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南アジア研究 第28号 019書評・鈴木 康郎「押川文子・南出和余(編)『「学校化」に向かう南アジア―教育と社会変容―』」

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Academic year: 2021

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(1)南アジア研究第28号( 2016年). 書評. 押川文子・南出和余(編)『「学校化」に向 かう南アジア―教育と社会変容―』 京都:昭和堂、2016 年、399 頁、6300 円+税、ISBN978 ­ 4812215395. 鈴木康郎 南アジアは、インド、スリランカ、ネパール、パキスタン、バングラ デシュ、ブータン、およびモルディブという8つの国家群で形成され、17 億4420万人(世界銀行、2015年)という巨大な人口を抱えている。人 口は増加を続けており、年齢別人口構成はピラミッド型で、多くの若年 層により構成されている。そのため同地域は、教育をはじめとした人的 資本の育成により、今後経済・社会的発展が進むものと期待されている。 実際に、同地域の主要国であるインドは、他の新興国が景気減速傾向を. 示す中、BRICS 諸国の中で安定した経済成長を遂げており、大きな注目. を集めている。本書は、こうした前提のもとに、南アジアにおける学校. 教育の普及が、社会にいかなる影響を与えているのかを検証しようとし たものである。 本書は、インド近代社会史・南アジア地域研究を専門とする押川文子、 バングラデシュの文化人類学を専門とする南出和余を編著者として、18 名の研究者により各章、各コラムが執筆されたものであり、南アジアの 社会と教育を俯瞰するための格好の書である。本書の目的は、 「現地調 査と統計分析等を用いた学際的手法によって、南アジアの教育につい. て、 その全体像と特質を解明」 (序文 x)することである。これを達成す. るために、本書は、序文、Ⅲ部全14章、6編のコラム、あとがきから構. 成されている。第Ⅰ部「変革する南アジアの教育制度」は、南アジアの 主要3ヶ国(インド、パキスタン、バングラデシュ)における教育につい て、歴史的展開を概観しつつ、教育制度の特徴を描き出しており、総論. にあたる(第1章~第3章) 。第 II 部「教育機会の拡充と多様化」は、学. 校教育が量的な拡充を果たしながら、それを享受できない階層がいるこ. とを受け、学校教育を補完する実践が行われている点に着目している (第4章~第10章) 。第Ⅲ部「教育のモビリティ」は、学歴が雇用にもた らす影響について、その実態を捉えようとしている(第11章~第14章) 。. 180.

(2) 書評 押川文子・南出和余 (編) 『 「学校化」に向かう南アジア―教育と社会変容―』. なお、全14章で扱われているのは、インド8編、パキスタン3編、バング ラデシュ3編と、主要3ヶ国に限られているが、コラムという形で、これ らに加え、ネパール、スリランカ、ブータン、モルディブにおける教育 の特徴的な側面が紹介されている。こうした本書の構成は、南アジアを 専門とする研究者ばかりでなく、広く南アジアの教育や社会に関心をも つ人々に向けた啓蒙書として編纂したと考えられる。 第Ⅰ部を見ていきたい。第1章は、インドにおける教育制度の歴史的 展開について、独立前から1990年代以降までを概観した。1950年イン ド憲法により無償義務教育の普及を目指すこととなったが、独立前より 偏った発達を遂げていた教育制度を解体することなく国民教育の普及 を目指したため、平準化や機会均等の実現が困難であった。1970年代 より留保制度が導入されたことにより国民の中の不平等の存在を認め、 格差是正をめざすこととなった。1980年代以降は、公立学校の劣悪な 状況に対し、私立学校をモデルに改革を図るモデル校設置等も行われる ようになった。 第2章は、パキスタンにおける教育普及の推移に関する統計を示した 上で、現在の教育普及状況について、地域差と男女差に着目しながら、 その特質を明らかにした。量的な拡充ばかりでなく、教育の質にも着目 し、公立学校の設備未整備や教員の怠業の影響により、児童の学力が低 いことが課題であり、教育の質確保のための取り組みとして、学業成績 と学校ランキングの開示により教育達成度を高めることに成功した社 会実験が紹介された。 第3章は、多様な教育の担い手により学校普及を促し、ある程度の普 及を見たところで政府統制を図るという独自のプロセスにより発展した バングラデシュの教育制度について、歴史的経緯を概観し、現代の学校 教育の特質と課題を示した。現在、初等教育の普及が完全達成に近づ いているのに対し、中等教育の就学率が60%弱にすぎないこと、高等教 育については、農村部で教育を受けた層と都市部の新中間層との間に進 学先の格差がある状況を明らかにした。こうした農村部と都市部との差 は、初等中等教育段階より見られ、都市部新中間層をターゲットに「イ. ングリッシュミディアム」と呼ばれ、英語を教授用語として英国 GCE 方 1. 式 の教育を提供する私立小中学校が増えていることを指摘した。. 以上が第Ⅰ部であり、それぞれ研究アプローチが異なる点は気になる. 181.

(3) 南アジア研究第28号( 2016年). が、3ヶ国の教育の普及状況やその特質を知る上で、有意義な基礎デー タを提供している。 各論にあたる第Ⅱ部以降は、個別の事例研究となる。教育機会の拡充. による教育と社会の変化に着目した第 II 部について見ていくこととする。 第4章は、インド・ビハール州を事例として、カーストという伝統的な. 社会階層が初等教育への就学にどのような影響を与えているのかにつ いて、統計的な手法を用いて検証した。初等教育の達成度について、社 会階層間に有意な格差が存在し、下位階層は、上位階層に比べて20年 程度遅れている状況が示された。この背景には、 家計の経済状況の差が あるため、初等教育の実質的無償化を推進すると同時に、労働市場にお ける雇用格差の是正も行っていく必要を指摘した。. 第5章は、 首都デリーの低所得地域において、 低授業料私立学校(LFP). および補習指導をはじめ多様な教育プロバイダーにより多様な有償教. 育が提供されている状況に着目し、その実態を明らかにした。こうした 有償教育が拡大する背景には、公立学校が機能不全に陥っていること、. LFP が英語による教育を低コストで提供し、補習指導が学校や家庭での. 学習を補うことで、教育・雇用ニーズを満たす役割を果たしてきたこと を明らかにした。さらに、比較的経済力のある貧困層のみがこうしたサ ービスを利用できるため、有償教育への依存が高まれば、公立学校の質 の低下が深刻化する危険性があることを示唆した。. 第6章は、インドで学校に通うことができない子ども達の教育を、NGO. によるノンフォーマル教育が担ってきたことを踏まえ、デリーのストリ ートチルドレンを対象とした活動実態を参与観察により明らかにした。 そこでは、子どもの受け入れ施設として機能する「活動型」の教育と、 施設から学校に通学できるように支援する「施設型」の教育という2つ の教育アプローチをとっていること、さらに保護やケアを十分に受けら れない子どもに対して福祉の機能も提供していることを示した。 第7章は、従来、カーストをはじめとする社会的序列が教育機会形成 に決定的な意味を持つと考えられてきたが、実際には家庭の経済力や教 育制度的要因等が複雑に作用して影響を与えていることを実証した。. 「その他の後進諸階級」 (OBCs)を主たる対象として調査を行った結果、 経済的に富裕なこの層では、私立学校系統で英語教育や質の高い初等・. 中等教育を受けてきた者が多く、それ以外にも出自に関係なく、マイノ. 182.

(4) 書評 押川文子・南出和余 (編) 『 「学校化」に向かう南アジア―教育と社会変容―』. リティ性を巧みに利用して教育機会を拡充しようとする戦略的行動が あった。 第8章は、パキスタンにおいて、フォーマル教育による教育普遍化モ デルが十分に機能しなかったため、それを補完するノンフォール教育が 展開された状況を、識字普及の点から明らかにした。識字率自体は上昇 傾向にあるものの、絶対数としての非識字人口は増加傾向にある。その. ため、政府と NGO とのパートナーシップのもと、ノンフォーマル識字教. 育事業が展開されてきたが、課題として、計画策定やモニタリングの基 礎データが欠如してきたこと、公立小学校との連携が図られていないこ. とが示された。この問題を解決する方策として識字マネジメント情報シ ステムが整備されつつある状況を明らかにした。. 第9章は、パキスタンにおいて、およそ1,500万人の子どもに無償教育. を提供しているマドラサ(イスラーム学校)について、初等教育段階か. ら大学院段階に相当する教育システムが構築されている制度的状況を 明らかにした上で、マドラサが5派閥に分派している点、実態が把握で きない無認可マドラサが多く存在するため、過大もしくは過小評価され る傾向にある点などを課題として指摘した。また、マドラサが、教育内 容の現代化、世俗的な学校制度との複合化、認可登録制の推進による 政府統制の強化など、さまざまな形で変革を迫られていることを示唆し た。 第10章は、バングラデシュにおけるマドラサの教育システムについて 概観した上で、世俗的普通教育の実施によって公立学校の一系統となっ ているアリアマドラサと、私的に運営され、宗教教育に重点化した独自 の教育内容と修了証制度を有するコウミマドラサとに分岐した複線的 体系システムの存立を指摘した。また、アリアであれコウミであれ、マ ドラサ教育の運営者が地域の宗教的ニーズを的確に把握し、ニーズに応 えた経営をしなければ存続できない実状を明らかにした。 以上が第Ⅱ部であり、教育機会の拡充に伴い、多様な形態により教育 が提供され、社会階層と教育との関係が複雑化している状況がうかがえ る。 最後に、教育普及により、学歴や雇用にいかなる変化がもたらされた のかを解明しようとした第Ⅲ部について見ていくこととする。 第11章は、高等教育の市場化に伴い、マネジメント教育がどのように. 183.

(5) 南アジア研究第28号( 2016年). 提供されているのかについて、北インドを事例に調査したものである。 就職に有利とされ、急成長しているマネジメント教育であるが、無認可 のものも含め、小規模私立学校の急増が見られる。校舎を持たない学校、 非常勤スタッフに依存した教育など、質保証に関して懸念すべき点が見 られるが、その背景には、学校教育制度と労働市場との需給のミスマッ チがあること、一方で市場化による競争が粗悪な学校を淘汰する機能も 果たすことを示唆した。 第12章は、デリーの低所得者地域に暮らす若者について、教育と雇用 の実態を調査した。親世代に比べて学歴水準は明らかに上昇しているこ と、若者たちは、学位や英語能力の必要性を強く認識しており、働きな がら学ぶことによってそれを身につけようとしていることが明らかとな った。一方で、限られた情報源を手がかりに進路選択を行っている状況 があり、より質の高い情報提供と情報収集能力の強化が適切なキャリア 形成を促す上で重要であることを指摘した。 第13章は、1980年代以降の職業多様化と教育との関係を手がかりに、 南インドの農村がいかなる変容を遂げたのかについて解明した。職業構 成の変化として、非農業就業の増大が見られる一方、多くの世帯が農業 との兼業であること、 就学年数は40歳以下の年齢層で大幅に増加してお り、特に指定カーストにおいてそれが顕著であること、男女の平均就学 年数にほとんど差が見られなくなったことを明らかにした。背景として、 多くの雇用において、高等教育レベルの教育水準が要求されるようにな り、それにともない村民の教育要求が大きく高まっている実態を明らか にした。教育水準の向上は、社会階層間の下層と上層との格差縮小に貢 献してきたが、高等教育水準に限っては格差の広がりが見られることが 課題として明らかとなった。 第14章は、 バングラデシュ北部農村の「教育第一世代」の子どもたち の教育経験が進路選択に与えた影響について調査したものである。 「教 育第一世代」とは、1991年以降のノンフォーマル教育施設の設置により 教育を受けることが可能となった10代を指すが、親世代とは隔絶された 自由な時空として学校が存在し、独自の青年期を形成するようになっ た。中等教育段階になると、教育の将来的効用が求められながら、教育 と就職との繋がりが脆弱な現実に直面し、教育と都市出稼ぎとの間を往 来する実態を明らかにした。. 184.

(6) 書評 押川文子・南出和余 (編) 『 「学校化」に向かう南アジア―教育と社会変容―』. 以上が第Ⅲ部であり、教育機会の拡充にともない、低い社会階層や農 村部でも学歴と就業とが結びつけられ、教育要求の高まりに呼応するか たちで、多様な進路が選択できる状況が現出している状況がうかがえる。 このように本書は、多様な社会階層による多様なニーズを取り込みな がら、さまざまなかたちで「学校化」を志向する南アジアの現状を描く ことに成功しているといえる。各章で提供される各種統計データについ ても、丁寧に集計と分析を行っており有益性は高い。 一方で、いくつかの課題も指摘しておかなければならない。第一に本 書のテーマである「学校化」の解釈と一貫性の問題がある。編著者は、 序文において南アジアには「さまざまな学校」が受け皿にあり、南アジ ア社会の「学校化」とは、こうした多様性と格差が学校化に付随してい. るというよりも、むしろ「それを前提として成立している」 (序文 ii)と. し、学校化そのものに対する解釈を退けている。しかしながら、本書が. 共通テーマとして「学校化」を論じる以上、学校化とはいかなる状況を 指すのかについて最小限の要件を示す必要があった。実際に、 各執筆者 により学校の範囲と解釈には少なからず齟齬が見られ、本書を通読した 際に混乱を免れなかったことを指摘しておきたい。 教育学的に近代的な学校とは何かをおおまかに説明すれば、 「国や地 方自治体の管轄のもとに設置・認可された公教育を担う教育施設であ り、修了資格の取得により上級段階への進学が可能なもの」といえる。 「学校化」とは、こうした要件を獲得していくプロセスということができ る。要件を示すことにより、本書で紹介された教育施設を、 「学校」と 「非学校」とに区別することが可能となり、 学校化についてより精緻な議 論が可能となったはずである。例えば、第5章で取り上げられた低授業. 料私立学校(LFP)と補修指導は、基本的に「非学校」として論ずるの. が妥当であるが、 「学校化」する LFP も存在しており、議論が深められ. たはずである。また、本書では「ノンフォーマル学校」という表記も散. 見されるが、学校の要件を踏まえれば、これが矛盾した表記であること が理解できるであろう。 第二に、学校化に関わるほとんどの議論が、学歴の獲得および学歴と 雇用の関係に終始している点である。いいかえれば、本書は、専ら学校 教育のアウトプットに関わる議論をしているといえる。学校の機能は、 教 2. 育社会学において、社会化、選別、正当化の3つがあるといわれている 。. 185.

(7) 南アジア研究第28号( 2016年). 社会化とは、教育内容として望ましい知識、価値観、技能を次世代に伝 える学校本来の役割として期待されている機能である。選別とは、児童 生徒など教育対象を何らかの選別基準に従って、 それぞれ適合する階層 や職業層に配分、配置していく機能である。正当化とは、教育内容や方 法、教師の資質、学歴や学位の水準、そして学校体系そのものの正しさ を保証してその正当性を認証する機能である。本書の関心は、選別に特 化されているが、社会化や正当化についても議論すべきであった。例え ば、学校化がジェンダーや社会階層に対する認識を変えたのではないか という仮説のもとに、どのような教育内容が教えられ、どのような価値 観が内面化されたのかを検討することは、重要なテーマとなり得たはず である。 第三に、本書の体裁の問題である。前述のように、本書は啓蒙書とし ての性格がうかがえるが、各章は個別事例研究であり、各章を横断して 登場するトピックについて認識や解釈のずれが散見される。カーストを 3. はじめとする社会階層、ドーアの学歴病をめぐる議論 、主要3ヶ国の学 校系統図等については、編著者が本書における共通認識として第I部で. まとめることが必要であった。それにより第 II 部以降では、共通認識を 踏まえたうえで、各章の執筆者が実態に即したより厳密な議論を展開す. ることができたはずである。また、途上国研究の常ではあるが、略語表 記が多用されており、表記上の揺れも見られた。これに対しては、略語 一覧や索引を設けることにより、十分に対応ができたはずである。 いささか多くの課題を述べたが、これもひとえに一研究者として本書 より刺激を受けたがゆえである。南アジアのみならず途上国の社会や教 育に関心を持つ多方面の読者に一読していただき、今後の研究が広がり と深まりを見せることを期待したい。 註. 1 GCE (General Certificate of Education) は、 英国の教育修了資格制度である。 O レベル (Ordinary. Level) は前期中等教育修了時、 大学入学資格でもあるA レベル(Advanced Level) は後期中等. 教育修了時の統一試験によって評価される。なお、英国においてO レベルはGCSE(General. Certificate of Secondary Education) に移行したが、 英連邦各国では現在もO レベルの試験制. 度が存続している。. 2 Hopper, Earl, 1981. Social Mobility: A Study of Social Control and Insatiability, Oxford: Basil. Blackwell Publishers.. 186.

(8) 書評 押川文子・南出和余 (編) 『 「学校化」に向かう南アジア―教育と社会変容―』. 3 R・P・ドーア(著) 、 松居弘道 (訳) 、 1990、 『学歴社会 新しい文明病』 、 岩波書店、 408頁。 すずき こうろう ●高知県立大学. 187.

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