九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
スリランカ人日本語学習者に対する感謝表現の指導 法開発に向けた基礎研究
ディヌーシャ, ランブクピティヤ ティランガニー
http://hdl.handle.net/2324/1500472
出版情報:九州大学, 2014, 博士(比較社会文化), 課程博士 バージョン:
権利関係:やむを得ない事由により本文ファイル非公開 (3)
氏 名 S.M.D.T.ランブクピティヤ
論 文 名 スリランカ人日本語学習者に対する感謝表現の指導法開発に向けた 基礎研究
論文調査委員 主 査 九州大学 教 授 松永 典子 副 査 九州大学 教 授 松村 瑞子 副 査 九州大学 准教授 志水 俊広 副 査 九州大学 准教授 李 相穆 副 査 東洋大学 教 授 三宅 和子
論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨
本研究は、日本語母語話者(以下、JNS)とスリランカ人シンハラ語母語話者(以下、SNS)、
そしてスリランカ人日本語学習者(以下、SJFL)の感謝を表す場面(以下、感謝場面)についての 理解及び感謝表現の特徴と、スリランカの日本語教育現場(以下、スリランカ)で行われている感 謝表現指導の実態を明らかにした上で、SJFLに必要な感謝表現の指導方法を提案するものである。
「感謝」は普遍的な要素であるが、話し手の言語・文化によって、どんな時に、どのように表現 するかが異なり(三宅1994)、JNSと非母語話者間のコミュニケーションに摩擦を起こす原因にな る(秦2002)。一方、「外国人が日本に降り立ったとき真っ先に覚えなければならない基本的語句(三 宅1993)」として感謝表現の重要性も強調されているが、SNSの感謝場面や表現は未だ研究対象に なっておらず、その特徴も究明できていない。また、JNSの感謝表現に関して、韓国語母語話者や 中国語母語話者等との対照研究は既になされている(秦2002、安2005)が、SNSとの対照研究は なされていないため、感謝場面でJNSとSNSのコミュニケーションに誤解が起きる具体的な原因 は明確にされていない。
感謝表現は、学習者にとって習得が困難である(中村2006)という認識から、学習の早い段階で 指導されてはいる(西2006)が、学習課題としてどう指導すべきかを具体的に提案する研究はなさ れていない。スリランカにおいても感謝表現の指導実態、教科書における感謝表現の扱い方、SJFL の感謝場面及び感謝表現の特徴等は明らかにされていない。
そこで、本研究では、スリランカにおける感謝表現指導の実態を調べた結果、感謝場面や表現に ついて十分な指導が行われておらず、文法訳読法中心の指導が行われていること、SJFL の感謝場 面についての理解及び感謝表現の使用は、日本語にもシンハラ語にもない中間言語語用論的なもの になっていることを指摘している。また、JNS とSNS の感謝場面及び感謝表現の特徴を調べた結 果、両話者の感謝場面についての理解に、感謝の受け手と送り手の人間関係、場、感謝に値する行 動の当然性等の要素が影響を与えていることを明らかにしている。具体的には、SNSは親しい間柄 では感謝を表出すると、互いの関係に距離を感じ、相手の行為の良さが減少するという想いから、
感謝の表出を控えたり日本語における「ありがとう」「すみません」に対応するような決まりきった 定型表現を使わずに感謝を表わしたりするのに対し、JNSは相手との関係を良好に保つ目的で、頻 繁に定型表現で感謝を表すことを明確にしている。また、感謝を表出する多くの場合、JNSは相手 の負担、SNS は相手から得た利益に着目して感謝表現を選ぶこと、SNS は仏教の教えである「功 徳」に言及するというストラテジーを使うことを示している。
以上を踏まえ、JNS と SNS の間に横たわる、こうした感謝場面の理解や感謝表現の選択におけ
る差異をSJFLが体得するには、人間関係、場等の語用論的な内容を強調できる視聴覚教材の活用 が有効であることを提起している。さらに、視聴覚教材を活用した感謝表現の習得も含め、SJFL の四技能における総合的能力の育成を目指すには、教師主導による文法訳読法中心の指導ではなく、
学習者が主体となって、聞く・話す・書く・発表する等の活動に取り組む活動型の授業を本研究で は提案している。
本研究の構成は次のとおりである。第1章序論では、研究の背景と意義を述べ、第2章では、感 謝場面や表現に関わる先行研究を概観し、問題点を提起した上で本研究の目的と課題を示している。
第3章では、SJFLとSNS日本語教師を対象にアンケート調査を行い、スリランカで行われている 感謝表現指導の実態、第4章では、スリランカで開発・使用されている日本語教科書における感謝 場面と表現を、日本で出版された教科書と比較分析し、さらにJNSによる評価を併せてスリランカ の教科書における問題点を探っている。第5章では、JNSとSNS の感謝場面についての理解と、
感謝表現の選択に見られる傾向を明らかにするインタビュー調査、第6章では、JNS とSNSの感 謝場面についての理解と感謝表現の特徴をさらに把握する目的で行ったロールプレイ調査及びフォ ローアップインタビューを取り上げ、その結果と考察を述べている。第7章では、SJFL の感謝場 面と感謝表現の特徴を明らかにしている。第8章では、第7章までに得られた知見に基づき、SJFL に必要な感謝表現の指導内容及び指導方法を提案している。最後に、第9章では、本研究のまとめ と今後の課題を示している。
本研究は以上のように、SNSの感謝場面の理解や感謝表現の特徴について多角的な視点からアプ ローチし、説得力ある形でシンハラ語の感謝表現研究の端緒を開く研究成果へと結実させている。
同時に、SNSの感謝表現の使用実態の解明を通して、日本語の感謝表現の特徴が新たに逆照射され ており、日本や欧米とは異なる新たな視点を獲得することに成功している。公開審査では、現場の 日本語教育的な動機と興味が社会言語学的な研究に寄与する結果をもたらした例として、また、今 後のスリランカの日本語教育に資する研究として高く評価された。