日本企業のWLB 施策と生産性―電機産業企業のパネ ルデータによる実証分析―
著者 齋藤 隆志
雑誌名 明治学院大学産業経済研究所研究所年報 = The
Bulletin of Institute for Research in Business and Economics Meiji Gakuin University
巻 35
ページ 23‑33
発行年 2018‑12‑25
その他のタイトル Work‑Life‑Balance Policies and Productivity in Japanese Companies―An Empirical Analysis
Using the Panel Data of Electronics Companies
―
URL http://hdl.handle.net/10723/00003519
23 日本企業のWLB施策と生産性
共同研究 4 日本企業の女性活用の諸政策の効果に関するパネルデータ分析
日本企業の
WLB施策と生産性
―電機産業企業のパネルデータによる実証分析―
齋藤 隆志
1 .はじめに
近い未来に労働力不足が見込まれている我が国において,女性の労働参加は極めて重要な課 題である。しかし,依然として30代〜40代の女性の労働力率は低くいわゆるM字型カーブは存 在1)し,また女性管理職比率もOECD諸国と比較すると低水準にとどまっている2)ため,女性 活用を妨げている要因を特定し,それを改善していくことが強く望まれている。その要因の中で 大きなウェイトを占めるのが,我が国企業における正社員の働き方の硬直性3)であることはし ばしば指摘されている。
これに対し政府は,2004年6月の厚生労働省による「仕事と生活の調和に関する検討会議報告 書」から,2007年12月の内閣府による「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」
「仕事と生活の調和推進のための行動指針」まで,短期間に6つの文書を公表した。奥山(2012)
は,これらの文書においてワーク・ライフ・バランス(WLB)を実現するための具体的施策と して取り上げられる頻度が高いものは,①労働時間(時短推進(時間+休日・年休等取得)),柔 軟化推進(制度,短時間勤務)等),②就業場所(転勤,テレワーク等),③差別禁止・公平処遇
(女性・年齢差別,均等処遇),④(出産・)育児・保育及び所得保障又は費用負担軽減,⑤(女 性・若年・高齢者に対する)能力開発・就業支援促進,⑥税・社会保障(の中立性)であると指 摘している。さらに,⑦賃金制度(時間から成果へ),⑧所得確保,⑨健康維持が続くとしている。
上で取り上げた具体的な施策は,政府や自治体等が実施しなければならないものもあるが,主 として企業が行うべきものが多く含まれている(山本・松浦(2011))。
これを受けて,WLB施策や男女労働者の処遇均等化施策を実施している企業も増えてきてい る(阿部他(2017))。また,直近のデータによれば,結婚した女性の継続就業率は8割を,第
1)『男女共同参画白書 平成30年版』
2)同上
3)三菱UFJリサーチ&コンサルティング「平成27年度仕事と家庭の両立支援に関する実態把握のための
調査研究事業報告書」によると,妊娠・出産を機に退職した理由を見ると,「自発的に辞めた」が29%,
「両立が難しかったので辞めた」が約25%を占め,また両立が難しかった具体的理由としては,「勤務 時間があいそうもなかった(あわなかった)」が約57%,「自分の体力がもたなそうだった(もたなかっ た)」が40%,「職場に両立を支援する雰囲気がなかった」が34%で上位を占めている。
一子を出産した女性の継続就業率は5割4)を超えてきている。また,阿部他(2017)は企業の WLB施策は総じて女性の出産・就業継続・女性活用にプラスに働くことを見出しているし,齋 藤(2017)でも企業のWLB施策が企業の女性活用にプラスに働くことを確認している。
山本・松浦(2011)も指摘するように,日本型雇用慣行のもと働く正社員にとっては,自由に 労働時間を決めるなどを通じて自らWLBを実現することは難しく,また転職を通じてWLBを 実現しやすい職場に移ることも難しいため,企業側のWLBへの取り組みが労働者のWLB実現 を大きく左右することになる。しかし,個別の企業にとって,WLB施策を実施することにはベネ フィットとコストの両方が存在し,後者が上回っている場合は,自発的な実施はもちろん,政府 が働きかけを行ったとしても実施を望むことは難しいだろう。実際,上記で企業でWLB施策等の 導入が進んでいることを指摘したが,現状では十分に普及しているとは言いがたい状況である。
企業にとっては,WLB施策の導入にあたっては,まずはそのコストの方を意識せざるを得な いだろう。コストは導入と同時に確実に発生するであろうが,ベネフィットは将来にわたって発 生するものであり,もしくはそもそも本当に発生するかどうかもよくわからない。したがって,
WLB施策が企業業績や生産性に与える影響を調査する研究は重要であり,のちの先行研究サー ベイで示すように蓄積されつつある。
本研究も,WLB施策が企業業績や生産性に与える影響を調査するものである。まず東洋経済 新報社『CSR企業総覧』や日経『Financial QUEST』等の外部データを活用し,パネルデータ を構築した。これを用いて,企業レベルの制度や施策(WLB施策,その他諸人事制度)が企業 の生産性などの財務的パフォーマンスに与える影響に関して実証分析を行った。先行研究と比較 したときの特徴は,以下のようにまとめられよう。まず,先行研究の多くは一部の例外を除けば クロスセクションデータを用いているが,本研究ではパネルデータを用いていることで,時間を 通じて不変の企業属性の影響を取り除くことができるというメリットを生かしている点である。
また,各WLB制度の有無ではなく,制度を因子分析で分類した上で説明変数として導入し,検 証を行っている点も特徴として挙げられる。因子分析を行っている研究自体は既に存在している が,本稿ではWLBに加えて,勤続インセンティブを与えるような人事制度も分析の対象として いる点がそれらと異なっている。なお,今回は他産業に比べて相対的に女性活用があまり進んで いない電機産業に焦点を絞って分析を行う。
本稿の残りの部分は以下の通りである。第2章では,WLB施策が企業の生産性や業績に与え る影響を調査している先行研究を概観する。第3章では,本稿で使用するデータと推計モデルに ついて説明する。第4章では推計結果を述べる。第5章で本稿の結論を述べる。
4)国立社会保障・人口問題研究所が平成27(2015)年に実施した「第15回出生動向基本調査(結婚と出 産に関する全国調査)」の 結果報告書によると,結婚前就業していた妻の就業継続率は,1980年代後半 の60.3%から2010年代の81.0%へと上昇し,第1子出産前就業していた妻の継続就業率は,それまでの 40%台から2010〜14年の53.1%へと上昇した。さらに,育児休業制度を利用して就業継続をした妻の割 合は,第1子〜第3子ともに大きく上昇している。
25 日本企業のWLB施策と生産性
2 .先行研究
ここでは本稿で分析対象としている,WLB施策が企業業績や生産性に与える影響について検 証している論文をレビューしていくことにする。
この種の初期の研究として挙げられることが多いShepard III et al. (1996)は,イギリスの製薬 会社30社のパネルデータを使用して,柔軟な勤務時間制度が従業員一人当たりの売上高で計測 した生産性を10%高めることを示した。Konrad and Mangel (2000)は,アメリカの企業対象に 1990年に実施したアンケートに回答した195社のデータを使用して,女性比率が高い企業,もし くは専門職比率が高い企業において,19種類からなるワーク・ライフ・バランス施策の導入数 が多いほど,従業員一人当たりの売上高が増大することを示した。一方Bloom and Van Reenen (2006)は,米英仏独4カ国の500社弱の製造業中小企業に対するアンケート調査のデータを用い て生産関数を推計し,説明変数として導入したWLB施策の導入スコアは有意に正の係数となる ものの,良好な人事管理施策の導入スコアをコントロールすると,WLB施策の導入スコアが非 有意となることを指摘した。
日本のデータを用いたものとしては,以下の研究がある。脇坂(2007)は,日本企業を対象 に2006年に実施されたアンケート調査のデータ(715社)を用いて,各企業のファミフレ度・(男 女の)均等度がどちらも高い企業群は,他の企業群と比較して一人当たり売上高,一人当たり経 常利益のどちらも高いことを示した。また阿部・黒澤(2009)は,日本企業を対象に2008年に実 施されたアンケート調査のデータ(457社)を用いて,「育児のための短時間勤務制度」が,「従 業員全体・管理職が制度に関する理解を深めるような情報提供」「仕事量・仕事の進め方の見直 し」「時間外労働に関する社内調査・実態把握」「従業員意識調査の実施」と組み合わせて実施さ れる場合には,従業員一人当たりの売上高を高める効果を持つことを示した。なお前者はクロス セクションデータだが,もしくは一度の調査において一部の質問で過去の状況も尋ねて複数時点 のデータとしたものを分析した研究であり,ほぼパネルデータ分析であるといえる。山本・松浦
(2011)は,1992年〜2008年のうち5時点の日本企業1677社のパネルデータを用い,WLB施策 がTFPで測定した生産性に与える影響を検証した。その結果,従業員数300人以上の中堅・大 企業,製造業,労働の固定費の大きい企業,均等政策をとっている企業において,WLB施策が TFPを中長期的に高める効果があることを示した。
これらをまとめると,概ね企業のWLB施策は企業業績や生産性との間に正の相関関係を持つ という結果が示されており,関係がないとする研究は少数で,負の相関関係があることを主張す るものはない5)。また,単にWLB施策を単独で導入するというよりは,他の補完的な施策と組
5)論文中の一部の推計式において,負の符号となる場合は存在したが,管見の限りその結果が強く主張さ れているケースはなかった。
み合わせた場合に,企業業績や生産性に正の影響を与えることを示唆する研究が見られる。ただ し,クロスセクションデータを用いた分析が多く,操作変数法などを用いていないものについて は,内生性の問題が除去できておらず,因果関係の特定まではできていない。パネルデータ分析 で固定効果モデルを用いるなどして,なるべく内生性を除去しようとする研究のさらなる蓄積が 求められている状況である。
以上で,WLB施策を説明変数,企業業績や生産性を被説明変数とした研究を紹介したが,実 際はもちろんWLB施策が直接的に企業業績や生産性に影響を与えているというよりは,他の変 数を媒介して影響を与えていると考えるべきである6)。よって,上で紹介した論文ないし本研究 においては,明示的に媒介変数を用いた分析を行うわけではないものの,そうした媒介変数を通 じてWLB施策が企業業績や生産性に与える影響を検証しようとする試みであると位置付けるこ とができる。
3 .データと分析方法
3 . 1 使用するデータ
本稿の分析に用いるデータは,東洋経済新報社が毎年発行している『CSR企業総覧』のうち,
2007年,2012年,2016年に発行されたものに収録されているデータで,かつ電機産業に属する企 業のものを用いることにする。これらはそれぞれ,2006年,2011年,2015年の6月〜10月に対 象企業にアンケート調査を行った結果であり,従業員数等については2006年,2011年,2015年 の3月末の決算期時点のもの,制度や施策については回答時点のものである。今回用いるデータ はすべて上場企業のものである。このデータに,日経『Financial QUEST』の財務データを結合 する。制度や施策の導入が企業の生産性に与える影響はラグを伴うものとして,2006年,2011年,
2015年時点の制度・施策データには,それぞれ決算年月日の年が2007年,2011年,2016年であ る財務データ(単独決算)を結合した。なお,従業員数が100人未満の企業については,純粋持 株会社の可能性が強いためデータから取り除いた。
表1は,今回用いる各変数の記述統計である。まず回答企業数についてみると,年々増加して いる。ただし電機産業の上場企業数が増加したというよりは,回答率が上昇したためにこのよう な傾向になったと考えられる。これは,過去と比較して最近のほうが「CSR」に関心を持つ企業 が増えたからであろう。よって,各年でサンプルの質が異なっていることに留意する必要がある。
実際,従業員数の平均値は2007年では約6100人であったが,2011年には約5100人,2015年には 約4300人と減少を続けている。リストラの影響もある可能性はあるが,過去においては相対的に 大企業のほうが,回答率が高かった効果が大きいと考えられる。売上高や資産総額についても同 様の傾向が観察できる。正社員女性比率は,この期間中はほぼ横ばいである。製造業で女性の活
6)Baughman et al. (2003)の議論や武石(2006)のサーベイを参照のこと。
27 日本企業のWLB施策と生産性
用が進まなかった可能性もあるが,こちらについても回答企業の性質が変わったことの影響を受 けている可能性のほうも否定はできない。
フレキシブルな働き方,キャリアアップ支援,労働時間短縮配慮,インセンティブ向上の4 変数は,いずれも『CSR企業総覧』のWLB施策や勤続インセンティブを与えるような人事制 度の有無について尋ねた質問への回答データから,因子分析を用いてこの4つのカテゴリーに 分類し,各カテゴリーに当てはまる制度や施策のうちいくつが実施されているかを測定したもの である。まず「フレキシブルな働き方」には,「保育設備・手当」「サテライトオフィス」「在宅 勤務制度」「FA制度」「裁量労働制度」「社内公募制度」の6制度が含まれる。次に「キャリア
表 1 記述統計
サンプルサイズ 平均値 標準誤差 最小値 最大値
2007年
フレキシブルな働き方 65 1.462 1.490 0 6
キャリアアップ支援 65 1.662 1.122 0 3
労働時間短縮配慮 65 2.569 0.728 0 3
インセンティブ向上 65 0.446 0.531 0 2
残業時間 61 21.351 9.383 3.1 47.8
有給取得率 59 60.967 12.028 18.8 82.4 正社員女性比率 60 15.430 6.300 5.480 32.971
売上高 65 592997.500 1080339.000 4694 4746868
資産総額 65 299112.100 529644.500 3552 2664413
従業員数 65 6147.569 10232.630 141 44932
2012年
フレキシブルな働き方 87 1.862 1.773 0 6
キャリアアップ支援 87 1.644 1.171 0 3
労働時間短縮配慮 87 2.552 0.678 0 3
インセンティブ向上 87 0.368 0.508 0 2
残業時間 65 16.331 6.693 0 36.4
有給取得率 70 57.376 13.618 17 79.9
正社員女性比率 72 14.944 5.597 6.289 32.070
売上高 87 367638.900 748469.600 1425 3872416
資産総額 87 199615.700 371165.700 1354 1828265
従業員数 87 5135.184 9240.096 166 51611
2016年
フレキシブルな働き方 93 1.828 1.730 0 6
キャリアアップ支援 93 1.634 1.111 0 3
労働時間短縮配慮 93 2.505 0.868 0 3
インセンティブ向上 93 0.312 0.510 0 2
残業時間 71 19.614 7.407 4.8 44
有給取得率 78 60.927 10.218 37.6 80.6 正社員女性比率 81 15.533 5.546 5.561 31.795
売上高 93 313124.200 638942.500 1907 3782279
資産総額 93 175513.200 315673.300 1924 1890882
従業員数 93 4337.022 9013.339 125 55937
アップ支援」には,「国内留学制度」「海外留学制度」「キャリアアップ支援制度」の3制度が含 まれる。「労働時間短縮配慮」には,「半日単位の有給休暇制度」「短時間勤務制度」「フレックス タイム」の3制度が含まれる。最後に「インセンティブ向上」には「ストックオプション制度」
「ワークシェアリング」の2制度が含まれる。なお,いずれも期間を通じて大きな変動は確認で きないが,フレキシブルな働き方が若干増大し,インセンティブ向上がわずかに減少している。
因子分析の詳細については,齋藤(2017)に説明がある。
残業時間と有給取得率はともに2012年に若干落ち込んでいる。残業時間については,厚生労 働省「毎月勤労統計調査」では,2009年にリーマンショックの影響による生産活動の低下を受け て所定外労働時間が大幅に落ち込み,その後回復していることから,2012年はその途上にあった こと示していると考えられる。有給取得率は,厚生労働省「就労条件総合調査」によれば,2000 年代半ばにかけて低下が続いたのちにいったん上昇に転じたが,東日本大震災後に落ち込み,そ の後は上下動を繰り返している。本研究で使用するデータの2012年における落ち込みも,東日本 大震災の影響を受けたものと考えられる。
3 . 2 分析方法
本稿では,企業のWLB施策が生産性に及ぼす影響を重回帰分析によって検証する。用いる データがパネルデータであり,被説明変数が後述するように連続変数であると考えられるため,
分析手法として固定効果モデルを採用する。パネルデータの分析手法としては,Pooled OLSや ランダム効果モデルも候補となるが,パネルデータの特性を生かして通時的に一定な企業間の観 測できない異質性を除去できるという利点を重視して,固定効果モデルを採用することにする。
被説明変数は,本研究では対数売上高を用いる。生産関数においては,被説明変数は付加価値 額を用いることが多く見られるが,データの使用が容易な点とBloom et al. (2006)で用いられて いる点を重視して,今回は単純な売上高の対数値を用いることにする。
主たる説明変数としては,まずは対数資産総額と対数労働者数を用いる。これらはそれぞれ資 本投入量と労働投入量であり,生産関数の主要部分を構成する。
本研究で関心のある説明変数としては,まずはWLB施策,そして勤続インセンティブを与え るような人事制度を因子分析によって4つに分類し,各分類に当てはまる制度や施策のうちいく つが実施されているかというものを用いる。例えば第1因子に6つの制度があるとし,ある企業 においてこのうち3つが実施されているとすれば,第1因子の説明変数は3という数値になる。
他の重要な説明変数としては,残業時間と有給取得率を用いる。いずれも長時間労働傾向(すな わち残業時間は長いほど,有給取得率は低いほど長時間労働傾向があること)を示すものだが,
企業におけるWLBの実現度を測定する代理変数として用いる。これらの主たる説明変数は,生 産関数上では全要素生産性の構成要素の一部として解釈できる。
さらに,正社員に占める女性の比率がこれらの効果に影響を与えるかどうかを調べるため,ま ず正社員女性比率をコントロール変数として含めた上で,正社員女性比率と上記の4種類に分類
29 日本企業のWLB施策と生産性
された制度施策数それぞれとの交差項,正社員女性比率と残業時間との交差項,正社員女性比率 と有給取得率との交差項を説明変数として導入する。
その他コントロール変数として,サンプルに含まれる企業全体に対するマクロ的な経済ショッ クや,政府の施策,さらには女性活用に関するトレンドをとらえるための年次ダミー(2007年を 基準とした,2012年ダミーと2016年ダミー)を用いることにする。
以上をまとめると,推定式は以下の通りになる。
のうちいくつが実施されているかというものを用いる。例えば第1因子に 6つの制度があ るとし、ある企業においてこのうち3 つが実施されているとすれば、第1因子の説明変数 は 3 という数値になる。他の重要な説明変数としては、残業時間と有給取得率を用いる。
いずれも長時間労働傾向(すなわち残業時間は長いほど、有給取得率は低いほど長時間労 働傾向があることを)を示すものだが、企業におけるWLBの実現度を測定する代理変数と して用いる。これらの主たる説明変数は、生産関数上では全要素生産性の構成要素の一部 として解釈できる。
さらに、正社員に占める女性の比率がこれらの効果に影響を与えるかどうかを調べるた め、まず正社員女性比率をコントロール変数として含めた上で、正社員女性比率と上記の4 種類に分類された制度施策数それぞれとの交差項、正社員女性比率と残業時間との交差項、
正社員女性比率と有給取得率との交差項を説明変数として導入する。
その他コントロール変数として、サンプルに含まれる企業全体に対するマクロ的な経済 ショックや、政府の施策、さらには女性活用に関するトレンドをとらえるための年次ダミ ー(2007年を基準とした、2012年ダミーと2016年ダミー)を用いることにする。
以上をまとめると、推定式は以下の通りになる。
ܻ௧ ൌ ߚ ߚଵܭ௧ ߚଶܮ௧ ߚଷܨ݈݁݉ܽ݁௧ ߛܹܮܤ௧ ସ
ୀଵ
ߜܨ݈݁݉ܽ݁௧ܹܮܤ௧ ସ
ୀଵ
ߥ ߤ௧ ߝ௧
ただし、Y は売上高、K は資産総額、L は従業員数、Female は正社員女性比率、WLB はWLB施策の実施数であり、iは企業、tは年次、jはWLB施策の分類を示す添え字であ る。本研究では、生産関数としては単純な形状を持つコブ・ダグラス型を用いる。また、
上記の式はフルスペックの式で最終的な推計式であるが、まずは生産関数が適切に推計で きているかを確認するため、資産総額と従業員数の対数値および年次ダミーのみの式を推 計する。その後、多重共線性の問題が発生しうることを考慮し、まずはこの式にWLB変数 のみを加えたもの、さらに残業時間と有給取得率を加えたものを推計する。最後に、WLB 変数と正社員女性比率、ならびにそれらの交差項を加えたものと、それに加えて残業時間 と有給取得率、ならびにそれらと正社員女性比率の交差項を加えたフルスペックの式を推 計する。
4.推計結果
全ての推計結果は、表2にまとめたとおりである。まずモデル(1)は、WLB施策変数 等を入れずに、通常の生産関数を年次ダミーのみコントロールして推計した結果である。
対数資産総額の係数は0.215、対数従業員数の係数0.802であるので、合計するとほぼ1と のうちいくつが実施されているかというものを用いる。例えば第1因子に 6つの制度があ るとし、ある企業においてこのうち3 つが実施されているとすれば、第1因子の説明変数 は 3 という数値になる。他の重要な説明変数としては、残業時間と有給取得率を用いる。
いずれも長時間労働傾向(すなわち残業時間は長いほど、有給取得率は低いほど長時間労 働傾向があることを)を示すものだが、企業におけるWLBの実現度を測定する代理変数と して用いる。これらの主たる説明変数は、生産関数上では全要素生産性の構成要素の一部 として解釈できる。
さらに、正社員に占める女性の比率がこれらの効果に影響を与えるかどうかを調べるた め、まず正社員女性比率をコントロール変数として含めた上で、正社員女性比率と上記の4 種類に分類された制度施策数それぞれとの交差項、正社員女性比率と残業時間との交差項、
正社員女性比率と有給取得率との交差項を説明変数として導入する。
その他コントロール変数として、サンプルに含まれる企業全体に対するマクロ的な経済 ショックや、政府の施策、さらには女性活用に関するトレンドをとらえるための年次ダミ ー(2007年を基準とした、2012年ダミーと2016年ダミー)を用いることにする。
以上をまとめると、推定式は以下の通りになる。
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ただし、Y は売上高、K は資産総額、L は従業員数、Female は正社員女性比率、WLB はWLB施策の実施数であり、iは企業、tは年次、jはWLB施策の分類を示す添え字であ る。本研究では、生産関数としては単純な形状を持つコブ・ダグラス型を用いる。また、
上記の式はフルスペックの式で最終的な推計式であるが、まずは生産関数が適切に推計で きているかを確認するため、資産総額と従業員数の対数値および年次ダミーのみの式を推 計する。その後、多重共線性の問題が発生しうることを考慮し、まずはこの式にWLB変数 のみを加えたもの、さらに残業時間と有給取得率を加えたものを推計する。最後に、WLB 変数と正社員女性比率、ならびにそれらの交差項を加えたものと、それに加えて残業時間 と有給取得率、ならびにそれらと正社員女性比率の交差項を加えたフルスペックの式を推 計する。
4.推計結果
全ての推計結果は、表2にまとめたとおりである。まずモデル(1)は、WLB施策変数 等を入れずに、通常の生産関数を年次ダミーのみコントロールして推計した結果である。
対数資産総額の係数は0.215、対数従業員数の係数0.802であるので、合計するとほぼ1と ただし,Yは売上高,Kは資産総額,Lは従業員数,Femaleは正社員女性比率,WLBは WLB施策の実施数であり,iは企業,tは年次,jはWLB施策の分類を示す添え字である。本 研究では,生産関数としては単純な形状を持つコブ・ダグラス型を用いる。また,上記の式はフ ルスペックの式で最終的な推計式であるが,まずは生産関数が適切に推計できているかを確認す るため,資産総額と従業員数の対数値および年次ダミーのみの式を推計する。その後,多重共線 性の問題が発生しうることを考慮し,まずはこの式にWLB変数のみを加えたもの,さらに残業 時間と有給取得率を加えたものを推計する。最後に,WLB変数と正社員女性比率,ならびにそ れらの交差項を加えたものと,それに加えて残業時間と有給取得率,ならびにそれらと正社員女 性比率の交差項を加えたフルスペックの式を推計する。
4 .推計結果
すべての推計結果は,表2にまとめた通りである。まずモデル(1)は,WLB施策変数等を 入れずに,通常の生産関数を年次ダミーのみコントロールして推計した結果である。対数資産総 額の係数は0.215,対数従業員数の係数0.802であるので,合計するとほぼ1となり,収穫一定で あるとみなすことができる。既存研究とあまり変わらない結果7)であるといえる。また,この 結果は説明変数を加えていってもそれほど大きく変動しないため,ほぼ頑健な結果であるといえ る。年次ダミーについては,2007年を基準とすると,2012年度ダミーと2016年ダミーはともに 有意に負の係数となっている。2012年度はリーマンショックや東日本大震災による影響を受けて 業績が悪化していることがうかがえる。2016年度については,符号は負であるが係数の絶対値は 小さくなっているため,業績が回復しつつあることがうかがえる。
7)例えば,同様に電機産業を対象として様々な手法で生産関数を推定した中村(2014)では,Within推 定の結果として労働投入の係数が0.627,資本投入の係数が0.183と報告されている。本稿では労働投入 の係数がこれよりやや大きいが,資本投入の係数はあまり変わらない。
モデル(2)はWLB施策数を,モデル(3)はさらに残業時間・有給取得率を追加したもので ある。両モデルにおいて,WLB施策のうちキャリアアップ支援の係数が有意に負となり,労働 時間短縮配慮の係数は有意に正となった。フレキシブルな働き方,インセンティブ工場,残業時 間,有給取得率はいずれも非有意であった。ここで改めてキャリアアップ支援制度を構成する各 制度を確認すると,「国内留学制度」「海外留学制度」「キャリアアップ支援制度」の3つであり,
これらは少なくとも短期的には企業にとってコストが大きく,どちらかといえばこうした制度を 通じて従業員が一般的な人的資本を蓄積し,そのベネフィットを長期的に回収するという性質を 持っていることが考えられるため,今回のように説明変数と被説明変数のタイムラグの小さい推 計式では,負の符号を得たとしても不自然ではない。一方,労働時間短縮配慮については,「半 日単位の有給休暇制度」「短時間勤務制度」「フレックスタイム」の3つから構成されているた め,直接金銭的な費用がかかるというよりは,こうした制度を利用する従業員をとりまく職場の 同僚や上司・部下への負担が重要になってくる。今回の推計式では正の係数を得ているため,こ うした負担よりも優秀な人材の確保等を通じたベネフィットのほうが大きいと判断できる。一 方,非有意だった説明変数のうち残業時間や有給取得率に示されるような長時間労働傾向は,齋 藤(2017)において,女性活用度を示す被説明変数のうち比較的多数のものに対して有意な影響 をもたらしていた(すなわち,残業時間が短いほど,有給取得率が高いほど,女性活用度が高ま る)が,今回のモデルでは非有意であった。残業時間や有給取得率が女性活用度を高めても,そ れを通じてさらに生産性に影響を与えるという経路は,ここでは確認できなかったことになる。
モデル(4)はモデル(2)に正社員女性比率と,WLBと正社員女性比率との交差項を加えた もの,モデル(5)はさらに残業時間・有給取得率と正社員女性比率との交差項を加えたもので ある。まず,どちらのモデルも女性比率そのものは非有意であり,女性活用が直接的に生産性に 影響を与えるわけではないことが示された。また,WLB施策変数のうち,フレキシブルな働き 方の係数が新たに負で有意となったほか,キャリアアップ支援の係数は非有意に,そして労働時 間短縮配慮の係数はモデル(4)では正で有意な結果が維持されたものの,モデル(5)では非 有意となった。さらに正社員女性比率との交差項の結果をみると,モデル(4)ではフレキシブ ルな働き方とインセンティブ向上の係数が正で有意,労働時間短縮配慮の係数が負で有意となっ た。モデル(5)では,インセンティブ向上の係数が正で有意,有給取得率の係数が負で有意と なった。以上の結果を考察すると,フレキシブルな働き方は正社員女性比率が低い場合は企業の 生産性を下げてしまうが,それが約21%(モデル(4)に基づく)に達すると生産性に正の効果 を与えるようになるため,正社員女性比率の高い企業においては有効な施策であるといえる。一 方労働時間短縮については,正社員女性比率が非常に高くなるまでは(約43%,モデル(4)に 基づく)生産性に正の効果を与えるものの,それを超えるとむしろ負の効果を与えるようになる ことがわかる。また,インセンティブ向上については,単独では生産性への影響は観測されない が,正社員女性比率の高まりとともに生産性に対する正の効果を持つようになることが示されて いる。最後にモデル(5)では,有給取得率が正社員女性比率の高くなるにつれてむしろ生産性
31 日本企業のWLB施策と生産性
に負の影響を与えるようになることが示されている。
ここまでの推計結果からいえることは,WLB施策は正社員女性比率の高低によって,その生 産性に与える影響が異なるということである。これは,先に紹介したKonrad and Mangel (2000)
表 2 生産関数の推計結果
(1) (2) (3) (4) (5)
ln資産総額 0.215*** 0.230*** 0.266*** 0.187** 0.167**
(2.658) (2.667) (2.669) (2.379) (2.123)
ln従業員数 0.802*** 0.813*** 0.792*** 0.875*** 0.827***
(13.11) (13.75) (21.78) (15.26) (21.95)
フレキシブルな働き方 0.0193 0.0207 0.195** 0.142**
( 0.726) ( 0.737) ( 2.203) ( 2.146)
キャリアアップ支援 0.0683** 0.0669* 0.0591 0.0689
( 2.591) ( 1.665) (0.547) (0.761)
労働時間短縮配慮 0.109*** 0.123** 0.288*** 0.142
(2.671) (2.149) (3.376) (1.487)
インセンティブ向上 0.0220 0.0345 0.222 0.289
(0.371) (0.575) ( 1.096) ( 1.328)
残業時間 0.00351 0.00518
(0.698) (0.602)
有給取得率 0.000546 0.00744
( 0.214) (1.407)
正社員女性比率 0.00362 0.0119
( 0.297) (0.708)
正社員女性比率との交差項
×フレキシブルな働き方 0.00942* 0.00620
(1.945) (1.417)
×キャリアアップ支援 0.00761 0.00858
( 1.133) ( 1.616)
×労働時間短縮配慮 0.00665** 0.000991
( 2.090) (0.265)
×インセンティブ向上 0.0165* 0.0186*
(1.764) (1.892)
×残業時間 0.000152
(0.276)
×有給取得率 0.000535*
( 1.977)
2012年度ダミー 0.213*** 0.201*** 0.219*** 0.195*** 0.157***
( 6.288) ( 4.798) ( 4.798) ( 4.478) ( 3.258)
2016年度ダミー 0.0933** 0.0767** 0.0335 0.0457 0.0450
( 2.508) ( 1.990) ( 0.647) ( 1.103) (0.757)
定数項 3.274*** 2.874*** 2.564** 2.791*** 3.131***
(3.220) (2.743) (2.138) (2.912) (3.281)
観測数 245 245 186 213 178
決定係数 0.785 0.798 0.861 0.858 0.889
企業数 111 111 92 103 91
注)カッコ内はクラスターロバスト標準誤差に基づいて計算されたt値。***p<0.01,**p<0.05,*p<0.1。
の研究で得られた結果,すなわち女性比率が高いほどWLB施策導入数の生産性への正の影響が 強まる,というものをさらに細分化したものと解釈できる。フレキシブルな働き方やインセン ティブ向上は,どちらかといえばWLB施策の中でも労働時間や強度をあまり減らさず,むしろ 存分に能力を高めたり発揮したりするためのものだといえる。反対に,労働時間短縮や有給取得 率については,定義の通り労働時間を減少させることを意味するため,働き方をややセーブする ためのものであろう。こうした性格の違いが,結果の差異をもたらしていると考えられる。
5 .結論
本稿では,電機産業のデータを用いて,企業レベルの制度や施策,特にWLB施策が企業の 生産性に与えた影響に関して実証分析を行った。記述統計を確認したところ,2006年,2011年,
2015年の3時点を通じて,WLB施策の導入状況には大きな変動がないことがわかった。ただし,
用いたデータセットのサンプルが3時点においてやや異なっているため,電機産業全体でWLB 施策の導入が停滞していると解釈することはできない。
推計はコブ・ダグラス型生産関数を,パネルデータの特徴を生かした固定効果モデルを用いて 行った。通常の生産関数に,WLB施策数を説明変数として加え,これら施策が全要素生産性に 影響を与えるものと仮定した。また,正社員女性比率やそれとWLB施策数等との交差項を加え たモデルを推計し,女性活用度の違いがWLBの生産性への効果に違いをもたらしているかを検 証した。得られた結果をまとめると,WLB施策の中でも労働時間や強度をあまり減らさず,む しろ存分に能力を高めたり発揮したりするためのものは,女性活用度が高い企業において,生産 性に対して正の効果をもたらすことがわかった。反対に,労働時間短縮や有給取得率のような,
労働時間を減少させるような,働き方をややセーブするためのWLB施策については,女性活用 度が非常に高くなった場合にむしろ生産性に対して負の効果をもたらすことがわかった。WLB 施策には様々なものがあるが,性格の違いによって,企業の生産性に与える影響が異なることが 示唆された。
最後に残された課題について述べる。まずはデータセットについて,今回は電機産業の3時 点データという限られたものを使用したのみであるため,結果を一般化することはできない。し たがって,産業数や時点数を拡大したデータを構築した上で分析し,同様の結果が得られるかを 検証する必要がある。また,固定効果モデルを用いたとはいえ,この推計手法ではWLB施策の 導入から生産性への因果関係を完全にとらえたとはいえない。内生性を考慮した推計手法を用い て,因果関係を特定することを目指したい。さらに,WLB施策は今後女性のみならず,男性に とっても非常に重要になってくることが予想される。本研究では日本の現状に照らして,WLB 施策の利用がまだ女性に偏っていることから,女性活用の観点から分析を行ったが,今後は男性 の育児休暇等を分析の対象に含めたり,男女の介護休暇等の影響を考察したりするような研究プ ロジェクトを考えたい。
33 日本企業のWLB施策と生産性
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