コ ミックの物語論構築 に向 けて
‑ ドイ ツにお け る研究史概観 ‑
大河 内 朋 子
要 旨 : ドイ ツにお ける コ ミックの物語 構造研 究 に関 して は、 ロ シア ・フ ォル マ リズ ム、 テキ ス ト言語 学 お よび文学 的 ナ ラ トロ ジー に依拠 した先行研 究 が あ る
。そ う した諸研 究 で は、文学 テキ ス トのための分析概念 がその まま コ ミックの物語性分析 に適用 されてい る
。しか しコ ミックは言 語 と図像 を用 いた複合 的 メデ ィアで あ り、 その ナラ トロジー研究 はグラフィ ックな表現手段 の持 つ物語能力 を解 明す ることか ら始 めな けれ ばな らない。
日本 にお ける漫画研究 は、現 時点 で は さまざまな学 問分野 の周縁部 で試 み られて い るに過 ぎ ず、独 自の学 問分野 と して確立 された とは言 いがたい。 これ まで に発表 された一連 の論文 や著 作 が取 り組 む研究上 の関心 も、主 と して漫画 の歴史 的な発展 や種 々の ジャンル論、作 品分析 や 作家批評 に向 け られていて、 こう した状況 は、 あ る作 品や作家 の熱心 な読者 による批評文化 か
ら真 に学 問的な分野が生成す る途上 にあ ることを示 してい るように思 われ る。
ドイ ツにお いて も状況 は変 わ らな い。 ただ し日本 との顕著 な相違 点 は、
1960年代末 頃か ら コ ミック研究 が ドイツ語教科教育法 の一分野 にな った ことであ る
。コ ミックは子供 た ちに身近 な通俗 的教材 と して、学校教育 の中に取 り入 れ られ、 コ ミックの主人公 は教員 を 目指す学生 の 研究対象 にな った。
1970
年 代以 降 にな る と、 コ ミックの通俗性 や大衆性 が社会学者 や記号論 者 の関心 を引 き寄 せ ることにな った。本稿では、初期 の記号論的研究か ら、引用頻度の高 いヴォル フガ ング ・ヒュ一 二 ヒ 『コ ミック ・ス トリップの構造
』w olfgangK.Htinig‥SirukturendesComicSiriP(1974)1と ウル リヒ ・クラフ ト 『コ ミックを読 む
』UlrichKrafft:Comic∫lesen(1978)2を取 り上 げて、 文 学 的構造主義 または言語学 的記号論 が コ ミックの物語構造 の解 明 に どの よ うに寄与 したかを検 討 しておきたい。
近年 コ ミック出版社 による販売戦 略 の一環 と して 「グラフィ ック ・ノベル」 とい うジ ャンル が喧伝 され、 コ ミックが 「グラフィ ック文学」 と命名 され るな ど、 コ ミックと文学 は種 々の回 路 を通 して急速 に接近 してい る
。文学研究分野 で もコ ミックへの関心 が高 ま り、 マ リア ンネ ・
ク リヒ ェル 『コ ミックにお け る物 語 の伝 達
』MarianneKrichel:Erzd'hlerischeVermittlung im Comic(2006)3で は文学 的 ナ ラ トロ ジーの諸 概 念 をダイ レク トに コ ミックの物 語構 造分析 に応 用 してい る
。本稿 では この博士論文 も姐上 に載 せて、言葉 とい う単一 メデ ィアだ けを用 い る文 学 テキス トの分析概念 で もって、 コ ミックとい う言語 と図像 か らな る複合 メデ ィアを捉 え るこ
との適否 につ いて考察 してお きたい。
代表 的な先行研究 に対す る こう した批判 的作業 を通 して、 コ ミックとい うメデ ィアにふ さわ しいナ ラ トロジーを構築す るための方法論 的な手 がか りを得 ることが、本稿 の 目的であ る
。‑ 171‑
人文論叢 ( 三重大学)第
27号
20101
ヒュ一二 ヒ 『コ ミック ・ス トリップの構造』 は、古典的な構造主義であるロシア ・フォルマ リズム、 とりわけウラジ ミール ・プロ ップとその後継者 クロー ド・ブ レモ ンに依拠 しなが ら、
コ ミックという記号体系 を分析 して、 その物語構造の解明を試みている
。プロ ップの研究対象 で あ った魔法昔話 同様 に、 コ ミックに対 して も筋 のステ レオ タイプな展 開 とい う特性 が指摘 ( ない し非難) され ることがある
。この大衆文化的な特性が ヒュ一二 ヒにプロ ップの分析方法 を コ ミックへ適用す ることを可能 に している
。周知 の ごとく、 プロ ップは魔法昔話 の構成部分 ( 話が変 って も変 ることのない定項) として 登場人物 の行為 に着 目した。昔話 の作 中人物たちは、 いか に互 いに異 な っていて もしば しば同 一 の行為 を行 うことが発見 されて、魔法昔話 には
31の定項 的行為 (プロ ップの用語 では 「 機 能」)があ り、機能 の一定 の組 み合 わせが物語 を構成 していると主張 された。
ヒュ一二 ヒの場合 に も、機能 として把握 された定項的行為の配置がまず もって問題 とされ る
。ヒュ一二 ヒは非常 に安直 な筋のエ ピソー ド群か らなるコ ミック作品を分析対象 に取 り上 げて、
各 エ ピソー ドの構成要素 と して
12の機能 を演揮 的に抽 出 し、 コマ ごとに一つずつの機能 を割 り当てている
。4 12の機能 が継起す る順序 は、魔法昔話 の場合 と同様 に、 どのエ ピソー ドにお いて も原則的に同一 であるとされ、従 ってその作品にとっての原型的な物語構造 を措定で きる ことにな る
。しか し、機能 とい う概念装置 を用 いた物語の構造化 は、少 し複雑 な筋 を持つ コ ミック作品 に 対 しては立 ちゆかな くな る
。各 コマに特定の機能 を割 り当て ることや、原型的な物語構造 を抽 出す ることが困難 になる
。そ こで ヒュ一二 ヒはプロップ的な 「 静力学的」記述 モデル に代えて、
ブ レモ ンの構造主義的分析方法 を新 たなモデル として選 び取 り、 コ ミック作品構造 の よ り動的 な記述方法 を提唱 して、筋 の複雑 さに対処す ることにな る。
これ も周知 の通 り、 ブ レモ ンはプロ ップの 「 機能」 とい う概念 を変形 して、 あ らゆ るプロセ スを構成す る論理的な
3段階 ( 潜在的可能性 ・実行 ・結果、 あるいは問題発生 ・解決 の試 み ・ 解決) を三つの 「 機能」 として捉 えた。物語 の筋 は、語 り手がそれぞれの機能 の実現 ・非実現 を二者択一す ることによ って動的 に展開す るとされている
。ブ レモ ンにおいては、三 つ組の機 能が語 りの基本的単位 とな り、 どんなに長 く錯綜 した作品であ って も、 ミクロ レベル とマクロ
レベル における三つ組の機能 の多層的な織 り合わせ とい う形で説 明できると考 え られた。
ヒュ一二 ヒは先 ほどのエ ピソー ド群 を再分析 し、表層 レベル ( マ クロレベル)か ら深層 レベ ル (ミクロレベル)へ とい くつ もの レベルで三つ組 の機能 の存在 を確定 して、三つ組 の非常 に 複雑 な入 れ子構造 を コ ミックの動態的なテキス ト構造 として提唱 している
。ヒュ一二 ヒに対 しては、時代 に先駆 けて コ ミックを 「 学問的分析 に値す る記号体系」 として 真面 目に取 り扱 った とい う評価 がな されている
。5確 かに ヒュ一二 ヒの真撃 な学 問的態度 は、
非識字者 のためのメデ ィアにす ぎないとい うコ ミックに対す る根強 い偏見 を排除す る追 い風 に
な ったであろう
。しか しコ ミックメデ ィアの持つナラテ ィヴな可能性 を探究す るとい う本稿 の
研究 目的にとって、 ヒュ一二 ヒは二つの点で適切な先行事例 とはな りがたい。まず第一 に、 ヒュ一
二 ヒの研究関心 はあ くまで も図像 と言語 テキス トによって物語 られた物語 の内容 ・内実 ・筋 に
あ り、物語 内容の構造 をプロ ップ流 に表層的 ・静態的に、 あるいはブ レモ ン流 に多層的 ・動態
的に分析す ることにあ った。 その内容が どのような語 り方で、 どのような図像 によって、図像
と言語 テキス トの どのような組み合わせ によって、 コマやページの どのような レイアウ トによっ て、 また どのよ うな効果 を伴 いなが ら物語 られてい るか とい う語 りの手法 に対 しては、注意 が 払 われていな
い。 ヒュ一二 ヒは筋 を分節す る文法 を探求 したのではあ るが、筋がいか に演 出さ れて提示 されているか とい う技法へ の関心 を持 たなか った。
第二 に、 ヒュ一二 ヒは一つ の コマ に一つの機能 を割 り当ててい るが、 それは一つの記号 が唯 一 つの意味体系 に属 してい ることを前提 と している
。しか し、 た とえば図
1のよ うに、一つの 記号 が複数 の意味を持つ場合 には どのよ うに解釈す るのであろうか。
仙
Y.t 一l,こくVtl =.
llttttT‑I..一・Lr亡く二二二〇■■■ 去 、≠し、一,,川。.J
( 芝で: . : ・ L' 、 へ 、
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図
1Herriman,
George:KrazJKat.TheComicArtofGeorgeHerriman・‑New York1986,
S・92・天空 と大地 を分かつ地平線 を意 味 したはず の線 が、 同時 に、紙 の上 に引かれた単 な る線分 を 意味 している
。一つの記号 が同時的 に二つの意味体系 に属 していて、 しか もその二 つの意 味体 系が一つの コマの中で混交 ・癒着 してい るとき、機能分析 に基づ くヒュ一二 ヒの構造主義 的研 究 は行 き詰 ま らざるをえない。
2
クラフ ト 『コ ミックを読 む』 は、 テキス ト言語学分野か らコ ミックの構造分析 にアプローチ した例 であ る
。クラフ トにおいて コ ミックは、言語的な記号 システムになぞ らえ ることので き る独 自な記号体系 を持 ち、 コ ミック作 品 はその記号体系 に基づ く 「テキス ト ( 織物
)」と して 捉 え られて い る
。「 特別 な 《コ ミック言語
Comik‑Sprache》 とい うものが あ る
。コ ミックは一 つ の独 自な メデ ィア、一 つ の独 白な コ ミュニケー シ ョンツール あ るいは記号体系 で あ る
」6と い うクラフ トの言明は、絵画的図像 を文字 テキス ト同様 にコー ド化 された独特 な記号 と して捉 え、 その上 で両者 を共通 の コー ドによ って読 み解 くことができるとす る基本 的立場 を示 してい る
。コ ミック作 品 は独特 な コ ミック的 コー ドに基 づ いて図 と言葉 で織 りな された 「テキス ト ( 織物
)」である
。そ こでは 「 個 々の コマが互 いの コ ンテキス トを形成
」7していて、 「テキス ト ( 織物
)」全体 を視野 に入 れなければ、個 々の コマを適切 に解釈す ることがで きない とされ る
。この よ うにクラフ トは コ ミックに独 自な記号 システムの存在 を認 めてい るのではあ るが、作 品の分析例 を見 る限 りでは、 コ ミックの個 々の絵画的図像 を言語 的な単語 に翻訳 していると考 え るのがわか りやす い。絵画 的図像 は もう一つの言語記号 として捉 え られてい るので ある
。ク ラフ トの言葉 を借 りれば、 コ ミックとは 「 直接話法 と分節の シグナル ( 訳注 :しか し、 その後、
突然 な ど)以外 はすべて、 図像へ と翻訳 されたナ ラテ イヴなテキス ト
」8なのであ る
。ク ラ フ トの 分 析 方 法 は次 の よ う に な る
。ク ラ フ トは 「設 置
SetzungJ 「直 接 的 参 照
unmittelbareVerweisungJ「間接的参照mittelbareVerweisungあるいは再開W iederaufhahme」‑ 173‑
人文論叢 ( 三重大学)第27 号
2010とい う概念 を用 いて、 同一 の図像 の出現 を読 み解 いている
。「 設置」 はあ る図像 が初 めて出現 した ことを、「 直接 的参照」 はその図像 が次 の コマで も引 き続 き出現 していることを、「間接的 参照 あ るいは再 開」 は何 コマかの中断後 に再度 同 じ図像 が使 われていることを指 している
。こ う した図像 の出現状況 は言語記号 に対応 していると解 されて、 図像 は言語 による文へ と翻訳 さ れ る
。つ ま り 「 設置」 はテキス ト内で初 めて用 い られた名詞 ( 不定冠詞 のつ いた名詞) に、
「直接的参照」 は人称代名詞 に、 「間接的参照 あるいは再開」 は定冠詞 のつ いた名詞 に対応す る ことにな り、 それぞれが段落 の始 ま り、継続、 中断後 の再 開 (区切 り) を合 図 して いるとされ る
。9先 ほ ど述べ た コ ミックのテキス ト ( 織物)性 は、 こう した言語学 的な参照 関係 の束 と し て把握 され る
。絵画 的図像を一種の言語記号 として捉えることによって、 コ ミックにおける言葉 と図像 の共演 関係 はスムーズに制御 され、古典 的な二つの記号体系か ら新 しい統一体が混乱 な く生成すること になる
。クラフ トは両者 の共演 関係 を統語論 的関係 として構造化す る
。統語論 的共 演関係 は、
ブロックテキス トOのある作 品を例 に して次 のように説明される
。すなわちブロックテキス トに書 かれる語句 は、絵画 的 に表現 しがたい意 味内容 ( 接続詞、 時や場所 の副詞 ・副詞句 など) を持 つ ことが多
い。ブロックテキス トの言語記号か ら絵画 的な図像記号‑は、意味論 的な接合 により スムーズな移行が可能であ り、両記号か ら一続 きの有意 味な文が成立す る。換言すれば、一つの 文が抽象的な言語記号 と具象的な図像記号 に分 けられて記号化 されている。 図
2のブロックテキ ス ト内の三点 リーダーは、両記号 間の意味論 的な継 ぎ目のなさを象徴的に示 しているであろう
。しか しなが ら、 クラフ トのテキス ト言語学的な分 析手法 もまた、 図像 の持つ絵画 的な側面 を考慮 して いない。 た とえば、 ドナル ドダ ックの図像 は ドナル ドダ ックを指 し示す具象的な記号 として捉え られて、
「ドナル ドダ ック」 とい う言葉 と置 き換 え ることが で きる
。その際 に図像 の絵画 的 スタイルや大 きさ、
切 り取 り方 な どは考慮 されない。 だが、 コ ミックの 物語 は言葉ではな くむ しろ図像 によ って提示 され る のであるか ら、 図像 を言語 的 に翻訳す ることが不可 能 な地点 において こそ、 コ ミック独 自の語 り方 の秘 密 を探究すべ きではないだろ うか。
な お、 クラフ トは コマ とコマ相互 の 「テキ ス ト ( 織物) 性」 を重視 した に もかかわ らず、 コマ内部 に存在 す る 「テキ ス ト性」 に言 及 して いない。 そ の結 果、 絵画 的記号 を コマ内部 の コ ンテキ ス トか ら切 り離 して、 一 つ の単語 と して解釈 して い る点 も不充分 と言 わ ざるをえない。
図
2Aidans,Edouard;YvesDuval:SvenJ a n s s e n . J a g d d u r c h d r e i K
ontinente・In:ZackC o m i c ‑ B o
x1 4 . 1 9 7 5 ,S.142. (Kra的,
a.a.0.,S.114
よ り引用)
3
ク リヒェルの博士論文 は、 コ ミックにおける物語 の伝達方法 ( 人物 や事件、時間な どが どの
よ うな手段 で読者 に伝達 され るか)、 す なわ ち コ ミックのナ ラ トロ ジーを研 究課題 と して、
「デ ィス クール
」( 言説 による物語 の伝達) をテーマ と した ジェラール ・ジュネ ッ トのナラ トロ ジーに立 ち戻 りなが ら、 それ に類似 したナ ラ トロジーを コ ミックに対 して も提案 している
。ジュネ ッ トにとって、言説 による物語 テキス トに不可欠な構成要素 は 「 語 り手」の存在であっ た。物語 を伝達す る語 り手 がいるとい う特徴が、物語 テキス トを戯 曲や拝情詩 な どの非物語 的 なテキス トか ら区別す ると考 え られた。
ジュネ ットに依拠するクリヒェルの論考 もまた、 コミックに語 り手の審級があることを 自明の前 提 として出発 している
。クリヒェルによると、 コミックの読者 は通常人格 的な語 り手の存在をまっ た く意識 していないが、 それは大抵のコミックの語 り手が 「 異質物語世界 的
heterodiegetisch」な い し 「 物語世界外 にいる
extradiegetisch」ことに起 因 している
。物語世界 の外部 にい るコ ミッ クの語 り手 は、 コ ミック内の一連 の出来事 を要約 しなが ら 「 報告 す る
Telling」ので はな く、
あ る一 つ の場面 を一定 の時間空 間内で会話 を交 えなが ら 「示す
Showing」。コ ミックにおける こう した語 り方 の特質 は、 語 り手 の人格 的存在 を読者 の 目か ら隠蔽 し、 コ ミックの語 り手 は
「 非人称 的」 かつ 「 非明示的」 にな るとされ る
。ク リヒェルは語 り手 という分析概念 とともに、 「焦点化
Fokalisierung」という概念 もジュネ ッ トか ら借 り受 けている
。「焦点化
」( 焦点の位置) とは、 誰の眼が見 ているのか、 誰 の意識 が情 報源 にな っているのか とい う視座 の ことである
○焦点化 の審級 は、物語世界 の内部 にいる作 中 人物への焦点化 (内的焦点化) と、外部 にいる語 り手 自身への焦点化 ( 外 的焦点化) に大別す ることができる。 ク リヒェルはコ ミックの焦点化の審級 を主 として外 的な もの ( つま り語 り手へ の焦点化) としている
。焦点 ( 認識主体) が物語世界 の外部 にあるとき、 その焦点か ら作 中人 物の感情や思考を描写す ることはむつか しい○従 って、 あるコマで作 中人物の内面 について情報 が与 え られた とすれば、焦点化の審級 は一時的に内部へ移動 した と解釈 され ることになる
。 11さ らにク リヒェル は図像 とい う視覚的 メデ ィアの問題 を取 り扱 うために、焦点化 をカメラの 視角 または画面の切 り取 り方 とい う映画論 的 ・絵画論 的なテーマ と結 びつ けて論 じてい る
。つ ま り焦点化 の審級 ( 認識主体 の位置) は、画像 を切 り取 るカメラ レンズの位置 や角度 と して可 視化 ・具象化 されてお り、 それぞれの コマの画像 がその都度 の焦点化 の審級 を示す と説 かれて いる
。た とえば、図像 が画面 か ら隔た った視点か ら措 かれているときには、外部 にい る語 り手 への焦点化がなされてい ると論 じられ、 コマか らコマへ と図像 の切 り取 り方が変化す るときに は、焦点化 の審級が コマ ごとに変化 しているとされ る
。 12しか し、画像が どの視点か ら措 かれてい るか とい う絵画 的な問題 と語 り手 の視座 に関わ る焦 点化 の審級 は、 同一視す ることがで きるであろうか。 図
3でのカメラ視点 の変化 は、 ク リヒェ ルの言 うよ うに果 た して外部 か ら内部へ と焦点化 の審級 が変化 した こと ( 認識主体 が変更 した
図
3Schulz,
CharlesM .:Snoofu&diePeanuts.StetszuDiensten22.Bu。h.̲Frankfurt/M 1991 .
(Krichel,a.a.0.,
S.29よ り引用)‑ 175‑
人文論叢 ( 三重大学)第
27号
2010こと) を意味 しているであろ うか。
また図
4の‑ コマ 目でカメラ位置 は画面か ら離 れているが、図像 の意味内容 は作 中人物 の心 象風景 を表 している
。ク リヒェル に従えば、 カメラは外的焦点化 を、物語 内容 は内的焦点化 を 示唆す るとい う矛盾 に陥 るのではないだろうか。
図 4
W atterson,
Bill:DiePhantastischenZwei.‑Frankfurt/M 1996,
S.22.(Krichel,a.a.0.
,
S.149よ り引用)
ク リヒェルは、語 り手や焦点化 のよ うな文学研究の概念を コ ミックとい う複合的メデ ィアに 無条件 に適用 している。た しかに文学テキス トに基づいて獲得 された物語理論 のモデルはコ ミッ クにおける語 りを考察す る手 がか りを与えて くれ るが、言葉 と図像 とい うまった く異質 な二つ のメデ ィアの複合体であるコ ミックの特徴 に対 しては もっと慎重 にな り、 なん らかの変形 を加 えた上 で コ ミックに応用す ることが必要ではないだろうか。 なぜな らば、視覚的な図像 自体 に
も語 りの潜在的能力が備 わ っているか らである
。4
以上 の
3研究 は、広義 の物語性 ( 「いかに」物語 っているか) を問題 に してい るが、 いずれ もが文学テキス トに基づ く記号論的ない し構造主義的な研究成果 をそのままコ ミックに適用 し ている
。しか しコ ミックにおける物語性 の特徴 は、主 としてグラフィックな性格 の物語 であるという 点 にあ り、図像 に対 して言葉 は二義的な役割 しか果た していない と捉え るべ きである
。従 って コ ミックのナラ トロジー研究 は、 まず は絵画的図像 のさまざまな側面の解 明か ら始 めなければ な らない。図像 と言葉 との共演関係 はその後の研究課題 とな る
。その際 に も言葉 は図像 を構成 す る一要素 として、 図像 の下位 に位置づ けるのが適切ではないだろうか。
言葉が図像 の一要素であるとすれば、果た して語 り手 を問題 にす ることは どの程度有効 であ ろうか。語 り手すなわち発話 の主体 とい った ものを、図像 の背後 に想定で きるであろうか。図 像 による空間や時間、運動描写 の背後 に語 り手がいるであろうか。 コ ミックの筋 は語 られ るの ではな く、絵画的に示 され る ( 演 出され る) ものであるとすれば、発話主体 を論 じることの意 味は小 さいであろう
。欧米 の文化諸科学 では、西洋文化 の 「 絵画的転 回
pictoria1turn」宣言 や ヴ ィジュアル カル
チ ャー研究の興隆を受 けて、 コ ミックを含むイ ンターメデ ィア現象への関心が増大 している
。ナラ トロジーの研究対象 も、言葉 による語 りの境界線 を越 え出て、他 メデ ィアへ と拡大 しつつ
ある
。今後 はこうした動 向に注意 しなが ら、絵画的図像の持つ語 りの潜在的能力 と語 りの手段
を研究す るとい う回路 を通 って、 コ ミックメデ ィア特有 の物語性へ と接近す る研究姿勢 が求 め られ るであろ う
。註
1Htinig
,
W olfgangK・:StrukturendesComicStr i p
・Ansd'tzezueinertexilinguistisch‑semiotischenAnalu,senarrativer comics.‑Hildesheim/New York1974.2Krafft
,
Ulrich:Comicslesen・UntersuchungenzurTextualitdtDonComics.‑Stuttgart1978.3Krich
e l ,
Marianne:ErzdhlerischeVermittlungimComicamBeispieldesamerikanischenZeitungscomic了′Calvinand Hobbes".‑Trier2006.4 Vg
l
.Htinlg,a.a.0.,S.74ff . ヒ ュ 一 二 ヒの 分 析 対 象 作 品 は 、
0'Donoghue,
Michael;FrankSpringer‥ TheAdventuresofPhoebeZeit‑Geist.lNew York1968で あ り、 次 の 12の 「機 能 」 が 認 定 さ れ て い る。A l
開 放 ・救 出 ・逃 走 、
A 2落 下 ・投 げ 出 し、
A 3安 全 な 状 態 に あ る、
B l気 絶 ・殺 害 、
B2捕 らわ れ ・梱 包 、
C引 き ず り、
D l性 的 な 攻 撃 、
D2身 体 的 な 変 形 、
D 3加 虐 ・切 断 、
E l回 顧 、
E2平 行 、
E3予 見
5Vg
l
・Schtiwer,
Martin:VieComicSerZdhlen・GrundrisseinerintermedialenErzd.hltheoriedergrafischenLiteratur.‑Trier2008,S.15.
6Kra的,a.a.0.,S.ll. 7Kra的,a.a.0.,S.12.
8 Kra的,a.a.0.,S.115.
9 Vg
l
.Kra恥 a.a.0.,S.27.ク ラ フ トが 「商 人 」 の 図 像 を 言 語 的 な 手 段 で 読 み 解 い て い る例 を 以下 に 引 用 す る
。コマ
1 2 3 4‑5 6 7′‑ll 1210
ブ ロ ッ ク テ キ ス トと は 、 作 中 人 物 相 互 の 間 で 取 り交 わ さ れ る せ りふ で は な く、 読 者 に 向 け て 語 られ る言 語 テ キ ス トの こ と で あ る
。こ の 意 味 で ブ ロ ッ ク テ キ ス トは 、 絵 画 的 図 像 と 同 じ コ ミ ュニ ケ ー シ ョ ン レベ ル に あ る と さ れ る
。llKrichel,a.a.0.,S.28.
12Vg
LKr
ichel,a・a.0.,S・29・‑ 177‑