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心理学における自然科学と人間科学

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坂 元 忠 芳

第2章心理学の方法論について

第1節 精神生活の心理学研究の方法につ     いて

心理学における自然科学と人間科学

 ワロンは方法論を取り扱った章を、心理学が自然 の科学であるか人間の科学であるかという一見迂遠 な議論からはじめている。心理現象が自然的なもの なのか、人間的なものなのかという議論は、ワロン が序文でLa vie menta!eというフランス語を構成 する二っの言葉が対立することにっいて、読者の注 意を促していたことを思い出させる。というのは、

vieすなわち、「生命」という意味を、もともと表す ことばと、mentaleすなわち「精神的」という意味 を表すことばとは相容れないという印象を、ヨーロッ パ語で抱くのは当然だからである。

 実際、「生命」ということばはなによりも、自然 的なものを連想させるし、逆に、「精神的」という

ことばは人間的なものを連想させる。

 心理学は自然科学なのか、人間科学なのか、とい う問いはちょっと見たところやさしそうに見える。

当然、この問いにたいしては、人間科学だという答 えがもどってくるだろう。心理学は、ワロンが述べ るまでもなく、一般的には、文科系と総合系での大 学では広い意味で、社会諸科学、すなわち、人文科 学または社会科学に属するものとみられている。だ が本当は、それはそうなのであろうか。

 近代心理学の祖と言われているデカルトにっいて このことを考えてみよう。

 デカルトは、ワロンの言うように、心理学を生理 学と結びっけた(La vie mentale, p,129)。たとえ ば、デカルトの情念論は、各種の情念が身体の生理 的状態のあらわれであることを経験的に指摘してい た。しかし、心身二元論に立っていたデカルトは、

精神の支配する分野は神によるものだと主張して、

自然科学か人間科学か

生理的自然と精神とを分割してしまった。精神を指 導する規則は、神の理性によるが、生理的自然に属 する情動は、精神によって統制されるので、それを 貫く法則性は自然に属するものとは違ったものとし てとらえた。

 デカルトのこのような二元論は長い間、心理的現 象の追求に、影響を及ぼした。心理的現象を実験的 にとらえる実験心理学が興っても、心理的現象を自 然科学的にとらえる方向とは逆に、それを精神現象

として文化科学的にとらえなければならないとする 方向は強かった。リッケルトやデイルタイ等の文化 科学はその典型的なものである。

 こうしてデカルトは精神と身体とを一一一一応分けて考 えていたにもかかわらず、ワロンは、心理学を生理 学と結びっけたデカルトの先の方向を支持している。

デカルトは、精神の働きにたいして受動と能動とに 分け、知覚を前者に、意志を後者に、属するものと

した。悟性は知覚に関係しているが、悟性の知覚は 感覚的・身体的なものを含まないから、デカルトは

これを能動的なものとした。この結果、感覚と感情 は受動的なものとされ、とくに、外物や身体に関係 する感覚は受動的なものとされた。これにたいして、

感情は一方は「松果腺」によって身体に、他方は精 神に属しているが、精神に関係づけられるかぎりに おいて、能動的にコントールされるものとされた。

 こうして、精神によってコントールされる感情の 法則は、数学や自然学におけるのと同じ解析によっ て明らかになるものとされた。デカルトは一方で身 体に関係する感情を、精神によって統制されるもの と考えたから、生理的な側面をもっ心理的なもの全 体にたいしては、数学や自然学によって分析できる と考えた。したがってワUンの心理的現象について の分析的考察はデカルトのこの側面を基本的には引 き継いだものといってよい。

 ワロンは、のちにLa psychologie de D6 cartes

(2)

(La Pensee,1950)という論文で、この問題を展開 している。

 ワロンの結論は、この論文では、デカルトの理論 展開が全体として進歩的であったということである。

すなわち、たしかにデカルトは精神と身体とを分け て考えたから、心理的なものの全体にたいして、そ れらを「解析」できると考えたのではなかった。例 えば「精神指導の規則」は普遍数学によって組織さ れるけれども、その方法には限界があるとした。こ れは明かに人間認識の限界であって、そこに形而上 学的探求の萌芽を認めることができる。それはのち

に形而上的な心理のとらえ方と結びっいていく方向 であった。このことはすでに序文で触れたとおりで

ある。

 しかしワロンは、デカルトが二元論者であったが ゆえに、心理生活が展開される二っの分野、すなわ ち、生理的分野と、純粋に人間的な分野とのどちら かに、心理生活を、無理に還元はしなかったことを 強調している。デカルトは、両者の歴史的連続性を 指摘することができなかった。しかし、デカルトは 生理的なものが、心理的なものに貫徹していること を指摘することを通じて、現代の科学的心理学に通

じる側面を明かに持っていた(ibid.,ENFANcE,

numero speciale,1/2−Janvier/Avri1,1968, p.

52)。

 ワロンは、近代心理学はこの路線を歩んだと言う 意味にっいて述べている。「自然の諸科学への心理 学の所属と参入は広がることを止めなかった」とい

うのである(VM, p,129)。

 ところで、このような心理学の自然科学への参入 は、その後、人間科学における心理学の位置の不明 確さによって、一層明瞭になっていったように思わ れる。ワロンは、心理学が当世流行の情報処理の応 用をもって、その分野の一部だとは言わずに、それ があたかも心理学そのものであるかのごとき観を呈 している状況にたいして批判的である(ibid.,P13 0)。これもまた、ワロンによれば、人間科学のなか に位置つく心理学のイメージを、不明確にしている 例である。さきにワロンが自然認識と対立的に存在 する人間認識にたいして批判的であったことを紹介 したが、ここでワロンは、心理学を心理の生命的・

推進的役割の「特権」を持ったものととらえる考え 方を批判している。

 ワロンは次のように述べている。

 「心理学は専門性をもっているのだと主張し、そ

のあげく専門性は、その対象に一致するものとして あるこの独自の特権、もっぱら対象の推進者となり、

対象の生命となるように対象を認識するこの独自の 特権を心理学に与えている。」(ibid,)

 ここでワロンが「対象の推進者となり、対象の生 命となるように」といっているところは、原文では、

・en etant son animatrice et sa vie となってい る。animatriceというのは、心理学が心理をっくっ ていく推進者となるということであり、それはおそ らく、人間科学の名において心理学が心理形成にた いしていわばフェテッシュな状況をっくりだしてい ることへの批判であろう。例えばワロンは、性格学 が類型的な要素で、具体的人格を解釈する俗流的傾 向に批判的であったが(OCE, pp、12−13『児童に おける性格の起源』久保田正文訳、20・一一・21ページ)、

このことばのなかには以上のことが含まれている。

 いずれにしても、心理学を自然科学とすることが、

ワロンの考察の基本方向であった。ワロンの心理学 が、比較を本質とする傾向はそこから来ている。自 然科学は個人の外にある、そして万人にとって、同 一視できる「もの」(chose)を探求することを任務

とする(ibid., p.130)。比較は、客観的なことが らとしての心理現象の、無数の差異にたいして、共 通したものと、そうでないものとを区別する。また その微妙な変化をとらえる。こうして比較は、現象 間の微細な関連を問題にする(ibid,)。

 ワロンの心理学における比較的方法は、意識の流 れを主観的にたどっていく現象学的方法とは基本的 に異なっている。それはまた、無意識を愚識と関連 させて、意識の徴(しるし)を記号的こ搾釈する精 神分析の方法とも根本的に異なっている,ワロンに とって前者は、意識の客観的根拠を全く聞題にしな い内観的なものであり、後者は、無意講の力動的過 程にたいしては、生理的説明を与えなから、その徴 の解釈にたいしては内観的なものを忍ブこませるや

り方である。

 心理学において「具体的なもの」と「抽象的なも の」とを、どのように統一するかは、フロンの比較 において一っの典型を形づくっている。 Uンにとっ て「具体的なもの」とは、心理の客観約見われその ものである。だから、彼にあっては意潟まっねに生 理的現象と結びっいている。それはポ1ツエルが精 神分析にっいて批判したように、「具仁的なもの」

と「抽象的なもの」との「二元論」いf.,Gerge

Poritzer, Critique des fondements d(i psycho一

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10gie,1928, p.209ff)を克服するものであった。

 ワロンは,心理的現象を生理学的なものと結びっ ける場合、まず意識を、身体意識や自我意識の側面 から取り上げようとする。そしてそれらを、自動運 動の展開、さらにはそれと相対的に異なる情動の発 生と、関連してとらえようとする。自動運動が複雑 になっていく過程は、意識の生理過程との連関が複 雑になっていくそれである。また情動の発生はそれ を媒介するものである(「ワロン『子どもにおける 性格の諸起源』を読む(その5)」『人文学報』230 号、1992年、3月参照)。だから、ワロンの心理学 の方法にあっては、自動運動と情動の研究は、先に みたような精神分析における二元論を「克服」しよ うとする要の位置にある。また、現代心理学におい て人間の意識と生理とをどのように結びっけるかは、

その方法の根幹に位置つく問題である。

ワロンにおける心理の比較の方法一レヴィ・

 ブリュールとフロイトへの批判一

 この問題にたいして、『精神生活』の解説を書い ているJallyは、ワロンがどのようにフロイトやピ ァジェを読んだかを通して吟味している(Jally,

Wallon Lecture de Freude et Piaget,1981, Edi−

tions socia!es, P,71)o

 そこで、Jallyにしたがって、まず、ワロンとフ ロイトのこの点にっいての関係から述べていくこと にしよう。問題は、子どもの心理発達を、人類のそ れとどのように比較するかということであった。ワ ロンもフロイトも両者を子どもと未開人との比較に おいて行なっている。子どもと未開人との思考にっ いての比較は後にワロンがDe 1 act a la pens6e,

1942において展開したものである(Jally, ibid.,

DP.,p.97 et sq)が、ワロンは、思考の進化を比 較する場合、両者が似ているといわばされてきた事 柄を、むしろ、両者が真の平行関係にあるよりも、

単なる「出会い」であるとして、根底的には異なる 内容をもっていると見ている(Jally, ibid.,DP,p.

97etsq,ワロン『認識過程の心理学』滝沢武久訳、

108−111ページ)。ワロンによれば、レヴィ・ブリュー ルは、原始的心性とそうでない心性との相違を、両 者を関連させることによって、かえって閉ざしてし

まっている(Jally, ibid,, p.72, Wallon:Le re el et mentale,1935, J. de Psychologie, No,83, p,

370)が、これと反対に、フロイトは、子どもと未 開人との相違を、無視してしまっている(Jally,

ibid.,Wallon:1928, J. de Psychologie, No,45,

P.83;1932,J. depsychologie, N o.66, p,339)。

ワロンは、この両者のいずれにも賛成できなかった。

 レヴィー・ブリュールとフロイトが極端に違うよ うに見えて、実は、基本的には同じ態度をとってい るのは、両者の比較の方法に根ざしている。

 この問題は、ワロンが展開しているように、子ど もの心性と未開人の心性とは似てはいるが、同じで はないという考えを導入することによって、解決で

きる。

 レヴィー・ブリュールは、儀式、神話、信仰、伝 説などに代表される未開人の原始心性を、科学、技 術、理性などに代表される現代人の知性と区別した。

彼は、後者が明確な概念によって、現実を分析する のとは違って、前者を「前論理的」心性の特徴とし てとらえた。その場合、彼が取り上げたのは、二っ の線であった。彼は、自然界の出来事と信仰とを分 けて問題にした。自然界の出来事においては、未開 人の経験は状況を結びっけてその問に有効性と必然 性をもっが、信仰においては、未開入の呪術や模擬 は或る程度、恣意的なかたちで効果を確かめる。こ の二っは、人類の異なる段階に属するものであるが、

ブリュールは前者を知的カテゴリーに、後者を感情 的カテゴリーに帰着させて、この対立を説明しよう

とした(DP. p.91,『認識過程』滝沢訳、102ページ)。

知的カテゴリーは基本的に事物の性質と出来事の経 過が一致している。しかし感情的カテゴリーは、超 自然的な力に訴えることによって、信仰を生みだす

(ibid.,同上)。

 こうして、レヴィ・ブリュールは、両者を統一的 に把握することができなかった。しかも彼の考え方 は、いわゆる実験的な知性と状況的な知性とを同一 の平面に置いてしまい、両者の違い、そして、子ど もにおいてそれらがどのように関連して発達するか、

にっいて説明できなかった。

 したがってレヴィ・ブリュールは、ワロンによれ ば、原始的思考から実験的思考への移行を説明する

ことができなかった。レヴィ。ブリュールは、二っ の思考の型を折衷できないものと考えた。彼は、実 験的思考を、厳密に合理的なものと見、原始的思考 を、本質的に神秘的なものだと考えていた。しかし 彼は、この二っの中間段階にっいて考えなかったた め、両者を発達論的にとらえることはできなかった。

その結果、レヴィ・ブリュールは、子どもと未開入

との比較を基本的にはおこなうことができなかった

(4)

(ibid.,p.93,同上、105ページ)。

 この比較をおこなうためには、原始的思考と実験 的思考とを、いったんは区別しなければならない。

すなわち、ことばをかえれば、原始人と現代人とを 区別しなければならない。その上で、原始人と子ど

もとを区別しなければならない。比較というものは、

いったんは差異を認めたうえで、両者の関連を問題 にしなければならない。そのためには、ワロンがか ねてから強調しているように、対立物をお互いに同 化したり、二っのなかの一方を無視したりするより

も、対立物を一方に「還元」できないと考えなけれ ばならない(ibid.,同上)。

 こうした考え方にたって、ワロンは二っの課題を たてる。その一っは、現代人と原始人との違いが本 質的にどこにあるか、ということであり、もう一っ

は、子どもと原始人とはどこに本質的な違いがある かということである。

 まず、原始人と現代人との基本的な相違にっいて 考えると、原始人はすでに、ブリュールが述べてい るように、自然界の可視的な状況の関連にっいて、

一定の経験をもっている。その経験は感覚一運動的 である。そのかぎりでは、原始人は可視的な事態の 相互連関にっいて、原因・結果を知っている。だが、

原始人における特徴は、このような感覚一運動的な 認識に、彼らの世界が限定されているというだけで

はない。彼らの特徴は、このような可視的な世界を、

不可視的な世界によって説明しようとするところに ある。ブリュールが「超自然的なものの感情的カテ ゴリー」と呼んだものは、まさにこれであった。原 始人は、自然よりも超自然を好むわけではない。そ れは原始人によるあらゆる知的努力の結果である

(ibid., p.102、同上、117ページ)」それは、可視的 な状況判断では解けない問題にたいする、原始人な りの精一杯の関連探求の結果である。

 プリュールが「超自然的なものの感情的カテゴリー」

とよんだものは、ワロンが「神秘のカテゴリー」と 呼ぶことにしたものと同じものである。ワロンによ れば、それは「本質的には、一時的なものにすぎな い生のままの与件や、けっして相互に似ていないし、

比較することもできない与件を、反省された因果関 係の面へ移行させるための精神の努力をあらわして

いる。」(ibid,,同上、118ページ)

 ちなみに言っておくと、ワロンは、ここでブリュー ルが「感情的カテゴリー」といっている表現は、適 当ではないと言う。ここで問題になっているのは、

あくまでも一種の知的な場面であって、ただそれが 現代人のように因果関係に基づくそれではないとい

うことである(ibid., p.103,同上、118・一・ 119ペー

ジ)。

 しかし、ブリュールは、このような原始人の思考 は、子どものそれと基本的には同じであるという。

例えばブリュールは、神話や伝説や物語の世界にお ける流動的世界、すなわち、人間が他のものへと変 身したり、身をやっしたりすることは、ちょうど、

子どもがおとぎ話で、猫が人間であり、大貴族でも ありながら、猫でもあるのを、本当に信じているの と同じであるという(ibid,,p./04,同上、120ペー

ジ)。

 このような事例は、必要によっては、もっと多く 挙げなければならないが、ここで重要なのは、ワロ ンが、原始人と子どもとの違いを明かにしようとし ている点である。ワロンによれば、両者の知能の不 十分さは、一見似ているように見えて、その原因が まるで正反対であるところに、その特徴がある。子 どもは生まれてすでに、原始人とはまったく違った 世界に住んでいる。子どもの世界は、その動機や手 段においても、現実の環境によって支配されている

(ibid., p.94,同上、107ページ)。例えばワロンは、

子どもは彼が生活する、ゆりかご、哺乳びん、下着、

火、電燈、家具、道具、制度、言語技術、説明や理 解の技術、力の分割や対象の分割など、現代社会の あらゆる文化の達成の影響をうけてその思考を発達 させていくと述べている(ibid,,pp.93−94,同上、

105−7ページ)。ところが子どもが、一一見原始人と 同じような心性を示すのは、どうしてであろうか、

とワロンは問う(ibid., p.94,同上、107ページ)。

 このような事態を説明するのに、ワVンは、三っ の仮設が成り立っという。その一一一一っは、個体の発達 過程は種の発達過程をくりかえすという、例の有名 な仮設である。ここでは、歴史的に獲得されてきた 性質が遺伝されるという仮設が、その説明の基礎と なる。しかし、これを眞に証明することはできない

し、事実はこれとは正反対だとワロンは言う。

 第二の仮説は、私たちの観念体系がそうなのだと いうものである。これにっいて、ワロンはていねい に説明していないが、要するに、子どもは人間がた どっていく観念のっながりを、必然的にたどってい くというものである。何故、それがさきのような変 身の観念体系をたどるのかは、よくは分からないが、

そうなるというものである(ibid., p.95,同上、18

(5)

ページ)。

 第三の仮説は、子どもの思考様式と原始人の思考 様式の類似性は、本当は、平行しているというより

も、たんなる偶然の一致だという見解である。この 見解をかりに基礎づけるために、ワロンは次のよう な説明をくわえている(ibid.,同上)。

 思考の発現は、言語表現や、知的表象や、推理な どの道具を必要としている。ところが、原始人は、

近代的思考を用いる道具を欠いており、それにたい して、子どもは、学習の不足によって、また、とく に成熟の不足によって、この道具をまだ利用できな

い(ibid., p.96,同上、109ページ)。

 ワロンはすでに『子どもの性格の諸起源』におい て述べているが、子どもは、感覚一運動的活動や、

情動的活動の発達以前においては一種の「自動運動」

によって支配されている。これは将来においては、

大脳皮質の中枢のコントロールを受けるはずのもの である。しかし、その発達以前においては、子ども はっねに自動運動へと帰っていく感覚一運動的活動 や情動的活動の側面をもたざるをえない。したがっ て、子どもはまだ、先のような道具を使用する手段 を純粋的にはもっていない(坂元忠芳「ワロン『子 どもにおける思考の諸起源を読む(その1)」『東京 都立大学人文学報』184号、1988年・3月)。

 同じように、原始人においても、情動生活や感覚一 運動的生活が主要な位置を占めている(DP. p,96,

『認識過程』、109ページ)。彼らは、現代の文明が与 えている観念体系や抽象的思考の手段を、知的統制 によって自由に使用できない。原始人の生活の規律 は、情動的活動や感覚一運動的活動によって維持さ れている(ibid,,同上)。

 したがって、子どもも原始人もともに、その知的 反応において、必要な手段を欠いている。この点で、

両者は類似性をもっている。知的活動におけるこの 困難性は、本質的なものである。「この困難性は、

精神的表象の諸条件と諸作用や諸反応の生きた交換 との問の矛盾(アンチノミー)から結果する。各人 の実際的な経験においては、自分自身と環境との同 時的な存在は、直接的には、諸作用や諸反応の生き た交換によって導かれるものである。子どもがぶつ かる困難は、人類の思考が、その最初に出会った困 難である。その困難の大きさを、哲学史のなかにま で確認することができる。ところが哲学は種の歴史 でも、ごく最近の時期に属するものなのである。そ れは、人間の精神がすでにきわめて発達した技術的・

知的手段一抽象的論議を可能にするような文字 や記号、また、思考の操作や思考と物事との関係を 分析する能力  をもっようになった時代なので

ある。」(ibid,,同上、110ページ)

 しかし、両者には決定的な相違がある。それは、

子どもがこのような知的手段を利用するのに、一時 的に不適当であるのにたいして、原始人は、その精 神が形成される環境に欠けているということである

(ibid., p.97,同上)。ところが、今日まで多くの人々 はその差異よりも、その類似性に注目してきた。こ のことをワロンはっぎのように批判する。

 子どもは最初は原始人より、はるかに進歩してい ない。しかし他方で、子どもは原始人よりもはるか に私たちに近い。それは、子どもが現代の社会にお いて、自分のまわりに絆をもっているからである。

子どもは大人との相互作用によって、たえず大人と 同じ表現をし、同じ言葉を使い、同じ事物にたいし て同じ動作をする(ibid., P.98,同上、111ページ)。

これは、模倣によるものであるが、しかし、模倣に いたらない同一化も存在する。一種の機能不全によっ て、同一化が模倣に到らない段階を通ることは、ワ ロンがDe 1 act a!a penseeで、エコラリー、エコ ミミーなどにそくして、述べたことである(ibid.,

PP.130−167,同上、150−192ページ)。だから一般 的には、子どもは大人とちがって、一種の「機能不 全」の状態で様々な同一化を行なっていると見られ

る。

 にもかかわらす、ワロンは、子どもは原始人より は、はるかに進歩していないという。子どもの思考 体系ははるかに初歩的である。例えば、「超自然的 なものを自然のなかへまき入れる見えざる力の意識 とか、感性的世界にたいして、神秘的なその写しを 与えたり、現実的所与にたいして、一一群のさまざま

な可能性をあたえたりする虚構(フィクション)を っくりだす能力が、子どもには欠けている」(ibid.,

P.98,同上、111ページ)。

 こうしてワロンは、両者の同一性を主張するレヴィ・

ブリュールの見解にたいして、両者の相違牲を主張

する立場をとっている。ワロンの比較論が比較され

る項の同一性を発見することに向けられているのは

いうまでもない。なぜならそれは、一一一.−L般的法則性を

導きだすためのものだからである。しかしワロンの

比較は、違いを明かにするためにこそある。ワロン

が、或る命題を新しく提出する場合、必ず二っの方

法をとるのはこのためである。すなわち、一っは、

(6)

それまでの仮説の矛盾に注目し、一っの事実に対し て異なった見解を徹底的に比較し、いずれの見解に おいても、その事実が正当に説明できないところを、

新しい説明でもって可能にする。もう一っは、その ために事実の一っひとっを、徹底的に比較すること によって、事実の相違性と同一性とを同時に明かに することである。さきの新しい仮説の発見はこの相 違性と同一性との同時把握によって可能になる。す なわち、新しい仮説の発見は、仮説的な相違性と同 一性との発見であるが、直接の事実の観察は、それ を実証するためにある。いずれにしても、そこでは、

仮説的比較の方法と実際的比較の方法とが、結びっ いて行なわれる。以上、レヴィ・ブリュールにっい てややくわしく見てきたが、当面問題にしている、

この点にっいてのフロイトの見解のワロンによる批 判に移ることにしょう。

 フロイトは周知のように、『トーテムとタブー』

(Totem und Tabu,1913)において、未開人と子ど もの比較研究を行なった。その場合、フロイトが依 拠した立場は、現代の未開人の心性に子どものそれ を重ねることであった。とくにフロイトは、トーテ

ミズム本来の意義を、子どもにうかがわれる痕跡か ら、すなわち、子どもが成長する際に繰り返し現わ すトーテミズムの暗示から推測しようとした(『フ

ロイド選集・6 文化論』土井正徳訳、1953年、日 本教文社版。153ページ)。

 トーテムとは、原始人の小さな血族または民族の 集団が、特別にその集団と関係のある動物や、まれ には植物、自然力(雨や水など)によって命名され ており、同じ集団は、彼らのトーテムを殺さず、あ るいはうち壊さず、また、そのトーテムの肉(ある いは、トーテムがふだんに提供する享用)を断っと いうものである(同上、157ページ)。

 このようなトー一一テムの内部で特徴的なことは、同 じトーテムの仲間は、お互いに性的関係に陥っては ならない、したがって、お互いに結婚してはいけな い、という規則があるということである。これがトー テムと結びっいた外婚である(同上、160ページ)。

 フロイトは、このようなトーテミズムが、どのよ うにして発生したかにっいて、多くの論者の説を紹 介している。しかし、その場合、トーテミズムがど

うして結婚のタブーと結びつくのか、その必然性は 説明できないといい、その結果、フロイト独自の精 神分析的説明を展開する。こうして彼は、未開民族 のトーテミズムの特性を、子どもの動物恐怖にっい

ての精神的分析の結果に結びっける。

 子どもが陥る動物恐怖症は、一種の神経症である が、フロイトはこの症状を根本的に、子どもの父親 に対する恐怖と重ねあわせる。っまり動物恐怖は父 親にたいするエデイップス・コンプレックスの転化 であるとするのである。フロイトは「小さなハンス」

や「小さなアルバート」の例を挙げて、子どもが一 定の動物にたいする極端な愛情と恐怖の両極性を、

彼の父親に対するそれと入れ替えていくことを述べ

ている。

 こうして、子どもの神経症的状況にたいする精神 分析的考察から、フロイトは、自己の小集団に対す る象徴的愛情と、同一集団内における…種のタブー の存在を精神分析的に解釈してみせる。そしてこの ことから、私たちは、彼が未開民族の心性と子ども のそれとを完全に同一視していることを見いだすこ とができる。

 このようなわけで、フロイトにあっても、子ども の心性と未開人のそれとが、同一性をもっているこ とが強調される。したがって、このような見方は、

やはり、相違から出発するワロンの方法とは異なる 様相をもっていると判断される。

 しばらくワロンの心理生活にたいする比較の方法 を他のものと比べながら、説明してきたが、ここで、

私たちはもう一度『精神生活』のテキストにもどる ことにしょう。

第2節 心理学と人間諸科学との関係 心理学における自然科学と人間科学の法則  性の統一

 これまで、自然諸科学としての心理学の側面にっ いてのワロンの見解について説明してきた。だが、

心理学は人間の心理を扱うという自明のことがらか ら言って、心理学を人間諸科学に位置付けることと、

それが自然諸科学であることとはどのように統一さ れるのであろうか。

 このことを考えるにあたって、ワロンは次の点か ら出発する。すなわち、近代科学の発展の過程で、

人間の諸科学が客観的な結果へと到るたあに、また、

その存在を流行やイデオロギー的な体制のそれとと

もに変化させないために、自然の諸科学として造ら

れてきた事実の強調である(VM. P,130)。その場

合、自然諸科学が、対象をなによりも物として扱っ

てきたという観点からして、人間を対象とする人間

(7)

の諸科学が、人間にかんする現象を物として扱うと はどういうことなのであろうか。

 ワロンはこの点にっいてっぎのように述べている。

 「自然の諸科学は、その対象を外部の世界に見い だし、それを物として取り扱う。それは、各個人に とって外的に存在する、そして万人にとって同一視 できる「物」を探すことに従事してきた。自然の諸 科学は、このような物から、物質的に識別しうる、

また検証可能な特性だけを認識しようとしてきた。

自然の諸科学は比較によって推論することができる 関連だけに研究を限定しながら、各人にとって実在 の本質を見抜く手段のように見られている一般的な 傾向性(意思)を実在のなかに紛れ込ませることを 禁じてきた。民族学者は「未開人」の奇妙で、派手 な服装にたいして、未開の人間性への彼の楽天的な または悲観的な判断を忍びこませることを続けるか わりに、事物の詳しい調査や証言の検討によって、

一定の社会や社会の全体の存在を証明することに止 める。そのことによって、民族学者は、遺跡や表現 を比較することができるようになったのである。同 様に言語学者は、直観や主観的な分析によって、言 語自身や言語の類似物のなかに発見できるように見 える態度や傾向の助けをかりて、もはや言語の歴史 を説明しないに違いない。言語学者が考慮に入れる のは、研究対象である方言や音声形態のなかで、物 質的に証明されるか、または、はっきりと存在が認 識されることだけである。そして、言語学者が到達 できると思っている唯一の諸法則は、この材料の分 析によって証明された諸関係から生じるものでなけ ればならない。」(ibid.,pp.130−131)。

 しかし人間の諸科学は、このような自然諸科学の 原則をどのようにして、自己のものとしてきたのだ ろうか。ワロンは人間の諸科学が、人闇自身の存在 や人間が、すべての事物に自発的に解け合ってきた という感情から解放されることを前提条件としてもっ ていることを述べている(ibid., p.131)。これは自 然科学が呪術から出発しながら、そこから解放され ていったように、一一Ptのアニミズムからの解放であっ た(ibid.)。ワロンはこの過程を、アニミズム論者 の幻想がどのように克服されていったかにっいて論 じながら説明している。アニミズムは、現実の中心 に、能力と欲望、生活と意識の結びっきをおいてし まう。アニミズムはこれら両者の未分化の世界であ る。っまりそれは、人間が自己にっいて作り上げた 世界と外部の存在とを、共通の起源において説明す

る。この共通の故郷は原初的な星雲のように分割で きない総合的な直観の世界である(ibid.)。ここか ら出発するためには、っまり、外なる世界に対立す る印象や経験から出発するためには、人闇の固有の 感受性を守るために、ものごとの秩序をねりあげる

カテゴリーをつくりあげる必要があった(ibid.)。

 それは結論的に言えば、「生命」というカテゴリー の導入であった。これは、子どもや未開人の例によっ て明らかである。ワロンはここでも、生命という概 念が、一種の「融即」(participation)からきてい ることを明かにしているが、このことはいうまでも なく、レヴィ・ブリュールが、未開人の集合的表象 にっいて述べたことである(L,Levy−Bruhl, Les formations mentales dans les societes inferieurs,

3。ed.1918)。しかし、このような心性は、子ども と未開人が生命を科学や数に対立せることに比例し て、すこしづっ退いていく。だからアニミズムはこ のような過程の一っの段階にすぎない(ibid.)。そ れはカテゴリーの進化である。

 アニミズムからの進化は、だから、人間心理の発 展にとどまるものではない。それは、心理に対する 方法論の進化、すなわち、学的認識の進化でもある。

ワロンが述べているように、このことは事実の効果 や関係の恒常性を見分けることができるようになる ことを意味する(ibid.,p.132)。こうして人間は、

事実の効果や関係の恒常性の発見によって、主観的 解釈の跡を、すべてこの効果や関係の解釈から排除 するようになり(ibid.)、人間の主観性は科学によっ て宇宙に導き入れられる測定とっきあわされ、そう

した測定を分母とせざるを得ないようになる(ibid.)。

 ワロンは主観的世界の退潮にっいて、ここではく わしく歴史的に論じてはいない。しかし、その所論 の大枠は近代科学の線に沿っての心理科学の発展の 跡づけとなっている。だがのちに検討するように、

そこには極めて大きな問題が存在する。すなわち、

人間の個別的な内面過程がはたして、近代科学の中 心的方法たる「測定」(数学や物理学に典型に現わ れる)によって、全面的に解明され得るものだろう か、という問題である。具体的に言えば、一方で、

いわゆるベルグソンの直観的方法に示される問題、

他方で、サルトルやメルロー=ポンテイの現象学的 方法に示される問題がこのことに関係することであ る。ひとくちに言えば、前者は自然科学的分析では、

「純粋な持続」はとらえられないのではないか、と

いう問題である。後者は、自然科学的認識では日常

(8)

的な生活世界はとらえられないのではないかという 問題である。それは「心理学的認識の方法における ワロン、ベルグソン、メルローポンティ問題」といっ てもよいものを生み出すだろう。このことはあらた めて詳細に論じなければならない。がさしあたって は、ワロンが彼の方法論を、どのように展開していっ たかを見てみよう。

 それは、これまで述べたことからも想像されるよ うに、そうした自然科学的認識に反するあらゆる認 識の批判から成り立っている。この方向は、非常に 単純化していえば、人間諸科学における数量的関係 の発見であったといえるであろう(VM, P,132)。

だがそれにたいしては鋭い抵抗があった。

 それは、人格にかかわる心理的現象においては、

一層はげしかった。ワロンはこのような諸抵抗にっ いて、一節をもうけて論じている。っまり、或る人 間の行動を決定するのは、このような心理の一般的 法則性からではなくて、その行動をとるその個人自 身であるという考えにっいての吟味である。「人間 的活動のもっとも一般的な、またはもっとも日常的 な表出にあたって、それらの表出が多かれ少なかれ 厳密に決定し得る諸条件の結果であるのを認めるこ

とは、或る人々には、容易にみえるかもしれないが、

しかし、この種の決定を個人の行為やその行為の動 機のなかにまで求めるのは、極端にみえる」という

のである(ibid.)。

 これは明かに、個人の行動の意思決定における非 決定性という、古くして新しい問題である。そして ワロンの立場は、個人の行動はいかなる共通の尺度 にも還元されない、という立場である(ibid,)。と くに、瞬間的な情動に支配されるような状況を、一 般的な法則性で、どのように説明するかは、けっし て、看過できない見解である。このような見解にた いして、情動研究にたずさわってきたワロンは、っ ぎのように言う。

 「情動に導かれて運命を呪ったり、願ったりする ことのない人は、おそらく、一人もいない。周囲の 環境とすべての創造物を、情動のほとばしりと結び っけることによって、情動は自己と自己でないもの の区別を消し去ってしまうほどにまでなることがで きる。激しい意志は、とかく他者や物にまで直接に 働きかけるように思い込ませる。反対に苦しみは、

或る人の私生活を、他人やものごとにまったく支配 されるまでに追いやることにもなりかねない。そし て病理学は、自分個人にっいて心配したり、意識し

たりするのが極端に休みなく働く人々にあっては、

この種の状態の傾向が、高じて慢性になることを示

している。」(ibid.,pp.132−133)。

 ワロンはこうした傾向を、退行(regression)と 言い、決して軽視してはいない。彼はこの問題を、

或る真実の反証が含まれていると見る。それは主観 的直観と客観的認識との本質的な対立である(ibid,,

p.133)。そしてここでも、ワロンは、主観的世界を じょじょに客観的にしていく基本的方法にっいて述 べていく。それは、それまで各人の行動・感覚・生 活に溶け合っていた個人的経験を、徹底的に分析す ることによってしか可能とはならない。それは、非 個性的な諸概念や諸システムを、人間の知性で洗練 するよりほかには方法がなかった、とワロンは言う のである(ibid.)。そしてこうした諸概念や諸シス テムは、言語や科学のなかに公式化されていったの である(ibid⊃。

 この事にっいて、ワロンはっぎのように述べてい

る。

 「こうして、言語のおかげで、またそうした体系 化を定着させる諸慣例のおかげで、人間や人間性を 含む世界を、思考が投影する明確な平面は、多面化 する。そのような平面は、子どもにとって、各時代 において、すでに洗練されたものとして存在してい る。これらの平面は子どもにたいして造作もなく認 められるが、これができるのは、子どもの知性の発 達によって、子どもがそうした平面のあいだを分割 することができ、そうした平面から、抽象的な普遍 性と、すくなくとも事実上の同時性とを、理解する

ことができるようになるのに応じてである。」(ibid.)

 ここでワロンがとっている方法は、デカルトのとっ た徹底的分析のそれである。この場合、たとえばフッ サールに見られる現象学的方法によるデカルト批判 はまったくワロンにあって問題にならないかのよう である。フッサールは周知のように、ヨーロッパの 学問の危機を、近代数学と物理学とに見られるよう に、生活世界の論理の「否定」として描き、それに 対して身体の原初的な相互主観的世界を対置させた。

だがワロンは、すでに『子どものおける性格の諸起 源』で示しているように、逆に、徹底的な心理現象 の分析によって、子どもと母親の相互交流を、その 身体と情動の発展において見たのである。

ワロンとメルロー一一t=ポンティの方法の違い

 このような方法の適切性にっいては、おそらく、

(9)

この後でおこなうメルロー=ポンテイの方法とワロ ンの方法との比較によって、一層明かになるであろ う。がさしあたってここでは、身体についての両者 の方法の違いにっいてだけ、とりあえずは述べてお

きたい。

 ここで、ワロンが機械的客観論からまぬがれてい るのは、彼が客観的世界の認識を身体における内的 感覚と自己受容性感覚から導きだしているからだろ

うか。ワロンの方法の秘密は、徹底的に分析したモ メントを総合すること、すなわち、分析したものを 徹底的に関連させるところにある。これが、ワロン の発達理論を機械的客観論から遠ざけている。他方、

メルロー=ポンテイは、はじめから機械論的生理学 的分析にたいしては反対である。

 メルローポンテイは、身体の各部分は独自な仕方 で相互に関係しあっているという(Melreau−Ponty,

La Phenomenologie de la perception,1945,『知 覚の現象学』中島盛夫訳、法政出版局、1982、176 ページ)。例えば、「対側錯誤」に示されるように、

手の感覚は、っねに各点において一っにっなげられ ていて、手の空間は、多数の空間値からなるモザイ クではない。したがって、身体の全体は、空間のな かに併存する諸器官の集まりではない(同上、176−

7ページ)。メルロー=ポンテイの見解は、すくな くとも、縮減されていない身体の機能にかんするか ぎりでは、ワロンのそれと共通性をもっている。そ の場合、メルロー=ポンテイは、「身体像」(schem acorporel)ということばを使っている。この場合 の「身体像」という概念は、あいまいなものである が、しかし、このことばのなかに、それまでの分析 的心理学とは違ったメルV−・=ポンテイの方法が示 されている。

 メルロー==ポンテイによれば、「身体像」とは、

さしあたり、その時々の「内部感受性」(interocep−

tivite)と「自己受容性」(proprioceptivite)とに 注釈を加えて、意義を付与することができるような、

身体経験の要約を意味している(同上、177ページ)。

この二っの概念は、すでに述べたことからも分かる ように、たしかにワロンの独自のそれというよりも、

シェリントンの述語である。そして、っぎのメルロー;

ポンテイのことばは、一応そのことを端的に示して

いる。

 「それ(注==「身体像」)は、私の身体の一っの 部分のそれぞれの運動に対応する他の諸部分の位置 の変化を私に示すものであり、それぞれの局所的な

刺激の身体全体における位置を知らせたり、複合的 な動作を構成する各瞬間の諸運動の勘定書を提供す るものであり、そして、最後に、その時どきの運動 感覚的な四肢関節に感ぜられる印象を、視覚的な言 語にたえず翻訳するはずのものであった。」(同上)

 したがって、端的にいって「身体像」とは、「幼 年期に徐々に形成され、触覚的諸内容と運動感覚な らびに関節感覚の諸内容とが相互に結びっき、ある いは視覚的諸内容とも結びっいて、いっそう容易に これらを呼び起こすようになるにっれて次第に出来 あがってゆく、とされていた。」(同上)。メルロー=

ポンテイはこのような見解をHead, Sensory disur−

bances from cerebral!esion,p,189;Pick,Stor−

ungen der Orientierung am eigenen korper;Sch ider, Das korperscema.を参照しながら述べてい る。このような記述は、くりかえすが、ワロンの見 解の出発点になったものと極めて似ていると考えて

さしっかえない。

 ところで、ここでメルロー=ポンテイの見解は、

古い連合心理学の方法を乗り越えようとする傾向を はっきりと帯びている。すなわち、「身体像」の概 念は、これが出された当時においては、古典的な意 味での「心象中枢」(centre d im ages)以上のもの ではありえなかった(メルロー一・==ポンテイ、同上、

178ページ)。「心象中枢」とは、以上のような様々 な感覚が、大脳の部分において連合していく中枢を 生理学的に設定する概念であるが、メルU−・=ポン テイは、このような概念が使用される途上で、そう した連合心理学的傾向を乗り越えていく方向性がす でに示されていたというのである(同上)。

 例えば、メルロ・一一==ポンテイは「身体像」という 概念を使って次のような例を挙げている。すなわち、

「対側錯誤」を一層よく理解するためには、左手の 感覚のそれぞれが、身体のあらゆる部分の諸心像の 間で移し置かれ、これらの心像が相互に連合して左 手のまわりにいわば身体の「見取り図」(dessein)

を重ね焼きするだけでは十分ではない(同上)。そ れは連合の生理的説明だけでは不十分である。なぜ ならこの場合には、連合するべき左手そのものがな いわけだから、連合心理学のような分析的な方法で は、この現象は説明不可能だからである。そのため には、イメージを統合する全体的仮説がどうしても 必要である。

 メルロー聯ポンテイの言い方を使えば、「身体の

空間性が全体から部分に降りてくるのでなければな

(10)

らない。」(同上)ということになる。だがどうして、

右手があたかも左手のような感覚をっくりだすこと ができるのだろうか。幻像肢を、脳髄内の痕跡と再 生的感覚とかといったものにする古典的説明ではな い、なにか他のもので説明しようとすれば、「身体 像」が習慣的な体感(cenesteisie)の名残ではなく て、その構成法則となる場合である(同上)。っま り、幻像肢を説明するには、このような統一的法則 の実在性をもってしなければならない。そこで、メ ルロー・一一=ポンテイは、「身体像」を相互感官世界に おける私の「姿勢」(posture)の全体的な自覚であ り、ゲシュタルト心理学の意味における「形態」

(forme)であると結論づける(同上)。しかし、こ のような説明も、彼によれば、心理学的にすでに越 えられた見方である。というのは、ゲシュタルト心 理学の「形態」がどのようにして可能であるかは、

科学的に説明されなければならないからである。

 そこで、メルU−・=ポンテイは「身体像」を一種 の空間像一っまり、位置の空間性としてではく、

それを感じる主体の状況的な感覚としてとらえる。

これを、メルロー=ポンテイは「状況の空間性」と 言っている。彼は、そのことを、立ったままパイプ をもっている人の状況を例に説明する。その際、私 の手の位置は、その他の位置にたいして論証的に、

っまり、どのような角度や距離をとるかというよう なことによって決められているのではない。彼の表 現によれば、パイプがどこにあるかを絶対知の形で 知っているのである(同上、179ページ)。

 メルロ=ポンテイの説明はきわめて実存的・文学 的であるように見える。ところでそれは、ワロンの 位置感覚の説明とどう異なるのであろうか。ここに ワロンの弁証法的方法とメルロー一・==ポンテイの現象 学的方法の基本的違いがある。

 メルロー=ポンテイは、課題に向かう身体の直感 的、前論理的状態を指している。「結局、私の身体 が一っの『形態』であることができ、またその全景 に特別扱いされた図が定かならぬ地の上に浮かびあ がることができるのも、身体がその課題を極として

      

その方向に向いており、それに向かって実存し、目 標に到達するたあにおのれの上に身を縮めているか

らこそなのである。そして『身体像』とはひっきょ う私の身体が、『世界においてある』(mon corps est au monde)ことをいい表わす一っの仕方であ

る。」(同上、180)

 このような意識はどうして生ずるのであろうか。

メルロー=ポンテイによれば、私の体は図と地とい うふたっの構造のうえになりたっている。っまり、

私の身体がここに存在しているという感覚は、私が いまここにあるという実存の感覚である。それは私 の体をかこむ空間の図を意識することなしには、不 可能である。この空間的図は、地をもっている。す なわち、私の身体を囲む背景を意識しているし、そ の地平を直感的に測定していなければならない。私 の身体が私にとって実存しているのは、この図と地 平の直感的関係によっている。しかしその際、関係 は、客観的空間性によるのではない。それは、地平 についての意識によっている。すなわち、私の体が どこまでの空間において、主体的でありうるのか、

それはどこまで影響力をもちうるのか、という志向 的方向性において決定されている、意識の状態であ る。「身体が世界に直面している」(同上)と言う意 味は、この地平にたいする傾向的意識性を示したも のに他ならない。

 だから、或る物質がある地の上にあるという場合、

それはけっして、それが客観的に地の上の図である ことを意味するのではない。それは、そのものにた いする主体的傾向を示している。それはものと身体 との関係の系を直感している状態である。メルロー一・…=

ポンテイによれば、主体にとって志向されないもの は感覚されるはずがない。

      

 「ある対象がテーブルの上にあるという場合、私 はいっでも心のなかで、テーブルに、もしくは対象 のうちに自分をおき、原理的に私の身体と外部の諸 対象との関係に適合するカテゴリーをそれにあてがっ ているのである。」(同上、181)これは、ワロンの 事物と人間の関係を心理学の対象にするありかたと どう違うのであろうか。

 このような意識の現状を現象学的に記述する方法 とワロンの関係を分析する方法とは根本的にどこが 違うのであろうか。

 メルロー=ポンテイは、っねに主体と周囲の関係 の主体的・傾向的把握を、心理学の対象である意識 の研究の基礎に置く。感覚がとらえるように一見客 観的に見える対象の場合でもそれは同じことである。

彼にあってはいっも、対象と主体との入間学的意味 が対象自身に付与されている。彼によれば、空間的 知覚にとっての普遍的形式は身体的空間にとっての 不可欠の条件であるとしても、十分な条件ではない

(同上、181ページ)。そこには、身体の空間性のな

かに、客観的な空間性とは決定的に区別される独自

(11)

の意味が認められる(同上)。

 メルロー一 ・= *ンテイは、いわば考察の順序を逆に してしまう。すなわち、身体的空間としての特殊性 のなかに、それを普遍的空間たらしめる弁証法的酵 素が含まれていることを主張するのである(同上)。

そうしてはじめて、身体的空間は客観的空間となる ことができる。彼にあっては、なによりも、「私に とって」の空間とはなにかという問題が、いっも重 く課題化されている。この問題はもちろん、個人の 人格や個性の科学的法則性を追求するワロンにおい ても、きわめて大きな問題であった。ワロンにとっ ては、個性の探求は、個人の先天的可能性の社会的 条件の探求と結びっいていた。それは遺伝からくる 多くの反射をも含めて、子どもの先天的可能性さえ もが、母親を中心とした周囲の人びととの関係にお いてしか、社会的に現実化し得ないという考察のな かに現われていた。だから、ワロンの研究は個人的 差異が細かく現われるその構造をっかむために、可 能なかぎり、身体、認識、感情の相互関係の微細な 分析による徹底を期すことになる。個人的差異の総 合的分析、っまり生理的・社会的発達の分析こそ、

ワロンが「私」の世界の特殊性をとらえようとした 方法であった。すでに述べたように、このような普 遍的法則性のもっ相対性を、ワロンはハイゼンベル グの観測するものと観測されるものとの相対性とそ の関係の基本的合法則性に依拠して展開する。それ は、メルV−・=ポンテイの方法とはいわば逆の方向 である。すなわちメルロー一 ==ポンテイにあっては、

私の身体感覚の特殊性、その傾向性の特殊性をみと めてはじめて、知覚の一般的普遍性をみとめること ができるが、ワロンは、逆に、身体世界の客観的法 則性を探求することから、個性の理解へと渡ってい

くのである。

 こうした違いをさしあたって、メルロー=ポンテ イの運動機能とワロンのそれとを批判的に分析する ことをとおして見ることにしょう。

 まず、メルV−==ポンテイのそれからはじめよう。

メルロー=ポンテイは、空間の知覚が身体空間から 生まれるのであるから、身体の空間性は身体の運動 から生まれるという。そして、この分析は当然、自 己の運動分析から始まる。メルロ・一一=ポンテイは

「運動しっっある身体を考察することによって、身 体がどういう仕方で空間に(なおまた時間に)住ま

うかが、いっそう明かとなるであろう。」(同上、183 ページ)と述べて、身体と空間との基礎的な関係を

顕わにする病的な運動機能の例を分析する。

 彼は、精神盲のなかに分類できそうな患者の例を 取り上げる。この患者は、まぶたを閉じたまま、命 令にしたがって腕や足を動かしたり、指を伸ばした り、曲げたりすることができない。っまり、いかな る現実的状況にも対応しない抽象的な運動を遂行す ることができない(同上、183−4ページ)。彼は自 分の身体、自分の頭の位置すら述べることができな い(同上、184ページ)。彼は、全身で準備運動をす ることが許される場合しか、抽象的運動ができない。

例えば、準備運動がなければ、刺激を位置づけたり、

触角の対象を認知したりすることもできない。これ は、大脳のコントロールによる高度な抽象的な感覚 としての視覚が、位置感覚のような純粋に大脳のコ ントロールを受けない感覚と切れてしまっている場 合である。生活に必要な、っまり習慣的な運動にっ いては、この患者は、すこぶるうまくできる。例え ば、彼はハンカチをポケットから出して鼻をかみ、

マッチ箱からマッチ棒を取り出して、ランプに点火 することができる(同上)。

 この患者にみられることは、小脳患者の場合   ワロンがしばしば取り上げている   にもあ てはまる。ここで、小脳患者のことを、メルロー;

ポンテイは、ゴールドシュタインのUeber die Abhangigkeit der Bewegungen von optischen V organgenおよびZeigen und Greifenの二っの文 献を使って紹介しているが、結局これは、運動機能 の局部的関連の限定にほかならない。そのような限 定ができるのは、ワロンの考えでは、大脳の表象機 能によって運動をコントU一ルできないにもかかわ らず、より直接的な感覚のもとでは、すなわち、内 部感覚や自己受容性感覚のもとでは、おそらく、そ れができるということである。だがこれは、どこか

ら可能になるかということが問題である。

 メルn−=ポンテイは、この点にかんして、鼻の 例をあげて、「示す」ことは、「掴む」ことや「触れ る」こととはまったく違うと述べている。すなわち、

掴むこととか、触れることとかいうのは、それを客 観的に表象できなくてもできるのに、示すこととい うのは、運動をいったんは中止することと結びっい ている。それは、メルロー=ポンテイが言うように、

指で自分の身体の一部、例えば、鼻を示すことを要

求された患者が、その鼻の一部をっかんだときには

できるが、それをっかまないとまったく鼻を示すこ

とができない、ということに現われる(同上、185

(12)

ページ)。これは、ゴールドシュタインの小脳患者 の例であるが(同上)、この例はワロンが小脳患者 にっいて述べていることと全く符合する。すなわち、

ワロンは小脳患者が、知覚と運動機能とのシネルジー がまったくできなくて、精神的アシネルジーの状況 を示すということにっいて、再三述べているが(こ の点については、坂元忠芳「ワロン『子どもの性格 の諸起源』を読む一研究ノート(2)東京都立大学

『人文学報』第206号、1989年3月、参照)、これは客 観的な生理学的知見において立証できる事実である。

 ところで、メルU−・=ポンテイは、このことにっ いて、「掴むべきときには私の鼻がどこにあるかわ かっていて、指で示すべきときにはそれがわからな いということは、どういうわけなのだろうか。」と いう質問によって表現している(同上)。そしてメ ルロー=ポンテイは、場所の意識が古典的心理学で は解けないと言う仕方で解明しょうとしている。

 つまり場所の意識は、あくまでも表象であって、

いっも「見る」という知覚が、客観的世界にたいし て注がれているという意味で存在しているだけで、

身体的基底をもっていないかのように感じられてい るというのである。こういう場合は、知覚としての

「見る」という行為は、あるかないかのいずれかで あって、もしあるならば、私たちの世界では、その 対象をいささかも曖昧を許さないかたちで存在する ことを主張するというのである(同上、185− 6ペー

ジ)。

 メルロー=ポンテイは百う。

 「われわれはここで、身体的空間が、掴もうとい う意向において私に与えられていながら、認識しよ うとする意向においては私に与えられないこともあ りうる、という事実を表象するたあに、ひっような 諸概念を鍛えあげなければならないのだ。」(同上、

186ページ)と。ここから、ワロンのシネルジー/

アシネルジー概念とは異なる、メルロー=ポンテイ 独自の概念がどのように展開されるかはきわめて興 味深い問題である。メルロ・一=:ポンテイは患者の身 体空間を、彼の習慣的な行動の基盤として意識する のであって、客観的領域として意識するのではない。

これは知覚を、主体の主観が客観に向かうのではな く、患者の身体が知覚や筋肉の動きを含めて対象に 向かうものとして説明する仕方からすれば、当然の ことである。このことにかんして、疑うものはいな いだろう。このことは、ワロンの小脳患者の考察か らいっても、当然のことである。だが問題は、この

ような身体空間の研究方法に関するワロンとメルロー;

ポンテイとの違いが本質的にどこにあるかというと

である。

 メルロー=ポンテイは患者が正常人のように、運 動が意識のなかに、もっといえば、外部知覚のなか

に縮減されているのではなく、運動が外部感覚や内 部感覚、自己受容感覚とに融合されているとして挙

げる。例えば、メルロー=ポンテイは何らかの具体 的運動を求あられた患者の動作をっぎのように記述 する。まず、患者は命令を質問調で繰り返す。それ から、彼の身体を課題が要求するような全体的な姿 勢のうちに置く。そして最後に運動を遂行する(同 上、186ページ)。これは、ワロンの記述によれば、

患者の運動のアシネルジーを典型的に示す事実であ る。このような動作にもかかわらず、患者は動作を うまくおこなうことができない場合は多くある。こ れはワロンのことばを借りれば、自動運動ができな いことである。しかも、自動運動が意識や知覚のよ うな大脳のコントロールのもとで、縮減されていな い例である。メルロー==ポンテイは軍隊式の敬礼を する場合に、敬意をあらわす他の様々な動作が同時 にあらわれるという。これは例えば、姿勢を緊張さ せてそり身になるとか、足の揃え方をきちんとする とか、右手で敬礼をする場合には、左手を真っすぐ にのばしていなければならないといったことである。

 このように、一っの動作が他の形式的な動作を必 然的に伴わないでは、その動作さえもできないとい

うのは、外部感覚が内部感覚、とりわけ、姿勢をコ ントロールする自己受容感覚を分離することができ ないことを示している。これは小さい子どもが、ま だ一っの動作をものにしていないとき、よくおこる ことでもある。ワロンは白痴の動作にっいてしばし ば、この例を挙げている(ET.,『多動児』参照)。

 他方、メルロー=ポンテイはこのような例を、ゴー ルドシュタインの例を挙げて説明する。彼の場合、

このような例は、ワロンの場合のように、純粋に生 理的な問題としてではなく、様々な文学的連想をと

もないながら、記述されている。例えば、メルロ・一一・==

ポンテイは、運動を縮減するこができないで、いっ も、運動が形式的に必要な要素を全部あわせて懸命 に現実に組合せようとする患者の例を挙げて、それ を運動と距離を置いている一例えばぎこちない 動作を意識的に演じることができる一喜劇役者 と対立させて論じている。メルロー=ポンテイは、

そのような演技のなかに、自己を「非現実化」する

参照

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