数学基礎 II・IV 講義録
第3章
担当:金井 雅彦
線形写像
A
行列から線形写像へ前章で学んだ通り,連立1 次方程式は,行列A および列ベクトルb を用いて,
Ax=b (3.1)
と表せます.この方程式を今度は写像の言葉を用い再度書き直してみましょう.いまAを
(m, n) 行列としましょう.このとき,写像
fA:Rn→Rm (3.2)
が,
fA(x) =Ax, x∈Rn (3.3)
により定義されます.すると,方程式(3.1) はもちろん
fA(x) =b (3.4)
と同等です.この章の目的は,写像の概念を用いた表現(3.4)を通じて,連立1次方程式 を理解することにあります.
でも,なぜこのような当たり前に思えるような言い換えを行う必要があるのでしょうか.
数学・物理学は言うに及ばす,その他の自然科学・工学さらには社会科学や人文科学におい ても,現象を記述・解析するために,何らかの方程式が極めて重要な役割を果たします.そ こに現れる方程式は,多種多様です.しかし,それらを形式的に見るなら,大概の場合は,
次のような形の問題として捉えることが可能です.
(*) X,Y を集合,f をX から Y への写像とする.このとき,与えられたb∈Y に対し,
57
f(x) =b (3.5)
を満たすx∈X を見出せ.
実際,(3.4)によれば,少なくとも連立1次方程式はこのような形をしていることになります.
また,たとえば2 次方程式ax2+bx+c= 0 も,f :R→R をf(x) =ax2+bx+c (x∈R)により定義される写像とすれば,f(x) = 0の形になります.それどころか,たと えば微分方程式と言った,比較的難しい方程式でさえ,この形に書き直すことが可能です.
ただし,もし問題が単に(*)の形で与えられているものだけならば,私たちはそれに関 しこれ以上何も言うことが出来ません.問題 (*) は,あまりにも抽象的,一般的すぎて,
そこに何の手がかりも見いだすことが出来ないからです.定義域および値域としての集合 X, Y,およびその間の写像f :X→Y が何らかの意味で特殊化されてこそ初めて,私た ちはその解法等を議論することが可能になります.
それでは,連立1次方程式を(3.4)として解釈した場合はどうでしょう.このときには,
まず問題(*)における集合X,Y は,それぞれユークリッド空間Rn,Rm として具体化 されます.ユークリッド空間は,ただ単なる集合と比べれば,はるかに具体的,かつ特殊な 集合ですから,これは私たちにとっては,良い知らせです.それでは,(3.4)に現れる写像 fAはどうでしょう.それの持っている特殊性とは一体何なのでしょうか.ここで,行列と 列ベクトルの積に関する性質,すなわち,分配法則 (2.2)と交換法則(2.3)を思い出して
下さい.A を(m, n) 行列としたとき,これらの法則はそれぞれ,
A(x1+x2) =Ax1+Ax2, A(λx) =λ(Ax)
が,すべてのx1,x2,x∈Rn,およびλ∈Rに対して成り立つことを主張しています.し たがって,これを(3.3)で定義された写像fA:Rn→Rm を用いて書き直せば,それぞれ fA(x1+x2) =fA(x1) +fA(x2), x1,x2 ∈Rn (3.6) fA(λx) =λfA(x), λ∈R, x∈Rn (3.7)
となります.そこで,とりあえずこれらの性質を抽象して,新しい言葉を導入しましょう.
定義 3.1. −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
写像f :Rn→Rmが,以下に述べるふたつの条件を満たすとき,それを線形写像と呼ぶ:
(i) すべてのベクトル x1,x2 ∈Rn に対し,
f(x1+x2) =f(x1) +f(x2); (3.8)
(ii) 任意のベクトルx∈Rn,およびスカラーλ∈Rに対し,
f(λx) =λf(x). (3.9)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
最初の条件(3.8)は,和をとってからf を作用させても,またf を作用させてから和を とっても,答は一致する,あるいは言い換えれば,写像f と列ベクトルの加法とは可換で あることを述べています.同様に,2番目の条件 (3.9)は,f とスカラー積の可換性を示 すと考えられます.もちろん,行列Aから(3.3)により定義される写像fAは線形写像で す.このfA を,今後,行列Aから誘導される線形写像と呼ぶことにしましょう.線形部 分空間が,核Ker の持っている性質を取り出すことにより定義されたように,線形写像は 行列から誘導される線形写像をモデルにしているわけです.行列から誘導される線形写像以 外に,線形写像が存在するか,ということが当然ここで問題になります.ところが,これに 対する解答は,次の様な否定的なものです.
命題 3.2. ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
線形写像は常に行列より誘導される:すなわち,任意の線形写像f :Rn→Rm に対し,
f =fAなる (m, n) 行列 A が必ず存在する.
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この命題を証明するためには,ともかく,与えられた線形写像 f :Rn →Rm から,
(m, n) 行列A を作らなければなりません.そのために,まず n 次元ユークリッド空間
Rn の標準基底{e1,· · ·,en} を取りましょう.
e1 =
1 0 0 ... 0
, e2 =
0 1 0 ... 0
, · · · · , en=
0 0 ... 0 1
でした.次に,
aj =f(ej) (j= 1,· · ·, n)
により,m次元列ベクトルa1,· · ·,anを定義します.さらに第j列の成分がベクトルaj
の成分と一致するような(m, n) 行列をA とします.このことを,単に A= (a1,· · ·,an)
と書いたりします.1 すると,この行列に対し,実際に
f =fA, すなわち f(x) =Ax (x∈Rn) (3.10)
1例えば,m= 2,n= 3, a1=
1 2
a2= 3
4
a3= 5
6
が成り立つことが,次のようにして示されます.いま,x= (xj)∈Rn を勝手に取ってき ます.すると,xは標準基底{e1,· · · ,en} の1 次結合x=x1e1+· · ·+xnen として 表されます.したがって,f の線形性から
f(x) =x1f(e1) +· · ·+xnf(en) =x1a1+· · ·+xnan
を得ます.一方,すでに(2.15)でも見た通り,aj =Aej (j= 1,· · ·, n) が成り立ちま す.よって,
Ax=x1Ae1+· · ·+xnAen=x1a1+· · ·+xnan
が従います.以上で,実際に等式(3.10)が成り立つことが示れました.これで命題3.2の 証明は終わりです.
ともかくこの命題 3.2によれば,どんな線形写像も行列から作ることが出来ます.それ ならば,わざわざ線形写像という言葉を導入しなくても,行列だけで話は済むのではないで しょうか.たしかに,現時点ではその通りかもしれません.しかし,ここであえて線形写像 という概念を導入したのには,次のような理由があります.まず第一に,線形写像の概念 は,ここで導入したものより広い概念として自然に拡張でき,その広い意味での線形写像を 用いると,線形常微分方程式や,あるいは線形偏微分方程式といった,より高度な方程式を 解析することさえ可能です.一方,そこで用いられる広義の線形写像は,われわれがここで 扱う狭い意味での線形写像の有する性質の多くを共有します.したがって,ここで私たちが
(狭義の)線形写像に対し勉強した事柄の多くは,後に微分方程式等,より進んだ対象を研 究する上でも,極めて有効になります.これが,ここで線形写像を議論したい第一の理由で す.ただ,お断りしなければならないのは,拡張化された線形写像の取り扱いや,あるいは その応用として微分方程式等を取り扱うことは,この教科書に要求されている範囲を大きく 逸脱していて,それについては何もお話しできないだろう,ということです.もうひとつ,
線形写像をここで考える理由は,写像に対する一般論—たとえば,写像の合成,単射・全 射性,逆写像など—を,とくに線形写像に対して適用できることです.そして,まさにそ れがこの章の目的です.
B
合成写像と行列の積まず,写像の合成から話を始めましょう.ふたつの写像f :X →Y,g:Y →Z が与え られたとします.ただし,X, Y, Z は集合とします.ここで注意すべきは,第1の写像 f
のときには,
A=
1 3 5
2 4 6
といった具合です.
の値域と,第2の写像の定義域とがともに集合Y であり,とくにそれらが一致しているこ とです.このとき,各x∈X に対し,まず写像f を適用することにより,集合Y の要素 f(x)が得られ,さらにそれに写像g を適用すれば,集合Z の要素g(f(x))が得られま す.その結果,各x∈X に対しg(f(x))∈Z を対応させるという,新たな写像 X→Z が得られます.この写像をf とg との合成写像と呼び,記号 g◦f で表します:
(g◦f)(x) =g(f(x)), x∈X.
たとえば,f :R→R をf(x) =x2 で,またg:R→R をg(x) = sinxで定義すれ
X
Y
Z x
f(x)
g(f(x))
f g
g◦f
図 3.1: 合成写像
ば,(g◦f)(x) = sinx2,(f◦g)(x) = sin2x となります.
話を線形写像に戻しましょう.とくに線形写像の合成に関しては,次が成り立ちます.
命題 3.3. ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
f :Rn→Rm,およびg:Rm →Rがともに線形写像ならば,その合成g◦f :Rn→R もまた線形写像である.
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
実際,任意の x1,x2 ∈Rn に対し,
(g◦f)(x1+x2) =g(f(x1+x2)) (合成写像の定義より)
=g(f(x1) +f(x2)) (fの線形性より)
=g(f(x1)) +g(f(x2)) (gの線形性より)
= (g◦f)(x1) + (g◦f)(x2) (再び線形写像の定義より)
が,また任意のλ∈R,および x∈Rn に対し,
(g◦f)(λx) =g(f(λx)) (合成写像の定義より)
=g(λf(x)) (fの線形性より)
=λg(f(x)) (gの線形性より)
=λ(g◦f)(x) (再び線形写像の定義より)
が成り立ちます.これで命題 3.3が証明されました.
さて,ここで問題をひとつ一緒に考えましょう.Aを (m, n) 行列,B を(, m) 行列 とします.それぞれ,線形写像fA:Rn→Rm,fB:Rm →R を誘導します.第 1の 写像の値域は第 2の写像の定義域に一致していますから,合成写像 fB◦fA:Rn→R を考えることが可能です.しかも,命題3.3によれば,この合成写像fB◦fAも再び線形 写像になります.一方,命題 3.2 によれば,すべての線形写像は行列から誘導されます から,とくにこの線形写像 fB◦fA:Rn→R を誘導する行列が存在します.線形写像 fB◦fA を誘導するその行列を C としたとき,それを決定せよ,というのが問題です.
問題の解答を始める前にまず気づいていただきたいのは,線形写像 fB◦fA の定義域 は Rn,また値域は R ですから,C は (, n) 行列でなければならないことです.各 k= 1,· · ·, n に対し,行列 C の第 k 列を取り出して得られる 次元列ベクトルを,
ck としましょう.C = (c1,· · · ,cn) とおくわけです.命題 3.2の証明で述べたとおり,
各列ベクトル ck は,ck = (fB◦fA)(ek), (k= 1,· · ·, n) により求めることが出来ま す.ただし,ここで{e1,· · ·,e} は,n次元ユークリッド空間 Rn の標準基底です.ま ず合成写像の定義を思い出せば,ck=fB(fA(ek))であることが,ただちに判ります.さ らに,ここに現れるfA(ek)は,行列Aの第k列を取り出して得られる列ベクトルakに 他ならないことを,思い出して下さい.それからただちにck=fB(ak)が従います.最後 に,行列B から誘導された線形写像fB の定義を思い起こせば,すぐに
ck=Bak, k= 1,· · · , n
を得ます.結局,行列C の第k列は,行列 Aの第k列 ak と行列B の積に他ならない わけです.もとのふたつの行列A,B から,直接行列Cを計算することが,これで可能に なります.たとえば,
A=
−2 0 0 4
−1 0
, B =
1 2 3 4 5 6
(3.11)
とすると,
c1 = Ba1 =
1 2 3 4 5 6
−2 0
−1
=
−5
−14
,
c2 = Ba2 =
1 2 3 4 5 6
0 4 0
= 8
20
となりますから,行列Cは
C =
−5 8
−14 20
で与えられます.
一般に,ふたつの行列 A,B に対し,それらの誘導する線形写像fA,fB を合成するこ とにより得られる線形写像fB◦fAを誘導する行列を,行列A,B の積と言い,記号BA で表されます:あるいは,言い換えれば,積BAは
fBA=fB◦fA
により特徴付けられます.もちろん,合成写像fB◦fAが定義されるためには,fA の値域 と fB の定義域が一致している必要があります.ところが,これらはともに線形写像であ り,したがってそれらの定義域,値域はともにユークリッド空間です.したがって,合 成 fB◦fA が定義できるには,fA の値域であるところのユークリッド空間の次元と,
fB の定義域であるところのユークリッド空間の次元が一致すればよいわけです.あるい は,行列 A,B に関して言うならば,積 BAが定義されるためには,行列 B の列の個 数と行列 A の行の個数が一致していなければならない,ということになります.実際,
A を(m, n) 行列,B を (, m) 行列とすれば,それらの積 BAは確かに定義されます.
しかも,fA:Rn→Rm,fB :Rm→R ですから,fB◦fA:Rn→R,したがって,
積 BAは(, n)行列でなければなりません.
もう一度,行列の積の計算方法をまとめておきましょう.Aを(m, n)行列,B を(, m) 行列とします.また,それらの積BAを記号 C で表しましょう.すると,C の第 k列 ck が,行列A の第 k列 ak と行列B の積を用いて
ck=Bak
と書けることは,すでに見た通りです.また,もちろん,これを行列の成分を用いて書 くことも可能です.実際,3 つの行列 A, B,C の成分をいつものように,A= (ajk), B = (bij), C= (cik)(ただし,i= 1,· · ·, ;j= 1,· · · , m;k= 1,· · ·, n)というふ うに書くならば,
cik =
m
j=1
bijajk
であることが容易に判ります.言い換えると,ふたつの行列 A, B の積 C =BA の (i, k) 成分は,行列 B からは第 i 行を取り,一方行列 A からは第 k 列を取り,それ ぞれの成分を順に掛け合わせ,最後に全部加え合わせることにより計算されます.たと えば,A,B を (3.11) のようにとると,それらの積 BAの (2,1) 成分は,行列 B か
らは第 2 行
4 5 6
を,また行列 A からは第 1 列
−2 0
−1
をとり,さらにそ
の列の各成分とその行の各成分とを順次掛け合わせ最後に加え合わせることにより,
4·(−2) + 5·0 + 6·(−1) =−14 と言った仕方で計算されます.
問題 3.4. −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(3.11)で与えられた行列 A,B に対し積AB を計算せよ.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
解答.
−2 0 0 4
−1 0
1 2 3 4 5 6
=
(−2)·1 + 0·4 (−2)·2 + 0·5 (−2)·3 + 0·6 0·1 + 4·4 0·2 + 4·5 0·3 + 4·6 (−1)·1 + 0·4 (−1)·2 + 0·5 (−1)·3 + 0·6
=
−2 −4 −6 16 20 24
−1 −2 −3
.
C
逆写像と逆行列また,写像の一般論から話を始めることにします.
定義 3.5. −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
X,Y を集合,f :X→Y とする.
(1) 任意のy∈Y に対し,f(x) =y となるようなx∈Xが必ず少なくともひとつは 存在するとき,fは全射であると言われる.
(2) 任意の y ∈Y に対し,f(x) = y となるような x∈ X がたかだかひとつしか 存在しないとき,写像 f は単射であると言われる.あるいは,別の言い方をすれば,
f が単射であるとは,
f(x1) =f(x2) =⇒ x1 =x2
が成り立つことである.
(3) f が全射かつ単射であるとき,f は全単射であると言われる.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
写像 f :X →Y が与えられたとき,各 b∈Y に対し,x∈X を未知数とする方程式 f(x) =b
が考えられます.そして,どんな b∈Y に対しても,この方程式の解が存在するとき,
fは全射であると言われるわけです.一方,f が単射ならば,任意のb∈Y に対し,上記 の方程式の解が存在する限り,それは一意的になります.定義の理解を深めるため,簡単な 例を問題として考えてみましょう.
問題 3.6. −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
次の写像R→Rのおのおのは,全射か,単射か,あるいは全単射か.
f(x) =x(x−1)(x+ 1), g(x) =ex, h(x) = sinx, k(x) =x3.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
x y
O
(a)y=f(x)のグラフ
x y
O
(b)y=g(x)のグラフ
x y
O
(c)y=h(x)のグラフ
x y
O
(d)y=k(x)のグラフ
図3.2:
解答の準備として,各関数のグラフを書いてみましょう.その結果得られるのが図3.2で す.これらのグラフのおのおのにおいて,x-軸に平行な直線を勝手に引いたとき,必ず関数 のグラフと交わりを持つならば,その関数は全射になります.また,x-軸に平行な任意の直 線と関数のグラフとの交点が,多くても 1点しかないとき,その関数は単射になります.
まず,関数 f(x) =x(x−1)(x+ 1)はどうでしょう.どんな定数cに対しても,直線 y=c とグラフ y=f(x) は交わりを持ちますから,関数 f は全射であることが判りま す.一方,もし|c|が十分大きいときには,直線y=cと曲線y =f(x) の交点はちょう どひとつですが,c の値がゼロに近いときには,これら直線と曲線はちょうど3 点で交わ ります.したがって,f は単射ではありません.
次に,関数g(x) =exに進みます.c≤0とするならば,直線y=cと関数g(x)のグ ラフとは交点を持ちませんから,全射ではありません.一方,どんな定数 c に対しても,
直線y=cとグラフとの交点はたかだか1点ですから,関数gは単射であることが判りま す.同様な仕方で,h(x) = sinx は全射でも単射でもないことが,またk(x) =x3 は全 単射であることが,グラフより容易に読み取れます.
ところで,全射性に関しては,ちょっと注意が必要です.上の問題で見たとおり,
g(x) =ex で定義される関数 g :R→R は全射ではありません.この関数は負の実数,
およびゼロをその値として持たないからです.ところが,それゆえ,この写像g の値域を 実数全体 Rから,開区間(0,∞) に制限することも可能です.このように,値域を制限す ることによりRから(0,∞)への写像と考えたときのg:R→(0,∞)は,全射になりま す.実際,どんな実数 y >0 に対しても g(x) =ex =y なる実数 x が存在するからで す.同様な仕方で,どんな写像もその値域を適当に制限することにより,全射な写像と見な すことが可能です.このように,全射性を議論するにあたっては,写像の値域が何であるか を注意する必要があります.
集合 X,Y 間の写像f :X →Y に対し,その像(image) Imf が,
Imf ={f(x) :x∈X}
で定義されます.もちろん,これは値域Y の部分集合になります.また,とくに線形写像 f :Rn→Rm に対しては,その核(kernel) Kerf が,
Kerf ={x∈Rn:f(x) =0}
により定義されます.とくに,f が行列A から誘導される線形写像 fA の場合には,
f =fAの像・核はそれぞれ,行列 Aに対し前章で導入した像・核に一致します: 2 ImfA= ImA, KerfA= KerA
一方,命題3.2によれば,いかなる線形写像に対しても,それを誘導する行列が存在しま す.したがって,前章で示した次元公式(定理2.15)から,任意の線形写像f :Rn→Rm に対し
n= dim Kerf + dim Imf (3.12)
が,成り立つことが従います.
さて,f :Rn→Rm を,再び線形写像としましょう.もちろん,f が全射である必要 十分条件は,たったいま導入した像を利用して,Imf =Rmが成り立つことである,と述 べることが出来ます.それでは,単射性はどうでしょう.それに関しては,次のような命題 が存在します.
命題 3.7. ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
線形写像f :Rn→Rmが単射であるための必要十分条件は,Kerf ={0}が成り立つこ とである.
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この命題の証明は,実に簡単です.実際,まず必要性を証明するために,f が単射 であるとしましょう.すると,「f(x1) = f(x2) =⇒ x1 =x2」が成り立たねばな りません.一方,証明すべきは,Kerf = {0} です.しかし,常に 0 ∈ Kerf です から,あとは Kerf がゼロベクトル以外に要素を持たない,あるいは言い換えれば,
「x∈Kerf =⇒ x=0」が証明できれば良いわけです.いま,x∈Kerf とする と,核の定義より,f(x) =0 を得ます.いっぽう,明らかにf(0) =0が成り立ちます.
よって,f(x) =0=f(0) となり,単射性よりx=0 が従います.これで必要性が証明 されました.
今度は逆を証明するために,Kerf = {0} であると仮定しましょう.また,x1,x2
∈Rn に対し,f(x1) =f(x2) がなりたっているとします.証明すべきは,x1 =x2 で す.仮定,および f の線形性より,f(x1−x2) =f(x1)−f(x2) = 0,すなわち,
x1−x2∈Kerf が従います.ところが,私たちはKerf ={0} を仮定していましたか ら,これよりx1−x2 =0,つまりx1 =x2 が結論されます.これで命題の証明が完了し ました.
2実は,像や核は,通常線形写像等の写像に対して定義される概念であって,行列に対しその像や核を考える ことは,あまり普通ではないかもしれません.しかし,上のふたつの等式により,行列の像や核は,それの誘導 する線形写像の像や核として実現されるわけで,その意味で行列の像および核を前章のような仕方で定義するの は,決して不自然ではないことになります.
たったいまその証明を終えた命題と,次元公式(3.12)から,次のような議論が可能とな ります.いま,線形写像 f :Rn→Rm が全単射であるとします.すると,まず単射性よ りKerf ={0},したがって,dim Kerf = 0 でなければなりません. また,全射性より Imf =Rm,そしてこれより dim Imf =m が従います.これらを (3.12)に代入する と,m=nが従います.すなわち,次の命題のとくに第1の主張が証明できたわけです.
命題 3.8. ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
f :Rn→Rm を線形写像とする.
(1) f が全単射であるためには,m=nが必要である.
(2) m=nのとき,次の 3つの条件は同値である:
(i) f は全単射である;
(ii) f は全射である;
(iii) f は単射である.
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この命題は,有限集合の間の写像とのアナロジーで理解するのがよいかと思います.それ を説明するために,X,Y を有限集合,すなわち有限個の要素からなる集合としましょう.
X の要素の個数を n で,また Y の要素の個数を m で表すことにします.すると,
X から Y の上への全単射が存在するための必要十分条件は,X と Y の要素の個数 が一致する,すなわち m=n が成り立つことであることは明らかです.さて,さらに m =n が成り立つと仮定しましょう.すると,X から Y への写像 g :X →Y に対 し,次の 3 つの条件は同値になることも容易に分かります: (i) g は全単射である;
(ii) g は全射である; (iii) g は単射である.ただし,いま述べた事実は,無限集合間 の写像には当てはまりません.いや,そもそも無限集合に対しては,その要素の個数を
(有限の数として)語ることは不可能ですから,「m=n」といった条件自体が意味をなし ません 3.しかし,命題3.8においては,Rn,Rm は無限集合ではありますが,その間の 写像をとくに線形なものに制限し,しかもRn,Rm の大きさを次元という線形代数の言葉 を用い表現することにより,つい先程述べた有限集合間の写像に対する事実と酷似した事実 が成り立つことを主張しているわけです.
さて,この命題3.8 の2 番目の主張を証明するには,次の補題が必要になります.
3実は,無限集合に対してもその「大きさ」を議論することが可能です.それがカントールによって導入され た濃度の概念です.ふたつの集合X,Y に対し,もしXからY の上への全単射が存在するとき,XとYの濃 度は等しい,と定義します.しかし,X,Y が無限集合の場合には,X,Y の濃度が等しいと仮定しても,写像 g:X→Y に対す る3つの条件,すなわち全単射性・全射性・単射性は同値ではないことが知られています.
これらの事柄に関してより進んで勉強してみたい方は,集合論の本を読んでみるのがよいかと思います.
補題 3.9. ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Rm の線形部分空間V に対し,もしdimV =m が成り立つならば,V =Rm である.
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
証明. いま,{a1,· · ·,am}(ただし,m = dimV)を V の基底とする.このとき,
Span{a1,· · · ,am}=Rmが成り立つことを示せばよい.いま,仮にSpan{a1,· · · ,am}
⊆/ Rm であるとしよう.すると,am+1∈Rm\Span{a1,· · ·,am} がとれる.そして,
このとき定理2.9 (1)の証明と同じ仕方で,{a1,· · · ,am,am+1}が1次独立であることが 示される.これより,dimRm ≥m+ 1となり矛盾.よって,Span{a1,· · ·,am}=Rm でなければならないことが従う.
命題 3.8 (2) の証明. m=n の仮定の下, (ii) ⇐⇒ (iii) が成り立つことを言えば十 分である.まず (ii) =⇒ (iii) を示すために,f が全射であると仮定しよう.すると,
Imf =Rm であるから,dim Imf =m,よって次元公式 (3.12)からdim Kerf = 0 が従う.よって,Kerf ={0}でなければならないが,これは命題 3.7によればf が単 射であることに他ならない.
逆を証明するために,今度は f が単射だとしよう.再び命題3.7により,Kerf ={0} がまず従う.よって,dim Kerf = 0 である.次いで次元公式からdim Imf =m でな ければならないことが判る.ところが,Imf は Rm の線形部分空間であったから,それ に対し補題3.9 を適用することにより,Imf =Rm,すなわちf が全射であることが結 論される.
再び,写像の一般論からひとつ言葉を借りてきましょう.
定義 3.10. −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
集合 X,Y の間の写像f :X→Y がとくに全単射であるとする.すると,各y∈Y に 対し,f(x) = y を満たす x∈X が一意的に存在する.そこで,y ∈Y に対し,この x∈X を対応させる写像 Y →X を考えることが可能になる.この写像 Y →X を,も との写像f の逆写像と呼び,記号 f−1:Y →X で表す.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
f :X→Y を全単射,また f−1 :Y →X をその逆写像としましょう.まず,f−1 が 再び全単射であることが判ります.また,f−1 は,
y=f(x) ⇐⇒ x=f−1(y) で特徴づけられます.また,定義から
(f−1◦f)(x) =x (x∈X), (f ◦f−1)(y) =y (y∈Y) (3.13)
X Y
x
f(x) f
f−1 図 3.3: 逆写像
であることもただちに従います.これらふたつの等式を略記するために,言葉をひとつ導入し ましょう.Xを任意の集合としたとき,その恒等写像(identity map) idX :X →Xを,
idX(x) =x, x∈X
により定義します.idX は X の任意の要素を再びそれ自身に移す,極めて自明な写像で す.そしてこの恒等写像を用いると,(3.13)は,
f−1◦f = idX, f ◦f−1 = idY
と表示可能です.
さて,いまとくに線形写像f :Rn→Rmが全単射であるとしましょう.すると,とくに 命題3.8によれば,m=nでなければなりません.あるいは,行列の方で考えるならば,
f を誘導する行列の行の個数m と列の個数nが一致していなければならないことになり ます.一般に,行の個数と列の個数が等しい行列を正方行列と呼びます.あるいは,言い換
えれば,(n, n) 行列を正方行列と呼ぶわけです.とくに,行列の大きさを明示したい場合
には,(n, n) 行列をn 次正方行列と呼ぶことがあります.さて,全単射な写像に対して
は,逆写像が考えられたわけですが,とくに全単射な線形写像に対してはその逆写像はどん な性質を有するでしょうか.それに対する解答として,命題をひとつ述べることにします.
命題 3.11. |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
線形写像f :Rn→Rnがとくに全単射であるならば,その逆写像 f−1 :Rn→Rn もま た線形である.
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
証明. まず,y1,y2 ∈ Rn に対し,f−1(y1 +y2) =f−1(y1) +f−1(y2) が成り立つ ことを示そう.x1 = f−1(y1), x2 = f−1(y2) とおけば,f−1 が f の逆写像であ ることより,f(x1) = y1, f(x2) = y2 であることが従う.さらに f の線形性によ
り,f(x1+x2) = f(x1) +f(x2) = y1+y2 を得る.これは,x1+x2 が f によ り y1+y2 に移されることを意味しているから,逆写像 f−1 の定義よりただちに,
f−1(y1+y2) =x1+x2 =f−1(y1) +f−1(y2),すなわち目的の等式を得る.
つぎに,λ∈Rとy∈Rn に対し,f−1(λy) =λf−1(y) が成り立つことを証明する.
そこで,先程と同様,x=f−1(y) とおく.すると,f(x) =y を得る.これとf の線形 性より,f(λx) =λf(x) =λy,すなわち,f−1(λy) =λx=λf−1(y)となり,証明が 完了する.
D
逆行列の計算方法f :Rn→Rnを,n次正方行列Aから誘導される線形写像とします.さらにf は全単射 であると仮定しましょう.いま証明を終えた命題から,f の逆写像f−1 :Rn→Rn も再 び線形写像になります.したがって,f−1 を誘導する行列が存在するはずです.その行列 を,もとの行列 Aの逆行列と呼び,記号 A−1 で表します.すると,(3.13) からすぐに 次の等式を得ます.
A−1A=AA−1=I.
ただし,I は,
I =
1
1
0
0
. .. 1
なる行列,すなわち,対角線上の成分はすべて1,一方それ以外の成分がすべてゼロであ るような,n次正方行列です.この正方行列 Iは,n次単位行列と呼ばれます.
次の課題は,正方行列 Aに対しその逆行列を計算する方法です.これもまた例題を通じ て学習することにしましょう.
例題 3.12. −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
行列 A=
1 1 1 1 2 3 0 1 4
の逆行列A−1を求めよ.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
まず行列 Aの成分をそのままの仕方で並べ,その右側に縦棒を引き,さらにその右側に 3次単位行列の成分をやはりそのままの仕方で並べ,そして最後に全体を括弧で囲みます.
その結果得られるのは,
1 1 1 1 0 0
1 2 3 0 1 0
0 1 4 0 0 1
の形の「表」,ないし行列です.目標は,この行列の中の縦線の左側にある部分を,行列の 行に関する基本変形を用い,単位行列の形に変形させることです.そのために,まず縦線の 左側にあるブロックを,上階段行列の形に変形しましょう.あるいは,言い換えれば,左側 のブロックの対角成分の左下の部分に現れる成分をすべてゼロにしようと試みるわけです.
たとえば,次のような仕方でこれは実現可能です.
1 1 1 1 0 0
1 2 3 0 1 0
0 1 4 0 0 1
−−−−−−−−−−−−−−−−−−→
(第2行)←(第2行)−(第1行)
1 1 1 1 0 0 1 2 −1 1 0
1 4 0 0 1
−−−−−−−−−−−−−−−−−−→
(第3行)←(第3行)−(第2行)
1 1 1 1 0 0
1 2 −1 1 0
2 1 −1 1
次に,最後の行列の左側のブロックの対角線の右上に現れる成分を,やはり行列の行に関す る基本変形を利用して,全部ゼロにしてしまいましょう.そのためには,たとえば次のよう にすればよいはずです.
1 1 1 1 0 0
1 2 −1 1 0
2 1 −1 1
−−−−−−−−−−−−−−−−−−→
(第1行)←(第1行)−(第2行)
1 −1 2 −1 0
1 2 −1 1 0
2 1 −1 1
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−→
(第1行) ← (第1行) + (第3行)÷2 (第2行) ← (第2行)−(第3行)
1 52 −32 12
1 −2 2 −1
2 1 −1 1
最後に,左側のブロックの対角成分をすべて1 にします.そのためには,もちろん
1 52 −32 12
1 −2 2 −1
2 1 −1 1
−−−−−−−−−−−−−→
(第3行)←(第3行)÷2
1 52 −32 12
1 −2 2 −1
1 12 −12 12
とすればよいわけです.これで,縦線の左側にあるブロックが,単位行列の形に変形できま した.そのとき,縦線の右側にあるブロックが,求めるべき答です.すなわち,
A−1 =
5 2 −32
1 2
−2 2 −1
1
2 −12 12
を得ます.
類題を1 題一緒に考えましょう.