メキシコにおける貧困政策 : "Oportunidades" に ついて : <新しい>社会扶助?
著者 山田 晋
雑誌名 明治学院大学社会学・社会福祉学研究 = The Meiji
Gakuin sociology and social welfare review
巻 132
ページ 51‑82
発行年 2010‑02
その他のタイトル Politica Social Sobre la Pobreza en Mexico : Oportunidades
URL http://hdl.handle.net/10723/43
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
メキシコにおける貧困政策: "Oportunidades" について
─ ─︿新しい﹀社会扶助?
山 田 晋
はじめに
貧困は今日なお人類の最大の脅威の一つである。死や疾病のように壮大な医学の進歩をもってしても克服でき
ないものではないにもかかわらず、いまだに貧困が消失した社会は稀である。二〇二五年までに「一日一ドル以
下で生活する者を半減する」という国連・ミレニアム開発ゴールの目標も、地域により達成が絶望的とされてい
る。 貧困という人類の古典的脅威に対する一つの処方箋は、社会保障であるはずだ。しかしながら、社会保障が存
在しない国も多いし、社会保障が構築されていてもなお、貧困が存在する国々もある。
本稿では、社会保障が存在するにもかかわらず、なお多数の貧困者を抱えているメキシコ合衆国(以下、メキ
シコ)に焦点を当て、社会保障制度が存在しながらなぜそれが貧困に対して有効に機能していないか、そして社
会保障制度以外のどのような手法により貧困を克服しようとしているかを検討する。二〇〇六年のデータによれ
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
ば、メキシコでは人口の三一 ・ 七%が貧困線以下にあり、ジニ係数は〇 ・ 五〇六であ る
(1)。これはメキシコがOEC
D加盟国であることを考えれば、 好ましい数字とは言えない。結論を先取りすれば、 メキシコは、 世界銀行が 「新
し い 」 社 会 扶 助 と 評 価 す る
(2)「 条 件 付 き 所 得 保 障 」(
theconditionalcashtransferschemeCCT;"programade transferenciamonetariacondicionada";"transferenciasenefectivocondicionadas")を活用し、貧困削減に取り 組 ん で い る
(3)。 メ キ シ コ の こ の 貧 困 撲 滅 プ ロ グ ラ ム は、 基 本 的 に は 一 八 歳 ま で の 子 を 持 つ 貧 困 家 庭(
Hogaresen situacióndeextremapobreza) を 対 象 と し、 「 人 的 開 発 の 機 会 の た め の プ ロ グ ラ ム: オ ポ ル ト ゥ ニ ダ デ ス
(
"ProgramadeDesarrolloHumanoOportunidades":
Oportunidades)」
( 以 下、 オ ポ ル ト ゥ ニ ダ デ ス ) と 呼 ば れ、 五 〇 〇 万 世 帯、 二 五 〇 〇 万 人 が
参加している。 ラテンアメリカ諸国は社会保障制度の人的適用範囲が狭い
国 が 多 く、 「 条 件 付 き 所 得 保 障 」 を 採 用 し て い る 国 は 多 い が、 オ ポ ル ト ゥ
ニダデスはその「成功例」と評価されてい る
(4)。
本稿で検討されるオポルトゥニダデスの具体的な展開は、 筆者が二〇〇
八 年 一 〇 月 に 訪 問 調 査 し た サ カ テ カ ス(
Zacatecas) 州 を 例 に 見 た。 サ カ
テカス州は人口約一三万六〇〇〇人の州で、 産業構造は、 農業中心である
が、 昔から銅、 銀、 金などが産出される。しかしメキシコの中では最も出
稼ぎが多く、 サカテカス州の現住市民と同じ人口がアメリカ合衆国に出稼
ぎに出ていると言われている。三二あるメキシコの州の中で、 豊かさでみ
写真1 サカテカス州内の地域オフィス
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
れば中位にあたる。人口の四一%がオポルトゥニダデスに参加している( 写真1 )。
なお調査にあたっては社会開発省(
laSecretaríadeDesarrolloSocialSEDESOL)のアレハンドロ・マルティ ネス博士(
Dr.AlejandroSámanoMartínez)、ソチティ・レムス博士 (
Dr.XochitlMeseguerLemus)に資料提
供、調査プログラムの設定など大変お世話になった。記して感謝する。写真については被写体となった人物に撮
影、および写真の公表についての承諾を得ている。
注
(1) ComisiónEconómicaparaAméricaLatinayCaribe,PanoramaSocialdeAméricaLatina2008,CEPAL.,2008,pp.226,232.(2) LauraB.Rawlings,ANewApproachtoSocialAssistance:LatinAmerica'sExperiencewithConditionalCashTransferPrograms,2004,WorldBankSocialProtectionDiscussionPaperNo.0416,pp.22.;PabloVillatoro,ConditionalCashTransferProgrammes:ExperiencefromLatinAmerica,CEPALReview,vol.86,2005,83-96.(3) 「条件付き所得保障」については、山田晋「社会保障の役割の再検討─先進国・工業化諸国と発展途上国における社会保障の異同から」大曽根寛・金川めぐみ・森田慎二郎編『社会保障法のプロブレマティーク』法律文化社(二〇〇八年)所収、同「ラテンアメリカの社会政策~社会保障法となり得るか?」、『明治学院大学社会学部付属研究所・研究所年報』三九号(二〇〇九年)、参照。(4) MaxineMolyneux,MothersattheServiceoftheNewPovertyAgenda:Progresa/Oportunidades,Mexico'sConditionalTransferProgramme,SocialPolicy&Administration,vol.40,No.4,2006,p.425ff.,atp.433.
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
一節 メキシコの社会保障制度
メキシコにおける「条件付き所得保障」の展開について検討する前に、メキシコの生活保障制度である社会保
障制度について簡単に見ておく。
一 メキシコの社会保障制度の歴 史
(1)一 九 一 〇 年 ~ 一 九 一 七 年 の「 メ キ シ コ 革 命
(2)」 の 成 果 を 盛 り 込 ん だ 一 九 一 七 年 メ キ シ コ 憲 法(
Constitución PolíticadelosEstadosUnidosMexicanos)は「私有財産制と議会民主制を基盤としながらも国家による私権へ の介入を大幅に認めた、新しい国造りの基 軸
(3)」と評価され、制定当時から「社会権」を規定していた。現行憲法
( 基 本 的 に は 一 九 一 七 年 憲 法 で あ る ) 一 二 三 条 X X Ⅸ 項 は「 社 会 保 障 の 法(
LeydelSeguridadSocial) は 公 益
(
utilidadpública) に 属 す る も の で あ り、 そ れ は 労 働 者(
trabajadora)、 農 民(
campesinos)、 非 賃 金 労 働 者(
no asalariados)、 他 の 社 会 的 セ ク タ ー(
sectoressociales) に 従 事 す る 者、 お よ び そ れ ら の 家 族 に 対 す る、 障 害
(
invalidez)、 老 齢(
vejez)、 生 命(
vida)、 失 業( = 労 働 の 任 意 で な い 終 了 )(
cesacióninvoluntariadel trabajo)、 疾 病(
enfermedades)、 事 故(
accidentes)、 託 児 サ ー ビ ス(
serviciosdeguardería) そ し て 他 の 同 様 の も の の 保障(
seguros) を ふ く むも の で あ る。 」 と 規 定 す る。 し か し メ キ シ コ の 社会 保 障 制 度 は 憲 法 に基 づ き 全
国民を対象に普遍主義的・拡張的には発展せず、政権を支える職種の重要性に応じて制度が導入された。そのた
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
め、公務員、基幹産業労働者は社会保険によって保護され、インフォーマルセクターおよび農民層は社会保険か ら排除されていっ た
(4)。
二 メキシコの社会保障 憲 法 一 二 三 条 X X Ⅸ 項 を う け て メ キ シ コ で は、 一 九 四 三 年 の「 社 会 保 険 法(
LeydelSeguroSocial)」 に 基 づ
いた社会保障制度が展開されている。なお憲法では「社会保障の法」と規定するがこのような名称の実定法が存
在するわけではない。
「 社 会 保 険 法 」 は 労 働 者 と そ の 家 族 の 生 活 保 障 を 行 う 法 で、 そ の た め の 法 人 組 織 と し て「 メ キ シ コ 社 会 保 険 公
社(
InstitutoMexicanodeSeguroSocialIMSS)」を設立させる。メキシコ社会保険公社がメキシコの全公的社 会保険加入者の八割をしめるといわれ (他に公務員のための 「国家公務員社会保険公社 (
InstitutodeSeguridadyServiciosSocialesdelosTrabajadoresdelEstadoISSSTE)」 な ど が あ る )、 メ キ シ コ 社 会 保 障 制 度 の 中 心 的
役割を担っているといえる。
「社会保険法」 が規定する給付は、 労働災害 (
Riesgosdetrabajo)、 医療 (
Enfermedadesymaternidad)、 障害 ・ 生 命(
InvalidezyVida)、 退 職・ 高 齢 失 業・ 老 齢(
Retiro,CantiaenedadavanzadayVejez)、 託 児 サ ー ビ ス
(
guarderias)、 福 利 厚 生 給 付(
prestacionessociales) で あ る。 傷 病 に つ い て の 医 療 行 為 等 の 現 物 給 付、 傷 病 手
当金などによる賃金補償、各種年金給付が規定されている。なお各種年金給付に関しては、一九九五年一二月の
社会保険法改正で全面的に「民営化」され、確定拠出・積み立て方式に移行した。
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メ キ シ コ に は 失 業 に 対 す る 所 得 保 障、 貧 困 に 対 す る 包 括 的 な 社 会 保 障 給 付 は 存 在 し な い。 「 社 会 扶 助 法(
LeysobreelSistemaNacionaldeAsistenciaSocial
)」の名を持つ法律は存在するが、これはわが国の社会扶助・公
的 扶 助 と は 異 質 の も の で あ る。 一 九 八 六 年 の「 社 会 扶 助 法 」 は、 「 社 会 扶 助 」 を「 個 人 の 統 合 的 発 展(
desarrollointegral
) を 妨 げ る 社 会 的 性 質 を 帯 び た 情 況(
circunstancíasdecaráctersocial) を 改 善 す る 傾 向 を も つ 行 為 の 総 体(
conjunto)」 と 定 義 す る( 三 条 )。 法 に 列 挙 さ れ る 具 体 的 な 対 象 は、 栄 養 失 調、 身 体 的・ 精 神 的 発 展 に 対 し
て阻害される情況にある者、劣悪な家庭環境にある者、被虐待者、遺棄、失踪、搾取の犠牲者、アルコール依存
症、 路 上 生 活 者(
vivrenlacalle)、 犯 罪 被 害 者、 人 身 売 買 の 被 害 者 な ど で、 低 所 得 者 に は 限 定 さ れ て お ら ず、
所得保障のニーズを持つ者に対する社会保障給付の法とはいえない。
な お 講 学 上、 「 社 会 扶 助(
asistenciasocial)」 を「 国 家 の 責 任 で、 法 的 に 組 織 さ れ た 支 援(
ayuda) で あ り、 そ れ は 社 会 の よ り 弱 い 経 済 的 階 層(
claseseconómicamente) の た め の も の で あ る。 」 と し、 「 メ キ シ コ 社 会 保 障 の 中に位置づけられる。 」とする見解もあ る
(5)。
メキシコの社会保険制度はある意味で排他的であるが、医療保障については、特別立法がなされている。都市
貧困層や貧困農民層は、その居住地区に設置される保健省(
SecretaríadeSalud)やメキシコ社会保険公社によ
る 農 村 部 を 対 象 と し た 医 療 サ ー ビ ス で あ る「 メ キ シ コ 社 会 保 険 公 社・ 連 帯(
IMSS-SOLIDARIDAD)」 医 療 制 度
の 医 療 出 張 所、 州 立 病 院 で 基 礎 医 療 パ ッ ケ ー ジ(
Paquetebásicodelserviciodesalud) に 定 め ら れ て い る 基 本
的な診療、医薬品、予防接種などの医療サービスを無料で受けられる ことになっている
、、、、、、、、。
また二〇〇二年からは「大衆健康保険」 (
SeguroPopulardeSalud)という、貧困層向けの任意加入の医療保
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
険が政府により運営・実施されている。保険料拠出は、所得水準に応じた段階的なものとなり、額も補助金によ り低く抑えられている。
以 上 に 概 観 し た よ う に、 メ キ シ コ で は、 社 会 保 障 制 度 は 存 在 す る が、 そ れ は 社 会 保 険 制 度 と ほ ぼ 同 義 で あ り、
その根拠となる「社会保険法」は正規労働者とその家族の生活保障が中心であり、非正規労働者、小規模自営業
者、インフォーマルセクターの労働者などは保護されていない。従って、最も弱い層が保護されないという社会
保険制度の限界がここに露呈しており、貧困撲滅は社会保障=社会保険以外の何らかの手段によらねばならない
ことになる。そこで選択されたのが「条件付き所得保障」である。
な お 無 拠 出 年 金 は、 国 家 レ ベ ル で は な く、 連 邦 特 別 区(
DistritoFederal) で あ る メ キ シ コ シ テ ィ の み に 存 在 する。連邦特別区法によっ て
(6)、七〇歳以上(制定当初は六八歳以上)のメキシコシティに居住する高齢者に、最 低 賃 金 の 半 額 の「 食 糧 年 金 」(
Pensiónalimentaria) が 支 給 さ れ る。 具 体 的 に は 磁 気 カ ー ド(
tarjeta electorónica)が配布され、これによって必要な物資を購入できる。
注
(1) メキシコの社会政策の発展については、谷洋之「メキシコ」、田中浩編『現代世界と福祉国家─国際比較研究』お茶の水書房(一九九七年)所収、VivianeBrachet-Márquez,Mexico'sWelfareState:Birth,GrowthandRetrenchment(1822-2002),inManuelRiesco,ed.,ANewDevelopmentWelfareStateModelintheMaking?,2007,UNIRIST,p.117ff.
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
(2) 「メキシコ革命」については、増田義郎『メキシコ革命~近代化のたたかい』中公新書(一九六八年)、鈴木康久『メキシコ現代史』明石書店(二〇〇三年)、国本伊代『メキシコ革命』山川出版(二〇〇八年)など参照。(3) 国本伊代「メキシコ」、国本伊代・中川文雄編著『改訂新版・ラテンアメリカ研究への招待』新評論(二〇〇五年)所収、一七六頁。(4) 畑恵子「メキシコの社会保障制度─その特徴と
elDistritoFederal,18denoviembre,2003. LeyqueestablaceelDerechoalaPensiónAlimentariaparalosAdultosMayoresdeSesentayOchoaños,Residentesen(6) 扶助」に多くの記述がさかれているわけではない。 GabrielaMendizábalBermúdez,LaSeguridadSocialenMéxico,2007,EditorialPorrúa,p.40.(5) ただこのテキストでも「社会 90年代の改革」、『海外社会保障研究』一五三号(二〇〇五年)、四〇頁、参照。
二節 オポルトゥニダデスの成立史
メキシコでは従来、貧困層に対しては、マラリア、天然痘撲滅などの公衆衛生計画の他には、主食であるトル
ティージャの購入補助券やミルク、学校給食などの食料給付など現品支給に近い形の各種補助金銭給付が取られ
ていた。一九七〇年代からは大規模な貧困削減プロジェクトが始まったが、これらは時々の政権の人気取り的な
側 面 が 強 く( ポ ピ ュ リ ス モ )、 政 権 が 交 代 す る た び に 全 て が 終 了 す る と い う 周 期 を 繰 り 返 し、 中 長 期 展 望 を 欠 い
た も の で あ っ た
(1)。 こ の 情 況 を 一 変 さ せ た の が、 通 貨 危 機 の 只 中 に 発 足 し た セ デ ィ ジ ョ(
ErnestoZedillo) 政 権
( 一 九 九 五 年 ~ 二 〇 〇 〇 年 ) で あ っ た。 セ デ ィ ジ ョ 政 権 で は、 長 期 独 裁 的 与 党 で あ っ た 制 度 的 革 命 党(
PartidoRevolucionarioInstitucinalPRI
)の権威主義的な体制が衰退し、一方でネオリベラルな経済思想をもつテクノク
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
ラート官僚の影響が拡大し た
(2)。そのことが社会政策にも反映し、合理化、効率性重視のネオリベラリズムの色濃
い年金改革や新たな貧困削減政策が開始された。
新 し い 貧 困 撲 滅 政 策 が「 教 育・ 保 健・ 食 糧 計 画 」(
ProgramadeEducación,SaludyAlimentación:PROGRESA
)(以下、 プログレッサ)であ る
(3)。これは、 一般補助金を削減するかわりに、 その資金を農村部極貧
層に集中的・直接的に投入するもので、 「条件付き所得保障」の手法を採用している。 「教育」 、「保健」 、「栄養摂
取」を条件に、農村部の極貧層家族に生活保障給付を行うものである。農村に重点的に資源を投入するという思
想 は、 プ ロ グ レ ッ サ の 産 み の 親 で あ る サ ン テ ィ ア ゴ・ レ ビ(
SantiagoLevy) の 思 想 で あ り、 一 方、 人 的 能 力 開 発 的 な 思 想 は ア マ ル テ ィ ア・ セ ン(
AmartyaSen) の 思 想 の 浸 透 と い う 国 際 的 潮 流 の 影 響 で あ る と も 指 摘 さ れ て い る
(4)。 ま た 個 別 の ミ ー ン ズ テ ス ト で 受 給 者 を 決 定 す る の で は な く、 「 貧 困 地 域 」 を 特 定 し、 そ の 中 の 極 貧 家 庭
を支援するというターゲティングの手法は、合理化・効率性重視のネオリベラリズムの思考を体現したものとい
え る
(5)。
プ ロ グ レ ッ サ が 従 来 の 貧 困 政 策 と 明 ら か に 異 な る の は、 現 金 給 付 を 採 用 し た こ と や「 条 件
(
corresponsibilidada)」 を 付 加 し た こ と で あ っ た。 カ ン ペ チ ェ 州(
Campech) で 行 わ れ た パ イ ロ ッ ト 事 業 で は 定
期的な健康診断のみが「条件」であったが、後に「通学」もそれに加わった。また給付の受け取り手を「母」に
した点でも画期的であった。男性至上主義 ・ 男尊女卑 (
machisomo) が支配的なラテンアメリカ、 メキシコにあっ て
(6)、「 母 」 が 現 金 の 受 け 取 り 手 と な る こ と は、 家 族、 地 域 で の 女 性 の 立 場・ 地 位 の 向 上 と エ ン パ ワ ー メ ン ト に つ
ながるものであった。
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
そ の 後、 二 〇 〇 〇 年 選 挙 で 制 度 的 革 命 党(
PRI) は 敗 北 し、 政 権 は 国 民 行 動 党(
PartidoAcciónNacional PAN) の フ ォ ッ ク ス(
VicenteFox) 政 権( 二 〇 〇 〇 年 ~ 二 〇 〇 六 年 ) に 移 行 し た。 フ ォ ッ ク ス 政 権 は、 社 会 政
策に新たな手法を取り入れた。従来、バラバラに多数のプログラムが乱立していた社会諸政策を一つの統合的な
政策指針の下に整理統合した。 「君と共に(
CONTIGO)」 (以下
CONTIGO)、と呼ばれる戦略であ る
(7)。 以下の
CONTIGOの説明は、ホームページの記述による(
http://www.contigo.gob.mx)。
「
CONTIGOは 人 を 社 会 政 策 の 中 心 に お く。
CONTIGOは 全 て の メ キ シ コ 人 が、 個 人 と し て で あ る と 同 様 に 社 会 的 に も、 完 全 な 自 己 実 現 の た め の 必 要 な 能 力(
capacidades) と 空 間(
espacios) を 持 つ こ と を 追 求 す る。 」 こ
とを目的する。そして「メキシコ人の能力の発展は、上質の保健、教育、そして高水準の適切な栄養のサービス
への全てのアクセスを前提とする。能力が、 福利のより高い水準に変わるために、
CONTIGOは収入のよりよい
機 会 の 創 出 を 促 進 す る。 」 と い う 認 識 の 下 で、 ① 全 て の メ キ シ コ 人 に 対 し て 必 須 の 社 会 的 給 付 を 支 給 す る、 ② 人
間の発展(
desarrollohumano)を推し進め、経済成長(
crecimientoeconómico)の起爆剤(
detorador)として 仕えるところのレバーギア (
palancas) を活性化するという、 二つの核を持つ。
CONTIGOの下で社会政策は、 Ⅰ、
能力の拡大(
Ampliacióndecapacidades)、Ⅱ、収入の機会の創出(
Generacióndeoportunidadesdeingreso)、
Ⅲ、 財 産 の 形 成(
Formacióndepatrimonio)、 Ⅳ、 全 て の 人 間 へ の 社 会 的 保 護(
Protecciónsocialparatodos)
と い う 四 つ の 領 域 に ま と め ら れ る。 さ ら に こ の 四 大 領 域 の 下 に、 「 Ⅰ、 能 力 の 拡 大 」 の 具 体 的 展 開 と し て、 ① 生
活の質、公平、社会的統合、権利擁護(
calidaddeunida,equidad,cohesiónsocialydefenciadederechos)、②
教 育(
educación)、 ③ 保 健・ 栄 養 サ ー ビ ス(
serviciosdeSalud,Nutricion)、 ④ 職 業 訓 練(
capacitación)、 「 Ⅱ、
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
収 入 の 機 会 の 創 出 」 の 具 体 的 展 開 と し て、 ⑤ 地 域 開 発、 融 資 へ の ア ク セ ス(
DesarrolloLocalyAccesode Crédito)、 ⑥ 雇 用 の 機 会 の 創 出(
GeneracióndeEmpleo)、 「 Ⅲ、 財 産 の 形 成 」 の 具 体 的 展 開 と し て、 ⑦ 住 居
(
vivienda)、 ⑧貯蓄(
Ahorro)、 ⑨所有権(
Derechosdepropiedad)、 「Ⅳ、 全ての人間への社会的保護」の具体 的 展 開 と し て、 ⑩ 安 全(
Aseguramiento)、 ⑪ 社 会 保 障(
ProvisióndeProtecciónSocial)、 ⑫ 個 人 的・ 集 団 的 危 機からの保護(
Proteccióncontrariesgosindividualesycolectivos)が分類・整序される。
CONTIGO
は、 新自由主義的な「合理化」を社会政策で展開したものとも理解できる。事実、 世界銀行の評価 はその点で著しく高いのであ る
(8)。
貧 困 削 減 政 策 は、 「 Ⅱ、 収 入 の 機 会 の 創 出 」 の 領 域 に 位 置 づ け ら れ た。 フ ォ ッ ク ス 政 権 は、 従 来 の「 条 件 付 き
所得保障」制度を基本的には継承したが、名称は二〇〇二年五月にオポルトゥニダデスと改称された。そしてプ
ログラムは著しい成長を経験し、前政権で約二五〇万世帯だった受給世帯は五〇〇万世帯に拡大し、メキシコの
全ての市町村で展開されることになった。
な お
CONTIGOと 同 様 に フ ォ ッ ク ス 政 権 で 社 会・ 公 共 政 策 の 合 理 化・ 効 率 化 を 図 っ た も の が、 二 〇 〇 四 年 の
「社会開発法(
LeyGeneraldeDesarrolloSocial)」である。同法は、 社会開発にあたり、 国民の権利保障、 政府 ・
自 治 体 の 義 務 と 権 利、 社 会 参 加 の 促 進、 成 果 評 価 の メ カ ニ ズ ム の 構 築 な ど を 目 的 と し( 一 条 )、 同 時 に 社 会 開 発
における原則を規定した (三条) 。「自由 (
libertad)」 、「公平な分配 (
justiciadistributiva)」 、「連帯 (
solidaridad)」 、
「 統 合(
integralidad)」 、「 社 会 参 加(
participacionsocial)」 、「 持 続 可 能 性(
sustentabilidad)」 、「 透 明 性
(
transparencia)」 な ど で あ る が、 「 連 帯 」 は、 「 社 会 生 活 の 質 の 改 善 の た め、 各 責 任 に 応 じ て(
demaneraメキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について corresponsable
)、 国民、 社会的組織、 政府間の協力」 (三条Ⅲ項) を指しており、 これがオポルトゥニダデスの 「条
件」と対応している。
以上のように成立したオポルトゥニダデスは順次適用範囲を拡大していった。二〇〇〇年までは農村地帯のみ
を対象としていたが、二〇〇一年からは五万人以下の住民のいるコミュニティ(サブ・アーバンエリア)を、二
〇 〇 二 年 か ら は ア ー バ ン・ エ リ ア( 人 口 一 〇 〇 万 人 以 上 )、 二 〇 〇 四 年 か ら は 一 〇 〇 万 人 以 上 の 住 民 の い る メ ト
ロ ポ リ タ ン・ ゾ ー ン を 含 む、 全 て の メ キ シ コ の 市 町 村(
Municipality) が 対 象 と な り、 五 〇 〇 万 世 帯 の 家 族 が 受
給するという目標が達成された。また二〇〇一年以降、児童・生徒へ教育的給付金がそれまでの中学卒業までか
ら、高校卒業までへと拡大された。
現 在 の カ ル デ ロ ン(
FelipeCalderónHinojosa) 大 統 領 政 権 下( 二 〇 〇 六 年 ~) で も オ ポ ル ト ゥ ニ ダ デ ス は そ
のまま継承されている。
注
(1) 畑恵子「メキシコの社会保障制度ーその特徴と
(3) プログレッサについては、村井・前掲論文、畑・前掲論文、米村明夫/近田亮平「メキシコとブラジルの就学促進のための 参照。 (2) 村井友子「メキシコ:セディジョ政権下の社会保障制度改革と今後」、『ラテンアメリカレポート』二〇巻一号(二〇〇三年)、 90年代の改革」、『海外社会保障研究』一五三号(二〇〇五年)、四〇頁。
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について 家計補助プログラムー評価研究の結果とその批判的検討」、米村明夫編著『貧困の克服と教育発展─メキシコとブラジルの事例研究』明石書店(二〇〇七年)所収、参照。(4) レビの思想は、︿貧困層の中でも緩やかな貧困層の問題は、経済発展と農業の近代化によって解決できる相対的なもであり、これに対して極貧層とは絶対的貧困状態にあり公的な援助なしに自力では貧困御状態から脱出できない。したがってここに公的援助を投入する。極貧層は農村に住んでいるので、農村を焦点に据える。さらに農村部極貧層のコアな問題は、栄養不良、低い就学率、多産にあり、これらの問題の悪循環が貧困の再生産を生んでいる。ここへの人的資源的支援が必要﹀というものである。村井・前掲論文二七頁以下、参照。
なおレビとともに「産みの親」と呼ばれているホセ・ゴメス・デ・レオン(JoséGómezdeLeón)は、人口学者であり、国家人口審議会(ConsejoNacionaldePoblacionCONAPO)の会長であった。
プログレッサは、家族の能力(capacidades)と潜在的可能性(potencialidades)という言葉で関心を集めたといわれるが、これはセンの思想的影響であろう。GilbertoCalderónOritz,LaPobrezaenMéxico,2007,Gernikca,p.327.(5) 「合理性・効率性を重視する点において、PROGRESAは新自由主義経済政策と矛盾するものではない。」と指摘するものとして、畑恵子「メキシコ」、仲村優一・阿部志郎・一番ヶ瀬康子監修『世界の福祉年鑑二〇〇一』旬報社(二〇〇一年)、四七九頁~、特に四八七頁、参照。(6) メキシコ社会の女性の地位の変化については、国本伊代「メキシコの新しい社会と女性─社会の民主化と平等をめざして」、国本伊代編『ラテンアメリカ 新しい社会と女性』新評論(二〇〇〇年)所収、参照。(7) CONTIGO戦略については、米村明夫「メキシコにおける貧困克服のための社会・教育政策」、『ラテンアメリカ・レポート』二一巻二号(二〇〇四年)、二二頁、参照。(8) WorldBank,PovertyinMexico:AnAssessmentofConditions,TrendsandGovernmentStrategy;WorldBankReportNo.28612-ME,2004,atp.19.
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
三節 オポルトゥニダデスの制度概要 一 オポルトゥニダデスの現況
現在、オポルトゥニダデス は五〇〇万世帯、二五〇〇万人が参加している。メキ シコの人口の
約 一 八 %、 全 家 族 の 約 二 五 % の 家 族 が 参 加 し て い る こ と に な る。 州 ご
と に 参 加 家 族 数 に 地 域 差 が あ る( 表 1 )。 都 市 部、 農 村 部 の 区 別 な く
プ ロ グ ラ ム は 展 開 さ れ、 二 四 三 五 市 町 村 に 渡 る 八 六 〇 九 一 地 域 で 実 施
さ れ る 。 実 施 コ ミ ュ ニ テ ィ を 人 口 規 模 別 に み れ ば 表 2 の 通 り で あ る 。
二 〇 〇 八 年 の オ ポ ル ト ゥ ニ ダ デ ス の 予 算 は、 三 八 億 ペ ソ( = 三 六 億
米 ド ル ) で お よ そ G D P の 〇・ 四 % を 占 め る。 内 訳 は、 教 育 支 援 領 域
に 四 七・ 二 九 %、 食 料 摂 取 領 域 に 三 〇・ 〇 二 %、 栄 養 サ プ リ メ ン ト
領 域 に 六・ 五 六 %、 高 齢 者 支 援 の 領 域 に 六・ 二 九 %、 オ ポ ル ト ゥ ニ ダ
デスの下での青年〇・七八%となっている。
表1 Oportunidades の州別利用者
州 名 参加家族数 州における割合
Chiapas 560,906家族 61.3%
Veracurz 271,076家族 36.3%
Zacateca 109,547家族 37.0%
Puebla 393,225家族 35.2%
出典:Oportunidades;aprogramofresult2008.,p.21.
表2 人口規模別実施地域数 人 口 2,500人以下の村落
(rural) 2,500人~15,000人準都市
(semiurabana) 15,000人以上の都市
(urbana)
地域数 83,103地域 2,488地域 500地域
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
二 実施機関(
agencia ejecutoras) オポルトゥニダデスの実施については、社会開発省(
laSecretaríadeDesarrolloSocialSEDESOL)が中心と な り、 保 健 省(
laSecretaríadeSaludSSA)、 メ キ シ コ 社 会 保 険 公 社(
InstitutoMexicanodelSeguroSocial IMSS)、教育省(
laSecretaríadeEducaciónPublicaSEP)がこれに協力する。具体的な実施にあたっては、そ
れぞれ機能ごとに参集する行政機関が異なる。例えば、プログラムの調整・協力、フォローアップ、スーパービ
ジ ョ ン、 外 部 評 価 の 承 認 な ど を 行 う「 評 議 会 」 に は 前 述 の 他 に 財 務 省(
laSecretaríadeHaciendayCréditoPúblico
)が加わる。
日々の運営に関しては、各コミュニティのプロモトルやリーダーが受給者と実施官庁の間にはいる。プロモト
ル(
promotorsocial)は、社会開発省に雇用されている、若い活動家である。彼らの役割は、オポルトゥニダデ
スの制度についての説明や、制度の変更点、地域のリーダーの役割について、利用者に説明することである。ま
たプロモトルが地域リーダーを教育することもある。プログラムに修正や変更があった場合、社会開発省が首都
にプロモトルを招集し研修を行い、彼らが地域に戻り、リーダーや参加者に説明することもある。サカテカス州
では四〇名ほどのプロモトルが雇用され、 一五~二〇世帯の病気、 子ども、 成人、 ハイリスクの人々の「見守り」
をしている。
オポルトゥニダデスに関する地域リーダーは、ボウェル(
vowel「声」 )と呼ばれ、プログラムの参加者やかつ
ての参加者などが、参加者による選挙や推薦で決められ任命される。
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
三 オポルトゥニダデスの概要 1.条件(
corresponsabilidades)
「条件付き所得保障」制度の特徴は給付にあたって条件を充足することである。オポルトゥニダデスの条件は、
教育、保健、栄養摂取の三点である。
(1)教育
教 育 に 関 す る 給 付 は「 奨 学 金(
Becario)」 の 形 態 を 取 る が、 条 件 は 基 本 的には「出席」である。小・中学校(
primarioysecundario)の生徒の場
合 に は、 月 ま た は 年 の 八 五 % 以 上 の 出 席 が 条 件 と な る。 中 等・ 高 等 教 育
(
educaciónmediasuperio) の 場 合 に は、 恒 常 的 な 出 席 と 統 合 さ れ た 教 育
談話への参加である。
(2)保健(
salud) ( 写真2 )
保健に関する条件は、 五歳以下の子どものために一定の回数、 保健所で
の健診を受けることである。
(3)栄養摂取(
alimentación)
栄養摂取に関する条件は、妊産婦、授乳中の母親は、保健 ・ 栄養研修に
参加することである。また成人への支援に関する条件としては、 予定され
写真2 サカテカス州内の地域の診療所
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
た健康相談・ワークショップに参加することである。
ワークショップ( 写真3、4 )はコミュニティごとに、社会開発省のスタッフや地域の医師または看護婦など
専門職、そしてオポルトゥニダデスの受給者が参加する。ここでは栄養指導や健康管理についての教育、啓発が
行われる。筆者が出席したのは、倉庫のような建物で行われたものであったが、四〇~五〇人の女性が参加して
いた。参加者の中からリーダーが選ばれ、彼女が他の参加者にその日のテーマに関する説明をする。この日は前
回のワークショップのテーマであった女性の癌についての「復習」から始まった。予兆があったらすぐ病院に行
く と い っ た 一 般 的 な 注 意 や、 「 夫
が 病 院 に ゆ く こ と を 許 さ な か っ
た の で、 病 院 に か か る の が 難 し
か っ た 」 と い う 経 験 も 語 ら れ た。
次 い で サ プ リ メ ン ト の 使 用 に つ
いての講習となった。 説明書の配
布 で は 文 字 を 解 さ な い 人 々 に は
意味がないので、 実際に参加者が
良い例、 悪い例をみんなの前で演
じる。調合する前に手を洗う、 清
潔な水を使う、 その日創ったもの
写真3 ワークショップの光景─スタッフがサ プリメントの説明をする
写真4 ワークショップ─参加者が演じる
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
はその日のうちに使い切る、水を目分量で注がない、テレビを見ながら子どもに与えない、などきわめて基本的
なことに注意を促す。ワークショップの設定は社会開発省が行うが、内容は地域の医師、看護婦、栄養士などが
決定する。
2.給付 (1)教育(
Educación) 教育に関する給付は 「奨学金 (
Becario)」 の形態を取り、 支給額は学年、 性別により異なる。支給額は以下 ( 表
3 )の通りである。
この制度は、中学生以上では男子学生より女子学生に、より高い給付金を与えている。これは年齢が上がるに
連れて、 女性に教育を施すことへの親の反発が強い
ため、 女子への教育継続のインセンティブを与える
ためである。 二〇〇七年度の 「奨学金」 の受給者は、
五三〇万人である(
Resuldap.14)。
な お 二 〇 〇 三 年 に 開 始 さ れ た、 「 オ ポ ル ト ゥ ニ ダ
デ ス を 持 つ 青 年 」(
"JóvenesconOportunidadets")
は、 学業修了後、 高校生のためにインセンティブを
与 え る 個 人 勘 定(
cuentadeahorro) を 開 設 す る。
表3 奨学金(Becario)
$=アメリカドル,月額
小学校 男女とも
3年 $12.6
4年 $14.5
5年 $18.9
6年 $25.2
中学校 男子 女子
1年 $36.4 $38.8 2年 $38.8 $42.7 3年 $40.1 $47.1
高等 男子 女子
1年 $61.6 $70.8 2年 $66.0 $75.2 3年 $69.9 $80.1
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
も し 学 生 が 二 二 歳 前 に 高 校 を 終 え、 彼 ら が 大 学 に 入 学 す る か、 あ る い は 生 産 的 な ク レ ジ ッ ト(
aproductive credit)を得れば、貯蓄は引き出すことができる。
(2)保健(
Salud)
一世帯あたり月一八・九米ドルが給付される。
(3)食糧摂取・栄養(
Alimentaria)
二〇〇五年に、児童と女性の受給者の栄養と保健のレベルの向上のために、サプリメントの配給制度が開始さ
れ た。 全 て の 六 ~ 二 三 ヶ 月 の 乳 幼 児 と、 二 ~ 五 歳 の 栄 養 不 良 の 児 童、 妊 婦、 授 乳 中 の 母 親 へ の 栄 養 補 足 と し て、
鉄分の吸収のための栄養サプリメント(
Nutrivida ®と
Nutrisanao ®)が支給される。
現金給付や現物支給に加えて、適切な栄養管理のために、オポルトゥニダデスの専門職員と地域の医師、看護
婦などによる、受給者の保健・健康と栄養の改善のためのワークショップも定期的に開催されている。
なお二〇〇八年七月より、世界規模の食糧危機による食糧の高騰に対応するための、特別プログラム「より良
い生活のための食糧援助」 (
FoodAidforBetterLivnig)も実施されている(二〇〇八年、一世帯当り一一・六
米ドル) 。
(4)高齢者への支援(
ApoyoparaAdultosMayores)
受給者の家族と同居または人口二五〇〇人以上の地域に住む、 七〇歳以上の高齢者に定額 (二〇〇八年、
二六 ・
二米ドル)の現金給付がなされる。
(5)燃料支援(
ApoyoEnergetico)
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
受給者の家族に燃料費として定額の現金給付(二〇〇八年、四・八米ドル)がなされる。
3.オポルトゥニダデスの手続き
(1)地域選定・ターゲティング
「 条 件 付 き 所 得 保 障 」 制 度 の 特 徴 は、 受 給 世 帯 の 確 定 に あ た り、 個 別 の ミ ー ン ズ テ ス ト に よ っ て で は な く、 統
計的手法により対象地区を限定し、その地区内の極貧家庭を受給世帯とする、いわゆるターゲティングの手法を
用いているところにある。オポルトゥニダデスの場合、人口評議会(
ConsejoNaciónaldePoblaciónCONAPO) に よ っ て 定 立 さ れ た 七 つ の 周 縁 指 標(
indicedemarginación)( 非 識 字 率、 水 道・ 下 水・ 電 気 の な い 世 帯 比 率、
土 間 床 住 居 の 比 率、 一 部 屋 当 り の 居 住 者 数、 一 次 産 業 人 口 比 率 ) に よ っ て、 高 度 に 疎 外 さ れ た 地 域(
Zonaaltamentemarginadas
)あるいは貧困の集中する地域(
Zonasdeconcentracióndepobreza)が選定され、その 地域に居住する貧困世帯を個別の調査により、受給世帯としてい る
(1)。
(2)説明会
ターゲティングで対象地区と認定されたコミュニティでは、住民のために説明会が開かれる。筆者の訪問した
サカテカス州グアダルーペ (
Guadalupe) 地区では小学校の一室で行われた。一五名ほどの住民が集まっていた。
ここで社会開発省のスタッフが制度の説明を行う。
説 明 終 了 後、 ス タ ッ フ に よ る 受 給 希 望 者 へ の 聞 き 取 り 調 査 が 行 わ れ る。 チ ェ ッ ク シ ー ト(
"EncuestadeCaracterísticasSocioeconómicasdelosHogares":ENCASEN
)を用いてそれぞれの項目を聞き取る。この段階
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
で受給不可能と判断される者が出る場合もある。この場合は受給希望者への説明がなされ納得した証に当人が署 名する( 写真5 )。
(3)家庭訪問
説明終了後の聞き取り調査で、受給資格の可能性があると判断された希望者について、スタッフによる家庭訪
問が行われる。ここでは世帯の就労情況や、家族関係(例えば「子どもが病気になった時、誰が病院に連れてゆ
くことを決定するか?」など) 、居住構造(床が土間か、壁の素材など) 、所有する家具などについてのチェック
が行われる( 写真6 )。
この家庭訪問の結果、 資格
あ り と 判 断 さ れ れ ば オ ポ ル
ト ゥ ニ ダ デ ス の 受 給 者 と な
る。 (4)給付
給 付 は、 二 〇 〇 一 年 以 降、
銀 行 口 座 を 開 設 し こ こ に 振
り込まれるケースもある。 メ
キ シ コ 電 信 公 社(
Telecomu-nicacionesdeMéxico
写真5 説明会で使用されるチェックシート
写真6 家庭訪問時の聞き取り
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について TELECOMM
)、 国 立 貯 金・ 金 融 銀 行(
BancodeHorroNacionalyServiosFinonerioBANSEFI)、 商 業 銀 行
(
BBVABancomer) を 通 し て 行 わ れ る こ と が 可 能 で あ る。 二 〇 〇 六 年 に は、 一 二 万 の 受 給 家 族 が 銀 行 口 座 を 利
用している。銀行小切手のような新しい支給方法も模索されてはいるが、農村の場合、直接手渡しというのが現
実的であろう。
筆者の訪問したオホカリエンテ(
Ojocaliente)地区では、 市の公共施設を使用して、 受給者に直接現金が支払
わ れ た( 写 真 7 ︱ 1 、 7 ︱ 2 )。 こ の 地 区 で は 口 座 を 利 用 し て 受 給 し て い る の は、 オ ポ ル ト ゥ ニ ダ デ ス 参 加 者 の
一〇%程度である。
当 日 は 午 前 一 〇 時 か ら 午 後 二 時
まで支給が行われる。 村や集落ごと
に市の公共施設に集まり、 ここで現
金を受け取る。 この日は九二五家族
に現金が支給される。 社会開発省の
スタッフは、 受給者の記録のチェッ
ク や 受 給 者 の 現 況 変 更 の 届 け 出 の
受理のみを行い、 実際の現金の支給
は 社 会 開 発 省 と 契 約 し た「 国 立 貯
金・ 金 融 銀 行(
BancodeHorro写真7―1 給付会場の光景
写真7―2 給付会場内の様子
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について NacionalyServiosFinonerioBANSEFI
)」 、 が直接本人に行う ( 写真8 、 9 、
10
)。 したがって社会開発省のスタッ
フが現金に触れることはない。このことにより、社会扶助における「政治介入」を避けようとしている。また会
場 に は、 苦 情 申 し 立 て 受 理 の バ ッ グ を 抱 え た 社 会 開 発 省 の ス タ ッ フ も い る( 写 真
11
)。 こ の バ ッ グ に 利 用 者 が 入
れた苦情の文書は、施錠されたバッグのまま社会開発省の州事務所に送られる。
(5)再評価(
recertificación)・再審査(
reevaluación) オ ポ ル ト ゥ ニ ダ デ ス は 受 給 者 に つ い て 三 年 ご と に 再 評 価(
recertificación) を 行 う。 三 年 間 受 給 し た 家 族 は、
そ の 社 会・ 経 済 的 状 態 を 再 評 価 し、 オ ポ ル ト ゥ ニ ダ デ ス の 受 給 を 継 続 す る か 終 了 す る か 判 断 す る た め に、 「 再 評
写真10 社会開発省のスタッフのデスク 写真9 支払い時のチェックシート
写真8 銀行スタッフによる給付
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
価 プ ロ セ ス 」(
ElProcesodeRecertificación) を 受 け る。 こ れ
は社会開発省のスタッフによる家庭訪問の形で行われる。この
際に地域のリーダー (ボウェル
vowel) も同行することが多い。
「 オ ポ ル ト ゥ ニ ダ デ ス を 利 用 し て ど の よ う な 物 を 購 入 し た か 」
などの質問がされる。この過程で社会開発省のスタッフが新た
な情報を得ることもあるという。
も し 家 族 が 資 格 基 準 を 充 足 し て い れ ば、 都 市 地 域 で は 四 年、
農村地域では六年まで受給できる。この期間を終了した場合に
は、家族は「区別された支援制度(
ElEsquemaDiferenciadodeApoyos)」 (条件を充足するのであれば三年間
とどまれる)に移行する。
「区別された支援制度」は、中学校教育と中等・高等教育レベルで教育奨学金を支給し、 「基本的保健パッケー
ジ (
ElPaqueteEsencialdeSalud)」 を利用でき、 子ども、 妊産婦、 授乳中の母への食糧摂取の受給ができる。 「制
度」加入して三年後に、家族は自動的に受給者リストからはずれる。
再審査(
reevaluación)は、一旦プログラムから脱退・終了した家庭が再度、受給するか否かを審査する。
(6)ミーティング
サカテカス州ではオポルトゥニダデスの運営・実施に関与する機関による、インフォーマルなミーティングを
定期的に開催している。各機関の経験を交流するための会合であると説明される。筆者が参加した会合では、州
写真11 苦情文を納めるバッグ
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
保健局長、 医療局、 「国立貯金 ・ 金融銀行」 、 州教育省、 州教育 ・ 文化省、 大学、 高等教育研究所からの出席があっ
た。医療、保健、教育において地域の連携がオポルトゥニダデスの鍵となるため、議論はそれらに関するものが
多かった。
注
(1) ターゲティングについては、村井友子「メキシコ:セディジョ政権下の社会保障制度改革と今後」、『ラテンアメリカレポート』二〇巻一号(二〇〇三年)、とくに二八頁、畑恵子「メキシコ」、仲村優一・阿部志郎・一番ヶ瀬康子監修『世界の福祉年鑑2001』旬報社(二〇〇一年)所収、参照。
四節 オポルトゥニダデスの特徴と課題 一 オポルトゥニダデスの特徴
1.連邦国家と地方分権
メキシコは合衆国であり、三二の州からなる連邦国家である。貧困対策はいわば地方自治の問題でもある。特
に「条件付き所得保障」のように、特定の地域を統計などの手法により選定する場合、その後の政策目標の達成
は、地方政府の「実力」如何ということになる。
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
メキシコは連邦制国家であるが、実質的には中央集権国家であるといわれている。州の意思が連邦の制度・政
策に反映するには、非常に長い時間を要するといわれている。また財源についても、州財源の九五%は連邦から
の も の で あ り、 州 独 自 の 財 源 は 極 め て す く な い。 メ キ シ コ の 場 合、 税 機 構( 課 税 シ ス テ ム、 収 税 シ ス テ ム な ど )
にもなお問題を残しており、このような現状が「条件付き所得保障」の展開にも影響している。
州の貧困問題について、州独自に取り組む場合には、連邦制度であるオポルトゥニダデスと州政府が契約を締
結するという手法がある。例えば、サカテカス州では、成人教育について、一五歳を過ぎてもなお教育の機会を
持つべきであるという政策から、オポルトゥニダデスと州が契約を結び、成人教育のプログラムのために連邦予
算を使用できるようにした。六年間で六三〇人が小・中学校教育を終え、識字率の向上に結び付いている。また
オポルトゥニダデス本来の制度では、基礎教育の奨学金は一八歳が上限となっている。しかし障害者の場合、一
八歳までに基礎教育を修了していない場合も多いので、障害者についてはこの一八歳の上限を緩和・撤廃する必
要がある。この改革の提案を州から連邦政府にあげ、七年かけてようやく実現にこぎ着けたという。
また、オポルトゥニダデスは、地方自治の観点から、プロモトル制度をおいている点も特徴の一つである。更
に受給者自身が制度を支えるという意識の啓蒙にも力を入れているのがメキシコの制度の特徴の一つといえる。
2.都市・農村の区別を設けていない
「 条 件 付 き 所 得 保 障 」 は、 個 別 の ミ ー ン ズ テ ス ト を 採 用 し て い な い の で、 そ の 国 の 貧 困 の あ り 様 が 貧 困 地 域 の
設定に反映する。メキシコの場合は、貧困地域に都市・農村という区別を設定していない。この点、農村地区に
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
限定するペルーの 「条件付き所得保障」 プログラムである
JUNTOSとは対照的といえる。その結果、 オポルトゥ
ニダデスの受給世帯、受給者は膨大な数にのぼる。
3.制度の緻密さ
オ ポ ル ト ゥ ニ ダ デ ス は、 奨 学 金 に 関 し て、 児 童 の 年 齢、 人 数、 性 別 な ど に よ り 給 付 額 に 差 が 設 け ら れ て い る。
制 度 が 極 め て 緻 密・ 複 雑 に 設 計 さ れ て い る。 ま た そ の こ と で、 給 付 目 的 を 明 確 に し て い る 場 合 も あ る。 例 え ば、
児童労働に焦点を当てて、小学六年生以上で、女子児童に対する給付額を男子児童に対する給付額より高く設定
しているのが、その例である。女子児童に教育は不要であると考える親に対して、女子児童の通学を奨励・誘導
するためである。ただし制度が精緻であるということは、そのぶん、制度が複雑であるということで、受給世帯
の 制 度 理 解 に 困 難 を 伴 う 場 合 も あ る。 こ の 点 で エ ク ア ド ル の
"BonodeDesarrolloHumano"が シ ン プ ル を モ ッ
トーとするのとは対照的である。
4. 「条件」=受給者の分担する責任(
corresponsabilidad)については厳しくチェックする
オ ポ ル ト ゥ ニ ダ デ ス は、 「 条 件 」 = 受 給 者 の 分 担 す る 責 任 に つ い て は 厳 し く チ ェ ッ ク す る。 こ の 点、 ほ と ん ど
関 心 を 払 わ な い チ リ の
"Solidari (1)o"や、 二 〇 〇 八 年 ~ 九 年 に か け て 実 質 的 に「 条 件 」 を 課 し 制 度 を 実 施 す る エ ク
アドルの制度とは対照的である。オポルトゥニダデスには、ソーシャル・ワークが機能する側面は少なく、例え
ばチェックされた学校の出席率が直ちに給付の停止に反映する仕組みが採られている。
メキシコにおける貧困政策:"Oportunidades"について
なおこの「条件」がプログラムへの参加あるいは脱退の自己選択を促進し、それゆえにスクリーニング機能を
有しているとの指摘もある。論者によれば、受給者の特性と、脱退率の間には相関関係があり、先住民、単親家
庭などは脱退しやすい傾向にあるとい う
(2)。
5.オポルトゥニダデスは、それまでの社会政策とは異なり、外部評価を制度的に組み込んでいる
二 〇 〇 四 年 の 社 会 開 発 法 に し た が っ て、 オ ポ ル ト ゥ ニ ダ デ ス も 社 会 開 発 政 策 国 家 委 員 会(
ConsejoNacionaldeEvaluacióndelaPoliticiadeDesarrolloSocial
)の「評価」を受ける。社会開発法は、社会開発の政策におけ る 成 果 評 価(
evaluación) と 追 跡 調 査(
seguimiento) の メ カ ニ ズ ム の 確 立 を 法 の 目 的 の 一 つ と し て お り( 一 条
Ⅷ項) 、これを受けて評価組織、社会開発政策国家委員会を規定している(七二条) 。委員会は成果評価の学識経
験 者、 社 会 開 発 省 の ス タ ッ フ な ど に よ っ て 構 成 さ れ て い る( 八 二 条 )。 成 果 評 価 は 広 報(
diariooficialdeFederación
)に掲載される(七九条) 。
これとは別に、オポルトゥニダデスの外部評価は「国立公衆衛生研究所(
InstitutoNacionaldeSaludPublicaINSP