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『宗教研究』季刊第6年第2輯(*120号)

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(1)

――目次――

1,

バルトリハリの知識論,中村元,Hajime NAKAMURA,pp.1-20.

2,

法集別行録と禅門師資承襲図との関係,黒田亮,Ryō KURODA,pp.21-31.

3,

道元の宗教の歴史的性格,家永三郎,Saburō IENAGA,pp.32-51.

4,

実存哲学における時間性の問題(承前),石津照璽,Teruji ISHIDSU,pp.52-69.

5,

日本的基督教の問題とその理解,桑田秀延,Hidenobu KUWATA,pp.70-88.

宗教関係主要論文目録,p.89.

Posted in 1944

(昭和19)年

(2)

バルトリハ ヴ の知識 倫 の 考 の し の へ 分 て バ 在 る 別 ゐ ル に め ハ

乙直基に

( リ と 接 づ 、 の を 的 く 彼 女 主 な 論 の 法

五 星

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立 破 重 根 澄 は 親 本 し 自勺 し -

立場

得 な 般世 て ・ の ( と 非 堅 小 人 人 と 知 ま が 常 の も の 間 な 議論

完成

三 - 一

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でき に畢 / Ⅰ や ノン Ⅰ ト Ⅰ @ / 卜

リの

知識論

(3)

Ⅰ ユ O

つても・ 又 比量

の 。しか㍉ ,ば 何に

ある。 彼は、特

一ひ 箕 @. ︶

0% 標徴︶が採用せらる。 ヒ

く 、

乍ミつ ﹁ヨハ㍉ざ し ・ レ ︶・︶。 P. ごぉば w. ︶ -. こ 一︶ 白 ︶

門 系統に 属 す い ・ の

承 ﹂の意義を特

彼の臼正岡立場の

通刀は、

-- 一二 プド

︵ /, 巴 ハレ 、 @@ 二 - ・Ⅱ。 @ ノ -@ レ バルトリハリ ゆ 知識論 一 一

(4)

し ・その歴史的 偉 統の優越性を誇負してゐる。 バルトリハリの知識論 一 一

武器と放してい

たる態度。笠木

,ワイシ ヱ ︶シカ

開係に猫立

に思索

具叢

的にどの派

つム ・古人に 輔依 信奉することな き ・人々には、 明かに現れ出づることなし。 巨 ソ、 @@ 田 -. Ⅱ 田一 。Ⅱ ド @ 一 @ 一︶ 智 識 @

て ・

-- 仏る了解を獲得す。 め 論述を震 し得 べけんや ?, 一

ニ -, コ丘 ぎま∼ @ ︶ 巳丑 @r@@ ︶ ロへ

ひコ ⅡⅡ 八 Ⅰ ノ 、 卍 。 ソ、 "- Ⅰ -. ど ・七 - ど 文 法 薄、 ず の 偉

(5)

0% ︵ メ、き ︵Ⅰ ヱ @ レ 。㏄ ご

も 、﹁世人一般が承認せるが故に﹂ ︵ 3 ノ 理論によって否認するを得す。 し

ヰゴぎ ㍉ 亡 Ⅱ と の 理 由 ヰゲ一 て バルトリハリの 如 識認

下こムチ ヤ 4 ィ 烏臼 -

し 。 目

︵ ノ Ⅰコア︶ - ゴ ロ汗 Ⅱ。キト︶

践の領域にまで

と 呼んで ぬ たが

。 u のでもなくて、

である・﹂ 点條は云ふ 。

︶によりて確立す・るには非す。

り 。 一

ミ ︵ メ ﹁臣一︵㍉ ざ ︶・ @.M 。が 0 ︶

(6)

思索 或 ばそれの

らといふことね

バルト ソハヮ の 如 詩論 ヨ %

- っ : カ

検討し

すぃ・。

て ︵ 慨坑に ︶堕することは起り難きに非す。﹂

昔 ビ コ 田山 ゴ ㍉ せコ丑臣 Ⅱ

メ Ⅱ布田 - ハマ 朴 Ⅰ ロ @. ロト 。ムドⅡ ツ ︶

偉 「

ぅ し 一 力 3 , 胃 、 ら 底 的に保守主義的である。

篤 であっても・

る 。 又實際 生活 ︵ 4 イ

もよい・と表 ふ 。

(7)

か うい ふ わけで み知 ㌃れるので

Ⅰ セす -F 桂 F リ し外 Ⅰ ルナ -@ 尼 用 をなすその能力が妨げられる。 し

@ 目 @@ 二 - 目 ㌔ 7 乙 @ 左 ニム 、ま 0 る 物と結合せろと きぼ

・そ背Ⅱの

實際 の 作

成立し得るの

に 於てば存し得ないと主張しだ。

は 極め て 得難 じゴ - こ トし @ - ねムⅡ ソ 。・ 三

の 矛盾相違 が

れろが・熱せ

は 人ば極めて 暑 る 認 で

可能であると バルトリ

や 与で 臣 "" 、 " ノ Ⅹ

(8)

弗モ ︵Ⅰ 、コォ Ⅱ よ @ Ⅰ @ ︶︵ ㏄ 7 @ ︶

よっても妨げら れる。﹂と註してゐる。

もとに於てほ そ

に 於でぼ存在し 解してよいであらう。 穐産 されてゐる。

るに穏健

しそ れ o ︵ 一色

い から・推論 一

Ⅰも せ ㍉︶ ハ ∼ -. ︶の主張 ︵ 9 レ

途 に最も異端 詮 非常に皮肉 た 現象であ。の。

主張する。

る 論説 バルト ヴハリ の 如 認識 七

(9)

や ・ ンヂャヤ の 唱 統娑 羅門 星 者。 ゲ一 バルトリハ ヴ の 如 議論 が 為さる。 目 - Ⅰ ト ︵ ノ,卍 ︵ セづ ・ 宇 H 。 @ 一・ こ 彼は、かくの如く、論理的思索に聞する限り、

後世有名となり

の人が 、 或 る

云って固執する

動かすだけの力 が 無いと 云ふ のである。

に安住 や n?... 一

八二日のⅡ

- 二 ︵ @ 丑き,ざコゴヴ ︶︶︶ アコ ・ - ・ * コ, Ⅱ つ甘毛つ,巴 ハマ 王 -. Ⅱ。 おっ ︶ / Ⅰ Ⅰ 26

(10)

是認否認と かふ バルト ソハリ の知識論 九 なほ興味あることには・このバル﹂ く 同様 0 議論を展開してゐる。 ﹁聖典の中に根檸を有せす・ たど 何となれ ば 思索は放悉なるものであ 属すぐれた他の雙者たちによっては

﹂思索された結果なるものも・ そ こ、 諸の理論が確 霞 な基礎を有する ほ 多種多様であるから。 と ﹁しかるに理論に基づく知識は互 何となれ ば、或 ろ理論家︵ 中 ︶が﹁ て 排斥され、また乙が確定したこと 従ってこの鮎に於ても、シャンカラは 後も不二一元論派の論理思想を永く 規 して ム フエリ 。・・︵ 笘 2 ︶ に 矛盾せるが故に、見解の相違 ヒ れこそ正しい知識である。し を丙が排斥するといふことは・ ぶ ルトリハ サ に従って ぬ るので 定した。同派の大望 - 者 マーダ ヴ リハリの所論が・そのまムシャ 人間の思索のみに基づいてゐる るから。 却ち ・或る 錘 者だちが 、似而非の誤まれるものである の他の人々によって ほ 似而非の ものであるといふ詮を承認する @ 存することは,世人周知の事實である。 と教へたことが・他の理論家︵ 乙 ︶に よつ ︵ 、ノ 世間に於て周知の事實である。 と ある。バルトリハリの かム る見解は・その も バルト ヮハリ の右の主張を全面的に承認 理論 は 、 確實 な基礎を有し 努力して思索し考へ出した と見られてゐる。更に後者 誤 まれるものであるときれ ことほできない。何となれ た いものである。 理論も 、 更に一 5 竪者たちに よ てゐる。それ 故 ぼ 、人間の意見 ンカラに採用されで わ る。シャンカラも 杢

(11)

バルト 几ノハ Ⅱ ノの 知識ト一 川 祀 白川或は個人的な問題。 ゲ岳 穏しで・ しろ推論の現 寅的 祀れ的側面を問題:・Ⅰ レ一, - のに対して・第二の理由 は祀 白山 且 づ個 力 、 由は ・論理 臼 ,上の推論モれ 目 胆を問題とし ふ % 台地事實を問題としてわるのであり、 ハリ の議論 は 問題の中心を外れで

。と。・。 實 であり・彼はその﹁ だ よるこしし﹂を 攻叩 が 含まれてみ る 。 しかしながら・彼のか ュろ 議論は・推論 論を全然排斥してしまうだのであ、 ? っか 第一の議論についてみろに・それ ン 二股 乙でない場合もあり得るから・中と こ との が 乙であり得ろ 場 ムコ 笘牽誌 してわるのであ ると・ 甲 十両と こ との間にだ包括同係 こ存 甲 と こ との間に包犠閣僚が成立ず ろ ために へられるが・しかしこのそうに 條 件を想定 あらうか。まだ 彼は推 我々 は 彼の所論を検討してみよう。 ほ 乙でもあり得るが・ しかし彼自身も・ 甲 件 ︵︵・︶, 笘 ・ ミ 。一︶を 丙 とす 附せられだときに・ 限 遡及に陥ることも 考 めことを前提として ゐ 一 O

が ・第二の理由は・ む

的であり客観的である

勺 であら う 0 第二の理

まち

Ⅱであろとい

らないから・バルトリ

﹂とほ明白な 祀 面的 事

俄ゑ 祠にも傾聴すべき 鮎 Ⅰ 3S

(12)

の 議論︵ づ卸すせココ ・ プ ㏄ ゅ ︶。てのもの して、しかも推論の地盤から脱出す 珊が 相互に矛盾してゐるといふ 彼 っ て は ならぬ。﹂と彼が主張すると 合 には・﹁高人に承認されてゐない 0 。 却ち ・この場合に於ても・推論 ・我々は遭遇しだのである。 張は 、それ自身矛盾を含むもので の 不可能なるこし - を承認せざるを 得 れは ・推論の意義を矩下して、それ 対酌 槽 威を高調せんがためであった。 ざるを得なかったのと同様に・ 聖 ざ 。 0 を得なかった。役ば聖典を絶 封 ,聖典の ニ雇 反することは、だと ひ したのであろが・その基準とされろ バルト ソハリ の知識論 典経 封 祀の議論に於ても、結 に 祀聖硯し ・聖典に説かれて 睾 者の理論や世人の常識がい 聖典なるもの - は ・バルトリハ 一一 が、 實は推論の上に立って ゐ る + 。 一 とが出来なかつだのであ る ・ と 勘定 ぜ ざるを 得 ぽい。 の言は ・事實判断としては 少 き、彼 はも ぼや既に推理にた ものにはたよってはならぬ。﹂ を 否定しょうとする 哲竪 者 自 あっだ。東西古今を通じて 懐 ︵ 柊 ︶ なかっだ。 律際 問題としてぼ 、 によって正統性 娑 羅門聖典の絶

(13)

故に彼自身も・聖典そのものの記述について・

めてめたので

なくて、これ

は 聖典至上

その極意をい の事情を明かに表明してわるの

なれば、 成立 ぜ ざ ねば なり。 一 バルト ソハリ の知識論 了一

の 意味が了解

繍 して種々 疑

ナ 三も可能で

・ 億 株 @

のこ とを五調,㌔を ぬ行 。 し

Ⅰ う ・円目 d 石 リコ -. 目 @. Ⅰ・。Ⅰ・ トは ︶ づ 主 な あ あ 間 ざ

(14)

メルトリハ ツ の知識論 一一一一

自身が受けぬ ぽ ならなかつたのであるの しての 哲 竪者であったのであるの ハルトリハリの思想のか ュる 表裏ある性格を・

展 尊重を強調

堅約思索の方面 る神輿者だと縛しながら・ , ての真髄 に 於てほ・

尺 自由思想家と

ガウヘ Ⅰ

ぅけ胆 ・ 弘珊

遵奉して

、もはや

て ぬ 。 @ のの

一意義で ︵ ち ︶

従 って バ つ - 巴ハソ @ ト田 -,@ 。Ⅰ @ モ︶

ののであ 堅約思索

00 フエ 識根披 ︶

リ ヤー .1- ︵ 一 ︵ @ Ⅰ 介 奏 して ゐ

(15)

目 Ⅱ

り 0% ︵ /, Ⅰ ニ ︵ セや で・Ⅱ。弗の︶ ︵ルトリハリ ゆ 知識論 一四

い ろが・吹に

のでわろから・ 持

いかなる理由に

説くところを 聞

よう一 ・著された

ぼ 完全無 訣 であ

は 八間の論理的 思

由せご ・ ヴゴコ圧苫 -r ヒ ︵ 掛丑 Ⅰ コ 曲ヨ 笘 目口 弓ざ由 Ⅱ仁井 コ cc ヰ ジェ周 ヨヘ

を 得す。 し

ム 、 囲 。 Ⅰ。が 由 ︶ 0 &= 訳 する

(16)

のである 0

" て

れの直観も巧

ハルトリハ ツ の知識論 一五 在の我々でも 修 ・ 更

@ る

映像 絶 対硯 しだのである。 さぅ しで聖典 は ・ あると論じてゐるわけである。 彼は ・ 日 の 直覚的経験によってのみ得られる知識 てゐる。 知識 は 、他人に勤して充分説明す ム にほ非オユグ。﹂ ︵ ノ ﹁引ロ 卍ソ、コリし ・ H 。 卍 J ︶ 狂付 する詩聖 仙が 直覚的明澄に ょっ一 ﹂ 知 のヰ 二︶ ︵ @n 7 ︶ その直観内容 学生活に於て の存在するこ " め 。 ダ - 得 タ まるも り 得 だもので め らと解す フラフマン﹂ なるが故に ほ つきつめ を 記載して も,推論に とを主張し のにして・

(17)

のであって・真理

︵ Ⅰ @ ︶ -- ︶ @ | ケ ︶・ コ ㌔ @

あるとほ、正統 婆

ハル・トリハリの方

hl 一 ﹂Ⅰ ハ 州 性 つてバルト ・ハソ、廿ノ,ま 表面的には聖典を絶謝赫 聖硯

は ・聖典はも は

門 の 数雙 ・特に

封 神聖性を強調

ぼ 知らす

Ⅱ の 一山 ハ

- 、 L 、・ 一リ一 Ⅰ・・・・ 日 ・ J

万 " Ⅹ っ

々・なる

一 し -- ︵ にし @

Ⅱ つ , 巳石ソ, @@ 一 - ・Ⅰ・Ⅰ。 ば @ 一・︶ 上コ

(18)

りこっ ・ -@@ コ :・ ミ ︶ キ嚢叩 のて カ だことにたる。 口

現量

口 第一感官による知覚︵ 一, ・ ジォ ︶ 三 。 荘 :︶ 口 比丘豊口 第二推論による思考︵⋮ ,コ ﹂ 目 , , ︶ 口車七・一軸 瓢且 里田 第三ブラフマンの直観 で めるが、その中でも特に知覚が確 ぬ - 貝 ・ な

を 考へて ね たと 云 ふことができるであらう。 るべきものネしあるこ とほ言ふま咬 しも 転仏 Ⅵ L 0 バルト ソハリ の知識論 難に於て 雨 者が一致してゐる 篇 なのであ 蹄 三教・重厄 嘗 るわけである。第三も第一と ゐ だのである。 亡うしで聖典 は 第三の認識に基づいで 成 乙 るものも・バルトリハリによると、 ゴ ︶ " な -e 一つ 仁絶封慨 して ね たが、 實際 フマンを 見 んと努める ヨ ーガ行者にの に 於ては三つの認識方法 實は 絶対者ブラフマンの 一七 ものであり・推論ぼそれ ものであるといふことを み 存する。始の二が世間 立し 、又 それと一致 封鵬 同じく﹁現量 し ︵ モ ・ミ下 って、両者が元来 匡刑 さ 世の我々が検討

(19)

三 % ︶ 果 ・ 力ルヂュ一ラ ︵ 一 。︶ @n, 古コ ︶ 果 等の味は 箕を生ずるものである。現に今 味 ははれてゐる ア るに従って・井戸の水等に冷,数の差違がある。 つ @ ︶この頚は円 コ丑 か棚・ ヨみ雙 ・ 三き ︵ づせ目 ︶に 第 ざづ 何曲Ⅰ 田 ざとなってみ る 。

マラキ一は澁い果

。同様に時間の異

い 。白字・ みはコ ︶

はづ こ % Ⅰ 珪コゅジオ *-c ﹂ 自 ︵ルトリハ ヮ の知識論

︵ 上 ︶括弧内は プ ニヤラ l ヂ 十によって捕ふ。

ゴコ づ Ⅱ コ 由 っ笘宰 Ⅰ , づゴ ︵の 丑 寸切 甘 ㍉ 廿 Ⅰ

-0 と云ふ 0 ノ うオ・ ㍉ ゴ ㌧・ レ 。Ⅱ 喪 Ⅰ ︵ -0 ︶ メ ・目オ 寅よ ︶・ 円 Ⅰ q 。ト串。の い ・ハづ・ 丹つコ ︶

華 戒の註による

に 基づいてそ

ッタ なるが 故 に 0 例 へぼ幼童の状態に 於 - ミア @ ブ ダッタ の如し。﹂

状態の相違に

ラ キ l 宙 ︶ づコ, 一八 136

(20)

バ ルハルトリの知識論 一九 ︵ 04 ︶ り ・ 01 ト一・ ィは

ぴざ @ し 幅 -. 甘ミ - ㌍ - の レル

Ⅱ・ トソ Ⅰ・ -. 曲 じじ一か ひど ︵は︶㏄ ざ ︶ ,せコ 年年片心 ゴ ・︶︶ ココ ざり 日 ︶・ p. ゴざれノ ﹁ ゲ ナナトヱ 日

することとする。

︵ 市申ゼ Ⅱ ぢ ︶・ 三 び り宙 円笘 Ⅱ っ - づ,ゲト今は ︶ 待 ︶ なほノ ヨ % づ苫 ︶・ H 。左の参 昭 。

説を攻撃して ゐ

ざせ 笘 ㏄ コ コ日ざせⅠ ざ

ャス バティ

︶ 公 Ⅱ︶Ⅱ︶ 宙弔 せ ゴ ・︶ ,巴 @ ︶・ コ曲

ゐる 。 ︵ 1 0 。︶ ジ宙ノ ・ 巴 ハゼ ざ ︶ @. ︶・︶。

に 基づくものなら ぱ 、比量をなす必要なし。

旺 "

(21)

-- ⅠⅠ 1/,@ レハ ツ, @ フ ・ ロ ・ -. ⅠⅠⅠ。Ⅰ い @ Ⅰ は ・ ゴ - ・ 、 ト一 1 Ⅰ一︶ ダ ︶も﹂︶ n- Ⅰ・︵ - ︶ 三 ︵のざと呼んでみ る 。

於一 ﹂、 又絶封 掩 以下に連載丁る拙稿に於て論じてお い だ。 バルトリハ ツ の知識論 二 O l3S

(22)

節要 押入私記にぼ・筆者の管見に めとして、他に開板寺刹を異にする ︶に法案別行録の略稗の下に列記し 通園 寂 山雲典幸 開 刊の刊記を有す。・ 0 かりで無く、毎 年板 九行十九字 全ゼ る 。 | 一九四頁︶に・ 知 講の識見を窺 句を見ると,それ等の記載されてあ 掲げられた 致しない。 例へぽ ・ 宍 口をもつ 浅葉別行録 と蔽門師養 承襲 圃 との 諫係 入ったものを 畢 げると・李朝 四種の異板があるのこのムロ 計 て 置いたが・他の一種は其の ものである。斯く異板五種を 十五丁から成ろ鮎で 相 一致す 知 するだめの材料として・ 法 ると 云は れる紙数 は 、最初に て 示したものは五種刊本の丁 づ 一一

との閣僚

一 見

(23)

浅葉別行 鍾 ,藤門前みお毛ぷ山岡と %@ ㈱ 斥 敏 でめる。︶ 紙左 ︶二八丁 右 ﹂ 紙左 ︶Ⅰ七丁在口 ,十五丁 左 l 1十六丁右巴 ︶ 二 一十五丁 左じ 爾 三一十 紙左 ︶口四十下在 u 十六紙 右 ︶ 口 五十九丁右し 十ゼ紙左 ︶Ⅰ ゼ

十三丁庄七十四丁

石口 忽 滑合博士の使用されだ本書 は ・大凡 全五 っに 対して・砥糞において約十七枚を減じて たものぼ・後に述べるが如く全く版式を異に れ % 仏 ⅠⅥ。 悼 心地耐 門師費 承襲圃の後記︵二三四 |二 孝五六頁,八二頁︶。之に依ると・﹁本のもの 私記に定 菩が 註して妻児と名づ け だのであら 行を接し、 其 各の得失深浅を詳説するを内容 二五頁︶に、別行録 に法条があり浅葉 別 ぅ 。 此書は 布津宗と と篇 し ・頗る便利な 十セ ・八紙から成る ぬ る。朝鮮 祀 敦史 に する別種の刊本か 、 140

(24)

が ・著者︵宗密︶目らの 爽注と ・並びに私記 みに・高層四年観音寺開板 祀源諸詮集部序 に を蟹行とすれば、全印刷 紙 厳に若いて若干の 法 集 別行録と % 門 節蚕承襲 固 との 輔係 ︵ 知詑 の 注澤 ︶ とぽ 、一字下げて 見るが如く︵拙著朝鮮善書孝一二 減少を見る筈であるから,前記 朝 0 本文 は 夫々の行の第一字 目 ︵行頭 第二字昌 二頁以下 鮮 席数 史 ︶から書き出されてゐる から始まってゐる。 口 団 参照︶・著者自身の火 注 睦 引かれた﹁私記﹂の 原 一一一一一 閣僚上、前者の巻末に近く見出 に 依って 酪呈 完全に之を復原 す ぅ とするのが、本論文の主なる目的ある。 される怯夫 文 ︵前記岩波文庫本 二 るこ とが出来る所以を明かにしょ 知 納 め ﹁私記﹂ ︵以下 法集 別行録 節要 押入私記を月私記﹂と 集 都庁 と 相補 らぬから、 恐 の入の著であ よりも赤手 ろ 行録 は祀源諾 録 0 歩 厘滅の が法集 別行録 ふ ものがあら らく他の何人 らうか。完本 乏を補足する 詮集 と並んで 悲運を檜ぼさ られたものが 節要 押入私記 略記す。 3 に ぅ と思はれる。然し 圭峯 宗密の著述 中 かの著述であらう。何人の筆になった は 得られないしとま ふ のである。 意味で・最近 偶 、浅葉別行録 節要 押入 圭峯 宗密の編纂に係るものであったが、 れた。併し﹁節序しが残存してゐる と 中華傍心地欄門師資承襲 固 であり、 牛 であり、更に定慧の別行録私記 書 定は 註 澤を試みたものである。既に 祀 門前

(25)

法隼 別行録と % 門師糞承雙圃 との 開係 二四 十 下げて印刷され にある前記 朝 ると共に、浅葉 相 侍っ 上か,里 さって・ すその全文を下に掲げる。 此録中 、伸 本俵文字 指 修之本末・ ・ 今 妙術 澤 宗在 初昔・ 要 台観行人・ 先悟自心 ・ 任迷 佳悟・ 皆 恐鳥人間 ・ 又恐 観行 m. 今時 弘 了了, 能知 但 信心堅固、 142

(26)

生僻怠 ・下條観行・ 虚消 白日、須 央 ぬ回佳道 件 、随分観行・ 願濱佛耐誇 文に依ると、 悟解 高明にして 決揮 了然たる 所 ・ 知解宗師たる両津 % 台の本領であり、 宗密が其の師両津 祀 臼の本領を・ 飴宗 。而も私記の記者たる 知諦 にほ自ら猿目 を辮 明し・もつて 浅 より深に至る方法を 人 として 先づ自 心を悟り・ 憲知 不味な ザ の の 序文に吹 ぐ 本文と 祀門 師資承襲 圃 の 本 を 忠賢 に偉 へたものであるに 罰 して・ 前 ち 本文冒頭︵二丁 左 ︶に は、 互 ・言離 不 及、 猶可 強言・ 筆 不可及 筆 ・今木 得已 前書 之 ・ 望 照之 心 , 無滞於文芙 、塵境木室・空寂左心・ 壷知 不昧・ 、下国境 起 末夫 では 、岩波文庫本 祀門師費 承襲 圃 で は一 浅葉別行録と陣門前 費 水嚢 圃 との 滞係 九 0 頁に出て居り、之に 二五 失命・ 退堕 悪趣・ 然 後難 命爾 ・ 翼 諸達者同義澄明 之 牛ニ 苗 げて、伸べて明か との 開聯 において 題揚せ の 識見があり、法案別行 採用したるに謝して、 此 を 得た後に 、 初めて諸宗 文 とを対照することに 依 者は知 諮に 依って放ちに 尤 ︵承襲国体育︶ 難下 却 比容 寂亡 心・庭前達摩

今幸待 人身、

(27)

﹁私記﹂にあって は ・ 全セ 十五丁のうち・ の分量の内に盛られ・而も前にも云った やぅ

浅葉別行錬と

祀門師寅

水簸

との

席俸

次ぐ

達磨西来・

僻心法云々の

行を置い

幼芽云々の丈は何

%

00

頁に掲げられ、

強言之の二行が追加されてゐる。

斯く﹁私記﹂は最初に前澤の意を耕

採用してゐるが、本文の性質に翻しては・

等についても・殆ど

る所がないと云っで

0

岩波文庫本の頁である。

私記し五丁石

分別動作・一切長安・ 評日

此自

、 to

敵艦

此則 反、前列朝暮

朝暮分別

動作、一切

是眞

牛頭

宗意者

・諸法

如夢

・本邦無事

目 承襲 樹 ﹂一九八頁 口 評日 、 此臼二 Ⅶ ぎ 本曲 咄幽 ﹃ 梅拍

芯 :前前 刈 朝暮 分別動作、一切 皆妄 、 此則 朝暮分別 動作・一切皆具、奏聞 疑 英五 相祇莫 見所見如此・相違 寧 下訳 調 ・ 若存他 則夫 己 ・ 寧 OOOO 首台 同 、 牛頭実意 者 ・ 韓 諸法知事、本来無事

九丁に至る四分の一

千日し又は﹁私田 し 一一Ⅰ トノ 荷澤意者 ・諸諸法 瘤 遠来芝本意地 見よう。︵﹁承襲 圃 ﹂ の 意を解説する順序 字句やその配列 順 Ⅰ 44

(28)

三一二ー 三 一四 右| 十三丁 左 ︶ 二七 ま集別行録 と禧門 肺音承襲国との 軸係 衆生 地 ︵八丁 左| 九丁 左 ︶ 左 1千 丁右 ︶ ︵ 十丁左| 十一丁 右 ︶ 十一丁石 | 十二丁 左 ︶ 二 0 四|二 0 六 二 O 六 一一 0 六 l 一一 0 八 二 0 八|三 一二 在斯焉 ︵八丁 右| 八丁 左 ︶ 二 0 ニ ー 二 0 四 丁左 ︶ 二丁ナ % ︶ 右| 三丁 左 ︶ 二丁 左| 五丁 右 ︶ 五丁 左 ︶ ︵五丁 左| 六丁石︶ 一九 01 一九二 二 001 二 0 二 一九二 @ 一九四 一九四 | 一九八 一九八 二 OO

れば ・次の如き 開係 になってゐる ゥ ﹁承襲 固 ﹂ 田し﹂ ョ百 ﹁私

(29)

一一

- 、

/

法集

別行

L,

楠門師致承稜岡

との

辮係

ヰ生

共用

・︵十三丁

一一一四

一一一山

十四丁

一義︵十円

丁左|

十五丁

一六ー

一八

筒押倒

正也︵十五丁

左|

一八

|二

二二

十六丁

之震佛

︵十七丁

左|

十九

二二︵大部分供先︶

下若︶

移し

0

頁に至る

流に

識見に照

見るに

のではないだらつか。

から・

之 乏一 復 至 し て っ 都 賀 た っ て 明 た 分 間 鮎 た 分 が の に に を 146

(30)

悟獅修 ・ 損 於悪断 、 甑 面無断・ 於善修 ・修市無 惨 、 窟眞修甑芙 獄脱棚乎 を 有配合、 椴之用 ・熱水 屯 ・障塞志気 生 ・生長道 芽 、 済時 ・ 本 知嚢 W. 如風 頓丘・

之貸佛口 二九 浅葉別行録 と祀 門前 黄 承襲 固 との 蔀係 八十八字と 云 ふことになって わ ろが、﹁私記﹂ る 。即ち次の如し。 今輔石肺 賛 博捜、 却須簡坤倒 正也 二 二二頁参照︶で に掠れ ば 十九字詰 と 少しく 異 つて ゐ

(31)

叩かにしだ用意の程が窺はれる。 に 至る五十 セ 識量をもつて 自 じて下文に説かれ 之 ・見知 祀 一眠絶無害 宗酢 云々 ヒ、 二 00 頁の第六 斯 ・未詳密 浅葉別行録と % 門師 賛歌 穏岡 との 輔係 き ・ 普利 群生に 梗 いて・ 唄 慈善皆是 佛性 云々 の 句が見えてゐるが・ 則 弘光頓悟・ 依悟而修 の 数行 は ・﹁私記﹂の六丁右に・ 阿利 者 ⋮⋮佳悟 而修 とそのま ュ 出て居り、之に吹いで、 ぬ是則凡 傍心火・ 唯 政信 於

@ 澤、 f 、 不敗唐船 鈴 宗 弘芙 ・ 然 観兵 三 O l4s>

(32)

浅葉別行録と % 門前 費 承襲国との 麗係 の 宗密・特に華 厳 貞元暁の 著 頗る詳細に論じてゐる。澄観 朗の四字に之を要約するを 得 猶 透水月華 虚 市司見、無 中にほ・澄観の禧 観 が相 営に あり︵﹁ 整記 ﹂四十一丁石Ⅰ 三 にほ 漸修 漸悟・四にば頓悟 頓修が 之である。 然るに・ 佛乗に 合し・同旨 に 澄観は貞元暁において此の頓悟 漸 修を主張し、 頓悟 頓 修の如きも。 亦 これ 多 虚朗 、 圭 峯の頓悟 河修 を打 て ・彼の本領を宣揚せんだ め 峯 に法案別行録の著作があっ との明かにされ だ 意味にお い 者だる清涼 心要鐘 澄観の衣鉢を侍へ の 立場 は ・前に引用しだ 一 ・私記﹂の べく・﹁私記﹂三十一丁左にも・ 心鑑像壁冊 宮室 芙 豊富な資料を通じて説かれで ね たの 一にほ 漸修 頓悟・一正 は頓修 漸悟・ 達 はざるものは實に頓悟 漸修 であり・ く ﹂・ お膠を 生する所以を説く。 って一丸としだものが・ 知調 の本領 に 製作﹄ c れた著述であると 云 ふこと にこと、 綾 蔵経に収録されに中華 偉

(33)

て な が に 猶 崇 め て の へ だ る 畑 道 慣 派 の 成 案 ・ さ

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歴史的性格

道元の宗教の接史的性格

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(34)

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コし㌍ヲ三 - 口 左 @ ス ム に一度 一 山刀・ 尽、て となかれ。 コ コレラ﹁︶ ゥ - 胡コ ・ コ とを示して ゐ 法 像法行者 得 必 百五︶と ね修た行 修 北宗 耶 。 軽 ︶と % ベム に 一一一一一一 顛落を通じでの人間の本質的危機の洞察 て 致 成立の不可訣の地盤であったことは前の らぬ別世界の出来事であった。浄土系統の ぬ るのであるが・道元 か

トフ テ ィハク、 二名相 プコトト セル

ナ ホ大乗 實教 二八 軍偉ノ 正法二八、入 法 出身オ ナ ジク自家 ノ 眠蔵 誹 研道話︶﹁世は末世な D. 人 ほ下劣な 、他生に開悟和睦

すべしと。 今

ま云ふ

此 両者の立場をま づ 第一 ふ 時代的 國 屈曲 揖験と 論文に於で詳述した通 人 ホ ぼこの 籠験 を主と コ ソ行ハ 末代悪世二モ 正像末法 ヲヮクコ トナ 財珍ヲ 受用スルナリ。 り ・如法の修行にぼた の言は 全く非なり。 佛

(35)

道元の宗教の歴史的性格 - 全然成立 0 目 俺 ③ 拒 虎文 。 答日 去ふ柴西 れより・光り のことなか の念佛崇め あるが・ こ 想 と親鸞の 来よう。 も聯開し 儀の意味を 特殊行儀を シニョ ル 。 へ 構外 翅サ Ⅱ 1 夫 ナリ 0% /@ 弘化 Ⅱ , つ

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(36)

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(37)

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全く彼の仰ぐ とに圭三管の 因 とする 封象 と であ っ だのに けるぼ ・日蓮 が如 ﹂︵一谷 この出家主義 おつだ。﹁ 若 ⋮⋮ 篤普磁於 民衆への救済 のひと

Ⅱの 趺凡 同じ︶の 於ける庶民的 った が・ 繭者 何よりもその 154

(38)

と 仰ぐ俳祖 軍毎

用心 葉 第五︶﹁ コ

ズし ︵正法眼 蔵

ぼ ﹁ 伸丹 一勧 巳

土之 知識﹂︵ 同第

至聖徳望﹂﹁のめ

もがら﹂を﹁ 菩 祀 教の外に何を求 へぼすでに 値ね ﹂

あ べし﹂︵開目 世念 僻者無間地獄

いのに驚かざるを 得な W" 。︵ L 一︶

ある以上・ こ

支 せられること、に

ズ 。 連 地心 國 カナ 道元 こ宗 敦の歴史的性格 三七

(39)

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今者・沸沸 祀祀 を ﹁大来 観 ﹂ ょ ,芙し ﹁イマ洗面 木已経 二十年央。

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表明してゐる。 晩霞 的 要請に基 入ブ イ ブヤ 0 シ

ネバ 、タ Ⅰ 価 沖家 直に告白して ゐ ひ 機を省み、 乙 ここに 現 ぼれて Ⅰ jf Ⅰ

(40)

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准 もの L, 万 の 佛 数に就いて くその成立事情の 碍の至境を誇得し

ヰ伯廿円背且 示の下で

るの方向に登 展

ぼ ﹁世務 ノ佛法

界 では在家下放 救ひ 難き矛盾がこ

な いの在来常時

批難五個 遮耶 ﹂

を見ぇすにあら

するの方向に運

しまうたのであ 道元の宗教の歴史的性格 三九

(41)

ならぬ・と考へら Ⅰ 5S

として・かへ っ

漣元ね 余数 牡 歴史的性格 四 O

田だ相 だれ 豆タ Ⅱ けで か 殆

慶記 所引如濤 の 言葉、下は迫 元 の 丈 ︶

蓮 ︵次節折 引 ︶参照。

信 因果・参照。

多照。

洗浄参照。 ﹁ 須居 深山幽谷 目 云々 條 ⋮・・・大卒撰録 巷四 参照。

参照。 ﹁ 砥管 押型 而已二 ⋮⋮ 睡聞記 ︵ ホ ・ 締 所司︶参照。

数曲自然 襯 の 展 開一第十五節に詳述して置いた。

(42)

化 ・特に世俗的 勢

も 語法の 徒め充

り力 となつだと 同

仁 のである 0 ﹁ ト

リ 。フカク 有震

二佛法プ謂得セ

0 タトヒ 正直 ノ

︵正法眼 蔵辮道

、モト メテ帝者

っ だとすれば・

・末法 悪時ヵク

を堅 げてゐる 鮎 に 限られ、法然 法の意義と 凡 同様

さら 佛 法への 無 而修佛法 、不可篇 四一 道元の宗教の歴史的性格

(43)

適 元の宗教の歴史的性格 四二 得謂験而修佛法 。 但窟佛 法面 修佛 法力長道世 ニ 張 、従って﹁ タ プカ ヘリミル コ イソチモプジマ 聞記 第五︶ と佛 勿弘而 ハし ト こと・ ナ - ,ッラ 二官途世路 ・イマタノム ト 名利。右腕 脾竪 員ト親厚 ナラズ﹂ 比丘尼マタ答拝 大臣 ノ 輔佐シギ

院 に勤し﹁ 寮中 勘事﹂﹁常幸 佳

耗坤 知事 清盟 ︶ ニホ ムルト,コは ︵正法眼 蔵佛道 ︶ エ 6O

(44)

のことが出来よう。 的純梓性に 於て 四三 道元の宗教の歴史的性格

宗教・はその成立 て一遍にても 念佛ま ふしたろことい い づれも / Ⅰこの順次生に佛にな クハ 、恩愛 ファ ハレム ベシ 。恩愛 Ⅰ捨てて 佛道 に八けたら ぼ ・老母は あらざらんや。尤も睡 劫 多生にも 捨 者の道理なり。なんぞ 佛意 にかな ほ まださ り てた ヲアハ 設ひ 餓 て 難き ざら ,ん ふらほす 。その めへ は すけ さふもう べきなり﹂ レム トイブハ 、恩愛 プ 死 Ⅰとも・一子を放る 恩愛なれども・今生人 や﹂︵ 随 問話第三︶ と 主義と抜を一に 菩薩戒脛を引いて﹁出家人法, ナニ迫徳拉に 政 の道として 沌鸞の 封 にとった両者が 仏 はり か札は 生体Ⅰ つね 。

5 円Ⅰの 沈備 に 故 へに 偕は 一切世俗に モ むけ ろ だり - ﹂ ︵ 随 聞説 巷 二︶と表

(45)

道元の宗教の歴史的性格 四四

五。 勺 へ ハ﹁一代聖教 。、

第十一Ⅰ金剛

ぎ 末法の秘法 左 -

紙管材生面 己 ﹂

月ニ

それは・専修 祀 ぼ ﹁イマ俳祖正法 佛 法位﹂︵ 實 慶記︶ ﹁摘花光明下盤 飴

道元も亦 一 メル ベシ ・隣家二八教 ノ殊劣ヲ封弘門 スル コトナク、

ヘシ ﹂︵正法眼 蔵 者プモテソノ 導師

﹁ 蛍 アウ チニテ ・

なりとも・それ

である,﹁ 況 や教

しだ専修 坐滞 の 態 問て云く ,語録、 ゲ -

(46)

をやめて、一向に打坐して大事を明ら 経験に 渡 するものであり,何よりも 師 徒 0 行業を見て深く感動し、これより を 忘れてならたい。﹁ 溥へ 聞く・ 故高 に俺菩口師 あ れ - て歴 て密宗の法門を問 け れ ざり けあ なり。 是 、つこ。 ダ ・ よ迫 心の手本 とも・ 皆 忘れだらんば好事なり。 況や 見るべからず。其の飴 は 是を以て知る 専修 念 佛の換骨奪胎であったのと類似 が 出来・

ろつ

ま D 道元の専 と 深い 堅 史的 聯杓 を右つことが確認さ することが出来 ら 。 道 の 思 想 ・ との野合を否定ず・ることは

は げて﹁地蔵 十輪輻竺茜 ・真正 蹄依 遠離 乗 不穏 飴天 已上﹂等の謂 文 を引 臣 、・ 又 を えらび古拙祭祀をこのむものなり。 道元の宗教の歴史的性格 云ふ 迄もなからり。親鸞が 一切妄執吉凶・ 終 小婦佳那 ﹁輿望とい丹ぬ・聖道外道 これは外道た D 、これら ほ 四五 め 得たり﹂︵同第二︶ ム ・

ぬ 浮の教訓に負ふこと大な 示唆せられてかしる態度を 野 の室岡 禰陀 佛は本は熱 密 るに ・彼の人答へて 云く、 となるべけれ。:::今の堅 今ま 軍すること 努 々あるべ べしし︵同︶と天 ふ 彼の直 しだ 開係が 道元の場合にも 一打 坐 の厳格なる宗風も實 柁 わけで・道元の思想に

(47)

實宇 以後近世 末 はらす・ よ くそ ル項 門ヲ ・イマ 経木兎 館 佳典 簸

祭祀っとめとす・ 一 ヌ、 ノ ン べ 」 接 としで わ ろ。本地垂泣詮の否定も同じ 根描 水平手衆寮蔑視︶ 事浦棚 ︶などの 唱法華 趣 白砂・ の眼に佛を見 は ノト モガラ・ 外 五通一八通ョ リモ 一致・の否定や﹁ 勿 儀 をもととして、天地の鬼神を貧 敵 す﹂ りが ・これと挨を同じ 道元の宗教 め 歴史的性格 四 ムハ

儀は佛法 のすがだにで・内心外道を婦 敬 せ り ﹂

佛致 ・の 威

(48)

行業の 願にあ るに 至 井井・ な 叫んで 自己 ノ

﹂ 禰陀のホ

日誌 か L しめ

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小ガハズ。

道元の宗教の歴史的性格 四七 せられ・親鸞が 認知せられるであ 猶 専修の要請が よい。 抑 、聖徳太 そほ 軍に 佛 通弘通 す ︶の∼示教的﹁ 行 ﹂ ふことを ユニだけ 日 で と の 子 造 ら の 大年を埋める事業 ト ・云ってゐる程であって・ ル 師保件を整備するにとどまるも 0 ではたく・ 同時に共功徳によって 佛力の 加被を請ぽんと ﹂が 菩佛教わ 内容の大年 を充 Ⅰして ぬ たと 云 よ く 窺 ぼれるであらう。かくて民衆的信仰の - フ

も 不道元に新 佛教 的地位を興へる一例として 思想 は ・ そ の 宗 ぎ ぼこ㊤鮪に於て す ・ る 時最も鮮に

(49)

道元の宗弘 せ じ歴史的性格 強行持︶ と 木 イトナ マ 睦 一ナ @ ヱ % ぃ窩 し 六大・ 陸佛 礼山へう レ て目 皿旧 に 述べに 如 して看過し の 極端 乙 示祀 0 固帥 迫られろの に ので、 -- める ほ邪 崖 ・ ぎ示 みでお り・ に 親鸞の布 四八

ぬ 得道 に

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(50)

てましま﹂ す こ にありて は 五常 如 はしきりに﹁ 通途の儀に 順 ﹂ に過ぎす、宗祀 られる虔であら 道元の とを ︵三帖日文明 七セ 十五対書状︶ 夫 、説き・

不思議をたもつべき﹂ことを教へ︵故郷 紗 ︶・ 蓮

宗教の歴史的性格 四九 ハ % 迦禰陀 薬師 禰勒 観音勢至⋮⋮等ナリ﹂ 、 地は佛 菩薩の愛 化 に と 俗諦に 罰 する真諦の 優 は諸 楠本懐集を著して 一 圃的繁 柴の成功であつ入し 加 も ら ら 大 元 へ ま れ ひ 切 仁 ・ し よ に な 元 未 て ぅ て こ 年 願 優 。 さ と と 手 先 然 ふ ほ し 教 す

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(51)

が ・同じく鎌倉 佛 敦と 云 ぼれる 中 だ ・貧しいながら何程 か 明にし得 た な併 ぜる時には・所謂鎌倉新 佛教 な の 。要するに、鎌倉新 佛 敵中 食 俳家 蓮の如き 哲佛 教の系統を引くものが 次の論文に詳しく 考謂 する通りで め だ。 0 新 佛致 山色彩モ加へだ一 の 有力 て念佛 宗を母胎として展開しだも の 蓮宗祀崇尊 を 平等に並列する ビと は 佛教は 法然の浄土宗唯一つでわり・ でも・親鸞の宗教と道元のそ か井壷心ふ 。更に

之坂の

﹁ 日 のものの性質に封ずる私見の の 地位こそ他の何れの宗派 よ 新 佛教的 信仰形態 そ採程 する り ・道元の如き 堅 史的傍続 と な 因子 亦 これが影響に出づる と元ふも決して過言ではない 、それ等の歴史的性格 モ 止し 他は ぞの亜流にあらすんぼ 傍 ある。

雑誌第四十七編︶。

・ たとひ 文献に

逆 元の宗教の歴史的性格 五八・・ -

(52)

道元の宗教の歴史的性格 五一 流

研究﹂︵歴史 里 -

が今猫弩表 に至

ない。この 鮎誼 者の御諒承を願 ふ 次第である。

(53)

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(54)

それ 卸, 0% 別と統一とほどのそうにあるので 他と棄 らす・しかも一貫の連開に立つと ばど 間に 於て、現在的なろもの 却ち 、永遠性が時間 将来的・ 乙ろ 、 ・ " ・ のと過去的なるものとが・その の 閣僚 に 於てある。そしてそのそうな瞬間が へと進むといふのが・統一と 匡 別とに 於、て一 そこで 先づ 永遠なる。 " のとの 開係に 於ける 来的 - 、 るものや過去的なるもののあり方の匝 ないから、それ自身は過去も綬 禾 ももた低い 去 的なるものや 脂 木竹たるものに於ける・ 永 まだ 豫恕 して三つの時間にとっての永遠なる 成すべき 素 ちぎる統一を見るためにほ、それ ぽ ならない。 先づ 現在的な時間であるが・見て 禾だやぅ 時間 コ 中におかれろ 箇虎は、 常に現前的なこ 永遠なろ時間として現成するには 腓誇 法的 た 廣 在荷 里に 於ける時間性の問題 の 現在的なるものが 現在的なる瞬間 却ち 操作を要するのであって直接的にで は ないⅡ 五一一一 て れぞれ決定せられ・

前の 、この今の瞬 0 具現の帯電 展に 於て・ り 。 謂 ゆる﹁反復﹂ の方向をとって前方 つっ を見ると 乙 ろの・ 将 ばるものは時間でほ とによってのみ、 過 。その ア - とか五刑 提し ・ ない。瞬間に於て 現 かにしておかだけれ

(55)

ぃ 。それほ現質 一スに 於て・ 右 生成の場面に 於 のであの︵ イ 。 な 。 篆グ ︶。 もっともそれだけのかぎりでぼ永遠なる - で無限であ D 杢

た 永遠なるもの 能 性のうちの

領域として・ 過

時間的網縄

全く

相敵

じる

のが

ニ曲・戻る

不愛的に立つて

寅存哲睾 一に 於 げろ 辞 ,向性 -- 刑題 五四 ェ せられない。 確立ぜられろ 具推 的なめり 方は 攻に 叙 べろが、 のあり・万に於ても のが、しかも時間 ぽ い ,か ︵ ノ、 。 工 ・ ォ -@ ︶。

(56)

五 のが、その統一

問と燭 れあ ふ 。

在するとは時間 五五 實存哲畢に 於ける時間性の問題 更 らに過去的な時間とば・永遠なるもの ものは現在的なるものや将来的なるものに るといふことを 了 へたものである。永遠な はあっても・歴史的な生成む状態として 存 る 時間的なあり方である。 却ち 過去的なる るのである。 瞬間に於て・永遠ならものが時間に 縄れ な 時間の直 別 が置かれるといふ 、 。 ケ - の匡別 於て三つの時間はそれぞれの中に自己を決 る 。 のそうな将来的なるものが統一的 た 時間性 れ ・将来的及び過去的 ときに・かかる 匝 別に 統一に置かれるので あ に 於て確立せられて来 との 闘係に 於て如何な 勤して・最も時間的な るものが瞬間に於て 時 在する。その存在する ものは・永遠なるもの る 。そして るあり方に ものである 間 と開 係す といふあり が 存在する その 箇盧 於てある 。過ぎ ゆ るとき・ 方ぼ 、永 とき・ そ ほさきの瞬間であろ。 のであらうか。過去的なる く 縄績 として 現黄 に存在す 祁速 なるものほ・束の間で 遠なるものの・ 鮫間に放 け の存在のあり方に於て 通 j レ

(57)

節行 哲挙に 於ける時間性の問題 正士 ハ

古に於てめる

︶が・現前 す 今の瞬間に於て、 現實に 存在することであり・

が ・ 現笘 の 今

依 る 寸 りので 七 りる

現 運に存在す

て 瞬間が現質

去 的なるもの

今の瞬間に 於

かかる時間性は

二 % :イゲ 挨 。 73 。

去 的なるもの

﹂てこのやう・ な,

於て・現在的

一 L 於て・現前

Ⅰ・Ⅰ。Ⅰ円目。 だ - つ一, 一 ・︶ 0

質的なるもの そ の な 反 と 印 永 て が に る か の る 0 の

(58)

實 在昔 畢に 於ける時間性の問題 五モ

た時間の綬 練申 かる 匝 別と統一とに於てあるところの過去的・

開係 に立つであ その 箇虔に 現在 0 。瞬間はまた 時

。 ナ きろが、 か

源 的な統一が得

も解

澤 せ オ L で あ あ た

払 お 私 的 キ す 。 げ 信 」 あ 絹 昆

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寺西 ボ辛 味 永 復 。 乙 リ

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史 白勺 生 成 の 愛

(59)

性 の 肥念 をあも は すものば・ キヱルケゴ一ル によれ

間に 於ける 永

ので、 f りるつ ・。 ヱ ・㏄ コ 。

描かれ る,し

去 ではな

がきぅ ・である。

で八通なるも

な い のである。 瞬門 の 稿迫に 於て

芳生

は 永遠なるも

・現前の瞬間

徒二 ・﹂

なるものと ヵ

在 的なるもの 五八 實存哲堅 にかけ ろ時岡 性の問題 と 進む無限の楢 瞬間の現成毎に 、 Ⅰ ワド @ o Ⅰ 76

(60)

時間の草なる 柊

、今の場面は上 的なるものに於てⅠ現在的なるものになり、

ゐ ・ 0 ︵一︶ ヱ - 一︶・ ェ ・ ノ ﹁。 係に 於て、それ 束 的なるものに 間 の 機練 のまま ある。瞬間に 於 ぼ復 ﹂せられる のものが、︵過去

ありつつ、瞬間

間に 於ける・ 時

末 的なるものと、

にこ一に歴史的

ことについては 更 らに別にふれよ う 。 五九 雙存哲畢に 於ける時間性の問題

(61)

をとり出して、

間性の統一的 存在論的主張である。

っがど ナ妻 こ 逆流的 在 的なるもの﹂に於て統一せられるので に 於ける 憂 化の箇 虞 としての﹁瞬間﹂に な あ 間 別 化 の 時

り の の ほ 栂 従 系 實 お お に 方 キ 列 拝 か か 主 同 ェ ;、 の れ れ 意 と ル ら 存 て て 的 別 グ 腱 在 た な で で ゴ し 構 る る あ は ] ら 造 に の り な ソ レ フ

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統一の方 問は自然的時間 そうな時間的受 自然的な時間系 が向ほ通俗的 時 勤して、存在の 時間性 は 通俗的 ある。即ち運動 っ の時間が﹁現 用 に 於て・ 謂ゆ 寅存哲堅に 於ける時間性の問題 六 O i7S

(62)

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の 存在の意味 であ @ の︵ 、チ ・ ヂ @ ︶・。 ヱ ・正ぷ , でめ る︵

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- 狂るところの 實存 首星 に於 ぼる時間性の問題 エ、一ノ 暗 か り 存

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(63)

寅 在昔 雙に 於ける時間性 め 例題 山 、一一,

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Ⅰ︶ ムヒ い、 か

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@ ・か つニ が出来 即ち 音 て、こ 根源的 於て 自 可能性 ﹂の本 である。 勝義の 到来で もこの げ出 ﹄ム - である 0

(64)

在った・ 一 そうに・ て 現存・ 在はぉ, " 一 。 の 。

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