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(1)

(始業講演)ナッシュと弧空間のお話

石 井 志保子

(本稿はシミュレーション学会誌「シミュレーション」

2016

9

月号に掲 載された「ナッシュ問題顛末記」をシミュレーション学会の許可を得て転載 するものです)

1

.ナッシュの死

2015

5

月下旬に「ナッシュ問題と弧空間」についての集中講義のため に名古屋大学のキャンパスを訪れた時,当大学の准教授から,ナッシュが亡 くなったというニュースを知らされた.不運としか言いようのない交通事故 だった.オスロでアーベル賞を受賞しその帰路に,自宅のあるニュージャー ジー州の空港から乗ったタクシーがガードレールに激突し,同乗していた妻 のアリシアとともに亡くなったということだった.

86

歳だった.

インターネットは速い.事故の翌日には世界中にニュースは広まり,私の ところにも何人かから「お悔やみ」のメールが届いた.その中に私の息子か らの「お母さん,気を落とさないでね.」というメールもあり気恥ずかしい 気持ちになった.確かに私は題名にナッシュの名前を入れた論文をいくつか 書いており,私自身はナッシュに思い入れはあるが,個人的な知り合いでは ないのでお悔やみを受ける立場でもない.でもその優しさがありがたかっ た.

ナッシュの死は本当に残念なことであるが,もし事故で死ぬのが彼の運命 であったのなら,「それがアーベル賞受賞前でなくて良かった」と思わざる を得ない.

彼はゲーム理論でノーベル経済学賞を受賞したので一般の人たちには経済

(2)

学者だと思われているようだが,ゲーム理論は彼のほんの一面で,数学にお いてはるかに素晴らしい業績をあげている.そして彼自身も数学で評価され ることを真に望んでいたのだった.幸せの中での旅立ちだった.

2

.アーベル賞とフィールズ賞

アーベル賞は

2001

年にノルウェーで創設された数学の最高の賞の一つで ある.比較的新しい賞であり,長年数学の最高の賞とされてきたフィールズ 賞とは性格が異なる.フィールズ賞は受賞時において

40

歳以下という年齢 制限がある.これは数学という学問の性格上目覚ましい業績をあげるのが

アーベル賞授賞式でのナッシュの写真

(3)

40

歳前であることが多いため合理的な規則であるように思われる.しかし 天才的数学者でも

4

年に一度の国際数学者会議(

ICM

)の授賞式に合わせて 最高の業績が年齢的にもタイミング良く出せるとは限らない.また

40

歳以 降にも目覚ましい活躍をする数学者もいる.このような人たちを評価すべき であるということで生まれた賞であると理解している.

ナッシュは文献の[

11

13

]にあるように

20

代後半から

30

代にかけて 立て続けに,傑出した数学の論文を発表している.いずれも幾何学における 画期的な結果である.内容的にも年齢的にもフィールズ賞を受賞しても不思議 はない.本人もフィールズ賞を意識していたらしい.しかしなぜか受賞しな かった.ナッシュのあまりにも攻撃的な性格が災いしたのかもしれないと勘 ぐることはできるが,上記[

13

]の“

The imbedding problem for Riemannian manifolds

”を発表したのがまだ

28

歳である.もう少し待って次の

ICM

でも 良いのではないかとフィールズ賞選考委員会が考えたとしても不思議はない だろう.しかし「次」は来ることはなかった.

3

.奇妙な論文

ナッシュは

31

歳で統合失調症を発症した.精神病院への入退院を繰り返 しながら,精神状態が安定している時に幾つかの論文を書いた.

36

歳の時 に[

14

]を出版している.また

39

歳の時に本稿のテーマである論文“

Arc structure of singularities

”を書き上げ,翌年

1968

年にプリンストン大学の ファインホール図書館に「提出」している.そしてそれはプレプリントの ままコピーされ世界中の数学者の目にするところとなり,多く論文に引用さ れた.文献表にはこの論文の題名と,“

submitted to Fine Hall Library 1968

” と出典が記されている.現代の数学者にとって,これはなんとも不思議な記 述である.論文を図書館に提出することが当時は意味を持っていたのだろう か,

Publish or Perish

”のスローガンの下,早くたくさんの良い論文を出版す ることが科学界でのキャリアパスのために最重要であるという認識はすでに

(4)

始まっていたはずである.学術誌に投稿しないで図書館に提出するとは通常 の行動ではない.「図書館に提出」についてはのちに述べるが,出版されな かったことについては次のような憶測が自然であろう:

野心家のナッシュは当然どこかのジャーナルにこの論文を投稿した.しかし レフェリーからの要請で修正をしなければならなくなった.その時運悪く病 状の悪化のため対応ができなくなり,論文はそのまま放置されることになっ た…と.

どのジャーナルに投稿したのか,あるいは本当に投稿したのか,ナッシュ 亡き今となっては知る由も無い.

その後彼は病気のために数学的には不毛の

30

年を過ごした.そして精神 医学的には極めて興味深い,「統合失調症の寛解」の状態に至ったのである.

統合失調症は完治することはないと言われている.ナッシュの場合も完治で はなくて,症状が安定し通常の生活ができるレベルの「寛解」ということに なっている.しかしなぜそのような状態になったのかは謎が多い.

1994

年,ナッシュ

66

歳の時にゲーム理論の功績でノーベル経済学賞を 受賞することになった.この受賞記念の講演会で大勢の聴衆を前に講演を するまでに回復したのだった.

1995

年には彼のノーベル賞受賞を記念して

Duke Mathematical Journal

がナッシュ記念号を出版し,その中にファイン ホールに「提出」した

Arc structure of singularities

”も掲載されることに なった([

15

]).

2002

年にはナッシュの同僚だった数学者ハロルド・クーン と科学ジャーナリストのシルビア・ナサー監修による“

The essential John Nash

”(邦題:「ナッシュは何を見たか」[

17

])が刊行された.その中にナッ シュ自身の「自伝」が掲載されている.短いが極めて興味深いものである.

彼は自身の統合失調症の最中にある状態を冷静に記述し,その妄想を自分の 理性の力で「拒否するようになった」ことで症状を克服して行ったことが 淡々と語られている.

(5)

4

.ナッシュ問題

ファインホールに提出された,くだんの論文はその他にも奇妙な点が多 い.題名も誤解を招きやすい.“

Arc structure of singularities

”をそのまま読 むと,特異点(あるいは特異点集合)が「弧」のような構造を持っていると いう意味になる.しかし論文の内容は「特異点を通る『弧』全体の集合の構 造」について述べているのだ.(後で述べるが『弧』とは長さのない微小な 曲線のことである.)

また本文も通常とは変わっている.定義,補題,命題,定理,と趣旨の明 確なフレーズに区切られてはいない.エッセイのように頭に浮かんだままを 文章にしているようで,どこまでが定義でどこまでが主張なのか分かりづら い.このような書き方は彼の病気と関係があるのかもしれないが,精神医学 の専門家の意見を伺いたいところだ.この書き方のせいで「何が書いてある のかわからなかった」という数学者もいる.

しかし実際のところ彼はこの論文で,特異点を通る弧全体を考え,その既 約な族と,特異点解消に出てくる例外因子の本質的なものとが

1

1

に対 応する,ということを予想しているのだ.そして

2

次元の

A

n型特異点では 実際にその通りに対応していることを例として示している.しかしそれ以外 の場合には

2

次元であってもその答えは不明である.これはナッシュ問題 と呼ばれるようになった.

5

.弧空間

この論文はもう一つの重要な意味がある.多様体の上の弧全体の集合を幾 何学的対象として捉えるという視点である.(数学に詳しい人であれば「モ ジュライ空間として捉えるという視点」といえばわかりやすいであろう)「多 様体上の弧」という概念はニュートンの頃からあった.これは多様体上の曲 線をある点の近傍で

1

変数の級数で表現したものである.(図

2

参照)

しかしナッシュはさらに現代的な視点―「弧全体の集合を多様体とみな してその幾何学的構造に注目する」という視点―を持ち込んだのである.

(6)

弧全体の集合を多様体とみなしたものを「弧空間」と呼ぶ.この弧空間は非 特異な多様体と特異点を持つ多様体では,構造が違ってくる.

ナッシュのプレプリントは多くの人の興味を引き,弧空間や弧について研 究する人が現れてきた.不思議なことにアメリカではあまり興味を持たれ ず,主にヨーロッパで研究されることとなった.中でもフランスの女性数学 ニュートンの論文 [

18

]: 平面上の原点の近傍で曲線を1変数の級数で近似している

(7)

者モニーク・レジュン・ジャラベールが

2

次元の特異点と弧に関する研究 を精力的に続けていた([

10

]).これらは

2

次元のナッシュ問題の解決に向 けての基礎作りになった.そして

1995

年,ちょうどナッシュのプレプリン トが

Duke Mathematical Journal

に出版された年,モニークの学生であった スペイン人研究者アナ・レゲエラが

2

次元単純特異点についてナッシュ問 題を肯定的に解いた([

20

]).

2

次元という次元の条件付きでさらに単純特 異点という限られた対象であったが,これがナッシュ問題に正面から取り組 んだ最初の論文だと言える.(ナッシュ問題に関する数学的解説書は[

8

]を 参照されたい.)

またこの年は別の意味でも記念すべき年になった.フィールズ賞受賞者の マキシム・コンツェビッチがこの年の

12

7

日にオルセー(のどこかの研 究所)で講演をし,その中で弧空間の上でモチビック・インテグレーション を導入し,それを使って双有理同値なカラビ

ヤウ多様体のホッジ数は同じ であるという結果を紹介した([

9

]).当時はフィールズ賞受賞者の一人森重 文の

3

次元の極小モデル問題の解決に触発されて,双有理幾何学が急速に 発展していた時期である.このような「ホッジ数の双有理不変性」は双有理 幾何学的な手法で証明するというのが通常のやり方であろうが,全く想像も つかない弧空間を用いての解決である.その手法の独創性に聴衆は驚いたに 違いない.この講演の内容はコンツェビッチ自身によって出版されることは なかったが,その後ベルギーのヤン・デネフとフランスのフランソワ・レ ゼールのコンビにより,弧空間の構造やモチビック・インテグレーションの 理論が整備発展させられ([

5

]),多くの研究者がこの理論にアクセスできる ようになった.ちなみに筆者が初めて弧空間を知ったのは

2000

年にイギリ スのニュートン研究所でヤン・デネフの講演を聴いた時であった.その時そ の独創性にいたく感動し,自分もこの分野で何か仕事をしたい,と切に願っ たものである.

(8)

6

.高次元ナッシュ問題

ナッシュ問題は次元に関係なく提起されたものである.従ってこの問題は 任意次元の多様体について考えることができる.しかし

2000

年の時点では この問題の研究者はほとんど

2

次元の場合しか考えていないようだった.

これには

2

次元特有の理由がある.

2

次元の多様体上の特異点は最小特異点 解消というものが存在し,本質的因子は最小特異点解消の上に現れる因子そ のものだということである.

3

次元以上になると最小特異点解消は一般には 存在せず,本質的因子がとらえにくくなる.多くの研究者は

2

次元の場合 が最も易しいと考えているようだった.その上

2

次元特異点には

1960

年代 からの知見の蓄積がある.

しかし筆者は

2

次元多様体上の特異点について特に造詣が深いわけでは ないことが幸いし,最初から任意次元でこの問題にトライしたのだった.そ して次元に関係なくトーリック多様体の範疇ではナッシュ問題が肯定的であ るという感触を得た.ナッシュの例

A

n特異点もトーリック多様体の範疇に 入る.しかしトーリックでない場合はいろいろな美しい性質が崩れるため,

微妙なところを突けば反例ができるのではないかと思った.プリンストン大 学のヤーノシュ・コラーとの共同研究が始まり,

2003

年には共著で「任意 次元のトーリック多様体においてはナッシュ問題が肯定的に解決され,一般 には

4

次元以上で反例が存在する」という結果を

Duke Mathematical Jour-

nal

に掲載することができた([

7

]).反例が

4

次元以上となっているのは

4

次元の多様体の特異点解消に出てくる因子は

3

次元であり,

3

次元多様体の 中には有理曲線で覆われるにもかかわらず有理的でないという有名な例が存 在する.反例にはこの微妙な例を使うからである.これを使うのはコラーの アイデアであった.またこのジャーナルに投稿するということは彼の強い希 望であった.ナッシュの論文が掲載されたジャーナルだというのが理由であ る.これによりトーリック多様体の範疇では任意次元で肯定的ではあるもの の

4

次元以上の多様体ではナッシュ問題は一般には否定的に解決されたこ とになる.一方

2, 3

次元では一般にはまだ答えは分からない.

(9)

この論文はナッシュ問題の研究者たちにとって衝撃であったらしい.後で アナ・レゲエラに聞いたところによるとひどくショックを受けたということ だった.それまではほとんどの研究者は

2

次元でしかこの問題を考えてこ なかったし,この問題は肯定的に解けるものだと楽観視していた.そこへこ の反例である.

2

次元の場合もひょっとしたら否定的なのかもしれないとい う疑いの気持ちが湧いてきた.これ以後

2

次元多様体のナッシュ問題は,な んらかの条件のもとで肯定的に解決されるという結果が幾つか出てきた.以 前よりも活発に研究が進んだようである.

7

.セダーノへ

2008

年の

2

月のスペインの小村セダーノで代数幾何学の最新のトピック スを博士課程の学生に紹介するためのワークショップがあり,そこで弧空間 とナッシュ問題の連続講義をすることになった.

まずマドリッド大学のセミナーで講演し翌日マドリッドから参加する教授 や学生さんたちと一緒に車に分乗して

300

キロほど北のセダーノに向かっ た.

同乗していた学生や教師たちは毎年このワークショップに出席しているら しく,毎回途中にある僧院で尼さんが作るクッキーを買い,その先のレスト ランで昼食をとるというのが,「お決まり」なのだそうだ.日本の代数幾何 学のシンポジウムでも毎年同じ場所で開催されるものがある.この参加者は 毎年好みの食堂へ行き,「お決まり」の地元メニューを堪能し,情報交換を している.このような形の研究集会はどこの国でも必要なのだろう.

筆者にとってスペインはその時が初めてだったので,全てが物珍しかっ た.レストランで生まれて初めて血で作ったプリンを食べたが,コクがあっ てとても美味しかった.同席したメンバーは私と同じ代数幾何学の学生や先 生がほとんどだったが,中に位相幾何学の准教授ハビア・フェルナンデス・

ド・ボバディラと彼の博士課程の学生でスペイン美人のマリア・ぺ もい た.指導教員がやたら長い名前である一方で学生の方が極端に短い名前(特

(10)

に姓が

Pe

)であることが仲間うちで面白がられているとのことだった.た だ私とは専門が違うせいかこの二人とはあまり話が盛り上がらなかったよう に記憶している.彼らの存在がその後大きな意味を持つことになるとは,こ の時点では想像ができなかった.

8

.スペイン時間とお昼の散歩

スペインの食事時間はひどく遅い.セダーノのワークショップでも朝ごは んが

8

時半頃というのはいいとして,昼食が午後

3

時,昼食後のお昼休み が

5

時まで,それから午後(?)の講演があり,お茶の時間を挟み,夕食が

9

時半,その後で夜のセッションがあるというスケジュールだ.「夕食が

9

時半!」と言って驚いていると主催者は,「外国からの参加者のためにこれ でも通常より早めているのだ」と言っていた.

筆者の連続講義は

4

日に分けて行われ,そのほかに

2

つの連続講義と参 加学生の発表のセッションもある盛りだくさんのプログラムだった.ほとん どの参加者にとって弧空間やナッシュ問題は目新しいものであったらしく,

講義中は多くのナイーブな質問が出た.そしてお昼休みの時間は毎回周りの 小高い丘を散歩し若い参加者にナッシュ問題の詳しい説明をした日もあり,

また道端の香りのあるいろいろな草を説明してもらったりした日もあった.

最後の講義では,「以上のように

2

次元と

3

次元ではまだナッシュ問題は 解決されていません.皆さんの中からこれにチャレンジし解決される人が出 てくることを期待します.」と言って締めくくった.

9

2

次元ナッシュ問題

その翌年

9

月にドイツのオーバーボルファッハ数学研究所で催された研 究集会でボバディラと会った時彼は「

2

次元のナッシュ問題を考えているん だ」と話していた.位相幾何学的アプローチが有効ではないかと思っている とのことだった.「さもありなん」と思ったのがその時の感想だった.筆者 ももちろん

2

次元のナッシュ問題を考えていた.しかしどうにもうまくい

(11)

かず,代数幾何学的な常識では歯が立たないのではないかという感触を得て いた.通常代数幾何学では

2

次元の場合には古くからの研究の蓄積があり,

新しい知見はそれらをうまく使って得られることが多い.しかしナッシュ問 題の場合は勝手が違っている.既存の蓄積は役に立たないのだ.実際,代数 幾何学的には研究し尽くされているはずの

2

次元の有理

2

重点に限定して もこの問題の答えはこの時点ではわかっていなかったのだ.別の分野の知見 を使うというのはいい考えかもしれないと思った.

筆者はもっとこの問題に執着してもよかったかもしれないが,弧空間では 別の魅力的な問題が手招きしていた.ミシガン大学のミルチア・ムスタツァ やイリノイ大学のローレンス・アインが完全交差多様体の「逆同伴定理」と いう代数幾何学での強力な定理を,弧空間を用いて証明していた[

6

].これ も弧空間の驚くべき応用の一つである.この方向で何かできそうな気がして いたのだった.

その翌年プレプリントサーバーにはボバディラの「ナッシュ問題は位相的 な問題である」という題名の論文が掲載された.着々と研究は進んでいるよ うだった.また彼の学生のマリア・ぺ (正確にはマリア・ぺ・ペレイラ)

2

次元の商特異点についてはナッシュ問題が肯定的に解決できるという 結果を出していた[

19

].そして翌年

2011

年プレプリントサーバーにはボバ ディラとマリアの最終結果「

2

次元のナッシュ問題の肯定的解決」が掲載さ れた.

その年に日本で開催された日仏特異点シンポジウムに出席したボバディラ はシンポジウム後

1

週間筆者の大学に滞在することを希望し,毎日筆者を 相手に位相幾何学を使った

2

次元ナッシュ問題に関する彼らの結果の詳し い説明をしてくれた.使っている位相幾何学については筆者のセンスは十分 とは言えないのだが証明のストーリーは合理的だった.この当時は上記の

2

次元ナッシュ問題の解決」も「ナッシュ問題は位相的な問題である」さ えもジャーナルに投稿はされていたもののまだ正式な受理はなされていない 状況であった.ボバディラはレフェリーになりそうな人に,正確に自分の研

(12)

究を理解してもらいたいと考えたのだろう.「来週はプリンストンのコラー に会いに行って説明するのだ」と言っていた.これらの論文を審査するには 代数幾何と位相幾何学にまたがる深い知識が必要である.査読には時間がか かると思われた.

しかし

2012

年ついに上記

2

編の論文が掲載される([

1

,

2

])やいなや,

二人は脚光を浴び,色々な研究集会に招待講演を依頼された.マドリッド大 学の准教授だったボバディラは幾つかの教授のポストのオファーを受け,

もっとも研究環境の恵まれたバスク応用数学研究所(

BCAM

)の教授の職 に就いた.マリアはスペインの目覚ましい業績を上げた若い研究者に授与さ れるドゥ・フランシア賞(

José Luis Rubio de Francia Prize

)を受賞した.

親しくなったボバディラと語り合っていた時に彼が言うには,実はセダー ノでの筆者の講義で初めてナッシュ問題を知ったそうである.そしてすぐに

「これはいけそうだ」と感じたという.お昼休みの散歩の時間には一人で山 を歩きながら考え「うん,うん,いけそうだ」という感触を強く持ったとい うことである.

セダーノでの筆者の講義の締めくくりの言葉は実現した.本当に聴衆の中 からナッシュ問題の残っているところを解決する人が出てきたのだ.少なく とも

2

次元の場合には..

10

3

次元ナッシュ問題

残る

3

次元の場合にはユタ大学のトマソ・ドゥ・フェルネが反例を構成 し,ナッシュ問題は完全解決となった.

2003

年のコラーと筆者による

4

次 元の反例を綿密に検証し似た状況を

3

次元で作り出したのであった.

2013

年にプレプリントサーバーに掲載されたのであるが,筆者はそれまで彼がそ の問題に挑戦しているとは知らなかった.彼はボバディラとは違い,いわば

「身内」でローレンス・アインと筆者の

3

人で特異点を持つ多様体上の弧空 間の部分集合と附値との関係を記述した論文を出版したのが

2008

年[

4

],

その後

2009

年から局所的弧空間が特異点を決定するか,という問題にチャ

(13)

レンジしつつまだ解決に至っていない.時々シカゴに

3

人集合しては再 チャレンジし,問題を

2

次元空間内の

0

次元多様体の場合にまで帰着した のだが未だに解決せず,この挑戦は続行中だ.

また

2

次元のナッシュ問題が決着を迎えつつある頃,筆者がムスタツァ

アインの「逆同伴定理」に触発されて,どんな特異点でも「逆同伴定理」が 成立するように不変数を決め直し,その不変数で特異点の世界を見直す,と いう論文を書いた.このときほぼ同時にドゥ・フェルネはポスドクのロイ・

ドカンポとともに同様の論文を筆者とは独立に書いていたのだった.

同じことを双方独立に考えてしまうような身内に

3

次元の場合を「してや られた」とも言える.しかし問題を一人で抱え込んでしまうより,多くの人 が「寄ってたかって」チャレンジするというのが数学の好ましい発展の仕方 だろう.

11

.ビューティフルマインド̶著作と映画と

本稿でのナッシュについての記述の多くはシルビア・ナサー著の「ビュー ティフルマインド」[

16

]から得たものに基づいている.この本はナッシュ の半生を描いたものであるが題名とは裏腹にナッシュの攻撃的な性格や強す ぎる自尊心,教養あるアメリカ人なら許容しないであろう非家庭的な行動そ して病気の様子が冷徹なほどに克明に描かれている.日本での翻訳本の出版 が

2002

年である.本人の存命中によくこのような著作を出版できたと感心 したものである.また,なぜ題名をビューティフルマインド(原題:

Beau-

tiful Mind

)にしたのかもよくわからなかった.少なくともこの本の中の

ナッシュはビューティフルではない.本を売るための戦略で,勘違いして買 う人を期待してつけた題名かと勘ぐる人もあるかもしれない.ちなみに筆者 が今年の

5

月にプリンストン大学での研究集会に参加したおり,ナッシュの 同僚だった,ロバート・ガニングにお会いすることができた.筆者が学生の ころ読んだテキストの著者であり複素解析の世界のビッグネームである.

85

歳の今もプリンストン大学の教授を務め,研究だけでなく学生の教育に

(14)

も携わっている.早口で明快な話し方をする人だ.「『え?ガニング先生まだ 生きているの?』と言われるんだよ」と楽しそうに話していた.彼に「どう してビューティフルマインドという題名をつけたのだと思いますか?」と訊 いたら,「病気によって隠されてしまったナッシュのビューティフルなマイ ンドをナサーは表現したかったのだと私は思う」と話しておられた.ついで に彼に「論文をファインホールに提出」の謎も訊いてみたところ,当時の数 学科の図書館(ファインホールビルディングにあった)の司書のケニーさん という女性の発案で,プリンストンの研究者の出来立ての論文を図書館に集 め,誰でもが見られるようにして研究の便宜を図ったのだという.のちのプ レプリントシリーズに当たるものである.なんらかの権限のあるものではな いが,正式の出版までの空白の時間が埋められ研究に資するものだ.何より

Arc structure of singularities

”はファインホールに提出されなければ

30

年 間人目に触れなかったはずだ.

ナッシュの頃のファインホール.これが数学科の建物だった.今では数学科は高 層のビルに移動し,それがファインホールと呼ばれている.

(15)

一方この本の中で印象深かったのは,ナッシュが統合失調症の症状で幽霊 のようにプリンストン大学の数学科のある建物をさまよい歩くのを多くの人 が目にしていながら,排除しなかったことである.「壊れてしまった人間」

として多くの人々が関わり合いを避けた一方で,彼の業績や才能を大切に思 う人々によって彼の自由は支えられてきたのだ.そしてそのような人たちが 骨を折って彼のノーベル賞受賞,アーベル賞受賞にまでこぎつけたのであ る.受賞というものは良い業績を理解し,支え,骨折りを厭わない人がいて 初めて実現する.

映画の「ビューティフルマインド」を鑑賞した人は著作を読んだ人より多 いかもしれない.映画はハリウッドらしく,美しいものになっていた.映画 の冒頭の部分で,学生のナッシュが,なんらかの用があって教授専用のレス トランに入り,そこで印象的な場面を目撃する.ある高名な学者らしい人物 が食事をしていることに気がついた何人かの教授がそばへ行って次々に自分 の万年筆をテーブルの上に置くのだった.何も説明はなかったがそれが尊敬 の表現であることは,映画の観客にも理解できた.それを若きナッシュが憧 憬の目つきでじっと見つめる.それから映画の中で多くの波乱の時を経て,

ノーベル賞を受賞したナッシュが同じレストランの席につくと,気がついた 何人かの教授たちが近寄ってきて恭しく自分の万年筆をナッシュのテーブル におくのだった.胸が熱くなる場面である.

この万年筆イベントも長年疑問に思っていたことなので,ガニングにお会 いした時にプリンストンの伝統なのかと聞いてみた.彼は笑いながら,「い ろんな人に訊かれるんだよ.でもこれは全くのフィクションでね.映画を盛 り上げるために作り上げたんだね.だって万年筆をそんなにもらったら困る よね」

12

.ナッシュの残したもの

結果的にナッシュ問題は

2

次元の場合にのみ肯定的に解決され,

3

次元以 上では一般には成立しない.ただしトーリック多様体の範疇に限れば任意の

(16)

次元で肯定的な答えが得られる,ということになった.全面的に肯定的な答 えが得られなかったということはこの問題がつまらない問題だったというこ とではない.

ある場合には成立し,ある場合には成立しないというのはとても微妙なと ころをついた問題だったのだ.そうして「ナッシュ問題が肯定的であるよう な特異点」という視点も導かれる.これはこれまでのどのような視点とも異 なっている.また何よりもナッシュ問題は,特異点を通る弧と双有理幾何学 の橋渡しをした最初の問題という重要な役割があるのだ.ナッシュの論文以 後ムスタツァ,アインらにより双有理幾何学に弧空間を用いるという大きな 流れもできた.

筆者も現在この流れの中で新しい不変数を使った理論を進める上で,弧空 間が極めて有効に使えると思っている.野心は大きい.しかし数学の常であ るが,狙った方向が必ずうまくいくとは限らない.人生もそうである.努力 は報われるとは限らない.目覚めない方が良かったと思う朝もある.このよ うな日々の中でふとシルビア・ナサーが言いたかったのは,たとえナッシュ のように人格が壊れていても,生活が破綻していても,「ひたむきに数学を 考えることは美しい」ということだったのだろうか,と思うようになった.

いやそう思いたいのかもしれない.

(文中敬称略)

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Keywords

Singularities, Nash Problem, Arc Space

参照

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