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著者 佐々木 勝彦
雑誌名 東北学院大学キリスト教文化研究所紀要
号 37
ページ 23‑51
発行年 2019‑06‑30
URL http://id.nii.ac.jp/1204/00024394/
日本の現代神学
── キリスト教倫理学の可能性 ── (3)
佐々木 勝彦
第六章 「主体性の問題」1
第六章は,I「客観的文化価値の主体的継承」,II「主体性の虚弱と喪失」,III「個人的主 体性の確立」,IV「個人の確立と契約社会」,V「自然からの超越の可能性と限界 ── 間 奏曲的考察」,VI「共同体的主体性の形成」の六節から構成されています。
ここで直ちにその内容の紹介に入りたいところですが,本書全体における第六章および 第七章の位置づけを確認するために,第八章の冒頭の解説を引用しておきます。そこには こう記されています。
「われわれは,中世から近代への社会変動の四つの相 (工業化,都市化,民主化,情報化)
1 ここで,これまで紹介してきた大木英夫著『新しい共同体の倫理学 ── 基礎論』(上,下) の各 章の内容の中から,その一部を取り出し,それと自らの経験を少し重ね合わせて語ることにより,
今回の論考の助走にしたいと思います。すでに皆さんも感じておられるように,本書には実に盛 り沢山の内容が入っており,ある個所で考えだすと,いつのまにか全体がみえなくなるときがあ ります。その誘惑に打ち勝つために,ただひたすら終わりに向かって読み進む方法もありえます が,筆者はあえてゆっくり読む道を選択しました。今回でこの本の紹介は終わる予定ですが,著 者はこの書物の出版後に『人格と人権 ── キリスト教弁証学としての人間学』(上,下) という 八百ページを超える大著を著しており,この紹介を抜きにして大木神学について語ることはあま りにも無責任というべきでしょう。機会があれば,これらの内容も紹介したいと考えています。
さて,『新しい共同体の倫理学』の「序章」においてまず気になるのは「深層社会学」という 用語です。これはもちろん深層心理学になぞらえて造り出された造語ですが,筆者には魅力のあ る言葉でした。かつて大学において筆者が属したのは経済学部であり,専攻したのは国際経済論 と呼ばれる分野でした。その後,神学の世界に入った時にも,時代状況の影響もあって,関心を 持ち続けたのはキリスト教社会倫理と神秘主義の関係でした。さらに卒業後,時間をかけて読ん だのは,宗教社会学関係の書物と普遍的無意識に関する書物でした。したがって「深層社会学」
という言葉には何の抵抗もありませんでした。
またここでは,「相対主義の克服」が語られており,これも筆者には思い当たる言葉でした。
最初にこの問題にぶつかったのは,当時の経済学には,マルクス経済学と近代経済学の二つの分 野があり,主にどちらか一方を選択して学ぶように勧められたことでした。ひとつの経済現象を 説明するのにどうしてこれほど違う内容の経済学があるのか,その当時はよく分かりませんでし た。そして神学の世界に入ってみると,そこにも「…… の神学」という具合に,いくつかの異な る理解があり,それらを学ぶことが何を意味するのか,これもよく分かりませんでした。そして トレルチによって提起された「キリスト教の絶対性の問題」に触れた時には,本当に困ってしま いました。そしてこれと戦って出てきたはずの弁証法神学も,何か別世界のように感じられまし た。しかし,その世界が少しわかるような気がしてきたのは,それがいずれも戦争体験を背景と しているらしいと気づいた時です。筆者の学んだ先生方は,ほぼ全員,何らかの戦争体験をもっ ていました。
を見てきた。そして近代化と深く関わるヨーロッパ中世的教会社会の体制である「パリッ シュ」から近代的な「コングリゲーション」としての教会への転換における人間と社会の 性格の変化の四つの相 (個人化,歴史化,契約化,機能化) があることをも指摘してきた。
前二章 [第六章と第七章] では,《個人化》と《歴史化》の相において,主体性の確立につ いて,また新しい共同体への移行,そして新しい共同体の形成の中心について考察してき 「第一章「社会変動と倫理の問題」」は,現代の社会変動を近代化の継続として捉え,そこから 倫理の問題を考えるべきことを主張しています。この議論を追いかけながら,かつて経済学にお いて,「経済学者は理論を説くだけで,彼らの株価予想は当たらない」という話を思い出しました。
過去のデータを分析して未来を予測しても,いずれその未来に裏切られるという話です。では,
神学の場合にはどうなるのかでしょうか。この問題の解決にヒントを与えてくれたのは「終末論」
に関する議論でした。大木英夫著『終末論』を繰り返し読んだことを思い起こします。この書物 の初版は一九七二年に出版されていますが,その最後の文章は次のように結ばれています。「中 世の文化総合の実現を導いた原理は,「恩寵は自然を破壊せず,これを完成する」というものであっ た。われわれが新しい文化総合を探求するときに必要なものは,「恩寵は歴史を破壊せず,これ を成就する」という原理であると思う。」そしてこの後に筆者は,読後感として,「自分の変化が よく分かる。実存から歴史へ。」という言葉を書き加えています。
「第二章「古い共同体から新しい共同体へ」」は,「大日本帝国憲法」下の日本と「日本国憲法」
下の日本の対必しつつ,イェリネックの分析に基づいて,後者の発想は,古くはピューリタニズ ムに由来することを語っています。
「第三章「文化価値の倫理学」」は,バルト神学の影響の強い中で,ラインホールド・ニーバー がトレルチの問題意識を継承し,独自な仕方で深化したことを紹介しています。
「第四章「神学的相対主義」」は,トレルチとバルトの間にあって第三の道を行こうとする大木 神学の方法論を理解するうえで,極めて重要な箇所です。ただしこの章の内容を理解し,納得す る過程は,ひとによってかなり違うのではないかと想像しています。例えば「神学的相対主義と は《救済の論理》である」とか,「神学的相対主義とは,信仰の命綱に摑まって,自らの不信仰 つまり罪を認識する」という表現に出会って,それだけで納得できる人はいいのですが,少なく とも筆者にはかなり難しい表現でした。それが少し分かりかけたのは,「神学的相対主義とは,
信仰義認の論理の《方法論的展開》である。神学的相対主義は,信仰義認の真理によってのみ可 能になる。それは「義にして同時に罪人」というルター的命題の展開である」という言葉に触れ てからです。それまで,筆者のうちには次のような勝手な思い込みがありました。それは,著者 はピューリタニズムの研究者であるから,当然カルヴァン的な理解に立っているはずだ,との決 めつけです。ルターにまで立ち帰って考えるべきことを忘れていたのです。そしてこの宗教改革 者ルターの存在を思い起こしたことにより,著者がなぜラインホールド・ニーバーの神学に魅か れたのかということも少し想像できるようになりました。著者によると,ラインホールド・ニー バーは「宗教改革からピューリタニズムへの意味を理解し,その意味での自由の伝統を自覚的に 継承した神学者」つまり「自由の神学者」であると同時に,その自由の中に罪の力が働くことを 洞察していた神学者でした。
「第五章「自由の伝統」」の目的について,著者はこう述べています。「われわれは,人権の理 念を,イェリネックの発見を基礎として,さらにその背景と基礎を歴史的に辿ってみることにな る。われわれはその歴史的系譜を「自由の伝統」と規定する。われわれの見方を要約すれば,(イェ リネックが人権を信教の自由においてみたように) 人権の基礎に信教の自由があり,それは宗教 改革から由来する宗教の外面的習俗から主体的信仰への内面化のピューリタン的発展 (良心の自
由) であり,そのようなものとしての神との直接的霊的な関係の強調,そして国家権力の迫害か
ら守るため「教会と国家の分離」や「トレレーション」の要求となる,そのような歴史的系譜を,
ここで探求することになる」(下16頁以下,I) と。つまりここでは「自由の伝統」の縦糸である
《信教の自由》と,その横糸である《宗教寛容》の歴史を探求する必要性が論じられています。
続く第六章においてはこの自由を担う「主体性の問題」が,第七章においては「新しい共同体 の形成」が,そして八章においては「規範の問題」が取り上げられています。
たが,ここではとくに,《契約化》と《機能化》の相において,《規範》の問題を取り扱う ことにしたい」(231頁,I)。
この引用が示唆するように,第六章では,世界が自然から歴史へと変動するなかで,人 間が「主体」となって,自然に働きかける側面が論じられています。この主体性の確立に は個人的な面と共同体的な面があります。前者は,自然的なものによって構成されている 古い共同体から,自由な精神に基づく新しい共同体へ移行する際に必要とされる「個人と なる勇気」(ティリッヒ)を,後者は,古い共同体から新しい共同体へ入って行く際に必 要とされる「部分となる勇気」をそれぞれの内容としています。ではこの「個人的主体性 の確立」はどこで起こるのでしょうか。これについて著者は次のように述べています。
① 「都会に流入する若者は,自己を個人として確立することはない。その確立を与え る原理がない。しかし今日の必要は個的主体性の確立である。
その確立の原理とは「人格」である。人格は,神の呼びかけによって,応答する主体と して,現出する。人格を《客観的に》あるということができるか。それはイエス・《アンド》・ ノーである。神が存在している限り,イエスである。しかし,もしその呼びかけによって それが確立されないならば,ノーと言うべきであろう。そこから出立とは,自然からの解 放,自由の経験でもある。その後に契約がたてられる。そこでブーバーのいわゆる「我と 汝」の構造ができる。しかし,そこに罪があるならば,つまり,自由が罪に汚染されてい るならば,その契約は破れ,主体は崩れる。問題は,今日の環境汚染だけではない。人類 と共に古く深く主体的内面における「罪の汚染」である。そこで主体性の確立は,《贖罪 論的な課題》となるのである。イエス・キリストの中でしか,神との契約のパートナーと なれない。人間が呼び出され,それに応じて立つ,その時,それを中心として,創造がそ の応答のための準備となる。それがバルトの教えるところである」(124頁以下,III)。
※ この理解によると,人間の人格の源泉は「人格神」にあり,この神によって「汝」
と呼びかけられることにより,初めて人間は自らを人格として自覚することになります。
したがって「人格」とは,科学的に立証できるようなものではなく,聖書に由来する人間 理解であり,「それは,ユダヤ・キリスト教的ドグマであって,その真理性はそれをただ 受容するかどうかにかかって」(134頁,III) います。
日本人の場合,この主体性の確立を阻害する要因となっているのは,次の二つです。そ の一つは,天皇制の存続にみられるような日本人の「虚弱さ」であり,もう一つは,科学 技術の発達に伴う主体性の喪失です。前者の問題について著者は,例えば次のような言葉
を残しています。なお,④ の引用は第七章「新しい共同体の形成」からのものですが,
ここでまとめて読むことにより,著者の立場がより明確になるはずです。
② 「敗戦後の日本の一般的関心事は,いかにして国体を護持するか,ということであっ た。東京裁判において,戦争責任を天皇に問うことを,いかにして回避するか,相当の工 作努力がなされた。(最近出版された吉田裕著『昭和天皇の終戦史』[岩波新書,一九九二
年] 参照。この責任問題について,倫理学的には時効はないであろう。) 昭和天皇は,退位
するのでなく,その地位を保持して新憲法体制の中で生き延びた。木戸幸一は,天皇制が 廃止されることによって,日本が共和制になることを危惧した。確かに,もし天皇の戦争 責任を問うならば,日本は有史以来初めて共和国になる可能性をもったであろう。それを 不問に付することによって,天皇は生き延び,そして天皇制は存続した。しかし,それは 長くその責任問題の暗影を帯びたものとなるであろう。その意味でも天皇制は,日本の倫 理学的問題である。もちろん,日本にその共和制を支える条件,つまりエートスができて いない故に,たとい共和制が成立しても,十七世紀イギリスの共和制のような運命を免れ なかったであろう。そして,アイロニカルなことながら,戦後日本のにおけるデモクラシー の定着は,このような態様で天皇制が存続したことに支えられているのである。しかし,
天皇の戦争責任がなくなったとは言いがたい。また倫理学的に見て,その問題の残存が,
日本における共和制の可能性の問いを払拭できないものとするであろう。日本国憲法の「象 徴」としての天皇は,日本国民が「国民主権」を自覚し,各個人が主権者として自立する ことによってみ,それを「象徴《化》」することができるであろう」(136頁以下,IV)。
③ 「この「もう一つの勇気」とは,かえって,新しい共同体の形成の真の問題を開示 することになるであろう。つまり,新しい共同体の形成に必要な「もう一つの勇気」をど のようにして人間はもつことができるのか,ということが真に困難な課題だからである。
それは,確立された個人が,ふたたびそれ自身を滅却していくような「動き」でもあるか らである。その「動き」は新しい《献身の対象》を求める。ここで,われわれはふたたび,
《現代日本の倫理学的問題が天皇制に集約している》事実に出会う。というのは,敗戦に おける天皇のサヴァイバルは,日本人の魂に深い問題を残したからである。日本国民は,
戦争中の多くの犠牲者たちが天皇のためにその生命を献げたようには,もはや天皇のため に献身することができなくなったという問題である。その意味で天皇は,もはや新しい共 同体の形成の《核》とはなり得なくなったのである。今日果して天皇のためにその生命を 犠牲にする日本人はいるだろうか。天皇は,《法的》には国民統合の象徴と記されているが,
《倫理的》にはその統合力を《もたない》」(148頁,VI)。
④ 「昭和天皇が敗戦の責任を取ることなく,戦後に生き延びたことは,日本国民の魂 に深い傷を残した。その傷の痛みが,日本国民をエゴイズムに駆り立てるのであろう。日 本には今日の政治的腐敗に対する倫理的義憤と反撥が弱く,そのような精神の底にある倫 理的弛緩からくる一種の「寛大さ」をもってそれを許容するところがある。それと似た仕 方で,戦争責任の問題を不問に付すことによって,天皇を「国民統合の象徴」とすること が認められる。しかし,この中心の倫理的腐敗は,日本人を必然的に自己中心的にするの である。しかもなお天皇を中心としているということは,今日の政治的腐敗に対する一種 の「寛大さ」と同じ精神的背景をもつ現象である。しかしそのような天皇制は,日本の国 際化に対する阻害要因となるであろう。またそこに留まるかぎり,日本における新しい共 同体形成は根本的に不可能となる」(168頁以下,I)。
※ 著者は ② の引用に続き,昭和天皇の病状および死に際し,日本政府とマスメディ アがつくりだした「自粛ムード」は,日本人の「民度」の弱さ,つまり個の確立における 未熟さの現れであると語っています。イギリス王室の「象徴化」は,ピューリタン革命を 媒介としています。つまりチャールズ一世は責任を問われ,裁判にかけられ,そして断頭 台で処刑されました。ところが,昭和天皇は戦争責任を追及されませんでした。日本の今 後の課題は,このいわば無責任体制のなかで,いかにして平和裡に共和国日本を目指すの かということにあります。著者によるとそれは,政治的にではなく倫理的に「《日本の倫 理的大改造》」(137頁,IV) という仕方で追求されるべきものです。
③ の引用は,「共同体的主体性の形成」について論じている第IV節からのものであり,
今日,そのために献身してもよいと思われる中心は,「他者の犠牲によって生きるような者」
ではなく,「《みずからを犠牲にしてその血をもって他者を生かすような崇高な中心》」(149 頁,VI) でなければならず,その血が人間の「罪」の贖いとなるような中心でなければな りません。この発言によって考えられているのは,もちろんイエス・キリストのことです。
著者によると,今日の社会変動は,古い共同体から新しい共同体へと向かう変動であり,
これはすでに教会において初めから見られた動きであり,教会はこの動きの「ユニークな モデル・ケース」(同)となりうるのです。この変動のなかにみられる世界と教会の歴史 との内的対応関係を,著者は「《世界は [無意識のうちに] 教会になりたがっている》」(157 頁,VI) と表現しています。なお,鍵括弧の中の注は筆者が加えたものです。したがって 例えば,教会組織の三つの形式,つまり監督制,長老制,会衆制も,権威と合意の関係,リー ダーシップとデモクラシーの関係に関する「経験の諸相」として読み解くことが可能にな ります。監督制は,成熟性を前提としない制度として,長老制は成熟性を部分的に前提と
する制度として,そして会衆制は,すべてに成熟性を要求する制度として解釈することが できます。
次にもう一つの阻害要因,つまり引用 ② および ③ の前に言及した,科学技術の発達に よる主体性の喪失という阻害要因に関する発言を紹介しておきましょう。これは,今日の 日本の若者にとって極めて大きな問題であり,教育現場に関わる者にとって避けられない 問いです。著者は,この阻害要因は,すでに言及した神学的相対主義によって克服されう るとして,こう述べています。
⑤ 「科学技術に対して人間の主体性の世界を単純に対立させ,その孤島を守るという 戦術では現代の問題を解決できないであろう。つまり逆行的アナクロニズムではだめだと いうことである。われわれは,科学技術による「客観化」の外的展開だけを見るのではな く,科学技術による「自由化」の内的推進を見てきた。したがってむしろメカニカルなも のに弱いことによって,人間の主体性を守るのではなく,メカニカルなものを正しく使用,
利用するということによって,科学技術を人間化するという課題を考えるのである。その ような角度から積極政策をとる必要があると思う。そのためには,人間の主体性を,科学 技術と対立するのではなく,それをその視野におさめつつ,確立しなければならない。そ の時,神学的相対主義の意味が再び考慮されねばならないであろう。この歴史の動向を捉 えるのは,科学技術をも《歴史的》に捉えることによって可能となるのである。それは神 学的相対主義,つまり神における絶対客観のもとに科学技術史を捉えることによるのでな ければならない。科学技術に対して実存主義的反発を企てることによっては,それが可能 にならない。われわれは客観主義と主観主義との悪い対立を乗り越え,神学的相対主義に よって止揚しなければならない,という考えを述べてきた。今日の主体性の回復の課題は,
「科学する」ことにとらわれた時代を超えるのであって,それ以前に戻ることではない」
(131頁以下,III)。
なお,著者は,共同体的主体性の「成長」との関連で,この神学的相対主義は高度に逆 説的な思惟であるため,人間主体における「マチュリティ」を必要とすると述べています。
ここで,その箇所も紹介しておきます。教育現場に関わる人びとにとって,倫理と成熟の 関係に関する問いは,日々新たに突きつけられる難問だからです。
⑥ 「「マチュリティ」は主観性と客観性との動的な結びつきを可能にする。第四章で論 じた「神学的相対主義」は高度に逆説的な思惟であって,人間主体における「マチュリティ」
なしにはその正しい取り扱いは不可能である。共同体的主体性の成立は,個人主体がそれ の置かれている場をも見るような《客観的視野をもつこと》を一要件とする。他者からの 視野を認め,そしてその中に自己を置くことのできるのは,《成熟した》個人的主体の可 能性である。そしてそのような個人的主体性は,《潜在的に》共同主体性でもある。この ような主体性の成熟は,契約関係の中で起こる。「モラリティ」が「マチュリティ」と結 びつくのは,契約関係の中での可能性である。……
新しい共同体の倫理とは,このような《倫理的共同主体性》を前提する。…… このよ うな倫理的主体性においては,心情倫理と責任倫理との分裂はない」(154頁,VI)2。
第七章 「新しい共同体の形成」
第七章は,I「新しい共同体の形成の課題」,II「形成としての倫理学」,III「日本の歴史 化とメシア待望」,IV「教会と神の国 ── 終末論的聖餐共同体の形成」,V「「社会教説」
と新しい共同体の倫理学」の五節から構成されています。
① 「戦争中のキリスト者は,天皇とキリストとの選択を求められた。《倫理的問題とし ては》,この選択は《戦後も残っている》のである。それは敗戦によって解消されること はなかった。日本の課題は,戦後もまた,天皇とキリストとの選択である。新しい共同体 の形成の課題は,その中心において,天皇かキリストか,である。天皇が新しい共同体の 形成の中心となることができないのは,ただに,戦争責任の回避という問題だけではない。
今日の状況は,日本的限界を超えて,世界共同体にまで広がることが求められる時代となっ たからである。われわれは社会変動の事実からこの研究を出発させた。世界は,コスモス から歴史へ,自然から自由へという,深い変化を起こしている。それをわれわれは「歴史 化」と呼んだ。この歴史化が必然的に《世界共同体》を求める。天皇は,戦前にあった程 の日本国民の統合をつくりだすことができないことは明らかであるが,いわんや天皇が世 界共同体という日本の限界を超えた大きな人類共同体の形成の中心となることはできな い。…… 一体新しい共同体の中心は何か。もし世界が歴史化し,その中からメシアニズ ムが発生するならば,それに対応して,キリスト (メシア)が問題になるであろう。メシ アとは,その中心となるべき存在のことである。そのメシアとは誰か。教会は,十字架の
2 本文においてはこれらの議論の後に,「責任社会の形成」の項目があり,それは ①「責任社会の 概念」と ②「共同 [体的] 主体性の絆とその規模」の面から論じられています。それは歴史の完 成に関わる密度の濃い内容となっていますが,「聖餐論」,「贖罪論」,そして「聖霊論」に直接関 わる用語がかなり自由に用いられているため,今回はあえて割愛しました。機会があれば,ぜひ 自らその世界を紐解いていただきたいと願っています。著者の熱い思いが伝わってくるはずです。
イエスをキリスト (メシア)と信じた。そのキリストが,ここで,新しい共同体の形成の 課題と関わるのである」(169頁,I)。
※ この引用 ① のあとに,著者はこう明言しています。「これを取り扱う本章は,本書 の事実上の《結論》の部分となる」と。では,天皇とキリストの根本的な違いはどこにあ るのでしょうか。それは「イエス・キリストは,自己を犠牲として他者を生かしたが,他 者の犠牲によって自己を生きのびさせることはしなかった」(170頁) ことにあります。新 しい共同体の中心は「《自己犠牲そのもの》」であり,「《犠牲愛》そのもの」(同)でなけ ればならないのです。
② 「ボンヘッファーとわれわれの行き方の根本的な違いは,ボンヘッファーが西欧文 化の歴史的遺産とその没落に対してイエス・キリストを形成の原型として直接設定する,
そのようなことが《できない》ということである。むしろ,《なぜ》イエス・キリストを 中心として,そのまわりに新しい共同体を形成せねばならないのか,その点を問題にせね ばならない,ということである。歴史的遺産の没落からではなく,歴史化,そして歴史形 成の課題からイエス・キリストを中心として要請するのである。……
しかし日本の教会は,ラトゥーレットの言う世界宣教の偉大な十九世紀のつながりにお いて成立した。それは「没落」の西欧とは関係していない。それ故日本の教会状況は,ボ ンヘッファーの見方に囚われず見直される必要がある。この見直しのためには,神学的相 対主義を必要とし,またそれに基づく生態学的視野を必要とするであろう」(186頁以下,
II)。
※ 第II節において著者は,「形成」という概念を用いて倫理学を構想している人物と してトレルチとボンヘッファーを上げ,特に後者の構想の問題点を指摘しています。その 最大の問題点は,「彼の歴史理解がアングロ・サクソン的教会史を正しく捉えていないこと」
にあり,「その認識不足が,その教会論を,教会史的に極めて限定されたドイツ・ルター 派的なもの」(180頁,II)にしていることにあります。したがって彼の教会論は日本の状 況には適合しない,ということになります。なお,この節の第 (2) 項には,著者がボンヘッ ファーに関心を持つようになった経緯を語る貴重な言葉が残されているので,ここで紹介 しておきます。このような発言は,書物を通して知ったある著者の意図を確認する際に,
一つの有力なオリエンテーションになるはずです。それは,次のように語っています。
「わたしは,ボンヘッファーのEthikの所在をブルンナーによって教えられた。そして
それを留学前に入手した。これはベートゲによって一九四九年に出版されたが,わたしが 入手したのは一九五三年版であった。ブルンナーはボンヘッファーの倫理学を自分とバル トとの中間を行くものとして賞賛した。その時以来,わたしにとっては,ボンヘッファー の倫理学との対話は宿題であった。特にわたしにとって,戦争中同盟国であったドイツと 日本の両国の中で,時代は異なっても,つまりボンヘッファーは戦争中,わたしは戦後,
いかに戦時中両国に存在し戦後にもなお克服されるべく伏在しているような状況を踏ま え,キリスト教倫理学をもってそれと取り組むかという課題をもった点で共鳴するものが あった。ボンヘッファーとの親近感は,彼がドイツからユニオンに留学し,わたしは日本 からそこに留学したという偶然の一致も影響したと思う」(178頁,II)。
③ 「われわれは,新しい共同体の形成の《中心》を,ボンヘッファーのように直接的 に設定できない故に,それを《探求》せねばならない。日本における形成の倫理学として,
その形成の中心が《なぜイエス・キリストであるのか》,その理由を明らかにせねばなら ない。われわれの探求の方向を,ここで明らかにしておきたい。それはこういうことであ る。《日本の歴史化がメシア待望を生み出す。》そのメシア待望に対応して,イエス・キリ ストとのかかわりが出てくる。そこに新しい共同体の形成の新しい中心が見出されるとい うことである」(188頁,III)。
※ 引用 ③ は第III節「日本の歴史化とメシア待望」(1)「歴史化と歴史形成」の冒頭 部の文章です。かつて筆者は,著者の担当する大学院の講義のなかで,繰り返し,「キリ スト教とは何か ? 」という問いと,「なぜキリスト教なのか ?」という問いを結びつけて 考えるように指導された,と記憶しています。その当時,この指導の背後にある著者の答 えがどのようなものであるのか,それはよくわかっていませんでした。ただ,著者の書物 を通して,「世界は教会になりたがっている」という言葉に出会ったときの衝撃は,今もはっ きり覚えています。「キリスト教とは何か ?」と問うだけでは,この言葉は出てきません。「な ぜキリスト教なのか ?」という問いは,明らかに,他宗教の存在を意識しており,しかも 相手の方がはるかに大きく,自分の方があまりにも小さいという一種の恐れに似た直感お よび体験を背景としています。これは,歴史的相対主義による分析の結果出てくる問いと 異なり,自らの存在の根底を揺り動かす実存的な問いとして感じられます。したがってこ の問いに真摯に向き合わないかぎり,いずれその問いは激震を誘発し,そのキリスト教信 仰を破壊してしまう危険性があります。著者は,かつて天皇の名において死ぬことを自ら 引き受けたにもかかわらず,その根拠を一方的に奪われ,虚無へと突き落とされました。
しかし著者は,そこから救い出される恩寵 (贖罪愛)を経験し,そしてその贖罪愛を語り 伝える人間となった人物です。そしてそれだからこそ,この問いを共有することを願った のでしょう。
まだ筆者が学生であったころ,あまりよく理解できなかったのは,その社会学的,生態 学的分析と,著者のピューリタニズムの研究とのつながりでした。この第七章第III節第 (3)
項には,次のような言葉がでてきます。
「われわれは,このような社会変動が,世界史的な動きとして,一定の歴史的由来と,
一定の歴史的運動という実態をもっていることを認識してきた。あたかもチリ沖の地震か ら発生した津波が太平洋を渡るように,特定の,つまりヨーロッパの,英国の,十七世紀 という時代の中に発生した動き,そこから発生した《世界史的津波》なのである。その変 動は,深く宗教的な層,《深層構造》にまで及び,この深層の変動の中に,その変動の基 本的な形が現れていることを,見出した。それは,中世的パリッシュの崩壊,パリッシュ からコングリゲーションへの変動として,深層構造の基本的変化の「かたち」を示してい るのである。日本における特定のキリスト教,つまりピューリタン的キリスト教は,その 伝統を受け継ぎ,それをその歴史的身体に帯びている。そしてこのキリスト教は,今日こ の日本の中で,この社会変動の諸相に《対面》するのである。その時,ビューリタニズム が中世的カトリシズムを克服していく宗教改革的過程で示した《特色》を,日本のピュー リタン的キリスト教は,その宗教的伝統を継承することによって,自覚的に認識し,自分 のものとせねばならない。それらの特色とは次の四つの概念にまとめることができる」
(198頁,III)。
この引用文のすぐあとに,「深層社会学」(上25頁)的研究の結果として,ピューリタ ン的キリスト教は,「個人化」,「歴史化」,「契約化」,「機能化」という四つの概念3によっ
3 この四つの概念について,著者はこうまとめています。
「第一は,《個人化》である。これは人間自身に関わる変化である。伝統的な社会有機体の中に 帰属するという帰属感がなくなり,主体的に自立する人間となる。ピューリタン的宗教性は,個 人性と結びついている。
第二は,《歴史化》である。ピューリタン的聖書主義が旧約聖書と新約聖書との契約的連結を もつことにより,中世のギリシャ的宇宙存在論を取り入れた世界観を克服し,聖書的歴史的世界 観を主張した。
第三は,《契約化》である。これは聖書的社会理論であるが,それをもって古いパリッシュ型 の教会からコングリゲーショナルな教会を形成する際に,その形成原理とした。そしてそれを国 家理論にまで適用した。
第四は,《機能化》である。これは牧師の身分や仕事に関する変化であるが,それはヒエラル キアによって身分が保証されるのではなく,どのような機能を果すかによってその価値がみとめ られるようになった」(198頁)。
このあとにさらに次のような「註」が付されています。「「歴史化」は本書の上巻においても下 巻においても鍵概念となっているが,それは単なる概念ではなく,中世的パリッシュの社会変動
て特徴づけられる運動によって中世のコルプス・クリスチアヌムを克服した事実が紹介さ れています。そして現在,日本にみられる社会変動が,「自然」から「自由」へという変 化に基づいているとすれば,それはピューリタニズムの歴史と極めて類比的であり,ピュー リタニズムの結果として生まれたキリスト教は,日本の社会変動の問題点とその克服の筋 道を示唆している可能性があります。もちろん著者にとって,それは単なるひとつの可能 性ではありません。著者は歴史神学的立場に立ち,「その外的自由化を,神の摂理と見なし,
内的自由化を,神の救済の結果」(200頁,III) とみなしているからです。ここには,そも そも時間とは何か,歴史とは何か,ということに関する神学的前提があり,これを受け入 れないひとには,その主張は独断のようにみえるかもしれません。しかし著者は,いわゆ る歴史的相対主義の立場ではなく,あの神学的相対主義の立場に立って,世界と日本の行 方を論じているのです。
このあとに続くメシアニズムの話も,同じく神学的相対主義のなかで考えられており,
歴史の主は人間ではなく神であること,したがって歴史には意味があることが前提とされ ています。歴史の不条理に巻き込まれた人間が,そのなかで苦しみながらも絶えずメシア を求めるのは,歴史にはなお意味がある,あるいは神は存在すると考えているからです。
そして著者の言う歴史神学の目からみると,そもそも人間の自由のうちには,聖書が「罪」
と呼ぶものが含まれており,自由の増大と共にその罪も増大して行きます。この意味で,
自由には常に「堕落」の危険が内在しています。この罪の問題を解決するのが「《贖罪愛》」
(204頁,V)4であり,これによってのみ歴史は完成に至るのです。
を惹起するピューリタン運動において体現されていることに着目せねばならない。ピューリタン 運動が「歴史化」をひき起こす。「個人化」をひき起し,「契約化」をひき起こし,「機能化」を ひき起す」(198頁以下)。
4 この「贖罪愛」という用語は,賀川豊彦がよく用いたものですが,著者自身がそのことについて,
また賀川豊彦との出会いについて語っている文章がありますので,ここで紹介しておきます。こ れは,大木英夫著『主の祈り』(聖学院大学出版会,1995/11/1) に収められている「賀川豊彦生 誕百周年記念伝道会講演「キリストへの道」」からの引用です。この講演記録を読むとき,大木 神学にとって,この「贖罪愛」が極めて重い意味をもち,しかも通奏低音のようにその神学全体 の根底を支えていることがわかります。それは,「自由」という言葉が前面に出てくる以前の根 源的体験に触れる世界であり,のちに「人格」と呼ばれる領域に関わる「説明しがたい」世界です。
① 「わたしにとっては,東京陸軍幼年学校に行くのは実は二度目の上京でした。最初は,小 学校五年のときでした。それは,とても小さな体,幼い魂には,到底取り入れきれないような巨 大な感動的経験でした。兄が上海の大場鎮で戦死しました。そして靖国神社で合祀されることに なりました。兄は将校でしたので,母とわたしは「二等車」で上京したのであります。そして靖 国神社の拝殿に向かう石だたみの道のわきにつくられた遺族席の最前列で,天皇の顔を「拝顔」
したのであります。……「神」を見る,天皇を見るのは当時はそういう体験でした。兄がこのお 方のために戦死した,だからその「顔」を見ることができたのであります。そしてわたしは,兄 のように,天皇のために死ぬという覚悟を,幼い魂の中でしたのであります。
こうして幼年学校に行ったわたしが,あの八月十五日を迎えたのであります。その日,大日本 帝国と共に,当時の少年たちの最高の夢と誇りであった幼年学校は,地上から消滅したのであり
ます。杜甫の詩に「国破れて山河あり」という有名な句がありますが,山河が残った,いや,国 も新しくなって存続した,天皇もいきのびた,しかし,幼年学校は永久に失われてしまったので あります。わたしがのちに終末論について書くようになるのは,ここにひとつの「終り」の現実 を見たからであります。…… 八月下旬の或る日でした。八月十五日のように暑い晴れた日,神田 駅に立って西方を見ると,東京は見渡すかぎり焼け野原で,富士山の方までつづく光景が荒れ地 となってひろがり,空にはグラマン戦闘機が自由自在に轟音をたてて飛びまわっていました。こ の光景が忘れられないのであります。そして突然巨大な衝撃によって粉砕されてしまった魂,い や魂の抜けた眼,シャッターが開かれたままのカメラに容赦なく外界が入り込んできてちょうど ハレーションをおこし映像化できないように,荒廃の東京がはいり込んできて,それも言語化す ることもできず,ぼう然と立ちつくすばかりでした。それはものすごい「虚無」の経験,それは 方丈記的無常観よりももっと底の破れた虚無の「深淵」の経験でありました」(166頁以下)。
② 「わたしが,賀川豊彦という名をはじめて知ったのは,会津の喜多方においてであります。
ときどきわたしは,もしキリスト者として導かれなかったなら,大変な虚無主義者になっていた のではないかと,自分自身を恐れることがあります。いや,今でも神学者として,「虚無的なもの」
と戦っていると言ってもよいと思っています。…… 賀川豊彦が喜多方教会にくることを知って,
初めて教会にでかけていきました。敗戦の年の晩秋の一夜でした。…… 小学生のころわたしは,
よくその教会を写生しました。しかし,教会の中に入ったことはありませんでした。その夕,は じめてその中にはいり,賀川豊彦の説教を聞きました。そして,小学校時代には外から写生した 教会の絵の中に,ひき込まれていくことになるのであります。
賀川先生は,神の存在と,神の愛について語りました。「贖罪愛」という奇妙な言葉をはじめ て聞きました。それから,ちょうど母親の胎内の赤ちゃんが母親の中にいて母親を知らないよう に,人間は神を知らないというたとえが,わたしの心にのこりました。その話のあと,賀川先生は,
キリストの弟子になろうとする者は前の方に進み出るように,と呼びかけられました。わたしは 前に出たのであります。何人ぐらい前に出たのかは覚えていません。ただ,その時初めて握手な るものを経験しました。握手などは,それまでのわたしの行動様式にはないことでした。賀川先 生がはじめて「握手」なるものをわたしにしてくれたのですが,その時にぎられた手の痛みもま た忘れられないのであります。あの強い握手をもって,わたしは,教会の外から《内》へと,写 生していた教会の絵の《中》へと、 引き込まれていったのであります。
わたしが,洗礼を受けるのは,それから一年余たってことであります。しかしわたしが今日「キ リスト者」であることのきっかけは,この夜のことでありました。……
賀川先生との関係は,決してこの一回だけではありませんでした。わたしは,敗戦後の新しい 日本に生きるため,いろいろ道をさがしていました。…… 父は,…… 独特な教育家でした。そ ういう背景もあった,東京高等師範学校 (今日の筑波大学) にはいる決心をしたのであります。
その時,東京には誰も知り合いがなく,保証人になってくれる人がおりません。賀川先生は,あ の夜,東京に来たら訪ねてきなさいと,住所を教えてくれたのであります。わたしは,神田錦町 にあった日本基督教団ビルの二階か三階におかれた賀川先生の事務所をたずね,そして保証人に なってもらったのであります。敗戦後のわたしの人生の新しい出発の「保証人」となっていただ いたのであります。そして私は,賀川先生と同じ,伝道者へと導かれていきました」(168頁以下)。
③ 「あの喜多方教会で初めて聞いた「贖罪愛」という言葉の意味がよく分かるようになった のは,それから何年もたってのこと,いやいまだに知りつくしてはいない。それはまるで汲めど もつきせぬ泉のようにさえ感じられる言葉ですが,わたしの理解は,決していわゆる狭い意味で の「神学的」なものとは言えないのであります。賀川先生の思想の中心はこの「贖罪愛」という ことでありましょうが,賀川先生は,この言葉を解説するよりは,実践しようとしたと言うこと ができると思います。わたしは,「贖罪愛」という言葉が分かるようになることによって,自分 の中で分けられた二つの生,つまりキリストを知る前の生と,キリストを知ってからの生の違い,
そしてその二つの生が根差している「原理」のちがいを,だんだんはっきりとらえることができ るようになってまいりました。
賀川先生の「贖罪愛」とは,単純に言うと「身代わり」ということであります。自分を捨てて 人を生かすということだと言ってよいと思います。…… わたしの長兄が戦死したのは,二十代半 ばでした。……」(171頁以下)。
④ 「賀川豊彦が語った,あの時はじめて聞いた言葉「贖罪愛」は,神が人間になり,自己を 犠牲にして,他を生かす愛の神を知らせてくれたものであります。みずからを犠牲とする神,そ ういう「神」の存在を知らせてくれたのであります。他者を犠牲として生きのびようとする現人神,
それに対して自己を犠牲にして人間を生かすキリストの神,この百八十度異なる原理の衝突があ ります。これをわたしは,あの時以来だんだん分かってきたのであります。聖書は,モロク神を 否定しました。レビ記一八章二一節,「あなたの子どもをモレク (モロク) にささげてはならない。
またあなたの神の名を汚してはならない。わたしは主である。」この主なる神が,イエス・キリ ストにおいてご自身を啓示された神なのであります。
「贖罪愛」という言葉で,賀川先生によってわたしは贖罪論への神学的興味をひきおこされた だけではなく,日本の中に相克しあう二つの原理をはっきり見るきっかけを与えられてきたので あります」(175頁)。
⑤ 「わたしは,戦後の日本には外面的な繁栄の現象の背後に,《独特な》ニヒリズムがあると 思います。それは仏教的無常観といったものではありません。独特な「日本の」ニヒリズムであ ります。それは,三島由紀夫や加賀乙彦のような作家が言う天皇の「裏切り」によってひき起こ された,独特なニヒリズムであります。ガルブレイスの本に『信頼の崩壊』という本がありますが,
信頼,確信,そういったものの崩壊,精神の崩壊,愛の喪失,献身の喪失であります。
今になってみると,あの圧倒的な「虚無」におそわれた言葉にすることもできず,あの神田の プラットホームに立ち尽くしていた少年としてのこのわたしの魂のことが分かってまいります。
それは,底なしの空虚さ,精神の崩壊,愛の喪失,献身の喪失でありました。わたしは,次の年 に同じ神田駅から錦町の焼け残ったビルの一室に賀川先生をたずねたわけであります」(175頁以 下)。
⑥ 「三島由紀夫はこういう逆説をうけいれるゆとりがなかったのでしょう。そして,そこに 生じたむなしさに耐えらず,「むかっ腹」をかきさいたのであります。
これが「日本のニヒリズム」です。それはニーチェのような哲学者の思想への陶酔とはちがう のです。この「空しさ」,まるで「空車」だらけ!こうしてすっかり変化した大東京の街を,朝 から夕方まで空車のように走る人びとがいる,わたしも,もし賀川豊彦によって福音を聞かせら れなかったなら,「空車」のように走りまわって,この六十歳を迎え,耐えがたい寂莫に悩まさ れたのではないかと思うのであります。タクシーは,《拾われ》ねばならない,本当の「主」に 拾われねばならないのであります。タクシーは,客を乗せると,客が「主」になります。その「主」
である客が,行くべきところをさし示します。確かに車体も同じ,エンジンも同じ,走りも同じ。
いや,車体も,エンジンも,走りも《ちがって》来るのであります。見る街の光景もちがってく るのであります。その客とはわたしにとって誰でしょうか。それはイエス・キリストであります。
パウロが,ガラテヤ人への手紙二章一九−二〇節に「生きているのは,もはや,わたしではない。
キリストが,わたしのうちに生きておられるのである」と言ったことは,まさに,キリストに乗 られたタクシーのような姿ではないでしょうか。このキリストを乗せることによって,人間,と くに日本人の空しさは克服されるのであります。
この事情をもってよく示すのは,無線タクシーかもしれません。客が無線タクシーのセンター に電話をかけると,空車で空しく走り回っていた車をとらえ,そのお客のところに向かわせます。
…… 賀川先生は,センターのような人でした。東北の一隅でむなしくさまよっていた「空車」を 呼んで,キリストを乗せてくださったのであります。確かにそれまでは,タクシーの運転手は,
自分の意志で走っていますが,その時はむなしいのであります。「空車」という赤いマークがそ の走りに空しさを公示しています。それが拾われる,その時空しさは消え,俄然充実します。賀 川豊彦の死の一年前の文章に,野口英世が黄熱病 (イエロー・フィーバー)を自己の肉体を実験 台として研究し,たおれてしまったことについて,「自然の探求そのものが殉教の場所である」
と書いているところがあります。賀川は自然科学と宗教的敬虔の統合に関心をもってそう言った のでありますけれども,わたしたちは,キリストを乗せ,キリストの意志に従って走るとき,そ の走り,その人生そのものが,キリストに在って生きるものとなる,その中で人生の充実と目的 をもつようになるのであります。野口英世は会津のキリスト者であります。父が『野口英世の教 育思想』という本を書いているころわたしが生まれたので英世の「英」の一字をとってわたしの 名前としました。そしてわたしにとって賀川豊彦のいう「殉教の場所」とは何かが分かるように
著者はこの後に,第IV節において (1)「受肉論的教会観と贖罪論的教会観」,(2)「世 界史と神の国の関係」,(3)「終末論的聖餐共同体の形成」について論じています。そして 第V節「「社会教説」と新しい共同体の倫理学」は ,カトリシズムの倫理的姿勢とプロテ スタンティズムのそれとを比較し,次のように論じています。
④ 「プロテスタンティズムは,カトリシズムのように,社会問題について「教会は牧 者としての立場から私たちに有益な助言と警告を与えるだけではなくて,教える使命があ る」という姿勢ではなく,むしろ世界史の運命を《先駆的》に引き受け,そしてその成就 の可能性に《挑戦する》ことによって,いわばその可能性を《実験》し,その実験の《成 果》をもって,世界共同体にとってその「立つこと」と「倒れること」の《徴》となる行 き方をとるのである。プロテスタントの社会倫理学の企てとしてのこの「新しい共同体の 倫理学」は世界史の運命と課題とを先駆的に担い,もし権力的強制や物質的な力に何ら頼 ることなしに,純粋に《精神的に》,《自由をもって》,新しい共同体の形成に何らかの達 成があったならば,それをもって世界史に《希望》を与えることになるであろう。……
プロテスタント教会は,歴史化する世界,世界史の行方に関わる新しい共同体の可能性の
「実験場」なのである。またそこで人間の限界と不可能性についても学ぶところでもある」
(224頁,V)。
※ 著者は,この引用と同じ内容を次のようにも表現しています。「プロテスタンティ ズムの置かれている状況は,「教会と国家の分離」の基礎の上であり,そこで教会が社会 的影響を発揮するのは,「上から教える」というよりは,共同 [体] 的主体性を確立しその 中で一定の倫理課題を目指して「共に生きる」というか,或いは「先駆的に生きる」とい うか,更に「責任的に生きる」というような在り方をとることによってである。教師とい うよりは,共同体形成的であることにより,先駆的かつ説得的であるということである」
(225頁,V)。この解説は,宗教教育の現場に生きる人々にとっても,多くの示唆を与え てくれます。
⑤ 「世界は教会になりたがっている。」この命題は,社会変動のあらゆる徴候からして 裏付けられる。それは,今日の社会変動が,歴史化,自由化として,歴史の問題,自由の
なったのであります。
日本の「空しさ」,それは,まさに,キリストを迎え入れるために「空けられた」場所なので はないでしょうか」(178頁以下)。
問題の解決を求め,また自由による共同体の形成を必然化するからである。和辻哲郎は,「教 会と国家の分離」を否定し,そして教会を国家に含み込もうとする。国家が教会性を帯び るのである。それは教会の存在を不可能にし,国家を自己神化させる。われわれの倫理学 は,和辻の「古い共同体の倫理学」を根本的に克服する企てであった。したがってわれわ れは,かつて西田幾多郎が「日本形成の原理は即ち世界形成の原理とならなければならな い」と言った言葉を言い換えて,こう言わねばならない。「教会形成の原理がすなわち世 界形成の原理とならなければならない。」それは教会が告白するイエス・キリストが歴史 的世界から発生するメシア待望に対応するものだからである。それが,新しい共同体の倫 理学となるのである」(225頁以下,V)。
※ これが第V節の「結び」の言葉です。
第八章 「規範の問題」
第八章は,I「契約社会への転換と倫理的課題」,II「自由の法と歴史的当為」,III「歴史 の規範としての聖書」,IV「歴史のアナロギア ── タイプ (規範型) とアンティタイプ (対 応型)」,V「契約社会の完成の問題」の五節から構成されています。
第八章「規範の問題」は,これまで議論してきた「新しい共同体」の,つまり契約社会 の「成就」あるいは「完成」に至る「筋道」として機能する「規範」とは何か,というこ とを論じています。その第I節では,契約社会の完成に関する二つの対立する教説,すな わちホッブスとロックの社会哲学が取り上げられ,両者の見解の相違は,両者の人間論の 相違から生じており,ピューリタニズムのそれはどちらとも異なることが指摘されていま す。ホッブスは,「万人の万人に対する戦い」を想定しているため,契約社会を安定させ るために「リヴァイアサン」という人工的怪物機構を必要とすると主張したのに対し,ロッ クは,多数派の意志と決定により契約社会を維持することができると考えました。これに 対しピューリタンの諸経験は,いわばそれらの中間に位置し,「この契約社会の完成につ いての可能性と不可能性とのリアリスティックな取り組み」(236頁,I)であったとされ ています。
第II節「自由の法と歴史的当為」という表題は,必ずしもわかりやすい表現ではあり ません。著者によると,「自由の法」とは,「自由が《法》をもつこと」(242頁,II),し たがって自由とは無法の状態ではないことを指しています。そして「歴史的当為」とは,「歴
史化と新しい共同体形成の中心とを結びつける筋道」(265頁,III) であり,「からの自由」
から「への自由」という自由の動きを内側から規定する当為を指しています。そしてこの ことを論ずるときに出てくるのが,中世的な社会の倫理的規範として機能していた「自然 法」と,そこで前提されている「自然」観の問題です。「からの自由」が「自然からの自由」
であるとすれば,「への自由」と「自然」の関係はどうなるのか,という問いです。これ について著者は,ニーバーの理解に依拠しつつこう述べています。
「われわれは次のように考える。この認識において,自然と自由との関係は,人間の自 由が自然によって規定された「必然性」(Müssen)ではなく,自由によって自然を守るべ く規定される当為 (Sollen)であるべきである,と。自由が自然を守るべく前もって規定 されていなければならない。自然からの自由は,自然によって規定されない。その自由は 自然《へ》と規定されねばならない。自由は「からの自由」として基本的に自然からの自 由である。その「からの自由」を「への自由」へと規定せねばならない。その時,自然は
「への自由」によって守られるべきものとならなければならない。自然は根底でも所与で もなく,自由の《課題》となる。自由の「課題」としての自然とは,自然であれという命 令によって人間に《課されねばならない》。人間とは自然に人間であるのではなく,人間 と《なる》べく,《課されている》のである。ここでいう人間の「自然」とは何か。それ は植物や動物におけるそれのように一重ではなく,二重である。自然から自然へ,古い自 然から《新しい》自然へである。古い自然の「自然」は,新しい自然の「自然」へと課題 化される。そのようなものとして,自然は永遠の所与というよりは,「命令」である。誰 の命令か。そこでわれわれは創造者ということを考えねばならない。神を考えねばならな い。神が創造において「自然」を創造した。しかし,その自然は人間にとって人間の場と してガーデン化する課題となるのである。人間も被造物であるが,人間の内なる自然は,
ガーデンを守る者として主体化されねばならない。そこにも自然からの自由と,その自由 によって自然を生かすという課題がある。自然から自由へ,「からの自由」から「への自由」
へ,その自由の動きの規定とは,自然法的な《法則》ではなく,神の《命令》なのである。
神の命令ということなしには,自由は規定されない。「からの自由」から「への自由」とは,
《古い》自然から《新しい》自然への転回である。そこに歴史があり,そして歴史は神な しには成り立たない。この自由の法とは,神が創造における古い「自然」を新しく課題と して課しつつ,自由を《新しい》自然へと規定するところに成り立つ。そういう仕方で,
自然法を受け入れる可能性をもつであろう。自然とは,人間によって擁護されるべきもの として,神の創造なのである。…… 自然は,人間の自由の背後にあるのではなく,その《前 方》にある。《そこで自然法は生かされる。》人間は,自然的に共同体であるというその共
同体的なものを,背後にもつのではなく,前方にもつのである。人間は,古い共同体から 脱出して個人となるが,個人は人間の本性としての共同体性 (人間は自然的に社会的動物 であるということ)を破棄せず,それを新しく生かすべきである。しかし,この「べきで ある」という「当為」は,歴史の主としての「神」なしには成り立たないのである」(253 頁以下,II)。
第III節「歴史の規範としての聖書」は,ピューリタン運動が聖書を《規範》とするこ とによって,中世的有機体的社会から契約社会への転換を造りだしたことから,契約社会 と聖書の関係を単に歴史的に研究するのではなく,神学的に研究すべきことを説いていま す。例えばここには,次のような表現がでてきます。つまり契約社会は聖書の刻印を帯び ており,「契約社会は,聖書的契約社会の構造の《模造》としての性格をもっている。そ れ故にこそ「聖書」がここで改めて,契約社会の問題との関連でとり上げられねばならな い」(261頁,III) と言われています。注目しなければならないのは,契約社会は《模造》
であると言われていることです。「模造」と言うからには,どこかにその「原像」がある はずであり,それは神の言葉としての「聖書」だということになります。聖書を神の言葉 として理解することは,歴史学にはもちろん不可能なことであり,それは神学的判断に基 づく主張です。さらにこの聖書について,著者はこう自問自答しています。
「旧約聖書は,まさに典型的に,契約共同体の物語である。それは自然に基礎を置く共 同体とは異なる。十戒は,イスラエルを契約共同体として形成するための規範という性格 をもっている。律法も共同体の規範として十戒を補完する。しかし,十戒や律法によって,
或いはパリサイ派のようにそれに「言い伝え」を追加補強しても,旧約聖書の契約共同体 は《完成しなかった》。そしてメシア待望が生じた。ところで,なぜ新約聖書は,旧約聖 書のメシア待望において「愛』を重んじたのか。なぜ新約聖書は,旧約聖書の律法を「神 への愛」と「隣人への愛」とに単純化したのか。なぜ世界史の問題と取り組んだアウグス ティヌスは,世界史を,自己を愛する愛 (amor sui) と神を愛する愛 (amor Dei)という二 つの「愛」の原理をもってトータルかつラディカルに捉えたのか。それは,最近とりわけ 複雑化する社会の諸問題との取り組みには,あまりにも単純化された原理であろうか。そ れとも,それは,人間と社会との基本を《洞察》したものであろうか」(262頁,III)。
この問いに対し,著者は自らこう答えています。「欲望は自然的であるが,愛は人事の 世界に属する。それにもかかわらず愛は自然に反すものでは《ない》。自然的なものの破 壊ではなく,その《成就》があると言うことができる。すべての人間共同体の原理が「愛」
であるならば,この単純化は,むしろ視野の茫漠たる拡散ではなく,焦点への収斂を意味