小川浩昭著 現代保険学⎜伝統的保険 学の再評価⎜
⎜ 九州大学出版会,2008年3月,はしがき4頁,目次3頁,本文 304頁 ⎜
Ⅰ
保険とは何か の問い掛けは,保険制度の普及と共に広く学徒の関心を 刺激してきた。社会科学領域では,しばしば対象領域の用語法に概念的一般 化の論議を湧き上がらせている。保険学の総合学的性質は,とくに華々しい 本質論ないしは概念論を繰り広げさせてきた。1966年3月17日,St.Gall 経済社会大学でのドイツ保険学会部会がKarl Hax流の経済必要充足説を 再確認 したことは,同論争を下火に向かわせることになった。標記著書
(以下=本書)は,とりわけ真屋 の影響を受けつつ,近年の変動的環境の 保険現象を考察し,現代的保険の本質を探る試みを展開している。
保険概念論争終息への兆しは,情報化の進展を基調とする実用主義的風土 の下に,そうした試みを些か軽視させる風潮をも醸成してきた。本書は,古 くから発達を見た社会経済制度としての保険に関し,その伝統的学問成果を 再検討し,その現代的発展方向を模索すべく,保険学の成果に対するやや安 易とも思われる扱いを少しでも改善に向かわせようとする意図を窺わせる。
保険の社会経済的意義を再確認し,現代の如何なる環境適合的理解において 保険の本質規定に導きうるのかが主たる課題とされているといえよう。表題 に添えられる ―伝統的保険学の再評価― なる副題には,保険の本質が時
177 1) 大林良一 保険概念の統一問題⎜ドイツ保険学会の最近の成果⎜ ビジネ
スレビュー 一橋大学産業経営研究所,1968,4‑9頁。
2) 真屋尚生 保険理論と自由平等 東洋経済新報社,1991。
【書 評】
代を通じて奈辺にあるのかを問い直させ, 安易な隣接科学への依存 や 保険学無視の社会保険論 の風潮を是正し,保険の現代的意義を再認識さ せようとする意図が込められている。
Ⅱ
本書の構成を辿り,各部の論旨に目を通しておきたい。第1章では,近代 保険学の成果を手掛かりに ,保険現象の歴史的共通要素や個別性を模索し,
現代保険学の課題として 現代的保険の本質理解 , 経済的保障制度全体系 の保険分類 , 学問的保険金融論の構築 , 保険と金融の錯綜現象・保険代 替現象の考察 , 社会保障・社会保険への積極的関与 あるいは 隣接科学 たる金融論や社会保障論・社会政策学との生産的関係の構築 が提示されて いる。第2章では,市場経済化・金融グローバル化を基調として捉えられる 保険現象の技術的・構造的複雑化を背景に,現代保険本質論の模索が試みら れている。現代環境変化の不確実性を認識し,リスク研究の基底をなすとも いえる保険の現代的概念化が重視されている。著者は,真屋の 予備貨幣再 分配説 に積極的意義を見出し,次章以降を展開する立場を表明している。
第3章では,経済社会的発展段階を通じて捉えられる保険関係の歴史的側面 に触れ,多種多様な保険を系統的に理解する手掛かりとしている。保険関係 の法的,数理技術的あるいは経営的発展に注目し,公保険・私保険を通じた 制度体系の整理に意が尽くされている。
第4章では,相互扶助性という保険の特質に対する今日的評価が試みられ ている。保険の原初的理念面あるいは近代保険の補完技術的発展面から,同 問題の解明には著者の論旨に歯切れの悪さが窺える。近代保険の原理・原則 をもって相互扶助的要素の払拭に向かってもいる。将来問題を扱う保険の特 質を捉え,保険の本質を超歴史的に捉える場合,同問題は,軽視できない基 本的問題となるのではなかろうか。第5章では,伝統的保険学を軽視し,金
小川浩昭著 現代保険学⎜伝統的保険学の再評価⎜
3) 近藤文二,庭田範秋,印南博吉,石田重森,笠原長寿,米谷隆三等,幾人か の保険学者による本質論が取り上げられている。
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融論あるいは情報の経済学への安易な依存傾向に懸念が示されている。保険 相互会社の株式会社化を巡る保険企業形態論,あるいは金融工学における保 険手法との錯綜的関わりにも論が進められ,斬新な保険周辺問題を保険学の 独自的視座をもって眺めることの意義が強調されている。第6章は,株式会 社化という,保険業界,とくに生命保険業界をめぐる現在進行形の難解な問 題を扱っている。環境変動下の随時的要素を歴史的本質として見極めるまで には,時間が必要である。著者自身,現代市場経済の進展と相互会社問題を 捉えながら,最終的には,その意義を補正的last resortのごとく扱ってい る。相互会社の問題は,本章標題のごとく,まさに考察過程にあるといえる。
第7章では,保険学の新しい展開に向けて,保険金融論の構築が提唱され ている。保険の経済的保障機能に付随する金融機能の発現形態を詳細に辿り,
自由化市場に導かれる財務統合的変革方向に注目し,保険金融論の必要性を 指摘している。それゆえ,リスクマネジメントと保険の研究は,他の研究領 域に埋没することなく,保険学の主体的アプローチにおいて開拓されなけれ ばならないとする。ただ,その方法論と分野間のヘゲモニー関係は,やはり 困難な問題といえよう。第8章では,保険市場と資本市場の収斂現象とされ るARTが扱われている。情報化の進展がもたらす市場変革要因として,金 融,リスクマネジメントあるいは保険事業のイノベーションが挙げられてい る。U.Beck リスク社会 の構造的・変動的リスク処理課題の認識には,
著者の問題接近に些かの拙速性が懸念されるところではある。第9章では,
ARTとARFの互換的使用が見られるなかで,当該財務手法にリスク転嫁 要素を認めるか否かを鍵とする類別論が展開されている。ARFのごときリ スク保有の財務手法は,非典型的保険管理実践の開拓過程に発達し,リスク マネジメントを飛躍的に発展させてきたといえる。著者のARTへの注目は,
ARFなるリスク財務の開拓進化を認識し,リスク転嫁としての関係方向を 模索しようとする意図に起因すると思われる。第10章では,現代的な保険の 本質に迫るべく,前章までの展開に基づき,保険学の課題を整理している。
補完的に金融工学やリスクマネジメント論の重要性に触れつつ,とくに保険
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と金融の異質性を踏まえた保険学独自的論議の必要性を指摘している。既述 の 予備貨幣再分配説 ,収支相等原則第一義性,さらには公的保険論を再 び提起し,著者の保険本質論の展開方向を暗示するところとなっている。
Ⅲ
本論289頁に亘る仔細な論述には,保険学の視座が広く盛り込まれている。
保険の本質規定は, 保険とは何か を説明する保険概念論としても展開さ れてきた。多様な概念標識の提示が争われてきたが,保険概念を勝れて抽象 化する試みは,実に困難な作業である。労多くして,稔り少ない試みである ともされている。水島は,W.Mahrに依拠して,社会経済の発展段階的な 保険関係の認識に基づき,近代保険を利益社会的関係において捉えている 。 そこには,社会経済構造の変化が保険関係の在り方,ひいては保険の本質規 定に大きく影響するという含蓄が捉えられる。
著者の試みは,保険の本質論を展開するのみではない。究極的には,そこ に到ろうとするのであろうが,現代保険経済の諸局面に生じる変革の兆しに 注目し,とくに斬新なる金融技術の経済的保障機能性への発展を捉えようと している。現代社会経済における環境変化に,如何なる経済的保障形態が開 拓されることになるのか。著者の意欲的研究の根源的課題を垣間見ることが できる。
後掲初出一覧によれば,本書が著者自身のこれまでの業績を纏め直したも のであることがわかる。今日の変動的社会経済環境にあっては,その作業に は多大の労苦が伴うはずである。もちろん,評者には及ばない深い洞察に基 づく論述が随所に展開されている。本書が人類の貴重な社会的成果として保 険の意義を確認することに努め,その増進に資するべく,様々な視座から現 代的保険の本質に迫ろうとしているものであることは明らかである。
(評者:岡山商科大学商学部教授 大城 裕二) 4) 水島一也 近代保険の生成 千倉書房,1975年5月。
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