこう。広島大 学の沖原豊教授の研究グループが、 一九七七年に行った世界一O
五か国を 対象とした有名な比較調査研究の結果である。 その前に、試みに、読者は、かつてのわが国の超ベストセラー、黒柳徹 子著﹃窓ぎわのトットちゃん﹄の次のようなトモエ学園のくだり︹ A ︺ と 、 タイの元教師カムマ l ン・コンカイ氏の書いた自伝風小説﹃田舎の教師 ( せ ん せ い ) ﹄ ( 一 九 七 八 年 ) の 一 節 ( B ︺とを読み併せてみて、なにかに気 がつかれるであろうか? ︹ A ︺ 6 ﹁トモエの生徒は、よその家の塀ゃ、道に、らく書きをする、という じ ゅ う ぶ ん もう充分に学校の中で ぎ 季 、 、 、 A 、 L 、A コこ o 首 弓 AM ナ' i , 市 川 N ,ふれ と い う の は 、 そ う い う 事 は 、 やっているからだった。 それはどういうのかというと、音楽の時間だけど、生徒が講堂に集 まると、校長先生は、みんなに、白い、はくぼくを渡した。生徒は、 ゆ か じ ん ご し 講堂の床の思い思いの場所に陣どってねっころがったり、ち?っ腰に 九多文化アジアの教育問題 -( 井 上 星 児 ) はくぼくを持って、用 ひ 意する。みんなの準備が揃うと、校長先生がピアノを弾く。そうする お ん と、みんなは、その講堂の床に、先生の弾いてる音楽のリズムを、音 符にするのだった。薄茶色で、 なったり、きちんと正座したり、自由な形で、 ツルツルの木の床に、はくぼくで書く のは気持ちがよかった。広い講堂に、 トットちゃんのクラスの十人ぐ らいが、ばらばらに散らばっているのだから、どんなに大きい音符を 買いても、他の子に、ぶつかる事はなかった。(中略) ところで、この音符のあと、掃除が、かなり、大変だった。まず、 ふ 黒板消しで、はくぼくを拭き、そのあとは、みんなが共同で、モップ ぞ う き ん だの、お雑巾だので、すっかり、床を、きれいにするのだった。それ でも、講堂じ?っ全部を拭くのは、大ごとだった。﹂ ︹
B
︺ ﹁狂犬沼村小学校の教員になって最初の二週間というもの、ピヤは ほとんど毎日、全校ただ一人の先生役をつとめねばならなかった。(中 略 七時。学校に着いてみると、もう生徒が何人も来ていた。彼は生徒 を呼び集め、助け合って校舎及び周辺の清掃を行った。榔子の葉の筋 を集め膨状の世一一帯を作り、机や床凡の下から紙屑やごみを掃き出し、子 供たちにごみをすくって、持って行って掘った穴に捨てさせた。その 作業が済むと子供たちを呼び集め、校舎の軒下の砂地に固まって坐ら せ、二つ三つの物語を話して聞かせ、それがすむと子供たちを勝手に 遊 ば せ た 。 ピヤは翌日も同じことをやった。﹂ 九 四 (富田竹二郎訳、井村文化事業社刊) おそらく、欧米のキリスト教国や中近東・北アフリカのイスラム諸国の 人々がこれらを読んだとしたら、まず目をみはるにちがいない││﹁学校 で、生徒たち自身が掃除をしている!﹂といって。 沖原教授らの説明によれば、今日、世界の各国(回答一O
五か国)のう ち、学校の掃除を生徒たち自身に行わせている(﹁生徒型﹂)国は、約一ニ分 の一の三四%(三六か国) で、日本のほか、ビルマ、タイ、 ス リ ラ ン カ 、 旧南ベトナム、韓国、北朝鮮、中国などのアジアの仏教国、 マ レ ー シ ア 、 バングラデシュ、インドネシア、インド、 フィリピンなどその他のアジア 諸国(それらは概ねイスラム教の国であるが、例えばインドネシアのボロ ブド l ル遺跡にみられるように仏教の影響も少なくないところが多い)、 それにリビア、 セ 、 不 ガ ル 、 チャドなど一三のアフリカ諸国、 その他パ l レ ー ン 、 コロンビアなどである。キリスト教国も七t
八か国含まれている が、その多くは原始宗教を基礎としてもっているアフリカの国である(図 表 8 )。
結局、社会主義国の中国・北朝鮮を含めて、全体の主流は、﹁かつて仏教 の影響を受け、仏教的伝統を残している国﹂である、と沖原教授らはいう。 仏教では﹁一掃除、二看経(かんきんどというように、﹁心の塵と垢との 迷いを除く﹂掃除が人間修行の方法、開悟の重要な手段としてみなされ、 ﹁生徒型の国においては、このような掃除観が寺院教育などを通じて学校 での生徒による掃除に影響を与え、今日の学校掃除観を支えてきていると いってもよかろう﹂と、著者らは見る。 これらの国においては、学校掃除が﹁清潔心の育成 L ﹁ 協 調 性 の 育 成 ﹂ ﹁ 公沖原豊編著『学校掃除一ーその人間形成的役割一一j](1978年,学事出版刊) 。 世界の学校掃除地図 図表8
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多 文 化 ア ジ ア の 教 育 問 題 -( 井 上 星 児 )主
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三三]J清掃夫型 ~清掃夫・生徒問 圃圃圃園生徒型 共心の育成﹂﹁勤労の価値の学習﹂および﹁健康に対する態度の育成﹂と いった教育効果・教育的意義をもっと、 ほとんどの国が回答している(三 一か国中二九か国は、これらの﹁教育的理由﹂の少なくとも一つを、また 一二か国は全部を挙げている ) 0 もっとも、生徒型の国の中にも、タンザニア、 ウガンダ、ガボンなどの アフリカ諸国や西サモアなどは、教育的理由のほかに﹁経済的・財政的理 由﹂を挙げ、清掃夫を雇用する財政的余裕がないために生徒に学校掃除を 行わせている、と回答している国もある。 学校掃除の第二の類型は、これとは対照的に、学校掃除はつねにプロの 清掃夫を雇って行い、生徒にはけっしてさせないという慣行を保持してい る 国 ( ﹁ 清 掃 夫 型 ﹂ ) で、その比率は全体の五八%(六一か国)を占めてい ヲ h v。
欧米・オセアニアのキリスト教国の大半のほか、 シ ン ガ ポ ー ル 、 ネ パール、香港、パキスタン、 アフガニスタンなどのアジア諸国、それに中 近東・北アフリカ・南アフリカなどの国々がここに入る。キリスト教国が 四三か国で最も多いが、 ついでイスラム教国の一三か国があり、結局、生 徒に掃除をさせない理由としては、キリスト教の直接的影響というより、 肉体労働を軽視し、とくに掃除を召使の仕事として卑しいものとみたギリ シャ・ロ!マ文化の影響の方が強いようだ:::との、回答国の中の有識者 の意見もあったという。 このような清掃夫型を採っている国のその他の理由として、﹁学校は勉 強をするところである﹂という西欧の伝統的学校観による考え方、﹁プロの 清掃夫の方が効率的・合理的﹂とする合理主義的作業観、大人の労働者の 雇用機会を減少させることへの労働組合の反対:::等も挙げられている。 九 五多 文 化 ア ジ ア の 教 育 問 題 -( 井 上 星 児 ) 学校掃除の第三一の類型として、基本的には学校当局によって雇一われる清 掃夫が行いながら、生徒もまた集塵、机の整頓、黒板拭き、花壇の手入れ 等掃除に準じる作業に参加する(﹁清掃夫・生徒型﹂)国がある。旧ソ連、 東欧、キューバ等の社会主義諸国である(八か国。八%)。他のヨーロッパ 諸国と同様ギリシャ・ローマ文化の伝統の影響を受け継ぎつつ、社会主義 的な労働教育の重視の思想から、生徒も一定の﹁社会的有用労働﹂に参加 することが求められている慣行である。 さて、以上のように見てくると、 アジアの国々の教育慣行のなかにある 種の共通性・類似性が注目され、われわれの近隣諸国への親愛度を醸成し 高める材料を提供してくれる。 もっとも、微視的にみれば、 そのマクロな共通性のなかにやはり国ごと の微妙な差異がみられることを、沖原教授らは指摘している。 例えば、﹁学校掃除は楽しいか?﹂と聞かれて、フィリピンやインドネシ アの子どもの九O%以上が、掃除の時聞を授業の後の解放された、おしゃ べりしながら過ごせる自由な楽しい時間として受けとめているようなのに 対し、日本の場合、三三%余しか楽しいと思っておらず、二二%近くが﹁つ らいと思う L といい、﹁行としての掃除の考え方がまだ根強く残っている﹂ ことをうかがわせているという(図表 9 1 、 9 2 1 また、今後の学校掃除についての各国の教師の意見も、﹁児童・生徒のみ でやる﹂ぺきとの意見が、 日本の教師の場合、依然として四O%強あるの に 対 し 、 フィリピンはその半分にも満たない一八%弱、韓国・インドネシ ア が 一 一
1
一 三 % 程 度 で 、 タ イ に い た っ て は わ ず か 一 一 一 % 以 下 で あ る 、 と い う 結 果 が 出 て い る 。 本 国 イ ン ア ピ シ j ヰ 'ah ド a イ ン 日 韓 タ フ イ 沖原教授らのいう﹁学校掃除l
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その人間形成的役割﹂が、もはや他の 学校掃除は楽しいか 児童 50% 図表9-1 。% うことなのか? アジア仏教国では風化しつつあるのに、 そ れ と も 、 日本だけがなお健闘しているとい , わ か ら 主 1.6な い ノ ¥ 1.0 2.0 100% 一一教師一一 今後の学校掃除のあり方 50% 図表9-2 。% 日本が新しい時代の価値観への移行に乗り遅 れているということであろうか?N
アジアの教育を考える視点││文化的﹁構造協議﹂も時に必要 以上、大ざっぱながら、 アジア各国の教育の﹁多様性﹂と﹁共通性﹂とを概観してきた。しかし、われわれの問題意識は、多様性と共通性の二ま た的認識があればそれでよしとするものではない。 アジアの教育の﹁多様性﹂の中には、対等の資格で誇らしく並ぶ﹁個性﹂ ではなく、単なる遅れや未到達の表徴にすぎない差異というケースも含ま れていないとはいえない。しかも、それらの国のそのような遅れや劣位は、 われわれ日本人の過去および現在の所業によってもた=りされたものも少な ノ ¥ 、 4 、 , 十 GP4J ﹁ ふ D r -
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ノ¥乎J1vpuJG ノ 手 J 汀 H R ふ / だとすれば、われわれは、そのような欺繭的ともいえる﹁多様性﹂を真 の﹁個性﹂の共存に換える責任がある。そして、 アジア同胞諸国の教育の あり方がそれぞれのユニークな個性の現れとして立ち並ぶとき、われわれ は 初 め て 、 それらの一つ一つの個性の根底を通有して見られる﹁普遍性﹂ をも追求していくことができるのである。 解剖学者の東大教授・養老孟司氏は、﹁医学における多様性と共通性﹂と 題する最近の雑誌対談(﹁悠 L 誌 、 一九九一年七月号)において、臓器移植 などの重大テ l マを背負いつつあるいまの医学では人間の﹁普遍性と個 性﹂とをどのようにとらえ対応していくかが課題となっていることをの ベ、人聞が生きている状態とは﹁個性と普遍性との絶えざる緊張状態であ る ﹂ と 力 説 し て い る 。 ア ジ ア の 教 育 も 、 そのような﹁個性と普遍性﹂の絶えざる緊張をはらん だ関係性に立たせ、活力に満ちて﹁生きている﹂状態を、われわれは創り だしていかなければならない。本稿のサブタイトルに﹁多様性﹂から﹁普 遍 性 ﹂ への移行を示唆したのは、 そのような問題意識からにほかならな か っ た の で あ る 。 多 文 化 ア ジ ア の 教 育 問 題 -( 井 上 星 児 ) も ち ろ ん 、 アジアの教育において、個性が並ぶだけでなく普遍性をも追 求しようという態度は、かつての﹁アジアは一つ﹂的な発想とは似て非な る も の で あ る 。 一つの例をあげよう。先頃、国を挙げてエイズ撲滅に本腰を入れ始めた タイのミチャイ・ビラパイディア国務大臣(観光担当)は、﹁タイの売春宿 へ突っ込んでエイズで死ぬようなカミカゼ自殺ツア│﹂を繰り返す飽食日 本人の旅行客の行状を批判したばかりでなく、﹁民主主義や人権をいう先 進 国 ( 日 本 ︺ タイの女性や子どもを性的に搾取する男性を育て の 教 育 が 、 て い る 、 日本の教育制度や内容に対して その責任をどう考えるのか﹂と、 も適切で手厳しい批判を行った(朝日新聞、九一・一0
・ 一 九 付 け 、 ﹁ エ イ ズ/アジア/女性 111 タイからの報告・下﹂)。これは、われわれが内側か らは鈍感になりがちだったわが国の教育の本質的病巣への、正しい批判で あ っ た 。 このように、これからのアジアに生きるわれわれは、同胞諸国の教育の あ り よ う に 対 し て 、 その﹁個性﹂的なありかたそのものへは十分な尊敬を 払 い な が ら も 、 その教育目標や教育内容に関して、もし真の文化的次元で の注文が必要なときには、たがいに遠慮することなく、 いわゆる﹁構造協 議﹂を行いあう態度も要求されてくるであろう。 逆 説 的 な よ う だ が 、 そのような誠実な相互批判の態度こそが、われわれ 日本人にとゥて、日本の過去・現在の﹁責任﹂への自覚を他に示すと同時 に、アジア同胞諸民族へ向けて真の共生(
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山 口 広 ) を 誓 う ア ク シ ョ ン と な る の だ と 思 う 。 一 九 七〔付〕 多文化アジアの教育問題 各国の主要な言語と宗教 図表 4 主 要 宗 教 グ ル ー プ の割合(%) 国家宗教 主要言語 名 国 なし キリスト教徒(76),その他(1) き五 口口 英 オーストラリア イスラム教 イスラム教徒(87) ヒンズー教徒(12),その他 (1) ベンガル語 バングラデシュ なし 仏教徒,イスラム教徒 キリスト教徒 中国語 国 中 なし ヒンズー教徒(83)t(a) イスラム教徒(l1)t(a) キリスト教徒 (3)t(a) 国語として 英語とヒンズー語 地域言語15 インド -( 井 上 星 児 ) なし イスラム教徒(90) キリスト教徒(7) 仏教徒とヒンズー教徒 (3) インドネシア語 ジャワ語,スンダ語 ミナン語,パタック語 アンボン語 インドネシア なし 神 道 (87)t(b) 仏 教 徒(72)t(b) 日本語 本 日 イスラム教 イスラム教徒(55) 仏教徒(18) ヒンズー教徒(8) キリスト教徒(19) マレ一語 中国語,英語 タミール語 マレーシア ヒンズー教 ヒンズー教徒(90) 仏 教 徒(8) ネノfーノレ語 英語,母語 ネパール なし キリスト教徒(75) 英語,マオリ語 ニュージーランド イスラム教 イスラム教徒(97) ウルドゥ語,シンディ一語 パンジャブ語,パルチ語 プシュト
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ノfキスタン なし なし キリスト教徒(99) キリスト教徒(92) イスラム教徒(5) 英語,ピギン語,モトウ語 英語,タガログ語 セブアノ語,ワレイ語 イロカノ語,ヒリガノン語 ビゴラノ3喜 ノfプア・ニューギニア フィリピン なし キリスト教徒(18) 仏 教 徒(19) 韓国語 国 韓 仏 教 仏教徒(69) ヒンズー教徒(15) イスラム教徒(8) キリスト教徒 シンハラ語 タミール語 スリランカ 仏 教 仏 教 徒(95) イスラム教徒(4) タイ語 イ タ 九 J¥ なし キリスト教徒 (5) 仏教徒(5) ベトナム語 ベトナム なし 注:t(a) 1971年の国勢調査による キリスト教徒(99) t(b)各宗教団体から文部省に提出された報告による サモア語,英語 西サモア初等・中等教育の女子在学率の推移 図表5-1 Secondary Variation 1970←1982 (in
%
pts.) Variation 1970-1982 (in%
pts.) Country 1982 1970 1982 1970 十 3+
1 十 1+
4 十 6 +16 十12 +19 十22 十21 十 6 十 3 十22 十49 十20+
9 十 7 十13、 +13 F U ウ t 1 i I ム 1 i 門 i つ d1inunuQUQUηt つ 白 に υoOFUnuoo ワ ゐ の 4 n L η o q L F h υ o d p h u o 凸 n h U A q q u n 4 つ 釘 2 6 円 i 戸 U 唱1 1 4 9 臼 QUqυqOFUFUQU に d Q υ 日 U P O R υ t i 唱1 1 i ヮ “ Q L ρ b a 笠 司 υAqnddqti'i Primary+
7 +15+
9 十 l 十14 十38 +28 十45+
7 8 +35 十11 0 6 7・
F O n L ↑ 十 + 十 4 9 n υ 4 o o u -Q d I R U 3 3 7 3 2 6 1 3 5 A 占 1 4 白 U ウ s n υ 白 U Q υ Q d A U A せ n d n v ハ vnuAV ハ vquod 1 1 1 1 1 1 1 円 i 4 4 1 ょ っ u ρ り 1 ょ quoOA せ ハ b o o つ 白 押 i Q U ワ ム A U I 4 & 門 i 9 d η O Q U F U m i 戸 D A せ 0 0 1 i ワムハ U ハ u n u 1 ム Qdoonu 1 1 1 1 1 Developing countries Afghanistan Bangladesh Bhutan Burma India Indonesia Iran, Islamic Rep. of Lao People's Dem. Rep. Malaysia Mongolia Nepal Pakistan Philippines Republic of Korea Singapore Socialist R巴p.of Viet Nam* Sri Lanka Thailand Turkey 多文化アジアの教育問題 -( 井 上 星 児 ) +12 十 8 十 6 +10 つ -d ι τ ワ 臼 n o n w d n H u n 内 u n w υ n v ρ h v p o p b o 0 0 0 ヴ 400 月 i T i F h υ り L 一 + 一 十 108 100 104 105 115 99 109 103 Developed countries Australia ]apan New Zealand USSR Data for 1970 refer to 1975. 九 九初等教育の児童の修了・中退状況 図表 5-2 多文化アジアの教育問題 Proportion of cohort reaching last grade of primary cycie Drop目 out % Survival % Last grade Grade III Grade 1 Cohort beginning Country q G n u -よ 凸 u n u A4A440 口 n D n 白 ウ t n u o d ハ U ハ U R υ ρ り 1iワ μ Q 4 1 i F b n U A 生 Q d 7 a Q u n O A U Q U に d z J 1 ょ っ -t i 901 798 323 374 289 1.000 1,000 1.000 1,000 1,00
。
1973 1980 1974 1980 1976 C Group Afghanistan Bangladesh -( 井 上 屋 児 ) Q d 門 t q u q u η ο F h d 民 υ ﹁ 占 1ind 門 i ウ t 門 i s q o d o d A 斗 AA4 410 929 924 465 468 973 994 891 891 1.000 1.000 1.000 1.000 1.000 1970 1970 1980 1973 1976 Bhutan B Group lndia Malaysia Thailand n H d A H U d 4 の LnkuquphvqUSATAuntuQdAXU 1 4 3 2 1 i l ー ム ハ U n b o 白 つ ω 1 i s q 門 i ハ b n U 円 i 1 4 9 ム nyqu ロ υ ρ O ハH 7 a n y Q υ q u q d o o q u Q U 914 904 558 681 F D A T O X U ρ h U A H V A 4 0 6 A H u t -A 位 向 h u 口 υ ハリマ a n u ヮ “ 円 i o d o d o d Q d Q U Q d Q d 7 ・ 旬 I A u n h U F U S I A U Q d O V A パ ヨ n 白 A U A 性 向 , a ρ h U A H U -ム の r -A H U 月 J ・ 円 , . A H u n u d n x u A H U F h υ nununHunwdQU06nuquAUQdo 白 A U n 日 , , 1 1 ハ U ハ U ハ U A U A u n U ハ U A U A H v n U A U A U A U n H V A H U A H U A H U ハ H U A H U ハ H u n H u n H v n H U A H υ ハ H u n H U ハUAUAUAUAUAUAunUAHvnHUAUAunu , , , , , , , , , , , , , 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 i A U 1 ムハ U 円 i o u n U ハ り 1 i ハ U 1 1 4 ハ U 0 6 7 e 0 6 7 ・ 0 6 7 ・ 7 ・ 7 ・ n o 7 ・ 0 口 7 a n 百 円 i o υ 白 υ o d 白 d o d q u Q u o d o d o d o d o d o d -1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 A Group Fiji lndonesia 乱1ongolia Philippines Republic of Korea Sri Lanka Singapore Tonga 初等教育の留年(落第)率 図表 5-3 Gradem
Grad巴 VIl Grad巴 VI Gradev
Grade IV Grade E Grade E Grade I Year Country。
。
8.0 12.0 10.0 14.3 4.8 1 .7 1 .5 10.2 12.0 8.0 9. 1 3. 7 5.0 2. 2 13.0 3.8 11.4 9. 5 per cent 2.3 8. 3 15.2 3.1 7.0 2. 4 0.4 5.1 13. 1 4.4 2.3 15.4 14.2 3.5 9.0 1.6 2.7 O. 1 5.3 12.6 11.1 2.7 11.1 16.0 3.0 11.2 2.3 2.7 0.3 6. 6 11.4 11.1 2.4 27.3 15.5 5.5 14.5 1.6 3.1 O. 2 9.4 8.1 18. 1 ハH v n H v n x u n H V A H u n k u n u d A H U 円 J ' n H u p h u o 白 n 白 門 i n 白 n 白 7 E 7・
0 6 7・
067e o d o d q d Q υ q u Q d Q d o d o d Q d Q υ 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 Afghanistan Bangladesh Bhutan Fiji lndonesia Mongolia Philippines Singapore Soc. Rep. of Viet Nam Sri Lanka Thailand 1.9 8.2 4. 5各国の教育費・教育財政指標
図表6
GNPに占める教育費の比率の推移
6-1
%of GNP.spent AUL*CHI
on Education IND INS IPN MAL NEP NZE料 PAK PNG PHI ROK SIN糾 SRL THA WSA
3.5 3. 1 2.5 2.7 2.0 5 1.8 5.4 1.4 5.5 5.6 3. 1 2.0 5.7 1978 3.9 3. 1 4.2 4.0 1.9 5 1 .6 5.4 2.2 6.5 5.6 3.4 2. 7 5.9 1982 3.9 * : % of GDP figures for 79/80, 82/83, 84/85
叫:
% of GDP 3.2 4.3 3.3 2.4 5 2.2 4.6 2.3 6.7 4.0 2.8 5.6 1986 多文化アジアの教育問題 -( 井 上 星 児 ) 総行政費に占める教育費の比率の推移 6-2IPN MAL NEP NZE P AK PNG* PHI ROK SIN
% of National/
country budget
aI10cated to
education
SRL THA WSA CHI IND INS
AUL 20.2 12.2 6.2 7.5 17.5 19. 0 11. 1 3.6 20.7 16.9 10.4 14.3 12.7 5.9 8.6 1978 13.0 20.1 5.7 9.9 20.6 7.7 19.0 6.0 19.5 12.9 10.5 13.3 12.5 7.6 10.0 1982 17. 1 18.6 6.1 8.6 12.9 20. 1 19.0 8. 1 16.3 10.6 11.4 13.0 9.5 7.0 1986
* : Expenditure by provincial governments and other authorities is not included here.
教育費に占める中等教育費の比率の推移 6-3
% of educatio日
budget alIocatEd AUL CHI IND
to secondary
education
SRL THA WSA PHI ROK SIN
IPN MAL NEP NZE P AK PNG
INS 16.8 20.0 42.5 34.0 10 17 24.0 33.8 23. 1 19.5* 25.4 28 44 29.4 1978 34.4 26.7 42-45 16.6 21. 0 13 18 25. 8 12. 8 25. 4 25. 0 34.1 30 45 25.9 1982 37. 5 25. 9 42-45 18. 9 17. 1
* : Lower secondary stage at that time included grades 4 and 5 also.
13 18 26.5 26.0 27.6 15.3 30 44 25.3 1986
。
多文化アジアの教育問題 履 修 学 年 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-2 3-6 4-6 5 6 -( 井 上 星 児 ) 5-6 履 修 学 年 1-8 1-8 1-8 1-8 1-2 3-8 3-8 6-8 6-8 履 修 学 年 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 4-6 4-6 4-6 4-6 1-6 履 修 学 年 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 5-6 1-6 1-6 履 修 学 年 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 4-6
。
履 修 学 年 1-5 1-5 1-5 1-5 1-3 1-3 4-5 4-5 4-5 4-5 4-5 中 悶 必修科目 1)道 徳 2) 中国語 3)数学 4)体 育 5) 音 楽 的 美 術 7) 歌と遊戯 自) 自然科学 的 労 働 10) 地理 11) 歴史雫唱語
インド 必修科目 1) 第一言語 2)数学 3) 勤労体験と美術 4) 保健体育 5)環境学習 (a) 環 境 学 習 い 社 会 科 (b)環境学習2科 学 6) 第二言語 7) 美術/図面 インドネシア 必修科目 1)宗教教育 2) パンチャシラ道徳教育 3) 国の闘争史 4) インドネシア語とインドネシア文学 5) 社 会 6) 数学 7) 理 科 8) スポーツと保健教育 9) 美術教育 10)技能訓練 11) 国史と世界史 選択科目 1 子工耳 2) 美術 3) スポーツ 4) 地方言詩 日 本 必修科目 1) 日本語 2) 社 会 3) 算 数 4) 理 科 5) 音 楽 6)図画工作 7)体育 8) 家 庭 (以下は教科ではないが,すべての生徒に必要となっている 9) 道徳教育 10)特別活動 マレーシア 必修科目 1) マレ一語 2) 中国語(中国語学校だけ〕 3) タミ-}レ語(タミ-}レ語学校だけ) 4) 英 語 5)数学 6) イスラム教〔イスラムの生徒だけ) 7)道徳教育(イスラム以外の生徒) 8)美術 9) 体 育 10)音 楽 11)人間とその環境 ネノマール 必修科目 1) ネパーノレ語 2)算 数 3)社 会 4) 体育 5)図画 6)手工芸 7) サンスクリット語 日 〕 保 健 9)英 語 10)理科 11)道徳教育 初等学校カリキュラムの必修科目 履修学年 1-8 1-8 1-8 1-8 1-8 1-8 1-8 3-8 3-8 6-8 6-8 6-8 履修学年 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 履修学年 1-6 1-6 1-6 1-6 1-3 3 3-6 3-6 4-6 4-6 履修学年 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 1-6 4-6 履修学年 1-5 1-5 1-5 1-5 1-5 1-5 3-5 年 一 学 一ι ι
ι ι
ι
修一トトトトト 履 一 5-6 5-6 履修学年 1-5 1-5 1-5 1-5 1-5 1-5 1-5 1-5 1-5 4-5 理 ム 閥 、 ノ 蜘 恥 盟 教 む 手 / / 中 出 臨 時 一 軒 企 / 鋭 農 / 学 道 / 腕 科 U W 業 b 然 、 矧 作 / / 会 史 民 儲 官 庁 調 ほ 惜 イ 掛 一 動 活 崎 一 間 間 協 一 間 関 ン 教 労 語 と の 一 活 語 化 化 健 理 活 体 内 叩 ( 教 一 語 一 語 タ ム 勤 育 語 ア 斗 会 術 一 成 ノ 文 文 保 育 地 生 育 術 習 動 ・ 験 成 向 育 一 ム 育 学 業 一 言 ス ラ / 体 言 ビ 業 一 社 芸 一 形 ピ と と と 体 / と 一 教 語 技 学 活 的 語 経 形 志 教 一 ナ 教 科 作 会 一 一 学 科 キ ス 術 樹 健 二 語 ラ 産 コ 一 語 学 科 域 健 現 育 一 格 リ 語 学 民 民 科 と 史 政 一 恵 国 会 学 科 育 楽 術 用 一 語 学 境 的 随 教 書 一 イ 学 活 格 的 諮 労 一 ト 学 徳 然 訪 両 楽 宥 級 史 、日一第数理パイ美植保第英ア農一一目一英数理地保表体ン日一人ピ英数公公理美歴家目一道韓社数理体音美実力目一母数環美品目点丸目一夕波生人動目指勤白一ベ数道自動図音休学歴 平 一 ・ 科 一 ピ 科 一 科 一 ン 科 一 , 科 一 豊 科 一 ム 科 一 望 ム ヤ ス 修 一 O ) ︺)め同町)防川町川町。)ア修一︺)︺︺))︺リ修一)))))))))︺国修一︺))))))))ラ修一)))))))イ修一︺︺))︺択一︺ナ修一めのめ心的的η
的 仙 則 的 キ £ 一 l I U プ 必 一 1 2 4 7 イ 必 一 56789ω £ 一 123456789 リ 必 一 1234567 必 一 12345 選一l£一 パ一 7 一 韓 ス 一 タ ベ 図表7ーl前期中等学校カリキュラムの必修教科目 図表7-2 Social Studies/ Social Sciences China History十Geography+ Civics+ Economics Mathematics Scienc巴 Mother tongue/ Regional Language十 Hindi十English India History + Geograph y十 Political Science Mathematics General Math 多文化アジアの教育問題 Science Physics十 Chemistry十 Biology Language Chinese十 Foreign Languag巴s -( 井 上 屋 児 ) Social Studies General Math. General Science Bahasa Indonesia and English十 Local Languages Indonesia Social Studies General Math. G巴neral Science Japanese Language Japan History十Geography General Math. General Science Bahasa Malaysia十 English Malaysia Social Studies General Math. General Science & Health Nepali + English Nepal Social Studies Elementary Math. Elementary Science Urdu十Local Languages+ English Pakistan Social Science General Math General Science English Papua New Guinea Korean History+Social Studies General Math. General Science Korean十Written English and Chinese Rep. of Korea History十Geography十 Literature General Math General Science English-(lst Lang.)/ and Chinese/Malay / Tamil-(2nd Lang.) Singapore Social Studies Mathematics Integrated Science/ Health Science Singhalese/Tamil十 English Sri Lanka Social Studies General Math. General Science Thai Thailand Social Studies General Math. General Science Samoan + English West巴rn Samoa
。
多文社アジ 7 σ d 務官問題 後期中等学校カリキュラムの必修教科目 図表 7-3 Physical Education Technical Aesthetics ValuesjReligion Physical Education Labour and T巴chnical Education Moral Education China Health and Physical Education Work Experience for academic stream Values int巴gratedinto all subjects lndia Sports& Health Skills Training Art lslam and Moal Education lndonesia I f 男
I
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且 民 ﹂ Health & Physical Education G巴neralHome Economics for girls MusicjFine Artsj Crafts Productionj Japan Calligraphy Malaysia Health & Physical Education Engine巴ringj TradejHome Sci巴ncej Agriculture (for voc. stream) Art Moral Educationjlslam Home Economicsj Agricul turej lndustrial Educationj Teacher Ed Nepal Health& Physical Education Vocational Education ArtsjPersian lslamiyat or Moral Education Pakistan Physical Education Practical Skills (boys)jHom巴 Economics (girls)j Agriculturej Commerce Expressive Arts (integrated) lnt巴gratedinto Social Studies Religious lnstruction Papua New Guin巴a Physical Education lndustry Engineering (boys)jHome Economics (girls) Musicj Art National Ethics Rep. of Kor巴a Physical Education Music Religious Knowledge Singapor巴 Physical Education CommercejHom巴 Economicsj Agricul turej Technical Skills DancingjMusicj Art Christianity jBuddhism ; Hinduismjlslam Sri Lanka Physical Education Vocational Orient巴d Education Values integrated into Social Studies+ Buddhism Thailand Physical Education Values integrat巴din History & Cultur巴 Western Samoa N ote : Military TrainingPakistan : Grade 11 -12: National Cadet Corps Rep. of Korea : Military Training
カリマンタン
(
ボ
ル
ネ
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にみる国民統合の教育
西 村 重 夫Z
Z
田 昌 司 切 除 ∞ 主 拘g
九州大学教育学部附属比較教育文化研究施設助教授 一九五一年、三重県生まれ。広島大学大学院教育学研究科博士課程中途退 学 。 一九七三年、マレーシア・サパ州(北ボルネオ)のキナパル登山を契機に マ レ 1 世界に関心をもっ。一九七六1
七七年、インドネシア・バンドゥン教 育大学に留学。以来、インドネシアの国民教育に関する研究に専念する。一 九八六1
八七年、日本学術振興会特定国派遣研究員として、インドネシアの パンチャシラ(建国五原則)道徳教育の研究を実施。一九八九1
九O
年、京都 大学東南アジア研究センター助教授を併任して、同センター・ジャカルタ連 絡事務所に駐在。 共著書は、﹃アジアの文化と教育﹄(九州大学出版会)、﹃現代アジアの教育﹄ (東信堂)、﹁東南アジアの思想﹄(弘文堂)ほか。インドネシアの教育に関する 論 文 が 多 い 。 一、はじめに カ リ マ ン タ ン と い う 名 前 の 島 を ご 存 知 で し ょ う か 。 ボ ル ネ オ と い う 名 前 だ と お 分 か り に な る 方 が い ら っ し ゃ る と 思 い ま す 。 現 在 、 イ ン ド ネ シ ア で は 、 こ の ボ ル ネ オ を ﹁ ダ イ ア モ ン ド の 川 ﹂ を 意 味 す る カ リ マ ン タ ン と い う 名 称 で 呼 ん で い ま す 。 地 図 を ご 覧 く だ さ い 。 東 南 ア ジ ア 島 艇 部 の ほ ぼ 中 央 に位置するこの島がカリマンタンです。グリーンランド、 ニ ュ l ギ ニ ア 島 に つ い で 世 界 で 三 番 目 に 大 き な 島 で 、 中 央 を 赤 道 が 走 っ て い ま す 。 面 積 が 多文化アジアの教育問題 -(西村重夫)内 八
一
マレーシア 〆'、、 I ¥Q
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インドネシア 一 二 ) J可 斗多文化アジアの教育問題 -( 西 村 重 夫 ) 七四万平方キロメートルですから、 日本の国土面積のちょうど二倍の広 さ で す 。 このカリマンタンは、領土的に は、インドネシア領、マレーシア領、 ブルネイ王国に分かれます。南の 分の二強がインドネシア領で、北の 三分の一弱がマレーシア領。 マ レ l シア領に固まれるようにして一九八 四年に独立したばかりのブルネイ王 国があります。したがって、カリマ ンタンという一つの島に三つの国が共存することになります。 では、国境 線に分断されてまったく異なる民族、人種が生活しているかというと、も ちろんそんなことはありません。もともと一つの島の上に人為的な国境線 が引かれただけのことです。現在、そこに﹁インドネシア人﹂や﹁マレ 1 シア人﹂が存在するとすれば、それはまさに国民統合という人為的な操作 そ こ で 、 によるもので、広い意味における国民教育の所産といえるでしょう。 つぎに﹁国民統合の教育しとは何かということです。今回のシ ンポジウムのメインテ l マは、﹁多文化アジアの教育問題しです。多文化と い う 占 ⋮ で は 、 インドネシアもマレーシアも共通する特徴の一つです。イン ドネシアに﹁畑が違えばイナゴも違う。別の淵には別の魚がいる﹂という 諺がありますが、そこに表わされているように、インドネシアの島々には、 多くの民族集団が住んでいます。ジャワ人、 ス ン ダ 人 、 アチェ人、ミナン 一 fL ﹂ ノ カパウ人、パリ人と数えあげればきりがありません。ここでは、 それぞれ の民族集団が独自の文化、言語、風俗習慣をもっている点が重要です。 マ レ I シアも同様です。 マレーシアは、複合国家の代名調とされることがよ くありますが、実際、 マレ!人、中国人、インド人、その他の民族が混在 してマレーシアという国家を形成しています。 インドネシアはオランダの植民地、 マレーシアはイギリスの植民地とし て隷属する時代が長く続きました。第二次世界大戦の後に民族悲願の独立 を達成しますが、独立後のインドネシア、 マレーシアにとって、多民族、 多文化、多言語からなる国家をいかに統一し、国民を一体化させるかが最 重要の課題とされました。その際、国民統合の重要な鍵となるのが教育で す。インドネシアにはパンチャシラ
Q
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E
S
色。)と呼ばれる建国原理があ り マレーシアにはルクヌガラ(岡山己E
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哲
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と呼ばれる国是がありま すが、それぞれが教育のなかで強調され、国民統合のキーワードとなって い ま す 。 さて、インドネシアとマレーシア両国における国民統合の教育を比較し て 論 じ る 場 合 、 カリマンタンは格好の地域です。同じ島に二つの国が共存 するという点が比較を魅力的にする理由ですが、さらに、カリマンタンが 両国の首都であるジャカルタやクアラルンプ l ルから遠く隔たっている点 が重要です。カリマンタンという島は、首都を中心とする国民統合の動き とその地域独自の地域統合の動きのはざまで揺れる地域であると考えられ ます。これからお話しするのは、 カリマンタンの中でも国境を接して隣り 合うインドネシアの東カリマンタン州とマレーシアのサパ州です。そこに 住む人々がそれぞれインドネシア国民、 マレーシア国民として育成されるにはどのような過程を経るのか、小学校教育における具体的な事例を通し てみていこうと思います。
一
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マレーシア・サパ州・ナポン村 ︽一八年前の出会いと再会︾ マレーシアの事例から始めることにしましょう。今年(一九九一年)の 八月にサパ州を訪れました。そこは私にとって、生まれて初めて訪れた外 国の土地です。 一九七三年といいますから、今から一八年前のことです。 私は山登りを趣味としていまして、カリマンタンで最高峰のキナパル山に 登ったことがあります。キナパル山は、サパ州の北寄りにあり、標高が四、 一O
一メートルある見事な岩山です。山に登ったあと、キナパルの南の山 麓にある村に二週間ほど滞在しました。 ナポンという名の村です。ナポン 村は、緑の熱帯樹林に固まれた静かで平和な村でした。 いささかセンチメンタルジャ l ニになりますが、そのナポン村を一八年 ぶりに訪れることにしました。サパ州の州都は、 コタキナパルという近代 的な都市です。人口二五万人のコタキナパルの中心街は、中国人街といっ てもいいほど、華人の経営する庖ばかりが目につきます。しかし、町を歩 く人や屈に入っている人の姿は、カダザンと呼ばれる民族集団の人が数多 くなります。カダザン人は、 マレーシア全体からすれば先住の少数民族と な り ま す が 、 サパ州では最大多数の民族集団となっています。 コタキナパルからサパ州の東側にあるサンダカンまで道路がつながって います。この道路に沿ってコタキナパルから車を二時間ほど走らせると、 ラナウという町につきます。遠くにキナパル山の壮大な容姿を眺めること 多 文 化 ア ジ ア の 教 育 問 題 -( 西 村 重 夫 ) のできるこの町で進路を北に変えます。それから三O
分ほど土煙をあげて 山道を走ると、 ナポン村にたどり着きます。ラナウが中国系の屈が中心を なしている町であるのに対し、 ナポンはほとんどがカダザン人から構成さ れる農村となります。 ︽村の風景︾ 一八年ぶりに訪れたナポン村は、その昔と変わりのない光景を展開して くれます。大地一面に緑の草が覆い、 その向こうにヤシと高床式の家々が 並びます。森羅万象を焼き尽くしてしまいそうな赤道直下の太陽がまるで すべてを眠らせているようです。 しかし、目が慣れてくるにつれて、 一八年前との変化に気がつきます。 以前は竹を板状にしてできた家が多かったのに対し、木材でできた家が増 えてきています。かつてはニッパヤシの葉の屋根が多かったのに、今では トタン屋根が多くなっています。家に竹の棚がしてあり、 その外側を牛が のんびりと草を食べている光景は一八年前と変わりがありません。ところ が、牛や山羊、鶏はいても、豚の姿が見えません。かつては高床式である 家屋の床下に豚が飼われ、残飯やゴミの処理をしている様子が滑稽だった のですが、今では豚が村の風景から姿を消しています。どうしてそうなっ たのでしょうか。お分かりになる方もいらっしゃると思いますが、それは、 宗教的な理由によります。 豚の姿が見えないというのは、 つまり、豚をタブ!とするイスラ l ム が 村に普及してきたということです。 一八年前には、イスラ 1 ムを信仰する 人、キリスト教を信仰する人、タピコ l ンと呼ばれる土着の宗教を信仰す る人の三つの、グループに分かれていました。それが現在では、 タ ピ コ l ン。
七多 文 化 ア ジ ア の 教 育 問 題 -( 西 村 重 夫 ) を信仰する人のほとんどがムスリムに改宗しています。 マレーシアの国教 であるイスラ l ムが村の中心的な宗教となることにより、 ムスリムがお祈 りをする施設であるスラウが建てられて、 タブーとなる豚が姿を消したと いうことになるのです。 ︽小学校の風景︾ 村の風景の変化として家並みが竹とニッパヤシの葉から木とトタンへと 移りつつある点を指摘しましたが、学校が随分立派になったことも大きな 変 化 で す 。 一八年前には、床が土間である小さな校舎が一つあるに過ぎな かったのが、今ではその古い校舎に加えて新しい高床式の木造校舎ができ ています。古い校舎には教室が二つと職員室兼物置があるにすぎなかった のですが、新しくできた校舎には教室が四つあるほか、職員室と校長室が つ い て い ま す 。 一八年前、たった二つの教室でどのように学校が運営されていたかとい 弓 ノ ル ﹂ 、 一つの教室に三つの学年がはいり、 一人の先生から授業を受けてい たのです。いわゆる複々式学級です。 一九七三年当時の記録をひもときま すと、児童数が五一人に対して、教員の数はわずかに二人でした。 年 三年、四年で一つの教室を使い、二年、五年、六年でもう一つの教室を使っ ていました。教室には、黒板が三つあり、先生が一つの学年を教えている ときには、あとの二つの学年は自習をして先生の来るのを待つという光景 が展開されたのです。 一 九 九 一 年 の 今 、 一つの学年が一つの教室を占有できるようになりまし た。そればかりではありません。古い校舎でかつて職員室兼物置となって いたところは、現在、図書室兼教材室になっています。図書室には各教科
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J¥ に関連した図書のほか、 マレーシア語や英語による児童文学の本が数多く 揃えられています。教材室には、﹁環境と人間﹂という名の教科で用いられ る地球儀や地図や理科の実験器具が並べられています。 一八年前には、先 生がボール紙に手書きした動物の絵や飛行機の絵が揃えられているにすぎ ませんでしたから、実に隔世の感があります。 ナポン小学校の児童数は一O
七 人 で す 。 一八年前に五一人でしたから、 倍増したことになります。教員数はというと、二人であったのが校長を含 め て 一O
人になりました。当然のことながら複々式学級は解消されて単式 学級となり、教科担任制が実施されています。 学校の印象として変わったのは、児童が全員制服を着るようになったこ と で す 。 一八年前にも制服を身につけた児童がいましたが、 大多数の者は 自由な服装をしていました。穴があいた服が多く、裸足の子供が主流で あったのが記憶に残っています。それが今では、男の子は半袖シャツに紺 の半ズボン、女の子は白い半袖のブラウスに紺のジャンパースカートとい う制服で統一されています。ジルバブと呼ばれる髪を布で覆ったスタイル の女子児童がいることも新しい変化です。これは、ムスリムの服装であり、 イスラ l ムが深く浸透したことの一つの現われであると一コ 同じ制服を着た児童が朝七時半、校庭に集まって整列し、国旗掲揚のあ と、整然として教室に入るという光景が見られます。これは、 一 八 年 前 に はなかったものです。制服、朝の集会、国旗掲揚、 そうしたものによって 児童の一体化が図られますが、それは同時に国民統合と同じ方向性を示す ものであると考えられます。 つまりこれは、国民統合の教育を達成させる ヒドゥン・カリキュラム、隠れたカリキュラムと言えましょう。︽教室の風景︾ では、制服の子供たちについて教室の中に入ってみることにしましょ ぅ。五年生の教室の場合、正面黒板の上にマレーシア王妃の写真が飾られ ています。教室の後ろの壁には、 マレーシアやサパ州の地図と並んでマ レ l シアの行政組織図までが掲げられています。児童の作品であるカラフ ルなはり絵も掲示されています。教室の横にはホワイトボ l ドが掛けら れ、その隣にアラビア語で書かれたコ!ランの章句が貼られているのが日 立 ち ま す 。 ざっと一回り眺めてみただけでも、 教室の風景において、 レ l シアという国そのものにアクセントが置かれていることが理解されま す 。 授業参観をしてみますと、すっかりマレーシア語の世界になっているこ とに気がつきます。 ナポン村そのものは、 ほとんどがカダザン人の住む村 で す か ら 、 日常用語としては、カダザン語が用いられます。ところが、 歩一教室に入ると、国語であるマレーシア語の世界となります。もちろん低 学年の授業では、 カダザン語を用いて授業することもありますが、 それは 例外的な措置であって、原則的にはマレーシア語を教授用語として授業は 行われます。 し か し 、 マレーシア語一色というほど単純な構造ではありません。 レ l シアの場合、小学校の一年から英語の授業があり、 それが授業時間数 全体の一五%から一八%を占めます。したがって、ナポン小学校の児童は、 母語であるカダザン語とは異なるマレーシア語と英語の両方を一年の段階 から学習するわけですからたいへんな負担です。それに加えて、 ムスリム の場合は、イスラ i ム教育という教科が義務づけられています。そこでは、 多文化アジアの教育問題 -(西村重夫) アラビア語という異質の言語を学び取ることが課せられます。 マレーシア の学校は、基本的に多言語教育が余儀なくされているとき早えるでしょう。 イスラ l ムを信仰する児童にイスラ l ム教育が義務づけられていると言 い ま し た が 、 ムスリムでない児童は道徳の授業を受けます。ナポ そ の 問 、 ン小学校の五年生は一九人ですが、 そのうち一一人がムスリムで、残りの 八人はキリスト教徒です。 一一人のムスリム児童は教室にそのままとどま り、ターバン状の帽子をかぶった宗教専門の教師からコ l ランを中心とす マ る授業を受けていました。私が見学した授業では、 コ i ラン第二章(雌牛 章と訳されますが)の第四三節を唱える練習を繰り返し行っていました。 さて、この時間帯、 ムスリムでない八人の児童は教室を出て、図書室に行 き、そこで道徳の授業を受けます。若い女の先生ですが、彼女の服装はム スリムの服装でした。道徳の授業では、特定の宗教に基づく教育を行いま せん。このときの授業では、図書室にある本を児童が手に取り、 マ レ l シ ア各州の文化と歴史を勉強していました。異なる社会の文化を理解するこ とがその目標なのでしょうが、道徳というよりは、社会科という感じの授 業 で し た 。 イスラ i ム教育かそれとも道徳というように、小学校の段階から児童の マ 信仰によって選択する教科があるのには、驚きます。ここに多文化社会で あるマレーシアの教育の特徴的な一面を認めることができます。しかし、 こうした選択教科を通してめざされるのは、国民統合という目標だといえ ましょう。国民統合の教育は、 一方では教科のなかでめざされ、他方では ヒドゥン・カリキュラムのなかでめざされるという構造をなしているよう で す 。
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九多文化アジアの教育問題 -( 西 村 重 夫 ) 三、インドネシア・東力リマンタン州・ムアラウィス村 ︽マハカム川をさかのぼる︾ 次に、舞台をインドネシア領東カリマンタン州に移すことにしましょ ぅ。今年(一九九一年)の九月、 マレーシア調査のあと、東カリマンタン 州を訪れました。この州には、 サマリンダとパリクパパンという都市が二 つあります。パリクパパンが国営石油会社プルタミナが所在する活況にあ ふれた都市であるのに対し、 サマリンダは木材の積出し港がある落ち着い た雰囲気の都市です。 島全体を熱帯雨林がすっぽり覆った感じのカリマンタンでは、川が最も 有力な交通のル l 卜となります。 マハカム川の河口に位置するサマリンダ から船に六時間ほど揺られると、 スブルという村に到着します。 スブル村 から森の中を入っていくと、 インドネシア政府の政策によりジャワから集 団移住してきた人の村があると聞いたので、 そこへ出かけました。ジャワ 人移民村の小学校へ行き、校長先生とあって話をしますと、生活の厳しさ が伝わってきます。水汲みは子供の朝の日課ですが、水汲み一つするのに 一キロメートルの山道を歩かなければなりません。そのため、児童が決 まった時間に登校できないと校長先生は嘆いていました。劣悪な生活環境 にもかかわらず、教員の給与や待遇が悪く、教師のなり手が少ないという 実態も聞きました。児童数三