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Vol.65 , No.2(2017)049韓 尚希「pannattiの意味と種類」

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(1)

るが,それを名称をもって表すこと,つまり区分された dhamma に名付けること, そして,その名称によって,種々の dhamma の内容を,その名称に相応する意味・ 概念として知らせることが paññatti である.

2.2.paññatti の種類 A パーリを離れたアッタカターの仕方による六種の paññatti ――そのものが真実の意味として実在するかしないかの二つの本質をもとにした 組み合わせによる分類.① 存在しているものの p˚(vijjamānap˚):善と不善にほか ならない,真実の意味と最勝の意味として(saccikaṭṭhaparamatthavasena)存在し,あ り,生じた dhamma.② 存在していないものの p˚(avijjamānap˚):世間の語法での み成立する,女性・男性,まったく認識されることができず,言葉の対象に過ぎ ない,第五の真実.③ 存在しているものによる存在していないものの p˚(vijjamānena avijjamānap˚):三明者,六神通者.④ 存在していないものによる存在しているもの の p˚(avijjamānena vijjamānap˚):女性の色形,男性の色形.⑤ 存在しているものに よる存在しているものの p˚(vijjamānena vijjamānap˚):眼触,耳触.⑥ 存在していな いものによる存在していないものの p˚(avijjamānena avijjamānap˚):クシャトリヤの 息子,バラモンの息子.B アッタカターを離れたアーチャリヤの見解による六 種の paññatti(第一)――ものの間の関係による分類.① 依って[仮にあるもの] の p˚(upādāp˚):色と受などの区分を有する蘊に依って,すなわち依存し,原因と して[世俗的に]同意されたものである衆生,あれこれの部分に依っての車・家, あれこれの色形などに依っての水瓶・布,月と太陽の循環などに依っての時間・ 方角.② 対照による p˚(upanidhāp˚):第一,第二などに照らしての第二,第三,相 互に照らしての長い,短い.③ 結合による p˚(samodhānap˚):三脚台,穀物の集ま り.④ 近くに置かれたものによる p˚(upanikkhittap˚):二,三,四.⑤ それ自体に 由来する p˚(tajjāp˚):大地,火,硬さ,熱さ.⑥ 継続による p˚(santatip˚):80 歳, 90 歳.B-1 アーチャリヤの見解による paññatti(第二)――もの自体の状態によ る分類.① 行為による p˚(kiccap˚):誦者,説法者.② 形状による p˚(saṇṭhānap˚): 痩せ,円形.③ 性による p˚(liṅgap˚):女性,男性.④ 場所による p˚(bhūmip˚): 欲界,色界,無色界,コーサラ人.⑤ 個人の p˚(paccattap˚):ティッサ,ナーガ. ⑥ 無為法の p˚(asaṅkhatap˚):消滅,涅槃.これら B と B-1 の paññatti は,A の範 囲内で,一定した様相によって分類されている.

2.3.paññapetabbaṭṭhena paññatti と paññāpanaṭṭhena paññatti   B の 最 初 の upādāpaññatti について,「これは定められるべきという意味で paññatti であり,定 めるという意味でではない.それの意味を定めるもの,それは存在していないも paññatti の意味と種類(韓) (243)

paññatti の意味と種類

――Puggalapaññattiaṭṭhakathā を中心として――

韓  尚 希

1.はじめに 

paññatti は,pra + √jñā の使役型動詞 paññāpeti から派生した女性名 詞で,ニカーヤにおいて名称(D, I 202; D, II 63–64, 68),概念(D, II 62),規定(D, III 102)を意味するなど,その用法が一定していなく,Nidd(I 124, 140)と Dhs(p. 226)において,saṅkhā,samaññā などと,一定した形で定義されるが,註釈時代 になるとその語義が確定される.Puggalapaññattiaṭṭhakathā(Pp-a)は,paññatti に ついて最も詳細に述べられた文献の一つである.本稿では,先行研究を踏まえて, ① Pp-a における paññatti の意味と種類を考察し,② 後代アビダンマ文献における 二種の paññatti の意味の確認とともに,その原型が Pp-a においてみられることを 明かす.

2.Pp-a における paññatti 

2.1.paññatti の意味 paññatti とは,区分されたものを示すことで (paricchinnadhamma-nidassanaṃ),顕示(dassanā)・説明(pakāsanā)や確立(ṭhapanā)・指定(nikkhipanā) の意味をもつ.Pp に示された蘊処界諦根人のパーリにおける六種の paññatti は, 「定めること」(paññāpanā)で,顕示と確立の両方の意味をもつが,nāmapaññatti(名

称による paññatti)は,あれこれのものを示し,あれこれの部分によって確立する からである.これは,パーリの六種の paññatti が nāmapaññatti であることと, nāmapaññatti が 「名称をもって表すこと,名称によって定めること」を意味する ことを示す.nāmapaññatti は,名称をもって dhamma を示し,あれこれの dhamma を表す名の部分からなる名称によって,一定の dhamma を,その名称をもつもの に確立する.たとえば,色蘊について色蘊という名称で示すことは,それが色蘊 であると表すことであるが,この語は,色と蘊というそれぞれの dhamma を表す 名からなる名称で,この名称によって,この dhamma を色蘊として確立する.最 初に述べられた paññatti の定義の「区分されたものを示すこと」において,区分 されたものとは,一定の範囲によって限定・区分された種々の dhamma を意味す (242) 印度學佛敎學硏究第 65 巻第 2 号 平成 29 年 3 月 ─ 797 ─

(2)

るが,それを名称をもって表すこと,つまり区分された dhamma に名付けること, そして,その名称によって,種々の dhamma の内容を,その名称に相応する意味・ 概念として知らせることが paññatti である.

2.2.paññatti の種類 A パーリを離れたアッタカターの仕方による六種の paññatti ――そのものが真実の意味として実在するかしないかの二つの本質をもとにした 組み合わせによる分類.① 存在しているものの p˚(vijjamānap˚):善と不善にほか ならない,真実の意味と最勝の意味として(saccikaṭṭhaparamatthavasena)存在し,あ り,生じた dhamma.② 存在していないものの p˚(avijjamānap˚):世間の語法での み成立する,女性・男性,まったく認識されることができず,言葉の対象に過ぎ ない,第五の真実.③ 存在しているものによる存在していないものの p˚(vijjamānena avijjamānap˚):三明者,六神通者.④ 存在していないものによる存在しているもの の p˚(avijjamānena vijjamānap˚):女性の色形,男性の色形.⑤ 存在しているものに よる存在しているものの p˚(vijjamānena vijjamānap˚):眼触,耳触.⑥ 存在していな いものによる存在していないものの p˚(avijjamānena avijjamānap˚):クシャトリヤの 息子,バラモンの息子.B アッタカターを離れたアーチャリヤの見解による六 種の paññatti(第一)――ものの間の関係による分類.① 依って[仮にあるもの] の p˚(upādāp˚):色と受などの区分を有する蘊に依って,すなわち依存し,原因と して[世俗的に]同意されたものである衆生,あれこれの部分に依っての車・家, あれこれの色形などに依っての水瓶・布,月と太陽の循環などに依っての時間・ 方角.② 対照による p˚(upanidhāp˚):第一,第二などに照らしての第二,第三,相 互に照らしての長い,短い.③ 結合による p˚(samodhānap˚):三脚台,穀物の集ま り.④ 近くに置かれたものによる p˚(upanikkhittap˚):二,三,四.⑤ それ自体に 由来する p˚(tajjāp˚):大地,火,硬さ,熱さ.⑥ 継続による p˚(santatip˚):80 歳, 90 歳.B-1 アーチャリヤの見解による paññatti(第二)――もの自体の状態によ る分類.① 行為による p˚(kiccap˚):誦者,説法者.② 形状による p˚(saṇṭhānap˚): 痩せ,円形.③ 性による p˚(liṅgap˚):女性,男性.④ 場所による p˚(bhūmip˚): 欲界,色界,無色界,コーサラ人.⑤ 個人の p˚(paccattap˚):ティッサ,ナーガ. ⑥ 無為法の p˚(asaṅkhatap˚):消滅,涅槃.これら B と B-1 の paññatti は,A の範 囲内で,一定した様相によって分類されている.

2.3.paññapetabbaṭṭhena paññatti と paññāpanaṭṭhena paññatti   B の 最 初 の upādāpaññatti について,「これは定められるべきという意味で paññatti であり,定 めるという意味でではない.それの意味を定めるもの,それは存在していないも paññatti の意味と種類(韓) (243)

paññatti の意味と種類

――Puggalapaññattiaṭṭhakathā を中心として――

韓  尚 希

1.はじめに 

paññatti は,pra + √jñā の使役型動詞 paññāpeti から派生した女性名 詞で,ニカーヤにおいて名称(D, I 202; D, II 63–64, 68),概念(D, II 62),規定(D, III 102)を意味するなど,その用法が一定していなく,Nidd(I 124, 140)と Dhs(p. 226)において,saṅkhā,samaññā などと,一定した形で定義されるが,註釈時代 になるとその語義が確定される.Puggalapaññattiaṭṭhakathā(Pp-a)は,paññatti に ついて最も詳細に述べられた文献の一つである.本稿では,先行研究を踏まえて, ① Pp-a における paññatti の意味と種類を考察し,② 後代アビダンマ文献における 二種の paññatti の意味の確認とともに,その原型が Pp-a においてみられることを 明かす.

2.Pp-a における paññatti 

2.1.paññatti の意味 paññatti とは,区分されたものを示すことで (paricchinnadhamma-nidassanaṃ),顕示(dassanā)・説明(pakāsanā)や確立(ṭhapanā)・指定(nikkhipanā) の意味をもつ.Pp に示された蘊処界諦根人のパーリにおける六種の paññatti は, 「定めること」(paññāpanā)で,顕示と確立の両方の意味をもつが,nāmapaññatti(名

称による paññatti)は,あれこれのものを示し,あれこれの部分によって確立する からである.これは,パーリの六種の paññatti が nāmapaññatti であることと, nāmapaññatti が 「名称をもって表すこと,名称によって定めること」を意味する ことを示す.nāmapaññatti は,名称をもって dhamma を示し,あれこれの dhamma を表す名の部分からなる名称によって,一定の dhamma を,その名称をもつもの に確立する.たとえば,色蘊について色蘊という名称で示すことは,それが色蘊 であると表すことであるが,この語は,色と蘊というそれぞれの dhamma を表す 名からなる名称で,この名称によって,この dhamma を色蘊として確立する.最 初に述べられた paññatti の定義の「区分されたものを示すこと」において,区分 されたものとは,一定の範囲によって限定・区分された種々の dhamma を意味す (242) 印度學佛敎學硏究第 65 巻第 2 号 平成 29 年 3 月 ─ 796 ─

(3)

れに対応する意味や概念があるはずであるが,存在しているものは,真実の意味 として実在しているゆえに,再び規定される必要がなく,名称が与えられるだけ でその意味が知られる.存在しているものと存在していないもののいずれも,名 称によって表されるが,意味の規定が必要なのは存在していないもののみである.

4.まとめ 

Pp-a において paññatti とは顕示と確立との両方の意味をもつが,一 定の範囲で区分された dhamma を名称をもって示し,その dhamma をその名称を もつものに確立する.これは nāmapaññatti で,定めるという意味での paññatti で あり,パーリにおける khandhapaññatti などの六種と,アッタカターの仕方による vijjamānapaññatti など六種の paññatti がこれに当たる.一方,アーチャリヤの見解 による upādāpaññatti は,定められるべきという意味での paññatti で,真実の意味 として存在していないものに対するものであるので,avijjamānapaññatti のみがこ れに当たる.これらの異なる性質と役割をもつ paññatti は,Abhidhammāvatāra や Abhidhammatthasaṅgaha において,二種に定着して説かれる.定められるがゆえ の paññatti は,実在しないもののみが対象となる一方,定めるがゆえの paññatti は,実在するものとそうではないものの両方に適用されるので,この二種の paññatti は,一つの dhamma を規定することにおいて,それぞれ意味(attha)と名称(nāma) を表す対応関係にあるものではない. 〈略号〉 Pāli Text は PTS 版を使用し,略号は PTS の規定に従う. 〈参考文献〉

Karunadasa, Y. 1987. “The Abhidharma Theory of Paññatti: The Category of the Norminal and the Conceptual.” In Buddhist Philosophy and Culture: Essays in Honour of N. A. Jayawickrema, ed. David. J. Kalupahana and W. G. Weeraratne, 71–92. Colombo: N. A. Jayawickrema Felicitation Volume Committee.

佐々木現順 1958『阿毘達磨思想研究――仏教実在論の歴史的批判的研究――』弘文堂. 玉井威 1979「施設について」『印度学仏教学研究』27 (2): 212–214. 水野弘元 1997『仏教教理研究』水野弘元著作選集第 2 巻,春秋社. 〈キーワード〉 paññatti,Puggalapaññattiaṭṭhakathā,nāmapaññatti,施設,『人施設論註』 (東京大学大学院) paññatti の意味と種類(韓) (245)

のの paññatti のみである」(paññapetabbaṭṭhena cesā paññatti nāma, na paññāpanaṭṭhena. yā pana tassatthassa paññāpanā ayam avijjamānapaññattiyeva〈Pp-a 173〉)と説かれたことに注目 する必要がある.アビダンマにおいて,真実の意味として実在する「存在してい るもの」と違って,「依って仮にあるもの」は実在していないゆえに,その意味が 定められるべきである.こういうものに対する paññatti は,「定められるべき意味 での paññatti」で,「定める意味での paññatti」と対比されるが,この後者は,前述 した nāmapaññatti を意味する.そして,A の paññatti が説かれる際に,「定めるゆ えに,~ paññatti とよばれる」(paññāpanato ~ paññatti nāma)という形式をもって説 かれるので,これらも定める意味での paññatti であることがわかる.ここで, 〈paññapetabbaṭṭhena paññatti = upādāpaññatti = avijjamānapaññatti〉と〈paññāpanaṭṭhena

paññatti = nāmapaññatti = vijjamānapaññatti など六種〉の関係が成立する.この関係 は,後代アビダンマの文献において二種の paññatti として定着する.

3.後代アビダンマ文献における二種の paññatti 

Buddhadatta の著作である

Abhidhammāvatāra(5c)には(pp. 83–84),paññatti に,「定められるべきがゆえの

paññatti」(paññapetabbato paññatti)と「定めるがゆえの paññatti」(paññāpanato paññatti) があると説かれる.色(rūpa)などの dhamma に依って,縁として,原因として, ただ世間の同義によって成立したものが「私」などといわれ,定められるのは, paññapetabbato paññatti であり,あれこれの dhamma を「これはこのように名付け られる」と規定するのは,paññāpanato paññatti である.これには,tajjāp˚, upādāp˚,upanidhāp˚ の三種の paññatti があるが,このうちの upādāp˚ に A の paññatti が含まれる.Anuruddha の著作の Abhidhammatthasaṅgaha(12c)にも(pp. 43–44), 「定められるがゆえの paññatti」(paññāpiyattā paññatti)と「定めるがゆえの paññatti」 (paññāpanato paññatti)との二種の paññatti が説かれる.このうち,paññāpiyattā paññatti

は,Pp-a の upādāpaññatti の説明とほぼ同様の内容であり,paññāpanato paññatti は, 名と名付けなどによって表されたもので,A の paññatti を内容とする.

この両文献の paññapetabbato paññatti もしくは paññāpiyattā paññatti は,Pp-a の upādāpaññatti の内容と異ならず,paññāpanato paññatti は,Pp-a のアッタカターの 仕方による vijjamānapaññatti などの六種の paññatti を含む.前者は,真実の意味と して存在していないもののみが対象である一方,後者は,存在しているものと存 在していないもの両方に対して適用される.したがって,この二種の paññatti は, 一つの物事の規定において,概念と名称を表す対応関係にあるのではなく,性質 や役割を異にして,その規定に働くものである.名称がつけられた物事には,そ (244) paññatti の意味と種類(韓) ─ 795 ─

(4)

れに対応する意味や概念があるはずであるが,存在しているものは,真実の意味 として実在しているゆえに,再び規定される必要がなく,名称が与えられるだけ でその意味が知られる.存在しているものと存在していないもののいずれも,名 称によって表されるが,意味の規定が必要なのは存在していないもののみである.

4.まとめ 

Pp-a において paññatti とは顕示と確立との両方の意味をもつが,一 定の範囲で区分された dhamma を名称をもって示し,その dhamma をその名称を もつものに確立する.これは nāmapaññatti で,定めるという意味での paññatti で あり,パーリにおける khandhapaññatti などの六種と,アッタカターの仕方による vijjamānapaññatti など六種の paññatti がこれに当たる.一方,アーチャリヤの見解 による upādāpaññatti は,定められるべきという意味での paññatti で,真実の意味 として存在していないものに対するものであるので,avijjamānapaññatti のみがこ れに当たる.これらの異なる性質と役割をもつ paññatti は,Abhidhammāvatāra や Abhidhammatthasaṅgaha において,二種に定着して説かれる.定められるがゆえ の paññatti は,実在しないもののみが対象となる一方,定めるがゆえの paññatti は,実在するものとそうではないものの両方に適用されるので,この二種の paññatti は,一つの dhamma を規定することにおいて,それぞれ意味(attha)と名称(nāma) を表す対応関係にあるものではない. 〈略号〉 Pāli Text は PTS 版を使用し,略号は PTS の規定に従う. 〈参考文献〉

Karunadasa, Y. 1987. “The Abhidharma Theory of Paññatti: The Category of the Norminal and the Conceptual.” In Buddhist Philosophy and Culture: Essays in Honour of N. A. Jayawickrema, ed. David. J. Kalupahana and W. G. Weeraratne, 71–92. Colombo: N. A. Jayawickrema Felicitation Volume Committee.

佐々木現順 1958『阿毘達磨思想研究――仏教実在論の歴史的批判的研究――』弘文堂. 玉井威 1979「施設について」『印度学仏教学研究』27 (2): 212–214. 水野弘元 1997『仏教教理研究』水野弘元著作選集第 2 巻,春秋社. 〈キーワード〉 paññatti,Puggalapaññattiaṭṭhakathā,nāmapaññatti,施設,『人施設論註』 (東京大学大学院) paññatti の意味と種類(韓) (245)

のの paññatti のみである」(paññapetabbaṭṭhena cesā paññatti nāma, na paññāpanaṭṭhena. yā pana tassatthassa paññāpanā ayam avijjamānapaññattiyeva〈Pp-a 173〉)と説かれたことに注目 する必要がある.アビダンマにおいて,真実の意味として実在する「存在してい るもの」と違って,「依って仮にあるもの」は実在していないゆえに,その意味が 定められるべきである.こういうものに対する paññatti は,「定められるべき意味 での paññatti」で,「定める意味での paññatti」と対比されるが,この後者は,前述 した nāmapaññatti を意味する.そして,A の paññatti が説かれる際に,「定めるゆ えに,~ paññatti とよばれる」(paññāpanato ~ paññatti nāma)という形式をもって説 かれるので,これらも定める意味での paññatti であることがわかる.ここで, 〈paññapetabbaṭṭhena paññatti = upādāpaññatti = avijjamānapaññatti〉と〈paññāpanaṭṭhena

paññatti = nāmapaññatti = vijjamānapaññatti など六種〉の関係が成立する.この関係 は,後代アビダンマの文献において二種の paññatti として定着する.

3.後代アビダンマ文献における二種の paññatti 

Buddhadatta の著作である

Abhidhammāvatāra(5c)には(pp. 83–84),paññatti に,「定められるべきがゆえの

paññatti」(paññapetabbato paññatti)と「定めるがゆえの paññatti」(paññāpanato paññatti) があると説かれる.色(rūpa)などの dhamma に依って,縁として,原因として, ただ世間の同義によって成立したものが「私」などといわれ,定められるのは, paññapetabbato paññatti であり,あれこれの dhamma を「これはこのように名付け られる」と規定するのは,paññāpanato paññatti である.これには,tajjāp˚, upādāp˚,upanidhāp˚ の三種の paññatti があるが,このうちの upādāp˚ に A の paññatti が含まれる.Anuruddha の著作の Abhidhammatthasaṅgaha(12c)にも(pp. 43–44), 「定められるがゆえの paññatti」(paññāpiyattā paññatti)と「定めるがゆえの paññatti」 (paññāpanato paññatti)との二種の paññatti が説かれる.このうち,paññāpiyattā paññatti

は,Pp-a の upādāpaññatti の説明とほぼ同様の内容であり,paññāpanato paññatti は, 名と名付けなどによって表されたもので,A の paññatti を内容とする.

この両文献の paññapetabbato paññatti もしくは paññāpiyattā paññatti は,Pp-a の upādāpaññatti の内容と異ならず,paññāpanato paññatti は,Pp-a のアッタカターの 仕方による vijjamānapaññatti などの六種の paññatti を含む.前者は,真実の意味と して存在していないもののみが対象である一方,後者は,存在しているものと存 在していないもの両方に対して適用される.したがって,この二種の paññatti は, 一つの物事の規定において,概念と名称を表す対応関係にあるのではなく,性質 や役割を異にして,その規定に働くものである.名称がつけられた物事には,そ (244) paññatti の意味と種類(韓) ─ 794 ─

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