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~日本事情科目としての日本史を事例として~

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留学生による日本語、日本史用語運用に於ける 課題克服に関する一考察

~日本事情科目としての日本史を事例として~

A Consideration Concerning Problems Overcoming Japanese History and Japan Term Usage by International Students:

On a Case of the History of Japan as the Japan's Circumstances Subject

小 林 健 彦 Takehiko KOBAYASHI

要旨

 外国人である留学生が、留学先であるその国や地域の事情を学習することは、ある一定の期間を そこで生活して行かなければならないという点では欠かせない作業となる。日本の大学、大学院、

留学生別科に於いては、履修すべき科目の中に「日本事情」を設置し彼らからの要望? に応えて いる場合が多い。しかし、多様な国々、多様な留学目的、多様な日本語運用レベルの留学生を対象 として開設された「日本事情」には又、多様な問題が潜んでいる。その問題とは、例えば「日本事 情」用の適切なテキストが少ないという問題、「日本事情」の中に何を包括すべきかという内容や 構成そのものに関わる問題、更には留学生とは言え、成人である彼らに施すべき高等なレベルや内 容を持った「日本事情」教育とは如何なるものなのか、という「日本事情」不要論にも繋がる恐れ のある、大学教育の中に於ける「日本事情」の位置づけや定義を巡る問題等である。本稿は、歴史 教育の中に位置づけられている日本史を、「日本事情」の一環として学習してもらう際に発生する 諸課題を検出し、それらに対する問題解決に向けての方策を探ることを目的としている。更に進ん で、「国史」である日本史を、「日本事情」の中に包括することの是非についても検証した。

〔キーワード〕歴史用語、日本語運用史、日本事情、成人教育、多様性(の理解)

 目次:はじめに

    1.「日本事情」科目としての日本史教育の課題と手法     2.日本史用語学習上の課題

    おわりに     註

    参考文献表

(2)

はじめに

 始めて日本にやって来た留学生たちにとって、外国史にあたる日本史学習に於いては、時期区 分、時代の名称、人名に始まり、地名や事件、政変に至るまで、初めて聞くことに満ち溢れてい る。留学生の中でも漢字文化圏の中で生活して来た学生にとっては、同じ? 漢字を使用している という安堵感も有る為か、却ってそのことが学習上の妨げになることさえある。中国に於ける繁体 字、簡体字、韓国での正字、略字、それに日本の新字体、旧字体等、字体を巡る微妙な差異もさる 事ながら、同じ漢字であると言っても意味合いの異なる場合もあり、留学生が母国に於いて使用し てきた漢字に対する知識やニュアンスをそのまま日本の大学等の学習現場に持ち込むと、中々話が 噛み合わないことにもなりかねない。全くの外国語として日本漢字を認識しながら学習することの できる、非漢字文化圏出身者の方が意外とすんなりそれらを理解してしまうということも決して珍 しいことではない。

 日本である程度長期間生活し、日本での就職や専門学校、大学院進学を考えている多くの留学生 は、現在の日本や日本人の生活、習慣、習俗、文化、思考、思想、言語、宗教等、ありとあらゆる 物の根源を形成している歴史的な経緯を学習する必要性を感じてはいると思われる。(1)しかし、

日本史の近代以前の部分に対しては、彼らの母国に於ける歴史教育の中では、世界史的に組み込ま れて来なかったこの国の歴史を理解することは、多様な努力を要することは言う迄もない。註(1)

に掲載した資料中でも示されている様に、現在、日本の大学の学部、大学院、専門学校等での就 学、そして日本(の企業)での就職という様に、ある程度長期間に渡って日本社会の一員として生 活をして行く留学生が多数派を構成している以上、日本社会を理解し、日本人と共に協力して学 業、研究活動、そして仕事をして行く為には、その前提となっている日本人の習慣や歴史、文化に ついての高度な理解が求められるのは必然のことと言える。この様な状況を踏まえ、ここでは初歩 的段階として、彼らが間違いやすい歴史用語の学習に着目し、学習上の課題や効果的な学習法を探 求するのが本稿の主要な目的とするところである。

 現在、日本人学生に於いても学力の低下は深刻な問題として提起されているが、それは歴史教育 に於いても例外ではない。高等学校と大学との連携教育が広く試みられているのは、反面ではその 実態を表しているとも言うことができるのである。従来、知識詰め込み型の教育手法に問題ありと されて来たが、その半分? の知識すら持ち合わせていないのである。それ故、知識主導型ではな く「学生に考えさせる」教育を行なおうとしても、その前提となる基本的な情報を持っていないの で、日本人についても効果的な教育が実施されていない、という現状も存在する。それに加えて、

その様な日本人学生と、外国人としての留学生とを混在させた科目運営も行なわれていて、より一 層事態の深刻化を招いているのである。そうした事情も踏まえて、ここでは日本人学生をも視野に 入れた学習法も考察してみたい。

1.「日本事情」科目としての日本史教育の課題と手法

 留学生を対象として、「日本事情」科目群の中に位置づけられている日本史、歴史系科目の場合、

半期完結で実施する場合が多く、通年をかけて授業を行なうことの方が寧ろ少ない。日本の歴史は

(3)

現段階に於いて判明している範囲内では、世界史的な観点に立てばそれ程長い過程を持っている訳 でもないが、それでも縄文文化に迄、遡って学習してもらおうとすれば、約12,000年分の学習量が 存在することとなる。小学校、中学校と少なく共二回に渡って通史的な学習を終了した筈の日本人 学生でさえも、顕在化している学力低下の影響により、大学で復習の為の学習として半期でそれを こなすのは至難の業となっている。それを留学生が、始めて聞く外国史としての日本史を半期、実 際上は3ヶ月で終了しなければならない。その前提に立てば、およそ通史的な、受験対策的な授業 では対応することが不可能であることは明らかである。しかしその一方では、細かいことは除いた 通史的な理解が必要であることも又事実である。日本人との一般的な会話の中で、奈良時代と江戸 時代とが逆転したり、数奇(寄)屋造が発展して寝殿造が発生したり、日露戦争の結果として日露 和親条約が締結されたりしてはいけないのである。では如何にしてこの矛盾を解決して行ったら良 いのであろうか。「日本事情」科目群は、勿論歴史系科目だけで構成されている訳ではない。地理、

文化、生活習慣、社会等と共に一つの構成要素とされている場合が多い。しかも、「日本事情」科 目群は彼らの日本に於ける生活を早期に円滑ならしめるという趣旨より、留学生別科、大学学部の 前半段階に設置されている場合が多く、その意味では、多くの留学生にとっては十分な日本語運用 能力の獲得が未完成な段階に於いて学習することとなり、教授する側としては、対象となる留学生 の正確な学習段階の把握(特に日本語運用能力の)と特段の教育的手法や経験、それに最後まで諦 めない? という熱意も必要である。

 「日本事情」科目群を「異文化理解」として捉える考え方もある。しかし、「歴史」は、はっきり とした個別的事実の積み重ねに過ぎないものであって、それ自体は文化ではない。何故ならば、過 去に発生したことは動かしようの無い事実であるからである。歴史には文化史という分野もある が、それは文化の中に包括されるであろう個々の事象を、多くの場合時系列的に並べ替えて、文化 的発達段階やその特徴を明らかにしようとするものである。留学生にとって、母国で大学入学前教 育の段階として学習して来た日本や、部分的な日本の歴史(特に近、現代史)に関する知識を基盤 として見た場合、来日後に日本の学校等で学習した、或は自分の目で実際に確かめたそれらのこと との差異の大きさに驚くかもしれない。彼らが母国の教育課程やマスメディア等を通じて形成して 来た「日本(人)だから~だ」といった価値観や過去の「戦争、侵略」を通じた対日観と、滞日し てみて以来の実感とが正に合致した、という事例は実際のところ多いであろうか? それに迷うこ とこそが「異文化理解」であると言うこともできるのであるが、そうしたステレオタイプからの脱 却を助けるのが、(日本の)大学等に於ける「日本事情」科目群に与えられた重要な役割であると 言うことができる。ただ、それについては飽く迄も来日中に新たなステレオタイプを再構築させる のではなく、正確な学術的、科学的情報を彼らに提供し、それを基に彼ら自身に価値判断を行なっ てもらうという作業に徹しなければならない。「私は日本人だから~については皆さんよりも良く 知っている」という考え方より、固定化された日本観を解説したり、誘導したりすべきではないと 考える。「異文化理解」とは自分(たち)と異なるものを受け入れる、「多様性」を理解するという 作業である。歴史は、そのこと自体は事実の積み重ねであり、真実は一つしか存在できないもので あるが、現在に残存している歴史資料(史料)を根拠として過去のことを類推しようとすれば、そ こには「多様性」がある。つまり、人により考え方にばらつきが生じる。日本人同士の間でさえそ うであるのだから、況してや外国人である留学生にあっては彼らの基盤となっている生活、文化的

(4)

な背景から、もっと違った日本史に対する価値観を構成しそれを評価する可能性がある。それを促 す作業が、「日本事情」科目群の中に位置づけられている日本史の果たすべき役割であると考える。

ただ、名嶋義直氏が指摘される様に、(2)単なる素材的知識の提供や教員による適切な形? での 介入も「ステレオタイプや誤解の形成・再生産に繋がるおそれがある」のは事実であるが、そうか といってそれを避けることも又、適切な教育的手法ではない。正確な素材的知識を提供した上で、

その事象に対する学界での多数意見や、日本人として経験してきた一般的な日本人のものの見方―

これを指し示すには相当な配慮が必要であると思われるが―を指し示すことは重要であろう。

 そしてもっと根本的には、「日本事情」科目を初級日本語学習者が学習することそのものに対し て非常な困難さを指摘する見方もある。それは、多くの初級日本語学習者が存在しているにも拘わ らず、その日本語運用能力に見合った「日本事情」科目用のテキストが非常に少ないという事実か らも推察される。(3)現状では、「日本事情」科目群を履修するにはある程度の日本語の言語運用能 力の獲得が前提となっているのであるが、実際は上記の様に「日本事情」科目群を大学の3~4年 次や大学院で開講している方が寧ろ少数派なのではなかろうか。そうであるならば、やはり多くの 留学生は初級日本語学習者の段階で「日本事情」科目群を履修することとなる。そこには矛盾もあ るが、重田美咲氏による実践報告(4)にある様に、インタビューとジャーナル(「ノート」、「日記」)

の学習手法を通して、日本人との交流の少ない初級日本語学習者に課題を完成したことに対する達 成感や喜びを与え、大学や地域といった、留学生が必要最小限に関わりを持たざるを得ない共同体 への参加を推進したという効果もあったとする。「リソースや「学びの経験」次第で、教師側が特 別に意識しなくても、学生は、知識、日本語、学習スキルの習得以上の部分をも成長させ得る」と した同氏の指摘は、単に知識の提供や集積に終始する、従来型「日本事情」科目群の限界を示した ものに他ならないであろう。

 更に、「日本事情」関連科目群の中に日本史(国史)を位置づけても良いのかどうか、という根 本的な問題や議論も横たわっている。つまり、歴史とはその国や地域の殆ど全ての事象の根拠と なっているものであって、現在そこに暮らす人々の生活や文化、習慣、習俗、政治、経済、思想、

宗教等といったあらゆる面に於いてその影響下に置かれているものである。それを、その国や地域 を態々志望してやって来た留学生に対し、半期といった短期間で学習してもらっても良いものなの かどうかに就いては、非常な疑問を感じるところである。明らかに、電車の乗り方や大学での過ご し方、祭りの紹介、生活事情、といったこととは一線を画したものである。留学生とは言え成人

(法律で規定された成人という意味ではない)であり、日本語の運用という点を除けば日本人学生 と同等に扱わなければならないところ、日本語教育に引き摺られてしまって本来は専門性を持つべ き歴史教育が、義務教育レベルにまで引き下げられているのは留学生にとっては不条理な現象であ る。「日本事情」は日本語教育の一環ではないし、歴史も又「日本事情」の一環ではないのである。

つまり、学習時間及び専門性の確保という観点に立脚すれば、歴史は凡そ「日本事情」に包括され る分野としては相応しくないのである。この点に於いては、「日本事情」の取り扱う範囲やレベル、

その実施目的、日本語教育や留学生教育との関係を明確にさせなければならないと主張する西井和 弥氏の指摘(5)は的を得ている。

(5)

2.日本史用語学習上の課題

 では、実際に日本語運用史、日本史用語を学習する上で何が障害となっているのであろうか。こ こでは、留学生が陥り易い学習上のポイントを検証してみることにする。具体的な素材としては、

留学生に対し教室内に於いて実際に行なったテスト形式の調査結果を基に、この問題を考えてみた い。

 調査実施対象の学生内訳;

  日本人学生8名、留学生(漢民族)2名、留学生(モンゴル民族)20名    合計30名(大学の人文学部の2~4年生) 

 ① 旧国名に関する設問

   ~次の旧国名の読み方をひらがなで答えなさい~

  a.越後(えちご)  b.武蔵(むさし)  c.遠江(とおとうみ)

  d.相模(さがみ)  e.三河(みかわ)  f.安芸(あき)

  g.伊予(いよ)   h.豊前(ぶぜん)  i.大和(やまと)

  j.薩摩(さつま)

  正答率;a.日本人学生(以下、「日」と省略)     100%

        留学生(漢民族、以下,「漢」と省略)    50%

        留学生(モンゴル民族、以下,「モ」と省略)75%

      b.日100%、 漢100%、 モ90%

      c.日62.5%、 漢0%、 モ70% 

      d.日75%、 漢0%、 モ70%

      e.日87.5%、 漢100%、 モ80%

      f.日62.5%、 漢0%、 モ60%

      g.日87.5%、 漢100%、 モ90%

      h.日62.5%、 漢50%、 モ70%

      i.日100%、 漢100%、 モ85%

      j.日87.5%、 漢100%、 モ70%

  分 析; 当該調査は、「日本文化論」の授業の一環として実施したものであり、授業開始より 凡そ2ヵ月後に行なったものである。「日本文化論」は、日本の国家体系と年中行事 の理解とを主たる目的とした講義科目である。受講者に対して、テストの結果は調 査、研究の資料として使用することも明らかにしている。今回の調査では留学生の 内、漢民族の人数が2名と少なかった為に、その面に於いては正確さが保障されたも のではない。調査の前提として、テスト実施の一週間前に、予めテストを行なうこと を予告してから実施したので、事前の準備をする時間的余裕があった。テストは、一

(6)

切参照不可として実施した。試験時間は30分間である。今回の旧国名の選択基準は、

著名な事件や人物等に所縁のある場所で、尚且つ高等学校以上の学校で使用される日 本史系のテキスト等に頻出の場所、ということである。

  日本人学生⇨ 分からない旧国名の読み方について、取り敢えず当該漢字の標準的な音訓を充て る傾向がある(豊前を「とよまえ」、安芸を「あんげい」、相模を「そうも」「さ がら?」等)。又、同音の漢字に着目し薩摩を播磨、伊予を伊豆と勝手に読み替 えて(読み間違えて)しまう事例もあった。何れも高等学校段階で、一度は耳に した地名である筈なのだが、やはり基礎的学力の低さを認識させられる内容と なった。

  漢民族の学生⇨ 分からない旧国名の読み方について、取り敢えず当該漢字の標準的な音訓を充 てる傾向があるのは、日本人学生と同様である。又、類似の発音を持った熟語 を思い浮かべて解答したと思われるものがあった(豊前を「ぼうぜん」と読ん だ事例➡「呆然」を連想か?、相模を「すこ」➡「相撲」を連想か?)。

  モンゴル民族の学生⇨

          固有名詞の発音を元々間違って記憶してしまっている事例が見受けられる。例 えば、越後を「いちご」、「えつご」、豊前を「ぶんぜん」と表記しているもの。

これは、最初からちゃんと発音を調べることなく、日本人(教員)が発音する のを聞いて間違った読み方として覚えてしまったものと考えられる。その意味 では、黒板の有効的な利用等、教員側の配慮も必要であると考える。又、分か らない旧国名の読み方について、取り敢えず当該漢字の標準的な音訓を充てる 傾向があるのは、日本人学生や漢民族の学生と同様であるが、その漢字の音訓 自体も間違えて覚えてしまっている事例が目立つと言う特徴がある。例えば、

安芸を「あんてん」、「あげい」、「あいげ」、「あんげん」、三河を「さんけ」と 読んだ事例がそれである。更に、漢字自体の発音としては正しいものの、旧国 名を表すものとしては正しくないものがあった(大和を「だいわ」。但し彼ら の所属する大学がある北陸地域の百貨店の名称としては大和を「だいわ」と読 む)。そして、音読みと訓読みとを勝手に組み合わせてしまっているものが あった。例えば、武蔵を「ぶくら」と読んだものがそれである。日本人であれ ば、通常「武」を「ぶ」と発音したならば、次に続く「蔵」の発音は「ぞう」

である。そうした日本人的な、漢字に対しての感覚や理解が未だ及んでいない ものと推測される事例である。

 ② 専門(歴史)用語に関する設問

   ~次の用語の読み方をひらがなで答えなさい~

  a.有職故実(ゆうそくこじつ)  b.太政官(だいじょうかん)

  c.参議(さんぎ)  d.令外官(りょうげのかん)

  e.四部官(しぶかん)  f.検非違使(けびいし)  g.蔵人(くろうど)

(7)

  h.殿上人(てんじょうびと)  i.外官(げかん)  j.権官(ごんかん)

  正答率;a.日50%、 漢50%、 モ35%

      b.日75%、 漢0%、 モ55%

      c.日100%、 漢100%、 モ100% 

      d.日37.5%、 漢50%、 モ50%

      e.日87.5%、 漢100%、 モ95%

      f.日75%、 漢100%、 モ75%

      g.日62.5%、 漢100%、 モ60%

      h.日75%、 漢100%、 モ65%

      i.日100%、 漢100%、 モ25%

      j.日75%、 漢0%、 モ55%

  分 析; 当該調査は、日本史のみならず、日本の古典や文学作品を理解する為にも必須とされ る、基本的事項の理解度を測る目的で実施した。

  日本人学生⇨ 古典特有の読み方で躓く事例が散見した。例えば、「a.」の「職」字であるが、

古典中で頻出の「しき」、「そく」といった発音は現代日本語に於いては余り見ら れない。そこで、当該字を現代語に於ける発音に従って「しょく」と読んだ事例 があったし、この問題の場合には不正解となるが、「しき」と書いた答案もあっ た。又、「d.」や「i.」にある「令」、「外」も、現代語では「れい」、「そと」・

「ほか」・「がい」等と発音する頻度が高く、古典中に見られる「りょう」、「げ」

といった発音には馴染みが薄い為か、「d.」を「れいがいかん」、「りょうがいか ん」、「れいげかん」とした解答があった。そして、人名やその他固有名詞に対し て現代語では殆ど行なわれていない格助詞的用法である、「の」字を書き入れな かった事例もあった。「d.」を「りょうげかん」と読んだものがそれで、漢字自 体の発音は正解なのだが、どこに「の」字を挿入したらよいのかが分からなかっ たのであろう。「の」に該当する漢字が無いので、書き入れる必要が無いものと 判断したのであろう。ここでの問題は、何れも高等学校の日本史Bに相当する内 容のものであるが、やはり学力の低さが際立つ内容であった。

  漢民族の学生⇨ 「a.」を「ゆうしょくこじつ」、「b.」を「たいせいかん」、「j.」を「けん かん」と表記するなど、現代語に於ける読み方で発音してしまっている事例が あったが、その他の問題に就いては、ほぼ正解であった。

  モンゴル民族の学生⇨

          「a.」を「ゆうしょくこじつ」、「b.」を「たいせいかん」、「d.」を「りょう がいかん」、「f.」を「けんびいし」、「h.」を「でんじょうびと」、「i.」を

「がいかん」、「j.」を「けんかん」と表記しているのは、漢民族の学生同様、

現代語に於ける漢字の発音をイメージしたからであると思われる。但し、サン

(8)

プル数の多さからか、漢民族の学生に比較して、やや誤答率が高い。又、「g.」

を「くろうと」や「くらびと」と表記したのは、「素人」に対する「玄人」や 酒蔵で働く「くらびと」を想起したとも受け取れるが、「客人(まろうと)」、

「隼人(はやと)」、「旅人(たびと)」といった「人」を表す造語形成分への理 解が未熟であることをも示していると考えられる。このことは、日本人学生に も共通して言うことのできる事柄である。更に、「b.」と「h.」とに着目し、

長い(固有)名詞を発音、表記する場合、どの音を濁音にするかの判断が中々 つかないという特徴をも見出した。「b.」を「たいせいかん」、「だいしょうか ん」、「たいしょうがん」、「たいじょうがん」、「h.」を「でんじょうびと」と 読んだのがそれで、この傾向は日本人学生には比較的少ない。

  分析の結果:

 日本語運用史、日本史用語を学習する上で障害となっている、留学生が陥り易い学習上のポ イントや教授者側がその為に講じるべき対策を纏めると次のようになる。

  ❶ 現代日本語では殆ど行なわれていない表記や発音を持った語(古典的用法を持った語)に 対する理解が中々進まない傾向にある。これには、個々の一語一語を学習するというより も、その(固有)名詞を不可分で一体の語として捉え、分割することなく、丸ごと覚えてし まう努力が必要とされる。

  ❷ 元々、当該漢字の発音を間違えて覚えてしまっている事例も散見することより、元の漢字 と(歴史)用語となってからの語の発音との違いをはっきりとさせる意味からも、教授者は 文字を読むだけではなく、発音も含めて、必ず黒板に書くことが重要である。又、それと共 に発音の差異に就いての理解を更に促す観点より、受講者に教授者と共に反復して発音をし てもらう必要がある。

  ❸ 長い発音を持った語の場合には、特に濁音の位置を間違える学生が多い。教授者は、発音 をも含めて黒板に書く必要があり、更に反復して発音してみせることも重要である。又、受 講者にも反復して発音してもらう必要がある。

  ❹ 日本史用語としては重要性のある「~の~」字の挿入箇所に就いて、その歴史的な経緯を も含めて説明を行なう必要がある。人名やその他固有名詞に対して現代語では殆ど行なわれ ていない格助詞的用法である、「の」字を書き入れなかった事例は日本人学生にも見られる 現象であることから、何故そこに該当する漢字が無いにも拘らず、「の」字を入れて発音し なければならないのか、その理由をも含めて解説を行なう必要がある。

おわりに

 以上、本稿では大学に於ける学部教育の実施という観点より、留学生が日本史を学習する際の日 本語運用に関する問題点の洗い出しと、課題、そしてその対策について検討を加えて来た。冒頭で も指摘した様に、日本漢字の運用について、漢字文化圏出身者と非漢字文化圏出身者との間では、

(9)

基本的知識の面で一見すると大変な差異があるように考えがちであるが、実際は前者の場合母国で の漢字教育に於ける知識が基底に存在しているので、どうしても発音や意味といったその感覚から 抜け出せずに、学習の場で同じ失敗を繰り返してしまうこともあり得る。却って後者の方が意外に すんなりと覚えてしまうということも実際の学習の場に於いては存在する。特に、前者が日本漢字 の意味を学習する際には全く異なる文字を学習するといった態度も必要となって来る。現在使用さ れている日本漢字でさえその様な状況であるのだから、古典的な世界で使用されている日本漢字の 運用に関して言えば、尚更慎重な学習態度が必要とされることは言うまでもない。「2.日本史用 語学習上の課題」に於いても分析を試みた様に、日本人学生、留学生を問わず、古典的な日本語は 言うに及ばず、現代日本語の運用に於いてさえ、大変な学習上の課題にぶつかりつつある。日本人 学生の場合には、学力の低下がその根底に存在しているが、留学生の場合には、現代日本語では殆 ど行われていない古典的な日本語特有の言い回しに於いて大きな壁にぶつかっている姿が浮き彫り となった。そこで、取り敢えず当該漢字の現代日本語に於ける音訓をそれに充て、現代風にして読 んでしまうと言う傾向が強かった事を指摘した。対策としては、それらを現代日本語の音訓とは切 り離した形での学習形態の導入が必要であること等を指摘した。しかし、初級日本語学習者にとっ てはそれが困難極まりない事であるのは言う迄も無い。更に歴史用語を普通名詞ではなく、固有名 詞として認識してもらう学習上の配慮が欠かせない事も言う迄もないことである。普通名詞であれ ば、取り敢えず現代語に於ける音訓を充てておけば正答となる可能性が高まるという意味に於いて は、学習者にとって、通常の日本語学習の成果を生かすことができる面で楽であるが、通常の日本 語学習とは別途、ある程度の「記憶する」という作業を伴なう点では歴史用語を固有名詞として覚 えなければならないのは苦痛を伴なうことかもしれない。

 また、「日本事情」の中に歴史(国史)を包括することの是非についても検討を加えた。そこで は、それがこの国のありとあらゆる面での基盤を形成している、という意味に於いて、初級日本語 学習者を対象とした総括的「日本事情」の中には含まれるべきではないとした。それは、留学生が 成人であるという観点よりも、日本の義務教育段階に於ける内容を彼らに提供するのは、大学に於 ける高等教育の実施という視点からも望ましいことではないとしたからであった。ここでは、やや もすれば日本語教育に引き摺られてしまい、その中に埋没してしまう傾向も無い訳ではない「日本 事情」教育とは、一定の距離を置くべきではないのか、という問題の提起を行なっておくこととす る。(6)

(1)文部科学省高等教育局学生支援課留学生交流室による、「我が国の留学生制度の概要~受入れ及び派遣」(平成 20年度)では、日本政府は「グローバル戦略」の一環として、2020年を目途に留学生受け入れ30万人を目指すと している。その為には、留学生が大学、大学院を卒業、修了した後の受け皿となる雇用を促進する必要があり、

官民を挙げた「日本の社会のグローバル化」を推進するとしている。又、「平成18年度に卒業(修了)した外国 人留学生の進路状況」によると、日本の大学の学部を卒業した留学生の内、構成比38.4%が日本国内で就職、

29.9%が日本国内で進学をしている。つまり、卒業後も68.3%の学部卒業者が引き続き日本国内に留まっている という実態がある。卒業後、日本に滞在したいと考えていた留学生はこれを上回ると推測されるから、「その他」、

「不明」をも加算すれば実数では70%を上回る留学生が4年を超えて日本社会で生活をしているのである。

(2)同氏「異文化理解リテラシー育成に向けて─日本事情授業における取り組みから─」(『日本語教育』129号所 収、41~49頁、2006年4月)参照。

(3)例えば、桂島宣弘氏編著『留学生のための日本事情入門 1冊でわかる最新日本の総合的紹介』(図書出版 文

(10)

理閣)2005年4月、及び、社団法人日本語教育学会『日本事情シリーズ 日本の歴史』(凡人社)1991年12月、

の日本事情教育に関する二冊のテキストを日本史教育という観点より比較、検討してみる。先ず前者であるが、

当該テキストは日本事情総体を解説したものであって日本史はその中の構成要素として設定されている。内容は 掲載順に、「覚えておきたい日本語の日常表現」、「生活事情」、「交通事情」、「留学生のための法律知識」、「日本 人の食生活」、「日本の春・夏」、「日本の秋・冬」、「京都案内」、「日本の祭り」、「日本の名所」、「日本の芸能」、

「日本の芸道」、「日本の大学」、「大学の四年間」、「日本の教育」、「現代日本と世界とのつながり」、「現代日本の 音楽・映画事情」、「現代日本の大衆娯楽」、「現代日本の家族」、「現代日本の若者文化」、「働く人々の諸問題」、

「日本の国土・資源・人口・特産品」、「日本の政治と経済」、「憲法と平和問題」、「日本のあゆみ」、「宗教」、「日 本の方言」という構成をとっている。各単元の冒頭には、その単元で学習する内容の要旨が英語、中国語、韓国 語で記載されていて、それらを母語とする留学生への配慮が伺われる。本文での表記も平易であり、ルビも高い 頻度で施されている。日本語能力試験1級未合格者であっても理解が可能なレベルの内容であると判断される。

但し、単元の配列に多少の工夫が必要であると思われる。「日本の大学」、「大学の四年間」等の様に、留学生に とって優先度の高い単元を前に持って来るなどの配慮が必要ではあろう。また、全27単元を半期科目として学習 するには無理があるので、通年科目用としての使用となるであろう。更に日本史教育に拘わる部分は「25 日本 のあゆみ」のみであり、全27単元という当該テキストの構成から判断すると、日本人の現代文化や社会、生活 等の背景となっている歴史解説が不足していると判断される。「25 日本のあゆみ」の中身を見てみると、「1.

日本の対外関係史」➡遣唐使・勘合貿易(日明貿易)、「2.日本の対外戦争」、「3.天皇」➡天皇の歴史・現代 の天皇、図表(平和博物館・戦争資料館、戦争に関する日本の映画、歴史上の人物人気ランキング)、コラム

(あんぱんの誕生)、朝日新聞社『定期国民意識調査』(2002)を基に作成した「今の皇室に親しみを持っていま すか?」・「天皇制についてどう考える?」というテーマの円グラフ、年表(4頁)、という内容を設定している。

対外関係史や戦争史といった部分にかなりの分量を割いており、また天皇制に対する賛否といった、日本の中で も議論の分かれる様な微妙な問題をテキストの内容として取り扱うことには抵抗がある。勿論、そうした問題を 避ける訳ではないが、何れ日本での生活時間が長くなるに連れて、これらは留学生自身で体得すべき事項である と考える。当該単元のみから日本の歩みや、それを基盤とした日本人の文化、現代生活、社会等との関連を留学 生に学習してもらうのは非常に困難な作業になるものと考えられる。そうした意味からは偏った構成の単元であ り、留学生の学習には不向きであろう。一方、後者のテキストであるがこちらは純然たる日本史用のテキストと して編纂されたものであり、内容は「原始時代」より始まり、「大正・昭和時代」に至る編年体形式で編集がな されている。その他、年表、語彙索引、練習問題、解答、旧国名・県名対照地図を巻末に登載している。現代史 をも包括しているので、その点からは、日本留学試験の内「総合科目」の「歴史」(近代史以降が出題範囲)に 対応していると判断される。記述は平易であり、ルビは歴史用語のみならず一般的な漢字にも配置されているの で、日本語能力試験1級未合格者であっても解読が可能なレベルの文であると判断される。日本の中学校レベル の内容を持っていると考えられるが、通史的であり、留学生にとってはどこが学習上のポイントなのかが分かり にくい。寧ろ日本人の中学生が使用するのに適しているのではないかと判断されるものである。ポイントの所在 を明確にし、更に日本人の現代生活や文化、社会との繋がりに力点を置かないと、分量的にも実際上の留学生の 学習には馴染まないと考えられる。彼らの学習上の習熟度を確認しながら授業を展開させようとする場合、通年 の授業として行なう場合でもメニューが終了しない可能性が残る。

(4)同氏「基礎日本語学習者のための「日本事情」─大学1年生を対象とした場合─」(『日本語教育』131号所収、

41~49頁、2006年10月)参照。

(5)同氏「「日本事情」科目の意義に関する一考察」〔NUCB journal of language culture and communication 名古 屋商科大学4(2)所収、25~33頁、2002年11月〕参照。

(6)筆者が別稿、姉妹編として作成した「留学生(大学学部)による日本語歴史用語学習に於ける問題点の克服に 関する一考察~日本史分野に於ける学習項目運用を中心として~」(『拓殖大学日本語紀要』20号所収、2010年3 月刊行予定)をも併せて参照されたい。

㊟本稿は、2009年10月末に脱稿したものである。

参考文献表;

㊟当該表は、著者(辞典の場合は発行所)の50音順により配列してある。

●桂島宣弘氏編著『留学生のための日本事情入門 1冊でわかる最新日本の総合的紹介』(図書出版 文理閣)2005 年4月

●重田美咲氏「基礎日本語学習者のための「日本事情」─大学1年生を対象とした場合─」(『日本語教育』131号所 収、2006年10月)

●社団法人日本語教育学会『日本事情シリーズ 日本の歴史』(凡人社)1991年12月

(11)

●『日本国語大辞典』(小学館)

●『大漢和辞典』(大修館書店)

●名嶋義直氏「異文化理解リテラシー育成に向けて─日本事情授業における取り組みから─」(『日本語教育』129号 所収、2006年4月)

●西井和弥氏「「日本事情」科目の意義に関する一考察」〔NUCB journal of language culture and communication  名古屋商科大学4(2)所収、2002年11月〕

●文部科学省高等教育局学生支援課留学生交流室「我が国の留学生制度の概要~受入れ及び派遣」(平成20年度)

●『国史大辞典』(吉川弘文館)

●『日本史総合年表』(吉川弘文館)2001年7月

参照

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