Komazawa University
『
正
法
眼
蔵
抄
』研
究
ノ
ー
ト
ニ
(
伊
藤
秀
憲
Kom 三1z三1w三1 Umversrty 本 稿 は 『 曹洞
宗 研 究 員 研 究 生 研 究 紀 要 』第
一 一 号 〔 昭 和 五 四 年 八 月 ) に 発 表 し た 「 『 正 法 眼 蔵 抄 』 研 究 ノ ー ト の 」 を 承 け る も の で あ る 。 そ こ で も 述 べ た よ う に 、 こ れ は 、 筆 者 の 『 正 法 眼 蔵 抄 』 ( 以 下 『 御 抄 』 と 略 す ) の 研 究 過 程 に お け る覚
え 書 き で あ り、 筆 者 の 疑 問 を 提 示 す る こ と に よ り 、 諸 先 学 に ご 教 示 を 仰 こ う と す る も の で あ る 。 な お 参 考 ま で に 、前
掲 拙 稿 の 項 目 を 記 せ ぽ 次 の よ う で あ る 。 一 『 御 抄 』 中 の 上 堂 語 二 『 聞 丑 口 』 の 舌 ヱ複
三 東 福 円 爾 と 蘭 渓 道隆
の 坐 禅 前 掲 拙 稿 ( 八 頁 ) に お い て 、 『 諸 悪 莫 作 聞 書 』 中 に あ る 大 慈 等 の 示 衆 と 道 元 禅 師 の 著 語 は 、 『 永 平 広 録 』 に 出 典 を 求 め る こ と が で ぎ る と 指 摘 し た が、 既 に 鏡 島 元 隆 博 士 に よ り 、 『 永 平 広 録 』 の 方 か ら 指 摘 が な さ れ て い た ( 「 永 平 広 録 と 略 録 」、 『 駒 沢 大 学 研 究 紀 要 』 第 一 五 号 昭 和 三 二 年 三 月、 六 二 〜 六 一 二 頁 ) 。 ( 『 正 法 眼 蔵 』 『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 は 大 久 保 道 舟 編 『 道 元 禅 師 全 集 』 駒 澤 大 學 佛 教 學 部 論 集 第 十 號 昭 和 五 十 四 年 十 一 月 上 ・ 下 に 、 『 正 法 眼 蔵 抄 』 は 『 曹 洞 宗 全 書 』 註 解 一 ・ 二 に 拠 る ) 四談
義
と談
義 座 『 御抄
』 を 扱 う 時 、 常 に そ の 成 立 過 程 が 問 題 と さ れ る 。 『 聞 書 』 及 び 『 抄 』 の 成 立 過 程 を 明 ら か に す る と い う こ と は 、 『御
抄 』 の 思 想 的 解 明 を 目 指 す 筆 者 に と っ て 、 非 常 に 重 要 な 問題
で あ る 。 『 御 抄 』 の 成 立 に 関 し て 、 鏡島
元 隆 博 士 は 「 大 久 保 氏 は 『 聞 書 』 は 懐 弉 の 『 止法
眼 蔵 』 提 唱 の 記 録 と さ れ 、 永 久 氏 は 詮 慧 の 『 正 法 眼 蔵 』 の 提 唱 の 記 録 と さ れ る が 、 『 聞書
』 は 何 び と の提
唱 記 録 で も な く 、 詮 慧 の 『 正 法 眼 蔵 』 註 釈 で あ る 。 た だ 、 単 な る 註 釈 書 と 異 な る の は 、 詮 慧 が 直 接 、 道 元 禅師
の ヤ ヘ へ 『 正 法 眼 蔵 』提
唱 を 聞 い て 、 そ の 会 得 し た 宗意
の 立 場 か ら 施 し た 註 釈 書 で あ る こ と で あ る 。 」 ( 「 「 正 法 眼 蔵 抄 」 の 成 立 の 問 題 L、 『 宗 学 研 究 』 第 一 七 号 昭 和 五 〇 年 三 月、 三 頁 ) と述
べ ら れ て い 一 九 七『 正 法 眼 蔵 抄 』 研 究 ノ ー ト ⇔ ( 伊 藤 ) る 。
博
士 は 、 『 聞 書 』 と い う 言 葉 は 、 日 本 天 台 の 教 学 的 背 景 を も っ た 言 葉 で あ り 、 「 『 聞書
』 と い う意
味 は 、師
説 の 口述
筆 記 で あ る 意 味 と と も に 、 師 説 を 承 け た註
釈 書 と い う 意 味 に 理 解 さ れ る 」 ( 前 掲 論 文 三 頁 ) と し て 、 詮慧
が、 道 元 禅 師 の提
唱 を 聞 い て 、 そ れ に 基 づ い て 註 釈 し た も の で あ る と の 理 由 と さ れ る 。 筆 者 は 、 他 の 面 か ら 、 詮 慧 が 道 元 禅 師 の 提 唱 を 聞 い て い た こ と を裏
付 け 、 更 に 『 聞 書 』 及 び 『 抄 』 と い う 註 釈書
が、 ど の よ う に 成 立 し た か を 考 察 し て み た い と 思 う 。 他 の 面 と は 、 「 談 義 」 と 「 談 義 座 」 と い う 語 を 通 し て と い う こ と で あ る 。 『 発 菩提
心 聞 書 』 に 、 「 談 義 座 」 な る 語 が、 次 の よ う に 用 い ら れ て い る 。 大 証 国 師 日、 牆 壁 瓦 礫 、 是 古 仏 心 、 い ま の 牆 壁 瓦 礫 、 い つ れ の と こ ろ に か あ る と 参 詳 看 あ る べ し 。 是 什 麼 物 恁 麼 現 成 と 問 取 す べ し 。 ( 発 無 上 心 上 ・ 五 二 五 頁 ) 一 二 界 唯 マ 心 、 心 外 盛 触 別 法 ト 云 ヘ ハ 、 先 冖 法 ヲ ア ケ テ 、 牆 ト モ 壁 ト モ 、 瓦 ト モ 礫 ト モ 云 ト 心 得 ル ハ 、 当 ラ サ ル ヘ シ 、 古 仏 心 一 一 ヲ イ テ → 法 ナ シ 、 只 牆 壁 瓦 礫 コ レ ナ リ 、 是 什 麼 物 恁 麼 ヲ 、 古 仏 心 ト 云 也、 タ ト ヘ ハ 牆 壁 瓦 礫} ハ ロ ニ ナ ル ヘ シ、 口 ニ ト 云 事 、 談 義 座 ニ テ キ カ サ ラ ム 人 」 定 僻 見 ア リ ヌ ヘ シ 、 人 面 二 口 ニ ア ラ ム 事 甚 不 7 可 レ 然、 占 仏 心 ヲ 牆 壁 瓦 礫 ト イ ヒ 、 牆 壁 瓦 礫 ヲ 古 仏 心 ト 思 ハ ム 事 ヲ 深 誡 ム ル ユ ヘ ニ 、 口 ニ ト 云 詞 ハ イ テ ク ル 也、 牆 壁 瓦 礫 ト 云 テ ハ 、 古 仏 心 バ カ ク レ 、 古 仏 心 ト 云 ナ ラ ハ 、 牆 壁 瓦 礫 バ カ ク ル ヘ キ ナ リ、 古 仏 心 ナ ラ ヌ 大 地 虚 空 草 木 ア 一 九 八 ル マ シ ケ レ ハ 、 中 中 牆 ソ 壁 ソ ナ ム ト 、 一 ツ ツ ヲ 古 仏 心 ト ア ラ ム 事屮 ハ 、 ア シ カ リ ヌ ヘ シ、 牆 壁 瓦 礫 ト 四 文 宀 子 ツ ツ キ タ ラ ム 、 ス コ シ モ 可 レ 違 ニ ア ラ ス、 口 ニ ト ア レ ハ ト テ 、 一 二 対 シ タ ル ニ ニ ア ラ ス 、 仏 法 員 ニ カ カ ワ ラ サ ル ユ ヘ ニ 、 ( 発 菩 提 心 聞 書 二 ・ 四 二 三 頁 上 〜 下 ) 『 正法
眼 蔵 』 の 本文
中 に は な い が 、 『 聞書
』 に お い て 突 然 「 口 二 」 と い う こ と が 言 わ れ る 。 そ こ で は 、 牆 壁 瓦 礫 と 古 仏 心 と が 異 な る も の で は な い こ と を 説 か ん が た め に こ の 語 は 用 い ら れ て い る の で あ る が 、 『 聞 書 』 は 、 「 冂 ニ ト 云 事、 談 義 座 ニ テ キ カ サ ラ ム 人 一 定 僻 見 ア リ ヌ ヘ シ 」 、 即 ち 「、 口 二 と い う 事 を、 談 義 座 に お い て聴
い て い な い で あ ろ う 人 は 、 必 ず か た よ っ た 見 方 を 持 つ に ち が い な い 」 と い う の で あ る 。 「 口 二 」 と 言 え ぱ 、 人 の 面 に 口 が 二 つ あ る よ う に 考 え る が そ う で は な い と 述 べ て い る 。 そ こ に は 、 談 義 座 に お い て 聴 い て い な い 者 に は、 今 こ こ で 述 べ る よ う な 解 釈 は、 と て も で き な い で あ ろ う 、 と い う 意 味 が 含 ま れ て い る と 言 え よ う 。 で は 、 「 談 義 座 」 と は 何 で あ ろ う か 。 『御
抄 』 に ば 、 経豪
の 奥 書 中 に も う 一 個 所 、 「 談 義 」 な る 語 が 用 い ら れ て い る 。 延 慶 元 年 械 十 二 月 尾 廿 二 日 抄 皐 、 此 抄 物 者 始 自 去 乾 元 二 年 孵 四 月 十 五 日 首 尾 六 ケ 年 之 間 終 功 畢、 此 談 義 聊 依 有 所 存 或 點 【 夏 九 旬、 或 占 毎 月 七 日、 } 部 七 卜 五 帖 談 終 了 、 愚 昧 了 見 之 一 筋 粗 注 置 之 者 也 、 後 学 莫 勿 嘱 傍 書 載 本 願 御 聞 書 詞 所 仰 証 明 也 、 合 點 則 是 也、 ( 下 略 ) ( 二 ・ 五 六 八 頁 上 )Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 先 ず 、 『 御 抄 』 中 の 「 談 義 」 或 は 「 談 義 座 」 と い う 語 の
意
味 を 明 ら か に す る た め に 、 当 時 の 文 献 で は 、 ど の よ う な 意 味 に 使 用 さ れ て い る か 、 見 て み る こ と に し た い 。 『御
抄 』 よ り 三〇
年 程 後 の 成 立 に な る が 、 兼 好 ( 一 二 八 三 〜 一 三 五 〇 ) の 『徒
然 草 』 ( 一 三 三 〇 〜 = 三 一 = ) で は 、 「 談 義 の 座 」 と い う 語 が 、次
の よ う に 用 い ら れ て い る 。 真 乗 院 に 盛 親 僧 都 と て、 や ん ご と な き 智 者 あ り け り 。 い も が し ら と い ふ 物 を 好 み て、 多 く 食 ひ け り 。 談 義 の 座 に て も、 大 ぎ な る 鉢 に う つ だ か く 盛 り て、 膝 元 に 置 き つ x 、 食 ひ な が ら 文 を も 読 み け り 。 ( 西 尾 実 校 注 『 方 丈 記 ・ 徒 然 草 』 、 『 日 本 古 典 文 学 大 系 』 三 〇 岩 波 書 店 昭 和 三 二 年 六 月 、 一 三 九 頁 ) 『 日 本 古 典 文 学 大 系 』 本 の 冠註
に 拠 れ ば、 こ の 場 合 の 「 談義
」 は 「 仏 典 の 講 義 」 の 意 味 で あ る と し て い る 。 そ う で あ る な ら ば 、 「 談 義 の 座 」 即 ち 「 談 義 座 匚 は 、 「仏
典 を 講 義 す る 所 」 の 意 味 と な る 。 更 に こ の 『 徒 然 草 』 よ り も 以前
で 、 「 二 九 七年
よ り も 後 の 成 立 で あ る 『 一 言 芳 談 』 で は 、次
の よ う に 使 わ れ て い る 。 同 上 入 云 、 「 聖 光 上 人 は 、 談 義 の 最 中 〔 に も 〕 、 日 中 〔 の 〕 時 き た れ る 時 は 、 一 文 一 句 を も 禰 し さ し て、 や が て 阿 弥 陀 経 を は じ め 、 礼 讃 念 仏 を 行 じ ま しく
き 。 同 聞 の 聴 衆 も 心 な ら ず 各 別 に 礼 讃 を し き、 云 々 」 。 宮 坂 宥 勝 校 注 『 仮 名 法 語 集 』 、 『 日 本 古 典 文 学 大 系 』 八 三 岩 波 書 店 昭 和 三 九 年 八 月 、 二 一 二 頁 ) 同 じ く 冠 註 に 拠 れ ば 、 「 談 義 」 と は 「 説 教 ・ 説 法 」 の 意 味 『 正 法 眼 蔵 抄 』 研 究 ノ ー ト @ ( 伊 藤 ) で あ る と い う 。 今 は 宗 外 の 資料
に 拠 っ た が、 当 時 、 宗 内 で 他 に 用 い ら れ た 例 は な い か と 見 て み る と 、 『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 ( 巻 「 ) に 、 爰 ニ ア ル 在 家 人、 長 病 ア リ 。 去 年 ノ 春 ノ ヒ 、 相 契 テ 云 ク 、 当 時 ノ 病 療 治 シ テ 、 妻 壬 ヲ 捨 テ、 寺 ノ 辺 二 庵 室 ヲ 構 ヘ テ、 一 月 両 度 ノ 布 薩 二 逢、 日 日 ノ 行 道、 法 門 談 義 ヲ 見 聞 シ テ、 随 分 二 戒 行 ヲ 守 リ テ 生 涯 ヲ 送 ラ ソ ト 云 シ ニ 、 ( 下 略 ) ( 下 ・ 四 二 二 頁 ) と あ る 。 『 日本
古 典 文 学 大 系 』 八 一 ( 岩 波 書 店 昭 和 四 〇 年 一 二 月、 一. = コ, . 頁 ) の 冠註
で は 、 「 法 門 談 義 」 を 「 仏 法 の 説 教 」 と し て お り 、 水 野 弥 穂 子 氏 は、 「 教 え の お 話 」 ( 『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 筑 摩 叢 書 五 昭 和 三 八 年 五 月、 一 七 頁 ) と も 訳 し て い る 。 以 上 の 用 例 と そ の 訳 註 か ら 、 「 談義
」 に は、 仏 典 等 を 「 講 義 」 す る と い う 意 味 と 、 「 説教
」 や 「 説 法 」 を す る と い う 意 味 が あ る こ と を 知 る こ と が で き た 。 『 望 月仏
教 大 辞 典 』 ( 巻 } 〇 六 二 四 頁 ) に は 、 「 談 義 」 と い う 語 は 平 安 末 期 か ら 見 ら れ 、 「 論 義 」 の こ と で あ る と い う 。 論 義 と 談 義 の 違 い は 、 「 論 義 は 短 期 即 ち 一 座 蛍− 位 の 場 合 を 指 し 、談
義
は 長 期 に わ た る こ と、 即 ち 論 義 を 継 続 的 に 執 行 し た 場 合 の 称 呼 で あ る 」 と さ れ る 。 更 に 「 談 義 が 寺 院 内 で 弟 子、 所 化 に 対 す る 講 義 の 意 味 に 用 い ら れ て い る 例 」 も あ る と い う 。 そ れ が 、 「室
町 時 代 に は 談 義 は 、 講 義 と 説 法 の 二 様 の 意 を有
」 す る よ う に な っ た と い う こ と で あ る 。 前 に 見 た よ う に 、 の 『徒
然 草 』 中 の 「 談 義 」 一 九 九『 正 法 眼 蔵 抄 』 研 究 ノ ー ト ロ ( 伊 藤 ) の 用 例 は 「 講 義 」 の 意 味 で あ り 、 の 『 一 言 芳 談 』 、 の 『 正
法
眼 蔵 随 聞 記 』 の 場 合 は 「説
教
・ 説 法 」 の 意 味 で あ っ た 。 『 徒 然 草 』 も 『 一 言 芳 談 』 も鎌
倉
時 代 の 著述
で あ り 、 ま た 『 正 法 眼 蔵随
聞 記 』 も、 鎌 倉 末 期 か ら 南 北朝
中 期 の 問 に 成 立 し た と す る説
も あ る が 、 懐 弉禅
師 の 聞 書 を も と に編
集 さ れ た も の で あ る か ら、 鎌 倉 時 代 と考
え ら れ る 。 『 望 月 仏 教 大 辞 典 』 が 言 う 室 町時
代
と は、 大 よ そ の 時 代 を 言 う の で あ ろ う か ら 、 室 町 時 代 以前
、 即 ち 鎌 倉 時 代後
半 に は、 こ の よ う な 二 種 の 意 味 を 有 し て い た と 考 え て よ い で あ ろ う 。 以 上 は、 当 時 の 宗 内 外 の 文 献 に 見 ら れ る 「 談 義 「 の 用 例 と そ の 意 味 に つ い て 見 て き た の で あ る が、 で は 、 『 聞 書 』 に 用 い ら れ て い る 「 談 義 座 」 の 「 談 義 」 は 、 ど の よ う な 意 味 で あ ろ う か 。 の 『 聞 書 』 で は 、 「 口 ニ ト 云 事 、 談 義 座一 = ア キ カ サ ラ ム 人 一 定 僻 見 ア リ ヌ ヘ シ 」 と 述 べ て い る が 、 「 口 二 」 と い う こ と は 、 発 無 上 心 の 巻 の 大 証 国 師 の 語 を 解 釈 す る に あ た っ て 、 誰 か が 述 べ た こ と ば と み る こ と が で き る か ら 、 「談
義 」 は 説 教 ・ 説 法 の 意味
で は な く 、 「 講 義 」 の 意 味 に 取 り 、 「 止 法 眼蔵
の講
義 ( 提 唱 ) を き か な か っ た も の は … … 」 と 解 す べ き で あ ろ う 。 こ の こ と は 、 『 聞 書 』 の著
者 詮 慧 は、 以 前 に 、 「 談 義 座 」 に お い て 、 『 正 法 眼 蔵 』 の提
唱 を 聴 い た こ と を 意 味 し て い る 。 そ れ は ま た、 看 経 の巻
の 『 聞 書 』 か ら も 推 測 で き よ 二 〇 〇 う 。 そ こ で は 次 の よ う に述
べ て い る 。 五 蘊 五 陰 ト 云 力 ヘ タ ル ハ 、 ロ ハ 同 事 也 、 舊 訳 新 訳 ノ 相 違 ナ リ 、 ( 一 ・ 六 三 一 頁 下 ) 「 五 蘊 五 陰 ト 云 力 ヘ タ ル ハ 」 と あ る が 、 『 正 法眼
蔵 』 本 文 に は、 五 蘊 と あ っ て 五 陰 の 語 は な い 。 こ の こ と は 、 「談
義 座 」 に お い て 、 提 唱 者 が 、 五 蘊 を 五 陰 と 言 い 換 え た の を聴
い て 記 録 し た の で あ ろ う 。 で は 、 そ の 「談
義 座 」 と は ど の よ う な も の で あ っ た で あ ろ う か 。 帥 家 が 学 人 に 講 義 す る と い っ た 、 今 日 で 言 う提
唱 の よ う な 、 一 方 通 行 の も の で は な か っ た の で は な か ろ う か 。 木 来 の 「 論 義 」 と い う 意 味 も 、 「 談義
」 と い う 語 の中
に は 含 ま れ て い た と 思 わ れ る 。 『 諸悪
莫
作
聞 書 』 に 、 自 浄 其 意 ト 云 ハ 、 莫 作 ノ 自 他 、 … … カ ル カ ユ ヘ ニ 是 諸 仏 教 ト 云 也、 此 御 詞 二 付 テ 、 不 審 カ タ カ タ ア リ、 ( 一 ・ 六 八 二 頁 下 ) と あ っ て 、 次 に 問 と答
が 二 度 繰 り 返 さ れ て い る こ と は、 談 義 が 単 な る 提 唱 で は な く、 論 義 を 通 し て の 参 究 で あ っ た と 言 え ( − ) る の で は な か ろ う か 。 こ う し た 問 答 は 、 『 聞書
』 中 に 多 く 見 ら れ る が 、 こ れ は 問 答 そ の も の の 筆 録 で は な い に し て も 、 当 時 そ こ に 挙 げ ら れ て い る よ う な 点 が 問 題 と さ れ 、 論 義 が 行 な わ れ た と 考 え る べ き で あ ろ う 。 次 に、 講 義 ( 提 唱 ) を 行 っ た の は だ れ で あ っ た の か が 問 題 と な る 。 詮 慧 が 「 口 ニ ト 云 事、談
義 座 一 一 テ キ カ サ ラ ム 人 一 定Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 僻 見 ア リ ヌ ヘ シ 」 と 言 っ て い る と こ ろ に は 、 詮 慧 自 身 も こ の よ う な 解 釈 は 大 き な 驚 き で あ つ た で あ ろ う こ と と、 そ の 解 釈 へ の 絶 対 の 信
頼
を う か が わ せ る も の が あ る 。 詮 慧 が 『 正 法 眼 蔵 』 解 釈 に 、 こ の よ う な 信 頼 を 置 き う る 人 は 、 道 元 禅 師 を お い て 他 に は な い で あ ろ う 。 し か し 、 道 元 禅 師 の 提 唱 を 詮 慧 が 聴 い て い た か ら と い っ て も 、 『 聞書
』 は提
唱 そ の も の の筆
録 ( 2 ) で は な い こ と は 明 ら か で あ る 。禅
師 の提
唱 を メ モ し た も の を も と に 、 詮 慧 が 註 釈 し た も の と考
え る べ き で あ ろ う 。 そ の 意 味 で は 、 『 聞 書 』 は 詮 慧 の 註 釈 書 で あ る 。 で は、 そ の 成 立 は い つ 頃 で あ ろ う か 。 例 え ぽ 、 仁 治 二 年 ( 一 二 四 一 ) に 興 聖 寺 で 示 衆 さ れ た 古 鏡 の 巻 の 、 そ の 『 聞 圭 日 』 に は 、 「 永 平寺
和 尚 」 ( 一 ・ 四 三 四 頁 上 ) の語
が 見 え る こ と か ら 、 示 衆 は 興 聖 寺 で 行 な わ れ、 そ の メ モ も あ っ た で あ ろ う が 、 『 聞 書 』 と し て ま と め ら れ た の は 、 興 聖 寺 時 代 で は な く 、 そ れ よ り も後
と な る 。 更 に 同 じ 『 古 鏡 聞 書 』 に は 、 「 先 師 」 ( 一 ・ 四 三 三 頁 上 ) の 語 も 見 え る か ら 、 成 立 は 更 に 後 と な り、 道 元 禅 師 示 寂後
と い う こ と が で き る 。 鏡 島 博 士 の 説 の 如 く 、 『 諸 悪 莫 作 聞 書 』 が 記 録 さ れ た 弘 長 三 年 ( 一 二 六 三 ) 、 す な わ ち 道 元 禅 師 示 寂 後 十 数 年 を 前後
す る 数 ケ 年 の 問 ( 前 掲 論 文 四 頁 ) に 成 立 し た と す る の が 妥 当 で あ ろ う 。 次 に 、ω
の 経 豪 の 奥 書 に あ る 「談
義
」 で あ る が 、 こ れ も 『 聞書
』 中 の 「 談 義 座 」 の 「 談 義 」 と 同 様 の意
味
で は な い で あ ろ う 『 正 法 眼 蔵 抄 』 研 究 ノ ー ト ⇔ ( 伊 藤 ) か 。 乾 元. 一 年 四 月 一 五 日 よ り 、 延 慶 元 年 一 二 月 二 一 日 ま で の 六 ケ 年 間 、 一夏
九 旬 、 或 は 毎 月 七 日 を あ て て談
じ 了 っ た と あ る 。 単 に 註 釈 書 を 著 わ す の で あ れ ば、 い つ 行 っ て も よ い の で あ る が、 こ の 談 義 は 、 い さ さ か 考 え が あ っ て 期 間 が 決 め ら れ て い た と い う こ と は 、註
釈 書 即 ち 『 抄 』 を 著 わ す の に 並 行 し て 講 義 或 は 論 義 が 行 な わ れ て い た こ と を 示 す も の で は な い で あ ろ う か 。 ま た 、 『 畫餅
抄 』 に 、 老 ノ 上 ノ 不 老 ト ア リ、 コ ノ 外 老 ト 不 老 ト ノ 義 モ ア リ 、 是 ハ 永 興 寺 第 五 世 ノ 御 詞 也、 ( 一 ・ 五 二 〇 頁 上 ) と い う 書 き 込 み が あ る こ と か ら も 、 『 御 抄 』 の 成 立 後 も 、 永 興 寺 に お い て は 、 『 正 法 眼 蔵 』 の 参 究 、 即 ち 「 談義
座 」 が も う け ら れ 、 「 談 義 」 が続
け ら れ た も の と 思 わ れ る 。 以 ヒ の よ う に 、 『 聞書
』 と 『 抄 』 に 用 い ら れ て い る 「 談 義 」 と い う 語 か ら 、 両 註 釈 の 成 立 を 推 し 測 っ て き た の で あ る が 、 『 聞 書 』 は 道 元禅
師 の 提 唱 を 聴 い た 詮 慧 が 、 そ の メ モ を 基 に 行 な つ た註
釈 書 で あ り 、 『 聞 書 』 『 抄 』 か ら は 、 当 時 の 永 平 寺 或 は 永 興寺
に お い て 、 自 由 で 真 剣 な 『 正法
眼 蔵 』 の 参 究 が 行 な わ れ て い た こ と を う か が い 知 る こ と が で き る の で あ る 。 五 「 私 云 」 に つ い て 『 聞 書 』中
に 、 「 私 云 」 と し て 註 釈 が あ る の は 、 『 仏 性 ( 第 一 四 段 ) 聞 書 』 ( 一 ・ 一 一 六 頁 下 〜 一 二 〇 頁 下 ) に 一 三 箇 所 、 『 諸悪
二 〇 一『 正 法 眼 蔵 抄 』 研 究 ノ ー ト ⇔ ( 伊 藤 )
莫
作 聞 書 』 ( } ・ 六 五 三 頁 下 〜 六 八 八 頁 上 ) に 四 七箇
所 、 『 説 心 説 性 聞 書 』 ( 二 ・ 九 九 頁 上 ) ・ 『 仏 道 聞書
』 ( 二 ・ = 二 二 頁 上 ) ・ 『 他 心 通 聞 書 』 ( 二 ・ 五 四 六 頁 上 ) に 各 一 箇 所 あ る 。 特 に 『 諸 悪莫
作
聞 書 』 で は 、 「 聞 云 」 と 「 私 云 」 の 二 つ の 『 聞書
』 が あ り 、 更 に そ の 註 釈 者 は 誰 で あ る か を 解 明 す る 手 が か り と な る と 思 わ れ る 奥 書 が あ る こ と か ら 、 「 私 云 」 の 「 私 」 は 誰 か と い う こ と が 従 来 問 題 と さ れ 、 諸 説 が あ る が 、 近 年 、倉
石 義 範 氏 は 、 詳 細 な る 研 究 に よ り 、 「 私 」 が 詮慧
で あ る こ と を 論 証 さ れ た ( 「 「 正 法 眼 蔵 抄 」 諸 悪 莫 作 の 巻 に 見 ら れ る 「 私 云 」 の 「 私 」 に つ い て 」、 『 駒 沢 大 学 大 学 院 仏 教 学 研 究 会 年 報 』 第 九 号 昭 和 五 〇 年 三 月 、 以 下 氏 の 論 文 の 引 用 頁 は 本 論 文 に 拠 る 。 「 『 正 法 眼 蔵 抄 』 「 諸 悪 莫 作 聞 書 」 に 関 す る 問 題 に つ い て L 、 『 駒 沢 大 学 仏 教 学 部 論 集 』 第 六 号 昭 和 五 〇 年 一 〇 月 ) 。 氏 の 説 に 対 し て 、 そ の 後 反 論 を 見 な い し 、 筆 者 自 身 も 、 『 諸 悪 莫 作 聞書
』 に 限 れ ぽ 、 そ の 説 に 同 調 す る も の で あ る 。 し か し 、 『 諸 悪莫
作 聞 書 』 と そ の 他 の 巻 に 見 ら れ る 「 私 云 」 の 「 私 」 と は 、 同 一 人 物 で あ る と す る 主 張 に は 、疑
問 な し と は し な い の で あ る 。 こ こ で は、 筆 者 の 疑 問 と す る 点 に つ い て 、 更 に は 「 私 云 」 を 冠 す る 註 釈 と 冠 し な い 註 釈 と の 関 係 に つ い て も 述 べ て み た い と 思 う 。 先 ず 、 『 仏 道 聞 書 』 か ら 取 り 上 げ る こ と に す る 。 先 師 占 仏 上 堂 示 衆 段 濔 仰 瞞 嶽 読 置 矯 帥 か 駄 捫 禅 爾 ガ 鱒 艸ハ 納 齲 次 臨 済、 雲 門、 法 眼 、 二 〇 二 曹 洞 、 黼 嶇 膜 ハ 糟 迪 測 崛 杣 忙 杁 畑 齢 茸 財 》、 私 云 、 曹 山 ハ 大 寂 禅 師 ノ 亠 爭 歟 、 六 祖 ハ 曹凵 谿 ナ リ 、 五 家 ヲ 立 テ 宗 ト 云 フ イ マ シ メ ナ リ、 ( 二 ・ 一 三 ] 頁 下 〜;
. 二 頁 上 ) 氏 は 、 『 龍 吟 聞 書 』 の 香 厳 寺 襲 燈 大 師 段、 石 霜 ハ 青 原 流 、 石 頭、 薬 山、 道 吾 、 石 霜 、 嫌厭
曹 山 ハ 青 原 、 石 頭、 薬 山、 雲 巌、 洞 山 、 曹 山 、 ( → . ・ . 二 九 五 頁 下 ) と あ る を 典 拠 に 、 『 仏 道 聞 書 』 が 「 曹 山 ハ 六祖
」 と す る の は 、 青 原流
第 六 祖 曹 山 本 寂 で あ り 、 一方
「 私 云 」 は 、 「 六祖
ハ 曹 谿 ナ リ 」 、 即 ち 六 祖 を 慧能
と し て い る か ら 、 両 者 の 「 六 祖 」 に 関 す る 捉 え 方 が 異 な っ て い る と し て い る 。 そ し て 、 「 私 云 」 の 註 釈 は 、 別 の 個 人 的 註 釈 を し た も の で あ る と す る の で あ る ( 七 八 〜 七 九 頁 ) 。 し か し 、 氏 の 『 龍 吟 聞 書 』 を 典 拠 と し て の 六祖
に 関 す る 解 釈 に は、 無 理 が あ る よ う に 思 わ れ る 。 『 龍 吟 聞 書 』 が 「 曹 山 ハ青
原、 石 頭 、薬
山 、 雲 巌 、洞
山 、 曹 山 」 と 挙 げ る の は 、 青 原 流 六 祖 が 曹 山 本 寂 で あ る こ と を 示 さ ん が た め で は な い 。 龍 吟 の巻
に 出 て 来 る 石 霜 慶 諸 と 曹 山 本寂
は 、 共 に 青 原 下 で は あ る が 、 系 譜 の 上 で は ど こ に 位置
す る か を 明 ら か に し よ う と し た も の に す ぎ な い の で あ る 。 『 仏 道 聞 書 』 が 、 「 曹 山、 洞 山 二 人 ヲ 合 テ イ フ 」 と し 、 「 曹 山 ハ 六 祖 」 と い う 場 ヘ へ 合 に は 、 「 曹 山 」 は 「 曹 谿 山 」 即 ち 慧 能 を 意味
し て い る 。 こ れ に 対 し て 、 「 私 云 」 で は 、 「 曹 山 ハ本
寂 禅 師 ノ事
歟 、 六 祖 ハKomazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 曹 谿 ナ リ 」 と し て い る 。 つ ま り、 六 祖 と い え ぽ 慧 能 で あ る か ら 曹 谿 で あ っ て 曹 山 で は な い か ら 、 曹 山 は 曹 山 本 寂 の こ と で は な い か と す る の で あ る 。 『 聞 書 』 の 「 曹 洞 」 の 「 曹 」 の 解 釈 は 、 六 祖 の 曹 谿 山 の 「 曹 」 で あ り 、 「 私 云 」 の 「 曹 」 の 解 へ 釈 は 、 曹 山 本 寂 の 「 曹 」 で あ っ て 、 「 六 祖 」 に 関 し て で は な く 、 「 曹 山 」 に 関 す る 捉 え 方 が 全 く 異 な る の で あ る 。 こ れ は 、 『 聞 書 』 の 著 者 が 個 人 的 註 釈 を し た と い う よ う な も の で は な く 、 『 聞 書 』 の 「 曹 山 」 の 解 釈 と は 明 ら か に 異 な っ た 理 解 を ( 3 ) 示 し て い る の で あ る か ら 、 別 人 と
考
え る べ き で あ ろ う 。 『 聞 書 』 と 言 っ て も 道 元 禅 師 の こ と ば そ の も の を 書 き 取 っ た も の で は な く 、禅
師 の 提 唱 を 聞 い た 詮 慧 の 註 釈 で あ る 。 そ の 詮 慧 が 、 「 曹 洞 」 の 曹 を 六 祖 の曹
谿 山 の 曹 の 意 味 に 解 し た 後 、 自 分 の 解 釈 と は 異 な っ て 、 「 私 云 」 と し て 曹 山 本 寂 の 曹 の 意 昧 に註
釈 す る こ と は お か し い と 言 わ な け れ ぽ な ら な い 。 こ の 「 私 云 」 の註
釈 が 、 「 六 祖 ハ 曹 谿 ナ リ 」 と 言 う の は 、 「 私 」 に は 『 聞 書 』 が 「 曹 山 」 を 「 曹 谿 山 」 の 意 味 に と っ て 註 釈 し て い る こ と が 理 解 さ れ て い な い か 、 あ え て 『 聞 書 』 の 説 に 反 し て 自 説 を 主 張 し た も の と 言 え よ う 。 こ の よ う に 、 『 仏 道 聞 書 』 の 「 私 云 」 の 「 私 」 は 、 『 聞 書 』 の 著 者 詮 慧 と は 、 明 ら か に 別 人 で あ る と 言 わ な け れ ぽ な ら な い 。 次 に 『 説 心 説 性 聞 書 』 に あ る 「 私 云 」 で あ る が 、 そ の 部 分 は 次 の よ う で あ る 。 『 正 法 眼 蔵 抄 』 研 究 ノ ー ト ⇔ ( 伊 藤 ) ち な み に 僧 密 師 伯 い は く 、 是 誰 。 ( 下 略 ) ( 説 心 説 性 上 ・ 三 六 二 頁 ) 師 伯 ト 云 ハ ヲ チ ト 云 ナ リ 、 洞 山 ノ 師 伯 ナ ラ バ 、 薬 山 弘 道 大 師 ノ 弟 子 ニ テ コ ソ 、 僧 密 ハ ア ル ヘ キ ニ 、 如 二 注 宗 派一 老 、 洞 由 [ モ 曇 園 巌 無 住 大 師 ノ 弟 子、 僧 密 モ 無 住 大 師 ノ 弟 予 ト 見 ヘ タ リ 、 然 者 兄 弟 ト コ ソ 云 ヘ キ ニ 、 師 伯 ト 云 不 審 也、 可 ご 勘 決 → 若 又 俗 姓 ノ 内 外 戚 ノ 伯 父 歟 、 然 而 仏 法 ノ 上 ニ ハ 、 世 間 ノ 親 類 ヲ 云 ヘ カ ラ ス 、 或 儀 ニ ハ 僧 ヲ ウ ヤ マ ウ 詞 二 、 和 尚 ナ ム ト 云 力 如 ク ニ 、 伯 ト 云 ト 云 云 、 或 又 伯 ハ 僧 名 也 ト 云 云 、 瓢 伝 ゾ 糟 ” 騨 勳 軌 法 ( 聞 書 二 ・ 九 九 頁 上 ) 倉 石 氏 は 、 こ の 「 私 云 」 を 冠 す る 註 釈 と 、 『 大 悟 聞 琶 旧 』 に 対 す る 経豪
の 対 し 方 と を 比 較 し て 、 「 私 云 」 に 導 か れ る 文 は 経 豪 に よ る も の で は な い と い う ( 七 八 頁 ) 。 『 聞 書 』 の 中 に 経 豪 が 付 加 し た 註 釈 で あ る こ と が 明 ら か な も の は 、 『 大 悟 聞書
』 と 『 行 仏 威儀
聞 書 』 中 に 存 在 す る 。 こ の 二 つ と 比 べ て み る こ と に し た い 。 落 便 宜 ト 云 詞 ア リ、 便 宜 ア リ 、 便 宜 二 随 ナ ム ト 云 程 ノ コ ト ニ 仕 フ 、 此 落 ヲ 脱 落 ノ 落 二 心 得 ム 如 何、 但 是 経 豪 私 愚 案 也 、 可 レ 恐 可 γ 恐 、 可 二 早 改一 可 二 早 改 叫 ( 大 悟 聞 書 一 ・ 二 三 七 頁 下 〜 二 三 八 頁 上 ) ω 教 ニ ハ 胎 生 化 生 ノ 者 、 修 行 シ テ 成 仏 ス ト コ ソ ユ ル セ 、 直 二 仏 ト ハ イ ハ ス 、 此 宗 門 ニ ハ 胎 生 ス レ ハ 、 胎 生 ノ 仏、 化 生 ス レ ハ 化 生 ノ 仏 ト 談 ス 、 卵 湿 生 等 ハ 、 業 力 少 カ ユ ヘ ニ 人 ト ナ リ カ タ シ 、 生 生 ヲ ヘ テ ハ 、 善 業 増 シ テ ッ イ 一 一 成 仏 ス ヘ シ ト 也 、 此 詞 御 聞 書 二 被 レ 載 レ 之 問 書 載 γ ( 頭 註 ) 之、 尤 不 審 、 但 此 詞 ハ 只 教 ノ 所 談 打 任 タ ル 道 理 ヲ 被 〆 載 歟、 仏 道 二 〇 三『 正 法 眼 蔵 抄 』 研 究 ノ ー ト ⇔ ( 伊 藤 ) ノ 上 ノ 所 談 ニ ハ 不 〆 可 γ 有、 尤 此 分 ハ ア シ 由 ク ア ル ヘ キ 事 也、 仍 倹 約 了、 卵 生 ス レ ハ 卵 生 ノ 仏 、 湿 生 ス レ ハ 湿 生 ノ 仏 ト 可 レ 談 シ 、 仍 四 生 之 内、 卵 湿 ニ カ 、 業 力 隔 テ 生 生 ヲ 経 テ 、 ツ ヰ ニ 成 仏 ス ト 云 詞、 大 二 相 違 シ テ 覚 ユ 、 但 是 「 向 経 豪 之 愚 按 也、 付 二 冥 顕一 甚 有 F 恐 有 7 恐、 然 而 為 注 之 、 然 共 私 料 簡 モ 不 ノ 可 〆 違 事 ナ リ、 ( 行 仏 威 儀 聞 書 一 ・ 一 八 九 頁 下 〜 一 九 〇 頁 上 )
確
か に 倉 石 氏 の 主 張 の 如 く 、 「 但是
経 豪 私 愚 案 也 、 可 〆 恐 可 γ 恐、 可 二 早 改 一 可 二 早 改一 」 、◎
「 但 是 一 向 経豪
之
愚
案 也 」 と 、自
分 の 考 え を 述 べ る の に も 恐 縮 し て い る が 、 そ れ は 、 詮 慧 の 『 聞 書 』 は 経 豪 の 『 抄 』 の 註 解 の 証 明 と し て傍
書 並 載 さ れ て い る の で あ る か ら 、 こ れ に 対 し て 異 説 を 唱 え る と い う こ と で あ れ ば、 当 然 慎 重 に な ら ざ る を え な い で あ ろ う 。 し か し 、 経 豪 は 慎 重 と い う だ け で は な い 。 自 分 の 説 は 「 愚案
」 で あ る と 言 い な が ら も 、 「 然 共 私料
簡 モ 不 可 違 事 ナ リ 」 と、 自 説 の 間 違 い で な い こ と を 強 く 押 し 出 し て い る の で あ る 。 そ れ 故 、 「 経豪
は 、 聞 書 に 対 し て 、 た だ 一 行 、 一 文 字 に 関 し て 、 自 分 の 考 え を 述 べ る に も 恐 縮 し て い る 。 と こ ろ が 、 他 の 巻 の 「 私 云 」 以 下 の 注 釈 に は 、 そ れ が 明 ら か に 「 私 」 の 意 見 と 思 わ れ る 例 に も 、 そ の様
な こ と は な い 」 ( 七 八 頁 ) と い う 説 は 当 ら な い 。 が 、 『 聞 書 』 に 対 し て 非 常 に 注 意 を払
っ て い る の は 、 で は 「落
便 宜 」 の 「 落 」 を 「 脱 落 」 の 「落
」 の 意 味 に 経 豪 が 新 た に 解釈
を 加 え て お り 、◎
で は 『 聞書
』 に 「 卵湿
生 等 ハ 、 業 力 少 カ ユ ヘ ニ 人 ト ナ リ カ タ シ 、 生 生 ヲ ヘ テ ハ 、善
二 〇 四 業 増 シ テ ッ イ ニ 成 仏 ス ヘ シ 」 と あ る が 、 こ れ は す ぐ 前 の 「 此 宗 門 ニ ハ 胎 生 ス レ ハ 、 胎 生 ノ 仏 、 化 生 ス レ ハ 、 化 生 ノ 仏 ト讃
ス 」 と 述 べ た の と は 大 い に 相 違 し て い る と し て 、 「 但 此 詞 ハ 只 教 ノ 所 談 打任
タ ル 道 理 ヲ 被 γ載
歟 、 ( 中 略 ) 卵 生 ス レ ハ 卵 生 ノ 仏 、 湿 生 ス レ ハ 湿 生 ノ 仏 ト 可 〆 談 シ 」 と 、 『 聞 書 』 の 説 を補
い 訂 正 す る よ う な 考 え を述
べ て い る か ら で あ る 。 そ れ に 対 し ては 、 「 師 伯 」 を 詮 慧 自 身 も ど の よ う な
意
味 に と る べ き か わ か ら ず 、 「 若 又 俗 姓 ノ内
外 戚 ノ 伯 父 歟 」 と も 言 っ て い る が 、 こ れ も 自 か ら 「 仏 法 ノ 上 ニ ハ 世 間 ノ 親類
ヲ 云 ヘ カ ラ ス 」 と し て斥
け て お り 、 更 に 他 の解
釈 を 並 べ て は い る が、 決 定 し て は い な い 。 こ の よ う に、 種 々 の 説 を 並 べ て考
察 し て い る の で あ る か ら、 あ え て そ の後
に 、 詮 慧 が 「 私 云 」 と し て 考 え を述
べ る 必 要 は な い 。 詮 慧 自 身 に 定 っ た 解 釈 が あ る の で は な い か ら 、 た と え 詮慧
以 外 の 者 が 「 私 云 、 僧 ヲ禅
伯 ト 云 事 ア リ 、 ソ ノ 義 歟 」 と 言 っ て も 、 『 聞 書 』 を 訂 正 し た こ と に は な らず
、 よ っ て 『 聞 書 』 に 対 し て 配 慮 す る 必要
も な い の で あ る 。 「 ソ ヘ ヘ ノ 義 歟 」 、 或 は 先 の 『 仏 道 聞 書 』 の 「 曹 山 ハ 本 寂 禅 師 ノ 事 歟 」 と い う よ う に 、 む し ろ 『 聞 書 』 を 尊 重 し 、 断 定 を 避 け て い る 点 に 注 意 し な け れ ば な ら な い 。 『 説 心説
性
聞 書 』 の 「 私 云 」 の 「 私 」 も 、 詮 慧 で は な く 、 氏 が 否 定 す る 経 豪 で あ っ て も よ い の で あ る 。 以 上 の 『 説 心 説 性 聞書
』 『仏
道 聞 書 』 中 の 「 私 云 」 を 冠 す るKomazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 一 文 は 、 『 永 平 正 法 眼 蔵
蒐
書 大 成 』 に 拠 っ て 見 れ ぽ 、 『 聞 書 』 の 本 文 よ り も 小 さ な 文 字 で 、 数 字 分 下 げ て 書 き 始 め る な ど 、 『 聞 書 』 本 文 と は 区 別 さ れ て お り 、 詮 慧 以 外 の 者 に よ る 書 き 込 み と 見 る べ き で あ ろ う 。 そ れ に 対 し て 、 『 仏 性 聞 書 』 『 諸 悪莫
作 聞書
』 『 他 心 通 聞 書 』 の 「 私 云 」 は 、 全 く 『 聞書
』 の 本文
と 同 じ扱
い で あ る 。 『 諸悪
莫 作 聞 書 』 で は 、 聖 人 の 『 聞 書 』 を 「 聞 云 」 と し 、 「 予 」 の 『 聞書
』 を 「 私 云 」 と し て 区 別 し て い る が、 『 仏 性 聞 書 』 『 他 心 通 聞 書 』 に は 、 『 諸 悪莫
作 聞 書 』 に 見 ら れ る よ う な 、 他 の 『 聞 書 』 を も 加 え た と い う奥
書 は な い か ら、 詮 慧 の み の 『 聞 書 』 と 言 え よ う か 。 「 私 云 」 の 「私
」 が詮
慧 で あ る と す れ ぽ 、 『 聞 書 』 が 既 に 詮 慧 の 註 釈 で あ る か ら 、 あ え て 「 私 云 」 と す る 必 要 も な い 。 な ら ば 詮 慧 以 外 の 人物
で あ ろ う か 。或
は 倉 石 氏 の 指摘
す る如
く 、 「 多 少 の 個 人的
識
見 を 述 べ る た め に か、 ま た は そ の 註 釈 の 不 足 な と こ ろ に 、自
分 の 個 人 的 註 釈 を 特 に 書 き 載 せ る た め に 書 か れ た も の で あ る こ と を 示 す 目 的 で 用 い ら れ て い る 」 の で あ ろ う か 。確
か に 『仏
性 ( 第 一 四 段 ) 聞 書 』 の 「 私 云 」 で 始 ま る 註 釈 に 、 『 聞書
』 に は な い部
分 の 註 釈 が 多 い こ と は 、 そ の こ と を 裏付
け る も の で あ る と 言 え る Q 以 上 は 、 「 私 云 」 で 始 ま る 註 釈 に つ い て 述 べ た の で あ る が 、 で は 、 『 諸 悪莫
作 聞 書 』 で 、 「 私 云 」 「 聞 云 」 を 冠 し な い 註 釈 は 誰 れ の註
釈 で あ ろ う か 。筆
者 は 、 こ れ は 、 そ の 前 の 註 釈 と 『 正 法 眼 蔵 抄 』 研 究 ノ ー ト ⇔ ( 伊 藤 ) 密 接 な 関 係 が あ る と 考 え る の で あ る 。 次 の よ う な 註 釈 が あ る 。 \ そ の 理 由 は、 例 え ぽ、 イ ハ ユ ル 七 仏 ノ 法 道、 必 七 仏 ノ 法 道 ノ 如 シ ト 云 フ … … 聞 云 、 是 ハ 前 仏 後 仏 ノ 正 伝 相 嗣 ノ ヤ ウ ヲ ノ フ ル ナ リ 、 ( 中 略 ) 前 仏 ヨ リ 後 仏 二 正 伝 ス ル 義 ヲ ノ フ ル ニ 、 七 仏 ノ 法 道 ハ 七 仏 ノ 法 道 ノ 如 シ ト、 七 仏 ヲ 同 時 ニ ナ ラ ヘ ラ ル ル 義、 ( 中 略 ) 後 カ ナ ラ ス 前 ニ マ タ レ ス、 前一 二 二 世 ア リ 、 後 一 二 項 世 ア リ 、 前 ヨ リ サ キ ナ ル 後 ア ル ヘ シ 、 前 ヨ リ サ キ ナ ル 前 ア ル ヘ シ、 前 二 七 仏 ア リ 諸 仏 ア リ 、 後 二 七 仏 ア リ 諸 仏 ア リ 、 前 周 ヨ ⇒ ヵ 郎 、 、 衡 ⇒ ⇒ ゴ 屶 ブ、 ( 後 略 ) ヒ コ ナう く ぞし く か し く ナ く ド コ ア キ 私 云 、 前 二 一 二 世 ア リ 、 後 二 . 二 世 有 ト 云 ハ 、 前 後 ナ シ ト 云 心 ナ リ 、 盟蝕
コ 、 ヨ、 〜径
ゴ⇒
凶 ト 云 モ 前 後 ナ キ 詞 也、 ( 後 略 ) 七 仏 ノ 法 道 必 七 仏 ノ 法 道 ノ 如 シ ト 云、 七 ノ 字 ハ 眦 婆 尸 仏 ヨ リ 今 ノ 釈 迦 マ テ ヲ カ ソ ヘ テ、 七 仏 ト 云 ト キ ニ 、 釈 迦 ヨ リ 後 ニ イ テ キ タ ラ ム 仏 ノ ト キ ハ 、 眦 婆 尸 仏 ヲ ス ツ ヘ キ カ 、 ( 一 ・ 六 五 七 頁 上 〜 下 ) 「 い わ ゆ る 、 七 仏 の 法 道、 か な ら ず 七 仏 の 法道
の ご と し 」 に 対 す る 註 釈 で あ る 。 「 聞 云 」 は 、 こ の 部 分 の 註釈
を し て い る が 、 「 私 云 」 で は、 直接
は こ の 部 分 の 註 釈 を し な い で 、 「 聞 云 」 の 註 釈 中 に 述 べ ら れ た 「 前 一 二 二 世 ア リ 、 後 一 二 二世
ア リ 」 「 前 三 三 、 後 三 三 」 を 更 に 註釈
し て い る の み で あ る 。 し か し 、 次 に は 「 七 仏 ノ 法 道 必 七 仏 ノ 法 道 ノ 如 シ ト 云 」 と し て、 「 私 云 」 で 行 な わ れ な か つ た 本 文 に対
す る 註 釈 が な さ れ て い る 。 こ の部
分 は 、 「 私 云 」 と 同 じ 詮 慧 の 註 釈 と 見 る べ き で あ ろ う 。 そ れ は 、 ま た 次 の 例 か ら も 明 ら か で あ る 。 二 〇 五『 正 法 眼 蔵 抄 』 研 究 ノ ー ト ⇔ ( 伊 藤 ) 猶 若 虚 空、 左 拍 右 拍 ナ リ 、 聞 云 、 仏 身 法 身 猶 若 虚 空 ト 云 ハ 、 ヨ ノ ツ ネ ニ ヲ モ ハ ム 法 身 ハ 、 青 黄 赤 白 ノ 色 ニ ア ラ ス 、 長 短 方 円 ノ 色 ニ ア ラ ス 、 屈 伸 光 影 等 ノ 色 ニ ア ラ ス 、 ( 中 略 ) 猶 若 虚 空 、 左 拍 右 拍 ナ リ、 猶 若 如 鼻 孔 ト モ イ フ ツ ヘ シ 、 私 云 、 左 拍 右 拍 ノ 詞、 左 右 ノ 手 ヲ 打 二 、 ヒ ヒ キ イ ツ レ ノ 方 ノ 声 ト サ タ メ カ タ シ ナ ム ト 云 フ タ ト ヘ ニ ヒ キ タ ル ニ ハ ア ラ ス、 法 身 ハ 主 目 黄 赤 白 ノ 色 ニ ア ラ ス 、 長 短 方 円 ノ 色一 一 ア ラ ス 、 屈 伸 光 影 等 ノ 色 ニ ア ラ ス ト イ フ 上 ハ 、 左 拍 右 拍 モ 虚 空 也 、 鼻 孔 モ 虚 空 ナ リ ト 云 義 ナ リ 、 ヘ タ ト ヘ ハ 仏 性 ヲ ミ ル ハ 、 驢 事 馬 事 ヲ ミ ル 也 ト 云 程 ノ 事 ナ リ、 ( 冖 ・ 六 七 一 頁 下 〜 六 七 二 頁 上 ) 「 聞 云 」 で は 、 『 正 法 眼 蔵 』 本 文 の 「 仏 身 法 身 猶 若 虚 空 」 を
註
釈 す る に 当 っ て述
べ て い る 「 法 身 ハ 、青
黄 赤 白 … … 等 ノ 色 ニ ア ラ ス 」 「 鼻 孔 」 を 、 「 私 云 」 は受
け て註
釈 し て い る 。 そ し て 、 「 私 云 」 中 に 述 べ て い る 「 左 拍 右 拍 モ 虚 空 也、 鼻 孔 モ 虚 空 ナ リ ト 云義
ナ リ 」 と い う こ と 、 即 ち あ ら ゆ る も の が 虚 空 で あ る こ と を 、 次 の 「 タ ト ヘ ハ 」 で 始 ま る 註 釈 は 、 仏 性 を 見 る と い う こ と は 、 驢 事 馬 事 を 見 る ほ ど の こ と 、 即 ち す べ て が 仏 性 で あ る と い う 程 の こ と で あ る と た と え て い る 。 こ の よ う に 、 「 タ ト ヘ バ 」 で 始 ま る 一 文 は 、 「 私 云 」 で 始 ま る 一文
と は 切 り 離 す こ と は で き な い の で あ る 。 今 は 二 例 を 見 た の み で あ っ て 、 す べ て に わ た っ て 論証
で き 二 〇 六 る わ け で は な い が 、 他 に も こ の よ う な 例 は 一 ・ 二 例 あ る こ と な ど か ら 、 「 私 云 」 或 は 「 聞 云 」 を 冠 さ な い 註 釈 は 、 そ の 前 の註
釈 が 続 い て い る と 見 て よ い の で は な か ろ う か 。 以 上 、 「 私 云 」 と い う こ と に つ い て 考 察 し て き た が 、 「 私 云 」 を 冠 す る 註 釈 の す べ て が 詮 慧 の も の で あ る と は 言 え な い こ と が 明 ら か と な っ た 。 詮 慧 の 『 聞 書 』 と い う も の を 考 え、 彼 の 思 想 に つ い て 論 ず る 場 合 に は 、 こ の 点 に 充 分配
慮
す る 必 要 が あ る と 思 わ れ る 。 (1
) 駒 沢 学 園 女 子 短 期 大 学 教 授 東 隆 真 先 生 は 、 『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 中 の 「 法 談 」 と い う 語 は 、 先 に あ げ た の 「 法 門 談 義 」 に 類 す る こ と を 意 味 す る で あ ろ う こ と は 言 う ま で も な い と し 、 「 そ れ は 、 道 元 禅 師 の 教 説 を 、 参 学 の 修 行 者 が 無 批 判 に た だ 畏 こ ま っ て 拝 聴 す る と い う 光 景 で は な く 、 道 元 禅 師 の 教 説 に つ い て、 学 人 た ち が 幾 人 か 同 座 し 、 時 に は 道. 兀 禅 師 を ま じ え て、 お の お の 理 解、 意 見 、 感 想 な ど を 相 互 に と り 交 わ す と い う よ う な、 自 由 で 真 剣 な 共 同 研 修 の 機 会 が も た れ て い た こ と を 推 測 さ せ る の で あ る 。 」 ( 『 五 写 本 影 印 止 法 眼 蔵 随 聞 記 』 圭 文 社 昭 和 五 四 年 三 月 、 二 三 八 頁 ) と 述 べ ら れ て い る が 、 ま さ に 『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 か ら 推 測 さ れ る よ う な 、 考 え を 自 由 に 述 べ 合 う 論 義 を 通 し て 、 『 正 法 眼 蔵 』 の 参 究 が 行 な わ れ た も の と 思 わ れ る 。 ( 2 ) 『 聞 書 』 に は 、 「 … … 也 し 「 … … ナ ル ベ シ 」 と い う 断 定 的 な 表 現 が 多 い が、 中 に は 「 … … 歟 」 と い う 疑 問 を 表 わ す も の も あ る 。 道 元 禅 師 の 提 唱 そ の ま ま の 筆 録 で あ る な ら ぽ 、 註 釈 中 に 疑 問 の 表 現 は な い は ず で あ る が、 「 … … 歟 」 と い う 疑 問 の 表 現 がKomazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty あ る と い う こ と は、 そ う で は な く 『 聞 書 』 は 詮 慧 の 註 釈 書 で あ る こ と を 示 し て い る 。 特 に 、 「 … … 歟 」 と い う 部 分 は、 禅 師 の 提 唱 か ら 推 し 測 っ た 、 詮 慧 の 考 え を 含 ん だ 註 釈 と 見 て よ い の で は な か ろ う か 。 こ の 「 … … 歟 」 と い う 表 現 の、 『 抄 』 と 『 聞 書 』 と で の 用 い ら れ て い る 回 数 を 見 て み る と、 次 の よ う で あ る 。 ( 現 成 公 案 と 仏 性 の 巻 で は、 『 抄 』 と 『 聞 書 』 と を 明 確 に 区 別 す る こ と が で き な い し 、 使 用 傾 向 の み が わ か れ ば よ い か ら、 区 別 の 明 ら か な 身 心 学 道 の 巻 よ り 四 巻 に 限 っ て み て み た 。 ) 『 抄 』 身 心 学 道 17 即 心 是 仏 1 行 仏 威 儀 18 一 顆 明 珠 −
o
『 聞 書 』21
13
「 … … 歟 」 と い う 疑 問 の 表 現 が 、 『 聞 書 』 よ り も 『 抄 』 に 多 い の が 目 に 付 く 。 経 豪 が 禅 師 の 門 下 で あ っ た と し て も 、 そ の 期 間 は 詮 慧 の そ れ に 比 べ れ ば 短 い も の で あ っ た に 違 い な く、 禅 師 の 『 正 法 眼 蔵 』 の 提 唱 も、 直 接 よ り は 詮 慧 の 『 聞 書 』 を 通 し て 知 る 部 分 が 多 か っ た で あ ろ う 。 そ れ 故 、 『 聞 書 』 に 比 べ て、 『 抄 』 に は 、 「 … … 歟 」 と い う 、 褝 師 の 意 図 を 推 測 し て 述 べ る 表 現 が 多 い と 思 わ れ る 。 (3
) 東 隆 真 教 授 も 「 私 云 」 を 詮 慧 の 註 釈 と は 見 て お ら れ な い ( 「 正 法 眼 蔵 随 聞 記 と 正 法 眼 蔵 抄 (1
)1
宗 学 思 想 史 研 究 序 説 ・ そ の 四l
」 、 『 印 度 学 仏 教 学 研 究 』 「 五 ー 一 昭 和 四 「 年 「 二 月 、 二 八 二 頁 ) 。 〔 訂 正 〕 山 口 大 学 杉 尾 玄 有 教 授 か ら の 私 信 ( 昭 和 五 二 年 九 月 二 『 正 法 眼 蔵 抄 』 研 究 ノ ー ト ⇔ ( 伊 藤 ) 五 日 付 ) に お い て 、 拙稿
「 『 正法
眼 蔵 』 に お け る 三 界 唯 心 の 解 明 」 〔 『 宗 学 研 究 』 第 一 八 号 昭 和 五 一 年 三 月 、 以 下A
論 文 と す る ) 中 に 論 じ た 「自
己 を は こ び て 万 法 を 修 証 す る 」 と 「 万法
す す み て 自 己 を 修 証 す る 」 と の 解 釈 が、 教 授 の御
考 え と逆
で あ る と の 旨 が 述 べ ら れ て い た が 、 検 討 し た 結 果 、 拙 稿 の 一部
を訂
正 す べ き で あ る と の 考 え に 至 っ た 。 教 授 に は 返 信 で 既 に そ の 旨 を 伝 え た が 、論
文 の 上 で は 訂 正 す る こ と も な く今
日 に 至 っ て し ま っ た 。 本 論 集 第 七 号 所 収 の 「, 一方
を証
す る とき
は 一 方 は く ら し の 論 理 」 (B
論 文 ) も 、A
論 文 と 同 じ 考 え に 立 つ て 論 を 進 め て い る か ら 、 こ こ に 誤 り を 指 摘 し 、 訂 止 す る こ と に す る 。A
論 文 で は 、 三 界 す べ て が 心 と し て 心 に 摂 せ ら れ て し ま う 場 合 ( 有 心 無 三 界 ) を 「 万 法 す す み て 自 己 を 修 証 す る 」 に ( 一 六 四 頁 ) 、 逆 に 心 が 三 界 に 摂 せ ら れ て し ま う 場 合 ( 無 心 有 三 界 ) を 「 自 己 を は こ び て 万 法 を 修 証 す る 」 に 当 て ( 一 六 五 ・ = ハ 六 頁 ) 、 そ れ に 基 づ い て 、糀
肇
囂
鷺
難
露
馨
報戛
湘簸
]
と い う 表 ( エ ハ 八 頁、 左 記 の 表 は そ の 一 部 分 ) に ま と め た の で あ る が、 こ の関
係 は 、 鮪墾
秤
鵜
馨
籌
韃
耐 る飴
簸
凵
の よ う に 訂 正 す べ き で あ る 。 即 ち 、A
論
文 に お い て 、 「 万 法 ご 〇 七『 正 法 眼 蔵 抄 』 研 究 ノ ー ト ⇔ ( 伊 藤 ) す す み て 自 己 を … … 」 と あ る 部 分 を 「 自 己 を は こ び て 万