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連用修飾句ナクナクについての覚え書き

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連用修飾句ナクナクについての覚え書き

著者 玉村 文郎

雑誌名 同志社国文学

号 9

ページ 126‑140

発行年 1974‑02

権利 同志社大学国文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004869

(2)

二エハ

連用修飾旬ナクナクについての覚え書き

玉  村 文  郎

   目   次

 はじめに

一︑間題のありか

二︑ナクナクの用例をめぐって

三︑ナキナキの出現

四︑語形などの間題

五︑ナクナクの機能と意味

六︑ナクナクの表記形式

 おわりに

じ め

人が泣くといふことは︑近年著しく少なくなって届るのであ

る︒︵中略︶大人の泣かなくなったのは勿論︑子供も泣く回敷

が段々と少なくなって行くやうである︒以前は泣轟と謂って︑ ちょっとした事でもすぐ泣く兄が︑事實幾らもあったのであるが︑今ではその泣轟といふ言葉だけはまだ残って居て︑主として泣かせないまじなひのやうに之を使用して居る︒又長泣ぎと謂って︑泣ぎ出したら中々止めない子供もあった︒是など竺言葉そのものが既に無くなって居る◎

 右は︑民俗学者柳田国男が﹁涕泣史談﹂と題して行なった講演の

抜き書きである︒ここで︑柳田国男は︑人間の﹁ナク﹂行為に眼を

向け︑その時代的な変遷と︑その変遷に見られる﹁ナク﹂行為の意

味の差などについて考察している︒

 小考は︑動詞﹁ナク﹂の重複形を手がかりにして︑国語表現の不

易と可易の問題を考えようとするものである︒

(3)

︑問題のありか

 言語学では公理として︑﹁全等な二語は存しない﹂と言われてい

て︑類似表現が二個以上存在する場合には︑必ずその二個以上の表

現のあいだに︑意義の広狭︑新旧︑雅俗の差などの伍値・内容上の

ちがいがあるものとされている︒

 たとえば︑現代の作家木下順二に︑次のような二つの類似表現が

あって︑ ◎じっさはおったまげて︑泣き泣ぎそれをひろって︑庭のすみに

  うめて⁝・:︵ガニガニゴソゴソ﹁わらしべ長者﹂所収︶

 ◎そこで泣く泣く声をあげて︑︵中賂︶名前だけでも聞かせてや

  ろうと︵絵姿女房﹁夕鶴・彦市ばなし﹂所収︶

◎はこの民話の地の文の中で︑また◎は朗読の中の語り手のことば

として用いられていて︑それぞれ︑後続の動詞﹁ひろう﹂﹁︵声を︶

あげる﹂を修飾する情態副詞句として用いられている点に共通点が

ある︒しかし︑︵⁝一が動詞﹁泣く﹂の連用形の畳語であり︑◎がそれ

の終止形の畳語である点に︑明らかに形態上の差異があるにもかか

わらず︑表現に随分意を用いるこの作家が︑ほぼ同情況の描写に︑

ことなる二形態︵すなわち別語句︶を使用していることは注目にあ

たいするであろう︒

      運用修飾句ナクナクについての覚え書ぎ  ここで︑やや本筋からそれるが︑あえてふれるなら︑作者がこの語句の使い分けを意識していたかどうかを問わなくても︑多分◎が児童対象に書かれたものであり︑◎が﹁民話劇﹂中の一篇として︑

一般人を対象としていると思われる点に起因していると考えるべき

であろう︒

 さて︑われわれが国語史に眼を向けるとき︑そこに︑体系的な変

移の波にもかかわらず︑しばしば不変のまま残った個別例の存在を

認めることがある︒この覚え書きの扱うところに限って︑例をあげ

てみよう︒

 わが日本語において︑動詞を後続する他の動詞の修飾語格に働か

せる場合︑先行動詞の終止形または連用形を畳むという方法をとる      @ことがある︒ ︵連用形田宜語の方は現代においても︑一音節連用形を

除けば︑なお生産的である︒︶その場合︑表1によって明らかなよ

うに︑終止形畳語が連用形畳語より時期的に早いと言える︒もっと      も︑橋本四郎氏にすでに指摘のあるように︑両形式のあいだに機能

上の差異のあったことは認められていい︒

 具体例を整理した結果から︑概括的に導き出せる点として︑

 ○上古になかった連用形畳語が中古以降に終止形畳語の座をおか

  すようになったこと

      二一七

(4)

例用語畳形用連と語畳形止終す成構を句飾修用連

表 違用修飾句ナクナクについての覚え書き

すすへへかが

一計

iv︑

畳形

段用非活

活段

畳形

止終 一計

1←︑

段用

非活

活段

式形語作 3232■ ■

語物取

語物勢

ヨロ

語物窪

4317127913語物氏

563323m◎o語物

平 50111128語物遺拾治 301211子草

草然

37

 留

 多風柳

759221︶ 9 5 1

oo︵

使

︶︵       一二八 ○連用形畳語は︑活用形式から言えば非四段活用に︑組成  上から言えば複合動詞に阜く例が見られること       ◎ e四段動詞の中では︑三音節以上の動詞に︑連用形の畳語  化の例が早く表われること @中世以降の例のうち︑特定の動詞にっいては︑四段動詞  ・非四段動詞を問わず︑終止形畳語のまま残ったことなどをあげることができる︒ この最後の@に属する動詞が︑最初にあげた﹁不変のまま残った﹂個別例に該当する︒すなわち︑マスマスナクナク

ハフハフ カヘスガヘス オヅオヅ オソルオソル ︑︑︑ス︑︑︑

ス ミルミル などである︒

 これらはいずれも︑古い用例の当初から︑あるいはその途

中から︑あたかも単独副詞のごとく用いられてきたもののよ

うで︑  空しき御骸を見るく一源・桐壷一

のように︑動詞機能を保持して先行の連用句を受けることが

なくなり︑もっぱら情態副詞として︑後続の動詞にのみ係る

ようになっている︒このことにっいては︑ナクナク カヘス

ガヘス カハルガハルなどが︑類聚名義抄において︑ ﹁漢字

一字の訓として附けられてゐることは︑これらが一語と把握

(5)

されてゐたことの反映である︒﹂︵前掲橋本論文︶との指摘も︑

の傍証としてあわせ考えるべきであろう︒ つ

 さて︑終止形畳語でもっとも例の多いのは︑ナクナクである︒文   @献の性質により︑用例の出現にかなり大きいかたよりのあるのは当

然であるが︑通覧した場合︑ナクナクが断然第一位に立っことはま

ことに顕著な事実である︒以下に用例を紹介しながら︑ナクナクの

特質と位相にっいて考えていこう︒

    二︑ナクナクの用例をめぐって

 表2からうかがえるように︑ナクナクは中古に始まって中世を通

じ︑一貴して︑かなり広範な文献に安定したかたちで登場する︒用

例はな岩近世の諸文献を経て現代のものに及んでいる︒もっとも文

献の質や語桑量に応じて︑ナクナクの表われ方が必ずしも一様では

ないことは︑先にふれたとおりである︒

 ここで特記すべきこととして︑平家物語における七八回という使

用度数がある︒この度数は︑先行文献である源氏物語や今昔物語に

すでに見えていたナクナクの頻用傾向を決定的なものにしたと考え

られる︒    表3に見られるとおり︑ナクナクの使用度数は︑平家物語の異な

      連用修飾句ナクナクについての覚え書き

︶世中〜古中︵例表 数90

1287

i ■一

己言口語鏡集語語集子集物今 物物 語言遺 草献納拾 説吟 級昔古治 本 伽文堤更今大新平古御5412

語集語集語 己言口己言口己言口語語名物物 物物物部 物言献今撰式 部納取勢和蛉窪式 氏文泉松竹古伊後大蜻落和源浜

り語全体の中で第三〇〇位︑副詞の中では第ニハ位であって︑たし

かに注目にあたいする数値である︒しかも︑第一位から第三〇位あ

たりまでの副詞が︑ナクナクを除けば︑いずれも︑文献の性質や時

代のちがいをこえて︑普遍的に頻用されるものであることは︑明瞭

である︒ 平家物語におけるこのナクナク頻用の事実が︑ただちに後世にお

      一二九

(6)

違用修飾句ナクナクについての覚え書き

︶買数度使︵

言田

語物家平

表 数度

で位体順全の

一邑

数度

で位体順全の

副位頂 78くなくな 61︐﹄

17 60

18 57

5920

︐− ● ■ ●

・ニ

94︑つ

91

12 13 80 79︐﹄

けるナクナクの使用に大きな影響を与えた唯一の契機と目されるわ

けではないが︑しかし︑いかんともしがたい場面に遭遇した人間の

切迫した心理を描く際の恰好の表現として︑以前から用いられてい

たナクナクが︑ようやく頻用の果てに︑定型表現化のみちをたどる       二二〇にいたったと見ることができよう︒その原因が恋であれ︑戦乱であれ︑封建制度であれ︑さからい切れない運命の悲歎をかこちっっも︑っいにあきらめなければならなかった登場人物の心情を描くにあたって︑ナクナクは︑いつか具体的な﹁泣く﹂動作を伴わなくても︑情態副詞として機能するようになり︑愛用されていくことになった︒表2を一見すれば︑源氏以下の物語類にきわだってナクナクの用例の多いことが知れる︒描写という見地に立って見れば︑ナクナクが物語      @類に多いのは︑むしろ自然の理であると言える︒ また︑ミルミル オモフ木モフ キクキクなどの畳語に︑知覚内容を示す連用修飾語旬が必然的に先行するのとはことなり︑﹁泣く﹂が完全自動詞であるために︑ナクナクは直接には修飾語句を受ける必要がないから︑みずからが通例もっぱら麦続動詞に係る連用修飾句として働くだけであり︑  一       ぐ  障子にナクナク一首の歌をぞか訓つけける︒︵平家巻一砥王︶のようになる︒そして︑本来の二動作の同時性を表示する機能を失

って︑構文的には︑二個の動詞成分のあいだの挿入句として意識さ

れる結果となり︑ここから︑ナクナクの副詞化が促進されたと考え

(7)

られるのである︒

 ところで︑ナクナクの用例に時代的な下限があるであろうか︒先

にあげた木下順二の作晶におけるように︑現代においても︑ナクナ

クはかなり広く使用されている︒いま︑便宜現在通行の辞典類にあ

たってみると次のようになる︒︵○印は見出し語として掲出︑×印

は不掲出︶

 辞典名

学習国語新辞典

酷引曽語辞典

学習国語辞典

用例学習国語辞典

文英堂学習国語辞典

漢字で引く国語辞典

学習国語大辞典

大日本図書国語辞典

     ︵ジュニア版︶講談社国語辞典

例解国語辞典

明解国語辞典

講談社国語辞典

角川国語辞典 ︵編著者名︶︵金田二兄助︶︵山田忠雄︶︵小林国雄︶︵金田一春彦︶︵時枝誠記︶︵原富男︶︵佐伯梅友︶︵岩淵悦太郎︶

一融簸一

︵時枝誠記︶︵金田二尺助︶︵久松潜一他︶一総轡口一 なきなき  ×  ×  ×  X  X  ×  ○  ○  ○  ○  ×  ×

  X

連用修飾句ナクナクにっいての覚え書き なくなく X × ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 三省堂国語辞典旺文社国語辞典旺文杜国語総合辞典新明解国語辞典岩波国語辞典新潮国語辞典

口ーマ字で引く国語新辞典

三省堂新国語中辞典

広 辞苑

日本語アクセント辞典

明解日本語アクセント辞典

言   海

辞   林

辞   襲 ︵金田二示助︶︵久松潜一他︶︵金田二只功他︶

嘉艇太嫉一

︵久松潜一︶

一擬縛蟄

︵新村出︶

︵NHK︶

︵金田一春彦︶

︵大槻文彦︶

︵金沢庄三郎︶

︵垣内松三︶

両形とも掲出しないもの

ナクナクのみを掲出するもの

両形とも掲出するもの

      計

二二

× × ×

×

○○○○○○

×

×

3点

12点

12点

27点

○○○○○○○○○○○○○

×

(8)

      連用修飾句ナクナクについての覚え書ぎ

 こうしてみると︑ナクナク ナキナキをともに掲出していない辞

典を除くと︑両形を掲出している辞典と︑していない辞典は︑同数

である︒この事実は︑¢ナクナクが現在でもなお使われながら︑語

法上では︑めずらしい形として︑古語化のみちをたどりつつあるこ

と︑◎その一方では︑ナキナキがことさら掲出されて︑この形もま

た︑ハシリハシリ ィィィィなどより︑いまなお頻繁に用いられて

いるらしいこと︑を暗示している︒ともかく︑古形ナクナクは︑直

接的には伝統的な使用例に支えられつつ︑また内面的には新形ナキ

ナキの頻用から刺激を受けながら︑まだ当分はその姿を消すことは

ないと考えられる︒

 中世から近世にかけて︑他の動詞から分出された畳語形式が︑少

数の例外︵カヘスガヘス ハフハフ ミスミスなど︶を除いて︑連

用形のそれに転じたのちも︑このナクナクが根づよく生き残ったの

には︑ナクナクが前記例外の類と同じく︑単独副詞的に意識された

ためという理由を一往は考えることができる︒たしかに︑口語的性

格が強いと考えられる文献の中でも︑       子は泣く泣く伯父のひざに居けり︵醒睡笑 巻之四聞えた批判

  九︶.

  斯て︑百姓どもは︑なくく十丈がはらに急ぎける一狐塚千本

  鎗﹁民衆運動の思想﹂所収︶       一三二  場中で恥をかかせたれば︑泣く泣く烏の中に加はり︑尾羽をす  ぽめて︑かがみ廻った︒︵キリシタン版ユソポ物語﹁孔雀と︑  烏の事︒﹂︶のように︑ナクナクが用いられている︒ しかし︑例外の類が︑今日にいたるまで︑連用形の畳語形式を分出せず︑副詞化が早期に完了していたと考えられるのと比べると︑ナクナクはかなり事情をことにしている︒この場合︑語意識というよりは︑やはり頻用による固定化・類型化の力が大きかったと見るべきであろう︒

三︑ナキナキの出現

 前章ではもっぱらナクナクについて論じた︒しかし︑ナクナクは

現在でも用いられるが︑冒頭にあげた木下順二の作晶の例や前章の

辞典類の見出し語の調査の結果からも︑ナキナキと共存の状態にあ

ることは明らかであり︑ナキナキの用例と合わせ考えられるべきも

のである︒

 ナキナキの古い用例をあげると︑

 1︑老與o邑量oま<昌胃9串ボオ〜o目畠o自<昌胃o雪.ロドリゲス

  日本大文典︵:ハ○八︶         @

2︑郭公なきく飛ぞ闇はし芭蕉績虚栗一ニハ八七一

(9)

3︑玄宗一なきく耳のあかをほり誹恩柳多留二篇一一主ハ

  六?︶

4︑ナキくなくく富士谷御杖詞葉新雅一;九二一

 5︑ナヰナキモセメテハ御前ノ近江へ御通ヒナサルノヲナリ斥見

  様ケレ︒本居宣長古今和歌集遠鏡古今恋四ミ◎︵一七九四︶

6︑なくく天々也︒なきなきとい一り︒橘守部雅言考

    @などである︒

 ︵なお附言するならぱ︑ここに︑平凡社刊﹁大辞典﹂および﹁新

潮国語辞典﹂が掲出している狂言の用例がある︒すなわち︑﹁當今

世迷言計をいうて︑涙をこぼし泣き泣き致されます︒﹂︽狸言・茶盃

拝︶のナキナキの用例である︒しかし︑この構文にあっては︑ナキ

ナキスル︑ナキツヅケル︑ヨクナクの意であって︑小考に扱うとこ

ろの連用修飾句とは考えられない︒︶

 つぷさに諸資料に眼を通したわけではないため︑この段階でナキ

ナキの用例の上限を云々することはさしひかえねばならないが︑文

献としては一七世紀初頭のロドリゲスの日本大文典にまでは遡り得

ることは︑右に見たとおり明らかである︒したがって︑先行文章語

の影響を受けることの少ない口頭語の世界においては︑もっと早く

からナキナキが用いられていたことは想像にかたくない︒

 終止形畳語から連用形畳語への交替という一般的な現象の中で︑

      連用修飾句ナクナクについての覚え書き 語によって遅速があり︑また文献にょって遅速があったことは当然である︒しかし︑ナクの場合ほど︑新形の連用形畳語の登場がおそく︑かっ︑長期にわたって終止形畳語と両立共存した例は︑他に見ることができない︒しかも︑ナキナキは︑われわれの接し得る江戸時代の諸文献においても︑終始ナクナクに主位を占められたまま︑口語的世界に息づいていただけであったようである︒これらの点に︑ナクナクの並み並みならぬ根づよさと︑この語句の特殊な位置を見ないわけにはいかない︒

    四︑語形などの問題

 ナクナクの特殊性を考える場合︑語形を問題にしなければならない︒先に副詞化の早かった動詞畳語として︑カヘスガヘス ハフハフ ミスミスなどをあげた︒その用例は︑ ⁝カヘスガヘス ◎しばしば︒なんども︒ ﹁加遍須加遍須念へど  も﹂続日本紀宣命 第ニハ詔 ◎かさねがさね︒重々︒ ﹁かへ  すぐ本意なく覚え侍れ一竹取 働ハフハフ ¢はうようにしてやっと歩いて行くさま︒かろうじ  て︒﹁錆さびはふはふのぽる位山⁝⁝﹂︸頼政集 ◎あわてふた  めくさま︒とるものもとりあえず︒﹁いたはる事ありてえ参ら  ぬを︑殿よりせめて仰せらるれば︑はふはふ参りて﹂顕輔集

      一三三

(10)

      連用修飾句ナクナクについての覚え書き

  ハフハフのてい 日ポ辞書

 3︶ミスミス 見せながら︒見ているうちに︒梅の花印に見す見す

  も衰ふるかな︵宇津保・梅の花笠︶ 目に見す見す︑世にはか

  かることこそはありけれ⁝⁝︵源氏・葵︶

のようである︒

 これらは︑mが連濁を起こして︑一語としてのまとまりを早く示

していること︑側がハフハフのティの形で固定して名詞的に処遇さ

れ︑一方で音韻変化をこうむって︑ホウホウの形となっているこ

と︑側が当初の﹁目ニミスミス﹂の形から﹁目二﹂が省かれて︑独

立して用いられるようになったことによって︑いずれも︑語形上な

いしは語格上の変化をきたし︑もとの動詞とのあいだにへだたりが

できている︒これらに比すると︑ナクナクは終始︑語形・語格上の

変化を受けることなく︑つねに﹁ナク﹂の畳語形式であることを明

示する姿を?bぬいてきた︒ここに︑ナクナクが︑頻用による固定

化の中にも︑ナキナキを胚胎する契機があったと考えられる︒

 なお︑カヘスガヘスと同様に︑古くから副詞化が完了していたと

見られるものとして︑マスマス︑シクシクがあげられる︒これらも

﹁畳語化による副詞への転成﹂の例であるが︑なぜこれらの語に副

詞化が早く起こったのかについては︑別に考えたい︒

 また︑この類に近いものに︑.オソルオソル オヅオヅ ︑・・ル︑・・ル       一三四などがある︒これらは︑オソレオソレ オヂオヂ ミィミィなど       @の︑連用形︵あるいはその長音化︶の畳語形を後世もつことになる点で︑カヘスガヘスの類とも︑ちがうことに注意しなければならな

い︒

五︑ナクナクの機能と意味

 ナクナクなどの機能にっいて︑早く注意したものに︑ロドリゲス

の日本大文典がある︒

 ○動詞の語根を繰返したものを往々分詞として使ふが︑それは我

  々がく8ユ己98昌O己9昌Oぎ昌己◎一︵笑ひながら︑食ひ

  ながら︑又は︑泣きながら來た︒︶といふ場合に似てゐる︒例へ

  ば︑<胃巴き昌︷昌與葦串O邑o巨O邑雪.老8邑量O巨<目彗?

  雪.ピ老與O目8固O目<目彗o冨一〇饒o口目四ま冨一老與O自目oO自o與k宰目

  等︒    @ 右の説明はポルトガル語の現在分詞をあてただけで︑同時性表示

の機能を教えるにとどまるが︑ナキナキ型とナクナク型の両形を併

記し︑しかも︑ナキナキ型を先にあげている点は注目にあたいしよ

う︒右の説明における﹁語根﹂は連用形のことであるが︑本書がナ

キナキ型を先にあげたのは︑﹁この書では主として話しことば及び

普通の會話に参考となる事を取扱ったのであるが︑⁝⁝﹂︵本文典

(11)

の論述を理解し易からしめんが爲の例言敷則︶との方針にしたがっ

たためにほかならない︒

 次に︑時代ははるかにくだるが︑俗語による歌語検索辞典として

まとめられた詞葉新雅︵寛政四年︶が︑

  ナキく  なくく一四十三丁ウ一

  シヨウ一トナシ一なくく一九十丁オ一

と︑二個所にナクナクをあげているのは興味深いところである︒な

ぜなら︑ナキナキには当然としても︑ショウコトナシニにもナクナ

クをあてていて︑ナクナクが︑明らかに現実に︑ ﹁泣く﹂という一

見してわかる動作を随伴していなくても︑つよい悲歎.困惑.不満

を感じている主体の情意を描写する語句として︑考えられることの

多かった事実を示しているからである︒この詞葉新雅にうかがえる

語義の的確な把握と比べると︑       ● ■ ● ●         ナキツ︑

  ○なくなく簑也︒俗にはなきくとい一り︒拳と云ふに

       ツ・      キ︑ツ・    同じ︒凡て俗言には乍を︑謂乍をいひく︑聞乍をぎ・

    くなど云ふを︑雅言にはいふく︑きくくと云一り︒

    此格みな同じ︒︵獲言考︶

とした橘守部の説明は︑体系的ではあるが︑表面的な言及に終わっ

ていると言わなければならない︒

 ちなみに︑辞書におけるナクナクの語義説明としては︑ほとん

      連用修飾句ナクナクについての覚え書き ど︑ナキナキ ナキナガラ ナキツツとするのみであるが︑次のものは注目されていい︒ m大日本国語辞典  なくなく 泣泣鳴鳴︵副︶なきながら︒   なきつっ︒なきなき︒    −■i⁝@   −−︑ −一  −−  −−−−−−−−−−   なくなくと 泣泣泣きぬべきほとのさまにて︒泣かぬぱか    りにて︒ 四セスラン和仏大辞典︵一九四〇︶  墨ぎ畠ぎ︵泣々︶邑.H.向箏亘o昌彗戸ざ目↑昌一胃目婁N.       @  ><9﹃曾目管彗8し08ぎ−80毫し﹃晶至. 側口ーマ字で引く国語新辞典  冨琴畠迂泣き泣き︵副︶1なきながら︒︹げ9毒9︒︒◎茅︺2   ︵俗に︶句っとのことで︒かすかす︒︹g邑己︵例︶泣き泣き   一合しかない︒ さて︑既述のとおり︑ナクから分出されたナクナクの本来の機能は︑後続の動詞の連用修飾格に立って︑二個の動作の同時性を示すことであった︒しかし︑先にもふれたように︑前件たるナクナクは︑後件たる動詞によって統括される従属的動作であることから脱       @け出るわけにはいかないという日本語の構文的性格から︑やがて︑      ニニ五

(12)

      連用修飾句ナクナクについての覚え書ぎ

現実の可視的な動作性を消失して︑情態あるいは情意を描写する副

詞と化していく運命をもっていた︒その際︑ナクが完全自動詞であ  @ることが︑この語句の副詞化を功けたと考えられることも︑先に述

べたとおりである︒ワナナクワナナク フルフフルフ ハシルハシ

ル ワラフワラフなどに終止形畳語が多いように見えるのには︑こ

れらの動詞の性質を見なければならないであろう︒

 なお︑ナクという和語は︑目9畠昌などと同根と目され︑本来︑

﹁声をあげてナク﹂意であって︑語源的にもナクナクという畳語が

きわめて喚起的感性的なものであったと考えられることも︑この際

指摘しておきたい︒

六︑ナクナクの表記形式

 ナクナクの表記形式は随分多様である︒漢字を主にした辞書で

は︑﹁泣﹂﹁旺﹂の各一字にナクナクが訓として与えられていて︑

  泣ナ一クナクく︵類聚名義抄法上一四一    ナミタ  兄ナクく泣同︵色葉字類抄黒川本中三六丁ウ八︶

のように記載されている︒

漢文訓読体でも︑﹁泣﹂字一字をナクナクと訓ずる場合が多い︒

  泣尋沙塞出家猫︵泣くなく沙塞を尋ねて 家郷を出づ︶和漢朗

   詠集;◎       一三六 今昔物語では︑﹁泣くク﹂﹁泣々﹂﹁泣々ク﹂﹁巽々ク﹂の順で使用されている︒平家物語では﹁なくなく﹂が﹁泣々﹂よりやや多いようである︒﹁泣々一は江戸時代にもかなり見られるが︑﹁泣くく一が漸次標準化されていった︒ ﹁泣々﹂﹁突々﹂といった表記形式であっても︑﹁なくなく﹂とよんで︑まずまちがいはなかったようである︒それは︑ナクナクの安定した使用例に支えられていたからである︒  払雛泣く母はきばるなり一柳多留八警.は︑他の表記例一多くは﹁なきく一一から推して︑﹁なきなき一とした岩波文庫本の索引になんら異論をさしはさむ必要はあるまい︒

お わ り

 以上︑連用修飾句ナクナクをめぐって数点の考察を展開してき

た︒ナクナクが︑いわば文学語として定着し︑類型化をきたしっつ

も長いあいだ頻用され︑語形を変えなかった理由はほぼ明らかにな

ったと考える︒終止形畳語と連用形畳語に関する一般的原理的な問

題は︑すでに前掲橋本論文が指摘しているところであり︑いま特に

つけくわえるべきものはない︒ただ︑類似の言語表現の機能や意義

を考察する立場からは︑当然︑ナク ナキツツ ナキナガラ ナミ

ダヲナガスなどの発生︑消長︑使用度数をも合わせ考えるべきであ

(13)

るが︑今回はもっぱらナクナクに焦点をしぼった考察に終わったこ

とをことわらねばならない︒また︑ナクナク以外の動詞畳語の具体

的な様相にっいてもふれることができなかった︒それらについて

は︑続考にゆずりたい︒

  注

 ◎ 現代語における一音節連用形は︑ 一段活用か変格活用にしか

  ない︒関酉方言におけるシィシィ︑ミィミィのような長音化を

  除外すれば︑緒局︑ 一音節連用形畳語は存在しないと言えよ

  う︒ ◎ 橋本四郎﹁動詞の重複形﹂︵﹁国語国文﹂第二十八巻第八号︶

  表−作成にあたっては︑各種の索引類によった︒ただし︑宇

  治拾遺物語と誹風柳多留については岩波文庫本によった︒

   なお︑参考までに︑次ぺージに﹁古典対照語い表﹂から抄出

  した動詞畳語の用例表をあげる︒

 @ 三音節以上の場合は︑複合語であることが多いために︑ 一般

  的傾向としては︑たしかに音節数の多いものほど違用形畳語に

  転じやすかったと言える︒ただし︑ハシルハシル フルフフル

  フ ワナナクワナナクのような例外もあった︒︵上田秋成の使

  用例︑フルフフルフ ワナナクワナナク 叫ブ叫ブ アユムア

   ユム ノボルノポルなど︵藤簑冊子︶参照︶

      連用修飾句ナクナクについての覚え書き ◎  ﹁雑兵物語﹂のような武士に関する記録︑﹁枕草子﹂ のよう な日記で理知的執筆態度によってなったものなどには︑ナクナ クは見あたらない︒@ 表2も各種の索引類によって作った︒索引のないものについ ては︑岩波文庫本によって算出した︒今昔物語は︑現存の28巻 のうち︑﹁文節索引﹂の出ている13巻分について調べた︒◎ 表3は︑金田一春彦他編﹁平家物語総索引﹂巻末の﹁使用度 数表﹂により作成した︒◎今昔物語その他の用例を見ても︑地の文における例がほとん どを占めており︑会語の部分では少数を数えるにとどまる︒こ のこともナクナクと描写性との関連を物語っている︒  醒睡笑は︑本覚え書ぎの扱う角度から見るかぎり︑意外に文 語的であると言える︒ナクナク四︑キクキク山︑フルフフルフ 働︑タドルタドル⁝などのナクナク型が多い︒しかし︑勿論︑ イヒイヒ︑オソレオソレのようなナキナキ型も含んでいる︒ま た︑﹁中老ほどの人餅を見る見る︑﹃⁝:・﹄よしいふを聞き︑﹃⁝ ⁝﹄とおもひ︑﹂︵巻之三不文字一七︶のような例もある︒@この発句は︑あつめ句では﹁ほととぎすなくくとぶぞいそ がはし﹂となっている︒︵日本古典文学大系﹁芭蕉句集﹂発句 篇舳︶

       ;一七

(14)

連用修飾句ナクナクについての覚え書き二二八

︐﹄

﹂表対典古丁

畳詞

動 計

万葉集 竹 取 伊 勢 古今集 土  左 後撰集 蜻  蛉 枕草子 源  氏

紫式部日記

更 級 大  鏡 方丈記

徒然草 榊\

\一

︒一4一︒

一 引

︐引

1−

1−

1− 1− 105151 1一坦3一︒

■一

り一ふ一

あ一い

一 一二

引一

71

1−

21 11

一ふる一す︑

一も一は一へ一 引 引 引

4一1

づ一お一が一が一く一る一たお一ふ一る一す一き一し一るづ︑

ま6

く.

︐−

1−

盟︒

1−

6141

な一

11

11 ・二・一・

一 一

﹁︐ヨー

に−

る一

は一

よ︸ 一

5一

ふ一

ま一

11

ま■

ふ1

・玉

3−11

引 引

−一

1一

2丁一︒玉

11

一 引

11

1亙

ら一わ一り

21 11

(15)

@ なお︑室町・桃山・江戸初期の口語的資料を通覧する必要が

 あるが︑今回は果たさなかった︒とりわけ抄物・法語等に眼を

 ひろげなければならないが︑部分的な調査に終わった︒ ﹁抄物

 資料集成﹂ ︵史記抄・毛詩抄・蒙求抄︶や﹁長恨歌抄﹂などに

 も見あたらないようである◎

@  一音節連用形︵長音化︶畳語の例︒

さしをなげあくびしいく株まんしゃう一柳多留三・脆一

      1−−■− −1−−   ママ

いんぐわ立一しいく内義はらむ也一同四・〃一

要の量いくまきを一本引一同三・3一       ママひやめしを見いく内義米を出し一同三・8一

女房持山を見いく鹿を追ひ一同三・呂

ミイく  みるくミながら一詞葉新雅八十八丁ウ一

警ナガラ己一ヨウ一兄イく來夕一

         ︵古今和歌集遠鏡 山高み見つつわがこし︶

@ ロドリゲス日本大文典︵土井忠生訳︶による︒︵同書⁝ぺー

 ジ︶@ ただし︑同辞典が引いている﹁泣くなくといふばかりに申さ

 せ給へば﹂︵栄華物語・岩蔭︶ の例は︑動詞イフの内容と引用

 の助詞トとの連接と考えられるから︑適例でない︒この栄華物

 諮の例をもって︑﹁泣きぬべきほどのさまにて︒云々﹂の語義

     連用修飾句ナクナクについての覚え書き  説明が導き出されたのであれば︑⁝の後段は間題外となる︒ ﹁泣くなくといふばかりに﹂全体が︑﹁泣ぎぬべきほどのさまに て﹂に福当すると見られる︒  なお︑動詞畳語に﹁ト﹂が添加された場合︑ タドルタドル ト︑ユクユクトのように︑一般的に情態副詞化が進むことは確 かである︒@ 1は︑﹁泣きながら・涙ながらに﹂の意︒  2は︑いずれも︑﹁いやいや・いやいやながら・不本意なが ら﹂の意︒@ 漢詩の訓読文においては︑  翠黛紅顔錦繍装泣尋沙塞出家郷 江    泣くなく沙塞を尋ねて家郷を出づ︵和漢朗詠集 ⁝⁝︶  欲充今日新飢嚢泣責先朝奮賜箏 紀    泣くなく先朝の奮く賜へる箏のことを賓る︵同 ⁝︶  騨棲執手泣相分  騨棲に手を執りて    泣くなく相分れしに︵菅家文草巻第三 獅︶ のように︑﹁泣﹂字が句頭または句中にあって︑直後に動詞がく る場合は︑ナクナクと訓まれることが多く︑名詞成分が後にく る場合は︑﹁ヲナク﹂﹁ニナク﹂などと訓まれている︒しかし︑  聞喪泣讃故人書 喪を聞ぎて泣きて讃む故人の書︵菅家文草       二二九

(16)

    連用修飾句ナクナクについての覚え書ぎ

 巻第四 洲︶

のような場合もあって︑ナクナクがとられていないこともあ

る︒勿論︑句末に﹁泣﹂字がある場合は︑名詞か単独動詞かで

あり︑動詞畳語として訓読されることはない︒

 なお︑参考までに︑次のような事実を紹介しよう︒

 ﹁国歌大観﹂によれば︑ナクナクを句頭にもつ和歌が︑61首あ

ることが知れるが︑その所在句や句構造は次のとおりである︒

なくなくモ

なくなくゾ

なくなくOOO

なくなくモ○○

なくなくゾOO

    計

61 ︵第一句︶︵第三句︶︵第二・四・五句︶

 ナクナクモがすべて第一句において用いられていることは︑

和歌の世界における伝統という文学的な側面を考え合わせて

も︑なお言語構造からの必然性を想定したくなる事実であろ

う0

 ﹁三句索引俳句犬観﹂によれぱ︑ナクナクを句頭にもつもの

は︑すべて中句に集中しており︑ナクナクOOO型となってい

る︒ ︵計4句︶        一四〇  和歌・俳句におけるナクナクの用例にかなり位置・構造の上 の特徴のあることが知れたが︑今はこれ以上の考察は行なわな い︒@ ナクが完全自動詞であるとは言っても︑ネヲナク︵ねを泣く むしのなれる姿を︹千載・恋五︺︶ のような同族目的的な用法 や︑  我泣分陰共鎮氷  我は分陰も共に氷に鐘めしことを泣く  ︵菅家文草巻第二 93︶

   H      ナ       H

  且泣炎洲鼠濁生  泣かなむとす 炎洲 鼠濁り生ることを   ︵同巻第二 95︶ のような他動詞的用法のあることを書きそえておく︒      ︵一九七三・一〇二一二︶

参照

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