所有形態 と効率性:イギ リスの民営化によせて
論 説
所有形態 と効率性 :イ ギ リスの民営化 によせて*
野 方 宏
I.はじめに
H.効率性概念 について
Ⅲ.エージェンシー関係、
Ⅳ.結びに代 えて
所有および効率性
I。 は じめに
1国の経済運営 において市場 の果たす役割が再評価 されるようになってか ら既 に久 しい。先進 国経済 はい うまで もな く、今や旧社会主義国や発展途上国を語 る上で も市場経済や市場 メカニズ ム とい う言葉 は不可欠のキーワー ドとなっている。規制緩和や民営化 といった用語が、エコノ ミ ス トとい う専門家の仲間内だけで使われ る町argon」としてではな く日常的に煩雑 に使われ るよう になった ことは、 こうい う状況の反映 といってよかろう。この意味で、1970年代 に先進国経済 を 襲 ったスタグフレー シ ョンとい う現象 こそは、市場の役割 を再認識 させ る直接的契機 を生み出 し、
1980年代以降現在 に至 るこの ような世界的規模 での潮流 を生 み出 した経済的出来事 として歴史 に長 く記憶 され るであろう。
ところで、このような潮流の先駆 けをなしたイギ リスの民営化がスター トして20年近い歳月が 経過 した。 この間、サ ッチ ャー、メージャーの保守党政権 は積極的な民営化政策 を推進・ 実行 し た。た とえば、サ ッチャー政権 の誕生 した1979年には主要国有企業 は50社ほど存在 し、
GDP
に占めるシェアは10.5%に達 していたが、1993年までには大部分 の国有企業 は民営化 されその
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対
GDPシ
ェアは2.3%にまで低下 したくり。1997年現在 において主要国有企業 として残 っている のは郵政公社 (Post Office)の みである。)。保守党政権 下での民営化 に一貫 して反対 の立場 を とってきた労働党 にも最近大 きな変化が生 ま れた。1918年の結党以来労働党の基本理念であった党綱領第4条、すなわち「生産・ 分配・ 交換 手段の共有」を謳 ったいわゆる「国有化条項」が、ブレア党首の下1995年 4月の労働党臨時大会 で削除 され、労働党 は公式 に国有化路線 を放棄 した0。 これは労働党がその経済政策 において、伝 統的 な社会主義 の理念 に代わって市場経済への順応 を明確 にした とい う点 で画期 的出来事 で あ り、ブレア率いる「新 しい労働党 (New Labour)」 による「新 しいイギ リス (New Britain)」
の基本的骨格 を特徴づ けるものである。さらに、1997年5月 の総選挙 において労働党 は地滑 り的 大勝利 をあげ、 この新 しい理念 を踏 まえた経済政策 を実行 に移 しつつあるの。
本稿 は、このようなイギ リスでの動向 を念頭 に置 きつつ過去20年間ほ どの民営化の成果 を評価 しようとす る1つの試みである。民営化の中心が政府資産の民間への売却 (いわゆる「非国有化 (denationalisation)」 )であつた ことを踏 まえ、この点 を巡 って提起 された所有形態 と効率性 とい う原理的 レベルの問題 をここでの検討対象 としたい。国有化や民営化 といった概念 は所有権の帰 属のあ り方すなわち所有形態 と密接 な関係 を持 ってお り、経済学 においてはこれ まで効率性 とい う視点か ら議論 されて きた。本稿が具体的に意図す るのは、 この所有形態の相違が効率性 にいか なる影響 を及ぼすか という点 に関わ る問題である。次節では効率性概念 について簡単な整理 を行 う。配分効率 と生産効率が取 り上 げられ るが、所有形態 との関連で議論 され るのは主 に生産効率 であることが明 らかにされる。3節では、まず所有形態 と効率性 を論 じる基本的枠組 み としてエー ジェンシー関係 とい う考 え方の概要が提示 され る。次いで この問題 に対する公共選択論および所 有権理論の主張が この枠組 みを用いて示 され る。そして経営者への規律付 けとい う観点か ら生産 物市場 と資本市場が どのような役割 を果た しているかが検討 され る。国有か ら私有へ とい う所有 形態の変更が効率性 に及ぼす影響 を考 える上で、 この2つの市場の相互作用 を通 じて生み出され る「情報」の重要性が明 らかにされ る。 また、 この「情報」か ら含意 される所有形態 と効率性 に ついての結論がイギ リスの民営化 に関する実証研究 と対比 され る。最後 に本稿 の まとめおよび こ
こでの分析が民営化 に対 して有す る政策上の含意 を述べ、 この小論 を閉 じる。
ll1 1993年以降現在までに民営化された主な国有企業は、イギリス石炭公社(部分民営化、1994年 以降)、 イギ リ ス・エネルギー公社 (1996年8社の原子力発電会社に分割民営化)およびイギ リス鉄道公社 (1996年複数の列 車運営会社 と線路管理会社 に分割民営化)である。
9)郵便 の民営化計画 は保守党政権 下で本格 的 に検討 されたが、最終的 には中止 され現在 に至 ってい る。
0)かつて第4条の削除 は1959年の総選挙敗北後党首のゲイ ッケルによって提起 されたが失敗 している。
)その全貌 は明 らかではないが、プレアーの提唱す る「stakeholder economy」 とい う概念が この新 しい理念の キー ワー ドとなってい る。
所有形態 と効率性:イギ リスの民営化によせて
Ⅱ.効率性 概念 につ いて
(1)「 Does ownership matter?」
所有形態 と効率性の問題 は古 くて新 しい問題 である。A.ス ミスは『国富論』第5編第2章にお いて、農業生産 における公有地 と私有地の生産性 を比較 し、私有地の生産性が公有地のそれの約 4倍に達す ることを示 し、私有形態が圧倒的に高い効率性 を実現す ると述べている。 しか し、そ の後 この問題 は主流派の経済学特 に新古典派経済学 においては殆 ど論 じられ ることがない まま推 移 して きた。再 び この問題が脚光 を浴びるのは1970年代以降の ことであ り、前節でみた市場の再 評価 とい う文脈の中で、「Does ownership matter P」 すなわち「国有企業の民営化 は効率性 を改 善す るか」 とい う形で議論 され ることになった。 このような問題設定の仕方それ自身が「It does matter.」 という肯定的解答 を予想 させ るニュアンスを持つ ものであるが、そ もそ も国有企業 と効 率性 との関係が議論 されるようになった背景 にはどのような ものが考 えられ るであろうか。次節 以降での議論 との関係か らいえば、次の2点を少 な くとも指摘 してお く必要がある。
第1に、イギ リスに典型的にみ られた ように、国有企業の経済 に占めるウエイ トが高 まり、国 有企業の成果が経済全体 のそれに大 き く影響す るようになっていた ことである。イギ リスにおい て国有企業が数 の上 で大量 に出現 す るの は、第2次大戦後 の労働党 ア トリー政権下 (1945年
〜1951年 )のことであ り、 この時期基幹産業の多 くが国有化 された。代表的な産業 を年代順 に列 挙すれば(カ ッコ内は国有化 された年
)、
石炭(1947)、
陸上運輸(1947)、
鉄道(1948)、
ガス(1949)、
鉄鋼 (1951)な どである。ヽ これ以降サ ッチャー政権が誕生す るまでの約30年間、国有企業 の経 済 に占めるウエイ トは増大 していった。30年間 とい う時間の経過 は国有企業の経営上の実績 を評 価す るには十分 な長 さであ り、国有企業 を効率性 と関係づ けて議論 で きる条件が そろうことと なった。 この期間における国有企業の もた らした成果 は、国有企業 は非効率的であるという社会 通念 を形成 させ るほどに劣悪な ものであると一般的には受 け取 られ、それが先 にみたFDoes owrl‐
ership matter P」 とい う問いを発せ させ る原因につなが ることとなった。
第2に、 この時期経済学者の間 に市場 の失敗 と並んで政府の失敗 についての認識が高 まり、市 場 の失敗の補整役 としての政府の機能 に関す る評価 に大 きな変化がみ られ るようになった ことで ある。 この点 については次節で検討 す る公共選択論 (public choicё )や所有権理論 (prOperty right theory)、 さらには規制の実態 に関す るシカゴ学派の研究者 を中心 とした理論お よび実証の
6)なお、陸上運輸及び鉄鋼 は1953年民営化 されたが、前者 は1969年、後者 は1967年再 国有化 されてい る。
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両面 にわた る研究が重要 な貢献 を果た したわ けであるが、 ここで はM.フ リー ドマ ン と並ぶ シカ ゴ学派の知的 リーダーである GoJ.ス テ ィグラーの次の ような簡潔 な文章 を引用 してお けば十分 であろう。
「経済学者 は問題 を競争市場で効率 よ く解決で きない ことを知 ると、国家 にその解決 を引 き継 ぐよう勧告 したが、市場 と国家の相対的効率 について真剣な疑間 を呈示 しようとはしなかった。」
(Stigler,1975,訳 VIページ)
12)2つの効率性概念
効率性概念 は経済分析上唯一のそして もっ とも強力 な評価基準 を提供す るものであるが、以下 の議論 においては効率性概念が意味す る内容 を明確 に2つに区別 して理解 してお くことが重要で ある。1つは「資源配分上の効率 (al10cat市e efficiency、 以下では配分効率 と呼ぶ
)」
であ り、パ レー ト効率性 とも呼ばれるように、社会の他の誰かの状況 を悪化 させ ることな くしては誰の状 態 を も改善で きない状態 をいう。分析的にはすべての市場で価格 と限界費用の均等化が成立 して い る状態である。厚生経済学の第1基本定理が明 らかにした ように、「(完全)競争均衡 は配分効 率 を実現す る」0こ とが知 られている。配分効率 は本来一般均衡論的枠組 みの中で捉 えられた効率 性概念であることに注意 してお こう。
いま1つは「生産上の効率性 (prOductive efficiency、 以下では生産効率 と呼ぶ)ない し「企業 内的効率性 (internal efficiecy)」 であ り0、 所与 の産 出量 を最小の コス トで生産 してい る状態 を いい、図式的には (長期)平均費用曲線上での生産が行われている状態 を意味す る。ゝ
生産効率 は、その定義か らも明 らかなように、個別の企業 (ない し産業)レベルで捉 えられた 概念であ り、 したがって部分均衡論的枠組みにおいて捉 えられた効率性概念であることに注意す
る必要がある。
稀少資源の最適配分 という観点か ら所有形態 と効率性 を論 じるとすれば、効率性 とは配分効率 の意味でなければな らない。競争的市場 においては配分効率の達成 は生産効率の達成 をも意味す るか ら、2つの効率性 を区別 して議論す る必要 はない。ゝ問題 は競争的市場以外のケースにおける
厚生経済学の基本定理については、た とえば奥野=鈴村(1988)、 17章 を参照。
生産上の効率性に対 しては「技術的効率性 (technical efficiency)」 が、企業内的効率性に対 しては「X効率
性(X― efficiency)」がそれぞれ同意語 として使われることがある。企業組織上の理由(たとえば組織のスラッ
クの存在)と 関連づけて効率性 を議論するときには、生産上の効率性に代えて企業内部的効率性 という用語が 一般的には使われるが、以下では生産効率 という用語に統一する。
なおこの点に関連 して、技術的効率性 を等量曲線 (isoquant)上 で生産が行われている状態、生産効率を等量 曲線 と等費用曲線 との交点で生産が行われている状態 と区別する場合 もある (たとえばMolyneux=Thomp‐
son,1987、 pp.52‑53。)。
所有形態と効率性:イギリスの民営化によせて
2つの効率性 の関係であるが、以下 にみるように、一般的には2つの効率性が同時 に達成 され る とい う保証 はない し、配分効率 と生産効率が トレー ドオフの関係 をもつ こともあ り得 る。以下、
これ らの点 について検討 してお こう。
先 に注意 しておいた ように、配分効率 は一般均衡論的枠組 みを前提 とした効率性概念である。
論理的 レベルで民営化が議論の対象 として捉 えられている経済 を考 えてみると、 それは競争的な 市場経済 と論理的 には整合 しない。 なぜな ら、民営化 とは国有企業 を前提 にして初 めて意味 を持 つ ものであ り、市場経済 において国有企業部門が存在するということ自体非競争的市場が存在す るとい うことを合意するか らである。つ まり、民営化が議論の対象 となる経済 においては、その 前提 として、い くつかの市場 において競争 は完全 な ものではあ りえず、その意味で、 この経済 は 完全競争の支配す るファース ト0ベス トの世界ではないのであ り、高々セカン ド・ ベス トが追求 で きる世界 に過 ぎない。 したがって、セカン ド・ ベス ト定理が明 らかにした ようにセカン ド・ ベ ス トの世界では、配分効率の改善 を考 える上で、価格 と限界費用 との関係が不確定 となるため、
個別市場 において価格 と限界費用の乖離 を可能 な限 り小 さ くす ることは必ず しも (経済全体でみ た)配分効率の改善 につなが るとは限 らない
(10。
この ように、論理的 レベルおいて、所有形態 と効率性 との関係 を民営化の問題 を背後 に意識 し つつ論 じようとすれば、そこでの効率性 とは基本的に、一般均衡論的な配分効率概念ではな く部 分均衡論的な生産効率概念 にな らざるをえない とい うことになる。 もっ とも、配分効率 を社会的 厚生概念 に置 き換 え、この社会的厚生概念 を部分均衡論的にアンンジした ともい うべ き総余剰(消 費者余剰 と生産者余剰 の和)で表現 し、資源配分の歪 みの程度 (資源の ミスアロケー ション)を
「死重損失 (deadweight loss)」 の大 きさによって評価 しようとす るアプローチがない訳ではな い。実際、産業組織論 な どでは個別市場 における独 占の厚生損失の大 きさをこのような手法 を用 いて理論的には説明 している。 しか しなが ら、所有形態 と効率性 に関する実証研究 をみると、限 界費用な どの基本的データの入手が困難であることや先 に述べた国有企業の非効率性 に関連 した
「Does owllership matter P」 といった問題提起 な どを反映 して、所有形態 と生産効率 との関係 を 問題 にす る研究が大半である。 したがって、本稿で もこのような実証研究の動向を踏 まえて、生 産効率 を中心 にして所有形態 との関係 を検討 してい くことにす る。以下では、誤解 を招 く恐れが ない限 り生産効率の意味で効率性 とい う言葉 を使 う。 また、配分効率 に言及する場合 には、上 に
C91
配分効率 と生産効率 を一括 して「静的効率性 (static efficiecy)」 、新製品や新生産方法 な ど時間 を通 じたイノ ベァ ションに関す る効率性 を「動的効率性(dynamic efficiency)」
と分類 して議論す ることもあるが、 ここで は動的効率性 には触 れない。00 セカン ド・ ベス ト定理 については熊谷 (1978)、 第7章を参照。
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述べた社会的厚生の意味で使 うことにする。
次 に、配分効率 と生産効率 との トレー ド・ オ フついて簡単 に触れてお こう。 この トレー ド・ オ フを考 える上では、次の事例が適当であろう。い ま、市場支配力 を持つ国有企業 を民営化す るケー スを考 えよう。競争条件や規制の枠組 み次第では、民営化企業の利潤最大化行動 はコス ト削減 を 促 し、 この企業 に生産効率 (と恐 らくは配分効率)の改善 とい う結果 をもた らす可能性がある。
しか しなが ら、市場支配力の行使 に特別の制限が加 えられなければ、 この民営化企業 は価格 を限 界費用 を大 きく上回 る水準 に設定 し、死重損失 の発生すなわち配分効率の悪化 を もた らす。つ ま り、民営化後の企業 を取 りまく「環境」の設定の仕方次第では、民営化企業の行動 は配分効率 と 生産効率 に「非対称 的な」影響 を及ぼ し、両者の間に トレー ドオフを発生 させ る可能性 をもた ら すのである。
Ⅲ.エージェンシー関係、所有 および効率性
(1)エージェンシー関係
所有形態が効率性 に及ぼす影響 を検討す るためには、効率性 に影響 を及 ぼす他 の要因 を一定 に してお く必要がある。前節でみた ように、競争の在 り様 は効率性 に影響 を与 える。い ま代表的な 市場構造 として競争 と独 占を、所有形態 として国有 と私有 を考 えれば
(11ヽ
図 に示 され るような4 つの組 み合わせが考 えられる。 まず、 これ ら組 み合わせが効率性 に対 して持つ合意 について比較 することか ら始めよう。競争の果たす役割 を考慮すれ ば、AはBよりも、Cは Dよ りも優れた効率性 を実現す る。問題
図 所有形態 と市場構造
市場構造 所有形態
競 争 独 占
国 有 A B
私 有 C D
出所:Hartley=Hooper(1994)、 p.421.
(1。 以下では民営化 との関係か ら公有 (public onmership)で はな く国有 (state ownership)という言葉を使 うこ
とにす る。
所有形態 と効率性:イギ リスの民営化によせて
はAと
C、
Bと Dとの比較であ り、「Does ownership matter P」 が問われ る領域である(12p。 この 問題 はまさに GoJ.ス ティグラーのい う「市場 と国家 (政府)の相対的効率」の問題 であ り、市場 と政府の役割分担 をどのように考 えるか とい う市場経済 システム全体の評価 とも関係す る大 きな 問題 で もある。 この節では、プ リンシパル・ エージェン トとい う分析枠組 み (以下、エージェン シー関係 と呼ぶ)を用いて この問題 に対す る1つのアプローチを試みてみようと思 う。エージェンシー関係 とは、簡単 にいえば、プ リンシパル (依頼人)がエージェン ト(代理人)
に対 し、あるサー ビスの遂行 とそのための権限を委譲す る契約 とい うことがで きる。 また、エー ジェンシー関係が経済学的 に興味 ある分析対象 となるのは次 の ような状況が成立す る場合 であ る。第1に、プ リンシパル とエー ジェン トはそれぞれ利 己的 に行動するが、一般的には2つの主 体 は異 なる目的 を追求す る
(10。
第2に、プ リンシパル とエージェン トの間には利用可能 な情報量 に格差が存在 し、そのためプ リンシパルはエージェン トの行動 (ない し決定)のすべてについて 直接観察で きるわ けではない。すなわちプ リンシパル とエージェン トとの間に「情報のブト対称性」が存在す る。 こうい う状況下では、エージェン トによる機会主義的行動が可能 になるため、いか にしてプ リンシパルの利害 に合致す る行動 をエージェン トに とらせ ることがで きるか、 とい う規 律付 けが重要な問題 として登場 することになる(10
所有 と経営が分離 した株式会社 (以下、私企業 と呼ぶ)の場合、株主がプ リンシパル、経営者 がエージェン トにそれぞれ対応す る。一般 に株主の目的は株価の最大化 (=利潤の最大化)にあ るが、経営者の目的が 自己の効用最大化であるとすれば、経営者の行動 は必ず しも株価最大化 の 行動 と一致す る訳ではない。 さらに、企業の直面す る費用条件・ 需要条件や企業内部での管理運 営な どについて、株主の持つ情報 は経営者のそれに比べ明 らかに限定 されている。 したがって、
この ような状況の下では、経営者 による株主の利害 に反す る行動すなわち経営者 の裁量的行動 (manegerial discretion)の 余地が生 まれ、経営者の行動の規律付 けの問題が問われ ることにな る。
国有企業 の場合、エージェンシー関係 は私企業 に比べ複雑 な構造 を示す。エージェン トとして の (国有企業の)経営者 に対 しプ リンシパルの候補 はい くつか考 えられ る。た とえば官僚、政治
(1の なお、 これ ら以外 の組 み合わせ についていえば、CはBよ り優れた効率性 を もた らすが、AとDについては必 ず しも一義的な判定 はで きない、 とい う理解が経済学者の間 に共有 されている と思われ る。た とえば、Hart・
ley=Hooper(1994)、 p.420を参照。
(10分析 的 にい えば、プ リンシパル もエー ジェン トも効 用最大化行動 を とるが、両者 の効用関数 は相違 してい ると い うことである。
(10ェ̲ジェンシー理論では規律付 け とい うよ りもイ ンセ ンティブ構造 とい う言葉の方が一般的であるが、ここで は前者 を用いる。なお、エージェンシー理論 において規律付 けを始 め とした様々な問題が生起 す る根源 は、将 来起 こ りうるあ らゆる状況 (contingency)に 対す る契約 を書 くことがで きず、契約がすべて「incOmplete(不 完備)」 な ものにな らざるをえない点 に求 め られ る。
一‑87‑―
家、選挙民(国民)などがあげられ るが、選挙民 を究極 のプ リンシパル と捉 えれば、幾層 ものエー ジェンシー関係が選挙民 と経営者の間には介在 していることになる。すなわち経営者 と官僚、官 僚 と政治家、政治家 と選挙民 といったエージェンシー関係の ヒエラルキーが、国有企業の場合、
存在すると考 えることがで きる。 この ように国有企業のエージェンシー関係 は複雑ではあるが、
その本質的部分 は私企業のそれ と変わ らない。なぜな ら、 この ヒエラルキーにおいて も、プ リン シパル とエージェン トの目的が乖離 し情報の非対称性が存在す ると理解できる以上、「政治家」(な い し官僚)の裁量的行動 (political discretion)の 可能性が生 まれ るか らである。
以下では、私企業及び国有企業のエージェンシー関係 をこのように捉 えた上で、私有・ 国有 と いう所有形態 と効率性 との関係 を検討す ることにしよう。
(2 公共選択論 と所有権理論
前節で引用 したスティグラーの文章 は、市場 の失敗する領域 に対 し「賢明なる」政府の行動 を 暗黙裏 に想定 し市場の失敗が適切 に処理 され るとする考 え方 (以下、伝統的考 え方 と呼ぶ)を批 判 した ものであった。いま、市場が失敗す る典型的な事例 である自然独 占を取 り上 げこの点 をみ てお こう。伝統的考 え方によれ!よ この場合市場 の失敗 に対 し2つの「解」が存在す る。1つは 国有企業、 もう1つは規制付 きの私的独 占 (企業)である
(15、
そ して、社会的厚生の最大化 を目 的 とす る「賢明な」政府が国有企業の適切 な管理運営や私的独 占に対す る効果的な規制 を実行す ることにより、 これ ら「解」の実現が図 られ る。 このように伝統的考 え方 は、政府の行動 目的に ついていわゆる「公益説 (public interest theory)」(10を
想定 し、政府 をブラック・ ボックス とし て取 り扱 うため、国有企業の効率性 (や規制の有効性)といった問題 は論理的に存在 しえない。スティグラーの批判 を待つ まで もな く日常の経験 に照 らしてみて も、 このような政府 の捉 え方が ナイーブ (素朴)に過 ぎよることは明 らかであろう。公共選択論 (public choice)は 政府の行動 をその構成員 (先に述べたエージェン ト)の行動 に着 目して、 また所有権理論 (prOperty right
theory)は所有権の果たす役割 に着 目してそれぞれ このような政府の捉 え方 したがって伝統的考 え方を批判 した。次 に公共選択論、所有権理論 を手がか りにして国有企業 と効率性 に関わ る問題 を検討 してい くことにしよう。
公共選択論 は1960年代以降、Jo M.ブ キャナンやG.タロックを中心 に政治過程 の経済分析 を 旗印に発展 をみてきた分野である(1つ。公共選択論 の もた らした重要な貢献 は、経済学 における基
0。
自然独 占に対 す る「解」 は、原理的 にはこの2つに限 らない。詳細 については、野方 (1988)を参照。00公益説 については、た とえば Viscud et al(1995)、 11章を参照。
いつ 公共選択論 についてはMueller(1989)を参照。
所有形態と効率性:イギリスの民営化によせて
本的仮定である利 己的行動 を、政治 に関わる主体である政治家・ 官僚・ 選挙民 な どに適用 し、 こ れ ら主体 の利己的行動 の含意 を明 らか にした点 にある。本稿での議論 との関連 で公共選択論 の エ ッセ ンスを明確 にす るため、いまプ リンシパルである選挙民の目的が社会的厚生の最大化 にあ るとしよう
(10。
情報 の非対称性が存在すれば、選挙民 は政治家や官僚 の行動 (上に述べた「政治 家」の裁量的行動)をチェックす る情報 を必要 とするが、 この情報の収集(モ
ニタ リング)にはコス トがかか る。 したがって、モニタ リングをr Tう ことのコス トとベネフィッ トの相対的大 きさ 次第では、選挙民 に政治家や官僚 に対 してモニタ リングを行 うとい う誘因が生 まれず、彼 らに対 する有効 なコン トロールが機能 しない といった事態が発生す る。あるいは、ある特定の選挙民の 集団に とってはモニタ リングによるベ ネフィッ トが コス トを十分 カバーするケースが生 じるか も しれない。前者であれば、政治家や官僚 は自己利益 を追求で きる余地が大 き くな り、政治家 によ る再選 に有利 な政策決定や官僚 による省予算の拡大 な どいわゆる「省益」 を優先 した政策が とら れることになる。後者 の場合、特定集団によるレン ト0シ ーキング と呼 ばれ る行動すなわち「 自 己に都合のよいルールや規制の設定 を働 きかけ自己利益の追求 を意図す る」行動がみ られ るよう になる。いずれの場合で も、社会的厚生 とい う観点か らは非効率性 を生み出す要因 となる。
以上の議論 を国有企業 という文脈の中で、選挙民 (プリンシパル)と経営者
(エ
ージェン ト)
との関係 に置 き直 し、効率性 の問題 と関係づ けて考 えてみよう。選挙民の目的 (社会的厚生の最 大化)が経営者 の目的 (効用最大化)と必ず しも一致 しない理由は、政治家や官僚の場合 と同 じ である。 さらに、情報の非対称性の程度 について も政治家や官僚の場合 と同等かそれ以上 と考 え てよいだろう。 したがって、経営者の裁量的行動の余地 は大 きい ことになる。 この裁量的行動が 国有企業の効率性 にいかなる影響 を及 ぼすかをみるためには、経営者の行動の背後 にある彼 らの 効用関数 を検討す ることが必要 になる。
R。
マ リスやO.ウィリアム ソンな どの展開 した経営者企 業の理論 な どでは、企業規模 (の拡大)、 スタ ッフ (の拡大)、
裁量的な投資資金 (の拡大)など さまざまな ものが効用関数の構成因 としてあげ られている(10。
経営者が、現在及び将来 に予想 さ れ る需要水準 に対 して裁量的な投資資金 を利用 して過大 な生産能力 を保有 した り多 くの経営 ス タ ッフを企業組織 内に雇用す るとい うことは、経営者の目的である企業規模拡大の方法の1つで ある。 また、労働組合が上 にみた選挙民の特定集団 として (政治家 を経由 して)何らかの影響力 を経営者 に行使 で きる存在であれば、賃金の引 き上 げや雇用の確保 を保証す るといった経営者の。助 ただ し、公共選択論 においては選挙民の利己的行動が社会的厚生の最大化 につなが るとは考 えられていない。
む しろ、後 に述べ る (選挙民 による)レン ト・ シーキング とい う行動 によって「他人 の負担 によって より多 く の 自己利益 を追求する」 といった社会的厚生 に反す る結果が もた らされ る と考 えられている。
(1の た とえば、Williamson(1986)、 第2章を参照。 これ らの ものは経営者 の行動の基本的動機である俸給、権力、
地位、名声、安全 性な どを実現す る具体的手段 とされている。
―‑89‑―
行動 は、労働組合 と良好 な関係の維持 を通 じて経営者の効用
(た
とえば地位の安全性や名声な ど)を高める効果 を持つ と考 えることがで きる。
しか しなが ら、 こういった経営者の行動 は過大 な投資 による過剰生産力、過剰 なスタッフや従 業員 な どを結果 として もた らす。 こうしたいわゆる「組織 のスラック (organizational slack)」
は生産 コス トを割高な ものにす る。すなわち、平均費用曲線上での生産か らの乖離 を引 き起 こし、
国有企業の効率性 を低下 させ る。平均費用曲線上での生産がなされない とい うことか ら生産効率 が実現 されない ことは明 らかであるが、プ リンシパルの目的である社会的厚生の最大化 も結果的 に図 られないか ら、配分効率 も実現 されない。
この ように、国有企業 を公共選択論の論理 とエージェンシー関係 という観点か ら捉えてみると、
国有企業 は生産効率や配分効率 を実現で きるメカニズムを有 してお らず、非効率 な経済成果 を生 み出す存在であるとい う結論がえられ る。それでは、国有企業 を私企業形態 に転換 した場合 (所 有形態 を変更 した場合)、 効率性 の改善が期待で きるであろうか。次 にこの点 について所有権理論 の検討 を通 じて考 えてみよう。
所有権理論 は1960年代半 ば以降、A.アルキャン、H.デムゼ ッツを中心 に展開された考 え方で あ り。の、国有企業 と効率性の問題 を考 える上で公共選択論 と補完的関係 にあるもの として位置づ けることがで きる。 この理論が重視するのは、所有権 の経済主体への帰属の相違すなわち所有形 態のあ り方それ自身が経済成果 に大 きな相違 をもた らす、とい う点である。 さしあた り、所有権 を
「資源 (特に経済的資産)の利用 を排他的に決定で きる権利」 と定義 しておけば、「共有地の悲劇 (tragedy ofthe commons)」 が典型的に示 しているように、集団的所有
(あ
るいは共有、commonownership)の 下では資源の過剰 な利用が引 き起 こされ、資源の浪費すなわち資源の非効率的利用 とい う結果 につなが ることが知 られている。所有権理論 によれば、 この非効率性 をもた らす原因 は、多数の個人 によって資源が集団的に所有 されていることではな く、多数の個人への所有権 の 帰属が特定化 されていない ことに求 められ る。ただ し、急いで付 け加 えなければな らないのは、
所有権 の特定化がなされていた として も所有権 の分割や移転可能性が存在 しなければ、所有権 の 行使 は大 きな制約 を受 け、実質的には資源 を所有 していない状況 と大差 ない結果が生 じうる。
以上の点 をまとめて所有権理論の主張 を要約的に述べれば、次のようになろう。所有権が経済 主体 に特定化 され、所有権 の分割・ 移転可能性が保証 されている私有制の下では、所有権 の行使 に伴 うコス トとベネフィッ トはすべてその経済主体 に集中す る。その結果、その経済主体 は資源 を可能 な限 り効率的に利用 しようとす るインセンティブを持つ ことになる。 この論理 を私企業 に
Oの
所有権理論の基本的アプローチについては、Alchian(1977)、 Part 2を 参照。所有形態と効率性:イギリスの民営化によせて
当てはめれ ば、企業資産の所有権 を有す る存在である株主 (プリンシパル)は企業資産の「運用 者」である経営者 (エージェン ト)の行動 をモニター しようとす るインセ ンテ ィブを持 つ。株主 は株式 を保有す るかそれ とも株式市場 で売却す るか とい う2つの選択肢 を持 ってい る。A.ハー シュマ ンの用語でいえば、「
voice」
と「e対t」 の選択である (Hirs仙 nan,1970)。 前者 は既存株主 によるモニター、後者 は潜在株主 によるモニター (乗つ取 りの脅威)と関係す る。 これ らはいず れ も資本市場か らのモニターであるが、 この点 については後 ほ ど検討す る。次 に、国有企業 に当 てはめて考 えてみよう。(1)で
みた ように選挙民 を究極的プ リンシパル とすれば、論理的 には選挙 民が国有企業の所有権者 ということになる。 しか しなが ら、 この所有権 については株式市場のよ うな取引市場 は存在 しない。 したがって、先 に見た ように選挙民 は実質的に所有権 を行使で きな い状況 に近 く、エージェン トである経営者 をモニターす るインセンティブに欠 けることになる。国有企業 の所管省庁 の官僚が国有企業 のモニター役 を期待 され るが、モニ ターか ら生 じるベ ネ フィッ トが彼 らに帰属す るとは限 らないため、モニタ リングのインセ ンティブは希薄なもの とな り易い。所有権理論 によれば、 この ような経営者への規律付 けの有効性の低下 によって、私企業 に比べた国有企業の非効率性が まず生 じることになる。 さらに、倒産の脅威 の有無について も私 企業 と国有企業 とでは大 きな相違があ り、 この点 も経営者への規律付 けに影響 を与 えると所有権 理論 は主張する。かってわが国で も「親方 日の丸」 といわれた ように、一般 に国有企業 は財務上 の理由か ら経営が行 き詰 まり倒産 にいた るとい うことは殆 ど考 えられない。政府資金 に対する自 由なアクセスが基本的に可能だか らである。 これに対 し、私企業の場合、た とえば利潤 をあげら れずに赤字が続 けば、企業債権 の所有者 による経営への介入 を受 けた り
K21、
さらには市場か らの 必要資金の調達 に支障 を来すようになれば倒産 につなが る。 これは私企業が倒産 の脅威 とい う形 で資本市場 における既存の債権者お よび潜在的債権者か らモニタ リングを受 けていることを意味 する。 そして、 この ようなモニタ リングを背景 とした倒産 の脅威 は私企業の経営者 に効率改善 を 促す契機 を提供す る。所有権理論 によれば、倒産 の脅威 に晒 されていない国有企業 はそのため私 企業 に比べ効率改善へのインセ ンテ ィブが弱 く、それが国有企業の効率性の相対的低下 につながるとい う訳である。
公共選択論、所有権理論 はいずれ も私企業 に比べた国有企業の非効率性(主に生産効率の低 さ)
を主張す るものであるが、 これ までの議論か ら明 らかなように、その妥当性 はプ リンシパルによ るエージェン トに対す る規律付 けが どの程度有効であるかに依存す る。以下では、 この節 におけ OD なお、この点に関連 してわが国のメイン・バ ンクが果たしているこのような機能に着目し、「状態依存的ガバナ ンス」 とい う1つの システム としてメイ ン・バ ンクを解釈 しようとす る青木氏 の一連 の研究 は興味深 い。た と えば、青木 (1995)を参照。
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るこれ までの議論 を踏 まえ、私企業 に対する資本市場 (と倒産の脅威)の影響力の程度、および 先の図 に示 した市場構造の うち (生産物市場での)競争が私企業の行動 に及ぼす効果 に焦点 を絞 り、資本市場や競争が経営者の規律付 けにどのような影響 を与 えるかを検討 しなが ら、所有形態 と競争 と効率性の関係 をみてい こう。幼。
0)経
営者の規律付 け資本市場 による経営者 の規律付 けの問題 は、古 くか ら議論 の対象 にされて きた問題 である。A.
バー リとG.ミ ーンズによる「所有 と経営の分離」は、株主による経営者の規律付 けが有効 に機能 しない ことを示 した「古典的」事例である (Berle=Means,1932)。 既存株主 によるモニタ リング が経営者 を規律付 ける上で十分であるか否か とい う問題 は、現在で は機関投資家 (institutional shareholder)の 役割 をどの ように評価す るか とい う文脈で議論 されている。従来の機関投資家の 行動 に関す る代表的見解 は、ポー トフォ リオ投資 による効率的な リスク配分 によって企業経営 に 対す る関心が低下 し、その結果経営者 に対する規律付 けは十分 に機能 しない とい うものであった。
最近 になって、CalPERS(カ リフォルニア州公務員退職年金基金)のように企業経営 に積極的 に 関与 しようとする行動、いわゆる機関投資家の「関係的投資 (relationship investment)」 も注 目 され るようになっている。現時点では必ず しも明確 に断定 はで きないが、前者 の ような行動が一般 的であ り、既存株主 によるモニタ リングは有効 に機能 していない とす る考 えが支配的である。つ。
資本市場 は株式 とい う形態 をとる所有権が取引 され る市場であるが、取引の過程 を通 じて当該 企業の「情報」 を株価 に反映 させ るとい う機能 を果た している。 ここでい う「情報」 とは経営者 の行動 を事後 的に判断す る材料 といった意味である。た とえば、経営者の裁量的行動 によって効 率の低下が生 じると、それ は利潤水準の低下 とい う形で顕在化す る。情報が非対称 的な状況の下 では、株主 はこの利潤水準の低下が経営者の裁量的行動の結果であるのか、 それ とも他の外生的 要因
(た
とえば、景気や為替 レー トといったマクロ経済的攪乱)によって もた らされた ものであ るのか正確 には判断で きない。 この時、資本市場が全体 として「情報」の伝達・ 処理 に関 して ど こまで有効 に機能で きるか とい うことが問題 となる。逆のいい方 をすれば、資本市場が どこまで 企業の効率性 を回復 させ る機能 を有 しているか といって もよい。 この点 を考 える上で、既存株主 による株式の売却すなわち「e対t」 とい う行動や潜在株主 によるモニタ リングは重要な意味 を持 っ資本市場や生産物市場 と並 んで経営労働市場 (経営者サー ビスの市場)からの私企業の行動への影響 を論 じた もの としてFama(1980)がある。Fama(1980)などのいわゆる「エージェンシー理論」については野方(1985) を参照。
た とえば、Bishop=Mayer=Kay(1994)、 p.12を参照。
所有形態と効率性:イギリスの民営化によせて
ている。 もしこれ ら主体 のモニタ リングが有効 に機能すれば、利潤水準の低下 は「e対t」を通 じて 株価の低下 をもた らす。そして株価 がある水準 を超 えて低下す ると、潜在株主の行動が「乗 っ取 り」とい う形で具体化す る。り。 したが って、経営者が現在の地位 を乗 っ取 りか ら守 るためには、
効率性 をある水準以上 に維持す る必要性が生 まれ る。乗 っ取 りの脅威が経営者の規律付 けに効果 を発揮 し、効率性 の改善 を促すのである。
以上の論理が乗 っ取 りの脅威 とい う資本市場か ら経営者への規律付 けのメカニズムであるが、
先 に進 む前 にこの ようなメカニズムの有効性 を制限す ると思われ る論点 について少 し触れてお こ う。1つは論理的 レベルでの問題であ り、いわゆる「ただ乗 り(free―
rider)」
の問題 に関係す る。株式が分散 して所有 され支配的株主が存在 しない場合、ある株主のモニタ リング努力(=コス ト)
によって高め られた効率性改善 に伴 う利潤増加 (=ベネフィッ ト)は株価の上昇 とい う形 を取 る か ら、ベネフィッ トの大部分 は当該株主ではな く他の多 くの株主へ向か うことになる。 したがっ て、 どの株主 も他の株主のモニタ リング努力 に「ただ乗 り」 しようとす る誘因 を持つため、株主 によるモニタ リングは結果的に実行 されない ことになる。 また、同 じような状況 は乗 っ取 りの場 合 について も生 じうる。乗 っ取 りは通常、公開株式買い付 け (takeover bid)と いう形態 を とる。
先 と同様 の株式所有状況の下では個々の株主の株式保有割合 は僅かであるか ら、株式の保有 を続 けようが売却 に応 じようが公開株式買い付 けの結果 に何の影響 も与 えないはずである。乗 っ取 り が成功すれば効率性改善 に伴 う株価の上昇が期待で きるか ら、かれ らに とって この潜在的株価上 昇の期待 に基づいて買い付 けには応 じず株式 を保有 し「ただ乗 り」す る行動が有利 となる。 この
ような ことが起 こると、潜在的株主 は必要な株式 を獲得で きず乗 っ取 りは失敗する。つ。
いま1つ は現実に乗っ取 りを防止する手段がい くつか講 じられており、経営者の地位の安全性 が図 られているという点である。た とえば、アメリカでは「
poison pills」
や「golden parachutes」といつた乗っ取 りに対抗する手段が経営者の側から考案され、現実に乗っ取 りが実行されても経 営者に経済的損失を全 く与えないような状況が作 り出されている。 また、イギリスにおいても戦 略的に重要性を持つ と判断された民営化企業については、「黄金株(golden share)」●0や個人の株
乗 っ取 りは株式の取得 を必要 とし、また株式の取得 に際 しては一定の取引 コス トが発生す るか ら、この取引 コ ス トの大 きさをカバーす る水準 まで株価の低下が なければ乗 っ取 りによる利益 は見込 めない。なお、ここで考 えてい る乗 っ取 りは「敵対 的 (hostile)」 な ものであ る。
ここで取 り上 げた点 についてはVickers=Yarrow(1988)pp.16‑18を 参照。
黄金株 とは、乗 っ取 りや会社の定款の変更 に対 し拒否権 を行使 で きる政府保有株 の ことである。黄金株 の設定 はブ リテ ィッシュ・ テレコム、ブ リテ ィッシュ・ ガス、ブ リテ ィッシュ・ エアロスペース、 ジャガー、ブ リ ト イル な ど多 くの民営化企業 に及んでいる。ただ し、黄金株 の権利 を発動 しなかった り (ブリテ ィッシュ・ ペ ト ロンアムによるブ リ トイルの買収 のケース)、 黄金株 を解消 した り (1989年 のフォー ドによるジャガーのケー ス)、 黄金株 の有効期限 を設定 す る(地域水道会社 のケース)な ど黄金株 の行使 についてイギ リス政府 はこれ ま で さまざまな対応 をとって きている。
(25)
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式所有割合の上限を設定す るな どして。つ、敵対的買収や外国人 な どによる買収 を制限 している。
これ ら一連の乗 つ取 り防止 を意図 した手段 は、明 らかに乗 つ取 りが成功す るか否かについての不 確実性 を増大 させ る効果 を持 っている。
結局の所、乗 っ取 りの脅威が経営者の規律付 けにどの程度の効果 を及ぼしているかについては 実証研究 に待つ他 はない。 この分野の実証研究 においては、乗 っ取 りの脅威 は「会社支配の市場 (market fOr corporate control)」 の有効性 とい う形で論 じられて きた。紙数の関係で ここでは この点 について触れ る余裕 はないが、結論的には実証上の証拠 は相半 ばし、「資本市場か らの圧力 は存在す るが、それは必ず しも十分ではない」(Domberger=Pigott,1986,p.150)と いった とこ ろが最大公約数的 ものであるといえよう。なお、 リケ ッツ=シュース ミスによるイギ リスの経済 学者 を対象 にしたサーベイ調査で は、「乗 っ取 りの脅威 は経営者 に利潤増加 を促す重要 な力であ る」 とする命題 に約6割ほ どの経済学者が支持す ると答 え、逆 に支持 しない と答 えた ものは2割 に も満たない、 という報告 をしていることを付 け力口えてお こう (Ricketts=Shoesmith,1990)。
次 に、資本市場 (ない し資金市場)からの もう一つの規律付 けのメカニズムについて簡単 にみ てお こう。先 に見た ように、国有企業 に比べ私企業 は必要資金の調達 とい う点で資本市場か ら一 定の制約 を受 けていた。それは既存及 び潜在的債権者のモニタ リングを背景 とした倒産 の脅威 で あつた。国有企業 は政府資金へのアクセスが実際上保証 され、多 くの場合必要な とき必要なだけ の資金 を調達可能であるという意味で、いわゆる「soft budget」 の下で行動 している。 これに対 し、私企業ではそのような資金調達ルー トは存在せず、「hard budget」 とい う制約の下で行動 し なければな らない。
0。
その結果、倒産 とい う事態が私企業 には常 に起 こりうることにな り、 この ような倒産の脅威が経営者 に対 し一定の規律付 けの機能 を果たす ことになる。この種の規律付 けが どの程度働 いているかは一概 にはいえないが、企業規模 と強い関係 にある ことは一般 に認 められているところである。大規模企業の倒産 は雇用 を始め としてその及ぼす効 果が大 きいため、 このような企業の経営危機 に際 しては通常政府が救済 に乗 り出す ことが よ くみ られ る。た とえば、1980年代前半のアメ リカにおけるクライスラー社 のケースはこの典型的な も の といえよう。また、イギ リスの1970年代 にお ける国有化の中にはこの種 の ものがい くつかみ ら れた。
9ヽ
この ように、比較的規模 の大 きい企業 を対象にした場合、倒産の脅威が経営者の規律付 け に果た している役割(し
たがって効率性 に及ぼす影響)は限定的なものになると考 えてよいだろう。9つ
た とえば英国航空が民営化 された時、個人 による発行済株式の所有割合 は15%以下、非英国居住者 の総株式所 有割合 は25%以下 に制限 された。(23)soft budget,hard budgetについてはKomai(1984)を参照。
υ助 た とえば、スコッ トラン ドのクライ ドサイ ド地域の民間造船会社 の経営難 は、 この地域 の雇用確保 を目的 に 1977年英国造船公社 とい う国有企業形態 に転換 す る ことによって救済 された。
所有形態と効率性:イギリスの民営化によせて
最後 に生産物市場での競争の役割 についてみてお こう。経済学の入門的テキス トにおいて繰 り 返 し強調 されているように、市場での競争 は高 コス ト企業すなわち効率性 の改善 を怠った企業 を 淘汰す る。淘汰の具体的プロセスの1つが、先 に見た資本市場か らの必要資金の調達の困難 さお よびその結果 としての倒産 とい う事態である。 この ように生産物市場での競争 は資本市場の果た している機能 と相倹 ってその本来の機能 を発揮 しているのである。この点 は「soft budget」 のケー ス と比較すれば容易 に理解で きるであろう。すなわち、「soft budget」 の下で企業が行動す る場合、
必要資金の調達 に制約が課 されないため、市場 での競争が もた らす企業 (ない し経営者)への規 律付 けは、いわば「遮断」ない し「中和」 させ られて しまうのである。
ところで、生産物市場での競争 はどのような「情報」 を資本市場 に伝達すると考 えることがで きるであろうか。 ここでの「情報」 とは、既 に述べた ように経営者の行動 を事後的に判断する材 料 としての情報である。 その一部 については上 にみた通 りであるが、一般的には次のように考 え ることがで きよう。すなわち、生産物市場での競争 はライバル企業の業績 との比較 を通 じて、経 営者の行動 をモニターする上で不足 していた情報 を補充す る役割 を果たす ことがで きる、 と。た とえば、利潤水準の低下が経営者の裁量的行動 によるものか外生的要因によるものかを判断する 直接的情報がない場合 において も、外生的要因はその定義上 ライバル企業 にも等 しく作用 してい るわ けであるか ら、利潤水準 とい う事後的に観察可能な情報 はライバル企業 それ との比較 を通 じ て当該企業の経営者の行動 を判断す る情報 としての価値 を持つ ことになる。 このように、ライバ ル企業の存在 (=競争の存在)は企業成果 をモニターす る上で有益な情報 を資本市場 に伝達する のである。
以上 の点 をまとめれば次のようになろう。生産物市場での競争 は企業の非効率性 を顕在化 させ、
それはシグナル として資本市場 に伝達 される。資本市場 はこのシグナルを手がか りに企業の非効 率性 を改善 させ る方向に企業 を誘導す る。 このプロセスにおいては先 に検討 した既存株主による モニタ リングや潜在株主 による乗 っ取 りなどが重要な役割 を果たす。そして資本市場での このよ うなシグナルが企業 (ない し経営者)にフィー ドバ ックされ、生産物市場での企業行動 (ない し 経営者の行動)の変化が引 き起 こされ る。 このような生産物市場 と資本市場 とい う2つの市場間 の相互作用 こそが正 しく効率性 の改善が進行するプロセスに他ならないのである。
ここか ら明 らかになる重要な点 は、「Does owFlerShip matter?」 を検討す る場合、生産物市場 や資本市場 という個別市場か らの影響 とい う側面 と同時に2つの市場 の相互作用 とい う側面 につ いて も留意すべ しとい うことである。
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