香 川 大 学 経 済 論 叢
第
7 7
巻 第4
号2 0 0 5
年3
月109‑143
サービス組織における
問題解決装置としての 伝統
"(1)
藤 村 和 宏
I .
は じ め に日本のサービス組織はしばしば 伝統"を謳っているが,これは消費者の知 覚や行動にどのような影響を及ぼすのであろうか。たとえば,帝国ホテルのホ ームページでは,「世界中のゲストが集う小さな国際都市。伝統のおもてなし と最新の設備を併せもつホテルです。日比谷公園の緑を望み,銀座や劇場街に
( 2 )
もほど近い最高のロケーションをご活用いただけます」と説明している。
伝統"は高品質・高価格をイメージさせ,あこがれの対象や利用者の成功 の証となることで新規顧客の利用を促すという効果がある反面,敷居が高い,
決まりごとが多いというイメージによって新規顧客の獲得を阻害するという効 果も合わせ持っているのではないだろうか。また, 伝統 のあるサービス組 織を利用する場合,行動や服装に気を使わなければならないと感じるのではな いだろうか。百貨店や商店街がハレの場であった時代に,晴れ着や余所行きと 言われた服装に身を包み,緊張して出かけたように, 伝統 が創出する非日 常空間は我々に行動規範や服装規範への遵守を想起させるだけでなく,それら への遵守を要求するのではないだろうか。このように 伝統 は我々の知覚や 行動に対してさまざまな影響を及ぼすと考えられるが,サービス組織がそれを 謳うことはサービス組織にとってポジティブな効果をもたらすのであろうか。
(1)
本稿は,平成1 5
年 度 吉 田 秀 雄 記 念 事 業 財 団 研 究 助 成 金 を 受 け て 行 っ た 研 究 成 果 の 一部である。
(2) h t t p : / / w w w . i m p e r i a l h o t e l . e o . j p / c g i ‑ b i n / i m p e r i a l ̲ h p / i n d e x . c g i
一つの仮説として,サービス自体およびそのデリバリー・プロセスの特質が消 費者およびサービス組織にもたらす諸問題の一部分を解決することに貢献する ような機能を果たすことが考えられる。具体的には,品質保証機能,参加調整 機能,顧客選抜機能という 3つの機能である。
本稿では,サービス自体およびそのデリバリー・プロセスの特質からこれら の機能が必要とされる理由と 伝統 がこれらの機能を果たすメカニズムにつ いて理論的に考察を行うとともに,伝統という文字情報や伝統を知覚させる視 覚情報(写真)がサービス品質やデリバリー・プロセスに対する消費者の知覚
に及ぼす影響について実証的に考察を行いたい。なお,カッコ付きでの 伝統 という表記とカッコ無しでの表記の
2
つを用いることになるが,両者では意味 するものが異なっている。 伝統 という表記は,サービス組織が実際に伝統 を有しているかどうかにかかわらず,消費者がサービス組織の広告や物理的環 境などから存在すると知覚する伝統である。つまり,実際には歴史の浅いサー ビス組織であっても,そのデリバリー施設の立地(たとえば,京都や古くから の温泉地に立地),物理的環境(特に,施設の外観や内装,設備・機器など),広告やホームページでの謳い文句などから,消費者が伝統の存在を知覚するな らば, 伝統 を有していることになる。
I I .
伝統の役割なぜ日本のサービス組織はしばしば伝統を謳うのであろうか。そこには,伝 統という表現や物理的環境(特にサービス施設の外観や内装)が導く伝統の知 覚が,何らかの有用な機能を果たすという期待が存在しているからではないだ ろうか。サービス自体およびそのデリバリー・プロセスの特質のために,サー ビス組織だけでなく,消費者も選択意思決定過程およびデリバリー・プロセス においてさまざまな問題に直面するが(拙稿,
1 9 9 1 ) ,
"伝統"はそれらの問題 の一部を解決することが期待されているのではないだろうか。具体的な問題解 決の機能としては,品質保証機能,参加調整機能,顧客選抜機能の 3つが期待されている,と考えられる。
6 2 1 サービス組織における問題解決装置としての 伝統 ‑111‑
,. 品質保証機能
サービス消費では,消費者は選択意思決定過程において考慮対象となってい る個々のサービスの品質を推測したり,それらの自己ニーズヘの適合性を評価 することが困難になっている。その主要な理由として
2
つのことを挙げること ができる。第
1
の理由として,サービスは選択意思決定後にデリバリーが開始されるた めに,評価対象としてのサービス自体は消費過程においてしか存在しない,と いうことがある。大部分のモノの場合,選択意思決定過程においてすでにさま ざまな機能が物的特性としてデザインされて存在するために,品質やそれらの( 3 )
自己ニーズヘの適合性を的確に評価することが可能である。また,製品を経済 学的に属性の束と考えるならば,モノは探索属性によって比較的大きな部分を 占められているが,サービスを構成する属性の大部分は経験属性あるいは信頼 属性である(拙稿,
1 9 9 1 )
。経験属性や信頼属性が高い割合を占めているということは,消費者はその選択意思決定過程においてサービス品質を直接的に示す 本質的属性を評価できないということであり,周辺的手掛かり,すなわち有形 な証拠(たとえば,設備,機器,店員の容姿や服装,客層),価格,評判など からサービス品質を間接的に推測・評価せざるをえない。このことは氷山の一 角 か ら の 残 り の 部 分 を 想 像 し な け れ ば な ら な い の と 似 て お り
( N o r m a n n , 1 9 8 4 ) ,
サービスの選択意思決定過程における消費者の品質評価やそれらの自 己のニーズヘの適合性評価を困難にしている。また,信頼属性が高い割合を占 めるサービスでは,消費後においてさえ評価できない,ということがある。第
2
の理由として,サービス品質はその提供組織の従業員や物理的環境だけ によって生成されるのではなく,顧客のデリバリー・プロセスヘの参加の仕方(3) モノは市場で提供された時点であらかじめ設定された機能を物理的内属しているの
で,選択意思決定過程で消費者が品質やそれらの自己ニーズの充足性をある程度評価す
ることは可能である。しかし,後に詳細に論じるが,モノという製品は効用あるいは便
益の運搬物にすぎないため,それが本来内蔵している機能や便益を十分に引き出し,満
足を得ることができるかどうかは,消費者が保有する消費資源の質とその活用のあり方
に依存している。このことから,選択意思決定過程での品質評価が,消費過程あるいは
消費後の品質評価と一致するとは限らない。
にも大きく影響される,ということがある。顧客の参加の程度が大きく,彼自 身や他の顧客の参加の仕方が品質形成において重要な役割を果たすほど,サー ビス品質の不確実性は高まり,品質評価も困難になる。また,デリバリー・プ
( 4 )
ロセスに積極的かつ適切に参加することにおいて必要とされる消費資源の保有 に関する自信の欠如,あるいは消費資源を適切に展開することに対する自信の 欠如によってサービス品質の不確実性が高まることでも,評価は困難になるで あろう。
このような理由からサービス品質の評価は困難になっているが, 伝統 は 品質保証機能を発揮することにより,消費者の選択を容易にすることが考えら れる。すなわち,長い歴史を持っているということは,「長期間にわたって存 続・成長できるだけの品質を保有している」と顧客は考え易いからである。つ
まり, 伝統"はサービスを有形化あるいは鮮明化する手段として機能する,
ということである。有形化あるいは鮮明化とは,顧客が五感で感じることがで きるすべてのもの,たとえば,ブランド,ロゴマーク,広告,サービス・デリ バリー施設(店舗)の物理的環境,従業員の外観,実際のサービス・デリバリ ー・プロセスにおける出来事などで,消費者に強烈で明確な印象を与え,サー ビスに関する明瞭な心的イメージを作り出そうとするものである。このような 有形化は,消費者がサービスを具体的に感じ,理解することを可能にするだけで なく,選択意思決定過程で彼らが知覚するリスクの低減や,彼らが満足/不満足 形成過程で用いる評価基準の適切化を可能にする(拙稿,
1 9 9 5; B e r r y , 1 9 9 9 )
。( 5 )
有形化あるいは鮮明化の方法としてはさまざまのものが提案されているが,
(4)
消費資源とは,顧客がサービスやモノを購入・消費するために投入しなければならな い資源であり,金銭,時間,肉体的および精神的エネルギー,知識,技能,空間などが 含まれる。消費資源の観点からサービス消費とモノ消費を定義すると,以下のようになる。
サービス消費とは,顧客自身の保有する消費資源を組み合わせて用いることで,サー ビス・デリバリー・プロセスに参加し,サービス組織の従業員あるいは/および設備・
機器と協働を行う過程で,望む便益を引き出しながら,同時に消費することである。
モノ消費とは,顧客自身の保有する消費資源を組み合わせて用いることで,モノから 便益を引き出し,それを消費することである。
(5) 有形化の方法の詳細については,拙稿 (1995)を参照のこと。
623 サービス組織におげる問題解決装置としての 伝統"
‑]]3‑
広告などで謳われる伝統という表現や物理的環境が醸し出す 伝統"は,消費 者の中に「サービスは長期間にわたって存続・成長できるだけの品質を保有し ている」と知覚させ,信頼感あるいは安心感を生みだすだけでなく,サービス 品質の理解を促すことで評価と選択を容易にする,と考えられる。
2 .
参加調整機能一般的に,モノは生産,販売,消費という順序で進行するが,サービスは販 売されてから,デリバリーと消費が同時に行われる。デリバリーと消費が同時
に行われるということは,顧客もサービス・デリバリー・プロセスに参加し,
協働者としての機能を果たすということである。モノの消費においても,顧客 はその使用に必要とされる活動を遂行しなければならないという点は,サービ ス消費の場合と同じである。なぜならば,市場で提供されているモノ自体は便 益を伝送する手段にすぎず,そこから便益を引き出すのは顧客自身であるから
である。モノはさまざまな便益が顕在的あるいは潜在的に内在しているものに すぎず,そこからどのような便益を引き出すことができるのかは顧客自身の保 有する消費資源とその資源展開のあり方に依存している。たとえばパーソナ ル・コンピュータは,それを購入しただけでは,それに内在している便益のほ
( 6 )
とんどを実現できない。消費資源としての金銭を用いてその使用に必要な関連 ハードウェアやソフトウェアを購入し,それらの使用に必要な知識や技能を習 得し,適用しなければならない。また,ハードウェアやソフトウェアを購入し,
知識や技能を習得したとしても,時間という消費資源を投入できない,つまり それらを使用する時間がなければ,そこから便益を引き出すことはできない。
このようにモノ消費においても,消費過程において顧客は保有する消費資源 を投入しながら必要とされている活動を果たす必要があるし,それらのあり方
(6)
パーソナル・コンピュータの普及初期段階では.それを所有しているということだけ でも,他者からエリート・ビジネスマンと見られるという便益を引き出すことができた かもしれないが,普及が進むにつれて.j
祈1 i
しているだけでは何も便益を生み出さなく なった。このことは,その使用に高度な知識や技能が必要とされる製品や高価格製品に も当てはまることである。が彼が享受する便益の内容と彼の満足を決定することになる。しかし,モノ消 費においては,顧客は購入するモノの生産過程に参加することは稀であり,す でに生産されたものから便益を引き出すにすぎない。オーダー・メイドで生産 を依頼する場合を除いて,大部分のモノの生産からは顧客は分離されており,
顧客の参加の仕方や程度が便益の伝達物としてのモノの品質を変化させること はない。欠陥品が含まれている場合を除いて,すべての顧客は均ーな機能を内 在したモノを購入でき,そこからどのような便益を引き出すことができるの
か,ということのみが顧客の保有資源とその展開のあり方に依存している。
一方,サービス消費では,サービス・デリバリー・プロセスに顧客自身も参 加することが必要とされるだけでなく,多くのサービス消費においてはフロン ト・ステージの従業員やデリバリー空間および時間を共有する他の顧客と協働 を行わなければならない。この結果として,顧客自身の参加(服装,行動,態 度など)や協働のあり方はデリバリー効率やサービス品質,彼自身の満足に影 響を及ぼすだけでなく,他の顧客の満足,従業員の職務満足,さらにはブラン
ドにも影響を及ぼす。このようなことからサービス組織にとっては,顧客のデ リバリー・プロセスヘの積極的かつ適切な参加を確保することが重要なマーケ ティング課題となっている。
サービスのブランドは,歴史性の観点から「階級社会を基盤に生まれたブラ
( 7 )
ンド」と「平等社会を基盤に生まれたブランド」に大別できるが(拙稿,
2 0 0 4 ) ,
どちらに属ずるのかによって顧客のデリバリー・プロセスヘの参加の適切化を 図る方法は大きく異なる,と考えられる。すなわち,平等社会を基盤に生まれ たブランド(サービス組織)の場合には,標準化やスクリプト教育,物理的環 境の構築(たとえば,施設内の配置,設備・備品の機能やデザイン,音楽など)を通じて顧客のデリバリー・プロセスヘの参加の適切化を図らなければならな
(7)
階級社会を基盤に生まれたブランドとは,階級社会において,王室や貴族のために注 文生産されていた質の高いモノやサービスが,現在でもその高い品質を維持しながら熟 練の職人によって生産されているものである。一方,平等社会を基盤に生まれたブラン ドとは,アメリカで生まれた大量生産のフォーデイズムに基づくものであり,標準化と 大量生産を特徴とするものである。625
サービス組織における問題解決装置としての 伝統‑115‑
いが,階級社会を基盤に生まれたブランド(サービス組織)あるいは 伝統 のあるブランド(サービス組織)は,社会の内部で歴史的に生み出され,その 社会の成員に広く承認されている行動規範や服装規範を利用することで参加の 適切化を図ることができる,と考えられる。つまり,顧客は伝統を知覚するこ とで,行動規範や服装規範を想起し,自らデリバリー・プロセスヘの参加の仕 方を適切なものにすることが期待される。伝統を謳うことが顧客に行動規範や 服装規範への遵守の必要性を認識させ,サービス・デリバリー・プロセスヘの 参加の仕方や服装の適切化に貢献するならば, 伝統"はサービス組織だけで なく顧客にも恩恵をもたらすことになる。
では,なぜ伝統の知覚は行動規範や服装規範を想起させ,さらに遵守させる のであろうか。その理由の一つとして, 伝統 の非日常性空間が緊張感を引 き出し,注意の集中を促すことが考えられる。緊張感は感情状態の一種であ り , こ の 感 情 状 態 に あ る と き に は , 神 経 伝 達 物 質 が 脳 の 処 理 を 集 中 さ せ る
( C h r i s t i a n s o n , 1 9 9 2 ; Norman, 2 0 0 4 )
。集中はその原因となった事柄への専念で あり,細部へのこだわりを導くことになるために,行動規範や服装規範を想起 させると考えられる。さらに,そのような規範に背くことはデリバリー空間や 時間を共有する人々の役割期待からの逸脱を意味し,排除の対象となるために,遵守を導くであろう。なぜならば,デリバリー・プロセスから排除される,
あるいはデリバリー・プロセスヘの参加を事前に拒否されるということは,当 該サービスの消費を導いた問題を解決できなくなるからである。あるいは,そ のような排除は羞恥を覚えさせるためである::
羞 恥 は 行 動 に 強 い 影 響 を 及 ぼ す 要 因 で あ る 。 菅 原
( 1 9 9 8 )
によると,羞恥( e m b a r r a s s m e n t )
を初めて理論的に検討したのはGoffman( 1 9 5 6 )
であり,彼は 人間の集団や組織における対人相互作用の文脈から,人間関係やチームプレー が円滑に機能しなくなったときの困惑を羞恥と考えた。しかし菅原は,羞恥が 行動の抑制に失敗した場合だけでなく,過剰な称賛を受けた場合などにも生じ( 8 )
ることから,差恥を「自己の「不違切な印象」に対する感情的反応である」と 定義している。つまり,羞恥は対人不安の一部であり,ハジとテレの
2
つの要素から構成される感情である,と捉えている。
このような羞恥はあらゆる空間で生じることはなく,いわゆる「人前」と呼 ばれる空間において生じる。人前とは他者が単なる「風景の一部」であったり,
こちら側の一方的な「関心の対象」である場合とは異なり,他者が自己に対す る「観察者」として存在するような空間である(高橋, 1976)。このような人前 では行動が束縛されたような感覚を持つが,この状態を
S a r t r e
(1943)は「他有 化」と呼んでいる。こうした束縛感を生み出す大きな要因の一つが羞恥があり,人前での行動の仕方を決める上での重要な行動原理となっている。羞恥が行動 に及ぼす影響をもっとも明確な形で呈示したのは
Benedict
(1946) であり,彼 女は比較文化論の枠組みの中で,個人が自己の行動を制御する基準として罪と 恥の2
つを挙げている。「真の罪の文化が内面的な罪の自覚に基づいて善行を行うのに対して,真の 恥の文化は外面的強制力に基づいて善行を行う。恥は他人の批評に対する反 応である。人は人前で嘲笑され,拒否されるか,あるいは嘲笑されたと思い 込むことによって恥を感じる。いずれの場合においても恥は強力な強制力と
( 9 )
なる。」
( 1 0 )
また,井上(1977)は,羞恥を覚えやすい対象として「世間(セケン)」とい う概念を提示している。井上によると,「遠慮」の有無という基準から考えた とき,生活空間は基本的に図
l
のような同心円から構成されている。「遠慮が はたらく人間関係を中間帯とすると,そのウチがわには,遠慮がないミウチの 世界があり,そのソトがわには,遠慮をはたらかす必要のないタニンの世界が 位置することになる。いちばんウチがわの世界と,いちばんソトがわの世界は,無遠慮であるという点で共通している。すなわち, ミウチの世界は,あまえて
(8)
菅原( 1 9 9 8 ) ,
『人はなぜ恥ずかしがるのか一羞恥と自己イメージの社会心理学ー』,サイエンス社,
6 1
頁。(9) B e n e d i c t , R . F . ( 1 9 4 6 ) , T h e Chrysanthemum and t h e Sword: P a t t e r n s o f J a p a n e s e c u l t u r e , B o s t o n , M A : Houghton M i f f l i n .
長谷川松治訳『菊と刀』,社会思想社,1 9 6 7
年, 258頁。( 1 0 )
土 居( 1 9 7 1 )
は,これを「義理」の世界と呼んでいる。627
サービス組織における問題解決装置としての 伝統"‑]]7‑
いてへだてがないので無遠慮であり,タニンの世界は,へだてはあっても,そ
( 1 1 )
れを意識する必要がないので無遠慮なのである。」そして,この中間体こそが
「世間」であり,日本人が自らの行動を律する基準として気遣ってきた対象(「準
( 1 2 )
拠集団」)である。醜態を演じたとしても, ミウチの間では「ミウチの恥にふ た」をすることができ,タニンの前なら「旅の恥はかき拾て」ればよいが,世 間の目に触れれば「世間様に顔向けができない」という状態に陥るからである。
なお,これは「中間的親密さの法則」として捉えることができ,井上の指摘は
Brown and G a r l a n d ( 1 9 7 1 )
や堤( 1 9 9 2 )
などによって実証されている。図
1: 準拠集団としての「世間」I
ーミウチ,ナカマウチI I
一①せまいセケン②ひろいセケン IIIータニン,ヨソのヒト 出所:井上忠司
( 1 9 7 7 ) ,
『「世間体」の構造一社会心理史への試みー(NHK
ブックス)』, 日本放送出版協会,
9 1
頁( 1 1 )
井上忠司( 1 9 7 7 ) ,
『「世間体」の構造一社会心理史への試みー(NHK
ブックス)』,日 本放送出版協会,9 1
頁。( 1 2 )
羞恥は他者からの期待を裏切ることによって生じるため,生活する社会や所属する準 拠集団が異なれば,恥ずかしさの基準も異なること;こなる。女子高生にとってはルーズ ソックスを履かないほうが恥ずかしい,というように,特定のメンバーからなる閉鎖的 な集団はしばしば特異な羞恥を生みだし,その集団に属していない一般大衆を困惑させ ることになる(菅原,1 9 9 8 , 2 0 8
頁)。このような羞恥の行動に対する影響は,サービス・デリバリー・プロセスで も生じると考えられる。頻繁に利用するサービス施設の場合,従業員は顧客を 個客として認識しており,赤の他人以上の関係が存在しているからである。そ のようなデリバリー・プロセスで不適切な行動をとるならば,自己イメージが 傷つけられ,そこに通い難いと感じることになる。あるいはサービス施設が自 宅や職場に隣接している場合,施設外でも従業員と接する機会があり,外にお いても羞恥を感じることになるために,参加の仕方の適切化が図られることに なる。また,利用頻度が少ない,あるいは初めて利用するサービス施設でも,
剛半者がいる場合には彼らの目を意識して,行動の適切化を図るであろう。あ るいは同伴者がいないとしても,デリバリー空間と時間を共有する他の顧客の 中に知り合いや自分を観察する他人がいるかもしれないという意識が働くこと で,行動の適切化が図られるであろう。中島(2004)は,井上の提示する一番外 側のタニンの世界と世間との間に「準=世間」を加えることを提案しているが,
これは観察する他人の形成する世界である。中島によると,行きつけのコーヒ ーショップやコンビニエンスストアはいちばんソトがわの赤の他人が住む世界 であるが,何度か通うことで,その相貌は変化することになる。「つまり,店 員は私を同一人物として認知できるだけなのであるが,彼らがかたちづくる空 間は『世間』というあり方に準じて私を観察し監視するものとなる。コミュニ ケーション論的に言えば,私が彼らにとって
" f a m i l i a rs t r a n g e r "
であるような( 1 3 )
空間が形成されるわけである。」
この「準=世間」という世界は,多くのサービス消費において形成される空 間である。サービス消費の場合,デリバリー・プロセスヘの顧客の参加が必要 不可欠であるために,デリバリー空間と時間が従業員や複数の顧客によって共 有されるサービスでは,従業員や他の顧客は何度か接触した顧客を同一人物と
して認知できる。このことから従業員や他の顧客は観察し監視する「準=世間」
を形成することになる。「準=世間」の世界で最も大きな存在は従業員であり,
(13) 中島義道 (2004), 「醜い日本の私」,『考える人』, 2004年夏号, 163頁。
6 2 9
サービス組織におげる問題解決装置としての 伝統"‑119‑
伝統 のあるサービス組織の従業員ほど厳しい観察者として顧客を観察・監 視すると感じるであろう。したがって, 伝統 のあるサービス組織のデリバ リー・プロセスに参加する場合,利用頻度が少ない,あるいは初めて利用する としても,知り合いや観察する他人が存在するという意識に,デリバリー・プ ロセスから排除されることの怖れが加わって,顧客は行動の適切化を図る,と 考えられる。要約すれば, 伝統 のあるサービス組織が形成するデリバリー 環境は非日常空間として顧客に緊張感を感じさせ,注意の集中を促すことにな る。そして,この注意の集中は顧客に行動規範や服装規範を想起させるだけで なく,そのような規範に背くことは排除や羞恥につながることまで考えさせる ことになり,デリバリー・プロセスヘの参加の適切化を図ることに貢献する,
と考えられる。
また,このような行動の適切化は 伝統 のあるサービス組織で働く従業員 にも働くであろう。職場の同僚や上司が世間という世界を形成しているだけで なく,高品質のサービスを享受することを期待している顧客は観察する他人と
して「準=世間」を形成しているためである。さらに,そのような組織で働い ているというプライドという感情状態も加わることで,従業員のデリバリー・
プロセスヘの参加も適切なものになることが期待される。
3 .
顧客選抜機能伝統 によって,顧客が行動規範や服装規範への遵守の必要性を知覚する ならば,サービス組織が顧客を選抜することにも貢献する,と考えられる。サ ービス・デリバリー・プロセスに参加する顧客の行動や服装は前述のようなさ まざまな評価指標(サービス品質,顧客満足,職務満足,生産性など)に影響 を及ぼすために,期待されている行動や服装を行うための消費資源としての知 識や技能を十分に保有していない,あるいは保有はしているがそれらを積極的 かつ適切に展開する意思の無い顧客がデリバリー・プロセスに参加することを 抑制しなければならない。または事前あるいは/およびデリバリー・プロセス において教育を行うことで知識や技能を習得させたり,積極的かつ適切に展開
することが彼ら自身に恩恵をもたらすことを理解させる必要がある。しかし,
サービス組織がどのような人たちを顧客としているのかも消費者のサービス品 質の知覚やブランドの形成・強化に重大な影響を及ぼすことを考慮するなら ば,サービス組織は顧客をデリバリー・プロセスヘの参加および協働に必要と される消費資源の保有とそれらを適切に展開することで期待されている役割を 遂行しようとする意思の観点,およびブランドの持つ意味や価値の観点から,
顧客を選抜することも必要であろう(拙稿, 2004
a ;
2004 b)。 伝統"は,組織 が強制的に顧客を選抜することに代わって,顧客に自主的に選択を自粛させることで選抜に貢献することが期待される。
顧客による自主的な選択自粛には,ブランドの選良性による選択自粛と高い 消費資源を要求することによる選択抑制の 2つが含まれるが, 伝統"はこの 両方を導く可能性がある。選良性による選択自粛とは,顧客がそのサービス消 費には社会的地位や成功の証などが必要なことを了解しており,自らがその基 準を満たしていないことを認識して,選択を自主的に放棄するものである。ま た,高い消費資源を要求することによる選択抑制とは,高価格設定によって多 額の金銭投入を要求したり,デリバリーヘの参加に高い知識や技能を要求した りすることで,それらを保有していない顧客,あるいは保有はしているが,他 の消費にもそれらの資源を振り分けなければならないために十分に投入できな い顧客に,自主的に選択を放棄させるものである。 伝統"が顧客に,当該サ ービスの消費には社会的地位や成功の証などが必要なこと,あるいは大きな消 費資源の投入が必要なことを認知させるならば,伝統は顧客の選抜にも貢献す
ることが期待される。
皿.サービス組織の 伝統 が顧客に及ぼす影響 に関する実証的考察
サービス組織の 伝統 が,顧客のサービス品質に対する知覚や行動に及ぼ す影響について考察を行うために,量的調壺を実施した。調査の実施概要およ び調査対象者の属性は以下の通りである。
6 3 1
サービス組織における問題解決装置としての 伝統"調査対象者:香川県内に在住する
1 8
歳以上の男女 調 査 票 :A4
(裏表)4
枚( 1 4 )
調 査 方 法 : 留 置 き 法
調 査 時 期 : 2003 年 12 月 25 日 ~2004 年 2 月 10 日 有 効 回 収 数 :
3 2 5
票調査対象者の属性は,以下の通りである。
調査対象者属性
年~ご
男 性 女 性 小 計
4 5 ,
1 0 代
( 2 . 7 ) ( 2 . 8 ) ( 2 . 8 ) 3 4 5 7 9 1 20 代
( 2 2 . 8 ) ( 3 2 . 4 ) ( 2 8 . 0 ) 2 9 4 1 7 0 3 0 代
( 1 9 . 5 ) ( 2 3 . 3 ) { 2 1 . 5 ) 4 9 4 3 9 2 4 0 代
( 3 2 . 9 ) ( 2 4 . 4 ) ( 2 8 . 3 ) 2 9 2 7 5 6 5 0 代
( 1 9 . 5 ) ( 1 5 . 3 ) ( 1 7 . 2 )
3 1 4
6 0 代
( 2 . 0 ) ( 0 . 6 ) ( 1 . 2 ) 1 1 2 7 0 代
( 0 . 7 ) ( 0 . 6 ) ( 0 . 6 )
゜ 1 1
不 明 (‑) ( 0 . 6 ) ( 0 . 3 )
1 4 9 1 7 6 3 2 5
小 計 ( 4 5 . 8 ) ( 5 4 . 2 ) ( 1 0 0 . 0 )
1 .
伝統という表現が顧客に及ぼす影響‑121‑
サービス組織はしばしば広告やホームページなどにおいて伝統という表現を 用いているが,これは顧客のサービスに対する知覚やサービス・デリバリー・
( 1 4 )
調査協力の依頼は組織(会社あるいはその中の部署)や集団(カルチャー・スクール やダンス教室)単位で行い,各組織(集団の担当者に配付と回収をお願いした。但し,担当者から調査協力者に対する調壺趣旨な:::マ汀月号
J 1
説明と配付を要請された場合には,組織(集団)内を調査員が回り,調資協力依穎と配付を行った。
プロセスヘの参加にどのような影響を及ぼすのであろうか。この影響を考察す るために,サービス組織が「伝統のある」という表現を用いている場合に,サ ービス品質やデリバリーに従事する従業員,利用顧客などをどのように知覚す るか,について聴取を行った。表
1
は,2 5
項目の質問の単純集計結果である。伝統"は,品質の高いサービス提供を知覚させる傾向がある。たとえば「
4 .
信頼できるサービスを提供してくれる」という質問項目については約77%
が,「
2 .
品質の高いサービスを提供してくれる」については約74%
が,「3 .
価値が 高い(利用料金に比べて,品質が高い)サービスを提供してくれる」について は約61%
が肯定的に評価(「そう思う」あるいは「ややそう思う」)している。この結果から, 伝統 は品質保証機能を備えていることがうかがえ,信頼感 や安心感によって選択を容易にすることに貢献するようである。しかし,この 安心感の存在は,逆に言えば感動や意外性の欠如を意味しており,期待通りの サービスを享受することはできるが,期待を大きく上回るようなサービス,あ るいはポジティブな情動を喚起するような感動的なサービスを受けることはで きない,と認知されているようである。たとえば「
1 .
感動するようなサービス を提供してくれる」という質問項目については約29%,
「5 .
意外性のあるサー ビスを提供してくれる」については約6%,
「6 .
刺激的なサービスを提供して くれる」については約 5 %しか肯定的に評価していない。伝統という表現から 顧客は非常に高い品質を期待するために,それと一致する(同等の)サービス 品質を提供するだけでも高い満足を形成することができるが,経験価値が顧客 満足の形成にとって重要になるにつれて, 驚き の創出に取り組むことも必 要とされるであろう。この感動や意外性の欠如という認知は,革新性の欠如という認知から生じて いるようである。伝統という表現からはサービス自体やそのデリバリー・プロ セスについて革新のイメージは活性化されないようであり,「
7 .
市場ニーズの 変化に対応して,サービス内容が積極的に見直されている」については約16%
しか肯定的に評価していない。同様に,「
8 .
技術の進歩に対応して,サービス 提供方法が積極的に改善されている」については約17%,
「1 1 .
施設や備品に6 3 3 サービス組織における問題解決装置としての 伝統 ‑123‑
表 1: "伝統 という表現が顧客の知覚に及ぼす影響
│そう思わない1 Iどちらとも
言えない そう思う
l
小 計 1. 感動するようなサーピスを提供してくれる。4 9 2 9 1 5 4 ' 6 8 2 5 3 2 5 ( 1 5 . 1 ) ( 8 . 9 ) ( 4 7 . 4 ) ( 2 0 . 9 ) ( 7 . 7 ) ( 1 0 0 . 0 ) 2 .
品質の高いサーピスを提供してくれる。1 7 1 0 5 9 9 7 3 2 5
( 5 . 2 ) ( 3 . 1 ) ( 1 8 2 ) ( 2 9 . 8 ) ( 1 0 0 . 0 ) 3 .
価値が高い(利用料金に比べて、品質が高い)サービスを提供してくれるI・1 7 1 7 9 4 8 3 3 2 5
( 5 . 2 ) ( 5 . 2 ) ( 2 8 . 9 ) ( 2 5 5 ) ( 1 0 0 . 0 ) 4 .
信頼できるサービスを提供してくれる。7 7 6 1 1 1 7 3 2 5
( 2 . 2 ) ( 2 2 ) ( 1 8 . 8 ) ( 3 6 . 0 ) ( 1 0 0 0 ) 5 .
意外性のあるサービスを提供してくれる。1
10s9 8 1 0 2 1 6 3 3 2 5
( 3 0 . 2 ) ( 3 1 . 4 ) ( 4 9 ) ( 0 9 ) ( 1 0 0 . 0 ) 6 .
剌激的なサーピスを提供してくれる。 → •132 8 6 1 4 2 3 2 5
( 4 0 . 6 ) ( 2 6 . 5 ) ( 4 , 3 ) ( 0 . 6 ) ( 1 0 0 0 ) 7 .
市場ニーズの変化に対応して、サーピス内容が積極的に見直されている。 l7 1 7 5 3 7 1 6 3 2 4
( 2 1 . 9 ) ( 2 3 . 1 ) ( 1 1 4 ) ( 4 . 9 ) ( 1 0 0 . 0 ) 8 .
技術の進歩に対応して、サービス提供方法が積極的に改善されている。5 5 7 9 1 1 3 2 5
( 1 6 . 9 ) ( 2 4 . 3 ) ( 3 4 ) ( 1 0 0 . 0 )
9 .
施設や備品は長年使っているものが多い。, 7 1 0 9 3 2 4
( 2 . 8 ) ( 2 . 2 ) ( 3 3 . 6 ) ( 1 0 0 . 0 ) 1 0 .
施設や備品には、高価なものが多く使用されている。1 1 1 0 7 3 3 2 4
( 3 . 4 ) ( 3 . 1 ) ( 2 2 . 5 ) ( 1 0 0 . 0 ) 1 1 .
施設や備品には、最新のものが積極的に取り入れられている。4 6 9 7 , 3 2 3
( 1 4 2 ) ( 3 0 . 0 ) ( 2 . 8 ) ( 1 0 0 . 0 )
1 2 .
施設や備品は適切に保守されている。4 5 7 9 3 2 3
( 1 . 2 ) ( 1 . 5 ) ( 2 4 . 5 ) ( 1 0 0 . 0 ) 1 3
施設や備品は清掃がゆきとどいている。3 1 0 6 6 1 0 3 3 2 4
( 0 9 ) ( 3 . 1 ) ( 2 0 . 4 ) ( 3 1 . 8 ) ( 1 0 0 0 ) 1 4 .
施設や備品には、顧客への細やかな心配りがなされている。3 4 6 9 1 1 7 3 2 4
( 0 9 ) ( 1 . 2 ) ( 2 1 . 3 ) ( 3 6 I ) ( 1 0 0 . 0 ) 1 5 .
従業員は温かいもてなしをしてくれる。6 1 4 9 9 9 6 3 2 4
( 1 . 9 ) ( 4 3 ) ( 3 0 . 6 ) ( 2 9 6 ) ( 1 0 0 . 0 ) 1 6 .
従業員は、個々の顧客に細やかな心配りをしてくれる。5 1 3 8 2 3 2 2
( 1 . 6 ) ( 4 . 0 ) ( 2 5 5 ) ( 1 0 0 . 0 ) 1 7 .
従業員は、過去の利用回数(常連客であるのか、それとも新規あるいは利用回数の5 2 6 6 2 7 3 2 4
少ない顧客であるのか)にかかわらず、どの顧客にも平等に対応してくれる。
( 1 6 . 0 ) ( 2 0 . 4 ) ( 8 3 ) ( 1 0 0 . 0 ) 1 8 .
従業員は、社会的地位の高低にかかわらず、どの顧客にも平等に対応して3 7 7 9 5 6 2 3 3 2 4
くれる。
( 1 1 . 4 ) ( 2 4 . 4 ) ( 1 7 . 3 ) ( 7 . 1 ) ( 1 0 0 0 ) 1 9
従業員は、お金持ちかどうかにかかわらず、どの顧客 にも平等に対応し3 4 8 4 2 2 3 2 3
てくれる。
( 1 0 . 5 ) ( 2 6 . 0 ) ( 6 . 8 ) ( 1 0 0 . 0 ) 2 0 .
従業員は、サービス提供に必要な高度な知識や技能を身に付けている。6 1 8 6 4 3 2 2
( 1 . 9 ) ( 5 . 6 ) ( 1 9 9 ) ( 1 0 0 . 0 ) 2 1 .
顧客は、そのサービス施設(プランド)を利用するのにふさわしい服装をすること, , 7 9 5 8 3 2 4
を明示的あるいは暗黙的に要求される。
( 2 . 8 ) ( 2 . 8 ) ( 2 4 . 4 ) ( 1 7 . 9 ) ( 1 0 0 . 0 ) 2 2 .
顧客は、そのサービス施設(プランド)を利用するのにふさわしい行勤や態度をと6 , 6 8 6 0 3 2 3
ることを明示的あるいは暗黙的に要求されるいる。
( 1 . 9 ) ( 2 . 8 ) ( 2 1 . 1 ) ( 1 8 . 6 ) ( 1 0 0 . 0 ) 2 3 .
顧客には、社会的地位の高い人が多い。2 0 1 3 9 2 6 0 3 2 4
( 6 . 2 ) ( 4 . 0 ) ( 2 8 4 ) ( 1 8 . 5 ) ( 1 0 0 . 0 ) 2 4 .
顧客には、金持ちが多い。2 1 1 5 9 7 6 0 3 2 4
( 6 . 5 ) ( 4 6 ) ( 2 9 9 ) ( 1 8 . 5 ) ( 1 0 0 0 )
2 5 .
利用料金が高い。8 , 4 7 1 0 5 3 2 4
( 2 5 ) ( 2 . 8 ) ( 1 4 . 5 ) ( 3 2 . 4 ) ( 1 0 0 . 0 )
は,最新のものが積極的に取り入れられている」については約
12%
しか肯定 的に評価していない。「伝統」に類似した用語に「伝承」があるが,両者の意味は大きく異なって いる。伝承は,それまでに行ったことを引き継ぎ,守っていくことであるが,
伝統は,価値や意味を維持しながらも,時代の変化に対応できるように新しい ことに挑戦し続けていくことである。時代の変化に対応して,あるいはそれを
( 1 5 )
先取りする形で革新を行うことができなければ,過去において提供していたサ ービスがいかに高品質なものであったとしても,顧客のニーズや要求の変化に 応えられず,陳腐化してしまう。つまり,伝統には革新が必要不可欠な要素と して含まれる。しかし,多くの人々が伝統をそのように捉えていないというこ とは,伝統を謳っているサービス組織の多くが伝統と伝承を混同し,現実には 革新を積極的に行っていないことに起因する,と考えられる。この研究過程で は,米国および北欧の多くのホテルやレストランの観察調査も行ったが,伝統 を謳っていながら,設備や備品が古いだけのところが多く見られた。中には全 く手入れをしておらず,壊れたままの備品をそのままに放置しているホテルも あった。時代の変化に対応するかたちで,あるいはさらに積極的に時代の流れ に先駆けるかたちで革新を行わなければ,提供するサービスは既存顧客のニー ズを充足できなくなるために彼らの離脱を招くことになる。あるいは離脱が起
こらないとしても,新規顧客の獲得を阻害することになる。このことはさらに,
既存顧客の高齢化とともに,サービス組織(ブランド)に 年寄り向け"ある いは 古臭い というイメージを形成し,ますます新規顧客の獲得を阻害する ことになる。このようなことから,伝統を謳うサービス組織においては積極的 な革新が必要とされるであろう。
また, 伝統 は顧客に行動規範や服装規範への遵守を要求する,というこ
(15) 革新とは,伝統のすべてを破壊したり,時代のニーズに適合するように変えることを 意味しない。伝統には,時代の流れの中で「変えるべきもの」や「捨てるべきもの」も あるが,「変えてはならないもの」や「復活させるべきもの」もある。重要なことは,「変 えてはならないもの」を変えたり,「変えるべきもの」を守り続けたりしない,という ことである。
6 3 5
サービス組織における問題解決装置としての 伝統‑125‑
とが了解されているようで,「22.面客は,そのサービス施設(ブランド)を利 用するのにふさわしい行動や態度をとることを明示的あるいは暗黙的に要求さ れる」という質問項目については約 74%が,「21.顧客は,そのサービス施設
(ブランド)を利用するのにふさわしい服装をすることを明示的あるいは暗黙 的に要求される」については約
7 0 ° 0
が肯定的に評価をしている。この結果か ら,サービス組織の 伝統 は,頴在的および潜在的顧客にデリバリー・プロ セスにおいて彼らに期待される役割(行動規範や服装規範)を想起させること において重要な役割を果たしており,参加調整機能を備えていると考えられ る。前述のように,伝統を謳うことが顧客に行動規範や服装規範への遵守の必 要性を認識させ,サービス・デリバリー・プロセスヘの参加の仕方や服装の適 切化に貢献するならば, 伝統"はサービス組織だけでなく顧客にも恩恵をもたらすことになる。
また, 伝統"は,選良性による選択自粛と高い消費資源を要求することに よる選択抑制という
2
つの顧客選抜機能も備えているようである。たとえば「
2 3 .
顧客には,社会的地位の閥い人が多い」という質問項目については約61%
が,「
2 4 .
顧客には,金持ちが多い」については約59%
が,肯定的に評価をし ており, 伝統"は客層の高さをイメージさせる傾向がある。この客層の高さ のイメージは,選良性による選択自粛を導くと考えられる。また,「2 5 .
利用料 金が高い」という質問項目には約 80%が肯定的に評価しており, 伝統 のあ るサービス組織の利用には多額の金銭投入が必要である,という認識が強く なっている。さらに, 伝統 には行動規範や服装規範の存在とそれらへの遵 守を想起させることから,高い消費資源を要求することによる選択抑制も導くと考えられる。
以上のことから, 伝統"は,顧客にサービスの意味や価値,品質に関する メッセージを伝達するだけでなく,デリバリー・プロセスにおいて遵守すべき 行動規範や服装規範を想起させることでサービス・デリバリーが効果的且つ効 率的に行われるように顧客の参加および協働のあり方を適切化したり,さら
に,サービス品質や顧客満足の向上,ブランドの構築・強化などの観点から不
適切な顧客に自主的に選択を放棄させる,ことにも貢献するようである。
次に,因子分析によって 伝統 の基本的認識次元の抽出を行った。表
2
は, バリマックス回転後の因子負荷行列である。7
因子が抽出され,因子負荷量の 大きい質問項目の内容から,第一因子は「従業員の質の高さにかかわる次元」,第二因子は「顧客対応の平等性にかかわる次元」,第三因子は「顧客の質にか かわる次元」,第四因子は「革新性にかかわる次元」,第五因子は「サービス品 質の高さにかかわる次元」,第六因子は「サービスの意外性にかかわる次元」,第 七因子は「服装・行動規範の明瞭性にかかわる次元」と解釈することができる。
表3は,調査対象者を属性(性別および年代別)で区分し,区分されたグル ープごとに抽出された認識次元(因子)に対する評価(因子得点)の平均値を 計算した結果である。性別で区分した場合,第一因子の「従業員の質の高さに かかわる次元」においてのみ,統計的に有意な差異が見られた。女性の方が,
伝統 のあるサービス組織で働く従業員の質を高く評価しているが,この結 果は,女性の方が従業員の行動や清掃などの細かな点までも注意を払う傾向が あるためである,と考えられる。そして,この結果だけに基づくならば,伝統
というメッセージは女性の方が魅力的なものとして受容するのかもしれない。
また,年代で区分した場合,第二因子〜第四因子の 3因子において有意な差 異が見られた。第二因子の「顧客対応の平等性にかかわる次元」では,
3 0
代 の評価が低く,伝統を謳うサービス組織は社会的地位や裕福度によって顧客を 差別的に扱う,という認識が比較的強いようである。第三因子の「顧客の質に かかわる次元」では,50
代以上の評価が低く,伝統と顧客の質(社会的地位 や裕福度)とは関係ないという認識が比較的強くなっている。また,第四因子 の「革新性にかかわる次元」では,2 0
代以下の評価が低く,伝統に関して保 守的というイメージを比較的強く持っているようである。以上の分析結果から,多くの人々は伝統を伝承に近いもの,すなわち革新で はなく,過去のものを引き継ぎ,守っている,と認知していることがうかがえ る。さらに,この傾向は年齢の低い層において特に顕著である。「伝統と革新 性は対立する」という認識が存在しているならば,サービス組織が伝統を謳う
637
表
2:
「伝統」に対する基本的評価次元の抽出(因子分析)質
第一因子
従業員の 質の高さ1 3 .
施設や備品は清掃がゆきとどいている。1 4 .
施設や備品には、顧客への細やかな心配りがなされている。1 5 .
従業員は温かいもてなしをしてくれる。1 6 .
従業員は、個々の顧客に細やかな心配りをしてくれる。1 2 .
施設や備品は適切に保守されている。2 0 .
従業員は、サービス提供に必要な高度な知識や技能を身に付けている。4. 信頼できるサーピスを提供してくれる。
1 8 .
従業員は、社会的地位の高低にかかわらず、どの顧客にも平等に対応してくれる。1 9 .
従業員は、お金持ちかどうかにかかわらず、どの顧客にも平等に対応してくれる。1 7 .
従業員は、過去の利用回数にかかわらず、どの顧客にも平等に対応してくれる。10. 施設や備品には、高価なものが多く使用されている。
2 3 .
顧客には、社会的地位の高い人が多い。2 4 .
顧客には、金持ちが多い。7 . 5 . W l l f l
金が高い。H
f & l f !
の直'"'I'.XI応し 'C,'I. I'.,、 f~fl(/,1/,が9胄櫓的1、・,火鱒,ヽ』[(しヽる.・ :
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釦,.̲,・111/.、I/, •I I'1,11、1111,,,●帽的,.‑り直,ヽ/I'(しヽる. II 艤"`・・蝙,11,1・u, 1ttt,u,1,u, が 9胄櫓的 1·l~IJ 人』 Io,/1 {いる.¥I 綸骰ぐ傭,¥l,IJ
J ¥
り伸,(い<ふu,1,1名い.2 .
品賞O J
漸い</・・1 ‑ :
スを提供してくれる。3. 価値が高い(利川料金に比べて、品質が高い)サーピスを提供してくれる。
5 .
意外性のあるサービスを提供してくれる。6. 刺激的なサービスを提供してくれる。
1. 感動するようなサーピスを提供してくれる。
21. 顧客は、そのサーピス施設を利用するのにふさわしい服装をすることを明示的あるいは暗黙的に要求される.
2 2 .
顧客は、そのサービス施設を利用するのにふさわしい行動や慇度をとることを明示的あるいは暗黙的に要求される.寄 与 率
0 . 1 9 5 0 . 1 8 5 0 . 1 7 9
‑ 0 . 2 7 2 0 . 1 3 0 0 . 1 2 2 0 . 0 0 7 0 . 1 6 4 0 . 1 6 6
‑ 0 . 0 0 2 0 . 1 9 8 0 . 3 9 0 0 . 1 4 1
‑ 0 . 0 6 3
‑ 0 . 1 2 5 0 . 2 1 9 0 . 1 0 8 0 . 1 9 3 1 5 . 1 %
第二因子
顧客対応 の平等性0 . 0 1 6 0 . 1 3 3 0 . 3 0 8 0 . 3 2 4
‑ 0 . 1 3 0 0 . 2 2 7 0 . 0 3 2
0 . 0 0 2
‑ 0 . 0 3 3
‑ 0 . 1 6 5 0 . 1 4 6 0 . 1 6 1 0 . 1 7 5
‑ 0 . 2 3 1 0 . 0 6 2
〇
. 0 8 6 0 . 1 7 9 0 . 0 8 8 0 . 1 2 0
‑ 0 . 0 2 7
‑ 0 . 0 5 1 1 0 . 2 %
第三因子
顧客の 質の高0 . 0 4 0 0 . 0 3 4 0 . 1 3 9 0 . 1 5 1
‑ 0 . 0 2 1 0 . 1 4 0 0 . 0 4 1
‑ 0 . 1 3 3
‑ 0 . 1 1 9 0 . 0 0 2 0 . 2 6 2
‑ 0 . 0 1 6
‑ 0 . 0 6 3
‑ 0 . 1 3 9 0 . 1 3 2 0 . 0 8 6 0 . 2 4 2 0 . 0 2 3
‑ 0 . 0 9 0 0 . 1 5 1 0 . 2 4 2 0 . 2 0 3 9 . 1 %
第四因子
革新性0 . 1 2 9 0 . 0 5 4 0 . 0 1 1 0 . 0 3 3 0 . 0 5 6 0 . 0 0 9
‑ 0 . 0 5 7 0 . 1 9 0 0 . 1 7 1 0 . 3 3 0
‑ 0 . 0 7 8
‑ 0 . 0 7 1
‑ 0 . 1 2 1
‑ 0 . 0 7 7
0 . 0 3 9 0 . 1 4 3 0 . 2 5 9 0 . 3 4 4
‑ 0 . 0 1 3
‑ 0 . 0 0 3
‑ 0 . 0 2 6 8 . 8 %
第五因子
サーピス品質の高さ
0 . 0 1 3 0 . 1 0 5 0 . 2 3 1 0 . 1 9 4 0 . 0 7 9 0 . 2 7 0 0 . 4 6 9 0 . 0 7 8 0 . 0 9 4 0 . 0 5 7 0 . 2 1 % 0 . 0 ! 1 : l
( )
、!Iii
0 , 1 3 1 0 . 0 7 5 0 . 1 1 0 0 . 0 2 9 0 . 2 0 8
口
‑ 0 . 0 2 9
‑ 0 . 0 7 7 0 . 3 8 4 0 . 0 5 2 0 . 0 7 6 6 . 6 %
第六因子
サーピスの 意外性‑ 0 . 0 0 8
‑ 0 . 0 1 1 0 . 0 7 3 0 . 0 2 6
‑ 0 . 0 7 3
‑ 0 . 0 1 5
‑ 0 . 0 4 1 0 . 1 3 4 0 . 1 6 6
0,1()4 IJIHli
I)()~!,
0 . 0 1 ! )
.().()]7
0 . 2 4 4 0 . 2 5 1 0 . 1 0 5 0 . 0 5 9 0 . 0 1 4
‑ 0 . 0 7 0
‑ 0 . 0 0 5
‑ 0 . 0 7 5 6 . 3 %
第七因子
服装・行動 規範の明瞭性0 . 1 3 6 0 . 0 8 4
‑ 0 . 0 8 9
‑ 0 . 0 5 0 0 . 1 8 3 0 . 0 8 2 0 . 1 0 0
‑ 0 , 0 1 0
‑ 0 . 0 0 9 0 . ( l l i : I l l
lli!ll l 1 ・ , 1 ; O . l ' . 1 4 0 1 3 3
‑ 0 . 0 3 3
‑ 0 . 0 2 1 0 . 0 5 8 0 . 1 4 1 0 . 0 5 1 0 . 0 6 8
‑ 0 . 0 5 1
‑ 0 . 0 2 8
‑ 0 . 0 1 9
口 6 . 1 %
共通性
0 . 6 5 9 0 . 6 2 8 0 . 6 4 0 0 . 6 0 4 0 . 4 6 1 0 . 4 9 5 0 . 5 6 8 0 . 9 0 4 0 , 8 0 1 ( ) ( i ' . l ' . ,
1 1: 1 1 1 0 . 8
り1 0 . 8 : l O 0 . 3 8 6 0 . 7 7 4 0 . 6 8 3 0 . 5 0 0 0 . 2 9 9 0 . 7 5 5 0 . 4 2 8 0 . 7 4 6 0 . 6 9 4 0 . 4 0 0 0 . 8 2 9 0 . 6 3 1 6 2 . 2 %
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注!)回答は「そう思わない」を「1」、 「そう思うJを「5」とする5点尺度で聴取している。
注2)主因子法、バリマックス回転。
注3)因子は固有値が1以上のものを抽出。