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I 埋葬の形象、生の形式について 記号論が全てであり、記号論が全てであった。
僕らの時代、僕らの世代は記号論に始まり記号論と共にある。
記号、記号、記号、記号。
最も新しいユーラシアの詩は漢字の中に記された。
炸裂する記号、拡散する記号、文字を巡る考察。
動き出す文字、誰が、どのような秩序が、この流れを、
この自己増殖を止められるのか。
文字の体制、漢字の帝国、動き続ける記号の群れ。
人影、人間は消え去り、記号だけがそこにある。
全く新しい学問、未来の思考は灰色の時間の中で屹立する。
記号の思想に照射され、くすんだ甲羅は内部から崩れ去る。
退屈な、贋物、日常の権威、byt。 誰が、何が、新しい四月の歌を唄うのか。
誰の耳の中で記号の歌が、戦争と機械の犬笛が、高く響き渡るのか。
腐ったもの、くすんだもの、日常への復讐。
美しい学問、鋭く尖った眼、マレーヴィッチの肖像。
ベーコン、枢機卿、怒り狂った背、結晶体。
Special Issue Dedicated to the Memory of Professor Hajime Nakatani
記号/運動──文字、肖像、増殖、文化、その断片
消えてしまった新しい人へ
Figure/Fragments:
Debris of Signs and their Dance, or the Specter of Culture and Writing
小山 亘
Wataru KOYAMA
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あなたの優雅な振る舞いは何への往信だったのか。
日常が美となる。
作品が日常となる。
優美に尖った鋭利な生の形式だけが、
最も新しい、常に、永遠に新しい、
思想だったと言うのか。
独特の手つきが新しい思想と共にある。
特有の目つきが新しい学問の形を指し示す。
生命と死の形象は、確かに肖像/記号なのだろう。
文字が沸き孵る身体。
文字の繁殖する植コ ロ ニ ー民地と化した身体。
皮膚の上で踊り出す漢字の群れ。
記号、記号、記号、
記号の運動だけが あなたと私 なのだ。
常に、必ず、既に、永遠に、
そこにあるもの、
最も美しい文字の蠢き が世界を埋め尽くすとき、
あなたは生まれた、
最後に一度だけ蟻のような 記号の群れの魔術師として 生きようとして。
II 記憶と瓦礫、消え去った時 人は死ぬ
一人で生を全うするために 個は普遍となる
死によって 死のために あなたは
生が形と意味を持つ 死に拠って
様式に拠って 様式の為に
人とその世界は在る そこに在る
47 形式と意味
様式に拠って そこに
あなた/方に拠って在る 此処は
私たちは
どれほど朽ちていようと 此処は
在る
生かされている あなた
彼方によって そこに 無によって 不在によって 他者によって 在る
此処は あなた無しに あなたによって あなたと共に 聖性と汚れを 刻印された 物として あり続ける 永遠に 既に 常に あり続ける 彼岸によって 今は在る 此処に
残念な生命 クズのような生 地の塩の栄光 蟻のように
III 文字と翻訳:記号論的考察、断章
文字は異界、彼岸に属する物、今ここを越えた死者たち、神々に属する異言、つまり象徴であ
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る。より精確には、文字とは、今ここにレプリカ(類像)として現れた象徴、神の群れなす子 どもたちである。そうだとすれば、(口頭)言語もまた象徴であり、象徴はそのままでは具現化 せず、指標記号、あるいは類像記号としてのみ今ここに現れるのだから、文字は、言語というも ののプロトタイプ、原型、儀礼的中心、すなわち今ここで指標的類像(indexical icon)として 現れる象徴記号の雛形、つまりは全体=宇宙のマトリクスであると言えよう。こうして、文字 を通して、言語の本質が―やがては全体が断片として/普遍が個として―露呈するのである。
ベンヤミンが見たように。
儀礼/スタイルを通して、この世界、此岸、「社会」あるいは「文化」などとして想像される もの、生きられるものは構成される。
したがって、文字は翻訳である。異界の言語の翻訳が文字なのだ。君が教えてくれたように。
IV 言葉と人間、あるいは20世紀文化人類学の記号論的編成:
新カント主義、解釈学的転回、人類学的ポストモダニズム
序
2013年度前期、立教大学本館(1204教室)で火曜日6限(18:30-20:00)に行われた「文化 人類学」講義のコース・シラバスは以下の通りであった。
・ 授業の目標
本講では、文化人類学を広く社会文化現象をめぐる「解釈」の学としてとらえ、その学問的系譜 を俯瞰する。
授業の内容
文化とは何か、という古くて新しい問いに、文化人類学という学問はさまざまなイメージやア ナロジーをもって応えようと試みてきた。文化はテクストや物語のように読解されるものなのか、
またはゲームのように実践されるものなのかといったことが、そこでは単なる比喩の問題を超え て、文化理論の根幹に関わる問いとして真剣に議論されてきた。本講では、人類学や社会学など の古典的文献を参照しながら、そこでどのようなモデルを通じて文化、あるいは文化を解釈する という行為が説明されてきたかを検討する。
授業計画
第1週(4月16日)序:「文化」の所在、「社会」の所在 第2週(4月23日)現代社会の神話
ロラン・バルト「プロレスする世界」、「石けんと洗剤」、「飾りだらけの料理」、「新しいシト ロエン」『現代社会の神話』(みすず書房)所収
I.文化の構造と機能
第3週(4月30日)現代社会の神話(続)
第4週(5月7日)分類
リーチ,1976.「言語の人類学的側面:動物のカテゴリーと侮蔑語について」(諏訪部仁訳)
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『現代思想』Vol. 4(3),pp. 68-90.
第5週(5月14日)親族
ラドクリフ=ブラウン『未開社会における構造と機能』第四章「冗談関係について」、第五 章「冗談関係についての再考」(新泉社)
第6週(5月21日)交換・贈与
マリノフスキ『西太平洋の遠洋航海者』第三章「クラの本質」
II.実践
第7週(5月28日)ゲーム、スポーツ
ブルデュー『実践感覚』(みすず書房)第四章「信念と身体」
『ヴィトゲンシュタイン・セレクション』(平凡社)pp. 168-178, 197-203.
第8週(6月4日)演劇
ゴフマン『行為と演技:日常生活における自己呈示』(誠信書房)序論、第一章 ターナー『象徴と社会』(紀伊國屋書店)第一章
第9週(6月11日)身体
フーコー『監獄の誕生』第三部第一章、第三章
III.形式
第10週(6月18日)カテゴリー
モーリス・レーナルト『ド・カモ』第十一章「メラネシア世界における人格の構造」(紀伊 國屋書店)
マルセル・モース「人間精神の一カテゴリー」カリザス他『人というカテゴリー』(紀伊國 屋書店)所収
第11週(6月25日)芸術
「取っ手」、「橋と扉」、「額縁」、「肖像画の美学」、「社会学的美学」『ジンメル・コレクショ ン』(筑摩書房)所収
第12週(7月2日)テクスト
クリフォード・ギアツ「厚い記述」、「ディープ・プレイ」『文化の解釈学』(岩波書店)所収
IV.現代社会の人類学
第13週(7月9日)カルチャー
ヴィンセント・クラパンザーノ「ヘルメスのディレンマ」、ジェイムズ・クリフォード 、ジ ョージ・マーカス(編)『文化を書く』(紀伊國屋書店)所収
ジェイムズ・クリフォード「民族誌的権威について」、ジェイムズ・クリフォード『文化の 窮状』(人文書院)所収
第14週(7月16日)結論:現代社会を理解する「モデル」
・ 中谷一先生は第7週の講義の後、急逝した。
一瞥すれば明らかなように、この授業はバルトに始まり、イギリス社会人類学やフランス社会
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学の古典、ブルデュー/ヴィトゲンシュタイン(ゲーム/規則)、ゴフマン/ヴィクター・ター ナー(儀礼/演劇)、フーコー(規律/権力)などを経て、ジンメル(美と生)、ギアツ(文化と 解釈)、そして「ギアツの子供たち」(クラパンザーノ/クリフォードの「ポストモダン人類学」)
で終わる構成となっている。
中谷一という学者にとって、もちろん「文化人類学」や「社会学」という「社会科学」の諸分 野に加え、バルト、フーコー、ジンメル、ギアツなどの人物が「文化」や「社会」、そして「書
/芸術」や「歴史」について思考するための重要な参照項となっていたことは疑念の余地がな いだろう。たとえば、マギル大学から立教大学へと職場を変える一年前、「文化人類学」や「メ ディア論」の教員としての自己のプロフィールを描くという形式的な要請に応えて書かれた、
2009年9月1日の日付を持つ、自身の「研究概要」に関する以下の記述を参照されたい。
・
問題関心
筆者のこれまでの研究活動は、相当に多様な時代・文化・対象領域にまたがってきた。ともする と気まぐれとも見えかねないその関心の軌跡は、しかし、それなりに一貫したある問題意識に貫 かれてきた。一言で言えば、コミュニケーション・言語・メディアなどといった社会事象を巡る 現代的な思惟のパターンや、それらを支える暗黙の前提の数々を人類学的に相対化しよう、とい う問題関心である。
筆者の主たる専門分野に即して言えば、その問題意識は、漢字がどのような意味で「文字」と いえるのか、という問いの形をとる。筆者の専攻は秦漢から中世にかけての中国文化史の歴史人 類学的研究だが、当時の文物を丁寧に検討してみると、そこにみられる漢字への考え方や態度が、
われわれが通常思い浮かべる 「文字」 のイメージとは相当に異なることが明らかになってくる。
以下でより詳しく述べるが、過去の中国にあっては、漢字の存在意義はことばを記録する、とい う機能に限定されなかった。むしろ、漢字はその形態自体に世界の真理を内包するものとみなさ れ、そういうものとして活発な解釈活動の対象となった。
ある社会の文字に対する基本的な了解形式は、そこで展開される 「書くこと」 の実践に影響を 与えずにはおかない。実際、中国における 「書くこと」 の歴史は、近代的 「文字」 概念には収ま りきらない多様な書記実践に満ちている。古代以来の特異な漢字解釈学はもちろんのこと、書芸 術の生成と展開も、中国固有の文字了解の歴史を抜きにしては理解できないだろう。一方、翻っ てみれば、こうして過去の漢字了解を実証的に(つまり近代的前提をできるだけ括弧に入れて)
再構成する過程は、同時に、われわれ自身の抱く 「文字」 の観念自体がどのような意味で特殊近 代的であるかを浮き彫りにする理論的効果もある。
「異文化」を介して近代を再帰的に批判するという戦略には、フーコーやギアツなどといった 偉大な先達がいる。たとえばミシェル・フーコーの系譜学は、過去をいわば 「異文化」 として提 示することで権力や性について現在抱かれる信憑や前提の数々に揺さぶりをかけた。またクリフ ォード・ギアツのいわゆる解釈人類学も、社会実践や社会構造に注目しがちだったそれまでの人 類学に異を唱え、「解釈の解釈」、つまり実践や構造を意味づけるローカルな解釈のシステムこそ が人類学に固有の解釈対象だと提唱した点で、筆者の方法的インスピレーションであり続けてい る。しかし、筆者の関心はこうしたアプローチを理論的に純化したり体系化したりすることには なく、むしろ、これらの方法的アプローチを生かしながら、実証的な歴史研究を通して記号・言
51 語・メディアといった近代的諸概念に揺さぶりをかけ続けることにある。
以下、個々の研究テーマに即して述べる。
漢から六朝期にかけての「文の秩序」の生成と変遷
少なくとも漢代以来、漢字が礼と並んで、中国の社会と文化の枢要を占め続けてきたことは周知 の事実である。漢字なしには、中国大陸にひしめく多様な民族や言語を束ねて、ひとつの中華世 界・中華帝国へとまとめ上げることはそもそも不可能だったろう。そして中華世界における漢字 のこの求心力は、強固なリテラシーの権威に支えられた文人支配、という中華帝国に固有の権力 構造にそのまま直結している。しかし、このような漢字の社会的・政治的な意義は、従来の研究 では、リテラシーというものに普遍的に内在する権力性が、たまたま中国では極端な形で具現さ れたものと説明されるのが普通で、漢字の文字としての独自性、あるいは独特な中国的漢字了解 の側から、漢字が担うにいたった文明的意義を再検討するような発想は乏しかった。
後者のような視点から見直してみると、過去の中国にあって漢字は、近代的な意味での「文 字」とは相当に異なる何かとして捉えられてきたことが分かってくる。ことばを書き記す、とい う文字としての基本機能は副次的なものでしかなく、漢字はより本質的には独自の形象的な秩序 をなしている、という発想は、漢代以降の漢字論や漢字起源説話などに一貫して見られる。これ らの言説によれば、漢字が帰属するのは「言語」の領域ではない。漢字はむしろ、易をはじめと する宇宙論的な図象システムに近しいものとされ、易から直接派生したものといわれることすら ある。いいかえれば、漢字も含めたこれらの図象システムが重要なのは、それらが自らの形象の 体系性を通して直接に世界の宇宙論的秩序を開示すると考えられたからなのだ。
筆者の博士論文(2004)では、この秩序を「文の秩序(graphic regime)」と名付け、その成 立と歴史的変遷を素描した。漢代に帝国秩序の宇宙論的枠組みとして確立した「文の秩序」は、
文字や経典、易、そして「河図・洛書」と呼ばれるコスモロジー的図像、さらには礼というしぐ さの形象秩序すらをも覆う膨大な体系であった。後漢王朝の崩壊以降、文の秩序は帝国の制度的 支えを失うが、様々に変形しつつ六朝期をとおして延命していく。この変化と持続の有様を、六 朝の訓詁学、字書学、書芸術の生成、貴族の社交や会話術などといった諸領域を横断的に観察す ることで描きだすのが、博士論文の中心テーマであった。
博士論文の一部は、すでに論文として発表している(2006b、2009)。これから二・三年以内 に、その後の研究成果も取り入れて論文を本として出版する予定である。改訂にあたっては、書 が六朝期に体系化されたことの意義を、文の秩序の歴史的展開の中で説明することが主な課題に なるであろう。
中国絵画における線と面
上記の博士研究に先だって、筆者は数年にわたり明清期の中国絵画、特に肖像画の調査研究に従 事した。その成果の一部は論文として発表した(2001、2010)。よく知られているように、中国 絵画は長らく書芸術と緊密な関係を保ってきたが、それは肖像画のような比較的写実性の強いジ ャンルにあっても同様であった。しかし、身体、特に顔面の立体感や肌理を克明に描き出すとい うジャンルの要請のゆえに、肖像画では、他の絵画ジャンルに較べて、「書くこと」と「描くこ と」の間の緊張が際立っている。具体的にはその緊張関係は、例えば線と面の対照や比率の問題 として可視化されるのだが、そうした関係を個々の作品に即して分析することを通して、絵画と
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書の間に想定されたアナロジーがどこまで実際に維持され、どこで壊れるのかを具体的に観察す ることができた。またこの仕事を通して筆者は、中国の表象システムを理解するうえでの書や文 字の重要性を痛感するにいたった。漢字を博士論文のテーマに選んだゆえんである。
アズテク・インカの比較記号論
アズテク・インカを論じた論文(2006a)は、もともとは大学院時代に同テーマのゼミにレポー トとして提出したものを、ゼミ教官〔=シカゴ大学の言語人類学者Paul Friedrich(引用者によ る挿入)〕の勧めにしたがって改稿したものだが、問題関心という意味では筆者の中国研究と密 接に関係している。これらの文明の視覚表現は、「記号」なり「表象」に関するそれぞれ独自な 了解に基づいており、それらを比較することを通して、われわれ自身の暗黙の記号理解も含めて、
「記号」観念の三角測量ができる。方法的には、「コミュニケーションの歴史人類学」の準備体操 となった仕事である。
現代アメリカ論
長期にわたる北米での留学・教育経験も手伝って、近年は現代アメリカ論に関心を抱くようにな った。現在執筆中の和文論文では、アメリカ独特の言説ジャンルとして「陰謀論」ないし「陰謀 語り」を取り上げ、そこに垣間見える、コミュニケーションやコミュニケーションする主体をめ ぐる(あまりにも)アメリカ的な思惟の輪郭を素描しようと試みている。問題関心という意味で は、この仕事も「コミュニケーションの歴史人類学」の延長線上にあるのだが、同時に、「帝国 とコミュニケーション」という補助線を通しても筆者の中国研究とつながっている。これまで主 に近代ヨーロッパの国民国家秩序を前提に組み上げられてきた記号や言語をめぐる理論的思惟を、
アメリカや中国といった、相互にまったく異なるがそれぞれに「帝国」的な世界の枠組みの中で 考え直す、という問題関心を展開させるささやかな契機になるかもしれない。
・
ここで注目すべきことの一つは、ここにおいて「コミュニケーションの歴史人類学」と名指さ れているプロジェクト、そのような構想の一つの<起源>に位置づけられるものとして、フーコ ーに並んでギアツの名前が挙げられていることであろう。「系譜学か解釈学か」、あるいは、解釈 学と構造主義の「乗り越え」としての「知/権力」論などといった解釈ではなく、「系譜学と解 釈学」のプロジェクト、つまりは近代的なものとは異なった認識/解釈/知の枠組みの歴史的探 究――そのような探究は、もちろん、不可避的に何らかの解釈行為を含まざるをえないことに注 意されたい――とそれによる近代の相対化というプロジェクト、そこにおいてフーコーに並んで ギアツの名前が平然と挙げられていることに、中谷一という人物を構成する構えが示されている のではなかろうか。すなわち、えてして「現代思想」や「現代(ポストモダン)人類学」を特徴 づけがちな、様々な意匠、移ろいゆく流行に棹差すホィッグ的な進歩史観――たとえば、構造主 義/レヴィ=ストロースから解釈学/ギアツへ、そして知・権力論/フーコーへ、などといっ た陳腐な「乗り越え」の修辞=似非歴史学――そのようなものとは一線を画する、いわば腰の 座った身振り、そして人類学徒としての自負と自覚が、ここに刻印されているとは言えまいか。
そしてバルトに始まるこの文化人類学の講義は、上記のように、イギリス社会人類学やフラン ス社会学の古典、そしてフーコーなどを経て、やがてジンメル、そしてギアツ、最後にギアツの
53 子供たちを持って終わっているのである。この最終部=コーダにおいて鍵となっているのは明
らかにギアツ、その「解釈人類学」である。そして加えて、後述するように、ギアツ的解釈人類 学を準備した新カント主義、ジンメルやウェーバー、あるいはボアスやサピアなどにも顕著に見 られるあの新カント主義、特にジンメルの新カント主義的な芸術社会学/生の哲学であり、そし て第三に、ポスト・ギアツ的な解釈学的人類学、すなわち、ギアツ的な解釈学を批判するメタ解 釈学的試み、脱構築的/再帰的/反解釈学的/修辞論的な解釈学、クリフォードやクラパンザー ノ、ラビノーなど、ギアツの子供たちが展開した「ポストモダン」(反)解釈学なのである。
したがって、本稿では、この展開、ジンメルからギアツ、クリフォード/クラパンザーノへと いう流れ、その変容のロジックを記号論的に簡単に素描することにより、「文化人類学」の解釈 に関わる、中谷一という学者の思想への著者の弔詞としたい。
なお、以下の議論は、上記シラバスに記された著作に焦点を絞ったものであることを予め注記 しておく。
1. ジンメル:新カント主義と生の哲学の記号論
言うまでもなく、前掲のジンメルの著作群にも見られるかたちで現れる「ジンメル社会学/社 会哲学」の骨子は、社会学/社会、哲学/思想、そして美学/芸術、これら三者を、いわば有機 的に統合したものとして、遡及的に再構成しうるものである。
まず、社会学という分野の(自己構成的な)自己記述、特に組織的な権威を付与された(ある いは自らに付与する)正統的な解釈枠組みにおいては、デュルケム(および、コント、更にはサ ン=シモン)、マルクス、ウェーバーという古典的な御三家、「自然」や個人の心理には還元さ れえない「マクロ」な秩序や史的過程に基軸を据えたものとして「社会学(的なもの)」、「社会 的なものの学」を立ち上げたとされる「偉大なる父たち」と対照ペアを成すかたちで、このベル リナー、世俗化したユダヤ系の私講師であったモデルネの哲学者は位置づけられがちである。
すなわちジンメルは、ゴフマンやガーフィンケル以降の「ミクロ社会学」の抬頭、「真の社会 学はミクロ・レベルの実践にある」、「全ての社会学の基底にはミクロ・レベルの実践がある」な どといった経験主義的な命題の受容可能性の高まりを見た時代、そのようなミクロ的、今ここ的 な社会観/社会学観が抬頭した時代―現代―とその現れ/構成要素である20世紀後半以降 の社会学者たちによって、そしてまた、より穏健で平板な経験主義的傾向を示す「ネットワーク 理論」の徒によって、「相互行為」の形式/幾何学や「繋がりの哲学」を先駆的に探究した、正 当な先祖として―G. H. ミード、戦前の(第一次)「シカゴ学派」などの更に向こうに位置する、
現代/モデルネの社会学、現代社会文化研究の先祖として言及可能な、言挙げするに値する、更 には言挙げすべき存在として―再テクスト化される傾向を強めてきたといえる。
だが、おそらくより重要な点として、ジンメルは、もちろんカントに端を発し、ヴィルヘル ム・フォン・フンボルトなど、そして下ってはマックス・ウェーバー、ディルタイ、ボアス/サ ピア、リッカート、カッシーラーなどの新カント主義的な潮流において強くテクスト化されるに 至った図式に則ってその思索を展開したということを想起せねばならない。すなわち、上述の著 作群に紛うことなく示されているように、ジンメルは、Geist/Natur、(カント的「構成力」に 由来する)魂・精神/自然・身体、形式/実用・機能、内的/外的なもの、理念/現実、芸術・
人間/世界・物、idiographic/nomothetic sciences、統一性・唯一性・個性/普遍・一般性、
直観と表層/法則と深層、以上のような対照ペアから成る、いわば二つの世界(社会文化と自 然)、これら、それぞれ独自の原理から成る二つの相の「存在」を前提としたうえで、しかし他
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方で、両者の間にまさしく「繋がり」、相互依存や相互浸透があるという点にも注意を払い、こ の相互的な原理的独自性と相互依存・浸透との両立を梃子として、両者を含みこんだ、より大き な統合、すなわち、生命=全体を据えるという構図を提示したのである。
魂・精神、形式、理念、内的なもの、芸術・人間など、そして他方、自然・身体、実用・機能、
外的なもの、現実、世界・物など、これら両者の繋がりを成すもの、それが、上述の諸著作で集 中的に扱われている額縁、取っ手、橋、扉、肖像画など、はざまに位置する蝶番、特にその様式、
スタイルであり、そのような媒介、中間者、様式を蝶番にして精神と自然とが結合し、全体、す
なわちLeben/生命を成す、という思想が、ジンメルが新カント主義の構図に独自の展開を加
えて捻りだした見取り図である。
このようにしてジンメルを通して、新カント主義の一般的な命題(「自然(科学)」と「文化
(科学)」の原理的二元論)は20世紀的な生の哲学へと、20世紀前半の「新しい哲学」へと、結 びつけられている。つまり、新カント主義と、他方、ニーチェ思想、プラグマティズム、ベルク ソン的生命論、そしてディルタイ的解釈学、これら両者をいわば幾何学的に繋げるものがジン メルの思想であり、そのようなジンメル的な「全体=生命」にとっての要石となるのが、額縁、
取っ手、橋、扉、肖像画などの媒介者(いわば、人の子イエスのごときものども)、特にその様 式、スタイル、つまり受肉化・物質化した形式、この世の物となった精神的なもの、外的なもの と化した内的なもの、あるいは、外界へと開かれた機能・実用性を担いつつ作品の内的・精神的 な統一性の一部を有機的に成しているもの、なのである。
言うまでもなく、生の哲学は20世紀初頭における、新たな思想、潜在的な思想であり、その 潜在性は、左翼的、あるいは過激に民主主義的、更には右翼的な革命思想、たとえばナチズムな どへとも繋がってゆく、そのようなかたちで現実化してゆく。そうであるならば―つまり、こ れが示唆するように―芸術の領域においても、上記のようなジンメルの思想は、20世紀的な 展開、20世紀モダニズム芸術の現れを示唆・予兆する類の主題を内包したものであったといえ よう。
すなわち、表現主義や新即物主義、ベルリン・ダダ、機能主義・バウハウス、などといった 近現代ドイツ前衛芸術運動には、それぞれ、主観的な現実・生の現実(いわば内的なDing-an- sich)、客観的な現実・物自体(Sachlichkeit)、それら主観的/客観的な物自体へと迫ろうとす る意志、そして有機的統一や構成(主義)、形式(configuration)への潔癖主義的、初期ヴィト ゲンシュタイン/バウハウス的なまでの志向性(cf. Leitner, 1995 [1973])、そのような主題が 通底していると思われる。そして、このようなテーマ、現実・生命、有機的統一、構成・形式な どのテーマは、まさしくジンメルの上記のような、新カント主義に則りつつそれを新たに展開さ せた生の哲学の図式を織り成す要素・素材なのである。
このようにして、芸術論を含むジンメルの思想は、それ自体、20世紀初頭のドイツ・モダニ ズム芸術の先駆となる一種の芸術、モデルネの様式、現代の有り様、現代社会のスタイルを表す ものとなっており、そのようにしてジンメルにおいて、社会・文化、自然・世界、芸術は―そ して社会学・社会哲学、新カント主義・生の哲学、美学・芸術論は―はざま、様式、相互関与 性を通して、一個の全体、有機的な全体、生命の構成原理へと統合されているのである(cf. 小 山,2011:第5章)。
約言すれば―提喩的に言えば―ジンメルの言う生とは一個のスタイルなのであり、生の形 式、様式こそが、モデルネという時代のエピステーメーの有り様を照射する形象となっているの である。やがてベンヤミンが示唆するように(cf. 小山,2011:第1章)。
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2. ギアツ:出来事と解釈の宇宙論
ギアツが、ウェーバーの理解社会学、リクールの解釈学、そしてカッシーラーやランガーの象 徴の哲学、これらを基軸に、社会科学・社会文化研究における科学主義や「構造主義」を批判し、
このギアツ的な介入が、文化人類学のみならず考古学、歴史学、政治学などの隣接諸分野(「柔 らかい科学」の多く)も含む広範な領野に「解釈学的転回」をもたらす契機となったことは周知 のごとくである。そしてその範例が「厚い記述:文化の解釈学的理論をめざして」であることも また広く知られている。
振り返れば、リベラル・プロテスタント神学者シュライアーマハー、その聖書研究・翻訳研究 の枠組みを嚆矢とするとされる近代解釈学の系譜は、やがてディルタイなどに見られるように新 カント主義の系譜と交差し、ここからリクールやガダマー、あるいは一種の解釈学批判の(破壊 的、脱構築的)解釈学として、ハイデガーやデリダへと展開してゆく(cf. 小山,2011:第2章)。
このような流れは、それがたとえば文学と哲学との境界を「消し去る」ことを試行するものと して位置づけられたりすることが示唆するように、神学、文学、哲学という「文系」の本流にお いて見出されるものである。1970年代ごろにおけるギアツの介入は、このような「文系的」な 伝統、特にリクール的なテクスト解釈学を戦後、冷戦下アメリカの社会科学の文脈へと嵌入(再 テクスト化、「引用」)し、いわば社会科学、社会文化研究の文学化を促進する役割を果たしたこ とはひとまず否めないであろう。
このような解釈学的転回は、したがって、やがてギアツの子供たち、団塊・ベイビーブーマー の世代に属する文化人類学者たちによって、文化人類学の文学的転回、修辞論的転回へと展開し てゆくことになる(下記、本稿第3節参照)。しかしもちろん、社会文化やその研究において解 釈・理解の持つ重要性(あるいはその根源性、更には、底無しの性格など)に最初に着目した人 物(あるいは、その影に触れえた人物)はギアツではない。社会学の分野ではウェーバーという 巨大な参照項、その理解社会学が屹立した範例となっているのである。
言うまでもなく、ここで言う「理解」(Verstehen)とは「説明」(Erklärung)と対照ペアを成す 新カント主義の基礎用語であり、前者を扱う文化科学(Kulturwissenschaft; Geisteswissenschaft;
精神科学、歴史科学、個性記述科学)と後者を扱う自然科学(Naturwissenschaft; 法則定立科 学)という対比は、ウェーバーのみならずジンメル、そしてディルタイ、ボアスやサピア、ある いはカッシーラーなど、新カント主義者たち、社会学や人類学の創始者と看做される人々によ って概ね共有された枠組みであった(cf. Boas, 1940 [1887]; 小山,2008:第1章)。たとえば、
周知のように、神話や科学などについての浩瀚な(肘掛け椅子的)知識を有し数多の著作を残し た新カント主義最後の巨人、ダヴォスでカント解釈を巡ってハイデガーと決定的な対立を示した カッシーラーは、やがて、ギアツの前掲論文の冒頭で言及されることになるランガーなどによっ て展開されることとなる象徴の哲学の形成に大きく貢献した人物である(cf. 小山,2011:第5 章)。そして、この象徴の哲学の系譜とウェーバーの理解社会学、これら新カント主義的な人間 学(カント的「人類学」)・社会科学の枠組みと、そしてリクールの解釈学と、これらを基盤とし てギアツの解釈人類学が1970年代に定立されることになるのである。
しかしでは一体、ギアツはどのようにして、上記のような枠組みを「基盤」としてその解釈人 類学を構築したのか。言い換えれば、ギアツにおいて、どのような枠組みが前提とされ、ギアツ によって、どのような変容、再テクスト化がその枠組みにもたらされたのか。本節では、以下、
この前提化と創出(再テクスト化)の過程を、理念的に、前節で論じたジンメルの思想を参照項 として記述してゆくこととする。
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まず、上でも見たようにジンメルの思想にも見られる新カント主義の基本的な構図は、個性に 関わる芸術・文化・社会と、他方、法則に関わる自然という二つの領域、そして前者を扱う個性 記述科学(精神科学、文化科学など)と後者を扱う法則定立科学(自然科学)という二つの学問 を措定するものであり、ジンメルの思想は、これら二つを、その交点(キアスムスの要)に位置 する取っ手や額縁などの媒介者を蝶番にして統合し、全体である<生>に至る、というものだと 図式化できる類のものである。
他方、ギアツにおいては、社会・文化と自然の対比、あるいは理解・解釈と説明・法則という 対比、などといった新カント主義的な構図は、ある限定的な変換を遂げることとなる。すなわち、
ギアツ的な図式では、観念、理解、範疇に関わる前者(社会・文化、解釈)はそのまま据え置か れる一方、物や事に関わる後者(自然、法則)は、出来事として再テクスト化されるのである。
同じく、観念や範疇、理解や解釈のような、ある意味で「非経験的」な、五感によって経験で きる類の「具体性」を欠くような現象とは異なり、経験的な物や事に関わるものであるにもかか わらず、自然・法則などとは違って出来事は、必ず社会文化的、歴史的なコンテクストの中で生 起するという性格を持つことに注意されたい。すなわち、解釈学的=人文主義的社会科学者ギ アツの特性は、上で繰り返し述べてきた新カント主義的な構図の基底に観念・範疇と物・事とい う、より古典的な対照性を垣間見て、その物・事を、新カント主義的な自然・法則から社会文化 的・歴史的な出来事へと置換し、よって、いわば物・事の文化科学化、新カント主義的な枠組み 全体の文化科学化・文系化を遂行したという点に求められよう。
こうして出来事とその解釈、たとえば闘鶏という出来事とそれを巡る解釈とが、文化人類学 など、社会文化研究の本質(synthetic a priori)と化すのである。換言すれば、文化は、出来 事とその解釈であるというテーゼが定立され、そして文化人類学は、厚い記述を行う民族誌
(ethnography)の学、個性記述的な(idiographic)、フィールドでの出来事とその解釈学的記 述によって構成される知(Wissenschaft)のジャンルとなるのである。このようにして、後にギ アツの子供たち(ギアツが「マリノフスキーの子供たち」と呼んだ者たち)、クラパンザーノや クリフォードなど、ギアツの批判者たちが行ったギアツ批判を逆批判してギアツが指摘した罪、
すなわち文化人類学と民族誌との同一化、民族誌の学としての文化人類学というテーゼがギアツ 自身によって準備されたことが「理解」できよう(詳細は本稿第3節参照)。
そしてまた、「厚い記述」というテクストの中で、このような解釈人類学によって批判される、
乗り越えられるべきものとして言挙げされているものどもには、(1)まず事実があり、それに解 釈が為され、そして評価(価値判断)に至る、などという機械論的に帰納・経験主義的、ユート ピア的に科学主義的な図式を措定する類の実証主義のみならず、(2)文化によって言語が異なる ように概念体系が異なる、という観察と着想に基づき、言語の規則の研究(構造言語学)を類推 的に模倣して文化によって異なるとされる思考の規則、範疇体系の研究に従事する類の文化人類 学も含まれているという、これも広く知られた事実についても、言及しておく必要ぐらいはある だろう。つまり、20世紀中葉、「人文諸科学の水先案内人」(pilot science)であると看做され た言語学に倣い、「文化の文法」を探究した(ギアツにとっては形容矛盾とも言うべき)法則定 立的な文化科学、あの構造人類学や特にエスノサイエンスが、ギアツによる解釈学的介入の標的 の一つであったということ、このことは、後述するように、言語研究と文化研究、より特定的に は言語学と文化人類学との、奇妙に屈折した関係を考察するときに是非、想起しておきたい事項 となっている(cf. 小山,2008:第1章)。
「厚い記述」という論文で素描された「理論」を体現してみせたもの、ギアツの唱えた民族誌
57 的なテクスト解釈学の文化記述の範例を一つだけ挙げるとするならば、それは、前掲シラバスに も示唆されているように、おそらく「ディープ・プレイ:バリの闘鶏に関する覚え書き」となろ う。この民族誌的なテクストにおいてギアツは、人間は象徴的な動物である、そして文化は儀礼
(play; 遊び、演劇)を通して示される象徴的秩序である、つまり儀礼が指し示す共同体・集団の
自己解釈である、というテーゼの範例を指し示そうと―つまり、このテクストをギアツ自らの 解釈学的文化理解の範例として解釈可能なものとして読者(いわば人類学的解釈共同体)に提示 しようと―するのである。
更に換言すれば、「ディープ・プレイ」においてギアツは、明らかに、階級や経済(マルクス)
に対するステータスや象徴の優位というウェーバー的な主張、ギアツにとってはバリ研究の先 達の一人であるベイトソンやゴフマンの遊びや演劇に関するコミュニケーション論的な考察、デ ュルケム以来の儀礼という近代社会文化論的トポス、カッシーラー=ランガー的な象徴の哲学、
そしてヴィクター・ターナー流の象徴人類学、これらを明示的ないし暗黙裡に指し示すような上 記のテーゼを、特定の含意された読者たちにとって受容可能なものとするような事例を指し示そ うとするのである。
こうしてたとえば、儀礼の周辺部、つまり集団の周辺的な成員たちを参与者として儀礼の空間 の周辺部で行われる「浅い遊び」(shallow play)では、ベンサム的な功利主義、金銭(「経済的」
なもの)がゲームの規則となっているのに対して、儀礼の空間の頂点、社会集団の中心的な成員 たちによって儀礼の場の中心で行われる「深い遊び」(deep play)で賭けられているものは、ま さしく、ウェーバーがマルクスなどに抗して示唆したように、金銭や経済などではなくステータ ス・地位、象徴的な意味・解釈なのであり、このようにしてこの闘鶏という儀礼は、功利主義や 機能主義に対する意味、象徴、解釈の優位というギアツのテーゼの真髄、解釈学の方法の真実を 体現してみせるものとして、まさしく「記述」、「解釈」されるのである。
相対的にミクロな次元で現れる、賭けをする人々の空間配置、他方、よりマクロな次元で措定 可能な、それらの人々が構成する地位の社会階層、これら両者を結びつける結節点となる(ブル デュー的に言うならば、両者の間に相同的な関係性を作りだす)のは、もちろん、デュルケム/
トーテム論以来の比較社会学が予想するように、儀礼なのであって、こうして「地位の賭博」と
「深い遊び」との相関関係、「金銭の賭博」と「浅い遊び」との相関関係、それらの間の相同構造 を体現する儀礼という出来事(闘鶏)は、ギアツが言うところの「社会的基盤の模型」、つまり 宇宙論的な、マクロな社会階層の指標的類像(indexical icon; diagram)、デュルケム的な集団 表象のダイアグラムとして自己表象するのである(cf. 小山,2008, 2009, 2011)、記号論的に 言うならば。(「厚い記述」でその著者が自らのアプローチを「記号論的」と特徴づけていること を想起されたい。)
そしてベイトソンを敷衍してギアツが説くように、プレイ・演劇・遊び・儀礼、つまりマクロ な異界に属する象徴・解釈体(interpretant)を、この世で、今こここの場で類像的に体現する 指標記号である出来事は、象徴記号を喚起する解釈実践、つまりは文化、そのプロトタイプ(範 例、モデル)となるのである。
約言すれば、ギアツにとって文化とは、文化の自己表象、自己解釈を通して―儀礼・遊びを 通して―構成されるものである。このようにして、文化とは、自己言及的、自己成就的、メ タ・コミュニケーション的、メタ語用的な営為、すなわち、象徴・解釈体を喚起し体現する出来 事による、その象徴・解釈と出来事自身が構成する宇宙の遂行的な刻印、前提的かつ創出的な自 己正当化の実践なのである。
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こうしてギアツ的な記述、厚い記述、解釈学的民族誌においては、儀礼・遊びを通して示され る象徴的秩序、文化の体制、その中心・頂点(symbolic center)に位置するのは、当然、象徴、
意味、解釈なのであり、功利主義や金銭は、いわば主役を際立たせるための脇役(阿呆役)、主 役の影(ネガ、シャドー)としてのみ存在するかのごとくである。自己成就する予言、あるいは 解釈学的循環論法、そのような印象をどこかで不可避的に生みだしつつ、しかしギアツの厚い記 述、解釈学的民族誌のテクストには、否定しがたいリアリティー、すなわちリアリティー効果が
―特に人類学的解釈共同体の内部に属する読者にとっては―生じているように思われる。
つまり、文化が循環論的なものであるように(上記参照)、ギアツの議論もまた循環論的であ り、そして文化がリアリティーを備えた出来事とその解釈というテクスト複合体であるように、
ギアツの記述もまたリアリティー効果を目指すテクストとなっているのである。こうしてギアツ においては、文化(バリ人たちのバリ)とその記述(ギアツのバリ)とは構造的な同一性を獲得 し、したがって、ギアツの厚い記述は、予め、正しい記述となっている。よってギアツにおいて は、「これは誰のテクストか」などといった問題、ポストモダン人類学を構成する問いは、起こ らない―つまり、テクスト内に登記されえない。
そのような問題は起こりようがないのである。民族誌の記述者と記述対象との間で、解釈の地 平は、予め、先験的に、つまり構造的に、共有・一体化されているのだから。
解釈学の地平=ギアツ的コスモロジーの中では、そのような前提化なしには、文化は理解= 理論化=テクスト化=民族誌化しようがないものとなるような何かとして予め措定・前提化さ れているのだから。
バリ人たち、ギアツ、その他、全てが、解釈テクストの実践としての文化という全体の中に予 め飲み込まれ、包含され、一体化・同一化しているのだから。
3. ギアツの子供たち:言語論的転回、再び
こうしてギアツは、いわば自然と、ギアツの子供たちを生みだした。言うまでもなく、これら、
ギアツの子供たち、たとえば、前掲のクラパンザーノやクリフォードの論考は、1980年代に起 こった実験的民族誌、ポストモダン人類学、そのマニフェストとでも呼べるような著作に掲載さ れたものである。
前者、つまり、クリフォードとマーカスが編集した『文化を書く』の第3章を成す、クラパ ンザーノの論文「ヘルメスのディレンマ」において展開されている議論は、実際、かなり単純 な構図、「パロール主義」とでも形容できる構図に集約しうるものである。ジョージ・キャトリ ン、ゲーテ、そしてギアツ、これら三者の他者記述に見られる修辞を順に論じたこの論文で、ク ラパンザーノの批判的考察の標的になっているのは、もちろん、ゲーテや、ましてはキャトリ ンなどではなく、ギアツである。ギアツの「ディープ・プレイ」の冒頭部では、ギアツ(とその 妻)が現れる。語りの出来事の参与者である著者ギアツ1によって一人称で言及指示されるこの 人物、語られた出来事の中のギアツ2は、しかし、やがて消え去り、著者ギアツ1によって三人 称で語られるバリ人たちの肖像、バリの文化を体現するとされる出来事の記述の中には、もはや ギアツ2の姿は含まれていない。つまり、ギアツ1=2(経験的=超越論的二重体、作者、近代的主 体)はもはや明示的な言及指示対象とはならず、バリ人たちの影に―あるいは肩の向こうに
―消え去るのだが、もちろん、そのバリ人たちの肖像には、使われざる一人称代名詞の言及 指示対象、作者ギアツ1と同一化されるようにメタ語用的に立ち上げられている語り手の声が響 き続けているのである。よって、語る主体と語られる主体、ギアツとバリ人、超越と経験とが、
59 ギアツ1=2に付与された自己同一性(の幻影)を獲得する。クラパンザーノも示唆しているよう
に、このような声の操作は、リアリズム人類学、より一般的にはリアリズム文芸の典型的な修辞
(trope)の一つであって、近代の言説空間においてリアリティー効果を生みだすために用いら
れる定型的な語用を借用したものにすぎない(cf. 小山,2011:第2章)。
近代文明・近代人類学とその不満、ギアツに対するクラパンザーノの不満は、リアリズムとリ アルの対比、民族誌的=ギアツ的な表象とフィールドでの現実(文化の現実)との間の対比を 前提として生成されていることは一目瞭然ではなかろうか。端的に言えば、彼の不満は以下のよ うなものである。つまり、「バリ人は『あなた』(二人称)ではなく『彼ら』(三人称)として民 族誌に現れる。実際のフィールドでは、もちろん『あなた』なのに。」などといった、いわば平
板な(flat-footed)語用論的な事実への気づきが、この論文の骨子・プロットの背後にあるもの
なのである。
クラパンザーノが文化の「現実」と看做していると思しきもの、彼が何らかの重要な意味で特 権化していると思われる言語の様態、それは、この論文がかなり明示的に述べているように、パ ロールであり、談話であり、(三人称と対比された)一・二人称の代名詞などのダイクシス(直 示)である(cf. 小山,2008, 2009, 2011, 2012)。彼がおそらくモロッコなどで「実際に」体 験し、そして回想、想像するところによれば、フィールドでのコミュニケーションの枠組みは次 のようなものとなる。
一方にギアツ(民族誌家)がいる。他方にバリ人(対象文化の住人)たちがいる。両者の間で 対話が行われる。この対話というコミュニケーションの枠組みでは、ギアツとバリ人たちは、相 互に、いわば互酬的に、(もちろん三人称による様々な言及に加えて)一人称と二人称をそれぞ れ使って、自分や相手に言及指示している。しかしながら、対照的に、ギアツの民族誌的、テク スト解釈学的な論文「ディープ・プレイ」では、どうであろうか。言うまでもなく、そこでは、
ギアツは書き手が自己言及する人称、一人称で言及指示されており、他方、バリ人たちはという と、三人称で語られる、(単なる)言及指示対象として語られる、などという不均衡な、更には 不平等な秩序、上記のような「実際の」フィールドでの対話的な現実とは乖離した構造が看取さ れるのである、著者とその権威(author(ity))によるメタ語用的統制の下に変容を蒙った、(ハ ーバーマスの物言いに倣えば「歪められた」)コミュニケーション構造が。
すなわち、上で見たような、フィールドでのコミュニケーションの枠組み、対話的な枠組みと は異なり、テクスト解釈学的な民族誌の枠組み、民族誌というジャンルのコミュニケーション 枠組みは、書き手(著者、民族誌家、ギアツ)が一方にあり、その読者たちが他方にあり、前者 から後者へと民族誌のテクストが「メッセージ」として送られる。そのメッセージの言及指示 対象として、確かに冒頭ではギアツが一人称で言及指示されたりするのではあるのだが、その 後、この人物はその声(語り手の声)を残して消え去り、バリ人たちがギアツのテクストで(三 人称で)語られる言及指示対象を事実上、独占することになる。そして三人称という人称の示す 非直示性、一般性、脱コンテクスト性に基づいて、ギアツによる「バリ人」一般についての記 述、「バリ人とは」、「バリ人らしい振る舞い」などといった類的な恒常的命題、永遠の真理がテ クスト化されることになるのである。テクスト解釈学的な民族誌家ギアツという著者とその権威
(author(ity))によるメタ語用的統制の下に。
したがって、クラパンザーノによるギアツ「批判」、テクスト解釈学「批判」は、まさしく批 判、すなわち、ギアツの行為に対してメタ・レベルに立つ行為、ギアツの行ったコミュニケーシ ョン行為(解釈学的文化記述)に対するメタ・コミュニケーション論的記述なのである(cf. 小
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山,2011, 2012)。ギアツの立つ位相とクラパンザーノのそれは階層が異なっているのだ。ギア
ツのそれが言及指示対象に焦点化したリアリズム、モダンな、あまりにモダンなリアリズムの民 族誌というジャンルに帰属するものとして自らを指標していたとするならば、クラパンザーノに よる記述は、民族誌というジャンルをコミュニケーションの一種として捉えたもの、つまり「コ ミュニケーションとしての民族誌」というテーゼを暗示するものとなっている。約言すれば、ク ラパンザーノなどによる介入は、解釈学のコミュニケーション論的転回、テクスト主義(テクス ト言語学、テクスト解釈学)の語用論的転回を果たし(え)たものとして再構成、「解釈可能」
なものなのである(cf. 小山,2011:第5章)。
・
他方、クリフォードが、その『文化の窮状:二十世紀の民族誌、文学、芸術』の第一章「民族 誌的権威について」で示した構図も、同様に単純な、メタ・コミュニケーション論的な比喩、実 際、クラパンザーノと大同小異な一個の比喩に基づくものである。そしてまた、この論考で批判 の標的になっているのも、再びギアツ、その近代テクスト解釈学的な民族誌の体制なのである。
ここではまず、クラパンザーノが描く前述のテクスト解釈学的な不均衡な構図と同等のものが、
クリフォードの描く図式にも看取されることを確認することから始めたい。すなわち、クリフォ ードによれば、一方に研究対象となる文化、古典的には「未開」の「非西洋」・オリエント、明 瞭で離散的な境界とその内部空間の同質性を付与された対象文化、他方でそれを認識・表象する 近代西洋の研究者という客観主義的な、「モダン」な認識論的構図が措定され、そこでは、対象 となる文化の小さな一部のみ(ミクロな出来事の一群のみ)を経験するフィールドワーカー(つ まりギアツ)が、その出来事の解釈を通して全体、文化全体(「バリ人とは」、「バリ文化とは」)
の記述へ至るという提喩を用いた一種の詐術、近代写実主義文学の比喩法を駆使した民族誌とい う虚構が、近代人類学的営為の中心に位置づけられているのである。(提喩・換喩と近代リアリ ズムとの結びつきに関するヤコブソンの古典的な洞察に関しては小山(2011: 第2章)などを参 照。)
それとは対照ペアを成すかたちで、クリフォードが提唱していると思しきポストモダンな構図 では、共にはっきりしない境界を持ち、内的な異質性、多声性、混淆性に溢れかえった「異な る」文化、研究対象となる文化と研究者自身の文化、これら両者間の対話、対話的相互行為こ そが文化研究=民族誌(文化研究と同一視された民族誌)の正体・本分なのであり、そこでは、
フィールドワーカーが「実際に」経験する断片が、生の現実、リアリティーとして提示されるべ きことが推奨されているかのようである。(再び、小山(2011: 第2章)を参照されたい。)
こうして研究対象となる文化と、他方、研究者自身の文化は等位接続され、よって研究者は、
自らの文化(そして自らの行為)をもまた研究対象とする、すなわちリフレクシヴ人類学に従事 する必要性が構造上、発生する。そして、不均衡で「帝国主義」的な認識・表象の体制を置換す べきものとして提示された、均衡な関係性と異質性・混淆性の横溢という地平の中で繰りひろげ られる対話という行為・実践の体制、そのような多声性と対話性・相互行為性という原理を権威 付けるためにこの論考で喚起/召還されているのは、予想されるように、バフチンの社会言語学
(トランス言語学)とバンヴェニストの語用論(パロールの学)なのである。
明らかに、クリフォードが肯定的に言及指示=支持する言語学は、パロール、談話、コンテ クスト、相互行為、ダイクシス(直示)の言語研究であり、そしてこれは、それと対照ペアを成