卒業生の近況報告 卒業してからを振り返って
著者 八賀 貴子
雑誌名 東京家政大学附属臨床相談センター紀要
巻 15
ページ 111‑113
発行年 2015‑03
出版者 東京家政大学附属臨床相談センター
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010097/
東京家政大学附属 臨床相談センター紀要 第 15 集
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早いもので、私が大学院を卒業して、もう7 年になります。
私が東京家政大学で学んだのは、学部での2 年間も含めると、2003年~2007年です。40代 で再び勉強しようと飛び込み、今はアラフォー を通り越してしまいました。本当に私のような ただのおばさんがよくやってこられたと、改め て多くの方に助けて頂いたこと、ご指導を頂い たことに感謝しています。
現在は、クリニック傘下のカウンセリングセ ンターでカウンセラーとして、また、ある特別 区で職員のメンタルヘルスに関わる仕事をして います。この7年、仕事をさせて頂いたフィー ルドを思うと、実に様々だったと実感します。
保健所での健診で乳幼児の子どもたち、病院の インテーカーとして外来や入院患者の方と、
SCとして小学生と、また企業の中でメンタル
面から社員を支援する従業員支援プログラムに 参加して、会社に勤務する方と、東京ウィメン ズプラザでDV
の被害者、加害者の方等、本当 に多くの方々から、貴重なお話を伺うことがで きました。このような経験に、否、多くのクラ イエントの方々に育てて頂いたと思っていま す。大学院を卒業する際に、近喰先生から頂い た、「貴方ね、若くないんだから、仕事を選ば ないで、どんな場も貴重な勉強の場と思ってやりなさい」という言葉を意識してやってきた7 年だったと思います。
振り返ると、仕事を始めたころは、正直、ク ライエントさんの話されることにうろたえ、圧 倒されることが多い毎日でした。それまでは、
どこかで、自分のそれまでの経験と年齢で多少 のことは、乗り切れると過信していたのだと思 います。現実は、もっとリアルで、それぞれの 方の話は、ひとつひとつが大切なその方の人生 なのだと思い知らされました。
この7年間、それまでの自分の歩いてきた道 と違う道を垣間見たおかげで、私は、自分でも 気づかなかった自分に直面できたような気がし ます。
心理学を学ぶ以前の私は、自分のまわりの世 界に対して、だいたい予測可能だと思っていま した。誰がどういうことを言うのか、どんな行 動をとるのか、今どんな行動をとれば安全か、
このままいけば、今後自分はどうなるのかなど は、ちょっとした誤差はあるものの、おおよそ 想像ができました。
ですから、危険をたくみに避けることもでき たし、いざ危険に直面しても、その危険を最小 限にする方法はマスターしてきたつもりでし た。それが、亀の甲より年の功なのだと思って いました。危険といっても、私が関わっていた 世界は、結婚するまでの10年の企業の中の女 子職員としての世界、子育てしていた頃のママ
卒業してからを振り返って
八賀 貴子
卒業生の近況報告
かわせみ心療クリニック
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卒業してからを振り返って
友との世界、姑と小姑との渡る世間の世界、そ して介護の世界くらいです。どの世界も階層構 造というか上下関係がはっきりしていますか ら、強い力(?)を持つ人の言動に気をつけてい れば良いわけです。キーパーソンの発言に注意 深く耳を傾け、空気を読んで自分の方向を決め ればよいわけです。たまに、それぞれの世界で 自分の見解を主張したことがありますが、それ も、しっかりその場の空気の流れを掌握した上 で、片足を自分の安全な場所に確保した上での ことでした。自分をアピールしても、その時に 少しでも危険を察知したら一目散に元の安全な 場所に引っ込むような感じでした。
自分の見解を主張するといっても、それは、
相手の立場や状況、気持ちを相手の側から理解 するというよりも、自分の、自分たちのその場 の感情を優先させるというものだったように思 います。これは、政党の所信表明のようで、問 題の解決や、相手とわかり合うということから は程遠いものでした。
また、安全な場所に片足を入れて、何かあっ たら逃げ込むという言動は、自分自身の本当の 顔を、外には、見せていないのでした。守られ ているということは、周囲は、その鎧を見てい て、私自身は見えていないのでした。さらに、
その状態に慣れ過ぎて、実際は自分はどんな顔 をしているのか、何をどのように感じ、考えて いるのかわからなくなることがありました。
大学院で学び始め、実習などでクライエント さんと接する中で、私のこの鉄板だと思ってい た防衛機制が全く役に立たなくなってしまいま した。
クライエントさんの話に、自分のそれまでの 経験から、「うんうん、…だよねぇー、そうい うことってあるよねー、」とこころの中でうなず きながら軽く聞いていると、手痛いパンチを受
けることがありました。そして、このパンチ は、いつ、どこから飛んでくるのかわかりませ んでした。伺う話は、どこかで聞いたことが あっても、そういうことが私にもあったと感じ られたとしても、当然のことながら、それはど れもその方固有のもので、予測可能などと軽く 聞けるものなどひとつもないのでした。さら に、私の経験の範囲を超える現実に圧倒される ことも多く、年の功など役に立たない、むし ろ、それが邪魔をすることも実感しました。こ のような中で、今度は、相手の側に立ち過ぎ て、共揺れしてしまいそうなこともありまし た。
それまでの私の経験とは、何だろう、私が感 じてきたこと、主張してきたことは、何だった のだろうかと考え込みました。クライエントさ んとお会いするようになってからの数年は、こ の自問自答に明け暮れていました。先にも述べ たように、それまでの私は、自分を守ることが 主で、相手を真に理解しているとは、言い難 かった、その場その場で安全なポジションを確 認しながらだったと思い知らされました。心理 職として社会に出てからは、遅ればせながら、
目の前にいる方がどのような景色をどう見てい るか、何を思い、感じているかをその人の目で 見よう、感じようとする、そして、その方との 距離の取り方を学ぶ修行でした。どのような内 容でも、気持ちでも、否定的にならず、まず は、受けとめるということは、私には、難しい ことでした。
カウンセラーとしてクライエントさんのお話 を聴くことは、その方が何を求めているかをで きるだけ迅速に知ることだと思います。それに は、互いの信頼関係は、不可欠で、上手く否定 的な私を消しても、「私が、私が」を隠してもど こかで感じとられ、それを築くことができない
八賀 貴子
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ことがありました。偽共感、偽受容などすぐ見 破られしまい、「カウンセラーを代えて欲しい」
と言われたこともありました。満足して帰られ たのに、突然、来られなくなったり、面談を継 続していくことの難しさを痛感させられまし た。私自身が否定されているように感じて落ち 込むこともありました。クライエントさんにお もねることが無いのは、当たり前ですが、寄り 添うことが、どういうことかを考える毎日でし た。その方が、求めているものを獲得するお手 伝いをするには、まず、私を受け入れてもらえ なくてはなりません。その上での技法であり、
療法なのでした。
それは、今でも続いていますが、その中で私 は、本当の自分の気持ちに接することができま した。自分が、どのようなことに否定的な感じ を持つのか、どのような人を受け入れ難いと思 うのかを知りました。今まで気づかなかった、
気づかないふりをしていたことに直面せざるを 得なくなりました。
それは、中々、しんどいことでしたが、この 道で生きていくという覚悟も持つことができた ように思います。関わらせて頂いたクライエン トさんによって自分を知り、自分の限界を教え て頂いたと思います。言い換えれば、その方々 にカウンセラーとして育てて頂いたのです。
まだまだ、道半ば、修行の日々ですが、その ことを忘れずにこれからも目の前のクライエン トさんの話に、誠実に懸命に向き合っていきた いと思っています。