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山一証券 自主廃業 をめ ぐる 新聞投書 にみるジェンダー

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山一証券 自主廃業 をめ ぐる 新聞投書 にみるジェンダー

1.なぜ、山一証券 自主廃業 をめ ぐる新聞投書か

2.戦40年間の投書の文体 について

3.今回の調査方法 と結果

4.戦40年間の投書の文体 との比較

5.山一証券 をめ ぐる投書の内容 の分析 (1)「批判」 をめ ぐるもの

(2)「個人的経験」 をめ ぐるもの

(3)「社員への同情/励まし」 をめ ぐるもの (4)ま とめ

おわ りに

補足 (当事者か らの投書)

1.なぜ 、 山一証 券 自主廃業 をめ ぐる新 聞投書 か

まだ生々 しい記憶である。1997年11月 22日、山一証券 自主廃業のニュース が社長の号泣 とともに日本全体 をかけめ ぐった。社員の大半にとって も寝耳 に 水の事件であった とい う。 日本国内の多 くの者が予想 もしていなかった、大手 証券会社の うちの一角が くずれ、 まさにタイタニ ック号の悲劇 を思わせ る事態 となった。新聞各社 は、 こぞって、発表直後 より、社会面 において も、企業の 経営破たんに関す る、特 に山一証券の社員 とその家族 をめ ぐる、特集 を組 むほ どであった。ヽ この ことは、山一証券 自主廃業が、単なる経済的な事件 を表 して いるだけではな く、社会的な出来事 として も認識 されていることを示 している。

それはまたマスメディア として大 きな役割 を果た している新聞各紙の投書欄 に はっきりあ らわれ、座視で きぬ現象 として迫 って くるものであった。

本稿では、そのような社会的な出来事を、私がこれまで取 り組んできた新聞

‑145‑

(2)

投書の調査 とそこでの方法 をふ まえ、また、私の問題関心事で もあるジェンダー 視点か ら、この出来事 の社会言語学的意味 を明 らかにしてい くものである②。つ いては、それに先が け、先行す る二氏の新聞投書 に関す る研究 を簡単 にで も概 観 してお きたい。

国緒英子(1987)は、投書の内容 を4つに分類 し、特 に、その中で、意見主張 タイプは男性の投書 に、随筆 タイプは女性の投書 に多 くみ られると述べている。

また、男性 の投書 には、抽象的な表現や、かたい表現が使われ、一方、女性の 投書 には、具体的で、バ ラエティに富んだ表現が使われていると指摘 している。

このように、投書 において、男女差がみ られると確認 している。

佐竹久仁子(1995)は、国緒の研究 をふ まえ、 さらに、調査項 目を増や し、 よ り広範囲に、 より緻密 に投書の分析 を試みている。その上で、投稿者の取 り上 げている項 目についてみてみると、女性では特 に、私的なテーマの ものが多 く、

男性の投書 には公的なテーマの ものが多 く、「政治や社会 は男の領域、家庭や 日 常生活 は女の領域」 とい う通念が成立 しているので はないか と、佐竹 は結論 じ ている。ヽ 今回の山一証券 自主廃業 とい う出来事 自体 は、佐竹 の ことばで言 え ば、公的なテーマに入 るものだろうが、約7,500名の社員の解雇 による、家族 への影響 を想像すれば、私的なテーマにも展開 してい くもの と考 えられた。案 の定、新聞の社会面での特集がその ことを物語 つていた。

本稿 は、以上の二氏 の研究 をふ まえなが らも、 さらにジェンダー視点か ら投 書内容 に立 ち入 って積極的 に考察 してい こうとす るものである。すなわち、投 書文の表現 の性別上の特徴が どうであるか、あるいは、投書のテーマが私的か 公的か、 とい う調査 にとどまらず、投書内容のなかにジェンダー上の問題がい かに表れているか、 どう読み とれ るか、 この点 にも焦点 をあてていきたい と考 えている。 さらに、 もう一点、本稿の特徴 をのべてお くな ら、私が取 り組んで きた戦後40年間 (1955年 〜1995年)の新聞投書の文体 の変遷 の歴史のなかで、

今回の調査結果の意味づ けも行 なってみたい。

2.戦40年間の投 書 の文体 につ い て

そこで、山一証券 自主廃業 をめ ぐる投書の分析 に入 る前 に、煩瑣 になるか も しれないが、かつて行 なった調査 について、本稿のテーマににかかわ るか ぎ り で紹介 してみたい。 そこでは、『朝 日』を対象に、戦後40年間 (10年 ごとに、

10月 ― ヵ月分のみ)の投書 を、 ジェンダーの視点か ら検討 している0。 調査す

‑146‑

(3)

る上で参考 にした佐竹(1995)では、『朝 日』『毎 日』『読売』の3紙に掲載 された 1995年度の 2ヵ 月分の投書 に限定 して、細か く項 目をたてて、分析 を行 なって いる。詳 しくは、佐竹(1995)にゆず るが、結論 として、前述 した ように、傾向 的な男女差がみ られた とい うことである。

拙稿(1996)では、佐竹(1995)の調査 した項 目のなかか ら、女性 の投書 にもっ とも頻繁 に使用 されているものを選びだ し、4項

(「

私」、「思 う」、丁寧体、

身内への言及)に絞 りこんで調査 している。 また、調査対象の時期 を拡 げ、戦 後の社会状況が投書 にどの ように反映 していたかについて も考察 している。 こ

こで絞 りこんだ項 目について、簡単 に説明 してお きたい。 まず、「私」「思 う」

とい う語彙の使用 について、 よ く論文 を書 く際 に、 また今では大学受験の小論 文 の指導で も行 なわれているらしいが、 これ らの語彙 は、極力避 けることとさ れている。 これ らを使用すると、主張が弱められ、客観性 に欠けると解釈 され る恐れがあるとされている0。

丁寧体 の使用 については、投書の性別判断調査 を通 して、 ジェンダー認識 を 文体か ら探 った拙稿(1997)で指摘 して きた ことだが、丁寧体で書かれ る投書 は、

女性 の もの とする割合が男女共 に高かった という事実 に裏付 けられている ヽ 身内への言及 については、「女 は内」と言われるように、 また、佐竹(1995)に も指摘 されているように、女性 は家庭 の ことを、家族や親戚関係の ことにふれ なが ら述べていることが少な くない。佐竹(1995:62)では、個人的事情 の叙述 の うち、「夫、妻、子、孫、母、父」な ど家族 をあらわす語が使われる割合が女 性の投書では52.1%、 男性の投書では24.2%である と指摘 している。

また、 さらに、新 しい試み として、以上の4項目全て使用 しているものを女 らしい文体、全 く使用 していない ものを男 らしい文体 と仮定 して、分析 してい る。ちなみに、本稿の末尾で、女 らしい文体、男 らしい文体 で書かれた、実際 の投書 を例示 してみたので参照 されたい。

以上の ような項 目にそ くして40年間の投書 を調査 した ところ、佐竹 の調査で 指摘 された男女差 も、戦後史のなかで、縮 まってきていることが分かった。以 下の表がその調査結果である。それにつけ加 え、その後 さらに調査 した ところ の、最近の2年間の投書 の分析 も紹介 してお きたい。

‑147‑

(4)

戦後40年間の「声」欄 にみる移 り変 り(それぞれ 10月 の一 ヵ月分のみ

)

3.今回の調査方法 と結果

調査対象は、山一証券の自主廃業 を発表 した翌 日の 1997年 11月 23日か ら 12月 31日 までの『朝 日』

(「

声」)『毎 日』

(「

みんなの広場」)『読売』

(「

気流」

)

(いずれ も東京版)に掲載された投書のうち、「山一証券」または「大手証券会 社の自主廃業・ 破たん」等の用語が使われているものとした。その他、女性だ けが投稿できるものも調べてみたが、あてはまるものは、『朝 日』

(「

ひととき」

)

に 2つ あった。なお、その後の投書についても、必要に応 じて紹介 したい。

山一証券自主廃業関連の投書数は、以下の通 りである。

『朝 日』 36(う  男性 22(61.1%)

『毎 日』 19(      13(68.4%)

『読売』 5(      2(40.0%)

女性 14(38.8%)(1晃堵うすでの

6(31.6%)) 3(60.0%))

()は%

年 度

1965

性 別

女 女 女

女 男 女 男

22(44.9)

2(66.9) 1(38.6) ,2(53.1)

5(47.4) 19(69.0) 14(29.0)

思 う 9(52.9) ,2(38.8)

8(571)

70(44.3) ;5(56.1) 49(35.4)

'0(42.3)

19(41.8) 14(48.3) ,0(416)

丁寧体

15(25.4) 6(35.4)

5(71.4) 22(161) 25(208) 14(46.3)

身内への言及

0 13(26.5)

2(32.7) ,2(35.1) 14(11.6) :5(36.8)

(全

てあり)

0

2(4.1)

0 0

(全

て無し)

16(28.9) 15(28.4) 12(12.2) 13(31.4) 14(15.3)

投書合計

37(61.6) 23(38.3)

( )は男女比

全体 として、男性の方が多 く投稿 しているが、この割合 は、戦後40年間の投書 の男女比 の傾向 と一致 している。ちなみに、『朝 日』で まとめた投書 についての

‑148‑

(5)

記事 (1997年 12月 31日 付)によると、1997年一年間の投稿数 と掲載数の男女 比 は以下のようになっている。

投稿数 掲載数

男性  22,706(64.2%) 男性  1,341(54.4%)

女性 12,655(35.8%) 女性 1,125(45.6%)

今回の投書 の男女比 は、 これ までの傾向 とほぼ共通 していることが分か る。 さ らに、確認 しておきたい こととして、『朝 日』のまとめで も指摘 されていたが、

女性 の投稿が増 えている とい うことである。1955年 10月 一 ヵ月分の『朝 日』で の投書の掲載数(率)が男性59(77.6%)女17(22.3%)で あった ことか らも実 感で きるだろう。今回の山一証券 自主廃業 とい うテーマは、どち らか とい うと、

佐竹 の分類では「公的なテーマ」に入 って しまうものだが、女性 の投書 も多 く、

性別 を問わず、その関心の高 さのほどを示 して くれ るもので、テーマだけか ら で は、性別の判断はで きに くくなっている。

また、投稿者の年令、及び職業 については、以下のようになっている。数値 は、投書数である。

年 令 20 ft 30代 40 ft 50 ft 60代 70 ft 80代

男 性 女 性

職 業 会社員 無 職 主 婦 そ の他 男 性

女 性 1

また、投稿 について、渦中の山一証券 に勤 めている当事者か らの もの、あるい は、当事者の家族、知人等か らの ものをみてみると以下の通 りである。

当事者 当事者の家族、知人

男 性 1(息

)

女 性 1(「ひ ととき」

)

2(主)1(母 )2(友人 の主人

)

これ らの数字か らみえて くるのは、男性の投稿者 は、60代以降で無職 とい う立 場か らの ものが多 く、 さらには、当事者 としてではな く、第二者 として投稿 し ている。一方、女性の場合 は、50代までに とどまり、主 に30代か ら50代に集

―…149‑―

(6)

中し、また、主婦からのものが圧倒的に多い。 この年代の立場 とすれば、自身 の夫が働 き盛 りであることがよめて くる。さらに、当事者、あるいは、当事者 の知人 として、投稿する場合が少な くない。 ここが、男性の投稿者 との違いで ある。後述するが、当事者 として、つまり山一の社員であるということでは、

男性が圧倒的にその率が高いだろうし、 また、当事者の家族や知人、つまり、

当事者の夫であった り、友人の妻 という関係はあったはずだが、そのような関 係からの投稿が皆無であることは、何かを物語つているように思われる。

4.戦40年間の投書の文体 との比較

前に述べたように、私はこれまで、『朝 日』について、戦後40年(1955〜 1995) の投書をジェンダーとの関わ りで調べてきたが、全体的な傾向 として、調べた 項 目「私」、「思 う」、丁寧体の使用、身内への言及は、いずれ も女性の方がよく 使用し、全ての項目を満たす投書は、圧倒的に女性のものが多い。拙稿(1996) では、全ての項 目を満たすもの (①)を女 らしい文体の典型 とし、全ての項 目 を満たさないもの (②)を男 らしい文体の典型 と仮定 した。 しかし、その差 も 縮 まってきてお り、特に、丁寧体の使用、身内への言及は、男性 も行なうよう になってきている。1995年 以降になると、このことがはつきり現われている。

今回の投書 について、同様 に項 目ごとに調べた結果 は、以下の通 りである。

今回の場合、全体の投書数が少 ないため、割合 を示す ことについて信憑性が低 く思われるか もしれないが、戦後40年間の投書 との比較のため、参考 として割 合 を提示 してお く。

%

男 性 女 性

8(21.6) 12(52.1)

思 う 15(40.5) 11(47.8)

丁寧体 3(8。1) 9(39。 1)

身 内への言及 5(13.5) 10(43.4)

(全てあり

)

1(2.7)

(全て無し

)

14(37.8)

‑150‑

(7)

全体 として、戦後40年間の投書傾向 と共通 し、全 ての項 目について、女性の投 書の方が男性の投書 より、出現する率が高い ことが分かる。今回の投書では、

② の割合 について、男性が圧倒的 に高 く、戦後40年間の中で も最 も高い数値 を 示 している。丁寧体 について も、男性が使用する率が戦後高 くなって きている のに比べて、今回の投書では、1975年当時 と同 じように低 くなっている。今回 の出来事では、男 らしい文体 を男性投稿者が より使用 しているとい うことを示 している。

一方、女性についてみてみると、② について、戦後の女性の投書では、増え てい く傾向にあったが、今回については、少な く、 これまでで最低の数値を示 している。 また、丁寧体の使用はこれまで通 り、女性の方が多 く、さらに、身 内への言及は、戦後の中で最 も高 くなっている点で も、女 らしい文体 を女性投 稿者が使用 しているということがいえる。ただ、①については、今回、全体の 投書数 も少ないこともあってか、結果 として、男女 ともに少ないため (共1

)、 全ての項 目を満たす ものが女 らしい文体 の典型であるとい う仮定 は、今回 の投書では、 はっきりと結論づ けることがで きなかった。

さらに、身内への言及 について、みてみたい。身内への言及 は、戦後40年 との比較 において、今回の投書では、男女 それぞれ ともに割合 として高 く、大 企業の経営破たんが、家族や身内、知人 とい う「身近 な関係」 に目を向けざる をえない機会 となったのだろう。今回、言及 され る身内に関 してみ られ る特徴 は、男性 の場合 は、息子、あるいは子供 の ことであ り、一方、女性 の場合 は、

圧倒的にその人の主人が多 く、次に、母があげられている。 この傾向は、戦後 の投書の傾向について も同様であった。男性 は、子供 の ことはいえて も、妻の ことを人前で語 ることにため らいを感 じているが、女性 は、「主人」の ことを人 前で語 るのをはばか らない とい うことが確認で きる。 この身内への言及の男女 差 は、わが国の性別役割分業関係 に裏打 ちされたジェンダーが家族関係への反 映の一つの特徴 と考 えているのだが、いかがであろうか。興味深い問題である。

以上、戦後40年間の投書の文体 との関わ りで まとめてみると、今回の場合、

男性 は典型的な男 らしい文体 をより多用 し、女性 は典型的 とまではいかないが、

女 らしい文体 を使用 しているといえる。戦後40年間その性差が縮 まって きてい るとはいえ、今回の投書 には、文体 のジェンダーによる差が より顕著 に表れて いる。 これは、「男 は仕事、女 は家庭」という性別役割分業で成 り立ってきた と み られる大企業の経営破たん とい う大事件が、投稿者 をはじめ多 くの 日本人 に 他人事 とはお もえない衝撃 となって響 き、 これを切 っ掛 けに自己の うちに根強

‑151‑

(8)

く生きづいていたジェンダー意識、ないし観念が投書の文体のなかに表出され たものではないかと思われる。高度経済成長期に形成 されたジェンダー意識存 続の危機感 ともみえて くるのである。

5。 山一証券 をめ ぐる投書の内容の分析

この章では、今回の投書 について、 さらに詳 しく、 その内容 についての分析 を行 なってみたい。今回の投書では、大企業の経営破たんについて書かれてい る中で、内容 は多岐 に渡 っているが、次の3点が特 に目立 っていた。

①企業、政府、政治/マスコミ報道等への批判

②個人的体験

③社員やその家族への同情/励まし

これ らを大 まか に数字 として ま とめ る と、以下 の通 りで あ る。 ただ し、 ここで は、一 つの投書 につ き、一 つの内容 とい うことで ま とめたわ けで はない ことを お断わ りしてお きたい。

男 性 女 性

①批判 政治/企 マスコミ等

②個人的体験

③社員やその家族 への同情/励まし

上の数字か ら示唆 されて くることは、男性側 は政治や企業の経営批判 を行 ない、

女性側 は社員やその家族 を励 ましているとい うことである。第3章で も述べた が、投稿者の年令、職業、 あるいは、当事者等についてさらに考 え合わせてた 上で、投稿者の典型 を描いてみると、仕事の第一線か らしりぞい男性が、第二 者の立場か ら、政治・ 企業への批判 をし、他方、働 き盛 りの夫 を持つ女性が、

当事者 あるいは、失業者 を抱 えた家族の気持 ちに共感 し、励 ます (合)と う構図 として顕れて くる。 この関係 は投書 を通 して、現在の 日本の男女 をめ ぐ る状況 を示 しているように思われる。

‑152‑―

(9)

以下、その投書の内容の一部を抜粋 しなが ら、具体的に考えてみたい。なお、

抜粋部分のはじめにあるのは、投書の見出しであり、カッコ内は、投稿者の性 別、職業、年令である。その後に、掲載 された新聞名、掲載月日を提示 してい

る。できるだけ、男女それぞれの投書を取 り上げている。

(1)「批判」をめ ぐるもの

大半は、安易な公的資金導入への批判、チェック体制の甘さ、企業経営者や 政治、政府への批判が書かれているもので、特に、男性の投書に多 くみられた。

「山一への公的資金導入 は甘 えだ」(男性、会社員、46歳)『毎 日』11.28 政府や金融・証券界 には、「住専処理」の反省 よりも「前例」への甘 えが あるのではないか。

「蔵相の言葉信 じない預金者」(女性、主婦、56歳)『読売』12.4

政治家や官僚 には、机上 を離れ、金融機関のロビーに来て、客たちが ど んな不安 を抱いているか、その会話 に耳 をかたむけて もらいたい と思 う。

その他、山一証券破たんに関す る報道の しかた (イ ンタヴュー等)について

の批判や、山一証券が大企業 ゆえに優遇 されていることを指摘す るものがあっ た。

「変わ らぬテレビ取材の無神経 さ」(男性、会社員、41歳)『毎 日』12.2 山一破たんのニュースでは、手や、持 っていたカバ ンでマイクを振 り払

う人の姿が映 し出された。私 はメディアによる「い じめ」その ものだ と 感 じた。

「倒産・ 中小企業の社員 もいる!」 (男性、無職、64歳)『毎 日』12.20 本紙の報道 による と、山一証券 の社員 には約1300社1万6000人の求 人があった とい う。(中)だが、一生懸命 に働 いてある日突然「倒産」

を知 らされ、退職金す ら出ない中イヽの社員がいることも忘れないでほし

い 。

12)「個人的経験」をめ ぐるもの

企業の経営破たん、 リス トラ、倒産にまつわるものや、山一証券の客であっ た り、株を購入 した りしたことなどが述べられている。前者は男性が、かつて

‑153‑

(10)

の自身の苦い経験か ら、後者 は女性が、消費者 としての立場か ら、 それぞれ述 べているものが多い ことが特徴的である。女性 の場合、 自身の夫が勤 めている 会社の ことも話題 にしていた もの もあった。

・ 「破たんの責任 私財提供せ よ」(男性、元信組専務理事、63歳)『朝 日』12.18 私事 で恐縮だが、二十年 ほ ど前、信用組合の役員 をしていた ときの こと。

不良債券が多 くて、 自助努力ではどうにもな らず、預金保険機構、全信 組連 と某銀行 にお世話 になった。 その とき、知事 に財産 を提供す るよう に言われ、私財全部 (当時三千万 円相当)を提供 し、裸一貫 になった。

某銀行 にあ とを引 き継 いで もらい、従業員 は一人 も首 にせず、役員 は全 員退職 した。当時、私 は四十二歳、子供二人 を抱 え、死 に もの ぐるいで 働 いた。

・ 「取引で感 じた社員の親切 さ」(女性、公務員、30歳)『朝 日』11.26 私 は、今回の事件 をまるで我が ことの ように受 け とめてい ます。 といい

ますの も、就職以来、ずっ と山一証券のお世話 になってきたか らです。

「個人的経験」 をめ ぐる、その投書での位置 について、興味深い特徴がある。

男性の投書の展開の特徴 は、かつての 自身の経営破たん等の経験 を述べ ること で、今回の経営破たんに関 して、政治や企業 に対す る批判 に向けている点であ る。一方、女性 の場合、一消費者 として、山一証券、あるいはその社員 との出 会 いを語 りなが ら、特 に経営破たんによる社員のその後の ことを案 じる内容 に 展開 してい く傾向にある。

(3)「社員への同情/励まし」をめ ぐるもの

会社が破たんすることも全 く知 らされず、 もくもくと働いてきた社員、ある いは、そういう立場のサラリーマンヘの同情や共感、あるいは、かつて、株購 入時にお世話になった社員への気遣いを述べているものがあり、特に女性の投 書に多 くみられる。

「 まことに悲 しいサラ リーマン」(男性、会社員、34歳)『朝 日』11.28 苦 しい ときには容赦 な く切 り捨て られ、いろいろ組織 の最後 を迎 える と プライ ドさえもはぎ取 られ る。サラ リーマ ンのいかに悲 しい ことか。

「会社存続考 えて違法行為す るな」(女性、主婦、41歳)『毎 日』11.30 ほ とん どの社員 は、何事 も知 らされずに、一生懸命会社のために働 いた

‑154‑

(11)

人 たちだ。 それがある日突然、関連 グループを含 めると、約1万人近 く の人が失職するとい う。(中)でない と、一生懸命会社のために日夜働 いている社員が余 りにも哀れだ。

男性 よ りも女性の方が、つ らい立場、弱い立場 にある人 を励 ます こと傾 向に あることが今回の調査か らもわかる0。現代社会 にあって、女性 自身が必ず しも 安定 した立場 にはな く、悩 み、苦 しんでいる人や状況 に、より反応 しやす くなっ ているとい うことに起因 しているのか もしれない。

今回の投書では、社員 あるいは、 その家族への励 ましの表現 に関 して、女性 の投書 に圧倒的に多 くみ られた ことが、特徴的である。その中で も、「がんばっ て」とい う表現が女性か らの ものに、8つ (女性 の全投書の うちの34.7%)あ た。男性か らの ものには、一つ もなかった。 また、励 ます対象 は、第3章で も 取 り上 げたが、女性の場合、 自身の主人、知人の夫、あるいは、妻、 または社 員や社員 の妻・ 家族 な どであ り、男性 の場合、 自身の息子 らしい人 (投書では

「 あんた」 と表現 している)に呼びか けているの もの一つだけである。繰 り返 しになるが、今回の投書 において、男性が、 自身の妻、知人の妻、社員、社員 の夫等 を励 ます ことはほ どん とみ られない。男性 に とって、投書 において、誰 か を励 ます行為 はジェンダー としての自分 を越 えることなのであろうか。以下 に示す「励 まし」の文面 は、女性の投書 に特徴的にみ られ るものである。

「苦難乗 り越 え新天地開け」(男性、無職、80歳)『朝 日』12.3

山一社員 を身内に持つ人々にとって も、全 くの青天の露震。 自転車 を飛 ば して駅売 りの新聞 を購入。(中)さて、 これか らの人生、悔 いのない 人生 は本当の人生ではない。山一出身 を誇 りとして新 しい天地 を開いて

もらいたい。風邪 ひ くな、元気で。

「山一 こけて も家族 は負 けぬ」(女性、主婦、35歳)『朝 日』11.26

「先の ことは、 まだわか らない。今 は、だた、会社 と自分 を信 じて、お 金 を預 けて くれたお客 さんの ことだけだ」 と、二十五 日朝 も、いつ も通 り出勤 していった夫。(中)「さすが、山一出身者 は違 うなあ」って皆 に 言 って もらえるように、頑張 つて行 くだけだ よね。

「家族の皆 さん がんばってH」 (女性、主婦、44歳)『朝 日』11.27 二十六 日声欄の「 山一 こけて も家族 は負 けぬ」の、松原樹世美さんの文 面 を見 て、思わず涙 しました。(中)健康第一、 しっか りとごはんを食

‑155‑

(12)

べて、ネ、がんばってH

「山一 ミディの母 よ頑張 って」(女性、主婦、33歳)『朝 日』12.18 私の母 は山一証券の契約社員で、今回の突然の破たんに、食事 もで きな いほど落 ち込んでいます。(中)母は幸い生活 には困 りませんが、失業 で困っている同僚 も何人かいるようです。「逆境 にめげずに頑張 って」と

しかいえませんが、早 くいつ もの張 り切 り母 さんに戻 ってほ しい と願 っ てい ます。

「がんばれ 山一の妻たち」(女性、会社員、52歳)『朝 日』「ひ ととき」12.10 連 日の山一 ショックの報道の中で、 ご主人が山一証券 に勤 めている友人 の ことが気がか りだった。(中)国はい ま一つ当てにな らないけれ ど、

山一の妻たちよ、がんばってい こう。

さらに、感情表現 としての「涙」 について、ひ とこと述べてお きたい。山一証 券 自主廃業の発表の際 に、社長が号泣 した ということもあって、「涙」がいつに な くクローズア ップされたが、投書の中では、女性か らの ものにしか、使われ ていなかった。例 えば、「〜 を見て思わず涙 しました」「破たんのニュースに涙 が止 まらなかった」というように。今回の出来事 をめ ぐる投書 を通 して、私 は、

突然の大事件 に「涙」し、 さらに、「がんばって」と励 ますのは、女性 な らでは の表現の仕方なのではないか とい う印象 をより強 く持 った。

④ まとめ

今回の投書の内容 の傾向 とその特徴 をあ らためて まとめてみれば、男性 は、

政府、政治、企業な ど公的な領域での発言 を、女性 は、家族関係や個人的関係 な どの私的な領域での発言 を中心 に展開 している。個人的経験 を述べ る場合 に も、男女 によって差があった とい うことも、指摘で きる。 さらに、男性 は批判 し、女性 は励 ます とい う、性別役割の違いが見事 にみて とれることである。な お、男女共 に共通 していえることは、当事者 か らの、会社や政府、政治 に対す る意見、批判があまりみ られない点である。批判があって も、あ くまで も第二 者の立場か らであ り、 自分 自身の勤 めていた会社への批判 もなされていない。

かつての苦い経験 (会社 の危機、失業)について も、 自分が勤 めていた会社が 破たん した原因をクールに追求 し、検討 してい くとい う観点か ら語 っている姿 勢 の ものはほ とん どない。ヽ

さらに、前述 した ような女性投稿者 による「励 まし」 も、ただ単 に「がんば

‑156‑―

(13)

ろう」 とい うエールばか りが 目立 ち、会社 をめ ぐる社会的・ 政治的視点や、具 体的な方策や根拠 もな く、だたやみ くもに励 ましているとい う印象 をうける。

以下 に具体例 の幾つかを紹介 してお きたい。

・ 「試練 は、それを乗 り越 えられ る人間 にだけ与 えられ る」 とい う言葉 をど こかで聞いた ことがある。(女性、主婦、32歳

)

・ 人生 って、本当にいろんな ことがあ ります。何がいい、何が悪い、 は別 に して、松原 さんの元気 な ことばに、 きっ と多 くの人たちが励 まされた こと と思います。(女性、主婦、44歳

)

・ それぞれの場所 に必ず幸せ は見い出せ る、そんな気が しています。(女性、

主婦、36歳

)

これ らの例 にみるように、特 に「主婦」 とい う立場 にいる人の多 くが、 このよ うな励 まし方 をしている。確かに、 このような表現 は、時 には、「励 まし」にな るし、支 えに もなるだろう。

だが、一方 において、伊藤雅子 (1983:188〜 93)の指摘 を思いお こさず には おれない。伊藤 は、「主婦」の投書 に、ある傾向を見いだ している。それは、「 自 分だけの思いに とどまっていて、客観的事実 はどうか とい う目で見 ようとはじ て」お らず、「心が けの持 ちようで問題 を解決 しようとす る姿勢、解決で きると い う思い こみ」で書かれ る傾向があるとしている。伊藤の分析 した投書 は、今 回の投書 とは全 く関係 のないテーマであ り、また15年前の ものであるが、今 回 の投書の、特 に「主婦」か らの励 ましに、「心が けの持ちよう」を強 く感 じるの は、全 くの偶然ではないだろう。

おわ りに

本稿 では、山一証券 自主廃業 をめ ぐる投書 の文体、内容 をジェンダー視点か ら、分析 を行 なった。 その結果、文体のみな らず内容 にもその性別役割分業体 制 を前提 とす るジェンダーの特徴 が見 えて きた ことが分かったが、高度経済成 長が望めな くなった 日本社会 の今後、それがいか ように変化 してい くか、 さら

に調査 していきたい。

余談だが、山一証券静岡支店閉店時の、顧客 のイ ンタヴュー記事 にもジェン ダーの影がみえて くるようだ。

(『

朝 日』1998 2.28)

‑157‑―

(14)

「親 の代か ら山一 を利用 してきたか ら寂 しくなるね ぇ」(男性、会社員、52 )

「社員 は最後 まで親切だった。再就職 は大変 そうだけど、頑張 ってほしい」

(女性、主婦、40歳)

補足 (当事者 か らの投 書)

本文 において述べてきた ように、当事者、つ まり、山一証券 に勤 めている社 員か らの投書 はほ とん どなかったが、調査期間中に、女性だけが投稿で きる「 ひ ととき」欄

(『

朝 日』)に、女性社員の投書が一件

(「

会社が倒れ ようとも」1997  12月 4日 付

)、

それ と、調査期間後 に、同 じく「ひ ととき」欄 に一件、また、

「声」欄

(『

朝 日』)│こ男性か らの一件 (と もに元社員)の投書があったので、

それ らを一部紹介 したい。

はじめの投書の女性 は、46歳で、山一証券 に15年間勤 めて きた人である。10 年前 に夫 を亡 くした ことも添 えられている。一部抜粋 したい。

入社当時か らどんな状況の ときもお付 き合いをして くれたお客様 に、「 テレビ で見てい らっしゃると思 うんですが」 と電話 を入れた。相手の声 を聞いた とた ん、涙が出た。 自身の損失 も顧みず励 まして くれ るお客様の温かさに泣 き、旧 経営陣への怒 りに泣いた。(中)多 くの方々に迷惑 をかけ、今 は紙切れのよう になった会社だが、私 はこの会社 をい とお しみなが ら、強 く生 きていきたい。

そこには、「旧経営陣への怒 り」とともに、 自身 を励 まして くれ る顧客 との関わ りが綴 られている。 この同 じ女性が、再就職 をはた した五 ヵ月後、「声」欄

(『

日』)に投稿 している。「元山一の仲間 がんばろうね](1998年 5月 8日付)と いう見出 しで、「山一証券時代の顧客のT様か らのお便 りの歌 に励 まされた」こ

と、そして、その歌 を元同僚 に送 りたい とい う内容である。一部抜粋 したい。

……寛大で優 しいお人柄 に、乾 いた目に再 び涙がにじみました。(中)ま つらい とか思 うほどの余裕 もあ りませんが、 これか らの道の りに困難 を感 じた

とき、心 に刻んだ この歌 を励 みに頑張 ってい こうと思います。

この女性の投書 にも、「涙」と「頑張 る」ことが書かれているのが特徴的である。

‑158‑―

(15)

企業 の経営破 たんや不祥事等 の面 目丸 潰 れ的状況 にあって、 当事者 か ら投稿 す る こ とは、勇気 のい る こ とだ ろ う。特 に、川人 (1998)も 述 べ てい るように、

自分 よ り権 力 の あ る存在 、 た とえば、 ここで は会社 や経営陣、 を批判 す る こ と は、日本社会 において、「 出 る杭 は打 たれ る」よ うな社会 的制裁 を うけかね ない。

今 回 の当事者 か らの投書 は、女性 か らの もの とい う こ ともあ ってか、会社 批判 とい うよ り、 む しろ、「顧 客 との温 か い関係 」 を中心 に綴 られ てい る。

さ らに、 当事者 の投稿 の プ ロセスか ら示唆 され て くる ことが あ る。『朝 日』に つ いてのみで あ るが、今 回、 当事者 は、 まず、女性 だ けが投稿 で きる「 ひ とと き」欄 に出 し、再就職 を果 た した五 ヵ月後、男女 ともに投稿 で きる「声」欄 に 出 してい る。 この プ ロセ ス を私 な りに分析 してみ る と、最初 は、 同性 に向 けて 書 きなが ら、 自身 の気持 ちの整 理 をす る。 その後 、再就職 をす るな ど、気持 ち に余裕 がで きた段 階で、男性 に も向 けて、元 同僚 ヘエール をお くる。

男性 の当事 者 か らの投 書 が、1997年度段 階で なか った とい うこ とは、どう考 えた らよいだ ろ うか。「男 は、弱音 をはか ない こと、泣 き言 をいわ ない こ と」と い つた社会 的 な しば りの ような ものが、 自身 の感情 をさ らけだす、 あ るい は、

自己 の弱 さを表現 す る こ との制 約 とな ってい る と解釈 で きないだ ろ うか。

今 回の出来事 か ら一年後 の、1998年 12月 29日

(『

朝 日』)に41才の男性 会社 員 による投書 が、「 山一 か ら転身責任 ず っ し り」とい う見 出 しで、掲載 され て いた。 そ こには、会社批判 は当然 の よ うに見 当 らないが、解雇 されてか らの 職 さが しの苦労 や、第二子 が生 まれて くる こ とを知 った時 の戸惑 い と責任 の重 さが切 々 と書 かれてい る。 この投書 には、今 回調査 した男性 の投書 にはない、

「 妻 」 へ の言及 が あ った のが印象的 で あ る。

:

(1)主な新聞の社会面の特集記事は、以下のような見出しで組まれていた。

『朝日』「会社あしたは」、『読売』「失業ビッグバン」、『毎日』「会社が消える」

『産経』「会社消滅」、『日経』「企業消失」

ちなみに、山一証券自主廃業をめぐる社会面の報道に関するジェンダー視点からの分析に ついては、拙稿 (1999)「新聞の社会面をジェンダーで読む」を参照されたい。

(2)差し当り、ジェンダー問題に関しては、私は、金井淑子 (1997:142)の 、次のような発 言を受容している。「ジェンダーと言いますと、なかなか分かりづらいかもしれませんけれ ど、別の言葉で言うと、性別役割分業の関係であり、性別役割分業のシステムです。性によっ て社会的な役割の線引きが行なわれています。(中)『女は内で男は外』という社会的な規

‑159‑

(16)

=ジェンダーの規範がある。 ジェンダーによって、つ まり、男・ 女 とい う性差 によって、

社会 の システムの ところに垣根がつ くられているのです」。 日本の高度経済成長 は、この金 井 の言 う「女 は内で男 は外」とい う性別役割分業 を支 えに発展 して きた ことを、落合恵美子 (1994:19)も 述べてい る。彼女 は、詳 しい実証 データをもとに、「戦後、女性 は社会進 出 した」のではな く、「戦後、女性 は家庭 に入 った」 とも主張 している。高度経済成長が、男 性 のサラ リーマ ン化 と女性 の専業主婦化 とい う分業 によって、展開 されて きた ことが示 さ れている。

(3)佐(1995:54)において、公的なテーマ と私的なテーマの投書 を以下の ように定義 して い る。

公的 なテーマの投書

新聞の記事 をは じめ、マス コ ミで報道 された社会的・政治的・経済的・ 国際的な問題や 事件 について論 じ、見解・ 批判・ 抗議・ 要望・ 提案な どを述べ るもの

私的 なテーマの投書

身の まわ りの出来事や体験、自然・風物や折 にふれての思いを随想風 に述べ るもの。 日

′常生活 のマナー、ことばづかい、実用的なアイデア、健康法、人生観 な どについて述べ る もの もここに含 める

(4)その際、一紙 に絞 ったのは、複数の新聞 を比較するには、あ まりにも様々な要因(例えば、

編集上 の方針)がか らんでいる可能性 も払拭で きなかったためであ り、さしあたって、限定 して調べてみた。

(5)「私」「思 う」 をめ ぐって追記 してお こう。以 下 の例 において、a)の場合 よ りも、b) の場合の方が、主張の強 さが感 じられ ると解釈 されている。

a)私は、今回の処置 は間違 っていると思 う。

b)今回の処置 は間違 ってい る。

私 自身、英語 の論文 において も、「I think」 とい う表現 を避 けるように と指導 された経験が ある。一人称 の使用 については、日本語の場合、様々な議論があるが、ジェンダー視点か ら も指摘 されている。(この点 については、上野千鶴子(1993:76〜77)を 参照 されたい)「 う」とい う語彙同様、意見主張 タイプの投書では、使わない方が、む しろ説得的 に響 いて く る と考 えられている。

また、「私」「思 う」とい う語彙 の使用 に関 して、投書ではないが、興味深 い指摘がなされ てい るので、 ここに紹介 したい。吉本 ばななの『キ ッチ ン』とい う小説の冒頭 に、以下の よ うな文が ある。

私が この世 でいちばん好 きな場所 は台所 だ と思 う。

‑160‑

(17)

加藤典洋 (1996:157〜59)│こよると、この文をめぐって、「ある詩人で文芸評論家で もある 人」が、「好 き嫌いは完全に主観の問題だから『と思 う』もくそもないわけで、『である』と 断定 して構わないはずである。」と怒っていると紹介 している。 さらに、「私が」の部分に関 しても、主語 と述語の対応がみられず、座 りの悪い表現になっていると指摘 しているとい う。加藤 は、そのような批判 に対 して、この冒頭部分の文の意義について、氏なりの説明を 試みている。私の興味は、「ある詩人で文芸評論家」が、多分男性であり、それゆえ上述の ように反応 したのではないか、 ということにある。 この「私」と「思 う」の語彙の使用に関 しては、投書以外でも、ジェンダー問題にかかわる事柄 としておさえてい く必要があるので はないか と考えている。

(6)なお、話 し言葉では、特に、女 らしい言葉遣いは、丁寧であると考えている人が少なくな いが、これは、佐竹(1998)での学生アンケー トにおいても、顕著にみられる。女 らしさの 一つの規範 として、言葉遣いの丁寧 さが、今でも健在であることが表れている。

(7)( )内は、投書の中で言及された人のことである。

(8)大学のあるクラス(3〜4年生対象、男性 17名 、女性 33名)において、結婚生活がうま くいかな くなった女性からの投書

(「

私の結婚生活」『毎 日』1996年 4月13日)を読み、

感想 を述べてもらったことがある。詳細 は省 くが、共感や励 ましについての表現は、男性で は、

5。

8%の人 しか述べていないのに比べ、女性では、54.5%も の人が述べてお り、ジェン ダーによる差が ここにも見 られる。 この場合、テーマが「結婚生活」という、女性により関 心のあるテーマであった ことも考慮 しなければならないだろうが。

(9)こ れは、日本の現在おかれた状況が、見事に投書にも映 しだされていることが分かる。川 人博 は、『過労自殺』(1998:85〜 6)の中で、過労自殺の場合の遺書 についてふれている。

そこでは、「申し訳ない」「すまん」というおわびばか りで、「 自らを死 に追い込んだ会社に 対する抗議の言葉」が書かれていないと指摘 している。会社人間 として、会社への疑間 も怒 りも飲み込み、ひたすら歯車 となって働 くことのみ期待 されている、日本的経営に根ざした 会社組織、ひいては、日本社会の状況が、今回の投書に反映されているといえる。

参考文献

:

伊藤雅子 (1983)『 主婦的話法』未来社。

金井淑子 (1997)『女性学の挑戦』明石書店。

加藤典洋 (1996)『言語表現法講義』岩波書店。

‑161‑―

(18)

川人  (1998)『過労自殺』 岩波新書。

熊谷滋子 (1996)「女の文体の移り変り」『人文論集』静岡大学人文学部、第47号1、

263‑275。

熊谷滋子 (1997)「投書 とジェンダー をめ ぐって」『人文論集』静 岡大学人文学部、第 48号1、 345‑362。

熊谷滋子 (1999)「新聞 の社会面 をジェンダーで読 む」篠原二郎・中村共一編著『市場 社会 の未来』 ミネル ヴ ァ書房。

国緒英子 (1987)「投書 のパ タ ン と表現」『言語生活』10月 号、筑摩書房、40‑46.

Lakoff,Robin(1990)物滋′%を fbωι″Fas″ ο.

メイナー ド、泉子、K(1997)『談話分析 の可能性』 くろ しお出版。

落合恵美子 (1994)『21世紀 の家族 へ』有斐閣選書。

佐竹久仁子 (1995)「女の文体・男の文体」『ことば』16号、現代 日本語研究会、52‑68.

佐竹久仁子 (1998)「「女 ことば/男ことば」規範をめ ぐって」『ことば』19号、現代 日 本語研究会、53‑68

田中和子・ 諸橋泰樹 (1996)『 ジェンダーか らみた新聞のうら・ お もて』現代書館。

上野千鶴子 (1993)『 ミッ ドナイ ト・ コール』朝 日文庫。

吉本ばなな (1991)『キッチン』福武文庫。

参 考例 :

①女 らしい文体の投書

「触れ合い喜ぶ乳児た くましく育てて」(主婦、28歳)『朝 日』昭和60年10月 31日 二十二 日付「乳児にふれないで」の藤井真紀子様、私 もあなた と同い年で、来月二 歳 になる女児が一人、核家族の専業主婦です。 ご投稿 を読み、少 し前の自分 を思い出 しました。何 もか も初めての子育て、病気感染なども心配で しょうが、 どうぞあまり 神経質 にな らずに、お子様 と周 りの人 との出会いを見守 ってあげた ら、 と思います。

子 どもは、私 も育ててみて初めてわかったのですが、生命力の強いすばらしい存在 です。ほとんどの子 どもは肌 と肌の触れ合いを喜びます。た とえ、店先で会 うアカの 他人で も自分 をかわいい と思 って くれることがわか ると、うれ しそう。喜びや幸せな 気持ちを知 っていきます。少 しくらいの風邪 はどんなに大事 にして もい くらで もひき ます。そして、子 も親 もた くましくなる気 もします。

親がい くら注意 して も、 これか らはス リッパ をなめた リゴ ミ箱 をひっ くり返 した り。私 もやっと黙ってながめられるようになった ところです。肩の力 を抜いて、がん ば りましょう!

‑162‑

(19)

②男らしい文体の投書

「自民党首脳の危険な防衛論」像 職、67歳)『朝日』昭和 60年10月 5日

本紙によると、自民党の金丸幹事長は「狭い日本に戦場が必要か」「一週間 ぐらい水 際で抵抗すれば米国が来援する」と言い、藤尾政調会長は「核、 ミサイル時代に対応 し、海岸線より遠い所でとらえ、上陸させない防衛体制」を強調する。いずれも、ソ 連の日本上陸を想定 しての防衛論議である。

だが、米 ソのいずれにとっても極東のとりでに位置する日本列島へのソ連上陸は 即、米ソによる日本列島の争奪戦 として戦端火を吐 くことは明らかである。「一週間 ぐ らい。・…・」「海岸線の遠 くで……」という単純なこの防衛発想は、一体 どこから生じた のであろうか。まして「狭い国土に戦場が必要か」に至っては、何をか言わんやであ る。

日本列島 こそ、極東における米 ソ攻防の最前線であ り、主戦場 となることは、アメ リカ国防当局が証明する。「五九中業の達成 により、日本 は米国の世界戦略の一環 とな る」 と。そしてその勝敗の帰趨 (きす う)のいずれかを問わず、戦いすんで日が暮れ て、焦土化 され 日本列島に屍 (しかばね)が山をなす ことは、覚悟せねばなるまい。

「 ソ連が攻 めてきた ら」という防衛論議が軍拡への布石であ り、あるいは遠い日清、

日露の戦勝への淡い郷愁か らであるとした ら、 日本国民の悲劇である。

‑163‑

表 1  戦後 40年 間の「声」欄 にみる移 り変 り (そ れぞれ 10月 の一 ヵ月分のみ ) 3.今 回の調査方法 と結果 調査対象は、山一証券の自主廃業 を発表 した翌 日の 1997年 11月 23日 か ら 12月 31日 までの『朝 日』 (「 声」 )『 毎 日』 (「 みんなの広場」 )『 読売』 (「 気流」) (い ずれ も東京版 )に 掲載された投書のうち、 「山一証券」または「大手証券会 社の自主廃業・ 破たん」等の用語が使われているものとした。その他、女性だ けが投稿できるもの

参照

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