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パーリ学仏教文化学 (25) - 006畑 昌利「初期仏典における懺悔の諸相」

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全文

(1)

[論 文 ]

初期仏 典

懺悔

昌  利

Some

 

Aspects

 of 

Confession

 

in

 

Early

 

Buddhist

 

Literatures

Hata

, 

Masatoshi

  It

 

goes

 without  saying  that confession  

is

 a very  

important

 concept  

in

Buddhism

. 

ln

 

f

巨ct, we  often meet  the examples  which  

describe

 the scenes

that

 

Buddhist

 monks  nuns  or 

lay

 

persons

 confess  their effenses  

in

 

Buddhist

literatures

. 

But

 as 

far

 as the confession  

in

 

Therav

da

 

Buddhism

, some  

problems

seem  to 

be

 

left

 unsolved , 

So

 

in

 

this

 

paper

, 

I

 shall collect the examples  of the

confbssions  

in

 

P

li

 canons  examine  some  

problematic

 ones  and  solve some  of

the

 

problems

 about  the concept  of confession .

Keywords

:懺 悔, 阿 闍世 王, 覆鉢, 

Aj

 

atasattu

, 

khama

は じ め に

 仏

教に おい て

悔の遂行が 重 要視さ れ るこ と につ い ては言を俟たない 。特 に 大

仏 教に おい て は, 懺 悔 行為が修 道の

み込 ま れて い るこ と も あ る分, 重 要性 は よ り増 し, そ れ を扱っ た 先学の研究 も 多 数蓄積 さ れつ つ あ る よ うで あ る。 一

pali

聖典な どに見られ る阿 闍 世 王 の懺 悔が, 件の 大乗 仏 教の懺 悔思想の 源

と して

指摘

さ れ るこ と が しば しばあ る。 本 稿 は, 件の懺 悔 思 想の 源 流た る阿 闍世王懺 悔, ひ い て は

pali

に 登 場 す る懺 悔 に関 し て 考 察 する。 その 結果, そ こ に

在す る

題  

よ り具体 的に言えば, 比丘 等はい か なる場 合に懺 悔を実 行 し, そ して , そ れ

遂行者

に は どの よう な

が もた らされた の か を解 明す る こ と を 目的とす る。

(2)

42 パ ー学 仏化 学

1

先行研 究

整 理

検 討

1

主 な 先行研 究(1)

 

まずは本稿の 主題 と関わ る 「

pali

聖 典登場 す る懺 悔」 を扱っ て い る先 行

究を整理 し て お く。

1976

(2} , 主に

漢訳仏典

に登

す る 「

懺悔

」 の用 例が 収集さ れ, 「

」 が イ ン ド

ksama

と対応 し ない 点が

指摘

さ れ て い る。 また

1998]

( 3) , 『

』 に て 「

懺 悔

」 と

訳さ れてい る

用例

収集

し, そ れ ら

諸用例

検討

した

結果

と して , 「

懺悔

」 とい う 訳

も よ く

対応

す るイ ン ド

prati

ぎで あ る点が

指摘

され て い る。 さ らに近

で は,

pali

「沙 門 果

」 に登場す る阿 闍世王 の懺 悔を扱っ た研 究 と して

Attwood

 

2008 ]

2010 ]

存在

し,

後者

拙稿で は懺悔 行 為 効 果に

して, 「

懺 悔 自体

滅 罪類 す機 能

し た と はえ に 。 む しろ,

懺 悔

した後にい かに行 動 する か, その 点が重 視されて いたの で はない か と

え る。」

p

213 ])

とい う結論 を述べ て い る。

2

> ア トウッ ド氏による阿 闍世王懺悔 に関する 研究

 

前 節で 挙げた拙稿

2010 ])

で は, ア トウッ ド

に よる同 一

っ てい る先 行研究を見 過 ご して い た。 そこで 以 下 に

単に氏 の研究の 内容概 観 を行い

該主

す る

究の現状 と問

の所

認して お く。 ・

J

M

 

Attwood

, ‘cDid

 

King

 

Aj

tasattu

 

Confess

 

to

 

the

 

Buddha

, and  

did

 

the

Buddha

 

Forgive

 

Him

?”

《内容 概 観 》

0

問 題 提示 :

a

世王 はブ ッ ダに

confess

したの か ?

      

b

pati

V4

の 英

は 「

う」

make  amends

で適 切か ?

      

c

ブ ッ ダは

悔 を為 した 阿

世王 を 「赦 し」

fbrgive)

(3)

      初 期 仏 典に お け る懺 悔の諸相      

43

1

懺 悔 」 に対 応す る原 語 :

pati

Vkr

に適 す る訳

の 選 択

pp

282

285

   

⇒ tcounteract ’

対 処

が適 訳, 従 来 用い られて い た ‘ make  amends ’ や        ‘confess ’ は不適当。

2 ) Pali

中 に 見 ら れ る 懺 悔 定 型 文 (

pericopes

13

例 の 確 認

pp

  285

290 )

3

法典 文 献に見 られ る罪か らの 浄化 と懺

効果

との比

較 (

pp

291

294

   

悔に は ,

業に よっ て 汚さ れ た身に倫理 的な浄化

ethical  

purity)

     

を回復 す る

用が あ る。 (

4

> 悪業へ の 対 処の可 能 ・不 可能

pp294

297

   

⇒ 行 為に対す る反 省や四無 量心 を通 じ て業 果を和 らげるこ と は可 能

5

ブッ ダは王を

fbrgive

たわ けで は ない (

p

. 

297f

.)

 

以上の

2)

3

で 為され る考 察 とそこ で 示 され る見

とは,

稿

畑 2010 ⊃

した

結論

と一致す るもの で あ る。た だ し主 に

2>

に 挙 げられ る

用例を検 討す る につ け, 懺 悔の

遂行

に は ア トウ ッ ド氏が言

す る以外に も

々 な側 面が存在 す る よ うに感じ られる。 そ こ で本 稿で は,

pelli

聖 典に登 場す る懺 悔 定 型 文の用 例を検 討 する こ とで , そな諸 相, 具体 的に は,懺 悔の 効 力に 「清浄

の 回復」 あ る い は 「改 心の 機 縁」 以外の

要素

在 す る か

か, を確 認す るこ と を主た る目的 とす る。 ち なみ に以

う用 例 はい ずれ も [森

1998]

Attwood

 

2008

で取 り上 げられて い る もの で あ る。 本 稿 で は努め て 独 自性の強 い視 点を伴っ て

む と信 じ るが, これ ら

学の 諸

究の 恩恵を受けて い るこ と はい う まで も ない 。

2

pali

聖 典

登 場

す る

悔 定 型 文

例検 討

1

pali

「沙 門果経」 に登場す る阿 閣

王懴悔

 

は,

本論文

発 点で ある,

pali

「沙 門 果 経」 に登場す る 阿闍 世王懺 悔の 場 面を確 認す る。 場 面は経の 最

尾 ブ ッ ダが為 した

法に感 激 し た王 が ブッ ダに対 して 自らが 犯した 過 ち を告 白す る とい う

構成

を とる。

(4)

44      パ ーリ学 仏 教 文化 学

 

・阿 闍世王 がブッ ダに

懺悔

 

accayo  malp  

bhante

 

accagam 蕊

yathEb

laqi

 

yathEmrtlharp

 

yath

互一akusala

 

so

 

harp

 

pitara

dhammika

dhammarajEnam

 

issariyassa

 

k5rapa

 

jivit

 

voropesim .

tassa me  

bhante

 

bhagavE

 accayalp  acoayato  

patiga

h

且加 互

yatilp

 

samvarayE  ti.’ 「

反が私を圧 倒 だ , 愚 か

の如 き, 道に迷 っ た

 

の 如 き,

人の 如 き

に 。

その よ うな私は, ダル マ に の っ とっ た

 

もの で あ り, ダル マ の 王 た る父

を ,支 配権 を理 由に命を

っ たのだ。

 

よ,尊 師は その ような私の 違 反

反 とし て受け入 れ な さい 将来

 

に わ たる節 制の た め と。」

DNI

p

85

1L

 

15

19

・ブ ッ ダが懺 悔を受け入 れ る

taggha  tvam mah 互a accayo  accagam 且

yath

b

la

 

yath5m

ha

yath

巨一 akus 副 a卑,

yarp

 tvarp 

pitara

dhammika

dh

  mar 勾亘nalp  

jivit

盃 voropesi .

yato

 ca 

kho

 tvam  mahEraja  accayam  accayato  

disvE

 

yatha

 

dhanimarp

patikarosi

, tan te maya 叩 

patigarphtima

. vuddhi  

h

esa mah 瓦raja ariyassa  vinaye ,

yo

 accaya 即 accayato  

disv5

 

yathfi

 

dhammam

 

patikaroti

 

Eyatirp

 savara

apajj

 ati ti、「大 王 よ

, 確か に違 反が君を圧

したの だ, 愚か者の如 き,

に迷 っ た

人 の 如 き

に。 【す な わち, 君が ダル マ に の っ とっ た もの で あり ダル マ の王 た る父親 を, 支 配

を理

っ た こ とで あ る 。

そ して, 大王 よ, 君は違 反 を違 反 と して見て か ら, ダルマ にの っ とっ て 対 処 してい るの で ある か ら その よ うな ,君の を私 達 は受け 入 れ る。 とい うの も, 大王 よ, 違

違反

と して見て か ら, ダルマ に の っ とっ て

対処

し, 将来の 節制を

実行

して い る

に は, 立

な人の導きにお ける この

長が ある か らで あ る , と

DN

 

I

, 

p

85

, 

ll

20

26

以上が 王 による違 反の懺 悔 と ブ ッ ダが その

告 白

を受け入れ る場 面で あ る。 と ころで 同形式の懺 悔 文は,

【 】

内に

さ れ る

した違 反の 内容のみに

(5)

      初期仏典に お ける懺 悔の諸相      45

を加 えて

pali

聖典 中に複 数回の用 例を見る。 した が っ て 阿闍世王が為 し た懺 悔の形 態は,

pali

聖典

で ある程

され た形 式に

っ た もの で あ り, い わば

悔の 定型 句 と看做 しうる こ とが分か る。 (

2

懺 悔定 型 が 登 場 す る 用例 検 討

 

そ れで は, その 定 型 化 し た 表 現が用い られる場

pali

聖典 内か ら確 認 して みたい 。 当 該 表 現が使 用され る回数 は計

13

回で あ り, そ れ ら は懺 悔 さ れ る違反の 内容に よ り, 大き く

5

種に分類でき る。

1

.比 丘が

修行

に耐え られな いケ ース》

  MN

 

65

ッ ダー リ比丘が , ブ ッ ダ に よ り 一

時食

戒が制 定さ れつ つ あ

 

る時に に耐え られ ない を宣言

  

→ 宣言した と を懺 悔(4)

  AN

 

3

90

〜 ブ ダに よ る比 丘達に対す る学 処 関 連の 法 話の 最

に ,カ ッ  サパ ゴ 丘 に不 満 ・不興が 生 じる

  

→ 不

満 (

ak   anti

・不 興

appaccaya

が生 じ た こ とを懺 悔 《

2

. 比 丘 が

拠 な く誹謗 ・

罪されるケース

  Vin

 

l

, 

p

312ff

.[

Mv

 

9

1

] 〜 在 来 比丘 のカ サパ ゴ タ は往 来す る

外来

 

丘 を

心に供 応

   

あ る外 来 比丘 ら が そ の

の よ さに満 足 し, その 場に滞 在 し続ける       事 態が発生    → パ ゴ ッ タは供応を停止

  

→ 外来 比 丘は カ パ ゴ タの 所

を罪

apatti

)と主張す るがカ ッ      サパ ゴ ッ タは認めない

  

→ 外 来 比丘 サパ ゴ タ が 「罪 を 見 ない こ と に関 し て

apattiyE

    

adassane

」 挙 罪す る

  

→ 納得 ない カ ッ サパ ゴ ッ タ がブッ ダの も とへ 赴き仔

細報 告

で な      い と認定され る

(6)

46       パ ーリ学 仏教文化 学 → 外来比丘 ら 「清浄

丘 を

根拠

な く

した(5)   後悔が 生 じる → 外来比丘 面前 → ブ

外来

比丘

, 無 罪の比丘 を挙 罪 したこ とを叱責, その

 

行為が

dukkata

との

定 → 外来比丘

 

Vin

 

II

 

p

124ff

Cv

 

5

20 ]

比丘 ,地 比丘 は ダ バ ・ ラプ タ比

 

丘 を

く思っ てい ない

  

→ 在

家者

ァ ッ

, ダ バ が姦 婦を犯 した とい う嘘の

え を      起 こさせ る

  

→ ダッ バ 面 前 自 ら 潔 白主 張→ ブ よ り

     ヴァ ッ ダに対す る覆鉢が指 示

  

→ ヴ ダが , 「根 拠 な 破 戒 で ダ ッ バ を 貶 め た 」

amalikZ

   

silavipattiy互 anuddharpsesim

こ とを

懺悔

  → ブッ ダに よ り覆 鉢の解 除の 指示

 

AN9

11

〜 サ ー リプ タ が , あ る比 丘を

侮辱

した

罪せ

に遊 行に

 

出か けた と

え られ る

  

→ サーリ プ タ が

面前

潔 白

を 主

  

し た比丘 , 「

不実

え た

asata 

tUccha

 musa  abhUtena

   

abbhEcikkdiirp

こ と を懺 悔

3

女 性

が比 丘を

誘惑

するケ ース

 

Vin

 

IV

, 

p

17ff

.[

pacittiya

 

6

] 〜 アヌ ッ ダが あ る女の所有す る

宿

泊所で

 

宿

  

理 由を 母 屋ア ヌ ル 呼 び れ ,

手法誘 惑

  

→ 女こ の と をした

evarp  

ak

sim

とを懺 悔

  

→ 夜 明

, ア ヌ ル ッ ダが女に

法話

在家信者

 

AN4

159

〜 あ る比丘 尼が

らが重篤 とを理 由に ア ダ を呼

(7)

               

初期仏典に お ける懺 晦の 諸 相

         

47 び寄せ る

 

が 説 法

身体食 物渇 愛慢 心 構 成 さ れ

 

性 交は道を破 壊す る」

→ 比 丘尼 よ う な とを

し た

evaln  aksim

とを懺悔

4

. ブッ ダ が

ら かの形で侮 辱 ・ 傷 けられる ケー

  Vin

II

, 

p

180ff

Cv

 

7

3

〜 デ ー ヴ ァ ダッ タ が 阿闍世 王の家来の

1

人 に沙

 

門ゴ ー タマ

ブッ ダ

の殺 害を命令

  

→ 家 来 は ブ 威 容 う た , 「汚 心 す る 心

dutthacitta

     

vadhakacitta

た」 こ と を懺 悔

   

→ ブ ッ ダによ説法→ 在 家

 

DN25

〜 遊 行 者 ーダ が , 静寂処 ブ ッ ダ を 隻 眼の

揶揄

 

ブッ ダを論 破 して み せ る と

   

→ ブ 対面 し説 教 を 聞 き, 何 も ず ,赤 面沈 黙

  

→ 「尊 師を こ の

bhagavantam

 evaip  avac5sim

こ と を

     懺 悔

   

→ ブで の修 行 をめ られ が , 取 り巻 き 立 ち  

MNI40

〜 ブ ク サ ー 出 家を望 , ブ ッ ダの 在 所   へ と向か う

   

→ 偶々 , 同宿を とっ た相 手 が ブッ ダ と知 らず 「

aVUSO

」 と呼 び       か けて しま う

  

→ 同宿 者を ブッ ダ と認 識後 「友よ

びか け た と(6)

懺悔

  

→ ブ で の 出家認め られが , 出家必 要

     中に,牛 と衝 突 死

 

SN

 

1

4

5

〜 憤 想 天とい う

た ち が , ブッ ダの 言 行 不 一

  

→ 「尊 師が侮 辱 さ れ

bhagavanta

卑 説

detabba

叩)と思っ た」 こ      とを懺 悔

   

→ ブ ダが微 笑

3

1

)]

(8)

48

       パ ー学仏 教 文 化 学

5

.教 法の保 持に付 随して生 じ た問題

  SN

 

12

70

〜 遊 行者ス シ ーマ は教法を盗む 目的で ブ ダに入信

  

→ ブ 説法 後 , 「教 法 盗 人 と し

出家

」 こ とを懺 悔

 

SN

 

16

6

〜バ ン ダとア ビン ジ カ とい

2

丘 が,

らが

い た教 えの 量

 

して

い 合う

  

→ ブ呼 ばれ , 「

っ た

    

sutena acc 盃vadirpha

こ とを

懺悔

 

 

用 例 全

に関する

分析

本 節で は, 前節で概 観 した

悔 定 型の 用例に関 し大ま かな

分類

考察

え るこ と で, よ り詳 細な

考察

土 台 とす るこ と にする。

懺 悔 を 為した者の立場分 類 》

 

まず,

懺悔

葉を発した者の

分を, 犯した過ちが分か る形で分 類 して み る。 比丘 ・比丘尼 在家信者 一般 出 家 者 一 (在 家 者) 1修 行 不 忍 耐   バ   カ ッサパ ゴッ タ 2無根 誹 謗   外 来 比丘達   1 比丘   ヴァ ッダ

3

比丘を誘 惑   1比丘尼   1女性 4ブッダを 不敬   遊 行 者ニ グロ ーダ   ブッ クサーティ   阿闍 世の 1家来   憤想 天 5教 法の 冒 涜   ス シーマ   バ ンダ とアビンジ カ

 

以上の よ うに, 犯 した違反の種 類によ り若

の 偏 りはある もの の, 目

下問

と して い る

悔 定 型旬は

・在 家あ るい は仏教 徒 ・非 仏教徒 に関わ ら

々 な身分の者に よっ て用い られて いた こ と が

か る。

(9)

      初期仏典に お ける懺 悔の諸 相       49

 

《懺悔の場

懺 悔

す る

対象》

 

次に懺 悔の 言葉が どの よ うな場面で せ られて い るか を見て み る。 こ の 場 合,懺 悔主が誰に対 して どの タ イ ミン グで懺 悔を為すか が

問題

と なる。 ・一般 人

出 家,在

家)

・比 丘

, 在家 信 者 :

が 違 反 を犯 した と気づ い た その 場 で, そ

 

の被 害

に対 して

 

 

→ ブッ ダ

 

 

ル ツ ダ

i

違反を犯 した と気づ い た その場で ,被 害 者に

 

対 し て

 

ーナ

ii

違 反を認 識 した そので ブ ッ ダに対 して

 

   

阿闍世王 ?)

 

違反 を

自覚

後, ブ ッ ダの 在所へ 赴き ブ ッ ダに

 

対 して

 

  )

 

上記 し た 中, 一

5

と比 丘 ・在 家信 者(

0

1

に関して は,

に 問 題は見 当た らな い 。

ii

2

例に

して は, な ぜ ブ ッ ダに対 して懺 悔 するの か とい う疑 問が 生 じ る が , 両例 と も違反 の 内

が教 法の 保 持に関す るもの で あ るの で,教えの 発 信 者た るブ ッ ダに

悔 し た と

こ と もで きる。 一

iii

5

例は違 反 者がわ ざわざブッ ダの

面前

へ 赴い て懺 悔 して お り, そ こ に

め られ た意 図が問題 とな る。 ま た

 

で は,懺 悔が , 無 根 誹 謗の 直接の

害 者で ある サ ー リプ ッ タに対して で な くブ ッ ダに為さ れて お り,

事清

が よ り

雑に なっ て い る

3

3

 《懺悔

後の変 化 》

 

そ れで は懺 悔の 遂 行が

悔主の

遇に の よ うな

化 をもた ら したの で あろ うか。 以下 簡 単に纏め て みる。

 

・一般人

在 家

:「懺 悔→ 法話→ 帰 依 宣 言後

家信

とな 般 的

         

 

 

+ 「沙 門 果経 」 阿

闍世

王ω

(10)

50       パ ーり学仏 教 文 化 学 ・

, 一般 出

家者

懺 悔

遂 行 に よ り局 面的 な

変化

見 られ        ない 在 家 信者 ッ ダに対 する

鉢の

解 除

3

2

 

ここ で 問

とな るの は, ヴァ ッ ダの

けば,

悔の もた らす

果が明 確でない 点であ る。 例えぼ, 一 般 人

pali

聖 典 中で ブッ ダが法 話 を

くの例を見る限 り, 過ち を犯し た

が法話を受けるため に 必ずしも懺 悔が 必

とは考え られ ない 。 ま た

外来比

丘が無

の比丘 を挙 罪 し た例

 

)で は, ブッ ダ が当該 行 為を

dukkata

罪と制 定 し た後に 懺 悔が為 さ れて い る。 しか し,

PEIi律 中

dUltkata

罪 制 定 後に件の

懺悔

が行わ れ る の は こ の

1

だ けであるこ とか ら,

悔が

dukkata

罪を

す るた めに用い れ た と は考え にくい 。 ま たニ グロ ー一 合 (  )に あ る よ 懺 悔

型が完 了しつ つ も , ブッ ダに

傾倒

しない 例 も存 在す る (8) 。 この よ うに, 懺

滅罪

で はな く, ブッ ダ へ

傾倒

を も意 味 し ない な ら, そ も そ も

のた め に

わ れ るのか とい う根本的 な疑

が生 じて くる。 そ こで次 章で は, 以 上の 疑

念 頭

きつ つ

題 とな用 例を

別に

検討

す る こ とで

が 有する諸 相を

察 して みたい 。

3

悔定型 文

諸相

1

) 懺 悔 を受ける

義務 (

Cf

2010

:(

212

)].)

 

SNI

4

5

表  )

では, ブ ッ ダの 言行 不 一 致を な じっ た 「憤想 神」 らが, 自分らの 発言の

懺悔

す る。 それに対 しブッ ダが

微笑

わに した と ころ

sitam  

pitvakasi

々 は

に,

1

, 以下の偈を唱える。

accaya 卑

desayanthla1

yo

 ve na 

patigaphati

kopantaro

 

dosagaru

 sa vera坦

patimuccati

 

11

違 反

ら を

け 入 れ な

, 彼は 内部に怒 り を

ち,

(11)

      初 期 仏 典に お け る懺 悔の 諸 相      51

 

そ して その

ブ ッ ダによ り神々 の 懺 悔を受け入 れる 旨の 偈が 唱え られ,

経が終わ る。

accayam  

desayantinarp

 

yo

 ve na 

patigaphat

量/

kopantaro

 

dosagaru

a vera 卑

P

timuccati

ta vera  n’蕊

bhinand

亘mi  

pat

ga

ψ颪mi vo ’ccayan 〃

ti

つ つ

らをけ 入れ な

は 内

に 怒りを持ち ,嫌 悪を重ん じ,

意を は ね返して い る。 その 敵

意を 私 は喜ば ない 。 君 達の 違反 を私は受け入れ る, と。」 (

SNI

p

25

同様 の 内 容を伝え る例が

SNII

3

4

に も見 られ る (y)。

tena 

kho

 

pana

 samayena  

dve

 

bhikkh

廿 sampayojesulp . tatr’ eko  

bhikkhu

accasar5 .  atha 

kho

 so 

bhikkhu

 

tassa

 

bhikkhuno

 santike  accayam  accayatQ

desesi

. so 

bhikkhu

 na 

patiganh

ti

 

dve

 me  

bhikkhave

圃 巨, 

yo

 ca accayam

accayato  na

 

passati

, 

yo

 ca accaya 卑

desentassa

 

yath

dha

エnmar ロna  

patiga

洫ミ…ti.

ime

 

kho

 

bhiklChave

 

dve

 

ba15

こ ろ で そ の 時,

2

人 の 比 丘 が 争 っ たの だ よ その 中の

1

比丘が過っ た。 さて その 比丘 はその

相 手の

比丘 の

で 違 反を違 反 として 示 し た。 そ の

相 手の

比丘 は

け人 れ な か っ た。 … …

ダは言う。】 『丘 た ち ,私に は

2

種の 愚 か

が い る。 違反 を違 反 と し て 見 ない と, 違 反を示 しつ つ ある者を法に則っ て 受け 入 れ ない

とで あ る。 比丘 たちよ, これ ら

2 者

は愚 か

で あるの だ よ。』」

SNI

p

239 )

 

即 ち, 違 反を犯 し た者が

らの

反を

懺悔

した場合, その応 対 者は面 前で 為 さ れ る懺 悔 を受け 入 れ る必

が あ る とい うわ けで あ る。 ま た, 上の

SNI

45

の 下 線 部か ら考え る に,応 対 者に よ る懺 悔 不 受理 は懺 悔主 に対す る 敵意の

明で あ るこ と が 分か る。 以 上 を総合 すると, 敵 意を鎮め るこ とが

(12)

 52      パ ー学 仏 教文 化学 悔の 目的の

1

あっ たの で はない か と考え られ る(10)。

   

懺 悔 と覆鉢解 除

 

Cv

 

5

20

表  )

は,

覆鉢

す る教 団規 則

定の

場面

で あ る (11) 。

  

該用 例の

を再 度 確 認 して お く。

 

・在 家 信

ヴァ ッ ダが ダッバ ・マ ッ ラプッ タ比丘 に関す る虚 偽の

え を起     こす

   

→ ブ よ り

在家者

ァ ッ

覆鉢

示 と,

覆鉢実行

8

    条件

と手

きの設 定

   

→ 在 家者ヴ ァ ッ ダの

懺悔

   

→ ヴァ ッダに対 する覆

除と,覆

鉢解

除の

8

条件

と手

きの設定

 

この際, 自身に覆 鉢が指 定 された こ とを知っ た時の在 家者 ヴァ ッ ダの 反応 は以下の 通 りで あ る。

atha 

kho

 

Vaddtho

 

Licchavi

‘samghena  

kira

 me  

patto

 nikkujjito asambhogo ’mhi

kira

 sa

9hen

且’ti tatth’ eva  mucchito  

papato

. atha 

kho

 

Vaddhassa

 

Licchavissa

mit 面macc 五 苗 tisalohit巨

V

O

lhalp

 

Licchavilp

 etad avoc 叫 1:alalp 且vuso  

Va4

lha

m 互 soci  ma  

paridevi

 mayarp  

bhagavantarp

 

pasadess5ma

 

bhikkhusarpghafi

c匪 ’

ti

. atha 

kho

 

Vaddho

 

Licchavi

 saputtad 亘ro samitt5rnacco  sa 茄

tis

lohito

allavattho  allakeso  

yena

 

bhagavE

 

ten

’upasarn (ami .

さ て リ ッ チ ャ ヴ ィの ヴァ ッ ダは 『僧 団に よっ て私 に

鉢が為されて い る ら しい。 私は僧 団と享 受を共に し ない者で あ る ら しい 。 』 と, ま さ に そ の

して し まっ た。 さて リッ チ ャ ヴィ族の ヴァ ッ ダの盟 友 ・ 朋 友 や親族 ・血 族 は リッ チ ャ ヴィ族の ヴ ァ ッ ダに こ の こ とを言っ た。 『 , ヴァ ッ ダよ, 泣 くで は な い。 悲 嘆す るでは ない。 私達は尊 師を そ して

団を

澄に し よ う。』 と。 さて リッ チ ャ ヴ ィ

の ヴァ ッ ダは

子 や 盟

・朋

親族

・血 族を伴 っ て,

れ た衣服

れ た

で尊 師の ほ

(13)

初 期 仏 典に お ける懺 悔の 諸相 53 うへ 近づ い た。」

Vin

 

II

, 

p

126

 

そ して こ の ブ ッ ダの 下へ 赴い た ヴ ァ ッ ダは根 拠ない破 戒に よっ て ダッ バ ・マ ッ ラプッ タ を貶め た こ と を

悔す る こ と に なる。 引用 文の 太 字 部に注 目す る と, ヴァ ッ ダはブ ッ ダ及び僧 団を清澄 するた め に懺悔 を為 して い るこ と に な り, 懺 悔の遂 行に は違 反を犯 した もの に対す るなにか し ら もや も や し た

態を

ら す こ と とい う

面が あ るこ と が読み取れ る。 また, 当該 用例の 場

, ヴ ァ ッ ダは

懺悔

す こ とで

覆鉢

解 除 とい う自身の待 遇 改 善 を手に し て い る。 ブ ッ ダに よ り制 定 さ れ た覆 鉢適 用 ・解 除の 条 件 は以下の 通 りで あ る。   覆 鉢 適 用の

8

条 件

i

比丘達の 不得に動き回る

ii

比丘達の 不利 益に動き回 る

iii

比丘 達の

動 き回

 

比丘達を誹謗 し, 非 難す る

v

比丘達を分裂 さ せ る

 

ブッ ダの 悪口 を言 う

教 法の 口 を言 う

  僧

団の 口 を言 う

 

鉢解除

8

条件

不得の に動 き回ら ない 不利益 の

き 回 らない 不滞 在の に動き回らない 誹謗 ・非 難 し ない 分裂させ ない

口 を言わ ない

口 を言わ ない 悪 口を言わ ない

 

即 ち, ヴ ァ ッ ダは懺 悔を為 した こ とに よっ て, 自らが 上記の覆 鉢適 用条 件 の いれに もに 当て は ま ら ない こ とを示 した こ とに な る。 こ こ に,懺

遂 行 の 目的 として ア ト ウ ッ ドが 指摘した 「

身の倫理 的な

らか さ を回

す る こ と」 を見るこ と が で きる。 そ し て その 際何 よ りも重 要で あ っ たの は, 自ら の 清浄

を他に知 らし め る こ とで あっ た と言い得 る で あろ う。

3

懺 悔 を ブッ ダの面 前で 為 す意義

 

AN

 

9

11

上表   )で は, 無根 誹 謗の 問 題が 描か れ る。 まず あ る比 丘 が

(14)

 

54

                          パ ーリ学 仏教 文 化 学

サ ー リ プ ッ タを不正 に訴える。 次 い で, サー リ プッ タ が ブッダ及び比丘衆の

前で 自ら の潔 白を示 す→ 件 の比 丘 がブ ダに向か っ て

らの違 反 を懺 悔(12)

が展

するが , ブッ ダは

型 通 り

懺悔

け入れ た

, サ ー リプッ タに

次の よ う に語りか ける。

atha  

kho

 

bhagav

ayasmanta

S

iputtalp

盃mantesi ‘

  ama  

S

iputta

 

imassa

moghapurisassa  

pur

’ 巨ssa 

tatth

’ eva sattadh 亘 muddh 蕊 

phalissati

’ 

ti

.‘

khamam

aham

 

bhante

 tassa 

Eyasmato

 sace malp  so 互

yasm5

 evam  

2ha

khamatu

 ca me

SO 五

yasmE

’tL 「

は,

サ ー リ 告 げ だ よ 。 『サ ー リ タ よ,

愚 鈍

な人

せ。 ま さにそこ で こ の

7 部

に は じ けて し ま う

に (13)。』 と。

サ ー リプッ タ

『尊 師よ , その尊

者 (

違 反 比丘

を私は

す。 も し その

尊者

が私に

   

その ような

尊者 (

サ ー リプッ タ

は私

反 比丘

を赦 せ

   

と言 うの な ら。』 と。」

AN

p

378

以上の れを, 登

物 3

者の 関係に着 眼し示 すと以下の通 り。 違反を犯した比丘 →

懺悔)

→ ブ

懺悔

け入 れ

      ↓ (

khama ]

     サ ー リプッ タ → 赦 し 比丘死 を回避

 

以上に 関し, ま

, 懺 悔を し て もサ ー

khama

限 り死が 到来する とい うこ とは, 比丘 と ブッ ダの 間で 完結し て い る はずの懺

行為に は

十分

滅罪機

能が 具わ っ てい ない とい うこ と が分か る た だ し 比丘が騒

の当

事者

で あ る サ ー リプッ タ を差し置い て , ブッ ダに

悔す る意 図は依 然 不明で あ る。

 

MN

 

65

表  )

確認

す る

本経

で は, バ ッ ダー リ比丘 が

(15)

      初期 仏 典に おける懺 悔の諸 相      55 ブッ ダ が一時

戒を

定す る最 中に, 戒を守れ ない こ とを 宣 言 し, 以 下 ,

   

→ バ ダ ー リ は

雨期

3

月間

ダの 前に姿を現さない

   

→ 雨期 明けに比丘

の 忠 告に よ りブ ッ ダの 下へ 赴き,懺 悔

   

→ ブ ダは

2 度

に わた り

懺悔

け 入れず ,

3

度 目で受 け入 れる と話が進む。 こ の 中,

下線

した比一丘の 忠 告の 内容 とそ の 箇所に対す る

釈の 記 述を見て み たい

i

gh

’蕊vuso  

Bhadd

ii

 etaM  

desakam

 s5dhuka 珥 manasikarohi , m 巨 重e 

pacch

dukkarataram

 ahosi 

ti

.「友バ ッ ダ ー リ よ, ど うか これ は警 告で ある。 よ く

考え よ。 君に とっ て 後で さ らに 為し が た く な ら な い よ うに , と。 」

MN

Lp

438

【註 釈

dukkarataran

 ti vassarp  

hi

 vasitv

dis

pakkante

 

bhikkhU

 

kuhi

vasitth 互

ti

pucchanti

. 

te

 

hi

 

Jetavane

 vasimh  ti vutte (14)

fivuso

 

bhagav5

 

imasmirp

 antovasse

katararp

 

j

 

atakam

 

kathesi

 

katara

1 suttantam  

katara

sikkh5padaxp  

pafifi5pesi

ti 

pucchitEro

 

honti

. tato vik 盃

labhoj

 anasikkh 巨

padarp

 

pafifi

pesi

. 

Bhadd

1i

 n五ma

pana

 eko  

thero

 

patib5hi

 ti vaklthanti  taip sutv 訌 

bhikkhO

 

bhagavato

 

pi

 n蕊ma

sikkh 巨

padar

pafifi

pentassa

 

patibEhiturp

 ayuttarp  ak 颪raロan ti vadanti . evarp  te

ayalp  

doso

 mah5janantare  

P5kati

 

hutv5

 

dupPatikaratarP

 

ajapajjissati

 ti

mafifiamfin 訌 

pi

 evam  

ahappsu

. 「『 しが た 』 と は, 雨期を過ご し てか ら, 方 々 へ 出発 した者達 に , 比丘達は 『 』 と尋ね る。 彼らは 『 ェ ータ ヴ ァ ナで 過 ご した』 と

わ れ る と, 『 , 尊 師は こ の 雨 期の 間に, い ずれ の ジ ャ ー タ カ を語っ た か。 い ずれ の 経を ,い ずれ の学 習項 目を制 定 し た の か。 』 と

ね るで あろ う。 そ れ に し た が っ て , 『尊 師〕 非 時 食戒 と い う

学習

項日 を制 定 した。 しか し,バ ッ ダ ー リ と 名 前

1

老 が ねつ け た。 』 と

らは言 うで あろ う。 そ れ を

い て 比丘達は 『 も尊 師が

定 しつ つ あ る学 習 項 目 を ねつ け るの は不 合理 で あ り,由

(16)

56      パ ーリ学 仏教 文 化学

 

縁な い

う。 こ の

に して, 君の こ の過 失が大 衆の間で 明 らかに

 

なっ てからでは, よ り対 処し

状態

る であろう, と考えて , こ の

 

様に 言っ た の で あ る

Ps

 

lll

 

p

150)

 

註 釈の

明に

えぼ,

の バ ッダ ー リ比丘 に対す る忠告 とは,違反を 知っ て い る

ない う ちに対処 したほ うが よい , とい う内容 の もの で あ る。 こ こ でい う対 処 とは,当

懺 悔の 遂 行の こ とを指す。 そ れで は,大

に知れ

っ てか らで は 何 故に対 処が 困

にな るの で うか 複 数心理 的 ・

理 的な要 因が 想像できよ うが, 現 段 階で

定 的な

え を

示す る こ と はで き な い た だし, 少 な くともこの

1

例をみ て も,

懺悔

の遂

が他 人の視

意識

し て為され る もの とい う側

取できる であろ う。

おわ り に

 

以上, 阿閣世王が為 した

懺悔

を起点 と して,定 型化 した懺 悔 文の用 例を検 討し て き た。 本 稿で確 認で き た

懺悔

の遂 行に伴 う効果を以下に

箇条

げて お く。

 

・違反 を犯し た

に対す る敵意の鎮 静 [

3

.(

1

)]

 

・自身 が違反を犯す以

の状態の 回復

3

2

 

・その 「

態の回

」 に

し て は, 対外 ・ 対 人 的な

点が

意 識

  

て い る

3

.(

3

 

ま た,

稿で は 「懺 悔を ブ ッ ダの 前で

う意

明が

未解

決 となっ て しまっ た 。 ただ し上に挙 げた よ うに,

懺悔

の遂

とは

分に他 人の 視線を意 識し て為 される もの で あ る。 その よ うな 要素を考慮 に入 れ た場合 僧 団に と り特別な 存 在で あ る ブッ ダに

す る

懺悔遂

行は, 違反 に対 する最 も

有効

処法で あ っ たの で はない か , と

測す る。 以上 を将来の 課題 ・展 望 と して

ちつ つ 今後も

悔に まつ わ る問題の解 明に努め て い きた い 。

(17)

初 期 仏 典に おける懺 悔の諸 相 57 注 (

1

) 以下に挙 げる ほ か,阿闍世 王の 変 遷を追っ た最 新の成 果 と して, [

Radi

h

 

2011

]  が存在す るが,本稿で問題 とす る懺悔の一般像に関する考察はなされて い ない

2

) [平川 1990:431−453]に再 録されて い る。 (

3

) 加筆 ・訂正 を加え, [森

2000

:201 −231]に再 録されて い る 。 (

4

yo

ha

bhagavat

盃sikkhEpade  

pafifi5piyamane

 bhikkhusahghe sikkha 【p samadiyam 巨ne

 

anussfiham  

pavedcsim

.「尊 師に よっ て学 習条項 (学処 )が制 定さ れっ っ あ り,比 丘 僧

 団が 学 習 〔条 項 〕を受 時しつ つ ある時に,耐 え ら れ ない こ と を宣言 し た よ う な私

 

ひよ,」

 

MNI

,p.438)

5

) suddha

bhikkhum

 anEpattikam  avatthusm aksrape  ukkhipimh 互.(

Vin

 

I

, 

p

.314 , L

 21f.)

6

 bhagavantalp

互vuso −v巨dena samudacaritabbam  amaiifiissaip (MN  III, p .

247

7

) 但し,阿 闍 世 王の場合は, 法話 → 帰依宣 言後懺 悔展開を と 。 また,  で は  ブッ ダ直々の法 話に よ る法 眼獲得の場面が存在するが, 阿闍世 王 は 法 眼 を獲 得で き  ない が経 中で 明言さ れる。 (

8

> 仏教 外の遊 行者で あ るニ グロ ー ダが件の懺 悔 定型文を 用い て い る こ とか ら考え れ

 

こ の懺悔 と は当時の 沙 門世界一般,或い はイン ド・一般に通 用 する行為で あっ た  可能性 も あ る。 例 えば,ジ ャイ ナ教におい て も懺悔が採用さ れ て い たこ とに関して

 

は カ ヤ の先駆 的な研究 が存在 し [(Caillat[

1965

1975

]), .・ 部なが ら仏教の そ れ と  の比較も な さ れて い る。 ([

Caillat

 

2003

39ff

コ)

9

) AN  

3

4

:tihi 

bhikkhave

 

dhammehi

 samann

gato

 b510 veditabbo . 

katamehi

 tlhiaccaya  accayato  na  

passati

, accaya accayato  

disv5

 yath五

dhammarp

 nappatikaroti , parassa khQ

 pana

 accayalp

 desentassa

 yath五

dhammaip

 nappatigaphati 、 

imehi

 

kho

 

bhikkhave 

tihi

 dhammehi

 samann5gato  

b

lo

 veditabbo .「托鉢修 行 者 達よ,

3

つ の 事柄を具えて い る

 者は愚者と知 ら れ るべ

。 どの よ う な 3 つ か。 違反を違反 と して 見ない ,違

 反を違反 と して見て か ら ダル マ にの っ とっ て 対処し ない ,ま た,違反を示 しつ つ あ

 

る他人 を ダルマ に の っ とっ て受け 入れ ない 。 托鉢修 行者達 よ, これ ら 3つ の事柄を

 具えて い る者は愚者 と知 ら れるべ きで ある。」 (AN  1, p,103)

10

Cf

. 

Dhp

 

5

;na  hi verena  ver 巨ni sammant ’

idha

 

kudEcana

!averena  ca samm εmti , esa

dhammo  sanantano 「実 レリ い か なる場合におい て も,諸々の敵意は敵 意に よっ

 て 鎮ま りは せず, 敵意の ない こ とに よっ て鎮 まる。 これ が連 綿 と続 く き ま りで あ   る。」

α

1

) [佐々木 2009:156f.]で は, 当該箇所 と僧残罪第八 条 制定の 因縁譚 との比較, 及

(18)

58

パ ーリ学 仏 教文 化 学

 

教団と世俗社会との 関係を考 察す る過 程で当 該箇所 が 扱 わ れ, 覆鉢を 「 ガ が な  す在 家 者へ懲 罰行為 適切 り易 く評 さ れて い 。 (

12

) caccayo

 ma bhante accagam 巨

yath

b51alp

 yath蚕m

ha

yath巨一akusala  yo

ha

ηp

 蕊yasamanta

SEriputtaTp

 asatfi tucchE mus abhittena  abbh5cikkhi 導 ;

tassa

 me  

bhante

bhagavti accayarp  accayato  pa

iggaphfitu

 ayatirp sarpvarEyE ’ti.「《比 丘》尊師よ,違反

 

が私に 起こっ たの だ,愚 か者の 如き,道に迷っ た者の如き, 悪 人の如き 〔私〕に 。

 

その よ う な私は,尊サーリプッ タ を不実に, 不正確に 虚ろ に 誤っ て , 正 し く  な く誹 謗したのだ。 尊師よ, 尊師は その よ う な私の違反を 違反と して受 け入れな さ

 

い,将 来にわた る節 制の た め に, と。」 (AN  IV, 

p

377

) (

13

) 「

7

に は 」 とい う表 現に関 して は, [宮 井里 佳 1997]を参照。 当論

 

文で は,恥

da

文 献の謎か け問答で用い ら れる当該 表現が, イ ン ド仏 典か ら中国撰  述仏典 に受け継がれる まで の 経緯が簡潔にめ ら れてい る。

a4

) ミャ ン マ ー版よ りPTS 版 ;putteを 訂 正 。

Bibliography

使 用 す る

Pili

文 献は

Pali

 Text 

Society

版 を底 本 と し, ミ ャ ン マ ー (=

M

Chagtha

 sangdyana [on 

CD

R

OM

 version  llI]Vipassana Research lnstitUte2000)を適

宜使用 し た。 ま た,テ ク ス トの略号は

A

 

Critical

P

9i

 

Dictiona

りyの Epilego皿ena に し

た がい , その他の略号は慣例に従 う。 ・佐々木 閑

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参照

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То есть, как бы ни были значительны его достижения в жанре драмы и новеллы, наибольший вклад он внес, на наш взгляд, в поэзию.. Гейне как-то

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