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猿とカニ

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Academic year: 2021

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猿とカニ

猿とカニが柿の種とオニギリを交換したときに、猿もカニもその時点では等価性を認識 していて互いに納得して取引したのだから、そのこと自体に違法性や非倫理性はなく、その 後、猿が柿が欲しくなって木に上って柿を独占して、熟していない柿をぶつけてカニを殺し たのは、単なる粗暴犯であって計画犯ではないと考える人はあまりいない。そう考えると、

猿の狡さというのが強調されずに、この話の後半の子供のカニによる仇討の正当性が納得 しにくくなる。カキの木があっという間に成⾧することを知っていたかは別として、カキの 種が成⾧すればカキの実がなることは知っていたし、最初からそれも独占する気であった と解釈すべきだ。だから、私たちはこの話における猿の狡さを憎むのだ。

途上国に森やその他の生態系を保全させて、これにいくばくかの金を払ったとして、それ は等価交換になっているのだろうか。等価性を途上国の人間が評価し納得したうえで交換 が行われるのだろうか。そんなに森林が大切ならば、お前たちの方でかつてあったヨーロッ パ大陸の深い森を復活したらよいだろうと言われれば、議論はそれまでだ。カニがオニギリ と柿の種の交換を受け入れたのは、猿とカニの間に力関係の違いがあったからだろう。その 違いを考えることなく、生態系保全の重要性を途上国に対して述べることができる無神経 を私は憎む。物の価値は多面的だ。生態系という自然物も同じで、その価値を認識する人間 によって様々な価値がある。生態系が存在する空間にもさまざまな利用価値がある。生態系 サービスという一面的な価値だけでそれを評価することはできない。生態系をつぶしてそ こに工場を作りたいと言われても、それが彼らの選択であれば、それを非難することはでき ない。カニにオニギリを食いたいと言われれば、それを取り上げることはできないし、この 場合、生態系が保全されて、地球環境が保全されれば、その利益の多くは(猿と同じように)

先進国の人々が享受することになる。

だとすれば、私たちができることは、途上国の人がその生活の中で、生態系の保全に価値 を見つけ出すことを願うだけであり、せいぜいその手助けができるだけだ。

参照

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