宇宙航空研究開発機構研究開発資料
JAXA Research and Development Memorandum
2017年2月
宇宙航空研究開発機構
Japan Aerospace Exploration Agency
ISSN 1349-1121 JAXA-RM-16-004
高精度熱ひずみ評価試験設備の開発
Development of a highly precise test facility for measuring thermal stabilities of satellite structures
神谷友裕, 清水隆三
Tomohiro KAMIYA, Ryuzo SHIMIZU
高精度熱ひずみ評価試験設備の開発
神谷友裕*1, 清水隆三*1
Development of a highly precise test facility for measuring thermal stabilities of satellite structures
Tomohiro KAMIYA*1, Ryuzo SHIMIZU*1
ABSTRACT
Thermally stable structures are essential components to realize advanced quality of observation for future satellite missions.
Their structures should be designed to be stable against the predicted thermal disturbances on orbit and their stabilities should be verified completely through ground tests before launch. Previous research and development activities have highlighted the importance of system level verification technologies in addition to accurate evaluation of material properties used as the design parameters. The development of a test facility is currently in progress at JAXA with the aim of verification of the mechanical design accuracy by measuring actual amount of thermal deformation of satellite structures precisely under highly stable environments. A middle-sized test facility has been developed as a first step to overcoming a range of technical challenges. This report summarizes the development of the key equipment for the test facility, i.e. a highly stable temperature and humidity controlled environmental room, a low thermal expansion optical breadboard with pneumatic isolators and a highly precise displacement measuring system using the next generation laser interferometers. As a result, we obtained core testing technologies such as the stable measurement environment (fluctuation < 0.14 °C and 1.0 %RH in air condition), the thermally stable fixture base with vibration isolation mechanisms (CTE = 0 ± 0.02 ppm/K at room temperature) and the precise displacement measurement system (accuracy < 0.04 µm).
Keywords: test facility, thermal stability, satellite structures, environmental room, fixture base, displacement measuring system
概要
将来の人工衛星に求められる高度な観測性能を実現するためには、熱的な寸法安定性に優れた構造体が必要 不可欠である。その構造体は予測される軌道上での熱環境の変動に対して高い安定性を有するように設計され ており、その安定性は打ち上げ前の地上試験において徹底的に検証される必要がある。そのため、初期の設計 解析段階における材料物性の正確性の向上に加えてシステムレベルの実構造体の安定性を検証する技術の向上 が必要である。実構造体を用いてシステムレベルでの熱構造特性の実測による正確な評価を実施するために、
JAXA では試験検証技術の開発を進めておりその最初の段階として中型規模の評価設備を試験的に構築した。
本稿では、その設備の重要な要素である恒温恒湿・防音防振クリーンルームとゼロ膨張セラミックスを用いた 低熱膨張除振台とレーザ干渉変位計による高精度変位測定系の開発について記載する。性能確認試験の結果、
試験室内の温湿度の安定度が0.14 °C、1.0 %RH以下、低熱膨張定盤の熱膨張係数が0 ± 0.02 ppm/K、測定系 の変位測定精度が0.04 µm以下であることを確認した。
宇宙航空研究開発機構研究開発資料 JAXA-RM-16-004 2
目次
ABSTRACT ... 1
概要 ... 1
1. はじめに ... 3
1.1. 背景 ... 3
1.2. 目的 ... 4
2. 熱ひずみ評価試験における課題分析と開発方針 ... 5
2.1. 課題分析 ... 5
2.2. 開発方針 ... 7
3. 恒温恒湿・防音防振クリーンルームの開発... 8
3.1. 仕様検討 ... 8
3.1.1. 設置場所、大きさの検討 ... 8
3.1.2. 空調方式、空調機の設置方法の検討 ... 10
3.1.3. 恒温防振室の床面および壁面の構造の検討 ... 12
3.1.4. 空調機の温湿度制御能力の検討 ... 14
3.1.5. その他の仕様、付帯設備の検討 ... 16
3.2. 詳細設計 ... 16
3.3. 施工状況の記録 ... 41
3.4. 完成、検査および取扱説明 ... 51
3.4.1. 完成写真 ... 51
3.4.2. 性能検査 ... 51
3.4.3. 取扱手順の説明および注意事項 ... 51
3.4.4. 温湿度安定度の確認 ... 81
4. 低熱膨張除振台の開発 ... 83
4.1. 仕様検討 ... 83
4.1.1. 測定系の全体構成の検討 ... 83
4.1.2. 低熱膨張除振台の構成と全体仕様の検討 ... 84
4.1.3. 低熱膨張定盤の検討 ... 84
4.1.4. 除振脚の検討 ... 87
4.2. 基本設計 ... 89
4.3. 低熱膨張定盤の部分試作 ... 93
4.4. 詳細設計 ... 104
4.5. 低熱膨張除振台の製作および完成検査 ... 113
4.6. 納品および取扱説明 ... 121
5. 高精度変位測定系の構築 ... 124
5.1. 測定手法の検討 ... 124
5.1.1. 各種の測定原理の比較 ... 124
5.1.2. 各種の測定機器の評価事例 ... 126
5.2. 高精度変位測定系の構築 ... 129
5.3. その他の関連する測定技術の研究例の紹介 ... 132
6. まとめ ... 133
参考文献 ... 135
謝辞 ... 137
高精度熱ひずみ評価試験設備の開発 3
1. はじめに
本稿は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)研究開発部門第二研究ユニットが2013~2015年度に実施した研究
「熱ひずみ評価手法の高精度化」における評価試験設備の開発成果をまとめたものである。
1.1. 背景
人工衛星を利用した地球観測や天文観測のミッションでは、気候変動等の世界的な社会課題解決への貢献や 最先端の学術の推進が求められており、研究開発においては革新的な技術の創出や世界に対して技術的優位性 を強化する取り組みが求められている。特に、赤外線を含む光による観測ミッションでは解像度(分解能)等 の観測性能を高めるために高い指向決定精度や指向安定度が要求されており[1][2]、JAXAではその高度な観測 性能を実現するための基盤技術の研究開発を進めている。光学観測衛星を模擬した人工衛星模型のイラスト[3]
を図1-1に示す。前述の指向決定精度は図の上部にあるミッション部(ミッションパネルより上側の部分)に 搭載されるセンサが指向している方向(指向角)をどの程度正しく求められているかを表す指標であり、指向 安定度はセンサの指向角が時間軸に対してどの程度安定しているかを表す指標である[4]。
図1-1 光学観測衛星を模擬した人工衛星模型(参考文献[3]の図2-3より一部修正して転載)
観測性能を向上させるためには、観測センサ自体の性能を向上させると同時に指向決定精度や指向安定度を 高めることが重要である。観測性能に影響する誤差要因は指向制御、熱、構造等の多岐の分野にわたるが、こ れらの誤差要因を低減するための方策として衛星構造体の安定性を向上させることは重要な技術要素となる。
現在、衛星構造体の軌道上における安定性が議論されるときには3つの大きな要因があり、安定性の時間軸で 分類すると現象の理解がしやすい。
最初の要因は微小振動による指向安定度の劣化であり、しばしば微小擾乱問題とも呼ばれる。この現象は、
可動部を持つ衛星搭載機器(図1-1に示す冷凍機、リアクションホイール等)から発生する主に1秒以下の周期
(周波数軸でいえば1Hz以上)の微小振動が衛星構造体を介してミッション機器(図1-1に示す鏡面やミッショ ンパネルに搭載される観測装置等)に伝達することで発生する。その対処方法には様々な方策が提案され[5]、 実際の衛星開発においても課題解決に向けた取り組みが行われている[6]。
2つ目の要因は温度変化に起因する衛星構造体の微小な熱変形であり、いわゆる熱ひずみ問題と呼ばれる。
人工衛星の温度変化は周期的で、そのサイクルは地上から数百kmの低軌道では数十分、36000kmの静止軌道で は日のオーダーであり、さらには季節による長い周期の変動も考えられる。この熱ひずみ問題は指向性能劣化 やミッション部(特に光学系)のゆがみによる画像劣化を引き起こす可能性が考えられる。
3つ目の要因は湿度変化による構造材料の微小変形である。人工衛星は打ち上げまで常温常湿に管理された クリーンルーム環境に置かれており、樹脂を含む構造材料は周囲の環境湿度に応じた水分を吸収して膨張して いる。真空環境である宇宙空間に晒された時には脱湿して、構造材料が脱湿量に応じた収縮を生じ指向性能を 劣化させる恐れがある。人工衛星の構造材料には炭素繊維強化複合材料(CFRP)が比強度、比剛性の高さか ら古くから活用されてきているが、近年でもCFRPの吸湿特性に関する議論が続いている[7]。脱湿による微小 変形の時間スケールは月~年のオーダーと長く、変化も単調的で徐々に飽和に向かう点で熱ひずみとは挙動が 異なる。
アクセス(-X面)パネル 上面(+Z面)パネル
側面(+Y面)パネル パドル駆動機構用取り付け穴 ホイール
冷凍機用コンプレッサ 鏡面模擬パネル
アダプターリング アクセス(+X面)パネル
側面(-Y面)パネル 構体結合フィッティング
ミッションパネル トラス構造
目次
ABSTRACT ... 1
概要 ... 1
1. はじめに ... 3
1.1. 背景 ... 3
1.2. 目的 ... 4
2. 熱ひずみ評価試験における課題分析と開発方針 ... 5
2.1. 課題分析 ... 5
2.2. 開発方針 ... 7
3. 恒温恒湿・防音防振クリーンルームの開発... 8
3.1. 仕様検討 ... 8
3.1.1. 設置場所、大きさの検討 ... 8
3.1.2. 空調方式、空調機の設置方法の検討 ... 10
3.1.3. 恒温防振室の床面および壁面の構造の検討 ... 12
3.1.4. 空調機の温湿度制御能力の検討 ... 14
3.1.5. その他の仕様、付帯設備の検討 ... 16
3.2. 詳細設計 ... 16
3.3. 施工状況の記録 ... 41
3.4. 完成、検査および取扱説明 ... 51
3.4.1. 完成写真 ... 51
3.4.2. 性能検査 ... 51
3.4.3. 取扱手順の説明および注意事項 ... 51
3.4.4. 温湿度安定度の確認 ... 81
4. 低熱膨張除振台の開発 ... 83
4.1. 仕様検討 ... 83
4.1.1. 測定系の全体構成の検討 ... 83
4.1.2. 低熱膨張除振台の構成と全体仕様の検討 ... 84
4.1.3. 低熱膨張定盤の検討 ... 84
4.1.4. 除振脚の検討 ... 87
4.2. 基本設計 ... 89
4.3. 低熱膨張定盤の部分試作 ... 93
4.4. 詳細設計 ... 104
4.5. 低熱膨張除振台の製作および完成検査 ... 113
4.6. 納品および取扱説明 ... 121
5. 高精度変位測定系の構築 ... 124
5.1. 測定手法の検討 ... 124
5.1.1. 各種の測定原理の比較 ... 124
5.1.2. 各種の測定機器の評価事例 ... 126
5.2. 高精度変位測定系の構築 ... 129
5.3. その他の関連する測定技術の研究例の紹介 ... 132
6. まとめ ... 133
参考文献 ... 135
謝辞 ... 137
宇宙航空研究開発機構研究開発資料 JAXA-RM-16-004 4
これらの構造安定性に関わる要因のうち、現在の衛星開発において重要な技術的課題として取り上げられる 機会の多い熱ひずみ問題についてその対処方法と課題を説明する。現状の衛星開発における熱ひずみへの対処 方法は、要求される熱的寸法安定性を満足するように構造体の低熱膨張設計を行うことが基本である。図1-2 に示すような光学望遠鏡に代表される光学系の構造は、人工衛星の構造体の中で最も高度な安定性が要求され る構造体であり、熱膨張係数の低い材料が適用され高度な熱的寸法安定性を有する設計がなされている。主鏡 等の光学部品には研磨性の点でゼロ膨張ガラスが、光学ベンチや支持構造には高剛性と軽量の点で低熱膨張に 設計されたCFRPが、それらの締結部材には機械加工性の点で低熱膨張合金(Invar)が適用されることが多い。
各部位に必要とされる特性に合わせて最適な低熱膨張材料を選定することにより各部位単体では高度な安定 性を有する設計がなされている。一方で、光学系全体では多種の材料が使用され固定に接着剤が多用されてお り、部材間の物性ミスマッチや接着剤の膨張収縮により望ましくない熱ひずみが生じて光学性能を劣化させる 場合があり[8]、現状では全体としての安定性はまだ考慮が不足している。将来の高度なミッションを実現する ためには、光学系全体として温度変化に対して高度な安定性を有する設計を確立する必要がある。
図1-2 光学系の模式図と各部位の代表的な使用材料
また、変形量を検知しアクチュエータ等で能動的に補正する手法も熱ひずみへの対処方法として考えられて おり、その基礎的な研究例が報告されている[9][10]。補正機構の本質的な機能として、微小な変位やひずみを 高精度に検出するセンシング技術と変形を高精度に補正するアクチュエータ技術が重要である。
低熱膨張設計によって受動的に熱ひずみを小さく抑える方法も変形量を能動的に補正する方法も一長一短 があり1つの技術ですべての問題を解決することは難しいと思われる。しかしながら、人工衛星開発の現状を 鑑みれば、微小変形を高精度に測定する技術は能動的補正のためのモニタ機能としてのみならず低熱膨張設計 を地上もしくは軌道上で検証するための手段としてもますますその重要性が増している。次世代の高度な観測 衛星を実現するために、材料や構造を高安定化する技術開発に加えてその安定性を高精度に測定する試験技術 や設計、解析、試験検証の一連の開発過程における評価方法の確立が求められている。
1.2. 目的
今後の高精度な観測衛星の構造体に必要とされるμm、arcsecオーダー以下の寸法安定性をシステムレベルで 正確に評価するためには従来の測定技術では対応が困難であり、測定技術のさらなる高精度化と共通的な試験 手法の確立や試験設備の整備が望まれている。そのために、衛星構造体の部材レベル、アセンブリレベルにお ける高精度な熱ひずみの測定を目標として、熱ひずみ評価試験用の高精度試験設備の開発を進めている。
最終的には大型光学系を有する光学観測衛星のミッション部全体の熱ひずみ評価試験を実施できる設備の 開発が必要であるが、多くの技術的課題を着実に解決することを目的として、まずはプロトタイプとして中型 の熱ひずみ評価試験設備の開発を行った。本稿では、従来の熱ひずみ評価試験において解決すべき課題の分析 と開発方針を2章にまとめた。周辺環境に起因する誤差を低減するための恒温恒湿・防音防振クリーンルーム の開発について3章に、治具の変形による測定の誤差を低減するための低熱膨張除振台の開発について4章に、
温湿度の変動の影響を低減して高精度な変位測定を実現するための変位測定系の構築について5章にまとめた。
本報告書のまとめを6章に示した。
主鏡
(ゼロ膨張ガラス)
副鏡
(ゼロ膨張ガラス)
光学ベンチ
(CFRP) 副鏡支持構造
(CFRP)
フィッティング
(Invar)
高精度熱ひずみ評価試験設備の開発 5
2. 熱ひずみ評価試験における課題分析と開発方針
2.1. 課題分析
人工衛星の開発では、プロトタイプモデル等の実際の構造体を用いてその機能、性能の実測による試験検証 が実施される[11]。古くから環境試験として実施されてきた振動試験や熱真空試験については、その評価方法 が確立されており共通的な試験設備が既に整備されている。一方で、熱ひずみの評価に関しては、求められる 観測性能の向上に伴いその重要性が増してきたのは近年であり、その評価方法はまだ確立されておらず共通的 な試験手法や試験設備も整備されていない。そのため、現状では衛星開発ごとに試験方法の検討や測定系の構 築を実施している状況である。衛星開発のスケジュールには試験手法や試験設備の高精度化に取り組む時間的 な余裕はないため、その時点で即座に適用できる技術で評価するレベルに留まっており、高精度な評価を困難 にしている実情がある。現状の熱ひずみ評価試験において共通的に課題となる技術的な項目として以下の3点 が考えられる。
① 測定環境の変動による測定誤差
② 治具の変形による測定誤差
③ 測定機器の精度不足
最初の課題は評価試験を実施する場所に関する問題である。現状では熱ひずみ試験は真空チャンバを環境槽 として用いるのではなく大気中の通常の試験室環境で実施されている。熱ひずみ試験では構造体の熱変形特性 を評価するために多数の箇所の変位測定が必要となるが、真空中で測定系を構築するためには変位測定装置の 真空対応の困難さがあり、真空チャンバの外から窓越しに測定する場合は既存の真空チャンバの窓位置の制約 があるため、真空チャンバを環境槽として用いた測定系を構築することは現状では困難である。よって、通常 の試験室の空調の温度制御もしくはヒーターによる熱負荷により大気中にて熱ひずみ試験が実施されている。
一般的な試験室環境では室内の温度変動が2°C程度は存在し、熱ひずみ試験のために空調制御を細かく行った としても日の出、日の入りに伴う外部からの熱入力の外乱で0.4°C程度までに抑えることが限界である。JAXA 筑波宇宙センターにおいて、実験室等を対象とした制御条件(23±3°C目標、45±15%RH目標)で一般空調によ る温湿度管理がなされた部屋における10日間の温湿度の変動の履歴の一例を図2-1に示す。この例では、温度 変動は天気と相関があり、概ね日の出とともに室内の温度が上昇し日の入りとともに室内の温度が下降する傾 向を示している。熱ひずみの評価においてはこの温度変動は直接的に評価誤差となる。また、湿度が目標範囲 をわずかに逸脱している期間を確認できるが、特に夏季や冬期の外気の湿度が極端に多いもしくは少ない日に は湿度が目標範囲に入らないこともある。
図2-1 一般空調による管理がなされた部屋における10日間の温湿度変動の履歴の例 これらの構造安定性に関わる要因のうち、現在の衛星開発において重要な技術的課題として取り上げられる
機会の多い熱ひずみ問題についてその対処方法と課題を説明する。現状の衛星開発における熱ひずみへの対処 方法は、要求される熱的寸法安定性を満足するように構造体の低熱膨張設計を行うことが基本である。図1-2 に示すような光学望遠鏡に代表される光学系の構造は、人工衛星の構造体の中で最も高度な安定性が要求され る構造体であり、熱膨張係数の低い材料が適用され高度な熱的寸法安定性を有する設計がなされている。主鏡 等の光学部品には研磨性の点でゼロ膨張ガラスが、光学ベンチや支持構造には高剛性と軽量の点で低熱膨張に 設計されたCFRPが、それらの締結部材には機械加工性の点で低熱膨張合金(Invar)が適用されることが多い。
各部位に必要とされる特性に合わせて最適な低熱膨張材料を選定することにより各部位単体では高度な安定 性を有する設計がなされている。一方で、光学系全体では多種の材料が使用され固定に接着剤が多用されてお り、部材間の物性ミスマッチや接着剤の膨張収縮により望ましくない熱ひずみが生じて光学性能を劣化させる 場合があり[8]、現状では全体としての安定性はまだ考慮が不足している。将来の高度なミッションを実現する ためには、光学系全体として温度変化に対して高度な安定性を有する設計を確立する必要がある。
図1-2 光学系の模式図と各部位の代表的な使用材料
また、変形量を検知しアクチュエータ等で能動的に補正する手法も熱ひずみへの対処方法として考えられて おり、その基礎的な研究例が報告されている[9][10]。補正機構の本質的な機能として、微小な変位やひずみを 高精度に検出するセンシング技術と変形を高精度に補正するアクチュエータ技術が重要である。
低熱膨張設計によって受動的に熱ひずみを小さく抑える方法も変形量を能動的に補正する方法も一長一短 があり1つの技術ですべての問題を解決することは難しいと思われる。しかしながら、人工衛星開発の現状を 鑑みれば、微小変形を高精度に測定する技術は能動的補正のためのモニタ機能としてのみならず低熱膨張設計 を地上もしくは軌道上で検証するための手段としてもますますその重要性が増している。次世代の高度な観測 衛星を実現するために、材料や構造を高安定化する技術開発に加えてその安定性を高精度に測定する試験技術 や設計、解析、試験検証の一連の開発過程における評価方法の確立が求められている。
1.2. 目的
今後の高精度な観測衛星の構造体に必要とされるμm、arcsecオーダー以下の寸法安定性をシステムレベルで 正確に評価するためには従来の測定技術では対応が困難であり、測定技術のさらなる高精度化と共通的な試験 手法の確立や試験設備の整備が望まれている。そのために、衛星構造体の部材レベル、アセンブリレベルにお ける高精度な熱ひずみの測定を目標として、熱ひずみ評価試験用の高精度試験設備の開発を進めている。
最終的には大型光学系を有する光学観測衛星のミッション部全体の熱ひずみ評価試験を実施できる設備の 開発が必要であるが、多くの技術的課題を着実に解決することを目的として、まずはプロトタイプとして中型 の熱ひずみ評価試験設備の開発を行った。本稿では、従来の熱ひずみ評価試験において解決すべき課題の分析 と開発方針を2章にまとめた。周辺環境に起因する誤差を低減するための恒温恒湿・防音防振クリーンルーム の開発について3章に、治具の変形による測定の誤差を低減するための低熱膨張除振台の開発について4章に、
温湿度の変動の影響を低減して高精度な変位測定を実現するための変位測定系の構築について5章にまとめた。
本報告書のまとめを6章に示した。
主鏡
(ゼロ膨張ガラス)
副鏡
(ゼロ膨張ガラス)
光学ベンチ
(CFRP) 副鏡支持構造
(CFRP)
フィッティング
(Invar)
宇宙航空研究開発機構研究開発資料 JAXA-RM-16-004 6
2つ目の課題は治具の熱ひずみの問題であり、当然ながら供試体のみならず治具にも熱ひずみが生じており それが変位の測定誤差となる。現状では、熱ひずみ試験において供試体や測定系を設置する治具には組み立て 治具やアライメント測定治具が転用されていることが多く、近年の衛星構造体はきわめて低熱膨張に設計され ているため、衛星構造体の変形よりも金属製の治具の変形の方が大きく正確な評価を困難にしている[12]。
3つ目の課題は測定機器の精度不足の問題である。熱ひずみを測定する機材として従来からアライメント等 に多用されている測量機器(フォトグラメトリシステムやセオドライト等)や汎用の測定機器(レーザ変位計 やオートコリメータ等)が一般的には用いられているが[13]、近年のきわめて高安定な衛星構造体ではμm、
arcsecオーダー以下の正確な変形評価が求められており、これらの機材では測定精度が不足する場合がある。
図2-2 金属製治具と汎用測定機器を用いた熱変形試験の実施例(参考文献[13]図5(a)より転載)
これらの誤差要因が熱ひずみ測定に対してどの程度の影響を及ぼすかを検討するために、図2-3に示すよう に簡単な変位測定系を仮定して測定の誤差要因ごとの影響度を分析した結果を表2-1に示す。この分析例では、
治具に片端固定で設置した供試体の長さ変化を自由端から測定する単純な状態を想定しており、供試体の固定 端から測定機器までが1.5m、変位測定部が0.1mの測定コンフィギュレーションを仮定している。例えば、トラ ス部材の軸長の熱膨張特性を評価する際に用いられる測定形態である。表2-1からわかるように、従来の測定 手法における測定誤差要因として治具の熱ひずみ(13.8μm)が支配的な要因となっており、この熱的安定性が 重要であることが分かる。ここでは一般的に使用されているアルミニウム製(熱膨張係数が23ppm/K)の測定 治具を仮定して、基準長1.5mに対して室温変動0.4°Cによって発生する熱ひずみの影響量を試算している。
表2-1 熱ひずみ測定における測定誤差要因分析の例
誤差要因 影響度
周辺環境の温度変動 0.4 °C(一般空調)
測定治具の熱ひずみ 13.8 μm(金属製治具)
測定機器の精度 3.5 μm(レーザ変位計)
地面の振動 1 μm(地面直置き)
総合RSS 14.3 μm
図2-3 測定誤差要因分析のコンフィグレーション 供試体 測定機器
治具
変位測定部
0.1m 1.5m
高精度熱ひずみ評価試験設備の開発 7
2.2. 開発方針
現状の熱ひずみ試験における課題の分析結果より、高精度に熱ひずみを評価するための試験設備に必要とな る要素は以下の通りに集約される。
① 温湿度が高精度に管理されており、振動外乱の少ない試験環境の開発
② 熱ひずみと振動外乱の小さい治具の開発
③ 高精度であり、温湿度変動の影響が小さい変位測定系の構築
これらの技術的課題を着実に解決することを目的に、まずはプロトタイプとして1.5m×1.5m×1.5mまでの大 きさの供試体の評価が可能な中型の熱ひずみ評価試験設備の構築を目標として開発を行った。図2-3のような 測定系を仮定した場合に本開発で目指す測定誤差の目標値を表2-2に示す。それぞれの項目に対する開発内容 について、次章以降で説明する。
図2-4 熱ひずみ評価における課題に対する対処方法
表2-2 本開発で目指す測定誤差の目標値(図2-3の測定コンフィグレーションに対して)
誤差要因 従来手法 本開発目標
フルサクセス
本開発目標 エクストラサクセス 測定環境の温度変動 0.4 °C
(一般空調)
0.2 °C
(精密空調)
0.1 °C
(超精密空調)
測定治具の熱ひずみ 13.8 μm
(金属製治具)
0.6 μm
(低膨張材製治具)
0.02 μm
(ゼロ膨張材製治具)
測定機器の精度 3.5 μm
(レーザ変位計)
0.1 μm
(レーザ干渉計)
0.03 μm
(レーザ干渉計)
地面の振動 1 μm
(地面直置き) 0.1 μm
(振動絶縁) 0.05 μm
(振動絶縁)
総合RSS 14.3 μm 0.6 μm 0.06 μm
熱ひずみの 高精度測定技術
測定系の 高精度化 測定誤差の
低減
測定原理の 刷新 測定治具の
高安定化 周辺環境の
高安定化
レーザ干渉原理 による変位測定
光電式コリメータ による角度測定 低膨張材による 測定治具の構築
測定系の 振動絶縁 試験環境の 高精度温度制御 2つ目の課題は治具の熱ひずみの問題であり、当然ながら供試体のみならず治具にも熱ひずみが生じており
それが変位の測定誤差となる。現状では、熱ひずみ試験において供試体や測定系を設置する治具には組み立て 治具やアライメント測定治具が転用されていることが多く、近年の衛星構造体はきわめて低熱膨張に設計され ているため、衛星構造体の変形よりも金属製の治具の変形の方が大きく正確な評価を困難にしている[12]。
3つ目の課題は測定機器の精度不足の問題である。熱ひずみを測定する機材として従来からアライメント等 に多用されている測量機器(フォトグラメトリシステムやセオドライト等)や汎用の測定機器(レーザ変位計 やオートコリメータ等)が一般的には用いられているが[13]、近年のきわめて高安定な衛星構造体ではμm、
arcsecオーダー以下の正確な変形評価が求められており、これらの機材では測定精度が不足する場合がある。
図2-2 金属製治具と汎用測定機器を用いた熱変形試験の実施例(参考文献[13]図5(a)より転載)
これらの誤差要因が熱ひずみ測定に対してどの程度の影響を及ぼすかを検討するために、図2-3に示すよう に簡単な変位測定系を仮定して測定の誤差要因ごとの影響度を分析した結果を表2-1に示す。この分析例では、
治具に片端固定で設置した供試体の長さ変化を自由端から測定する単純な状態を想定しており、供試体の固定 端から測定機器までが1.5m、変位測定部が0.1mの測定コンフィギュレーションを仮定している。例えば、トラ ス部材の軸長の熱膨張特性を評価する際に用いられる測定形態である。表2-1からわかるように、従来の測定 手法における測定誤差要因として治具の熱ひずみ(13.8μm)が支配的な要因となっており、この熱的安定性が 重要であることが分かる。ここでは一般的に使用されているアルミニウム製(熱膨張係数が23ppm/K)の測定 治具を仮定して、基準長1.5mに対して室温変動0.4°Cによって発生する熱ひずみの影響量を試算している。
表2-1 熱ひずみ測定における測定誤差要因分析の例
誤差要因 影響度
周辺環境の温度変動 0.4 °C(一般空調)
測定治具の熱ひずみ 13.8 μm(金属製治具)
測定機器の精度 3.5 μm(レーザ変位計)
地面の振動 1 μm(地面直置き)
総合RSS 14.3 μm
図2-3 測定誤差要因分析のコンフィグレーション 供試体 測定機器
治具
変位測定部
0.1m 1.5m
宇宙航空研究開発機構研究開発資料 JAXA-RM-16-004 8
3. 恒温恒湿・防音防振クリーンルームの開発
高精度な熱ひずみ評価試験を実施する場所の整備として、温湿度が安定しており振動外乱の少ない試験室を 開発した。衛星構造体の中で最も高い安定性が要求される光学系の構造体に対する試験を実施できるように、
本試験室は清浄度管理にも配慮したクリーンルーム仕様である。本稿では、当試験室を「恒温恒湿・防音防振 クリーンルーム」と称する(省略名称として、「恒温防振室」とする)こととする。本章では、恒温防振室の 事前の仕様検討から設計結果、施工状況、完成までの開発過程を記載する。
3.1. 仕様検討
3.1.1. 設置場所、大きさの検討
恒温防振室を設置する場所を検討するにあたり、設置場所に必要な要件を検討した結果を以下に示す。
① 設置場所は平面として4m×4m程度、高さ方向に4m程度の空間を確保できる場所であること。
※ 開発する恒温防振室で評価する対象の目標として1.5m×1.5m×1.5mまでの大きさの供試体を想定 しているため、恒温防振室の室内寸法はその倍の3m×3m×3m程度を確保する必要がある。よって、
設備自身の大きさや付帯設備の設置を考慮して、設置場所に必要な空間は上記の通り決定した。
② 設置場所は屋内であり、一般空調により温湿度が管理された環境であること。
※ 恒温防振室を屋外に構築する場合には基礎や建屋からの建設となり本開発の規模には合致しない ため、屋内に構築することを基本とした。また、恒温防振室内の温湿度を高精度に管理するために は周囲の熱外乱ができる限り小さいことが望ましいため、一般空調による管理がなされている場所 が望ましい。また、日の出、日の入りによる日照、日陰の差は大きな熱外乱の基となるため、建屋 の南側に面した場所ではないことが望ましい。
③ 設置場所の床面が鉄筋コンクリートであり十分な耐荷重がある場所であること。
※ 恒温防振室は外部からの熱外乱と振動外乱を絶縁する構成となるために重量のある構造物であり、
床面には十分な耐荷重が求められる。また、建屋の振動の影響を低減するために1階が望ましい。
④ 設置場所の近傍で電源、水道を確保できること。
※ 詳細は設計段階で検討されることになるが、恒温防振室内の温湿度制御に使用する精密空調機には 大容量(10kW以上)の電源と給排水の設備が必要になると想定される。
⑤ 設置場所まで工事用資材の搬入経路が確保できること。
※ 設置工事には大量の資機材の搬入が必要になると想定されるため、駐車場から設置場所までの搬入 経路に階段や段差がない場所が望ましい。
上記の要件に合致しており本恒温防振室の設置のために場所を空けることができる候補地として、筑波宇宙 センター誘導制御試験棟構造実験室(旧フライトシュミレーター室)のフライトテーブル基礎台の跡地付近を 選定した。フライトシミュレータは設備老朽化のためにすでに撤去されており、本候補地は宇宙機の構造関係 の研究のための実験を実施する場所として再利用されていた。フライトシミュレータの基礎台が設置されてい たこともあり十分な耐荷重を有する床面となっている。また、本建屋は平屋であるため上層階からの振動伝達 の心配がなく、1階であるため工事用資材の搬入経路に問題がない。本実験室は天井高が5.6mであるため高さ 方向の空間の確保も十分であり、天井クレーンが備わっているため資機材の搬入や工事作業にも有用である。
設置場所近辺の建屋図面を図3-1に示す。設置場所近辺の写真を図3-2に示す。図3-2からわかるように設置場所 の床面には配線、配管用の床下ピットが存在するため、恒温防振室の設置はこの床下ピットに囲まれた内側の 4.4m×4.4mの領域とすることに決定した。
以上の設置場所の検討結果より、恒温防振室の外形寸法は幅4000mm以内、奥行き4000mm以内、高さ5300mm 以内であることと決定した。床下ピットぎりぎりに固定用アンカー等を施工しないように各ピットの端から
200mmずつ空けることとした。高さ方向の寸法は配線、配管やメンテナンス作業のために必要なクリアランス
等も含めて上記寸法に収めることとした。
高精度熱ひずみ評価試験設備の開発 9
図3-1 設置場所近辺の建屋図面
図3-2 設置場所近辺の写真
恒温防振室 設置候補地
恒温防振室 設置候補地 3. 恒温恒湿・防音防振クリーンルームの開発
高精度な熱ひずみ評価試験を実施する場所の整備として、温湿度が安定しており振動外乱の少ない試験室を 開発した。衛星構造体の中で最も高い安定性が要求される光学系の構造体に対する試験を実施できるように、
本試験室は清浄度管理にも配慮したクリーンルーム仕様である。本稿では、当試験室を「恒温恒湿・防音防振 クリーンルーム」と称する(省略名称として、「恒温防振室」とする)こととする。本章では、恒温防振室の 事前の仕様検討から設計結果、施工状況、完成までの開発過程を記載する。
3.1. 仕様検討
3.1.1. 設置場所、大きさの検討
恒温防振室を設置する場所を検討するにあたり、設置場所に必要な要件を検討した結果を以下に示す。
① 設置場所は平面として4m×4m程度、高さ方向に4m程度の空間を確保できる場所であること。
※ 開発する恒温防振室で評価する対象の目標として1.5m×1.5m×1.5mまでの大きさの供試体を想定 しているため、恒温防振室の室内寸法はその倍の3m×3m×3m程度を確保する必要がある。よって、
設備自身の大きさや付帯設備の設置を考慮して、設置場所に必要な空間は上記の通り決定した。
② 設置場所は屋内であり、一般空調により温湿度が管理された環境であること。
※ 恒温防振室を屋外に構築する場合には基礎や建屋からの建設となり本開発の規模には合致しない ため、屋内に構築することを基本とした。また、恒温防振室内の温湿度を高精度に管理するために は周囲の熱外乱ができる限り小さいことが望ましいため、一般空調による管理がなされている場所 が望ましい。また、日の出、日の入りによる日照、日陰の差は大きな熱外乱の基となるため、建屋 の南側に面した場所ではないことが望ましい。
③ 設置場所の床面が鉄筋コンクリートであり十分な耐荷重がある場所であること。
※ 恒温防振室は外部からの熱外乱と振動外乱を絶縁する構成となるために重量のある構造物であり、
床面には十分な耐荷重が求められる。また、建屋の振動の影響を低減するために1階が望ましい。
④ 設置場所の近傍で電源、水道を確保できること。
※ 詳細は設計段階で検討されることになるが、恒温防振室内の温湿度制御に使用する精密空調機には 大容量(10kW以上)の電源と給排水の設備が必要になると想定される。
⑤ 設置場所まで工事用資材の搬入経路が確保できること。
※ 設置工事には大量の資機材の搬入が必要になると想定されるため、駐車場から設置場所までの搬入 経路に階段や段差がない場所が望ましい。
上記の要件に合致しており本恒温防振室の設置のために場所を空けることができる候補地として、筑波宇宙 センター誘導制御試験棟構造実験室(旧フライトシュミレーター室)のフライトテーブル基礎台の跡地付近を 選定した。フライトシミュレータは設備老朽化のためにすでに撤去されており、本候補地は宇宙機の構造関係 の研究のための実験を実施する場所として再利用されていた。フライトシミュレータの基礎台が設置されてい たこともあり十分な耐荷重を有する床面となっている。また、本建屋は平屋であるため上層階からの振動伝達 の心配がなく、1階であるため工事用資材の搬入経路に問題がない。本実験室は天井高が5.6mであるため高さ 方向の空間の確保も十分であり、天井クレーンが備わっているため資機材の搬入や工事作業にも有用である。
設置場所近辺の建屋図面を図3-1に示す。設置場所近辺の写真を図3-2に示す。図3-2からわかるように設置場所 の床面には配線、配管用の床下ピットが存在するため、恒温防振室の設置はこの床下ピットに囲まれた内側の 4.4m×4.4mの領域とすることに決定した。
以上の設置場所の検討結果より、恒温防振室の外形寸法は幅4000mm以内、奥行き4000mm以内、高さ5300mm 以内であることと決定した。床下ピットぎりぎりに固定用アンカー等を施工しないように各ピットの端から
200mmずつ空けることとした。高さ方向の寸法は配線、配管やメンテナンス作業のために必要なクリアランス
等も含めて上記寸法に収めることとした。
宇宙航空研究開発機構研究開発資料 JAXA-RM-16-004 10
3.1.2. 空調方式、空調機の設置方法の検討
恒温防振室内の温湿度を精密に制御するための空調機の仕様や配置等を検討するために、まず恒温防振室内 の空調の流れについて検討した。恒温防振室は光学系の評価を実施できるようにクリーンルーム仕様で構築す ることを前提としているため、クリーンルームの空調方式を参考に検討した。クリーンルームの主な空調方式 を図3-3に示す。クリーンルームの空調はダウンフロー(上から下方向へ吹き出す流れ)が基本であり、主に 垂直一方向流方式と非一方向流方式に分類される[14]。垂直一方向流方式は、天井に設置したファンフィルタ ユニット(FFU)により清浄空気を垂直一方向に流しグレーティング床下からリターンダクトを通じて天井に 戻して循環させて室内を高清浄度に維持する方式であり、清浄度がISOクラス3以上のクリーンルームに適して いる。非一方向流方式は、空気を循環させ室内で発生した塵埃を希釈して清浄度を維持する方式で、吹き出し 位置、吸い込み位置を任意に設計できて既設施設にも導入しやすい。清浄度がISOクラス3~7程度のクリーン ルームに適している。恒温防振室では、既存の実験室内に設置するために全面を床下ピットにすることは困難 であること、必要とされる清浄度はISOクラス7程度で十分であることを考慮し、非一方向流方式を採用した。
図3-3 クリーンルームの空調方式の検討
非一方向流方式のクリーンルームは、空調機の設置方法によりさらに2つの方式に分類される。空調機の設 置方式を図3-4に示す[15]。直接吸込み方式はクリーンルームと空調機を一体にして設置して空調機により直接 吸い込みを行う方式であり、FFUも一体化して空調機本体で吹き出しも行う場合とFFUのみ分離して天井に設 置する場合がある。分離設置方式はダクトを介して室外に設置した空調機によって温湿度を制御した空気を循 環させる方式である。恒温防振室では、空調機を分離して設置することにより設置場所の制約の中で恒温防振 室の内部空間を最大化すること、コンプレッサ等の振動発生機器を有する空調機を分離して設置することによ り恒温防振室内に伝達する振動外乱をできる限り小さく抑えることを考慮し、分離設置方式を採用した。
3-4 クリーンルーム
グレーティング床
床下ピット
一方向流方式 非一方向流方式
クリーンルーム FFU
ダクト
FFU ダクト
分離設置方式 クリーンルーム
FFU
ダクト
空調機 直接吸込み方式
クリーンルーム FFU
ダクト
空調機
高精度熱ひずみ評価試験設備の開発 11
上記の検討より、恒温防振室の空調方式は非一方向流方式の空調の流れで分離設置方式の空調機の設置方法 であると決定されたため、分離して設置する空調機の設置場所を検討した。空調機には、温湿度制御を担う室 内機と外気との熱交換を担う室外機が分離された分離型の空調機と、温湿度制御と熱交換の機能が一体となっ た一体型パッケージ式空調機の2通りの方式が存在する[15]。熱交換にはコンプレッサを使用した熱サイクルが 適用されることが基本となるためそのコンプレッサは騒音、振動の発生源となる[15]。一体型のパッケージ式 空調機では屋内に排熱が放出される[15]ため恒温防振室の周囲環境の熱変動になる。よって、騒音、振動源で あるコンプレッサを恒温防振室からなるべく遠ざけつつ周囲環境の熱変動を極力抑える目的で、空調機は室内 機、室外機の分離型とすることとした。室外機を屋外に設置する必要があるため室内機は屋外に接続可能な場 所に設置する必要があり、構造実験室と床下ピットで接続された隣室(構造解析室、旧制御モニター室)とそ の隣接した屋外を空調機の室内機、室外機の設置場所と決定した。空調機の設置場所の図面と写真を図3-5、 図3-6に示す。最終的に決定された恒温防振室の空調機の構成と設置場所の概要を図3-7に示す。
図3-5 空調機設置場所
3-6
(b) 室外機設置場所 (a) 室内機設置場所
恒温防振室 設置候補地
空調機 設置候補地
3.1.2. 空調方式、空調機の設置方法の検討
恒温防振室内の温湿度を精密に制御するための空調機の仕様や配置等を検討するために、まず恒温防振室内 の空調の流れについて検討した。恒温防振室は光学系の評価を実施できるようにクリーンルーム仕様で構築す ることを前提としているため、クリーンルームの空調方式を参考に検討した。クリーンルームの主な空調方式 を図3-3に示す。クリーンルームの空調はダウンフロー(上から下方向へ吹き出す流れ)が基本であり、主に 垂直一方向流方式と非一方向流方式に分類される[14]。垂直一方向流方式は、天井に設置したファンフィルタ ユニット(FFU)により清浄空気を垂直一方向に流しグレーティング床下からリターンダクトを通じて天井に 戻して循環させて室内を高清浄度に維持する方式であり、清浄度がISOクラス3以上のクリーンルームに適して いる。非一方向流方式は、空気を循環させ室内で発生した塵埃を希釈して清浄度を維持する方式で、吹き出し 位置、吸い込み位置を任意に設計できて既設施設にも導入しやすい。清浄度がISOクラス3~7程度のクリーン ルームに適している。恒温防振室では、既存の実験室内に設置するために全面を床下ピットにすることは困難 であること、必要とされる清浄度はISOクラス7程度で十分であることを考慮し、非一方向流方式を採用した。
図3-3 クリーンルームの空調方式の検討
非一方向流方式のクリーンルームは、空調機の設置方法によりさらに2つの方式に分類される。空調機の設 置方式を図3-4に示す[15]。直接吸込み方式はクリーンルームと空調機を一体にして設置して空調機により直接 吸い込みを行う方式であり、FFUも一体化して空調機本体で吹き出しも行う場合とFFUのみ分離して天井に設 置する場合がある。分離設置方式はダクトを介して室外に設置した空調機によって温湿度を制御した空気を循 環させる方式である。恒温防振室では、空調機を分離して設置することにより設置場所の制約の中で恒温防振 室の内部空間を最大化すること、コンプレッサ等の振動発生機器を有する空調機を分離して設置することによ り恒温防振室内に伝達する振動外乱をできる限り小さく抑えることを考慮し、分離設置方式を採用した。
3-4 クリーンルーム
グレーティング床
床下ピット
一方向流方式 非一方向流方式
クリーンルーム FFU
ダクト
FFU ダクト
分離設置方式 クリーンルーム
FFU
ダクト
空調機 直接吸込み方式
クリーンルーム FFU
ダクト
空調機
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図3-7 恒温防振室の空調機の構成と設置場所
3.1.3. 恒温防振室の床面および壁面の構造の検討
熱ひずみ試験における測定場所の環境変化(主に温湿度変化)と振動外乱による測定誤差を低減するために、
恒温防振室の床面および壁面には以下の機能が要求される。
① 周囲環境の温湿度変動の影響が恒温防振室内の温湿度に影響することを防ぐこと(断熱)。
② 周囲環境の振動外乱が恒温防振室内に伝達することを防ぐこと(防音防振)。
恒温防振室の床面構造の概要図を図3-8に示す。床面の構造には恒温防振室の躯体重量および内部に設置す る治工具の重量を支えつつ、断熱性と防音、防振性が要求される。そのため、楽器を演奏するための防音室の 振動、遮音対策として用いられる浮床構造[16]を参考にして、構造躯体を構成する床面の梁を防振ゴムにより 支えることで設置床面からの微小振動を絶縁させる構造とした。さらに、床面からの熱入力と音の透過を防ぐ ために、床下には全面に断熱材を施工して中間に空気層を設けることで断熱と遮音性に配慮した。また、恒温 防振室の床面は厚みの異なる断熱合板を組み合わせて使用することで音の共鳴透過現象(特定の周波数の音が 物体に入射すると、物体の共振現象により音が透過し遮音性能が低下する現象[17])にも配慮した構成とした。
恒温防振室の壁面構造の概要図を図3-9に示す。壁面の構造は断熱性と遮音性能を考慮して、寒冷地の住宅 の壁面に見られる二重壁の構造を参考に検討した。室内側壁面と室外側壁面を分離した2重壁として、その間 を断熱材と空気層とすることにより断熱、遮音性を持たせた。それぞれの壁面は床面構造と同様に厚みの異な る断熱合板を組み合わせて使用して透過遮音性能にも配慮した。
また、一般的には入退室のために必要な扉や内部を確認するための窓はもっとも断熱性、防音性が低くなる 場所であると考えられる[16]。断熱性、防音性を確保するためには扉や窓の開口部は極力少ないことが望まし いが、供試体を搬入するための搬入口や内部の安全確認のための窓は最低限設けなければならない。よって、
扉には防音室に使われている既製品の防音扉(遮音性能Dr-40相当、音漏れを防ぐ密閉構造となっているため 断熱性にも優れている)を採用することとし、窓はサイズをできる限り小さくしたうえで透過遮音性能に配慮 して厚みの異なる2重構造の窓とすることとした。恒温防振室の窓構造の概要図を図3-10に示す。
クリーンルーム FFU
ダクト
室外機 FFU
配管
精密空調機 構造解析室 屋外 構造実験室
高精度熱ひずみ評価試験設備の開発 13
図3-8 恒温防振室の床面構造の概要図(垂直断面)
図3-9 恒温防振室の壁面構造の概要図(水平断面)
図3-10 恒温防振室の窓構造の概要図(垂直断面)
断熱合板(薄い)
恒温防振室内壁面
(帯電防止クロス)
断熱合板(厚い)
断熱材
(グラスウール)
恒温防振室の 構造躯体の柱
空気層
断熱合板(薄い)
断熱合板(厚い)
恒温防振室外壁面
(外装クロス)
恒温防振室内
恒温防振室外
断熱合板(薄い)
恒温防振室内床面
(帯電防止ビニル床)
鋼板(補強用)
断熱合板(厚い)
断熱材
(グラスウール)
恒温防振室の 構造躯体の梁
防振ゴム 空気層
設置場所既存床面
防振ゴム
断熱材
(グラスウール)
空気層
固定用金物 恒温防振室内 恒温防振室外
窓ガラス(薄い)
窓ガラス(厚い)
窓支持用支柱 図3-7 恒温防振室の空調機の構成と設置場所
3.1.3. 恒温防振室の床面および壁面の構造の検討
熱ひずみ試験における測定場所の環境変化(主に温湿度変化)と振動外乱による測定誤差を低減するために、
恒温防振室の床面および壁面には以下の機能が要求される。
① 周囲環境の温湿度変動の影響が恒温防振室内の温湿度に影響することを防ぐこと(断熱)。
② 周囲環境の振動外乱が恒温防振室内に伝達することを防ぐこと(防音防振)。
恒温防振室の床面構造の概要図を図3-8に示す。床面の構造には恒温防振室の躯体重量および内部に設置す る治工具の重量を支えつつ、断熱性と防音、防振性が要求される。そのため、楽器を演奏するための防音室の 振動、遮音対策として用いられる浮床構造[16]を参考にして、構造躯体を構成する床面の梁を防振ゴムにより 支えることで設置床面からの微小振動を絶縁させる構造とした。さらに、床面からの熱入力と音の透過を防ぐ ために、床下には全面に断熱材を施工して中間に空気層を設けることで断熱と遮音性に配慮した。また、恒温 防振室の床面は厚みの異なる断熱合板を組み合わせて使用することで音の共鳴透過現象(特定の周波数の音が 物体に入射すると、物体の共振現象により音が透過し遮音性能が低下する現象[17])にも配慮した構成とした。
恒温防振室の壁面構造の概要図を図3-9に示す。壁面の構造は断熱性と遮音性能を考慮して、寒冷地の住宅 の壁面に見られる二重壁の構造を参考に検討した。室内側壁面と室外側壁面を分離した2重壁として、その間 を断熱材と空気層とすることにより断熱、遮音性を持たせた。それぞれの壁面は床面構造と同様に厚みの異な る断熱合板を組み合わせて使用して透過遮音性能にも配慮した。
また、一般的には入退室のために必要な扉や内部を確認するための窓はもっとも断熱性、防音性が低くなる 場所であると考えられる[16]。断熱性、防音性を確保するためには扉や窓の開口部は極力少ないことが望まし いが、供試体を搬入するための搬入口や内部の安全確認のための窓は最低限設けなければならない。よって、
扉には防音室に使われている既製品の防音扉(遮音性能Dr-40相当、音漏れを防ぐ密閉構造となっているため 断熱性にも優れている)を採用することとし、窓はサイズをできる限り小さくしたうえで透過遮音性能に配慮 して厚みの異なる2重構造の窓とすることとした。恒温防振室の窓構造の概要図を図3-10に示す。
クリーンルーム FFU
ダクト
室外機 FFU
配管
精密空調機 構造解析室 屋外 構造実験室