いわゆる「安全弁説」《Safety Valve Theory》に ついて(2)
その他のタイトル On the 'So‑called' Safety Valve Theory (2)
著者 小林 英夫
雑誌名 關西大學經済論集
巻 11
号 6
ページ 594‑620
発行年 1962‑02‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/15490
594
﹁ 安 全 弁 説 ﹂
五
︑ 安 全 弁 説 批 判 そ の 一
︑ 間 接 的 批 判
移住のための諸条件の満たされないことは︑たしかに移住の可能性を否定する有力な根拠たりうる︒ いわゆる
︹2︺
いわゆる﹁安全弁説﹂ A
S a
f e
t y
V
a l
v e
T h e o r y } > ,
! 1 つ い て 目
次 五
︑ 安 全 弁 説 批 判
︹
2︺
そ の 一
︑ 間 接 的 批 判 そ の 二
︑ 批 判 の 結 論 六
︑ 反 批 判 と そ の 回 答 そ の 一
︑ 反 批 判 そ の 二
︑ そ の 回 答 七
︑ 論 争 後 の 安 全 弁 説 八
︑ あ と が き
口︵
小林
︶
小
T h e o r y
>
林
について ^ S
a f e t y V a l v e
英
四
この諸条件 ( 二 )
夫
595
八六二年のアイオワ州センサスでは︑
連邦政府の土地処分は売却
s a l e
については︑クラレンス・ダンホフ氏の論文が詳細を究めている︒
条件の第一は︑
いうまでもなく土地取得であろう︒ダンホフによれば︑土地の売手として挙げうるのは︑①連邦 政府︑②州政府︑③公有地を下付されたる会社︑④私的投機師
( 1 )
で あ
る ︒
と下付
g r
a n
t の二方法によっており︑売却はエーカーあたり一ドルニ十五セン
( 2 )
トを最低価格とする競売と一八五四年以後の等級別価格による私人への売却とである︒下付によるものは︑主とし
( 3 )
て軍用地払下げによる私人にたいするものと︑州または運河
11
鉄道会社にたいするものとがある︒いずれにせよ個 人に売却された連邦所有地は︑一八五
0
年より一八六
0年の間において︑連邦地処分総面稼の二十四︒ハーセントに
( 4 )
すぎず︑また個人への土地下付は︑その二十五︒ハーセントにすぎない︒また連邦政府による規制が行われなかった ため︑州や会社によって再処分される連邦下付地は︑第一級地ならばエーカーあたり一ドルニ十五セントではとて
( 5 )
も得られない︒
会社所有地については︑たとえば﹁イリノイ
11
セントラル鉄道﹂は︑
( 6 )
万ェーカーをェーカーあたり平均十一ドル五
0
セントで売却している︒また私的投機師の役割も重要であって︑
州私有地の半分以上︵約一︑五
00
万エーカー︶は不在所有であり︑
( 7 )
大部分は投機目的のためのものであって︑価格も普通はエーカーあたり三ドル以上である︒
部分的改良地は︑
そのときの条件により︑処女地に比してときに有利︑ときに不利とされ︑その価格も一般には
Z ( 8 )
七ドルないし︱
0ドルという高値であった︒かかる土地の所有者は︑純然たる投機師であるか︑それとも開墾より いわゆる﹁安全弁説﹂^
S a
f e
t y
V
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v e
Theory
•
について
口 ︵
小 林
︶
四 一
またその 一八五四年から一八六
0年の間に約︱二八
⑤部分的に改良されたる土地の私的所有者の五つ
‑‑‑‑‑‑‑‑‑'‑―‑‑• ‑‑---—-
‑‑ ‑ ‑ ‑ ‑̲ ̲ ' ̲ ̲ ‑
---—--‑ ‑
596
いわゆる﹁安全弁説﹂
ASa
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a V
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e Theory
•
J , J .
つ い て
植付けにいたる必要な作業を施してその投資利潤と地価の騰貴とを得ることを目的とする職業的開拓業者であっ
( 9 )
州政府の所有地処分法はさまざまである︒山会社や投機師のクレジットによる売却︑②州政府が移住者の道路・
こ ︒排水工事の労務費の支払に発行した土地仮証券
la
nd
s cr i p t
による土地購入を許す方法︑③真の移住者への即時無
(10)
償払い下げ︑④公定手数料と測量費のみを買手負担とするもの︑などがそれである︒
しかしながら︑ いずれにせよ土地の価格は︑たとえば英人観察者ジェームス・ケァード
Ja
me
s
Ca
re
d
のいうよう
(11)
﹁もつとも考慮する必要のない事柄﹂であった︒重要なのは︑むしろ土地を取得してのち順当な農民生活を営
みうるまでの費用である︒
まず取得した土地が処女地であれば︑①樹木を除去し︵クリヤング
Cl
ea
ri
ng
)
︑
(1 2)
ki
ng
)
︑ ⑳
5
主として放牧家畜の侵入を防ぐために土地の周囲に垣を廻らすこと︵フェンツング
Fe
nc
in
g)
が必要であ
クリャリングのもつとも安くて良い方法は︑樹皮を剥ぎ︑樹木を四・五年乾燥させてのちに焼くもので︑
( 1 3 )
1
あたり五ドルないし八ドルを要する︒普通の方法は樹木を倒して二年間ほど放置してから焼くもので︑エーカー
燥期にそれを焼くもので︑ あたりの費用は一 0 ドルといわれる︒もつとも手早い方法は︑前年の秋に樹皮を剥いで翌春に樹を倒し︑
( 1 4 )
エーカーあたり一四ないし一五ドルを要するものと評価されている︒
ブレッキングについては︑連牛の引く特殊のプレッカーで灌木地を耕す場合は︑
ドルを要する︒これにたいして草原の場合は︑玄人に請負わせるのが普通で︑ る ︒
にヽ
口︵
小林
︶
最初の乾
その費用は土地の性質などによって エーカーあたり一
0ないし
エ ー
カ
②土地を耕し︵プレッキング
Br
ea
‑
四四
597
取りいれまで半年を待つにすぎないが︑
口︵
小林
︶
四 五 この場合には最
( 1 5 )
一般にはエーカーあたりニドル五
0セントであった︒
( 1 6 )
﹁草原農場の場合︑垣はその価値の三分の一である﹂といわれるほど重要であ
った︒処女地の開拓で木材の翌富に得られる場合は︑必要なのは労働費用のみであり︑それは一ロッド︵五ヤード半︶
あたり三五セントないし七
0
セントであった︒したがつて四〇エーカーの土地を囲むのに︑三二
0 ロッドとして一
一六〇エーカーの土地では六四 0 ロッドとして前記の倍額を要する︒木材の得られな
t h
e p o s t
n a
d
r a i l
f e
n c
e
( 1 7 )
一ロッドあたり一ドル以上の費用を要した︒
む上でまず必要とされる種子は︑小麦ならばエーカーあたり一ドルないしニドル︑ が一般に用いられたけれ
ども︑木材の価格によっては︑
農機具については︑シャベル︑鋤︑鍬︑鎌︑馬具︑四輪荷馬車といった椋準的なもののみで一
00
ドル程度の投
( 1 8 )
︵1 9
)
資を怠味する︒それ以上に望ましい刈取機や脱穀機などを加えれば︑それらのみで三七五ドルの追加を怠味する︒
(20)
家畜類については︑馬・豚・食用飼鳥への最低限の投資に一五
0 ドルないし二
00
ドルを要する︒また農業を営
トウモロコシならば小麦の場合 よりやや少額の投資を必要とする︒ただし棉花を栽培しようとするならば︑棉花の種子は︑すくなくとも北部では
( 2 1 )
事実上無価値であったらしい︒
最初の収獲が待られるまでの入植家族の生活費は︑入植の季節によってもちろん異なる︒早春に到着すれば秋の
夏から秋にかけて開拓地に着き︑冬までに家を建て︑乾草を集めて動物とともに越冬するのだが︑
いわゆる﹁安全弁説﹂^
S a
f e
t y
a V
l v
e T
h e
o r
y }
> について
い草原地帯では︑木材を節約するための筒単な杭と横木の垣 ︱ニドルないしニニ四ドル︑ つぎにフェンシングについては︑
それは︑冬に道なき未開地を横断せねばならないため困難である︒普通は
一 ド ル 五 0 セントから五ドルまでの開きがあったけれども︑
'‑‑‑・‑・・
i l 9 8
いわゆる﹁安全弁説﹂ A
S a
f e
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V
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̀
Theory•
について
口︵
小林
︶
初の収獲まで一年半を待たねばならない︒いずれにせよ第一年目の平均的な家族維持費は︑総額一
00
ドルといわ
( 2 2 )
れ て
い た
︒
ダンホフ教授によれば︑開拓地までの交通費の一般化はほとんど不可能であるという︒
の移住者であれば︑ フロンティヤー近辺より
その交通費とは時間であった︒そうでない東部海岸よりの移民の場合には︑
一 日
一ドル半 たとえば一八五五
年のボストンよりセント・ルイスまでの鉄道運賃は一等で約二十九ドル︑平均的移民の利用する等級で十三ドルで
( 2 3 )
あり︑交通費は大きいとはいえないが無視できない費目である︒
最後に住居については︑材木の安い森林地桁とそうでない草原地恐とでその建設費に相迩はあるが︑速成のロッ
グ・ケビン
l o
c a
g
b i nで二十五ドルないし一
00
ドル︑もつとも標準的な四部屋付きの家屋で二四五ドルないし
( 2 4 )
四五
0ドル︑と計算されている︒
以上の各費目の計算はまったくの一般化にすぎず︑実際には地方により︑また算定者を異にするにより︑
はさまざまである︒ダンホフ氏は︑ それを別表のような便利な一覧表に集約している︒ぞの結果かれは︑西部農民
となるための文字通り最低限の費用を一︑
00
0
ドルと見放つている
︑五十年代の普通の労働者の一般的賃金が一
0 2日一ドルにも達せず︑またエドワード・ヤング
E d w a r d Y o u n g
のいうように熟練労働者の賃金とて
ないしニドルにすぎなかったことを想い起すと︑かれらが年に五
0ドル以上の貯金をなしうるとは︑とても期待で
(26)
きない︒かくてダンホフ教授は︑労働者の西部移住の可能性について︑はなはだ否定的である︒
四六
その値
Estimated Costs of Farm‑Making: 185060 Siu I L>nd Brnak‑
H江
•-1Lise‑I Total Fenc• Seed・ Pro‑Build‑Location I Cost Acres I Cost ing other m.g m. g esting stock VI. SIO. ilS m. gCalifornia 2,000 640 I 800 + 600 + + 500 100 * + California 3,000 40 400 + 1,400 200 + 700 + + 300 Illinois 550 40 50 + 100 20 + 140 50 20 170 Illinois 785 80 100 I 1:~! 320 40 195 + + + 十
Illinois 896 34 170 100 468 71 + 十+ + Illinois 920 200 320 + 173 千+ + + 100 27
Illinois 930 45 500 +
4+ 00 I 20 + 140 50 + 220 Illinois l, 411 80 360 150
~'!
456 + + + + Illinois; ̲ 2,100 160 I 1, ooo ,1oo75, ' 400 十+ + 300 + Illinois 2,127 80 1,200 320 I 236 196 + + + + Illinois 2,290 320 240 1,500 + * * + + * 550 Illinois 2,750 160 1,600 225 400 + + + + 500 25 Illinois 2,800 100 1,000 1,250 I ! * * * + + + 550Illinois 12,200 640 6,400 1,300 1,200 800 2,500 + + + +
Iowa 440 40 50 80 160 + + + + + 150
Iowa 850 160 200 320 320 + + + + + + <> 0‑Iowa 1,034 80 + + ., + + + 310 + 450 374 Iowa 1,500 80 250 75 1s I 75 十200 100 100 550
,..;~~"'「椒刹中挙」~SafetyValve Theory
•
11. ~ 今ドこ(-S~)臣や
I
I
$ぶ~IQ「椒411*器」~SafetyValve Theory
•
1l 0 .S. ¥‑‑'□ (‑S垢) 回<
Iowa 2,650 160 200 600 600 150 200 + + 650 250 Iowa 3,000 400 1,400 180 300 + + 305 + 150 665 Michigan 277 40 + 220 40 17 + + 十+ + Michigan 2,475 160 225 1,012 * * 338 + + 900 + Minnesota 705 160 200 + + + + 315 73 + 117 Texas 500 100 200 + 50 + + 50 100 50 50 Texas 715 50 150 + 60 150 + 260 25 65 + Texas 1,000 160 400 + + + ‑1‑150 150 150 150 Texas 7,800 160 400 * 600 + + 4,450 十750 1,600 Texas 9,000 1,000 2,500 * 500 +
+
5,250 + 750+
Wisconsin 1,690 200 250 480 400 160 400 + + 十‑1‑Wisconsin 2,000 640 800 100 200 + + + 350 150 * 400 Wisconsin 2,500 100 1,600 * * + 560・100 * 250
I
L
*印は、その項目が先行する数字のなかに含まれていることを示す
2.
+印は、その項目が計葬のなかに含まれていないことを示す
3. 上記の表は、31
人の観察者の推定である。すなわちカリフォルニャについては
2人、イリノイについては12人、アイ
ォワについては6
人、ミンガンについては
2人、ミネソタについては
1人、テクサスについては
5人、ウイスコンン
ンについて3
人である。かれらの名前は略す。
Clarence Danhof, Farm‑Making Costs and the "Safety Valve": 185060, in the Journal of Political Economy,
Volume XLIX, June 1941, P.327
溢(,...)
Clarence Danhof, op. cit., p. 329601
いわゆる﹁安全弁説﹂ A
Sa fe ty a V lv e Theory
•
1 l
ついて
口︵
小林
︶
四九
(2
)
I bi d . ,
P.
32
9
(3
)
I bi d . ,
PP.329330
( 4 )
一 八 五
0
年から一八五九年にいたる連邦地の処分面腋は二
0
七 ︑
000 ︑
・O OO
エーカーであるが︑その内訳
はつぎのごとくである︒
(I b笠
"
P.
33
0)
個人への売却••………·五0、0
0
個人への下付:………•五二、000000ェーカー·………•…………•二五パーセント、
0 0
00ェーカー·………••二四。ハーセント︑ 州 へ の 下 付
⁝
⁝
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⁝ 七 六
︑ 0
00、000ェーカー·………•••••三七パーセント 会社への下付…………二八、090、000ェーカー·:·………••一四パーセント計•……••二つ七、000、000ェーカー••………·100 パーセント
( 5 )
I bi d ' "
P
.3
31
(6 ) I bi d . ,
P.
33
2 •
(7 ) I bi d . , PP.332‑
̀
33
4.
ただし合衆国連邦土地局は︑投機を重視せず︑一八五七年のその年次報告では処分された
土地の四分の三は実際に定住されているとのぺ︑一八五九年の報告でも︑同様のことを主張している︒けれど もプキャナン大統領は︑そうは考えていなかったようである︒一八五七年の年頭教粛のなかで︑﹁投機は最近 公有地に広汎にひろまった︒その結果土地の大部分は私人や株式会社の財産となり︑かくしてその価格は︑真 の定住のための土地買入れを堕んでいる人々にたいして︑はなはだしく騰貨することとなった﹂と︒
(8)Ib
笠"
P.
33
6
(9Ib:
d .,
P.
33
4
なお部分的に改良されたる土地とは︑
br ea ki ng , fe nc in g, b ui ld in g, c ro pp in g
がすでになされて
しまつているものをいう︒
( 1 0 )
I b
i d. ,
PP.337338
なおここにいう四つの処分方式のうち︑第一の方式では︑信用期限は通常一︑二年である
が︑﹁イリノイ
11
セントラル鉄道﹂により与えられた信用は六年の長いものであった︒第二の方式をとった州
はメーン州やアーカンソー州である︒第三の方式の例は︑アーカンソー州と︑︑︑ンガン州とにみられる︒第四方
式は︑テクサク州が一八五三年以後実施したものである︒
' 鴫
I
・
'
~ —--·--·. 一‑ ‑‑‑ . , ー ・ ー ・ ・ ・ ・ 一— ー. ‑‑‑・・・・. ‑・.
いわゆる﹁安全弁説﹂
A
Sa fe ty V al ve Theory
•
について (1 1) Ib id .
︾
P.
33
9
( 1 2 )
F
en ci ng の意義としては︑つぎのようなことが考えられる︒印自然のままの耕地は家畜にとつての自由地であ っ た け れ ど も
︑ そ れ は
︑ 常 に 成 長 す る 作 物 に と つ て は 脅 威 で あ っ た こ と
② 各 州 の 法 律 に よ れ ば
︑ 他 人 の 所 有 する家畜によって蒙った損害にたいして弁済を求める条件として︑垣の有無が問題とされたことなどである︒
( Ib i d .,
P.
34
4)
( 1 3 )
I b
i d. ,
P
.3
40
た だ し
︑ こ の 方 法 で は 枯 死 し た 樹 木 の 間 に 播 種 で き る け れ ど も
︑ 枝 や 幹 が 落 ち て か な り の 損 失 を もたらすおそれがある︒
( 1 4 )
I b
i d. , PP.340341 、だがこの方法には、miたえず新芽を出すむ~い切株に何年も邪腐されるし、②またそのため に樹皮の剥がれた木の根を堀り返すに要するよりも数年も長く耕さなければならない︑という欠点がある︒
( 1 5 )
I b
i d. ,
PP.341344
( 1 6 )
笙
d .,
P.
34
5
( 1 7 )
I b
i d. ,
PP.345346
要 所 々 々 に 太 い 杭 を 立 て て 横 木 を 配 し た th e po st a nd ra i l f en ce と対照的なのは︑いわ
ゆる
th e Vi rg in ia r a i l fe nc e であって︑これは別名
sn ak e fe nc e とよばれるように︑荒く削った横木の一 端 を 他 の 横 木 の 一 端 に 一 定 の 角 度 で の せ て つ く っ た ジ ク ザ ク の 形 の 垣 の こ と で あ り
︑ 材 木 を 多 く 必 要 と す る た めに材木が股富に安く手に入る場合に用いられた︒
( 1 8 )
I b
i d. ,
P.347
•
( 1 9 )
I b
i d. ,
P.348
こ れ は
︑ パ ー カ ー な る 人 物 の
︱ つ の 評 価 に す ぎ ず
︑ 最 低 必 要 農 機 具 の 品 目 を ど う 選 ぷ か
︑ ま た そ の 価 格 を ど う 評 価 す る か に よ っ て
︑ 最 低 費 用 の 例 は さ ま ざ ま で あ る
︒ な お 種 子 条 播 機 (s ee d d ri l l ) は︑五〇 年 代 に は 主 と し て ミ シ ン ッ ピ ー 河 以 東 の 地 に 限 ら れ て い た け れ ど も
︑ 次 第 に 西 部 で も 望 ま し い も の と さ れ 始 めていたし︑刈取機
(t he re ep er ) のごときは︑西部の労働力供給の過少のために︑基本的なものと考えられ た︒脱穀
(t hr as hi ng ) は︑第一︱︱者に請負わすのが普通であった︒かくして農業の機械化を伴わずしては︑土 地は︑投機的価値を別とすれば︑ほとんど無価値であった︒
(I bi d.
" p.
347)
(2 0) Ib id .
﹂P.349
口︵
小林
︶
五
0
603
ロ ︵ 小 林
︶
五
( 2 1 )
I b
i d. ,
P
.3
50
( 2 2 )
I b
i d. ,
P
.3
51
(2
3)
Ib
id
.
﹂PP.352353
2 4 I bi d
. ,
P.
35
3
( 2 5 )
I b
i d. ,
P.354
︹ー︺なお定住費用について︑英国人ウィリャム・オリヴァーなる人物の一八四三年における概算
がある︒すわなち
*交通費︵ニュー・ヨークよりセント・ルイスまで︶
一、フィラデルフィヤ11ピッツバーグ経由:………•食車つき四一・五0ドルー五八ドル
………•9・食事なし一――l·O
0 ドルーニ 0
ド ル
二︑アルパニー
11
バ ッ フ ァ ロ ー 経 由
:
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・ 食 事 な し 一 六
・ O
0 ドルーニ︱ドル
*家屋(家具をふくむ)………·……•••………••四三九・七七ドル*農場………•••••一、二七七・六0ドル*土地開墾のための附加的用具·:·………••一五七•五0ドルのごとくである
︹
2︺またホームステッド法通過後の一移住者による費用概算はつぎのごとくである︒
* 夫 婦 と 子 供 二 人 の 最 低 交 通 費 一
0
0 ド
ル
* 少 く と も 二 頭 の 連 牛
︵ 首 木 で つ な い だ も の
︶ 一
0
0 ド
ル
* 四 輪 馬 車 一 台 一
0
0 ド
ル
*最初の収獲までの半年の食糧(‑日五
0
セ ン ト
︶ 九
0
ド ル
* 必 要 な る 農 機 具 一 五
0
ド ル
*最初の収獲のための種子
1 0
0
ド ル
* 乳 牛 一 頭 五
0
ド ル
六九 0
ド ル
計
以上の二例は︑いずれも
Go
od
ri
ch
an
d D
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, ^
Th e W
ag
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I,
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いわゆる﹁安全弁説﹂^
Sa
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Theory
•
について
L—―ーー・.. .• 一
604
⑨ 西 部 移 住 の 可 能 性 の 点 か ら み て も
︑
いる
︒
( 1 )
その
批
半 川
の
七ロ
帝 いわゆる﹁安全弁説﹂八
Sa
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Va
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>
1 !
つい
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企皿
︱‑ m "
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1
93
6.
PP. 91 1 92
( 2 6 )
D
an
ho
f,
op . c i t . ,
P.
35
7また西部での機会と最も密着している農業労働者にしても︑一般に食事と部屋代とは
別として︑収入は年に一五
0
ドルにすぎなかった︒なお︑移住の資金源は︑通常は現金貯荼または財産売却による現金収入であって︑とくに財産の流動化は︑東部の農民たちが西部移住のための現金資金を生みだすため
の共通の方法であった︒
( Ib i
d .,
P.
35
6)
かくして安全弁説の批判は︑
現 実 の 事 実 と し て
︑ 社 会 的 圧 力 を 滅 ず る と い え る ほ ど の 西 部 へ の 労 働 移 動 が お こ な わ れ た と い う 証 拠 は
︑ 存 在しない︒また現実に移住したと思われる少数例についても︑
以上の二点は︑
つぎのように要約することができる︒
記録の示すところでは︑その多くは定住に失敗して 移住入植に要する諸種の費用︵最低限一︑
00
0
ドル︶を弁ずることは︑当時の賃金労働者の賃金水準を前提にしては考えられない︒
さらに証拠をもつて固めることができる︒その第一は︑賃金労働者の農業知識の不足である︒
八五七年のニュー・ヨーク・トリビューン紙にその警告がみられる︒
﹁農業は︑他の仕事とおなじく知識︑経験︑および熟練を要する仕事である︒都市で生れて育ったものが三十オないし四十オに
( 1 )
して農場に移り︑すぐに能率的で質朴かつ有望な農民となることなど︑だれもできるものではない︒﹂
とC
農業専門家のジョ—ジ・ゲッヅ氏
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口 ︵ 小 林
︶
五
605
用という通念化された主張にもかかわらず︑失業は一向に減じた風がない︒
( 3 )
にいたる各十年間の一大経済疾患だったことは︑否定されえない﹂事実である︒したがつて自由地は︑
( 4 )
第三に︑東部過剰人口の大半は﹁公有地に憧れうる距離内にさえいなかった﹂といつてよく︑十九世紀末の﹁合衆
国産業委員会﹂の報告によれば︑開拓民は一般に東部および南部諸州出身のアメリカ生れのアメリカ人であって︑
かれらは﹁子供にそれぞれ農場を遺こしてやれる﹂ように︑
( 5 )
農場を売り払った﹂農民であった︒
( 6 )
第四に︑土地投機の慣行の一般的なことについてはダンホフ教授も述べているところであるが︑さらに一八九一
年のホームステッド法修正︵公有地取得の条件として実際の定住がかならずしも必要でなくなった︶のために一般人の土地
( 7 )
投機が盛んとなり︑かくて広大なホームテッドは︑現実の定住を意味しなかった︒
以上のような理由や証拠のために︑グッドリチとデヴィソンの二人にしても︑またダンホフやシャノンの両教授
にしても︑ともに自由地の減圧作用を否定したのである︒しかし問題はその否定の度合である︒いいかえれば安全
弁はまったく開かなかったのか︑
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﹁ 安
全 弁
説 ﹂
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それともその開き方がわずかであったのかである︒この点で上記の四人は︑多少
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小林
︶
はなんら問題を解決しなかったと思はれる︒ 第二の証拠は︑ と説いている︒
いささか趣きを異にする︒
五
﹁新しい土地に大きな農楊を買うために︑ その小さな その意味で ﹁失業が一八六五年から十九世紀未葉 ﹁ 農 村 で 生 活 し た こ と な し に 都 会 生 活 よ り 直 ち に 移 住 し ︑ 未 熟 の 考 の 赴 く ま ま に 自 己 の 手 労 働 に も っ ぼ ら 依 存 す る 人 々 の 営 む
( 2 )
農 業
が ︑
成 功
し た
例 は
ほ と
ん ど
示 さ
れ え
な い
︒ ﹂
フレデリック・シャノン教授の指摘しているように︑安全弁の減圧作
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606
る︒しかもかれらは︑
その点でまった<腕のよく利く戦人たちであった︒
と︒ダンホフ教授の結論も同様である︒
いわゆる﹁安全弁説﹂A
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につ
いて
のニュアンスの差はあるにせよ︑
その結論はまったく一致している︒
﹁しかしながら︑われわれが安全弁説を受けいれないのは︑ターナーやその迫従者たちによって述べられてきたところの直接
﹁安全弁はここでは労働者よりはむしろ農民のそれであったけれども︑その作用が産業賃金の水準を上昇せしめる傾向にあっ
( 8 )
たことをわれわれは疑う必要はない﹂
﹁諸君の弁は肝野のときに作用しない習性をもつており︑その反対に圧力の商くないときですから労働の細い流れを放出して
( 9 )
いるのであるから、………•••それを南京豆焙り器のなかの笛と呼んで満足していたまえ」
﹁西部での農場設置の費用を考えると︑西部の農場設置の機会を︑東部賃金労働者の地位を直接に決定したものとみなすこと
は︑明かに誤りである︒これは︑東部賃金労働者が実際に西部移住に参加した範囲内において︑東部で莉賃金が支払われる結
(1 0)
果をもたらしたものとしてのみ可能である︒﹂
(11) ﹁⁝⁝かかる影響︵安全弁のそれ︶は︑確かにまた明かに第二次的であった﹂
と
︒ い い か え れ ば
︑ か れ ら は
︑ 安 全 弁 説 そ の も の よ り は フ レ デ リ ッ ク
・ タ ー ナ ー 製 の 安 全 弁 に 挑 戦 し て い た の で あ
註
(1
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と︒またシャノン教授はいう︒
の言葉どおりの形態においてである﹂
グッドリチとデヴィソンはいう︒
□
︵小
林︶
五四