聖母のマントとキリストの異性装
水野千依
はじめに
キリスト教文化において、救世主であれ聖母であれ、聖像が実際の衣や布を身にまとう という現象がしばしばみられる。あたかも着せ替え人形のように、聖像に服を着せたり脱 がしたりするこの所作にはいかなる意味が込められているのだろうか。従来、造形作品を 対象とする美術史研究においては、像の身体を覆う衣に注目することはほとんどない。頻 繁に着せ替えられる聖像の衣は、はかない一時の装飾でしかなく、あくまでも付属物
パ レ ル ガとし てしかみなされてこなかったのである。しかしながら、絵画であれ彫刻であれ、聖像を演 出するうえで、衣は、特別な日にのみ開帳するためのカーテンや額縁、あるいはタベルナ クルム等とならんで、像の効力を統制する重要な礼拝装置の一つにほかならない。聖像と その身を覆う衣は、截然と分かたれるというよりは、むしろ時に一体視され、時に衣のほ うが像以上に意味を担って人々に訴えかける場合さえもある。本論では、服飾史と美術史 のはざまに身をおき、聖像=「テクスト」に対していわば「パラテクスト」としてその衣 を捉え、近世以前のキリスト教文化において衣に託されたさまざまな意味を具体的な事例 を通して考察したい。もっとも、その材質自体の脆さや、消耗品としての性格上、残存す る当時の聖像の衣服は少なく、文書による記録についての先行研究も希少である。ここで はさしあたり以下の二つの視点に絞って分析を試みることとする。
まず第 1 章で目を向けるのは、中世末以降、格別の崇敬を集めた礼拝像がまとった衣で ある。 14 世紀以降、フィレンツェの守護的象徴
パ ラ デ ィ ウ ム