肥前長崎地方の「かわはぎ」の方言事象
愛 宕 八郎康隆
は じ め に
小稿では,長崎県下の「かわはぎ」の諸多の方言事象についてその分類を試み,諸事象 に見られる命名発想,分布傾向などについて考察を加え,あわせて, 「魚類民俗学」のさ さやかな試みを述べてみたい。
広義の「かわはぎ」は,分類学上では, 「ふぐ目,もんがらかわはぎ亜目」の「もんが らかわはぎ科」や「かわはぎ科」に属する魚類で,例えば,手もとの「新日本動物図鑑」
(〈下〉岡田要著,北町館,昭和40年)によれば, 「もんがらかわはぎ科」には「べにか わむき」 「しまべにかわむき」 「みすじかわむき」 「そこかわむき」「ながかわむき」「う けぐちかわむき」 「ふえかわむき」 「ぎま」 「いれずみもんがら」 「くろもんがら」 「も んがらかわはぎ」 「めがねはぎ」 「むすめはぎ」 「つまじろもんがら」 「いそもんがら」
「きへりもんがら」 「つまぐろもんがら」 「あかもんがら」 「そろいもんがら」 「おきは ぎ」 「なめもんがら」 「あみもんがら」 「くまどり」 「むらさももんがら」 「たすきもん がら」 「くらかけもんがら」など25種が記され, 「かわはぎ科」には, 「ながはぎ」 「か わはぎ」 「よそぎ」 「もろこしはぎ」 「あみめはぎ」 「うまづらはぎ」「さらさはぎ」「あ ダみめうまづら」 「せんうまづら」 「はくせいはぎ」 「てんぐかわはぎ」 「あおおさはぎ」
「のこぎりはぎ」 「うすばはぎ」 「そうしはぎ」 「はなのつのはぎ」など19種が記されて おり,前者と合わせれば実に44種に及んでいる。
小稿で取り上げる「かわはぎ」は,上記の「かわはぎ科」の中の「かわはぎ」〈Stephan・一 lepis cirrhifer(TEMMINCK et SCHLEGEL).絵参照〉
である.これは,わが国冠する「かわはぎ」陥 //
鋤帆最もよく賎けられるもので・幼魚時 駈〆鼠〉\
その大部分が臨地調査によるものであるが,
一部,同地出身者について調査したものも含まれている。調査に当っては, 「もの」 (か わはぎ)を正確に相手に指定しなければならないので,絵を示しながら,口頭で, 「この ような形の魚で,平たく,肌はざらざらとしている。また口は小さく,突き出ていて,歯 は上下一枚歯でふぐに似ており,顔つきはひょうきんで,頭に角があって,背びれの初め の部分に長い糸のようなひれが見られる。大きさは,ふつう大人の手の平位で,皮をむい て料理する。白身の魚である。」と説明をして答えてもらうことにした。したがって得ら がタf識ξこ塾勤』・(1.5c加〜5㎝)は海岸の藻間を泳いでいるが成長す
皮をはいで料理するので, 「かわはぎ」の名がある。
小稿で使用した「かわはぎ」の方言事象は,
100 肥前長崎地方の「かわはぎ」の方言事象(愛宕)
れた方言事象には, 「もの」を取り違えて誤答したものは含まれていないと信じている。
ちなみに,とかく相伴って姿を見せやすい同じ「かわはぎ科」の「うまづらはぎ」につい ては,これをはっきり異種のものとして扱い,別に調査結果を得ているが,今回はこれら については取り上げず,発表は別の機会にゆずりたいと思う。
〔1〕 「かわはぎ」の方言事象
(1) 「かわはぎ」の異称の多彩さ
「かわはぎ」には,異称としての地方名(方言事象)がきわめて多く,海魚の中では,
「ぶり」に次いでいる。 r日本産魚名大辞典」(日本魚類学会編.三省堂.昭和56年4月)
によれば,全国での異称数は,「ぶり」の117に対して,「かわはぎ」は102を数える。「ぶ り」の,いわゆる出世魚であるという事情が,多くの異称をもたらす結果になったものと 思われる。とすれば,実質上,異称の最多を誇るのは, 「かわはぎ」ということになる。
なにゆえ「かわはぎ」は,このように多くの呼称を人々から貰ったのであろうか。理由 を三つ挙げてみたい。
一つには,近海,海辺に生棲していて,その生態が,とかく人目に触れやすかったこと が挙げられよう。
二つには,この魚の,顔付,姿,動作,鳴き声などの,ひょうきんなまでの特徴が,格 別に人々の関心や興味をひき,この魚への親近感を誘ったためと思われる。
体は扁平で,口はおちよぼ口,目はやさしく,頭上にはアンテナを思わせる丈夫な棘が あり,その動作は,胸びれを気ぜわしく動かす割には遅速で,舵取りには背びれ,尻びれ を左右に器用に傾ける。特に深みからの,まっすぐの浮上,沈降の動作にすぐれており,
かの潜水艇として有名なバチスカーフを思わせる。歯は,顔のやさしさに似ず強靱で門歯 状をなし,ふぐのそれに似ている。体表は,厚いざらざらした皮で蔽われており,その皮 は干して,戦時中,サンドペーパー代りに用いられもしたというふうに,「かわはぎ」は 変ったことづくめの魚ということができる。
三つには,魚肉が淡白な白身で美味であることと,皮をまるまるはいで裸にするという,
その料理法に特色のあることが挙げられよう。
「かわはぎ」の異称の豊かさにくらべて, 「鯖」 「鰺」などがほとんど単称に近いのと は,まことに対照的である。
ところで,長崎県下の「かわはぎ」の異称はどうであろうか。水産県長崎と称されるだ けに,多種の魚類に多くの地方名(異称)を見ることができるが, 「かわはぎ」は,中で
も出色で,39(先行文献によって追補すれば43)の異称を数えることができる。しかも,
「日本産魚名大辞典」に記載の見当らないものは27事象にも及んでおり,当地の異称の豊 かさを物語っている。
(2) 「かわはぎ」の異称の分類
長崎県下の「かわはぎ」の異称(方言事象)は,今日までの調査結果では,およそ次の ように分類することができる。
、長崎大学教育学部人文科学研究報告…第32号 101
①「〜ハギ」類 カワハギ マルハギ ゴーハギ×
ゴハゲ×
ハギ
②「〜ムキ」類
カワムキ<1>
コームキ コームッチョ×
コーブキ×
コムキ×
コムク×
コムギ×
ムキ ムギ×
③「コーベ」類 コーベ
コベ〈2>
スツコベ
コ べ×
ゴベサンx コンベー×
ゴーベー×
ゴ_ベ ゴツペ×
ゴツパ×
④「〜ロッポ」類
キューロッポ×
キュードッポ<3>x キュロッポ×
キュッポ〈4>×
チューロッポ×
ヒーロツポー×
ヒロツポー×
ロッポー ポッポ×
102 肥前長崎地方の「かわはぎ」の方言事象(愛宕)
ポップ ブップ×
⑤「メンボー」類 メンボー メンブ×
⑥「バクチ〜」類 バクチウオ バクチウチ
⑦「ヒーランギャー」類 ヒーランギャー×
シーランギャー×
⑧ その他 ヒーサ×
注 〈1>〜〈4>の方言事象は,それぞれ下記の文献によって追補したものである。ただし,分布図 の作成に当っては,これらの事象の分布地点が確かでないため除外した。
〈1> 「日本西部及び南部魚類図譜」(FISHES OF SOUTHERN&WESTERN JAPAN
edited by T. A. GLOVER durげng 1912 to 1933)〈倉場富三郎〉第19集第16図版の倉場 氏の鉛筆による書き込みの地方名「カハムキ」による。本図譜は,後に原本に忠実に,
1976年長崎大学水産学部編集「グラバー図譜」 (全5巻)として刊行された。当図譜によ れば,1912年(大正元年)5月29日に長崎魚市場に水揚げされた「かわはぎ」を,画家小 田紫星が描いている。
「長崎県産魚類仮標本目録」 (長崎県師範学校所蔵.大正3年9月.P.19)に 「カハム キ」の記載がある。
「長崎県産魚類方言に就て」 (「長崎之水産」第44号.昭和16年11月.倉本三郎.P.3)
に「カハムキ」の記載がある。
〈2>注〈1>で紹介の3文献の「カハムキ」の記載に並んで,すべてに「コベ」の記載が見られ る。
〈3> 「長崎県産魚類仮標本目録」 (p.19)に「キュウドッポ」の記載がある。
〈4> 「長崎県産魚類方言に就て」 (P.3)に「キュッポ」の記載がある。
なお,×印の事象は,「日本産魚名大辞典」に記載のないものを示す。
〔2〕 「かわはぎ」の方言事象に見られる命名発想
(1) 「〜ハギ」類の諸方言事象
「カワハギ」は,すでに和名として定立を見ているものと同形の方言事象であるが・こ の命名は,当魚を,皮をはいで料理するという特徴に基づいていることは言うまでもない・
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第32号 103
「マルハギ」は,おそらく, 「丸々皮をはぐ」の発想になるものであろう。
「ゴーハギ」 「ゴハゲ」の両事象の「ハギ」 「ハゲ」は自明のこととして, 「ゴー」
「ゴ」はどう解されるものであろうか。今のところ筆者は,後述の「ゴーベ」 「ゴベ」な どの頭部要素と同一のものと考えている。
「ハギ」は, 「カワハギ」の省略形であることは言うまでもない。
(2) 「〜ムキ」類の諸方言事象
先の「〜ハギ」類が,皮をはぐという発想であったのに対して,この類は,皮をむく という発想になるものである。
先行の諸文献に見える「カワムキ」 (文献上では「カハムキ」と表記されているが,口 頭では〔kawamuki〕と発音されたと考えられるのでこう表記する)は,文字通り,皮を むいて料理する魚の意に発する。
「コームキ」は, 「カワムキ」の「カワ」が音変化によって「コー」となったもので,
「コームク」は末音節の母音変化(〔i〕〉〔u〕)になるもの, 「コーブキ」は,〔m〕〉〔b〕
の音変化になるものである。
「コームッチョ」は, 「コームキ」に接尾辞「チョ」 (「鯛くエイ〉を「エーガンチ
ョ」と県下の各地で言う)の添ったものと思われる。
「コムキ」 「コムク」は,それぞれ, 「コームキ」 「コームク」の縮形である。
「コムギ」は, 「むく」動詞に対する「むぐ」の濁音形動詞の連用形に発するものであ り, 「コムギ」まで来ると,原発想のほども,かなり解りにくくなると言えよう。
「ムキ」 「ムギ」が,前部要素の省略形であることは言うまでもない。
(3) 「コーベ」類の諸方言事象
「コーベ」類としてまとめられる,一連の方言事象は,いずれも,この魚の特色ある頭 部,つまり「コーべ」 (頭)に着目したものと考えられる。
「コーベ」は,その意味で,この類の原初の事象と言えよう。 「スッコベ」は, 「コー ベ」の縮形「コベ」に,接頭辞「スッ」 (親しみと軽い卑しめ効果の)を添えたものか。
「ゴベ」は, 「コベ」の濁音化したものと考えられる。 「ゴベサン」はその親愛の称で あろう。
「ゴーベー」 「ゴーベ」は,それぞれ, 「コーべ一」 「コーベ」の濁音化をみたものか,
あるいは,「ゴベ」を面形にしての長音化形と見るべきかは,速断を避けたい。
「ゴンベー」は, 「ゴーベー」の長音が携音化したものとも考えられるが,そうであれ ば,誘因として「権i兵衛」への思い寄せがあったかも知れない。ちなみに,魚名の方言事 象には,長崎県下例で, 「エタリ」 (片ロいわし)や「トーゴロー」(とうごろういわし)
が,それぞれ「栄(英)太郎」 「藤五郎」などの人名に発すると考えられるものが,興味深 く謳い出される。
「ゴッペ」 「ゴッパ」も, 「ゴベ」を基にしていると思われるが,両者とも,末尾をバ 行音節化することによって,巧みに, 「かわはぎ」への親近感を宿した接尾辞にとりなし ているように解される。
ユ04 肥前長崎地:方の「かわはぎ」の方言事象(愛宕)
(4) 「侶ロッポ」類の諸方言事象
「〜ロッポ」類は,・「かわはぎ」の水から揚げられた時の特異な鳴き声(むしろ鳴き 音と言った方がよい)や独特の口の動きを取り立てての命名になるものと考える。
「キューロッポ」は, 「キュー」の鳴き音と,空気を呑むように口を動かすありさまを 擬態的に表現した「ロッポ」とを組み合わせた形になっている。 「キュロッポ」は,それ の縮形である。「チューロッポ」も「キューロッポ」と同様の造りである。
「ヒーロッポ」,その縮形の「ヒロッポ」もまた,「ピー」 「ヒ」を,今は鳴き音の擬 声化要素と考えておきたい。
「ロッポー」 「ポッポ」 「ポップ」 「ブップ」は,鳴き音要素を伴わない,[コの動きの みを擬態化した造りになっている。これらは,「キューロッポ」 「チューロッポ」などの 前部要素の省略形と見ることができる。
(5) 「メンボー」類の諸方言事象
「メンボー」 「メンブ」の2事象が見られるが,いずれも, 「メイボ」 (目涜,つまり 麦粒腫,ものもらい)出自と考えられる。
現実に, 「かわはぎ」の方言事象として,山口県萩市では, 「メイボ」が見られる。
「かわはぎ」が,なぜに「メイボ」 (目疵)と発想されたのか。おそらくそれは,あの
「かわはぎ」の,潤んだような目もとが,麦粒腫を病む人の潤んだ目を連想させたことに よるものと考えられる。栄川省造氏も,その著「魚名考」 (甲南出版社.昭和49年.P.
170)で,魚名の「メイボ」に言及され
「目疵魚」の意の呼名である。この魚の目が,目疵(メイボ・モノモライ)のように見 えることからいう。
と述べていられる。
「メンボー」は,おそらく, 「メイボ」からの「メーボ」を経て成ったものであろう。・
「メンブ」は,県下に広く見られるオ段音のウ口音化現象によって派生を見たものであろ
う。
(6) 「バクチ〜」類の諸方言事象
「バクチウオ」 「バクチウチ」の2事象が見られる。これらは,いずれも,「かわはぎ」
が,・皮をはがれ,丸裸にされて料理されることから,搏打に凝る人間が持ち金をはたいた うえ,身ぐるみはがされる様を連想しての,ユーモラスな命名と考えられる。
(7) 「ヒーランギャー」類の諸方言事象
「ヒーランギャー」 「シーランギャー」の2事象が見られるが,今日のところ,これら が,いかなる発想になる命名なのかは判然としない。が,一つの推定を試みるならば,
「ヒーランギャー」は「ヒーラノイオ」 (扁平な魚)に発するものかも知れない。県下に は広く、「タイノイオ」 「タチノイオ」 「クロノイオ」などのように,魚名に, 「〜ノイ オ」を冠する呼称が見られる。
長崎大学教育学部入文科学研究報告1第32号 105
(8) その他の方言事象
「ヒーサ」の1事象が見られる。県下にわりと広く, 「石鯛」を「ピサ」と呼称するの を見るが,明らかに「かわはぎ」を「ヒーサ」と呼称するところも見られる。この「ヒー サ」がどのような発想に負うものかは解らない。ちなみに,栄川省造床は, 「魚名考」の
「イシダイ」の項で, 「ピサ・ヒシャ(九州)」を解説されて(p.69)
いずれも「平」の意味を表す方言であるが,また,岩礁の意味の古語《ヒス》の転呼で もあり, 『岩礁魚』の意でよぶ。
と述べていられる。
〔5〕 「かわはぎ」の方言事象の分布相
県下の「かわはぎ」の方言事象は,どのような分布の姿を見せているであろうか。(『肥 前長崎(県)地方の「かわはぎ」の方言事象分布図』参照)
(1) 「コーベ」類の分布傾向
まず目につくのは,五島列島全域を蔽う「ゴベ」 (一部,西彼杵郡大島町,野母崎町樺 島に分布がある)の,あざやかな分布である。この「ゴベ」と関連させて見ることのでき る「コーベ」 (長崎市), 「スッコベ」 (野母崎町野母,南高来郡有家町), 「ゴーベー」
(西彼杵郡外海町黒崎), 「ゴッペ」 (大瀬戸町), 「ゴッパ」 (大瀬戸町雪ノ浦)などの 諸事象は,五島域を出はなれた本土域に分布を見せているが,その分布域が主として,五
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カワハそ 皿 マ レ田島乙 ゴーハギ」
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コームキ ▲ コームク ▲
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コーへ ● スッコベ ●
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コヘサン Φ ゴンペー ㊥ ゴーべ一 (D ゴ」べ ① コッペ o
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106 肥前長崎地方の「かわはぎ」の方言事象(愛宕)
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調査地点一覧表(番号は調査地点番号を示す)
1 上県郡上対馬町西泊 28 平戸市岩ノ上町 55 西彼杵郡野母崎町黒浜 2 上県郡上対馬町比田勝 29 平戸市大野町 56 西彼杵郡野母埼町野母 3 下県郡厳原町厳原 30 平戸市紐差町 57 西彼杵郡野母崎町脇 4 下県郡厳原町小茂田 31 平戸市志々伎町 58 西彼杵郡野母崎町樺島 5 下県郡厳原町久根浜 32 北松浦郡江迎町赤坂免 59 西彼杵郡三和町川原 6 壱岐郡芦辺町芦辺浦 33 北松浦郡佐々町本田原免 60 長崎市平山町 7 壱岐郡勝本町 34 佐世保市相浦町 61 長崎市千々町 8 壱岐郡郷ノ浦町初山西触 35 佐世保市船越町 62 長崎市大崎町 9 北松浦郡宇久町神ノ浦 36 佐世保市俵ケ浦町 63 長崎市北浦町 10 北松浦郡小値賀町中村郷 37 佐世保市桜木町 64 長崎市茂木町 11 南松浦郡新魚目町津和崎郷 38 佐世保市柚木町 65 長崎市太田尾町 12 南松浦郡新魚目町小串 39 佐世保市西大久保町 66 長崎市江の浦町 13 南松浦郡上五島町奈摩郷 40 西彼杵郡大島町大島 67 東彼杵郡川棚町下組郷 14 南松浦郡上五島町青方郷 41 西彼杵郡崎戸町本郷 68 大村市杭出津郷 15 南松浦郡有川町有ノil郷 42 西彼杵郡西海町太田和郷 69 大村市諏訪郷 16 南松浦郡若松町荒川郷 43 西彼杵郡西彼町宮浦郷 70 大村市木場郷 17 南松浦郡奈良尾町高井旅 44 西彼杵郡大瀬戸町東浜郷 71 北高来郡高来町小江 18 南松浦郡奈良尾町奈良尾郷 45 西彼杵郡大瀬戸町雪ノ浦 72 島原市三会町 19 南松浦郡若松町若松郷 46 西彼杵郡外海町神ノ浦 73 島原市安徳町 20 南松浦郡奈留町船廻郷 47 西彼杵郡外海町黒崎 741 南高来郡有家町 21 福江市久賀町 48 長崎市三重町 75 南高来郡西有家町 22 福江市戸岐町 49 長崎市(旧) 76 南高来郡南有馬町 23 南松浦郡岐宿町岐宿郷 50 西彼杵郡伊王島町 77 南高来郡口之津町 24 南松浦郡三井楽町浜ノ畔郷 51 西彼杵郡香焼町 78 南高来郡加津佐町 25 福江市福江町 52 長崎市竿ノ浦町 79 南高来郡南串山町 26 北松浦郡生月町壱部浦 53 西彼杵郡三和町蚊焼 80 南高来郡小浜町木指 27 北松浦郡生月町館浦 54 西彼杵郡三和町岳路
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第32号 107
島灘に面した西彼杵半島西岸域であるのは注自される。なお,五島列島域の小値賀町には
「ゴベサン」,奈良尾町高井旅には「ゴンベー」,若松町には「ゴーベ」の分布がある。
(2) 「〜ロッポ」類の分布傾向
この類の諸事象の分布傾向上面目されるのは,その分布の主域が,県北の北松浦郡地方,
それに対馬地方に見定められることである。すなわち,平戸市(平戸島)の多くの地域と 北松浦郡江迎町赤坂,同郡佐々町,佐世保市桜木町・相ノ浦町・大野町・柚木町・俵ケ浦 町などに「キューロッポ」,平戸市鏡川町,佐世保市桜木町に「キュロッポ」,生月町館浦 に「チューロッポ」があり,対馬の上対馬町西湘・比田勝,厳原町厳原・久根浜・小茂田 などに「ロッポー」,佐世保市船越町に「ポッポ」が見られる。ただ,北松域を出はなれ た大村湾岸の西彼町宮浦に「ポップ」・大村市杭出津郷にも「ブップ」が見られる。
なおまた,野母半島域の香焼町,竿ノ浦町,野母崎町脇などに「ヒーロッポ」,平山町 に「ヒロッポ」などの分布が見られる。
(3) 「〜ムキ」類の分布傾向
この類の諸事象の分布傾向上注目されるのは,その分布の出域が,本土の南部,特に島 原半島(南高来郡)域と野母半島の橘湾岸域に見定められることであり,はなれた壱岐島 に関連分布を示すことである。
すなわち,南高来郡口之津町,長崎市茂木町・飯香浦町・北浦町・千々町,壱岐島(壱 岐郡)芦辺町・郷ノ浦町などに「コームキ」 (勝本町には「コームッチョ」)が,島原市 三会町・安徳町などに「コームク」,南高来郡南串山北柏ノ浦,同郡ロ之津町・西有家町
・有家町,西彼杵郡三和町川原などに「コムキ」,南高来郡有家町原尾,同郡南有馬町・
小浜町血止などに「コムギ」が,さらに,茂木町,長崎市(旧)などに「ムキ」,長崎市江 ノ浦町に「ムギ」が見られる。
これらの県本土南部域外では,わずかに,西彼杵郡外海町黒崎に「コームキ」 「コーブ キ」が,佐世保市,平戸心志々伎町に「ムキ」が見られるにすぎない。
(4) 「〜ハギ」類の分布傾向
この類の諸事象は,本土域中心に,ほとんど全域的な分布のひろがりを見せている。
すなわち, 「カワハギ」は,県北の佐々町をはじめ,佐世保市野中町・大久保町,東彼 杵郡川棚町,大村市杭出津郷・露橋町・諏訪郷,北高来郡高来町小江,長崎市三重町・太 田尾町・大崎町・江平町・青山町・元船町・出島町・大黒町・大手町・伊良林町・片淵町
・目覚町・西山町・東山町・篭町・若竹町,西彼杵郡香焼町・三和町三二,南高来郡南串 山町など,県下の本土域に広い分布を見せていて,方言事象でありながら,あたかも,
「かわはぎ」魚の共通語的存在を思わせるものである。
また, 「ゴベ」一色の五島列島にあって,有川町や新魚ノ目町には, 「マルハギ」が見 られ,西彼杵郡外海町黒崎,同郡大瀬戸町や北松浦郡生月町などには「ゴーハギ」が,西 彼杵郡崎戸町本郷,生月町などには, 「ゴハゲ」が見られる。また,平戸市,島原市,佐 世保三相ノ浦町,西彼杵郡三和町蚊焼などには,略形の「ハギ」の分布が見られる。
長崎県下に分布する「かわはぎ」の方言事象は,上に見てきた,「コーベ」類,「〜ロ
108 肥前長崎地方の「かわはぎ」の方言事象(愛宕)
ッポ」類, 「〜ムキ」類, 「〜ハギ!類などの有力な4類の諸事象によって,ほとんどが 占あられている。他には,弱少な分布を示す,いくつかの事象群が見られる。
(5) 「メンボー」類の分布
「メンボー」 「メンブ」の両事象があるが, 「メンボー」は,平戸市南部域に, 「メン ブ」は,西彼杵郡外海町神ノ浦,同筆野母崎町脇に分布が見られる。
ちなみに,佐賀県呼子町には「メンブ」,北九州市小倉北区・南区・門司区,山口県下 関市には「メンボー」が見られ,萩市の「メイボ」を介して,島根県の浜田市の「メンボ ー」に連なりを見せている。
(6) 「バクチ〜」類の分布
「バクチウオ」 「バクチウチ」の2事象があるが, 「バクチウオ」は,西彼杵郡野母崎 町黒浜に, 「バクチウチ」は,南高来郡有家町に分布が見られる。
ちなみに, 「バクチ〜」類の方言事象は, 「日本産魚名大辞典」によれば,点々とな がら,ほとんど全国的な分布を見せている。このことばの造りのおもしろさが受けを呼ん で,広く分布することにもなったのであろうか。
(7) 「ヒーランギャー」類の分布
「ヒーランギャー」「シーランギャー」の2事象があるが,「ヒーランギャー」は,西 彼杵郡野母崎町野母・樺島に, 「シーランギャー」は樺島にその分布が見られる。今日ま でのところ,この類の事象は他地には求められず,特異な存在と言えよう。
(8) 「ヒーサ」の分布
「ヒーサ」は,西彼杵郡三和町岳路,同郡伊王島町に分布が見られる。多くの地点で,
「ピサ」 「ヒーサ」の呼称で石鯛を指す中にあって,上記の地点では, 「かわはぎ」の名 としている。扁平な体形の類似によるものであろうか。
以上,県下の「かわはぎ」の方言事象の分布相で注目されるのは, 「コーべ」類のもの が五島列島域主脳とし, 「〜ロッポ」類のものが県史域,対馬を町域とし, 「〜ムキ」
類のものが島原半島,橘湾岸域を主域(はなれて壱岐島に連なる)とした分布を示すのに 対して,「〜ハギ」類は,「カワハギ」を主事象としながら,本土の全域に広く分布を 見せることである。
地域本位に言えば,西彼杵・野母両半島の西岸域,樺島は諸事象が入りくんだ複雑な分 布相(五島主域の「コーベ」類事象の分布を見せる これは両者間の何らかのかかわり を示唆するものであるが一ことも含あて)を描いて特徴的である。島原半島を分布の中 心とする「〜ムキ」類の「コームキ」が,遠くはなれた壱岐島に連なりを見せることと ともに注目される。これらの分布事実に,いかなる事情がひそんでいるのかは,にわかに 明らかにしえないが,あるいは,漁業にかかわっての海上交通,交易などと何らかのかか わりがあるのかも知れない。ともあれ,このことへの考察はまた後日にゆずりたい。
ところで,県下に見られる「かわはぎ」の諸多の事象の分布は,いったい県外他域とは どのような関連を見せるものであろうか。 (「メンボー」類, 「バクチ〜」類について
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第32号 109 はすでに言及した。)とは言っても,県外資料に乏しい現在,主には, 「日本産魚名大辞 典」によるほかないが,その範囲で解る主要なことは,次のようなことである。
1「〜ムキ」類 「〜ロッポ」類の諸事象の分布は,どうやら,玄海灘に面した島喚や 沿岸域を主治とする分布を示しているように見受けられる、。
2「コーベ」類の諸事象の分布は,県外近隣域への連なりは見られず,一見,本県独自 の事象群に映るが,これが遠くはなれて,紀州和歌山県下に,興味ある,色濃い連な りを見せる。(「日本産魚名大辞典」から関連事象を拾うと, 「コウベ(コオベ)」
「コ:オベハゲ」 「コベ」 「チンチンコオベ」などがある。)
3「〜ハギ」類の諸事象のうち「カワハギ」は,ほとんど全国的な規模の連なりを見 せる。一方,五島列島の新魚目町や有川町に分布する「マルハギ」は, 「日本産魚名 大辞典」記載の「マルハゲ」 (明石,和歌山県和歌浦)を思わせるが,これがまた,
和歌山県との連なりを見せるものとして注目をひく。
五島列島の,例えば奈良尾町(東支那海を漁場とする「まき網船団」の基地として有名)
の漁業の創始は,和歌山県からの渡来,移住者に負うところが大きいと,郷土史家によっ て指摘されてきたく1>が,上に見た「かわはぎ」の方言事象の色濃い相関性は,あるいは そのことを裏付ける事態として注目されよう。
泣く1> 例えば, 「五島編年史(上)」 (中島功著・監修五島文化協会.昭和48年,p.209)の 「奈良尾」にふれたところに, 「慶長年間一鰯猟師始メテ来ル,後,紀州ノ人来リテ漁り次 第二隆盛二向ヘリ」とある。奈良尾に限らず五島の漁業(捕鯨に関しても)に,紀州人の進 出が,あちこちにあったようである。
お わ り に
:方言人の諸般の事物に対する命名がそうであるように,いわゆる魚類に対する命名発想 もまたユニークで,柔軟であり,命名感覚の鋭さ,命名心意上の洒落,譜虐,滑稽を看取 することができる。
県下の, 「かわはぎ」の多彩な方言事象のうえにもまた,私どもは,命名発想のユニー クさを見ることができる。
命名されたものは,魚の名前,魚名ではあるが,見方を変えれば,それは,いわゆる方 言魚名に投影された,方言に生きる日本の民衆像とも言うことができる。
民衆としての方言人が,子ども大人をとわず,一風変った,ひょうきんものの「かわは ぎ」と,日常生活の中でどんな交わりを結んできたのかの(それは,ただに食用の対象と いうかかわり方にとどまらず),確かな証として,方言魚名はあると受け取ることができ
る。
かつて,渋沢敬三氏が「日本魚名集覧」 (第1部,第2部,角川書店)を刊行された昭 和33年当時,当書に収載の「かわはぎ」の異称は62であった。その後およそ23年忌経て,
昭和56年忌刊行を見た「日本産魚名大辞典」に収載のそれは,102を数えるに至っている。
このことからすれば, 「かわはぎ」の異称(地方名,方言魚名)は,全国的な精査によっ て,さらに数多く発掘されるに違いない。最終的に,全国規模で精査を経た「かわはぎ」『
の異称の総体は,まさに日本民衆の,この魚とのふだん着ままの生活的な交わりを語る,
茂10 肥前長崎地方め「かわはぎ」の方言事象(愛宕)
かけがえのない証として,まことに興味深いものがある。
かつて,串田孫一氏は,宇都宮貞子氏の「草木ノート」 (読売新聞社・昭和45年)に序 文を寄せられ,その中で宇都宮氏の仕事を「植物民俗学」と評された。宇都宮氏は,長く,
わらじ履きで信州の山村を歩かれ,そこに暮す人々と,まわりのもろもろの植物との,生 活の中での深い交わりを見事に明らかにされ,まさに「植物民俗学」を実践されたのであ った。今,ζれを移して,魚類と地域の民衆との交わりを多面的に考えていこうとする研 究を, 「魚類民俗学」と呼ぶことができるものと考える。このように予定される「魚類民 俗学」にとって,まず重要な地位を占あるのは,方言魚名の精査(「もの」との対応を確
かにした)と,得られた事象の命名発想の確かな把握であろう。
まことに多彩な異称を背負う「かわはぎ」は, 「魚類民俗学」の試みを誘う,最も有力 な魚種の一つと見なすことができよう。
ここに一つ興味を覚えるのは, 「かわはぎ」を英語で,①「:File fish」,②rporky」,
③rThreadsail file〜fish」と表現し,中国語では,俗語で,④「皮剥魚」と表現してい ることである。①は,体表のざらざらした感触をヤスリにたとえたと考えられるし,②は,
「山あらし」の目への連想が考えらる。③は,「かわはぎ」の棘を「緩り糸の帆」にたと えたものと思われる。④は,まさに「かわはぎ」そのものである。
国を越えて,この魚への命名の発想はおもしろく,国内での方言魚名と発想を一にする もめがあるのは,方言人の方処的な発想が,むしろ国際的でもあるわけで,深い興味を覚
える。
付記 この稿を成すに当って,本学水産学部道津喜衛教授,教育学部鉄村春生教授,教養i部中田喜 勝教授の三氏からいろいろと御教示を戴いた。記してあつくお礼を申し上げる次第である。
(昭和57年10月31日受理)