序
「表象は演劇である」.「無意識は劇場ではなく,工場である」.ジル・ドゥ ルーズの一連の哲学的著作において,「演劇」という概念は特異な位置を 占めている.初期の主要著書である『差異と反復』,そしてフェリックス・
ガタリとの共著『アンチ・オイディプス』においてドゥルーズは演劇とい う語をメタファーとして,représentation(表象=再現前=上演)に関わる ものと見なしている.ただしこの二つの著書のなかでは,「表象」の演劇
(というメタファー)に対峙する概念もまた,アントナン・アルトーの「残 酷演劇」という特殊な形態の演劇である.またマラルメの散文「le
mimique」を引き合いに出して論じられる「マイム役者の身体」というメ
タファーも,現実の行為の模倣としての「演技」という定義を超えるもの として,『意味の論理学』と『哲学とはなにか』においてドゥルーズが創 造した「反̶実現」という概念を補足説明するために用いられる.
他方でドゥルーズは,比喩としてではなく実際の芸術ジャンルとしての 演劇そのものについても言及している.カルメロ・ベーネ論である「マイ ナス宣言」ではベーネの演劇実践が画期的なものであるとし,また『シネ マ2』では映画と演劇の差異について繰り返し言及しながら,ジャック・
リヴェットのいわゆる「演劇映画」には「演劇の演劇性」とは異なる「映 画の演劇性」が見出される,と述べている.
ドゥルーズの著作における「演劇」への言及の,この二つの傾向̶メ タファーとしての演劇,そして映画と関連付けられる演劇の定義̶に,
なんらかの一貫性を見出すことは可能だろうか.例えば「マイナス宣言」
と『シネマ2』で(批判的に)言及される「演劇の社会性もしくは政治性」
というひとつの論点は,『アンチ・オイディプス』のなかにも演劇̶劇場 のメタファーで語られる「社会」という形で見出すことができるだろう.
それでは,このような「演劇と社会」という主題に最も深く関係している
ドゥルーズと(反)メタ演劇
̶̶
ブレヒトの読みかえを基軸にして
̶̶大 坪 裕 幸
演劇人は誰だろうか.一連の著作においてドゥルーズが幾度も名を挙げて いる演劇人にはアルトーやベケットなどがいるが,演劇のメタファーそし て映画と比較される演劇に本質的な次元で関わっているのは,おそらくブ レヒトの政治劇・社会劇および彼の演劇論̶「異化作用の演劇」̶で ある.
ドゥルーズのブレヒトに対する見解は,「マイナス宣言」や『シネマ2』 で確認することができる.彼は「マイナス宣言」ではブレヒトの異化作用 の演劇を,ほぼ否定的に論じている.他方で『シネマ2』ではロラン・バ ルトのブレヒト論を引用しながら,後者の演劇理論にとって主要な用語で ある登場人物の「ゲストゥスgestus」(=異様な「身振り」)という概念を 肯定的に評価し,映画の分析のために用いている.これら二つの言及は一 見すると脈絡のないものであるせいか,これまでドゥルーズとブレヒトと の関係についてはあまり論じられることはなかった.しかし他の著作に眼 を通せば,『アンチ・オイディプス』におけるルイ・アルチュセール(が 現代社会を演劇のメタファーを使って定義していることへの)批判は,後 者のブレヒト解釈と深く関わっていることが見てとれる(これは本論の第 1章で論じる).また「マイナス宣言」では現代の演劇界における「ブレ ヒト主義」が批判される一方で,ブレヒトの「ゲストゥス」に関しては,
既に初期の『差異と反復』において暗に言及されている(第2章).そして
『シネマ2』で論じられるヌーヴェル・ヴァーグ以降の映画,特にリヴェ ットの「演劇映画」は,ブレヒト(についてのアルチュセールの解釈)的 な演劇の構造と隣り合わせでありながらもそこから逸脱しているという異 様なものであり,かつブレヒト的な「ゲストゥス」の(映画における)機 能も備えているといえる(第3章).
それではまず,先に挙げたメタファーとしての演劇とブレヒトは,どの ように関わるのか.一言でいうとブレヒトの演劇実践は,必然的に現実の 社会そのものを3 3 3 3 3 (メタファーとしての)演劇かつ舞台にしてしまう.本論 で後に見るように,これが『アンチ・オイディプス』で批判されていたア ルチュセールのブレヒト解釈だった.ブレヒトを読むアルチュセールを読 むドゥルーズ(=ガタリ)は,そこに「演劇(的表象)」に喩えられた3 3 3 3 3 3 現実 社会を見ている.そして彼(ら)はそこにおそらく,実際の演劇かつ劇場 を内包している(演劇のメタファーとしての)現実社会という二重構造,
いわば「メタ演劇」的な構造を見出している.
ドゥルーズはブレヒトの演劇論を批判的に読みかえることによって,最
終的にはこのようなブレヒト(のアルチュセールによる解釈)的な「メタ 演劇」から,ブレヒトの「ゲストゥス」という概念を解放しようとしてい た,といえるのではないだろうか.彼のブレヒトへの言及が一見すると矛 盾したもののように見受けられる理由は,おそらくここにある.
1 無意識の演出家,社会の演出家 〜メタ演劇とその「主体」〜
ドゥルーズの『差異と反復』と『アンチ・オイディプス』におけるメタ ファーとしての演劇,そして「マイナス宣言」と『シネマ2』における実 際の演劇̶映画とは違うジャンルとしての演劇̶についての言及に一 貫性を見出すためには,まず先の二つ̶『差異と反復』と『アンチ・オ イディプス』̶を,両者における「表象の演劇」の批判という点から出 発して比較する必要があるだろう.いわゆる「オイディプスの三角形」を 徹底的に批判しているドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』で は,無意識は演劇(的表象)に喩えられるものではなく,(彼らにとって 有機体を含めて全てが「機械」である以上)工場そのものであるとされ,
演劇のメタファーを使うこと自体が否定されている.そしてこの著書に先 行する『差異と反復』では「表象の演劇」に対して「反復の演劇」という 概念が出され,精神分析でいう「転移」や「死の欲動」がその具体例とし て挙げられている.ここでわれわれは,ブレヒトを読むアルチュセールを 読むドゥルーズ=ガタリが批判した「社会の演劇̶劇場」というメタファ ーについて考えるまえに,まず『アンチ・オイディプス』と『差異と反復』
において「無意識の演劇̶劇場」がどのように定義されているか,その共 通点について確認することでこの二つの著書を繋げなければならない.
ウィヤム・アリーヌは『奇妙な心理的演劇』と題された論考において『差 異と反復』と『アンチ・オイディプス』に一貫性を見出すことで,ドゥル ーズにおける「演劇」(という概念)批判を肯定的なものに転回させるこ とを試みている1).例えばウィアムは論考のなかで,『アンチ・オイディ プス』のなかで無意識を従来のように「演劇」に喩えることが及ぼす弊害 について述べた箇所を引用している.「無意識はそれがそうであるところ のもの工場,工房であることをやめて演劇,舞台,演出になる.そしてそ れはフロイトの時代にあったような前衛演劇(ウェデキント)でさえなく,
むしろ古典演劇であり,表象の古典的な秩序である.精神分析医は(中略)
私的な演劇のための演出家になる2).」
ここでアリーヌは,ドゥルーズ(=ガタリ)が批判したのは『オイディ
プス』『ハムレット』といった「古典演劇」,つまり「表象の古典的な秩序」
を内包している演劇であると述べ,ここで名が挙げられているウェデキン トそして後にドゥルーズによる論考が書かれたカルメロ・ベーネといった
「前衛演劇」はその限りではない,と結論づける.そして『差異と反復』
で「反復の演劇」の例として出されていたフロイトにおける「死の欲動」
をそのような前衛演劇(的なもの)と捉え,実際にそのようなドゥルーズ 的(?)演劇を実践している演劇人を紹介して論を終える.
言うまでもなく,このウィヤム・アリーヌの論考では芸術のひとつのジ ャンルとしての「演劇」(の実践)と,「演劇」というメタファー(を哲学 的概念として精神分析や社会の考察に用いることの問題点)が,区別され ないままで扱われている.上に挙げた『アンチ・オイディプス』の引用の なかで注目すべき点はむしろ,ドゥルーズの一連の著作における演劇のメ タファー批判のなかで唯一,無意識の「演出家3」(としての精神分析医)
という語が用いられているという点ではないだろうか.ここで言われる無 意識はひとりの患者のそれであり,患者の「私的な演劇」が上演される場 所=劇場は無意識そのものでも3あり,同時に治療が行われる診察室でも3あ る.患者の抑圧されたトラウマ的な記憶が治療の場において意識化される 時,精神分析医は「演出家3」として患者にオイディプスやハムレットとい った「古典演劇」の主人公を演じさせ,「表象の古典的な秩序」に則って 物語の完全な収束をもたらす3)(本論で後に見るように,このような精神 分析の「演出家」は,ブレヒトを援用するアルチュセールによる現実の社 会の定義においても,革命の「演出家」という形で必然的に導き出され る).精神分析が「演出家3 による上演」のメタファーによって語られるこ とを批判した『アンチ・オイディプス』の上記の箇所と,精神分析は「反 復の演劇」であると定義した『差異と反復』との間に一貫性を見出すため には,おそらく後者において(演劇のメタファーで)考察されている「転 移」について確認しなければならないだろう.
そうではなくて演劇的かつドラマチックな操作によって,ひとは治癒したりま た治癒しなかったりするのであり,この操作は転移という名を持つ.患者が,
精神分析医という人物を《対象》と見なすことによって,諸々の特権的な人工 的条件において自らの障害の総体を反復すると想定される以上,転移にはおお いに,何らかの科学的な実験に類似するものがある.しかし転移における反 復は,[過去と現在の両極に属する]諸々の出来事,諸人物,諸情念を[それ
ぞれ]同じものと見なす0 0 0 0 0 0 0 0(
identifier
)機能を持つというよりも,諸々の配役[の 妥当性]を認証して0 0 0 0(authentifier
),[彼らの]仮面を選別する機能を持ってい る4).(傍点イタリック体)精神分析治療において患者が治癒に向かう鍵になるといわれる「転移」
は,ドゥルーズにとっては医師の操作によって起こる現象ではなく,あく まで患者が主体的に起こすものである.治療の場で患者の原体験が再現さ れる時に彼は,自らの幼年期の体験に属する「出来事,人物,情念」と,
いま・ここの現実における治療の場での(その原体験の)再現前=表象=
上演に属する「出来事,人物,情念」とを同一視する(identifier)̶具 体的にいえば,主治医を父親と同一視する̶のではない3 3 3 3 3 .転移は演劇の3 ようなもの3 3 3 3 3ではなく,アルトーそしてニーチェの「残酷の演劇」と同じく,
(原体験/トラウマという「オリジナル」の再生産つまり「コピー」と見 なされる)「再現前=表象の演劇」に対置される,「反復の演劇」そのもの3 3 3 3 である.ここでは医師は演出家ではなく,さしあたり「父親」の代役とし て振る舞っている「演出家」という3 3 3 役を演じる資格がある3 3 3 3 3 ことが認証
(authentifier)されているに過ぎない.
ただし精神分析において,このような特殊な二重構造の演劇(的な現象)
を見出したのはドゥルーズが最初ではない.『差異と反復』以前にフーコ ーもまたビンスワンガーの論文「夢と実存」の仏訳版の序文のなかで,フ ロイトの臨床報告のひとつである『症例ドラ』を再解釈する際に,患者の 夢における「メタ演劇」的な構造を示していた.
フーコーによると,ドラがフロイトに報告する自らの夢は「演劇的な形 式のもとでその劇的本質を復元しようとしている」かのようであり,ドラ の「夢のドラマ」は無意識の願望充足というよりも,「精神分析に終止符 を打つという決心」の現れだという.「ひとは,ドラは治癒したと言うこ とができる.そしてそれは,精神分析治療の中断にもかかわらず治ったの ではなく,むしろ治療を中止するという決断をすることによって,それま では自分の実存が孤独の煮え切らない歩みでしかなかった,その孤独をド ラが最後まで引き受けていたからこそ治ったと言える5).」
フーコーのいう「夢のドラマ」というメタファーは,彼が序文を書いた ビンスワンガーが用いていた比喩であり,後者もまた彼が治療していた患 者の「夢のドラマ」に医師̶患者の関係を内包した精神分析̶転移とその 終焉の「弁証法的」プロセスを見出している6).ただし言うまでもなく,
夢を見る「主体」としての患者は「夢のドラマ」の劇作家・演出家として 自らの夢を意のままに操ることができるわけではない.そしてドゥルーズ にとっても治療の場における転移という「反復の演劇」は,それが引き起 こされる場合はあくまでも医師ではなく患者が主体となるのであり,「演 出家」としての患者が操作できるわけではない(それゆえ患者は「治癒し たり,また治癒しなかったりする」).
おそらく,演出家としての医師を「医師=演出家」という登場人物に仕 立てた「メタ演劇」を,治療を受けている患者が「夢のドラマ」(フーコー)
として,また転移という「反復の演劇」(ドゥルーズ)として作り出すこ とが肝要なのではない.もう一人のあらたな3 3 3 3「演出家3 3 3」としての患者,そ れは「演じさせる̶演じる」という権力構造の,単なる逆転(より正確に いえば,あらたな3 3 3 3上位審級の創造)しか意味しないからだ.それゆえ『差 異と反復』における反復(の「演劇」)の概念がガタリとの出会いを通し て諸「機械」(と「工場」)にと発展していった『アンチ・オイディプス』
においては,「演出家」という人物3 3 ̶主体3 3 を表すメタファーは,否定的に のみ用いられていたのではないだろうか.
『差異と反復』のドゥルーズが慎重に回避している(かのように見える)
このような「メタ演劇」の構造(の成立)とその「主体」は,『アンチ・
オイディプス』で批判されているアルチュセールがブレヒトを援用しなが ら社会を演劇に喩えた時に,「舞台」に喩えられる社会(とその「演出家」)
そしてそのなかにある実際の劇場という形で,更に明瞭に現れている.こ の二つの「メタ演劇」(批判)を繋げることでとりあえず『差異と反復』
と『アンチ・オイディプス』における演劇への言及にひとつの一貫性を見 出すことができるが,これに関してはアルチュセールのテクストそのもの も確認する必要がある.順を追って見ていこう.
ブレヒトを読むアルチュセールを読んで批判するドゥルーズ=ガタリ は,まず「現前かつ不在なもの」という本質によって結び付けられる社会 と構造との関係̶アルチュセールのいう「構造因果性」̶を要約す る.そして次に,アルチュセールにおいては社会的生産が「演劇」的表象 に同一化されることを示す.「なぜ演劇なのか? なんと奇妙なのだろ う,この演劇の無意識,張子の無意識は.生産のモデルと見なされる演 劇.アルチュセールにおいてさえ,ひとは以下の操作に立ち会う.すなわ ち,「機械」あるいは「機械じかけ」としての社会的生産の発見,これは 客観的表象(
Vorstellung
)の世界には還元されない.しかし,すぐに機械は構造に還元され,生産は構造的かつ演劇的な表象(
Darstellung
[上演])に同一化される7).」
ただし先にドゥルーズ=ガタリが「構造因果性」に関して批判したアル チュセールのテクストにも,彼らが引用した『資本論を読む』の初版では 演劇の比喩が用いられていた.後者によると,「われわれが「知っている」
ように,芝居の全体の現前は完成されたひとつの現前であり,その都度め いめいの登場人物に住みつく.そして登場人物たちのあいだの諸関係は彼 らの人物としての現前のなかに与えられているのだが,しかしながらその 関係は全体の現前それ自体としては,つまり全体の潜在的構造としては,
全体においてのみ0 0 0 0 0 0 0 0把握され得る8).」(傍点イタリック体)この後に「
Darstellung
」 は「現前」のみならず「不在」の効果でもあるという記述が続くが9),こ こではあきらかに現実の社会が,ブレヒトの演劇において表象されるそれ と同一視され,民衆がこの戯曲の「登場人物」とされている.アルチュセールがブレヒトをどのように読んでいたかに関しては,上に 見たように資本主義社会を定義づける際にブレヒト劇における社会の表象 を援用していたこと以外に,ブレヒト劇の「教育劇」という側面もまた強 調していたことを付け加える必要があるだろう.ブレヒトの「異化作用の 演劇」はアリストテレス的な「一体化の演劇」に対置されるが,同時にフ ァシズムの(比喩としての)「演劇」,社会という「舞台」に主人公として 登場し観客つまりドイツ国民に自分と一体化するよう促したヒトラーの政 策に対抗する10),全く新しい形式の演劇だった.
メタファーとしてのファシズムの演劇̶劇場と,それに抗するブレヒト の異化作用の演劇かつ教育劇11).おそらくそれをふまえたうえで,アル チュセールは1965年に『資本論を読む』初版と同時に『マルクスのため に』を出版して,「教育劇」としてのブレヒトの芝居の観客かつ民衆が,
観劇後には社会というメタ劇場において今度は「俳優」になる̶劇場に おいて(予定調和的に)完結することのないブレヒト劇を,現実の生活に おいて「終わらせる」̶ことを示している12).つまりアルチュセール はこのテクストでもやはり演劇のメタファーを使うことによって,(実際 の劇場における)ブレヒトの社会劇と(演劇そして舞台のメタファーで語 られる)現実の社会そのものの,いわば「共存」を描いていたといえるだ ろう.そして1968年に「ブレヒトとマルクスについて」を書いてマルク スの哲学的実践とブレヒトの演劇的実践がともに「世界の変革」を手助け すると主張し13),同年に出版された『資本論を読む』第2版では,論理
に整合性を与えるためか(上に引用した)社会を「舞台」に喩えて民衆を
「登場人物」に喩えた箇所を削除している.彼にとって「民衆」は社会̶
芝居の「筋3 」̶の内部に閉じ込められた「登場人物」ではなく,社会
̶芝居の「上演3 3」̶に自らの意志を持って積極的に参加する「俳優」
である必要がある.ドゥルーズ=ガタリが批判する『資本論を読む』のふ たつめの演劇のメタファーにおいて,アルチュセールは次のように述べる.
かくして,われわれは,「Darstellung」[上演]というきわめて徴候的なあの用 語を想起して,あの「機械類」と比較し,この機械類の自らの効果̶結果のな かでの存在そのものとして,文字通りこの「上演」という用語を把握できる.
すなわち「上演」を,この演出0 0の存在様式として把握できる.この演出0 0とは演 劇のことだけれども,この演劇[というメタファー]はそれ自体の舞台のこと でもあり,それ自体の台本,それ自体の俳優たちのことでもある.この演劇の 観客たちは,最初は強いられている俳優であるからこそ一時的に観客であるこ とができるのであり,彼ら[観客̶俳優たち]はひとつの台本と諸々の配役と に拘束されているが,元来この演劇が作者のいない演劇0 0 0 0 0 0 0 0である以上,めいめい がこの芝居の作者になることはできないのである14).(傍点イタリック体)
アルチュセールによると資本主義社会は「作者のいない演劇」であり,
それでもなお「上演」され続ける.俳優かつ観客である民衆には社会の
「構造」全体を認識・把握することはできないし,(夢や転移と同様に)意 のままに操作することもできない.しかし上演=「演出」というメタファ ーを使うことは,結果的には「終わらない」資本主義社会が「終わった」
後に始まる新たな「上演」̶革命後の社会̶を演出する主体3 3 として,
社会の「演出家」の存在を要請することになるのではないだろうか.
先に見たようにブレヒトにとってナチス党大会で演説を行うヒトラー は,社会というメタ演劇の主人公そして同時に主演俳優でもあった.ただ しそれだけではなく,同時にヒトラーはナチスのプロパガンダによって,
演説において彼に一体化したドイツ国民を次は「俳優」にして現実そのも の̶世界戦争という「悲劇の舞台」のなかでワーグナー劇の英雄ジークフ リートを演じさせる,いわば「演出家」でもあった15).それと同じくブ レヒト劇の観客を上演後に「俳優」として演じさせる̶「世界の変革」
に参加させる̶のが,革命の指導者という新たな「演出家」ということ になるだろう.
ファシズムのメタ演劇,そしてそれと本質的に同じ構造を持っている革 命的メタ演劇.両者において見出される,現実の社会(=舞台)で「演出」
される民衆(=「俳優」)たち.前者は既に「完結している」ワーグナー劇
(オリジナル)を利用して現実の世界を劣化コピーにしようとし,後者は
「終わらない」コピーを,今度はオリジナルにおいて完結させようとする.
ドゥルーズは著作のなかで明確には批判していないが,「演出家」という 人物3 3 ̶主体3 3を表すメタファーが権力を「所有する」このようなメタ演劇の 構造が,ドゥルーズやガタリの思想と相容れないことは明らかである16). 以下われわれは本論の次章と最終章で,ブレヒトのいう登場人物の諸々 の「ゲストゥス」が,単純化された「教育劇」の定義(観客にメッセージ を発信する=受信させる3 3 3)にいかに回収されてしまうか,そしてドゥルー ズが映画の分析において,いかに「ゲストゥス」を俳優そして演出家かつ 映画監督といった(権力の)「主体」から切り離そうとしたか,を見るこ とになる.そして最終的には,ドゥルーズにとっての「政治的な演劇」「政 治的な映画」そして政治的な「演劇映画」(リヴェット)の定義̶それ はブレヒトの教育劇を読みかえたアルチュセールが想定するような「メタ 演劇」の権力構造を,いわば「脱構築」したものである̶を浮かび上が らせることができるだろう.
2 「断片の演劇」とゲストゥス 〜観客に
3伝える/観客が
3学ぶ〜
前章で挙げたアルチュセールのブレヒト解釈に明瞭に見てとれるよう に,構造「全体」を把握することができない現実の社会そしてそのなかに 生きる人々を「断片的に」のみ表象するブレヒトの演劇は,ドゥルーズが
『シネマ2』で引用しているバルトのテクスト「ディドロ,エイゼンシュ テイン,ブレヒト」では「タブロー」の連続したものとして定義される.
「ブレヒトの叙事詩的な舞台,エイゼンシュテインのショットはタブロー である17).」ここでいう「タブロー」は空間としての絵画であると同時に,
演劇用語では戯曲の時間的な構成の区切りを示す「幕」「場」の「場」で もある.ブレヒトの戯曲において登場人物たちの生の時間は恣意的に分割 され,彼らの(社会的な)関係性が空間化かつタブロー化される.そして そのタブローの連続が,異様な時間的展開を構成する.バルトは言ってい る.「ブレヒトがまさに指摘したように,(連続する場からなる)叙事演劇 では,意味をなし,ひとを楽しませるという責務に携わっているのは各々
の場面[scène]であり,全体ではない.戯曲のレベルでは発展も成熟もな
く,理念的な意味は確かに(めいめいの場にさえ)あるが,最終的な意味 はない.それぞれが十分な論証力を持つ,諸々の切片があるだけだ18).」
そしてこのような「諸々の切片」̶各々の「場」̶の最小単位が,
ブレヒトの演劇理論の核になる概念である「ゲストゥス」であり,バルト にとってそれは従来の記号論の範疇を超えた機能を持っている.ドゥルー ズがブレヒトを論ずる際にバルトを援用しているのは『シネマ2』のみだ が19),バルトは『エッセ・クリティック』においてもブレヒトについて 次のように言っている.「しかしながら,それは意識の演劇であって行動 の演劇ではなく,問いの演劇であって答えの演劇ではありません.(中略)
ブレヒトの全ての戯曲は暗に「解決策を探せ0 0 0 0 0 0」で終わっており,この解読 の名のもとに観客に向けられて,芝居の物質性が観客をその解読に導くは ずです.(中略)[記号の]体系の役割はここでは積極的なメッセージを伝 達することではなく(これはシニフィエの演劇ではない),むしろ世界が ひとつの解読されるべき対象であることを理解させることにあります(こ れはシニフィアンの演劇である)20).」(傍点イタリック体)
とりあえずこれは「教育劇」としてのブレヒト劇を,「教える」側つま り作者や演出家の側からだけではなく「学ぶ」側つまり観客からも捉えた 解釈だといえるだろう.バルトによればブレヒトの芝居の目的は「積極的 なメッセージを伝達する」ことではなく,彼の演劇は最終的な解答のない
「問いかけの演劇」,シニフィアンのみでシニフィエを欠いた演劇である.
テクストとしての文学作品を(「作者」が主題そしてシニフィエを伝達す る手段としての)「シニフィアンの総体」と見なすことを拒んで,文学と は本質的に「問いかけ」であると述べて記号論を作り変えようとしたバル トの思想が,ここでも見られるといえるだろう.
しかしドゥルーズにとって,「時間イメージ」の映画を分析する際に用 いられるゲストゥスという概念とブレヒトの演劇論そのものとは,あくま で別のものと見なさなければならない.例えば彼は『シネマ 2』で,ブレ ヒトとラングの共同脚本映画『死刑執行人もまた死す』の分析に伴って,
前者の異化作用(distanciation)についての一般的な解釈を要約している.
「そこにはブレヒトに固有のプロセスがあり,そこでは観客はひとつの問 題もしくは矛盾を意識するように促され,自分の仕方でそれらを解く̶解 消するように促される(異化作用)21).」しかしながら,観客に違和感を 抱かせて舞台上の表象から心理的に引き離し(= distancer)「ひとつの問題 もしくは矛盾を意識する」ように促すブレヒトの「異化作用」の演劇は,
『シネマ2』に年代的に遡る「マイナス宣言」ではブレヒト批判の要因と して取り上げられている.
労働者のナルシシズムのような,民衆の演劇というものがある.おそらく矛盾 や対立が再現表象されるものとは別物になるようにするための,ブレヒトの試 みがある.ただしブレヒト自身は,矛盾や対立が「理解される」こと,可能な
「解答̶解決」の諸々の要素を観客が持つことだけを望む.それは再現表象の 領域の外に出ることではなく,ブルジョワ的再現表象の劇的な極から民衆的再 現表象の叙事詩的な極へと移行することなのだ.(中略)しかしなぜ衝突は概 して再現表象に従属するのか.なぜ演劇は,衝突や矛盾や対立を対象にすると きはいつも再現表象的なままでいるのか.それは衝突がすでに規範化され,コ ード化され,制度化されているからである22).
これはおそらく先に挙げたバルトの『エッセ・クリティック』のブレヒ ト論をふまえたものであるが,ここでドゥルーズとバルトのブレヒト解釈 の差異を見ることができるだろう.ドゥルーズにとってブレヒトの芝居は 観客が自主的に答えを見出すようにしむける「教育劇」ではなく,演出家 がコード化かつ制度化された「衝突や矛盾や対立」をメッセージとして観 客に確実に3 3 3送る演劇でしかない.「諸々の制度とは,[観客によって]再認 される衝突を再現表象する諸器官であり,そして演劇とはひとつの制度で ある.演劇は,前衛的なものであれ,民衆的なものであれ,「公式の
(officiel)」ものなのだ./いかなる運命によって,ブレヒト主義者たちが
演劇のある重要な役割に対して権力を持ったのだろうか23).」
「ブレヒト主義者」たる演出家たちも(現代の)観客たちも同じく「マ ジョリティ」に属し24),それゆえこのような演劇の上演は「公式」のも のとなり,「衝突や矛盾や対立」というメッセージの送信̶受信は毎回確3 実に3 3 可能となる.ブレヒト自身が実際にドゥルーズの言うように「矛盾や 対立が「理解される」こと,可能な「解答̶解決」の諸々の要素を観客が 持つこと」(=観客がメッセージを確実に3 3 3受け取り,解決のための現実的 なヴィジョンを持つこと)を望んでいたかについては,ブレヒト研究者の 側からの異論もありうるだろう.しかしブレヒトの方法論が彼以降の演劇 界において一般化かつ通俗化するなかで,ブレヒト流の「断片の演劇」の 上演が,このようにコード化されたメッセージを観客に伝達する以外の目 的を持ちえなくなる可能性は十分にある.
ここでブレヒトの演劇論そのものに帰ることで,観客が「学ぶ」ことに 重きを置いていた彼の「教育劇」において,いかにして「メッセージを発 信する=受信させる3 3 3 」という一方的な関係が成立してしまうかを見る必要 があるだろう.まず,『シネマ2』でドゥルーズが肯定的に扱っていたゲ ストゥスという概念は,観客ではなく俳優の側から見れば身体の3 3 3 「異化作 用」ということになる.ブレヒトによると,「しぐさ(ゲストゥス)を異 化しようとする俳優にとって簡単な方法は,それを表情術と切り離すこと だ.そうするにはただ仮面をかぶったり,鏡のなかの自分の演技を追った りすればいい.そうすることで俳優は,本来はたくさんあるはずのしぐさ のなかから,ひとつだけを選び出せるようになる.(中略)俳優は,仮面 を使って稽古をしながら,話し方も異化する.(中略)この選択のさいに,
しぐさや言葉調子の自然らしさが失われることは許されない25).」(太字原 訳文)
現実にあった出来事をリアルタイムなものとして再現前するのではなく あくまで過去に起こったこととして報告するという形式の叙事演劇におい て,ゲストゥスは俳優が日常生活のなかで人々の様々な身振りを観察し模 倣することで身に着けられる26).その一方で俳優は,彼の身体を自分か ら切り離して(=異化してdistancer)別の文脈に投げ入れていく.この 二つの作業によって,切り離された自らの身体の身振りと観察された身振 りは等価となり,同じく交換可能かつ「引用」(ベンヤミン)可能なもの になる.つまり俳優に求められるのは,(あくまで自然な3 3 3 )しぐさを断片 化し自らのセンスに従って繋ぎ合わせる編集の作業ということになる.ゆ えに観客に違和感を抱かせる登場人物の(戯曲の構成および実際の上演の 時間的展開における)非・同一性は,コラージュ的な作業を理性的に行う 俳優の(コギト的)同一性,時間的な一貫性を前提にして初めて成立する といえるだろう(同じことが,観客に対してもいえる27)).
そして断片的な時間を積み重ねていくブレヒトの芝居は,舞台空間「全 体」においては別の意味を持たなければならない.ブレヒトはこのように 書いている.「まず筋から,ある限られた全体の出来事から出発し,すべ てのディテールがそこで止揚される最後的な自分の役に行きつくのだ.役 のさまざまの姿勢のあいだの矛盾に観客がびっくりするようにしなければ ならぬことをちゃんと心得ながら,自分もこの矛盾にびっくりする̶そ ういうことをすっかりやってのけた後にはじめて,全体としての筋が,矛 盾を統一する可能性を俳優に与えるだろう(後略)28).」「演劇の大きな仕事
は〈筋〉,これからさき観客の楽しみを決定することになるいろいろの伝 達や衝撃をも含めた,あらゆるしぐさ0 0 0的な出来の全体の構図である29).」
(傍点原訳文)
「マイナス宣言」のなかでドゥルーズがいうように,ここには「劇作家」
ブレヒトと「演出家」ブレヒトとの差異がある30).ハンス=ティース・
レーマンはアルチュセールのブレヒト解釈について,後者における社会の 表象には「個人では捉えることも出会うこともできない非弁証法的3 3 3 3 3 で巨大 な歴史的・社会的プロセスの時間」と「主体の体験の想像上の時間的な網 の目」という二つの異種の時間が見出される,と論じている31)(傍点引用 者).ここでレーマンは,マルクスの唯物史観に「重層的決定」を見出し てヘーゲル的弁証法(の単なる転倒)から解き放ったアルチュセールが,
ブレヒトの戯曲の時間的展開もまた単純な弁証法のプロセスには従ってい ないと解釈したことを示唆している.しかし演出家ブレヒトが演出プラン 通りに,劇作家ブレヒトの「断片の演劇」の二つの異種の時間3 3 の「積み重 ね」を舞台空間3 3「全体」において上演するためには,時間的な同一性を保 証された俳優たちとともに,彼らの身体のゲストゥスを中心にしたあらゆ る構成要素を,弁証法的に「矛盾」を「止揚」することによって統合̶有 機化しなければならない(その時にブレヒトのいう「あらゆるしぐさ0 0 0的な 出来事の全体の構図」は,ドゥルーズのいう異なった階級間の「衝突や矛 盾や対立」というシニフィエに対応する,空間3 3的記号としてのシニフィア ンの総体になるおそれがあるだろう).
このような上演「全体」の諸「部分」でしかない俳優のゲストゥスと,
ドゥルーズにとってのそれとの差異については,本論の次章で見るように
『シネマ2』において明確に示されている.ドゥルーズにとって(ブレヒ ト的)ゲストゥスは,最終的には演劇ではなく時間イメージの映画におい て(のみ)効果的に機能するといえるだろう.しかし『シネマ2』以前の ドゥルーズは,あくまで「演劇」としてのブレヒト的な政治劇かつ「教育 劇」の理想的な形態を夢想していたのではないだろうか.例えば「何を構 造主義と認めるか?」のなかで,彼はアルチュセールのブレヒト解釈につ いてこう言っている.「またあるいはアルチュセールは,演劇を語るため にマルクスについての彼の注釈を中断する.ただしそれは現実にも諸観念 にも属していない演劇,諸々の場所と位置に関する純粋演劇についてであ る.彼はその原理をブレヒトのなかに見るが,今日ならば彼はおそらく,
自分の最も掘り下げた表現をアルマン・ガッティのもとに見出すだろう32).」
ドゥルーズはかつて,ジュネの芝居やアルマン・ガッティの政治劇を観て いたという33).ガッティの芝居では時間列が断片化された上に,過去と 現在そして「こうもありえた」という願望としての現在が入り乱れる34). 主人公の同一性が徹底的に解体されるガッティの戯曲はブレヒトの叙事演 劇をさらにラディカルに発展させたものであり,「時間イメージ」の映画 にも近いといえるだろう.このような(アルチュセールが解釈する)ブレ ヒトそしてドゥルーズが好んだアルマン・ガッティといった社会劇の定義 は,『差異と反復』においても見出される.ここではおそらくドゥルーズ 独自の哲学用語である「習得」(apprentissage)という概念が,観客に「教 える」という意味での「教育」に対置されている.
逆に「理念」と「学ぶこと」は,「問題」に関する,超̶命題的あるいは下
̶表象的な,このような審級を表現している.それは無意識に属する現前であ り,意識に属する再現前=表象ではない.構造主義0 0 0 0が,それを推進している著 者たちにおいて,かくも頻繁に新しい演劇あるいは演劇に関する(非アリスト テレス的な)新しい解釈の要請を伴っていることは,驚くにはあたらないだろ う.それは諸々の多様体の演劇であり,あらゆる点で表象の演劇に対立してい て,上演される事物が,ある俳優であれ,ある観客であれ,舞台上のある登場 人物であれ,その同一性をもはや存続させないし,戯曲の筋の展開を通して最 終的な再認や知の省察の対象になるような上演をもはや存続させない.それは むしろ,常に開かれている問題と問いの演劇であり,観客や,舞台や,登場人 物たちを,無意識全体に属するある習得の現実的運動のなかに引き込むのであ り,その無意識の最終的な諸要素もなお,問題それ自体なのである35).(傍点 イタリック体)
構造主義者が解釈する「非アリストテレス演劇」というものがアルチュ セールのブレヒト解釈を示しているのは明らかである.われわれは前章で
『差異と反復』と『アンチ・オイディプス』の二つの著書を「メタ演劇」
批判という共通点によって繋げたが,著書の後者に深く関わるブレヒトの アルチュセール的読解が,前者においても暗に言及されていることが見て とれるだろう.ただしここでドゥルーズは,両者の理論を発展させて彼の いう「現実にも諸観念にも属していない演劇,諸々の場所と位置に関する 純粋演劇」に近づけようとしているようにも思われる(そのためか,ここ ではどちらの名前も記されていない).この箇所を,ブレヒト(そしてア
ルマン・ガッティ)の「ドゥルーズ的」読解として読み直すことはできな いだろうか.まずブレヒトの断片の演劇はここでは「多様体の演劇」と形 容され,リーマンの離散的多様体の援用,ベルクソンの質的多様体の批判 を経て独自の「強度的多様体」へと至ったドゥルーズの思索の流れが,こ こにも見出せる.そしてブレヒトやガッティと同じく登場人物には同一性 がなく,またブレヒトと違って俳優や観客にも同一性はない.そしてここ では「教育劇」たるブレヒトの芝居,バルトのいう「問いかけの演劇」が 彼のいう「問題」(problème)と「問い」(question)に置きかえられている.
その「問題」の「解」は,(「マイナス宣言」で批判されていたような)観 客に「矛盾や対立が「理解される」こと,可能な「解答̶解決」の諸々の 要素を観客が持つこと」とは全く違うものになる(ドゥルーズにとって
「解」はその都度「問題」から導き出されるものではあるが,「問題」は各々 の「解」を超越し,かつそれらに内在している).
そして「習得」(apprentissage)の概念に結び付けられるのは,ブレヒト の「教育劇」のもうひとつの側面,ゲストゥスの学習である.ブレヒトは 言っている.「演劇という出来事に引き入れられた観客は演劇化される.
したがって〈観客のなかでは〉なにごとも起きず,〈観客とともに〉なに かが起きることになる36).」「どんな演劇的な方法で人間の教育が行われ るかということは,忘れられがちである.子供はなぜ行動するかという理 由を知るずっとまえに,演劇的な仕方で,いかに行動するかを知る.(中 略)人間というものはいろいろのしぐさや表情や言葉調子を複製する.そ して涙は悲しみから生まれるが,悲しみも涙から生まれるのだ./大人の 場合もこれと変わらない.その教育には決して終わりはない37).」
ただしドゥルーズにおいては模倣̶ブレヒトのいう「いろいろのしぐ さや表情や言葉調子を複製する」こと̶は,「意識に属する再3現前」で はなく「無意識に属する現前」である.教育劇としてのブレヒトの芝居 を,観客に伝達する俳優および演出家の側からではなく「学ぶ」観客の側 から読みかえれば,ゲストゥスの「習得」はドゥルーズのいう「泳ぎを習 う」ことと同じく,身体に特異点を構成して生成変化させることであり,
それは演劇の目的3 3そのものになる.その意味で「多様体の演劇」は,「戯 曲の筋の展開を通して最終的な再認や知の省察の対象になるような上 演」,あるいは「衝突や矛盾や対立」というコード化された意味を伝える ための手段3 3としての上演「全体」に対置される.また「多様体の演劇」に おいては観客にも同一性がない以上,彼らが劇場で観た「終わらない芝
居」をメタ劇場としての社会において終わらせようとすることは有り得な い38).
ドゥルーズのこのような厳密かつ理想的でそれゆえ実現不可能な演劇に ついてのヴィジョンは,カルメロ・ベーネの演劇実践への激賞を例外とし て,最終的には「時間イメージ」の映画の分析に結実していった.その意 味でドゥルーズにとって「演劇から映画へ」という流れは,必然的なもの であったといえるのではないだろうか.
3 「 演劇映画」の政治性 〜複数
3 3の登場人物が演じる/演じさせ る〜
ブレヒト劇そしてドゥルーズが好んだアルマン・ガッティの戯曲は,政 治的な「主題」を持つ演劇,あるいは政治的な「内容」の芝居である.他 方で『シネマ2』で分析される「時間イメージ」の映画̶「運動イメー ジ」の危機から生まれた新しい「形式」の映画̶は,ドゥルーズによれ ば(必ずしも内容に関わりなく)本質的に政治的な意味を持っている.ゆ えに,この書物におけるブレヒトへの言及をふまえて,政治的な「内容」
の演劇から政治的な「形式」の映画への移行̶例えばブレヒトからヌー ヴェル・ヴァーグへというひとつの流れ̶を見出すことができるだろ う.それでは第一に,なぜ「時間イメージ」の映画は内容の如何に関わら ず政治的たりうるのか.
ドゥルーズは「思考の映画」のなかでロベール・ブレッソンの映画を論 じる際に,それは「映画に固有の自動性と,その諸帰結に関する問題」で ありブレヒトの異化作用とは全く違うものだと述べている39).しかしド ゥルーズは言及してはいないが,ブレヒトの異化作用の演劇,一体化の演 劇に対する「叙事詩的,ゲストゥス的,モンタージュ的演劇」は,元々は エイゼンシュテインの映画の方法論を演劇に導入したものだった40).演 劇から映画が生まれ,それを再び演劇が利用する.ただしドゥルーズにと ってエイゼンシュテインの映画は,断片的なモンタージュを「部分」とし て,かつ「内的モノローグ」で補完しながら登場人物が行動する世界の「全 体」を表象するものであり,だからこそ彼はアルトーの,「思考(全体)
の不可能性」を表現した映画をエイゼンシュテインに対置したのだといえ るだろう41).
ドゥルーズによると,まさにこのような「一体化の映画」が程なくして 大衆映画へと変わっていき,結果的にはファシズムのプロパガンダに利用
されるに至る42).だからこそ「全体」のみを構成するような映画に対置 される「時間イメージ」の映画は,その形式自体が必然的に政治的かつ反
̶権力的なものとなる.われわれが前章で見た「マイナス宣言」と同じく
『シネマ2』でも,(上演「全体」を構成してしまう)ブレヒトの演劇論そ のものは直接的にも間接的にも批判されているといえるが,他方でこの書 物ではブレヒトの「ゲストゥス」が彼の演劇論から取り出されて独自の機 能を持たされ,政治的な形式の映画の分析に応用されている.「戦後のヨ ーロッパの変異,アメリカナイズされた日本のような国の変異,1968年 におけるフランスの変異,まさに映画が政治に背を向けたのではなくて,
完全に政治的になったのだが,ただし異なる方法でそうなったのだ43).」
1968年以降のフランス映画の変化はヌーヴェル・ヴァーグに代表され,
ドゥルーズはゴダールとリヴェットの名を挙げる.「ブレヒトの制約に従 えば,ゲストゥスは必然的に社会的あるいは政治的であるが,必然的に別 のものでも3 3 ある(リヴェットにとってもゴダールにとっても)44).」(傍点 引用者)
このプロセス̶政治的なゲストゥスから別の意味を持つそれへ̶に 関しては,同時に3 3 3 成立するものとして考えることもできるだろう.本質的 に政治的なヌーヴェル・ヴァーグにおいては,リヴェットやゴダールらが 表現する「身体」は(彼らが意図しなかったにもかかわらず)まずブレヒ ト的な「ゲストゥス」でもありうるのであり,このゲストゥスによって「政 治的な形式の映画(における身体)」と「政治的な内容の演劇(かつ「演 技」)」が結び付けられる(ドゥルーズによると,ゴダールの「形式」とリ ヴェットの「形式」は全く異質ではあるが).
これについて,より具体的に述べよう.ゲストゥスはブレヒトの戯曲が 社会劇・政治劇である以上,それもまた社会的かつ政治的な概念である45). このゲストゥスに対するドゥルーズ的な読みかえに関しては,『シネマ2』 の結論で明確に示されている.「さらにまた第3の場合,登場人物たちは 彼ら自身が溶解し,そして作者が消え去ってしまう.もはや身体の諸々の 態度,諸セリーを形成する諸々の身体的姿勢のみがあり,そしてひとつの ゲストゥスが限界[limite]としてそれらを結びつける.まさに諸身体の映 画こそが感覚運動的な図式と縁を切ったのであるが,それは態度が行動に とってかわり,言い伝えと作り話をなすゲストゥスが,真実とみなされて いる脈絡にとってかわるからこそ,なおさらそうなるのである46).」ブレ ヒトにとってあくまで俳優そして演出家に属する身体は,「時間イメージ」
の映画のなかでは登場人物からも作者からも自由である.そして「時間イ メージ」の映画,特に「結晶」のイメージの映画における異様な時間の流 れのなかで見出される複数の身体は,限界[limite]を迎えると連結し,そ の都度ひとつの3 3 3 3 ゲストゥス̶ひとつの3 3 3 3「スペクタクル」̶として結実 する47).
ここでいう「限界[limite]」は,肯定的に使われている語だと見なすべ きであろう.ロベール・アビラシェもまたブレヒトを論じる際に,後者に とって社会の最小「単位」(unité)はひとりの人間ではなく「二人」の人 間であることを引用して,次のように結論づけている.「登場人物は自ら の最初の限界を他の人物との関係において見出すのであり,この関係が社0 会的ゲストゥス0 0 0 0 0 0 0の特権的な領域を構成している48).」(傍点イタリック体)ブ レヒト劇のゲストゥスは,(社会的立場・身分の違う)「二人」の人間同士 のせめぎ合いと,その「限界」において見出される.他方で「時間イメー ジ」の映画において(登場人物から切り離された)複数の身体の態度や姿 勢は,時間の流れの「限界」を契機に,登場人物のあいだのゲストゥス
̶それは空間的な(対人)関係に対応している̶に,その都度いわば 凝固する.ブレヒト劇という政治的な内容の演劇から取り出された,政治 的な意味を孕んだ「ゲストゥス」は,このような「限界」(=これはおそら く「境界」でもある)によって,政治的な形式を持つ映画̶「時間イメ ージ」の映画̶における諸身体と交差しているのではないだろうか49).
「政治的な内容の演劇」と重なり合う,「政治的な形式の映画」.それで はリヴェットの「演劇映画」̶演劇についての映画̶は,いかなる「内 容」と,いかなる「形式」によって政治的な映画たりえているのだろうか.
そもそも彼の映画の登場人物たち̶映画の中で芝居の稽古をする舞台俳 優たち̶は,決してブレヒトの戯曲のように「政治的な内容の演劇」の 上演に参加しているわけではない.にもかかわらず,なぜ彼らの身体は政 治的なゲストゥスを生み出すことができるのか.
ドゥルーズはリヴェットに関しては,まず「鏡あるいは結晶のイメー ジ」の映画に属するものとし,次に「身体̶ゲストゥス」の映画に属する とする50).前者に属する映画に関しては,映画の中に(別の)映画が存 在している作品,または映画が製作されるプロセスそのものを映画にした 作品が例に挙げられる.「結晶核と鏡が,前者は作られている最中の作品 において,後者は作品のなかで反映される作品において,なおも繰り返さ れる.この二つの主題は,他のあらゆる芸術を通って映画をも触発したは
ずだった51).」ドゥルーズが「ヘーゲル的な芸術の終焉」の後に現れたと いう,芸術のこのような異様な形式̶作品についての作品̶を取りい れることによって,演劇と映画は「劇中劇」「映画中映画」と形容される ものを生み出すことになる.
ドゥルーズのリヴェット論を要約するまえに,この「映画中映画」と「劇 中劇」について注釈する必要があるだろう.彼によると「映画中映画」は 主に「金銭にまつわる陰謀」に関わり,「劇中劇」は「監視,探索,復讐,
共謀もしくは陰謀」に関わるが,この二つには差異がある.「結晶核」に 分類される映画中映画を内包する作品においては,映画がその主題として その3 3 映画そのもの3 3 3 3 が作られるプロセスを含んでいる以上,本質的に自己言 及的̶自己批評的̶自己解体的な作品たりうる.ドゥルーズによると,金 銭を主題にした映画はその3 3 映画もまた資本主義社会において金銭がらみで 制作されている以上,全てが「映画についての映画」になり52),その時に,
それまで隠蔽されてきた(映画を作る際の)「金銭にまつわる陰謀」が暴 露されて本筋に絡んでくることになる.そして劇中劇に関しては,「全て の芸術において,作品中作品はしばしば監視,探索,復讐,共謀もしくは 陰謀の考察に結び付けられていた,ということが注目されるだろう.その ことは既にハムレットの劇中劇にとって真実だったが,ジードの小説にと ってもそうである53).」
ここで言われる『ハムレット』の劇中劇̶国王が父親を殺したという 事実を確かめるためにハムレットが(劇中で)国王に見せた芝居̶は,
ドゥルーズの分類でいえばこの戯曲の「鏡」だといえるが,これは演劇史 のなかではオーソドックスな劇中劇と見なされる方法論の流れにある.こ の方法論を使えば,俳優が演じている舞台のなかにもうひとつの舞台を作 ることによって,外側の演劇的表象を逆説的により現実に近づける(=リ アリティを出す)ことができる54).また演劇の上演プロセスそのものを 舞台にした場合,舞台内舞台̶これは「結晶核」となる̶のなかの「俳 優」役の登場人物たちに,外側の「演出家」役の登場人物が演技の演技つ まり「メタ演技」をさせるという構図が成立する.
「結晶核」としての劇中劇を内包する戯曲においては,上演の構造とし てメタレベルつまり「演じさせる」側とオブジェクトレベルつまり「演じ る」側との二元的な構造が確定しており,両者のあいだの直接的なコミュ ニケーションが成立することもあれば,前者によって後者が相対化̶諷 刺もしくはパロディ化̶される可能性もある.一方で「鏡」の劇中劇の
場合,舞台の中のもう一つの芝居に対して登場人物の全員が「観客」にな ることもあれば,芝居を「観せる」側と「観せられる」側とに分かれる場 合もある.後者の場合は誰が誰に,何のためにその芝居を観せるのかとい う点が重要になり,それがドゥルーズのいう「監視,探索,復讐,共謀も しくは陰謀」に関わることになる(ハムレットが国王に「王殺し」を主題 にした芝居を観せたのは,言うまでもなく「復讐」のためである).この ように「鏡」としての劇中劇を持つ戯曲は,劇中で上演される戯曲が「政 治的な内容」を持っているか否かに関わらず,このような二重構造という
「形式」によって政治的な内容の演劇たりうる.そして「鏡」としての劇 中劇を持つ戯曲だけでなく,おそらく「結晶核」を持つそれにもこのよう な政治的な主題を見出すことができるだろう.
ライオネル・エイベルが『メタシアター』のなかで分析しているように,
『ハムレット』に見出されるのは先に挙げた「鏡」としての劇中劇のみで はない.この戯曲は複数の3 3 3「結晶核」としての劇中劇̶『ハムレット』
という悲劇を生成させるプロセスそのもの3 3 3 3 3 3 3 3 としての劇中劇̶を含んでお り,しかもここでは演じる/演じさせる人間たちは,メタレベル/オブジ ェクトレベルの2極に分かれることなく混在している55).このような劇 中劇の構造を使って,政治的な主題を表現するとどうなるか.まず舞台上 で表象される現実社会がある.次にエイベルが定義したように,演じる/
演じさせるという行為に極めて自覚的な近代演劇の登場人物たちが,他の 人物を演劇的な手法によって罠に嵌めようとする56).
このような複数の劇中劇を持つ戯曲の上演においては,「演じる」とい う行為は現実における行為の「模倣」(ex.殺す「振り」,死ぬ「振り」を する)であるという前提が,既に破綻している.「演じる」という行為は 常に,既に,現実社会において至るところで見出すことができるからだ
57).それゆえ上演において演劇的表象がメタレベル(演じさせる側)とオ ブジェクトレベル(演じる側)に分かれた時に,現実世界にも見出せる「演 じる」行為̶「演じる」ことで騙す,罠に嵌めて「演じさせる」という 政治的な駆け引き3 3 3 3 3 3 3 3̶と,このようなメタ演劇の構造が不可避的に繋がっ ていくことになる.この時に舞台上で表象される社会は,現実の社会であ りながらも演劇あるいは舞台のメタファーにも3 なり,俳優たちが作り上げ る実際の舞台(=「社会」を模す)と,彼らが演じる現実の人々が「俳優」
として演じ,また他の人物に演じさせる実際の社会(=「演劇」のメタフ ァーになっていく)の,いわば二重の3 3 3 「二重写し3 3 3 3」になるだろう(このよ
うな構造はジャン・ジュネの戯曲,例えば『女中たち』の劇中劇などにも 見出される).
現実世界を「クラインの壺」的な構造に取り込み,その(閉じられた)
構造によって逆に世界そのものに向かって際限なく開かれていく,映画
(=「結晶核」)についての映画.そして現実社会と二重写しになって,そ の構造の内部に演じる/演じさせる登場人物たちを閉じ込める,演劇につ いての演劇.それではリヴェットの「演劇映画」に関しては,ドゥルーズ はどのような定義をしているのか.「リヴェットにおいては演劇的表象は 鏡のイメージであるが,まさにそれが絶えず流産する3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 がゆえに,産み出さ れるに至らないし反映されるに至らないものの結晶核なのである58).」(傍 点引用者)演劇を主題にしたリヴェットの映画において,演劇的表象は「絶 えず流産する」.各々の作品の最後まで俳優たちによる稽古が繰り返され るが,芝居が本番を迎えることは決してない.ゆえに公演初日に至るプロ セスのみを描くリヴェットの「演劇映画」における芝居の稽古は,この作 品の「鏡」というよりは「結晶核」ということになる.ただし彼の諸作品 は,芝居の稽古を行う劇場が(社会のメタファーではなく)映画のなかで 現実社会と繋がっている点では「映画についての映画」のなかに分類され るが,劇場での演出家と俳優たちの関係を描くストーリーや俳優の演技お よび「メタ演技」に関しては「演劇についての演劇」でもあるという,極 めて異様な形態を持っている.
リヴェットは彼の作品の全編を通じて,映画,演劇,そして映画に固有の演劇 性がぶつかり合うひとつの定式を練り上げる.(中略)登場人物たちは,ある 芝居の稽古をしている.しかしこの稽古の反復が示すのは,彼らが自分たちの 役に対応するような,そしてそれらの役を超えていく芝居の筋に対応するよう な演劇的態度に,最後になっても到達しなかったということである.逆に彼ら は,自分たちが戯曲に対して,彼らの役に対してお互いがお互いに対してとる3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 ことになる疑似演劇的な態度3 3 3 3 3 3 3 3に送り返される59).(傍点引用者)
ドゥルーズのこの定義を,リヴェットの具体的な作品に即して見るとど うなるか.例えば『地に堕ちた愛』(1984)では,女優エミリーとシャル ロットは日常生活で自らを偽る「演技」を繰り返し(=「疑似演劇的な態 度」),最後には演出家クレマンに復讐する60).それゆえわれわれは,こ の映画において二種類の「メタ」演技̶この映画に出演している俳優の