分野の可能性
著者 大澤 篤
雑誌名 明治学院大学経済研究 = The papers and
proceedings of economics
巻 154
ページ 67‑84
発行年 2017‑07‑31
その他のタイトル Possibility of the historical science in the first year experience of business
administration
URL http://hdl.handle.net/10723/3160
はじめに
本稿の目的は,ビジネス系学部・学科における 初年次教育の実践事例を検証することである1。 特にビジネス系学部・学科において,応用科目に 位置づけられる歴史分野が,初年次教育に対して 一定の貢献を果たしうることを示したい。ただし 少子化と大学進学率の上昇が進む近年の大学にお いて,大学入学試験偏差値 40~55 程度の学生に 対する教育を主に想定している。これは筆者の教 育歴をふまえたためである2。
こうした課題を設定した理由には,高等教育の ユニバーサル化3に対応して大学教育のあり方が 改めて問われるようになり,少子化を背景に大手 予備校が「初年次教育」の充実度に着目するに至っ たという同時代的背景がある4。中央教育審議会 は,2012 年 8 月 28 日付「新たな未来を築くため の大学教育の質的転換に向けて」5, 2014 年 12 月 22 日付「新しい時代にふさわしい高大接続の実 現に向けた高等学校教育,大学教育,大学入学者 選抜の一体的改革について」6といった答申を発表 し,各大学に教育内容の充実を強く要請している。
さらに本稿との関連いえれば,全国ビジネス系大 学教育会議編著『ビジネス系大学教育における初 年次教育』(2012 年)7,同『ビジネス系大学教育 における質保証』(2012 年)8といった書籍が矢継 ぎ早に刊行されるなど,ビジネス系学部・学科の 教育現場でも専門教育に即した教育内容の充実策 が模索されている。そのため本稿では,ビジネス 系学部・学科における初年次教育に焦点をあてて,
筆者の経験から上記の課題に関する考察を行った。
初年次教育の実践事例を検証するにあたって,
「高大接続」と「質保証」との 2 つの論点に留意 したことを予め指摘しておく。まず「高大接続」
について9。ビジネス系学部・学科の専門領域は,
例えば高校科目の政治経済で部分的には触れられ てはいるものの,大学入試科目としては周辺的な 位置づけにあることから,事実上多くの学生がは じめて真剣に向き合う内容となる。これに対して 経営学領域には,主要受験科目である日本史・世 界史と関連性の強い歴史学を隣接領域としても ち,政治経済や商業高校の教育科目とも親和的な 経営史がある。これは,高校教育とビジネス系学 部・学科の専門教育とが,教育をうける学生の立 場からみて質的にある程度連続したプロセスとな
ビジネス系学部・学科の初年次教育における 歴史分野の可能性
大 澤 篤
る可能性を示唆するものであり,大学の限りある 経営資源の効率活用・有効活用の点に改善の余地 が残されているものとみることができる。
次に「質保証」について。経済産業省が「社会 人基礎力」を提唱していることに象徴されるよう に,社会に求められる具体的な人材育成の一端を 大学教育に期待する動きが顕在化してきた10。例 えば高橋・難波編著『大学教育とキャリア教育』
は,個別領域に関する学びを学生のキャリア形成 に結びつけることを強調する11。同書の主張に倣 い,学生の人生設計それ自体と専門教育が僅かな がらも具体的にコミットすることを意識するので あれば,大学入学後の専門領域学習へのスムーズ な移行も必要となる。というのも進学目的意識に 乏しい学生が散見されるという事実があり,また 多くの学生にとって社会人になるまでの時間は限 られているからである。初年次教育への関心が以 前にも増して高まり,単なるスタディ・スキルの 教授にとどまらない専門領域を意識したスタイル の模索が各大学で行われていることは,その現れ とみることもできる12。
この点,藤永弘氏は「大学における経営学,会 計学,商学,経営工学,経営情報学の学術研究の 進化・深化とともに,学問分野の相互関係が希薄 になり…(中略)…カリキュラム上は融合・統合 されて体系化されたカリキュラム体系であるが,
商学・経営学関連教育が分化された教育が行われ るようになった…(中略)…大学教員においても,
自分の専門の枠内のみでなく経営学,会計学,商 学,マーケティング,経営工学,経営情報学の統 合・融合された広義の経営学教育の中で各々の専 門教育を行う力量が求められることとなった」と 指摘する13。しかし学術研究の進化・深化に伴い,
各分野の相互関係が希薄化したのであれば,個別 教員の立場からみた「広義の経営学教育」には,
そこに様々な「煩わしさ」が生じることも想像に 難くない。そうであるならば「広義の経営学」的 知識が必要とされる分野に,「質保証」に対する 貢献を期待することが合理的ではなかろうか。
以上の「高大接続」と「質保証」をめぐる私見 を前提として,以下では一見断絶的にみえる高校 教育とビジネス系学部・学科における専門教育と の有機的な連結をめぐって,歴史分野のもつ可能 性に接近してみたい。そしてこの検討を進めるに あたり,具体的に意識したのは次の 3 点である。
第 1 に,初年次教育における歴史分野の役割に 着目し,特に経営史の可能性を強調した。歴史分 野には,ビジネス系学部・学科の 1 年次生のなか に苦手意識も少なく,既に獲得しているだろう知 識を前提に教育しやすいというメリットがある。
そして一方で経営史には,経営学,商学,会計学 等に関する幅広い基本的知識が前提として求めら れる。そのため学生の多様化という実情のなかに あって,高校教育とビジネス系学部・学科の専門 教育とを橋渡しする役割を期待できる。
第 2 に,初年次教育におけるワークショップ14 型グループワークの採用と,その際の経営関連書 籍の教材活用に着目した。その理由は,学生の「基 礎学力の低下」と「学習意欲の低下」が問題視さ れる一方で,目的意識が希薄な学生の「学習意欲 を高める工夫が難しい」ことが教員に係わる問題 として指摘されたことによる15。
この点,ワークショップを通じた「学びほぐし」
が重要であるという16。「学びほぐし」とは「身 につけてしまっている「型」としてのまなび方を 改めて問い直し,「解体」して「組み替える」こ とである。そこではゴールとの関係からではなく,
不確定の未来に向かう変化のプロセスとして学び が把握され,実践の中で生じる「混乱」「戸惑い」
「対立」などの「揺らぎ」に肯定的な可能性が見
出される。その有効な手法=「学びと創造の技法」
としてワークショップがあり,参加者(集団)の 能動的な経験から学習が生起することに学びに対 するモチベーション向上を期待するのである17。 特に 5 人程度のグループワークを意識的に導入 することで18,初年次教育の目的に大きな比重を 占める人間関係の構築=友人獲得に加え19,メン バー同士の相互作用のメリットを享受できる20。 それは例えば,他のメンバーの言動から自分自身 の問題を違った見方で捉えたりすることを学ぶ
「観察効果」,他のメンバーと問題を共有すること で,広い視野から自分の問題や悩みを考えるよう になる「普遍化」,自分自身の行為を通じて現実 的な生活場面での対人行為の仕方を学ぶ「現実吟 味」などである。もちろんグループの中で「拒否」,
「攻撃」,「孤立」などのマイナスの結果をもたらす こともある。しかし同時に,組織で行動する(働く)
ことの難しさを実体験させ,経営学を学ぶ意義に ついて,「組織論」とも関連させつつ考えさせる機 会を提供することにもつながる。要するにビジネ ス系学部・学科では,グループワークの活用意義 が他領域以上に大きいと考えられるのである。
第 3 に経営関連書籍を教材として活用すること で,目的意識の欠如した学生も含む彼・彼女らの
“想像力”の欠如を補いつつ,学びに対する関心 も喚起しやすくなると考えている。抽象的な思考 が苦手な学生でも,企業活動の具体的な様子を幅 広く知ることができるからである。そのため本稿 では,「学習意欲を高める工夫」の 1 つとして,
経営関連書籍の教材活用を強調した。
以上をふまえて次の構成をとった。第 1 章では 高校教育とビジネス系学部・学科の専門教育との 連動性をめぐって,初年次教育における歴史分野 の可能性について論じた。続いて第 2 章では,筆 者自身の 3 年間の初年次教育経験を検証した。そ
して第 3 章では,グループワークの導入に伴う授 業外学習の積極的活用について補足した。なお講 義内容に対する学生の反応等が例にあげられるこ ともあるが,プライバシー等に対する配慮から,
意識的に引用注記を行っていない箇所があること を予め断っておきたい。
第 1 章 初年次教育における経営史の可能性
第 1 章では,ビジネス系学部・学科の初年次教 育に対する貢献可能性が,経営史にあることを示 したい。そのためには高校科目とビジネス系学部・
学科の中核的科目群との接続性に言及する必要が あるが,その前に日本における経営史学の特殊性 について留意しておきたい。日本における経営史 学は,ドイツ歴史学派の流れを汲む経済史の影響 を強くうける形で成立した21。その結果,研究対 象に企業を含む経済史家が,経営史分野でも業績 をつくるケースが多い。この特殊性が,かえって 高校教育とビジネス系学部・学科の専門教育との スムーズな接続を可能にする条件になると考えら れる。
一般に大学では講義内容等に関しては担当教員 に一任されるが,履修者の学力や「質保証」の点 を考慮すると,市販のテキストに即して講義が実 施されるケースも多いと思われる。そこで経営史 のスタンダードテキストの 1 つである宮本又郎編
『日本経営史』をとりあげたい22。同書の特徴は,
専攻分野が主に経済史である研究者によって書か れたテキストであるという点にある。そのためビ ジネス系学部・学科における各種専門領域との連 携を視野に入れうることを具体的に示す素材とし て適しているとみられる。
「まえがき」に記された同書の特色の要点は,
次の通りである23。第 1 に,「現代からの逆照射
という視点を重視した叙述」とし,「今日の日本 の企業経営において重要となっている問題を強く 意識しつつ,その歴史形成過程を探るという視点 を重視」している。「現代的問題の解明にあたっ て,歴史的視点からの考察がすこぶる重要である」
と考えられたためである。経営史は,現在から切 り離して過去の諸事実を扱う領域とは限らず,現 代社会を理解するために歴史に着目する側面があ ることがわかる。
第 2 に,時代別構成と問題別構成とを組み合わ せた点である。江戸時代以降を 5 つに時期区分 し,時代毎に「組織・戦略,意思決定,財務,労 務などの経営諸側面」に着目するが,各章の第 1 節では社会経済史的背景と企業の経営環境が略述 され,第 2 節以降で「経営組織や経営者の問題,
経営管理(財務・労務・生産管理など)の問題,
経済団体などの同業者組織」に「必ず触れる」形 をとっている。ここに歴史や政治経済などの高校 諸科目と,ビジネス系学部・学科の専門科目を具 体的に仲立ちしうる可能性が示される。
さらに同書の構成から,高校教育とビジネス系 学部・学科における専門教育との接続に関して具 体的に言及しよう。まず高校教育との関連性は,
同書の各章第 1 節のタイトルをみると理解しやす い。第 1 章第 1 節 江戸時代の経済発展,第 2 章 第 1 節 明治前・中期の日本経済,第 3 章第 1 節 日露戦後から昭和初年に至る日本経済,第 4 章第 1 節 戦前から戦後へ,第 5 章第 1 節 高度経済成 長とその後の日本経済の変転となっている。その 内容は文部科学省検定済日本史教科書における,
近世以降の記述について経済史的側面を中心に再 整理したものに近い24。各章第 1 節の叙述の前提 には,経済学的な基礎知識や経済史分野の研究史 理解が横たわるが,それも含めて記述内容を学 生・読者に解説することが同書をテキスト指定し
た教員には求められる。
次にビジネス系学部・学科の専門領域との関係 性については,第 2 節以降の構成に着目したい。
表 1 は,目次から各項目を抜き出したものである。
一見して明らかなことは,経営史は経営学,商学,
会計学に関する横断的な基礎知識が必要となるこ とである。それは例えば,表 2 に示した初学者向 けテキストの内容と見比べても明らかであろう。
このようにみると経営史に,高校教育とビジネ ス系学部・学科の専門教育を橋渡しする可能性が あることを見出すことができる。しかも筆者の経 験に照らせば,マーケティングを筆頭に,特定分 野が高校生・受験生を惹きつける一方で,「就職 が有利そうだから」,「親や先生に薦められて」,「偏 差値を見て」などと,入学当初の段階では別段目 的意識もなく入学してくる学生が散見される。朝 比奈なを氏によると「偏差値中位以下の大学の学 生」は,①大学受験に失敗して仕方なく入学した
「不本意入学生」,②「教育困難高」の優等生で 学力にコンプレックスを抱えており,大学で学ぶ スキルや基礎知識が乏しい場合が多いものの学習 意欲はある「学び直し新入生」,③学生の中に相 当数存在し,保護者など周囲の意思で進学したに すぎない「学習意欲欠如学生」,④特別なケアを 必要とする「学習困難入学生」に分類されるとい う25。経営史には,具体的な企業活動の事例を示 すことなどを通じて26,③のタイプの学生も含む,
専門領域の初学者にあたる学生の自由意思を尊重 しつつ,その知的好奇心を喚起・刺激しうる条件 が備わっていると考えることができる。
第 2 章 初年次教育の実践例 第 1 節 3 年間の講義概要
第 2 章では,前章の検討をふまえて,筆者の 3
表 1 『日本経営史』目次(一部抜粋)
章 節 項 タイトル 内容補足
第 2 章 近代経営の形成 第 2 節 近代的経営組織の形成
1 明治前期における企業家 2 会社制度の発展
4 専門経営者の出現 専門経営者の特徴。重役組織の形成と企業統治。
第 3 節 近代的経営管理の形成
3 会計制度の形成 様式複式簿記・減価償却制度の採用と展開。
第 3 章 近代経営の展開 第 2 節 大企業時代の到来
1 企業の合併・集中運動とカルテル活動
2 4 大財閥の覇権確立 持株会社と経営多角化。
第 3 節 新興産業の勃興と産業開拓運動
2 「都市型」産業の誕生 都市化の進展と電鉄経営(ビジネスモデル)。
マーケティング活動(食品メーカー)。
第 4 節 企業活動の国際化
1 日本企業の国外進出 商社活動のグローバル化。在華紡の発展(海 外展開)。
第 5 節 経営管理の進展
2 日本型人事労務管理の生成と経営家族主義 3 経営合理化と「科学的管理法」の導入 第 4 章 戦前から戦後へ
第 5 節 経営管理の展開
2 戦時下の経営管理 生産管理の進展と下請管理。原価計算の普及。
3 戦後改革期の経営管理 統計的品質管理の導入。企業会計制度の変化。
4 アメリカ的経営管理の導入と定着 管理会計の移植。
第 5 章 経済成長と日本型企業経営 第 2 節 成長を実現したメカニズム
1 中間組織の成長促進機能 系列・長期相対取引・企業集団の特徴。
3 日本的経営と協調的労使関係
4 経営者企業の成長志向型意思決定 所有と経営の分離と企業成長。
第 3 節 資本家企業や中小企業の役割と第3次産業の 動向
2 中小企業と産業集積
3 企業金融の変化と銀行 エクイティ・ファイナンスの活発化と銀行再編。
4 流通業の革新 食品スーパーの台頭とコンビニエンス・スト
アの登場。
第 4 節 技術革新と技術開発
1 技術革新と技術貿易 技術移転の具体的内実。
2 多品種少量生産体制の構築 「トヨタ生産方式」の登場とセル生産方式の 導入。
第 5 節 日本的経営の光と影 2 日本的経営の移出
3 転換点に立つ日本型企業システム 歴史的視点からの現状への展望。
出典:宮本又郎ほか著『日本経営史 新版』より作成。
備考:内容注記は,他領域との関係の点で,さらに抽出すべき各項中の小見出しのみ記した。
年間におよぶ実践経験を検証したい。表 3 は,各 年度に作成した授業計画である。いずれも 1 年次 生を対象に 4~7 月に開講された,1 クラス 15~
25 人程度の少人数講義に対するものである。同 表をみると明らかなように,3 年の間に講義スタ イルの大幅な変更があった。1 年目は講義形式を 軸に,学生が大学生活を送るうえで必要となる「ス タディ・スキル」を教授する目的で実施されたが,
2 年目以降は演習形式となり,グループワークを 中心に講義が組み立てられたのである。それは以 下の筆者が作成したシラバスの「学習目標」の違 いにも確認できる。
〈1 年目〉
大学生は幾度となくレジュメの作成やレ ポートの提出を求められます。また就職活動
ではプレゼンテーションを求める企業もあり ます。したがって本講義では,まずは大学で
「学ぶ」ためのスキルを身につけるため,パ ソコンを活用しながらのレジュメ・レポート の作成,プレゼンテーションを一通り経験し てもらいます。
〈2 年目・3 年目〉
自ら問題を見つけ,これを解決していくス キルを養うことを目指します。具体的には,
経営学に対する関心を高めること,文献の探 し方・読み方,情報の収集・分析方法,文章 作法,プレゼンテーションやディスカッショ ンの方法といった基本作法を身につけること が目標です。
表 2 『経験から学ぶ経営学入門』目次
タイトル 副 題
第 1 章 会社の経営とはどんなことか 企業経営入門 第 2 章 会社はどのようにして社会に役立っているのか 企業経営入門 第 3 章 会社は誰が動かしているのか ガバナンス 第 4 章 会社はどのような方針で動いているのか 経営理念と戦略 第 5 章 会社はどんな仕組みで動いているのか 組織形態 第 6 章 会社は他の会社とどのように協力しているのか 組織間関係 第 7 章 会社はどのようにしてモノを造るのか 生産管理
第 8 章 社員は仕事をどのように分担しているのか 組織構造と職務設計
第 9 章 社員はなぜ働くのか モチベーションとリーダーシップ 第 10 章 社員はなぜ組織にとどまろうとするのか 雇用システム
第 11 章 社員はどのような報酬を求めるのか 報酬制度 第 12 章 社員はどのようにして育てられるのか 人材育成制度 第 13 章 会社はどのようにしてモノを売るのか マーケティング 第 14 章 会社は海外でどのように経営しているのか 国際経営 第 15 章 会社の利益はどのようにして測定するのか 会計制度
補 章 経営学とはどんな学問か 学問論
出典:上杉憲雄ほか著『経験から学ぶ経営学入門』有斐閣,2007 年より作成。
こうした変化は,学部・学科レベルの組織的観 点からすると,能動的学修(アクティブ・ラーニ ング)の強化がはかられたとみることができる。
一方で受講学生の立場からすると,1 年目には受 け身の姿勢で済まされた講義が,翌年以降は一転 して積極的な講義参加が求められるものになった ことを意味する。そこで経営史の初年次教育にお ける有用性を例示することを意識しつつ,次節で 3 年間の講義内容の変化を素描してみたい。
第 2 節 講義内容の推移
(1) 1 年目 ―教員主導型講義の限界―
上述の通り 1 年目の講義は「スタディ・スキル」
の教授を目的とした。教科書の指定は行わなかっ たが,学習参考書として挙げた書籍は 3 冊であっ た。学習技術研究会編著『知へのステップ 大学 生からのスタディ・スキルズ(第 3 版)』27,野矢 茂樹『論理トレーニング』28,藤沢晃治『「分かり やすい文章」の技術』29である。そして授業概要 は次の通りとした。
表 3 授業計画
1 年目 2 年目 3 年目
第 1 回 ガイダンス
―大学で学ぶということ― 課題 1 提示 ガイダンス
―企業成長の歴史―
第 2 回 ノートをとる グループワーク 課題 1(企業成長の分析)提示
第 3 回 テキストを読む 中間報告 グループワーク
第 4 回 要約を行う ―レジュメの作成― グループワーク 中間報告 第 5 回 大学図書館における情報収集 最終プレゼンテーション グループワーク 第 6 回 インターネット・その他による情報
収集 振り返り=反省 最終プレゼンテーション
第 7 回 情報の整理 振り返り=自己成長の確認 振り返り 第 8 回 アカデミック・ライティングの基本
スキル① ―レポートの作成― 課題 2 提示 課題 2(企業成長の学術的分析)提示 第 9 回 アカデミック・ライティングの基本
スキル① ―伝える表現― グループワーク グループワーク
第 10 回 パソコンによるライティング・スキル 中間報告 図書館実習(資料調査体験)
第 11 回 プレゼンテーションの基本スキル①
―プレゼンテーションツールの活用― グループワーク 中間報告 第 12 回 プレゼンテーションの基本スキル②
―伝える技術― 最終プレゼンテーション グループワーク 第 13 回 受講者発表会
―自己紹介と討論― ① 振り返り=反省 最終プレゼンテーション 第 14 回 受講者発表会
―自己紹介と討論― ② 振り返り=自己成長の確認 振り返り 第 15 回 まとめ ―就職活動にむけて― まとめ まとめ
出典:筆者が実際に使用したシラバスより作成。ただし一部改変あり。
この授業の目的は,受講者が大学で「学ぶ」
ために最低限必要とされるスキルを身につける ことにあります。特にパソコンやインターネッ トを利用して,学生生活で必要とされるレジュ メやレポートを自ら作成できるようになること を目指しています。そのため「聴く」・「読む」・
「書く」という基本的なことからはじめて,「調 べる」・「整理する」・「まとめる」・「表現する」・
「伝える」という実践的な力を段階的に養成し ていきます。
講義計画は,学習技術研究会編著『知へのステッ プ 大学生からのスタディ・スキルズ(第 3 版)』
を参考に,前掲表 3 の示すように作成した。講義 進行に際しては,表 4 に示した 6 段階の学習ス テップを念頭におき,「スタディ・スキル」の習 得には実践経験の蓄積が肝要であるとの考えか ら,まず教員が具体例・実践例を示し,次に学生 にそれを模倣させる方法を採用した30。特に要約,
レポート作成,プレゼンテーション技術の習得を 重視し,必要に応じて宿題も行わせた。
まず要約である。学生が大学入学までに繰り返 し日本史を学習しており,またいずれはビジネス 系領域の学術論文を精読することをふまえ,日本 経済史の通史的テキストから文章の一部を抜粋し て教材に使用した31。その際,上述した野矢茂樹
『論理トレーニング』を参照し,接続詞等を自覚 的に意識した文章読解技術の講義も実施している。
次にレポート作成である。これに先立って,大 学図書館とインターネットを中心とした文献検索 の方法やアカデミックリテラシーに関する講義を 行った。さらにスマートフォンの普及に伴い,パ ソコンを家庭でも所有していない学生が散見され るようになったことをふまえ,ワープロと表計算 の基本ソフトの最低限の使い方の指導もパソコン 室を活用して行った。そのうえで以下のレポート 課題を提示した32。
現在の日本では,様々なビジネスが成立し ている。(就職先・趣味・生活など)関心の ある業界を 1 つとりあげ,① どのような経 済活動から利益をあげる業界なのか? ② 最 近の動向として注目されていること ③ 1~5 位の会社は,何という企業名か? ④ 2 位の 企業が競争に負けない理由 の 4 点について レポートを作成しなさい(参考文献は最低 1 つ)。 条件:ワープロ書き。600~1200 字。
A4 用紙 1 枚以内。
この課題設定の理由は 2 点ある。第 1 にビジネ ス系学部・学科の学生であることをふまえ,企業 活動について素朴に考えさせる機会を設けようと
表 4 スタディ・スキルの段階的教授案
step 内 容
1 「生徒」と「学生」の違い,ノートのとり方
2 文章・書籍の読み方(要約含む),論理トレーニングと論点・疑問点の出し方,レジュメの作成 3 情報の収集と整理の方法,レポート・論文の作法(著作権法含む)
4 レポートの作成,わかりやすい文章の書き方,パソコンソフトの基本操作(ワード・エクセル)
5 プレゼンテーションの方法,わかりやすい表現法,パソコンソフトの基本操作(パワーポイント)
6 プレゼンテーションとディスカッションの実践
考えた。ただし同時並行して存在した専門科目の 入門的講義との具体的な連携は意識していなかっ た。第 2 に,大学入学以前には,自ら考える機会 が十分に与えられていないという認識から,単に 調べるだけではなく,調べた結果に対してその理 由も考えさせるようにした。いずれも大学での学 びへの切り替えが意識されたものである。
それからこの課題をレポートとして提出させた 後に,パソコン室でプレゼンテーションソフトの 使い方を講義し,レポート内容をプレゼンテー ション用資料に作り直させた。その狙いは,学生 の興味を損なわないことを優先し,かつレポート 内容の使いまわさせることで「負担感」を与えず に,プレゼンテーション技術の理解・習得に集中 させる点にあった。そして個人発表によってプレ ゼンテーションを実践させ,報告内容を聞いた学 生・教員との質疑応答時間を設けて,ゼミナール を意識したディスカッションを経験させた。なお コミュニケーションに勝敗を持ち込むディベート の実施は,現実の日本社会には基本的に馴染まな いとの判断から全く想定しなかった。
このように 1 年目の初年次教育は,「スタディ・
スキル」の習得を目的とする内容となった。講義 型授業が中心であり,教員と学生の双方向的なコ ミュニケーションの問題については状況をみて対 応した。特に要約,レポートに関しては,提出物 に対する具体的な問題点の指摘と改善方法を指導 し,プレゼンテーションについては,発表のその 場で「アドヴァイス」という形でコメントを行い,
改善すべき点に対する気づきを,受講者全員の前 で促している。
とはいえ 1 年目には大きく 2 つの問題が残っ た。1 点目は,人文社会系分野で一般的に必要と されるスタディ・スキル一般の習得に着目するあ まり,ビジネス系学部・学科の専門領域との連携
は十分意識されなかったことである。2 点目は,
「スタディ・スキル」は 4 年間の学生生活を通じ て徐々に理解・習得される一方で,半期 15 回程 度の講義で学生から積極的に学ぶ姿勢が必ずしも 引き出されず,受け身の姿勢は改善されなかった ことである。そのため翌年以降に,この点は課題 として持ち越しとなった。
(2) 2 年目 ―ワークショップ型グループワー クの導入―
上述の通り 2 年目の講義内容は変更され,授業 概要は次のようになった。
大学で経営学,会計学,マーケティングを学 ぶために最低限必要とされるスキルを身につけ ていきます。授業時には,受講生によるグルー プワーク,プレゼンテーション,ディスカッショ ンを行います。
これは学びに対するモチベーションの向上を重 視した組織方針の変更に従ったものであった。榎 本博明氏は「成果を上げるには,地道に能力開発 をすることももちろん欠かせないが,まずはモチ ベーションを高める必要がある。同じ能力でも,
モチベーション次第で成果が違ってくる。」と指 摘する33。これを筆者の講義としてみると 1 年目 の「スタディ・スキル」の教授からの質的転換を 意味した。2 年目からは学生の能力・学習・成長 の支援を目的とする「ファシリテーターの役割」34 を期待されたのである。
こうした方針変更を具体化するため,2 年目はベ ネッセi―キャリア『PROJECT SUPPORT NOTE- BOOK』(表 5)に準拠した講義となった35。半期 15 回の講義で 2 度のプレゼンテーション実施を 軸とし,授業計画は前掲表 3 の通りとなった。た
だし同書は,外部からの社会人講師招聘が前提に されるなど,大学の教育現場を理解しているとは 言い難い面があるため,その内容をアレンジして の利用となった。
第 1 回目のグループワーク課題は,「東京ディ ズニーランドの経営上の強みは何か?」とした。
東京ディズニーランドを選んだ理由は,学生が身 近に感じる対象であり,“学び”に対する抵抗感 を和らげるのに有効であると思われたことによ る。一方で漠然とした課題設定をしたのは,入学 後間もない履修学生の専門知識は極めて乏しい反 面,教員サイドからの制約を少なくすることで,潜 在的なものも含め,1 年次生の多様な関心を喚起し ていくことが教育上望ましいとの判断があった。
そして履修者を機械的に 4~6 人のチームにわ け,上記の課題に取組ませた。各チームのコミュ
ニケーションを円滑化するため,意図的に机の配置 も向かい合わせで座るように工夫もした。ただしグ ループ作業は,新しい人間関係の構築に有利な反 面,他人の成果に「フリーライド」する学生が現れ る恐れがある。そのため事後的な他者評価も成績 に反映されることを事前に告げ,真面目に課題に 取組む学生の「不満」を抑制する措置をとった。
また学生の間では一般的に,社会人になった際 のプレゼンテーション技術の必要性は認められて いるようである。そのため必要に応じた基本的技 術のレクチャーと,チーム報告毎に対する具体的 なコメントを通じて,実践のなかからスキルを学 ばせるスタイルを積極的に採用した。ディスカッ ションには教員も参加し,そのやり方を観察させ る一方で,関連する具体的な歴史事象も紹介して 学生の理解を補った。こうした体験は,高校教育 表 5 2 年目・3 年目使用参考書構成
スケジュール 構 成 内容注記
第 1 週 Project に参加する心構え 答えのない“学び”,考える力とコミュニケーション力の必要 性の解説
第 2 週 課題とは何か? グループ単位での課題解決法としてのディスカッション方法の 解説
第 3 週 Mission を受け取る 課題(第 1 回)提示および作業手順の解説 第 4 週 一次提案に向けて
第 5 週 フィードバックを受け再考する 進捗報告の実施とそれに対するコメント 第 6 週 最終提案に向けて プレゼンテーション方法,質疑応答方法の解説 第 7 週 PROJECT-A の仕上げ 最終報告(第 1 回)と振り返りの実施 第 8 週 課題解決に必要なスキルを知る 批判的思考法の解説
第 9 週 Mission を受け取る 課題(第 1 回)提示 第 10 週 一次提案に向けて
第 11 週 フィードバックを受け再考する 進捗報告の実施とそれに対するコメント 第 12 週 最終提案に向けて
第 13 週 PROJECT-B の仕上げ 最終報告(第 2 回)と振り返りの実施 第 14 週 自分 Projiect 宣言 社会を意識した大学での “ 学び ” 解説
出典:株式会社ベネッセi-キャリア『PROJECT SUPPORT NOTEBOOK ―STANDARD―』より作成。
備考:内容注記は筆者による。
と大学教育の違いを実感させるようで36,少なく とも「生徒から学生へ」の意識の切り替えに有効 であったと考えられる。
さて,第 1 回目の課題に関するプレゼンテー ションが終わる頃には,入門講義の進展に伴って 学生の専門知識が若干豊富化してくるはずであ る。そこで既に学習した経営学のフレームを活用 することを条件に,同時期に開講されていた経営 学の入門的講義のテキストであった「『経験から 学ぶ経営学入門』37から,1 つの分析視角を選択 し,ヤマト運輸の経営について調べ,その特徴を 分析せよ」というグループワーク課題を,第 2 回 目として与えた。入門的講義との連携は一方的に はなるものの,学生が「できそうなこと」を自ら 模索し,結果的に専門科目の有用性を“学ぶ”機 会にすることを意図した。そのため対象企業はヤ マト運輸に指定しつつも,各チームの分析方法・
視角の選択にはコミットしていない。
この点,特定分野の手法を講義し,そのうえで 学生に実践させることも不可能ではないが,その 場合には教わる領域に学生が興味をもっているこ とが望ましい。しかし“学び”に対する目的意識 に乏しいままの学生がいる可能性は否定できな い。そのため入門科目との一方的な連携も無意味 とはいいきれないのである。事実,具体的な課題 設定を学生の自由意思にまかせた結果,ヤマト運 輸に関するプレゼンテーションは,戦略分析
(SWOT 分析,Five Forces Model),CRS 活動,商 品開発の歴史,退職者再雇用の意義など様々な内容 となった。
最後に 2 点留意したい。1 点目は「振り返り」=
反省の実施である。リアクションペーパーを使 い,各プレゼンテーション終了時の「振り返り」
の確認に加え,講義最終回の「振り返り」=自己 成長の確認を行わせた。こうした自己点検が“学
び”への自覚を促すと考えたからである38。もう 1 点目は「宿題」である。1 年目のようにスタディ・
スキルの教授を積極的に行うことはできなくなっ た。そのため授業外学習を利用して,文章の要約 を軸に 4 度のレポート提出を行わせた。教材に選 んだのは,小倉昌男『小倉昌男 経営学』39,吉原 毅『信用金庫の力』40である。提出物の一部には,
希望者を対象に個別コメントも実施している。
こうして 2 年目には,スタディ・スキルの教授 は可能な範囲にとどまらざるをえなかったとはい え,経営史担当教員の特性を活かしつつ,2 度の グループワークを学生に経験させた。筆者の講義 もひとまず「高大接続」と「質保証」を念頭に置 いた内容に修正されたといえる。
(3) 3 年目 ―講義内容の改善と学習の動機づけ―
ワークショップ型グループワークを軸とした教 育手法を 3 年目も踏襲し,授業概要・授業計画に 質的変更はしなかった。グループワーク課題の対 象は,第 1 回目セブン-イレブン,第 2 回目パナ ソニックとした。第 1 回目は,前年同様に学生が 日常的に目にする身近な対象かつ個別事業の観点 から選び,第 2 回目は,2 年目が第三次産業に偏っ たことに対する反省の結果である。したがって 3 年目には教育管理手法の改善に力点を置いたので あるが,その内容の要点は以下の 2 つである。
1 つは留学生対応の強化である。鈴木洋子氏の 調査によれば,留学生は「日本語が使える」こと を主な理由に,約 60%が「日本での就職」を希 望している41。同氏はアメリカで小学生から使わ れている自立的学習法の 1 つである PBL(Proj- ect-based-Learning) に 着 目 す る。PBL は,「数 人のグループに,ある課題を与え,チームワーク をとりながらさまざまな課題を解決するために自 立的に活動し,学ぶというトータルな能力をつけ
ることを目標」にしており,「実際の社会の場面 で使える社会言語的日本語能力をつける日本語教 育は必須」となりつつある留学生教育に役立つと いう。こうした「あるプロジェクトを完成させな がらその間にさまざまな能力を習得させようとす る学習法」は,2 年目に実施したスタイルと同質 のものといえる。
そのため,筆者による留学生に対する初年次教 育の内容改善をチーム編成に反映させた。第 1 回 目のグループワークでは留学生が集中する日本人 学生との混成チームをつくり,第 2 回目に日本人 の中に留学生を分散させるという段階的な方法を とったのである。日本人とともに教育をうける留 学生も多いため,孤独感や緊張を和らげつつ日本 人学生との距離感を縮めることで,日本の大学生 活に慣れさせることを意図した。チームに留学生 を組み込むことは,日本人学生にとっても,異な る文化的背景をもつ人に対する理解や,交流に対 する慣れという点で有益となろう。また留学生の
「宿題」については,日本人学生と同じ内容とし ながらも,日本語を「書く」力の強化を意識した 個別添削を実施した。
もう 1 つは,1 年目と 2 年目の経験を通じて学 生の心理面に注意する必要を感じたことをふま え,講義に際しては「心理学理論に基づいた科学 的なモチベーション・マネジメント論」42を念頭 においた。榎本博明氏は,「まったくやる気のな い状態(無気力)と内発的動機づけの両極の間に 外発的動機を位置づけ」る「自己決定理論」に着 目し,有能感,人間関係への欲求,自己決定欲求 に関して,外発的動機づけを与えることでコント ロールし,内発的動機づけの方向へモチベーショ ンのシフトを促すことの有用性を主張する43。筆者 は,これを初年次教育に応用しようと考えたので ある。
同氏によれば,「努力しても自分の置かれた苦 しい状況が好転しないとき,無力感が学習される。
…(中略)…ここから示唆されるのは,モチベー ションを高めるには,努力が報われる経験,自分 が行動することで状況を好転させることができる という経験を与えることが大切で」あるという。
特に「苦しい状況を忍耐強く頑張ることで切り抜 ける体験を積むこと」で,「自分にはできるとい う自信」である「自己効力感」を高めることの有 効性を強調する。つまり初年次教育の場合でいえ ば,学生が「負担」と感じることをあえて課して,
それをクリアさせることでモチベーションの向上 効果を期待していくのである。
ただし難しいことを成し遂げようとする達成動 機と,失敗を回避したいという回避動機に留意す る必要があるという。「ある課題に積極的に立ち 向かうかどうかは,個人のもつ達成動機水準と課 題の性質」によるので,「スキルの上達を促したり,
自信をもたせたりすることによって」,「主観的成 功確率を高めること,そして課題を達成すること の意義を理解させるなどして課題を達成すること のもつ誘因価(難易度に関係なく)を高めること が大切」であるとする。また「ある課題に立ち向 かうのを躊躇するかどうかは,個人のもつ失敗回 避動機水準との課題の性質」によるので,「主観 的失敗確率を低めること,そして課題の達成に 万一失敗したときの心理的ダメージを和らげるべ く減点法的な評価をしないようにすることが大 切」という。
この見解が的を射たものとすれば,1 年次生が 様々な個性を持つことを前提に,段階的に課題を 達成させるような講義設計・授業管理が必要とな る。そこで筆者は次の具体的手法をとった。
第 1 に,計 2 回のグループワークでは,段階的 に難易度を上げる手法を 2 年目同様に採用し,具
体的な課題設定も引き続き学生に委ねる方針を とった。つまり講義の基本線には大きな修正はし なかった。
第 2 に,1 年次学生に不安の大きい「単位取得」
などの外的報酬要素に着目し,無遅刻無欠席,提 出物の締め切り厳守などの社会常識的な行動を点 数化して成績評価に反映させ,出席率の確保や脱 落に対する最低限の歯止めとした44。
第 3 に専門教育を意識して,「宿題」を利用し た学習の動機づけをはかった。段階的にプレゼン テーション機会を設けても,学生自身がビジネス 系学部・学科で学ぶ意義自体を見出せなければ,
十分な教育効果を期待できないと考えたためであ る。
学習の動機づけに関する点について,もう少し 具体的に説明しておきたい。入学当初から明確な 目的意識があり,あるいはグループワークや入門 講義を通じて専門教育を学ぶ意義を見出していく 学生がいる一方で,無気力状態を抜け出せずにい る 1 年次生も存在する。そこで始めは「易しい課 題」を与えるという観点を重視して,マンガ教材を 選び「宿題」を課した。セブンイレブン・ジャパン 監修『セブン・イレブンの 16 歳からの経営学』45を 教材に選び,「経営学を学ぶ意義―セブン・イレブ ンの 16 歳からの経営学を読んで―」という読後感 想を求める課題を与え,ビジネス系学部・学科で 学ぶ意義を,具体的なイメージもちつつ,自分な りに考える機会としたのである。
同書は,主人公である高校生の志村奈々子が,
コンビニエンスストアでのアルバイトを通じて自 己成長する物語である。ただしその詳細をみる と,同社の店舗マネジメントの考え方が全 8 章に わたりストーリー仕立てで説明されていることが わかる。Chapter 1 仮説と検証,Chapter 2 販売・
陳列,Chapter 3 商品開発力,Chapter 4 チーム
力とイノベーション,Chapter 5 接客という演出,
Chapter 6 形式知と暗黙知,Chapter 7 伝える力 によるマネジメント,Chapter 8 リーダーシップ と,サブタイトルにそれが現れている。
後日提出されたレポートを読む限り,1 年次生 の多くは,高校卒業から間もなく,アルバイトを 経験したばかりのため,極めて身近な話題として 受け入れやすいようであった。ビジネス系学部・
学科で学ぶ意義を自分なりに見出したことが伝わ る内容のものが多く,同書の活用は学習の動機づ けとして効果的であったとみられる。特に印象的 であったのは,初年次教育の講義を遅刻しがちで あった 1 名の学生が,この課題提出以降は時間を 守って積極的に出席するようになったことである。
以上のような講義内容の改善が学生にもたらす 効果を個別具体的に把握することは難しい46。た だし講義設計に学問的な背景を添えることは,指 導方法に一定の根拠を与え,教員としての自負を 付与することにはなった。
第 3 章 授業外学習の積極的活用
スタディ・スキルの習得に関して,読み書き能 力引き上げを重要視することに異論はないであろ う。しかし第 2 節で述べたとおり,筆者の初年次 教育は,スタディ・スキルを講義するものからグ ループディスカッションを軸とするモチベーショ ン向上策へと質的転換をはかった。そのためスタ ディ・スキルの習得への対処も含め、授業外学習 を積極的に利用することになった。そこで本章で は,その要点を説明したい。
筆者の経験に照らせば,スタディ・スキルは大 学生活の実践のなかで自然と身につける「常識」
の類ではあるが,それを「教わっていない」とし
て開き直る学生に困惑した大学教員の話を耳にす ることもある。それゆえワークショップ型グルー プワークを採用した講義であっても,初年次教育 の一環としてスタディ・スキルの習得にはある程 度コミットせざるを得ないと考えたことが,2 年 目以降もその習得を講義設計から除外しなかった 理由である。
さて,3 年目には無気力学生の存在を想定し,
学習の動機づけのためにマンガ教材を利用したこ とは前述の通りである。この「宿題」の提出条件 は「ワープロ書き,A4 用紙 1 枚,800 字」であり,
スタディ・スキルの習得という点では,単に文章 を「書き慣れる」ことを意図していた。そのため スタディ・スキルの強化は,その後 2~3 週に 1
度のペースで計 3 回の「宿題」提出に求めた。こ こで利用した小倉昌男『小倉昌男 経営学』は,
表 6 の示すように 3 部構成であり,ヤマト運輸に 関する経営史料として理解することもできるし,
具体的な事例から専門科目へと接近するための素 材として用いることもできる。形式上は,各部の 要約(600 字)と「内容から特に学んだこと」の 説明(400 字)を求めたが,1 回目の提出は「読 む力」の強化機会とし,2 回目以降を「書く力(文 章で伝える力)」の訓練機会と位置付けていた。
1 回目の対象範囲となった同書第 1 部では主 に,ヤマト運輸の宅急便開発の歴史的前提条件と して,苦境に立たされた同社の状況が説明されて いる47。ところがレポート教材として使用すると,
表 6 小倉昌男『小倉昌男経営学』目次
タイトル
第 1 部 牛丼とマンハッタン―宅急便前史
第 1 章 宅急便前史 第 2 章 私の学習時代
第 3 章 市場の転換―商業貨物から個人宅配へ 第 4 章 個人宅配市場へのアプローチ
第 2 部 サービスは市場を創造する―宅急便の経営学 第 5 章 宅急便の開発
第 6 章 サービスの差別化 第 7 章 サービスとコストの問題
第 8 章 ダントツ三カ年計画,そして行政との闘い 第 9 章 全員経営
第 10 章 労働組合を経営に生かす 第 11 章 業態化
第 12 章 新商品の開発 第 13 章 財務体質の強化
第 3 部 私の経営哲学
第 14 章 組織の活性化
第 15 章 経営リーダー10 の条件
出典:小倉昌男『小倉昌男 経営学』より作成。第 1 部を父康臣氏による経営の失敗を単純に詳述 したものと誤読する学生が多かった。そこで「宿 題」提出後に,タイトルや目次の見方も含めた書 籍の「読み方」,「要約」の仕方,文章作成の作法・
伝えるための文章表現などに関する簡単な講義を 行い,さらに多少の手間ではあるが個別のコメン トを実施した。この手順であれば自分の間違いか ら直接学ばせることができるためである。
第 2 部は,表 6 からもわかるように,宅急便開 発後の経営の歴史がトピックごとにまとめられて いる。上述の講義の結果,学生は以前よりも意識 的に同書に接するようになった。第 2 部には多様 なトピックが配置されているため,学生の多様化 を前提とした専門領域の学習に対する動機づけを はかるうえでは,かえって有利に働いたようであ る。実際に「内容から特に学んだこと」のレポー ト内容が,特定箇所に集中することはなかった。
そして第 3 部のレポートを作成・提出すること で,学生は専門領域に関連した 300 ページ近くの 作物を読破することになる。これは多くの学生に とってはじめての経験であり,マンガ教材を利用 した「易しい課題」と比べて「難しい課題」をや り遂げたという意味で,学生に一定の達成感を与 えたと思われる。なお第 3 部のレポートについて は,緊張感をもたせるため,「要約」の出来不出 来を成績に反映させることを事前に通告したこと を付言しておく。
このように 3 年目には,「宿題」を積極的に活用 した。ワークショップ型グループワークを軸に講 義を組み立てる場合,特にスキル・スタディの強 化を視野に入れる限り,授業外学習の有効活用を 意識せざるを得ないためである。この点で注目さ れるのは,ベネッセ教育総合研究所『「第五回学 習基本調査」報告書 2015』の調査結果である48。 同報告書からは,2015 年と 2010 年以前を比較す
ると,高校生の平日平均学習時間は偏差値が高い 層に牽引されつつ,「宿題」が学校外の学習時間 の増加を押し上げたことを確認できる。大学教育 の「質保証」の点からみれば,これは時間外学習 の積極的利用を後押しする明るい材料であり,入 学後間もない 1 年次生が「宿題」を通じた学習管 理に抵抗感を覚えにくい状況ができつつあること を示す。そのため現状において,学生に「負荷」
をかけることに,教育上消極的になる必要はない と考えられる。
おわりに
本稿の目的は,初年次教育の実践事例を通じて,
ビジネス系学部・学科における歴史分野の貢献可 能性を示すことにあった。その要点をまとめれば 以下の通りである。
第 1 に,特に経営史は,高校教育とビジネス系 学部・学科の専門教育とを架橋する内容を備えた 領域であることが確認された。経営史領域に関係 する研究者は歴史家でありながら企業活動に対す る総花的な知識が求められるため,「高大接続」
の課題に一定の役割を果たす可能性をもつ。
第 2 に,初年次教育において学習の動機づけに 有効なワークショップ型グループワークの活用に 絡んで,経営史には 1 年次学生の現状に柔軟に対 応する可能性がある。具体的な企業活動に関する 知識を基礎に,学生の個性に応じた学習意欲の喚 起を比較的容易に行いうるからである。学生の多 様化を前提とする専門教育の「質保証」への貢献 が期待される。
第 3 に,第 2 点目とも関連して,ビジネス系学 部・学科の初年次教育では経営関連書籍の積極的 な教材利用が有効となる。経営関連書籍には,企 業活動に対する学生の想像力不足を補う役割を期