題目
PIP3 (Phosphatidylinositol 3,4,5-triphosphate) 関連分子異常による原発性免疫不全症
の病態解明
せきなか かなこ
關中 佳奈子
(成長発達臨床医学専攻)
防衛医科大学校
平成29年度
目 次
第
1章 緒言
1頁
第
2章
PIP3関連分子異常患者の同定
4頁
第
3章 PIP3 関連分子異常患者の臨床症状及び免疫学的特徴
9頁
第
4章 血清
microRNA解析
15頁
第
5章 患者活性化
T細胞を用いた
FOXO1リン酸化解析
19頁
第
6章 患者
EBLCLを用いた
ERKリン酸化解析
23頁
第
7章 総括・結論
27頁
謝辞
31頁
単語・略語説明
32頁
引用文献
38頁
図表
44頁
- 1 -
第1章 緒言
APDS (Activated PI3Kinase-Delta syndrome、活性化PI3K-δ症候群)(単語・略
語説明 32 ページ参照)は、2013 年に原因遺伝子が明らかになった原発性免疫 不全症で、クラス
IA PI3K (phosphatidylinositol 3-kinase)(単語・略語説明 36 ページ参照)の触媒サブユニット
p110δ(責任遺伝子PIK3CD)の機能獲得型変異により発症する疾患として報告された
1)2)。小児期早期から始まる反復性気道 感染・進行性気道破壊・気管支拡張症を特徴とし、多くの患者でリンパ節腫脹を 呈し、免疫学的には、抗体産生不全(高
IgM血症、低
IgG血症など)を認める ほか、
EBV (Epstein-Barr Virus)や
CMV (Cytomegalovirus)に対する易感染性を認 める。末梢血リンパ球フローサイトメトリー解析では、CD4 陽性
Tリンパ球の 減少、CD45RO 陽性メモリーT リンパ球の増加などの
T細胞機能異常のほか、
CD27
陽性メモリーB 細胞の減少などの所見を示すことが報告された
1)2)。
さらに、
2014年に
p110δの制御サブユニットであるp85α(責任遺伝子
PIK3R1)の機能喪失型変異が、APDS に類似した症状を呈する患者で同定された
3)4)こと から、
PIK3CDの機能獲得型変異によるものを
APDS type 1(APDS 1) 、
PIK3R1の機能喪失型変異によるものを
APDS type 2(APDS 2)と分類するようになった。
APDS
では、クラス
IA PI3Kの恒常的な活性化による
PIP3 (Phosphatidylinositol 3,4,5-triphosphate)(単語・略語説明 36 ページ参照)の過剰発現により、
PI3Kシ
グナル経路の過剰活性化が誘導され、下流に存在する
AKT/mTOR/S6の過リン
酸化状態が引き起こされることが報告されている
1)~4)。
AKT(単語・略語説明 32
ページ参照)は細胞の増殖や分化、成長、代謝を制御する重要な分子であり、過
- 2 -
リン酸化の結果、リンパ球の異常活性化やリンパ組織腫大を引き起こすとされ ている
5)。 (図
1-1)我々は、
APDSをはじめとする原発性免疫不全症の小児を対象に、その発症の メカニズム研究を進めてきたが、その過程で、
APDSに類似した臨床症状を呈す るものの、
PIK3CD、PIK3R1に変異のない小児の原発性免疫不全症の
2症例を見 出した。さらに、エクソーム解析により、これらの
2症例において、PIP3 関連 分子である
PTEN遺伝子のヘテロ接合型変異を同定した。PTEN (Phosphatase and
tensin homolog deleted from chromosome 10)は、10q23.3 に位置し、そのコードす る蛋白は
PIP3の脱リン酸化反応を触媒し、その発現を抑制して
AKT/mTOR/S6経路を抑える作用を持つ。これらの
2例において見出された
PTENの変異は機 能喪失型変異であり、PIP3 の過剰発現を引き起こし、結果として
APDSと臨床 学的にも分子生物学的にも類似の病態を呈することを証明した
6)。そこで、
PTEN機能喪失型変異による免疫不全症を
APDS-L(APDS-like immunodeficiency)とし て提唱し(図
1-2)、APDS 1、APDS 2 ならびに
APDS-Lを合わせて「PIP3 関連 分子異常による免疫不全症」と定義した。
APDS
において免疫不全症を発症する機序は明らかになっていない。我々は、
PTEN
機能喪失型変異患者の中に、免疫不全症状を有する患者と有さない患者が いることに着目し、
PTEN機能喪失型変異患者のうち、免疫不全症状を呈さない
Cowden
症候群患者(単語・略語説明 33 ページ参照)の活性化リンパ球におい
ても、
AKT/mTOR/S6のリン酸化亢進が認められることを報告した。これらの結
果から、免疫不全症発症に関与する別の分子(群)やシグナル伝達経路が存在す
る可能性が指摘された
6)。
- 3 -
今回我々は、免疫不全症状やリンパ組織腫大に関与する分子群の同定を目的 とし、患者血清中の
microRNA解析及び、患者リンパ球から樹立した活性化
T細 胞、EBLCL (EB ウイルス感染刺激により作製したリンパ芽球様細胞;EBV-
induced lymphoblastoid cell lines)を用いた詳細な解析を行った。PTEN 機能喪失 型変異を有するものの免疫不全症状を呈さない
Cowden症候群患者や、
CVID(分 類不能型免疫不全症; Common variable immunodeficiency) (単語・略語説明 33 ペ ージ参照)患者ならびに健常人を対照として、患者群と比較した。
なお、本研究はヒト検体を用いるため、防衛医科大学校倫理委員会の承認(受
理番号
1275「先天性免疫不全症の遺伝子解析研究」 、受理番号
1143「原発性免疫
不全症の早期診断法の確立に関する研究」を得て実施した。検体採取に際しては
対象者もしくはその保護者に研究内容を文書と口頭により説明し、十分な理解
のもと署名同意を得た。
- 4 -
第2章
PIP3関連分子異常による免疫不全症患者の同定 第1節 背景
原発性免疫不全症の原因遺伝子はこれまでに
300種類以上が同定されてい るものの、いまだに原因遺伝子の同定されていないものも多く、遺伝子診断の ついていない症例も多い。我々は、国内の原発性免疫不全症のデータベースで ある
Primary Immunodeficiency Database in Japan(PIDJ)を活用し、専門的な知識・技術を持った施設間の全国的な連携により、迅速・正確な診断と最適な治 療の実現を目指している。
APDS
及び
APDS-Lは、易感染性やリンパ組織腫大を主要な症状とし、低
IgG、高IgM
血症を呈することが多いため、
CVIDや高
IgM症候群と診断され
ていることが多い。そこで我々は、PIDJ を介して免疫学的解析依頼を受けた 症例のうち、
CVIDや高
IgM症候群と診断され、遺伝子診断のついていない症 例に関して、PIP3 関連分子の遺伝子解析を行った。
第2節 対象及び方法
(1)対象
防衛医科大学校小児科学講座及び東京医科歯科大学小児科学講座]
にて原発性免疫不全症の免疫学的検討の依頼を受けた症例で、高
IgM症候群もしくは
CVIDと診断された
311症例のうち、
155症例のエク
ソーム解析を行った。残りの
156症例については、PIK3CD 及び
PIK3R1遺伝子について
Sanger Sequencingにて変異解析を行った。そ
の他、症状やフローサイトメトリー所見から
APDSが疑われた症例
では
PIK3CD、PIK3R1及び
PTEN遺伝子について
Sanger Sequencingにて変異解析を行った。
- 5 -
(3)Genomic DNA の抽出
末梢血1検体当たり 200μl をサンプル量とし、QIAamp DNA
Microキット (Qiagen,Hilden,Germany)を用いて
genomic DNAを 溶出量 100 µl で抽出した。得られた
DNAは
Qubitフルオロメ-タ ー (Invitrogen, Carlsbad, CA, USA) を用いて濃度を測定した。
(4)RNA の抽出
末梢血1検体当たり 500μl をサンプル量とし、RNeasy Mini キッ ト (Qiagen)を用いて
RNAを溶出量 50 µl で抽出した。得られた
RNAは
Qubitフルオロメ-ター (Invitrogen) を用いて濃度を測定し た。
(5)cDNA 作製
前項で得られた
RNAは、溶出後速やかに
Transcriptor First Strand cDNA Synthesis Kit (Roche, Basel, Switzerland)を用いて、cDNA に変 換した。
(6)遺伝子解析
①エクソーム解析
我々の既報
6)で記載したとおりの方法で行い、PIP3 関連分子の変 異の詳細を確認した。
②PIK3CD 遺伝子及び
PTEN遺伝子シーケンシング
我々の既報
6)で記載したとおりの方法で行い、上記遺伝子の変異 の有無を確認した。
③PIK3R1 遺伝子シーケンシング
ア)Polymerase chain reaction ( PCR )法による各遺伝子の増幅
- 6 -
抽出した
genomic DNA及び
cDNAについて、
PIK3R1遺伝子の 変異部位を含む部分を
PCR法によって増幅した。Genomic
DNA増幅用プライマーは、フォワードプライマー:
5’-CCGGAATGAATCTCTAGCTC-3’、リバースプライマー:
5’-GACTGCTTCAGTTATCACGTG-3’、cDNA
増幅用プライマー は、フォワードプライマー: 5’-TTGGTACGAGATGCGTCTAC-3’、
リバースプライマー: 5’-TCGATACTCAGCTGCCTGC-3’ と設 計した。
cDNA増幅用のプライマーはエクソン
9からエクソン
11を含む範囲にプライマーを設定し、正常であれば
PCR反応
産物は
611bpになるように設計され、エクソン
10スキッピン
グがあると
PCR反応産物は
488bpになると予想された。PCR 反応物は、
High Fidelity PCR Master Mix (Roche)を用いて調整し、Veriti®
サーマルサイクラー (Applied Biosystems、以下
ABI,Foster,CA, USA)を用いて、PCR
法による増幅反応を行った。
PCR
の反応条件は、初期変性
94℃ 5分間後、35 サイクル(熱 変性
94℃ 60秒,アニーリング
60℃ 60秒, 伸長反応
72℃ 60分)繰り返した後、
72℃ 10分間で最終伸長として
PCRを実施 した。次いで、反応液を
1.5%アガロースゲルにて電気泳動し、PCR
産物を確認した。
イ)ダイターミネーター法によるダイレクトシーケンシング 精製した
PCR産物をシークエンス反応液 [PCR 精製物
1μl、BigDye® Terminator v1.1 (ABI) 4μl, BigDye® Terminator
Sequencing Buffer (ABI) 2μl , Primer (10μM) 0.5μl、H2O 12.5
μl] として調整し、Dye Terminator 法により、Veriti® サーマル
- 7 -
サイクラー (ABI) を用いて増幅反応を行った。
PCRの反応条件 は初期変性
96℃ 2.5分間を行った後、
25サイクル(熱変性
96℃15
秒、アニーリング
50℃ 10秒、伸長反応
60℃ 4分) 繰り返 した後、60℃ 4 分間で最終伸長とした。
シークエンス反応産物は
Millipore Multiscreen (Millipore, Billerica, MA, USA)、
Sephadex TM G-50 Superfine (Sigma-Aldrich, St. Louis,MO, USA)
を用いて精製した後、Hi-Di ホルムアミドにより希
釈し、3500Genetic Analyzer ( ABI ) により遺伝子配列を決定し た。
第3節 結果
解析の結果、
APDS 1(PIK3CD 機能獲得型変異)患者
16例、
APDS 2(PIK3R1 機能喪失型変異)患者
3例、APDS-L(PTEN 機能喪失型変異)患者
2例を同 定した(表
2-1)。この
21症例の中には、第
4~第6章での検討対象となった
6患者 (P1, P2, P5, P6, P7, P8) も含まれる。
P1-P5
の臨床経過、遺伝子解析の結果の詳細に関しては、我々の既報
6)中に
記載した通りである。
P6
は、当初原因遺伝子不明の高
IgM症候群と診断されていたが、
2013年の
APDS 1
の報告
1)2)の後に、臨床症状、免疫学的解析結果から
APDSを疑われ、
PIK3CD
遺伝子解析にて変異
E1021Kを同定し、確定診断された。
P7、P8
も同様に高
IgM症候群と診断され、 エクソーム解析が施行されたが、
原因遺伝子不明とされていた症例である。2014 年に
APDS 2が報告
3)4)され、
エクソーム解析結果を見直したところ、
PIK3R1遺伝子のエクソン
10の
splice siteにそれぞれ変異を認め、cDNA を用いた解析にてエクソン
10スキッピン
- 8 -
グを確証し、APDS 2 であると診断した。図
2-1~図2-4に
P7、P8患者の家系 図と、PIK3R1 遺伝子解析結果の詳細を記載した。
第4節 小括
高
IgM症候群もしくは
CVIDと診断されていた免疫不全症患者のコホート
311症例の解析から、
PIP3関連分子異常による免疫不全症患者合計
21例 (6.8%)
を同定した。
- 9 -
第3章
PIP3関連分子異常による免疫不全症患者の臨床症状及び免疫学的特徴 第1節 背景
APDS
は比較的最近確立された疾患であるが、国内外の患者数が比較的多い こともあって、様々な研究が進められている。これまで原因遺伝子不明の
CVIDや高
IgM症候群と診断されていた患者のうち、およそ
7 %前後がAPDSと診断されたと報告
7)されており、国内外でも相当数の患者がいるものと思 われる。その疫学的・臨床学的特徴についても徐々に明らかになってきている が、免疫不全症発症機序を含め、その病態については不明な部分が多い。
一方で、APDS-L に関しては、我々の同定した
2症例
6)の他、海外でも数例 の報告が散見されるのみである
8)9)。そこで、APDS 及び
APDS-Lの臨床症状 及び免疫学的特徴に関して国外の症例も含めて詳細な比較検討を行った。
免疫学的解析として、患者末梢血リンパ球の表面マーカー染色によりリン パ球分画を詳細に検討した。さらに、正常な
T細胞及び
B細胞の新生能を評 価するために、
T-cell receptor excision circles (以下TREC) (単語・略語説明37ペ ージ参照) 、
signal joint kappa-deleting recombination excision circles (以下sjKREC)(単語・略語説明 35
ページ参照)について、我々が以前開発した
T細胞、B 細
胞の新性能測定法
10)11)を用いて解析をすることとした。
TRECは
T細胞新生能 を、sjKREC は
B細胞新生能をそれぞれ反映するため、この測定値を用いて患 者のリンパ球新生能を評価することができる。
第2節 目的
APDS
及び
APDS-Lの免疫学的特徴を詳細に解析し、その免疫異常に関連す
ると思われる分子群やシグナル伝達経路について検討する。
- 10 -
第3節 対象及び方法
(1)対象
前章で同定した
21症例を対象とし、臨床情報の収集・免疫学的解析 等を行った。
(2)臨床情報の収集
各患者の主治医に問合せ、臨床情報等を収集した。患者情報の取得 は、すべて匿名化を行ったうえで実施した。
(3)国内外の報告例との比較
国内外の報告例
7)8)9)12)13)から、APDS 及び
APDS-L患者の臨床情報等 を抽出し、比較検討を行った。
(4)末梢血リンパ球フローサイトメトリー解析 ①検体採取
EDTA
加末梢血
3~5mlを採取した。全例本人もしくは保護者の文書 による同意を得て検体を採取した。
②細胞調整
得られた末梢血検体を
1×Lysis Buffer (BD, Franklin Lakes, NJ, USA)と混合し、 室温で
15分間静置することで赤血球を溶血した。 溶血後、
室温で
1,700 rpm、5分間遠心し、細胞上清を吸引除去することを
2回
繰り返し、末梢血由来顆粒球および単核球を得た。
③フローサイトメトリーによるリンパ球サブセット解析
②で得られた細胞を氷上で
Round Bottom Tubes (BD)に加え、フロー
サイトメトリー用の抗体(表
3-1)を添加し、30分間暗所にて反応さ
せて染色した。細胞を染色後、フローサイトメーター (FACS Fortessa
及び
FACS Calibur, BD)を用いて解析した。
- 11 -
(5)リアルタイム
PCRによる
TREC、sjKRECの測定 第2章の方法に従い、genomic DNA を抽出した。
我々の既報
10)11)に基づきプライマーと蛍光標識プローブを作製し、
リアルタイム
PCRによる
TREC、sjKRECおよび内在性コントロール
RNasePの測定を行った。
TREC、sjKRECおよび
RNasePのコピー数は、
スタンダードサンプルの段階希釈系列の増幅曲線から作成される検量 線をもとに算出した。PCR は、Light Cycler 480 II (Roche) を用いて、
50℃ 2
分、
95℃ 10分の初期ステップの後、
40サイクル (95℃ 15 秒、
60℃ 1
分)で実施した。リアルタイム
PCRで得られた
TREC、sjKRECおよび
RNasePの測定値は、1 µgDNA あたりに換算して最終的な定量
値とし、定量値
1.0x102未満を陰性とみなした。
(6)本研究対象患者の抽出
対象症例
21例のうち、第
4章以降の解析に関する同意が得られ、か つ必要な末梢血検体が新たに得られた患者を抽出した。
第4節 結果
(1)PIP3 関連分子異常症例の臨床的特徴・免疫学的特徴
表
3-2に前章で同定された
21症例につき疾患タイプ別に頻度を記載 した。反復感染(気道感染)とリンパ組織腫大はほぼ全例に認められた。
気道感染の程度は重症で、入院加療を要する症例がほとんどであった。
また、CD4/8 比の逆転は
APDS 1,2で全例に認められた。
(2)国内外の症例報告との比較
国内外からの報告例(APDS-L: 5 例、APDS 1: 38 例、APDS 2: 36 例)
の臨床情報を各文献から抽出し、図
3-1に集約した。
- 12 -
前章で同定した
21症例の解析結果と同様に、反復感染とリンパ組織 腫大は、APDS-L, APDS 1, APDS 2 に共通して高頻度に認められる症状 であった。重症感染症を併発することが多く、APDS 1 及び
APDS 2で は造血幹細胞移植の適応と判断された症例も認めた。肝脾腫は、
APDS- Lでは
17 % ( 1/6 )と頻度が低く、APDS 1, APDS 2 ではそれぞれ
73 % ( 27/37 )、89 % ( 15/36 )と高頻度であった。B 細胞性リンパ腫の発症は
APDS 2で
25 % ( 9/36 )と高頻度であったが、APDS 1、APDS-L ではま れであった。CD4/8 比の逆転は
APDS 1, APDS 2ではそれぞれ
100 % ( 23/23)、75 % ( 27/36 )と高頻度に認められたが、APDS-L では半数の 合併にとどまっていた。免疫グロブリン値に関しては、高
IgM症候群 で典型的とされる高
IgMかつ低
IgG血症を呈する症例は、APDS-L で は認めず、APDS 1 では
21 % ( 8/38 )、APDS 2では
52 % ( 14/27 )であ った。巨頭症、精神発達遅滞は、APDS-L では全例で合併を認めたが、
APDS 1, APDS 2
ではまれな合併症であった。
(3)末梢血リンパ球フローサイトメトリー解析所見
我々の既報
6)において、APDS 1 患者では
CD4陽性
Tリンパ球の減
少、CD45RO 陽性メモリーT リンパ球の増加、CD27 陽性メモリーB 細
胞の減少に加え、濾胞ヘルパーT 細胞(Follicular helper T cell; Tfh)(単
語・略語説明
36ページ参照)の増加、及び骨髄から出たばかりの未熟な
B細胞である移行
B細胞(Transitional B cell; TrB)(単語・略語説明
37ページ参照)の増加が特徴的であることを報告した。今回、これらのリ
ンパ球解析はいずれも、今回同定された
21症例で実施したが、Tfh の
検討は
APDS-L 2例と、APDS 1 の
16例中
8例、APDS 2 の
3例中
2例
で実施した。各疾患タイプ別に典型的な結果を図
3-2に示し、上記の特
- 13 -
徴的な解析所見の有無については表
3-3に、疾患タイプ別に頻度を記載 した。APDS 1 に加えて、APDS 2 でも上記の特徴的なフローサイトメ トリーの所見は共通して認められたが、APDS-L では
CD4陽性
Tリン パ球減少が
2例中
1例(P1) 、memory B 細胞減少が
2例中
1例(P2)
に認められたのみで、他の特徴的なフローサイトメトリーの所見につ いては認めなかった。
これらの症例の中から、第
4章~第
6章の検討対象となった患者
6名 (P1, P2, P5, P6, P7, P8) のフローサイトメトリー解析結果は、図
3-3~図
3-8に示したとおりで、図
3-9に各症例の
TREC/ sjKRECの計測結 果をプロットした。TREC/ sjKREC の計測には、PTEN 機能喪失型変異
による
Cowden症候群で、免疫不全症・リンパ組織腫大を認めない
2患
者(P3, P4)を加えて検討した。
P5
(APDS 1)及び
P7(APDS 2)で
TRECは低値であったが、
sjKRECは全例が正常範囲内であった。
第5節 小括
APDS-L
は、易感染性及びリンパ組織腫大を呈するという点で
APDSと臨床
学的特徴を共有していることが示された。このほか、
APDS 2では高率に
B細
胞リンパ腫を発症することや、
APDS-Lでは巨頭症、精神発達遅滞の合併が特
徴的であり、疾患の鑑別にとって重要な所見であると考えられた。免疫学的に
は、
APDS 1及び
APDS 2では
CD4陽性
Tリンパ球の減少、
CD45RO陽性メモ
リーT リンパ球の増加、CD27 陽性メモリーB 細胞の減少に加え、濾胞ヘルパ
ーT 細胞(Tfh)の増加及び移行
B細胞(TrB)の増加が特徴的であった。一
方、APDS-L では免疫学的特徴に一定の傾向がなく、APDS 1,APDS 2 との相
- 14 -
違点もあることが示唆された。
第6節 考察
APDS
と
APDS-Lは、いずれも
PI3K-AKT経路の過剰活性化という分子病態
は共通しているものの、免疫学的特徴の解析からは、活性化された
PI3K-AKT経路が
B細胞クラススイッチ機構や
T細胞活性化に与える影響は異なってい ることが予想された。このため、
APDSと
APDS-Lに共通するような、免疫不 全発症に関与する単一の責任分子、シグナル伝達経路を抽出することは困難 な可能性がある。
一方で、PTEN 機能喪失型変異患者では、免疫不全症状を呈する
APDS-L患
者と、呈さない患者がいるため、両者の比較により、免疫不全発症に関与する
分子・シグナル伝達経路を探索する方法が有用であると判断した。そこで、以
降の章では、血清
microRNA解析や蛋白発現解析で両者の比較を行うことと
し、得られた結果を
APDS 1及び
APDS 2にも展開していく方針とした。
- 15 -
第4章 血清
microRNA解析
第1節 背景
21~24
塩基長の蛋白質をコードしない小分子
RNA (small RNA)がウイルスや植物、動物などに広く存在し、生体内で重要な役割を果たしていることが近 年明らかになってきた。中でも、
microRNA (miRNA)は真核生物のゲノムにコ ードされており、発生や分化、形態形成、細胞増殖など重要な生物学的機能を 制御している
14)15)。
ゲノム中にコードされている
miRNAは、主に
RNAポリメラーゼⅡ(PolⅡ) によってステムループ構造を複数持った数百~数千塩基程度の
primary miRNA (pri-miRNA)として転写される。pri-miRNAは核内で
Droshaと
DGCR8を含む 複合体によって切断され、ヘアピン構造を持った
70塩基程度の
precursor miRNA (pre-miRNA)となる。pre-miRNAは
Exportin-5を介して核から細胞質へ と輸送される。その後、細胞質で
Dicerによるプロセシングを受け、
21~22塩
基長の
miRNA/miRNA 2本鎖が形成される。ヒトでは、miRNA/miRNA 2 本鎖
が、
2本鎖のまま
Argonaute(Ago)蛋白質に取り込まれる。このうち片方の鎖 が残り、片方の鎖が分解され、1 本鎖
miRNAを含む
RISC(RNA-induced silencing complex)複合体が形成され、配列依存的に標的遺伝子の発現を負に制御することができる
14)15)(図
4-1)。
近年の研究で、特定の疾患で発現が亢進(もしくは低下)し、疾患発症に関
わる
miRNAが明らかになっており、免疫不全症の分野でも研究が進められて
いる
16)~19)。さらに、血清中の
miRNAは
RISC複合体を形成し、安定的な構造
で存在していることから、疾患の診断やバイオマーカーとしての役割も注目
されているところである
20)。
- 16 -
今回我々は、患者血清
miRNAの網羅解析によって、疾患特異的な
miRNAプロファイルの抽出を試みた。また、PTEN 機能喪失型変異患者のうち、免疫 不全症の有無による
miRNAプロファイルの変化を比較することで、免疫不全 発症に関与する分子群の抽出を試みた。
第2節 目的
PTEN
機能喪失型変異患者のうち、APDS-L 患者に特異的な血清
miRNAの プロファイルの抽出を目的とする。さらに、当該
miRNAが制御する分子群の うち、免疫不全症の発症に関与する分子の同定を目的とする。
第3節 対象・方法 (1)対象
第
4章~第
6章の検討では、前章で同定した
21症例のうち、新た に検体の得られた
6患者(表
4-1:P1, P2, P5, P6, P7, P8)を本研究対象として抽出した。また、免疫不全症・リンパ組織腫大を認めない比 較対照として、
PTEN機能喪失型変異による
Cowden症候群の
2患者
(表
4-1:P3, P4)を加えた。各患者の臨床症状や免疫学的解析結果については表
4-2に記載した。
第
4章では、APDS-L 患者
2例(P1, P2) 、PTEN 機能喪失型変異に よる
Cowden症候群患者(免疫不全症状なし)2 例(P3, P4)及び正
常コントロール
1例を対象とした。対象者本人もしくは保護者の同
意を得て、末梢血
2~3 mlを採取した。末梢血に凝固促進剤と血清分
離薬を添加後静置し、
3,000 rpm, 10分間遠心し、血清を分離した。得
られた血清
500μlを以降の解析に用いた。正常コントロールは、P1
- 17 -
の検体採取と同時刻、同施設にて健常成人より同意を得て採血し、同 様に処理して得られた血清とした。
(2)miRNA の抽出
患者の血清から、
3D-Gene® RNA抽出試薬 (Toray Industries, Kamakura)
を使用して、指定プロトコルに従って
total RNAを抽出した。抽出さ れた
total RNAはバイオアナライザ(Agilent, Santa Clara, CA, USA)
を用いて濃度、品質を評価し、3D-Gene® miRNA labeling kit(Toray
Industries)で蛍光標識した。(3)miRNA 発現解析
蛍光標識された
total RNAを
3D-Gene® Human miRNA Oligo chip(Toray Industries)にハイブリダイズさせた。プローブのアノテーシ ョンおよびオリゴヌクレオチド配列は、miRNA のデータベースであ る、
miRBase( http://microrna.org )に準拠した。洗浄後、蛍光シグナルを 3D-Gene®Scanner(Toray Industries)でスキャンし、
3D-Gene® Extractionソフトウェア(Toray Industries)を用いて分析した。各スポットの生 データは、全てのバックグラウンドシグナルの平均強度を減ずること によって補正した。
(4)変動
miRNAの抽出
バックグラウンドのシグナル強度の
2 SDを超えるシグナル強度を
有するスポットの測定を有意であると判断し、補正後のシグナル強 度を比較することによって
miRNAの相対的発現レベルを算出した。
シグナルの補正はシグナル強度の中央値が
25になるように補正した
ときの各数値を
global normalization値と定義し、それぞれの
global normalization値を使用した発現比を
Log2値に換算した結果を
Log2- 18 -
ratio
とした。
Log2 ratioを元に、
miRNAの発現プロファイルをクラス ター解析によるヒートマップにより解析した。
第4節 結果
(1)APDS-L 患者と
Cowden症候群患者の血清
miRNAプロファイル
APDS-L
患者特異的に変動している
microRNA群を抽出(図
4-2)し、このうち、APDS-L 患者では上昇しているものの、Cowden 症候 群患者では変動がみられない
miRNAを
4種類見出した(図
4-3)。
miRNA
の標的遺伝子について、公共のデータべースである
miRTarBase (http://mirtarbase.mbc.nctu.edu.tw/)
で検索したところ、こ れらの
miRNAのうち、hsa-miR27a-3p は、免疫に関与し、かつ
PI3K経路に近い分子である
FOXO1 (Forkhead box-containing protein, O1)(単語・略語説明 34 ページ参照) を標的としていることがわかっ た
21)22)。
第5節 結論
PTEN
機能喪失型変異を有する
4患者(P1~P4)について発現
miRNAの解 析を行い、免疫不全症状を呈する
APDS-L 2患者(P1, P2)で特異的に変動す る
miRNA群を同定した。このうち、
hsa-miR-27a-3pは
APDS-L患者(P1, P2)
で特異的に上昇しており、標的蛋白質として
FOXO1を有することを公共デー タベース及び文献報告を元に見出した。
両群の表現型の違い、すなわち免疫不全症発症に
FOXO1の制御異常が関与
している可能性があると考え、以降の章では患者細胞を用いた蛋白発現解析
を進めることとした。
- 19 -
第5章 患者活性化
T細胞を用いた
FOXO1リン酸化解析 第1節 背景
FOXO
は、DNA 結合ドメイン
FOX(Forkhead box)をもつForkheadファミ リーのサブグループ“O”に属する転写因子で、哺乳類では
FOXO1, 3, 4, 6の
4種類が存在する
23)24)。
FOXOは細胞周期・アポトーシスの制御、ストレス応 答、 代謝制御、
DNA修復などに関連する多くの遺伝子の発現を誘導する
25)~28)。
また、
FOXO1は
PI3K-AKTシグナルによって負に制御されることが知られて
いる。PI3K-AKT シグナルが活性化されると
AKTは直接的に
FOXO1をリン 酸化し、FOXO1 の核外移行を促進することでその転写活性が抑制される
29)(図
5-1)。
PIP3
関連分子異常による免疫不全症患者では
PI3K-AKT経路が活性化され ているため、FOXO1 の機能は抑制され、細胞周期の制御異常や不適切なアポ トーシス誘導がおこることが考えられる。
前章において、APDS-L の免疫不全発症機序に
FOXO1の制御異常が関与し ている可能性が示唆されたため、PIP3 関連分子異常による免疫不全症患者細 胞における
FOXO1のリン酸化の程度について検討した。
第2節 目的
APDS
及び
APDS-L患者の活性化
T細胞において、FOXO1 及びリン酸化
FOXO1
蛋白の発現を正常コントロールと比較する。
第3節 対象と方法
(1)対象
表
4-1、4-2に示した
APDS-L: 2患者(P1, P2) 、Cowden 症候群: 2 患
- 20 -
者(P3, P4) 、
APDS 1 2患者(P5, P6)を対象とし、末梢血
5~10 mlを 採取した。研究室までの輸送条件の違いが解析結果に与える影響を 考慮し、患者検体の採取と同時刻、同施設内にて正常コントロール の検体も採取し、採血後
6~12時間以内に検体の処理を行うようにし た。いずれも対象者本人もしくはその保護者から同意を得て検体を 採取した。
(2) FOXO1 リン酸化解析 ①活性化
Tリンパ球の作製
採取した末梢血から、
LymphoprepTM (Axis-Shield, Oslo, Norway)を用いて、比重遠心法により末梢血単核球を分離した。得られた細胞を
2回洗浄し、
10%ウシ胎児血清含有RPMI1640培地(Gibco, Carlsbad,
CA, USA)で2×106 cells/mlの濃度に懸濁し、
IL-2含有抗
CD3抗体 固相化フラスコ(TLY Culture kit25; Lymphotec, Tokyo)内で
48~120時間培養し、活性化
Tリンパ球を作成した。
②ウエスタンブロッティングによる蛋白発現解析
得られた活性化リンパ球
2×106 cellsに対し、プロテアーゼインヒ ビターカクテル(Thermo Fisher Scientific, Waltham, USA)とフォスフ ァターゼインヒビターカクテル(Electrophoresis GmbH, Heidelberg,
Germany)を添加したRIPAバッファー(Abcam, Cambridge, England)
を
100μl 加え、細胞を溶解した。得られた細胞溶解液は、4℃で
15分間、15,000 rpm で遠心し、上清を回収した。回収した溶解液 はβ-mercaptoethanol を添加した
Laemmli Sample Buffer (BIO-RAD,Hercules, CA, USA)
に懸濁し、98℃で
5分間インキュベートをし、
蛋白変性液を得た。得られた蛋白抽出液の濃度はすべて
Qubitフ
- 21 -
ルオロメ-ター (Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)で測定し、各サンプ ル蛋白量
25μgを用いてドデシル硫酸ナトリウム‐ポリアクリル アミドゲル電気泳動(sodium dodecyl sulfate-polyacrylamide gel
electrophoresis、SDS-PAGE)を行った。泳動後、蛋白をゲルからポ リフッ化ビニリデン(Polyvinylidene difluoride、
PVDF)膜に転写した。
一次抗体としてウサギモノクローナル抗リン酸化
FoxO1 (Thr24) /FoxO3a(Thr32)抗体(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA)、 ウサギモノクローナル抗
FOXO1A抗体(Abcam)ならびにウサギ モノクローナル抗
GAPDH抗体(Abcam)を1晩室温にて反応させた。
PVDF
膜を洗浄後、horseradish peroxidase (HRP) 標識抗ウサギ
IgG(VECTOR Laboratories,
Burlingame, CA, USA)を二次抗体として室温で1時間反応させた。反応後洗浄し、化学発光法を利用して、
蛋白を
LAS-4000 mini (FUJI FILM, Tokyo)で検出した。得られた蛋白の発現については、その発光度を
Multi-Gauge (FUJI FILM)を用いて数値化し、
pFoxO1/3a蛋白の発光度を内因性コントロール蛋白
GAPDH
及び
FOXO1Aの発光度で除した値をもって各患者および
正常コントロールの蛋白発現の値とし、それぞれの正常コントロ ールに対する患者の蛋白発現の割合を評価した。
第4節 結果
APDS-L: 2
患者(P1, P2)及び
APDS-1: 2患者(P5, P6)の活性化
T細胞では、
正常コントロールと比較して、1.12~1.57 倍の
FOXO1のリン酸化亢進を認め
た。一方で、Cowden 症候群: 2 患者(P3, P4)の活性化
T細胞では、FoxO1/3a
のリン酸化は正常コントロールと同等であった(図
5-2、5-3)。
- 22 -
以上の解析結果から、免疫不全症状を呈する症例(P1, P2, P5, P6)において
特異的に
FOXO1のリン酸化が亢進していることが示された。
第5節 結論
免疫不全を呈する患者(P1, P2, P5, P6)の活性化
T細胞では、正常コントロ ールと比較して、FOXO1 のリン酸化亢進を認めた。
FOXO1
は
AKTの下流に存在し、AKT によって直接リン酸化されることに
よりその活性が抑制される。FOXO1 は核内に存在する転写因子であり、リン 酸化されることで核外に移行する。つまり、今回認められた
FOXO1のリン酸 化亢進は、転写因子
FOXO1の機能抑制を示すと考えられる。さらに、FOXO 1の下流の遺伝子群はアポトーシスや細胞周期の制御に関与することから、
リンパ球の機能異常を引き起こし、免疫不全症発症に関わると考えられた。
- 23 -
第6章 患者
EBLCLを用いた
ERKリン酸化解析 第1節 背景
APDS
では、ヘルペス属ウイルスに対する易感染性があり、特に
EBV (Epstein-Barr Virus)や
CMV(Cytomegalovirus)の持続感染の他、EBV関連リン パ増殖性疾患や悪性リンパ腫の発症も複数例報告されている
1)~4)7)11)~13)30)31)。
また、
APDS及び
APDS-L患者に共通して認められる臨床的特徴として、リン
パ組織腫大の高率な合併が認められるが、その機序や治療法に関しては未だ 不明な点が多い。APDS 2 ではリンパ腫の合併が高率であるが、この機序も不 明である。
B
細胞における増殖や分化に関わる重要なシグナル伝達経路として
MAPK/ERK
シグナル伝達経路が挙げられる
32)。
MAPK/ERKシグナル伝達経路は、受 容体チロシンキナーゼ、インテグリン、イオンチャンネルをはじめとした細胞 増殖や分化に関与する様々な種類の受容体により活性化される
33)。B 細胞に おいては、B 細胞受容体(BCR)に刺激が入ると、アダプター蛋白である
SYK/ZAP70
がリン酸化された受容体に結合し、グアニンヌクレオチド交換因
子(SOS、Shc、Grb 等)がシグナルを変換し、RAS が迅速に活性化される。
RAS
は、
MAPキナーゼカスケードへとシグナルを伝えて、順に
RAF、MEK1/2、ERK(単語・略語説明 33
ページ参照)からなるカスケードを活性化する。活
性化された二量体 ERK は核へ移行し、転写因子
ELK1、 CREBをリン酸化す る。リン酸化された
ELK1は
c-MYCを、リン酸化された
CREBは
MEF2C、MEF2D
を活性化し、細胞周期や細胞増殖を進行させる
34)~40)(図
6-1)。
これまで
APDS患者の
EBLCLを用いたシグナル伝達解析の報告はなく、病
態解明に重要であると考えた。特に、上記の観点から
ERKの活性化について
検証した。
- 24 -
第2節 目的
APDS, APDS-L
患者の
EBLCLを用いて、ERK 蛋白発現、MAPK/ ERK シグ ナル伝達解析を行い、本疾患群に特徴的であるリンパ組織増殖や
B細胞リン パ腫発症の病態解明を目指す。
第3節 対象、方法 (1)対象
表
4-1、4-2に示した
APDS-L: 2患者(P1, P2) 、Cowden 症候群: 2 患者(P3, P4) 、APDS 1: 2 患者(P5, P6) 、APDS 2: 2 患者(P7, P8)を 対象とした。いずれも対象者本人もしくはその保護者から同意を得 て、末梢血
5~10 mlを採取した。コントロールとして、健常成人およ び
CVID患者由来の
EBLCLを用い、患者群と比較した。
(2)ERK リン酸化解析
①EBLCL の樹立
採取した末梢血から、Lymphoprep
TM (Axis-Shield, Dundee, England)を用いて、比重遠心法により末梢血単核球を分離した。得られた細
胞を1回洗浄した後、B95-8 細胞株(単語・略語説明
32ページ参
照)の培養上清
2~5 ml中に懸濁して、
37℃、5%CO2の条件下で
45分間培養した。続いて、室温にて
800 rpmで
5分間遠心後、上清を
吸引し、20%ウシ胎児血清含有
RPMI1640培地(Gibco)で
2×106 cells/mlの濃度に懸濁した。シクロスポリン
A(Wako, Osaka)を
100μg/ml の濃度になるように添加し、
37℃、5%CO2の条件下で約
2~3週間培養を行い、EBLCL を樹立した。
- 25 -
②ウエスタンブロッティングによる蛋白発現解析
得られた
EBLCL 2×106 cellsから、前章に記載した方法と同様に
して蛋白抽出・ウエスタンブロッティングを行った。一次抗体とし てウサギモノクローナル抗リン酸化
p44/42 MAPK(Erk1/2)(Thr202/tyr204)
抗体(Cell Signaling Technology) 及びウサギモノク ローナル抗
GAPDH抗体(Abcam) を、二次抗体として
HRP標識抗 ウサギ
IgG (VECTOR Laboratories)を使用した。得られた蛋白の発現は、その発光度を
Multi-Gauge (FUJI FILM)を用いて数値化し、pERK
蛋白の
42kDa及び
44kDaの
2つのバンドを合わせた発光度
を内因性コントロール蛋白
GAPDHの発光度で除した値をもって 各患者および正常コントロールの蛋白発現の値とし、正常コントロ ールに対する患者の蛋白発現の割合を評価した。
第4節 結果
APDS-L、APDS 1、APDS 2
患者すべてにおいて、正常コントロールの
1.15~3.96
倍の
ERKのリン酸化亢進を認めた。特に、APDS 2 患者では亢進が
強く認められた。一方で、Cowden 症候群患者や
CVID患者では
ERKのリン 酸化は正常コントロールと同程度であった。 (図
6-2, 6-3)
また、第
5章で樹立した各患者の活性化
T細胞を用いて、同様に
ERKのリ
ン酸化を検討したが、一定の傾向は認めなかった(データ示さず) 。
第5節 小括
APDS-L、APDS 1、APDS 2
患者の
EBLCLでは、正常コントロールと比較し
て
ERKリン酸化亢進を認めた。
- 26 -
第6節 結論
PIP3
関連分子異常による原発性免疫不全症患者において、EBV 感染に関連 するリンパ組織腫大に
ERK経路のシグナル伝達活性化が関連している可能性 が示唆された。
- 27 -
第7章 総括・結論
PIP3
関連分子異常による免疫不全症(APDS 及び
APDS-L)は、PIP3の過剰産
生による
AKT/mTOR/S6のリン酸化亢進を認める原発性免疫不全症である。本
研究により解析から、臨床学的特徴として、ⅰ)反復性気道感染とⅱ)リンパ組 織腫大がほぼ全例の患者で認められた。このほかに、
APDS 2では高率に
B細胞 性リンパ腫を発症すること、
APDS-Lでは巨頭症や精神発達遅滞を伴うことが特 徴であることもわかった。
免疫学的には、
APDS 1,2は
T細胞機能不全を伴う複合免疫不全症である一方、
APDS-L
は抗体産生の制御異常を伴うが、T 細胞機能不全の程度は不明である。
APDS-L
は新しい疾患概念であり、世界的に見ても症例の報告がまだ少ないため、
今後の症例の蓄積と詳細な解析が必要であると考えられる。重要な点としては、
上記のような免疫学的異常の原因がいまだ不明のままであることである。我々 が既に報告したように、
PTEN機能喪失型変異を持つが免疫不全症状を伴わない
Cowden
症候群患者においても、基本病態である
AKT/mTOR/S6の過剰リン酸化
が観察されている
6)ことから、免疫不全症状を引き起こす別の機序があることが 考えられる。また、もう一つの臨床的特徴であるリンパ組織増殖については、
mTOR
阻害剤によりリンパ節腫大の改善を得たという症例報告
2)41)のほか、海外 では
PI3K阻害剤を用いた治験も進行中である
42)ことから、基本病態である
AKT/mTOR/S6
の過剰リン酸化によるものとして、部分的には説明可能である。
しかし、上記薬剤が無効の症例も認められる。また、APDS 2 患者に認められる
B細胞性リンパ腫の高率な合併の機序に関してはいまだ不明な点が多いのが現 状である。
そこで、本研究では
APDS及び
APDS-L患者における免疫不全発症の機序を
解明するため、患者血清中の
microRNA解析及び、患者リンパ球から樹立した活
- 28 -
性化
T細胞や
EBLCLを用いた詳細な解析を行った。特に、血清
miRNAの解析
から、
APDS-Lで特異的に変動している
miRNA群を抽出し、 そのうち
hsa-miR27a- 3pの標的遺伝子である
FOXO1の制御異常が本疾患の免疫異常に寄与している という仮説をたて、検証した。その結果、
APDS及び
APDS-L患者活性化
T細胞 において、転写因子
FOXO1のリン酸化亢進を認めた(表
7)。FOXO1 のリン酸 化亢進は転写活性の抑制を反映し、アポトーシスや細胞周期の制御及び細胞増 殖に関与する下流の遺伝子群の発現を抑制し、
APDSの免疫異常に関与している 可能性が考えられた。
マウスでは、B 細胞特異的
Foxo1ノックアウトマウスを用いた、PI3K 経路の 過剰活性化の病態が研究されている
43)~49)。これらの報告によると、
PI3K経路の 過 剰 活 性 化 は 、 成 熟
B細 胞 に お け る ク ラ ス ス イ ッ チ (
CSR; Class-switch recombination)及び体細胞高頻度突然変異(SHM; Somatic hypermutation)の障害を引き起こし
43)~46)、胚細胞中心の
dark zoneにおける抗原特異的
B細胞の増殖 を阻害する
47)とされている。 転写因子
Foxo1の下流に存在する
Rag1, Rag2, Ikaros,及び
Il7raの発現低下や、Foxo1 によって誘導される
AID (Activation-induced cytidine deaminase)(単語・略語説明
32ページ参照)の発現異常が
CSR・SHM障害の原因と推測されている
44)48)49)。
マウスのリンパ組織胚中心では、B 細胞は
light zoneで
T細胞からの抗原提示 を受けることにより
CSRが行われ、dark zone に移行したのち
SHMが起こると されている
47)。ここでも、Foxo1 は
AIDを免疫グロブリン遺伝子座へ誘導する のに必須の分子であることから、Foxo1 の抑制により、胚中心における
B細胞
の
CSR・SHM障害が起きる可能性が示唆されている
50)51)。一方で、APDS 1 患
者の
B細胞解析では、
CSR障害を認めたものの
AID-mRNA発現低下は認められ
- 29 -
なかったという報告
2)もあり、ヒトとマウスでは病態がやや異なる可能性があ る。
また、T 細胞特異的
Pten欠失マウスを用いた研究では、PI3K 経路の過剰活性 化を引き起こし、マウスは致死的な
T細胞性リンパ腫を発症し、T 細胞性サイ トカインの増強や自己免疫反応の増強などといった異常な活性化状態を呈する と報告されている
52)。
上記の報告例からは、マウスにおいても
Foxoの抑制および
Ptenの欠失が
B細胞分化や
T細胞活性化に障害を引き起こすことが証明されており、我々の解 析結果とも矛盾しないものであった。一方で、ヒト検体を用いて、PI3K 経路の 過剰活性化が免疫系に及ぼす影響を詳細に解析したという報告は少な く、
FOXO1
・
PTEN異常と免疫異常の関連の解明については今後の課題である。今後
我々は、転写因子
FOXO1の下流分子の動態とリンパ球機能異常との関連につい て解析することを検討している。
次に、
PIP3関連分子異常による原発性免疫不全症患者の
EBLCLでは、健常成 人や
CVID患者由来の
EBLCLと比較して
ERKのリン酸化が亢進していた(表
7)。このことは、本疾患群の
EBV感染関連のリンパ組織腫大に、
ERK経路の過 剰活性化が関与している可能性を示唆する。
ERK
経路の過剰活性化により、本来なら増殖すべきではない細胞が分裂を開 始する。実際に、
MAPK/ERK経路の主要な分子である
EGF受容体、RAS、RAF などの活性化変異が数多くの癌で見つかっていることからも、ERK 経路の制御 不全が細胞増殖異常や癌化の一因となっていることが推測される。
今回の研究では
EBLCLを用いた実験のみを行っており、EBV 感染非関連の
病態については検討できていない。このため、患者
B細胞を用いた
in vitroの解
- 30 -
析や、摘出されたリンパ組織やリンパ腫検体を用いた検証が今後必要である。
以上の解析結果から、APDS 及び
APDS-Lにおける免疫異常は、ⅰ)AKT-
FOXO1
経路の制御異常が引き起こすリンパ球機能異常による免疫不全の発症及
びⅱ)B 細胞における
ERK経路の過剰活性化によるリンパ組織腫大に特徴づけ
られるものと考えられる。 (図
7)- 31 -
謝辞
本研究の実施及び本論文の作成にあたり、全般にわたりご指導を賜りました 防衛医科大学校小児科学講座教授の野々山恵章先生に深甚なる謝意を表します。
そして、貴重なご指導ご指摘をいただきました教官・研究科生の皆様、検体採取
にご同意くださいました患者・保護者の皆様に感謝いたします。
- 32 -
単語・略語説明
AID: Activation-induced cytidine deaminase
抗体遺伝子座におこるクラススイッチ組換えと体細胞高頻度突然変異
(somatic hypermutation)
を制御する遺伝子(遺伝子名: AICDA)をさす。この遺 伝子機能が欠損するとクラススイッチ組換えと体細胞高頻度突然変異も欠失し
IgG、IgA、IgE
や高親和性抗体が作られない。
AKT
セリン/スレオニンキナーゼであり
Protein Kinase B (PKB)の別称。細胞外刺激 により、
PI3Kなどのキナーゼを介して活性化されリン酸化
AKTとなり、細胞死 制御、細胞増殖などのシグナルを伝達するシグナル伝達物質である。
APDS: Activated PI3 kinase delta syndrome
2013
年に初めて報告された原発性免疫不全症候群。原因遺伝子は
PIK3CD、PIK3R1。PI3K
を構成する触媒サブユニット
p110δをコードする
PIK3CDの機能 獲得型変異及び制御性サブユニット
p85αの機能喪失型変異により発症する。反 復性下気道感染症、肝脾腫、多発性リンパ節腫脹、
CD4陽性リンパ球の減少、ク ラススイッチしたメモリーB 細胞の減少などを特徴とする。
B95-8