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(1)

井上円了の『真理金針』について(その一)

著者名(日)

三浦 節夫

雑誌名

井上円了センター年報

18

ページ

77-99

発行年

2009-09-20

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002790/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

井上円了の﹃真理金針﹄について︵その﹂︶

三浦節夫

miura setsuo 一 新聞連載論文と単行本の関係  井上円了の出世作の一つである﹃真理金針﹄は、明治中期の排耶論の代表的著作として知られているが、内容 を詳細に検討すれば、後述するように、排耶論のみのものではない。また、この著作の初出についても、単行本 化される前に、新聞へ連載されたことを指摘する論文はほとんどなく、書誌的に言って誤ったことが通行してい た。  ﹃真理金針﹄の初編、続編、続々編の三編の初出は、仏教系新聞﹃明教新誌﹄に連載された三部作の論文であ るが、例えば、近代日本仏教史研究の開拓者と言われる吉田久一氏は多数の文献資料による考証で知られている けれども、吉田氏は円了の第一論文が﹃明教新誌﹄に連載されたことを示さずに、﹁﹃真理金針﹄の原型の一つと 思われる﹃破邪新論﹄をとりあげる﹂︵−︶という形で、﹃破邪新論﹄が原型であり、﹃真理金針﹄はその後のもの であると位置づけている。宗教思想の研究者である芹川博通氏も、﹃明教新誌﹄に第一論文が連載されたことを 指摘しないまま、﹁﹃破邪新論﹄はその後の﹃真理金針﹄初編︵一八八六年三月︶となり﹂︵2︶と記している。この ように書誌的な誤りが定着していたのであるが、山内四郎氏と筆者が編集した﹃井上円了関係文献年表﹄︵東洋 77 井上円了のr真理金針」にっいて(その一)

(3)

大学井上円了研究会第三部会、昭和六二年︶によって、これまでの誤りは訂正されつつある。さらに今回、筆者が その文献年表の欠如部分を再調査して、原論文と単行本の関係を正確に明らかにしたものが、第−表の﹁﹃真理 金針﹄の書誌事項﹂である︵3︶。  井上円了は第一論文を﹁耶蘇教を排するは理論にあるか﹂、第二論文を﹁耶蘇教を排するは実際にあるか﹂、第 三論文を﹁仏教は智力情感両全の宗教なる所以を論ず﹂というタイトルで、隔日刊の﹃明教新誌﹄に三つの論文 を執筆した。後に単行本とするときに、円了は書名を﹃真理金針﹄とし、第一論文を初編、第二論文を続編、第 三論文を続々編とした。﹃破邪新論﹄は初編の前に単行本化されたものであるが、内容的には後述するように、 ﹃真理金針﹄初編とは異なる点がある。  第一論文の第一回は﹃明教新誌﹄に﹁余が疑団何の日にか解けん﹂という論文名で発表された。著者名は井上 甫水である。それは明治一七年一〇月一六日のことであり、円了が東京大学の四年生になってから書き始めたこ とになる。そして、第一論文のタイトルには、当初、①﹁余が疑団何の日にか解けん﹂、②﹁耶蘇教の畏るべき 所以を論ず﹂、③﹁耶蘇教を排するは理論にあるか﹂とそれぞれあって、①と③を併記する回数が多かったが、 連載が進むにしたがって③の﹁耶蘇教を排するは理論にあるか﹂を題名として統一したという経過がある。  新聞の連載について見ておこう。第一論文﹁耶蘇教を排するは理論にあるか﹂は明治一七年一〇月一六日か ら明治一八年九月二八日までのおよそ一年間で、その掲載数は四四回︵﹃明教新誌﹄の一七四九号∼一九一三号の 間︶である。第二論文﹁耶蘇教を排するは実際にあるか﹂は明治一九年一月一六日から同年七月八日までの半年 余りで、掲載数は同じく四四回︵﹁明教新誌﹄の一九六〇号∼二〇四七号の間︶である。第三論文﹁仏教は智力情感 両全の宗教なる所以を論ず﹂は明治一九年七月二六日から同年=月四日までの三カ月余りで、掲載数は三一回 78

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(『 セ教新誌﹄の二〇五六号∼二一〇五号の間︶である。この新聞に掲載された論文は一回の文字数が二〇〇〇字前 後で、連載期間は二年余りで、連載回数は一一九回である。  その後、円了はこの三部作の論文を単行本にして刊行している。第一論文の﹁耶蘇教を排するは理論にある か﹂はまず著者名を井上円了と改めて﹃破邪新論﹄と題して明治一八年一一月に刊行し、つぎにこれを改訂し て、﹃真理金針﹄初編として明治一九年一二月二九日に刊行した︵4︶。単行本化の経過のみをみれば、吉田氏や 芹川氏の指摘は正しい。確かに書誌的には誤認しやすい点がある。円了の第一論文の掲載が終わったのは明治 一八年九月二八日である。﹃破邪新論﹄が明教社から文学士井上甫水著で刊行されたのは同年一一月である。こ の﹃破邪新論﹄では冒頭の部分が第一論文の通りではなく、その部分にあたる﹃明教新誌﹄の一七四九号から 一七五九号までの四回分を改訂している。﹃破邪新論﹄では、 一七四九号の始めの数行と、一七五九号の終わ りの数行を残し、その間の八〇〇〇字ほどの文章を一一〇〇字余りに書き直している。﹃破邪新論﹄の巻末の ところは、﹃真理金針﹄初編と同じで、第一論文の一九一一号の半分まで使って、これに一行を加えて終わり、 一九=一号と一九=二号は削除している。  しかし、﹃真理金針﹄初編の冒頭は﹃破邪新論﹄を改編したものではなく、第一論文のままである。このよう に、円了の第一論文、﹃破邪新論﹄、﹃真理金針﹄初編には相違がある。その他にも若干の訂正がなされている。 第一論文を﹃真理金針﹄初編にまとめるに際に、終わりの部分の﹃明教新誌﹄の一九一一号の約半分、一九一二 号と一九=二号の掲載文を削除している︵5︶。また、第二論文を続編にまとめるときに、﹃明教新誌﹄の二〇二三 号を先にし、二〇二二号を後にしている。このように、基本的には第一論文、第二論文、第三論文をそれぞれ ﹃真理金針﹄の初編、続編、続々編として単行本化していることになるだろう。この﹃真理金針﹄の全三編の総 79 井上円了のr真理金針」について(その一)

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59 19/03/16 1992 90 19/07/28 2057 60 19/03/18 1993 91 19/08/04 2060 61 19/03/22 1995 92 19/08/06 2061 62 19/03/24 1996 93 19/08/08 2062 63 19/03/26 1997 94 19/08/10 2063 64 19/05/16 2022 2023が先 65 19/05/18 2023 2022が後 95 19/08/26 2071 本論 第一節 с¥教は仏教の一部なる所以を _ず 66 19/05/20 2024 67 19/05/24 2025 96 19/08/28 2072 68 19/05/26 2026 97 19/09/06 2076 69 19/05/28 2027 98 19/09/08 2077 70 19/05/30 2028 99 19/09/10 2078 71 19/06/02 2029 100 19/09/12 2079 72 19/06/04 2030 101 19/09/14 2080 73 19/06/06 2031 102 19/09/16 2081 74 19/06/08 2032 103 19/09/18 2082 75 19/06/10 2033 104 19/09/22 2084 76 19/06/12 2034 105 19/09/26 2086 77 19/06/14 2035 106 19/10/02 2089 78 19/06/16 2036 107 19/10/04 2090 79 19/06/18 2037 108 19/10/14 2095 第二節 仏教全 フの組織を論ず 80 19/06/20 2038 109 19/10/16 2096 81 19/06/22 2039 2097 110 19/10/18 82 19/06/24 2040 2098 111 19/10/20 83 19/06/28 2042 112 19/10/22 2099 84 19/06/30 2043 2100 113 19/10/24 85 19/07/02 2044 114 19/10/26 2101 86 19/07/04 2045 2102 115 19/10/28 87 19/07/06 2046 116 19/10/30 2103 88 19/07/08 2047 117 19/11/02 2104 続々編 2106 118 19/11/06 119 19/11/04 2105 89 19/07/26 2056 仏教は知力情感 シ全の宗教なる 活ネを論ず一緒

注:刊行日の年号は明治、年/月/日。変更点は単行本からみたものである。      目次は『井上円了選集』第三巻所収のもの。 80

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第1表 『真理金針』の書誌事項 雑誌『明教 @新誌』 変更点  単行本 w真理金針』 26 18/05/10 1845 年朋/日 号 27 18/05/14 1847 28 18/07/28 1883 初編 29 18/07/30 1884 1 17/10/16 1749 余が疑i団何の日 ノか解けん 30 18/08/02 1885 2 17/10/24 1753 31 18/08/04 1886 32 18/08/08 1888 3 17/10/30 1756 本論一ヤソ教を rするは理論に ?驍ゥ 33 18/08/10 1889 1759 第一 地球中心 34 18/08/12 1890 4 17/11/06 35 18/08/14 1891 5 17/11/10 1761 第二 人類主長 36 18/08/16 1892 6 17/11/14 1763 37 18/08/20 1894 7 17/11/18 1765 38 18/08/22 1895 8 17/11/26 1769 39 18/08/24 1896 9 17/12/12 1777 第三 自由意志 40 18/08/30 1899 41 18/09/02 1900 10 17/12/16 1779 42 18/09/24 1911 半分削除 11 17/12/20 1781 43 18/09/26 1912 削除 12 18/01/12 1790 第四 善悪禍福 44 18/09/28 1913 削除 13 18/01/16 1792 続編 14 18/01/20 1794 序言 15 18/02/02 1799 第五 神力不測 45 19/01/16 1960 緒論 16 18/02/08 1802 第六 時空終始 46 19/01/08 1961 本論一ヤソ教を rするは実際に ?驍ゥ 17 18/02/12 1804 第七 心外有神 47 19/01/10 1962 48 19/01/12 1963 18 18/02/20 1808 第八 物外有神 49 19/01/14 1964 19 18/03/04 1814 第九 真理標準 50 19/Ol/16 1965 20 18/03/12 1817 51 19/01/18 1966 52 19/01/20 1967 21 18/03/18 1821 第十 教理変遷 53 19/02/12 1977 22 18/04/22 1836 第十一 人種起 ケ説 54 19/02/14 1978 55 19/02/16 1979 23 18/04/24 1837 第十二 東洋無 ウ説 56 19/02/18 1980 24 18/04/28 1839 57 19/02/20 1981 25 18/05/06 1843 58 19/02/22 1982 81 井上円了のr真理金針」にっいて(その一)

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文字数は二二万字余りで、四〇〇字の原稿用紙で数えれば五五五枚という大著である。各編の文字数の割合は、 初編が四〇%、続編が三六%、続々編が二四%となっていて、初編と続編の文字数が多く、続々編はそれより少 ないという構成である。  本稿は円了の初期思想の代表作の一つと言われるこの著作を取り上げ、そこにどのような思想が提起されてい たのか、このことを解明したいと考えている。これまでの研究では﹁排耶論﹂としてその要点のみが紹介されて きたので、この著作の全体がどのような内容を持ち、どのように論述が展開されたのか、その詳細を明らかにし たい。その際、単行本となった﹃真理金針﹄の全三編を対象とするが、現在これらの本を現代表記化して刊行さ れた﹃井上円了選集﹄第三巻︵東洋大学、一九八七年︶を用いるので、文章を引用する場合にはその頁数のみを カッコ内に記すことにしたい。 82 二 ﹃真理金針﹄初編  すでに述べたように、仏教系隔日刊の新聞﹃明教新誌﹄に、円了が﹁余が疑団何の日にか解けん﹂のタイトル で、論文を掲載し始めたのは明治一七年一〇月一六日のことである。東京大学で予備門から文学部へと進み、西 洋諸学と和漢学を学んだ円了は、今日でいう仏教界を﹁仏者社会﹂といい、当時の実況を理解しがたい﹁奇々 怪々﹂なものであるとして、つぎのように述べている。  今日の仏者社会をみるに、仏者は自教︵仏教︶を興すことを口に唱えて、かえってその衰微を招き、また洋教 ︵キリスト教︶の廃滅を心の中で祈っていながら、かえってその弘流を助けている。試みに、有力有志の仏者の 思想や見識を分析すると、つぎの種類の見方となる。

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 第一はヤソ︵耶蘇、以下ヤソと表記する︶教の外に仏教の敵はないというものである。これには二つの意見があ り、一つがヤソ教は浅近の教えで憂慮すべきではない。これに対してもう一つがヤソ教は富強の教えで大いに畏 るべきものという見方である。第二はヤソ教の外にも敵があるというもので、これにも三つの意見がある。一つ が理学は百般にわたり器用な学ではあるが恐れるべきものではない。つぎが理学は高尚の学であるけれども仏教 の幽妙なるに及ぶものではない。最後が理学と哲学はともに仏教の遠く及ぶところのものではないというもので ある。  そして、これらの思想や見識を有する仏者は極少数であり、その他の大半の僧侶は﹁平々凡々﹂として、日本 社会の風潮の変化にも無関心で、ただ旧習を頑守しているだけであること。しかも、さきのように、仏教界のそ れぞれの有識者によって、仏教とヤソ教、仏教と理学・哲学の関係の見方には、異なるものがあると円了はい う。そして、その原因をつぎのように指摘する。  仏者の有識者の見方が理由もなく、一方ではヤソ教や西洋諸学をしりぞけ、もう一方ではそれらを恐れると相 反しているのは、物事の一面をみて全面を見ていないことと同じである。﹁憂えること﹂﹁恐れること﹂には原因 がある。﹁その道理原因のあるところを捜索して、真理の有無を論究する、これ真に他教諸学を駁し、自教を開 くもの﹂︵=頁︶ということができる。  それ故に、円了はまず他教諸学について、初めにその﹁恐るべきゆえん﹂、つぎに﹁憂うるに足らざるゆえ ん﹂、最後に﹁他教諸学に対して仏教を弘める方法﹂の順序で論じることにし、その第一に﹁ヤソ教の恐るべき ゆえん﹂を取り上げる。そこで、つぎのように述べている。  ヤソ教が文明諸国に行なわれているのは、仏者がいうように、旧来の習慣によっているからではなく、その教 83井上円了の瞑髄銅について(その一)

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えが文化進歩に適する点があるからである。これは、﹁適種生存の理法﹂であり、その事情に適するものは存在 し、事情に適せざるものは廃滅するという理法である。しかるに、仏者は心に自教の興隆を期し、口にヤソ教の 非理を論じるが、﹁未だ一人のその教について深く講究するもの﹂︵一四頁︶が見られない。これに対して、ヤソ 教者や欧米の学者はひそかに仏教を講究していると聞く。また、余が疑問とするのは、仏者がヤソ教を排斥する 第一手段として理論ばかりを主張している点であり、余はヤソ教を排する第一手段は、﹁理論にあらずして実際 にあり﹂︵一五頁︶と考える。しかし、仏者社会ではヤソ教と盛衰を争うのは﹁理論の一点にとどまると信ずる 者﹂がいるので、こういう人々に対して、余は﹁第一 ヤソ教を排するは理論にあるか﹂﹁第ニ ヤソ教を排す るは実際にあるか﹂、この二題を掲げてその原因を明らかにする。  こうして、円了はまず﹁ヤソ教を排するは理論にあるか﹂を論題とするが、﹁理論をもってヤソ教を排すべし といえども、排し尽くすあたわず﹂︵一六頁︶と、本論の冒頭で結論的なことを述べ、その理由の説明から始め につぎのように展開している。  ヤソ教も仏教もともに一種の宗教である。非宗教よりみれば、両教は﹁朋友なり、兄弟なり﹂︵同︶。両教の宗 教としての目的・本意は安心立命と勧善懲悪にあり、その目的を達する方法に異同あるといえども、また一致 するところも少なくない。その異なる点は、仏教は因縁を説き、ヤソ教は創造を立てること、三世と二世、仏と 神、釈迦とヤソ、大小両乗と新旧両教など、両教の異なる点である。しかし、第一の目的と方法、および基本の 極意・真理について、両教は同一である。それ故に、宗教に反対する非宗教、つまり理学中の唯物論、無心論な どに対して、両教は﹁相協力同力して共に宗教の宗教たる真理を立て﹂︵一七頁︶なければならない。こうした 見方から、﹁わが敵とするところ﹂︵同︶挙げれば、つぎのようになる。 84

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 第一の敵は非宗教であり、理学、哲学、その他すべて宗教を駁するもの、第二の敵はヤソ教、回教、ユダヤ 教、儒教、神教の類、第三の敵は他宗、八宗のうち自宗以外の諸派、第四の敵は他派、一宗のうち自派以外の諸 派、第五の敵は他寺、各寺のうち自院以外の諸寺、第六の敵は他僧、僧侶のうち自身以外の衆僧である。  円了は仏教を中心にしてこのように分析する。宗教間の敵対関係の前に、﹁第一敵は非宗教にして、すべて宗 教とその主義をことにする理学哲学の類﹂︵同︶であり、これに対すればヤソ教も仏教も﹁同朋同類﹂︵同︶と位 置づける。そして、つぎのように述べる。  わが仏教の第一の敵は非宗教であり、ヤソ教ではない。それ故に、ヤソ教はわが第二の敵であり、そして、 ﹁理論はこれを排する第一手段にあらずして、第二手段﹂︵一九頁︶である。理論をもって護法の第一手段となす ことはできない。なぜならば、真理は天然に定まるものとはいえ、今日においてその標準が未だ定まらず、その 有無も未だ明らかでないが故に、人知の左右するところとなっているからである。  例えば、昔の時代に真理でないと定められたものが、今日では真理と言われるものがある。このように、真理 が人の左右するものであれば、﹁その説をして理学定むるところの法則に適合せしめ、世人の信じるところの真 理に応同せしむるときは、たちまち世間の真理となること﹂︵二〇頁︶ができる。それ故に、理論の影響は大き く、理論上で真理の有無を討究することは、宗教を世間に弘める﹁一大要法﹂︵同︶である。理論の帰するとこ ろが真理の存在するところとなるからである。現今の学者はもっぱら理論を重視し、論理に合格するものは真と し、合格しないものは偽とする。真偽の判定はすべて論理の原則によって定まるもので、それ故に、論理を研究 するは、今わが仏教者の急務であり、理論をもってヤソ教を排するとすれば、﹁第一 ヤソ教を修すること 第 ニ ヤソ教を研すること﹂︵二一頁︶が必要になる。 85 井上円了のr真理金針」について(その一)

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 このように論理が真偽を分けることを述べた円了は、理論はヤソ教を排する第二手段であるゆえんを明らかに しようと、ヤソ教の教説の中で、論理に合格せず、また事実に応適しないものを一二点選んで﹁ヤソ教の難点﹂ とし、つぎのように論じる。  第一は地球中心説である。ヤソ教では、旧約聖書の巻頭で述べているように、天帝が初めに天地を作り、その 後、日月を作り、昼夜を分けたという。このように、地球を宇宙全系の中心とし、日月星辰をその周囲に配置し ているという。しかし、近世の星学の研究が進み、地球は諸惑星の一つにして、日夜回転しながら太陽の周囲に 運行しているものであるということが明らかになった。こうして﹁理学の説は真にして、ヤソ教の説は偽なり﹂ ︵二二頁︶と言わざるを得なくなったのである。地球進化説から考えても、そうである。  第二は人類主長説である。ヤソ教の説くところでは、天帝が天地・日月をつくり、鳥獣・草木を作り終わっ て、最後にこれらの主長として人類を作った。そのため、人類は万物の主長となり、万物は人類の付属になった という。しかし、人類進化論から考えて﹁人類更に万物の主長たるべき理なし﹂︵二五頁︶。人と動物とは、発達 の完と不完による別だけである。生物進化論で有名なダーウィン氏の証明など、﹁人獣の全くその類を異にせざ る実証は諸学がことごとくこれを究め﹂︵二八頁︶ているところである。  第三は自由意志説である。ヤソ教者は、人の意思は天帝の賦与するもので、本来自由なりといい、また人は生 まれながらにして良心を持ち、善悪や邪正を判断するものと信じている。人と獣の別はこれによると主張する。 しかし、この説に反対するものは必至論を唱え、われわれ人が思うこと行なうことはみな﹁天然の規則理法﹂ ︵三四頁︶によるもので、﹁その規則とはすなわち因果の理法﹂のごときものである。とくに近世の進化学によっ て原因が明らかとなり、﹁意思の自由ならざるゆえんを知る﹂︵三五頁︶こととなった。自由意志や天賦の良心な 86

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どは天帝の与えるところではなく、進化淘汰の結果である。そのような道理とは、﹁知るべからざる天帝の道理 をいうに非ず、知るべき事物実験の道理をいうなり。すなわち原因結果の理法に考照して、合格するところの道 理をいう﹂︵四三頁︶。  第四は善悪禍福説である。ヤソ教では、善悪も禍福もすべて天帝の定めるところであるという。しかし、その 天帝についてはつぎのような疑問がある。第一に、天帝は人知以内か以外か、定まっていない。第二に、天帝の 有無を定める者はいるのか。人を定めるのは天にして、天を定めるのは人なり。論理上の矛盾がある。第三に、 善悪と利害との関係で、ヤソ教を信ずるものでなければ善人になることができない。第四に、善悪と禍福との関 係で、天帝はなにを標準として罪の軽重を量るのか。﹁今の世界にありて人の吉凶禍福をみるに、善をなして不 幸にあい、悪をなして僥倖を得るもの幾人あるを知らず﹂︵五二頁︶。人の善悪と禍福の関係はみな因果の理法に よるものである。天帝は仮説の想像であり、因果は実験の理法である。そのため、余輩は﹁理学の思想を開き、 その進歩を妨ぐる神造の空想説を排せんとす。これ学者の学に尽くすの義務なりと信ず﹂︵五二∼五三頁︶。  第五は神力不測説である。第一に、ヤソ教者は、神は知るべきものとも知るべからざるものともいい、﹁神体 不測にして人知の及ぶところに非ず、⋮⋮天帝はかくのごとき自在を有し、天帝はかくのごとき作用を﹂︵五三 頁︶なすという。このように、一方で知らざるといい、他方で知るという、その論理には矛盾がある。第二に、 ヤソ教者は、神は自由にして自在力を有するという。どのようにしてその自在力を知るのか。仮想のはなはだし きものである。万物の変化はなににして起こるかと言えば、物質の変化は物理により、その物理とは原因結果の 因果の理法によるものである。ヤソ教者は、﹁因果の理法すなわち神なり﹂︵五五頁︶という。それならば、神は 普通の力を持つもので、自在の力を有すると言えない。 87 井上円了のr真理金針」について〔その一)

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 第六は時空終始説である。ヤソ教の﹃バイブル﹄の中では、﹁空間と時間の造出﹂︵五六頁︶が説かれていな い。万物の宇宙間にあるのは、時間と空間との二者の間にその現象を現すからであり、そのため、天地の間には 万物の外に時間と空間が存在する。ヤソ教者は、時間と空間を限りあるものとするか、またなしとするか。﹁宇 宙も世界も果たして終始なきにおいては、天帝これを創造すべき理なし﹂︵五七頁︶。時間と空間の外に天帝があ ると仮定すれば、﹁その天帝はいかなるものなるやは、人の思想の及ぶところに非ず。⋮⋮我人の思想は、時と 空との二者に関せざるはなし。⋮⋮思想の関するところの天帝は時空内の天帝なり。﹂︵五八頁︶。  第七は心外有神説である。ヤソ教では万物の創造を説き、人は天帝が造出し、その心霊は天帝の賦与するとこ ろであるという。それに従えば、天帝は人心の外に存在するものと言わざるを得ない。しかし、余が第五の神力 不測説で述べたように、﹁天帝は我人の思想中より生ずるものにして、人知以内のものなり⋮⋮他語をもってこ れをいえば、天帝は我人の心内にあるものなり。﹂︵六〇頁︶心理や哲学の理に従って考えれば、天帝は心内にあ るのみならず、日月も草木も宇宙万物もことごとく心内に入る。  第八は物外有神説である。ヤソ教のいう天帝は物界の中のいずれにあるのか。物の生ずるには一種の原理があ る。一つは﹁自体固有の内力によりて、その体開きて万物となる。すなわり仏の真如より万物を生ずという。﹂ ︵六三頁︶もう一つは﹁外よりきたりて万物を製造するなり、すなわちヤソ教の天帝創造これなり。﹂︵六三頁︶外 より製造するのは大工の造作と言われるもので、そのため、ヤソ教の天帝は大工神である。天帝は外よりきたり て万物を作るのみで、その万物の体は天帝ではない。﹁天帝は果たして心の外にあり、また物の外にあるといわ ば、いずれの中に存するや。﹂︵六六頁︶﹁虚空のなき所に天帝存すというは、存すべき場所なき所に存すべき場 所ありというに同じ。その論理の奇怪なる驚かざるを得ず。﹂︵同︶ 88

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 第九は真理標準説である。ヤソ教は天帝をもって真理の要点と定め、﹁天帝すなわち真理の標準なり﹂︵六七 頁︶とする。また﹁真性の真理なるものは人の力にてよく定むべきにあらざるをもって、実に天帝を待たざる べからず﹂︵六八頁︶ともいう。しかし、世間では真理と定めるものは、﹁世人の思想に考照して、よく道理に 合し、実際に適するときはこれを真とし、しからざれば、これを偽とすべきのみ。﹂︵六八∼六九頁︶例えば、 ニュートン氏の重力論は、氏の説であるから信じるのではなく、今日の実験に照らし、思想に問うて、その後に これを真であると認めているのである。﹃バイブル﹄を読んで、実験・思想に応合しないところあれば、これを 排棄すべきで、﹁これ学者の真理に尽くすの義務というべし﹂︵六九頁︶へーゲル、スペンサーの哲学者や理学者 のいう﹁ゴット﹂は、ヤソ教者のいう﹁神﹂ではなく、﹁万有の理法︵すなわち因果の理法のごとき︶﹂︵七〇頁︶ ものであり、仏教の真如と同じ意味である。古今にわたって変化しないものは﹁ひとり理学の基礎と定する原則 のみ﹂︵七一頁︶であり、余は因果説を信じて、天帝説を排するものである。  第一〇は教理変遷説である。ヤソ教者は﹁教理はすなわち真理なり﹂︵同︶、﹁真理は世によりて変遷せざるも の⋮⋮真理に基づくところの教理もまた変遷すべきにあらず﹂︵七二頁︶という。しかし、ヤソの死後、門弟が その教えを伝えたが、数百年を経て、異論が起こり、カトリック教、ギリシャ教に分かれ、またその後、プロテ スタント教が出て、新旧両派に分かれた。﹁これ教理の世とともに変ずる﹂︵同︶ものである。  第一一は人種起源説である。ヤソ教では﹁世界の人民ことごとく天帝の末孫なり﹂︵七六頁︶という。しかし、 近年に至って、生物学、地質学によって、ヤソ教の開閥論、洪水論、人種起源論は﹁みな妄誕虚想に属するゆえ んを証示する﹂︵同︶ところとなっている。進化説では、原始時代は禽獣と祖先を同じくしていたが、その後に 獣類と分化し、進んで人類の起源となり、さらに人類が一社会を形成したと考えている。 89 井上円了のr真理金針」について(その一)

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 第一二は東洋無教説である。ヤソ教では世界の人民はみな天帝の末孫であるという。西洋とアジアの西部にそ の教えは伝わったけれども、しかし﹁東洋、インド、シナ地方の人民には、今日に至るまで天帝これを伝えざる は、果たしてなんの理による﹂︵八〇頁︶のであろうか。ヤソ教者は、東洋人はその教えに抵抗し、西洋人はこ れを助けるという。東洋人は敵として罪悪をもつというが、それは理解できないことである。﹁天帝の創造説を 真なりと許すときは、善人の善をなすも悪人の悪をなすも、みな天帝の定むるところにして、ヤソ教をにくみ、 ヤソ教を害する者も、また神命を奉ずる者というべし。﹂︵八四頁︶したがって、天帝の創造が真であれば、ヤソ 教の勧善懲悪は偽となり、ヤソ教の勧善懲悪が真なれば、天帝の創造は非となり、二つのことが真とならないの は﹁論理上の規則﹂︵八八頁︶である。  ところで、﹃明教新誌﹄にヤソ教の理論的難点を述べている円了に対して、他の新聞にて反響が掲載され、そ れを円了は取り上げている。第一回目は、﹁第二 人類主長説﹂を終えたところで、﹃東洋毎週新報﹄の記者が書 いた反論に対して、円了は執筆の内容を﹁かくのこきはみな仏者を責める論にして、ヤソ教を駁するものに非 ざるは、問わずして明らかなり﹂︵三二頁︶と応えている。そして第二回目は、﹁第一二 東洋無教説﹂の後で、 ﹃基督教新聞﹄の記者の﹁論説の意はいずれにあるか、早くその論を結び、早くその決を告げよ﹂︵八九頁︶とい う意見に対して、﹁余輩は初めより明言せしごとく、その論決してヤソ教に対して難詰を試みたるものに非ずし て、仏教中の一、二の徒は理論をもって、余輩の同胞兄弟なるヤソ教を排すべしと信ずるをもって、いささかそ の者に対して惑いを解かんとするにあるのみ﹂︵八九頁︶で、これから数回の後の結論を待つように述べている。 そして、この﹃基督教新聞﹄の反響に応えるように、ヤソ教の一二の難点を指摘した後で、仏教の大意を取り上 げて、つぎのように述べる。 90

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 今日の万境は太初の原理・原力が発達したもので、その原理・原力に万境の原種が含蔵されている。その原 理・原力の本体は法相よりいえば第八阿頼耶識、華厳・天台の真如縁起よりいえば真如である。ここでは真如縁 起について論ずるが、その真如の本体は不生不滅・平等無差別の理体であり、生滅の差別がない。しかし、その 体より生滅の相を現象する根拠は、真如の体にその理が具わっているからである。その理が具わっているものが なぜ平等無差別であるのかというと、その体に生滅がないからである。その体に生滅なくて、なぜ生滅の相を生 ずるかといえば、その体の中に生ずべき力を有するからである。  このように真如には体と相とカの三種がある。この三種はどう関係するのかといえば、﹁同にして異、異にし て同、三にして一、一にして三なり﹂︵九一頁︶である。真如と万境も、同にして異、異にして同の関係であり、 その理は絶対と相対の関係から知ることができる。﹁真如は絶対にして、万境は相対なり。﹂︵同︶絶対は相対な きもの、相対は相対あるものに名づけられる。しかも絶対と相対は、﹁相対なくして絶対のあるべきなく、絶対 なくして相対のあるべきなし。﹂︵同︶﹁絶対果たして相対するときは、絶対は絶対に非ずして相対なり。すなわ ち知る、絶対の真如は相対の万境なるを。﹂︵九二頁︶  このことを仏書では、真如即万法という。また万法即真如となる。﹁空即是色、色即是空﹂︵同︶ともいう。平 等と差別の関係でいえば、﹁平等は差別となり、差別は平等なるとなるときは、真如と万法の同一なることをま た知るべし。﹂︵同︶これをたとえてみると、一枚の紙の表裏に二面があるように、その体は一枚の紙であるが、 一枚の紙にして表裏があることをいう。すなわち三にして二、二にして一、同にして異、異にして同、平等に して差別、差別にして平等なるゆえん﹂︵同︶である。このことから、大乗起信論の一心二門も了解できる。  一心に二門の差別があるのは、一枚の紙の表裏の別があることと同じである。﹁一心より二門を開き、二門よ g1 井上円了のr真理金針1について(その一)

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り一心に帰するは、いかなる理によるというに、その体中に具するところのカなり。その力の生ずるは体あるに より、その相の現ずるは力あるによる。故に体は相の間にありて、二者を接合するものをいうなり。﹂︵九三頁︶ このように三者はその体が一にして、しかも三者の別があるのはその相による。体と相がもと同一であれば、唯 一平等といわざるを得ない。唯一平等でありながら、しかも差別の相がある。天台の一心三千の法門も、この理 によって証明される。﹁わが身は天地六合の中にあるをもって、わが心は天地間の一小部分なりというときは、 これ差別の心なり。天地の全体わが心の中にありとするときは、これ平等の心なり。﹂︵同︶このため、わが心は 宇宙の一部分であり、宇宙はまたわが心の一部分であるという理になる。  円了はこのようにして、平等即差別、差別即平等が仏教の特徴であることを明らかにしている。そして、﹁こ の平等と差別との二種の心の互いに相関係するゆえんは、深く仏教に入らざれば知るべからず。﹂︵九四頁︶とい い、後にこれを詳述するとして、つぎにこれまでの述べてきた、理論上ヤソ教を排することについて、その要点 をまとめている。  ﹁第一 ヤソ教の創造説は理学の進化論と両立すべからざること﹂︵九五頁︶では、創造説は蛮民原人の妄想説 であるの対して、進化説は文明開化の実験説であること、創造説は万象変化の原則に反対するものであること、 進化説は目前の事々物々を取り上げて明かすものであるのに対して、創造説は古代の遺書について明かすことし かできないこと、進化説は論理の原則に合格するものであること、近世の諸学である生物、生理、天文、地質、 物理、化学、社会学はみな進化説を証明・構成するものであり、創造説を排する論拠となっていることを明らか にしている。  このように、円了はこれまで述べてきたヤソ教の理論上の難点を、﹁第二 天帝と時空との関係﹂﹁第三 神 92

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人の関係﹂﹁第四 天帝と物心の関係﹂﹁第五 天帝と可知不可知の関係﹂﹁第六 天帝の自在力を有せざるゆえ ん﹂﹁第七 天帝と因果の関係﹂﹁第八 天帝と真理の関係﹂﹁第九 天帝と善悪懲罰の関係﹂﹁第一〇 人と動植 物の区別判然たらず﹂﹁第=  ヤソ教に確固たる定説なきこと﹂として、以上の二項目を挙げて、その問題 点を再度まとめながら示している。  つぎに円了は本論の帰結として、﹁ヤソ教の創造説と仏教の唯心説とを比較して、いずれが最も論理に適合す るか﹂︵一〇一頁︶を論じている。その論議の進め方は単なる比較からではなく、まず人間と思想の関係から、 つぎのように述べている。  ﹁信ずるも思想なり、思うも考えるも思想なり。﹂︵同︶可知と不可知の区別も思想である。人の思想の範囲の 外に、ヤソ教の天帝の現存も、また創造論なきももちろんである。﹁天帝は思想海の一波動に過ぎざる﹂︵一〇二 頁︶ものである。﹁思想とはなんぞや。曰く。わが心なり。﹂︵一〇三頁︶思想の体は﹁心﹂であり、心の作用を ﹁思想﹂と名付けている。これからいえば、天帝は心界の一現象であり、﹁天帝我人の心を造出するに非ずして、 我人の心天帝を造出するなり。﹂︵同︶さらにこのことから、﹁仏教の唯心所造説いよいよ明らかにして、いよい よ信ずるに足る﹂︵同︶と知ることができる。  仏教の万法唯一心︵万法はすべてただ心のみにおさめられる︶、心外無別法︵心の外に別に独立した実体は存在しな い︶、森羅万象唯識所変︵すべての現象はアーラヤ識から変現したものである︶という説は、﹁共にヤソ教者の未だそ の味を感ぜざるところにして、仏説の卓見活識、万世人をして驚嘆に堪えざらしむ﹂︵同︶ものである。このよ うにみると、﹁ヤソ教のごときは、心界所変の一現象たる天帝を主とするをもって、その説全く仏教範囲中の一 小部分を占領するに過ぎず。⋮⋮ヤソ教は仏教全組織の毛端爪尖に過ぎずして、その天帝所造説は唯識所造説の 93 井上円了のrg理金針」について(その一)

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虚影空響に過ぎざる﹂︵一〇三頁︶ものである。  円了は思想としてのヤソ教と仏教の両説を取り上げ、これに一定の結論を出して、つぎに論理の点からつぎの ように比較している。  ヤソ教者はいろいろと自教について主張しているが、それらの論は﹁前後到着して論理法に合格せざるとこ ろ多き﹂︵一〇四頁︶ものである。余がいうところの論理とは思想の作用である。思想上の一事一理を考究して、 真と非、理と非理、因と果などありというのが論理である。ヤソ教の天帝については、﹁巳知より未知に及ぼ す、有形より無形に及ぼすの推理法による﹂︵一〇四頁︶もので、人が天帝の存在を知るのは、﹁論理の仮に合し て一団の虚形を現ずる﹂︵同︶によるものである。  すべての学者が講じるところの証明法は、一として論理によらないものはなく、論理あって後に始めて証明法 がある。ヤソ教はその本源が人々の空想によって起ったものといえども、まったく論理の原則によらないもの でもない。﹁天帝創造説は、論理の原則に基づき起こりしや疑いをいれず。その原則とはすなわち因果の理法﹂ ︵一〇五頁︶である。天帝創造、ヤソ降誕などの空想説をなしたのは、当時の人知が未開であったからである。 天帝説は﹁因果理法の界内の一隅を占有するもの﹂︵一〇七頁︶である。これに比較すれば、仏教の因果の道理 を本とする教えは、ヤソ教の天帝の創造説に勝るものである。  論理とは、余がさきに述べた思想の作用であり、思想なければ論理はなく、﹁論理は全く思想の力より生ずる こと疑いをいれず。しかして思想の体すなわち心なれば知るべし。まず心ありてここに思想あり、思想ありてこ こに論理あり、論理ありてのち始めて天帝説あるを。﹂︵一〇八頁︶しかし、ヤソ教の天帝創造説は論理に疎漏と 過失が多く、学理上から考え得るに足らざるものである。これに対して、仏教が﹁立つるところの因果の理、唯 94

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心の説、真如の説、みなもって今日の模範とするに足る。﹂︵一〇九頁︶多くの宗教があるが、﹁学理上万世の亀 鑑となるべきもの、ひとり仏教あるのみ﹂︵同︶である。  このように、円了は論理上、ヤソ教と仏教を比較して、仏教の説が学理上において優れていると主張する。つ ぎに、唯物進化説に対するヤソ教の駁論を取り上げる。  ヤソ教者は唯物進化説を仮定に属するものが多く、実験上で証明されていないものであるという。この唯物進 化説とヤソ教のどちらの仮定説が真と言えるだろうか。﹁我人の思想を真とし、我人の感覚を真とするときは、 物質の実在もまた自ら真となるべし。﹂︵=○頁︶なぜならば、物質は感覚思想を経て物質となるからである。 ヤソ教者が天帝の現存を信じて、天帝の創造を想像するのは感覚上の実験からではないか。つまり、感覚があっ て、のちにヤソ教あり、天帝ありというべきである。感覚なるものは意識思想の知覚であり、意識思想の作用で なければ、人がその感覚を知ることができない。﹁物界の諸像はことごとく感覚の範囲に帰し、感覚境の諸像は ことごとく意識の範囲内に入るべし。故にこれを帰すれば、唯一の意識、唯一の思想あるのみ、すなわち三界唯 一心なり。﹂︵二二頁︶  このように論ずれば、ヤソ教は感覚によりて生じ、天帝の現存はモーゼの感覚によって知ったこととなる。 コ人一個の実験は信をおくあたわずといえども、衆人衆目の実験は疑いを入るるあたわず。﹂︵同︶したがって、 今日の実験は今人の感覚で見比べて考えるものである。今日の実験に徴して真なるものは真、今人の感覚に徴し て真ならずものは非とする以外に、真非の判定の良策はない。旧史に載するもので信じられないものは実事では ない。﹁その真偽を知らんと欲せば、よろしくまず、これを今日今人の感覚思想に考うべし。﹂︵=四頁︶  余が仏教を信じるのは、その教えがインドで起った釈迦の諸説であるから、またその教えが三千年伝わってき 95井上円了の慎雛針」について(その一)

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たからではない。仏教の説が今日今時の﹁学理﹂に考えて信ずべきところがあるからである。同時に余が、ヤソ 教を排するのは、その教えがキリストの説であるから、また仏教の後で起ったものであるからではない。やは り、今日今時の﹁学理﹂に考えて合格せざるところがあるからである。﹁これ余が仏教を拡張して、ヤソ教を排 斥せんとするゆえんなり。﹂︵一一五頁︶﹁余がいわゆる仏教は、日本今日に伝わるところの仏教にして、世間一 般にこれを目して仏教と許すもの﹂︵一一七頁︶である。教祖が開いたものは未発達の種子であり、その後、こ の教えを発達させて、今日の有機的組織となり、﹁やや完全なるを見る。﹂︵同︶  以上のことから、﹁仏教は学理に合し、ヤソ教は学理に合せずというにとどまる。﹂︵同︶学理に合すとは、仏 教の原理や仮定に論理的に証明できるものがあることをいう。仏教は意識を本とし、因果をもって理とするから である。したがって、ヤソ教は仏教中の一部分に過ぎない。﹁唯心因果の理は仏教の卓見にして、ヤソ教の遠く 及ぶところにあらず。﹂︵=八頁︶  このように円了は、仏教を学理上の宗教、ヤソ教は空想上の宗教と位置づける。そして、唯心論11仏教の唯識 とし、真如理体の性質、すなわち因果の理が理学の労力保存の理と同一でありとする。さらに、仏教の色心二 法‖唯物論とし、真如よりみれば、唯心も唯物も一僻論であり、天台の有空中三諦の理には非有非空の中道が あり、この三諦円融の理に達するという。これによって、﹁仏教の所談は哲学の原理に基づき、理学の規則に従 い、論理上一点の間然するところ﹂︵一二〇頁︶がないと主張する。このように、仏教は道理界中の宗教であり、 学者社会の教法である。それ故に、文化や学理が進展すれば、仏教が盛んになるのは理の当然である。  しかし、西洋諸国においてはヤソ教の権力と威勢は盛んである。その事情は﹁一は政教一致の国風﹂︵一二一 頁︶など、いくつかの側面から考えられる。けれども、近時においては、﹁余輩仰ぎて欧州の勢いをみるに、学 96

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者社会の天帝を解釈する、仏教の真如に異なることなし。﹂︵同︶しかし、欧米の学者の知っている仏教は小乗の 法のみである。大乗の法は﹁その本国たるインドにすでに地を払い、シナまたその書に乏しく、ひとり日本にそ の法の伝わるのみをみる﹂︵一二二頁︶である。この仏教について、昔日は外国の教えであり、自国の本教では ないとして排する者があるが、すでに日本に伝来して千年以上の経過し、その人心に浸透しており、日本の自国 の本教ということができる。  このように日本と仏教の関係を位置づける円了は、﹁仏教はわが国の良産なり名物なり。今後ますますこれを 内国に培養繁殖して、その教を外国に輸出するは、今日の急務なり﹂︵一二二頁︶といい、このことは日本の学 者の﹁国家に対して尽くさざるを得ざる義務なり。﹂︵一二三頁︶と主張する。そして、宗教は人の思想と関係す るものであり、コ国の改宗転教は大いにその国の独立のいかんに影響する﹂︵同︶という見方から、円了はつぎ のように論じる。  ヤソ教のように強国の宗教はその国の政体と密接な関係があるので、もっとも警戒しなければならないもので ある。仏教は日本の風俗や政教に適したものであり、これを維持し拡張しなければならない。しかし、その仏教 が今日にありて有害無益であるのは、僧侶が千年の積弊を守り、今日の時勢に応じて改良しないからである。す でにわが国の事物や学問は過半が西洋化したが、日本の仏教はまだその国の固有の精神を失っていない。﹁わが 従来伝うるところの百般の事物学問、みな西洋に競争するの力ないといえども、そのよくかれに競争し、よくか れに超越するもの、ひとり仏教あるのみ﹂︵一二五頁︶である。  西洋の学者が日夜にわたり講究するものは真理の探索であるが、﹁仏教はたとえ真正純全の真理にあらずとす るも、真理のいくぶんかを含有するや疑いなし﹂と、円了はいう。それ故に、仏教を今日に維持拡張することは 97 井上円了のr真理金針」について(その一)

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東西の学者の真理に尽くす義務であるともいう。そして、仏教は道理上においてヤソ教に卓絶するものであり、 これを実験に考えても、東洋人、中でも日本人たる国民のために維持拡張すべきである。しかし、世人一般に仏 教は世間を捨て出世間の弊あり、﹁その法は一国の独立、人民の団結、社会の競争に用いるに不便なり﹂︵一二七 頁︶と考えている。これは仏教の外形を知って、その真味である空仮中の三諦の理を知らないからである。  仏教は深遠広大にして、遠くは理学哲学の原理に発し、流れて賢愚利鈍の諸機に及び、その教えは分かれて 八万四千の法門となり、貴賎にも貧富にも、知者学者にも無知無学にも、その分に従って信ずる者にはみな相応 の益を得ることができるものである。そして円了は、現今の学者と協力して、仏教を日本に維持し、その真理を 将来に伝え、後に真理を求める者のために、その﹁針路﹂を学界に開かんことを祈念しているという。  日本の青年がヤソ教に入信することについて、円了は﹁かの宗教者の篤学深切に感服したる﹂︵一三二頁︶よ るなどいくつかの理由を挙げている。そして、円了自身が仏教を改良して日本に拡張しようとすることは、国法 をもってヤソ教を禁止せよという意味ではないという。東洋固有の性質、日本従来の精神が内包されている仏教 を、﹁今日に改良拡張するは、わが国学者の一は国家に対し、一は真理に対して尽くさざるを得ざる義務なり﹂ (一 O三∼=二四頁︶と主張するのである。  最後に円了は、ヤソ教の難点の批判から始め、仏教と比較したこれまでの議論を要約して振り返り、自説の主 意をつぎのように述べる。余が仏教を維持するは日本人の国家に尽くす義務であり、また学者の真理に尽くす責 任であると論じたことは、﹁本題の外にわたるに似た﹂︵一三五頁︶といえども、これは理論上においてヤソ教を 排して得た結論であり、一つには日本人の仏教に関する感覚の誤りを指摘し、さらにもう一つは個人の私情から 行なったものではないことを明らかにし、あわせて一般の宗教家の惑いを解決しようとしたからであるという。 98

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︻註︼ ︵1︶ 吉田久一﹃日本近代仏教史研究﹄吉川弘文館、昭和三四年、一六一頁。 ︵2︶ 芹川博通﹃近代化の仏教思想﹄大東出版社、一九八九年、六七頁。 ︵3︶ ﹃明教新誌﹄について、筆者は主に東洋大学井上円了記念学術センターの所蔵するものを活用したが、欠号もあっ   て充分ではなかった。現在、同誌については、高野山大学附属高野山図書館監修のCD−ROM版︵小林写真工業に   よる刊行︶があり、これによって補充することができた。また、﹃明教新誌﹄に関する参考文献には、高岡隆真﹁﹃明   教新誌﹄の性格とその変遷﹂︵﹃印度学仏教学研究﹄五三巻二号、平成一七年三月、三四∼三六頁︶がある。 ︵4︶ ﹃破邪新論﹄と﹃真理金針﹄初編の間に、﹃耶蘇教の難目﹄が雑誌﹃教学論集﹄第二四編の付録として明治一八年   一二月五日に刊行されている。この﹃耶蘇教の難目﹄の序では﹁本誌は文学士井上円了甫水君の﹁耶蘇教を排するは   理論にあるか﹂と題せる論文中より其要点の一段を抜抄し﹁耶蘇教の難目﹂と称せるものなり﹂と記してあるので、   正確に言えば、円了の著作ではなく、﹃教学論集﹄の記者がまとめたものである。 ︵5︶ 削除された﹃明教新誌﹄の部分は、理論上から耶蘇教を排することの可能性ははっきりしているが、その立場に固   執すれば従来の教学上の仏教の優位性の主張にとどまるので、問題の解決は実際上にあることなどに、円了が言及し   ているところである。この間題は﹁耶蘇教を排するは理論にあるか﹂と重複する内容であったために、単行本化する   にあたり削除したものと考えられる。 付記 紙面の都合によワ、今回は﹃真理金針﹄の初編の要約にとどめた。 行研究の成果を検討して、筆者の論評を明らかにしたいと考えている。 後日、続篇、続々編の要約を紹介し、さらに先 gg 井上円了の「真理金針1について(その一)

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