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日本ルーラルナーシング学会 第11回学術集会学術集会テーマ「地域をつなげ地域を元気に」基調講演「地域をつなげ地域を元気に」シンポジウムテーマ「住み慣れた地域で暮らし続けるために」

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Academic year: 2021

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(1)公益財団法人. 在宅医療助成. 勇美記念財団. 2015 年度(後期)指定公募 「在宅医療推進のための学会等への共催」完了報告書. 日本ルーラルナーシング学会第 11 回学術集会 「地域をつなげ. 地域を元気に」. 申請者. :山﨑. 洋子. 所属機関. :山梨大学大学院. 提出年月日:平成 28 年 10 月 3 日.

(2) 日本ルーラルナーシング学会第 11 回学術集会 テーマ:「地域をつなげ. 地域を元気に」. 開催概要(プログラム) <基調講演> 「地域をつなげ、地域を元気に」 演. 者:. 山梨県早川町長. 座. 長:. 山﨑. 洋子. 辻. 一幸. 氏. (山梨大学大学院). <シンポジウム> 「住み慣れた地域で暮らし続けるために」 シンポジスト: 長田. 忠孝. (長田在宅クリニック. 名誉院長/. 身延町早川町組合立飯富病院. 座. (水島医院. 名誉院長). 水島. 明美. 看護師). 小池. 佐智子. (富士川町社会福祉協議会. 渡邉. まゆみ. (市川三郷町福祉支援課包括支援係. 長: 山﨑. 洋子. 小川. 忍. (山梨大学大学院) (甲府市福祉保健部). (於:山梨大学医学部キャンパス) 抄録別載. 主任介護支援専門員) 主幹係長).

(3) 学術集会長挨拶. ご. 挨. 拶. 日本ルーラルナーシング学会第 11 回学術集会 学術集会長. 山﨑. 洋子(山梨大学大学院). このたび、日本ルーラルナーシング学会第 11 回学術集会が山梨で開催され ることとなり、学会員の方々をはじめ、全国のルーラルナーシングに関心のあ るみなさまに山梨県、および山梨大学にお越しいただけることを大変うれしく 思っております。 第 11 回学術集会は、プログラムとして、一般演題のほかに、「地域をつなげ 地域を元気に」をテーマに、日本一小さな町の町長である辻一幸様の基調講演、 県内中山間地域で、日々活動を実践されている医療、看護、介護、保健の専門 職のみなさまとのシンポジウムを企画いたしました。また、交流集会「へき地 における救急医療・看護の現状と課題」も開催されます。厳しい自然環境、生 活条件、限られた資源の中でも、地域の人々の命を守り、生活を支える医療や 看護、福祉の仕組みをどのように作るのか。生き生きと暮らしていくために地 域のあらゆる人が手を取り合っていくために看護ができることは何かをみなさ まとともに考える機会としたいと思います。 また、エクスカーションでは、かつて、 「地方病」といわれた日本住血吸虫症 の原因解明と患者の治療に奮闘した医師の軌跡や身延山の元ハンセン病療養所 を訪ね、地域住民のために情熱を傾けた医療者・福祉関係者の実践から学びた いと考えました。山梨の郷土料理や地場産業に触れていただく場もございます。 今までの学術集会開催地のどこよりも人口規模の小さな県での学術集会の開 催と思いますが、本学術集会の開催にあたり、山梨県や県看護協会、在宅医療 助成勇美記念財団からもお力添えを頂き、有意義な学術集会をなるよう不慣れ ながらも企画委員、実行委員一同準備を進めてまいりました。 みなさまに大勢ご参加いただき、活発な発表や意見交換および交流の場とな りますよう願っております。.

(4) 基調講演抄録. 地域をつなげ 辻. 地域を元気に 一幸. 山梨県早川町長 1.. 早川町の概況 昭和 31 年町村合併、平成の合併. 2.. 町づくり計画(町民意識の高揚と醸成) 上流文化圏構想と旧村一拠点づくり. 3.. 町民の健康と福祉(みんなで支え合う地域づくり) 各地域課題の把握から政策形成へ 住民総合健診の導入、へき地中核飯富病院整備充実と出張診療制度 福祉と保健. -. 福祉センター、特別養護老人ホーム、老人保健施設. 地域包括ケアシステム充実強化(医療・福祉・保健・介護) 4.. 町の将来展望 変化の到来 (1) 中部横断自動車道の完成 (2) リニア中央新幹線. 建設. (3) 南アルプス周遊自動車道. 建設着手. (4) 南アルプスユネスコエコパーク認定. 人口減少・超高齢社会の中での町づくり 真の豊かさ、安全・安心な暮しでゆとりをもって一生を過ごせる理想郷へ.

(5) シンポジウム抄録. 「住み慣れた地域で暮らし続けるために」-飯富病院が行ったこと- 長田 身延町・早川町組合立飯富病院. 忠孝. 名誉院長. 長田在宅クリニック名誉院長. 山梨県で過疎と高齢化が最も進んだ地にある約90床の飯富病院の開設以来の課題は、 病院の名に値する人員の確保と、それらの人たちによる良質な医療の提供だった。 徒歩でなければ行けない、山深い部落はもちろん、早川町の戸数100を超えるような、 比較的大きな集落にも、医療機関はなかったため、無医地区への出張診療と在宅への往診 は、すでに昭和26年の病院開設以来実施していた。 しかしながら、まとまった数の医師の確保は不可能で、跡取りの長男の嫁が、たまたま 看護婦である以外は、飯富のような僻地の病院に勤務する看護婦はいなかった。 昭和56年自治医大の医師2名が山梨県より派遣されてきた。その年、飯富病院は僻地 中核病院に指定された。ほぼ同時期に北海道から山梨に帰ってきた外科医が偶然見つかっ た。北海道大出身の長田忠孝だった。彼は行政とともに、結核検診を利用した肺がん検診 をライフワークにするといっていた。 看護婦対策は開学したばかりの山梨医大の放射線技師を夫に持つ N 氏が派遣されてきた。 1.飯富病院に常設の診療科として、外科を定着させる。 2.看護婦を確保し、昼夜 2 交代勤務制を確立する。 3.無医地区への出張診療。往診、訪問診療。訪問看護制度の維持と創設。 この 3 点が大それた、病院開設者との約束だった。 サボタージュのようなことはなかったが、不満足な看護スタッフの量では看護体制など 出来上がるものではなく、N 氏は辞め、山梨医大に移って行った。 この時点で甲府共立病院が倒産し、 その総婦長だった O 氏が飯富病院婦長に抜擢された。 O 氏の仕事は超人的だった。1 ヶ月の間に25日の夜勤をした。5日は日勤をした。初め て飯富病院に昼夜2交代の看護体制のようなものが出来上がった。 O 氏は訪問看護体制の確立と、近隣自治体の保健婦たちとの間に連携体制をつくりあげ た。現在の地域包括医療・ケア体制そのものであった。 私、長田忠孝も病院業務をこなし、手術をし、O 氏と共に地域の在宅患者の家を回った。 夜間はレ線写真を見て、肺がん検診を行った。 過疎地の病院で大切なことは24時間、365日の医療の保障である。このため医師た ちは病院から歩いて5分の所に家族とともに住み、緊急の呼び出しに備えた。救急患者を 断らない病院。救急車を断らない病院が出来上がった。 はじめは、地域の長男の嫁が担っていた看護体制も、現在の町の外から通ってくる看護.

(6) 師たちが支える体制へと変化していった。 それでも過疎化と高齢化は着実に進み、現在の飯富病院には、新たな問題が出現するこ とになった。さらなる人口減少である。解決策は模索中である。 以上、簡単に総括を含め報告したい。 長田忠孝は飯富病院を辞めてから、飯富で育った息子の外科医と甲府市の南部で、24 時間・365日対応の在宅医療に特化したクリニックを開設した。17カ月が経った。. シンポジウム抄録. 「在宅療養支援診療所の看護師としての視点」 水島明美 水島医院. 看護師・相談員. 在宅医療を主な業務とし、少し外来をしている院長(夫)と私だけの地方小都市の診療 所に勤務しています。 平成11年から東京都下の高齢者相談室において相談員・ケアマネジャーとして仕事を していました。その後夫が都内で開業し訪問診療を行うことになったため、少し経過して から看護師兼相談員として訪問診療に関わるようになりました。その後夫の郷里である山 梨県都留市に開業し現在の仕事をするようになりました。 訪問診療付きの看護師(診療の補助)という役割もありますが、むしろ本人や家族の話 を聞き関連機関や事業者につなげ連携をとっていく保健師のような仕事だと思っています。 都留市は山間部を縫うように、富士山に通じる道に位置しています。都留市で訪問診療 をしているのは2医療機関のみで、他に機関病院として市立病院、整形外科病院(内科も 診療)、精神科病院のみの地方の小都市であり山間部にある地域です。 この地域では地域包括支援センターとの連携は当医療機関のみの状況であり、時々問題 のある高齢者とその家族、障害・精神等の問題を抱えた方々を医療につなげたりする役目 もあるのが現状です。それ故、時に患者さん本人や家族が医療を近づけようとしない状況 や経済的に困難である症例も引き受けています。診療所は小さいが故に小回りが効く場合 もありますし機関病院に繋げるのも困難な状況の時もあります。 看護師としての活動の場としては、相談員・ケアマネジャーの面も生かして話をしたり相 談にのったり、またケア会議での発言をしたりしています。 地域との関わりは多職種になるので連携は重要ですが、現状としては個別の連携は取れ ていてもシステム構築は出来ていないので、地域包括ケアの掛け声で色々な面で進展する 努力をしなければならないと考えています。.

(7) シンポジウム抄録. 「住み慣れた地域で暮らし続けるために」 -主任ケアマネジャーとして思うこと- 小池. 佐智子. 富士川町社会福祉協議会. 主任介護支援専門員. 富士川町は、平成 22 年 3 月に増穂町と鰍沢町が合併し誕生した町です。 人口は 15,637 人(平成 28 年 4 月現在) 、高齢化率 31.9%で、県下でも高齢化が著しく進 んでいる地域として有名な峡南地域の最北端の町で、高齢社会にどっぷりつかっている町 です。また、富士川町は、山間地の多い地域です。 社会福祉協議会の役割は、どんな町であっても「誰でも安心して住み慣れた地域で最後 まで暮らしていたい」という地域住民の希望の実現に向け、地域住民が抱えている福祉ニ ーズを捉え、地域住民とともに、解決して、地域の福祉力や絆の輪を作り上げることです。 わが町では、高齢化が進む中、 「誰もが安心して住み慣れた地域で暮らすために」を目標 に、以前より、どんな地域、特に、環境的に住みづらい地域や生活していくうえで不便さ を感ずる地域に住んでいたとしても、一人の困りごとから地域で支えるにはどうしたらよ いかと関係者が常に話し合いながら、行政と連携を取り、様々な福祉サービスを創設して きました。富士川町の住民が一人でも不幸と感じず、ここに住んでよかったと思えるため の仕事を進めていくことが社協職員の職務と常に考えています。 そして、社協で働くケアマネジャーとして、富士川町に住んでいる住民一人一人と向き 合いながら、その人がその人らしくどんな地域にいても住み慣れた地域で安心して暮らす ために、地域のきずなを紡ぎ、医療、保健、福祉、また地域に点在する社会資源を有効活 用しながら、その人の安心を担保していくことが必要と考えながら業務しています。もし、 そこに社会資源がなければ、地域の人とともに作り上げていくことが必要と考えます。 わたしは、どんな家族関係や生活環境にあっても、一人一人と向き合い、一人一人を大 切に思い、いろいろな人々や関係機関と連携することで、住民が住み慣れた地域で暮らし 続けられると考えています。 そのため、常に地域の人と話し合い、その人がそこで住みたいと願っていることをみん なで共有し、隣近所の方、友人、民生委員、ボランティア、医療、保健、福祉あらゆる関 係者が連携をもって、支え合っていきます。僻地と言われる地域においても、その地域の 特性を生かして、十人十色の連携が作られるとそれが大きなシステムになっていくのでは ないかと思います。.

(8) シンポジウム抄録. 「うちっきり・やーじゃんね・おぼこさん・なえで?」 渡邉まゆみ 市川三郷町役場. 福祉支援課包括支援係. 市川三郷町は、甲府盆地の最南西端に位置しており、平成 17 年に三珠町・市川大門町・ 六郷町が合併し誕生した。平成 28 年 4 月現在人口 16,509 人、高齢化率 34.9%. 人参と花. 火と印鑑が有名な町。 「峡」つまりは、山と山の間の細くて長い土地の南側である峡南地区 の北部に位置している。 現在私は、地域包括支援センター職員として位置づいており、設置当初は個別の対応に 追われた。業務対象者の中心は高齢者であるが、包括の文字通りその家族や地域も「ひっ くるめて」 「まとめて、くくる事」を目的にして仕事をした。少し心や体が弱った「生活の 達人」の皆さんのお手伝いをしている。小さな町だから、職員も住民も隣近所の生活を知 っている。 「うちっきり」には親密な人間関係と閉鎖性の両側面がある。人のつながりがわ かりやすいが、中には、主観中心の情報であることもあるので注意する必要がある。 就職したての頃、こころ惹かれたのはある高齢者(女性)の手だった。若いころは「お ぼこ(蚕)さん」と「ぼこ(子供) 」の世話をし、家事もこなした指の関節は、節が高く、 掌(たなごころ)がふっくらとしている。それから、健康相談をする度に様々な方の手を 眺め、生活を知るための一つとして意識するようになった。また、古い写真を見せていた だくことで、個人の歴史だけでなく、町の昔の状況や個人が生きてきた様子がわかり、改 めてそこに生活があることが確認できた。その日々の積み重ねの中、病気や介護状態にな ると、様々な「思い」と「想い」をする。 「やーじゃんねぇ」の言葉の裏に、どうしていい のかわからず、あきらめがあったり、嬉しい・楽しい・悲しい・もどかしい・・・その感 情の動きをとらえ、もし、漠然とした不安があれば、 「なえ」不安に思うのかを本人ととも に解き明かすことができたら、と思う。その感情を意識しながら、 「当事者がもっている、 生きていく力」と「助けが必要なこと」を両側面からみ見つめなくてはならない。 もちろん、すでに「お蚕」や「ぼこ」の通用しない事も多々ある。小さな町にも、元来 地域差はあって価値観も異なる。時代の流れに沿い、全国的に住民の生活は多様化してい る。山間地だから時が止まっているわけではなく、市川三郷町も同様な傾向がみられ、生 活形態や価値観の変化は否めない。 現在は、ひとりひとりの支援と仕組みづくりとしかけづくりを中心としている。国から 求められることは、大規模な市町村向けの対応が多い。けれど、価値観の変化もとらえな がら、この小さな町仕様の仕組づくりを行わなくてはならない。また、住民の皆さんを中 心として関わる者が、しっかりとつながっていくことを意識したい。 そのためには、保健師自身が、住民が何を大切に思い、何を課題ととらえているのかを見.

(9) 極める力が必要と思われる。介護保険制度の改正に伴い生活支援体制整、 認知症施策推進、 医療介護連携などの事業を実施しているが、いずれも保健師だけが実現できるわけではな い。小さな町の行政職員はいくつもの役割を持ち、様々な業務に追われるが、その中から 「つながり」を知り、 「しかけ」を考えることができる。様々な関係者と「作戦会議」を積 み、超高齢社会のこの地域で行動できる方がいるうちに、地域の将来像を描きながら、 「う ちっきり」の強みを生かした、町なりの地域包括ケアシステムの構築を目指している。. <学術集会の様子>. (受. 付). (基調講演. 座長). (受. 付). (基調講演. 辻一幸町長).

(10) (シンポジウム. 長田名誉院長). (シンポジウム. 水島看護師). (参加者の様子). (シンポジウム. (シンポジウム. 小池主任ケアマネ). 渡邉保健師). (シンポジウムの一場面).

(11) 日本ルーラルナーシング学会第 11 回学術集会を終えて(感想) 学術集会長. 山﨑. 洋子. このたび、助成を受けた日本ルーラルナーシング学会第 11 回学術集会の開催地である 山梨県は、周囲を山間地に囲まれ、多くの自治体で高齢化、過疎化が進んでいる。一方で、 自治体の人口別の保健師の配置は、全国でも有数であり、地域の特性を生かした看護実践 活動が行われている。今回の学術集会を開催するに当たり、高齢過疎化が進む山間地域に おいて、住民のそこに暮らし続けたいという願いをくみ取り、何とかその思いをかなえよ うと奮闘する医療・保健・介護・福祉の専門職たちの実践活動の報告を通して活動の価値 を高めたいと考え、基調講演、シンポジウムを企画した。学術集会を終えて、大会長とし ては、すばらしい人選だったと自負している。学術集会の参加者は、150 余名で、特に基 調講演、シンポジウムは、参加者からも「よかった」 「感動した」と感想をいただいた。同 一の地域からの人選で活動が伝わりやすかった側面もあるかと思われる。 今回の基調講演、シンポジウムでは、学会員のほかに多くの自治体保健師(県や市町村) が参加したことが特徴である。県内の自治体保健師が、同一の学術集会に多数参加すると いうことはあまりないことで、会場で情報交換や交流がはかる様子があったことは評価で きることではないかと感じている。医療・福祉資源の少ない本県山間地域においては、在 宅医療の推進に自治体保健師の力は大きいものがある。今回の保健師の参加は、今後の在 宅医療看護・在宅福祉の推進に弾みをつけると信じるものでる。 基調講演の早川町長辻一幸氏は、山間へき地で住民の生活を支えるには、医療の確保と 雇用の確保が重要と考え、組合立の病院を整備し、多彩なアイディアで町に雇用を生んで きた経緯を話し、 「自分の生まれ育った町を少しでもよくしたい」思いが原動力であり、住 民は、合併をしない選択をしたことでより結束し、 「自分の町をよくするために」住民自身 による地域づくりが進んだと話された。安全で安心な心にゆとりのある一生を過ごせる町 を目指してこれからも町政に励むと講演を締めくくった。 続く「住み慣れた地域で暮らし続けるために」と題したシンポジウムでは、まず、辻町 長が整備に着手した組合立飯富病院で院長を長年務めた長田氏が、どのように病院の看護 師を確保し、365 日無料、無休の在宅医療を進めてきたかを話し、推進の要は、病院の訪 問看護体制や近隣市町村保健師との連携体制の構築であり、「医療だけでは住民を支えら れない」と、生活を支える視点の重要性を強調した。続いて、在宅診療所の看護師水島氏 から医療過疎地域における看護実践として苦労するのは、医療や福祉サービスを拒否しが ちな経済的に問題のある人たちの支援だと課題を指摘した。富士川町社会福祉協議会小池 氏からは、民間サービスの少ない山間地域で、きめの細かい福祉サービスを提供してきた 実践が紹介され、水島氏の指摘した課題解決のヒントの一つにきめ細かな福祉サービスと 医療との連携が必要であることを確認した。最後に市町村保健師の渡邉氏より、住み慣れ た地域で暮らしたい住民への個別援助を、住民を支える仕組みづくりに発展させていく保.

(12) 健師活動が紹介された。何より大事なのは、住民が何を感じ、どうしたいと思っているの かをじっくり聞き、住民の課題を解決しながら町に小さなつながりをつくり、仕組みを整 えていくこと、小さな町だからこそできる地域包括ケアシステムの構築を考えていきたい と決意が語られた。 参加した在宅診療医からも質問が出るなど、本学術集会で目指した山間へき地で活動す る医療職、福祉職など多職種の日ごろの実践とその思いが語られ、お互いの役割や目指す 方向性を確認できたのではないかと考える。 シンポジウムのいずれの演者も参加者を引き込む価値ある報告であったが、予定時間を かなり超過してしまい、参加者の昼食時間を短くしてしまったことが反省である。また、 病院看護師からの退院支援の報告などもあればさらによかったと考える。 今回の助成によりこのような成果を得られたことは、ルーラルナーシング学会の設立趣 旨であるへき地の保健医療福祉の向上に寄与することができたと確信する。 本報告は、公益財団法人. 在宅医療助成. 勇美記念財団の助成によるものである。.

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