修士学位論文
題名 日タイ障害者就労制度の比較法的検討
頁
1~頁 70指導教員 矢嶋里絵
2020
年
1月
10日提出
人文科学研究科 社会行動学専攻 学習番号
17860103氏名 チャパタナグン ノラパン
目次
序論 1
1. 研究背景 1
2. 先行研究 3
3. 研究目的 5
4. 研究方法 6
5. 研究構成 6
第1章 日タイ障害者就労制度の概要 7
第1節 タイの障害者就労制度の概要 7
1. 法整備の動向 7
2. タイ王国憲法 9
3. 障害者法 12
4. 障害者雇用率制度 13
5. その他の制度 14
第2節 日本の障害者就労制度の概要 16
1. 法整備の動向 16
2. 障害者就労関連法 16
3. 障害者雇用促進法 19
第2章 日タイ障害者就労制度の問題点 21
第1節 タイ障害者就労制度の問題点 21
1. 関連法 21
2. 障害者就労制度 22
3. その他の課題 25
第2節 日本障害者就労制度の問題点 27
1. 関連法 27
2. 障害者就労制度 29
3. その他の課題 35
第3章 日タイ障害者就労制度の考察 37
第1節 日タイ障害者関連法の考察 37
1.国内法制定過程 37
2.国内法体系 40
3. 障害者福祉制度 41
第2節 日タイ障害者就労制度の考察 42
1. 障害者雇用率制度の比較 42
2. その他の就労制度の比較 44
第3節 国際的な観点からの考察 48
1. 障害者権利条約委員会勧告の概要 48
2. 障害者権利条約委員会勧告の分析 50
3. 障害者就労制度に関する問題 52
第4章 障害者就労制度の展望 53
第1節 国際的な動向 53
1. 雇用率アプローチ 53
2. 差別禁止アプローチ 55
3. その他のアプローチ 56
第2節 解決策に関する提言 58
1. 農福連携による障害者就労支援 58
2. 援助付き雇用 59
3. 公的機関からの優先発注 60
4. 社会的雇用 61
5. ICTやテレワークの活用 63
第5章 結論と今後の課題 65
終わりに 69
参考文献
1
序論
1.研究背景
1.1 民間企業による制度の悪用
タイの雇用率制度では、障害者1の就労に資する支援額が実雇用で支払われるべき給料に相当 する場合、雇用率としてカウントされる「みなし雇用」を認めている(タイ語表現を以下「障 害者法」という、障害者法35条)。同制度の適用により雇用が難しい事業者でも、障害者の就労 支援に貢献することができるが、同制度を利用して障害者を実際に雇用する場合より低額の支 援費を支払うような民間企業による制度の悪用が全国で発覚している2。
日本では、子会社で雇用される障害者数を親会社の雇用率として加算する「特例子会社制 度」がある(障害者雇用促進法44条)。同制度の適用により、本業で障害者を雇用することが 難しい事業者でも、子会社に障害者の働く場所を作ることができるが、障害者を農園で働かせ て障害者雇用を肩代わりするビジネスや3、雇用率充足のために子会社を設立して架空発注する 企業が問題視されている4。
以上から、日タイの企業側の負担を調整する目的で作られた制度によって、障害者が、自ら の潜在能力を発揮できる仕事を選択する機会から妨げられていることが考えられる。
1.2 福祉施設の問題
タイのみなし雇用制度では、事業者が請負契約を結んで仕事を発注する場合や、売買契約を 結んで直接障害者の商品を購入する場合も認められている。しかし、仲介業者である障害者団 体等の福祉法人が事業者から受け取ったみなし雇用の報酬を一部横領し、契約より低額の工賃 を障害者に支払っている事件が横行している5。
日本では、一般雇用が困難な障害者の就労機会を提供する「障害者就労継続支援事業所」が あり、同事業所は、労働関連法規が適用される「A型」と雇用契約に基づかない「B型」に分類 されるが、給付費目当ての「A型」事業所や6、工賃が最低賃金より極端に低い「B型」事業所が 問題視されている7。
一般雇用が困難な障害者にとって障害者就労継続支援事業が就労機会を提供する重要な役割 を担っているが、以上のように、日タイでは、障害者福祉施設の財政状態の健全性が問われて おり、それによって一般雇用が困難な障害者の良質な就労機会を略奪しているのではないかと いう思いに至った。
1 タイ語の「障害者」は、2つの語彙「人(kon)+障害(pikan)」の組合せから構成されており本研究中の
「障害」という字は、特別な固定観念に関わらず、単純にタイ語の直訳で当てはまる漢字として使用している。
2 BangkokBiz ニュース「障害者みなし雇用の給料問題」(2019/04/27)
3 アドバンスニュース「障 害 者 雇 用 の 効 果 と 課 題 を 議 論 」(2018/12/07)
4 ITメディアニュース「障害者雇用の水増しで露呈する法定雇用率制度の限界」(2018/08/24)
5 NationTV(民法)ニュース「障害者基金の横領事件」(2018/09/21)
6 NHK ニュース「食い物にされる“福祉” 障害者はなぜA型事業所を解雇されたのか」(2018/03/30)
7 NHK ニュース「働く場は企業だけじゃない 障害者の就労」(2018/04/16)
2 1.3 行政機関の不祥事
タイの障害者雇用率制度に基づいて拠出された納付金は、障害者の職業的自立支援基金とし て使われると規定され(障害者法23条)、①無利子の資金として貸し出される「障害者ロー ン」、②法人または行政組織の就労支援プロジェクトの「助成金」、③各地方自治体の「援助 金」として支出され、現在100億バーツの残高があると報告されている8。しかし、多くの地域で は、未だ就労定着支援制度、障害者就労支援センターが確立されていないことから、同基金が 障害者の就労支援施策に有効に活用されているかが疑われる9。特に、2018年には全国で障害者 を含む「生活困窮者手当」の大規模横領事件が発生したこと10、2019年に地方行政機関が障害者 職業訓練費用額を偽って援助金を不正受給しているという報告があったことから、障害者基金 の分配を担う行政機関の不祥事の疑いが強まっている11。
一方、日本では、行政機関が40年以上にわたり障害者雇用率を恣意的に不適切に計上する
「水増し」が2018年に発覚した12。再点検により、厚生労働省は、行政機関全体の障害のある 職員が3445.5人減少し、法定雇用率を達成していない行政機関が33機関中、1機関から28機 関となって、2.49%であった実雇用率が1.18%となったことを、『令和元年障害者白書』で認め ている。これについて水増し事件の検証委員会は、「民間事業主に率先して障害者雇用に積極 的に取り組むべきことは当然の責務であるにもかかわらず、多くの国の機関で障害者雇用を促 進する姿勢に欠け、相当数の対象障害者の不適切計上があったことは極めてゆゆしき事態であ る」と報告書で批判している13。
以上のように、日タイの障害者就労制度は、障害者の安定な生活を図るという共通の目的か ら出発したにもかかわらず、行政機関による就労制度そのものが、障害者から良質でやりがい のある仕事を選択する機会を奪っているのではないかと考えた。
1.4 障害者不要論
日本の障害者差別解消法が2016年に施行された直後に、知的障害者施設「津久井やまゆり 園」で入所者19人を殺害し、26人に重軽傷を負わせた事件が発生した。被告人は、犯行声明に おいて「障害者は不幸を作ることしかできない」と主張し、犯行理由を「日本国と世界経済の 活性化」と説明した。今でも被告人の意見に賛同する人たちから手紙がきており14、被告人は最 近の取材においても当初と同じく「障害者不要論」を繰り返している15。
8 タイ障害者基金委員会公表資料「障害者基金内訳」(2018/09/30時点)参考
9 ThaiPBS(民放)ニュース「知的障害者の福祉法人、みなし雇用の悪用か」(2019/09/05) 10 Komchadluekニュース「タイ生活困窮者保護センターで大規模横領事件の原因」(2018/04/01)
11 PostTodayニュース「みなし雇用の悪用、地方行政の不祥事全国摘発」(2018/04/01)
12 毎日新聞「障害者雇用水増し:通知、都合よく解釈あしき慣行「40年以上」」(2018/08/29)
13 検証委員会報告書「国の行政機関における障害者雇用に係る事案」(2018/10/22公表)
14「津久井やまゆり園事件と報道」神奈川新聞記者石川による取材から抜粋(2019/11/23)
15 週刊朝日「獄中で植松被告が語った反省なき「障害者不要論」やまゆり園殺傷事件から3年」(2019/07/26)
3
タイでは、障害者権利条約の署名に伴い、障害者法において障害を理由とする差別を禁止す る規定を設けているが、現在でも障害を理由とする欠格条項が多くの法律に存在しており、就 労能力がない障害者に対する差別は未だ残っている。
このように、日タイともに、法律で障害者差別を禁止しているが、実際の社会の人々の認識 や行政が法律に追い付いていないのではないかという疑問が残る。
1.5 雇用環境の問題
タイでは、障害者法に基づいて福祉器具無償支給、バリアフリーの義務化等、障害者の移動 支援に関する様々な省令が発布されてきた。しかし、現在でもタイの公共交通機関では、障害 者に対する配慮が行われず、障害者にとって閉鎖的である。都市交通については、2013年に国 会で初めて低床バスの導入が可決されたが、2018年時点でも全国で400台程度しかなく16、電車 も全駅にエレベーターが設置されていないため、障害者団体は、1999年からバンコク市に対し てエレベーターを設置するように訴え、16年後の2015年に勝訴したが17、バンコク市は裁判命 令に従わず、現在に至っても未整備の状態が続いている18。他の地域の交通機関については、長 距離都市間の鉄道しかなく、短距離の移動は自動車で移動せざるを得ず、特に農村部では側道 に入ると砂利道になることが多く、車椅子で移動するのは困難である。
日本では、バリアフリー法の基本方針に基づいて、1日当たりの平均利用者数が3,000人以上 の鉄軌道全駅のバリアフリー化が整備目標として定められており、2017年にはエレベーター等 による段差解消駅が89.3%となっているが、3,000人を下回るような地方の駅では、整備がなか なか進んでいない。バスのバリアフリー化についても、低床バスの車両数が全体の約6割しかな く、特に地方では低床バスの導入が遅れている実態が浮き彫りになっており、移動支援の地域 の格差が問題となっている19。
障害者が健常者と平等に労働市場に参加することが日タイの障害者雇用率制度の共通の目的 であるが、以上のようなバリアフリー化が進まない状況の中では、現行制度は限界があるので はないかが疑われた。
2.先行研究
2.1 民間企業で働く障害者
前述の通り、タイでは、障害者就労に対する便宜の提供を実雇用とみなす「みなし雇用」、日 本では子会社の被雇用障害者を親会社の労働者とみなす「特例子会社」が設置されており、民 間企業の負担を軽減するための取り組みを推進してきた点が共通している。しかし、前者は、
実際に障害者が雇用されていないのにもかかわらず雇用としてみなすこと、後者は、本業とは 関係のない子会社を設立して、そこで雇用される障害者を親会社の雇用とみなすことを考慮す れば、それぞれの制度は本来の実雇用を軽視しているように思われる。
16 Post todayニュース「念願の低床バス、バンコク市内大満足の模様」(2019/03/13)
17 タイラットニュース「BTSエレベーター設置、年末までに完成するか?」(2017/01/23)
18 israニュース記事「裁判所、BTS履行遅延訴訟を破棄」(2019/03/04)
19 2019年都市整備局報告書、2017年度鉄軌道駅のバリアフリー化状況、2012年国土交通省報告書
4
このような、本業とは異なった事業内容や場所で働く障害者を「実雇用」とみなす制度は、
事業者の雇用のしやすさに重点が置かれる制度であり(松井、川島:2010)、障害者の権利を主 体とする制度ではなく、あくまで事業者を主体とする制度であると指摘されている(土田,
2017)。このまま企業が制度の主体となれば、競争優位や組織パフォーマンスの側面にばかりと
らわれる可能性も危惧されている (有村:2009)。本研究では、日本の「特例子会社」とタイ の「みなし雇用」等、民間企業の負担を調整する制度の本来あるべき姿について考えながら、
民間企業で働く障害者のディーセントワークを促進する方法について模索したい。
2.2 福祉施設の歴史的背景
タイの障害児の教育機関は、普通学校におけるインクルーシブ教育の他、障害者のみを対象と する特殊教育学校や、虐待や貧困等教育の機会が奪われた子供を含む支援教育学校がある(西澤:
2013)。しかし、障害者学校は、1941 年乞食統制法の施行により物乞いをしていた障害者を収容
する施設として発展したという経緯をもつため、「障害者学校=収容施設」という先入観が残って いる(松井:2018)。障害者を対象とした公立の職業訓練校については、2018 年時点で全国9カ 所しかない。公的な職業訓練所以外に、王室の財団や国際的な団体等の寄付金によって設立され た施設や、民間の施設がいくつか存在するが、定員制で主に肢体障害者に対する訓練内容に限定 されている(千葉:2016)。
日本では、明治初頭にドイツ流教育システムの導入によって職業訓練と学問習得の能力は同等 に扱われていたが、アメリカ流のリベラルアーツ教育の導入によって、「学問」の方が重要視さ れるようになった。このような背景から、日本の特別支援学校の入学試験では、漢字の読みや計 算、作文等の「能力」が問われており、日本の障害者学校等の福祉施設は、障害者の潜在能力を 見出そうとしない、企業への就職のための予備校であると指摘されている(中島:2018)。
本研究は、以上の障害者福祉施設の歴史的背景を意識しながら、一般就労が困難な障害者が 自らの潜在能力を見出す役割を担う福祉的就労制度の在り方を明らかにしたい。
2.3 行政機関で働く障害者
タイでは、身体状態を理由とする欠格条項によって、ポリオ罹患者の裁判官試験の受験資格が 拒否されたことを不当な差別として、2002年に裁判で違憲性が争われた。しかし、裁判所は、選 抜にとって当欠格条項が必須であり自由裁量に関する問題であるとして差別ではないと判じた。
このような「自由裁量」の余地が考慮される「相対的欠格条項」を含む法律は、55件も残ってい る(Namsiripongpun:2002)。
日本でも、塩田裁判で、公務員法の欠格条項により吹田市が障害者を雇止めにしたことについ て違憲性が争われていたが、大阪地裁(2019年2月3日)は、障害者の差別の実態に踏み込むこと なく棄却した。1999年の旧総理府の調査によると、日本の法律上の欠格条項は63あり、欠格条項 の見直しが行われてきたが、医師法や道路交通法、成年被後見人・被保佐人に対する欠格等、現 在でも、政府が差別として認めない欠格条項が多く残っている(臼井:2002)。
このように、両国では、民主主義的な観点から行政機関の裁量が考慮され、裁判では、欠格 条項を差別とする判断を回避する傾向がある。本研究では、欠格条項によって障害者が行政機 関で働く機会が制約されることを認識しながら、行政機関の障害者就労支援の役割について検 討したい。
5 2.4 仏教的な障害者観
上座仏教では、「良いことをすれば功徳が得られる」と教えられているため、タイの人々は、
障害者に金銭を施すことを好んで行っている。このような仏教的障害者観は、逆に、障害者を 権利の主体としてではなく、保護の対象として捉える思想につながると指摘されている(福 田:2008)。一方、タイ人の障害者に対する慈善活動や寄付行為は、「徳を得る人」と「支援を 得る人」との相互作用であるとして、タイの障害者福祉の発展に必要不可欠なものであると評 価する考え方もある(関:2000)。
ヒンドゥー教の色合いの強い日本の仏教では、障害者を「因果応報」の思想の邪説によっ て、前世で罪を犯した罪人と定義されていた(花岡:1997)。しかし、民衆と同じ立場で共に生 活を続けたことで、同じ弱者である障害者を差別することもなく、浄土真宗等、一部の宗派 は、障害者を社会的弱者や抑圧され権利を奪われてきた者とみて、平等な存在になるようにエ ンパワーメントや救済に努力してきたという面もある(頼尊:2014)。
以上のように、両国の仏教は、障害者を「弱い存在」と捉えているが、本研究では、宗教的 な思想が障害者を差別の対象として排除することを正当化するものに発展する要因ではない点 に留意しながら、労働市場における障害者差別を改善する方法を模索したい。
2.5 障害者就労制度の形態
障害者の就労制度は、福祉的な観点から必要な訓練と就労機会の提供を目的とするものと、
実際に労働過程の一端を担う者として健常者と同様な雇用契約に基づくものが主流であるが、
前者は福祉サービスの一環として行われるため、公共支出の増加につながる一方、後者は障害 者が経済主体そして納税者となるため、社会的費用対便益について分析した先行研究では、前 者は後者よりも負担が約3倍大きいことが示された (Hemenway,Romani1999)。
つまり、福祉的就労制度よりも雇用率制度の方が社会保障支出を効率的に活用することがで きると考えられ、障害者雇用を促進するために日タイでは国内法整備当初から障害者雇用率制 度を実施している。しかし、同制度の実施により被雇用障害者が増加したものの20、就労を希望 しながら失業している障害者の割合も増加している(中島・中野・今田:2005)。
障害者職業センター(2010)の調査によれば、多くの企業が障害者雇用への意識が低いま ま、単に量として障害者雇用を促進することは雇用率達成のための単なる手段とされる可能性 があることが示されたことから、本研究では、現行の障害者雇用率制度のみでは限界があると 想定しながら、現状に合った新たな就労制度を提示したい。
3.研究目的
本研究は、近年の日本とタイで類似して発生した障害者就労制度に関わる者による事件や訴 訟を契機として、比較法的観点から日タイの障害者就労制度の共通点・問題点を把握すること を通して、障害者にとって良質な就労を促進するための方法を模索することを目的とする。具 体的には、
20 タイ:2018年障害者雇用率制度の達成状況、日本厚労省:平成30年障害者雇用状況の集計結果
6
目的①:民間企業による障害者のディーセントワークの実現方法を模索する。
目的②:一般就労が困難な障害者の就労機会を提供する施設の在り方を検討する。
目的③:障害者就労支援における行政機関の本来あるべき姿を明らかにする。
目的④:障害者就労制度における差別禁止措置の役割について分析する。
目的⑤:雇用率制度以外の新たな障害者就労制度の可能性について提示する。
4.研究方法
第1に、文献研究によって日タイ障害者就労制度について概観する。具体的には、まず、タ イ王国憲法における障害者の基本的権利や、障害者法に基づく便益、その他の障害者就労に係 る法制度の概要を紹介する。次に、日本の障害者基本法、障害者総合支援法、障害者雇用促進 法、障害者差別禁止法、その他障害者就労に関連する法制度を概観する。
第2に、日タイ障害者就労制度の問題点を抽出する。まず、日タイのそれぞれの法的課題を見 出し、次に、障害者就労制度に関わる問題点を取り上げる。
第3に、日タイの障害者就労関連法について考察する。まず、日タイ法の制定過程と国内法体 系を比較し、共通点や相違点について分析しながら、障害者就労関連制度に着目してそれぞれ の特徴について考察する。次に、両国政府に対する障害者権利条約委員会の総括所見を参考 に、国際的な視点から、日タイの障害者福祉制度の独自の課題を比較し、障害者就労制度に係 る共通の懸念を明らかにする。
第4に、日タイの障害者就労関連法の考察を踏まえて、両国の課題の解決策を提示する。ま ず、日タイと同じように雇用率制度を中心に障害者就労施策を推進する国やその他のアプロー チを採用する国等、代表的な国の障害者就労施策について文献研究を行い、国際的な動向を明 らかにする。次に、世界各国の障害者就労制度を参考に、今後の日タイの障害者就労制度の在 り方について展望する。
5.研究構成
第1章では、日タイの障害者の就労に関する法制度の概要を紹介する。第1節では、タイの障 害者就労関連法制度を紹介し、第2節では、日本の障害者就労関連法を概観する。
第2章では、日タイの障害者就労制度の課題を取り上げる。第1節では、タイの障害者就労制 度の法的評価を行い、第2節では、日本の障害者就労制度の法的問題点を提示する。
第3章では、日タイの障害者就労制度を考察する。第1節では、国内法の観点から日タイの障 害者就労制度の相違点を見出し、第2節では、障害者就労制度に着目しながら両国の特徴を抽出 する。第3節では、国際的な視点から両国の障害者就労制度の独自の問題や共通の課題を取り上 げる。
第4章では、日タイの障害者就労制度を展望する。第1節では、世界各国の障害者就労制度を 参考に障害者就労の国際的な動向を明らかにし、第2節では、近年の有望な障害者就労支援を紹 介する。
第5章では、日タイの障害者就労制度の到達点と今後の課題について言及する。
7
第
1章 日タイ障害者就労制度の概要
第1節 タイの障害者就労制度の概要1. 法整備の動向
1.1 障害者を「保護」の対象とした時代(~1970年頃)
「公共福祉局」が1940年に内閣府の管理下に置かれたことが、タイの社会福祉の始まりである と言われている21。当局の役割は、障害者を含め、売春婦、高齢者、エイズ患者、山岳移民、貧 困者等「身寄りのない人」を対象に必要な福祉サービスを提供することであった22。翌年には、
障害者を対象とした乞食統制法が作られたが、物乞いの障害者を施設に収容することが目的で あった。
1950年に「身寄りのない人」を担当する部署が独立し、障害者のみを対象とする「障害者課」
へ昇格した。翌年に、障害を負った傷痍軍人や国家公務員や国営職員を対象とする無拠出制
「年金法」が作られ、本法は、タイで初の社会保障法となったが、民間の被雇用障害者や自営 業者の障害者は、同法の対象とされていなかった。
1960年代に入ると、障害児の家族を支援するための手当が開始された。しかし、申請手続きが 行われる公共福祉局はバンコクに集中しており、地方に住む障害者の利用は限定的であった。
また、障害を理由に、採用資格や職業関連の免許を与えないという欠格条項が当時の法律に多 く存在していた。例えば、1955年地方自治体法、1962年建築士法、1968年医師法には、障害名 や病名を欠格条項として明記し、障害者は特定の職業に就く機会が制限されていた。
1.2 障害を「克服」の対象とした時代(1970~1980年頃)
1970年代まで、タイでは、一つの郡に一つの総合病院しかない場合が多く、私立のクリニッ クが不足している医療サービスの隙間を埋めていた。1970年代前半にWHOが提唱したプライマリ ヘルスケア(PHC)の理念がタイに導入されたことがきっかけで、理学療法の普及を含む医療リ ハビリテーションや健康改善を主要とする医療政策が推進されたが、大規模なものではなく、
一部の地域でしか行われていなかった。その後、1975年に健康保険法の成立により、医療サー ビスが届かない地域にも保健センターが建設され、障害者の医療費も全額免除された。しか し、地方の保健センターの役割は、障害の回復というより、栄養の偏りにより多発した障害児 の地域での意識改善活動や、ポリオのワクチン投与等障害の予防に重点がおかれていた。
1970年後半に入ると、視覚、聴覚、知的障害および慢性疾患を持った児童の教育に関する政 策が国家教育計画法の中に規定されるようになった。1980年に同法が改正され全ての児童への 教育が義務化されたが、「保護者は、教育を受けることが困難な児童については、教育委員会 に申し出ることで、教育を受けさせる義務を免除できる。」と定められ、「身体的精神的な障 害をもつ児童」であることが免除理由として挙げられた。1976年に、内閣の諮問機関として、
「障害者の社会復帰と福祉に関する委員会」が設立され、1979年に当委員会によって「障害者 法」の草案が出されたが、内務省の承認を得ることができなかった。
21 旧公共福祉局(The Department of Public Welfare)ホームページ参照
22「身寄りのない人」の広義的な意味として、①定常的な宿泊場所を持たない者②社会的または経済的等の事情 により一時的に自宅を離れなければならない者③路上等の公共施設で物乞いをする者、に分類されていた。
8
1.3 障害者を「権利」の対象とした時代(1980~1990年代前半)
国連は1982年に「国連障害者の十年」を宣言し、アジア太平洋地域の障害者施策の質の向上 に取り組むための会議が1983年にタイで開催された。そこで、障害種別を超えた団体であるタ イ障害者協会(DITP)が設立され、同団体は障害者法の草案の練り直しを進めた。
1980年代後半の経済成長期に入ると、女性、青少年、高齢者、障害者の発展等、民主主義の 実現が注目されるようになり、民主党や社会党の後押しもあったことから障害者法の草案がつ いに内務省の承認を得ることができた。
1990年に世界初めての障害者差別を禁止したアメリカのADAが制定された後、国際的影響を 受け、1991年にタイで初めて障害者の保護に特化した障害者法が整備された。同法は、障害予 防、能力回復、障害者団体支援、情報センター設置等を規定するものであり、同法に基づく社 会福祉サービスを利用するには1993年内閣府令により発布された障害者手帳を取得することが 必要であった。しかし、障害者手帳を取得するためには、医師の診断が必要になるため、病院 まで行くことが困難な地域では登録が進まなかった。
1994年保健省の省令では、障害者の定義が具体的に明示され、障害種別が5つ、すなわち、視 覚障害、聴覚障害、肢体不自由、精神障害、そして知的障害に分類された 。同年に、労働省令 により民間企業に対して障害者を雇用することが義務化されたが、雇用義務の免除に関する但 し書きが付帯されていたため、障害者の就職は依然として困難であった。
1.4 障害者を「自立」の対象とした時代(1990年代後半~)
1997年憲法では、障害者の保健サービスを受ける権利を保障し(55条)、障害者の生活改善 及び自立のための援助が国の義務として明記された(80条)。1998年に入ると、タイ政府は
「障害者の有する権利と自由」を一般社会とタイ国内の障害者に知らせるものとして「タイ障 害者の人権宣言」が発表され、障害者の政治参加や障害者団体の社会活動について記された。
1999年は、障害者のための教育年として定められたことを契機として障害児向けの特別校の 増設や、普通校でのインクルーシブ教育の促進等、障害者の教育の質を向上させる政策が進め られていた。
1.5 障害者を「統合」の対象とした時代(2000年代以降~現在)
その後、クーデターにより1997年憲法が廃止され、2007年に新憲法が制定された。2007年憲 法では、差別禁止規定に「障害者」という文言が加えられ(30条)、障害者の教育権や社会福 祉サービスを受ける権利が明記された(49条、54条)。
2007年に障害者法が改正され、国連の障害者権利条約の社会モデルに基づいて、差別禁止、
権利の実質化、雇用機会の増進、地域参加等を基本原理とした。そして、障害者の自立生活を 支援するために、手話通訳や介助者、補助器具等、様々なサービスが同法に追加され、確実に 権利にアクセスすることが強調された(20条)。
2008年に国家教育法から独立した障害者教育法が新設され、同法によって、障害者は無償で 教育を受けることが約束され、教材や設備等教育に関する費用についても援助すると規定され ているため、一定の水準で教育の質が保障されるようになった。
2011年の労働省の省令により公共交通機関のバリアフリー化が義務化された。同年に、雇用 率制度に関する省令が改正されることにより、雇用義務の主体に公的機関が加えられ、納付金
9
の増額や雇用率の引き上げ等、障害者の雇用促進を強化する規定が追加された。
2. タイ王国憲法
タイでは、クーデターによって憲法の廃止と制定が短期的に繰り返され、1932年に立憲君主 制へ移行してから20番目のものとなった(表1)。現行法は、2014年5月のクーデターによっ て2007年法が廃止され、暫定的に成立した。暫定憲法の下で、2015年の第1次草案が評議会 で否決されたが、2016年に第2次草案は国民投票と国王の署名を経て、2017年4月に公布され た。2019年3月に総選挙によって新首相が選出され、2017年の暫定憲法が恒久憲法となった。
表1:クーデターによる憲法改正
クーデター 暫定憲法(公布日) 恒久憲法(公布日)
1958/10/20 1959/01/28 1968/06/20
1971/11/17 1972/12/15 1974/10/07
1977/10/20 1977/11/09 1979/04/22
1991/02/23 1991/03/01 1991/12/09
2006/09/19 2006/10/01 2007/12/23
2014/05/22 2014/09/22 2019/03/24
(出典:今泉:2007) 次は、憲法改正によって障害者の権利がどのように変わったか、以下、旧憲法と比較しなが ら現行の憲法の概要を紹介する。
表2:旧法と現行法の比較
旧法(2007年) 現行法(2019年)
差 別 禁 止
第30条:出生地、民族、言語、性別、年齢、
障害、心身の状態、身分、経済若しくは社会 的地位、信仰、教育、もしくは憲法に抵触し ない政治信条の違いにより人を不公正に差別 することはできない。
第27条:出生地、民族、言語、性別、年 齢、障害、心身の状態、身分、経済若し くは社会的地位、信仰、教育、もしくは 憲法に抵触しない政治信条の違いにより 人を不公正に差別することはできない。
医 療 サー ビ ス
第51条:①人は相当かつ標準的な保健サービ スを平等に受ける権利を有し、貧困者は無料 で国の保健サービス施設で医療を受ける権利 を有する。
第47条:①人は保健サービスを受ける権 利を有し、貧困者は法律の規定により無 料で国の保健サービス施設で医療を受け る権利を有する。
③国は法律の規定により無料かつ迅速な危険 伝染病の予防及び阻止を施す。
②人は国から無料で危険伝染病の予防及 び阻止を受ける権利を有する。
②人は国からあまねく、かつ効率的な保健サ ービスを受ける権利を有する。
第55条:①国はあまねくかつ効率的な 保健サービスを提供する。
②人に健康の増進、病気の管理及び予防 に関する基礎知識を養成しなければなら ない。また、タイ伝統医学を最も効率的 に活用できるように人智開発を養成・支 援しなければならない。
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③第1項の保健サービスは、病気の予 防・治療、リハビリテーションを含む。
教 育
第49条:①人は、国があまねく、かつ良質に 整備する12年以上の基礎教育を平等に受ける 権利を有する。
第54条:①国は人にあまねく、かつ良質 に整備する就学前教育から基礎教育終了 までの12年間を提供する。
②国は貧困者、障害者、困窮者が費用を負担 することなく、他人と同等の教育を受けられ るように支援しなければならない。
⑤第2項及び第3項の教育については困窮 者の能力に応じた教育の費用負担を援助 するための基金を設置する。
③職業または民間機関の教育研修、人の選択 的教育、自己学習及び生涯学習は国から保護 及び奨励を受ける。
③国は人のニーズに応じて、民間、地方 自治体による生涯学習等が良質かつ国際 基準を満たした選択的な教育になるよう に監督し、奨励・支援する。
②国は民間や地方行政に参加を促進及び 支援し、第1項の就学前の児童又は少年 の年齢に応じた心身、行儀、感情、社 会、知性面を開発するための保護及び養 育の措置をとらなければならない。
④全ての教育は学習者に善心、規律、愛 国心、能力に応じた技術、公共心を植え 付けるために開発しなければならない
⑥国は教育の差の解消、教職者・教育者 の質を開発するための教育基金に予算を 分配し、基金に寄付した者に対する税金 の減免措置を講じなければならない。
障 害 者
第54条:障害者もしくは虚弱者は国からの 福祉、公共の便益、及び相当の援助にアクセ スし、利用する権利を有する。
(削除)
福 祉 サー ビ ス
第80条:国は、児童及び青少年の保護及び 開発、幼年者の養育支援、幼年教育提供、男 女の平等促進、家族及びコミュニティの結束 の促進及び開発、ならびに高齢者、貧困者、
障害者もしくは虚弱者、及び困窮者の生活改 善及び自立のために、援助及び福祉を供与し なければならない。
(削除)
司 法
第68条(新設):貧困者、虚弱者が司 法プロセスに参加できるように弁護士の 提供等、適切で必要な法律上の支援を実 施する。
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第71条(新設):児童、未成年者、女 性、高齢者、障害者は訴訟手続において 相当な保護を受け、性的暴力に係る訴訟 においては適切な扱いを受ける権利を有 する。
(著者作成)
2.1 差別禁止
1997年憲法の差別規定において、障害者は「身体的もしくは健康の状態」という文言に含ま れていると解釈され、「障害者」という言葉は明記されていなかった。2006年に国連の障害者 権利条約が採択されたことをきっかけに、2007年の憲法には、「障害者」を差別禁止の対象と して明示的に規定するようになった(旧法30条)。2014年のクーデターによって、2007年憲法 が廃止されたが、差別禁止規定は削除されず現行法に引き継がれている(現行法27条)。
2.2 医療サービス23
2007年法51条の国民の医療サービスを受ける権利は、現行法に引き継がれているが「相当か つ標準的」「平等に」「迅速な」という文言が削除され、医療サービスの「質」が憲法で保障 されなくなった(現行法47条)。一方、新法で初めて「リハビリテーション」という言葉が明記 されたが、国民の権利(第3章:25~49条)ではなく、国家の基本政策指針(第5章:51~63条)へ 転移され24、国の政策目標として提供されるものに変わった(現行法55条)。
2.3 教育権25
教育権についても、国民の権利(第3章)ではなく、国家の基本政策指針(第5章)へ転移され たため、当然に受けられる権利としての主体性が失われた。旧法では、国民が無償で受けられ る教育期間を「12年以上~」とされていたが、現行法では、「基礎教育終了まで12年間」と明 確に示し、期間の上限が設けられた(1項)。2項では、障害者を含む虚弱者の特別支援について 規定されていたが、改正により「障害者」が対象から削除され、教育費の性質も、「他人と同等 の教育」から「能力に応じた教育」へと普遍性が失われた。
2.4 福祉サービス
国は、障害者を含む虚弱者のための社会福祉サービスを提供し、それらの者が「自立」でき るように生活改善の支援を提供することが義務付けられていたが(旧法54条)、現行法では、
全文削除された。
2.5 司法上の権利
現行法では、国民の司法上の権利が新設された(68条・71条) 。同条は、障害者を含む社会的 弱者が裁判の中で他と平等に扱われることを保障している。これにより、障害者は、差別行為 の不服申立てや、取消し、損害賠償請求等の手続きを無償で利用することが可能になった。
23 旧法51条は改正により、1・3項は、現行法47条1・2項になり、2項は現行法55条1項となった。
24 旧法の構成は、第1章:総則(1~7条)、第2章(8~25条):国王、第3章(26~69条):国民の権利と自由、
第4章:(70 ~74条)国民の義務、第5章(75~87条)国の基本政策指針である。
25 旧法49条は改正により、1項は現行法54条1項、2項は5項、3項は現行法3項となった。
12 3. 障害者法
タイでは、70年代に初めて障害者に関する実態調査が行われたが、これは主にWHOによる医 療リハビリテーションプロジェクトのためだった。80年代に入ると、国連の「障害者の十年」
の圧力を受けたタイの障害者団体は、1986年に障害者を対象とした法案を提出した。同法案 は、当初国会の審議が進んでいなかったが、クーデターによって設置された暫定議会の中で承 認され、1991年にタイ初の障害者法が成立した。しかし、同法は、障害者能力の回復・克服す ることを目的としており、「医療モデル」に重点を置いていた。
2006年に国連で障害者権利条約が採択され、1991年法に貢献した障害者らは、条約の基本理 念である「社会モデル」に沿った新しい法の必要性を訴え、改正案を政府へ提議した。一回目 の議会の審議では棄却されたが、2006年にクーデターが勃発した後に設立された特別委員会に 参加した政治家の協力を得て国会を通過した。以下、2007年9月に発布された現行法を旧法と 比較しながら、概要を紹介する。
表3:障害者法の構成
条 内容
第1~4条 法律の名称・趣旨・効力・用語説明 第5~14条 委員会と事務局の構成・権限・任期 第15~19条 障害者手帳と発行手続き
第20条 障害者の権利利益・福祉便宜 第20条の1 障害者サービスについて
第20条の2 障害者団体の設立
第20条の3 障害者委員会事務局の設立
第20条の4 障害者・保護者・介助者等の税金減免措置 第21条~22条 公的機関と地方行政の管轄
第23条~32条 障害者基金(運用、構成、委員会、権限)
第33条~39条 障害者雇用制度(実雇用・納付金拠出・みなし雇用)
第41条~44条 行政規則や省令の発布
(著者作成)
旧障害者法は、全文20条しかないが、改正された現行法は全45条で構成されている(表3)。 改正により、法の趣旨が「障害の改善・克服」から「障害者の自立・社会参加」へ変更され、
国は障害者の権利を保護し必要な福祉を提供することが義務付けられている(1条)。対象の障害 者について、旧法では「異常または欠陥」と定義されていたが、現行法では、障害者権利条約 の理念に沿って、「社会モデル」に基づいた定義に変更され(4条)、差別行為に対する不服申立 て・取消し・損害賠償請求権が新しく追加された(15条)。
同法の障害者の権利や福祉サービスを享受するには、障害者手帳を取得することが条件とさ れていたが、改正で「全ての障害者」に変更され、対象範囲が拡大された(20条)。権利の性 質については、「国から与えられるもの」から「生まれながら有するもの」へ変更され、障害 者は、保護される「客体」ではなく、自ら権利を行使する「主体」となった。福祉サービスの 内容については、旧法を引継いだ上で、介助動物や補助器具の無償支給、介助者派遣、司法手
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続き上の支援、情報通信アクセス権、手話通訳、住宅改修費用援助、バリアフリー等が追加さ れた(20条)。
上記の権利利益の多様化に伴い、改正法では各サービスを提供する機関が変更された。観 光・スポーツ次官、運輸次官、情報技術通信次官、司法次官、労働次官、財務次官は、障害者 法の運用を担当する障害者法委員会のメンバーに追加され、中央省庁の管轄範囲が拡大され た。一方、障害者法の小委員会を各県に設立することが規定され、委員会の権限が地方行政に 分権化された(21・22条)。23条以降は、主に障害者雇用率制度と障害者基金に関する規定であ り、次に紹介する。
4. 障害者雇用率制度
1991年障害者法17条に基づき、障害者の雇用を義務付ける制度は、1994年省令によって設 置された。同省令により、民間企業は適切な割合で障害者を雇うことが定められ、障害をもつ 被雇用者数が全従業員の0.5%より下回る企業は、納付金を寄付する義務が科されていた。2007 年に障害者法が改正され、同法33条に基づいて2011年に障害者雇用率制度も改正された。改 正により、雇用率や納付金額が引き上げられ、みなし雇用による代替措置が新設された。みな し雇用の内容は、2015年の障害者法委員会規則によって規定され、以下、旧制度と比較しなが ら現行制度の概要を説明する。
表4:障害者雇用率制度
項目 旧制度(障害者法17~20条) 現行制度(障害者法23~35条)
目的 障害者雇用の促進 障害者雇用促進の強化
対象事業者 民間企業 民間企業+公的機関
雇用義務の性質 雇用促進の努力義務 雇用する義務 事業者の範囲 従業員200人以上 従業員・職員100人以上
雇用割合 0.5% 1%
代替措置 納付金拠出 納付金拠出+みなし雇用
納付金額 最低賃金0.5×365日×不足数 最低賃金×1.0×365日×不足数 対抗措置 なし 企業名公表・遅延利息・財産差押
(著者作成)
表4から雇用率制度の対象事業者は、民間企業に限定されていたが、改正により公的機関が 追加され、「努力義務」から法定の義務となった。事業者の規模は、従業員200人以上から100 人以上へ拡大され、雇用率が0.5%から1%へ引き上げられた(表4参照)。
障害者雇用不足数について、事業者は1人の障害者を1年雇用する場合の給与額に相当する 額の納付金を支払えば雇用義務を免れると規定されていた。改正で拠出額が2倍となったが、
公的機関については、依然として拠出義務が科されていなかった。また、改正により納付金の 拠出以外に、みなし雇用の履行が雇用率として算定できるようになり、民間企業だけでなく、
公的機関にもみなし雇用が適用されるようになった。
みなし雇用は省令で、「就労に資する資源や権利を付与すること」と定義されており、一時雇 入れや、職業訓練、障害者が生産した商品の購入、障害者が事業を行う場所の提供、介護者や
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手話通訳者サービスの提供等が挙げられ、障害者だけでなく、障害者手帳に記載される介助者
(家族)に対する便宜を提供する場合についてもみなし雇用として雇用率に算定できるように なった。
履行しない事業者に対する措置について、旧制度では定められていなかったが、改正によ り、実雇用または代替措置の履行が期日(毎年1月31日)より遅れた場合は、支払うべき納付 金額に対し年利7.5%の遅延利息が発生する。そして、催促状郵送30日後に履行がなかった場 合、委員会は、財産の差押えを行使することができる。一方、義務達成した事業者に対する優 遇措置については、改正により実雇用または代替措置により支払った額に対する税金控除が適 用される26。そして、障害者法委員会は、未達成企業名を公表する権限を持ちながら、法定雇用 率を達成した企業の中で特別に障害者の就労のために貢献した者は、優秀企業として表彰する 場合もある27。
5. その他の制度
障害者手帳は、①視覚障害、②聴覚・コミュニケーション障害、③肢体不自由、④精神障 害・行動障害、⑤知的障害、⑥学習障害、⑦自閉症に分類され、医師の診断書により中央また は各地方の障害者センターで障害者認定が行われる。障害者手帳の発行により、障害者法20条 に基づいて次のサービスが受けられる。
5.1 医療サービス
2009年保健省例では、障害者手帳所持者は、2001年から導入された無保険者救済医療制度の 適用により全国の国公立の医療機関で、カウンセリングから、検査、診察、治療、入院、薬の 処方まで、規定の26項目の医療サービスを無償で受けることができると定めている28。
車椅子・義肢等のリハビリテーション用器具の費用についても、申請により無料で支給さ れ、器具の修理や交換の費用もかからない。
5.2 教育サービス
2002年国家教育法では、「障害者は、12年以上の教育を無償で受ける権利を有し…国は、障 害者に特化した教育プログラムや必要なサービスを提供する。」と規定されたことがきっかけ で、障害者の教育に特化した「障害者教育法」が2008年に制定された。同法は、障害者の教育 を受ける権利を保障しながら、教員や学校に対して障害者の特性に配慮された教育内容、環境 を提供する義務を科す上で、障害を理由とする入学拒否を禁止している。
5.3 職業サービス
障害者法(20条3号、45条)に基づいて、2012年労働省令では「国は障害の特性に合った職業 訓練を提供しなければならない」と規定されている。同省令では、14歳から40歳までの障害者
26 実雇用および納付金拠出の場合は給与額・納付額の200%、みなし雇用の場合はその費用の100%が税金控除
される。また、障害者数が従業員の6割以上の場合は300%の税金控除が受けられる。
27 公表するかどうかは委員会の裁量によるため、毎年公表する義務はない。
28 健常者の場合は、保険料負担なしでどんな医療サービスでも30バーツで受けられる。出産や入院中の食費、
宿泊費用についても適用されるが、特別室料金や交通費は別途である。
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は、社会福祉省管轄の職業訓練センターや教育省管轄の職業訓練校、または、労働省管轄の技 能開発センターにおいて無料でサービスを受けることができると定めている。訓練種目に関し ては、主に手芸、縫製、皮革、電化製品の修理、理髪、自動車・バイク修理、プログラミング 等であり、半年から1年の期間で受けることができる。また、同省令で職業紹介サービスや、職 業相談支援サービスについても規定されており、障害者は各県にある社会福祉事務局で相談や 求人情報の照会サービスを無料で利用できる。
5.4 金銭的援助
大蔵省令(126番2条81号)では、65歳以下の障害者手帳所持者は、障害者控除として所得金 額から19 万バーツ(約60 万円)が差し引かれるという税的処遇を定めている。障害者の配偶者、
親、子供、配偶者の親、障害者生活向上法において認定を受けた介助者についても、控除の対象 となるが、控除額は6万バーツ(約18万円)であると規定されている(省令182番47条1号)。 また、2010年内務省令「地方自治体の障害者手当の支給」に基づき、障害者手帳所持者であれば、
申請により月800バーツ(約2400円)の障害手当が支給される。
障害者法(20条10号)に基づいて、2009年には、自宅改造費用が必要な障害者は、手すりの 設置、フロアの張替え等、工事業者の紹介、見積依頼のサービス等の環境整備費用に関する省令 が発布された。同省令が実施されることによって、申請により一人2万バーツ(約6万円)の援 助金が支給される。
その他、2016年障害者基金小委員会通達により、20歳以上のインフォーマルセクターの障害者 の起業資金を支援する「障害者ローン制度」が設立された。同通達により提出した事業活動の企 画案が合格すれば、5年間無利子で、一人につき最大6万バーツ(約18万円)、障害者団体の場合 は最大10万バーツ(約30万円)の融資額を借入することができる。
5.5 アクセス権 1) 介助者サービス
2009年障害者法委員会規則の発布により、重度の障害者は、申請によって県事務局に登録し
た介助者を一日6時間以内無償で利用することができる。
2) 手話通訳サービス
2009障害者法委員会規則に基づき、聴覚障害者は、医療期間や職業活動(就活、会議、商談等)
や裁判活動において、無料で手話通訳サービスを利用することができる。
3) 公共交通機関
運輸省5年計画に基づいて、障害者手帳の提示により、国鉄、スカイトレイン、地下鉄、エ ア ポ ー ト レ イ ル リ ン ク 、シャトルボート、路線バスを無料で利用することができる。飛行機につ いては、タイ航空の場合、障害者50%、介助者に25%割引の特典が適用される。
5.6 司法
障害者法20条5号は、障害者の法律の相談、司法書作成の援助、弁護士の紹介、その他、裁判 でかかる費用の援助を受けることができると定めている。また、障害者法16条の差別禁止事項に 基づいて、2009年障害者法委員会規則は、障害者が不当な差別を受けた場合、障害者不当差別解 消委員会に申し出ることにより、差別行為の不服申し立てや取り消し、または損害賠償を請求す ることができると定めている。