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永田忠哉先生の人と業績

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Academic year: 2021

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永田忠哉先生の人と業績

斎  藤     進

       卒業生のうち多数の人々が公認会計士,税理士さ1       らに各種企業の要職に就かれていると聞いてい

私が永田忠哉先生に初めてお会いしたのは,昭  る。教室主任としては,昭和60年の改組によって 和47年もだいぶ押し詰まった頃であったと思う。  旧経営教室が大学科目産業経営となり,先生は今 私の前任者の村松司叙先生が成践大学に転出され  日の産業経営の基礎を実質的に創出したばかりか,

るに伴う,後任人事の面接の席であった。後任候  新たな出発にも立ち会われたことになる。思い返 補者にあった私は,研究室の片隅で午後の逆光の  すとわれわれの旧経営教室を取りまとめ,学科の

中に静かに腰かけておられた先生の姿を昨日のよ  最小の意思決定単位として実体的に機能させるこ うに思い出す。無事,採用されることになり翌昭  とは,それほど容易なことではなかった。たとえ 和48年4月に本学に赴任以来,私は先生と13年間  ば,年の若いことが決して免罪の理由ならないの

にわたってお付き合いさせていただいている。   であるが,若輩で無礼極まりない私は,自らの意 先生は大正9年10月21日生れの満65歳であられ  見を短兵急に押し付けることが多く,教室構成メ る。本学では満65歳の3月31日をもって定年退官  ンバーとして扱い難い者であった。さらに先生と されることになっている。永田先生もこの3月永  私とが意見の一致しない問題は多々存在した。そ らく教鞭をとられた本学を去り,白鴎大学で新た  のとき,先生は意見の不一致はそれはそれとして,

に会計人養成に当ると聞いている。灰聞するとこ  教室運営にかかわる種々な意思決定を淡々と行わ うによれば,先生は昭和19年に台北帝国大学文政  れ,意見の不一致によって分け隔てをすることが 学部政学科を卒業され,その後昭和22年に中央大  なかった。このような先生の人となりが,現在の 学において簿記学の講師,昭和23年に茨城県立日  産業経営構成メンバー間に自由で活発な,それで 立第二高等学校にお・いて教諭を歴任され,昭和28 いて節度ある雰囲気を醸成したと確信している。

年に現在の茨城大学人文学部の前身である文理学  この点に関する先生の貢献は,いくら声を大にし 部の助手として本学に赴任された。昭和30年には  て叫んだとしても尽きないと思われる。

簿記学,会計学担当の講師,さらに昭和33年には   さて先生は学外にあっても多方面で御活躍とお 助教授に昭和48年に教授に昇進された。この間,  聞きしている。昭和29年から今日に至るまで長期 昭和42年に文理学部は改組され,先生は現在の人  間,日本商工会議所簿記検定試験にかかわる水戸 文学部に配置換になった。また昭和44年から現在  商工会議所簿記検定試験委員として,地方におけ に至るまで流通経済大学にて商業科教育法担当の  る簿記,会計学の水準向上に努められ,検定試験 非常勤講師をなされている。      を通じて多数の会計人を地域社会に輩出し続けて 私が本学に赴任した昭和48年当時すでに先生は, おられる。昭和39年9月から同42年3月まで水戸 経営学教室の主任であり,その後一貫してこの要  商工会議所内に設置された水戸商店振興協議会の 職にあられる一方,財務諸表論,監査論ならびに  メンバーとして,水戸の商業の躍進に心血を注が 監査論ゼミナールなどの授業,演習を通じて幾多  れたと聞いている。さらに,昭和39年12月から現 の優秀な会計人を実業界に送り出された。これら  在まで茨城県公衆浴場入浴料金審議会の委員を勤

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2      茨城大学政経学会雑誌  第49号

められている。過日,私が茨城県庁より「公共料   かくて監査論の研究は,一方で企業会計原則な 金」についてのパンフレット作成を依頼された折, どの諸規則の十全な理解とかかる理解の上に構築 先生に公共料金に関するお話しをお聞きした。先  される合理的な監査手続の解明,といったいわば 生は微笑みを浮べながら静かな口調で入浴料金決  基礎的・理論的な探求,他方である制度の基で人 定の考え方や,決定に際する裏話をお話し下さっ  間の能力・モラル等から常に惹起する,いわば監 た。先生は自分の意見を全面に立て他を圧倒する  査の実践的問題の解明などから構成される。永田 といったタイプの方ではなく,周囲の人々の意見  先生の監査論における御関心は,後者の領域に属 を十分に聞き,その上で自分の論を展開される,  するものであった。つまり,いわゆる「監査人」,すな といった慎重な思考を好む方である。入浴料金に  わち現実の会計行為が諸規則に照らして妥当か否か ついての先生のお』話が,たいへん説得的で楽しく  を判定する者は神ではない。神にあらぬ監査人は,

かつ先生の普段の思考方法がよく出ていたものだ  当然,誤りを犯す。では,どのような誤りが罪と ったと記憶している。       なり,またなに故にこの誤りを罪と認定するのか。

さらに,企業と利害関係にない第3者とはどのよ

      うな条件を満たす者なのか,したがって,企業と1       監査人とはいかなる関係にあるべきか等が永田先

先生は会計学の一分野である「監査論」を一貫  生の研究テーマであった。

して研究なさってきた。先生は決して多作な研究   これらの研究テーマに関する永田先生の結論は,

者ではなかったが,その研究方法は普段の先生の  以下であると推察される。「監査人が第三者に対 思考そのままに米国での先端的研究のいくつかを  して法律責任を負う場合は,重過失がある場合で,

踏えて自説を展開するものであった。      単なる過失では法律責任が生じない」とするのが ところで,会計は企業の経済活動を描写する人  合衆国のコモン・ローにおける原則であり,さら 工的に構成された言語と考えられる。通常の言語  に「監査基準に準拠した監査であることを立証す が文の構成ルールを定めた文法を持つのと同様に, れば監査人の法律上の責任は免責される」とする 人造言語の会計も文法に相当する言語運用上の諸  のが定説であった。しかし,これら定説に加えて ルールを持つ。この文法に相当するものは,ごく  「会計不正に対する監査人の摘発責任」が重要視 ラフに言うことが許されるならば,理論的な面に  されなければならず,単なる監査基準に従うだけ おいては会計学の理論であり,実践的・制度的に  でなく「被査企業の不正行為とその隠蔽方法を見 は企業会計原則,原価計算規則さらに税法や商法  抜く」ことをも監査人の中枢的な責務であると考 における計算規定などである。         えるべきである。また,監査人が依頼人の求めに 日常的な言語使用は,文法に則して行われると  応じてマネジメント・サービスを提供すること,

は限らない。しかし,公的な場での言語使用が文  すなわち,監査人が同一依頼人に対して経営助成 法上の制約を満足することを必要とするように,  業務と監査業務とを併行することが妥当か否かに 会計においても企業内部の管理情報として会計情  関して,監査独立性の立場からかかる併行はすべ 報を使用するかぎり,先の諸規定を満足する必要  きでないとする。以上が永田先生の到達なされた はないが,企業の期間損益を外部に公的に決算報  結論であると思われる。

告などの形で開示する場合,これら諸規定との整

合性が問題とされる。通常,この整合陛のチェッ      皿クは企業と利害関係にない第3者によって実施さ

れるが,ここでの第3者による整合性チェックが   何よりもわれわれ教室構成員に自由にやらせて 監査にほかならない。      くれたことに感謝しなければならない。永田先生

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斎 藤:永田忠哉先生の人と業積       3 が残された自由で活発な雰囲気のなかで高い成果  は,先生を越えるべくこれまで以上に優秀な卒業 を上げるべく,われわれは自戒しなければならな  生を送り出すように努力しよう。

い。他律的な基準を受容するばかりか,永田先生   とはいえ,未熟なわれわれは貴重なアドバイス の到達した境地のごとく,より高い自己規制の基  を必要としている。永田先生にはわれわれにとっ 準を自律的に設定し,この自律的基準を達成すべ  ての大切なアドバイザーとして,良き想談相手と く努力する必要があろう。かくて・研究・教育上  して,さらに友人としてこれまでと変ることなく,

で高い業績をわれわれが残したとき,先生の意図  お付き合いをお願いしたい。そして,お気軽にお を真に体現し,先生の暖力い思い遣りに報いるこ  暇隙な折には大学に顔をお・出し下さい。われわれ とになるのであろう。すぐにでもそのための戦い  も気軽に先生の新しい大学を訪問しお話しを伺う を開始しよう。       こζにしよう。1つが終り,同時に他の新たな出 先生は新しい大学で優秀な会計人の養成を続ら 発が始まる。この始まりが先生にとってもわれわ れると聞いている。それゆえ,今日の良き指導者  れにとっても多幸であることを念じつつ,筆を置 で同僚教育者であられた先生は,明日からわれわ  くことにしよう。

れにとって強力なライバルとなられる。われわれ

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