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密教研究 Vol. 1931 No. 41 002大山 公淳「寛平法皇の事相 P28-51_1」

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(1)
(2)

寛 平 法 皇 の 事 相 二 八

一、

れ、

年 五 月 五 日 ( 和 寺 御 傳 群 類 四 ・ 四 三 七

)

生、

り、

廿

子、

る。

ひ、

う。

し、

た。

り、

た。

理、

す。

正、

た。

れ、

た。

り、

宿

曜、

り、

し、

た。

歳、

た。

(3)

と 傳 へ ら る。 同 四 年 南 御 室 密 嚴 院 を 仁 和 寺 に 螢 み、 密 観 を 精 修 せ ら る ゝ こ と ゝ さ れ た。 璽 五 年 四 月 十 四 日 比 叡 山 戒 壇 院 に 於 い て 圓 頓 大 戒 を 増 命 に 受 け、 復 十 一 月 に は 同 山 総 持 院 に 於 い て 蘇 悉 地 法 を 受 け ら れ た。 此 の 年 八 月 七 目 金 剛 峯 寺 に 御 幸 あ り、 同 七 年 十 月 二 日 熊 野 山 へ 行 幸 さ れ た。 璽 八 年 五 月 三 日 東 寺 灌 頂 院 に 於 い て 法 三 宮 眞 寂 親 王 の 爲 め に 灌 頂 壇 を 設 け て 授 法 さ れ 時 の 漱 授 師 は 神 日 律 師、 護 摩 師 は 水 尾 の 玄 静 阿 闊 梨 で あ つ た、 同 十 年 八 月 廿 八 日 増 命 に 就 い て 台 密 灌 頂 を 受 け ら る。 か く て 承 平 元 年 七 月 十 九 日 仁 和 寺 に 崩 せ ら れ た。 時 に 御 寳 算 六 十 五。 ﹁ 元 亨 繹 書 ﹂ 巻 十 七 の 記 す る 所 に 依 れ ば 帝 御 年 十 七 の 時 母 后 に 出 家 を 求 め、 更 に 仁 和 帝 に 白 さ れ し も 事 情 許 さ れ す、 途 に 昌 泰 二 年 に 及 び て そ の 志 を 逐 げ ら れ る こ と ゝ な つ た。 復 叡 山 戒 壇 院 の 受 戒 に は、 壇 上 に 紫 金 の 光 を 現 じ た と い ふ こ と で あ る、 ﹁ 傳 燈 廣 録 ﹂ 巻 上 に は、 法 皇 艸 埆 の 歳、 叡 山 に 登 臨 し て 信 儀 を 見、 終 日 蹄 ろ を 忘 れ、 恒 に 諸 寺 を 歴 観 し 三 寳 を 志 慕 し て ゐ ら れ だ こ と を 傳 へ て ゐ る。 延 喜 元 年 入 壇 受 法 に 際 し、 盆 信 僧 正 誠 講 の 言 を 出 し て、 大 王 諦 聴 斯 秘 密 無 上 大 法 者 於 南 天 鐵 塔 内 云金 剛 薩 唾 大 普 賢 如 來 得 寵 猛 傳 レ之 猛 授 寵 智 附 二蕨 折 羅 戌 波 伽 羅 一此 二 尊 者 倶 中 天 大 王 之 子 戊 波 伽 羅 幼 而 脱 ニ云寳 位 一 入 二一那 伽 奪 者 之 門 一 侃 二法 身 之 秘 輪 一 豊 非 下講 二金 剛 乗 大 日 法 王 宗 乏 規 模 上乎 租 曰 非 二輪 王 種 姓 一者 難 レ持 二斯 法 一下 卑 非 レ方 也 今 以 二斯 秘 密 灌 頂 法 身 心 印 一付 天 王 云詑 永 韓 二金 輪 一莫 レ絶 二法 豚 一 と。 同 四 年 三 月 新 に 圓 堂 院 を 建 て 金 剛 界 三 摩 耶 形 を 安 置 し 宏 荘 巖 麗 を 極 め 天 宮 を 現 す る が 如 く、 大 曼 寛 平 法 皇 の 事 相 二 九

(4)

寛 平 法 皇 の 事 相 三 〇 茶 羅 供 を 勤 修 さ れ た。 そ の 時 の 法 皇 呪 願 の 詞 に ム カ シ ナ シ シ ル ス ツ ミ 朕 疇 爲 昌人 君 靡 二式 之 可 ン璽 萬 姓 造 ン悪 壕 皆 蹄 二我 一 人 一今 作 二佛 子 量 身 修 レ善 普 利 二法 界 一也 と。

(

類 四、 四 三 六

)

書、

録、

西

た。

但し

九、

二毘

と 記 す。 世 壽 少 々 相 違 せ る を 見 る。 ﹁ 仁 和 寺 御 室 系 譜 ﹂ ( 績 群 四 下、 西 五 三 ) は

六 十 八 歳

と 傳 ふ。 前 と 更 に 異 つ て ゐ る。 さ れ ど ﹁ 仁 和 寺 御 傳 ﹂ 等 の 説 が 正 し い と 思 は る。 (法 皇 の 御 事 歴 に 就 い て に 他 に 記 す る 人 も あ ろ と 思 ひ、 今 は 唯 そ の 略 歴 の 一 端 を 記 す る に 止 め ぬ ) 二、 事 相 史 上 に 於 け る 御 事 績 事 相 史 上 に 於 け る 法 皇 の 御 事 績 に 就 い て は、 前 項 に 記 す る と こ ろ を も つ て、 そ の 一 端 を 推 知 し 得 ら れ る で あ ら う け れ ど、 猶 二 三 摘 録 す る こ と に す る。 先 づ 御 著 述 に 就 い て 見 る に、 ﹁ 傳 燈 廣 録 ﹂ に は 胎 藏 界 念 諦 次 第 一 巻

(5)

金 剛 頂 蓮 花 部 心 念 調 次 第 二 巻 の 二 部 を 出 す。 ﹁ 西 院 流 聖 駿 傳 授 目 録 ﹂ は 金 剛 胎 藏 共 に 二 巻 の 書 を 出 す。 但 し 表 題 の 下 に ﹁ 小 僧 作 ﹂ と 出 し て、 御 名 を 掲 げ す、 寛 平 法 皇 の 御 作 な る こ と を 註 し て ゐ る。 本 誌 第 三 十 號 に 於 い て 中 野 達 慧 氏 は 十 八 道 念 調 次 第 一 巻 三ご 摩 耶 戒 文 一 巻 法 皇 授 法 三 宮 胎 藏 界 略 註 一 巻 胎 藏 界 念 調 次 第 二 巻 世 稻 法 皇 二 巻 次 第、 依 青 龍 軌、 別 有 三 巻 次 第、 一 巻 頸 次 第 金 剛 界 念 調 次 第 二 巻 世 構 法 皇 二 巻 次 第 爾 界 念 調 次 第 二 巻 世 構 法 皇 略 次 第

延 喜 八 年 八 月 十 七 日 徽 嵯 峨 大 豊 寺 法 皇 授 二 貞 壽 仁 元 等 七 人 一書 夜 作 法 延 徽 爲 二 乞 戒 師 一 記 者 未 詳 姑 牧 子 此 と 出 さ れ た。 右 の 中 ﹁ 十 八 道 念 諦 次 第 ﹂ は 同 氏 の 編 な る ﹁ 日 本 大 藏 経 ﹂ 眞 言 宗 事 相 章 疏 中 に 輯 録 さ れ て ゐ る。 奥 書 を 見 る に、 右 の 此 本 は 御 作 次 第 に 依 り 寛 平 法 皇 が 五 悔 等 を 添 入 さ れ た も の な る こ と を 記 す。 猶 同 ﹁ 日 本 大 藏 経 ﹂ に は 一 巻 の ﹁ 金 剛 頂 蓮 華 部 心 念 諦 次 第 ﹂ を 出 し て あ る。 こ れ ら 法 皇 の 御 著 述 は 眞 言 密 激 野 澤 爾 流 の 中、 廣 澤 流 に 特 に 珍 重 す る 所 と な つ て ゐ る。 寛 平 法 皇 の 事 相 三一

(6)

寛 平 法 皇 の 事 相 三 二

廿

暉、

が、

廿

じ、

れ、

廿

願、

た。

し、

殿

し、

め、

た。

し、

廿

て、

日、

ふ。

し、

る。

月、

ひ、

れ、

み、

た。

( 以 上 ﹁ 皇 室 と 眞 言 宗 ﹂ 参 照 )。 こ れ ら の こ と は、 弘 法 大 師 の 宗 数 馨 信 遊 ば さ れ た 法 皇 と し て は 當 然 の こ と ゝ は 云 へ、 か ゝ る 御 意 趣 は や が て 平 安 朝 の 事 相 密 敏 興 隆 に 大 き な 石 を 投 じ、 そ の 氣 運 を 促 進 す る こ と に 大 き な カ と な つ た こ と を 考 へ る の で あ る。 御 自 身 灌 頂 壇 に 入 り て 受 法 し、 更 に こ れ を 他 の 人 に 傳 法 さ れ た 御 事 績 と 共 ハ に、 眞 言 事 相 史 上 に は 忘 る 能 は ざ る 数 績 を 獲 さ れ た と し な く て は な ら ぬ。 猶 法 皇 は 京 都 大 内 山 の 地 に 仁 和 寺 を 完 成 さ れ た。 仁 和 寺 は 法 皇 の 御 父 光 孝 天 皇 が、 鎭 護 國 家 寳 酢 無 窮 の 叡 願 に よ り、 仁 和 の 初 年 に、 現 在 の 土 地 に 建 立 を 企 て 給 う た の で あ る け れ ど、 そ の 工 終 ら す し て 崩 御 遊 ば さ れ た。 仁 和 三 年 十 一 月 法 皇 の 帥 位 し 給 ふ や 先 帝 の 山 陵 を 此 の 地 に 螢 み、 璽 四 年 秋 八 月 に 造

(7)

し、

し、

し、

ひ、

た。

る。

(或

)廿

の 年 分 度 者 二 人 を 置 く べ き の 官 符 を 賜 ふ。 そ の 文 に ( 法 大 師 杢 集 一 五 ・ 一 九 七 参 照 ) 右 彼 寺 別 當 椹 律 師 法 橋 上 人 位 幽 仙 奏 状 俗、 幽 仙 謹 縁 二勅 命 一勾 二當 寺 家 一而 建 立 年 淺 止 住 人 乏 と あ り、 ﹁ 法 不 二自 弘 一弘 レ之 在 レ人 人 不 二孤 立 一立 レ之 縁 レ法 法 人 爾 存 乃 得 二興 隆 一﹂ と い ひ、 遮 那 ・ 止 観 の 二 人 を 設 く る に 就 い て、 ﹁ 大 日 経 は 眞 言 の 根 源 秘 藏 の 至 極 に し て、 止 観 は 暉 門 の 玄 櫃 慧 藏 の 明 鏡、 國 家 を 安 鎭 す る の 基、 正 激 を 興 顯 す る の 設 け、 此 の 二 法 に 如 く は な し と 説 く ﹂ 誠 に 教 學 の 興 隆 に 專 念 さ れ た る を 知 る。 右 の 上 奏 者 幽 仙 は 比 叡 山 に 住 し て 眞 言 止 観 を 學 ん だ こ と を 告 げ て ゐ る。 寛 平 法 皇 が 台 密 を 受 法 さ れ た こ と に 何 等 か の 關 係 が あ る の か も 知 れ ぬ。 更 に 昌 泰 三 年 十 一 月 廿 九 日 に は 仁 和 寺 圓 堂 院 に 聲 明 業 の 年 分 度 者 一 人 を 置 く べ き の 官 符 が 出 さ れ た ( 上、 二 〇 三

)。

れ、

御 室 畳 性 法 親 王 以 後、 聲 明 道 一 方 の 大 本 山 と な つ た の も、 皆 こ ゝ に 縁 由 す と 云 は ね ば な ら ぬ。 漱 相 方 寛 平 法 皇 の 事 相 三 三

(8)

寛 平 法 皇 の 事 相 三 四 面 に 就 い て も 眞 寂 親 王 や 濟 逞 の 如 き 學 者 が 現 は れ た が、 そ れ ら は や は り、 法 皇 の 御 意 趣 の 反 映 と 云 は ね ば な ら ぬ。 復 有 名 な 弘 法 大 師 三 十 帖 策 子 が 現 在 仁 和 寺 に 保 存 さ れ て ゐ る が、 そ れ も、 寛 平 法 皇 の 御 意 趣 に 順 じ 元 も の と し な く て は な ら ぬ。 即 高 野 の 無 塞 律 師 一 派 に 封 し 件 の 策 子 を 東 寺 へ 返 納 す べ き の 院 宣 爾 三 度 あ り、 種 々 紛 孚 の 後 途 に 東 寺 へ 納 め ら れ た が、 後 そ れ が 仁 和 寺 へ 保 管 さ れ る こ と ゝ な つ た の で あ る。 か く 考 へ て 來 る と、 法 皇 の 御 事 績 に は 眞 言 の 激 學 史 上、 種 々 の 方 面 に 亘 り て、 重 大 の 意 味 が 含 ま れ て ゐ る こ と を 戚 知 せ す に は ゐ ら れ 漁。 ( 三 十 帖 策 子 問 題 に 就 い て に 弘 法 大 師 全 集 巻 十 五 ・二 一 二 以 下 参 照 の こ と ) 三、 傳 流 弘 安 二 年 十 二 月 七 日 印 源 が 道 喜 に 與 へ た ﹁ 仁 和 寺 灌 頂 血 脈 印 信 ﹂ (表 題 ﹁ 仁 和 寺 流 ﹂、 高 野 山 寳 鶉 院 藏 本 ) を 見 る に、 弘 法 大 師 以 後 の 相 傳 を 次 の 如 く に 記 し て ゐ る。 弘 法 大 師 眞 雅 信 正 源 仁 僧 都 盆 信 僧 正 繹 定 法 皇 寛 塞 信 正 寛 朝 僧 正 濟 信 僧 正 二 品 親 王 大 御 室 性 信

畳 鏡 阿 闊 梨 印 源 阿 閣 梨 道 喜 大 法 師 と な つ て ゐ る。 繹 定 法 皇 と い ふ は 寛 平 法 皇 の こ と に し て、 そ の 他 は 血 豚 に よ つ て 容 易 に 知 ら れ る。 法

(9)

皇 が 盆 信 僧 正 よ り 御 受 法 あ り し こ と は 前 項 既 に 出 し た 所 で あ る。 釜 信 は 備 後 の 人、 本 姓 紀 氏、 天 長 四 年 に 生 る。 幼 に し て 宗 叡 の 室 に 入 り て 薙 髪、 南 都 大 安 寺 に 留 り 明 詮 檜 都 に 從 ひ て 相 宗 を 學 ぴ、 仁 和 三 年 正 月 廿 九 日、 師 源 仁 は 盆 信 に 傳 法 灌 頂 の 職 位 を 與 へ ん こ と を 奏 請 し て 勅 許 あ り、 付 法 の 資 と な つ た 時 に 年 六 十 一、 同 四 年 椹 律 師 と な り、 寛 平 三 年 九 月 東 寺 七 世 の 長 者 に 補 せ ら れ、 同 四 年 十 二 月 廿 日 任 権 少 僧 都、 同 六 年 十 二 月 十 九 日 任 法 務、 七 年 十 月 廿 四 日 大 僧 都 に 輻 せ ら れ、 昌 泰 三 年 三 月 二 日 権 僧 正 に 任 せ ら る。 か く て 同 六 年 三 月 七 日 壽 八 十 に し て 寂 し た。 京 都 東 山 椿 峯 に 住 し 修 槻 を 事 と し て 早 く よ り 悉 地 を 獲、 雷 聲 高 く、 爾 待 藤 淑 子 の 妖 病 を 所 り て 数 験 あ り、 術 待 の 崇 敬 を 受 け、 方 四 町 の 圓 城 寺 の 建 立 成 り て 此 庭 に 住 す る こ と ゝ な つ た。 寛 平 法 皇 は 此 の 盆 信 に 從 っ て 入 壇 受 法 さ れ た の で あ る。 此 の 外 ﹁ 付 法 相 承 血 豚 鋤 ﹂ 下 ( 呆 寳 記 ) を 見 る に 次 の 如 き 記 事 が あ る。 廣 澤 流 嫡 組 多 入 二小 野 流 一有 御 受 法 一所 謂 寛 平 法 皇 蓮 毫 僧 正 受 二般 若 寺 僧 正 一云 々 蓮 壷 信 正 と は 前 記 血 豚 に 見 ゆ る 法 皇 の 資 寛 塞 の こ と に し て、 共 に 小 野 の 流 に 属 す る 般 若 寺 観 賢 信 正 よ り 受 法 さ れ た こ と を 出 し て ゐ る。 こ れ に 就 い て 同 書 に は 復 ﹁ 乗 印 阿 閣 梨 血 豚 云 ﹂ と し て、

-法 皇 寛 平 重 受

正-元

と 記 し、 二 位 僧 正 聖 濟 記 に も 此 事 見 ゆ と 註 し て ゐ る。 然 し て 但 誠 蓮 毫 寺 以 二法 皇 御 傳 一授 二延 命 院 一之 義 錐 レ合 二六 帖 等 血 豚 文 一以 二般 若 寺 蝸爲 二元 租 庇 又 有 二二 難 寛 平 法 皇 の 事 相 三 五

(10)

寛 平 法 皇呈 の 事 相 三 六 と し て、 一 に は 代 歎 相 違 す、 若 し 乗 印 の 記 に 依 れ ば 胎 藏 界 は 十 三 代 金 剛 界 は 十 四 代 に し て、 具 支 の 式 並 に 血 豚 文 に 違 す。 二 に は 小 野 六 帖 に 違 す。 彼 の 書 に は、 盆 信 ・ 輝 定 法 皇 ・寛 室 ・元 呆 と 云 ひ て 観 賢 の 傳 を 出 し て ゐ な い。 然 ら ば 當 流 の 所 存 は 具 支 の 式、 血 豚 の 文 並 に 小 野 六 帖 を 本 擦 と し て 盆 信 ・法 皇 ・寛 塞 元 呆 と 相 承 す る の 傳 を 正 と な す べ き こ と を 掲 げ て ゐ る。 但 し 法 皇 が 小 野 流 を 傳 承 さ れ た と い ふ 説 に 就 い て 確 實 な 根 本 文 獣 を 見 な い け れ ど、 比 叡 山 に 行 幸 し て 増 命 よ り 受 法 さ れ た 程 の 法 皇 が 小 野 の 傳 を 受 け ら れ な か つ た と は 断 定 し 得 ら れ な い。 増 命 に 就 い て ﹁ 傳 燈 廣 録 ﹂ に は 比 叡 山 千 光 院 増 命 先 承 観 賢 峰 毅 二 師 之 傳 法 一亦 爲 二圓 珍 座 主 三 部 都 法 之 嫡 子 一( 巻 上 七 紙 右 ) と 出 す。 増 命 は 延 暦 寺 第 十 代 の 座 主、 三 井 の 第 三 代 に し て、 京 兆 の 人、 朝 散 大 夫 桑 安 峯 の 子、 齊 衡 二 年 叡 山 に 登 り 延 最 を 師 と し て 修 學、 時 に 年 十 四、 二 年 を 経 て 戒 を 東 大 寺 に 受 け、 又 叡 山 に 蹄 り て 圓 頓

け、

得、

ぐ、

駿

た。

座 主 と な り、 延 長 元 年 信 正 と な つ た。 同 五 年 十 二 月 十 一 日 滅、 年 八 十 五。 勅 あ り て 静 親 僧 正 と 詮 さ る ( 以 上 元 亨 繹 書 巻 十 )。 そ の 學 系 を 見 る に、

師-光

-増

と あ り、 復

(11)

l

l

-培

-寛

と 相 承 す る も 見 ゆ。 康 濟 は 三 井 の 第 二 代、 延 暦 寺 第 八 代 座 主 と な つ て ゐ る。 光 定 は 豫 州 風 早 郡 の 人、 幼 よ り 爾 親 を 喪 ひ、 大 同 の 初 め に 京 師 に 入 り 傳 教 大 師 の 風 範 を 聞 き て 依 付 し、 大 師 の 寂 後 は 專 ら 圓 頓 戒 壇 興 立 の 爲 め に 奔 走 し、 途 に 租 師 の 意 を 實 現 せ し め る に 至 つ た。 天 安 二 年 八 月 壽 八 十、 萬 四 十 七 に し て 寂 し た。 か く の 如 く 増 命 は 傳 数 大 師 流 と 智 誰 大 師 流 と の 二 系 を 相 承 し て ゐ る。 そ の 中 密 敏 と し て は、 直 接 に は 智 謹 大 師 流、 間 接 に は 慈 畳 大 師 流 を 傳 へ た と し な け れ ば な ら ぬ。 郎 培 命 が 蘇 悉 地 法 を 法 皇 に 授 け て ゐ る が、 そ は 慈 畳 大 師 の 相 傳 に か ゝ る。 こ れ ら に よ つ て 法 皇 の 受 法 さ れ た 台 密 の 何 も の な る か を 知 り 得 ら れ る で あ ら う。 法 皇 授 法 の 資 に 就 い て、 印 融 師 の 西 院 血 豚 を 見 る に 法 三 宮 眞 寂 親 王 年 二 十 三 寛 蓮 年 三 十 五 會 理 年 五 十 四 延 倣 年 五 十 三 玄 照 年 四 十 四 貞 慶 年 四 十 三 寛 平 法 皇 の 事 相 三 七

(12)

寛 平 法 皇 の 事 相 三 八

鬼 宿 、 土 曜

る。

二。

貞 壽 年 五 十 六 前 受 聖 寳、 重 受 貞 運 年 六 十 貞 從 ( 勝 イ ) 年 六 十 二 前 受 盆 信 仁 元 年 五 十 三 内 供 仁 選 ( 全 イ ) 年 四 十 四 傳 燈 滴 位、 東 寺 入 寺 内 供 寛 室 年 三 十 九 ( 或 三 十 五 ) 神 日 年 四 十 三

寅、

た。

る。

ひ、

た。

群、

れ、

じ、

し、

る。

日、

た。

記、

疏、

経 音 義 な ど あ り、 有 名 と さ れ て ゐ る ( 和 寺 諸 師 年 譜、 績 群 類 八 ノ 上 参 照

)。

者、

ふ。

に、

廿

に、

師 に 任 せ ら れ た。 木 佛 絶 像 に 長 じ て 有 名 で あ る。 承 平 五 年 十 二 月 十 四 日 入 滅、 壽 八 十 一 ( 寺 長 者 補 任、 績 々 群 二 ・ 四 九

(13)

四、 印 融 西 院 血 脈 参 照

)。

て、

氏、

學、

師、

當、

り、

た。

三、

(

寺 長 者 哺 任、 同 四 九 三 西 院 血 脈 参 照

)。

人、

子、

卒、

三。

西

る。

た。

子、

た。

す。

ひ、

し、

(

寺 長 者 補 任 綾 々 群 五 〇 〇

)、

ふ。

り、

た。

た。

生、

領、

廿

れ、

者、

じ、

廿

る。

廿

ね、

轄、

正、

じ、

年 二 月 六 日 入 滅 す。 壽 八 十 九。 或 は 九 十 三 と も 記 さ る。 ( 上 西 院 血 脈、 仁 和 寺 御 傳 群 類、 四 ・四 三 七、 績 々 群 二 ・ 五 〇 〇 参 照

)。

た。

り、

り、

子、

し、

日、

け、

れ、

滅、

三、

( 西 院 血 脈

)、

(

々 群 二 ・ 五○七 ) と 出 す。 廣 澤 の 遍 照 寺 に ゐ ら れ た の で 遍 照 寺 大 信 正 と い ひ 寛 平 法 皇 の 事 相 三 九

(14)

四○

ふ。

正、

り、

り、

で、

西

(後

)

て、

に、

を、

す。

り、

亦、

る。

ば、

て、

る。

て、

で、

り、

(15)

こ と ゝ な つ た。 仁 海 僧 正 の 下 に 醍 醐 の 成 尊 あ り、 次 に 醍 醐 の 義 範、 小 野 の 範 俊、 高 野 山 の 明 算 出 で、 小 野 の 一 派 が 分 流 す る こ と ゝ な つ た。 四、 入 壇 受 法 寛 平 法 皇 が 延 喜 元 年 十 二 月 十 三 日 東 寺 に 於 い て 盆 信 僧 正 に 從 ひ て 灌 頂 入 壇 受 法 さ れ た こ と は 第 一 項 に 記 し た 遙 り で あ る が、 そ の 時 の 法 式 は 如 何 で あ つ た か。 本 誌 第 廿 一 號 所 載 の 古 い 灌 頂 儀 式 記 録 の 績 編 と も な る べ き も の な る に よ つ て、 そ の 一 般 を 小 野 六 帖 の 記 録 に よ つ て 出 す こ と ゝ す る。 先 づ 當 日 卯 の 一 剋 よ り 巳 の 二 勉 に 至 る 以 前 に す べ て の 供 具 を 了 る。 今 の 時 間 で 云 へ ば 午 前 十 一 時 頃 ま で と い ふ べ き で あ ら う。 行 列 の 次 第 は 先 づ 巳 の 四 剋 に 行 事 は 鐘 三 下 を 打 つ。 請 信 並 に 御 前 執 蓋 の 五 位 六 位 の 人 々 集 會、 講 堂 北 の 馬 道 に 集 會 了 る や 堂 達 進 み 出 で 行 列 の 式 を 申 す。 大 衆 聴 き 已 つ て 各 々 東 西 に 分 れ 立 つ。 持 幡 僧 二 人 青 の 平 袈 裟 に 同 色 の 衣 裳 を 着、 引 頭 二 人 鈍 色 の 甲 衣 を 着 し 行 事 の 書 を 執 る。 讃 衆 二 十 人、 内 六 人 は 鍍、 二 人 は 饒、 二 人 は 螺、 十 人 は 花 を 持 ち、 盧 色 甲 衣 を 着 し、 次 に 持 花 衆 三 十 二 人 青 色 甲 衣 を 着 す。 持 金 剛 衆 廿 六 人 柄 袈 裟 着 用。 僧 綱 二 人 香 燈 を 持 ち、 乞 戒 師 は 香 燈 を 持 ち て 輿 の 前 に 立 ち、 大 阿 閣 梨 は 御 乗 輿、 引 綱 六 位 十 六 人、 持 輿 八 人。 白 蓋 の 執 蓋 三 人 は 五 位 二 人、 六 位 一 人。 從 僧 二 十 人 の 中 十 人 は 青 色 の 袈 裟 を 着 し、 十 人 は 鈍 色 の 袈 裟 を 着 し、 如 意 等 物 具 を 執 る 人 二 行 に 立 列 す。 衆 信 立 列 了 つ て 東 寛 平 法 皇 の 事 相 四 一

(16)

寛 平 法 皇 の 事 和 四 二 西 に 相 向 ひ 讃 登 音、 諦 す る こ と 三 反、 鍍 一 條、 次 に 更 に 讃 を 諦 じ 鍍 を 打 ち、 行 歩 す る こ と 常 の 如 ぐ、 但 灌 頂 院 の 中 門 に 至 り て 御 前 に 留 り 立 ち、 衆 信 前 の 如 く 相 向 つ て 復 讃 を 諦 す る こ と 一 反、 饒 一 條、 然 し て 後 中 門 を 入 り、 御 前 の 衆 は 禮 堂 の 橋 の 東 に 立 ち 留 り、 衆 俗 は 次 第 に 上 堂 す。 次 に 阿 閣 梨 下 輿 上 堂 御 輿 並 に 白 蓋 等 は 東 の 屋 の 庇 に 安 じ、 出 堂 の 時 を 待 つ。 階 段 の 下 よ り 從 僧 は 直 に 師 の 坐 所 に 往 き 草 座 を 敷 き 香 呂 を 置 き 師 の 到 る を 待 つ。 説 戒 堂 次 第 先 づ 持 幡 僧 二 人 高 座 前 机 の 東 西 に 相 向 つ て 立 ち、 引 頭 二 人 は 中 之 間 東 西 柱 の 下 に 北 向 に 立 ち、 讃 衆 は 高 座 の 後 へ 立 列 し 讃 鍍 の 聲 を 断 た す。 持 金 剛 衆 高 座 を 三 匝 す る こ と 終 っ て 鍍. を 打 つ 聲 を 急 ぎ 畢 り、 鍍 等 を 置 き、 高 座 の 後 よ り 東 西 に 分 行 し、 第 三 ・ 四 の 床 の 後 に 立 つ、 毎 床 五 人、 持 花 衆 は 東 西 第 五 床 並 に 北 長 床 の 前 第 五 床 南 の 一 に 立 つ。 持 金 剛 衆 は 東 西 第 一 ・第 二 の 床 の 後、 毎 床 蔦 次 に 六 人 づ ゝ、 爾 僧 綱 は 東 西 雫 盤 の 後 に 立 ち、 乞 戒 師 は 南 の 中 間 に 立 つ。 次 に 阿 閣 梨 登 高 座、 次 持 金 剛 衆 は 更 に 床 の 南 よ り 出 で 禮 盤 の 後 に 立 列、 帥 起 て 西 の 端 よ り 高 座 を 三 匝 し、 復 前 の 如 く 禮 盤 の 後 に 立 列、 東 西 萬 次 に 各 座 所 へ 蹄 り 立 ち、 讃 衆 も 亦 如 此 立 列 す。 次 に 維 那 師 大 衆 の 立 列 し 了 る を 見 て 磐 ︼ 打、 帥 ち 乞 戒 師 並 に 持 香 燈 持 金 剛 讃 衆 持 花 衆 各 同 時 に 着 座 す。 東 西 の 引 頭 は 大 衆 の 着 座 し 畢 る を 見 て、 各 東 西 に 分 行、 第 三 の 床 の 南 端 に 着 座 す。 持 幡 二 人 は 幡 を 捨 て ゝ 引 頭 と 同 時 に 高 座 の 後 よ り 東 西 へ 分 行、 床 の 末 に 着 す。

(17)

つ、

返、

馨、

返、

一火

ち、

西

る。

從、

音、

ゐ、

西

み、

す。

西

花、

西

す。

ハ ナ ゴ

音、

道、

る。

坐、

る。

磐、

等、

し、

つ。

て、

り、

る。

ち、

堂、

く、

堂、

座、

信、

す。

く、

便

う。

反、

る。

く、

間、

り、

修、

る。

事、

く、

う。

調

じ、

る。

く、

す。

反、

(18)

條、

西

で、

す。

く、

誓、

返、

る。

る。

輿

り。

く、

僧、

頭、

衆、

粍、

剛、

す。

す。

輿

輿

み。

い。

殿

す。

く、

列、

輿

す。

西

行、

西

ち、

西

つ。

列、

列、

音、

條、

喜、

返、

三、

(東

)。

退

す。

て、

る。

た。

(19)

の 爾 僧 綱 は 聖 寳 大 僧 都 と 峯 骸 律 師 に し て、 阿 闊 梨 入 室 の 弟 子 は 神 日 大 徳 で あ つ た。 次 に ﹁ 傳 法 灌 頂 式 ﹂ を 見 る に 上 堂、 先 づ 右 に 爾 壇 三 匝。 已 つ て 壇 前 普 禮、 次 に 着 座 普 禮、 次 に 九 方 便 等、 大 衆 は 皆 大 日 の 名 號 を 諦 す。 阿 闇 梨 は 常 の 如 く 供 養 法 作 法 を 行 ふ。 前 分 念 諦 已 り て 大 壇 の 瓶 を 壇 邊 の 机 上 に 置 く。 次 に 阿 闊 梨 起 立、 新 阿 闊 梨 に 護 身 せ し め、 三 部 諸 曾 を 普 禮 せ し め る。 次 に 阿 閣 梨 は 新 阿 闊 梨 を 傘 ゐ て 小 壇 に 着 座、 左 足 を も つ て 蓮 花 門 を 踏 み、 右 足 を も つ て 花 皇 座 を 踏 む こ と に 注 意 す。 然 し て 關 伽 ・塗 香 ・焚 香 ・ 燈 明 ・ 諸 食 を 次 第 に 供 養 す。 阿 閨 梨 は 中 毫 の 瓶 を 執 り て 大 壇 を 三 匝 し 本 所 に 置 く、 自 籐 の 四 瓶 皆 共 に 如 是 同 じ く す る。 か く て 灌 頂 す る こ と 次 第 の 如 く、 中 毫 の 瓶 を も つ て は 中 央 を 灌 頂 し、 四 菩 薩 の 瓶 を も つ て は 東 南 ・ 西 南 ・ 西 北 ・東 北 と 順 次 に 灌 ぐ。 次 に 五 鈷、 金 鉾、 法 輪、 商 怯、 明 鏡 等 の 秘 密 通 具 を 授 與 し、 自 彿 を も つ て 頂 上 を 摩 す。 式 ( 本 作 或 ) 云 ふ 灌 頂 水 を も つ て 頂 を 摩 す と。 阿 閣 梨 は 更 に 自 傘 を 執 り て 新 阿 闊 梨 の 頂 を 覆 ひ 大 壇 を 旋 逃 す る こ と 三 反、 西 門 に 至 る 毎 に 慰 慰 に 禮 拝 そ れ に 随 ひ て 傘 を 上 下 す。 新 阿 闊 梨 本 座 に 還 着、 阿 闊 梨 の 後 供 養 作 法 等 あ り て 胎 藏 壇 を 了 る。 胎 藏 壇 了 れ ば 次 に 金 剛 界 壇 に 入 る。 帥 着 座 普 禮 五 悔 等、 大 衆 の 大 日 尊 號 を 念 諦 す。 前 分 供 養 法 の 後 五 瓶 を 小 壇 に 移 し、 新 阿 闇 梨 に 護 身 せ し め、 四 禮 等 を 唱 へ し め る。 新 阿 闊 梨 灌 頂 壇 に 着 す る に は 先 づ 左 足、 後 右 足 と な す。 次 に 闘 伽. 塗 香・ 實 冠 ・ 焚 香 ・ 燈 明・ 諸 食 等、 次 に 灌 頂 す る に 五 部 の 瓶 を も つ て 一 々 寛 平 法 皇 の 事 祖 四 五

(20)

寛 平 法 皇 の 事 相 四 六

す。

持、

頂、

(

本 作 四 ) 佛 繋 髭 等、 次 に 五 鈷 を 蔓 手 に 授 け、 金 鉾 ・ 明 鏡 ・法 輪 ・ 法 螺 を 授 け、 阿 闊 梨 は 傘 を 執 り て 上 を 覆 ひ 大 壇 を 三 匝 す る こ と 前 の 如 く、 東 門 に 到 る ご と に 禮 舞、 傘 を 随 身 上 下 す。 後 供 養 法 廻 向 等。 か く て 金 剛 界 壇 を 了 る こ と ゝ な る。 但 し ﹁ 小 野 六 帖 ﹂ に は 右 の 記 録 の 次 に 弘 法 大 師 第 八 葉 阿 閣 梨 耶 仁 海 始 從 大 日 如 來 至 子 仁 海 當 十 五 葉 之 と い ふ 文 あ り。 ﹁ 口 傳 書 ﹂ に は 右 ﹁ 灌 頂 式 ﹂ を 仁 海 の も の と し て ゐ る。 今 は 墾 考 の 爲 め に 附 記 す る こ と ゝ し た。 以 上 は 延 喜 元 年 十 二 月 灌 頂 の 庭 儀 式 で あ つ て、 現 在 の 庭 儀 式 に 比 し、 丁 重 を 極 め た も の で あ つ た ら し い。 猶 小 野 六 帖 に は 延 喜 八 年 五 月 三 日、 法 三 宮 寛 蓮 等 に 法 皇 自 ら 法 を 授 け 給 ふ た 時 の 説 戒 文 が 出 さ れ て ゐ る 。 文 に 曰 く 謹 捻 二説 戒 儀 式 一師 傳 多 途 僧 正 阿 閣 梨 奏 授 之 日 只 依 一結 縁 法 則 一 是 一 師 儀 式 也 傍 今 捻 咽弐 文 一 式 文 多 本 唯 結 縁 儀 式 既 是 傳 法 弟 子 皆 前 所 知 何 勢 開 聴 今 爲 二 傳 法 弟 子 一 異 設 秘 密 方 便 者 都 非 二他 類 所 レ聞 道 理 不 ツ 然 今 須 自 除 二受 學 弟 子 云已 外 一 切 不 レ可 ン預 一説 戒 坐 一因 レ裁 御 説 戒 於 灌 頂 堂 内 唯 欲 レ倉 二受 者 猫 ( イ 待 或 持

)

一叉

一合

二他

一若

レ命

云他

二後

一也

(21)

五、 事 相 の 記 先 づ 本 項 の 最 初 に 見 る べ き は 彼 の ﹁ 十 八 道 念 諦 次 第 ﹂ で あ る。 奥 書 を 見 る に ユ シ ノ イ ン

西

る。

徳、

ニ シ ノ イ ン

ふ。

西

に、

右 黙 に 師 傳 を 載 す と 云 ふ。 當 流 の 心 引 の 本 一 も 他 流 の 本 を 校 す る な く、 朱 書 星 鮎 書 様 等 に 至 る ま で 悉 く 法 皇 の 籐 挺 で あ る。 と 。 ﹁ 西 院 流 聖 敏 傳 授 目 録 ﹂ に は 十 八 道 念 諦 次 第 大 師 と 出 す。 然 ら ば 西 院 流 十 八 道 は 大 師 御 作 の 次 第 を 本 と し て、 寛 平 法 皇 の 朱 書 校 貼 せ ら れ た る を 用 う る こ と ゝ な る。 然 し て 法 皇 御 製 の 本 に 就 い て 右 奥 書 の 次 に ﹁ 加 持 香 水 の 樹 注 に 量 寳 の 二 字 を 加 え、 五 悔 文 及 び 關 伽 の 言 に 託 字 あ り、 又 朱 を も つ て 四 蟻 並 に 二 本 尊 加 持 の 慮 を 示 し、 廻 向 末 の 句 に 廻 向 無 上 大 菩 提 を 加 へ、 又 御 流 の 本 に 朱 を も つ て 委 く 四 明 の 印 を 記 す ﹂ と 註 附 し て ゐ る。 一 本 ﹁ 西 院 聖 漱 傳 授 目 録 ﹂ を 見 る に、 金 剛 界 に 就 い て、 左 の 如 く 三 部 を 出 し て ゐ る。 金 剛 頂 蓮 花 部 心 念 諦 次 第 盆 信 八 巻

小 層 寛 平 法 皇

寛 平 法 皇 の 事 相 四 七

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