宗教史の神学――W. パネンベルクの神学概念――
著者 佐々木 勝彦
雑誌名 東北学院大学論集. 教会と神学
号 12
ページ 1‑59
発行年 1981‑03‑30
URL http://id.nii.ac.jp/1204/00024366/
‑W.パネンベルクの神学概念一
佐々木勝彦
本論文の課題はパネンベルクにおける「神学」の恵味とその内容を 明らかにすることにある。彼の「神学」概念を理解にするには彼の全 著作に言及する必要があるが,本論文ではWfrss"zsc内峨s"""e"""
T""Jogicl)に限定して議論を進めてみたい。この書物はパネンベルク がこれまで発表してきた諸論文を『学問論と神学』の視点から体系化 したものと言ってよく,彼の「神学」概念を検討するには最適の書物 である。
パネンベルクによれば,今日の大学改革問題は単に制度改革の問題 ではなく, 「学問論」に基づく各学問の存在根拠の問題である。学問論 をふまえたうえで制度改革をなすべきであり, 「神学」もこれまですで に数世紀にわたって存在してきたという事実にだけ自己の存在根拠を 侭くことはできない。 ところが少なくともドイツにおいては,現在も なお次のような理由で大学に神学部が存続している。つまり,大学の 起源は歴史的には中世にまでさかのぼることができ, その始めから神 学が存在してきたこと, またその神学の背後にあるカトリック教会と プロテスタント教会は社会的に大きな影響力をもってきたことがその 理由である。しかし社会がこれらの理由で大学における神学の存在を
当然のこととして受けとめてきたとしても, もしも学問論の中にそれ 自身の存在根拠をもち得ないとするならば,今日その存在には何の必 然性もなし、ことになる。従って「神学」の「学」とは何なのか, これ を「学問論」の中で真剣に問うことによって,大学に鐺ける「神学」
の存在根拠を明らかにしようとするのがパネンベルクの狙いである。
そして彼によれば,学問論の展開は神学と他の諸学問との関係だけで なく,神学それ自体の内的統一性つまり神学の諸学科のあるべき関係 をも明らかにしてくれるばずなのである。
I
『学問論と神学』は「諸学の統一性と多様性の緊張関係における神 学」 (第一部)と「学問としての神学」 (第二部)の二部から職成され ており, さらに各部ばそれぞれ三章から成っている。第一章のテーマ は「実証主義から批判的合理主義へ」であり,それは「論理実証主義」
「論理実証主義の神学への適用」「論理実証主義とポパーの対決」「神 学批判のための批判的合理主義の適用」「反証可能性」「櫛造主義と歴 史」の六節から成っている。
一般に実証主義とは,ある所与の事実や制度を自己の論理の究極的 根拠とする立場を指すが, オーギュスト ・コント等の経験主義的実証 主義と違って,現代の論理実証主義の場合には「所与のもの」の役割が 異なってきている。そればもはや認識の出発点や唯一の対象ではなく,
ある主張の妥当性の範例にすぎなくなっている。論理実証主義の主な 関心ば,ある事態についての命題が証明(あるいは反証)されるかどう かということであり,それは命題の論理榊造が観察によって証明され
る事態と対応するかどうかを問題とする。論理実証主義は所謂ヴイー ン学団に由来するが,初期の時代にはウイトケンシュタインの『論理 哲学論考』 (1922年)に強く影響された。 この書物の特徴ば,知識の 真理性の基準を経験に求めようとする反形而上学的.実証主義的態度 と言葉の表現の正確さや厳密さを追究する論理分析の方法にある。彼 によれば,命題の意味を明らかにすることが現代における哲学の課題 であり,命題の真偽はその命題が世界の事実を鏡に写した映像の部分 となり得るかどうかによって決まる。 もしも命題が事実に対応してい なければ,その命題は無意味なのである。哲学の正しい方法は語りう るもの以外には何も語らないこと, それ故自然哲学の命題以外には何 も語らないことである。原理的に検証不可能な命題はその真偽決定が 不可能であり,無意味なのである2)。
このような論理実証主義に対して厳しい批判を加えたのがカール・
ポパーである。彼は『科学的発見の論理』3)の中でカルナップの試み
−経験的知識の理論をプロトコル文4)に基礎づけようとし, また自 然科学的な法則認識の源泉を帰納の過程(観察の一般化)によって説 明しようとする試み−に反対して次のように言う。 「帰納は神話で ある」5)。観察(単称言明)の数はたとえどんなに多くても量的に制約 されており,論理的にもそこから普遍法則(普遍言明)を導き出すこ とばできない。従って所謂科学的法則も仮説以上のものではあり得な い。帰納的方法は科学を究極的確実性に基礎づけようとするものであ り,証明できるかどうかを科学の基準とするならば, カルナップの言 う意味での科学は成り立たなくなってしまうであろう。自然科学には,
ア.プリオリな妥当性をもちそれ故に純粋自然科学と呼ばれるような
特権的理論は決して存在しなく , カルナップの主張する科学的言明と 非科学的言明の区別は不可能である。そこでポパーはカルナップやラ イヘンバッハの古典的感覚主義的帰納法に代ってP,(Probleml)‑TT (tentativetheory)‑EE(errorelimination)‑P2(problem2)の無限 連鎖を説く。科学の出発点は観察ではなく問題発見にある。その問題 に解答を発明し,それを批半ll的に吟味(テスト)するのが科学的態度 である。テストの機能は否定的なものであり,否定によってわれわれ の思考をより高次の段階(より普遍的な問題の発見)へと発腰させる ことにその本質がある。科学の方法とは「推測と反駁」の方法つまり 試行錯誤法に他ならない。理論提起のプロセスはベーコンが考えたよ うに合理的なものでばなく非合理的なものであり,学問の合理性ば確 実な体系に対するあこがれを放棄して,批判的方法を自己の方法とす ることにある。哲学は提起された理論を問題の解答として反論すると いう方法によって発展してゆく学問である。人間は,世界には諸点の 規則性が存在するはずであり,それを発見できるはずであるとの期待 をもって世界にかかわる。しかしそれは異切られるかもしれない期待 であり,われわれがある法則を確証されたものとして受け入れるとば 今のところそれを放棄する理由のないものとして受け入れることに他 ならない。この怠味で普遍的法則は確証された仮説であり, このよう な試行錯誤法ば根本的には環境への適合という有機体の行勤様式に根 ざしている6)。一切の観察,記述あるいは規則性の発見ば, 直接的経 験をこえた何らかの観点,関心,予期といったものの採湘を前提とし,
それに依拠している。この観点,関心,予期といった仮説的見地(理 論)が論理的にも因果的にも心理的にも常に観察や記述に先行するの
であって,帰納主義者が考え為ように多くの観察から理論がもたらさ れるのではない。観察の役割は理論を構成したり実証したりすること にあるのではなく,理論をテストすること, それに耐えられないもの を排除することにある。われわれはこの反証(排除)によってそれま で意識的,無意識的に依拠してきた観点,予期あるいば仮説を問いな おし,新しい理論創造へと向かうのである。ポパーによれば,すべて の理論的経験科学は自然科学と社会科学の別なく,基本的には同一の この「推測と反駁」による「試行錯誤」の自覚的・組織的方法に立脚 している。科学者潟よび科学理論はいつの場合にも多かれ少なかれあ る前提に依存しており,それはただ厳格な相互主観的批判を通じて自 覚される。合理的態度とば批判的態度のことであり,理論の改良を願
ってその弱点を発見しようとする自由な討論を意味するのである。
論理実証主義は自然科学の方法論を学問の規範と考え,学問の統一 的論理を追究したが,それはポパーの考えにも表われている。つまり すべての理論科学は自然科学であろうと社会科学であろうと, 同じ方 法を用いるべきなのである。 自然科学と歴史科学の違いも方法ではな く関心にあるのであり, 「それは普遍法則への関心と個別的事実への 関心との区別なのである。」7)歴史学は法則や一般化よりも特殊な諸々 の出来事に対する関心によって特徴づけられている。歴史科学はあら ゆる種類の普遍法則を当然のこととして前提しながら,特殊的言明を 見い出してそれを検証しようとする。この意味で歴史学は「応用法則 科学」とも言うべきものである。
以上のようなポパーおよび彼を中心とする批判的合理主義に対し,
パネンベルクば哲学の権利の問題から批判を加える8)。パネンベルク
によれば,批判的吟味という考え方は,もしもそれが普遍法則について の仮説に限定されずに個々の出来事や偶然的な出来事の連鎖について の仮説をも含むならば,普遍的学問論の基盤となり得る。そしてもし も批判的吟味をこのような意味で理解するならば,哲学や形而上学を 学問的に意味のないものとして排除する理由はなくなる。哲学的言説 は現実のある一つの局面に関心をもつものでなく,現実総体に関心を もつ。それは全体としての現実(dieWirklichkeitimganzen)9)につ いての言説であり,もしもそうだとすれば,それがポパーの意味で反証 されないことは当然である。全体としての現実は抽象的構造から成る だけでなく,いつもそのつど時間のプロセスの中で新しいものとして 表われてくる特殊なものや独自なものの局面を含んでいる。現実それ 自体はまだプロセスの中にあり,閉じられたものではなく開かれたも のであり,われわれの現実経験も未完結にならざるを得ない。これは 後に言及するように「現象の意味の織造」につらなる問題である。現 実全体についての哲学的解釈も仮説的なものであり,その一貫性(矛 盾の排除),不必要な前提の排除,現実についての他の解釈を含みう
る程度などについて吟味する必要がある。しかし特に最後の吟味ば哲 学的言説の場合にば非常に困難である。 というのは既に述べた通り現 実それ自体が開かれたプロセスの中にあり,われわれの経験は不完全 なものだからである。そこでは新しい個別的ケースが起こり得るし,
さらにその結果出来事の全関連が新しいパースベクティヴに引き入れ られるかもしれないからである。哲学的仮説と自然科学や社会科学の 仮説的法則および歴史学の仮説との違いは,現実一般の全局面に対す るその志向性(Intention)にある。歴史学は過去の出来事とそのプロセ
スにかかわる学問であるが,現象のすべての面を捉えようとはしない。
しかし現在を越えて進む歴史のプロセスは将来におL,ても過去の諸々 の事実を新しし、光の下に置く力を持っており,われわれはその中にあ る新しい意味関連を見い出すかもしれない。歴史学は過去にの鍬集中 することによって,研究対象の究極的意味や本質に関する問題を不問 に付している。 この事柄の本質についての間いば哲学的な問いであ る。事柄の本質つまり事柄の究極的真理や究極的意味は,現実全体と 人間の現実経験の全関連において決定される。われわれはただ先取り (Antizipation)によってのみ、, この経験と現実の全体性に近づくこと ができる。なぜなら人間の現実経験は未完結で,世界のプロセスそれ 自体が開放的だからである。まさにそれ故に,哲学の諸々の理論ば先 取りの形式を乗り越えることができない。現時点である事柄を主張す るとき,われわれはいつも既に先取りの形で現実と人間経験の全体性 を前提としている。このことは自然科学の言説にもあてはまる。特に ポパーが正しく洞察していたように,仮説の概念には先取りや推測が 含まれている。ここに経験科学の言説から哲学的言説への移行がある。
だが法則定立的科学と歴史学とではその移行の仕方が異なる。前者の 場合には言語の抽象的,陸格とその意味内容の研究を必要とするが,後 者の場合には始ぬから意味連関の中で解釈が行われており,雌史学的 問いは必然的に哲学的なものとなる。過去の出米事の意味ば歴史一般 の全体連関においてのみ決定されるのである。すべての歴史家はある 出来事の意味や重要性を判断することによって,未来を先取りしてい るのである。
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第二章のテーマは「自然科学からの端神詣科学の解放」である。そ れは「精神科学の概念」 「理解的行為の学としての社会学」「エルンス ト ・ トレルチにおける神学の精神科学的基礎づけ」「自然科学と精神 科学の二元論に対する批判」「理解と説明」の五節から構成されてい
る。
パネンベルクがまず取り上げるのば自然科学と糀神(人文)科学の 異同の問題である。論理実祇主義者や批判的合理主義者ば科学の統一 性を強調し, 自然科学をすべての科学の基礎と考えたが,精神科学の 独自性を解釈学に求め, 自然科学からの相対的独立性を主張する立場 もあった。緒神科学(Geisteswissenschaften) という用語を使ったの はヴィルヘルム・ディルタイであり,それは「歴史的社会的現実を対 象とする渚科学の全体」'0)を指す。その場合科学とは「概念を要素と する諸命題の総体のことである。」'1)ただし精神科学という用語自体 ば,歴史的には既に1843年に出版されたジョン・スチュアート ・ ミ ルの『論理学体系」の独語訳の中に「道徳科学」 (moral sciences)の 訳語として表われている。この道徳科学の内容はストアの論理学・自 然学・倫理学の分類に対応する広義のものであり'2), この意味での道 徳がヘーケルの影響で「粘神」 (Geist) と訳された。従って1840年代 にはヘーヶルの弟子達が「精神科学」という用語を使用していたわけ である。ディルタイはこの用語に前述の怠味内容を与えて, 自然科学 と並ぶ独立した精神科学を主張する。しかもそれはデカルト的物質的 実体と精神的実体との対立に基づくものではない。ディルタイによれ
ぱ自然科・学は「感 自・に与えられる質料から, しかもこれだけから思惟 の結合によってつくりあげられる諸過程」'3)を対象とする学問である。
それに対し緒神科学は「妓初内的経験に,従ってすこしも感 自の協力 なしに与えられる特殊な範囲の事実としての譜過程」'4)を対譲とする 学問である。粘神科学を自然科学から区別できるのは人間の自己怠識 の深魏と全体性の故であり,前者は内的経験のうちに与えられる生の 統一性の中にその出発点をもっている。
ディルタイのこの根本思想ば「説明」と「理解」の区別にも表われ ている。例えば彼はヴントの心理学を自己の記述的・分析的心理学と 区別して楠成的心理学と名づ}ナた。ヴントは粘神現象を孵成する二,
三の要索あるいは庶子とも言うべきものを仮だして, これらの要索の 法則的結合関係から一切の精神現象を説明しようとしたが,デイルタ イばこれに反対する。記述的・分析的心理学は,体験されている全体 連関において結合されている諸々の成素や小さな連関が人間の糖神生 活の中に同形的に表われてくる状態や過程を叙述する科学である。そ れば根源的にかつ'li撫こ生そのものとして与えられてL,る発達した精神 生活の連関を支配する規則性を主題とし,粘神生活のこの類型的連関 を記述したり分析したりする学問である。ディルタイの言.う要業とは それなくしては全体が成立し得ないもの, しかも全体あっての要素と いった関係にあるものである。精神生活にあっては全体が第一次的な もの,根源的なものであり,要素をそこに連関的に存在させているも のである。従って精神現象を具体的に研究するにば,いつも全体から 出発しなければならなし、。しかし全体というものばばっきりと示すこ とができるものではなく,それはむしろわれわれを包むものであり,
われわれはそれを連関としての染理解することができる。 「説明」の 場合には数学的自然科学に見られるように一定の要素の数鐡的法則関 係によって事象を捉えようとするが, 「理解」の場合にはそれ自身現 実的な全体から部分を内画的に明らかにしようとする。ディルタイは,
全体的見地から部分を考察し,その内的連関をさぐってゆくという認 識の仕方を「理解」と呼び, この方法によってのみ精神的人間的現象 である歴史的社会的現実を把握することができると考えた。理解の形 式には基本的なものと高次のものがある。理解の基本的形式は生の個 為の表現の解釈にとどまり,その根源を求めて生の全連関にまでさか のぼってその意味を問うことはしない。そこにおいて理解されるもの は個点の人間というよりもむしろ共通体としての生であり,共通性と いう特微を担った個点の人間である。 ところが理解がすべてこのよう な基本的理解にだけ限られるとすれば,個性の洞察は暖昧なものに終 わってしまう。そこでこの個性の把握を課題とするのが高次の理解で ある。基本的理解が共通性の把握を目的としていたのに対して,高次 の理解ば全体連関における個性の把握を目差す。客観的世界の中に個 性の力が加わる時,そこに緒神的世界が成立するのであり,確史を把 握するにはこの両者の理解が必要である。高次の理解の最初の手続き は自己移入(dasHineinversetzen)であり, これは理解の対象の置か れていた生の連関に自己を幅瞳することである。われわれが追体験や 迫榴成にむかうのは感消と衝動の結合からなる発動力の故である。こ の追体験は対象の単なる模倣ではなく,既に起こった出来事の線にそ った創造である'5)。精神科学の対象はすべて歴史的に作り出されたも のであり,その知識は共同性を媒介とする理解作用によって獲得され
る歴史的知識である。理解は豊かな自己の体験からの移入によって他 の生の表われのうちへと迫ってゆく。理解が捉えるのは対象のうちに 外化され,形成され,実現された精神, 目的,価値である。 自己と対 象との関わりは生の連関の一分節であり, この根本的関係を予想して はじめて理解が成立する。坊論この理解作用にも限界がある。例えば 狂人の言動や倒錯観念などは決して理解できない。また思惟が直接に 絶対的なものの領域へ侵入する場合にも,限界に突き当たる。 「あらゆ る解釈は常にただ相対的であるにとどまって,決して完全なものにな され得ない」'6)のである。
パネンベルクは以上のようなディルタイの考え方を「個と全体」の 関係の問題として捉える。これについてばパネンベルク自身が「理解 と説明」の節でさらに詳しく議論を展開しているので, ここでは彼が 取り上げている問題点を指摘するだけにとどめておきたい。つまりデ イルタイにおいてまだ未解決の問題は,いまだ完結していない生の全 体がどのようにして個々の生の契機の中に表われ得るのかということ である。
パネンベルクはディルタイに続いてさらにヴェーバー, パーソンズ,
ハーバーマス, ルーマン等の見解を検討して次のように言う。 「社会 学的行為論はいつも意味の解釈に依存したままであり,その解釈は次 に歴史的生の世界の, 現実の経験の中に潜在的にある意味の統体性 (Sinntotalitat)に関係づけられる。 ….いずれにせよ行為論はこのよ うな依存関係の中にあり, 自ら文化科学あるいは精神科学の学問的基 礎づけを行うことはできなL、。」'7) この「意味」の問題は社会学の基 礎づけという制約された枠組を越えており,特に社会学を構造科学と
して捉えて,それを歴史から厳密に区別しようとする態度は批判され なければならない。なぜなら精神科学全体の学問論的基礎づけは,た だ歴史的認識と歴史的概念構成を規定している条件の学問論的反省か らだけ期待されるからである。特#こ「期待の先取りの相互性」'8)を検 討しなければならない。それは何らかの先行する意味の統体性によっ て制約されており, しかもその意味の統体性を究極的にあるいは特定 の形態におし、て捉えることはその本性上不可能なのである。
第三節でばトレルチが取り上げられている。パネンベルクはトレル チの立場を歴史主義の神学的変穂と考えるよりも,神学を*,'i神科学に 基礎づけようとしたものと考えるべきであるとする。 トレルチは自ら 歴史主義者であるというよりも歴史主義の相続人であ為。 トレルチの 歴史哲学の特色はその「理想」 「目的」あるいは「価値」概念のもつ未 来志向性である。 トレルチはヴァイスが発見した事柄一イエスの使 信,特に彼の神の国の概念が未来的終末論によって規定されているこ と−つまり 「神の支配の真の将来性の契機を排除することなく」'9)
神学的に統合しようとした「その当時で多分唯一の組織神学者であ る。」20) トレルチの歴史哲学は原始キリスト教の終末待望(未米的終末 論)と再臨遅延の意義を取り入れているが, しかしその解釈にはいく つかの問題が残っている。まず彼の中心概念である「目的」ば神の国 の終末論に適合しない。なぜならイエスの使信においてば,来たるべ き神の国は人間の目的措定の延張ではないからである。それば人間の 干渉なしにやって来る。 トレルチは歴史経験の分析を行為論に基づい て人間の行為の目的志向性と価値志向性に限定してしまL,,歴史的意 味経験という包括的コンテクストを正しく捉えることができなかった。
また彼は究極的目的との関連で神の国の将来性だけを強調してしまい,
この将来性がイエスの歴史の中に臨在することを正当に評価すること ができないかつた。その結果が相対主義である。彼の言う究極的目的 (絶対性)ば歴史の彼方にあり,その意味で現在の経験は真理性を欠 いてし、る。彼は『歴史主義とその問題』の中で有限と無限の関係,全 体と個の関係を論じているが,その意味連関をただ抽象的に歴史に固 有なものとしているだけである。彼はディルタイと違ってそれを歴史 的経験のプロセスから具体的に考え為ことをしなかったので, このプ ロセスにおいては意味の統体性が未完結であること,従ってその統体 性が将来に依存していることを理解できなかった。彼は歴史的経験の プロセスの開放性を意識していたが,それを適切に取り扱うことがで きなかった。 しかしパネンベルクはトレルチが歴史主義の問題と取り 組んだことを高く評価する。つまりそれはディルタイの解釈学を補う ものとして重要である。解釈学的体験の主観性によって主体間の妥当 性を根拠づけることは不可能であり, またその可能性をコミュニケー ションのプロセスというネt会的心理過程に求ぬても,それはコミュニ ケーションそのものを可能にする条件,個人的経験が間主体的妥当性 をもち得る条件については何も答えられない。 コミュニケーションが 成り立つためにもあらかじめ意味についてのある統一的自覚がなけれ ばならない。対話をしようという姿勢そのものが意味の統体性につい ての一致の期待を表わしている。このような意味の統体性はいずれに せよ「形而上学的」2')次元をもっている。即ちその統体性は,コミュニ ケーションの過程に参与している個々人の経験と行為の可能性の意味 榊造を統合している。それは社会的生活環境の統一性を織成している。
「従ってトレルチ唯歴史的認識の『客観性』の問いを現実一般におけ る全体と個の問題として捉えた点で正しかった。」22)そうすることに咽 よって彼は,心理的・社会的基本概念の形式的普遍性とは遮った「カ ント以前の恵味での『超越論的』概念構成というより高次の普遍性」23)
に到達した。また彼は形而上学に基礎づけられた認識論から歴史認識 を根拠づけることができると信ずることによって,独自の仕方で自然 科学と精神科学の方法的二元論と神学を精神科学的にのみ基礎づけよ
うとする自己の試みの限界を越えたのである。
第四節の内容は「自然科学と精神科学の二元論に対する批判」であ り,パネンペルクはヴィンデルバント, リッカート, E・ベッハー, J.
vonケンプスキー, E. トピッチ, カッシーラー,H,アルバート等の見 解を検討しつつ自己の見解を展開している。彼によれば「今日・ ・強 調しなければならないのは,個別化する観察方法と一般化す為観察方 法の相違は自然科学と精神科学の区別とは何の関係もないということ である。」24)この二つのアプローチは相補的なものであり, そればす べての出来事が偶然性と法則性の二つの局面から観察されることに対 応している。法則あるいは規則性は偶然性の中にのみ見い出されるの であり,一回的なものは一般的なものを排除することによって見い出 される。 「法則定立的方法」 (NomothetischeMethode)と「個別記述 的方法」(IdiographischeMethode)の二元論は,それ自体においても また諸科学の分類原理としても問題がある。またディルタイ以後糖神 科学の独自性ば人間経験における意味の問題と結びつけて考えられて きた。 この意味の経験には,それが客観的であれ主観的であれ,個均 の現象をそれが属する全体との関連で捉えることが必要であり,因果
−14−
分析では代替できない全体性の観察が必要である。それは解釈学と弁 証法の方法の前提となっている。しかしある全体関連における部分の 意味という問題は,決して人間経験の領域や有機的生の領域に限定さ れるものではない。意味経験という人間経験の特異性は,恵味連関が まず人間の現実に表われることではなく,人間ば個のシステムとして 意味榊造を実現すると同時に自己の存在を無限に越えた意味連関を経 験できることにある。人間にかかわる科学の中で生ずる特別な意味の 問題は,人間ば個のシステムとして意味論的に櫛成されており, しか もその自己同一性の基盤として自己を越えた恵味連関を理解し経験す ることによって自己を構成するという事実に根ざしている。われわれ は自由な行為の中に表われる人間実存の意味の問題に注目するならば,
精神と自然の二元論を克服することができる。 「自然科学の体系的モ デルも,梢神科学のテーマとなっている『精神的』意味購造という同 じ領域の中で動いているのである。」25) もしも精神科学的方法の目的 が個々の意味を,その恵味の理解の中に表われる全体連関の中で捉え ることにあるとすれば,精神科学の解釈学的あるいは弁証法的方法の 独自性に関する議論は, これらの学科における個と個別化的方法の重 要性の問題となる。このことば意味の問題それ自体は精神科学だけの 問題でばあり得ないし,精神科学と自然科学の原理的対立を正当化し 得ないことを示している。 「精神科学の独自性ばこの普遍的問題の特 殊な知覚形式によってのみ記述される。」26)つまりこの形式は, 個々 の意味経験による媒介と非常に緊密に結びついた「意味の形成の歴史 性」27)に集中しているのである。
第五節は「理解と説明」の問題を扱っている。理解と説明の二分法
はディルタイの緒神科学の根拠づけの問題と関連しており,彼が説明 と言うときは,個々の現象をある一般的規則に包摂することを指して いる。それに対して理解とは,個をそれが属する全体との関連で捉え ることである。パネンベルクはこの問題を特にA、C,ダントとE.シ ャイベの見解との関連で論じている。彼によれば, ダントの言う歴史 的出来事の物語的統一性は人間の意味経験の歴史性に根ざしている。
「説明」も個を全体の中に位置づける機能をもっており, このことに着 目するとき,われわれは自然科学の説明の方法と歴史的解釈学的説明 の方法に共通の基盤を確認することができる。F.シャイベが指摘して いる遡り,説明の問題は説明が必要となる実際の状況との関連で考察 しなければならない。われわれが説明や理由を必要とするのは,何か 驚くべきことあるいは予期せぬことが起こったときである。つまり今 迄の理論の枠組に入らないことが起こったときである。原因を追求し ようとするのは驚きの故である。予期せぬ出来事を説明するには,従 来の理論に代わるさらに普遍的な理論が必要となり, しかもそれはそ の予期せぬ出来事のみならず従来の理論の矛盾をも解決するものでな ければならない。 このような説明の必要性についての考察は, 自然科 学,歴史学だけでなく哲学的・神学的研究にも妥当する。精神科学の 特質は理解の概念にあると考えて,説明の概念を歴史的哲学的学問か ら排除することはできない。説明と理解の間には,説明が理解の枠組 を提供するという関係が考えられるが,だからと言って理解はいつも 説明を前提とするわけではない。0.F・誤ルノーによれば理解の方が むしろ根本的なのであって,理解が自己の限界に突き当ったとき,説 明がはじまる。理解できるときは説明はいらないのである。しかも説
明を必要とする不可解なものが表われるときにも,そこにすでに世界 に対するある理解が働いている。この先行する理解は説明によって媒 介された理解と違って,明確な枠組と結びついていない。 この根源的 理解の意味地平は無規定的であり,それはどんなに幻滅を味わっても 立ち直る人間の生の中にある根本的信頼の無規定性に対応している。
説明が必要になるのは, この意味の地平の一部が驚くべき経験によっ て問題化するときである。これは学問だけでなく宗教や芸術でも起こ ることである。自然科学における懐疑の精神はそれ自体が目的ではな く,それば現実との理解可能な交わりができるように, より信頼でき る根拠を求めているのである。諸科学は仮説的説明によってこの根拠 を与えようとし, そうするととによってそれぞれの領域において失わ れてしまった世界の恵味を再建しようとする。この観点から見るなら ば「自然法則的な理論体系による説明は. …怠味連関の糊成の特殊ケ ースと考えられる。それは歴史学的解釈学的説明では別の形をとり,
またより普遍的な形式では哲学的理論形成の課題である意味連関の職 成の特殊ケースなのである。」28)
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前章の内容からわれわればパネンベルクはほぼ次のように考えてい ることを知った。つまり解釈学の目的は意味理解にあり, この意味理 解は生と体験の緊張状態における部分と全体の関係の問題であること,
全体の概念ばシステム概念29) と関連しており, その結果解釈学的理 論形成と自然科学的理論形成の結合が可能になること,つまり時間的 で個的なシステムであれあるいば無時間的普遍的システムであれ,す
べてのシステムは少なくともそれ自体において意味があること,従っ て理解と説明の間には根本的に異なった知的機能といったものは存在 しないことである。これを前提としてパネンベルクは次に「意味理解 の方法論としての解釈学」 (第三章)を論じている。
第三章は「一般的解釈学」「解釈学的神学」「実存論的・解釈学的・
分析的言語哲学」「解釈学と弁証法」 「意味経験と学問」の五節から構 成されている。まず第一節では解釈学の由来, シュライエルマッハー,
ディルタイ,ガーダマー等の解釈学が論じられている。解釈学の近代 史はシュライエルマッハーとともにはじまるが,彼によれば解釈学は
「人々の間のコミュニケーションのすべての形式における理解一般に ついての教説」30)である。しかし彼はこの類意識の問題についてばぼ んのわずかしか触れておらず, その結果, 口頭で対話できる者同志の 理解とテキスト解釈における理解との区別に気づかなかった。彼は歴 史的諸関連につし、ての知識を理解それ自体の構成要素とは考えずに,
ただその前提としてい為だけである。これに対し初期のディルタイは 理解を心理学的再構成と捉え,解釈学を倫理学から導き出された心理 的解釈ではなく,一般心理学に基礎づけることができると考えていた。
特に彼の表出の概念はシュライエルマッハーのアプローチを発展させ たものである。つまり彼はそれをテキストや会話だけでなく,人間の 行為がうみ出すすべての出来事として捉えている。これによって解釈 学は歴史意識の普遍的理論となり,晩年には彼は体験の意味構造の歴 史性をはっきりと認識することができた。生とその意味構造は歴史的 に未完結であり,既存の生の統一性という意味での「構造概念」は放 棄されざるを得なかった。ディルタイば言う。 「われわれは生の過程
の終わりまでじっと待たなければならない。そして死の時にばじめて その部分の関連が決定されている「全体』を見ることができる。歴史 の『意味」を規定しているものについての完全な判断資料を得るには,
まず歴史の終わりまで待たなければならない」3,) と。彼は個点の意味 の全体としての構造的生の統一性が,終末論的将来に依存しているこ とを洞察していたのである。しかし彼はこの問題を,その全体は部分 からも知り得ると主張することによって,解決済み、と考えてしまった。
彼はすべての個人における心理的生の統一性に対する確信をもってお り,それ故部分から全体の理解を痩得できると考え,ある所与の構造 的「生の統一性」から出発したのである。
ガーダマーはこのようなディルタイの精神科学の解釈学的基礎づけ の中に32)自然科学的方法論を理想とする婆勢を見出す。彼によれば このような方法で「他我」に到達することば不可能であり,解釈学か ら自然科学的な客観化の手続きを排除しなければならない。歴史的精 神の本質ば過去の再生ではなく現在の生との思想的媒介にあり, この 課題を遂行するたあの概念が「地平の隅合」 (HorizontverSchmel‑
ZUng)33)である。解釈学が客観性を確保するには, まず第一にテキス トと解釈者の区別を認識し 次に両者に共通の地平を探究すべきなの である。われわれはいつも諸伝承の中にいるのであり,伝承はわれわ れの一部である○あるテキストを理解するのに必要な意味の先取りは 主体的行為ではなく,われわれはわれわれを伝承と結びつける「共通 性」によって規定されているのである。パネンペルクはこのようなガ ーダマーの見解を高く評価する。解釈されるものと解釈者の主観性の 区別は単に理論的な要求でばなく,それは言語の表現機能と言明の言
語様態のうちにいつも既に働いている人間経験の特殊な即事性によっ て可能となる。語り手は言明において語られた内容を自分自身の主観 性から区別する。しかしガーダマーは人間の世界関係に対する−言 語の表現機能の表われである−言明のこの構成的意義を認めなかっ た。彼は確かに語られたことをその語られなかった意味連関から切り 離そうとする試みに反対した点で正しかった。だが彼は言明における 客観化の契機を言語自体の根本的構成要素とは認めなかった。彼ば自 分自身の「地平の融合」という解釈原理が客観化のプロセスを含んで いることに気づかなかった。それはハイデッガーの解釈学的循環の理 論にとらわれて,すべての理論は伝承によって制約された偏見の騨造 に依存していると考えたためである。ガーダマーは伝承のプロセスに おける言葉の出来事を歴史の具体的内容と普遍史との関連から切り離 してしまい, その結果言明を過少評価してしまった。
第二節ば解釈学的神学の代表としてブルトマン, フックス,エーベ リンク等の見解を論じている。ブルトマンの実存論的自己理解は本来 的自己理解と非本来的自己理解の二者択一を目的としており, この二 者択一ば律法と福音に関する宗教改革者の教理と結びつけられている。
フックスとエーベリングもケリュグマの語りかけを言葉の本質につい ての問いと結びつけることによって, このアプローチをさらに発展さ せている。つまりもしも本来的意味での言語を本来的実存を可能にす る「伝達」と定義するならば,罪の赦しの福音を言語一般の本来的本 質とみなすことは当然である。だが言語の本質は罪と赦しの経験にあ るとのテーゼは,言語構造と言語内容の多様で具体的な次元を無視し ている。このアプローチは抽象的で言明をまったく考慮していない。
このような言明の過少評価は実存哲学的解釈と実存論的神学的解釈の 特徴である。前述の通りこの批判はガーダマーにもあてはまるが,彼 の場合には歴史的伝承の多様性が捉えられており,歴史から独立した 倫理的自己といつたものば考えられていない。
第三節は再びガーダマー批判から始まっている。パネンベルクによ れば,ガーダマーには人間はもともと自分の身近かな世界に組み込ま れているとの前提がある。しかし人間は動物と違って環境に組み込ま れたままではない。むしろ人間は世界に対して開かれており,文化を う染出すことによって自分自身の環境を構成せずにはいられない存在 である。しかもこの文化世界は脆いものである。自分の文化世界が動 揺しはじめると必ずそこに根源的危機が表われる。すべての文化創造 の根底にある人間と事物との根源的関係は,本能的衝動から大きく解 放された,事柄をそれ自体として捉えさせる客観性(Sachlichkeit)に よって特徴づけられている。従って客観化する表象にば世界に対する 人間の独自な関係の特徴が表われていると言うことができる。言明に よって高度に展開される言語の表現機能にも, この関係の特徴が働い ている。それ故言語の表現機能を世界関係における人間の自己理解に とって第二義的であると考えることは問題である。ガータ÷マーが解釈 学的出来事の範例として引用する対話でさえ, いつも言明連関の中に あるのであり,それなしには当時者同志の間に同じ事柄について何の 了解もうまれない。当時者の主観性から対話の内容を分離できること つまり客観化が対話の前提である。この客観化は言語の社会的本性に よって促進される。ガーダマーはハイデッガーの考えを発展させて,
すべての命題はそれ自身のうちに言いあらわされない意味地平を含む
として,言明にあまり価値を認めなかった。だがこれは必ずしも客観 化と矛盾するものではない。むしろ会話では,語られたものと語られ ないものが一緒になっていることが言語の特色であり,従って語られ たものの語られなかった意味地平をあらかじめ手近かな世界の全体性 の中で規定する必要はないのである。一方分析的言語哲学は実存論的 解釈学と違って,言明と言語の表現機能から出発する。後期ウィトケ ンシュタインによれば, もばや意味を認識論的にあらかじめ与えられ た対象の模写と規定することはできなく,それを実際に人為が一定の 方法で話しかつその話しの内容を理解するときの一定の活動関連と結 びつけて考えてみなければならない。言語ばこのような日常の生活様 式に根ざしており,その関連においてのみ一定の怠味をもつ。これに 対してK.O.7‑ペルは, もしもあらかじめこの生播様式に参与し ていない場合には,理解はどのようにして可能になるのか, と問う。
事実初期のウィトケンシュタインは世界を反映する統一的言語との親 和性を,後期には種為の生活様式や言語ケームとの親和性を前提とし ている。だがウィトケンシュタインはこの親和性にいたる了解のプロ セスや親和性の回復の問題を論じていない。彼ば言語や生活機式等の 歴史性を考慮していない。言語分析には了解の解釈学的プロセスの研 究つまり解釈学的アプローチが必要なのであ為。だが言語分析ば実存 論的解釈学が無視してきた言語の特定の局面を明らかにしてきたこと も事実である。即ちウィトケンシュタインの,世界を反映する働きぞ もつ言語と対象の関係(前期), 言.語と社会的生活棟式との結合(後 期)がそれである。解釈学的アプローチはこれらの局面を統合しなけ ればならない。理解が新たな問題に直面するときば,懲味連関の解釈
学的説明, したがって元の発言では語られないままであった恵味の地 平のより一層の客観化を必要とする。 「解釈されたテキストばまさに,
その意味地平に関して以前には知られなかった広がりにおいて『客観 化』されたテキストなのである。」34の')
第四節ば「解釈学と弁証法」の関係を論じている。パネンベルクが 取り上げているのはJ.ハーバーマス,H.アルバート等の見解である。
ハーバーマスは普遍史をすべての歴史理解の前提と考えている。歴史 家は実際には誰でも究極的状況を先取りしながら一つ一つの出来事を 体糸化しようとしている。暫定的終末とL,う歴史の統体性の先取りの 輔一の機能ば, コミュニケーションの現在の歪巍の恭露とその克服に ある。究極的状況の先取りは現在の批判的理解を開示する。ハーハー マスは批判的社会哲学のモデルとして梢神分析学を考え, フロイトが 個人の間馳として取り上げた事柄を社会の問題として取り上げようと した34の2)。彼は人類が形成する歴史の目標の先取りという概念によっ て,解釈学を批判主義に拡大した。弁証法と解釈学は共に部分と全体 との相互関係の省察によって規定されている。しかし解釈学は全体を 個々の事柄の意味を榴成する地平の中でのみ考え, この全体の究極的 形態を明確にしないままで置く。他方弁証法は, それなしには個々の ものが何の意味も持ちえない統体性それ自体を考えてL,る。弁証法は 解釈学が暗黙に前提し,それ故に不確実なままである究極的・包括的統 体性を明確にしようとする。だがH. 7'ルバートばハーハーマスの社 会学の弁舐法的理論を全体理性の神話と呼んで,次のように批判する。
第一に,全体の弁証法的概念が形式論理学の限界を越えているとの説 明は,その統体性の概念を論理的に分析することを避ける口実にすぎ
ない。しかし部分と全体の関係はすべての意味経験の中にあり,従っ てそれは解釈学的論理に属する論理的関係である。第二に,統体性は システムと対立するとの考えも「免疫化の手段」にすぎない。ハーバー マスはシステム概念はその概念が記述する経験領域に対して外的なも のであり,社会科学においては研究者自身が分析の対象領域に属して いるので, まずその概念が対象にふさわしいかどうかを吟味しなけれ ばならないと言う。だがシステム概念それ自体は抽象的普遍的言明に 限定されるものではない。生物を開かれたシステムと考えるならば,
システム概念は分析の対象である経験領域に対して外的なものではな い。むしろそれはハーバーマスが弁証法によって捉えようとしている 具体的統体性を捉えている。人類の歴史の統体性もシステムとして論 理的に捉えることができるのである。第三に,社会科学者自身が研究 の対象領域に属していることと,あらかじめその対象になれ親しんで いるという意味での前理解とは同一ではない。後者ば社会科学者にの 象要求される条件というよりも,理論的モデルを織成する場合に避け がたい実存的所与性である。それば仮説を構成する時の心理的制約で あるとともに分析の対象でもある。以上の三点から,社会的統体性と しての全体という弁証法的概念は一つの仮説的記述である, と考える 方が理論的である。ところがハーバーマスは社会的行為論の基礎づけ を目的として,怠味理解を行為概念の一局面としてしまった。力.一タ マーはハーパーマスを次のように批判する。つまりハーバーマスは,
解釈学が主観的に忠図された意味にだけかかわるのではないことを洞 察できなかった。意味はそれが意図されなかったところでも経験され るのである。パネンベルクば,所謂解釈学的循環の故に解釈学を非科
学的と考えてさらにそれを行為論で基礎づけようとする立場を批判す る。前述の通り個の意味の経験はいつも全体の理解を前提としている が, この全体の明確でない前理解を,それについての明確に規定され た前概念(Vorbegriif)35) と同一視してならない。後者は個によって 暗黙に前提されていた全体についての一つの仮説である。そして経験 の包括的意味の地平に関してさらに根本的な問題は,経験のプロセス が未完結であることである。全体についてのいかなる言明も暫定的な 先取りの性格をもっている。その先取りは歴史的経験のプロセスにお ける自己の位腫によって規定されるのである。また行為と理解の関係 についてパネンベルクは,行為自体が怠味の理解によって構成されて おり, 慰味の理解という媒介なしにば生活の実践は不可能であると考 えている。生活実践は理解の連動の中でのみlリlらかになり,それによ って研究の対象となる。経験のうちに暗黙に含まれている怠味の統体 性はハーバーマスの言う社会的生活連関をも越えるものである。社会 は決して現実と意味一般の統合概念ではなく,むしろそれはそのつど 個人と社会の衝突,人間と自然界の対立を越える絶対的意味信頼(cin absolutesSimwertrauen)36)に根ざしており, この信頼によって修 正される必要がある。雌史的にはこのような絶対的意味佑執は宗教を 通して社会秩序の維持及び革新の基盤となってきた。この宗教的窓味 信頼は怠味経験の歴史性と結びつき,終末論的パースベクティヴをも ってきたのである。
第五節は「,世味経験と学lll1」の問題を取り扱っている。包括的意味 連関の明確な輪郭は元来神話の中で創造されてきたが,哲学とその他 の諸学問も個々のものの恵味を構成する趣味統体性を明確にしようと
してきた。哲学と科学ば,内的矛盾がなく現象の説明にとって論理的 に必要なものだけを内容とする意味のモデルの体系的解釈を展開して きた。経験科学と哲学の区別は,前者の概念櫛成の仮説的方法や経験 的吟味の可能性にあるのではない。経験科学は哲学と違って限定され た対象領域にかかわるが,その場合哲学がかかわるべき怠味の全体と いう問題には入らないのである。哲学的怠味分析ば意味統体性の体系 的説明,つまりすべての経験の暗黙的あるいは一部明確な恵味統体性 の先取りの体系的叙述においてのみ起こり得る。この哲学的怠味分析 の真理性はそれが怠味の現実的経験を統合し解明する能力に依存して いる。 「同じことは神学にもあてばまる。神学も経験の意味統体性を 取り扱わねばならなく, 」37)また神について語るときそれが何を指し ているのかを知らなければならないのである。
IV
第二部のテーマは「学問としての神学」であり,パネンベルクはこ こで「神学史における学としての神学の理解」 (第四章) 「神の学とし ての神学」 (第五章) 「神学の内的構成」 (第六章)を論じている。
まず第四草の内容から象てみると,それは「派生的学としての神学」
「実践的学としての神学」「突定的学としての神学」「シュライエルマ ッハーと神学のテーマ的統一」「神学はキリスト教の学なのか」 「カー ル・バルトにお│ナる啓示の実定性」「実定性と歴史」の七節から構成さ れている。
パネンペルクによるとトマス・アクィナスは神学がアリストテレス の意味で思弁的で理論的な学問一自己目的的な理論的知識一であ
ることを示そうとしたが, リチャード38)はこれに反対して, 神学は scientiaPraCticaであると主張した。なぜなら神学は神を純粋な認 識というよりもわれわれの目的や愛すべき最高善として捉えているか らである。 ドゥンス・スコトゥスも彼にならってアリストテレスの哲 学を用いて,神学が実践的学問であることを示そうとした。 トマスは アリストテレスの『形而上学』(上)の中に出てくる,知識それ自体を 追究する学問は応用のための学問よりもすぐれているとの考えを強調 したのに対し, キリスト教神学ば実践的学問であると考える人為ばや ばり 『形而上学』 (下)から, 理論科学の目的は真理であり, 実践科 学の目標は行為であるとの命題を引用する。しかもスコトゥスば目標 の観点からすればcognitiopractiCaば単なる思弁的認識よりすぐれ ていると考えている。その場合彼の議論の前提となっているのは,神 学は最高善としての神,従って人間の究極目標にかかわっているとの 判断である。彼はケントのハインリヒの見解を発展させて, 目標につ いての客観的認識も実践的認識であると考えた。実践的学問としての 神学は神にむかうが,その神は御自身の現実において人間の意志規定 の目標であり得るしまたそうであるべきお方なのである。それ故神学 を実践的な学問と規定する場合にも,神の現実についての間いば神学 の中心問題となる。パネンベルクはスコトゥスのこの神学概念のうち に,神の存在を宇宙論的に証明しようとする彼の限界にもかかわらず,
近代以後に見られる人間の自己理解を神学の出発点とする可能性を見 ている。スコトゥス以後実践的学問という概念は大きく変化し,それ は倫理だけでなく神論とそれに基づく世界理解を含むようになった。
さらにスコトゥスから出発しオッカム派によって媒介された「神学の
自己理解の伝統」39)は十六,七世紀のプロテスタント神学に受け継が れた。例えばルターにとって,神学が思弁的学間でばなく実践的学問 であることは自明のことであった。但しプロテスタント正統主義以後 の歴史は,神学が「実践的」であると言う時の実践概念が再びアリス トテレスの用法に戻ったり,あるいはスコトゥスの意味であったり,
非常に混乱していたことを示している。例えばハイデルベルクの改革 派の神学者であったB.ケッカーマンばpraktischをアリストテレス の恵味で用いているのに対し, J.ケルハルトばスコトゥスの意味で用 いている。古プロテスタンテイズムにおいてばpraktischの概念ば宗 教的・倫理的実践に制約されず,存在論的・人間学的・救済史的背景 をもっていた。そして人間存在を究極的に神にむけられた存在と捉え ることによって,救済史的問題を理論的な枠組に取り入れることが可 能となった。だが古プロテスタンテイズムでは,神認識それ自体の確 実性の問題は起こらなかった。なぜなら古プロテスタンテイズムの教 義学にとって聖曾の神的権威は自明のことだったからである。近代に なって神学とキリスト教伝承の実定性の問題が出てきたが, この実定 性の問題を実践的学としての神学の問越として捉えたのが新プロテス タンティズムであった。
実定的神学という概念はもともと神学内部の一学科を指していたが,
後には例えば自然神学と対立する神学,つまり神学全体の性格を表わ す用語となった。例えばG.カリクストゥスはtlleologiascholastica と教会的神学を区別し さらに釈義的神学,教会史.論争学,実践神 学を神学の諸学科としている。実定的神学は牧師の養成を目的とした
.−学科なのであ為。P、 7・ナトゥスも実定的神学とスコラ的思弁的神学
を区別しているが,彼の場合には前者は聖苫と伝統に基づいている神 学,つまり証明の対象とならないで前提とされ信じられている神学を 指している。他方スコラ的神学ば同じ内容を理性的な議論によって正 確に捉えようとするものである。またJ.H.アルステッドは聖書それ自 身を実定的神学の概念と同一視して, スコラ的神学はそれに基づくも のと考えている。ところが啓蒙主義の時代になると,実定的神学の概念 ばスコラ的神学ではなく自然神学と対極をなすものとなった。この背 景には「│然宗教と実定宗教の対立がある。若きレッシングは,宗教ば ただ政治的必要性から生まれた自然宗教の愛形にすぎないと断定した。
彼ば実定宗教は民衆の宗教の統一には役立つが 本質的なものを弱め 歪曲してしまうと考えている。 「啓示された教理」をl)ositivと呼んだ 最初の人物ばJ.A.エルネスティである。彼はティンダルや他の理神 論者たちに反対して,実定法制定との類比で啓示を守ろうとした。彼 の生徒であり弟子でもあるS.F.モールスもキリスト教神学をPositiv と呼んでいる。エルネスティのもう一人の弟子であるC.F.アモンに よれば, キリスト教の教義を実定的と呼ぶのはそれが律法授与者の外 的権威であるの詮ならず,神御自身の特殊な予知の行為だからである。
そしてこれ以後キリスト教の「雌史的・突進的」基盤を強調すること が一般的になった。1797年シュライエルマッハーは『宗教論』の中で,
実定的なものに反対することはすべて明白で現実的なものに反対する ことに他ならない, とした。特に自然宗教を実定宗教からの抽象にす ぎないとする説は非常に大きな影響を与えた。実定宗教についての彼 の用語法は当時の一般的用語法に従ったものであるが, 1811年の作品 ではまったく異なった概念として用いている。これば彼が自然宗教と
実定宗教の相違でばなく,普遍的・学問的・理論的説明に関心をもっ ていたことと関連している。彼はシェリングから神学,法学,医学を
「実定的」と呼ぶ用法を受け継ぎ, しかもカントやフィヒテのように その実践的目的を強調した。神学の実践的課題ば, キリスト教共同体 に必要な指導性つまり適切に訓練された牧師をう読出すことにある。
従ってシュライエルマッハーは彼よりも200年程前にカリクストゥス が主張した実定的神学の実践的性格を再び強調したことになる。しか しカリクストゥスの場合には実定的神学は神学諸学科の一つにすぎな かったが, シュライエルマッハーは同じ用語を神学全体の性格を表わ す言葉として用いたのである。
パネンベルクは第四節においてこのシュヲイエルマッハーの神学に ついて次の二点を指摘している。まずシュライエルマッハーば大学に おける神学の位置を客観的に捉えることができなかった。当時の大学 でば社会と国家がその存続を望まない限り,神学部は存在し得なかっ た。社会と国家は神学ではなくキリスト教会の実践的機能に関心をも っていたのであり, シュライエルマッハーは神学を実定的学問(教会 の機能)と規定することによって,結局自ら反対していた教会と国家 の結合を保証する結果になってしまった。制度としての教会が保証さ れている時にのみ,彼の概念ば有効だったのである。 もう一つの問題 ば神学諸学科の内的統一の原理の問題である。シュライエルマッハー によれば,それは神学と教会の指導(聖職者養成)との実践的結びつ きのうちにある。彼は神学の学科として「哲学的神学」「実践神学」
「歴史神学」の三つをあげている。哲学的神学はまず信仰共同体が人 間精神の発展に欠くべからざる要素であることを宗教哲学的に証明し,
それに基づいてキリスト教の本質とキリスト教共同体の形態を叙述,
比較しようとする。実践神学ば教会の指導のテクニックにかかわる。
この両者の間にあるのが歴史神学で, これば「神学研究の本来の根 幹」40)である。教会の指導にばその時点の歴史的状況に関する全体的 知識が必要なのである。しかしシュライエルマッハーの歴史神学とい う用語ば非常に瞳い概念で,釈義的神学,教義学,教会統計をも含んで いる。歴史神学ば神学諸科の中心にあり,実践神学によってキリスト 者の現実生活と,哲学的神学によって本来の学問とそれぞれ結合され ている。だが以上のようなシュライエルマッハーの立場に対しパネン ベルクは,神学諸科の内的統一ばはたして単に実際的教育の必要性か らうまれるのだろうか,と問う。むしろそれはキリスト教が「歴史的全 体」であるというキリスト教の本質から生ずるのである。実践神学の 課題もキリスト教は過去に縛られた閉鎖的体系でばないというキリス ト教の本質から生ずるのである。シュライエルマッハー自身,歴史神 学は実践神学の基盤であり,哲学的神学の証明であると述べている。4')
これは彼が神学諸科の内的統一をキリスト教の本質から基礎づけよう とする姿勢をもっていたことを示唆している。 もしも歴史神学が神学 研究の本来の根幹をなしているとすれば, シュライエルマッハーの神 学概念とは異なった神学概念が必要となる。キリスト教の固有性が教 会指導の形成の必要性を規定するのであって,その逆ではない。神学 は教会や国家の要請によって存在するのではない。それは真理問題を 追究する。 また彼の神学概念の限界は19世紀の教派神学におL,て明 らかとなった。なぜならそれば彼自身の意図とは別に既存の教会制度 を保証し,批判を封ずる機能を果したからである。
リッチュル学派のG,ハインリキは主要な点ではシュライエルマッ ハーに従ったが,彼と違って神学の実定性を神学の素材が歴史の中に 与えられていることに求めた。ハインリキにとって教会生活との実践 的なつながりば第二義的なのである。M・ケーラーも神学は「歴史的.
実定的学問」42)であり,全体的歴史学から切り離せないキリスト教の 学であると考えている。M. ラーデは神学は全体としての学問に基づ く宗教と教会の特殊な学問である歴史学に属すると書いている。 これ に対しG.ヴオッバーミンは神学は歴史学とともに体系的な学問を含 んでいると反論する。勿論彼にとっても神学は宗教,特にキリスト教 の学問であるが,それは歴史的全体としての宗教と組織神学において 道徳的・宗教的意識の生ける現実としての宗教を研究する。このよう にヴオッバーミンは, トレルチがキリスト教神学を普遍的宗教学に従 属させようとしたのに対して,宗教学をキリスト教神学の補助学とし た。 しかし同じリッチュル学派のO. リッチュルは, 弁証学に関心を もつ教義学唯決して学問ではないと批判する。彼によれば神学ば歴史 学の一部門としてのみ学問と言えるのであり,組織神学ば特殊な心理 学なのである。このような議論の背後にあるのは,神学は厳密な意味 での学問の条件を満たしているのかどうかという問いである。P.A.
de・ ラカルデは教会的神学は学問ではないから大学の神学部を一般の 宗教学部に変えるべきであると主張した。この後様だの見解が発表さ れたが, その中でトレルチは, いかなる学問も何らかの前提をもって おり,問題はそれを仮説として吟味するかどうかにあるとした。 1929 年シュプランカーも精神科学はいつもその時々の歴的史状況,研究者 自身の人格的成熟度,世界観といったものに関連していることを示し
たが,パネンベルクは, この事情ば今日の自然科学にもあてばまるこ とを指摘している。 「学問の価値は前提がないことではなく 『自らの 基盤の自己批判』にある(シュプラソガー)。」43)パネンペルクによれ ばトレルチの研究成果は, 「キリスト教の真理性が問われている場合 には,神学をキリスト教の特殊な学問あるいはその領域が他の諸学科 と区別された宗教学と詮なし得ない」 )ことを示している。例えばこ の視点から, キリスト教の前史ばどうしてギリシアの哲学や宗教では なく, 旧約聖諄の中にの象あると言えるのかとの問いが生まれる。そ れは旧約聖書の内容をどう理解するかとの問いでもある。キリスト教 ば神の自己啓示はキリスト教と共にではなく世界の創造から, また神 の選びの歴史としてはアブラハムの選びから始まったと受けとめてき た。このようなキリスト教神学における旧約聖書の位置の問題ば,神 学をキリスト教の学としてよりも神の学として捉えるべきことを示唆 している。キリスト教の真理性の問題も同じ方向性を示している。そ こでパネンベルクは次のように言う。 「キリスト教の真理性について の問いは,人間経験一般の全領域での真理性の問いなしに唯取り扱い 得ない。 というのばキリスト教ばキリスト教であると言うだけでなく,
神の啓示であると主張するからである。」妬) もしも神的啓示へのこの 依拠を前提としてだけでなく神学的反省のテーマとして取り扱うべき だとすれば,神学は個別的テーマとしてのキリスト教,諸宗教の中の 宗教としてのキリスト教, それに人間の自然的生活と対立する啓示の 宗教としてのキリスト教を, 超えなければならない。 「キリスト教が 神を引き合いに出していることを真剣に取り上げるとすれば,神学の テーマを他のテーマの領域と並ぶ特殊なテーマに限定することはでき
ない。 ..…・神学は伝統的に神による世界の創造について語ってきてし る。」46)従って,われわれは自然科学の方法や認識と創造の教理に含 まれている世界理解との関係についても考慮しなければならない。
「神学はキリスト教の学であるだけでなく神の学であるとき, 従って 神学が神の学として−たとえそれは今ばまだ終わっていない経験の 意味連関の全体だとしても−現実全体(dieWirkUchkeitimgan‑
zen)を対象とするときにの象, キリスト教を正当に評価することが できるのである。」47)
解釈学的問題は,原始キリスト教の証言とイエスの歴史像が過去の 時代に属し,その現代的妥当性を主張するには解釈が必要であるとの 洞察と共に生じた。これを神学の争点にしたのはブルトマンであるが,
それを神学概念の新しい理解にまで導いたのはG.エーベリングカ:は じめてである。彼は神学を宣教の出来事と結びつけて,神学は−人間 の目的指示の悪ならず教会の宣教の実践と関連するという意味で−
実践的であるとのテーゼを受け入れた。彼によれば神学固有の対象は,
神の言に聴くときに起こる啓示のことばの出来事(Sprachereigrlisder Offenbamng)である。彼はシュヲイエルマッハーと違って神学の実 定性を「歴史的所与との関連」48)に見ている。彼はシュライエルマッ ハーの神学の定義に歴史的所与との関連を導入して,事実上その内容 を襲えてしまった。彼はこの新しく定式化された実践的関連をもつ神 学を責任ある学問と呼び,神学における歴史的なものの重要性を正し く位置づけようとした。この点でエーベリングばケーラーやハインリ キの企て,つまりキリスト教神学の歴史的素材を, この素材をきわだ たせる実践的妥当性と結びつけようとする企てに従っている。しかも