[論 文 ]
初期仏 典
に
お
け
る
懺悔
の諸
相
畑
昌 利
Some
Aspects
ofConfession
in
Early
Buddhist
Literatures
Hata
,Masatoshi
It
goes
without saying that confessionis
a veryimportant
conceptin
Buddhism
.ln
f
巨ct, we often meet the examples whichdescribe
the scenesthat
Buddhist
monks , nuns , orlay
persons
confess their effensesin
Buddhist
literatures
.But
asfar
as the confessionin
Therav
盃da
Buddhism
, some
problems
seem to
be
left
unsolved ,So
in
this
paper
,I
shall collect the examples of theconfbssions
in
P
互li
canons , examine someproblematic
ones , and solve some ofthe
problems
about the concept of confession .Keywords
:懺 悔, 阿 闍世 王, 覆鉢,Aj
atasattu
,khama
は じ め に
仏
教に おい て懺
悔の遂行が 重 要視さ れ るこ と につ い ては言を俟たない 。特 に 大乗
仏 教に おい て は, 懺 悔 行為が修 道の部
に組
み込 ま れて い るこ と も あ る分, 重 要性 は よ り増 し, そ れ を扱っ た 先学の研究 も 多 数蓄積 さ れつ つ あ る よ うで あ る。 一方 ,pali
聖典な どに見られ る阿 闍 世 王 の懺 悔が, 件の 大乗 仏 教の懺 悔思想の 源流
と して指摘
さ れ るこ と が しば しばあ る。 本 稿 は, 件の懺 悔 思 想の 源 流た る阿 闍世王懺 悔, ひ い て はpali
聖典
に 登 場 す る懺 悔 に関 し て 考 察 する。 その 結果, そ こ に内
在す る諸
問題
よ り具体 的に言えば, 比丘 等はい か なる場 合に懺 悔を実 行 し, そ して , そ れの遂行者
に は どの よう な効
果
が もた らされた の か を解 明す る こ と を 目的とす る。42 パ ーリ学 仏教文化 学
1
.先行研 究
の整 理
・検 討
(
1
)
主 な 先行研 究(1)まずは本稿の 主題 と関わ る 「
pali
聖 典に登場 す る懺 悔」 を扱っ て い る先 行研
究を整理 し て お く。[
平
川1976
]
(2}で は , 主に漢訳仏典
に登場
す る 「懺悔
」 の用 例が 収集さ れ, 「懺
悔 」 が イ ン ド語
:ksama
と対応 し ない 点が指摘
さ れ て い る。 また[
森1998]
( 3)は , 『南
傳大蔵経
』 に て 「懺 悔
」 と翻
訳さ れてい る用例
を広
く収集
し, そ れ ら諸用例
を検討
した結果
と して , 「懺悔
」 とい う 訳語
に最
も よ く対応
す るイ ン ド語
はprati
一撫
ぎで あ る点が指摘
され て い る。 さ らに近年
で は,pali
「沙 門 果経
」 に登場す る阿 闍世王 の懺 悔を扱っ た研 究 と して[
Attwood
2008 ]
,[
畑2010 ]
が存在
し,後者
の 拙稿で は懺悔 行 為の 効 果に関
して, 「懺 悔 自体
に滅 罪に類 する機 能が存
在 し た と は考え に くい 。 む しろ,懺 悔
した後にい かに行 動 する か, その 点が重 視されて いたの で はない か と考
え る。」(
p
.[
213 ])
とい う結論 を述べ て い る。(
2
> ア トウッ ド氏による阿 闍世王懺悔 に関する 研究前 節で 挙げた拙稿
(
[
畑2010 ])
で は, ア トウッ ド氏
に よる同 一主題
を扱
っ てい る先 行研究を見 過 ご して い た。 そこで 以 下 に簡
単に氏 の研究の 内容概 観 を行い,当
該主題
に関
す る研
究の現状 と問題
の所在
を確
認して お く。 ・J
,M
.Attwood
, ‘cDid
King
Aj
互tasattu
Confess
to
the
Buddha
, and
did
the
Buddha
Forgive
Him
?”《内容 概 観 》
(
0
)
問 題 提示 :(
a)
阿闍
世王 はブ ッ ダに罪
を告
白(
confess)
したの か ?(
b
)
pati
−V4
の 英訳
は 「償
う」(
make amends)
で適 切か ?(
c)
ブ ッ ダは懺
悔 を為 した 阿闍
世王 を 「赦 し」(
fbrgive)
た初 期 仏 典に お け る懺 悔の諸相
43
(
1
)
「懺 悔 」 に対 応す る原 語 :pati
−Vkr
に適 す る訳語
の 選 択(
pp
.282
−285
)
⇒ tcounteract ’
(
対 処)
が適 訳, 従 来 用い られて い た ‘ make amends ’ や ‘confess ’ は不適当。(
2 ) Pali
聖典
中 に 見 ら れ る 懺 悔 定 型 文 (pericopes
)
計13
例 の 確 認(
pp
.285
−290 )
(
3
)
法典 文 献に見 られ る罪か らの 浄化 と懺悔
の効果
との比較 (
pp
.291
−294
)⇒
懺
悔に は ,悪
業に よっ て 汚さ れ た身に倫理 的な浄化(
ethicalpurity)
を回復 す る
作
用が あ る。 (4
> 悪業へ の 対 処の可 能 ・不 可能(
pp294
−297
)
⇒ 行 為に対す る反 省や四無 量心 を通 じ て業 果を和 らげるこ と は可 能
(
5
)
ブッ ダは王を赦
し(
fbrgive
)
たわ けで は ない (p
.297f
.)以上の 中, 特に
(
2)
,(
3
)
で 為され る考 察 とそこ で 提示 され る見解
とは,拙
稿(
[
畑 2010 ⊃
で 示 した結論
と一致す るもの で あ る。た だ し主 に(
2>
に 挙 げられ る諸
用例を検 討す る につ け, 懺 悔の遂行
に は ア トウ ッ ド氏が言及
す る以外に も様
々 な側 面が存在 す る よ うに感じ られる。 そ こ で本 稿で は,pelli
聖 典に登 場す る懺 悔 定 型 文の用 例を検 討 する こ とで , その様な諸 相, 具体 的に は,懺 悔の 効 力に 「清浄性
の 回復」 あ る い は 「改 心の 機 縁」 以外の要素
が存
在 す る か否
か, を確 認す るこ と を主た る目的 とす る。 ち なみ に以下
で扱
う用 例 はい ずれ も [森1998]
,[
Attwood
2008
コ
で取 り上 げられて い る もの で あ る。 本 稿 で は努め て 独 自性の強 い視 点を伴っ て論
が進
む と信 じ るが, これ ら先
学の 諸研
究の 恩恵を受けて い るこ と はい う まで も ない 。2
.pali
聖 典
に登 場
す る懺
悔 定 型 文
の用
例検 討
(
1
)
pali
「沙 門果経」 に登場す る阿 閣世
王懴悔ま
ず
は,本論文
の出
発 点で ある,pali
「沙 門 果 経」 に登場す る 阿闍 世王懺 悔の 場 面を確 認す る。 場 面は経の 最後
尾 ブ ッ ダが為 した説
法に感 激 し た王 が ブッ ダに対 して 自らが 犯した 過 ち を告 白す る とい う構成
を とる。44 パ ーリ学 仏 教 文化 学
・阿 闍世王 がブッ ダに
懺悔
告白
accayo malp
bhante
accagam 蕊
yathEb
亘laqi
yathEmrtlharp
yath
互一akusala 卑,【
so’
harp
pitara
珥dhammika
卑dhammarajEnam
issariyassa
k5rapa
jivit
百voropesim .
】
tassa mebhante
bhagavE
accayalp acoayatopatiga
阜h
且加 互yatilp
samvarayE ti.’ 「
違
反が私を圧 倒 したの だ , 愚 か者
の如 き, 道に迷 っ た者
の 如 き,
悪
人の 如 き〔
私〕
に 。【
その よ うな私は, ダル マ に の っ とっ たもの で あ り, ダル マ の 王 た る父
親
を ,支 配権 を理 由に命を奪
っ たのだ。】
尊
師
よ,尊 師は その ような私の 違 反を違
反 とし て受け入 れ な さい ,将来に わ たる節 制の た めに , と。」
(
DNI
,p
.85
,1L
15
−19
)
・ブ ッ ダが懺 悔を受け入 れ るtaggha tvam mah 互吻a accayo accagam 且
yath
百b
巨la
珈yath5m
司ha
卑yath
巨一 akus 副 a卑,【
yarp
tvarppitara
卑dhammika
珥dh
mar 勾亘nalpjivit
盃 voropesi .】
yato
cakho
tvam mahEraja accayam accayatodisvE
yatha
dhanimarp
patikarosi
, tan te maya 叩patigarphtima
. vuddhih
’
esa mah 瓦raja ariyassa vinaye ,
yo
accaya 即 accayatodisv5
yathfi
dhammam
patikaroti
Eyatirp
sa珥vara 珥apajj
ati ti、「大 王 よ, 確か に違 反が君を圧
倒
したの だ, 愚か者の如 き,道
に迷 っ た者
の如
き,悪
人 の 如 き〔
君〕
に。 【す な わち, 君が ダル マ に の っ とっ た もの で あり, ダル マ の王 た る父親 を, 支 配権
を理由
に命
を奪
っ た こ とで あ る 。】
そ して, 大王 よ, 君は違 反 を違 反 と して見て か ら, ダルマ にの っ とっ て 対 処 してい るの で ある か ら, その よ うな ,君の を私 達 は受け 入 れ る。 とい うの も, 大王 よ, 違反
を違反
と して見て か ら, ダルマ に の っ とっ て対処
し, 将来の 節制を実行
して い る者
に は, 立派
な人の導きにお ける この成
長が ある か らで あ る , と。」(
DN
I
,p
.85
,ll
.20
−26
) 以上が 王 による違 反の懺 悔 と ブ ッ ダが その告 白
を受け入れ る場 面で あ る。 と ころで 同形式の懺 悔 文は,【 】
内に表
さ れ る犯
した違 反の 内容のみに変
初期仏典に お ける懺 悔の諸相 45
更
を加 えて ,pali
聖典 中に複 数回の用 例を見る。 した が っ て 阿闍世王が為 し た懺 悔の形 態は,pali
聖典内
で ある程度
固定
され た形 式に則
っ た もの で あ り, い わば懺
悔の 定型 句 と看做 しうる こ とが分か る。 (2
)
懺 悔定 型 が 登 場 す る 用例 検 討そ れで は, その 定 型 化 し た 表 現が用い られる場
面
をpali
聖典 内か ら確 認 して みたい 。 当 該 表 現が使 用され る回数 は計13
回で あ り, そ れ ら は懺 悔 さ れ る違反の 内容に よ り, 大き く5
種に分類でき る。《
1
.比 丘が修行
に耐え られな いケ ース》MN
65
〜 バ ッ ダー リ比丘が , ブ ッ ダ に よ り 一時食
戒が制 定さ れつ つ ある時に, 戒に耐え られ ない 旨を宣言
→ 宣言した こ と を懺 悔(4)
AN
3
.90
〜 ブ ッ ダに よ る比 丘達に対す る学 処 関 連の 法 話の 最中
に ,カ ッ サパ ゴ ッ タ比丘 に不 満 ・不興が 生 じる→ 不
満 (
ak anti)
・不 興(
appaccaya)
が生 じ た こ とを懺 悔 《2
. 比 丘 が根
拠 な く誹謗 ・挙
罪されるケース》
Vin
l
,p
.312ff
.[Mv
9
.1
] 〜 在 来 比丘 のカ ッサパ ゴ ッ タ は往 来す る外来
比丘 を
熱
心に供 応→ あ る外 来 比丘 ら が そ の
待
遇の よ さに満 足 し, その 場に滞 在 し続ける 事 態が発生 → カ ッ サパ ゴ ッ タは供応を停止→ 外来 比 丘は カ ッサ パ ゴ ッ タの 所
業
を罪(
apatti
)と主張す るがカ ッ サパ ゴ ッ タは認めない→ 外 来 比丘 は カ ッ サパ ゴ ッ タ が 「罪 を 見 ない こ と に関 し て
(
apattiyE
adassane
)
」 挙 罪す る→ 納得 しない カ ッ サパ ゴ ッ タ がブッ ダの も とへ 赴き仔
細報 告
,罪
で な い と認定され る46 パ ーリ学 仏教文化 学 → 外来比丘 らに 「清浄で無
罪
の比
丘 を根拠
な く挙
罪 した(5)」 こ とへ の 後悔が 生 じる → 外来比丘 が ブ ッ ダの 面前に赴 く → ブッ ダが外来
比丘 に対
し , 無 罪の比丘 を挙 罪 したこ とを叱責, その行為が
dukkata
罪
との制
定 → 外来比丘が懺
悔Vin
II
,p
.124ff
.[
Cv
5
,20 ]
〜慈
比丘 ,地 比丘 は ダッ バ ・ マ ッ ラプッ タ比丘 を
快
く思っ てい ない→ 在
家者
ヴァ ッ ダに命
じて, ダッ バ が姦 婦を犯 した とい う嘘の訴
え を 起 こさせ る→ ダッ バ が ブッ ダの 面 前で 自 らの 潔 白を主 張→ ブッ ダに よ り在
家
者 ヴァ ッ ダに対す る覆鉢が指 示→ ヴ ァ ッ ダが , 「根 拠 な い 破 戒 で ダ ッ バ を 貶 め た 」
(
amalikZsilavipattiy互 anuddharpsesim
)
こ とを懺悔
→ ブッ ダに よ り覆 鉢の解 除の 指示AN9
.11
〜 サ ー リプッ タ が , あ る比 丘を侮辱
した後
,謝
罪せず
に遊 行に出か けた と
訴
え られ る→ サーリ プ ッ タ が ブッ ダの
面前
で潔 白
を 主張→
訴
えを起 こ し た比丘が , 「不実
に訴
え た」
(
asatatUccha
musa abhUtenaabbhEcikkdiirp
)
こ と を懺 悔《
3
.女 性
が比 丘を誘惑
するケ ース》
Vin
IV
,p
.17ff
.[pacittiya
6
] 〜 アヌル ッ ダが あ る女の所有す る宿
泊所で一
宿
→
女
が理 由をっ け母 屋にア ヌ ル ッ ダを呼 びい れ ,様
々 な手法で誘 惑→ 女が 「こ の様な こ と を為 した」
(
evarpak
翫sim)
こ とを懺 悔→ 夜 明け
後
, ア ヌ ル ッ ダが女に法話
→在家信者
にAN4
.159
〜 あ る比丘 尼が自
らが重篤で あるこ とを理 由に アーナン ダ を呼初期仏典に お ける懺 晦の 諸 相.
47 び寄せ る
→ ア ーナ ン ダが 説 法
〔
「こ の身体は食 物 ・渇 愛 ・慢 心か ら構 成 さ れ る 。性 交は道を破 壊す る」
〕
→ 比 丘尼が 「この よ う なこ とを為
し た」(
evaln ak巨sim)
こ とを懺悔 《4
. ブッ ダ が何
ら かの形で侮 辱 ・ 傷つ けられる ケース》
Vin
・II
,p
.180ff
.[
Cv
7
.3
]
〜 デ ー ヴ ァ ダッ タ が 阿闍世 王の家来の1
人 に沙門ゴ ー タマ
(
ブッ ダ)
の殺 害を命令→ 家 来 は ブッ ダの 威 容 に う た れ , 「汚 心 ・害 す る 心
(
dutthacitta
,vadhakacitta
)
で来
た」 こ と を懺 悔→ ブ ッ ダによる説法→ 在 家
信
者に なるDN25
〜 遊 行 者ニ グロ ーダ が , 静寂処 にい るブ ッ ダ を, 隻 眼の牛
と揶揄
。ブッ ダを論 破 して み せ る と
豪
語→ ブ ッ ダと対面 し説 教 を 聞 き, 何 も言い 返せず ,赤 面 ・沈 黙
→ 「尊 師を こ の よ うに言 っ た
(
bhagavantam
evaip avac5sim)
」 こ と を懺 悔
→ ブッ ダの 下で の修 行 を勧め られ るが , 取 り巻 き共々 無言で 立 ち去 る
MNI40
〜 ブッ ク サ ーテ ィ は ブッ ダの 下で の 出 家を望み , ブ ッ ダの 在 所 へ と向か う→ 偶々 , 同宿を とっ た相 手 が ブッ ダ と知 らず 「友よ (
aVUSO
) 」 と呼 び か けて しま う→ 同宿 者を ブッ ダ と認 識後, 「友よ」 と
呼
びか け たこ と(6)を懺悔
→ ブ ッダの 下で の 出家を認め られるが , 出家に必 要な鉢 と衣を探す
最
中に,牛 と衝 突 死SN
1
.4
.5
〜 憤 想 天とい う神
た ち が , ブッ ダの 言 行 不 一致を非難
→ 「尊 師が侮 辱 さ れ るべ き
(
bhagavanta
卑 説detabba
叩)と思っ た」 こ とを懺 悔→ ブッ ダが微 笑 →
[
3
.(1
)]48
パ ーリ学仏 教 文 化 学《
5
.教 法の保 持に付 随して生 じ た問題》
SN
12
.70
〜 遊 行者ス シ ーマ は教法を盗む 目的で ブ ッ ダに入信→ ブッ ダの 説法 後 , 「教 法の 盗 人 と して
出家
した 」 こ とを懺 悔SN
16
.6
〜バ ン ダとア ビン ジ カ とい う2
比
丘 が,自
らが聞
い た教 えの 量に
関
して競
い 合う→ ブッ ダに呼 ばれ , 「聞い た
(
教え)
に関
して度
を越えて 言い 合 っ た(
sutena acc 盃vadirpha)
」 こ とを懺悔
用 例 全
般
に関する分析
本 節で は, 前節で概 観 した懺
悔 定 型の 用例に関 し大ま かな分類
・考察
を加 え るこ と で, よ り詳 細な考察
へ の土 台 とす るこ と にする。《
懺 悔 を 為した者の立場分 類 》まず,
懺悔
の言
葉を発した者の身
分を, 犯した過ちが分か る形で分 類 して み る。 比丘 ・比丘尼 在家信者 一般 出 家 者 一般人 (在 家 者) 1修 行 不 忍 耐 バ ッダーリ カ ッサパ ゴッ タ 2無根 誹 謗 外 来 比丘達 1 比丘 ヴァ ッダ3
比丘を誘 惑 1比丘尼 1女性 4ブッダを 不敬 遊 行 者ニ グロ ーダ ブッ クサーティ 阿闍 世の 1家来 憤想 天 5教 法の 冒 涜 ス シーマ バ ンダ とアビンジ カ以上の よ うに, 犯 した違反の種 類によ り若
干
の 偏 りはある もの の, 目下問
題
と して い る懺
悔 定 型旬は, 出家
・在 家あ るい は仏教 徒 ・非 仏教徒 に関わ らず
,様
々 な身分の者に よっ て用い られて いた こ と が分
か る。初期仏典に お ける懺 悔の諸 相 49
《懺悔の場
面
・懺 悔
す る対象》
次に懺 悔の 言葉が どの よ うな場面で 発せ られて い るか を見て み る。 こ の 場 合,懺 悔主が誰に対 して どの タ イ ミン グで懺 悔を為すか が
問題
と なる。 ・一般 人(
出 家,在家)
・比 丘(
尼)
, 在家 信 者 :自
分が 違 反 を犯 した と気づ い た その 場 で, その被 害
者
に対 して(
→ ブッ ダ,
→ ア ヌ
ル ツ ダ
)
:(i
)違反を犯 した と気づ い た その場で ,被 害 者に対 し て
(
→ ア ーナン ダ
)
(
ii
)
違 反を認 識 した その場で ブ ッ ダに対 して(
,
+ 阿闍世王 ?)
違反 を
自覚
後, ブ ッ ダの 在所へ 赴き ブ ッ ダに対 して
(
一
)
上記 し た 中, 一般人 の
5
例 と比 丘 ・在 家信 者(0
の1
例に関して は,特
に 問 題は見 当た らな い 。(
ii
)
の2
例に関
して は, な ぜ ブ ッ ダに対 して懺 悔 するの か とい う疑 問が 生 じ る が , 両例 と も違反 の 内容
が教 法の 保 持に関す るもの で あ るの で,教えの 発 信 者た るブ ッ ダに懺
悔 し た と解
す る こ と もで きる。 一方 ,(
iii
)
の5
例は違 反 者がわ ざわざブッ ダの面前
へ 赴い て懺 悔 して お り, そ こ に秘
め られ た意 図が問題 とな る。 ま た特
にで は,懺 悔が , 無 根 誹 謗の 直接の
被
害 者で ある サ ー リプ ッ タに対して で な くブ ッ ダに為さ れて お り,事清
が よ り複
雑に なっ て い る。 →[
3
.3
]
《懺悔
後の変 化 》そ れで は,懺 悔の 遂 行が
懺
悔主の境
遇に どの よ うな変
化 をもた ら したの で あろ うか。 以下 簡 単に纏め て みる。・一般人
(
在 家)
:「懺 悔→ 法話→ 帰 依 宣 言後,在家信
者 となる」 が一般 的(
,
+ 「沙 門 果経 」 阿
闍世
王ω)
50 パ ーり学仏 教 文 化 学 ・比丘
(
尼)
, 一般 出家者
:懺 悔
の 遂 行 に よ り局 面の劇的 な変化
は見 られ ない 。 ・在 家 信者 :ヴ ァ ッ ダに対 する覆
鉢の解 除
→[
3
.2
]
ここ で 問
題
とな るの は, ヴァ ッ ダの例
を除
けば,懺
悔の もた らす効
果が明 確でない 点であ る。 例えぼ, 一 般 人の例 に関 して 言えば ,pali
聖 典 中で ブッ ダが法 話 を為
す多
くの例を見る限 り, 過ち を犯し た者
が法話を受けるため に 必ずしも懺 悔が 必要
とは考え られ ない 。 ま た外来比
丘が無罪
の比丘 を挙 罪 し た例(
)で は, ブッ ダ が当該 行 為を
dukkata
罪と制 定 し た後に 懺 悔が為 さ れて い る。 しか し,PEIi律 中
でdUltkata
罪 制 定 後に件の懺悔
が行わ れ る の は こ の1
例 だ けであるこ とか ら,懺
悔がdukkata
罪を滅
す るた めに用い られ た と は考え にくい 。 ま たニ グロ ー一ダの 場合 ( )に あ る よ うに,一連の懺 悔の定
型が完 了しつ つ も , ブッ ダに傾倒
しない 例 も存 在す る (8) 。 この よ うに, 懺悔
が滅罪
で はな く, ブッ ダ へ の傾倒
を も意 味 し ない な ら, そ も そ も何
のた め に行
わ れ るのか とい う根本的 な疑問
が生 じて くる。 そ こで次 章で は, 以 上の 疑問
を念 頭
に置
きつ つ問
題 となる用 例を個
別に検討
す る こ とで, 懺悔
遂行
が 有する諸 相を考
察 して みたい 。3
.懺
悔定型 文
の諸相
(1
) 懺 悔 を受ける義務 (
Cf
.[
畑2010
:(212
)].)SNI
,4
.5
(
上表 )
では, ブ ッ ダの 言行 不 一 致を な じっ た 「憤想 神」 らが, 自分らの 発言の非
を認
め懺悔
す る。 それに対 しブッ ダが微笑
を顕
わに した と ころ(
sitampitvakasi
)
,神
々 は更
に,1
賁り , 以下の偈を唱える。accaya 卑
desayanthla1
口yo
ve napatigaphati
!kopantaro
dosagaru
sa vera坦patimuccati
11
「
違 反
を示しつ つ ある者 ら を受
け 入 れ ない 者, 彼は 内部に怒 り を
持
ち,初 期 仏 典に お け る懺 悔の 諸 相 51
そ して その
後
ブ ッ ダによ り神々 の 懺 悔を受け入 れる 旨の 偈が 唱え られ,経が終わ る。
accayam
desayantinarp
yo
ve napatigaphat
量/kopantaro
dosagaru
旦a vera 卑P
蔓timuccati
!ta珥 vera 叩 n’蕊
bhinand
亘mipat
重ga
ψ颪mi vo ’ccayan 〃ti
.「違
反
を示
しつ つ ある者
らを受け 入れ ない 者,
彼
は 内部
に 怒りを持ち ,嫌 悪を重ん じ,遨
意を は ね返して い る。 その 敵意を 私 は喜ば ない 。 君 達の 違反 を私は受け入れ る, と。」 (
SNI
,p
.25
)同様 の 内 容を伝え る例が
SNII
.3
.4
に も見 られ る (y)。tena
kho
pana
samayenadve
bhikkh
廿 sampayojesulp . tatr’ ekobhikkhu
accasar5 . atha
kho
sobhikkhu
tassa
bhikkhuno
santike accayam accayatQdesesi
. sobhikkhu
napatiganh
巨ti
.dve
mebhikkhave
圃 巨,yo
ca accayamaccayato na
passati
,yo
ca accaya 卑desentassa
yath
巨dha
エnmar ロnapatiga
洫ミ…ti.ime
kho
bhiklChave
dve
ba15
.「と こ ろ で そ の 時,
2
人 の 比 丘 が 争 っ たの だ よ。 その 中の1
比丘が過っ た。 さて その 比丘 はその〔
相 手の〕
比丘 の下
で 違 反を違 反 として 示 し た。 そ の〔
相 手の〕
比丘 は受
け人 れ な か っ た。 … …【
報
告を受
けて ブッ ダは言う。】 『比丘 た ちよ ,私に は2
種の 愚 か者
が い る。 違反 を違 反 と し て 見 ない 者と, 違 反を示 しつ つ ある者を法に則っ て 受け 入 れ ない者
とで あ る。 比丘 たちよ, これ ら2 者
は愚 か者
で あるの だ よ。』」(
SNI
,p
.239 )
即 ち, 違 反を犯 し た者が
自
らの違
反を悔
い懺悔
した場合, その応 対 者は面 前で 為 さ れ る懺 悔 を受け 入 れ る必要
が あ る とい うわ けで あ る。 ま た, 上のSNI
,45
の 下 線 部か ら考え る に,応 対 者に よ る懺 悔 不 受理 は懺 悔主 に対す る 敵意の表
明で あ るこ と が 分か る。 以 上 を総合 すると, 敵 意を鎮め るこ とが懺
52 パ ーリ学 仏 教文 化学 悔の 目的の
1
つ にあっ たの で はない か と考え られ る(10)。懺 悔 と覆鉢解 除
・
Cv
5
.20
(
上表 )
は,覆鉢
に関
す る教 団規 則制
定の場面
で あ る (11) 。当
該用 例の
話
の展
開を再 度 確 認 して お く。・在 家 信
者
ヴァ ッ ダが ダッバ ・マ ッ ラプッ タ比丘 に関す る虚 偽の訴
え を起 こす→ ブッダに よ り
在家者
ヴ ァ ッ ダに対
す る覆鉢
の指
示 と,覆鉢実行
の8
条件
と手続
きの設 定→ 在 家者ヴ ァ ッ ダの
懺悔
→ ヴァ ッダに対 する覆
鉢
の解
除と,覆鉢解
除の8
条件
と手続
きの設定この際, 自身に覆 鉢が指 定 された こ とを知っ た時の在 家者 ヴァ ッ ダの 反応 は以下の 通 りで あ る。
atha
kho
Vaddtho
Licchavi
‘samghenakira
mepatto
nikkujjito asambhogo ’mhikira
sa 珥9hen
且’ti tatth’ eva mucchitopapato
. athakho
Vaddhassa
Licchavissa
mit 面macc 五 苗 tisalohit巨V
註O
〔lhalp
Licchavilp
etad avoc 叫 1:alalp 且vusoVa4
〔lha
m 互 soci maparidevi
, mayarpbhagavantarp
pasadess5ma
bhikkhusarpghafi
c匪 ’
ti
. athakho
Vaddho
Licchavi
saputtad 亘ro samitt5rnacco sa 茄tis
互lohito
allavattho allakesoyena
bhagavE
ten
’upasarn (ami .「さ て リ ッ チ ャ ヴ ィ族の ヴァ ッ ダは 『僧 団に よっ て私 に
覆
鉢が為されて い る ら しい。 私は僧 団と享 受を共に し ない者で あ る ら しい 。 』 と, ま さ に そ の場
で卒
倒 して し まっ た。 さて リッ チ ャ ヴィ族の ヴァ ッ ダの盟 友 ・ 朋 友 や親族 ・血 族 は リッ チ ャ ヴィ族の ヴ ァ ッ ダに こ の こ とを言っ た。 『友 , ヴァ ッ ダよ, 泣 くで は な い。 悲 嘆す るでは ない。 私達は尊 師を そ して僧
団を清
澄に し よ う。』 と。 さて リッ チ ャ ヴ ィ族
の ヴァ ッ ダは妻
子 や 盟友
・朋友
や親族
・血 族を伴 っ て,濡
れ た衣服濡
れ た髪
で尊 師の ほ初 期 仏 典に お ける懺 悔の 諸相 53 うへ 近づ い た。」
(
Vin
II
,p
.126
)そ して こ の 後, ブ ッ ダの 下へ 赴い た ヴ ァ ッ ダは根 拠ない破 戒に よっ て ダッ バ ・マ ッ ラプッ タ を貶め た こ と を
懺
悔す る こ と に なる。 引用 文の 太 字 部に注 目す る と, ヴァ ッ ダはブ ッ ダ及び僧 団を清澄 するた め に懺悔 を為 して い るこ と に な り, 懺 悔の遂 行に は違 反を犯 した もの に対す るなにか し ら もや も や し た状
態を晴
ら す こ と とい う側
面が あ るこ と が読み取れ る。 また, 当該 用例の 場合
, ヴ ァ ッ ダは懺悔
を為
す こ とで覆鉢
解 除 とい う自身の待 遇 改 善 を手に し て い る。 ブ ッ ダに よ り制 定 さ れ た覆 鉢適 用 ・解 除の 条 件 は以下の 通 りで あ る。 覆 鉢 適 用の8
条 件(
i
)
比丘達の 不得の 為に動き回る(
ii
)
比丘達の 不利 益の 為に動き回 る(
iii
)
比丘 達の 不滞
在の 為に 動 き回る比丘達を誹謗 し, 非 難す る
(
v>
比丘達を分裂 さ せ るブッ ダの 悪口 を言 う
圃
教 法の 悪口 を言 う僧
団の 悪口 を言 う覆
鉢解除
の8
条件
不得の 為に動 き回ら ない 不利益 の為
に動
き 回 らない 不滞 在の 為に動き回らない 誹謗 ・非 難 し ない 分裂させ ない悪
口 を言わ ない悪
口 を言わ ない 悪 口を言わ ない即 ち, ヴ ァ ッ ダは懺 悔を為 した こ とに よっ て, 自らが 上記の覆 鉢適 用条 件 の いずれに もに 当て は ま ら ない こ とを示 した こ とに な る。 こ こ に,懺
悔
遂 行 の 目的 として , ア ト ウ ッ ドが 指摘した 「自
身の倫理 的な清
らか さ を回復
す る こ と」 を見るこ と が で きる。 そ し て その 際何 よ りも重 要で あ っ たの は, 自ら の 清浄性
を他に知 らし め る こ とで あっ た と言い得 る で あろ う。(
3
)
懺 悔 を ブッ ダの面 前で 為 す意義AN
9
.11
(
上表 )で は, 無根 誹 謗の 問 題が 描か れ る。 まず あ る比 丘 が
54
パ ーリ学 仏教 文 化 学サ ー リ プ ッ タを不正 に訴える。 次 い で, サー リ プッ タ が ブッダ及び比丘衆の
前で 自ら の潔 白を示 す→ 件 の比 丘 がブッ ダに向か っ て
自
らの違 反 を懺 悔(12)と
話
が展開
するが , ブッ ダは定
型 通 り懺悔
を受
け入れ た後
, サ ー リプッ タに次の よ う に語りか ける。
atha
kho
bhagav
五ayasmanta
卑S
謝iputtalp
盃mantesi ‘ama
S
血iputta
imassa
moghapurisassa
pur
’ 巨ssatatth
’ eva sattadh 亘 muddh 蕊phalissati
’ti
.‘khamam
’aham
bhante
tassaEyasmato
, sace malp so 互yasm5
evam2ha
:khamatu
ca meSO 五
yasmE
’tL 「さて 尊師
は,尊者
サ ー リプッ タに告 げたの だ よ 。 『サ ー リプッ タ よ, こ の愚 鈍
な人間
を赦
せ。 ま さにそこ で こ の者
の頭
が7 部
に は じ けて し ま う前
に (13)。』 と。《
サ ー リプッ タ》
『尊 師よ , その尊者 (
違 反 比丘)
を私は赦
す。 も し その尊者
が私にその ような
尊者 (
サ ー リプッ タ)
は私(
違
反 比丘)
を赦 せと言 うの な ら。』 と。」
(
AN
取p
.378
)
以上の 流れを, 登場
人物 3
者の 関係に着 眼し示 すと以下の通 り。 違反を犯した比丘 →(
懺悔)
→ ブッ ダ,懺悔
の受
け入 れ↓ (
赦
し[
khama ]
を請
う)
サ ー リプッ タ → 赦 し→ 比丘は死 を回避以上に 関し, ま
ず
, 懺 悔を し て もサ ー リプッ タの 赦 し(
khama
)
を得ない 限 り死が 到来する とい うこ とは, 比丘 と ブッ ダの 間で 完結し て い る はずの懺悔
行為に は十分
な滅罪機
能が 具わ っ てい ない とい うこ と が分か る。 た だ し, 比丘が騒動
の当事者
で あ る サ ー リプッ タ を差し置い て , ブッ ダに懺
悔す る意 図は依 然 不明で あ る。最
後
にMN
65
(
上表 )
の用例
を確認
す る 。本経
で は, バ ッ ダー リ比丘 が初期 仏 典に おける懺 悔の諸 相 55 ブッ ダ が一時
食
戒を制
定す る最 中に, 戒を守れ ない こ とを 宣 言 し, 以 下 ,→ バ ッ ダ ー リ は
雨期
の3
ヶ月間
ブ ッ ダの 前に姿を現さない→ 雨期 明けに,比丘
衆
の 忠 告に よ りブ ッ ダの 下へ 赴き,懺 悔→ ブ ッ ダは
2 度
に わた り懺悔
を受
け 入れず ,3
度 目で受 け入 れる と話が進む。 こ の 中,下線
を付
した比一丘の 忠 告の 内容 とそ の 箇所に対す る註
釈の 記 述を見て み たい 。i
血gh
’蕊vusoBhadd
互ii
etaMdesakam
s5dhuka 珥 manasikarohi , m 巨 重epacch
亘dukkarataram
ahositi
.「友バ ッ ダ ー リ よ, ど うか これ は警 告で ある。 よ く考え よ。 君に とっ て 後で さ らに 為し が た く な ら な い よ うに , と。 」
(
MN
Lp
.438
)
【註 釈
】
dukkarataran
ti vassarphi
vasitv 巨dis
亘pakkante
bhikkhU
kuhi
叩 vasitth 互ti
pucchanti
.te
hi
Jetavane
vasimh 盃 ti vutte (14)fivuso
bhagav5
imasmirp
antovassekatararp
j
atakam
kathesi
katara
耳1 suttantamkatara
叩 sikkh5padaxppafifi5pesi
ti
pucchitEro
honti
. tato vik 盃labhoj
anasikkh 巨padarp
pafifi
亘pesi
.Bhadd
巨1i
n五mapana
ekothero
patib5hi
ti vaklthanti taip sutv 訌bhikkhO
bhagavato
pi
n蕊masikkh 巨
padar
ロpafifi
巨pentassa
patibEhiturp
ayuttarp ak 颪raロan ti vadanti . evarp teayalp
doso
mah5janantareP5kati
hutv5
dupPatikaratarP
ajapajjissati
timafifiamfin 訌
pi
evamahappsu
. 「『さ らに為しが たい 』 と は, 雨期を過ご し てか ら, 方 々 へ 出発 した者達 に , 比丘達は 『どこで 過 ごしたの か 』 と尋ね る。 彼らは 『ジ ェ ータ ヴ ァ ナで 過 ご した』 と言
わ れ る と, 『友よ , 尊 師は こ の 雨 期の 間に, い ずれ の ジ ャ ー タ カ を語っ た か。 い ずれ の 経を ,い ずれ の学 習項 目を制 定 し た の か。 』 と尋
ね るで あろ う。 そ れ に し た が っ て , 『〔尊 師は〕 非 時 食戒 と い う学習
項日 を制 定 した。 しか し,バ ッ ダ ー リ とい う名 前の1
長老 がは ねつ け た。 』 と彼
らは言 うで あろ う。 そ れ を聞
い て 比丘達は 『い や し く も尊 師が制
定 しつ つ あ る学 習 項 目 を はねつ け るの は不 合理 で あ り,由56 パ ーリ学 仏教 文 化学
縁な い。』 と
言
う。 こ の様
に して, 君の こ の過 失が大 衆の間で 明 らかになっ てからでは, よ り対 処し
難
い状態
に陥
る であろう, と考えて , こ の様に 言っ た の で あ る。」
(
Ps
lll
,p
.150)
註 釈の
説
明に従
えぼ,比
丘達
の バ ッダ ー リ比丘 に対す る忠告 とは,違反を 知っ て い る者
が少
ない う ちに対処 したほ うが よい , とい う内容 の もの で あ る。 こ こ でい う対 処 とは,当然
懺 悔の 遂 行の こ とを指す。 そ れで は,大勢
に知れ渡
っ てか らで は, 何 故に対 処が 困難
にな るの で あろ うか。 複 数の心理 的 ・物
理 的な要 因が 想像できよ うが, 現 段 階で確
定 的な答
え を提
示す る こ と はで き な い 。 た だし, 少 な くともこの1
例をみ て も,懺悔
の遂行
が他 人の視線
を意識
し て為され る もの とい う側面
は看
取できる であろ う。おわ り に
以上, 阿閣世王が為 した
懺悔
を起点 と して,定 型化 した懺 悔 文の用 例を検 討し て き た。 本 稿で確 認で き た懺悔
の遂 行に伴 う効果を以下に箇条
で挙
げて お く。・違反 を犯し た
者
に対す る敵意の鎮 静 [3
.(1
)]・自身 が違反を犯す以
前
の状態の 回復[
3
.(
2
)
]
・その 「
状
態の回復
」 に関
し て は, 対外 ・ 対 人 的な視
点が多
分に意 識されて い る
[
3
.(3
)]
ま た,
本
稿で は 「懺 悔を ブ ッ ダの 前で行
う意義
」 の解
明が未解
決 となっ て しまっ た 。 ただ し上に挙 げた よ うに,懺悔
の遂行
とは多
分に他 人の 視線を意 識し て為 される もの で あ る。 その よ うな 要素を考慮 に入 れ た場合, 僧 団に と り特別な 存 在で あ る ブッ ダに対
す る懺悔遂
行は, 違反 に対 する最 も有効
な対
処法で あ っ たの で はない か , と推
測す る。 以上 を将来の 課題 ・展 望 と して持
ちつ つ , 今後も懺
悔に まつ わ る問題の解 明に努め て い きた い 。初 期 仏 典に おける懺 悔の諸 相 57 注 (
1
) 以下に挙 げる ほ か,阿闍世 王の 変 遷を追っ た最 新の成 果 と して, [Radi
。h
2011
] が存在す るが,本稿で問題 とす る懺悔の一般像に関する考察はなされて い ない。 (2
) [平川 1990:431−453]に再 録されて い る。 (3
) 加筆 ・訂正 を加え, [森2000
:201 −231]に再 録されて い る 。 (4
)yo
’ha
叩
bhagavat
盃sikkhEpadepafifi5piyamane
bhikkhusahghe sikkha 【p samadiyam 巨neanussfiham
pavedcsim
.「尊 師に よっ て学 習条項 (学処 )が制 定さ れっ っ あ り,比 丘 僧団が 学 習 〔条 項 〕を受 時しつ つ ある時に,耐 え ら れ ない こ と を宣言 し た よ う な私
ひよ,」
(
MNI
,p.438)(
5
) suddha 叩bhikkhum
anEpattikam avatthusm 加 aksrape ukkhipimh 互.(Vin
I
,p
.314 , L21f.)
(
6
)bhagavantalp
互vuso −v巨dena samudacaritabbam amaiifiissaip (MN III, p .247
)(
7
) 但し,阿 闍 世 王の場合は, 法話 → 帰依宣 言後に懺 悔の展開を とる 。 また, で は ブッ ダ直々の法 話に よ る法 眼獲得の場面が存在するが, 阿闍世 王 は 法 眼 を獲 得で き ない 旨が経 中で 明言さ れる。 (8
> 仏教 外の遊 行者で あ るニ グロ ー ダが件の懺 悔 定型文を 用い て い る こ とか ら考え れば,こ の懺悔 と は当時の 沙 門世界一般,或い はイン ド・一般に通 用 する行為で あっ た 可能性 も あ る。 例 えば,ジ ャイ ナ教におい て も懺悔が採用さ れ て い たこ とに関して
は カ ヤ の先駆 的な研究 が存在 し [(Caillat[
1965
,1975
]), .・ 部なが ら仏教の そ れ と の比較も な さ れて い る。 ([Caillat
2003
;39ff
コ)(
9
) AN3
.4
:tihibhikkhave
dhammehi
samann 巨gato
b510 veditabbo .katamehi
tlhi?accaya 珥 accayato napassati
, accaya 卑 accayatodisv5
yath五dhammarp
nappatikaroti , parassa khQpana
accayalpdesentassa
yath五dhammaip
nappatigaphati 、imehi
kho
bhikkhave
tihidhammehi
samann5gatob
蕊lo
veditabbo .「托鉢修 行 者 達よ,3
つ の 事柄を具えて い る者は愚者と知 ら れ るべ きで ある
。 どの よ う な 3 つ か。 違反を違反 と して 見ない ,違
反を違反 と して見て か ら ダル マ にの っ とっ て 対処し ない ,ま た,違反を示 しつ つ あ
る他人 を ダルマ に の っ とっ て受け 入れ ない 。 托鉢修 行者達 よ, これ ら 3つ の事柄を
具えて い る者は愚者 と知 ら れるべ きで ある。」 (AN 1, p,103)
(
10
)Cf
.Dhp
5
;na hi verena ver 巨ni sammant ’idha
kudEcana
!averena ca samm εmti , esadhammo sanantano !/「実に レリ い か なる場合におい て も,諸々の敵意は敵 意に よっ
て 鎮ま りは せず, 敵意の ない こ とに よっ て鎮 まる。 これ が連 綿 と続 く き ま りで あ る。」
α
1
) [佐々木 2009:156f.]で は, 当該箇所 と僧残罪第八 条 制定の 因縁譚 との比較, 及58
パ ーリ学 仏 教文 化 学教団と世俗社会との 関係を考 察す る過 程で当 該箇所 が 扱 わ れ, 覆鉢を 「サン ガ が な す在 家 者への唯一の懲 罰行為」 と適切かつ 分か り易 く評 さ れて い る 。 (
12
) caccayoma 叩 bhante accagam 巨
yath
再b51alp
yath蚕m 司ha
単 yath巨一akusala 卑, yo ’ha
ηp
蕊yasamanta卑
SEriputtaTp
asatfi tucchE mus 巨abhittena abbh5cikkhi 導 ;tassa
mebhante
bhagavti accayarp accayato pa重
iggaphfitu
ayatirp sarpvarEyE ’ti.「《比 丘》尊師よ,違反が私に 起こっ たの だ,愚 か者の 如き,道に迷っ た者の如き, 悪 人の如き 〔私〕に 。
その よ う な私は,尊者サーリプッ タ を不実に, 不正確に, 虚ろ に, 誤っ て , 正 し く な く誹 謗したのだ。 尊師よ, 尊師は その よ う な私の違反を 違反と して受 け入れな さ
い,将 来にわた る節 制の た め に, と。」 (AN IV,
p
.377
) (13
) 「頭が7
部に は じける 」 とい う表 現に関 して は, [宮 井里 佳 1997]を参照。 当論文で は,恥
da
文 献の謎か け問答で用い ら れる当該 表現が, イ ン ド仏 典か ら中国撰 述仏典 に受け継がれる まで の 経緯が簡潔に纏め ら れてい る。a4
) ミャ ン マ ー版よ りPTS 版 ;putteを 訂 正 。Bibliography
使 用 す る
Pili
文 献はPali
TextSociety
版 を底 本 と し, ミ ャ ン マ ー版 (=M
.版 :Chagtha
sangdyana ,[onCD
−R
.OM
, version llI],Vipassana Research lnstitUte,2000)を適宜使用 し た。 ま た,テ ク ス トの略号は
A
Critical
、P
∂9i
Dictiona
りyの Epilego皿ena に した がい , その他の略号は慣例に従 う。 ・佐々木 閑
2009
「律 蔵の 中の ア ディカラ ナ 3 」 『佛教研究』 7,pp
.141− 189 . ・下田 正 弘 2002「初 期仏教に お け る暴力の 問題一シ ュ ミッ トハ ウ ゼ ン教授の理解に対 して 」 『東ア ジ ア仏教一そ の成立 と展 開』 [Fs
.木 村], 春秋社, pp .389−404 , ・畑 昌利 2010 「傷つ い た阿 闍世 」 『印度学佛 教学 研究』59
−1
,pp.(209
)一(214
). ・平川彰1976
「懺悔と クシ ャ マ 」 『法華文化研 究』2
,pp
,1
−15
. ・平川彰1990
『浄土思想と大乗 戒 』 [平川彰著作集 ,vo1.7], 春秋社. ・宮井里 佳1997
「中国に お ける 「頭 破作七分 」 の受容 と展 開」 『佛教 史學研 究』 40 −1,PP
.1− 17 . ・森 章 司 1998「原始 仏教経典にお け る懺悔一pratikaroti
− 」 『中央学 術 研 究所紀 要』27
,pp .(2
)一(3D . ・森章 司2000
『初 期仏教教 団の運 営理念 と実 際 』,国書刊 行会. ・Attwood
,J
,M
.2008
‘‘Did
King
Aj
巨tasattuConfess
to theBuddha
, anddid
the BuddhaForgive Him ?, ”
Journα
1
ofBuddhist Ethics15
, pp .278
−307
.igIJvathpm.
I:2Sl・J6waJhiOtaN
59
'Caillat,
C.
1975
Atonements
intheAncient Ritualofthe
Jbina
Mbnks, Ahmcdabad.' Caillat,