﹁新しい制度史﹂と日本の政治行政研究
その視座と可能性
伊 藤 正 次
はじめに 一 新制度論と﹁歴史﹂の再評価
二 ﹁新しい制度史﹂の視座と方法
1 歴史観
2 制度観
3 叙述の方法
三 日本の政治行政研究における﹁新しい制度史﹂の可能性
おわりに ﹁新しい制度史﹂と日本の政治行政研究 \ ︵都法四十七ー一︶ 一
二
はじめに
本稿は︑近年の政治学方法論の展開を踏まえ︑制度の形成・変容過程の歴史分析を通じて政治・行政の構造的理解
を行うための研究戦略を﹁新しい制度史﹂と捉え直し︑その分析上の論点と日本の政治行政研究における可能性を探
索することを目的とする︒
本稿の構成は以下の通りである︒まず一では︑新制度論の各アプローチにおいて︑歴史分析・歴史叙述の再評価が
行われつつあることを確認する︒次に一一では︑﹁新しい制度史﹂を構想する際に問題となる論点について整理する︒
これらの作業を踏まえ︑三では︑日本の政治行政研究を素材として︑﹁新しい制度史﹂の可能性を検討することを試
みる︒
一 新制度論と﹁歴史﹂の再評価
政治学における新制度論とは︑﹁制度﹂を記述・分析の焦点に据えることによって︑政治の世界を︑行動論や多元
主義が想定するようなアトミックなアクターが無秩序に運動するアリーナとしてではなく︑アクターの認識や行動を
規定する﹁制度﹂により統御された場と捉える一群のアプローチであるということができる︒だが︑新制度論におけ
る﹁制度﹂の定義は︑公式の法制度や手続に限定される場合もあれば︑規範意識や象徴作用まで含む場合もあり︑論
者によって多様である︒しかも︑すでに多くの論稿で明らかにされているように︑新制度論のアプローチには︑歴史 ︵1︶ 的新制度論︑合理的選択制度論︑社会学的新制度論といった多様性が観察される︒
しかし近年︑新制度論の各アプローチに共通する傾向として︑制度と他の変数の連関を分析する際︑歴史叙述の方
法論上の意義を再確認し︑いわば﹁歴史の出番﹂︵巨゜・8臣6已∋︶を強調する議論が展開されている︒
第一に︑合理的選択制度論と歴史事例分析を接合したアプローチとして︑﹁分析的叙述﹂︵旨巴答けZ曽日薯Φ︒︒︶が ︵2︶ 提唱されている︒アクターの合理性を前提に︑その選択を規定する制度の機能に着目する合理的選択制度論では︑一 ︵3︶ 般に︑制度の機能分析・均衡分析に関心があり︑その歴史的形成過程に対する関心は薄い︒また︑その研究対象も︑ ︵4︶ 議会制度や政官関係を中心とするアメリカ政治研究に限定される傾向にあったといえる︒
これに対し︑R・ベイツやA・グライフらが提唱する分析的叙述は︑アメリカ政治のみならず比較政治や経済史の
分野にまで対象を広げつつ︑アクターの合理的選択を前提に︑歴史叙述とゲーム理論を組み合わせて個別事例の説明
を行うアプローチである︒具体的には︑国際コーヒー機構や中世ジェノヴァのポデステリア制といった個別の制度
は︑合理的アクターの相互作用がもたらした﹁均衡﹂と捉えられる一方︑そこに至る経緯の説明において︑歴史叙述
が補完的に用いられるのである︒
分析的叙述については︑取り上げられる制度均衡が︑部分ゲーム完全均衡に限定されている結果︑均衡に至る歴史
的説明が一種の必然史観に流れ︵いわゆる・吉9ー°︒o︒・︒︒8ぽ゜︒︶︑歴史叙述における実証性や謎解き︵°︒已゜・bo5c︒o︶の妙味 ︵5︶ が活かされていないとの批判が存在する︒後述のように︑均衡分析と歴史分析が接合可能かどうかというのは制度研
究における一つの論点である︒また︑分析的叙述が︑歴史事例の説明ではなく︑ゲーム理論の洗練性の誇示のみを自
的として行われた場合には︑恣意的かつ無意味な研究を導きかねない︒とはいえ︑分析的叙述は︑合理的選択制度論
と歴史分析を架橋する契機を提供したという意味で︑その企図については積極的に評価することができるように思わ
れる︒ ﹁新しい制度史﹂と日本の政治行政研究 ︵都法四十七ー一︶ 三
四
第二に︑社会学的新制度論を援用した研究においても︑歴史分析を重視する研究が登場している︒イギリスの行政
学者M・ロッジは︑社会学的新制度論の中核的な概念である﹁同型化﹂︵一乙◎OヨPO﹃bゴ﹂陥力日︶という視点から︑二〇世紀 ・ ︵6︶ におけるイギリスとドイツの鉄道規制政策の比較分析を行った︒同型化とは︑特定の環境の下に置かれた一群の組織
や政策が︑外部からの強制や規範の波及といったメカニズムを通じて︑その構造特性や行動様式を収敏させてい/くこ
︵7︶ とを指す︒ロッジは︑まず︑鉄道規制のレジームとその変化を分析するに当たって︑特定の政策分野内部におけるレ
ジームの均一化を指す﹁領域指向の同型化﹂︵qO日巴〒09昌8﹂°︒o日o昌巨゜・目︶と︑分野横断的にレジームが均一化す
ることを意味する﹁パラダイム指向の同型化﹂︵冨日合oq当TaΦ昌Φq﹂°︒o日o壱巨ω日︶を区別する︒その上で彼は︑歴史
分析を通じて︑イギリスでは︑大蔵省等の政治的・行政的影響力の下︑伝統的に鉄道規制レジームの自律性が弱く︑
一九九〇年代の民営化に代表されるような﹁パラダイム指向の同型化﹂という傾向が観察されるのに対し︑鉄道関係
の行政機関や専門家の自律性が高いドイツでは︑鉄道規制における﹁領域指向の同型化﹂という特色が見られること
を明らかにした︒
第三に︑歴史叙述を主たる方法とする歴史的新制度論者も︑歴史的な研究の意義をあらためて強調している︒たと
えば︑P・ピアソンは︑政治における時間的秩序の重要性に注意を促しながら︑経路依存性︵冨夢口①b①昆①⇒8︶の
概念を軸として・長期間にわたる製発展を分析することの意義を藷してせぷ・また・K牙レンとs°スコウ︒
ネクらが提唱するアメリカ政治発展論︵巨∋①苔芦勺○巨9巴O①<Φ合b日o艮APD︶も︑歴史研究の復権の一翼を担っ
ている︒APDは︑歴史事象に関する個別的な説明を目的とする歴史学とは異なり︑現代アメリカの政治制度や政策
の特徴との関連をも視野に入れながら︑歴史事象を理論的に説明することを目指している︒そこでは︑アメリカ政治
史上の変動やパターンに焦点を当てながら︑統治構造や政策の変遷に関する歴史分析と制度分析を行うことを通じ
︵9︶ て︑﹁政治の歴史的構成﹂︵巨゜︒8苔巴85°・庁巨昆80hbo巨○°︒︶を重視する立場が表明されるのである︒
このように︑新制度論の各アプローチにおいて︑歴史叙述や歴史分析の再評価が行われている︒こうした動きにつ
いては︑歴史的新制度論に対して行われた批判︑すなわち﹁歴史を重視せよという一般的な立場を表明しているだ
け﹂の﹁歴史主義﹂に過ぎず︑﹁過去の歴史的経緯がどのように制度の生成や維持︑あるいは衰退に影響を与えるか ︵10︶ についての体系的な理論は存在しない﹂という否定的評価を下すこともできるかもしれない︒
しかし︑冷戦史家のJ・L・ギャディスが指摘するように︑歴史研究においては︑経験主義的な傾向をもつ生物学
や地質学の﹁理論﹂や﹁科学的方法﹂が参考になり得るにもかかわらず︑政治学者が﹁科学的方法﹂に基づいて﹁理
論﹂を導出すべきであると主張するとき︑そこでは︑ごく限られた範囲の自然科学の方法や理論1たとえば︑因果 ︵11︶ 関係の特定が容易で︑実験による再現可能性が高い化学のそれーしか想定されていない可能性がある︒また︑制度
を独立変数と見なして政策の歴史的展開を説明しようとする政策史的な歴史的新制度論からいったん離れ︑過去ある
いは現在の政治制度・行政制度を従属変数と見なし︑その構造特性を解明しようとする研究プロジェクトを立てた場
合には︑むしろ﹁歴史主義﹂の表明こそが︑分析を開始する上での出発点となるように思われる︒政治制度・行政制
度が歴史的産物である以上︑アクターの意思決定や外部環境との連関に留意しながらその来歴を丹念にたどること
は︑政治制度・行政制度を構⁝造的に理解する上で必要不可欠な作業であろう︒
このような政治制度・行政制度の歴史的構造を解明するための方法を︑本稿では﹁新しい制度史﹂と名づけること
にしたい︒では︑この﹁新しい制度史﹂は︑従来の制度史研究や︑歴史的新制度論を始めとする新制度論と︑具体的
にどのような関係に立つのであろうか︒この点を検討することが次節の課題である︒
﹁新しい制度史﹂と日本の政治行政研究 ︵都法四十七−一︶︑ 五
六
二 ﹁新しい制度史﹂の視座と方法
本節では︑新制度論の理論的成果を踏まえながら︑﹁新しい制度史﹂の視座と方法について︑歴史観︑制度観︑叙
述の方法という三つの観点から整理することにしたい︒
1 歴史観
﹁新しい制度史﹂を構想するに際して︑まず問題となるのは︑制度の形成・展開・変化という歴史的過程をどのよ
うなものとして捉えるのか︑すなわちその歴史観・歴史認識である︒ここでは︑従来の歴史的新制度論がしばしば前
提とする︑二つの歴史認識を出発点として︑﹁新しい制度史﹂の構想に必要とされる歴史観・歴史認識を検討してみ
たい︒ 第一に︑制度の歴史は︑﹁区切られた均衡﹂︵O巨6后巴Φq oρ巨旨はξ︶によって特徴づけられるとする考え方︑い
わば﹁区切られた均衡﹂史観がある︒制度が時間的・空間的に政治を構造化し︑安定性や持続性を示すとするならば︑
ある制度の形成や変化という歴史的過程は︑なぜ︑どのように生じるのであろうか︒このような問いに対し︑﹁区切
られた均衡﹂の考え方は︑制度の変遷を︑漸進的で緩慢な過程ではなく︑ある特定の歴史的時点で﹁区切られた﹂不
連続な過程と捉えることで解答することを試みる︒制度を歴史的に切断するのは︑戦争や革命︑大恐慌などの社会
的・経済的・政治的危機である︒危機において︑制度はいわば相対的に状況化し︑急速かつ急激に変化を遂げる可能 ︵12︶ 性が拓かれると捉えられるのである︒
︵13︶ これに対し第二に︑経済学における経路依存性やロック・インの議論を参考に︑制度史における偶然性や持続性︑
非効率性を重視する見方がある︒ここでは︑経路依存史観と呼ぼう︒経路依存史観では︑制度は︑危機や大事件のみ
ならず︑些末な偶発的事件によっても形成される可能性があり︑歴史の中で他の制度との相互補完性を獲得すること
によって持続性を示すものの︑それは必ずしも効率的な制度が生き残っていくことを意味するものではないという認
識が示されるのである︒
これら二つの歴史観は︑制度変化における分岐点︵日9知ご巨含已Φ︶の捉え方において異なるものの︑制度史の非
連続性・断絶性を前提とする点では共通している︒しかし︑これらの歴史観には︑次のような問題点があるように思
われる︒ 第一に︑﹁区切られた均衡﹂史観は︑戦争や経済危機といった分岐点によって切りとられた歴史的時間を︑静態的
な﹁均衡﹂と見なすことによって︑むしろ非歴史的なアプローチに接近しかねないという逆説を孕んでいるように思 ︶ われる︒制度分析における﹁均衡﹂概念の問題性については後述するが︑﹁区切られた均衡﹂史観は︑ある特定の制
度が生成あるいは変化する﹁点﹂に焦点を当てて分析するがゆえに︑﹁点﹂と﹁点﹂をつなぐ﹁線﹂としての制度の
歴史分析に十分な関心を払わない傾向にあるといえる︒
第二に︑経路依存史観に対しては︑過度に決定論的である一方︑分岐点における制度の可変性を過大視しているの ︵14︶ ではないかとの批判が存在する︒分岐点における経路選択のプロセスに分析の焦点を絞り込みながら︑その後の歴史
を決定論的に跡づけてしまう場合には︑やはり非歴史的な研究に接近する可能性があるといえよう︒
第三に︑二つの歴史観に共通する問題として︑分岐点をまたいで制度が存続する可能性を捨象してしまうという点
を挙げることができる︒制度の歴史的展開過程を仔細に分析すれば︑D・ノースが指摘するように︑不連続な変化を
﹁新しい制度史﹂と日本の政治行政研究 ︵都法四十七ー一︶ 七
◆
八
遂げるフォーマルな制度の背後でインフォーマルな制度が存続し︑両者の緊張関係が長期的な制度発展を方向づける ︵15︶ という事象も観察されるかもしれない︒また︑すべての制度が分岐点において形成や変化を経験するとは限らず︑﹁制
度遺産﹂が長期にわたって残存する可能性もある︒
これらの問題点を踏まえるならば︑﹁新しい制度史﹂を構想するに際して求められるのは︑制度が不連続に切断さ
れたり︑あるいはロック・インされる歴史的時点を分析することもさることながら︑K・セレンが主張するように︑
制度が︑部分的な改変を遂げたり︑創設当初の企図を外れて再構成されていくメヵニズムやプロセスに配慮すること ︵16︶ によって︑歴史認識の内実を豊かにしていくことであるように思われる︒では︑こうした歴史観に基づいて具体的に
研究対象とする制度に関し︑﹁新しい制度史﹂はどのような認識をもつべきであろうか︒次にこの点を検討する︒
2 制度観
制度の定義は多様であり︑研究対象によって定義を変えても一向に構わないと考えられるが︑ここではさしあた ︵17︶ り︑真渕勝の定義に従い︑﹁制度とは公式の法令およびそれに基づく慣行によって示された行為規範である﹂として
おくことにしたい︒政策も制度の一つであるが︑政策史が︑主として﹁安定した制度の中での政策転換﹂に焦点を当 ︵18︶ てるのに対し︑制度史は︑政策の形成・転換が行われる場︑すなわち統治を構造化するアリーナとしての制度をも対
象として研究を行う点に特色があるといえる︒
では︑こうしたアリーナとしての制度について︑新制度論者はどのように扱ってきたのであろうか︒新制度論の内
部では︑制度を集合行為の解決を導く﹁均衡﹂と見なし︑機能主義的な理解を行う合理的選択制度論に対し︑さまざ
まな批判が加えられることで︑制度に関する議論が深められてきたといえる︒合理的選択制度論者は︑アメリカ連邦
議会における委員会制や議事運営手続︑立法手続等を︑K・アローの不可能性定理が示すような決定の循環を回避し
たり︑アクターが直面する不確実性を縮減し︑取引費用を最小化するという機能要件を満たすために登場した制度と ︵19︶ して説明する︒このような機能主義的な制度観を前提とすれば︑現行制度はすべてそれなりの合理性を備えた存在と
して︑肯定的に捉えられることになる︒
しかしながら第一に︑先述の経路依存性に関する議論が示すように︑機能要件充足的という意味において効率的な
制度が生き残るとは限らない︒制度が︑偶発的に生成・発展する可能性があることを前提とすれば︑現行制度が︑過
去に押しのけてきた制度と比べて合理的かつ効率的であるという保証はない︒
第二に︑集合行為論の知見に従って︑制度を多数当事者間の﹁均衡﹂や﹁ゲームのルール﹂と捉える見解に対して
は︑合理的選択制度論に理解を示す論者の中からも批判が提出されている︒J・ナイトは︑相互作用を行う他者の行
為を制限する営為の産物として社会制度を定義し︑社会制度の発展を︑集合的な目標や利益へのパレート最適な対応
としてではなく︑むしろ︑資源の分配に関するアクター間の紛争の産物として説明する立場を明らかにした上で︑効 ︵20︶ 率的な制度が予定調和的に生き残るわけではないことに注意を促している︒また︑T・モーは︑支配者と被治者の間
における権力の非対称性を反映して制度選択が行われる点に︑経済制度と異なる政治制度の特質を見出し︑政治学に
おいて︑当事者間の合意や協調の産物として制度を理解する経済学的な制度観を展開することの限界を指摘している
︵21︶ のである︒
第三に︑制度を他の制度やそれをとりまく環境との関係において捉えた場合︑制度は︑静態的な﹁均衡﹂状態とは
異なる相貌をもって現れる︒先に紹介したAPDを提唱するスコウロネクらは︑統治構造を構成する多元的な制度
﹁新しい制度史﹂と日本の政治行政研究 ︵都法四十七ー一︶ 九
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が︑歴史的時間の中で相互に拮抗・対立しながら生成する局面を重視し︑これを制度の﹁併発性﹂︵日古①﹃Od円﹃①出OΦ︶
と特徴づける︒たとえば︑元来反政党的な色彩をもつ合衆国憲法下における政党政治の発達という矛盾︑あるいは一
九世紀後半の資本主義経済の全国化に伴う州政府による分権的な経済規制システムの動揺など︑アメリカの政治発展 ︵22︶ においては︑政治制度は絶えず緊張と矛盾に彩られている︒APDにおいては︑政治秩序は︑相互に拮抗し︑影響を
及ぼし合う制度群が構成する動態的な存在であると捉えられるとともに︑この制度間の相互規定的な緊張・対抗関係 ︵23︶ の中から︑新たな制度が絶えず生成する歴史過程に注意が払われるのである︒
分析的叙述に対する批判者が指摘したように︑制度を機能主義的に把握すると︑単なる.官゜︒古よ○.︒°︒8臣Φ゜︒に行き着
く危険性がある︒﹁新しい制度史﹂を叙述する際には︑機能主義的な制度観を超えて︑むしろ制度の経路依存性や権
力性︑併発性を正面から見据えた分析が必要であろう︒
3 叙述の方法
以上の歴史観・制度観を踏まえ︑制度に関する歴史的研究を﹁新しい制度史﹂として叙述するに際しては︑次のよ
うな方法上の課題を考えておかなければならない︒
第一に︑﹁新しい制度史﹂には︑制度の変遷を淡々と記述することを超えて︑制度の形成・維持・変化に影響を与
えた要因を明示化することに配慮しながら︑叙述を進めていくことが求められる︒すなわち︑事例研究における﹁過 ︵24︶ 程追跡﹂︵b﹃OOΦc◎c力d﹃③6已POo︶の方法に基づき︑アクターの決定や行動の制度的文脈を明らかにした上で︑分析対象と
する制度とアクター︑あるいは他の制度との関係を丹念に叙述することが︑﹁新しい制度史﹂研究の第一歩となる︒
他方において第二に︑﹁新しい制度史﹂は︑人物を中心に歴史を語る歴史学や政治史学に対しても︑その叙述スタ
イルの独自性を強調する必要があるように思われる︒政治と歴史を動かす主体が制度か人かという問いは︑歴史叙述 ︵25︶ の方法上の問題を超えて︑新制度論の射程を試す問題ともなり得る︒歴史は確かに人が作り出すものであり︑人物中
心の政治史研究の意義は認めなければならないが︑﹁新しい制度史﹂は︑人が制度を作る一方︑制度が人を政治的に
構成する側面に留意し︑両者の相互作用を中心に据えた分析を行うべきであろう︒
関連して第三に︑史資料をめぐる問題がある︒歴史研究である以上︑﹁新しい制度史﹂においても︑史資料の十分
な渉猟と厳密な考証が重要であることは論をまたない︒しかし︑﹁新しい制度史﹂に求められるのは︑新たな歴史的
事実の発見ということよりも︑政治制度・行政制度の歴史的意味を再構成し︑新たな解釈を提示することであろう︒
歴史叙述に際しては︑史資料の探索・検証と解釈枠組みの探究という二つの作業の絶えざる往復が求められるが︑
﹁新しい制度史﹂の存在意義は後者にあるように思われる︒政治学研究としての﹁新しい制度史﹂が︑歴史学者の手
になる歴史研究と差別化を図るためには︑制度の歴史的再構成に比重を置いた叙述を心がけるべきではなかろうか︒
以上︑﹁新しい制度史﹂の視座と方法として︑ω長期の制度展開過程を見据えた歴史観︑②機能主義から脱却した
制度観︑㈲主体と制度の相互作用や制度の歴史的構成に重点を置いた叙述︑の三点を提示した︒このような視座と方
法をもって制度史研究を行えば︑政策史研究に傾斜した歴史的新制度論を超えて︑政治史研究と制度研究の双方に積
極的な貢献を行うことができるというのが筆者の主張である︒実際に︑近年の日本の政治行政研究においては︑筆者
のいう﹁新しい制度史﹂に親和的な研究が登場しているように思われる︒次節では︑近年の研究業績を素材に︑日本
の政治行政研究における﹁新しい制度史﹂の可能性を探ることにしたい︒
﹁新しい制度史﹂と日本の政治行政研究 ︵都法四十七ー一︶ 一一
二一
三 日本の政治行政研究における﹁新しい制度史﹂の可能性
近年︑日本の国会や内閣︑政官関係︑官僚制組織等の制度構造について︑歴史的な分析を踏まえながら︑その特徴
を解明する研究が相次いで明らかにされている︒ ︵26︶ 第一に︑立法過程を規定する制度に関する歴史分析として︑議員立法をめぐる国会法改正に関する川人貞史の研究 ︵27︶ ︒ と内閣提出法案の管理手続の制度化に関する福元健太郎の研究を挙げることができる︒
川人は︑一九五五年の国会法改正が議員立法の衰退を招いたとする通説的見解を︑数量分析と歴史分析を通じて批
判的に検証し︑各省︑大蔵省と自民党政調部会の調整を経た内閣提出法案により予算を伴う立法を行うというルール
が確立されたことによって︑議員立法が抑制されていったことを明らかにした︒川人の研究は︑国会法改正という制
度変化では議員立法の抑制機能を十分に果たすことができなかったことを強調する点で︑機能主義的制度観とは無縁
である︒また︑この研究は︑予算を伴う立法に関する手続が政府・自民党内部で整備されていくプロセスにおいて︑
予算と法律の整合性を重視する大蔵省が影響力をもったことを示唆しており︑自民党政権下の政策決定ルールの構造
特性を歴史的に検証するという課題に対しても︑きわめて重要な貢献をなすものと思われる︒
福元は︑内閣提出法案の数を統制するための手続が︑戦時期から一九五〇年代を通じて︑試行錯誤を重ねながら変
遷し︑一九六一年にほぼ確立するまでの歴史的過程を丹念に描き出している︒同時に︑福元の研究は︑予算関連法案
か否かによって各種提出手続の期限に格差をつけることで内閣提出法案数の管理を行う現行ルールが﹁大蔵省的バイ
アス﹂をもつことを指摘する点において︑川人の研究と相互補完的に位置づけられるものである︒他方︑福元は︑歴
史分析を踏まえた上で︑法案数管理に関する現行ルールを︑内閣・国会間のシグナリング・ゲームにおける均衡の一
つとして特徴づけるが︑他の均衡の可能性も指摘し︑現在の均衡に至る経路が歴史的に選択されたことを明らかにし
ている点で︑部分ゲーム完全均衡を歴史的に﹁後づけ﹂する傾向がある分析的叙述の提唱者とは立場を異にしている
と考えられる︒福元の研究は︑歴史分析とゲーム理論の接合可能性を探究する上でも貴重な試みであろう︒
第二に︑政官関係制度の歴史分析として︑政務次官制度の導入と変遷を扱った奈良岡聰智の研究を挙げることがで
︵28︶ きる︒奈良岡は︑官職の自由任用をめぐる藩閥と政党の攻防史を踏まえた上で︑大正期の各内閣が各々異なるモデル
を提示しながら︑自由任用を拡大するべく官制改革を試みたことを跡づけた後︑加藤高明内閣が︑イギリスをモデル
とした政務次官制度を導入した経緯を明らかにする︒その後︑政務次官制度は︑加藤が企図したような行政統制機能
を十分発揮することはなかったが︑政党内閣期・戦時期を経て︑戦後の公務員制度にも引き継がれた後︑二〇〇一年
から副大臣・大臣政務官制度へと変革されて今日に至っている︒この政務次官制度は︑﹁盲腸﹂と椰楡されたように︑
その統治におけるプレゼンスは一貫して低い︒しかし︑奈良岡の研究は︑制度導入の政治過程のみならず︑長期にわ
たる制度変遷を︑各内閣によって提示された政官関係の変革構想と関連づけて論じることで︑現代日本の政官関係を
歴史的な視点から再考する素材を提供しているといえる︒
第三に︑日本の行政機構におけるインフォーマルな制度の形成と運用を政治行政の歴史的文脈において分析したも
のとして︑牧原出と川手摂の研究を挙げることができる︒
まず︑牧原が着目するのは︑内閣官房等への各省官僚の出向人事である︒牧原は︑内閣官房等への出向を通じて統
治機構や政策体系全体を見渡す視野を獲得した﹁官房型官僚﹂を︑各自の所管体系の論理を優先させる﹁原局型官僚﹂
と対比的に描き出した上で︑前者が︑﹁調査﹂活動を通じて︑国会・政党・内閣・各省・世論に政策構想を提起して
いく﹁調査の政治﹂を展開する主体となり得ると主張する︒その上で︑政党政治と行政機構の双方が流動的であった
﹁新しい制度史﹂と日本の政治行政研究 ︵都法四十七ー一︶ 二二
一四
一九五〇年代に︑大蔵省大臣官房調査課の﹁官房型官僚﹂が︑均衡財政を前提とする主計局の﹁原局型官僚﹂とは異
なり︑総合的な視野に立った財政・金融政策を構想し︑彼らの﹁調査の政治﹂が︑池田内閣の成立という政治的機会 ︵29︶ を得て全面的に開花する過程を歴史的に検討している︒
さらに︑牧原は︑内閣官房・総理府等への出向を繰り返しながらキャリアを形成していく官僚を﹁内閣官僚﹂と定
義した上で︑とくに一九七〇年代以降︑内閣官房副長官に厚生官僚が頻繁に就任した事実に着目し︑内閣官房・総理
府と厚生省を往復するキャリア・パターンの歴史分析を行っている︒牧原によれば︑戦後︑政治性を帯びた引揚援護
行政を担当する厚生省は︑内閣総理大臣官房総務課長・首席内閣参事官等のポストを起点に内閣における影響力の扶
植を図った︒そして︑︑一九六〇年代中葉以降︑公害対策が内閣レベルの課題となる中で︑厚生官僚が︑公害関係のポ
ストを歴任し︑さらに総理府外局として設置された環境庁に出向することを通じて︑内閣官房・総理府での執務経験 ︵30︶ を蓄積し︑﹁内閣官僚﹂としてのキャリアパスが形成される過程が分析されるのである︒
牧原の研究では︑﹁官房型官僚﹂や﹁内閣官僚﹂が主役に据えられており︑一見︑人物中心の政治史と共通する傾
向を示している︒しかし同時に︑牧原の研究は︑こうした官僚たちがキャリアを蓄積する出向人事というインフォー
マルな制度の形成過程を分析するとともに︑彼ら・彼女らが政策を主導する政治的条件を︑戦後政治史の文脈におい
て捉え直す点に特色がある︒牧原は︑アクターと制度︑政策の相互作用を描き出すことによって︑制度史と政策史の
双方を射程に収めた政治史研究を構想しているといえよう︒
これに対し︑川手は︑戦後の国家公務員制度における﹁キャリア﹂︑すなわち現在の国家公務員採用−種試験で採 ︵31︶ 用された職員集団が形成される過程を歴史的に分析している︒国家公務員法の制定と人事院の創設により︑戦前の身
分制的官吏制度は解体された︒しかし︑川手によれば︑職階制の挫折と︑それに代わる︑給与法上の俸給表に基づく
人事管理方式の確立︑さらに幹部候補を選抜する採用試験制度の復活というプロセスを経て︑昭和三〇年代に﹁キャ
リア﹂優遇体制が確立した︒戦前のいわゆる高文官僚優位の体制が︑戦後の﹁キャリア﹂優遇体制として持続してい
ることを指摘した川手の研究は︑確かに︑かつて村松岐夫が﹁戦前戦後連続論﹂と位置づけた︑辻清明らの日本官僚 ︵32︶ 制論と課題認識を共有しているようにも見える︒しかし︑戦後における給与法制や採用試験制度の変遷を詳細に跡づ
け︑それらがインフォーマルに複合されて﹁キャリア﹂優遇体制という戦後日本行政の基幹的な制度構造を形づくる ︵33︶ 過程を明らかにした点で︑注目すべき研究であると思われる︒
以上のように︑近年の日本の政治行政研究においては︑長期の制度展開過程を見据えた研究︵奈良岡︶や︑機能主
義的制度観から離脱しつつ︑数量分析・数理分析と歴史分析を結合させた制度研究︵川人︑福元︶︑非公式制度の歴
史分析を踏まえながら︑主体と制度︑政策の相互作用を明らかにした研究︵牧原︶︑異なる論理構造をもつ複数の制
度ルールが生成することによって政治秩序が形作られる歴史過程を考察した研究︵川人︑福元︑川手︶が登場してい
る︒これらは︑研究者の専門分野こそ異なるものの︑政策史的な問題関心に基づいて︑制度を独立変数︑政策を従属
変数と見なして分析を行う歴史的新制度論とは異なり︑政治制度・行政制度自体の歴史的意味の考察を通じて︑その
構⁝造特性を探究するという課題認識に基づいているといえる︒こうした課題認識に基づく研究戦略を本稿では﹁新し
い制度史﹂と名づけたが︑今後は︑議会研究︑政党研究︑行政研究︑政治史研究等︑さまざまな専門分野の研究者が︑
歴史観や制度観をめぐる対話や︑歴史叙述の方法論の検討を積み重ねることにより︑日本の政治制度・行政制度の構
造的理解を深めていくことが求められよう︒
﹁新しい制度史﹂と日本の政治行政研究 ︵都法四十七ー一︶ 一五
一六
おわりに
本稿では︑新制度論における﹁歴史﹂の再評価の動向を整理した上で︑﹁新しい制度史﹂の構想を提示し︑近年の
日本の政治行政研究において︑﹁新しい制度史﹂研究の萌芽が見られることを確認した︒政治的営為を経済的要因に
よって説明しようとする唯物論的政治経済学に対して︑政治学が独自性を主張するためには︑T・モーが示唆するよ ︵34︶ うに︑政治制度の自律性とそれを支える論理に対する深い洞察が必要であろう︒他方︑同じく歴史を扱う歴史学者に
対して︑政治史研究者がその独自性を強調するには︑政治学における新制度論の理論動向を踏まえた歴史研究を行う
ことが︑一つの対抗戦略となり得るように思われる︒﹁新しい制度史﹂のアプローチは︑政治学が他の学問分野に対
する﹁比較優位﹂を強調する上でも︑一つの戦略拠点を提供することができるのではなかろうか︒
付記 本稿は︑二〇〇五年度日本政治学会分科会一七﹁政策史と制度史の射程﹂︵二〇〇五年一〇月二日︑明治大学︶で
行った報告﹁﹃新しい制度史﹄の視座と可能性 日本の政治行政研究へのインプリケーション ﹂に︑加筆・修
正を加えたものである︒分科会の司会を務められた牧原出氏︵東北大学︶︑報告者としての立場を共有した鈴木一人
氏︵筑波大学︶︑討論者として鋭いコメントをお寄せ頂いた岡山裕氏︵東京大学︶には︑厚くお礼申し上げる︒また︑
本稿の内容の一部については︑﹁日本の行政学における歴史的アプローチ 系譜と展望 ﹂と題して報告する機
会を得た︒報告の機会を与えて下さった︑黒澤良︵学習院大学兼任講師︶︑河野康子︵法政大学︶︑佐藤純子︵聖心女
子大学非常勤講師︶︑武田知己︵大東文化大学︶︑村井哲也︵首都大学東京︶の諸氏にも感謝申し上げたい︒ただし︑
以上の各位から頂いた貴重なご助言の多くを本稿に活かすことが叶わなかった点につい﹁ては︑この場を借りてお詫び
中し上げなければならない︒
なお︑本稿は︑平成一七年度科学研究費補助金若手研究︵B︶﹁特別職公務員制度の構造と動態 戦後日本の政治
行政関係の一側面 ﹂による研究成果の一部である︒
ン
︵1︶ 新制度論の多様性を強調する代表的な論稿として︑以下を参照︒勺魯2巨゜出巴曽q國o°︒①日9目ρ出﹄昌§..㊥o巨江︒巴゜︒σぽづ8
③5q古庁O弓庁﹃OΦZO≦H目o力け罫已江05ρ巨o︒日oD°.︒㌔Oぱ試6☆↑防Sぎ&画Q切︾くO一゜吟⑪一q⊃q⊃◎b廿゜ΦωΦー㊤ひべ゜巨O民巴9.︑一づ゜︒江︹已江O田゜︒碧O印知江O白旬巨冒
巨㊥O巨註O°︒ー弓芦﹃ΦΦ<知ユΦ試Φ゜oOhZΦOー﹈づ゜︒け昔已試Oづ知巨ω冨◆︑︒団註註句さe§§☆↑ミ㌔Oぱ註09↑閲9§OQ三く巳゜心o◎﹂⑩q⊃◎bb°㎝O㏄ーmQo心o°切゜
○已匂㊥90﹃◎︒︾..勺O巨自O巴﹈⇒o◎試●已試Oロc︒∨05①⇒qZΦ弍゜..日國゜国゜ΩOO書騨5q=°ーO°穿瓜①日知﹁5Φ9°︒°∨﹄﹀⑤さ§⇔守OO決ミ︑Oぱ試○Ω↑
讐宮§⑨○民oaご己く氏巴蔓零Φ゜︒°︒﹂⑩Φ9森田朗﹁制度に関する一考察︵上︶︵中︶︵下のー︶﹂﹃季刊行政管理研究﹄五六号・ 五八号・六一号︵一九九一−九三年︶︑建林正彦﹁新しい制度論と日本官僚制研究﹂﹃年報政治学一九九九 二〇世紀の政治
学﹄︑小野耕二﹃比較政治﹄︵東京大学出版会︑二〇〇一年︶︑河野勝﹃制度﹄︵東京大学出版会︑二〇〇二年︶︒ ︐.
︵2︶國︒げ︒詳匡﹄§°︒9巴゜﹄§§ぶきべ§§Φ賄這旨︒98¢巳くΦ邑目四Φ゜︒°︒﹂Φ⑩゜︒°
︵3︶ 呂o﹃巨゜︒田o量靭..閲知試o⇒巴○ゴo戸8③づユ肝ΦZΦ笥︵心︶甘゜︒法已試05③ば゜︒日゜︑︒㌔○§S<o庁卜︒o︒∨一⑩09U°一﹂Q︒.
︵4︶9弓Φ冒×害P..旨﹀°︒°・①゜︒°︒§昌︒﹃貸︒勺邑9︒目①︒目︒﹃○︒星﹃︒°︒°︒ざ巨O︒昌碧8㌦︒↑8宣§e鰺§§⇔§§き
<O一゜声押.﹂Φo◎べbb°co︽やーcoΦΦ゜
︵5︶8曽§︒.印昌︒白巴99①目゜︒8目⁚>9°・︒︒⇒穿8°︒°・§旨9﹂︒白゜.S§豊︒§S§s§;9Q§・知さ⑨§<︒ド⑩古心︒OOO
廿b°Φoo㎝ーΦ㊤凱◆O知巳Φ一勺゜○曽廿Φ昌2︾..昌讐﹈o︒日Φζ曽oq日巴く巴巨Φoh﹄§足讐ぶ﹀ざさ§Sざ$噌︒︑防099吻90さoQ聖旨○ミ<oド心o古
心oOOρbb°Φoo㎝ーΦ⑩O°
︵6︶呂§巨↑︒轟PO§b§さ§﹃§︒決竺b$信§§曽⑨言§知8ミg註§§切註§さ§亀Q§§遥㌔日︒︒︒︒♪b︒oo心︒°
︵7︶ 同型化の概念および社会学的新制度論の内容については︑以下を参照︒勺餌巳㌔O巨品oq8彗巳司警零≦°㊥○司① ..甘胃o合?
亘O⇒°︒︒﹈巨ぐ<°≦°㊥O司①印知5q㊥゜°O巨知σooq﹂ooOg◎こ§Q>⑤eS註§ぱoさgぱ句§⑨§○這9§S心9註Oさ9↑﹄§臼ミ怠句○巨OρooOご§Φ﹃c◎はぺ
㊥﹃Oc︒c◎﹀一⑩⑩一゜㊥゜与゜O巳≦騨oooq8碧△綱゜司゜㊥O司Φ拝..弓プΦぱ050餌oo①閲Φ己o◎含ΦO⁝°H目゜◎試﹇已江○⇒巴﹈o︒O日O﹃b巨゜︒日③口qOO印①9守Φ閲巴声05芦●ぺ
﹁新しい制度史﹂ど日本の政治行政研究 ︵都法四十七−一︶ 一七
・ 一八
芦○品③§昌oロ巴田Φ5㊤.︒野勺o笥巴呂qO巳≦認o︒8Φ合゜§°9↑伊藤修一郎﹁社会学的新制度論﹂︵河野勝・岩崎正洋編﹃アク
セス比較政治学﹄︑日本経済評論社︑二〇〇二年︑所収︶︒
︵8︶ 勺③己四〇﹃◎︒oP㌔oミ註6句べ§§§㌔さ熟oぎS留泣ぱ註oボぷ臼さ亀已o息☆↑﹄ボ☆忘怒㌘勺註巨o巴o⇒ご冒Φ冨旨司勺﹃oo︒c︒卜oOO︽◆
︵9︶苔8つ9﹃巴碧巳゜︒9冨①ロ︒︒六︒§︒器方§・飴ミSさべ﹄§Φ§§さ§§bさΦ§§・§三昌9品︒ご§︒邑百㊥﹃Φ゜︒°︒
心︒OOふなお︑APDの方法上の論点については︑雑誌防S§鴎§﹄§Φ註§§勺oぱ咋ぶ9bQe災§§§でくoド戸や︵°︒bξ心︒OOω︶に
掲載された以下の論稿を参照︒き芦Φ︒§σ︒..ζO守○日知呂①貸oqoδぴ︒声︒巴勺o巨o﹃≦Φ≦°︒︒囚9曽qロ窪゜︒魯..月ゴΦ弓雪゜︒85げ︒−
§①8﹄目90芦㊥o﹈旨8一〇〇<o合b日Φ昌g騨智゜︒①曽6庁Oo目5巨せ碧9知゜︒知望゜︒o■巨声昌G︒9自巴ρ.︒o︒9冨巴o力蓉≦δg犀二︒司写巴.°︒
≦﹃○梶≦日≧OOや︒︒自doo︒雪呂゜oQ巨叶亡..m已げ゜︒9⇒8昌O呂①芽oQ°︒.5︑竜O國o°︒Φ胃合㌦︑また︑アメリカにおけるAPDの教育・研
究動向を整理したものとして︑国oo︒昌民2°︒戸..弓冨OB菖ゴo﹃︾∋書6き㊥o巨・村巴OΦ<Φ一〇b日Φ昌⁝弓庁Φ≦o綱時o∋日Φ9知゜︒°︒−
﹃OO昌㌔︑㌔Φ§QO註eQ句○さ㌔OぱぱO㌘<O一゜ωZON>トoOO◎UU°ωωO−Qo︽O°
︵10︶ 河野︑前掲書︑五五−五六頁︒
︵H︶ ジョン・ルイス・ギャディス﹁限定的一般化を擁護して 冷戦史の書き直しと国際政治理論の再考﹂︵C・エルマンー−
M.・F・エルマン編﹃国際関係研究へのアプローチ 歴史学と政治学の対話﹄︑東京大学出版会︑二〇〇三年︑所収︶︒
︵12︶°︒g冨80日知゜・9お..°力︒<Φ﹃是昌竺旨﹈ロ゜︒法巨︒巨㊥隅゜︒b①g§°︒︒9§§§§Q︑︒§§;§§豊︿9芦お゜︒°︒;b°ΦΦも吟゜
︑ ︵13︶ 司゜ロ臣図5青●冒oおぎoさ9⑨§㌔Q﹃ぎ§句§s⇔㌔ΩSb§Φさ⇔§○ふ§SΦ㎏ooさo§S弓ゴΦご冒Φ誘戸蔓oS言Q冨知⇒勺おo°︒﹂⑩⑩︽°g力゜
°自90忌訂碧q︒力・①冨巴呂知品o量..霊日080巳巴8トoo下一P③a目m8目㌦︒e§§9ミト☆§︾㎏8§§画8§江○這§合や
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註O§﹀<O︸°﹂一u戸ΦΦぷbb°boOOー﹄o心oO°
︵14︶ 民巴巨Φo⇒弓ゴΦδP..出o司H口◎︒試古已註○⇒o︒国くoオΦ⁝一5◎︒おけ訂守○日Oo目b③﹃讐写Φ出討8民6巴ぎ甚◎︒富゜︒︑日﹄昌oo︒呂餌庁05①司知⇒μ﹈︶ぼけ該○け
閲已Φo︒6庁Φ日Φ司Φ﹃Oq°◎°uOO§9↓9註eQミ鍋﹃OべSO◎↑﹄§9↑<句ふ句註 ひ心Q句OOS9↑硲O画QさOO句∨○昌ぴ嵩OooOご.巳くΦ﹃c◎詳望勺﹃Oo︒o◎︸心oOOω∨bN一H°
︵15︶ ダグラス・C・ノース﹃制度・制度変化・経済成果﹄︵晃洋書房︑一九九四年︶︑=九−一二〇頁︒
︵16︶ 弓ゴΦ8自○℃°9で
︵17︶ 真渕勝﹃大蔵省統制の政治経済学﹄︵中央公論社︑一九九四年︶︑五三−五四頁︒
︵18︶ o︹民巴巨ΦΦづ弓ゴΦ庁づ③⇒qω<Φ5co9雪P..出︷°力8風o巴甘゜︒﹂巨試oロ知ば゜︒日日Oo日b胃巴宕Φ勺o巨江8°︑︒昼oQ◆oo9§豆民゜弓ゴ巴oP餌⇒O呵゜
↑O⇒oqo◎胃OけゴΦ△o︒°u句5§OSぱ註§㌔○ぱぱO句㍉9句﹃○註O☆S§鯉鷲§註O§9ミ句§心§OOミぶ9§註eΦ﹄§☆↑<句詠○知日ぴ匡OσqOご弓Φ﹃o◎詳望㊥﹃Φo︒o︒∨
一⑩q⊃心oubUμo◎ーboO°
︵19︶野冒國゜≦Φヨo︒9﹇芦q司巨9日﹄°呂9°︒冨印..弓9甘合゜・ヨ巴○品p目但江自o﹃Oo編苫゜︒°︒⁚9萎司90a匹讐已o°︒↑貯Φ臣自゜︒
≧oZgO品餌§9g呂胃冨古゜︒◆︒︑eぱ§ミミ︑o§ぶ9㎏8§o§<<o一゜⑩◎一⑩o◎o◎bb°おト︒ー一Φω民Φ﹈5Φ書oカプ8°︒方..○力后ユ旨品甘゜︒亭
巨註05 oQo日oいΦ゜︒°︒05°︒ロ○日日o閲知葺o⇒巴○ゴo﹂8巨b肩8合㌔e§§9ミ§Ooさ註oミ㌔o§ざ句くoド﹂u一⑩○◎ぷOb°﹂ω一ー一ミ゜
︵20︶量鼻昼o︒耳さ§S§び9さ乱已0999慧§6知ヨ宮一品︒d弓Φ区蔓厚Φ゜︒°︒二ΦΦ心︒°
︵21︶ 弓2目呂゜宮oP..㊥o笥2碧O㊥o巨口S二5°・け一け98霧゜︒.さ§9註e句§さ§苦靭くoピb︒ふ08もb°ト︒一〇占ωω゜
︵22︶ o力古o号巴゜力宮≦d器X..Oao﹃芦巳○プξΦ゜.︒㌔o§<<o↑心︒°︒三ΦOひもb°⑩一占Φ◆ −
︵23︶民胃巴○湾巴③ao力8冨巴゜力×o§oロ①封..ロ田oa日巴8昌oσ︒﹃e冨ohO己2⁚Zgo♂﹃ρ.Zo司甘゜︒暮巨o§巨ω日︒°.︒巨↑°ρOo合
③且ρ巨゜︒自9°︒こ§Φb<さ9§苦句ミ﹄§○註§ボさ§S8⁚§さ§ぎ句●§ひΦ§さ§ふ§♂≦①゜︒ヨ①司醇Φω゜︒三ΦΦω゜○胃巴芦O
o力民o≦8⇒o方.︒﹈ロ゜︒日巨5p°︒N50﹈昌26巨8づ8 弓ゴ8目ロ巨冒oo巨日Φ呵巳巨①゜︒°︒o吟弓5p︒︑芦一゜G力庁琶時o餉50國◆出曽書Φユ︒︒こき−
§8⇔句⁝勺o巨江o巴Oao古ZΦ司﹃o済d巳く2°︒含望㊥おc︒ρおΦΦ゜O胃Φロ③づqG力吋o§05①村§Φ已09§討∀↓﹄§句註09さ㌔o§苦9bΦeO下
§§句§° ド ︵24︶≧①×碧巳氏↑°08品Φ③a旨脅①零b︒①目9︹090句§§$gボ⇔冒8ミbき災§§§鮮§SO吻09足吻9§8靭弓冨家目
淳Φ゜︒°︒∨心︒OO◎合知官円一〇° ︵25︶ ﹁制度か人か﹂という問いは︑アメリカ政治学においては︑とくに大統領制研究に新制度論的な分析枠組みを援用する際
に︑先鋭化するように思われる︒大統領は︑その制度的権力に基づいてリーダーシップを発揮する主体であると同時に︑大
統領令等を通じて制度の創造を行い得る主体だからである︒この点については︑伊藤正次﹁学界展望︽政策学︾O︒巨Φ一国゜㊦o亨
qo古Ooo亀﹄§ざ○㌔§§§﹃軌§☆ボ良㌔o§<§惑§SSO↑§S宮曽§Q﹂﹃国家学会雑誌﹄第百十五巻第五・六号︵二〇〇
二年︶︑二六三頁︑を参照︒
︵26︶ 川人貞史﹁一九五〇年代議員立法と国会法改正﹂﹃法学﹄︵東北大学︶第六三巻第四号︵一九九九年︶︒この論稿は︑川人
貞史.﹃日本の国会制度と政党政治﹄︵東京大学出版会︑二〇〇五年︶の第六章のもとになっている︒
︵27︶ 福元健太郎﹁法案数管理に見る内閣の統合機能−現行法案提出手続の形成過程と定着理由1︵一︶〜︵三・完︶﹂﹃議会
政治研究﹄20°自−Φ⑩︵二〇〇三10四年︶︒
︵28︶ 奈良岡聰智﹁政務次官設置の政治過程 加藤高明とイギリスモデルの官制改革構想1︵一︶〜︵六・完︶﹂﹃議会政治研
究﹄2ρΦ◎Φ◎Φ゜︒wΦPべPや声︵二〇〇三10四年︶︒
︵29︶ 牧原出﹃内閣政治と﹁大蔵省支配﹂−政治主導の条件﹄︵中央公論新社︑二〇〇三年︶︒
︑﹁新しい制度史﹂と日本の政治行政研究 ︵都法四十七ー一︶ 一九
二〇
︵30︶ 牧原出﹁戦後日本の﹃内閣官僚﹄の形成﹂﹃年報政治学二〇〇四 オーラル・ヒストリー﹄︒牧原の﹁内閣官僚﹂論につい
ては︑以下も参照︒牧原出﹁日本の男女共同参画の制度と機構ー﹃フェモクラット・ストラテジー﹄の視点から﹂︵辻村
みよ子・稲葉馨編﹃日本の男女共同参画政策−国と地方公共団体の現状と課題﹄東北大学出版会︑二〇〇五年︑所収︶︑
牧原出﹁憲政の中の﹃内閣官僚﹄﹂︵坂野潤治・新藤宗幸・小林正弥編﹃憲政の政治学﹄東京大学出版会︑二〇〇六年︑所収︶︒
︵31︶ 川手摂﹃戦後日本の公務員制度史 ﹁キャリア﹂システムの成立と展開﹄︵岩波書店︑二〇〇五年︶︒
︵32︶ 参照︑村松岐夫﹃戦後日本の官僚制﹄︵東洋経済新報社︑一九八一年︶︑一〇1二二頁︒
︵33︶ なお︑筆者による研究︵伊藤正次﹁日本の合議制組織制度と特別職公務員制度−政権による組織統制・人事統制の制度
的基盤に関する一考察﹂﹃年報行政研究四〇 官邸と官房﹄︑二〇〇五年︶は︑政務次官と同様︑戦後日本の公務員制度の下
で特別職と位置づけられた行政委員会・審議会等の委員等の範囲と給与体系を考察したものである︒そこでは︑戦後日本に
おける行政委員会制度の形成過程に関する歴史的研究︵伊藤正次﹃日本型行政委員会制度の形成−組織と制度の行政史﹄
東京大学出版会︑二〇〇三年︶を踏まえ︑合議制行政組織の法的位置づけを規定する合議制行政組織制度と︑その委員等の
身分・報酬を規定する特別職公務員制度の関係を検討した︒その結果︑二つの制度は︑相即的な関係に立っておらず︑むし
ろ両者のズレを活用する形で多彩な合議制行政組織の設計が可能になっていることを明らかにしたが︑特別職公務員制度の
形成過程に関する歴史分析としては︑実証面での課題が残されている︒
︵34︶ 9呂oP..勺o司2碧q㊥o巨○巴甘゜︒古一古巨o曇゜︒︒
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