ロールズの正議論とコミュニタリアンの批判(中) : 中間考察
著者名(日) 山本 啓
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 69
ページ 1‑55
発行年 2012‑03‑30
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000483/
論
ロ
説ー ル ズ の 正 議 論 と コ ミ ュ ニ タ リ ア ン の 批 判 ︵ 中 ︶
││ 中間 考察
││
山 本
啓
目 次 六 補足 的中 間考 察
六 補足 的中 間考 察
方法 論的 集合 主義 と方 法論 的個 人主 義 ここ では
︑こ れま で述 べて きた とこ ろで 不十 分な 展開 のま まに なっ てい ると ころ を補 足す る意 味で
︑中 間考 察を おこ なっ てい くこ とに しよ う︒
─ 1 ─
すで にふ れて おい たよ うに
︑前 期ロ ール ズの 正議 論に おい ては
︑道 徳的 な人 格と 合理 的な 判断 能力 をそ なえ た人 びと すべ てが
﹁当 事者 たち
﹂︵
p a r t i e s
︶ とな って 合意 形成 をお こな って いく とい う︑ 社会 契約 論に もと づい た意 志 決定 のア プロ ーチ がと られ てい る︒ リベ ラリ スト であ るロ ール ズは︑一 人ひ とり の個 人が 人格 的に 個別 であ り︑ そ れぞ れが 合理 性を おび た自 律的 な個 人と して 存在 して いる とい うこ とを 前提 にし て︑ 正義 論を 展開 して いき たい と 考え てい る︒ ロー ルズ は︑ 人び とが それ ぞれ 自律 した 個人 とし て存 在し てお り︑ 自己 利益 の最 大化 を求 めて 合理 的 に判 断し
︑行 動す ると いっ た方 法論 的個 人主 義か ら出 発し てい くと いう みず から が設 定し たこ の前 提に つい て︑ 疑 いを 差し はさ むこ とは まっ たく ない
︒し かし なが ら︑ 土場 学も いう よう に︑
﹁ロ ール ズの 原初 状態 では
︑個 人は 任 意の 目的 を構 成し うる 人格 とし て想 定さ れて いる だけ で︑ それ では 個人 はい かに して 目的 を構 成す るの か︑ とい う 問い は不 問に ふさ れて いる
﹂の であ る︵ 土場
︶︒
2006:42
ロー ルズ は︑
﹁原 初状 態﹂
︵
o r i g i n a l p o s i t i o n
︶ にお いて は︑ なん の負 荷も なく︑自 分が おか れた 状況 によ って 位置 づけ られ るこ とも まっ たく ない
︑白 紙の まま で存 在し てい る諸 個人
︑そ して
︑そ れぞ れの 個人 が社 会的 な身 分や 階 級︑ 生来 の資 産や 能力
︑自 分の 知性 や運 につ いて もな にも 知ら ない とい う状 況を 仮定 し︑ この 状況 を初 発と して 設 定し てい る︒ した がっ て︑ 社会 契約 論に よっ て﹁ 公正 とし ての 正義
﹂を 導出 して いく ロー ルズ の手 続き の回 路に お いて は︑ それ ぞれ の個 人は
︑み ずか らの 手で 目的 を構 成し てい くと いう 自律 した 主体 とい う存 在性 格を 剥ぎ とら れ てし まう
︒そ して
︑自 律し た一 人ひ とり の個 人と いう 存在 性格 は︑ 当面 のと ころ は背 後に 押し やら れ︑ 眠り 込ま さ れる ので ある
︒サ ンデ ルは
︑こ うし た白 紙の まま の無 規定 的な 諸個 人が 存在 する と想 定す るこ とそ のも のが まち が って いる と批 判す るわ けで ある
︒サ ンデ ルの この ロー ルズ 批判 は︑ 批判 その もの とし ては
︑ま さに その とお りに あ
ては まる とい える だろ う︒ この 点に つい ても
︑す でに ふれ てお いた
︒ ここ でロ ール ズが いう
﹁原 初状 態﹂ とい うの は︑ ジ
ョ
ン・ ロッ クが いう 空白 なタ ブラ・ラ サ︵
t a b u l a r a s a
︶の 状 態に あた ると いえ る︒ ただ し︑ ロー ルズ の﹁ 原初 状態
﹂に おい て交 わさ れる 社会 契約 の場 合に は︑ あく まで も導 出 のた めの 手続 きの 論理 とし て援 用さ れて いる
︒そ のた め︑ 生ま れた ばか りの 子ど もの よう に︑ ア・ ポス テリ オリ
︵事 後的
︶な 経験 によ って のみ 人間 とし ての 認識 や知 識が 獲得 され てい くと する
︑ロ ック のよ うな 経験 主義 が採 用 され てい るわ けで はな い︒ ロー ルズ の基 本的 な立 場は
︑あ くま でも 演繹 的な 規範 主義 にあ る︒ また
︑ホ ッブ ズ︑ ロッ ク︑ ルソ ー︑ カン ト︑ いず れの 社会 契約 論に つい ても いえ るよ うに
︑諸 個人 の信 託︑ 信約
︑ 譲渡 によ って 社会 契約 が交 わさ れ︑ 国家 や政 府︑ ある いは 政体 が形 成さ れた とい うこ とを
︑帰 納的 な経 験主 義に も とづ いて 論証 する こと はで きな い︒ 古典 的な 社会 契約 論は
︑あ くま でも フィ クシ
ョ
ン とし て措 定さ れた もの と考 え てお くし かな いの であ る︒ その 点で︑社 会契 約論 は︑ ロー ルズ の場 合と おな じよ うに
︑つ ねに 直観 主義 のレ ベル に とど まら ざる をえ ない
︒し かし なが ら︑ ロー ルズ の社 会契 約論 の場 合に は︑ おな じく フィ クシ
ョ
ン を設 定す るに し ても︑伝 統的 な社 会契 約論 とは 異な って
︑社 会契 約が 特定 の社 会状 態や 統治 形態 をも たら すた めの もの では なく
︑ 諸個 人が 初発 の合 意の 対象 とし て﹁ 公正 とし ての 正義
﹂を 互い につ くり だし
︑そ れを 互い に受 け入 れる とい う導 出 の回 路と して 設定 され てい る︒ そし て︑ その 初発 の合 意が いっ たん 成立 し︑ 意志 決定 がお こな われ たな らば
︑そ れ が︑ その あと のあ らゆ る合 意を 規定 して いく もの なの だと され るわ けで ある
︵
R a w l s 1 9 9 9 a : 1 0 /
︶︒
訳:16
ここ が︑ ロー ルズ の特 異な とこ ろで あり
︑ま た︑ その 意志 決定 論に つい ての 評価 にも かか わっ てく ると ころ であ る︒
﹁無 知の ヴェ ール
﹂︵
v e i l o f i g n o r a n c e
︶ とい う﹁ 純粋 な手 続的 正義﹂︵
p u r e p r o c e d u r a l j u s t i c e
︶ を媒 介に して︑
─ 3 ─
﹁公 正と して の正 義﹂ とい う実 質的 な合 理性 への 転換 がは から れて いく 仕掛 けが
︑こ こに は設 えら れて いる
︒し た がっ て︑
﹁そ れぞ れの 個人 の意 志の 格律 が︑ 同時 に普 遍的 な法 則と なる よう に行 為す る﹂ こと を求 める カン トの 定 言命 法と おな じ論 理的 な枠 組み が働 いて いく と構 想さ れて いる こと がわ かる
︒ロ ール ズの 正議 論が
︑カ ント 的な 構 成主 義に もと づい てい ると いわ れる のは
︑自 由な 人格 をそ なえ た諸 個人 が一 致し て合 意す る承 認の 論理 が仮 定さ れ︑ 全員 一致 で承 認さ れた 合意 が定 言命 法に なっ てい くと 考え られ てい るか らで ある
︒こ の手 続き の回 路と して
︑方 法 論的 集合 主義 がと られ てい るわ けで ある
︒そ して
︑ロ ール ズは
︑こ うい う︒ 正義
の構 想が 選ば れた あと では
︑人 びと は︑ 初期 状態 にお いて 合意 され た正 義の 諸原 理に 全面 的に した がっ て 憲法 を選 択し
︑さ らに さま ざま な法 を制 定す る立 法機 関な どを 選択 する こと にな る︑ とわ れわ れは 想定 する こ とが でき るの であ る︵
R a w l s 1 9 9 9 a : 1 2 /
訳文 は多 少変 更し た︶
︒
訳:19.
もう いち ど確 認し てお くけ れど も︑ ロー ルズ は︑
﹁原 初状 態﹂ にお ける 諸個 人を
︑集 合的 な契 約主 体と して の
﹁当 事者 たち
﹂で ある と措 定す る︒ そし て︑ この 集合 的な 主体 であ る諸 個人 は︑ 自分 たち のお かれ てい る境 遇に つ いて なん の情 報も もち あわ せて おら ず︑ 自分 たち が契 約主 体で ある とい う認 識や 自覚 もな いま ま︑ すな わち 当事 者 意識 もな いま ま︑
﹁無 知の ヴェ ール
﹂に 包ま れた 状況 のな かで
︑無 意識 のう ちに 社会 契約 を交 わし
︑﹁ 善﹂ を超 えた 至上 の価 値で ある
﹁正 義﹂ を自 分た ちの もの とし てい くの だと する 方法 論的 集合 主義 とい うフ ィク シ
ョ
ンを 設え る︒ とこ ろが︑﹁ 無知 のヴ ェー ル﹂ に包 まれ た状 態の なか で社 会契 約が 交わ され ると いう 手続 きが いっ たん 実行 され
︑
終了 して しま うと
︑こ うし た普 遍主 義に もと づい た集 合的 な諸 個人 とい う設 定は 解除 され て︑ 自由 で平 等な 人格 を もつ 自律 した それ ぞれ の市 民と して 社会 関係 を取 り結 んで いく とい う方 法論 的個 人主 義の 設定 へと 切り 替え られ る ので ある
︒ 引用 して おい たと ころ をな ぞっ てみ ると
︑﹁ 原初 状態
﹂に おい て﹁ 無知 のヴ ェー ル﹂ に包 みこ まれ たま ま﹁ 当事 者た ち﹂ のあ いだ で社 会契 約が 交わ され
︑正 義の 構想 が選 ばれ たあ と︑
﹁人 びと
﹂は
︑初 期状 態に おい て全 員一 致 で合 意さ れ︑ 意志 決定 され た正 義の 諸原 理に 全面 的に した がっ て︑
﹁憲 法を 選択 する
﹂︑ つま り憲 法を 制定 して いく もの だと され てい る︒ もち ろん
︑こ こで いう
﹁人 びと
﹂は
︑す でに
﹁無 知の ヴェ ール
﹂に 包ま れた
﹁当 事者 たち
﹂ では あり えな い︒ 合理 的な 判断 能力 をそ なえ
︑個 別の 人格 をも った 一人 ひと りの 自律 した 人間 とい う存 在性 格を あ たえ られ てい ると 考え なけ れば なら ない
︒土 場が いう
﹁い かに して 目的 を構 成す るの か﹂ とい うこ とを
︑あ らた め てみ ずか らに 問い かけ るこ との でき る存 在性 格を あた えら れて いる ので ある
︒そ して
︑こ の﹁ 人び と﹂ が︑ いわ ゆ る﹁ 憲法 制定 権力
﹂︵
c o n s t i t u e n t p o w e r
︶と して
︑ロ ール ズの 求め る正 義に かな った 憲法 をつ くり あげ てい く主 体 であ ると 想定 され てい るの であ る︒ ここ に︑ ロー ルズ の方 法論 的個 人主 義が 発現 され てい る姿 をは っき りと みて と るこ とが でき るだ ろう
︒
﹁憲 法制 定権 力﹂
︵
p o u v o i r c o n s t i t u a n t
︶ とい う概 念は︑い うま でも なく
︑一 七八 九年 に︑ フラ ンス 革命 が勃 発す るき っか けに もな った
︑ア ベ・ シェ イエ スの
﹃第 三階 級と はな にか
﹄で 提唱 され たも ので ある
︒シ ェイ エス は︑ 非 特権 的な 第三 階級 とし ての 国民
︵人 民︶ の意 志こ そあ らゆ る合 法性 の基 礎に なる と唱 えた
︒も ちろ ん︑
﹁憲 法制 定 権力
﹂の 解釈 は︑ 一元 的で はな い︒ フラ ンス 革命 の過 程で も︑ 第三 階級 と対 立す るブ ルジ
ョ
ア ジー は︑ 一七 九一 年─ 5 ─
憲法 を制 定す るに あた って
︑﹁ 憲法 制定 権力
﹂で はな く︑
﹁憲 法改 正権
﹂︵
p o u v o i r c o n s t i t u é
︶と とら えな おす こと によ って
︑革 命の 進展 を阻 止し よう とし た︒ それ にさ きだ って
︑ア メリ カ独 立革 命の 過程 で︑ 一七 七六 年に バー ジニ ア憲 法が
︑一 七八
〇年 にマ サチ ュー セッ ツ憲 法が 制定 され た︒ とく に注 目に 値す るの は︑ マサ チュ ーセ ッツ の﹁ コン コー ド回 答﹂ であ り︑ 特別 の憲 法制 定 会議 を招 集し
︑人 民に よる 討議 にゆ だね るこ とに よっ て憲 法が 制定 され てい くべ きだ と宣 言し たこ とで
︑歴 史に そ の名 が刻 まれ てい る︒ アレ クシ ス・ ド・ トク ヴィ ルは
︑住 民集 会に よっ てコ ミュ ニテ ィの 意志 決定 をお こな って い くタ ウン シッ プを アメ リカ ン・ デモ クラ シー の原 点で ある と評 価し たが
︑﹁ コン コー ド回 答﹂ も︑ タウ ンシ ップ の 伝統 があ った から こそ もた らさ れた 発想 であ ると いえ るだ ろう
︒ト クヴ ィル が中 間的 な媒 介領 域と 位置 づけ るア ソ シエ ーシ
ョ
ン︵結 社︑ 連合 体︶ もま た︑ ロー ルズ の﹁ 社会 連合
﹂に おい て機 能す るア ソシ エー シ
ョ
ンと いう 発想 に つな がっ てい くの であ る︒ とこ ろが︑カ ール
・シ ュミ ット は︑ こう した 流れ に逆 行し て︑ その 著﹃ 政治 神学
﹄で
︑ 例外 状況 にお いて 決断 を下 す唯 一者 こそ 主権 者で ある とし
︑こ の主 権者 に憲 法制 定権 力の 行使 をゆ だね る決 断主 義 を唱 えて
︑ア ドル フ・ ヒト ラー の権 力奪 取を 正当 化す る論 理を 提供 した
︒ ロー ルズ の正 義の 諸原 理に した がっ て憲 法を 選択 する
﹁人 びと
﹂と いう 発想 は︑
﹁コ ンコ ード 回答
﹂か らす くな から ず影 響を 受け てい ると いえ るだ ろう
︒つ まり
︑こ こで ロー ルズ がい う﹁ 人び と﹂ とい うの は︑
﹁コ ンコ ード 回 答﹂ が枠 組み をあ たえ たよ うに
︑既 存の 立法 機関 とは まっ たく 別個 に憲 法制 定会 議を 設け て︑ そこ につ どい
︑討 議 をお こな い︑ 熟議 をか さね てい った マサ チュ ーセ ッツ の人 びと とお なじ 位相 にあ るも のと して 位置 づけ られ
︑お な じよ うに 討議 や熟 議の 主体 とし ての 機能 をは たし てい くも のと して 措定 され てい ると とら える こと がで きる ので あ