Fe
2P 単結晶表面の電子状態と それに及ぼす P 偏析の効果
The Electronic Structures of Fe2P Single Crystal Surfaces and the Effect of P Segregation on Surface Electronic Structures
立教大学大学院理学研究科化学専攻 博士課程後期
杉崎 裕一
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目次
第1章 イントロダクション………p2
1.1 遷移金属リン化物……….p2
1.2 Ni2P に関する先行研究………p2
1.3 Fe2P………p5
1.4 本研究の目的………p5
第 2章 原理……….p13 2.1 光電子分光 (PES:Photoelectron spectroscopy)………p13 2.2 オージェ電子分光法 (AES:Auger electron spectroscopy)………p17 2.3 X 線吸収分光分光法 (XAS:X-ray absorption spectroscopy)………p19 2.4 低速電子回折 (LEED:Low energy electron diffraction)………p20 2.5 シンクロトロン放射光 (SOR:Synchrotron orbital radiation)………p22 第 3 章 Fe2P(101�0)の電子状態:軟 X 線分光による研究………..…p31
3.1 背景と目的………p31
3.2 実験………p33
3.3 結果と考察………p34
3.4 結論………p38
第4章 Fe2P(101�0)におけるP偏析のメカニズムとその効果………p52
4.1 背景と目的………p52
4.2 実験………p53
4.3 結果と考察………p54
4.4 結論………p59
第5章 Fe2P(0001)の電子状態:光電子分光法による価電子および内殻準位の研究………….p69
5.1 背景と目的………p69
5.2 実験………p71
5.3 結果と考察………p73
5.4 結論………p78
第6章 総括………p91 参考・引用文献………p93
2
第 1章:イントロダクション
1.1 遷移金属リン化物 (TMPs:Transition Metal Phosphides)
環境に悪影響を及ぼす要因として今日、世界的な問題の1つに酸性雨問題がある。酸性雨 の原因物質は硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)であり、これらはガソリンやディーゼルエ ンジンの燃料などに含まれる硫黄成分や窒素成分に由来する。石油由来燃料に含まれる硫黄や窒 素の含有量に関する規制は厳しくなる一方、原油中の含有量は年々徐々に増加している。原油の 精製段階においてSOxやNOxの原因となる硫黄成分や窒素成分を除去する現行の触媒はニッケ ル・モリブデン硫化物(Ni-Mo-S)であるが、Ni-Mo-S触媒では脱硫反応および脱窒素反応に対す る転化率の限界のため法的規制への対応が難しくなりつつあり、Ni-Mo-S 系触媒に代わる新たな 高機能触媒の開発が急務となっている[1]。
2003年、S. T. Oyamaは遷移金属リン化物が水素化脱硫反応(HDS:Hydrodesulfurization)
および水素化脱窒素反応(HDN:Hydrodenitrogenation)に対して高い触媒活性を示すことを報告 した[2]。この報告によると遷移金属リン化物の中でもNi2Pが最も触媒活性が高く、3.1 MPaかつ 643Kにおいて、ジベンゾチオフェンをモデル分子としたHDSにおいては100%に迫る転化率を 示し、キノリンをモデル分子としたHDNにおいてもおよそ80%の転化率を示した。Fig.1-1に遷 移金属リン化物および現行触媒(Ni-Mo-S)のHDSおよびHDNにおける転化率を示す[2]。遷移 金属リン化物は、高硬度・高融点、磁気異方性等の物性を併せ持つため機能性材料として注目さ れており、触媒の分野でも Ni2P は近年水を分解する水素発生反応(HER:Hydrogen evolution reaction)の触媒などとしても注目されている[3]。上記に述べた通り、遷移金属リン化物は多岐に 渡る機能を持った次世代の機能性材料として注目を浴びている。
1.2 Ni2Pに関する先行研究
Ni2Pはその機能性の高さから多くの研究が行われてきた。例えば、Kanamaらによる初期 のキャラクタリゼーションによると、Ni2Pの結晶はFe2P型構造をとり、その空間群はP62�mに 分類され、格子定数は a = b = 0.5859 nm, c = 0.3382 nmである[4]。Fe2P型結晶は組成がM3Pと M3P2である(Mは金属原子)2つの結晶層が[0001]方向に交互に積層した構造をもつ。Fig.1-2に Fe2P型結晶の構造モデルを示す。KanamaらはNi2P(0001)の低速電子回折(LEED:Low-Energy electron diffraction)観察およびX線光電子分光(XPS:X-ray Photoemission spectroscopy)測定 を行った[4]。LEED 観察では、Ar+イオンスパッタリングした Ni2P(0001)表面の LEED パターン
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は、スポットが観測されずバックグラウンドのみを示した。この表面を 450K まで加熱しても LEEDパターンはバックグラウンドを与えるのみであったが、455 – 460 Kでアニーリングした表 面においてLEEDパターンが観測され始め、465 K以上のアニーリングによりスポットはシャー プとなった。700 Kでアニーリングした表面は(1×1)パターンを観測している。Kanamaらはイオ ンスパッタリングしたNi2P(0001)およびそれを300 – 1000 Kで加熱した表面について、Ni 2p、
P 2p内殻スペクトルを測定し、Ni 2p3/2ピークとP 2pピークの強度比を加熱温度の関数としてプ ロットした(Fig.1-3)[4]。Fig.1-3からイオンスパッタリングしたNi2P(0001)は選択的にP原子 が取り除かれたNiリッチな表面であることがわかる。この表面を加熱すると、加熱温度450 Kで Ni/Pの強度比が減少した。これは450 K以上で試料内部から表面へP原子が偏析したことを意味 する。同時に測定された紫外光電子分光(UPS:Ultraviolet photoelectron spectroscopy)の結果 は、表面へ偏析したPの3p準位と表面領域に存在するNi 3d準位が混成し、Ni原子からP原子 への電荷移動が起こることを示唆している。Ni 2p3/2準位のピーク位置は450 Kを境にして高結合 エネルギー側にシフトおり、これもNiからPへの電荷移動を裏付けている。以上により彼らは以 下の結論を得た。
(1)P原子の偏析は450 K以上で生じる
(2)表面において、Ni - P結合はP偏析と同時に生じる (3)表面のNi原子はNi – P結合により安定化する
Ni2P(0001)に対する、Liuらによる密度汎関数法(DFT:Density functional theory)による 理論計算は、Ni3P2終端層の方がNi3P終端層よりも2.75 eV/unit cell 安定な層であることを予測 している[5]。そのため、彼らはエネルギー的にはNi2P(0001)はNi3P2層で終端されると考えた。
Ni2P(0001)の表面構造について、Moula と Kinoshita らは走査トンネル顕微鏡(STM:
Scanning Tunneling Mircoscope)を用いた表面構造観察を行った。彼らは、Ni2P(0001)は表面の 調製方法により(1×1)の他に(2×2)、(32×32 )、(√3 ×√3 )R30°の再構成を示すことを報告している [6,7]。Hernandezらはdynamic-LEED解析により(1×1) Ni2P(0001)表面はNi3P2層のNiサイト上 にP原子が配位したNi3P_P表面構造が表面の80%を占め、Ni3P2構造が露出した表面が20%を 占めると報告している[8]。LiuらのDFT計算では更に、アンサンブル効果により表面領域にP原 子が偏析したことによる表面に露出したNi原子の数の減少にも関わらずNi2Pの触媒活性は変化 しないことを報告している[5]。
Ni2P は(0001)の他に研究が行われている代表的な低指数面がもう 1 つ存在し、それは
Ni2P(101�0)面である。Ni2P(101�0)の理想表面のその形式を Fig.1-4 に示す。ただし、M(Ⅰ)および M(Ⅱ)はそれぞれ化学的環境の異なる金属原子を表す。Ni2P(101�0)の理想表面はHDSおよびHDN に対する高活性を示す M(Ⅱ)が存在している。そのため、HDS およびHDN に対する触媒活性は
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Ni2P(0001)と比べて相対的に高いと期待される。GuoらはNi2P(101�0)のSTM観察を行い[9]、Ar+ イオンスパッタリングをした後、473 Kでアニールすると(1×1)理想表面が現れ、更に加熱温度を 上昇させると、723 Kでc(2×4)構造と(1×1)構造が共存する表面となることを報告している。文 献[9]から引用したSTM像をFig.1-5に示す。GuoらはDFTを用いたSTMの解析からc(2×4)再 構成面に対して、偏析によるNi原子の消失した列(missing-row)と偏析によりP原子が付着し た列(add-row)からなるmissing-row and add-row(MRAR)モデルを提案している。
S. Imanishiらはオージェ電子分光法(AES:Auger electron spectroscopy)、LEEDおよび 放射光を用いた光電子分光(PES:Photoelectron spectroscopy)によりNi2P(101�0)のキャラクタ リゼーションを行った[10]。S. ImanishiらはAr+イオンスパッタリングした表面およびそれを加熱 した表面に対してAES測定を行い、P LMMオージェピークとNi MVVオージェピークの強度比 を加熱温度に関してプロットすることにより(Fig.1-6)、Ni2P(101� 0)において P 原子の偏析は 260℃から徐々に始まり、260~330℃において劇的に進行することを明らかにした。スパッタリ ング直後はスポットが観測されなかった LEED パターンが加熱温度の上昇と共に変化し、200℃
で弱い(1×1) LEEDパターンに変化し、さらに300℃でc(2×4) LEEDパターンへと変化した。ま た周期構造の変化に伴い、フェルミ準位(EF)近傍の電子状態が変化することも併せて報告して いる。PES測定より偏析したP原子のP 3p準位と表面の活性NiサイトのNi 3d準位間にNi 3d
– P 3p混成バンドが形成されNi 3d準位が安定化して、EF近傍に擬ギャップが形成されることを
報告している。この様に、偏析したP原子(リガンド)との結合により電子状態に生じる効果の ことを”リガンド効果”と呼び、リガンド効果は金属サイトの活性を適切にする場合があるため Ni2P表面におけるHDSやHDNを効率的に進行させている可能性がある。
K. Edamotoはc(2×4) Ni2P(101�0)の表面電子状態を明らかにするために、共鳴光電子分光
(Resonant PES)測定および角度分解光電子分光(ARPES:Angle resolved PES)測定を行った [11,12]。ARPESは[0001]方向(Fig.1-7 (a))と[1�21�0]方向(Fig.1-7 (b))に対して行われた。[0001]
方向のARPESの結果では、Γ���点近傍、結合エネルギー0.5 eVにバンドを観測し、このバンドは
Ar+イオンスパッタリングにより消失し、Ni 3p→3d励起しきい値近傍において反共鳴dipを示さ なかったことからこのバンドはNi 3d準位の寄与は小さく、P 3p準位の寄与が大きいバンドと帰 属されている。MRARモデルによると[0001]方向の最表面はP原子で覆われているため、ARPES で観測された上記のバンドが最表面の P 原子に由来する準位と考えられる。[1�21�0]方向における 表面準位は3つ観測され、それぞれS1,S2,S3とする。S1はΓ���点近傍に結合エネルギー0.2 eVに観
測され、S2はΓ���近傍、結合エネルギー0.4 eVに観測された。S3はN′�点とX′�点間に結合エネルギー
5
0.6 eV に観測された。これらの表面準位は Ar+イオンスパッタリングにより消失する準位である
ことから、表面状態に敏感な準位である。
1.3 Fe2Pについて
上記の通り、TMPsの中で HDS およびHDNに対して最も高い触媒活性を示す Ni2Pにつ いて、表面構造および表面電子状態について研究結果が多々報告されている一方、Fe2Pは表面構 造および電子状態に関する研究は極めて僅かしかない。遷移金属リン化物のHDSおよびHDNに 関する触媒活性の本質を明らかにするためには、Ni2PのみならずFe2Pの表面原子構造や表面電 子状態を明らかにすることが必要不可欠であり、これらについての研究が急務となっている。
Fe2Pに関する先行研究は主に磁気的性質に焦点が置かれてきた。例えば、Fe2Pはc-軸方 向の結晶磁気異方性や大きな磁気熱量効果をもつため、その起源を明らかにするために電子状態 に興味がもたれ、スピン分解状態密度計算(spin-resolved DOS:Density of states)がO. Eriksson ら[13]やX. B. Liuら[14]により行われている。どちらの報告でも、Fe2Pの電子状態の特徴は主に
Fe 3d マイナースピンからなる金属的バンドが EF 近傍に存在することであることが示されてい
る。一般に、表面においてEF近傍の電子状態が化学反応において重要な役割を果たすことが知ら れているが、Fe2Pについては理論的な研究が先行しており、実験的な知見は未だ報告例がないま まである。遷移金属リン化物の高い触媒活性の起源を明らかにするためにも、Fe2Pの表面構造や 表面電子状態について実験的に明らかにすることが急務である。
1.4 本研究の目的
本研究では、これまで報告例の少ないFe2Pに着目した。TMPsのHDSおよびHDNに対 する触媒活性の本質を明らかにするためには、Fe2Pが低活性を示す起源を明らかにする必要があ る。触媒活性は電子状態と密接に関わるため、Fe2Pにおけるこれを明らかにし、既報の Ni2Pと 比較検討することで遷移金属リン化物の触媒活性の起源に迫れると考えられる。そこで本研究で は、Fe2Pの低指数面であるFe2P(101�0)およびFe2P(0001)について
(1)Fe2P(101�0)およびFe2P(0001)の電子状態
(2)試料加熱による表面へのP偏析挙動の調査
(3)P偏析に伴う表面電子状態の変化
を明らかにすることを目的として、種々の表面分析手法により研究を行った。
6
Fig.1-1 遷移金属リン化物およびNi-Mo-S触媒のHDS反応およびHDN反応に関する転 化率[2]。
7
Fig.1-2 Fe2P型結晶構造の模式図。青およびグレーは金属原子、橙およびピン
クはP原子を表している。
8 Fig.1-3 XPSにおけるNi/P強度比とNi 2𝑝𝑝3
2 の結合エネルギーの観測位置[4]。
9
[0001]
[ 1 � 21 � 0]
M( Ⅰ ) M( Ⅱ ) P
Fig.1-4 M2P(101�0) (M = Ni or Fe)の理想表面の構造。
10
Fig.1-5. 723 Kでアニールした際のNi2P(101�0)のSTM像。サンプルバイアス-1.5V, トンネル 電流 130 pA。(a) (1×1)と c(2×4)が共存する像. (b) (a)のc(2×4)領域の拡大像 (c) (b)のコント ラストを変えた図. (d) (b)に単位格子を挿入した図[9]。
11
Fig.1-6. P LMMおよびNi MVV Augerピーク強度比の加熱温度依存性[10]。
12
(a)
(b)
Fig.1-7 (a) [0001]方向におけるNi2P(101�0)の2次元バンド構造[11]。
(b) [1�21�0]方向におけるNi2P(101�0)の2次元バンド構造[12]。
13
第2章:原理
2.1 光電子分光(PES:Photoelectron spectroscopy)[15-17]
金属的物質や半導体に仕事関数以上のエネルギーの光を照射すると、電子が試料から放出 される。この現象を光電効果とよび、光電効果により生じた電子のことを光電子と呼ぶ。光電子 分光(PES:Photoelectron spectroscopy)は光電効果により試料から発生した光電子の数を運動 エネルギーの関数として測定する実験的な手法である。ここで以下の2つの基本式が成り立つ。
𝐸𝐸Bin=ℎ𝜈𝜈 − 𝐸𝐸Kin− 𝜙𝜙 (2-1) 𝐸𝐸Bin =𝐸𝐸𝑓𝑓𝑁𝑁−1− 𝐸𝐸𝑖𝑖𝑁𝑁 (2-2)
ℎ𝜈𝜈 :光のエネルギー
𝐸𝐸Bin :PESスペクトル中における電子の結合エネルギー 𝐸𝐸Kin :光電子の運動エネルギー
𝜙𝜙 :仕事関数
𝐸𝐸𝑓𝑓𝑁𝑁−1:N-1電子系の終状態の全エネルギー 𝐸𝐸𝑖𝑖𝑁𝑁 :N電子系の始状態の全エネルギー
実際に光電子分光を行う際、光のエネルギーは一定で既知であるため、仕事関数の値が分かれば、
スペクトルの測定から物質中に含まれる元素を特定することが可能となる。これは各元素により スペクトル中の各準位に対応したピークが固有の結合エネルギーをもつためである。加えて、結 合エネルギーは同一元素・同一軌道においても、元素の環境によって異なるため、単体からの変 化量を測定することで元素同定だけでなく化学状態を観測することが可能となる。
エネルギーダイアグラム
固体において内殻準位は離散した準位を形成するのに対して、価電子帯はエネルギーが連 続的に分布したバンドを形成する。Koopmans の定理が成り立つ場合、すなわち光電子放出後の 終状態で緩和の効果を無視した場合における、価電子帯スペクトルを測定した際のエネルギーダ イアグラムの模式図をFig. 2-1に示す。光電子の放出強度を光電子の運動エネルギーの関数とし
14
てプロットすることで価電子帯スペクトルを得ることがでる。このスペクトルは一次近似として 状態密度(DOS:Density of States)を実験的に測定したものとなる。
遷移確率
ここで、光電子分光における占有準位から自由電子状態への遷移確率について述べる。こ の遷移確率(𝜔𝜔𝑓𝑓←𝑖𝑖)は、時間に依存した摂動理論で求めることができる。N電子系の始状態ψ(エネi
ルギーEi)からN-1電子系+自由電子の終状態ψf(エネルギーEf)への単位時間あたりの遷移確率
𝜔𝜔𝑓𝑓←𝑖𝑖は次式で与えられる。
𝜔𝜔𝑓𝑓←𝑖𝑖 ∝4𝜋𝜋ℎ ��𝜓𝜓𝑓𝑓�𝐴𝐴(𝑟𝑟)∙ 𝑝𝑝�𝜓𝜓𝑖𝑖��2𝛿𝛿(𝐸𝐸𝑓𝑓− 𝐸𝐸𝑖𝑖− ℎ𝜐𝜐) (2-3)
(2-3)式はフェルミの黄金律とも呼ばれる。ただし、フェルミの黄金律におけるEfは(2-2)とは異な
りN 電子系の終状態における全エネルギーである。非占有準位のDOS と遷移確率を一定と仮定 すれば、光電子スペクトルは占有準位の状態密度を与える。しかしながら、一般に遷移確率は占 有準位の波動関数によって大きく異なるため、実際には DOS を遷移確率で畳み込んだものが光 電子スペクトルである。
スリーステップモデル
固体からの光電子放出過程を以下の3つの過程に分割して考える。
(1)光電子の励起過程 (2)表面へ光電子の伝播 (3)表面からの脱出
これをスリーステップモデルという。この過程をFig.2-2に模式的に図示した。通常、光電子分光 に利用する光のエネルギーは 20~1500 eV であり、固体における光子の減衰長はおよそ 100~
1000Åと見積もられ、これは励起過程が表面から程遠い固体内部でも起こることを意味する。し
かし、固体における電子の平均自由行程λ(IMFP:inelastic mean free path)は1500 eVの運動 エネルギーで100 Å前後であり、これは励起された光電子の大半が表面への伝播の途中で散乱さ れることを意味する。非弾性散乱をうけエネルギーを失った電子はPESスペクトル中になだらか なバックグラウンドを与える。λは経験的に光電子の運動エネルギーの関数として(2-4)式で与え られる。式中のλの単位はÅである。
λ= 𝐸𝐸kin
𝐸𝐸p2�𝛽𝛽 ln(𝛾𝛾𝐸𝐸kin)−𝐸𝐸kin𝐶𝐶 + 𝐷𝐷
𝐸𝐸Kin2 � (2-4) (2-4)式におけるそれぞれの項は以下で与えられる。
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β=−0.10 + 0.944�𝐸𝐸g2+𝐸𝐸p2�−12+ 0.069𝜌𝜌0.1 γ= 0.191𝜌𝜌−0.50
C = 1.97−0.91U D = 53.4−20.8U U =𝑁𝑁𝜐𝜐𝜌𝜌
𝑀𝑀 = 𝐸𝐸p2
829.4 ここで
𝑁𝑁𝜐𝜐:1分子中の価電子数 𝑀𝑀 :分子量
𝐸𝐸g:ギャップエネルギー /eV 𝐸𝐸p:プラズモンエネルギー /eV 𝜌𝜌 :密度 /g・cm-3
であり、(2-4)式をTPP-2M式と呼ぶ。TPP-2M式は電子の運動エネルギーが50~2000 eVの範囲 にあるとき有効である。PESでは、運動エネルギーが約50 eV付近で光電子の検出深さが最小に なり、このときの検出深さは表面2,3層に相当する。運動エネルギーが50 eVを超えると、より 深い所から電子が励起され光電子ピークとして検出される。そのため、入射する光のエネルギー を変えることで同一の準位でも表面敏感な測定か固体敏感な測定かを切り替えることができる。
内殻準位PES
入射光が内殻準位を十分に励起できるだけのエネルギーの時、原子の内殻準位の電子状態 を反映したPESスペクトルを測定できる。内殻準位PESスペクトルの例をFig. 2-3に示す。内 殻準位PESはしばしば、ESCA(Electron spectroscopy for chemical analysis)とも呼ばれる。こ れは、内殻準位の結合エネルギーは元素に大きく依存しているため、内殻準位PES測定は元素分 析に用いることができるためである。加えて、同じ元素でも異なるとき内殻準位は異なった結合 エネルギーを有するため、同一元素の内殻準位PESスペクトルでも、結合状態に応じてピーク位 置がシフトする。このようなシフトのことを化学シフト(chemical shift)と呼ぶ。
共鳴光電子分光Resonant PES
ここでは、放射光を用いた光電子分光における応用測定法の 1 つである共鳴光電子分光
(Resonant PES)について述べる。
16
入射光のエネルギーを内殻準位から価電子帯への励起エネルギーに一致させると、共鳴光 電子放出過程が生じる。光電子放出過程には 2 つのプロセスが存在し、1つは通常放出過程また は直接放出過程と呼ばれるプロセスで、もう1つは間接放出過程などと呼ばれるプロセスである。
後者のプロセスは、内殻準位から価電子帯へと励起した電子が内殻正孔と再結合する際に、価電 子がエネルギーを受けとることで放出される過程で、一種のAugerチャネルに相当する。この2 つの過程をFig.2-4に示す。直接放出過程と間接放出過程はどちらとも、同じ始状態から同じ終状 態への遷移である。そのため、これらの過程は量子力学的に干渉し、光励起しきい値近傍におい て、光電子放出断面積は増加または減少を示す。
共鳴領域(共鳴しきい値近傍)と非共鳴領域の差をとることで得られる差スペクトルは、
様々な原子軌道からなる価電子帯光電子スペクトルから特定の原子軌道成分をとりだしたスペク トルである。
放射光を用いた光電子分光測定には、定始状態スペクトルと定終状態スペクトルと呼ばれ る測定方法がある。本研究で行った共鳴光電子分光は定始状態スペクトルと本質的に同等なので、
次項に定始状態スペクトルについて述べる。
定始状態スペクトル
これまで議論してきた光電子スペクトルは光のエネルギーをある特定の値に固定し、光電 子放出強度を光電子の結合エネルギーに対してプロットしたもので、エネルギー分布曲線(EDC: Energy distribution curve)と呼ばれるものであった。一方で、光源にシンクロトロン放射光を用 いる光電子分光では、光のエネルギーを可変変数とするタイプの実験も行える。(2-1)式に立ち戻 ってみると、EBinを一定となる様にEKinとhνを掃引する実験も行える。このようにすれば、特定 の価電子状態の光電子放出断面積のhν依存性を調べることができる。このような手続きで測定し たスペクトルのことを定始状態(CIS:Constant initial stateスペクトル)と呼び、CISスペクトル は光電子スペクトル(EDC)に現れる構造の原子軌道的な起源を明らかにすることに有効な手法 である。
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2.2 オージェ電子分光法(AES:Auger electron spectroscopy)[18]
オージェ電子分光法(AES:Auger electron spectroscopy)は電子状態を観測する電子分光 法の1つである。
内殻をイオン化するのに十分なエネルギーの電子線に試料を晒すと内殻準位に正孔が生成 し、正孔より上の準位の電子が遮蔽のために正孔へと落ちてくる。これに続く過程の1つにエネ ルギー保存の法則により、遮蔽した電子と同じ準位かそれより上の準位の電子がオージェ電子と して試料から放出される過程がある。この過程をFig. 2-5に示した。固体から放出される電子を その運動エネルギーの関数として測定すると、オージェ電子よりなるピークが観測される。この 様なスペクトルをオージェ電子スペクトルと呼び、この測定より、試料に含まれる元素の同定や 定量分析が可能となる。なお、線源にX線を用いた場合、XAESと呼び区別する場合もある。
K殻(エネルギー準位:EK)に空準位が生じ、この空準位を埋めるためにL殻(エネルギー 準位:EL1)から電子が落ち、最終的にL殻(EL2,3)の電子がAuger電子として放出される過程を KLLオージェ遷移、放出された電子をKLLオージェ電子と呼ぶ。KLLオージェ電子のエネルギー
EAugerとすると、そのエネルギーは次の様に記述できる
𝐸𝐸Auger=𝐸𝐸𝐾𝐾− 𝐸𝐸𝐿𝐿1− 𝐸𝐸𝐿𝐿2,3 (2-5)
この式に含まれるエネルギー準位の値は元素によって決まった値であるため、オージェ電 子のエネルギーも元素固有の値となる。これにより、オージェ電子分光では物質を構成する元素 を同定できる。
AESスペクトルでは、2次電子がなだらかなバックグラウンドを形成する。そこで、測定
時にAESスペクトルを運動エネルギーの関数として1次微分する。これは、バックグラウンドは なだらかなので、その微分係数はおおよそ一定なので、オージェ電子によるピークに由来する微 分係数が明瞭に現れるためである。これをFig. 2-6に示す。本研究のAESスペクトルは微分され たスペクトルである。
AES スペクトル中のピークは強度の見積もるためには、測定した AES スペクトルは微分
された結果なので、スペクトルを積分する必要がある。しかし、一般にはガウス型のピーク形状 を仮定し、微分されたAESスペクトルのピークの山から谷への高さから強度を見積もる。これを peak-to-peak強度と呼ぶ。本研究で今後、オージェ電子の強度について言及する時はpeak-to-peak 強度を意味する。
18 Coster-Kronigオージェチャネル
これまで説明してきたオージェ電子をノーマルオージェチャネルとするならば、特殊なオ ージェチャネルも存在する。オージェ電子の生成過程により、Coster-Kronigチャネルと呼ばれる
過程とsuper Coster-Kronigチャネルと呼ばれる過程がそれらである。オージェ電子生成の過程は
先にも述べた通り
(1)内殻正孔の生成
(2)内殻生成の遮蔽
(3)Auger電子として電子の放出
の3過程からなる。Coster-Kronigオージェチャネルは、(1)と(2)の過程が同じ主量子数の電 子で起こるチャネルである。super Coster-Kronigオージェチャネルは、(1)~(3)すべての過程 が同じ主量子数の電子で生じるチャネルのことである。
19
2.3 X線吸収分光 (XAS:X-ray absorption spectroscopy)[19-21]
PES測定が占有準位の電子状態に関する情報を与えてくれるのに対し、XAS測定は非占有 準位の電子状態に関する情報を与えてくれる。
X 線のエネルギーを掃引しながら試料に照射すると内殻電子の光励起しきい値を越えると X線吸収が生じ、非占有準位への励起がおこる。この励起は同一原子内で生じる。XASスペクト ルの遷移確率は(2-3)式と類似のFermiの黄金律で与えられる。XASは双極子選択則に従う。これ は内殻準位の電子は原子核近傍に局在しているためである。この選択則は以下のようにまとめる ことができる。
(1)主量子数(n)については無制限
(2)方位量子数(l)については吸収前後で必ず±1の変化を生じる
そのため例えば、1s軌道の電子は2p軌道へ、2p軌道の電子は主として3d軌道へと励起される。
電子収量法
XAS測定にはいくつかの測定法がある。検出深さが異なっており、目的に応じた手法を用 いる必要がある。本研究では、部分電子収量法(PEY)を用いた。Fig.2-7 にXAS測定を行った
BL-13B における部分電子収量法の測定システムの模式図を示す。XAS 測定を行うにあたり、入
射しているX線の強度を測定する必要がある。そこで、BL-13では試料とフォーカスミラーの間 に金メッシュを挿入する。金メッシュにX線が照射されることで光電効果を生じる。金メッシュ をアースに地絡させておけば、金メッシュからアースにメッシュ電流が流れる。このメッシュ電 流がX線強度に比例すると仮定する。この電流をI0とする。試料から放出された光電子をホーム メイドの電子検出器でカウントし、この測定強度をInt.とする。ここで、I0とInt.がX線吸収μ(E) と以下の関係があるものとする。
𝜇𝜇(𝐸𝐸)∝𝐼𝐼𝐼𝐼𝐼𝐼.𝐼𝐼
0 (2-9)
このμ(E)を入射する光のエネルギーの関数(E)としてプロットすることで、XAS スペクトルを得 る。
20
2.4 低速電子回折(LEED:Low energy electron diffraction )[22-23]
低速電子回折(LEED)は表面における原子の周期配列を決定するために広く使われている 手法である。電子の波長λ(Å)は
λ=�150.4𝑉𝑉 (2-10) で与えられる。ここで
𝑉𝑉 :加速電圧 / V
である。例えば、V = 150 Vはおおよそ1Åに相当する。そのため、低運動エネルギーの電子
(数百 eV以下)は結晶格子で回折する。
表面における電子回折を簡便に議論するために、格子間距離dの1次元鎖を例に考える。
波長λの電子を入射角θで表面に入射すると、φなる角度で散乱されるとする。これをFig. 2-11 に示す。ここで、入射電子と散乱電子の光路差が生じる。光路差が電子の波長の整数倍nである とき(2-13)式
𝑑𝑑(𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠 𝜃𝜃 − 𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠 𝜙𝜙) =𝑠𝑠𝑛𝑛 (2-11)
が成立すれば、電子波は互いに強めあい、その結果φ方向へ回折波が生じて、これを蛍光スクリ ーンなどで観察することができる。
エワルド球
入射電子の波数ベクトルをki、散乱電子の波数ベクトルをksとする。すると、エネルギー 保存則から
|𝒌𝒌𝑖𝑖| = |𝒌𝒌𝑠𝑠|(=2𝜋𝜋𝜆𝜆) (2-12)
が成り立つ。入射電子および散乱電子の波数ベクトルの平行成分をki//およびks//とすれば
�𝒌𝒌𝑖𝑖∕∕�= |𝒌𝒌𝑖𝑖| sin𝜃𝜃= (2𝜋𝜋𝜆𝜆) sin𝜃𝜃 (2-13)
�𝒌𝒌𝑖𝑖∕∕�= |𝒌𝒌𝑠𝑠| sin𝜙𝜙= (2𝜋𝜋𝜆𝜆) sin𝜙𝜙 (2-14) これらの式が成り立つ。(2-15)および(2-16)を(2-13)に代入し、整理すると
�𝒌𝒌𝑖𝑖∕∕� − �𝒌𝒌𝑠𝑠∕∕�=2𝜋𝜋𝐼𝐼𝑑𝑑 (2-15)
となる。ここで、実格子の基本ベクトルd(|𝒅𝒅| = d)、逆格子ベクトルd* を次の様に定義する 𝒅𝒅∗𝒅𝒅= 2𝜋𝜋 (2-16)
この場合、𝒅𝒅と𝒅𝒅∗の方向は同じなので、(2-17)は(2-19)の様に書き換えられる。
�𝒌𝒌𝑖𝑖∕∕� − �𝒌𝒌𝑠𝑠∕∕�=𝑠𝑠𝑑𝑑∗ (2-17)
21
ただし、𝑑𝑑∗ = |𝒅𝒅∗|である。逆格子の定義を考慮すると、(2-17)は(2-18)になり、この時、回折波 が観測できる。
Δk// = 𝒌𝒌𝑖𝑖∕∕− 𝒌𝒌𝑠𝑠∕∕=𝑠𝑠𝒅𝒅∗ (2-18)
次に2次元に配列する原子の場合について議論する。2次元格子の基本ベクトルをa1お
よびa2とすると、回折波が観測される条件は(2-20)に対応して 𝒂𝒂1∆𝒌𝒌= 2𝜋𝜋𝑠𝑠 (2-19) 𝒂𝒂2∆𝒌𝒌= 2𝜋𝜋𝜋𝜋 (2-20)
が成立する必要がある。ただし、nおよびmは整数。a1およびa2の逆格子ベクトルをそれぞれ 𝒂𝒂1∗および𝒂𝒂2∗とすれば、(2-19)および(2-20)式が成立するには
Δk// = 𝑠𝑠𝒂𝒂1∗ +𝜋𝜋𝒂𝒂2∗ (2-21)
を要する。(2-21)の右辺は逆格子空間における格子点を表すので、Δk//すなわち入射波と散乱波 の表面に平行な方向の成分の差が逆格子点に一致するような条件が満たされるときに回折波が観 測されることになる。
22
2.5 シンクロトロン放射(SOR:Synchrotron orbital radiation)[24]
シンクロトロン放射光は(SOR:Synchrotron orbital radiation)、しばしばSRとも呼ばれ るが、これは光源の1つである。光速に近い速度の電子が曲がる時に放射される光のことを指す。
SORには以下に示すような特徴がある。
(1) 他の光源に比べて、可視/紫外およびX線領域において圧倒的に明るい光である
(2) SORはビームラインがカバーしているエネルギー範囲において、任意の光のエネルギーを
利用できる
(3) SORはHe共鳴線やAl KαやMg Kαに比べて真空に悪影響のない光源である
(4) SORはレーザー光に匹敵する準平行光である
(5) SORはインコヒーレント光である
(6) SORはパルス光である
これらの特徴はPES測定やXAS測定に対して便利である。
23
EF
EVac
EBin
φ Intensity
EKin
E
EKinFig. 2-1 価電子帯における光電子放出のエネルギーダイアグラム図。
24
hν
Ei
Ef
光励起 伝播 脱出
Fig.2-2 スリーステップモデルにおける光電子放出過程。
25
Fig. 2-3内殻準位PESスペクトルの例。
Intensity (Arb. unit)
Binding Energy /eV バックグラウンド
シェークオフ シェークアップ
プラズモン
メインライン
26 通常の光電子放出過程
光励起しきい値近傍における光電子放出過程 内殻準位
内殻準位 伝導帯
Fig. 2-4 共鳴光電子放出過程の原理図。
27 真空準位
価電子帯
EL2,3
EL1
1次電子
2次電子 Auger電子
Fig.2-5 オージェ電子の生成と放出過程の模式図。
28 Ekin
N(E)
Ekin
N(E)/E
微分
(a) (b)
Fig.2-6 (a) 微分前のAESスペクトル。(b)実際に測定している微分したAESスペクトル。
29
A
I0電流 SOR
電子検出器 金メッシュ 光電子
試料
Fig.2-7 BL-13Bにおける部分電子収量法の測定システムの模式図。
30
d θ φ
入射電子 散乱電子
Fig.2-8 1次元鎖における電子回折の模式図。
31
第 3章:Fe2P(10𝟏𝟏�0)の電子状態:軟X線分光による研究
3.1 背景と目的
Ni2Pは遷移金属リン化物の中でも最も触媒活性が高いことから研究が盛んに行われてきて いる。遷移金属リン化物の触媒活性の起源の本質を明らかにするには、Ni2P と同一の空間群
(P6� 2m)に属し[4]、どちらも金属的性質を示す[2]など共通点の多い一方、触媒反応については
Ni2Pほど活性を示さないFe2Pについても研究を行い、その結果をNi2Pのものと比較することが 有効と考えられる。
Ni2P の結晶は[0001]方向に Ni3P 層と Ni3P2層が交互に積層した構造をとる。そのため、
Ni2P(0001)の理想表面はNi3P層もしくはNi3P2層のどちらかで終端されるが、dynamic LEEDを 用いた構造決定によると(1×1) Ni2P(0001)の表面構造は、Ni3P2層のNiサイト上にP原子が偏析 したNi3P_P構造が80%、残り20%はNi3P2層が露出している構造と決定された[8]。一方で、触 媒活性は、Ni3P層のNi原子の方がNi3P2層のNi原子よりも高いと予測されている[5]。Ni2P(101�0) 理想表面は、Ni(Ⅰ)と Ni(Ⅱ)両方が共存する面を構成すると考えられるため、Ni2P(0001)と 比べて相対的に触媒活性が高い面と考えられる。Fe2PはNi2Pと同様の結晶構造であることから、
Fe2PにおいてもFe2P(101�0)はFe2P(0001)よりも触媒活性が高いと期待される。
一般に EF近傍の電子状態は表面反応と密接に関わるため、EF近傍電子状態を観測し、さ らにこれを制御する方法を開発することは表面化学において極めて重要である。これまでの研究 から、Ni2P(101�0)は、Ar+イオンスパッタリングした面を加熱処理により表面へのP偏析の量を制 御することでEF近傍の電子状態を制御できることが報告されている[10-12]。これは、表面に偏析 したP原子の3p軌道と表面に存在するNi 3d軌道が結合を形成しNi 3d準位が安定化するためで ある。これに伴いEF準位近傍に擬ギャップが形成されることでEF直下の状態密度が減少し、バ ンドの重心が高結合エネルギー側にシフトする[10-12]。表面構造は、A+イオンスパッタリングし た面はスポットが観測されなかった LEED パターンが加熱温度の上昇と共に変化し、200℃で弱 い(1×1) LEEDパターンに変化し、さらに300℃でc(2×4) LEEDパターンへと変化した[11-13]。
上記のようにNi2P(101�0)については、表面構造ならびに表面電子状態について研究例が蓄 積されている。一方で、Fe2Pについてはこれまで磁気的物性に焦点が当てられ、スピン分解状態 密度計算などが行われてきているが[13,14]、触媒活性に密接に関わる電子状態については未解明 のままである。
本研究では、既報のNi2P(101�0)と比較検討するためにFe2P(101�0)の電子状態に着目した。
Fe2P(101� 0)の電子状態を明らかにし、Ni2P(101� 0)のそれと比較することで触媒活性の違いの起源
32
を明らかにすることを目的として、放射光を用いた軟X線光電子分光とX線吸収分光を用いて研 究を行った。
33 3.2 実験
単結晶Fe2Pは物質材料研究機構のS. Otani博士により浮遊帯法を用いて作製された[25]。
この単結晶から放電加工により1 mm厚のディスクとしてFe2P(101�0)を切り出した。切り出され たFe2P(101�0)をアルミナを用いて鏡面になるまで研磨し、実験に用いた。
共鳴光電子分光法は高エネルギー加速器研究機構(KEK)、フォトンファクトリー(PF)の ビームライン(BL)3Bで行った。エンドステーションの超高真空チャンバー内において、Ar+イ オンスパッタリング(2 kV、20分、イオン電流量0.5 – 2.0μA)と650℃のアニーリング20分を 繰り返すことでFe2P(101�0)表面を清浄化した。清浄化の達成はAESおよびPESスペクトルにお いて不純物ピークが検出限界以下であったことから確認した。試料の加熱温度は放射温度計によ り測定した。BL-3B のエンドステーションにはマイクロチャネルプレートを備え付けた半球形電 子エネルギー分析器(VSW HA54)が設置されている。このアナライザーの光電子取込角は±1°
であり、Ta製のサンプルホルダーのPES スペクトルにおけるフェルミ準位の幅から見積もった エネルギー分解能は入射光のエネルギーが48 eVの時、0.3 eVであった。放射光は表面垂直方向
から45°傾いた向きから入射し、試料表面垂直方向に放出された光電子を測定した。測定槽の真
空度は3.0×10-10 Torrであった。
P 2p準位、Fe 2p内殻準位のPES測定およびFe L2,3端のXAS測定はKEK PF BL-13Bで 行った。Ar+イオンスパッタリング(2 kV、20分)と500℃のアニーリング20分を繰り返すこと で Fe2P(101�0)表面を清浄化した。試料の PESスペクトルでは、不純物ピークが検出限界以下で あった。BL-13Bのエンドステーションには半球形電子エネルギー分析器(Gamma Data/Scienta SES200)が備え付けられており、このアナライザーの光電子取込角度は±4°である。放射光は 表面垂直方向から 65°傾いた向きから入射し、試料表面垂直方向から±4°以内の方向に放出さ れた光電子を測定した。光電子スペクトル中のフェルミ準位の幅から見積もったエネルギー分解 能は入射光のエネルギーが100 eVの時に70 meV、1000 eVのときに280 meVであった。
XAS測定では、マイクロチャネルプレートを用いて、試料表面から放出された電子を検出 した。測定時、阻止電場を印加することによる検出電子のエネルギー選別は行わなかった。XAS スペクトルは検出した電子の総量を、フォーカスミラーと試料の間に挿入した金メッシュに流れ たメッシュ電流で割ることで得た。測定時、BL-13B の分析槽の真空度は 3.8×10-10 Torrであっ た。