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30年代アメリカにおける 小売配給の諸問題(1)

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(1)

374  

一一44−−  

30年代アメリカにおける  

小売配給の諸問題(1)  

中  野   安  

序  

一・国資本主義の総体的分析を目的とする研究は,これまで,数多くおこなわ   れ,とくにドイツ,イギリス,アメリカ等にかんし,若干の貴重な成果をあげ   ていることほ.周知のとおりである。しかし,かかる研究において,南濃部門  

(1) が,その正当な地位をあたえられたことははとんどなかったといってよい0 こ  

のことは,諸産業部門紅占める商業部門の重要性を考慮するとき,まことに・奇   異の感をいだかせるのである。   

商業部門にかんするこのような軽視の原因ほ,第一−・に.,その壷要性の認識不   足に・あるとい:つてよいであろう0アメリカにおいてさえ,商業にかんする全国  

(2)  

センサスが1929年までおこなわれなかったこと,そしてイギリスに・おいては.,  

商業統計はアメリカよりさらに不備であった,というじじつに,このことは現   われてこいる。もちろん,かかる事情ほ,商業部門のもつ問題性が顕在化した時   期が比較的最近−・20世紀以降とくに10・20年代−であった,というじじつ   に.よって,本質的には規定されている。しかし,問題は,こんにちの時点にお   いてもなおかつ,とくにわが国では,その重要性にかんする認識不足がひろく  

(8) 存在するという点にある。  

(1)おそらく,ごく少数の例外のひとつは,慶応義塾各国産済研究会編旨アメリカ経済及    経済政策】墾1935年,であろう。  

(2)とはいえ,有名なCommittee onRecent EconomicChangeS,ReceniEconomic    C加〝gg∫.Vol.Ⅰ,1929,Cb.Ⅴ,は商業にあてられている。なお,こんにちのアメカリに    おいて−ほ,かかる認識不足は解消しているとみなしてよい。  

(3)「…/トブルジョア屑,さらにひろく申/j\商工業著の問題に,現在,もっと大き   

な社会科学的関心が払われてしかるべきでほないだろうか。もし仮りに,独占資本   

主義やビッグ・ビジネスの研究から現代のすべてを理解できるというような見解にたっ   

(2)

30年代アメリカにおける小売配給の諸問題(1)  

一夏5−−   

375  

商業部門軽視の第二の原因ほ,従来の商柴研究そのもののなかに.ある。すな   わち,商業にかんする科学的研究の立ち遅れがこれである。従来の商業函究把   おいてほ,全体的にみて二,商業の経営学的研究に.比し,その経済学的研究が   あまりにも無視され,−・定の狭隙なイデオロギー的見地−−とりわけ特定のタ  

イプの商業経営を代弁するそれ脚よりする政策的提言や整理・分類学的研究   が幅をきかすか,あるいほ問題を汐ヤ・叫ナリスディックに取り上げるにとどま  

り,真に客観的かつ科学的研究があまりにもすくなかった。かかる事情こそ   が,商業部門研究と他の諸産業部門研究との交流を妨げ,したがって−一周資本   主義の綜合的研究に.おいて,商業部門に.その正当な地位をあたえることを不可   能にした竃要な原因をなすものであろう。そして,それと同時に,かかる商米   研究の現状は,上記の商業部門にたいする認識不足の現状と相互に規定しあう   関係にある。   

さて:,以」二のべたような商業研究の現状を反省し,それを打破する共に科学   的な研究への努力は,森下・荒川教授等を中心に.,いくつかの魚雷な成果をあ  

(4)  

げている。しかし,その現状分析的部分は未だあまりにも概観的であり,とく   に主要資本主義諸国の準占段階に・おける商業の具体的存在態様の特殊性につい  

ての詳しい分析ほなされていない。このことが,その理論的部分におけるやや   強引な−・般化=理論化の原因になっているように∴ねもわれる。そこで本稿で   ほ,これらの葬れた研究吟学びつつ,とくに.80年代アメリカの小売配給が直面  

した諸問題に論点を絞り,やや詳細紅考察してみたい。   

周知のよぅ紅,消費者の場所的分散は,生産者から消費者に・いたる流通の各   段階における商業経営の規模を規定する重要な1要因である。都市人口の増大   は,消費者の場所的分散性の部分的解消として,大規模経営出現の重要な基盤  

となった。百貨店ほ,かく形成された基盤に.,いわば受動的紅対応したところ   

て,/J\ブルジョア層の研究を軽視するとすれば,現代というこの時代に直面するわれわ    れの社会科学的認識に巨きなユ・ア・ポケットができること紅なるのではないか…。」   

(大塚久雄「現代とナショナリズムの両面性」『世.界』1964年8月号,44ぺ−ジ)。  

(4)森下二次也編『商業経済論体系』1959年,第4・5葦。森下二次也『 現代商業経済論j  

1960年,第3部。荒川祐吉『小売商英検造論.』1962年,欝4輩。   

(3)

第38巻 算4号  

376  

・−46−  

に出現したのである。他方,チヱ−ンは,百貨店に㌧比し,単位店が小規模なる   がゆえに,消費者の場所的分散という現実に,自ら積極的に・対応することが   でき,しかも都市人口の集中にも対応しうる形態として,広範に進出した。か   くしrて,チェーソ方式によって,小売商業部門の集中は著しく促進され,従来   のいかなる小売商よりもはるかに巨大な小売商が出現した。   

チ.ェ−ソの急速な進出が圧倒的大多数を占める小規模独立商にあたえ・た影響   は,比類のないものであった。これは,チエ‖−・ソ方式の意義,すなわちそれが   小売部門における資本の集中に.もっとも適合した形態であることを考慮す卑と   き,とうぜんといわねばならない。だが反乱 かかるチ.‡−ンの広範な進出   ほ,小規模独立商の反対運動をも比類のない規模紅達せしめ,チエ−ンをめぐ   る配給問題ほ,20年代,そしてとくに80年代に,ナショナル・イシユ一に・まで  

なるに.いたった。   

チェーンの急速かつ広範な進出ほ,従来から存在した大規模商と小規模商と   の−−叔的対立を格段に.激化させると同時に,この一遍的対立に,チ‡.−ン対独   立店,したがってまた新・旧流通チ・ヤンネル間の対立という具体的・独自的形   態をとらしめ,そ・れを基軸に抗争が展開されることになった。独立店の反チ芳   一・ン運動は種々の形腰をとっておこなわれた。その第一・は,チェーン税法の制   定要求であって,この運動は,チェ」−ンに真正面から対立し,その発展を阻止  

し,さら軋は巨大チェ・−ソの解体を目的としたものであった。第二は,チす−−  

ンの価格政策を問題にしたものである。すなわち∴アメリカにおけるすべての   新しい小売経営がそうであるが,チ.ェーンはプライス・アピールを重要な手段  

として急速な発展をとげた。したがって反チェーーン運動は再販売価格維持(re・  

sale pricemaintenance)の要求という形態をとる。そして,この点紅おい   てニ,独立商のインタレストほ.巨大製造業者のそれと一・致・結合し,前者は,客   観的にほ,後者のインタレストを積極的に擁護・推進する尖兵の役割を果すこ  

とになる。この帰結が,法的にほ,30年代の「公正取引法(fairtradelaws).」  

であり,連邦法としては87年のミラl−・タイディングズ法(Mi11er・−Tydings  

Act)であった。   

(4)

30年代アメリカに.おける小売配給の諸問題(1)  

−−47鰍    377  

第三に・,チェーンが強力なプライス・アピ−ルをなしうるのほ,かれらが不   当な低価格仕入や不当な割引・控除を製造業者からえセいるためである,とい  

うことから,それを封ずる立法措置が要求された。この帰結が36年のロビンソ   ソ・バットマン法(Robinson−Patman Act)である。こ.の場合に.も製造業者   のインタレストが,独立商のそれと結びついて−,みごとに実現されるb さて,  

以上の諸点は,Ⅰ,Ⅲ,Ⅳの各章で考察される。   

上述の反チ.ェーン運動の諸側面は,29年恐慌によって加速され,深刻な不況   から脱出する努力の過程で,とくにNRA下において,そ・の要求を部分的・− 

時的に.実現する。NRAの「規約(co¢es)」においてほ,製造業者と小売商のイ   ンタレストが,ともに露骨かつ集中的に.表現されているがゆえに,上記3点,と  

(5)  

くに後2老の解明に.とって,その検討は不可欠である。しかもそればかりでは   ない。「協約」は小売配給に.広範かつ多様な影響をあたえたのであ 

アメリカの小売配給の諸問題を分析するために.ほ,その考察がぜひとも必要で   ある。   

最後に,80年代に.おける小売商業部門の構造を,チ・ェーンに・焦点を合わせつ   つ,実証的に.分析しなけれぼならない。ここ.でほ.主として:小売業における集中   の状況,アメリカの八大利益集団(interestgroups)と巨大小売商の関係,巨   大小売商の血路政策,その他を考察対象とし,さらに,深刻な不況とス・−パ−  

マーーケットの発達によって,巨大チェ.・−ンにおける保守的性格が浮屠りにざれ   てくる側面をケ・−ス・スタディによって照射し,それに・よって「流通革命」な   るものの基本的性格の一・面をあきらかにしたい。以上2点はⅡ,Ⅴ寒で考察さ  

(5)すでに簡単に指摘して:おいたように,チェー・ン税法と「公正取引法」(および「不公正    取引慣行法Unfair Trade Practice Act」)・「規約」中のある種の条項・ロビンソン  

・バッt・マン法との間にはそ・の性格紅根本的相異がある。前者は純粋紅反チ.ェーン的性    格を有するものであるが,後者は,反チ守一ツ運動を通じ,それを利用して,製造英紅    おけるビッグ・ビズネスのインタレストを実現したものであって,単純に反チ廿−ソ運    動の成果すなわち小規模商のインタレストを擁護するものとみなすことはできない。反   

チ・ェ」−ン=反ビッグ・ビズネその関係ほけっして単純濫ほ成立しない0マ・−−ケティソグ    関係のはとんどの文献が,視野を流通部面に限定して−いるためであろうか,後者の独自   

的性格を見失っている(のちに詳述するが,さしあたり標準的な例としてFl.ElClaIkand   

C.P。ClaIk,L>inciPles of肋rketing,3rd ed.,1947,p..678ff.参照)。   

(5)

第38巻 第4号  

・・・イβ −  

378  

れよう。   

(8)  

Ⅰ チェーン税法制定運動とその帰結   

(1)チェー・ン税法制定運動の主勢力  

チ.ェーンの急速な進出に/たいする独立商の対抗措置は,部分的にほグォラン   タリ−・チェ−・ンの形成という形態をとったが,これは,−・而でほ,他の経済外   的対抗措置が未だ有効性を発揮しえなかった段階で,ヨ.り現実的対抗策を採用  

せざるをえなくなった結果生れたものであり,他面では,一・部の能率的独立店   が,チェ−・ン形成を通じ,とくに仕入面の利点を学受すれば,充分巨大チーエ−  

ンに対抗しうるとの見通しをもっていたことから生れたものである。   

しかし,反チェーソ運動の主たる側面ほあくまで経済外的強制に.よる対抗に   あった。ヴォランクリ「・チェー・ンの形成により純経済的に対抗しうるものほ   独立店のうちでも少数の ・エリー  ト なのであって,大多数は経済外的対抗措  

置のなかにインタレスト擁護の通をもとめるほかほなかったのである。かかる   措置は,まず,チェ.・−ンに販売する製造業者にたいし,直接・間接の圧力をか   けるという形態をとった。しかし,これほその性格上自発的になりがちで,強   制力をもたなかったため,広職蘭に及ばず,また強力に.それをおこなえば,反  

トラスト法紅抵触するおそれもあって,あまり成功しなかった。つぎに.は,各   種マス・コミその他を動員して,消費者に不買運動をよびかけたが,これもま   た失敗し,結局,何らかの立法措置をもとめる以外に救済の退のないことがし   だいに明白となる。チエ.−ン税法の制定ほ,かかる過程をへて−−といっても   上述の諸措置が併行的に採印されることももちろんあ?たわけであるが,しか  

し主要な動向としてこはかかる過程をへて−−要求されるにいたったのである。  

(6)本章は主として以下の諸著を利用した。.l小P・NichoIs,rカβC加めぃ釦卯・βrβJJダ∫ね   

Siory,1940,Ch V;T・N・BeckmanandH・C・Nolen〉 The Chain Store Proble鱒,  

1938,Ch.XVI;G.M。Lebhar,ChainStoresinAmerica:1859−1962,3rdedい,1963,   

CIIS.ⅤⅠ,ⅤⅠⅠ,ⅤⅠⅠⅠ,倉本初夫訳『チセ−ンストア・一米国100年史』12ト211ぺ・−・ジ;.丁 

ClPalamountain,Jrr,The Politi cs of Di\stYIibuiion,1955,ChVI 

(6)

30年代アメリカにおける小売配給の諸問題=山   一49−−   

379  

チェ・−−・ソ税法制定運動ほ.,チェ−ンの圧力をもっとも強く受けていた独立食   料品小売商を中心に展開された。かれらは小売滞米樺中もっとも数が多く,そ   れゆえに広範な運動となった。しかしこの運動の発展において−,独立卸売商の   果した役割を無線することはできない。すなわち,零細な独立小売商は,即自   的には巨大な反チ.ェ−・ソ勢力であるが,そ・の零細性のゆえに,反チェー・ン・エ   ネルギ−を結集し,−L定の方向へ組織化する能力に乏しい。しかるに・卸売商は   比較的規模が大きく,したがって団結しやすく,また卸売商として−の機能遂行   上多少とも要求されるのであるが,禿れた組織能力をもつ。かくして卸売商   は,その鋭敏な危機感を背後に,小規模商の潜在的反チェ−ン・エネルギ−を  

(7)  

拙き出し,組織化し,方向をあたえるうえに大きい役割を果したのである。   

卸売商が,独立小売商の同盟軍として,運動展開の知的・財政的・組織的り  

−・ダーないし強力な支持者に.なった例が多いのにたいし,製造業者ほどうであ   ったか。全体的にみて,製造業者ほこの問題に・関与しなかったといってよい。  

この点は他の反チ霊−ン立法要求の場合に比しきわめて一興味深い対照をなす。   

食料品関係の(卸・小売)独立商を主勢力とし,他業種の独立商もー膚の役   割を果しつつ展開されたチェーン税法制定運動ほ,20年代に入って活額化して  

きた。この道動の奇妙な性格は,チコ−ンの市場占拠率がけっして高いとはい   えない南・西部諸州ではじまり,かつそれち諸州で広範に・拡まったことであ   る。この原因は.,根本的には.,南t西部資本と北・東部資本との対立にもとめ   ることができる。はとんどが北・東部に中央本部をもつ巨大チェ−ンの進出は   南・西部南米界における既存の秩序を破壊するものとして,南・西部業界の指   導的階層を鋭く刺激したのであろう。そのさいかれら指導層は,小規模独立商   の力を利用し,反対勢力へと結集したのである0  

(S) (2)チェ・−ン税法の制定過程とその内容  

(7)しかし,このことから,反チ.ェ−ン組織が高い組織率を誇り,したがって強固であった    とみなしてはならない。むしろぎゃくに,全体としては,組織は弱体であった。後述参    照。  

(8)本筋および次節では,注(6)の諸著のはか以下のものを利用した。CりF・;Pbillips,   

(7)

第38巻 第4号  

380    ー5の・一一  

チェ−ン税法案ほ,1923年にはじめて∵提出されたが通過せず,その後26年に   いたるまで合計5法案が提出されたが,いずれも成立しなかった。ところが,  

27年紅18法案が提出され,うち8法案がはじめて可決成立した(メリーラン   ド,ノ・−ス・カロライナ,ジョージアの各州)。そ・の後,28年ほ議会の開かれ  

(9)  

ている州がすくなかったため,提出法案数ほ減少したが,29年には著しく増加   し,結局28−29年の時期に.法案数ほ66,うち成立したものは4件に達した(第1   表参照)。このような増加ほ,いうまでもなく,とくに20年代後半匿おけるチ  

エ−・ンの急速な進出とそれ叱よる独立」吉への深刻な影響,したがってまた反チ   ェ−ン運動の激化の反映である。さて,かか 第1表‥チェーン税法の制定状況  

る事態に億面して‥,チ‡−ソ側ほいかに・対処 期 間l法案数l成立数  

したであろうか。、つぎにその点をみることに    しよう。   

いかなる場合に.おいて−も,政治的・経済的   力能ほ舶油化なしには発揮しえない。チェ−・  

ンと独立店との抗争ほそれぞれの側における   業界団体=同業組合(tradeassociよtions)の   形成を通じて∴おこ.なわれたのであって,けっ  

して個別資本により個々ばらばらにおこなわ   れたのではない。同業組合は「  狭い範囲   の経済的諸勢力を,その産業分野全体に及ぷ  

3   

4   

6   

15    13    10   

5   

4   1923−27  18  

28−29    30−31    32−33    34−35   

36−3」7   

38−39   

4()−41   

66   255    350    203    124    118  

55  

(出所) G..M・LebbaI ,β♪い(葎・,  

p.142,Table17,訳,159−60ぺ  

−・汐,より作成。   

りStateDiscriminatory Chain StoreTaxation, Harvard Business Review,Vol  XIV,No.3,Spring1936,pp 349−59,andりAn Economic AnalysisoftheSupreme    Court,sDecisionsonChain−Store Taxation, Iournalof Business,Vol小ⅩⅠ,No1,  

Jan.1938,pp。51−69;MW.Lee, Recent TIendsinChainNStoIeTax Legislation,   

Journalof Business,VollⅩ1ⅠⅠ,No3,July1940,pp・253−74;R・Cassady,Jr・,   

…MunicipalTrade BarIiers,=HarvardBusinessRevieu},VollⅩⅠⅩ,No・3,Spring   1941,pp371−73;A.G.Buehler, Chain Store Taxes ,JouY nalof Marketing,   

VolいⅠ,Noい3,Tan.1937,pp・39−50 

〔9)30年を例外として,法案数は2年周期で増減しているのであるが,これは州議会の会    期と関係がある。なお第1表ではこの要因施2年毎の時期をとることにより消去してお   

いた。   

(8)

30年代アメリカにおける小売配給の諸問題(1)  

−∂ノー   381  

(10)  

勢力に.,またさらにほ,全階級的規模を持つ勢力に翻訳する。」チェ−ンほ20年   に結成された NationalChain Store Grocers Assocjationと22年に結成され   たWestern States Chain Grocers Associationの2組合をもっていたが,こ   れだけでほますます激化する反チ・一エーン運動に対抗しえないので,ついに28   年,あらゆる業種のチェ−ンを包含するNationalChain Store Association  

(NCSA.)が,食料品チェーンを中核として結成された。前2者はNCSAへと,  

(11)  

いわば発展的解消をとげたわけである。NCSAほ大小チェ−・ンを結集し,全国   を8ゾーンに分割し,各ゾ−ンに議長をおいて,チェー・ン税法反対,とくに.そ   のための対議会・法廷闘争およぴチ.ェ・−ンのPR,を積極的に.進めていった。  

●●●  

州議会を通過した法案はすぺて−NCSAのバックアップのもとに法廷で争われ   た。   

さて,この間に制定されたチェ−ン税法は,チェ−ンの各店に−・律の免許税  

(12)  

を課すものがほとんどであった。これらにたいし,チ、エ・−ン側はただちに訴訟   を起し,31年までに下された判決は,これらのチ・.ェ−ソ税法をすべて違憲とし   たのである。他方,反チエ−ン勢力ほ,この間,いかなる立法が裁判所により   認められるかを摸索していたのであって,20年代末の数年問ほノ,客観的には,  

\13)  

合法的チ王・−ン税法制定のための「実験期間」であったといって−よい。かかる  

摸索の過程のなかで,29年に可決成立したノース・カロライナ法とインディア  

ナ・法は,のちにきわめて重要な意味をもつにいたり,この、「実験期間」にピリ   オドを打つ役割を果すことに・なるが,これについてほ後述するであろう。   

20年代末に激イヒしたチェ・−ン税法制定運動は,たび重なる達意判決により発   効せず,水を′さされていたが,にもかかわらず,法案数の急増に現われている   ように,運動はいっこうに衰退しなかった。このようなチェ・−ン税法をめぐる  

no)ライト・ミルズFパワ−・エリ」−  ト月(鵜飼信成・綿貫議治訳)1958年,上巻,192ぺ  

・−もン。  

仙 Cf.G∴M.LebbaI−,坤C去f・,p、174ffり 訳,194ぺ−・汐以下。  

n劾 とくにドラッグ・チェ・−ンの抑止を目的とする27年のぺソレルグェエア法(ドラッグ  

・ストア所有者資格法)ほ一・般的チェ」−ン税法のみを扱う本稿ではとりあげない。  

(13)M.W.Lee,loc cit..,pr254   

(9)

第38巻 第4号  

ーr52 =一   382  

状況紅たいし,29年に・ほじまる長期の深刻な不況ほ特異な衝撃をあたえた。す   なわちそれほ,−・方でほ小規模商をいっそう窮迫化することによって,かれら  

(14)  

の反チェ・−ン感情を刺激すると同時に.,他方でほ∵−−これこそ・が特殊の意義を   有するのであるが糊aO年代はじめに.各州において深刻な財源不足をもたら  

(15)  

し,そのことがチ‡−ン税の村税収入としてこの側面をクロ・−ズアップさせるこ   とになった。かくして,切実に.財源をもとめていた各州ほ,チエ・−ン税法案を   歳入法案なる装いのもとに提出し,広場な支持をえやすくしたのである。   

しかし,このような客観的条件の好転にもかかわらず立法化はあまり進展し   なかった。それにほいくつかの理由があるが,第1は,反チェ−ソ運動が,全体   としてみれは,やはり充分組織化されなかったこと,したがって全国的な統一  運動を展開しえず,むしろ財源難に臆面していた州議会に助けられ,あるいほ  

く18)  

利用される面さえもっていた点である。これほ各州の法案が課税額その他内容   的に相異なっている点紅現われており,ドラッグ商を中心に展開された「公正   取引汝」制定運動の場合ときわだった対照をなしている。じっさい,運動の中   核を形成する食料品商の同兼組合NationalAssociation of RetailGrocer・S  

は,年間売上高3万ドル.以上の会員を,29年の2.8万から,89年にほ4万へと   急増させ,仝同業雑合申最大の会員数を誇っていたが,組織率ほ10%以下にす  

(ユ7)  

ぎなかった(NARGの会員急増ほ.NRAによるとこ.ろが大きい)。組織率ははぼ   規模の関数なのであって,零細商の多い食料品小売商ではきわめて低く,それ   

(摘 南・西部では,大恐慌が東部のビッグ・ピズネスによって−ひき起されたとの見方が広    純な支持をえていたため,ビッグ・ピズネスヘの広範かつ強固な不信が存在していた。   

このような不信は,反チ.ェ−・ソ運動に・おいて,巨大チェーンが東部金融資本のジムポル    とされることによって運動の発展紅利用された(Cf J CPalazz10untain,OPいCiiu,pp・  

169−70)。つまり,これら諸州では.反独占および反束・北部感情−…といっても前者    は後者が具体的に発現したものである−が,反チェーーン運動紅おいて,悸少化され,   

それゆえにまたカジカチ・エアライズされて利用されたのである。  

鮎)32年に.,9州以外はすぺて赤字財政であった。  

(16)Cf.JL C,PalaInOuntain,Obl・Ciri.,pp・,163and166 Lebharほ反チI、=−ソ運動の強    大さのみを強調し,その弱さに目を向けていない。  

(17)Ibid.、ppl84−85,およびTNECMonographNo・17,ProblemsofSmallBusiness,p・  

165,参照。20年代末紅,全小売店の組織率は20%といわれ,とくに独立店の場合は4   

%以下と見積られていた(R・PりMack,C∂カタダ・〃JJさ乃g忍βfα〜/gγ∫,1936,p・28)。   

(10)

30年代アメリカにおける小売配給の諸問題(1)  

−−5β−  

383  

ゆえに.,そのボタンジャルな力を充分に結集できなかった。   

第2の理由ほ,チ工−ン側の対抗捨置の強化に.ある。独立店に比し大規模な   るがゆえに組職率も高く,豊富な闘争資金を背景に,強力なロビイングを展開   し,提出された法案のはとんどが否決され,可決成立したものはすべて起訴さ   れた。このように強力な闘争とその勝利は,NCSAの高組織率とそれを背景に 

(18)  

した全国的な統一・闘争にもとづくものである。   

さて,第8に,チ・て・−ンへの課税は製造業者のインタレストに何ら関係せ   ず,したがって製造業者をこの道動に.参加させることができなかったことがあ  

(19\  

げられる。のらにのべるように.(Ⅲ参贈),この点ほチ.ェ・−ン税法制定運動と  

「公正取引法」制定運動との基本的相違を示すものである。そして,製造業者   の関与の有無こそは,のちに.チェ−ン税法の廃棄・消滅と「■公正取引法」の強  

(20)  

化という対照的帰結をもたらし鱒最大の原因をなす。   

最後に,チ.ェ−シ税法制定が進展しなかった理由は,それまでのチ・.ェ・Tン税   法にたいする達意判決にある。達意判決は,直接的匿ほ,チェーーン税法制定に  

とって最大の障害をなしていたといって−よい。ところが,31年5月,連邦最高   裁ほインディアナ法にたいし合窓判決を下すことによってこの障害を除去し,  

−−・時的とほいえ,制定運動を大きく前進させたのである。   

29年に62の法案が提出され,そのうち3件が成立したが,うち1件ジョ・−ジ   ア法ほ,違憲判決を受けた27年法を若干修正したものであった。同法ほ,5店   舗以上を所有するチェ−・ンの各店舗に均一・課税を設定したが,31年,5店舗を   基準に塊界線を設定することの盗意性・不当性のゆえに再び適意判決を受け  

、\  

(1鎖 しかし,NCSAの内部に問題がなかったわけでほない。後述参照。  

㈹ ここでアメリカにおける樅力構造を解明する能力はないが,さしあたり常識的に,   

巨大な製造業老(および銀行)のインタレストこそが,州および連邦議会の動向を実質的    にコントロ・−ルすることを指摘レておこう?  

捌 もちろん,チェーン税法と「公正取引法」との命遊のきわだった対照は,直接的に.は,   

後者を表面紅たって強力紅推進したドラッグ商の同業組合NationalRetailDruggist    Association(NRDA)の高粗放率(52%,会員2。8万)を背景にした強力な全国的統−・運    動紅負うところが大きい。しかし,それにもかかわらず,「公正取引法」がNRDAだけ   

の遊動によって制定されたとみなすことはできない。後葦Ⅲ参照。   

(11)

籍38巻【寛4号   384  

ニー 5頑 −−  

た。   

ところが他の2件,ノース・カロライナ・法とインディアナ法は,2店舗以上   を所有するものをチ∴ェ・−ンと定義し,前者ほ.2店目から店当50ドルの均一・課税   を,後者ほ単縄・店舗所有者(者虫立店)にたいする3ドルから,20店舗以上を有   するチ.‡.・−ンにたいする店当25ドル(38年に150ドル)までの累進課税を設定し   た。もちろん,チ∴ェ−ン側ほただちに両者を起訴したが,31年・5月,インディ   アナ・法にたいし,5対4の僅少差をもって,チェ.−ン税法制定史上初の合憲判  

(21)  

決が下されたのである。同判決において,最高裁は,単一・店舗と2店舗以上を   有するチェーンとの間紅は,たんに程度の差があるだけではなく,現実に・「実   質的な差異」が存在し,したがって一両者は,客観的にみて−,相異ならたカテゴ  

リーないし種類(class)に属するとの解釈を示し,ここに課税の根拠をもとめ   たのである。ではいったいここにいう「実質的な差異」ないしチェ・−ン・シス   テム紅内在的な利点とほいかなるものか。それほ,大塩仕入,現金仕入,現金   割引,倉庫所有,盟富な資金,低価販売,高回転,広告およびその他の経営  

(22)  

上の諸利点のことである。同判決ほさらに,大・中・小規模のチ.ェ.・−・ソ間にも  

「実質的な差異」を認め,したがって異る分類に入ることから,規模=店舗数   しごニ■  

に対応した累進課税も認めた。   

さて,インディアナ・法にたいする合憲判決がチ、エ−ン税法制定運動に・あたえ   た影響ほ第1表に端的に示されている。法案数とともに成立数も著しく増加  

した。このころ,州議会でほ,議員が集ればチェーーン税の話をしていたといわ   れるくらいであった。制定されたチェ・−ン税法の大多数はインディアナ法と同   じく店舗数にたいする累進課税を規定していたが,これは.合憲判決がえやすい   ためである。しかし,かかるタイプの課税法ほその本来の目的であるチェ−ン  

但1)S才αfβ助αγd∂./rα.ガC∂研∽よ5S∠0紹β′ ざ0ノエ加須α紹α臥/dC烏・50乃,283tJ‖S.527(19    31)  

(221C。F.Phi11ips, An Economic Analysis of the Supreme Co11It,s Decisions on    Chain−Store Taxation, nい6,ppり52−53.  

¢3)同年,インディアナ法紅引き続きノ・−ス・カロライナ法も合意判決を受けた(Grg〃fA   

&P7♂αCoいがい几血.γ抄βJJ,284U、Sl・575)。   

(12)

385   30年代アメリカにおける/ト売配給の諸問題(1)   −∂β− 

の抑止を充分に実現するものではなかった。しかも税額の引き上げによる抑止   ほ.一一一大体において改正のたびどとに引き上げられる傾向があったが−一過度   の税額に・なれば違憲の可能性もあって,制約されていた。この点で,個々の店   舗ではなく,チェ・−ンの全休としての売上高にたいし累進売上税を課せば,チ   ェ・−・ンにとってヨリ負担が大きく,有効なチェ−ン抑止になるのであって,従  

(2り  

来からこのタイプの課税法制定の試みがあった。しかし,35年5月,連邦最高   裁ほかかるタイプの課税法に.たいし違憲判決を下した。とこ.ろがべつに,ヨリ   有効なチ,エ−・ソ抑止のために考案された新たなチェーン税法があった。   

34年のルイジアナ法ほ,従来のすぺて−のチ∴ェ.−ン税法が当該州内に存在する   チーエ−ソ・ストアを適用範囲虹して−いたのにたいし,州内という枠をはずし,  

チェ−・ンの経営する店舗総数(州の内外を問わない総数)にもとづいて累進課   税を設定した。そして㌧最高税率ほ.500店以上を所有するチ.ェ∴−ンにたいする店   当550ドルであった。したがって,たとえば当時A&Pは,ルイジアナ州でわ  

ずか106店を経営するにすぎなかったが,全国で約1.5万店経営していたた   め,ルイジアナ州内の106店に・たいし最高税率を適用される声とになったので   

(25)   (26)  

ある。同法は87年5月,最高級で4対8の票決により合憲とされたが,その理  

由は,チェ.・−ンの利点が店舗数に応じてこ増大するとすれば,それが州の境界ま   でしか影響力を及ぼさないとはいえない,ということにあった。換言すれば,  

等しく100店舗を当該州内で経営ノしていても,州外でさらに多数の店舗を経営   するチよ−ンと当該州内の100店のみを経営するチェ・−・ンとでほ,大規模性に  

もとづく利点に相違があるというのである。この理由の当否はともかく,同法   の意義ほ,ロ・ニカル・チェーンと巨大なナ・ショナルおよびセクショナル・チェ・−  

ンとの間に明確な差別を設けたことに.あり,巨大チ㌧L−ンの抑止を本来的目的   とするチ・ェーーン税法として.は,他のタイプのものよりもヨリ合目的的なもので  

日劇 最初の例は30年に制定されたケンタッキ−およびミシシッピ一州のチェ−ツ税法であ    る。  

C25)GM..Lebhar,OP‖Cit。,pp‖151・52,訳,170−71ぺqL?。  

伽)G㌢・e〃f A&P rβαCoぴ.Gγ0・ざブβα〝,301U.S.412(1937) 

(13)

第38巻 第4号  

386  

ー56 一−  

ある。   

以上のぺたように,チ土−ン・システムに固有の利点が課税の根拠をなしで   いたが,それと同時に.チ.ェー・ン税法は一−−・累進課税の場合■−一肌チェー・ンの利点   が店舗数の増加紅対応して∴増大するとの前提にたっている。チェー・ン・システ   ムがそ・れに.固有の利点をもっており,その利点が大体に・おいて:店舗数の増加に   応じて増大する傾向があることはじじつである。しかしそれはあくまで傾向に  

とどまる。チ.ェ.・−ン税法は,・それ自体としてほ計患できない利点を,店舗数に   還元するこ.とによって計遷化し,したがってまた税率の基準としたのである   が,右こに.はやはり無理がある。この点ほ累進度の慈恵的設定をみれば明白で   あろう。税率の基準は,既述の利点が必然的に,かつ集約されて現象する収益  

のなかに・もとめる以外にな∨、のでほなかろうか。チェ・−−ン税ほ−−−はとんどす   べての論者が指摘しているように∴一肌食料品チ∴ェ∴−ンの1単位店と,それより   もほるか軋巨額の売上と収益をあげる百貨店やプァラ1エディ・ストアとの間に   存在する格差に正当な考慮を払っているとはいえ.ない。さら紅,それは異業種   間および同一・業嘩のチ.ェ∴−ン間に存在する収益の大幅な相違を無視し,景気変   動にともなう収益の増減をも無視している点でかなりの疑問を残している。   

さて,このようなチェ・・−ン税の不当性はともかく,既述のごとく,81年のイ   ンディアナ・法にたいする合患判決以後チェ」ン税法を制定する州は著増し,さ   らに81年のオレゴン州掛−トランド市を哺矢\として,埠方自治体にも波及して   いった。そして鵬最高裁の判決がかなり−・貰性を欠き,それゆえ違意判決を   受けたのもすくなくなかったが,それでも岬】36年末にはぼ18州がチふ一−・ン課   税を実施していた。   

かかる状勢にたいしチェ・−ソ側ほし、かに対抗したであろうか。NCSAを中心   とする闘いほ,大恐慌の影哲を受けて売上高が著しく減少したため,売上高を   基準に徴収していた組合費が大幅に減り,鋸化しほじめた。しかも他方でほ,  

強力な闘いの必要性はますます高まって†、たのである。そこで81年6月から32   年6月期の予静を2倍にするとの決議がなされたが,ついに種々の意見が対立  

して取り消されてしまった。これほ,チ..ェ・−ン税の影劉をもっとも強く受け,   

(14)

30年代アメリカにおける小売配給の諸問題(1)   …57−−  

387  

それゆえ.もっとも積極的に反対運動をしていた巨大チ・ェーンとそれはど熱心で  

(27)  

ほなかった申・小チ.ェ∴−ンの対立を反映したものであろう。そしてさらにこの   ことは,NCSAを支配していた巨大チ.ェーンが,自己の特殊な利害を中・小メ   ムバーに.浸透させ,かれらがともに共通の利害関係にたっているとの信念−  

これこそがミルズのいう「潮訳」を可能にするのであるが−…−を保持させるこ   とに失敗したことを物語るものであろう。   

大恐慌ほ,NCSAに.内在していた巨大チェ.−ンと中・小チ∴ェ.−ンの利害対立   を顕在化させる契機となった。このことは,とりもなおさず巨大チ.ェ.・−ンが,  

NCSAを通じて中小チェ.−・ンを反チェーーン税法闘争に利用することが不可能に  

(28)  

なったということを意味する。そこで同一・利害関係に・ある巨大チェ・−ンが,個   々あるいはグル−プで聞いを進鱒ていかざるをえなくなった。後者としてほ,  

食料品の巨大チェ−ンを中心とした14祉が,NCSAの反チェ−ン税法闘争を指   導したLyonsを顧問に,引き続き積極的な反対運動を展開していった例があ  

(29)  

る。この14社の反チェ−ン税法予算ほNCSAのそれと同額を計上してこいた。さ   て二,かれらは法案成立阻止がはっきり不可能だと判明したときに.ほ.,グォラン   クリ−・・チーエ−ンや給油所に・も適用されるよう修正案を出し,後者を反対の同   盟軍に引き入れるか,あるいは心中の道連れにすることによって課税紅よって  

(301  

生ずるハンディキャップを相殺しようとした。  

併)規模による対立は,たとえばつぎのように現われた。すなわち,東部ないし北部に.の    み所在し,チェ.−ソ税の負担を受けていない中・小チ.ェーンほ,巨大チ・ェ.−・ンによっ   

て,かれらが進出した南・西部諸州における反チェ−ン税法闘争のために,NCSAの予    算の多くが使用されるのを黙認できなかった。そこで,中・小チ・ェ−ンは州レヴュルの同    業組合結成を提案した。これは,中・小チ.ご.−ンが負担する金を,もっぱら直接的匿か    れら自身のために用いようという要求の現われである。なお,規模間の対立以外紅,業    種間における,課税の影響の差異を反映した⊥慮の対立も見逃すことはできない。  

控母 NCSAは33年11月に解体され,各業種別同業組合にとって代られた。この解体の原因    は直接的K.はNIRAにあるが,しかしそれ以前にNCSAは実贋的機能を停止していた    とみてよい。  

位9)G・MlLebhar,Ob・Cit・,pp小1学9and218−19,訳,210,241ぺ−ジ。  

酬反チ㌦−ツ税関争の一例をあげておこう。35年のカリフヵルエア法の存否をきめる住   

民投票をめぐる運動はひとつの輿塾をなす。この剛、でチ詰一−ソ側は一瀧広告宣伝代理   

店を雇い,各種マス・コミを動員した宣伝戦を展開しながら,他方では,従来チ・ェ−・ン   

(15)

第38巻 欝4弓   388  

ーー5β −一  

(3)チェーーン課税の影響  

チューン課税の影響を論ずるにさい  し,われわれは以下の2点に注意しなけ   れほならない。その節1は,30年代の諸文献が,論者がその渦中にあったこと,  

およびかれらの多くがチ,エーンのイデオローグであったことにより,じっさい   以上にそ・の慈影響を強調している点である。第2ほ,チ、エーン税が重要性を喪   失したのちの段階でこれを論ずるものが,不当にそれが果した役割を軽視して   いる点である。かれらほ,消費者をはじめとする広範な人々の支持を背景に展   開された「偉大な闘い_」によってチェ・−・ン税が粉砕された側面を強調すること   により,自讃しているのである。これらの見解ほいずれもー・面的であるといわ   ねばならない。   

チェ−ン税の深刻な影響を例証するさいによくもち出されるのは,ニーユ−・ヨ  

−ク市近辺でかなりの店舗を経営して:いた食料品チ.‡.−ンJames Butler Co.  

が,その店舗を各ストア・マニ汐ヤ・一に売却し,グォランタリ・−・チェー仙ン化   したじじつである。しかし,同社のこ.の転換ほ,ニューヨーク州がチェーン税   法を制定しなかったことからも明白なごとく,何らチ.ェ・−ン課税によるもので  

(81)  

はなく,転換の主因は大恐慌に.よる金融難にあった。   

チ∴ェ・−ン税は,大規模チェ−ンに急激な変草=再編成を迫るはど高税率でほ  

(82)  

なかった。またチェー・ン税によって,全体的に・みて,チェーンの成長が阻止さ   れたとはいえない。その原因ほ,東・北部にもっとも広範に進出している巨大  

チェ・−・ソにとって有利なこ.とに,これら諸州の多くがチェ・−・ン税法を制定して   いなかったことにある。だが,そればかりでほない。チェ」−ン税法を制定した   

に非友好的であった農民にたいし,かれらの深刻な過剰生産(とくに桃かん詰,乾燥果    実)につけこみ,過剰生産物をチ.ェ」−ンの巨大な全国チャンネルを通じて処理すること    により,かれらの支持をとりつけてしまった。この結果137カ対107万でチーエ・−ン税法の    廃止がきまったが,これはチ.工・−・ンに・とって住民投票における初勝利であった(くわし   

くは,Ibidn,Ch.ⅩⅠ,訳,266−82ぺ−・汐,およびJlC Palamountain,OP・・Citu,p 17    3ff.参照)。  

鮎 A…G.・Buehler,loc cit.,p185・  

侍2)テキサス州払おける店当750ドルが最高税率であった。   

(16)

30年代アメリカにおける小売配給の諸問題(1)  

−一反9−−  

389  

諸州も,多くの場合,税額をしだいに引き上げていったとほいえ,やはり低か  

ったのであり,それゆえチェ.・−・ン税法の存在にもかかわらず成長・進出しえた  

(33)  

のである。しかもルイジアナ・塾のチ・ェ.−ン税法が拡散しなかったことは巨大チ  

●●■●●●  

●● ェ・−ンにとってきわめて有利に作用した。かくして,全体としてみれは,課税  

の影響ほ軽微であったといってよい。   

しかし,事態を業種別に検討すれば,若干異なる局面が現出する。いま1918   年から30年までの間を8年間とり出し,仝チェーンの8年間の平均店当純益  

(年間)をみると,最低の食料品チ「ェーンでほわずか953ドル,ついで婦人用  

服飾品チェ∴−ンの1,802ドル,最高は1ドル限定ヴァラ・エティ・チェ一−ンの15,  

(さ4)  

715ドルであった。30年代の不況による収益の低下を考慮すると,とくに食料   品の巨大チェ.−ンにとって,チ.ェ「ン税がけっして無視しえない影響をあたえ  

ることほただちに予想されることである。しかも,最高税率500ドル以上を規   定したいくつかの州が存在したことをかんがえ.た場合,なおいっそうそうであ  

る。そこで1例として当時食料品チ.ェーンのうち売上高第8位を誇っていた  

〔3♭)  

KIOge工の場合についてみてみよぅ。同社成18州にわたり4,352店を経営してこい   たが,うち8州がチユニーン税法を制定していた。同社の34年の平均店当純益は  

964ドルであったのにたいし,チ・ェ.−ン税支払い総額ほ268,279ドル,すごなわち  

(36)  

店当約62ドルであった。つまり課税額の純益にたいする比ほ6.4%となる。36   年になると税負担はさらに増加し,税支払い推計額ほ約86万ドルとなったが,  

($7)  

これは85年の税引前利益の1割にも達する。この税負担は,全体としてみれ   ば,同社にとりけっして過重なものとはいえない。しかしぎゃくに,けっして  

(33)たとえば,最高税率,店当150ドルのメイン州でほ,チエ−ン・ストア数も売上も上    昇し,インディア九 コロラド,アイオワ等でも,店数ほ大幅に械少したとはいえ,売    上ほ増加した。  

(34)C。F.Phillips, State DiscIiminatory ChainStoreTakation, p・335,TableⅡ,   

参照。  

(35)全体の統計が欠除しているため,個別的事例によらざるをえない。だが巨大チェーーン    にたいする課税の影響=税負担の度合いは,これに・よって充分あきらか紅なるとおもわ  

0  る〃  

㈹ 

p 35L7.  

G。Buehler,loc cit.,p小180.   

A.  

(17)

390   帯38巻 舞4号   

−−60−  

軽微であるともいえないであろう。とくに全国をいくつかの地区紅分割し,各  

地区が独立採弊制を採用している巨大チ・ェ・−−ンにとってほ・,地区に・よってほチ   ェー・ン税負担ほけっして無視しえない程度に達していたとみなすことができ  

る。   

巨大チェーンのピヘイグィアー一にあたえたチェーーン税の影響ほ,上述のよ・う   な,現実の・あるいほ現時点における・税負担だけからほ判断できない。当   時,税率が引き上げられる傾向にあったことほ,チよ−ンの店当純益の低いこ  

(38)  

ととあいまって,巨大チェ−ンの経営方針に,こ.んにち予想される以上の影響   をあたえたとみなければならない。じっさい,店当500ドルにも及ぶ課税は,も  

(39)  

しそれが全州に.波及したならば,いやたとえ全州ではなくて,すで檻チェ−ン   税法を制定した州だけにでも波及したならば,巨大チ.ェ.−ンの,それら諸州にお   おける経営が重大な転換を迫られることは明白である。しかも当時においてほ 

−鵬・現実のなかから将来の経営方針を決定していくめであるから,当時の状勢   はとくに重要なのであるが−−−このような可能性は充分に存在していたのであ   る。したがって,たとえば36年1月,A&PのHaIゼ0Ⅰd社長が,高税率諸州に   おけるグォランクリー・チ,エ.−ソ方式の採用を兵剣に検討している,と声明し  

(40)  

たのほ,高税率の不当性をアピ・−ルすることだけが目的であったとはけっして   いえない。税負担とその影響力を軽視する論者ほ,なぜ巨大チェ・−ソが,巨額   の闘争資金を注入して積極的紅反対闘争を展開したのか説明できない。その理   由は,たとえ現実にはいかに低税率であろうとも,税率引き−上げの潜在的危険   性を内包している点にあるのであって,こんにちでほ,反対運動のせいもあっ  

(38)巨大チェ−ンといえども店当純益はやほり低く,しかも不況その他の影響を受けてさ    らに.低下し,かなりの赤字店を出していた。個々のチ.ェ∴−・ンによってかなりの相違はあ    るが,一・般的紅は以上のようにいえる。たとえば当時売上高第4位のAmerican Stores    は,32年の1,449ドルの平均店当純益から34年にほ1,176ドルへ,NationalTea(第6    位)は32年の648ドルから34年に,ほ364ド)L/へと低下した(C.F.Phillips,loccit,p.   

356)。  

(39)たとえ.はKIOgeI・の場合,もし18州で店当500ドル課税されると,課税総額は34年の    純益の50%以上となる(Jみ摘.,pp、・357−58)。  

(40)M.A.Adelman,A&P:A SEud.yin PriceMCoSt Behavior and Public Polic.y,  

1959,pい168 

(18)

30年代アメリカに.おける小売配給の諸問題(1)  

−Ⅵ6J−・− 

391  

て,それが顕在化しなかったことを確認できるが,当時においてはけっして−そ   うではなかったのである。   

さて,巨大チ、エ−ンほ,−・一・方でほ課税反対運動を展開すると同時に.,他方で   はその経営方針をしだいに・転換していく。鱒ちに・詳論する(Ⅴ参照)が,30年   代に巨大チェ−ソほ店舗数を急速に減少させると同時紅,他方では単位店の規   模を拡大してこいったのである。この傾向はすでに20年代末に現われほじめた  

(たとえばコムビネ仰レヨン・ストアへの転換)が,とくに,20年代に‥おける   過大な拡張が恐慌によって暴露され,その結果が赤字店の増加となって現われ  

ると,それを整理するという形で進行した。たとえばA&Pでほ,29−33年の   間,毎年400前後の店舗が閉鎖され,その後やや減少するが87年以後再び急増  

(41)  

する。われわれは,巨大チ.ェ・−・ン淀ぉいて・ほ,その大規模性に固有の保守的性   格−−仙それは29年恐慌を契機に,80年代紅おける巨大チェ−・ンの特徴的ピヘイ  

グィアーとなって現われるのであるが−−のゆえに,過剰資本したがってまた   過剰店舗の存在が,利潤マ−ジンの引き上げに.よって隠赦され,そ・の整理がき   わめて不徹底なものであったことに充分注意しつつ,しかもな一おかつ不況が一一  定の限度内で整理を進行せしめたじじつを見失ってはならない。そ・してチェ−・−  

ン税ほ,かかる整理を促進する役割を果したのである。そしてさらに,巨大チ   ェ・−ンが,その保守的性格のゆえ.に直面した80年代後半の危機を,過剰資本の   徹底的整理=ス」−−パー・・ふ一−ケットへの転換によって脱出するさいに,独立ス  

−パ鵬・マーー・ケットとともにチェ−ン税は重要な影轡をあたえたのである。じ   っさい,チェー・ン税が存在しない場合,過剰資本の徹底的整理の時期がいっそ  

(d2)  

う遅れたことほ疑いない。   

チェ・−ン税が蛋要な影響をあたえた分野には,上述の巨大食料品チェ−ンの   ほか紅,給油所(filling stations)チェー・ソがある。  30年代紅給油所チ∴=.・−ン  

(41)Zbid.,ppl450−51,Appendix Table12,参照。  

(42)したがって,皮肉なことに,チェr−・ンが危機を脱するにさいし,チェ・−ソ税はそれを    助けたわけである。「チ,=・−ソ・ストア税はA&P虹とって天恵であった。」(∫∂i♂..p.   

54)   

(19)

392   節38巻 第4号   

−・62−−  

ではかなりドラスティックな再編が生じた。すなわち,29年に同分野の小売売   上総額に占める給油所チェ−ンのシェアは33.8%であったのが,85年に21け5  

%,39年にほ10.2%へと急減する。他方,これに反し独立給油所のシェアは,  

それぞれ66.0%,77.9%,88.4%へと急増した。また店舗数においても,この   10年間に総数が12万店から24フ引吉へと倍増したのにたいしiチ.ェ・−ン・ストア  

(4S)  

は28,617店から10,291店へと約3分の1に減少した。かかる急激な変化にたい  

(44)  

しチ、エ−ン税はいかなる関連をもって−いたであろうか。   

20年代に大手石油精製会社ほチェ.−ン形態によって−自社管理していた給油所   を急速に増やしていった。しかしこのような直営形態ほ,20年代のような「簡   敷」期に.ほ有利であったが,不況期には,急激な価格低下をまともに負担させ  

るものとなり,給油所の利潤マーージンをきわめて低くしていたこともあって二,  

(4ごI)  

給油所自体の採算ほ非常に.感化した。しかも,かかる状況に加えて,NRA ̄下に   おける団結・団交権の容認,労働時間・賃金規定,さらにほ35年の連邦社会保   障法の制定ほ給油所経営の負担をいっそう重くし,有利とはシ、えないものにし   た。かくして恐慌勃発以来,直営政策を改め,元の直営店を貸与する方向へと  

しだいに転換していたのであるが,チェ・−−ン税の給油所チェーンヘの適用ほ,  

あるときほ転換の促進要因紅,またあるときは転換の重要な契機=口実となっ   た。ごの転換によっで大手石油椅製会社がえた利点ほ,のちにものべるが,第   1に,諸負担の独立経営者への転嫁が実現したこと,換言すれば,独立店に大   恐慌以降生じた諸々の悪影響にたいするクッションの役割を演じさせたことで  

舶G純餓ざ0ノ月お扇〝β.ゞざ:J9βタ,忍¢≠α∠タコ㌧・αd♂:J9β9てγ♪βざ∂/0タβ7〃J∠■〃乃,1941,p.   

6 ff.  

(44)以下についてはつぎの諸著を参照。S.N申Whitney,Anti −TYIuSiPolicies,1958,Vol 

Ⅰ,p.125ff;G C,Corbaley,Groub Sellingb.ylOO,000Retailers,1936,ppい177」   

78.W‖ アダムス編『アメリカの産業構造』(嘉治真三監修)1958年,第7章。  

舶 一例をあげると,ウ.ェス トプァ一汐ニア州にある Standard Oilof N.Jい直営の   

給油所は949・で,33年にその半数.以上が,平均してわずか89.75ドルの利益をえていたに   

すぎない。なお同年州議会はこれにたいする店当250ドルの課税法案を可決した(G」M 

LebIla工,0♪.C∠f.,p、146,訳,164−65ぺ−ジ)。   

(20)

30年代アメリカにおける小売配給の諸問題(1)  

岬6β−  

393 ル  

ある。第2に,よりフレキジプルな価格政策の採用−−それ咋恐慌による価格   とシ.ェアの変動のため,とく紅要求されていた・−−・が,その負担を独立店紅転   嫁しながら,可能になったこと。第8に,以前直営給油所のストア・マニ汐ヤ  

ーとしてサラリー・をえていた人々を独立店主に.するのを機会に,さらに小売マ  

(一β)  

−ジンを切り下げることができた点れ−−この3点を指摘しておこ.う。   

さて,チェ−ソ税を契機とした政寛転換の進展の具体例をみてみよう。まず   Standard OilofIndianaほ,85年に制定されたアイオワ法を契機に,直営給   油所を元のストア・マニ汐ヤ・一に貸与するという有名なー ̄アイオワ和画」を採   用した。同社の35年度報告によれば,同年350の給油所を放棄し,500店以上  

(47)  

をもとの所有者に返した。これによって同社は小売業紅直接的把は関係しなく   なったが一一一山  独立店化した場合はすペてそうなのであるが−主として.同社の   製品を販売.している独立経営者にたいし強力な支配力を保持し,実質的には,  

かれらを専売店化してt、たのである。大手石油精製各社は,諸負担の回避をの   ぞんでいたため,「アイオワ計画」はチェーン税の存否に関係なく,ただちに  

し18、  

全国的に.波及した。   

以上みたように,不況下で進展していた大手石油糖製会社による直営給油所   の処分傾向を,チ.ェ∴−ン税はいっそう促進し・,とくに.85年最高裁により給油所   チ.ェ∴−ンへのチ・ェ・−ン税法の適用が認められて.からほ,政策転換の重要な契概   となった。大手各社がこの転換によってえた利点は多く,失った利点は何もな  

かった。じじつ,かれらほ独立商と公式・非公式の専売協定を締結し,実肇的   にチ・ェ」−ン・システムのもつ利点を,引き続き草受していたのである。ところ   が若干かかる現状を脅やかす事態が発生する。すなわち,35年,最高裁は,た  

とえチェ・−ンを解体し,各ス、トア・マニ汐で一紅店舗を貸与しても,課税免除  

(46).丁C.Palamountain,OPl}Cit。,pl187  q7)G.CいCorbaley,OP.cil.,Pl177  

(臓 この結果大手18杜の直営給油所はつぎのように急癒した。33年‥125,327店,35年:75,   

547店,56年:3,000店。なお若干の大手は,売上高の大きい,したがって好収益の直営    給油所をこん紅ちもなお所有しているが,これは新しいマ−ケティングを試みるさいの   

実験室の役割を果すことができるからである(S〃N.Whitney,Ob.eit.,p.125)。   

(21)

第38巻 第4弓  

394  

■一一 ∂Jl−−  

(49)  

とほならない,との判決を下したのである。同様のことほ37年ノ−−ス・カロラ   イナでも生じた。ShellPetroleum Corp.ほ同州の130の直営給油所を.以前の  

ストア・マニジャ匝・に.貸与することに.よって二,チーエーン税を回避しようとした   が,裁判所は,この場合,Sbellによる実質的支配力はきわめて有効に行使され   ているので,独立店に自主的活動の余地がはとんどない,つまりSbellほチェ  

(50)  

−−ン租繊の主要な利点を草受している,として解体後の課税をみとめた。しか   し,との判決とてもチェ.−・ソ解体の傾向にほ何ら影轡を及ばすものでほなかっ   たのであって,むしろ独立店化した給油所に負担が課せられただけであった。   

以上のように,チ.ェーン税は巨大食料品チェーンにたいしては,その負担.を   軽減する政策の採用を強制し,それに.よってかえ.ってその成長を助け,給油所   チェ・−ンにたいしては,そ句解体の重要な1促進要因ないし契機となったが,  

むしろそれは大手各社に・とってのぞましい方向であった。かくして}、えること   は,チ∴ェーン税ほ,それが本来目指していたものとまさにぎゃくの影脊をあた   えたということである。  

(4)連邦法制定の企てと反チェ・−ン運動の衰退  

チェーン税は,配給米界内部に・おける大規模商と小規模商との基本的利害対   立を,新しい流通チャンネル(チ.ェーーン)と旧来の伝統的チャンネル(独立商)と   の具体的対立に.おきかえ,後者の,前者にたいする−・定の「勝利.」を表現するほ   ずのものである。しかるにチェーソ税ほ,すでにのぺたどとく,その本来的目   的たるチエ・−ンの抑止を実現しなかっただけでなく,むしろぎゃくの∴チ・ェ∴−  

ンの発展を助長するような影響をあたえる(ここでは給油所チェ・−ンを除外す   る)か,あるいはまったく軽微な税負担にとどまって何らの影響をもあたえな   かった。かくしてここにヨ.りきびしい課税法制定が連邦レグ、エルで企てられる  

脚 ■杓・ガぴ・・Sfα〝dα7■d O≠J扉■Ⅳいん294U・S・87(1935)およびG励′風洒履乃g C♂ぴ  爪元(1936).  

伽)M.Ⅵr.Lee,わc c〜f..p‖264.   

(22)

30年代アメリカにおける小売配給の諸問題(1)   …65−  

395  

(61)  

ことに.なったのである。  

1938年2月,Patman下院議員(テキサス州選払)ほ,Chain Store Destruc・  

tion BillないしDeath Sentence Bi11と俗称されるチ∴ェ.叫・ン課税法案を提出し   た。同法案紅ほ.70名をこえ.る同調者の名前が記載されていたといわれるら法案  

の内容ほ,10−・15店を有するチェ・−ソに店当別ドルを課し,以後しだいに・累進さ   せ,500店以上のチェ・・−・ンに.たいして−は店当1,000ドルを課し,しかもさらに,  

かくして算出された課税額を,納税者が経営する店舗が所在する州の数七掛け   て最終的課税総額とするものである。   

この法案の目的は,巨大チ.ェ−ンを例にとれば−・日瞭然である。たとえば,  

A&Pは38年末紅40州にわたって10,900店経営していたから、,4.36億ドルとい   う彪大な課税額となる。とと.ろが同年の売上高は臥79憶ドル,税引前利益は  

(52)  

1,940万ドル紅すぎなかった。同法案の目的が巨大チェ−ンに文字どおり一「死刑   宣告」を下し,チ、エー山ソ経営を主として1州内に.限ること,いいかえれは,他   州からのチェ・−・ソの侵入を防て一点に.あることは明竃である。じじ、つ,Patm血   は同法案が成立すれば約20の巨大チェーンに重大な影響があると明言してい  

る。でほ,かれが巨大チ.ェ.・−ンに.反対する理由ほ.なに・か。第1は巨大チェ.−㌢  

が資金と信用を東部の銀行に.集中させる点であり,第2に流通部面に独占を生   ぜしめる点,第3に農産物価格の抑圧(買いノたたきに・よる),第4に∴地方自治   体への有害な影響である。、この主張の当否はとも′かく,このなかに束部の伝統   的巨大資本(とくに.束部金融資本)に・たいする申・西部新興資本−30年代は後   者が急速に成長していた−の利害対立が表明されて:いるとしても,′かなり一カ  

リカチュアライズされてこいるこ.とほ争えない。と同時に,巨大チ∴ェ・■−ソを独占   のレムポルどし,反独占感情を煽動することは,80年代の反独占感情の高揚  

伍1ト以下は主としてつぎの諸文献による′。′G・M・Lebhar,0♪1Cii・・Ch Ⅹ11,訳,2861■・33   Oぺpジ;G・H・Brown・ ANoteonFederalTaxationofChainStor?S・ Journal   

o.f Business,Vol・ⅩⅠⅠⅠ,Nol1,Jan・1940,pp小74−86;、J小C・Palamountain,Ob  c〟.,p.176ff.  

伍2)売上高およが店舗数はG.MlLebhar,OPl・Cit・,pl395,利益はM A.Adelman,OP   

cit.,p.438,Appendix Table7,による。   

参照

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