緩和ケア病棟患者と家族の抑うつと心理的苦痛につ いて
著者 幸田 るみ子
雑誌名 人文論集
巻 66
号 2
ページ 1‑10
発行年 2016‑01‑29
出版者 静岡大学人文社会科学部
URL http://doi.org/10.14945/00009304
緩和 ケア病棟患者 と家族 の抑 うつ と 心理的苦痛 について
幸
田
るみ子
1
問題 と目的2007年にがん対策基本法が施行 され
,「
がん患者および家族の音痛の軽減 と療 養生活の質的向上」力=目標 として掲げられた。緩和 ケアの推進が図 られ,身体 的苦痛の緩和だけではなく,精神的,社
会的およびスピリチュアルな苦痛への 対応の必要性 も示されている。 しかし臨床現場では,痛
みに対するコントロー ルなど身体的昔痛に対する対策は進んできたが,その他の苦痛に対する対応は,多 くの課題が残されている。がん患者は
,何
に困っているのか?がんの診断に至る経過
,治
療過程,再
発や転移が発見された時,積極的な治療が中止になっ た時,緩
和ケアヘの移行過程 など,様
々な場面で心理的な音痛を感 じる可能性 があるが,その実態把握は不十分である。更にがん患者の家族は,患者同様に
,が
ん治療や看病の経過で様々なス トレ スを経験する。 そのため,「家族 を第二の患者 と捉えケア してい く必要性」(Lederberg,1998)力S言われている。 またがん患者の家族は,患者を亡 くした 後,悲嘆反応が強 く長期間持続 し,「日常生活に大 きな支障をきたす複雑性悲嘆
(comp■
cated gieOと 呼ばれる状態に陥る者が10〜
30%存在するJ(中 島,2012)という報告がある。緩和ケア病棟では
,が
ん患者の家族は,悲嘆が生 じる前段 階の看病の時期から患者の音痛を共有 し,かつ予期悲嘆を経験 している。従っ て,患者 との死別後に心理的ケアを必要 とする可能性のある家族を早期 に発見 し,適
切な介入や複雑性悲嘆に陥 らないための予防的介入の可能性 を検討する ことも必要である。そこで今回,緩和ケア病棟入院中の患者 とその家族に対 して,抑うつ症状お よび心理的苦痛を把握することを目的に前方視的な調査を行った。そして,今
後のがん患者および家族に対する心理的ケアの一助にしていきたいと考えてい る。
‖ 方法
lk選
:官
簡1に
併設された緩和ケノ病棟に夫院する患者およびをの家族 を対 象 とした。 │2.調
査内容1)抑
うつを判定するスクリーニング尺度である二質問法 (Whooley,1997) を施行 した。二質問法は,身
体疾患の治療を行 う内科やプライマ リ・ ケ アでうつ状態のスク リーニング倹査 として用いられ,簡
便に回答できる こと,および「2つの質問両方に『はい』 と解答した場合約9割がうつ 状態だった」(尾
崎,2002)と する疫学調査の報告もあるため, この尺度 を採用 した。 ●2)構
造化面接でうつ状態の程度を評価│するMontgomery AsberをDcprcssiOn
Raing Scale(以 下MADRSと 略記す)を施行 した。構造化面接で抑 うつ の症状 を確認 してい く尺度であ り評価者間一致度 が高いこと, うつ状態 の症状の中で身体症状を極力排除 し,精神症状を中心に質問項 目が設定 されているという特徴があること,上
島ら (2003)に よって日本語版の '信頼性 と妥当性が検証されているため, この尺度を採用 した。3)過
去の全がん医療経過の中で最も苦痛だった体験 と現在の悩みに関する 半構造化面接を行った。3.調
査手続きと倫理的配慮A総合病院内に併設された緩和ケア病棟に入院した患者家族の中で,せん妄
や認知症のため面接調査が困難 な者,入院後の余命が日単位であると予想され 面接調査が困難な者を除外 し
,面
接法で調査を行つた。対象者 1名 に対 して1 回,約50分の面接調査を行った。調査の目的,内容および調査は任意であり参 加 しな くても一切不利益は無いことを回頭および文章で説明し,同意が得 られた者を調査対象 とした。 i
‖ 結果
1.対
象者の特徴対象者は,緩和ケア病棟入院患者
74名
(男性35名
,女性39名
),患者家族31名
(男性H名 ,女性20名
),合計105名
だった。調査協力者は全入院患者の約35%‑ 2 ‑
だった。
2.二
質問法の結果二質問法 の1問目抑 うつ気分 に「はい」 と解答 した者 は
74名 (705%)だ
った。2間日興味関心 の喪失 に「はい」 と解答 した者 は
87名 (829%)だ
った。1問目2間日ともに「はい」 と回答 した者 は,66名
(629%)で
あつた。(図 1)3 MADRSの結果
MADRSの
平均点191点 (±73)で
あ り,「
正常範囲 とのカ ットオフポイン ト である11点
」(Zinlmerman,2004)以上の者が78名 (743%)で
あつた。4.半
構造化面接結果半構造化面接の結果を,質問項 目ごとに
IC」
法で分類 し内容分析を行った。分類は3名 で行った。
1)「現在の悩み」に関して
複数回答可 としてインタビューを行い,全部で
163作
の回答を得た (図2)。KJ法で分類 した現在の悩みは,【現在および将来の不安】20件,【身体機能 の低下への辛 さ】20件が最 も多かった。現在および将来への不安の内容は,
「1人になると不安で落ち着かない」や「急に不安になることがある」といつ た漠然 とした不安焦燥感 を訴える者 と,「また痛みに襲われて苦 しくなるん じゃないか と心配」や「死ぬ時は辛いん じゃないかと不安で仕方がない」な ど具体的な事柄に対する不安を訴える者がいた:身体機能の低下人の辛さは,
「1人 で トインに行けなくなつたのが情けない」「こんなに急に動けなくなる とは思わなからた
J「
自分の身の回りのことがどんどん出来なくなるのが辛い」「人を呼ばないとトイレも行けないのが申し訳ない」など,自分の予想以上 に,急速にまたは重篤に身体機能の低下が起 こったことのショックと共に, 強い自尊感情の低下が認められる者が多かった。
次に
,【
死に関連する問題】が17件
と多かった。その内容は,「
もうダメだと 分かっているが,いつ死ぬのかが分からないのが苦痛」や 「死ぬ時は苦しい のか ?ど の様にやってくるのか?」
など死に方や死の迎え方への戸惑いを語 る者 と,「お墓は作 らず別の形(散
骨や樹木葬)にしたいがどうしたらいいだ ろう?」
「死ぬ前に洗礼を受けたい。神様に向こうに連れて行って欲しい」な ど具体的なお墓や死の準備について悩んでいる者があった。4番 目は
,【
家族に対する自責感】が15件
と多かった。「娘の負担になってい る」「親 より先に死ぬのが申し訳ない」「いつまでも生きていると入院費がか かって妻に残すお金が減ってしまって家族の負担になる」など,残
された家‑ 3 ‑
族に対 して,自分が家族の負担になっているという自責感が強 く語 られてい た。
また
,希
死念慮17作
,抑うつ気分14件 ,不
llE10件,意
欲低下6件,倦
怠感 6件とうつ状態に関連する訴えが合計で53件あった。2)患
者本人が感 じる「過去のがん医療経過の中で最 も苦痛だった体験」に 関 して総数
105作
の解答を分析 した(図
3)。 0法で分類 した結果,船
療法がない と言われた経験】が22作と最 も多かった。その内容は,「もうこれ以上やるこ とは無いので,当院に来なくていいJ「
治療法はない。うちではみれない」「医 学的にはもうやれることは何もない。後 は好 きにして下さい」 と説明された 経験が語 られ では自分はどうしたらいいのだろう?と非常に戸惑い,突き ,された気持ちになったと語る患者が多かった。上記 と関連 して 【退院・転 院を促 された】 という回答 も13件
と多かった。具体的には,「もう治療をしな い人は長 く入院させてはおけない」「重症の患者がベ ッドを待っているので,治療 しない人は退院を…。」「ここは重症の人が入院する病院なので,治療 を しない人は別の病院へ移って下さい」など
,が
んで死ぬかもしれない者は重 症ではないのか!と
怒 りを感 じた者,見
捨てられた感覚を持った者が多かっ さらに 【医療機関への苦情】が16件
と多かった。具体的には,転院を促さ れたので病院の相談部のケースワーカーに相談に行ったにもかかわらず「緩 和ケアや在宅医療は皆さん御 自分で探されています」 と言われ対応 してもらえなかった。
70歳
代の高齢の家族で全 くインターネットを使ったことがな く 他に支援する家族 もいない人に対 して,「転院先はインターネットや各病院の ホームページで探 して下さ.い
」 と説明されて終わった。「転院出来ると言われ て退院したら転院先の病院は満床で入院できなかった」「抗がん剤を使わない なら別の病院へ移っで下 さい」など,退
院・ 転院・ 入院など医療サービスを どう受けるかに関わる問題が多 く挙がっていた。3)家
族が感 じる「現在の悩みJに関して総数58作の解答を分析した て図4)。 0法で分類した結果,【自責感】力
'14
件と最も多かった。その内容は,「自分がもっと早く症状に気付いていたら助 かったかもしれない」「今までに本当はもらと自分が何かできたのではないか」と家族の病状の深刻さに対して 自分に責任がある"と 自責的になっている 回答が多かった。次に 【看病の困惑や相談】と 【予期悲嘆】力S9作 だつた。
た 。
, 4 ‑
具体的には
,「
患者が何を希望 しているのか,どう声を掛けてあげたちいいか 分からないJや 「何をしてあげたらいいか分からない」など看病 してい く上 での戸惑いが語 られた。予期悲嘆に関しては,「
家族を失 うことが受け入れら れない」「家族が亡 くなった後 一人になるのが不安だ」「自分の感情が不安定 で落ち着かない」 といつた,近
い将来家族を亡 くす ことに対する予期悲嘆が 生 じている者が多 く存在 した。Ⅳ 考察
1.抑
うつ症状について緩和ケア病棟入院中の患者および家族 ともに,抑うつのスク リーニング尺度 である二質問法の2つの質問に「はい」 と答えた者が約6割
,抑
うつ状態の程 度を評価する構造化面接であるMADRSの
得点が11点
以上の者が約7割であつ た。がん患者のうつ状態の頻度については多 くの疫学調査があるが,「
調査対象 者の病期や身体状態,がんの種類, うつの評価方法の違いなどにより, うつ状 態で0〜58%」 (河
瀬,2008)と いうレビューがあるが,今回の調査結果はその 上限よりも高値であり,予想以上にうつ状態が疑われる者が多かった。「医療ス タッフはがん患者の うつをしばしば見過 ごしている」(Fau∞
deld,2001)と い う指摘があり,患者家族のうつ状態はさらに見逃されている可能性が高いと思 われる。臨床的には, うつ病の症状なのか,が
んに伴 う症状なのか判断が難 し いケースに出会 うことは少なくない。しかし,「判断が難 しいような場合は,精神症状を過小評価 しないためにうつ病の症状 として含めるのが臨床上実際的で あるので,推奨されている」
(清
水,2007)と言われている。医療者が抑 うつ症 状を提える目を養い,抑うつ症状の可能性 として配慮 してい くことが望まれる。2.コ ミュニケ=ションの問題
今回のインタビュー項目の一つである「過去のがん医療経過の中で最 も苦痛 だった体験」は
,過
去を想起 しての質問項 目であ り,本当にそのような体験 を したかどうかは確かではない。 しかし,全てのがん医療体験の終末期に,患者 または家族がその様に認知 し,最
も音痛だつた体験 として想起 していることは 事実である。上位3項目「治療法が無い」 と言われた体験,退
院・転院を促された体験,医療への音情体験の3つとも,Negativeな情報を相手に伝える際に,
もう少 し相手の音痛に配慮 したコミュニケーションを行っていたら, もう少 し 相手の状況を把握 して発言 していたら,担当医療施設 と転院先の情報交換が十
‑ 5 ‑
分になされていたら等々, この苦痛が軽減できた可能性がある。つま,医療者 と患者間のコ ミュ■ケーシヨンの問題があることがうかがえた。がん医療にお ける患者 :医療者間のコミュニケーションの重要性 は,藤森 (2007),Ishibwa (2002),Mager(2002)など多 くの研究報告がある。
「がん患者の治療過程 をサポこ 卜してい くためには,患者―医療者間の適切な コミュニケーションが不可欠であること,そ して,患者の気持ちに寄 り添い
,
患者の気持ちや気がか りを探索するスキルを身につけなければならない」
(小
山 敦子,2013)と いう指摘もある。現在Negaheな情報を伝える工夫 として, 日本緩和 医療学会 と日本サイコオ ンコロジご学会で行 っている緩和 ケアのための医師の教育 プ首グラムである PEACEプロジェク トの中でも,コ ミュニケイションスキル研修 として啓蒙普及
活動が行われている。しかぃ まだまだそあ啓蒙普及は不十分であり,改めて
Negadveな 情報をいかに伝えるか
,配
慮の必要性が示唆された。│.が
ん患者家族の音痛についてがん患者の家族は,患者 を亡 くした後
,悲
嘆反応が強 く長期間持続 し, 日常 生活に大 きな支障をきたす複雑性悲嘆 (comphcated gHef)と 呼ばれる状態に 陥る者が10〜
30%存在するという報告がある(中
島聡美,2012)。
もともと複雑 性悲嘆は、災害や事故で大切な家族 を突然に失った家族に生 じる心理的問題 として問題視されていた。 しかし
,が
ん患者家族の場合は,が
ん告知から始 まっ て,長い治療・ 闘病生活の中t長 期的に負担を感 じながら看病を続 けている。しかも,本来 は心配や不安な出来事を共有 し,相談相手 となっているはずの家 族メンバーが患者 として闘病生活を送っている場合が多い。その脱 「家族は患 者の前で自らの苦悩 を話すことに踏躇することが多い」(Lederberg,1998)と し`う報告もあり,ス トレスをため込んでい く傾向がある。
上方,Boelenら (2007,2008)が複雑性悲嘆の回復を妨げる要因として① 自 責感②喪失の状況や結果に対する事実を誤認 した反郷③死 を受け入れることの 回避④情動不安定⑤サポー トの乏 しさ等を指摘 している。今回のインタビュニ で得 られた家族が感 じる「現在の悩み」は,この複雑性悲嘆の回復 を妨げる要 因 と一致 している部分が多い。がん患者の家族は,患者を喪 う以前の間病生活 の時点か ら
,将
来の悲嘆からの回復 を妨げる要因にさらされ続 けている可能性 が示唆された,家
族が患者を喪った後,複
雑性悲嘆に陥らないような援助の必 要性が示唆された。死別体験は誰 もが経験する出来事であるが,人
生の中で最 もス トンスが高い出来事の1つで もある。「回復のベースは個人差が大 きい」‑ 6 ‑
(Zisook,2009)と言われ,個人差 に合 わせ た柔軟 な対応 が望 まれ る。
また家族 の苦痛 の中では,「看病 の困惑や相談」が2番目に多い回答 だった。
がん患者の家族 は、「自分たちは何 もできない」 と無力感に苛 まれていた り
,「
自 分 たちの看病 が正 しいのか悩 んで病 んでいる」場合 が多い と言われ(大
西秀樹ら,2014)る。 まず,家族 に看病 による疲労がないか どうか常 に注意 して見守 る必要 がある。 その中で,家族 に疲労が認 め られ る時 は,看病 を続 けてい くた めには時には休養 も必要であることを説明 した り,F何か したい』 とい う希望が 伺 える時 は,看護 師 と一緒 にで きるケアの方法 を提案・ 指導 す るな ど
,状
況 に 応 じた介入 が必要 である。4.今
後の課題 ・緩和 ケアでは
,が
ん患者 の家族 に悲嘆が生 じる前段階の看病 の時期 か ら接触 がある。患者 との死別後 に心理的 ケアを必要 とす る可能性 のある家族 を早期 に 発見 し,適
切 な介入や複雑性悲嘆 に陥 らないための予防的介入 の可能性 を検討 することは,非常 に意義があると考 えている。また
,悲
嘆の過程 に影響 を与 える媒介要因の1つとして,遺
された家族(故
人)に対する愛着 の性質(愛
着の強 さや安定性)力`あげられてい る。不安定 な 愛着関係 は,患者 との死別後,悲
嘆か らの回復 を妨 げる要因になるとも考 え ら れる。今後,が
ん患者家族 の悲嘆 について,患者 との内的作業モデルの安定性(タイプ)の視点 で調査 を進 めてい きたい。そして,抑うつ症状 と複雑性悲嘆 と 内的作業 モデルの関連 を検討 し
,今
後 の家族 に対す る心理的援助 に役立ててい きたい と考 えている。V 文献
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74‑ 8 ‑
90 80 70 60 50 40 30 20 1︒
0
1間
目74名 (705%)
2間
目 87名(329%)
両方60名
(629%)
質 問
1
質問2
両方 図1.二質問法 の結 果現在・将来への
2ol+-,13%
意欲低下′
4%
治療に対する 心配′10件′
睡眠の間
tol+,7%
抑うつ気分
,■
{f,sxg6s-31nnU
責感,15件′10%
図
2患
者 の現在 の悩み身体的機能
T,201+, L3%
死に関する 17件′11%
死念慮,17件′ 11%
‑ 9 ‑
倦怠感,6件′
・退院を
促された′
■
3件′130/o
冨
1作用′■ 4f4′
140/●
■6引
し■60/●
図3過去のがん医療経過で最も苦痛だつた体験
図4家族の苦痛
‑10‑
自章島 ■4件′
進行がん再発 の告知′
■■