助動詞“可以”とそれに対応する 日本語表現についての日中対照研究
―“可以”の用法・機能を中心として―
A contrastive study of auxiliary verb “keyi” and corresponding
Japanese expressions chinese auxiliary: Focusing on the usage and function of “keyi”
文学研究科国際言語教育専攻修士課程修了 劉 一 霖
LIU YilinⅠ. はじめに
第二言語を習得するとき、言語間の転移は避けられない。例えば、次の(1)は、ある留学生が帰国 時に送ったメールの一部分である(由井
2005:199)。
(1)〇〇先生
こんにちは。私は×××です。
[中略]
私の
e-mailのアドレスは
xxxxxxxx@hotmail.comこの
hotmailは日本語がちゃんと見えます ので、先生がローマ字で書かなくて、日本語で書いていいですよ。
おねがいしますね。
中国の学生:×××
これを読んだ教師は激怒したという。目上の人に対しこのように「てもいい」を使うことは、非常 に失礼になるため、教師が怒ることは当然である。通常この状況では「日本語で書いていただいてか まいません」を使うのが適切だと考えられる。では、なぜこのような誤用が起こるのか。中国語母語 話者は日本語を習得するとき、日本語の「てもいい」を中国語の“可以”と一対一で対応させ、記憶 していく。したがって、中国語母語話者が“可以”のもつ意味を日本語で表そうとするとき、頭の中 に思い浮かぶのは「てもいい」という文法項目である。事実、中国語で(1)の下線部は「您用日语写 就可以了」で表すことができる。上記の誤用は中国語の“可以”の用法を日本語に適用したことが原 因ではないかと思われる。
本研究では中国語の助動詞“可以”とそれに対応する日本語の表現形式の意味・用法を比較し、類
似点と相違点について検討する。さらにアンケートを通し、各場面、人間関係の談話で中国語の助動
詞“可以”とそれに対応する日本語の表現形式の使用状況を探りたい。最後に、検証された日中両言 語における助動詞“可以”と「てもいい」の使い方の相違に基づき、教育現場に適用可能な、 「てもい い」の誤用を避けるための対処法について提案を行う。
Ⅱ. 先行研究
1. 中国語の “可以”についての先行研究
呂(2003)では、 “可以”は以下の四つの用法を持つとしている。
上記の〈可能〉、〈用途〉 、 〈許可〉の三つは、助動詞の“可以”の主な用法として多く辞書において 挙げられている。一方、d)の〈価値〉を挙げている辞書は、それほど多くない。
“可以”を分析の対象とする先行研究を見ると、それを類義の助動詞の “能” “会”とともに取り 上げ分析が行われていることが多く見受けられる。黄(1995)と楊(2011)では“可以” “能”“会”
の三つが表す意味を次のようにまとめている。
黄(1995)
“能” :状況が一定のレベルにまで達する 「達成」
“会” :ことがらがごく自然に成立する 「自発」
“可以” :ことがらが許容範囲内におさまる 「許容」
楊(2011)
“能” :動作主が行為を成し遂げられる 「能力可能」
a)
〈可能〉
这间屋子可以住四个人。
(この部屋には四人住める。 )
b)〈用途〉
棉花可以织布,棉籽还可以榨油。
(綿花からは布を織ることができ、種子からは油をしぼることができる。)
c)
〈許可〉
我可以进来吗?——可以。 (入ってもいいですか。いいです。 )
d)〈価値〉
这个问题很可以研究一番。
(この問題は研究価値がある。)
美术展览倒可以看看。 (美術展は見ておいたほうがいい。 )
“能” :行為を行う状況にある「状況可能」
“会” :練習などを通じて身に付けた技能を持っている
“可以” :行為を妨げるものがない
一方、 “可以”を単独で取り上げ分析を行っている相原(1997)では、“可以”の用法を三つに分け ている。すなわち、①可能を表す: 「〜できる」 、②許可を表す: 「〜してよい」 、③勧めを表す: 「〜し てみたら」 、の三つである。さらに、相原によれば、 〈許可〉は「誰か許可する者がいたり、人為的に 定められたルール・規則・法律などの存在を意識している」用法と「ある行為が差し支えない、許容 のうちにあることを言う」用法の二種に分類可能であるとされる。
相原(1997)における用法の分類で注目されるのは、他の多くの研究とは異なり、助動詞“可以”
の用法として、 〈可能〉と〈許可〉以外にも〈勧め〉を認めている点である。本研究では、相原(1997)
の分類を援用し、 “可以”の用法を〈可能〉 、 〈許可〉 、 〈勧め〉の三つに分けて考察することにする。
助動詞“可以”の〈勧め〉の用法についての研究としては、森(2014)と勝川(2016)がある。ど ちらも“可以”の伝達機能として、 〈許可〉 、 〈依頼〉 、 〈意向〉 、 〈勧め〉という四つの機能を挙げている。
本研究では、こうした機能の分類を参考にして機能場面を設定する。
2. “可以”と「てもいい」の対照研究
勝川(2016)は、日本の中国語教育において、日本人中国語学習者は“可以”と日本語の「てもい い」を一対一で対応させ、記憶していくと指摘している。日本の中国語教育と同様に、中国の日本語 教育でも、 「てもいい」と“可以”を対応させ、記憶させていく。しかし、中国語の助動詞“可以”と 日本語の「てもいい」は完全には対応していないように思われる。両者を対照させ、その共通点と相 違について分析を行った研究として、李(2010)と王(2016)がある。
(1) 李(2010)
場面的意味における「てもいい」と助動詞の“可以”との相違点に関する李(2010:97-98)の指摘
は、表1に整理可能である。
表1
場面的意味 てもいい
“可以”ⅰ 〈許可与え〉 〈受諾〉 〈消極的許可与え〉
〈消極的受諾〉 ×
①ⅱ 〈容認〉 制御不可能な事態 ×
①ⅲ 〈提案〉 ×
②聞き手の行動に対する〈勧め〉
ⅳ 〈受諾要請〉 受益表現
「〜してもらってもいいか」 聞き手主語の“你可以…吗?”
ⅴ 過去に実現されるべきだったの
に実際には許容されなかった場合 〈後悔〉 、 〈不満〉 〈残念〉 (客観的)
注:①述語用法としての使用ならばⅰとⅱに使用可能であるとされる。②「したらいい」と「すると いい」が代わりに使用されるとされる。
表
1を見ると、 「てもいい」に特有の用法としては〈消極的許可与え〉 、 〈消極的受諾〉 、 〈容認〉 、 〈不 満〉があり、 “可以”に特有の用法としては〈提案〉があることがわかる。 “可以”が〈提案〉を表す 場合では、日本語では、 「してもいい」が使えず、代わりに「したらいい」 、 「するといい」などが使わ れるとされる。また、 〈受諾要請〉の場合では、 「てもいい」は受益表現の「てもらってもいいか」と いった形で使われるとされる
1。
(2) 王(2016)
王(2016)は、李(2010)とは異なる観点から、助動詞“可以”と「てもいい」の対照研究を行っ ている。王(2016)は、高梨(2010)の「てもいい」に対する分析のファクターを両形式の比較基準 として採用し、形式が持つ基本的意味と派生的意味の関わりに注目して両形式を比較している。王
(2016)では、 “可以”の基本的意味を「当該事態の生起が可能であることを表す」としている。そし て、 「当該事態の制御可能性」と「当該事態の実現性」を基準にⅠ〜Ⅳの四つの場合に分け、そのうえ で「当該事態の行為者の人称」がⅠ〜Ⅳのそれぞれにおいて、両形式の意味派生をどう左右するかを 比較している。具体的な内容は次の表2の通りである
2。
1 〈受諾要請〉は、いつも〈依頼〉になるわけではない。アンケート文の作成をする際、話し手の行為の場合は〈許可伺い〉、
聞き手の行為の場合は〈依頼〉になるように設計している。
2 表2は本研究の観点から王(2016)の表を再構成し、整理したものである。
表2
全体的に見ると、 「てもいい」と“可以”は〈意向〉と〈許可〉でしか対応しておらず、両者に共通 する用法は実に少ない。
3. 発話機能についての先行研究
助動詞“可以” とそれに対応する日本語の表現形式の意味・用法のどの部分が重なり、どの部分が ずれているかを解明するために、発話機能に着目しておきたい。発話機能の一つに行為要求がある。
それに関する研究には、姫野(1997)と高梨(2011)がある。
姫野(1997)は、先行研究を踏まえて、行為者が聞き手の場合の「行為指示型発話行為」を、以下 の表3のように分類している。
表3
決定権者
話し手 聞き手
競合型(受益者=話し手)
懇親型(受益者=聞き手)
命令的指示 恩恵的指示
依頼 勧め
表3の示す通り、姫野(1997)では、受益者と決定権者を分類基準に、 「命令的指示」 「依頼」 「恩恵 的指示」 「勧め」の
4種の機能を立てている。また、 「勧め」の変種として、行為者が話し手と聞き手
実現性
行為者の 人称
未実現 非実現
制御可能(Ⅰ) 制御不可能(Ⅱ) 制御可能(Ⅲ) 制御不可能(Ⅳ)
てもいい 可以 てもいい 可以 てもいい 可以 てもいい 可以
1
人称 意向
意向
許容 可能 後悔 可能 意志
2
人称 許可
許可 許容
提案 不満
不満 可能 命令 意見表示
3
人称 許容 可能
の両方の場合の「勧誘」を挙げている。
高梨(2011)では、姫野(1997)の
4分類を基本にしつつ、若干の変更を加えて、行為要求を、以 下の(2)のように分類している。太線で囲まれた部分は、典型的な行為要求を指し、姫野(1997)の 分類と基本的には同じである。
(2) 話し手の強制力 強 弱 聞き手の決定権 弱 強
高梨(2011)の研究で特徴的な点として、 〈許可〉と〈勧め〉を連続する機能として位置付けている 点が挙げられる。
蓮沼(2018)
3は、高梨(2011)の行為要求の分類に行為拘束型の〈申し出〉を追加して、以下の(3)
のように整理している。
(3) 話し手の強制力 強 弱 聞き手の決定権 弱 強
〈申し出〉は、話し手が聞き手のために積極的にある行為を行うことである。この場合、行為者は 話し手、受益者は聞き手である。 〈勧誘〉は、話し手が自らの行う行為を聞き手も行うように働きかけ ることである。この場合、行為者は話し手と聞き手である。
3本論文の指導のために作成された蓮沼(2018)の資料に基づく。
命令的指示 依頼
恩恵的指示 勧め 許可 勧誘
行為者 受益者
聞き手 話し手 命令的指示 依頼
聞き手 恩恵的指示 勧め 許可 話し手
聞き手 *** 勧誘
話し手 聞き手 申し出
話し手 聞き手 受益者
聞き手 聞き手+話し手
行
為 者
以上は先行研究とその検討結果である。本稿では、先行研究を踏まえて、中国語の助動詞“可以”
とそれに対応する日本語の表現形式の意味・用法はどの部分が重なり、どの部分がずれているかを解 明するため、アンケート調査を行うことにした。
Ⅲ. 調査
1. 調査項目
調査を行うにあたっては、どのような場面設定を調査項目として設定するかを最初に考えなければ ならない。今回のアンケート調査の、機能別の質問項目と数は以下の表4の通りである。
表4
〈可能〉
1〈消極的受諾〉
2〈依頼〉
3〈許可伺い〉
2〈不満〉
1〈勧誘〉
2〈勧め〉
4〈申し出〉
4〈命令〉
1総計
202. アンケートの質問形式
“可以”の使用に対する意識がどのような誤用をもたらしているのか検証するために、まず、各場 面・人間関係において日本語母語話者が使用する表現を、アンケートでの選択状況を通して把握する ことから始めたい。「てもいい」の誤用の可能性が高いことを検証するため、 「てもいい」を含む
3つ の選択肢の中から適切なものを
1つ選ぶ選択問題を作成した。できるだけ問題の答えをシンプルにす るため、選択肢はほとんど「てもいい」 「たらいい/といい」 「動詞可能形」の
3つに設定した(文脈に より他の選択肢が設定されていることもある) 。
さらに中国語の助動詞“可以”とそれに対応する日本語の表現形式の意味・用法における重なりと ずれの状態の解明を試みるとともに、学習者の誤用の原因を探る。日本語版のアンケートを翻訳する ことで中国語版のアンケートを作成し、中国語母語話者(非日本語学習者)に回答してもらうことに した。
日本語と中国語を一対一対応させることは困難であるため、選択肢の訳文は日本語アンケートのそ れとまったく同じ内容というわけでない。また、中国人に理解しやすいように、文脈を少し変えてい る箇所がある。
3. 調査対象者と調査期日
日本語版アンケートは二種類ある。一つは日本語母語話者を対象とした「各場面における自然な日
本語表現についてのアンケート調査」(調査①)、もう一つは中国人日本語学習者を対象とした「中国
語を母語とする日本語学習者の日本語表現の習得についてのアンケート調査」 (調査②)である。一方、
中国語版のアンケートは中国語母語話者(非日本語母国話者)が対象の“关于各个场景下汉语的自然 表达的调查(各場面における自然な中国語表現についてのアンケート調査) ” (調査③)である。
アンケートは基本的にウェブサイトの媒体を通して実施することにしたが、日本語母語話者向けの アンケートのみウェブアンケートと紙アンケートを同時に行った。調査①と調査②はそれぞれ
100人 を対象に行った。一方、調査③は
150人を対象に行った。すべてのアンケートは
2018年
11月
9日か ら
11月
20日までの間に実施された。
調査①については、調査対象の
100人のうち、
74人が女性、残る
26人が男性である。
7割以上が
20代の若者である。一方、調査②については、調査対象の
100人のうち、71 人が女性、残る
29人が男 性である。また、日本に滞在経験がある者が
64人いる。日本語のレベルはほとんど中上級である。
Ⅳ. 調査結果と分析
調査①と調査②の結果を比較すると、前者の回答が同じ選択肢に集中しているのに対し、後者では そうした傾向がそれほど顕著に現れておらず、学習者のうちほぼ
3割が不適切な使用とされる選択肢 を選んでいることがわかった。
日本語レベルから見れば、N3 と
N2に合格した者はまだ初・中級のレベルにある。そのため、日本 語表現が十分に習得できていないことが考えられる。以下では、機能の別に基づき、アンケートの結 果を分析する。
〈可能〉
質問
7の文脈は、 〈状況可能〉の文脈である。この場合、日本語母語話者は動詞の可能形「歩ける」
を選んだ人が
100%に近い。これに対し、中国人学習者は全体の74%が「歩ける」を選んでいる。一方、調査③では、 “能”と“可以”の選択肢が選ばれている
4。つまり、 “能”と“可以”で〈可能〉が表さ れているわけである。これは母語からの正の転移があると言えなくもないが、11 人が「〜てもいい」
の選択肢を選び、15 人が「〜ばいい」の選択肢を選んでいる。日本語レベルから見ると、不正解を選 んだ
26人のうち、N1 の合格者は
4人のみである。
4 中国語版アンケートの質問7では、64人が“可以走路了。”を選び、84人が“能走路了。”を選んでいる。
質問 内容 日本語母語話者 中国人学習者
7
足のケガがすっかり治ったので、杖を使わ ないで、 (a.歩いてもいい b.歩けばいい c.歩ける)ようになった。
a 2 11
b 0 15
c 98 74
〈許可伺い〉
中国語では、 “可以……吗?”を使って〈許可伺い〉を表す。中国人の日本語学習者はこの表現形式 を日本語の「てもいい」に対応させて使用している。アンケートの調査結果から見ると、質問
3と質 問
12の答えの中で、約
7割の学習者が「〜てもいい」の選択肢を選んでいる。
質問
3では、日本語母語話者はほぼ
100%「てもいい」の選択肢を選んでいる。一方、中国人学習者は
17人が「〜ばいい」の選択肢を選び、
7人が「動詞可能形」の選択肢を選んでいる。 「動詞可能形」
を選んだ学習者は母語からの影響を受けているのかもしれない。質問
3の学生の会話を中国語に訳す と、 “老师,我可以去您办公室问您几个问题吗?”以外に、 “老师,我能去您办公室问您几个问题吗?”
も使えるからである。
高梨(2010)によると、 「ばいい」の基本的意味は、当該事態をある特定のよい結果を得るための必 要十分な要件として提示するものだという。また、グループ・ジャマシイ(1998:491)では、「ばい い」の用法を①「相手に特定の行動をとるように勧めたり、提案したりする表現」 、②「そうなってほ しいという話し手の願望を表す」 、③「実際には起こらなかったり、現状が期待に反するような場合に、
それを残念に思ったり、相手を非難する気持ちを表す」という三つに整理している。以上の用法は質 問
3の会話では使用しにくい。 「ばいい」を選んだ
17人の中国人学習者の日本語レベルを見ると、15 人が
N1以下である。 「ばいい」の選択肢を選んだ学習者は、助言・提案を表す「ばいい」の用法と「て もいい」の用法の違いが理解できていないのではないかと思われる。
質問
3と異なり、質問
12の会話では、 〈許可〉を表す「てもいい」以外に、 〈可能〉を表す「できる」
も使える。中国語の場合も同様で、 “这件衣服可以试一下吗?”
5と“这件衣服能试一下吗?”
6の両方
5 中国語版アンケートでは、69人が“这件衣服可以试一下吗?”を選んだ。全体の46%を占める。
6 中国語版アンケートでは、47人が“这件衣服能试一下吗?”を選んだ。全体の31.33%を占める。
質問 内容 日本語母語話者 中国人学習者
3
学生:先生、研究室に質問に(a.伺っても よろしいですか b.伺えばよろしいです か c.伺えますか)?
教師:短い時間ならいいですけど。すぐ後に 会議があるので。
a 99 76
b 1 17
c 0 7
12
客:この服、試着(a.してもいいですか b.したらいいですか c.できますか)?
店員:もちろん、どうぞ。試着室はこちらで す。
a 68 68
b 1 7
c 31 25
が使える。これは母語からの正の転移と言える。問題は学習者の中の
7人が「たらいい」の選択肢を 選んでいる点である。高梨(2010)では、 「たらいい」の基本的意味は「ばいい」と同様、当該事態を ある特定のよい結果を得るための必要十分な条件として提示すると指摘されている。また、グループ・
ジャマシイ(1998:211)では、「たらいい」の用法も「ばいい」と同様に三つに分けられている。そ れぞれの用法は質問
12の会話では使いにくい。7 人の日本語レベルを見ると、すべて
N1以下の学習 者である。これは仮定条件を表す「たら」と「たらいい」の使い方の混乱によるものではないかと考 えられる。
〈勧め〉
質問 内容 日本語母語話者 中国人学習者
2
もし北京に行くなら、頤和園に(a.行って もいいですよ b.行くといいですよ c.
行くことができますよ ) 。あそこは自然が 豊かで景色がいいですからね。
a 0 25
b 100 58
c 0 17
6
[日本でお世話になった先生への留学生か
らのメール]
私のメールは日本語がちゃんと読めますの で、日本語で(a.書いてもいいです b.
書くといいです c.書いていただいても いいです) 。
a 7 23
b 5 10
c 88 67
11
A:宴会の場所は、どこにしましょうか。
B:野田さんに相談(a.してもいいですよ
b.するといいですよ c.できますよ) 。 彼、おいしい店に詳しいから。
a 2 28
b 97 61
c 1 11
15
[帰国予定の劉さんが山本さんを中国へ誘 う場面]
劉:山本さんも一緒に行きませんか。
山本:本当ですか。いいですね!
劉:私の兄の家に(a.泊まってもいいです よ b.泊まったらいいですよ c.泊まれ ますよ) 。兄も歓迎してくれると思います。
a 21 43
b 71 25
c 8 32
〈勧め〉を表すとき、日本語では、 「たらいい」 、 「といい」 、 「ほうがいい」などをよく使う。それに 対して、中国語では、 “可以”を使う。中国人日本語学習者は日本語を習得するとき、日本語の「ても いい」を中国語の“可以”と一対一で対応させ、記憶していく。したがって、中国語母語話者が“可 以”という意味を表すとき、頭の中に思い浮かぶのは「てもいい」という文法項目である。しかし、
〈勧め〉を表す場面では、 「てもいい」が使えない。これは母語からの負の転移を受けて誤用が生じて いるケースではないかと思われる。
質問
2では、
100%の日本語母語話者が〈勧め〉を表す「行くといいですよ」を選んだ。それに対し、「行くといいですよ」を選んだ中国人学習者は
58人である。残り
45人のうち
25人が「てもいい」の 選択肢を選んでいる。高梨(2010)は、 「てもいい」の基本的意味は、当該事態が許容されることを表 すものだと指摘している。また、グループ・ジャマシイ(1998:278)では、 「てもいい」の用法を①
「許可や許容を表す」 、②「ほかの選択の余地、可能性があることを示す」 、③「話し手が、自発的に ある行為をすると申し出るのに使う」 、④「譲歩を表す表現で、最上とは言えないが、妥協して、これ でよいとする意味を表す」という四つに整理している。質問
2の文脈は相手に頤和園という景勝地へ の訪問を勧めていることを表す。中国語では、この場面で“你可以去颐和园看看”
7を使う。しかし、
「てもいい」にはこの用法がない。 「行くことができますよ」を選んだ中国人学習者は
17人いる。質 問
2の文脈は「頤和園に行くことが可能」ということを表すものではない。そのため、この選択肢を 選んだ学習者は質問に答える時、文脈全体を読み込んでいないのではないかと考えられる。質問
11は 質問
2の状況と大体同じである。
日本語の「てもいい」は授受動詞なしでは、目上の人に使えない。しかし、中国語の“可以”には この制限がない。例えば、質問
6の文は中国語では、 “您可以用日语写”が使える。また、学習者は日 本語を勉強するとき、 “可以”は「てもいい」と対応するという意識を持っている。このような影響に より、 「てもいい」を選ぶ傾向が強いのだと思われる。アンケート調査の結果から見ると、ほぼ
3割の 学習者が「てもいい」の選択肢を選んでおり、母語からの負の転移が生じていると言える。今回のア ンケート調査の形式は選択式である。もしアンケートの形式が記入式であれば、 「てもいい」を選択す る学習者がさらに増える可能性が高いことが予想される。
質問
6では、学習者
10人が「書くといいです」を選んでいる。グループ・ジャマシイ(1998:
294)では、 「といい」は「たらいい」 、 「ばいい」と大体同じ用法
8を持つものとして整理している。高梨(2010)
では、 「といい」の基本的意味は、当該事態を単純に望ましいものとして評価するものと指摘している。
質問
6は学生が先生に一つの可能性を提示する場面であり、先生は学生が提示したもの以外を選択す ることができる。この場合、 「といい」は使いにくい。
7 中国語版アンケートでは、143人が“你可以去颐和园看看”を選んだ。全体の95.33%を占める。
8 ①動詞の辞書形を受け、人に対してその行為を行うように勧める意味を表す。②そうなってほしいという願望を表す。③実 際には起こらなかったり、現状が期待に反するような場合に、それを残念に思ったり、相手を非難する気持ちを表す。
質問
15では、「劉が山本に自分の兄の家に泊まることを勧める」ということを表す。したがって、
選択肢
b「泊まったらいいですよ」が最も適切である。ここでは、劉が山本に泊まってほしいと思っており、山本も劉の兄の家に泊まることを別に迷惑とは感じていないと思われる。また、選択肢
c「泊 まれますよ」も使える。この場合は、 「山本が劉の兄の家に泊まることができる」ことを表す。選択肢
a「泊まってもいいですよ」は偉そうな感じがあり、文全体から見ると、違和感があり、使いにくいと 考えられる。
アンケート調査の結果では、まず日本語母語話者の場合、7 割の人が勧めを表す「たらいい」の選 択肢を選んでいる。また、8 人が可能を表す選択肢
cを選んでいる。残りの人は「てもいい」の選択 肢を選んでいる。誤用が生じる原因は、文脈が短くてよく判断できない、あるいは、文全体を読まな いまま、あてずっぽうで選択しているという状況も考えられる。
一方、中国人学習者の場合は、予想通り、 「てもいい」の選択肢を選んだ者が一番多く、全体の
43%を占める。これは母語からの影響を受けた結果だと理解できる。つまり、 「 “可以”と「てもいい」は 一対一対応する」という負の転移からの影響である。調査③では、 “可以”の選択肢を選んだ人が全体 の
77.33%を占める9。
“可以”の用法のうち比較的よく用いられているのは、 〈可能〉と〈許可〉の二つであると思われる。
中国人学習者が、質問
15の選択部分を〈許可〉の意味と理解している場合は、 「てもいい」を選ぶ可 能性が高いと予想される。しかし、もし〈可能〉の意味と理解する場合は、
cの「泊まれますよ」を選 ぶ可能性が高いと予想される。この予想はアンケート調査の結果と一致しており、
32人が選択肢
c「泊 まれますよ」を選んでいる。残りの
25人は「たらいい」の選択肢を選んでいる。その中の
11人は
N1レベルで、日本に滞在経験がある
10。この点から見ると、日本に滞在経験があるかどうかは日本語の習 得と運用力に影響を与えると言える。中国人日本語学習者は〈勧め〉を表すとき、母語からの負の転 移を受けており、誤用が起こりやすいといえる。
〈消極的受諾〉
9 中国語版アンケートの質問15では、150人の中に、116人が“你可以住我哥哥家”を選んだ。
10 中国人学習者のうち、25人は質問15の選択肢b「泊まったらいいですよ」を選んだ。N1が11人(全員日本に滞在経験 がある)、N2が9人(3人が日本に滞在経験がある)、N3が5人(全員日本に滞在経験がない)である。
質問 内容 日本語母語話者 中国人学習者
9
先生:明日のゼミ、君が発表してくれない か。田中さんが急病なんだ。
学生:うーん、(a.発表してもいいです b.発表したらいいです c.発表したほう がいいです)けど、明日までに準備できるか どうか……
a 99 64
b 0 22
c 1 14
李(2010:85)によれば、 〈消極的許可与え〉と〈消極的受諾〉では、聞き手の要請に対して「仮に そうであっても、それでよい」という程度の許容しかしていないとされる。また、両者は複文的な意 味構造を持つため、 「てもいい」と述語用法の“可以”はそれに自然に使えるが、助動詞としての“可 以”は使いにくいとされている。
アンケート調査の結果として、日本語母語話者の選んだ選択肢は「てもいい」に集中しており、
100%に近い。それに対して、中国人学習者は、ほぼ
3割の人が「てもいい」以外の選択肢を選んでいる。
質問
9はゼミ発表を担当する学生が病気になったため、先生が他の学生に代わりの発表を頼むとい う会話である。学生の返事から考えると、頼まれた学生は本当は発表したくないと思っているが、先 生からの依頼なので、断ることができないという状況である。つまり、 〈消極的受諾〉であるため、a が最も相応しい選択肢となる。 「たらいい」の基本的意味は「ばいい」と同じで、 「当該事態をある特 定のよい結果を得るための必要十分な要件として提示する」 (高梨
2010:59)とされており、この会話では使いにくい。またグループ・ジャマシイ(1998)は、 「ほうがいい」はよいと思われることを述 べて、聞き手に対して忠告やアドバイスをする時に使うと述べている。そのため、 「たらいい」と同様 に、 「ほうがいい」も質問
9の会話では使いにくい。
中国人学習者は、64 人が「てもいい」の選択肢を選んでいるが、実際質問
9で「てもいい」のニュ アンスが理解できている学習者は少ないと思われる。 「てもいい」の選択肢を選んだ理由は、化石化だ と考えられる。すなわち、日本語を習得するとき、 「てもいい」と“可以”を一対一の関係にあるもの と記憶しているために、質問
9で「てもいい」を選択したということである。中国語版のアンケート 調査では、質問
9の場合、主に述語用法の“可以”が選択されている。この影響を受けて、学習者は
「てもいい」の選択肢を選んだのではないだろうか。今回の調査結果では、選択肢
bと
cを選んだ学 習者も多い。この理由は、学習者の日本語レベルでは、 「てもいい」の〈消極的受諾〉の用法が理解で きないからではないかと思われる。質問
9だけでなく、質問
18にも同じ問題があると考えられる。
質問
18は質問
9と同様、 〈消極的受諾〉を表す「てもいい」の使用が自然である。 「使えばいい」は、
パソコンを使うことを勧めるとき、あるいは提案するときに使うため、この会話の文脈では、適切で はない。 「使える」は、単に「パソコンを使うことができる」を表す。もし学習者たちが「てもいい」
の〈消極的受諾〉のニュアンスを理解することができれば、誤用は少なくなるだろう。
18
[クラスメイトの男子学生同士の会話]
A
:ちょっと君のパソコン使わせてもらって いい?
B:うん、
(a.使ってもいい b.使えばい
い c.使える)けど、僕もレポートを書く のに使うから、すぐ返してよ。
a 98 73
b 0 12
c 2 15
〈不満〉
李(2010)は、 「過去に実現されるべきだったのに実際には許容されなかった行為について述べる場 合、 「してもいい」には〈後悔〉や〈不満〉の意味が強く感じられるが、 “可以”は単に客観的に見て
〈残念〉だというだけである」と述べている。また、高梨(2010)では、 「てもいい」の二次的意味に おいては、ケース(c) (d)の〈反事実〉の文では、多くの場合〈後悔〉 〈不満〉の意味が生じると指 摘されている。
アンケート調査の結果から見ると、中国人学習者と日本語母語話者の結果に大きなずれがある。ま ず、日本語母語話者では、答えが選択肢
a「来てもいい」と選択肢c「来るはずだ」に集中している。問題は、選択肢
c「来るはずだ」を45人が選んでいることである。今回の調査対象は主に
20代の若 者である。そのため、文脈の短さから質問
4の状況をよく判断できていないことも考えられる。また、
文全体を読まないまま、あてずっぽうで選択している可能性も否定できない。なお、質問
4では、 「来 てもいい」以外に、 「来るべきだ」も使える。
中国人学習者では、
6割以上の人が選択肢
c「来るはずだ」を選んでいる。これは母語からの影響が考えられる
11。中国の日本語教育では、 「はずだ」は“应该”に対応させることが多い。この結果、母 語からの負の転移が起こり、誤用が生じる。b「来ればいい」を選んだ者は
23人で、 「来てもいい」を 選んだ者は
13人だけである。
13人の中の
2人は
N1に合格しており、日本での滞在経験もある。残り の
11人は
N1以下のレベルで、日本に滞在したことがない学習者である。 「てもいい」の〈不満〉を表 す用法は上級以上の用法である。現在中国で使っている日本語教科書ではこの用法は扱われておらず、
学習者の日本語レベルでは、質問
4は理解しにくいと考えられる。
11 中国語版のアンケートでは、対象者150人の中の、120人が“就应该来打声招呼的”を選び、全体の80%
を占める。
質問 内容 日本語母語話者 中国人学習者
4
[隣に引っ越してきた人から、何の挨拶もな
い]
引っ越ししてきたのなら、挨拶に(a.来て もいい b.来ればいい c.来るはずだ)
と思うけど、まだ何の挨拶もない。
a 51 13
b 4 23
c 45 64
〈申し出〉
〈申し出〉を表すとき、中国語では、 “…吧”をよく使う。それに対して、日本語では、 「〜ましょ う」または「動詞の意向形」をよく使う。誤用は起こりにくいと考えていたが、実際の調査の結果は、
予想とのずれがある。どの質問項目においても、日本語母語話者の回答のほとんどが同じ選択肢に集 中しているのに対し、中国人学習者の回答では当該の選択の選択率はいずれも
7割程度に留まる。
質問
10は、学生と、重そうなカバンをもっている教師との会話である。この場合では、日本語母語 話者が全員選択肢
b「お持ちしましょうか」を選んでいる。それに対して、中国人学習者は15人が選
択肢
a「お持ちしてもいいですよ」を選び、4人が選択肢
c「お持ちできますよ」を選んでいる。選択肢
cは「重そうなカバンを持つことが可能だ」ということを表すが、質問
10の会話に使うと違和感が ある。そして、この会話は学生と教師の間の会話であり、目上の人に「てもいい」を使うことは、非
質問 内容 日本語母語話者 中国人学習者
10
[重そうなカバンをもっている先生に対 し]
学生:先生、カバンを(a.お持ちしてもい いですよ b.お持ちしましょうか c.お 持ちできますよ ) 。
先生:ああ、そりゃどうも、お願いします。
a 0 15
b 100 81
c 0 4
16
[大学の期末試験の直前。B は
Aの先輩]
A
:分からないところがたくさんあるんです よ。
B:僕が復習を(a.手伝ってもいいよ
b.
手伝おうか c.手伝えるよ)
a 5 16
b 93 63
c 2 21
17
[教員が研究室に教科書を忘れて来てしま った。その時の学生の発言]
先生、私が(a.取ってきてもいいですよ b.取ってきましょうか c.取ってきてあ げますよ) 。
a 0 12
b 97 72
c 3 16
20
[A は駅への道が分からない]
A:駅までは、どう行ったらいいんですか。
B:私が一緒に(a.行ってもいいですよ
b.行けばいいですね c.行きましょう) 。
a 15 15
b 0 10
c 85 75
常に失礼になるため、選択肢
aは相応しくないと思われる。調査③では、この問題では、92%の人が
“我帮您拿吧(お持ちしましょうか) ”を選んでいる。これは母語からの正の転移といえるかもしれな い。また、9 人が“我可以帮您拿(お持ちしてもいいですよ) ”を選び、3 人が“我能帮您拿(お持ち できますよ) ”を選んでいる。このような結果から見ると、学習者が正解以外の選択肢を選ぶ原因とし て、母語からの影響に加えて、学習者の日本語レベルでは文法の用法がよく理解できず、十分に習得 できていないことも考えられる。この点については、質問
16と質問
17も同様である。
質問
16は、大学の期末試験直前の、後輩と先輩の会話である。日本語母語話者は
93人が選択肢
b「手伝おうか」を選んでいる。選択肢
aと選択肢
cを選んだ人もいるが、この会話では不適切な言い 方である。選択肢
cは「手伝うことができる」ことを表す。すなわち、能力の話であり、質問
16の話 し手の意図にはふさわしくないと考えられる。
Bは
Aの先輩で、
2人は親しい関係のため、 「てもいい」
は使えなくはない。一方、調査③の質問
16では、調査対象者の回答は選択肢“我可以帮你复习”に集 中している。このような結果から見ると、学習者が「てもいい」の選択肢を選んだのは母語からの影 響を受けた結果であるという可能性が高いように思われる。また、学習者の日本語レベルでは、この 質問の状況がよく理解できていない可能性も考えられる。
質問
17は質問
10と同様、学生と教師の間の会話である。日本語母語話者は
97%の人が選択肢b「取 ってきましょうか」を選んでいる。一方、中国人学習者も
7割以上の人が選択肢
b「取ってきましょうか」を選んでいる。中国語版のアンケートも同様で、121 人が“我帮您拿过来吧(取ってきましょ う) ”を選んでおり、全体の
80.67%を占める。そして、中国人学習者のうち、16人が選択肢
c「取って きてあげますよ」を選んでいる。 「〜てあげる」は行為の授受表現であり、会話者双方の地位が同等の 場合にのみ使えるものである。質問
17の会話における学生と教師の関係では、 「〜てあげる」を使う と、非常に失礼になる。また、12 人の学習者は選択肢
a「取ってきてもいいですよ」を選んでいる。選択肢
cと同様、目上の人に使うと、非常に失礼になる。以上の誤用の生じる原因は学習者の日本語 の習得が十分でないことにあるといえる。
質問
20では、日本語母語話者は
85人が選択肢
c「行きましょう」を選んでいる。残り15人が選択 肢
a「行ってもいいですよ」を選んでいる。質問
20は、 「A さんは駅へ行きたいが、道がわからないの で、B さんが
Aさんを手伝ってあげる」という場面の会話である。 「てもいい」は、A と
Bが知り合い ではない場合には使える。一方、中国人学習者は
75人が選択肢
c「行きましょう」を選び、15 人が選
択肢
a「行ってもいいですよ」を選んでいる。日本語母語話者と違い、10人が選択肢
b「行けばいいですね」を選んでいる。 「ばいい」は、「当該事態をある特定のよい結果を得るための必要十分な要件
として提示する」 (高梨
2010:54)ことを表すとされる。質問20の文脈には、この意味は一切ないた
め、普通、使えない。したがって、誤用の原因は、学習者の日本語の習得が十分ではなく、自身の日
本語レベルでは、この質問の場面状況が理解できていないことにあると思われる。
〈依頼〉
「依頼とは話し手の利益のために何らかの行為をすること(しないこと)を聞き手に頼む表現であ
る。強制ではなく、決定権はあくまで聞き手にあるものとして働きかけることである。 」 (庵ほか
2000:
148)。
依頼表現は、初級の日本語教育から導入される文法項目であり、誤用が起こりにくいと予想される が、アンケート調査の結果から見ると、予想とのずれが存在する。日本語母語話者は依頼の場面では、
95%以上の人が依頼表現を選択している。それに対し、中国人学習者が「てもいい」を選択することが
多く見受けられる。
質問
1の会話は典型的な依頼の場面の会話であり、日本語母語話者は全員が依頼を表す選択肢
b「教 えてくれませんか」を選んでいる。一方、中国人学習者は、78 人が日本語母語話者と同様に選択肢
bを選んでいるが、他にも
19人が選択肢
a「教えてもいいですか」を選んでいる。日本語の「てもいい」
は授受動詞なしでは依頼を表すことができない。なぜ
2割近くの学習者が「てもいい」の選択肢を選 んでいるのだろうか。調査③では、134 人が“你可以教我吗?”という選択肢を選び、これは全体の
89.33%を占める。中国語では、依頼を表すとき、よく“
(你)可以…吗?”を使う。また、中国の日
本語教育では、 “可以”と日本語の「てもいい」を対応させて説明することが多い。つまり、これは母
質問 内容 日本語母語話者 中国人学習者
1
[A
は留学生、B は同年代の日本人。二人は 最近知り合ったばかり]
A:日本語を勉強したいんですけど、私に
(a.教えてもいいですか b.教えてくれ ませんか c.教えられますか )?
B:いいですよ。
a 0 19
b 100 78
c 0 3
8
[エレベータに同乗した面識のない人に対
し]
A:すみません、6階のボタン、
(a.押して
もいいですか b.押してもらってもいい ですかc.押せますか )?
B:ええ(と言ってボタンを押す)
。
a 1 11
b 99 86
c 0 3
13
妻:ちょっと、棚のうえの箱(a.取っても いい b.取ってくれる c.取れる)?
夫:どの箱?
a 0 6
b 95 91
c 5 3
語からの負の転移を受けた誤用と考えられ、 〈依頼〉の習得が十分には進んでいないことを表している と言える。次の質問
8にも同様の問題が存在する。
質問
8は前の質問
1と同様で、典型的な依頼の場面である。日本語母語話者はほぼ全員が依頼を表
す選択肢
b「押してもらってもいいですか」を選んでいる。一方、中国人学習者は、86人が日本語母
語話者と同様、選択肢
bを選んでいる。前述の通り、中国語では、依頼を表すとき、よく“ (你)可以
…吗?”を使う。また、中国の日本語教育では、 “可以”を日本語の「てもいい」に対応させて説明す ることが多い。調査③では、105 人が“可以帮我按一下
6楼吗?”という選択肢を選び、全体の
70%を占める。中国語では、授受動詞が使用されなくても依頼が表せるのに対し、質問
8の日本語の依頼で は、授受動詞の使用が不可欠である。a を選択している学習者は、こうした事実を十分に理解してお らず、母語の負の転移を受けていることが窺える。
質問
13は夫婦の間の会話である。依頼のこの場合では、中国人学習者のうち
91名が
b「取ってくれる」を選んでいる。日本語母語話者に近い回答の傾向を示していることから、誤用が生じる可能性 の低い場面のように思われる。ただし、親しい関係の一つである夫婦間の会話では、普通それほど丁 寧な表現は使用されない。
〈勧誘〉
勧誘とは話し手が自らの行う行為を聞き手も行うように働きかけることである。勧誘に専用の形式 がなく、それに使用されているのは、次のような、他の意味を基本的意味とする形式であるとされる
(庵ほか
2000:151)。
質問 内容 日本語母語話者 中国人学習者
5
[A
と
Bは会社の同僚]
A:待遇問題については、一度、我々からボ
スに(a.相談してもいいですね b.相談 したらいいですね c.相談してみましょ うか )。
B:それがいいですね。そうしましょう。
a 9 7
b 1 15
c 90 78
14
[A と
Bは親しい友人。公園での会話]
A:日差しが強いから、木陰に(a.入って
もいいね b.入ればいいね c.入ろう よ) 。
B:そうだね。そうしよう。
a 0 7
b 1 25
c 99 68
意志の表現(動詞意向形) : 「〜ましょう」 、 「〜よ(う) 」
意志の表現が疑問の形になったもの: 「〜ましょうか」 、 「〜よ(う)か」
否定疑問の形: 「〜ませんか」 、 「〜ないか」
一方、中国語では、勧誘を表すとき、 “ (我们一起)…吧”という表現が使用される。
質問
5は、会社で同僚の
Aと
Bが待遇問題について話している会話である。A が、Bと二人で一緒 にボスに相談することを提案し、それに対しBが同意を示す場面である。一番ふさわしい選択肢は
c「相談してみましょうか」である。日本語母語話者は
9割の人が選択肢
cを選んでいる。残りの人の うち、9 人が選択肢
a「相談してもいいですね」を選んでいる。質問5の会話では、 「てもいい」は完 全に使えないわけではない。なぜなら、会話
5は勧誘ではなく、とるべき行動の選択肢の提案を表し ている場合と考えることも可能な文脈であるためである。この点は、次の質問
14も同様である。日本 語の「たらいい」は主に
3つの用法がある。 〈勧め〉と〈願望〉に加えて、実際には起こらなかったこ と、現実にはそうでなかったことを残念に思うことを表す用法である。これらの用法は質問
5の会話 では使いにくいため、選択肢
bは不正解である。ここで、学習者が不正解を選んでいることの原因は、
母語からの転移ではなく、助言・勧めを表す「たらいい」の用法が十分に理解できていないことにあ るではないかと思われる。
質問
14は、公園での親しい友人同士の会話である。日差しが強いので、Aが、Bと二人で一緒に木 陰に入るよう勧誘し、それに対しBが同意している場面である。一番ふさわしい選択肢は
c「入ろうよ」である。日本語母語話者はほぼ全員が選択肢
cを選んでいる。それに対し、中国人学習者は
68%の人が勧誘を表す選択肢
cを選んでいる。他の人は
25人が選択肢
b「入ればいいね」を選び、7人が
選択肢
a「入ってもいいね」を選んでいる12。質問
5と同様、質問
14の会話では、 「てもいい」は完全
に使えないわけではない。すなわち勧誘ではなく、複数の提案の中の一つの選択肢を表すと考えれば 使える。高梨(2010)によると、 「ばいい」の基本的意味は、当該事態をある特定のよい結果を得るた めの必要十分な要件として提示するとされる。また、 『日本語文型辞典』 (1998:
491)では、「ばいい」
の用法が①「相手に特定の行動をとるように勧めたり、提案したりする表現」 、②「そうなってほしい という話し手の願望を表す」 、③「実際には起こらなかったり、現状が期待に反するような場合に、そ れを残念に思ったり、相手を非難する気持ちを表す」という三つに整理している。以上の用法は質問
14の会話では使いにくいため、選択肢
bは不正解である。学習者が不正解を選んでいる原因は、質問
5の場合と同様だと考えることが可能である。すなわち母語からの転移とは関係なく、やはり日本語 の習得が十分でないため、場面状況やそれにふさわしい言語形式について理解ができないことが原因 だと考えられる。
12 中国語版アンケートの質問14では、126人が“我们去树荫底下吧。”(一緒に木陰に入りましょう)を選んでいる。
〈命令〉
命令とは、何らかの行為をすること(または、しないこと)を聞き手に強制することなので、原則 的には、話し手が聞き手に強制力を発揮できるような人間関係や状況のもとで使われる表現である(庵 ほか
2000:146)。
質問
19は、喧嘩している場面での会話である。この場面では、日本語母語話者は
95%の人が命令を表す選択肢
c「帰ってくれよ」を選んでいる。一方、中国人学習者は71人が選択肢
cを選んでいる。
「てもいい」と「ばいい」は、命令には使いにくい。学習者がこの二つの選択肢を選んでいる原因と しては、日本語の習得が進んでいないことが考えられる。
以上は今回のアンケート調査の結果についての分析である。母語の影響だけでなく、学習者自身の 日本語の習得状況も誤用をもたらす原因として考えられる。今回のアンケート調査の結果から見ると、
学習者の日本語の習得が十分とはいえない状況にあることがわかる。
Ⅴ.教育現場への提案
アンケート調査の結果を見ると、第二言語を習得するとき、学習者が、母語からの影響を受けた誤 用を犯すことが多い。この点は、 〈勧め〉を表す場面ではっきりと見てとれる。 〈勧め〉を表すとき、
中国語では、助動詞“可以”を使用する。一方、日本語では、 「ばいい」 「たらいい」 「といい」をよく 使用する。しかし、中国の日本語教育現場では、多くの場合、 “可以”を日本語の「てもいい」と対応 させて、学習者に覚えさせるため、学習者は〈勧め〉を表す場面でも自然に「てもいい」を使用する ことになる。教師は教えるとき、母語からの影響に注意を払うべきではないだろうか。教材の内容を そのまま学習者に教えるのではなく、誤用を避けるため、教師自身がまずその内容を十分に理解した うえで、正しい内容を学習者に教える必要がある。
また、中国の日本語学習者は日本語の言語環境での生活経験がほとんどない。そのため、日本で生 活していれば自然に習得できる内容を身につけることが困難である。教師は教えるとき、教材で扱わ れていなくても、実用性が高いものは学習者に教えるべきだと考える。そうすれば学習者はその内容 を理解すると同時に、日本語のレベルを向上させ、誤用を避けることができるのではないだろうか。
質問 内容 日本語母語話者 中国人学習者
19
[喧嘩している相手に]
もう(a.帰ってもいいよ b.帰ればいい よ c.帰ってくれよ) 。二度とあんたの顔 なんか見たくないから。
a 3 13
b 2 16
c 95 71
Ⅵ.まとめ
本研究では、中国語の助動詞“可以”とそれに対応する日本語の表現形式の意味・用法の相違をめ ぐり検討してきた。まず、 “可以”の助動詞としての具体的な用法を明らかにして、 “可以”と「て もいい」の日中対照研究の先行研究を検討し、両者の共通点と相違点を整理した。そして、助動詞“可
以”
とそれに対応する日本語の表現形式の意味・用法のどの部分が重なり、どの部分がずれているかを解明するため、発話機能に注目し、日本語母語話者、中国人学習者と、日本語学習経験のない中国 語母語話者を対象にアンケート調査を行った。その結果、学習者の誤用が予想よりも多いことがわか った。特に、 〈勧め〉を表す場面では、母語からの影響が大きかった。他の機能場面でも、学習者の誤 用が存在していた。
今回の研究は、アンケート調査を中心に行っている。選択肢から、唯一の回答を選ぶ形式である。
記入式の選択肢も入れておけば、学習者の誤用をより幅広く把握でき、議論が一層広げられたのでは ないかと思われる。また、今回の分析は限られた例の範囲で行った調査にとどまり、不十分なところ がある。コーパスや中日対訳文学作品を用いて多くの例を扱い、広く分析を行い、さらに普遍性のあ る研究に考察を深化させていくことを今後の課題としたい。
参考文献