一 、 は じ め に 平 安 時 代 の 天 台 僧 で ﹁ 丹 後 先 徳 ﹂ と 尊 称 さ れ た 高 僧 が い た 。 ﹁ 丹 後 先 徳 ﹂ の 丹 後 と は 、 現 在 の 舞 鶴 市 や 宮 津 市 お よ び 丹 後 半 島 な ど を ふ く む 京 都 府 北 部 の 地 名 で あ り 、 先 徳 と は 、 人 徳 、 学 才 と も に 優 れ て い た 先 代 の 僧 に 対 す る 尊 称 で あ る 。 し た が っ て そ の 尊 称 に は 、 後 人 の 先 人 の 徳 行 に 寄 せ る 鑽 仰 と 敬 慕 の 念 が こ め ら れ て い よ う︵1 ︶ 。 そ の 尊 称 を 表 記 し た 例 は 、 中 世 鎌 倉 時 代 以 後 の 天 台 聖 教 に 比 較 的 多 く 認 め ら れ る 。 例 え ば 、 鎌 倉 後 期 の 天 台 学 僧 心 慶 が 書 写 し た ﹃ 宗 要 集 ﹄ 仏 帖 下 に は 、 ﹁ 法 花 疏 ハ 誠 ニ 難 キ ナ リ 。 故 ニ 依 此 文 ニ 居 実 報 土 ニ 丹 後 先 徳 有 ト モ 之 、 楞 厳 院 先 徳 、 境 地 冥 合 ノ 意 ニ テ 居 寂 光 土 ニ 宣 タ マ エ ル 事 有 之 。 ﹂ と あ り 、 ﹃ 同 ﹄ 雑 帖 第 一 に は 、 ﹁ 丹 後 先 徳 御 義 云 、 四 十 二 位 ノ 八 相 不 同 者 得 所 化 儀 ニ 也 。 ﹂ と あ る 。 ま た 室 町 時 代 の 天 台 学 僧 尊 舜 が 著 し た ﹃ 摩 訶 止 観 見 聞 添 註 ﹄ 巻 三 に は 、 ﹁ 楞 厳 先 徳 謁 丹 後 先 徳 寛 印 云 、 以 名 別 義 通 知 往 生 極 楽 業 。 ﹂ と い う 文 章 が 見 え る ば か り か 、 丹 後 先 徳 が 寛 印 と い う 法 名 の 高 僧 で あ っ た こ と も 併 記 さ れ て い る︵2 ︶ 。 と こ ろ で 、 ﹁ 丹 後 先 徳 ﹂ と 尊 称 さ れ た 寛 印 は 、 ど の よ う な 天 台 僧 で あ っ た の だ ろ う か 。 そ の 名 は 日 本 天 台 史 の 研 究 者 に は 多 少 知 ら れ て い る が 、 一 般 に は ほ と ん ど 馴 染 み が な い 。 い っ た い ど の よ う な 経 歴 、 足 跡 を 残 し て い る の で あ ろ う か 。 今 日 に 伝 わ る 関 係 資 料 は き わ め て 乏 し い が 、 金 沢 文 庫 に 保 管 さ れ る 天 台 聖 教 の う ち 、 下 総 龍 角 寺 の 学 僧 ・ 良 達 房 心 慶︵ 3 ︶ が 書 写 し た ﹃ 順 聞 集 ﹄ ﹃ 義 科 私 見 聞 ﹄ ﹃ 止 観 私 見 聞 ﹄ ﹃ 宗 要 集 雑 帖 ム 見 聞 ﹄ な ど の 解 読 を 通 じ て 新 た に 求 め 得 た 要 文 記 事 を 引 用 紹 介 し な が ら 、 そ の 行 状 と 信 仰 の 一 端 を 考 察 し て み た い と 思 う 。 二 、 ﹃ 日 本 大 師 先 徳 名 匠 記 ﹄ に み る 先 徳 常 陸 国 小 野 逢 善 寺 の 定 珍 は 、 室 町 時 代 の 関 東 天 台 を 代 表 す る 学 僧 で 、 生 涯 に 四 十 余 点 の 著 作︵4 ︶ を 残 し て い る が 、 そ れ ら の 中 で 特 に 名 著 の 誉 れ 高 い の が ﹃ 日 本 大 師 先 徳 名 匠 記 ﹄ ︵ ﹃ 続 々 群 書 類 従 ﹄ 巻 12 所 収 ︶ で あ る 。 本 書 は 恵 心 ・ 檀 那 両 流 と そ の 流 一 一 五 駒 澤 大 學 佛 學 部 論 集 第 三 十 四 成 十 五 年 十 月
丹
後
先
徳
寛
印
と
迎
講
高
橋
秀
榮
丹 後 先 徳 寛 印 と 迎 講 ︵ 高 橋 ︶ 一 一 六 派 か ら 枝 わ か れ し た 諸 流 の 天 台 僧 の 血 脈 系 譜 、 相 承 次 第 を 内 容 と す る 書 物 で 、 天 正 八 年 ︵ 一 五 八 〇 ︶ 、 定 珍 四 七 才 の 時 の 労 作 で あ る 。 こ の 書 物 の 中 に ﹁ ・ ・ 先 徳 ﹂ と 尊 称 さ れ た 人 物 が 数 名 散 見 す る 。 ○ 金 輪 院 先 徳 ︵ 安 恵 、 七 九 四 ∼ 八 六 八 ︶ ○ 五 大 院 先 徳 ︵ 安 然 、 八 四 一 ∼ 九 〇 一 ? ︶ ○ 多 武 峯 先 徳 ︵ 増 賀 、 七 一 九 ∼ 一 〇 〇 三 ︶ ○ 檀 那 先 徳 ︵ 覚 運 、 九 五 三 ∼ 一 〇 〇 七 ︶ ○ 静 慮 院 先 徳 ︵ 遍 救 、 ? ∼ 一 〇 三 〇 ︶ ○ 丹 後 先 徳 ︵ 寛 印 、 ? ∼ 一 〇 一 四 ? ︶ ○ 楞 厳 院 先 徳 ・ 前 楞 厳 院 先 徳 ︵ 源 信 、 九 四 二 ∼ 一 〇 一 七 ︶ ○ 禅 定 先 徳 ・ 中 天 先 徳 ・ 都 率 先 徳 ・ 後 楞 厳 院 先 徳 ︵ 覚 超 、 生 没 年 不 詳 ︶ ○ 箕 尾 先 徳 ・ 摂 州 先 徳 ・ 金 龍 寺 先 徳 ︵ 千 観 、 九 一 八 ∼ 九 八 三 ︶ ○ 飯 室 先 徳 ︵ 尋 禅 、 九 四 三 ∼ 九 九 〇 ︶ ○ 前 飯 室 先 徳 ︵ 静 算 、 生 没 年 不 詳 ︶ ○ 後 飯 室 先 徳 ︵ 慈 忍 ・ 慈 妊 、 生 没 年 不 詳 ︶ 複 数 の 先 徳 号 を も つ 人 物 も い れ ば 、 地 名 や 建 物 名 を 同 じ く す る た め に ﹁ 前 の 先 徳 ﹂ ﹁ 後 の 先 徳 ﹂ と 区 別 さ れ て い る 人 物 も い る が 、 あ わ せ て 十 二 名 ほ ど の 先 徳 を 数 え る こ と が で き る 。 ﹁ 丹 後 先 徳 ﹂ と 尊 称 さ れ た 寛 印 は そ の 中 の 一 人 で あ る 。 と こ ろ で 、 日 本 仏 教 史 上 に 名 を 輝 か す 高 僧 た ち は 、 出 家 の み ぎ り に 剃 髪 の 師 匠 か ら 授 け ら れ た 法 名 の ほ か に 、 そ の 後 の 活 躍 ぶ り が 認 め ら れ て 特 別 に 贈 ら れ る 称 号 で 尊 称 さ れ る こ と が 多 い 。 例 え ば 、 僧 正 、 僧 都 、 律 師 、 法 印 、 法 師 、 法 眼 、 已 講 、 内 供 、 阿 闍 梨 、 国 師 、 大 師 、 大 徳 、 禅 師 、 座 主 、 長 者 、 門 主 、 菩 薩 、 上 人 、 聖 人 、 和 尚 、 和 上 な ど の 号 で あ る 。 多 種 多 彩 な こ れ ら の 尊 称 は 、 僧 綱 制 度 の 定 め や 各 宗 派 内 で の 決 め ご と に よ っ て 贈 ら れ た も の で あ る 。 だ が 、 先 徳 の 場 合 は 、 そ れ ら と は 性 格 を 異 に し 、 た だ 単 に ﹁ 先 代 の 高 徳 ﹂ ﹁ 徳 の あ る 先 人 ﹂ ほ ど の 敬 意 を こ め た 呼 称 に す ぎ な い 。 し か し 留 意 す べ き 点 も あ る 。 そ れ は 、 ひ と り 天 台 宗 内 で 呼 称 さ れ た か と み な さ れ る よ う に 、 中 世 天 台 の 聖 教 類 に そ の 用 例 が 比 較 的 多 く 見 出 さ れ る と い う こ と で あ る 。 安 居 院 の 聖 覚 が 澄 憲 の 説 草 遺 稿 を ま と め た ﹃ 言 泉 集 ﹄ に ﹁ 恵 心 先 徳 云 ハ ク ﹂ と み え る し 、 下 総 龍 角 寺 の 学 僧 心 慶 の 書 写 本 に も ﹁ 丹 後 先 徳 ﹂ ﹁ 楞 厳 院 先 徳 ﹂ と み え る し 、 叡 山 の 学 僧 光 宗 の 著 作 ﹃ 渓 嵐 拾 葉 集 ﹄ に も ﹁ 故 先 徳 口 決 云 ﹂ ﹁ 本 朝 先 徳 釈 云 ﹂ ﹁ 恵 心 ノ 先 徳 ノ 御 釈 云 ﹂ ﹁ 彼 五 大 院 ノ 先 徳 ノ 御 釈 分 明 也 ﹂ ﹁ 覚 超 兜 率 先 徳 ﹂ ﹁ 飯 室 先 徳 釈 云 ﹂ な ど と み え て い る 。 定 珍 の 著 作 は 室 町 時 代 に 成 立 し た も の で あ る か ら 、 そ の 時 点 で み る 先 代 は 鎌 倉 時 代 と い う こ と に な る が 、 列 挙 さ れ た 諸 先 徳 の 中 に 、 鎌 倉 時 代 の 高 僧 は 一 人 も 含 ま れ て い な い 。 す べ て 平 安 時 代 に 活 躍 し た 叡 山 の 高 僧 達 で あ る 。
丹 後 先 徳 寛 印 と 迎 講 ︵ 高 橋 ︶ 一 一 七 舜 昌 が ﹃ 述 懐 抄 ﹄ に ﹁ さ れ ば 台 家 に 此 師 を 称 し て 丹 後 の 先 徳 と は 申 侍 る 。 ﹂ と か 、 ﹃ 弁 述 名 体 抄 ﹄ に ﹁ 恵 心 の 先 徳 は 天 台 の 碩 徳 ﹂ と か 記 さ れ て い る 一 文 は 、 先 徳 の 語 義 、 性 質 を 考 察 す る 上 で 重 要 な 要 素 と な ろ う 。 三 、 寛 印 伝 の 基 本 資 料 寛 印 の 行 状 と 信 仰 を さ ぐ る 上 で 不 可 欠 な の は 伝 記 資 料 で あ る が 、 さ い わ い に も 寛 印 に は 、 大 江 匡 房 が 撰 し た ﹃ 続 本 朝 往 生 伝 ﹄ 、 虎 関 師 錬 が 編 ん だ ﹃ 元 亨 釈 書 ﹄ 、 卍 元 師 蛮 が 編 ん だ ﹃ 本 朝 高 僧 伝 ﹄ な ど に そ の 略 伝 が 収 録 さ れ て い る︵ 5 ︶ 。 こ れ ら 三 種 の 伝 記 の 中 で も っ と も 成 立 年 代 が 早 い の が ﹃ 続 本 朝 往 生 伝 ﹄ で 、 平 安 時 代 の 長 治 ∼ 嘉 承 年 間 ︵ 一 一 〇 四 ∼ 〇 七 ︶ 頃 の 成 立 と 伝 え る 。 こ の 中 に 収 め ら れ た 寛 印 伝 は 、 漢 文 体 の 本 文 で あ る が 、 そ の 読 み 下 し 文 が 、 ﹃ 日 本 思 想 大 系 往 生 伝 ・ 法 華 験 記 ﹄ に 収 録 さ れ て い る の で 、 そ れ を 全 文 引 用 し 、 寛 印 の 行 状 と 信 仰 を さ ぐ る 助 け と し た い 。 沙 門 寛 印 は 、 も と 延 暦 寺 楞 厳 院 の 高 才 な り 。 深 く 法 味 を 悟 り 、 旁 ね く 経 論 に 達 す 。 決 択 の 道 に 就 き て 、 誠 に 傍 輩 に 絶 れ た り 。 ︿ 常 に 曰 く 、 一 生 の 間 、 論 義 の 答 、 一 度 に 過 ぎ ず 、 自 余 は 失 に 付 き て 、 反 て 詰 れ り と 云 々 ﹀ 。 源 信 僧 都 、 宋 人 の 朱 仁 聡 に 見 え む が た め 、 学 徒 を 引 き て 、 越 前 国 敦 賀 の 津 に 向 へ り 。 ︿ 私 云 は く 、 昔 時 、 越 前 国 に 宋 人 寄 り 来 り ぬ と 云 々 ﹀ 。 仁 聡 は 一 帳 の 画 像 を 出 し て 曰 く 、 こ れ は 婆 珊 婆 演 底 守 夜 神 な り 。 渡 海 の 恐 れ を 資 け む が た め に 、 我 等 の 帰 す る と こ ろ な り 、 と 。 僧 都 は 心 中 に 、 花 厳 経 の 善 財 童 子 の 讃 歎 偈 を 思 ひ 、 自 ら 筆 も て そ の 像 の 側 に 書 き て 曰 く 、 ﹁ 見 汝 清 浄 身 、 相 好 超 世 間 ﹂ と 。 次 に 寛 印 を 召 し て 曰 く 、 こ の 末 を 書 き 続 ぐ べ し と 。 寛 印 、 書 き て 曰 く 、 ﹁ 如 文 殊 師 利 、 亦 如 宝 山 王 ﹂ と 。 書 き 畢 て 筆 を 閣 き 同 音 に 誦 せ り 。 仁 聡 、 感 じ て 椅 子 を 出 し 、 僧 都 を し て 居 ら し む ︿ 寛 印 も し こ の 文 を 忘 れ な ば 、 あ に 本 朝 の 恥 に あ ら ざ ら む や と お も へ り ﹀ 。 ま た 曰 く 、 国 の 進 物 三 五 を 取 り て 奉 る と 。 ︿ 三 五 と は 、 か の 朝 の 語 に し て 、 こ の 間 に 一 両 と 称 ふ が ご と し 。 こ れ よ り 先 、 僧 都 、 弘 決 の 今 の 文 、 ﹁ 依 此 略 三 五 ﹂ の 字 の 所 に 至 り て 、 古 賢 の 義 、 相 叶 は ず 。 僧 都 義 き て 曰 く 、 一 両 と 謂 は む が ご と し と 。 こ の 詞 ま た 叶 へ り ﹀ 。 後 、 諸 国 を 経 歴 し 、 丹 後 国 に 到 る 。 僧 房 の 側 に 一 の 池 あ り 。 漁 猟 の 輩 は 、 夜 、 池 に 向 ひ て 網 を 結 び 、 日 を 定 め て 池 の 魚 を 取 ら む と す 。 寛 印 制 す と い へ ど も 、 敢 へ て 承 引 せ ず 。 寛 印 歎 息 し 、 夜 々 、 池 に 向 ひ て 錫 杖 を 振 り て 観 念 す 。 後 朝 に 網 を 下 す も 、 敢 え て 一 の 鱗 も な し 。 油 鉢 傾 く と い へ ど も 、 深 く 浮 嚢 を 恐 れ た り 。 一 生 の 間 、 た だ 懺 悔 を 修 し 、 毎 夜 に 必 ず 法 華 経 一 部 を 誦 せ り 。 聖 教 を 披 閲 す る こ と 老 に 至 る ま で 倦 ま ず 。 最 後 の
丹 後 先 徳 寛 印 と 迎 講 ︵ 高 橋 ︶ 一 一 八 臨 終 に 身 心 乱 れ ず 、 手 に 香 炉 を 捧 げ 、 念 仏 懈 ら ず し て 、 西 に 向 ひ て 気 絶 え ぬ 。 ︵ 注 、 引 用 に あ た っ て は 、 若 干 、 句 読 点 を 改 め た 。 ︶ 四 、 臨 終 正 念 の 念 仏 僧 右 の ﹃ 往 生 伝 ﹄ か ら 知 れ る 寛 印 の 顔 は 、 五 つ に 要 約 で き よ う 。 一 つ に は 叡 山 横 川 の 源 信 の 弟 子 で あ っ た こ と 。 二 つ に は 諸 経 典 を 閲 読 し 法 味 に 通 じ て い た こ と 。 三 つ に は 源 信 の お 伴 で 越 前 敦 賀 津 に 赴 き 宋 国 の 商 人 に 高 才 を 誉 め ら れ た こ と 。 四 つ に は 丹 後 の 寺 院 で 魚 類 採 取 を 禁 断 さ せ た こ と 。 五 つ に は 毎 夜 ﹃ 法 華 経 ﹄ を 読 誦 し て い た こ と 、 な ど で あ る 。 大 江 匡 房 は 、 寛 印 の 生 没 年 や 家 系 、 出 家 の 年 次 、 修 行 の 経 歴 な ど に さ し て 関 心 が な か っ た の か 、 具 体 的 な 年 号 を 明 示 し て の 寛 印 の 行 実 を 詮 索 し た り 、 考 証 を 加 え た り な ど は し て い な い 。 ﹃ 続 本 朝 往 生 伝 ﹄ と い う 書 物 は 、 一 期 終 焉 の み ぎ り に 、 心 乱 す こ と な く 、 お だ や か に 阿 弥 陀 仏 の 名 号 を 唱 え て 息 を 引 き と っ た 、 い わ ゆ る 臨 終 目 出 度 き 人 々 の 伝 を 収 録 す る こ と に 主 眼 を 置 い た も の で あ る 。 そ の 意 図 か ら す れ ば 、 誰 が 、 い つ 、 ど こ で 、 何 を し た か 、 と い う よ う な 行 状 の 詮 索 吟 味 は 必 要 で な か っ た の か も し れ な い 。 編 者 の 眼 は 、 ひ と え に 奇 特 な 往 生 者 の 例 証 を 集 め る こ と に 注 が れ て い た と す れ ば 、 寛 印 が こ の ﹃ 往 生 伝 ﹄ に 収 録 さ れ た 意 趣 も 十 分 理 解 で き よ う 。 寛 印 が 、 つ ね の 僧 伝 と は や や 趣 を 異 に す る ﹃ 往 生 伝 ﹄ と 題 す る 伝 記 に 収 載 さ れ た の は 、 ﹁ 最 後 の 臨 終 に 身 心 乱 れ ず 、 手 に 香 炉 を 捧 げ 、 念 仏 懈 ら ず し て 、 西 に 向 ひ て 気 絶 え ぬ ﹂ 奇 特 な 人 、 臨 終 正 念 の 念 仏 僧 で あ っ た か ら で あ る 。 五 、 首 楞 厳 院 の 高 才 最 澄 を 開 祖 と す る 比 叡 山 は 、 平 安 時 代 の 中 ご ろ 、 寺 運 の 衰 え を み た が 、 元 三 大 師 良 源 の 尽 力 に よ っ て 中 興 の 気 運 が 盛 り 上 が り 、 三 塔 の 諸 堂 の 整 備 に あ わ せ て 、 天 台 法 門 の 研 究 も 盛 ん に な っ た 。 日 蓮 が 一 二 七 一 年 に 認 め た ﹁ 四 条 金 吾 殿 御 返 事 ﹂ に 、 ﹁ 第 十 八 代 の 座 主 は 慈 慧 大 師 な り 。 御 弟 子 数 多 あ り 。 其 の 中 に 檀 那 ・ 恵 心 ・ 増 賀 ・ 禅 愉 等 と 申 し て 四 人 ま し ま す 。 ﹂ と 明 記 し て い る よ う に 、 慈 慧 大 師 良 源 の 門 下 に は 、 恵 心 僧 都 源 信 、 檀 那 僧 正 覚 運 を は じ め と す る 龍 象 が 輩 出 し た 。 数 多 く の 諸 弟 子 の 中 で 、 も っ と も 著 名 な 高 僧 は ﹃ 往 生 要 集 ﹄ ﹃ 菩 提 心 要 文 ﹄ な ど の 名 著 を 生 み 出 し た 源 信 で 、 一 代 の 碩 学 と し て 天 台 教 学 史 上 に そ の 名 が 輝 い て い る 。 さ ら に 源 信 の 門 下 に も 錚 々 た る 学 徒 が 集 ま っ た 。 好 学 の 情 熱 に 燃 え た 学 徒 た ち は 、 檀 那 僧 正 や 恵 心 僧 都 ら の 徳 行 を 欽 仰 し つ つ 、 諸 経 典 の 学 習 に 励 み 、 ま た 一 心 三 観 の 修 行 に 取 り 組 ん だ に 違 い な い 。 ﹃ 続 本 朝 往 生 伝 ﹄ の 編 者 が ﹁ 寛 印 伝 ﹂ の 冒 頭 に ﹁ 延 暦 寺 楞 厳 院 之 高 才 ﹂ と 筆 を 染 め た の は 、 寛 印 が 源 信 の 数 多 い 門 弟 の 中 で も と
丹 後 先 徳 寛 印 と 迎 講 ︵ 高 橋 ︶ 一 一 九 り わ け 知 性 あ ふ れ た 人 物 と 一 目 置 か れ 、 ま た 評 価 さ れ て い た か ら で あ ろ う 。 六 、 敦 賀 津 で 宋 人 と 遇 う ﹃ 続 本 朝 往 生 伝 ﹄ に は 、 寛 印 が 源 信 の お 伴 で 越 前 国 敦 賀 津 に 赴 き 、 宋 国 の 商 人 朱 仁 聡 と 出 会 っ た こ と 、 さ ら に 朱 仁 聡 か ら 一 幅 の 画 像 を 見 せ ら れ 、 寛 印 が 学 才 に す ぐ れ て い る と こ ろ を 示 し た こ と な ど が 記 さ れ て い る 。 そ の こ ろ 、 敦 賀 津 は 宋 船 来 航 の 指 定 港 で も あ っ た 。 朱 仁 聡 の 質 問 に 対 し て 、 源 信 と 寛 印 の 師 弟 は ﹃ 華 厳 経 ﹄ の 善 財 童 子 の 讃 歎 偈 を 二 句 ず つ 書 き 継 ぎ 、 と も ど も に 誉 れ を 高 く し た 、 と い う 逸 話 で あ る 。 こ れ は 若 き 日 の 寛 印 に と っ て は 、 生 涯 忘 れ る こ と の で き な い も の で あ っ た は ず で あ る 。 多 賀 宗 隼 氏 は 、 両 師 が 敦 賀 津 で 朱 仁 聡 と 出 会 っ た 年 次 を 長 徳 元 年 ︵ 九 九 五 ︶ 九 月 の こ と と す る 。 こ の 出 来 事 は 、 生 没 年 す ら 定 か で な い 寛 印 の 行 状 に 大 き な 彩 り を 添 え て い る 。 も し か す る と 、 こ の 逸 話 が 機 縁 と な っ て ﹃ 続 本 朝 往 生 伝 ﹄ の 寛 印 伝 が 編 ま れ た か も し れ な い 。 こ の 逸 話 は 鎌 倉 時 代 、 さ ら に は 江 戸 時 代 に も 語 り つ が れ て い っ た ら し い 。 心 慶 が 書 写 し た ﹃ 順 聞 集 ﹄ や 虎 関 師 錬 が 編 ん だ ﹃ 元 亨 釈 書 ﹄ 、 さ ら に は 卍 元 師 蛮 が 編 ん だ ﹃ 本 朝 高 僧 伝 ﹄ に も 収 め ら れ て い る の は そ の 証 左 で あ る 。 ﹃ 順 聞 集 ﹄ に み る 記 述 が ﹃ 元 亨 釈 書 ﹄ よ り い く ぶ ん か 詳 し い の は 、 ﹃ 続 本 朝 往 生 伝 ﹄ を 踏 ま え た か ら で あ ろ う 。 そ れ に は 次 の よ う に 記 さ れ て い る 。 恵 心 御 房 、 寛 印 供 奉 ト 共 ニ 越 後 国 ヘ 修 行 シ 給 ケ ル 時 キ 、 絃 賀 ノ 船 頭 ノ 之 許 ヘ ヲ ハ シ タ リ ケ ル ニ 、 船 頭 ニ 童 ノ 形 シ タ ル 者 ヲ 取 リ 出 シ テ 、 是 ヲ ナ ニ ト カ ︵ マ ヽ ︶ 御 覧 ス ル ト 申 ケ レ ハ 、 恵 心 染 テ 筆 ヲ 、 紙 ニ 文 ヲ 書 キ 給 ケ ル ニ 、 ﹁ 見 汝 清 浄 身 、 相 妨 超 世 間 ﹂ マ テ ヲ 書 テ 、 此 次 キ ハ ナ ニ ト ア リ シ ソ ラ ト テ 、 筆 ト 紙 ト ヲ 寛 印 ニ 投 ナ ケ 預 ケ 給 ケ レ ハ 、 寛 印 取 テ 之 、 ﹁ 如 文 殊 師 利 、 亦 如 宝 山 王 ﹂ ト 書 キ 続 カ レ タ リ 、 今 ノ 文 ハ 花 厳 経 ニ 所 得 善 財 ノ 知 識 中 ノ 婆 珊 サ ン 婆 演 底 テ 至 夜 神 ヲ 善 財 ノ 讃 メ タ ル 文 也 。 先 ツ 出 タ シ 此 文 ヲ 給 ハ 、 彼 ノ 童 ノ 形 ナ ル 物 ハ 婆 珊 婆 演 底 至 夜 神 ソ ト 被 ル ル 仰 セ 意 也 。 婆 珊 婆 演 底 至 夜 神 ハ 除 ク 海 上 ノ 報 ヲ 神 ミ 也 。 爰 ニ 船 頭 感 ノ 余 リ ニ 平︵呼 ︶ 妻 ヲ 、 三 五 ノ 物 ノ マ イ ラ セ ヨ ト 云 ヒ ケ リ 。 恵 心 思 食 ケ ル ハ 略 三 五 字 文 ヲ 、 料 簡 極 メ テ 不 審 ナ ル ニ 、 船 頭 カ 云 ハ ン 語 ニ テ 料 簡 シ テ 見 ト テ 、 末 進 前 キ ニ 三 物 ト ハ ナ ニ 心 ソ ト 問 ヒ 給 ケ レ ハ 、 一 両 ノ 物 ト 申 事 ニ テ 候 也 ト テ 、 唐 器 物 □︵ヲ ︶ 取 出 シ テ マ イ ラ セ タ リ 、 サ リ ケ ル 時 キ 、 恵 心 、 略 三 五 字 ト 云 ハ 、 略 ス □ 一 両 字 ヲ 料 簡 シ テ 御 覧 シ ケ ル モ 、 義 相 叶 ケ リ 云 々 。 ム 云 、 越 州 ノ 案 内 者 云 、 彼 船 頭 ヲ ハ シ ウ エ イ 船 頭 ト 申 也 云 々 。 宝 地 房 私 記 云 、 略 三 五 字 者 、 問 文 略 ス 多 ノ 字 ヲ 、 何 只 三 五 ナ ラ ン 。 答 。 恵 心 云 、 三 五 只
丹 後 先 徳 寛 印 と 迎 講 ︵ 高 橋 ︶ 一 二 〇 是 惣 略 之 言 、 如 云 カ 一 両 等 、 非 第 三 第 五 、 非 十 五 字 ニ 、 如 祇 園 図 、 挙 若 干 ノ 院 ヲ 竟 テ 結 云 、 随 所 見 聞 略 出 、 三 五 下 文 云 、 三 五 里 、 聞 十 疑 及 群 疑 論 等 亦 有 此 語 。 続 日 本 往 生 伝 云 、 唐 人 云 、 三 五 ハ 如 此 方 ノ 一 両 ノ 、 恵 心 ノ 義 往 ヤ 符 之 ニ 云 々 。 七 、 ﹃ 元 亨 釈 書 ﹄ の 寛 印 伝 京 都 東 福 寺 の 禅 僧 ・ 虎 関 師 錬 が 編 述 し た ﹃ 元 亨 釈 書 ﹄ に も 寛 印 の 略 伝 が 紹 介 さ れ て い る 。 ﹃ 元 亨 釈 書 ﹄ は 、 禅 僧 の 目 で 捉 え た 中 世 の 僧 伝 で あ る が 、 当 時 に お い て は 、 日 本 の 仏 教 史 を 俯 瞰 し た 充 実 し た 内 容 の 書 物 と し て 、 高 く 評 価 さ れ た も の で あ る 。 そ の 巻 五 に 収 め ら れ て い る 寛 印 の 記 事 は 次 の よ う な も の で あ る 。 釈 の 寛 印 。 楞 厳 院 の 源 信 に 事 え て 、 学 業 早 く 成 る 。 時 に 宋 人 の 朱 仁 聡 、 越 の 敦 賀 津 に 在 り 。 信 、 聡 に 見 え ん と 欲 い 、 印 を 拉 れ て 往 く 。 仁 聡 、 出 で て 之 に 接 す 。 壁 間 に 画 像 あ り 。 聡 、 指 し て 曰 く 、 是 は 婆 珊 婆 演 帝 守 夜 神 な り 。 渡 海 の 厄 に 資 け ん た め に 帰 す る 所 な り 。 師 、 此 の 神 を 知 る や 。 信 、 華 厳 経 の 中 の 善 財 讃 歎 偈 を 憶 て 、 筆 を 以 て 像 の 上 に 題 し て 曰 く 、 見 女 清 浄 身 、 相 好 超 世 間 と 。 印 を 呼 ん で 曰 く 、 子 、 次 の 句 を 書 け と 。 印 、 筆 を 把 て 写 し て 曰 く 、 如 文 殊 師 利 、 亦 如 宝 山 王 と 。 仁 聡 、 之 を 見 て 感 磋 し て 曰 く 、 大 蔵 は 皆 な 二 師 の 腸 胃 な り と 。 乃 ち 二 椅 を 設 け て 之 に 延 ぶ 。 印 、 後 に 頭 陀 の 法 を 行 じ 、 丹 州 に 至 る 。 寺 院 の 側 に 大 池 あ り 。 里 民 、 網 を 結 び 日 を 尅 て 之 を 捕 う 。 印 、 之 を 禁 じ て 可 さ ず 。 印 、 夜 に 池 の 畔 に 到 り 、 錫 を 振 い 持 念 し て 去 る 。 翌 朝 、 網 を 下 す も 一 鱗 も 得 ず 。 印 、 毎 夜 に 法 華 を 誦 む 。 臨 終 の 時 、 手 に 香 炉 を 執 り 、 西 に 向 ひ て 弥 陀 を 念 じ 寂 す 。 虎 関 師 錬 は ﹃ 続 本 朝 往 生 伝 ﹄ の 記 事 を 踏 ま え て こ の 寛 印 伝 を ま と め た ら し く 、 そ の 内 容 は 近 似 し て い る 。 同 様 の こ と は 、 江 戸 時 代 の ﹃ 本 朝 高 僧 伝 ﹄ に も 顕 著 で あ る 。 卍 元 師 蛮 は 先 行 す る 二 書 を よ り ど こ ろ に し て い た だ け に 、 そ の 色 彩 は さ ら に 濃 い 。 三 伝 と も 、 敦 賀 津 に お け る 逸 話 を 主 題 に し て お り 、 た め に 似 た よ う な 寛 印 伝 に 仕 上 が っ て い る の は 否 め な い 。 し か し 、 二 人 の 禅 僧 が 執 筆 し た 寛 印 伝 に は 、 注 目 す べ き 一 面 も あ る 。 そ れ は 、 寛 印 の 事 跡 を 書 き 終 え た 文 末 に ﹁ 賛 ﹂ を 書 き 添 え て い る こ と で あ る 。 賛 と は 一 種 の 寸 評 で あ る が 、 禅 僧 の 史 家 が 天 台 僧 の 行 状 に ど ん な 所 感 を 懐 い て い た か 、 そ の 見 識 の 一 端 が 窺 え る だ け に 興 味 深 い︵6 ︶ 。 ち な み に 虎 関 師 錬 の ﹁ 賛 ﹂ は 次 の よ う な 内 容 で あ る 。 賛 し て 曰 く 、 信 ・ 印 の 二 師 は 、 侮 を 禦 さ ぐ 才 に 与 れ り 、 彼 の 仁 聡 、 信 の 徳 義 を 嚮 ぶ と 雖 も 、 夜 神 を 指 し て 言 を 為 す な り 。 異 域 の 人 、 亦 た 此 の 方 の 学 徒 を 嘗 め る な り 。 二