ク レ ブ シ ェ ラ肺 炎 に よ る敗 血 症 性 シ ョ ック の
1例 及 び基 礎 的 検 討
帝京大学医学部第2内科
馬 場 ま す み
斧
康 雄
上 田雄 一 郎
芳 賀
敏 昭
野 末
則 夫
西 谷
肇
国 井
乙 彦
(昭 和63年11月7日 受 付) (昭 和63年11月15日 受 理)Key words: septic shock, Klebsiella pneumoniae, corticosteroid
要 旨 ク レ ブ シ ェ ラ肺 炎 よ り敗 血 症 性 シ ョ ッ ク を 併 発 し,救 命 し得 た 一 例 を 経 験 した.症 例 は,飲 酒 歴 の あ る51歳,男 性 。慢 性 肝 炎 の 治 療 中,肺 炎 か ら敗 血 症 性 シ ョ ック と な った .呼 吸 ・循 環 管 理,LMOXとPIPC の 併 用 療 法 を 行 い,そ の 後 気 管 支 肺 胞 洗 浄 液 よ りKlebsielh pneumoniaeが 起 炎 菌 と して 同 定 され た た め,CZXとAMKに 変 更 し た.入 院 時 よ り好 中 球 減 少,血 清 補 体 価 の低 下 を 認 め た た め ,免 疫 グ ロ ブ リ ン製 剤,新 鮮 凍 結 血 漿 を 投 与 し,DIC,MOF対 策 と して メ シ ル 酸 ガ ベ キ サ ー ト,メ チ ル プ レ ドニ ソ ロ ン (MP),分 枝 鎖 ア ミノ酸 を 投 与 し,シ ョ ッ ク よ り離 脱,肺 炎 も治 癒 し た . 我 々 は 全 血chemiluminescence(CL)に 及 ぼ すMPの 影 響 に つ い て 検 討 した 結 果,MPを100μ9/m1 以 下 の濃 度 で60分 ま で イ ンキ ュベ ー ト した 場 合,CLに は 有 意 差 が み られ ず,通 常 の 投 与 量 で は 食 細 胞 の 活 性 酸 素 放 出 能 に 影 響 し な い こ とが 推 測 され た. は じ め に 血 液 疾 患,悪 性 腫 瘍 な ど の 感 染 防 御 能 の 低 下 し た 患 者 に お け る 感 染 症 の 起 炎 菌 と し て,Paeru. gino鋤Ecoli, K.pneumoniaeな ど の グ ラ ム 陰 性 桿 菌 が 重 要 で あ り,そ の 敗 血 症 に は 約40%に シ ョ ッ ク が み ら れ,Disseminated intravascular coagulopathy (DIC), Multiple organ failure (MOF)へ 進 展 す る 場 合 も あ り,致 命 率 が 高 い. 我 々 は,ク レ ブ シ ェ ラ 肺 炎 に よ る 敗 血 症 性 シ ョ ッ ク の 救 命 例 を 経 験 し た の で,若 干 の 実 験 的 考 察 を 加 え て 報 告 す る. 1.症 例 患 者:51歳,男 性.タ ク シ ー 運 転 手. 主 訴:呼 吸 困 難,発 熱,血 圧 低 下. 家 族 歴,既 往 歴:特 記 事 項 な し. 嗜 好:日 本 酒3合/日.毎 日,15年 間. 現 病 歴:昭 和60年9月 始 め よ り全 身 倦 怠 感,頭 痛 が 出 現 し た.9月9日,咳 漱,呼 吸 困 難 が 出 現, 9月10日,体 温38.5℃,ふ ら つ き あ り,収 縮 期 血 圧80mmHgと 低 く,某 病 院 へ 入 院 し た.嘔 吐,緑 色 水 様 下 痢 便,不 穏 状 態 も 認 め ら れ,抗 菌 剤(Fos-fomycin, Doxycycline)と 昇 圧 剤 等 を 投 与 さ れ た が 改 善 せ ず,胸 部X線 写 真 上,肺 炎 像 が み ら れ, 9月11日,敗 血 症 性 シ ョ ッ ク の 診 断 で 当 院 へ 転 院 と な っ た.尚,60年7月 よ り慢 性 肝 炎 に て 内 服 治 療 中 だ っ た. 現 症:体 温38.7℃,脈 拍144/分,整,血 圧80/42 mmHg,浅 表 性 の 呼 吸 で,意 識 混-濁,胸 部 両 側 肺 野 に 湿 性 ラ 音 を 聴 取,皮 膚 に 痂 皮 を 伴 う直 径 約3 mmの イ ン コ に よ る 咬 傷 が 多 数 み ら れ た. 入 院 時 検 査 所 見(Table1,2,Fig.1):血 沈 軽 度 亢 進,フ ィ ブ リ ノ ー ゲ ン 高 値,CRP強 陽 性.汎 別 刷 請 求先:(〒173)板 橋 区加 賀2-11-1 帝 京大 学 医 学 部第2内 科 馬 場 ま すみ
490 馬 場 ます み 他
Table 1 Laboratory findings on admission
Table 2 Laboratory findings on admission
血 球 減 少,血 清 補 体 価 の 低 下 が 認 め ら れ た.GOT, γ-GTP,BUN,ク レ ア チ ニ ン の 上 昇 よ り,肝 ・腎 機 能 障 害 が 示 唆 さ れ た.低 酸 素 血 症,代 謝 性 ア シ ド ー シ ス を 認 め,Swan-Ganz Catheterに よ る 血 行 動 態 検 査 で は,心 係 数,肺 血 管 抵 抗 高 値,全 身 血 管 抵 抗 低 値 を 示 し,重 篤 な 肺 炎 に よ る 敗 血 症 性 シ ョ ッ ク(hyperdynamic state)と 考 え ら れ た. 腹 部 超 音 波 検 査 で は 慢 性 肝 炎 の パ タ ー ン が 認 め ら れ た. 入 院 時 胸 部x線 写 真(Fig.2):左 上 葉 を 中 心 に 比 較 的 濃 厚 均 一 な 浸 潤 影 を 認 め た. 入 院 後 経 過(Fig.3):機 械 的 人 工 呼 吸
Fig. 1 Hemodynamic data
The circle connects the normal values shown in ()'
Fig. 2 Chest X-ray film on admission (1985. 9 11) (PEEP10clnH2O),乳 酸 加 リ ン ゲ ル を 中 心 と し た 輸 液,ア シ ドー シ ス の 補 正,ド ー パ ミ ン(DOA), ド ブ タ ミ ン(DOB)投 与 を 行 っ た.喀 疾 は 粘 稠 膿 性 で,鏡 検 に て グ ラ ム 陰 性 桿 菌 を 認 め た.ま た, 飼 っ て い た イ ン コ の 咬 傷 の 存 在 か ら オ ウ ム 病 も否 定 で き ず,Piperacillin(PIPC)6g/日,Latamoxef (LMOX)4g/日 に 加 え,Minocycline(MINO)200 mg/日 を 点 滴 静 注 し た.気 管 支 肺 胞 洗 浄 液 よ り Klebsiella pneumoniaeが 同 定 さ れ た 後,Ceft.
Fig. 3 Clinical course izoxime (CZX)6g/日 に 変 更 し た.入 院4日 目, 血 清 ク レ ア チ ニ ン1.2mg/dl,ク レ ア チ ニ ン ク リア ラ ン ス107m1/minと 腎 機 能 が 改 善 し た 時 点 で, Amikacin(AMK)400mg/日 を 追 加 し た.そ の 他, 免 疫 補 充 療 法 と し て 免 疫 グ ロ ブ リ ン 製 剤,新 鮮 凍 結 血 漿(FFP)を,DIC,MOF対 策 と し て メ シ ル 酸 ガ ベ キ サ ー ト(FOY)19/日,メ チ ル プ レ ドニ ソ ロ ン30mg/kg/日(2日 間),分 枝 鎖 ア ミ ノ酸2)を 投 与 し た.5日 目 に は シ ョ ッ ク よ り離 脱 し,機 械 的 人 工 呼 吸 は11日 目 に 中 止 し た.入 院3日 目 に 核 左 方 移 動 を 伴 う 白 血 球 増 多 が み ら れ た が,24日 目 に は 正 常 化 し,炎 症 反 応 は 消 失 し た.肺 炎 像 も 吸 収 さ れ,胸 膜 の 肥 厚 な ど を 残 す の み と な り,臨 床 的 に も全 く問 題 な く,11月6日,軽 快 退 院 し,そ の 後 元 気 に 社 会 復 帰 し て い る.尚,ク ラ ミ ジ ア 抗 体 価 は ペ ァ 血 清 で 有 意 の 上 昇 が み ら れ ず,今 回 の エ ピ ソ ー ド と は 無 関 係 と 考 え られ た . II.実 験 的 検 討 メ チ ル プ レ ドニ ソ ロ ン(MP)の 食 細 胞Chemi-luminescence(CL)に 及 ぼ す 影 響(全 血CL法3)) 対 象 は,健 康 成 人5人(男 性3人,女 性2人, 平 均 年 齢30歳)で あ る.末 梢 血(ヘ パ リ ン 加10U/ ml)を 培 養 液 で5倍 希 釈 し た 検 体0.5mlに,MP 溶 液0.5mlを 最 終 濃 度0,25,50,100μg/mlと な
Fig. 4 Effect of methylpredonisolone
(MP)
on
whole blood chemiluminescence
induced by K.
pneumoniae (n= 5)
492 馬 場 ます み 他 る よ うに 加 え,ル ミ ノ ー ル 溶 液20μ1(2mg/m1)添 加 後,37℃ で 保 温 し,10分 後,60分 後 にK. pneumoniae163株1×108cells(100μ1)を 刺 激 と し て20分 間 のCL積 算 値 をBiolumatLB 9505(Berthold社)に て 測 定 し た.コ ン ト ロ ー ル を100%と し て,MP50及 び100μg/m1の 高 濃 度 で は,保 温60分 後 で 各 々85%,80%と 抑 制 傾 向 を 示 し た も の の,統 計 学 的 に 有 意 差 が み ら れ な か っ た. (Fig.4) 考 察 本 症 例 は,基 礎 疾 患 と し て ア ル コ ー ル 性 慢 性 肝 炎 を 有 す る 中 年 の 大 酒 家 に 発 症 し た 典 型 的 な ク レ ブ シ エ ラ 肺 炎 に よ る 敗 血 症 性 シ ョ ッ ク の 一 例 で あ る.前 医 で 抗 菌 剤 を 投 与 さ れ て い た た め か 血 液 培 養 は 陰 性,エ ン ド トキ シ ソ も 証 明 さ れ な か っ た が, 肺 炎 と い う感 染 巣 の 存 在 と 特 徴 的 な 血 行 動 態 か ら 敗 血 症 性 シ ョ ッ ク(hyperdynamic state)と 診 断 し た. 入 院 時 に 腎 機 能 低 下 が 認 め ら れ,ア ミ ノ配 糖 体 系 薬 剤 は 使 い に く い た めdoubleβ-lactam com-bination chemotherapyを 行 っ た.白 血 球 の 減 少 し た 癌 患 者 で は,LMOX+PIPCの 組 合 せ が AMK+PIPCの 組 合 せ に 比 べ て 効 果 は 同 様 で,し か も 腎 障 害 が 少 な い4)と 報 告 さ れ て い る.起 炎 菌 判 明 後,BKpneumoniaeに 最 も 抗 菌 力 の あ る CZXに 変 更 し,腎 機 能 が 正 常 化 し た 時 点 でAMK を 併 用 し た. 敗 血 症 性 シ ョ ッ ク に 関 す る 副 腎 皮 質 ス テ ロ イ ド の 有 用 性 に つ い て は 賛 否 が 分 れ て い る5)6).我 々 は,メ チ ル プ レ ドニ ソ ロ ン の 食 細 胞 の 活 性 酸 素 放 出 能 に 及 ぼ す 影 響 に つ い て 全 血CL法 で 検 討 し た 結 果,通 常 の 投 与 量 で は 影 響 し な い こ と が 推 測 さ れ,短 期 間 投 与 な ら 食 細 胞 の 貧 食 殺 菌 能 を 抑 制 し な い と 考 え ら れ る.ス テ ロ イ ドが 好 中 球 の 活 性 酸 素 産 生 能 や 貧 食 殺 菌 能 を 抑 制 す る と い う報 告 の 多 く は 高 濃 度 の ス テ ロ イ ドに よ る も の で,通 常 の 血 中-濃度 で は 抑 制 が み ら れ ず7)∼10),我 々 の 結 果 も そ れ ら に 一 致 し て い る.し か し,シ ョ ッ ク の 際,血
液 や 臓 器 に お け るMP濃
度 が 高 くな って い る可
能 性 も あ り,こ の 点 につ い て の 検 討 が これ か らの
課 題 と思 わ れ る.
シ ョ ッ ク時 の ス テ ロ イ ド剤 の有 用 性 と し て,循
環 動 態 の 改 善,ラ
イ ソ ゾ ー ム膜 の安 定 化,心
筋 抑
制 物 質 の 産 生 抑 制,酸
素 ラ ジ カル 反 応 の抑 制 な ど
が言 わ れ て い る11).通常 我 々 は,敗 血 症 性 シ ョ ック
の 症 例 に は で き る だ け 早 期 にMP短
期 間 大 量 投
与(3日
以 内30mg/kg/日)を
行 って い る が,今 後,
検 討 が 必 要 と思 わ れ る.
論文 の要 旨は,第36回 日本感染症学会東 日本地方会総会
<東 京,1987年11月>に て報告 した.
文
献
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