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PIP3 (Phosphatidylinositol 3,4,5-triphosphate) 関連分子異常による原発性免疫不全症 の病態解明

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(1)

題目

PIP3 (Phosphatidylinositol 3,4,5-triphosphate) 関連分子異常による原発性免疫不全症

の病態解明

せきなか かなこ

關中 佳奈子

(成長発達臨床医学専攻)

防衛医科大学校

平成29年度

(2)

目 次

1

章 緒言

1

2

PIP3

関連分子異常患者の同定

4

3

章 PIP3 関連分子異常患者の臨床症状及び免疫学的特徴

9

4

章 血清

microRNA

解析

15

5

章 患者活性化

T

細胞を用いた

FOXO1

リン酸化解析

19

6

章 患者

EBLCL

を用いた

ERK

リン酸化解析

23

7

章 総括・結論

27

謝辞

31

単語・略語説明

32

引用文献

38

図表

44

(3)

- 1 -

第1章 緒言

APDS (Activated PI3Kinase-Delta syndrome、活性化PI3K-δ症候群)(単語・略

語説明 32 ページ参照)は、2013 年に原因遺伝子が明らかになった原発性免疫 不全症で、クラス

IA PI3K (phosphatidylinositol 3-kinase)

(単語・略語説明 36 ページ参照)の触媒サブユニット

p110δ(責任遺伝子PIK3CD)の機能獲得型変

異により発症する疾患として報告された

1)2)

。小児期早期から始まる反復性気道 感染・進行性気道破壊・気管支拡張症を特徴とし、多くの患者でリンパ節腫脹を 呈し、免疫学的には、抗体産生不全(高

IgM

血症、低

IgG

血症など)を認める ほか、

EBV (Epstein-Barr Virus)

CMV (Cytomegalovirus)

に対する易感染性を認 める。末梢血リンパ球フローサイトメトリー解析では、CD4 陽性

T

リンパ球の 減少、CD45RO 陽性メモリーT リンパ球の増加などの

T

細胞機能異常のほか、

CD27

陽性メモリーB 細胞の減少などの所見を示すことが報告された

1)2)

さらに、

2014

年に

p110δの制御サブユニットであるp85α

(責任遺伝子

PIK3R1)

の機能喪失型変異が、APDS に類似した症状を呈する患者で同定された

3)4)

こと から、

PIK3CD

の機能獲得型変異によるものを

APDS type 1

(APDS 1) 、

PIK3R1

の機能喪失型変異によるものを

APDS type 2(APDS 2)と分類するようになっ

た。

APDS

では、クラス

IA PI3K

の恒常的な活性化による

PIP3 (Phosphatidylinositol 3,4,5-triphosphate)

(単語・略語説明 36 ページ参照)の過剰発現により、

PI3K

グナル経路の過剰活性化が誘導され、下流に存在する

AKT/mTOR/S6

の過リン

酸化状態が引き起こされることが報告されている

1)~4)

AKT

(単語・略語説明 32

ページ参照)は細胞の増殖や分化、成長、代謝を制御する重要な分子であり、過

(4)

- 2 -

リン酸化の結果、リンパ球の異常活性化やリンパ組織腫大を引き起こすとされ ている

5)

。 (図

1-1)

我々は、

APDS

をはじめとする原発性免疫不全症の小児を対象に、その発症の メカニズム研究を進めてきたが、その過程で、

APDS

に類似した臨床症状を呈す るものの、

PIK3CD、PIK3R1

に変異のない小児の原発性免疫不全症の

2

症例を見 出した。さらに、エクソーム解析により、これらの

2

症例において、PIP3 関連 分子である

PTEN

遺伝子のヘテロ接合型変異を同定した。PTEN (Phosphatase and

tensin homolog deleted from chromosome 10)

は、10q23.3 に位置し、そのコードす る蛋白は

PIP3

の脱リン酸化反応を触媒し、その発現を抑制して

AKT/mTOR/S6

経路を抑える作用を持つ。これらの

2

例において見出された

PTEN

の変異は機 能喪失型変異であり、PIP3 の過剰発現を引き起こし、結果として

APDS

と臨床 学的にも分子生物学的にも類似の病態を呈することを証明した

6)

。そこで、

PTEN

機能喪失型変異による免疫不全症を

APDS-L

(APDS-like immunodeficiency)とし て提唱し(図

1-2)

、APDS 1、APDS 2 ならびに

APDS-L

を合わせて「PIP3 関連 分子異常による免疫不全症」と定義した。

APDS

において免疫不全症を発症する機序は明らかになっていない。我々は、

PTEN

機能喪失型変異患者の中に、免疫不全症状を有する患者と有さない患者が いることに着目し、

PTEN

機能喪失型変異患者のうち、免疫不全症状を呈さない

Cowden

症候群患者(単語・略語説明 33 ページ参照)の活性化リンパ球におい

ても、

AKT/mTOR/S6

のリン酸化亢進が認められることを報告した。これらの結

果から、免疫不全症発症に関与する別の分子(群)やシグナル伝達経路が存在す

る可能性が指摘された

6)

(5)

- 3 -

今回我々は、免疫不全症状やリンパ組織腫大に関与する分子群の同定を目的 とし、患者血清中の

microRNA

解析及び、患者リンパ球から樹立した活性化

T

細 胞、EBLCL (EB ウイルス感染刺激により作製したリンパ芽球様細胞;EBV-

induced lymphoblastoid cell lines)

を用いた詳細な解析を行った。PTEN 機能喪失 型変異を有するものの免疫不全症状を呈さない

Cowden

症候群患者や、

CVID

(分 類不能型免疫不全症; Common variable immunodeficiency) (単語・略語説明 33 ペ ージ参照)患者ならびに健常人を対照として、患者群と比較した。

なお、本研究はヒト検体を用いるため、防衛医科大学校倫理委員会の承認(受

理番号

1275

「先天性免疫不全症の遺伝子解析研究」 、受理番号

1143

「原発性免疫

不全症の早期診断法の確立に関する研究」を得て実施した。検体採取に際しては

対象者もしくはその保護者に研究内容を文書と口頭により説明し、十分な理解

のもと署名同意を得た。

(6)

- 4 -

第2章

PIP3

関連分子異常による免疫不全症患者の同定 第1節 背景

原発性免疫不全症の原因遺伝子はこれまでに

300

種類以上が同定されてい るものの、いまだに原因遺伝子の同定されていないものも多く、遺伝子診断の ついていない症例も多い。我々は、国内の原発性免疫不全症のデータベースで ある

Primary Immunodeficiency Database in Japan(PIDJ)を活用し、専門的な知

識・技術を持った施設間の全国的な連携により、迅速・正確な診断と最適な治 療の実現を目指している。

APDS

及び

APDS-L

は、易感染性やリンパ組織腫大を主要な症状とし、低

IgG、高IgM

血症を呈することが多いため、

CVID

や高

IgM

症候群と診断され

ていることが多い。そこで我々は、PIDJ を介して免疫学的解析依頼を受けた 症例のうち、

CVID

や高

IgM

症候群と診断され、遺伝子診断のついていない症 例に関して、PIP3 関連分子の遺伝子解析を行った。

第2節 対象及び方法

(1)対象

防衛医科大学校小児科学講座及び東京医科歯科大学小児科学講座]

にて原発性免疫不全症の免疫学的検討の依頼を受けた症例で、高

IgM

症候群もしくは

CVID

と診断された

311

症例のうち、

155

症例のエク

ソーム解析を行った。残りの

156

症例については、PIK3CD 及び

PIK3R1

遺伝子について

Sanger Sequencing

にて変異解析を行った。そ

の他、症状やフローサイトメトリー所見から

APDS

が疑われた症例

では

PIK3CD、PIK3R1

及び

PTEN

遺伝子について

Sanger Sequencing

にて変異解析を行った。

(7)

- 5 -

(3)Genomic DNA の抽出

末梢血1検体当たり 200μl をサンプル量とし、QIAamp DNA

Micro

キット (Qiagen,Hilden,Germany)を用いて

genomic DNA

を 溶出量 100 µl で抽出した。得られた

DNA

Qubit

フルオロメ-タ ー (Invitrogen, Carlsbad, CA, USA) を用いて濃度を測定した。

(4)RNA の抽出

末梢血1検体当たり 500μl をサンプル量とし、RNeasy Mini キッ ト (Qiagen)を用いて

RNA

を溶出量 50 µl で抽出した。得られた

RNA

Qubit

フルオロメ-ター (Invitrogen) を用いて濃度を測定し た。

(5)cDNA 作製

前項で得られた

RNA

は、溶出後速やかに

Transcriptor First Strand cDNA Synthesis Kit (Roche, Basel, Switzerland)

を用いて、cDNA に変 換した。

(6)遺伝子解析

①エクソーム解析

我々の既報

6)

で記載したとおりの方法で行い、PIP3 関連分子の変 異の詳細を確認した。

②PIK3CD 遺伝子及び

PTEN

遺伝子シーケンシング

我々の既報

6)

で記載したとおりの方法で行い、上記遺伝子の変異 の有無を確認した。

③PIK3R1 遺伝子シーケンシング

ア)Polymerase chain reaction ( PCR )法による各遺伝子の増幅

(8)

- 6 -

抽出した

genomic DNA

及び

cDNA

について、

PIK3R1

遺伝子の 変異部位を含む部分を

PCR

法によって増幅した。Genomic

DNA

増幅用プライマーは、フォワードプライマー:

5’-CCGGAATGAATCTCTAGCTC-3’、リバースプライマー:

5’-GACTGCTTCAGTTATCACGTG-3’、cDNA

増幅用プライマー は、フォワードプライマー: 5’-TTGGTACGAGATGCGTCTAC-3’、

リバースプライマー: 5’-TCGATACTCAGCTGCCTGC-3’ と設 計した。

cDNA

増幅用のプライマーはエクソン

9

からエクソン

11

を含む範囲にプライマーを設定し、正常であれば

PCR

反応

産物は

611bp

になるように設計され、エクソン

10

スキッピン

グがあると

PCR

反応産物は

488bp

になると予想された。PCR 反応物は、

High Fidelity PCR Master Mix (Roche)を用いて調整し、

Veriti®

サーマルサイクラー (Applied Biosystems、以下

ABI,

Foster,CA, USA)を用いて、PCR

法による増幅反応を行った。

PCR

の反応条件は、初期変性

94℃ 5

分間後、35 サイクル(熱 変性

94℃ 60

秒,アニーリング

60℃ 60

秒, 伸長反応

72℃ 60

分)繰り返した後、

72℃ 10

分間で最終伸長として

PCR

を実施 した。次いで、反応液を

1.5%アガロースゲルにて電気泳動し、

PCR

産物を確認した。

イ)ダイターミネーター法によるダイレクトシーケンシング 精製した

PCR

産物をシークエンス反応液 [PCR 精製物

1μl、

BigDye® Terminator v1.1 (ABI) 4μl, BigDye® Terminator

Sequencing Buffer (ABI) 2μl , Primer (10μM) 0.5μl、H2O 12.5

μl] として調整し、Dye Terminator 法により、Veriti® サーマル

(9)

- 7 -

サイクラー (ABI) を用いて増幅反応を行った。

PCR

の反応条件 は初期変性

96℃ 2.5

分間を行った後、

25

サイクル(熱変性

96℃

15

秒、アニーリング

50℃ 10

秒、伸長反応

60℃ 4

分) 繰り返 した後、60℃ 4 分間で最終伸長とした。

シークエンス反応産物は

Millipore Multiscreen (Millipore, Billerica, MA, USA)

Sephadex TM G-50 Superfine (Sigma-Aldrich, St. Louis,

MO, USA)

を用いて精製した後、Hi-Di ホルムアミドにより希

釈し、3500Genetic Analyzer ( ABI ) により遺伝子配列を決定し た。

第3節 結果

解析の結果、

APDS 1

(PIK3CD 機能獲得型変異)患者

16

例、

APDS 2

(PIK3R1 機能喪失型変異)患者

3

例、APDS-L(PTEN 機能喪失型変異)患者

2

例を同 定した(表

2-1)

。この

21

症例の中には、第

4~第6

章での検討対象となった

6

患者 (P1, P2, P5, P6, P7, P8) も含まれる。

P1-P5

の臨床経過、遺伝子解析の結果の詳細に関しては、我々の既報

6)

中に

記載した通りである。

P6

は、当初原因遺伝子不明の高

IgM

症候群と診断されていたが、

2013

年の

APDS 1

の報告

1)2)

の後に、臨床症状、免疫学的解析結果から

APDS

を疑われ、

PIK3CD

遺伝子解析にて変異

E1021K

を同定し、確定診断された。

P7、P8

も同様に高

IgM

症候群と診断され、 エクソーム解析が施行されたが、

原因遺伝子不明とされていた症例である。2014 年に

APDS 2

が報告

3)4)

され、

エクソーム解析結果を見直したところ、

PIK3R1

遺伝子のエクソン

10

splice site

にそれぞれ変異を認め、cDNA を用いた解析にてエクソン

10

スキッピン

(10)

- 8 -

グを確証し、APDS 2 であると診断した。図

2-1~図2-4

P7、P8

患者の家系 図と、PIK3R1 遺伝子解析結果の詳細を記載した。

第4節 小括

IgM

症候群もしくは

CVID

と診断されていた免疫不全症患者のコホート

311

症例の解析から、

PIP3

関連分子異常による免疫不全症患者合計

21

例 (6.8%)

を同定した。

(11)

- 9 -

第3章

PIP3

関連分子異常による免疫不全症患者の臨床症状及び免疫学的特徴 第1節 背景

APDS

は比較的最近確立された疾患であるが、国内外の患者数が比較的多い こともあって、様々な研究が進められている。これまで原因遺伝子不明の

CVID

や高

IgM

症候群と診断されていた患者のうち、およそ

7 %前後がAPDS

と診断されたと報告

7

されており、国内外でも相当数の患者がいるものと思 われる。その疫学的・臨床学的特徴についても徐々に明らかになってきている が、免疫不全症発症機序を含め、その病態については不明な部分が多い。

一方で、APDS-L に関しては、我々の同定した

2

症例

6)

の他、海外でも数例 の報告が散見されるのみである

8)9)

。そこで、APDS 及び

APDS-L

の臨床症状 及び免疫学的特徴に関して国外の症例も含めて詳細な比較検討を行った。

免疫学的解析として、患者末梢血リンパ球の表面マーカー染色によりリン パ球分画を詳細に検討した。さらに、正常な

T

細胞及び

B

細胞の新生能を評 価するために、

T-cell receptor excision circles (以下TREC) (単語・略語説明37

ペ ージ参照) 、

signal joint kappa-deleting recombination excision circles (以下sjKREC)

(単語・略語説明 35

ページ参照)について、我々が以前開発した

T

細胞、B 細

胞の新性能測定法

10)11)

を用いて解析をすることとした。

TREC

T

細胞新生能 を、sjKREC は

B

細胞新生能をそれぞれ反映するため、この測定値を用いて患 者のリンパ球新生能を評価することができる。

第2節 目的

APDS

及び

APDS-L

の免疫学的特徴を詳細に解析し、その免疫異常に関連す

ると思われる分子群やシグナル伝達経路について検討する。

(12)

- 10 -

第3節 対象及び方法

(1)対象

前章で同定した

21

症例を対象とし、臨床情報の収集・免疫学的解析 等を行った。

(2)臨床情報の収集

各患者の主治医に問合せ、臨床情報等を収集した。患者情報の取得 は、すべて匿名化を行ったうえで実施した。

(3)国内外の報告例との比較

国内外の報告例

7)8)9)12)13)

から、APDS 及び

APDS-L

患者の臨床情報等 を抽出し、比較検討を行った。

(4)末梢血リンパ球フローサイトメトリー解析 ①検体採取

EDTA

加末梢血

3~5ml

を採取した。全例本人もしくは保護者の文書 による同意を得て検体を採取した。

②細胞調整

得られた末梢血検体を

1×Lysis Buffer (BD, Franklin Lakes, NJ, USA)

と混合し、 室温で

15

分間静置することで赤血球を溶血した。 溶血後、

室温で

1,700 rpm、5

分間遠心し、細胞上清を吸引除去することを

2

繰り返し、末梢血由来顆粒球および単核球を得た。

③フローサイトメトリーによるリンパ球サブセット解析

②で得られた細胞を氷上で

Round Bottom Tubes (BD)

に加え、フロー

サイトメトリー用の抗体(表

3-1)を添加し、30

分間暗所にて反応さ

せて染色した。細胞を染色後、フローサイトメーター (FACS Fortessa

及び

FACS Calibur, BD)

を用いて解析した。

(13)

- 11 -

(5)リアルタイム

PCR

による

TREC、sjKREC

の測定 第2章の方法に従い、genomic DNA を抽出した。

我々の既報

10)11)

に基づきプライマーと蛍光標識プローブを作製し、

リアルタイム

PCR

による

TREC、sjKREC

および内在性コントロール

RNaseP

の測定を行った。

TREC、sjKREC

および

RNaseP

のコピー数は、

スタンダードサンプルの段階希釈系列の増幅曲線から作成される検量 線をもとに算出した。PCR は、Light Cycler 480 II (Roche) を用いて、

50℃ 2

分、

95℃ 10

分の初期ステップの後、

40

サイクル (95℃ 15 秒、

60℃ 1

分)で実施した。リアルタイム

PCR

で得られた

TREC、sjKREC

および

RNaseP

の測定値は、1 µgDNA あたりに換算して最終的な定量

値とし、定量値

1.0x102

未満を陰性とみなした。

(6)本研究対象患者の抽出

対象症例

21

例のうち、第

4

章以降の解析に関する同意が得られ、か つ必要な末梢血検体が新たに得られた患者を抽出した。

第4節 結果

(1)PIP3 関連分子異常症例の臨床的特徴・免疫学的特徴

3-2

に前章で同定された

21

症例につき疾患タイプ別に頻度を記載 した。反復感染(気道感染)とリンパ組織腫大はほぼ全例に認められた。

気道感染の程度は重症で、入院加療を要する症例がほとんどであった。

また、CD4/8 比の逆転は

APDS 1,2

で全例に認められた。

(2)国内外の症例報告との比較

国内外からの報告例(APDS-L: 5 例、APDS 1: 38 例、APDS 2: 36 例)

の臨床情報を各文献から抽出し、図

3-1

に集約した。

(14)

- 12 -

前章で同定した

21

症例の解析結果と同様に、反復感染とリンパ組織 腫大は、APDS-L, APDS 1, APDS 2 に共通して高頻度に認められる症状 であった。重症感染症を併発することが多く、APDS 1 及び

APDS 2

で は造血幹細胞移植の適応と判断された症例も認めた。肝脾腫は、

APDS- L

では

17 % ( 1/6 )

と頻度が低く、APDS 1, APDS 2 ではそれぞれ

73 % ( 27/37 )、89 % ( 15/36 )

と高頻度であった。B 細胞性リンパ腫の発症は

APDS 2

25 % ( 9/36 )

と高頻度であったが、APDS 1、APDS-L ではま れであった。CD4/8 比の逆転は

APDS 1, APDS 2

ではそれぞれ

100 % ( 23/23)、75 % ( 27/36 )

と高頻度に認められたが、APDS-L では半数の 合併にとどまっていた。免疫グロブリン値に関しては、高

IgM

症候群 で典型的とされる高

IgM

かつ低

IgG

血症を呈する症例は、APDS-L で は認めず、APDS 1 では

21 % ( 8/38 )、APDS 2

では

52 % ( 14/27 )

であ った。巨頭症、精神発達遅滞は、APDS-L では全例で合併を認めたが、

APDS 1, APDS 2

ではまれな合併症であった。

(3)末梢血リンパ球フローサイトメトリー解析所見

我々の既報

6)

において、APDS 1 患者では

CD4

陽性

T

リンパ球の減

少、CD45RO 陽性メモリーT リンパ球の増加、CD27 陽性メモリーB 細

胞の減少に加え、濾胞ヘルパーT 細胞(Follicular helper T cell; Tfh)(単

語・略語説明

36

ページ参照)の増加、及び骨髄から出たばかりの未熟な

B

細胞である移行

B

細胞(Transitional B cell; TrB)(単語・略語説明

37

ページ参照)の増加が特徴的であることを報告した。今回、これらのリ

ンパ球解析はいずれも、今回同定された

21

症例で実施したが、Tfh の

検討は

APDS-L 2

例と、APDS 1 の

16

例中

8

例、APDS 2 の

3

例中

2

で実施した。各疾患タイプ別に典型的な結果を図

3-2

に示し、上記の特

(15)

- 13 -

徴的な解析所見の有無については表

3-3

に、疾患タイプ別に頻度を記載 した。APDS 1 に加えて、APDS 2 でも上記の特徴的なフローサイトメ トリーの所見は共通して認められたが、APDS-L では

CD4

陽性

T

リン パ球減少が

2

例中

1

例(P1) 、memory B 細胞減少が

2

例中

1

例(P2)

に認められたのみで、他の特徴的なフローサイトメトリーの所見につ いては認めなかった。

これらの症例の中から、第

4

章~第

6

章の検討対象となった患者

6

名 (P1, P2, P5, P6, P7, P8) のフローサイトメトリー解析結果は、図

3-3

~図

3-8

に示したとおりで、図

3-9

に各症例の

TREC/ sjKREC

の計測結 果をプロットした。TREC/ sjKREC の計測には、PTEN 機能喪失型変異

による

Cowden

症候群で、免疫不全症・リンパ組織腫大を認めない

2

者(P3, P4)を加えて検討した。

P5

(APDS 1)及び

P7

(APDS 2)で

TREC

は低値であったが、

sjKREC

は全例が正常範囲内であった。

第5節 小括

APDS-L

は、易感染性及びリンパ組織腫大を呈するという点で

APDS

と臨床

学的特徴を共有していることが示された。このほか、

APDS 2

では高率に

B

胞リンパ腫を発症することや、

APDS-L

では巨頭症、精神発達遅滞の合併が特

徴的であり、疾患の鑑別にとって重要な所見であると考えられた。免疫学的に

は、

APDS 1

及び

APDS 2

では

CD4

陽性

T

リンパ球の減少、

CD45RO

陽性メモ

リーT リンパ球の増加、CD27 陽性メモリーB 細胞の減少に加え、濾胞ヘルパ

ーT 細胞(Tfh)の増加及び移行

B

細胞(TrB)の増加が特徴的であった。一

方、APDS-L では免疫学的特徴に一定の傾向がなく、APDS 1,APDS 2 との相

(16)

- 14 -

違点もあることが示唆された。

第6節 考察

APDS

APDS-L

は、いずれも

PI3K-AKT

経路の過剰活性化という分子病態

は共通しているものの、免疫学的特徴の解析からは、活性化された

PI3K-AKT

経路が

B

細胞クラススイッチ機構や

T

細胞活性化に与える影響は異なってい ることが予想された。このため、

APDS

APDS-L

に共通するような、免疫不 全発症に関与する単一の責任分子、シグナル伝達経路を抽出することは困難 な可能性がある。

一方で、PTEN 機能喪失型変異患者では、免疫不全症状を呈する

APDS-L

者と、呈さない患者がいるため、両者の比較により、免疫不全発症に関与する

分子・シグナル伝達経路を探索する方法が有用であると判断した。そこで、以

降の章では、血清

microRNA

解析や蛋白発現解析で両者の比較を行うことと

し、得られた結果を

APDS 1

及び

APDS 2

にも展開していく方針とした。

(17)

- 15 -

第4章 血清

microRNA

解析

第1節 背景

21~24

塩基長の蛋白質をコードしない小分子

RNA (small RNA)がウイルス

や植物、動物などに広く存在し、生体内で重要な役割を果たしていることが近 年明らかになってきた。中でも、

microRNA (miRNA)

は真核生物のゲノムにコ ードされており、発生や分化、形態形成、細胞増殖など重要な生物学的機能を 制御している

14)15)

ゲノム中にコードされている

miRNA

は、主に

RNA

ポリメラーゼⅡ(PolⅡ) によってステムループ構造を複数持った数百~数千塩基程度の

primary miRNA (pri-miRNA)として転写される。pri-miRNA

は核内で

Drosha

DGCR8

を含む 複合体によって切断され、ヘアピン構造を持った

70

塩基程度の

precursor miRNA (pre-miRNA)となる。pre-miRNA

Exportin-5

を介して核から細胞質へ と輸送される。その後、細胞質で

Dicer

によるプロセシングを受け、

21~22

基長の

miRNA/miRNA 2

本鎖が形成される。ヒトでは、miRNA/miRNA 2 本鎖

が、

2

本鎖のまま

Argonaute

(Ago)蛋白質に取り込まれる。このうち片方の鎖 が残り、片方の鎖が分解され、1 本鎖

miRNA

を含む

RISC(RNA-induced silencing complex)複合体が形成され、配列依存的に標的遺伝子の発現を負に

制御することができる

14)15)

(図

4-1)

近年の研究で、特定の疾患で発現が亢進(もしくは低下)し、疾患発症に関

わる

miRNA

が明らかになっており、免疫不全症の分野でも研究が進められて

いる

16)~19)

。さらに、血清中の

miRNA

RISC

複合体を形成し、安定的な構造

で存在していることから、疾患の診断やバイオマーカーとしての役割も注目

されているところである

20)

(18)

- 16 -

今回我々は、患者血清

miRNA

の網羅解析によって、疾患特異的な

miRNA

プロファイルの抽出を試みた。また、PTEN 機能喪失型変異患者のうち、免疫 不全症の有無による

miRNA

プロファイルの変化を比較することで、免疫不全 発症に関与する分子群の抽出を試みた。

第2節 目的

PTEN

機能喪失型変異患者のうち、APDS-L 患者に特異的な血清

miRNA

の プロファイルの抽出を目的とする。さらに、当該

miRNA

が制御する分子群の うち、免疫不全症の発症に関与する分子の同定を目的とする。

第3節 対象・方法 (1)対象

4

章~第

6

章の検討では、前章で同定した

21

症例のうち、新た に検体の得られた

6

患者(表

4-1:P1, P2, P5, P6, P7, P8)を本研究対

象として抽出した。また、免疫不全症・リンパ組織腫大を認めない比 較対照として、

PTEN

機能喪失型変異による

Cowden

症候群の

2

患者

(表

4-1:P3, P4)を加えた。各患者の臨床症状や免疫学的解析結果に

ついては表

4-2

に記載した。

4

章では、APDS-L 患者

2

例(P1, P2) 、PTEN 機能喪失型変異に よる

Cowden

症候群患者(免疫不全症状なし)2 例(P3, P4)及び正

常コントロール

1

例を対象とした。対象者本人もしくは保護者の同

意を得て、末梢血

2~3 ml

を採取した。末梢血に凝固促進剤と血清分

離薬を添加後静置し、

3,000 rpm, 10

分間遠心し、血清を分離した。得

られた血清

500μl

を以降の解析に用いた。正常コントロールは、P1

(19)

- 17 -

の検体採取と同時刻、同施設にて健常成人より同意を得て採血し、同 様に処理して得られた血清とした。

(2)miRNA の抽出

患者の血清から、

3D-Gene® RNA

抽出試薬 (Toray Industries, Kamakura)

を使用して、指定プロトコルに従って

total RNA

を抽出した。抽出さ れた

total RNA

はバイオアナライザ(Agilent, Santa Clara, CA, USA)

を用いて濃度、品質を評価し、3D-Gene® miRNA labeling kit(Toray

Industries)で蛍光標識した。

(3)miRNA 発現解析

蛍光標識された

total RNA

3D-Gene® Human miRNA Oligo chip

(Toray Industries)にハイブリダイズさせた。プローブのアノテーシ ョンおよびオリゴヌクレオチド配列は、miRNA のデータベースであ る、

miRBase( http://microrna.org )に準拠した。洗浄後、蛍光シグナルを 3D-Gene®Scanner

(Toray Industries)でスキャンし、

3D-Gene® Extraction

ソフトウェア(Toray Industries)を用いて分析した。各スポットの生 データは、全てのバックグラウンドシグナルの平均強度を減ずること によって補正した。

(4)変動

miRNA

の抽出

バックグラウンドのシグナル強度の

2 SD

を超えるシグナル強度を

有するスポットの測定を有意であると判断し、補正後のシグナル強 度を比較することによって

miRNA

の相対的発現レベルを算出した。

シグナルの補正はシグナル強度の中央値が

25

になるように補正した

ときの各数値を

global normalization

値と定義し、それぞれの

global normalization

値を使用した発現比を

Log2

値に換算した結果を

Log2

(20)

- 18 -

ratio

とした。

Log2 ratio

を元に、

miRNA

の発現プロファイルをクラス ター解析によるヒートマップにより解析した。

第4節 結果

(1)APDS-L 患者と

Cowden

症候群患者の血清

miRNA

プロファイル

APDS-L

患者特異的に変動している

microRNA

群を抽出(図

4-2)

し、このうち、APDS-L 患者では上昇しているものの、Cowden 症候 群患者では変動がみられない

miRNA

4

種類見出した(図

4-3)

miRNA

の標的遺伝子について、公共のデータべースである

miRTarBase (http://mirtarbase.mbc.nctu.edu.tw/)

で検索したところ、こ れらの

miRNA

のうち、hsa-miR27a-3p は、免疫に関与し、かつ

PI3K

経路に近い分子である

FOXO1 (Forkhead box-containing protein, O1)

(単語・略語説明 34 ページ参照) を標的としていることがわかっ た

21)22)

第5節 結論

PTEN

機能喪失型変異を有する

4

患者(P1~P4)について発現

miRNA

の解 析を行い、免疫不全症状を呈する

APDS-L 2

患者(P1, P2)で特異的に変動す る

miRNA

群を同定した。このうち、

hsa-miR-27a-3p

APDS-L

患者(P1, P2)

で特異的に上昇しており、標的蛋白質として

FOXO1

を有することを公共デー タベース及び文献報告を元に見出した。

両群の表現型の違い、すなわち免疫不全症発症に

FOXO1

の制御異常が関与

している可能性があると考え、以降の章では患者細胞を用いた蛋白発現解析

を進めることとした。

(21)

- 19 -

第5章 患者活性化

T

細胞を用いた

FOXO1

リン酸化解析 第1節 背景

FOXO

は、DNA 結合ドメイン

FOX(Forkhead box)をもつForkhead

ファミ リーのサブグループ“O”に属する転写因子で、哺乳類では

FOXO1, 3, 4, 6

4

種類が存在する

23)24)

FOXO

は細胞周期・アポトーシスの制御、ストレス応 答、 代謝制御、

DNA

修復などに関連する多くの遺伝子の発現を誘導する

25)~28)

また、

FOXO1

PI3K-AKT

シグナルによって負に制御されることが知られて

いる。PI3K-AKT シグナルが活性化されると

AKT

は直接的に

FOXO1

をリン 酸化し、FOXO1 の核外移行を促進することでその転写活性が抑制される

29)

(図

5-1)

PIP3

関連分子異常による免疫不全症患者では

PI3K-AKT

経路が活性化され ているため、FOXO1 の機能は抑制され、細胞周期の制御異常や不適切なアポ トーシス誘導がおこることが考えられる。

前章において、APDS-L の免疫不全発症機序に

FOXO1

の制御異常が関与し ている可能性が示唆されたため、PIP3 関連分子異常による免疫不全症患者細 胞における

FOXO1

のリン酸化の程度について検討した。

第2節 目的

APDS

及び

APDS-L

患者の活性化

T

細胞において、FOXO1 及びリン酸化

FOXO1

蛋白の発現を正常コントロールと比較する。

第3節 対象と方法

(1)対象

4-1、4-2

に示した

APDS-L: 2

患者(P1, P2) 、Cowden 症候群: 2 患

(22)

- 20 -

者(P3, P4) 、

APDS 1 2

患者(P5, P6)を対象とし、末梢血

5~10 ml

を 採取した。研究室までの輸送条件の違いが解析結果に与える影響を 考慮し、患者検体の採取と同時刻、同施設内にて正常コントロール の検体も採取し、採血後

6~12

時間以内に検体の処理を行うようにし た。いずれも対象者本人もしくはその保護者から同意を得て検体を 採取した。

(2) FOXO1 リン酸化解析 ①活性化

T

リンパ球の作製

採取した末梢血から、

LymphoprepTM (Axis-Shield, Oslo, Norway)を用

いて、比重遠心法により末梢血単核球を分離した。得られた細胞を

2

回洗浄し、

10%ウシ胎児血清含有RPMI1640

培地(Gibco, Carlsbad,

CA, USA)で2×106 cells/ml

の濃度に懸濁し、

IL-2

含有抗

CD3

抗体 固相化フラスコ(TLY Culture kit25; Lymphotec, Tokyo)内で

48~120

時間培養し、活性化

T

リンパ球を作成した。

②ウエスタンブロッティングによる蛋白発現解析

得られた活性化リンパ球

2×106 cells

に対し、プロテアーゼインヒ ビターカクテル(Thermo Fisher Scientific, Waltham, USA)とフォスフ ァターゼインヒビターカクテル(Electrophoresis GmbH, Heidelberg,

Germany)を添加したRIPA

バッファー(Abcam, Cambridge, England)

100

μl 加え、細胞を溶解した。得られた細胞溶解液は、4℃で

15

分間、15,000 rpm で遠心し、上清を回収した。回収した溶解液 はβ-mercaptoethanol を添加した

Laemmli Sample Buffer (BIO-RAD,

Hercules, CA, USA)

に懸濁し、98℃で

5

分間インキュベートをし、

蛋白変性液を得た。得られた蛋白抽出液の濃度はすべて

Qubit

(23)

- 21 -

ルオロメ-ター (Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)で測定し、各サンプ ル蛋白量

25μg

を用いてドデシル硫酸ナトリウム‐ポリアクリル アミドゲル電気泳動(sodium dodecyl sulfate-polyacrylamide gel

electrophoresis、SDS-PAGE)

を行った。泳動後、蛋白をゲルからポ リフッ化ビニリデン(Polyvinylidene difluoride、

PVDF)

膜に転写した。

一次抗体としてウサギモノクローナル抗リン酸化

FoxO1 (Thr24) /FoxO3a(Thr32)抗体(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA)

、 ウサギモノクローナル抗

FOXO1A

抗体(Abcam)ならびにウサギ モノクローナル抗

GAPDH

抗体(Abcam)を1晩室温にて反応させた。

PVDF

膜を洗浄後、horseradish peroxidase (HRP) 標識抗ウサギ

IgG

(VECTOR Laboratories,

Burlingame, CA, USA)を二次抗体として

室温で1時間反応させた。反応後洗浄し、化学発光法を利用して、

蛋白を

LAS-4000 mini (FUJI FILM, Tokyo)で検出した。得られた蛋

白の発現については、その発光度を

Multi-Gauge (FUJI FILM)を用

いて数値化し、

pFoxO1/3a

蛋白の発光度を内因性コントロール蛋白

GAPDH

及び

FOXO1A

の発光度で除した値をもって各患者および

正常コントロールの蛋白発現の値とし、それぞれの正常コントロ ールに対する患者の蛋白発現の割合を評価した。

第4節 結果

APDS-L: 2

患者(P1, P2)及び

APDS-1: 2

患者(P5, P6)の活性化

T

細胞では、

正常コントロールと比較して、1.12~1.57 倍の

FOXO1

のリン酸化亢進を認め

た。一方で、Cowden 症候群: 2 患者(P3, P4)の活性化

T

細胞では、FoxO1/3a

のリン酸化は正常コントロールと同等であった(図

5-2、5-3)

(24)

- 22 -

以上の解析結果から、免疫不全症状を呈する症例(P1, P2, P5, P6)において

特異的に

FOXO1

のリン酸化が亢進していることが示された。

第5節 結論

免疫不全を呈する患者(P1, P2, P5, P6)の活性化

T

細胞では、正常コントロ ールと比較して、FOXO1 のリン酸化亢進を認めた。

FOXO1

AKT

の下流に存在し、AKT によって直接リン酸化されることに

よりその活性が抑制される。FOXO1 は核内に存在する転写因子であり、リン 酸化されることで核外に移行する。つまり、今回認められた

FOXO1

のリン酸 化亢進は、転写因子

FOXO1

の機能抑制を示すと考えられる。さらに、FOXO 1の下流の遺伝子群はアポトーシスや細胞周期の制御に関与することから、

リンパ球の機能異常を引き起こし、免疫不全症発症に関わると考えられた。

(25)

- 23 -

第6章 患者

EBLCL

を用いた

ERK

リン酸化解析 第1節 背景

APDS

では、ヘルペス属ウイルスに対する易感染性があり、特に

EBV (Epstein-Barr Virus)

CMV(Cytomegalovirus)の持続感染の他、EBV

関連リン パ増殖性疾患や悪性リンパ腫の発症も複数例報告されている

1)~4)7)11)~13)30)31)

また、

APDS

及び

APDS-L

患者に共通して認められる臨床的特徴として、リン

パ組織腫大の高率な合併が認められるが、その機序や治療法に関しては未だ 不明な点が多い。APDS 2 ではリンパ腫の合併が高率であるが、この機序も不 明である。

B

細胞における増殖や分化に関わる重要なシグナル伝達経路として

MAPK/

ERK

シグナル伝達経路が挙げられる

32)

MAPK/ERK

シグナル伝達経路は、受 容体チロシンキナーゼ、インテグリン、イオンチャンネルをはじめとした細胞 増殖や分化に関与する様々な種類の受容体により活性化される

33)

。B 細胞に おいては、B 細胞受容体(BCR)に刺激が入ると、アダプター蛋白である

SYK/ZAP70

がリン酸化された受容体に結合し、グアニンヌクレオチド交換因

子(SOS、Shc、Grb 等)がシグナルを変換し、RAS が迅速に活性化される。

RAS

は、

MAP

キナーゼカスケードへとシグナルを伝えて、順に

RAF、MEK1/2、

ERK(単語・略語説明 33

ページ参照)からなるカスケードを活性化する。活

性化された二量体 ERK は核へ移行し、転写因子

ELK1、 CREB

をリン酸化す る。リン酸化された

ELK1

c-MYC

を、リン酸化された

CREB

MEF2C、

MEF2D

を活性化し、細胞周期や細胞増殖を進行させる

34)~40)

(図

6-1)

これまで

APDS

患者の

EBLCL

を用いたシグナル伝達解析の報告はなく、病

態解明に重要であると考えた。特に、上記の観点から

ERK

の活性化について

検証した。

(26)

- 24 -

第2節 目的

APDS, APDS-L

患者の

EBLCL

を用いて、ERK 蛋白発現、MAPK/ ERK シグ ナル伝達解析を行い、本疾患群に特徴的であるリンパ組織増殖や

B

細胞リン パ腫発症の病態解明を目指す。

第3節 対象、方法 (1)対象

4-1、4-2

に示した

APDS-L: 2

患者(P1, P2) 、Cowden 症候群: 2 患者(P3, P4) 、APDS 1: 2 患者(P5, P6) 、APDS 2: 2 患者(P7, P8)を 対象とした。いずれも対象者本人もしくはその保護者から同意を得 て、末梢血

5~10 ml

を採取した。コントロールとして、健常成人およ び

CVID

患者由来の

EBLCL

を用い、患者群と比較した。

(2)ERK リン酸化解析

①EBLCL の樹立

採取した末梢血から、Lymphoprep

TM (Axis-Shield, Dundee, England)

を用いて、比重遠心法により末梢血単核球を分離した。得られた細

胞を1回洗浄した後、B95-8 細胞株(単語・略語説明

32

ページ参

照)の培養上清

2~5 ml

中に懸濁して、

37℃、5%CO2

の条件下で

45

分間培養した。続いて、室温にて

800 rpm

5

分間遠心後、上清を

吸引し、20%ウシ胎児血清含有

RPMI1640

培地(Gibco)で

2×106 cells/ml

の濃度に懸濁した。シクロスポリン

A

(Wako, Osaka)を

100

μg/ml の濃度になるように添加し、

37℃、5%CO2

の条件下で約

2~3

週間培養を行い、EBLCL を樹立した。

(27)

- 25 -

②ウエスタンブロッティングによる蛋白発現解析

得られた

EBLCL 2×106 cells

から、前章に記載した方法と同様に

して蛋白抽出・ウエスタンブロッティングを行った。一次抗体とし てウサギモノクローナル抗リン酸化

p44/42 MAPK(Erk1/2)

(Thr202/tyr204)

抗体(Cell Signaling Technology) 及びウサギモノク ローナル抗

GAPDH

抗体(Abcam) を、二次抗体として

HRP

標識抗 ウサギ

IgG (VECTOR Laboratories)を使用した。得られた蛋白の発

現は、その発光度を

Multi-Gauge (FUJI FILM)を用いて数値化し、

pERK

蛋白の

42kDa

及び

44kDa

2

つのバンドを合わせた発光度

を内因性コントロール蛋白

GAPDH

の発光度で除した値をもって 各患者および正常コントロールの蛋白発現の値とし、正常コントロ ールに対する患者の蛋白発現の割合を評価した。

第4節 結果

APDS-L、APDS 1、APDS 2

患者すべてにおいて、正常コントロールの

1.15~3.96

倍の

ERK

のリン酸化亢進を認めた。特に、APDS 2 患者では亢進が

強く認められた。一方で、Cowden 症候群患者や

CVID

患者では

ERK

のリン 酸化は正常コントロールと同程度であった。 (図

6-2, 6-3)

また、第

5

章で樹立した各患者の活性化

T

細胞を用いて、同様に

ERK

のリ

ン酸化を検討したが、一定の傾向は認めなかった(データ示さず) 。

第5節 小括

APDS-L、APDS 1、APDS 2

患者の

EBLCL

では、正常コントロールと比較し

ERK

リン酸化亢進を認めた。

(28)

- 26 -

第6節 結論

PIP3

関連分子異常による原発性免疫不全症患者において、EBV 感染に関連 するリンパ組織腫大に

ERK

経路のシグナル伝達活性化が関連している可能性 が示唆された。

(29)

- 27 -

第7章 総括・結論

PIP3

関連分子異常による免疫不全症(APDS 及び

APDS-L)は、PIP3

の過剰産

生による

AKT/mTOR/S6

のリン酸化亢進を認める原発性免疫不全症である。本

研究により解析から、臨床学的特徴として、ⅰ)反復性気道感染とⅱ)リンパ組 織腫大がほぼ全例の患者で認められた。このほかに、

APDS 2

では高率に

B

細胞 性リンパ腫を発症すること、

APDS-L

では巨頭症や精神発達遅滞を伴うことが特 徴であることもわかった。

免疫学的には、

APDS 1,2

T

細胞機能不全を伴う複合免疫不全症である一方、

APDS-L

は抗体産生の制御異常を伴うが、T 細胞機能不全の程度は不明である。

APDS-L

は新しい疾患概念であり、世界的に見ても症例の報告がまだ少ないため、

今後の症例の蓄積と詳細な解析が必要であると考えられる。重要な点としては、

上記のような免疫学的異常の原因がいまだ不明のままであることである。我々 が既に報告したように、

PTEN

機能喪失型変異を持つが免疫不全症状を伴わない

Cowden

症候群患者においても、基本病態である

AKT/mTOR/S6

の過剰リン酸化

が観察されている

6)

ことから、免疫不全症状を引き起こす別の機序があることが 考えられる。また、もう一つの臨床的特徴であるリンパ組織増殖については、

mTOR

阻害剤によりリンパ節腫大の改善を得たという症例報告

2)41)

のほか、海外 では

PI3K

阻害剤を用いた治験も進行中である

42)

ことから、基本病態である

AKT/mTOR/S6

の過剰リン酸化によるものとして、部分的には説明可能である。

しかし、上記薬剤が無効の症例も認められる。また、APDS 2 患者に認められる

B

細胞性リンパ腫の高率な合併の機序に関してはいまだ不明な点が多いのが現 状である。

そこで、本研究では

APDS

及び

APDS-L

患者における免疫不全発症の機序を

解明するため、患者血清中の

microRNA

解析及び、患者リンパ球から樹立した活

(30)

- 28 -

性化

T

細胞や

EBLCL

を用いた詳細な解析を行った。特に、血清

miRNA

の解析

から、

APDS-L

で特異的に変動している

miRNA

群を抽出し、 そのうち

hsa-miR27a- 3p

の標的遺伝子である

FOXO1

の制御異常が本疾患の免疫異常に寄与している という仮説をたて、検証した。その結果、

APDS

及び

APDS-L

患者活性化

T

細胞 において、転写因子

FOXO1

のリン酸化亢進を認めた(表

7)

。FOXO1 のリン酸 化亢進は転写活性の抑制を反映し、アポトーシスや細胞周期の制御及び細胞増 殖に関与する下流の遺伝子群の発現を抑制し、

APDS

の免疫異常に関与している 可能性が考えられた。

マウスでは、B 細胞特異的

Foxo1

ノックアウトマウスを用いた、PI3K 経路の 過剰活性化の病態が研究されている

43)~49)

。これらの報告によると、

PI3K

経路の 過 剰 活 性 化 は 、 成 熟

B

細 胞 に お け る ク ラ ス ス イ ッ チ (

CSR; Class-switch recombination)及び体細胞高頻度突然変異(SHM; Somatic hypermutation)の障害

を引き起こし

43)~46)

、胚細胞中心の

dark zone

における抗原特異的

B

細胞の増殖 を阻害する

47)

とされている。 転写因子

Foxo1

の下流に存在する

Rag1, Rag2, Ikaros,

及び

Il7ra

の発現低下や、Foxo1 によって誘導される

AID (Activation-induced cytidine deaminase)

(単語・略語説明

32

ページ参照)の発現異常が

CSR・SHM

障害の原因と推測されている

44)48)49)

マウスのリンパ組織胚中心では、B 細胞は

light zone

T

細胞からの抗原提示 を受けることにより

CSR

が行われ、dark zone に移行したのち

SHM

が起こると されている

47)

。ここでも、Foxo1 は

AID

を免疫グロブリン遺伝子座へ誘導する のに必須の分子であることから、Foxo1 の抑制により、胚中心における

B

細胞

CSR・SHM

障害が起きる可能性が示唆されている

50)51)

。一方で、APDS 1 患

者の

B

細胞解析では、

CSR

障害を認めたものの

AID-mRNA

発現低下は認められ

(31)

- 29 -

なかったという報告

2)

もあり、ヒトとマウスでは病態がやや異なる可能性があ る。

また、T 細胞特異的

Pten

欠失マウスを用いた研究では、PI3K 経路の過剰活性 化を引き起こし、マウスは致死的な

T

細胞性リンパ腫を発症し、T 細胞性サイ トカインの増強や自己免疫反応の増強などといった異常な活性化状態を呈する と報告されている

52)

上記の報告例からは、マウスにおいても

Foxo

の抑制および

Pten

の欠失が

B

細胞分化や

T

細胞活性化に障害を引き起こすことが証明されており、我々の解 析結果とも矛盾しないものであった。一方で、ヒト検体を用いて、PI3K 経路の 過剰活性化が免疫系に及ぼす影響を詳細に解析したという報告は少な く、

FOXO1

PTEN

異常と免疫異常の関連の解明については今後の課題である。今後

我々は、転写因子

FOXO1

の下流分子の動態とリンパ球機能異常との関連につい て解析することを検討している。

次に、

PIP3

関連分子異常による原発性免疫不全症患者の

EBLCL

では、健常成 人や

CVID

患者由来の

EBLCL

と比較して

ERK

のリン酸化が亢進していた(表

7)

。このことは、本疾患群の

EBV

感染関連のリンパ組織腫大に、

ERK

経路の過 剰活性化が関与している可能性を示唆する。

ERK

経路の過剰活性化により、本来なら増殖すべきではない細胞が分裂を開 始する。実際に、

MAPK/ERK

経路の主要な分子である

EGF

受容体、RAS、RAF などの活性化変異が数多くの癌で見つかっていることからも、ERK 経路の制御 不全が細胞増殖異常や癌化の一因となっていることが推測される。

今回の研究では

EBLCL

を用いた実験のみを行っており、EBV 感染非関連の

病態については検討できていない。このため、患者

B

細胞を用いた

in vitro

の解

(32)

- 30 -

析や、摘出されたリンパ組織やリンパ腫検体を用いた検証が今後必要である。

以上の解析結果から、APDS 及び

APDS-L

における免疫異常は、ⅰ)AKT-

FOXO1

経路の制御異常が引き起こすリンパ球機能異常による免疫不全の発症及

びⅱ)B 細胞における

ERK

経路の過剰活性化によるリンパ組織腫大に特徴づけ

られるものと考えられる。 (図

7)

(33)

- 31 -

謝辞

本研究の実施及び本論文の作成にあたり、全般にわたりご指導を賜りました 防衛医科大学校小児科学講座教授の野々山恵章先生に深甚なる謝意を表します。

そして、貴重なご指導ご指摘をいただきました教官・研究科生の皆様、検体採取

にご同意くださいました患者・保護者の皆様に感謝いたします。

(34)

- 32 -

単語・略語説明

AID: Activation-induced cytidine deaminase

抗体遺伝子座におこるクラススイッチ組換えと体細胞高頻度突然変異

(somatic hypermutation)

を制御する遺伝子(遺伝子名: AICDA)をさす。この遺 伝子機能が欠損するとクラススイッチ組換えと体細胞高頻度突然変異も欠失し

IgG、IgA、IgE

や高親和性抗体が作られない。

AKT

セリン/スレオニンキナーゼであり

Protein Kinase B (PKB)

の別称。細胞外刺激 により、

PI3K

などのキナーゼを介して活性化されリン酸化

AKT

となり、細胞死 制御、細胞増殖などのシグナルを伝達するシグナル伝達物質である。

APDS: Activated PI3 kinase delta syndrome

2013

年に初めて報告された原発性免疫不全症候群。原因遺伝子は

PIK3CD、

PIK3R1。PI3K

を構成する触媒サブユニット

p110δ

をコードする

PIK3CD

の機能 獲得型変異及び制御性サブユニット

p85α

の機能喪失型変異により発症する。反 復性下気道感染症、肝脾腫、多発性リンパ節腫脹、

CD4

陽性リンパ球の減少、ク ラススイッチしたメモリーB 細胞の減少などを特徴とする。

B95-8

細胞株

伝染性単核球症の患者からの

EB

ウイルスでマーモセット(キヌザル)のリン

パ球を形質転換させて樹立した培養細胞株である。培養上清中に

EB

ウイルスを

放出する。この

EB

ウイルスを含む培養上清を

B

リンパ球に加え、培養フラス

コ内で培養すると、形質転換された

B

リンパ球が増殖し、リンパ芽球様細胞を

参照

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