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(1)

― 会計基準変更が研究開発研究に与える問題 ―

著者 中尾 武雄

雑誌名 經濟學論叢

巻 57

号 4

ページ 57‑75

発行年 2006‑03‑20

権利 同志社大學經濟學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000008585

(2)

1 は じ め に

 企業会計基準が1999年度から変更された.これに伴って「研究開発費等に 係る会計基準」が新たに設定されたが2),これは財務データの研究開発費を使っ た研究に難しい問題を持ち込むことになった.本稿は,企業会計基準の変更 が企業の研究開発行動の研究に与えた深刻な問題にどのように対処するべき かに関して有益な情報を与えることを目的としている3)

 企業会計制度は学者の研究を促進するために存在しているのではない.し たがって,企業の行動など財務データを用いた研究が円滑に行われるように 考慮されているわけではない.このため新会計基準導入によって研究開発費 という新しい項目が追加されたことが4),研究開発に関する研究を行う上で とても便利になると同時に困難な問題をもたらすことになった.長い年月に わたって財務データを用いて企業の研究開発行動の研究をしてきた研究者で

【論 説】 

財務データを用いた研究開発研究の陥穽について

̶会計基準変更が研究開発研究に与える問題1)̶

  中 尾 武 雄  

1 )本稿の執筆に当たっては,平成17年度私立大学等経常費補助金特別補助高度化推進特別経費大 学院重点特別経費(研究科分)の助成をうけた.

2 )この企業会計基準の改定は,経済のグローバル化に対応したものであるが,その意義などにつ いては吉澤・小林(2003)を参照.

3 )研究開発関連データを用いて企業や産業の特徴を分析する研究の例を,筆者の論文で示せば,

Nakao(1979),(1993),中尾(2000),(2001)のようなものがある.

4 )研究開発関連費用を処理する方法としては,一般管理費として処理する方法と当期製造費用と して処理するなどの方法があるが,企業会計審議会(1998)によれば「一般管理費及び当期製造 費用に含まれる研究開発費の総額は,財務諸表に注記しなければならない」とされている.

(3)

あれば,この深刻な問題にも気づくであろうし,この問題を回避する方策も 持っているかもしれないが,大学生・大学院生や新しく研究開発に関する研 究を始めた研究者は,新会計基準導入が企業の研究開発費に関する財務デー タ発表の方法に与えた影響について情報を持っていなければ致命的な過ちを 犯す可能性がある5).本稿は,新会計基準導入が企業の研究開発関連データ にどのような影響を与えたのかを明らかにすると同時に,新会計基準導入に 対応した研究開発の望ましい研究方法を示唆し,財務データの研究開発関連 データが誤って利用されるのを防いで,研究開発関連研究を促進することを ねらいとしている.

 財務データを収集する方法にもいろいろある.各社から出ている有価証券 報告書に最も詳細な情報が記載されているが,現在では,研究用に財務デー タを収集するほとんどのケースで,すべてのサンプル企業の有価証券報告書 を直接見ることはないであろう.したがって,本稿では,財務データの収集

は日経NEEDSの財務データCD-ROMを使うことを前提にする.

 会計制度変更前の日経NEEDSの財務データCD-ROMでは,研究開発関連 のデータは開発費・試験研究費とされているが,実際には企業によって会計 基準が異なるため有価証券報告書での記載方法もさまざまで,例えば,研究 開発費,技術研究費,試験研究費,調査研究費,研究費,開発研究費などと されている.また,会計制度変更後でも,すべての企業が研究開発費という 用語を使っているわけではないが,日経NEEDSの財務データCD-ROMでは 研究開発費という項目で統一されている.したがって,本稿でも,会計制度 変更前の研究開発関連のデータ項目は「開発費・試験研究費」あるいは簡単 に「開試費」と記し,変更後は「研究開発費」と記す.

 本稿では,2章で研究開発関連データとして研究開発費と開発費・試験研 究費の2種類が存在するために生じる問題について分析し,3章では時系列

5 )大学院生や学部学生による財務データの研究開発関連データを使った研究は,会計制度変更に よって,研究開発関連データを誤って利用するなどかなりの混乱を起こしていると思われるが,

指導する教員が財務データに詳しくなければ,その混乱自体に気づいていない可能性もある.

(4)

データを用いて実証分析する場合に研究開発関連データをどのように扱えば よいかを考える.4章ではいろいろな考察の結果得られる結論を述べる.研 究開発関連のデータを実証分析で用いるときの処理方法のみに興味がある場 合には,この4章を読めば十分である.また,補論では「開発費・試験研究費」

という項目が貸借対照表と損益計算書の両方にある場合に,それらのデータ をどのように処理するべきかについて考える.

2 複数の研究開発関連データの問題

2. 1 研究開発費と開発費・試験研究費の定義上の差異

 グローバリゼーションに対応して2000年3月から会計基準が改定された が6),この変更によって財務データとしての研究開発費関連データの継続性 に異変が生じた.会計基準変更以前の研究開発関連財務データとしては,損 益計算書の販売費及び一般管理費の項目である「開発費・試験研究費」と貸 借対照表の資産の繰越資産項目の「開発費・試験研究費」があったが,会計 制度変更後では一般管理費及び当期製造費用などに含まれている研究開発支 出総額が「研究開発費」として公表されている.ところが,会計制度変更後 から2003年決算までの間の期間を見ると多くの企業が「開発費・試験研究費」

と「研究開発費」の両方のデータを公表している7).例えば,第 1 表には 1999年から2003年の5年間を通じて上場していて決算月の変更などがなかっ た企業3495社を対象に8),これらの3つのデータのいずれかを公表していた 企業数と「研究開発費」のみを公表していた企業数が示されている9).これ

6 )研究開発支出に関連した企業会計基準の改定が企業の会計方針や行動あるいは統計データなど に与えた影響については新日本監査法人(2004)や吉澤・小林(2003)で紹介されている.

7 )20003月期からは研究開発費が費用処理されているが,過去に繰延資産に計上された研究開 発費は償却が済むまで残る.この影響もあるが,それだけではないと思われる.

8 )正確には上場企業ではなく日経NEEDSの財務データCD-ROMでデータが収集可能な企業が対 象である.例えば,1999年決算で3888社,2003年決算では3725社あったが,5年間を通じて上 場していて決算月の変更の理由で年2回以上決算発表がなかった企業が3495社となる.

9 )企業会計基準改定後の日経NEEDSの財務データCD-ROMでは,研究開発関連のデータとして「開 発費・試験研究費」の項目が貸借対照表と損益計算書にあり,更に,「研究開発費」という項目が ある.序文でも述べたが,本稿では日経NEEDSの財務データCD-ROMの利用を前提としている ので,研究開発関連データの収集可能性についてはすべて日経NEEDSの財務データCD-ROM 基づいている.

(5)

から明らかなように,研究開発関連データを公表している企業で研究開発費 のみを公表している企業は10%から15%しかない10).その他の企業は,研究 開発関連データとして,複数のデータを公表しているのである.

研究開発データ 研究開発費のみ公表

決算年 公表企業数 企業数 比率(%)

1999年 1937 305 15.7

2000年 2155 238 11.0

2001年 2196 175 8.0

2002年 2165 272 12.6

2003年 2122 308 14.5

第 1 表 研究開発関連データ公表企業数

 損益計算書の販売費及び一般管理費の項目である「開発費・試験研究費」

と貸借対照表の資産の繰越資産項目の「開発費・試験研究費」については,

会計処理の方法が異なるだけであるが,開発費・試験研究費と研究開発費の 間には定義上の差があるため,これらを同一データとみなすことができない という問題がある.まずは,これら2つの定義の差異について説明する.研 究開発費については,企業会計審議会(1998)の定義に基づいている.これに よれば「研究とは,新しい知識の発見を目的とした計画的な調査及び探究を いう.開発とは,新しい製品・サービス・生産方法(以下,「製品等」という.)

についての計画若しくは設計又は既存の製品等を著しく改良するための計画 若しくは設計として,研究の成果その他の知識を具体化することをいう」と されている.この定義内容は,経済学で普通に研究開発という言葉を使うと きの内容と一致していると思われる11).これに対して,企業会計原則と関係

10 )以下では日経NEEDSの財務データCD-ROMの「研究開発費」という項目を示すのに単に研究 開発費と表示する.一般的な意味の研究開発費を意味する場合には,研究開発関連データあるい は研究開発費データと示す.

11 )企業会計審議会(1998)では研究開発費の内容は,「研究開発費には,人件費,原材料費,固定 資産の減価償却費及び間接費の配賦額等,研究開発のために費消されたすべての原価が含まれる」

とされ,研究開発費を構成する原価要素については「特定の研究開発目的にのみ使用され,他の 目的に使用できない機械装置や特許権等を取得した場合の原価は,取得時の研究開発費とする」

とされている.

(6)

諸法令の調整に関する意見書によれば,「試験研究費及び開発費は以下の通り 定義されている.

 ・ 試験研究費…現に営業活動を営んでいる企業が,新製品の試験的制作,

あるいは新技術の研究等のために特別に支出した金額.

 ・ 開発費…現に営業活動を営んでいる企業が,新技術の採用,新資源の開発,

新市場の開拓等の目的をもって支出した金額,並びに,現に採用してい る経営組織の改革を行うために支出した金額等」となっている12).した がって,試験研究費に問題はないが,開発費の方は研究開発費には含ま れない部分がある.具体的には,

   ①新資源開発    ②新市場開拓    ③新経営組織導入

   に伴う支出は開発費・試験研究費には含まれるが,研究開発費には含ま れない13)

 以上のように定義が異なるのであるから,旧会計制度の開発費・試験研究 費と新会計制度の研究開発費を同一のデータとして用いることには,理論的 には問題があるのは明らかである.

2. 2 データの収集可能性:1995-1999

 新会計基準で導入された研究開発費がある程度までさかのぼってデータが 入手できれば,これを使うのが最善の方法である.しかし,新会計基準が 1999年度から導入されたのであるから,当然ながら,研究開発費のデータを さかのぼって収集することはできない.そこで,研究開発費データがどれほ どさかのぼって入手可能か知るために,研究開発費と貸借対照表・損益計算 書の開発費・試験研究費のデータが収集できる企業数を1995年から1999年

12)吉澤・小林(2003,p.9)を参照した.

13 )これら以外にも,設備配置替の費用と特許などをそのまま使うケースも開発費に含まれるが,

研究開発費には含まれない.金融庁総務企画局(2004,p.13)及び吉澤小林(2003,p.5)を参照.

(7)

の間で調べてみた.その結果が第 2 表に示されている.この表より明らか なように,1995年決算で研究開発費が収集できる企業は53社でしかない.

1996年決算でも71社である.1997年決算になると334社に急増し,1998 年決算には1,674社,1999年決算には1,710社となっている.したがって,

1998年決算より古い期間では,研究開発費を利用して実証分析することは困 難である.

開発費・試験研究費

決算年 研究開発費 貸借対照表 損益計算書

1995 53 166 1609

1996 71 172 1647

1997 334 187 1680

1998 1674 194 1705

1999 1710 167 1710

第 2 表 研究開発費,開発費・試験研究費の公表企業数

 1997年決算より古い分析期間に対しては,さまざまな問題はあっても開発 費・試験研究費データを使うほかない14).難しい問題は,1997年決算より古 い期間と1998年決算より新しい期間を含むような実証分析をする場合に生じ てくる.これは企業や産業の時系列分析を行う場合には必ず該当するし,パ ネルデータ分析でも,分析期間がこの過渡期を含む場合には該当する.

2. 3 データの収集可能性:1999-2003

 1999年から2003年の決算については,第 3 表に詳細なデータが示されて いる15).この表は,1999年から2003年の5年間を通して上場していて,し

14 )既述のように開発費・試験研究費は,貸借対照表の繰延資産額と損益計算書の販売費・一般管 理費の両方に計上されるケースがあり,この場合の処理方法も問題となる.特に,貸借対照表の 繰延資産の償却額の処理方法が企業あるいは時期によって異なることが,この問題の処理を困難 にしている.これについては補論で議論している.

15 )1998年決算は,研究開発費を公表している企業数が1000以下となっているので分析の対象か ら除いている.

(8)

かも決算月を変更していない企業3,495社が対象である16).研究開発費か貸 借対照表の開発費・試験研究費か損益計算書の開発費・試験研究費を公表し ている企業は2,000社前後で,全企業の60%前後である.これらの研究開発 関連データを公表している企業のうち約80%から85%が研究開発費データを 公表している.また,研究開発費データを公表している企業の約80%が損益 計算書の開発費・試験研究費データも公表している.したがって,この5年 間に関しては,研究開発費でも開発費・試験研究費でもデータの収集は可能 である.

決算年 1999 2000 2001 2002 2003

研究開発関連データ公表 1937 2155 2196 2165 2122

比率(%) 55.4 61.7 62.8 61.9 60.7

貸借表・開試費のみ 40 21 21 19 14

損益書・開試費のみ 305 238 175 272 308 貸借表・損益書・開試費のみ 15 12 4 4 4 開試費のみ公表合計 360 271 200 295 326 比率(%) 18.6 12.6 9.1 13.6 15.4 研開費のみ 318 351 346 311 298 研開費と計算書・開試費 1164 1463 1586 1508 1490

研開費と貸借表・開試費 11 10 10 8 1

研開費公表企業 1577 1884 1996 1870 1796 比率(%) 81.4 87.4 90.9 86.4 84.6 研開費と2種の開試費 84 60 54 43 7 研開データ非公表企業 1558 1340 1299 1330 1373

第 3 表 研究開発関連データの公表方法:1999-2003

貸借表は貸借対照表,開試費は開発費・試験研究費,損益書は損益計算書,研開費は研究開発費を 意味する.以下の表でも同様である.

2. 4 研究開発費と開発費・試験研究費の統計数値の差異

 試験研究費・開発費と研究開発費の間には,2. 1で述べた①から③のよう

16 )記述のように,正確には上場企業ではなく日経NEEDSの財務データCD-ROMでデータが収集 可能な企業が対象である.分析対象の3,495社のうち1,031社は1999年計算から2003年決算の 間で上場企業ではない.

(9)

な定義の違いで統計値にも差が生じると思われる.しかし,これらの要因の 影響がどの程度重要であるかは企業によって時代によって異なる.もしこれ らの要因がほとんどの企業で無視できる水準であれば,旧会計制度の開発費・

試験研究費の項目のデータと新会計制度の研究開発費を同一のデータとして 用いることも可能である.これを確認するには,これらの2つの統計データ を比較すればよい.

 研究開発費と損益計算書の開発費・試験研究費の両方を公表している企業 のデータを用いて単純に相関係数を計算すると,1999年から2003年の間は,

0.92,0.93,0.92,0.95,0.95となる.また,研究開発費に対する損益計算書

の開発費・試験研究費の比率を調べるとかなり小さい値を示す企業が存在す るので,この比率が0.5より小さい企業を除いて相関係数を計算すると0.98,

0.98,0.98,0.99,0.98となる.ほとんど1に近い値であり,研究開発費と損 益計算書の開発費・試験研究費は数値的にはほぼ同じであるらしいことが推測 できるが,同一のデータとして処理してよいかどうかは明らかでない.もっ と詳細な分析が必要である.そこで研究開発費と損益計算書の開発費・試験 研究費の統計値の大小関係を詳しく分析した結果が第 4 表と第 5 表に示され ている.

 開発費・試験研究費には2. 1で述べられた①,②,③の項目が含められて いるのであるから,研究開発費より開発費・試験研究費の方が大きいと予想 されるが17),第4表から明らかなように,開発費・試験研究費が研究開発費 より大きいケースは45%から60%でしかなく,1999年を除けば約50%の企 業が研究開発費と開発費・試験研究費に同じ統計数値を記入している.また,

第5表によれば,50%から65%の企業では研究開発費・開発費・試験研究費 比率が0.8から1.2の間であり,これら統計量の差は20%以内にある.要す

17 )開発費・試験研究費の研究開発費に対する比率が1よりも著しく大きいケースが存在しているが,

これは開発費が重要な企業が存在するためかもしれない.反対に,研究開発費・開発費・試験研 究費比率が1より小さい企業も相当数存在する.これは例えば,研究開発費が損益計算書の販売・

管理費と製造原価に分けて計上され,日経NEEDSCD-ROMでは販売費・一般管理費の研究開 発費を開発費・試験研究費として記載している可能性が高い.

(10)

るに,50%から60%の企業では研究開発費と損益計算書の開発費・試験研究 費の差は大きくないのである.

決算年 1999 2000 2001 2002 2003 研開費≒損益書・開試費 539 823 926 892 873 研開費=損益書・開試費 462 736 861 832 814 比率(%) 37.0 48.3 52.5 53.6 54.4 研開費≠損益書・開試費 786 787 779 719 683 研開費<損益書・開試費 93 102 94 95 82 研開費>損益書・開試費 693 685 685 624 601 比率(%) 55.5 45.0 41.8 40.2 40.1 分析対象企業数 1248 1523 1640 1551 1497

第 4 表 研究開発費と開発費・試験研究費の大小関係による企業分布

開試費とは貸借対照表と損益計算書の開発費・試験研究費の合計のことである.また,≒は右辺の 左辺に対する比が0.98から1.02の間にあることを意味する.

年 1999 2000 2001 2002 2003

0−0.2 285 221 225 222 197

0.2−0.4 148 131 128 105 119

0.4−0.6 86 99 88 93 87

0.6−0.8 86 92 95 91 81

0.8−1.0 88 142 149 113 117

1.0−1.2 540 809 922 889 862

1.2−1.4 3 9 10 12 8

1.4−1.6 3 3 4 4 9

1.6− 9 17 19 22 17

第 5 表 損益計算書開試費・研究開発費比率の分布

3 時系列分析時の対処方法

 前章で,企業が研究開発費と開発費・試験研究費に関してどのような統計

(11)

データを公表しているのかが明らかになった.そこで,この章では,研究開 発関連の時系列データを用いて実証分析する場合の研究開発関連データの取 り扱い方法について考えてみる.

処理方法 1:分析対象期間を限定

 一番安全な対処方法は,分析対象期間を1998年決算以降にすることである.

ただし,今後しばらくの間は,時系列データとしてはサンプル数が少なすぎる.

例えば,現在の時点(2005年春)であれば入手可能なのは2003年決算までで,

6年分でしかない.したがって,この場合には時系列分析は困難であるから,

データが蓄積されるまではパネルデータ分析を行うしかない.

処理方法 2:サンプル企業を限定

 前章で述べたように,1999年から2003年の決算では,40%から55%の企 業が研究開発費と損益計算書の開発費・試験研究費で同一の値を記載してい る.これらの企業は,

 (イ)2. 1で述べた①から③に該当する項目に対して支出していない,

 (ロ) 繰延資産化した部分の償却額を含めた研究開発関連の費用を,損益計 算書の開発費・試験研究費以外の費用項目,例えば製造原価・営業外 費用・期間外費用に含めていない,

と思われる.これらの企業が1999年決算以前も,このような会計手法を採用 していたという保証はないが,そのように仮定して,研究開発費のデータが 入手できない古い期間については損益計算書の開発費・試験研究費を用いる 方法が考えられる.この場合には以下のような処理をする.

第1ステップ

 1999年から2003年の決算で研究開発費と損益計算書の開発費・試験研究 費が同一の企業を選択する.

(12)

第2ステップ

 研究開発費データをできるだけさかのぼって収集する.

第3ステップ

 研究開発費データが収集できない期間に対して損益計算書の開発費・試験 研究費データを収集する.

第4ステップ

古い期間の開発費・試験研究費データと新しい期間の研究開発費データをつ ないで,新しいデータを作成し,これを研究開発に対する支出を示す時系列 データとして分析を行う.

 繰り返しになるが,この方法の妥当性は,1999年から2003年の決算で研 究開発費と損益計算書の開発費・試験研究費で同一の値を記載している企業 は,それ以前の期間でも同一の会計基準を採用していたという仮定に依存し ている.しかし,考え方を変えれば,1999年から2003年の決算で研究開発 費と損益計算書の開発費・試験研究費が異なっている企業は,それ以前すな わち1999年より古い開発費・試験研究費のデータに研究開発費として適当で ない費用を含めていた可能性が高いということもできる.したがって,分析 対象期間が1999年以前の場合でも,1999年から2003年の決算で研究開発費 と損益計算書の開発費・試験研究費でほぼ同一の値を記載している企業のみ を選択するのが望ましい選択と思われる.

処理方法 3:データの修正

 時系列分析したい企業が,1999年から2003年の決算で研究開発費と損益 計算書の開発費・試験研究費で同一の値を記載していない場合には,最善の 対処方法はその企業の分析を諦めることである.しかし,どうしても分析せ ねばならない場合には,まずはその企業が第5表のどの行に該当するかを調 べる必要がある.研究開発費・開発費・試験研究費比率が,例えば0.8から 1.2の間にあれば,これらの2種類のデータはほぼ同一内容とみなすことがで

(13)

きる.したがって,1999年決算から2003年決算の間の研究開発費・開発費・

試験研究費比率の平均値を使って,古い開発費・試験研究費を修正してから,

それらのデータをつなぎあわせる方法が考えられる.このデータ作成方法は,

1999年決算から2003年決算の間の研究開発費と損益計算書の開発費・試験 研究費の格差の比率が,古い時代でも妥当するという仮定に基づいている.

したがって,このデータを使った分析の妥当性には深刻な疑義があるが,実 証分析の結果が経済学的に見て妥当であれば,有益な分析になる可能性もあ る.

 既述のように,会計制度変更前の期間の損益計算書記載の開発費・試験研 究費は,それほど信頼できるものではない.企業によって,あるいは時代によっ て,会計基準が異なっているため,研究開発関連のデータは,営業外費用や 期間外費用で処理されたり,製造原価に含められたりしている.1999年から 2003年の期間の研究開発費に対する開発費・試験研究費の比の平均値で修正 するのは,この部分を処理していると考えられる.修正しないままで開発費・

試験研究費を使うことは,研究開発費とはいえない2. 1で述べられた①から

③の開発費関連費用を含めた値を研究開発費として使うことになる.これは 研究開発費の研究のためには,(エラーを含んだデータを使っているという意味で)

確実に誤った選択である.1999年から2003年の期間の研究開発費に対する 開発費・試験研究費の比の平均値で修正するような方法は,恣意的で過ちを 冒す可能性はあるが,確実に誤った選択よりはよいであろう.

4 終 わ り に

 企業会計基準が1999年度から変更され,これに伴って企業が有価証券報告 書で公表する研究開発関連データにも変化が生じた.現在は,過渡期である ため,企業の財務データから研究開発関連データを収集して実証分析を行う 場合には注意が必要である.本稿では,研究開発関連データを用いて実証分 析を行う際に,企業会計基準改定で生じた変化にどのように対応するべきか

(14)

について考察した.その結果得られた対処方法は以下のようなものである.

(1)分析対象期間が1998年決算以降であれば,貸借対照表や損益計算書の開 発費・試験研究費は無視し研究開発費を利用するのがよい.

(2)分析対象が2000年と1999年決算を含む期間である場合には,1999年か ら2000年の損益計算書の開発費・試験研究費と研究開発費のデータを収集し,

これらの値が同一あるいはほぼ同一の企業のみを選択し,1999年以前は損益 計算書の開発費・試験研究費を使い,2000年以降は研究開発費を使うのが最 善の対処方法である18)

(3)分析対象が1999年以前の場合でも,1999年から2000年の損益計算書の 開発費・試験研究費と研究開発費のデータがほぼ同一の企業のみを選択して 分析するのが望ましい.

補 論 損益計算書と貸借対照表の「開発費・試験研究費」の関係

 ここでは損益計算書の販売費及び一般管理費の項目である「開発費・試験 研究費」と貸借対照表の資産の繰越資産項目の「開発費・試験研究費」につ いて分析する.旧企業会計基準では,研究開発関連費用は「明確な開発プロ ジェクトが存在し,かつ,それに関連する費用が正確に把握でき,あわせて,

その効果が将来にわたって発現することが明らかな場合は,繰延資産として 計上することとなる.具体的には,試験研究費,開発費として,繰延資産に 計上される.また,償却については,商法の規定にのっとり5年以内で償却 される」となっている19).また,その償却額は,営業外費用,製造原価,販 売費及び一般管理費,期間外費用で処理するとされているため20),繰延資産 と償却額の関係が明確ではない.償却額が営業外費用,製造原価,販売費及 び一般管理費のどこで処理されているかも明らかではないし,営業外費用や

18 )これらのデータが2000年以降も全く同一であれば,勿論,すべての期間で開発費・試験研究費 を使えばよい.

19)吉澤・小林(2003,p.10).

20)吉澤・小林(2003,p.10).

(15)

製造原価の場合には,その金額は公表されないのが普通である.販売費及び 一般管理費で計上される場合でも,他の開発費・試験研究費と合算されてい るのかどうかも不明である.要するに,企業によって,また時代によって研 究開発関連データの公表方法は異なっているのである.

 そこで,実際に公表されている損益計算書の「開発費・試験研究費」と貸 借対照表の「開発費・試験研究費」のデータを収集して,これらがどのよう な関係にあるかを統計的に分析してみよう.収集した財務データは1965年決 算から1999年決算までの35年で,この期間を通じて上場していて決算月の 変更などがない企業668社が対象である.第6表に,その収集結果が比較さ れている.第1欄の研究開発データ公表企業数は,668社のうち損益計算書 か貸借対照表の「開発費・試験研究費」にデータを公表している企業数,第 2欄の貸借対照表でのみ公表企業数は,貸借対照表の「開発費・試験研究費」

にのみ研究開発関連データを公表している企業数,第3欄は損益計算書の「開 発費・試験研究費」にのみ研究開発関連データを公表している企業数,第4 欄はこれらの両方に研究開発関連データを公表している企業数である.いず れも5年間の平均値である.

決算年 研究開発 データ公表

貸借対照表 でのみ公表

損益計算書

でのみ公表 双方で公表

1965-1969 317.6 98.8(0.31) 143.2(0.45) 75.6(0.24)

1970-1974 342.8 67.6(0.20) 213.8(0.62) 61.4(0.18)

1975-1979 379.8 44.6(0.12) 252.6(0.67) 82.6(0.22)

1980-1984 393.4 30.6(0.08) 293.0(0.74) 69.8(0.18)

1985-1989 417.2 18.2(0.04) 337.6(0.81) 61.4(0.15)

1990-1994 433.2 9.8(0.02) 380.4(0.88) 43.0(0.10)

1995-1999 437.4 8.4(0.02) 385.8(0.88) 43.2(0.10)

第 6 表 損益計算書・貸借対照表の「開発費・試験研究費」公表企業数

*括弧内は比率を示す.

 この表から明らかなように,1960年代から1970年代は貸借対照表で研究

(16)

開発関連データを公表している企業が相当数あったが,1980年代以降は減少 し,1990年代にはほとんどすべての企業が損益計算書で公表するようになっ た.したがって,1980年代以降を分析対象期間とする場合には,損益計算書 の開発費・試験研究費を使っても深刻な問題が生じる可能性は低い.しかし,

1960年代や1970年代は貸借対照表による研究開発関連データの公表が多い ため,完全に無視することはできない可能性もある.そこで,貸借対照表に も損益計算書にも開発費・試験研究費を公表している企業のデータを用いて,

貸借対照表の開発費・試験研究費に対する損益計算書の開発費・試験研究費 の比率の1965年から1999年の5年平均値を調べると6.6,8.2,10.2,9.3,9.7,

7.0,12.5となる.もし,すべての研究開発関連費用を繰延資産化していたと してもこれらの値は異常に大きい.そこで,貸借対照表「開発費・試験研究 費」・損益計算書比率の分布について詳細に分析すると第 7 表のような結果が 得られる.1960年代を除けば,損益計算書の開発費・試験研究費が貸借対照 表の開発費・試験研究費より大きいケースが50%から70%になることがわか る.すなわち,過半数の企業では,損益計算書の開発費・試験研究費が貸借 対照表の開発費・試験研究費の繰延資産額より大きいという結果が得られる.

公表年 2- 1.5-2 1-1.5 0.5-1 0-0.5

1965-1969 0.32 0.02 0.09 0.14 0.43

1970-1974 0.42 0.06 0.25 0.11 0.17

1975-1979 0.48 0.11 0.06 0.19 0.16

1980-1984 0.44 0.12 0.08 0.14 0.22

1985-1989 0.45 0.05 0.08 0.14 0.29

1990-1994 0.47 0.02 0.04 0.23 0.23

1995-1999 0.49 0.02 0.05 0.16 0.28

第 7 表 「開発費・試験研究費」損益計算書額・貸借対照表額比の分布

 このような結果が生じる理由としては以下のものが考えられる.

(イ) 多くの企業が研究開発関連費用のごく一部を繰延資産とし,一部を費用

(17)

処理していた21)

(ロ)繰延資産としての開発費・試験研究費の償却額が損益計算書の開発費・

試験研究費に加算されないで,損益計算書のほかの項目や損益計算書以 外の項目に含められた.

(ハ) 研究開発関連費用を繰延資産化を中止した企業でも,その後4年間は繰 延資産が残り,しかも次第に減少するため,損益計算書の開発費・試験 研究費に比較して異常に小さくなった.

 研究開発関連費用でも,繰延資産化される部分と費用処理される部分があ る場合には22),これら両方のデータを使って研究開発費用のデータを合成す る必要がある.繰延資産化された研究開発費用の償却額が,費用処理された 研究開発関連費用と同一扱いされて,損益計算書の開発費・試験研究費に含 められるとはかぎらない.もし,この償却額がすべて損益計算書の開発費・

試験研究費に加算されているのであれば,この開発費・試験研究費データを そのまま利用すればよいことになる.しかし,上記のように,過半数の企業で,

償却額は営業外費用,製造原価,期間外費用,あるいは販売費及び一般管理 費のその他の費用として処理されている可能性が高い.したがって,どのケー スでも妥当性を持つような形で,両方のデータを使って研究開発費用のデー タを合成することは不可能である.

 繰り返すが,簡単な対処方法は,損益計算書の開発費・試験研究費を公表 している企業のみを分析対象とすることである.会計制度改定後の期間で損 益計算書の開発費・試験研究費と研究開発費がほぼ同一の値の企業のみを選 択することが最も望ましい.しかし,何らかの事情でそれができない場合で,

しかも,貸借対照表で開発費・試験研究費を公表している企業も含める場合 には,以上のような状況を理解した上で,両データより合成する方がより望

21 )すべてを繰延資産にしていれば,償却額をすべて損益計算書に掲載しても,繰延資産額より大 きくなることは普通は起こりえない.

22 )研究開発関連費用の会計処理の方法が,繰延資産化から費用処理に変更されれば繰延資産が残 るため,貸借対照表と損益計算書に同時に研究開発関連費用が計上される.また,費用の種類によっ て繰延資産化したり,費用処理したりしている可能性もある.

(18)

ましい可能性もある.合成する最も簡単な方法は,これらの貸借対照表の開 発費・試験研究費に何らかの調整係数を乗じた後に,損益計算書の開発費・

試験研究費に加えることである.このときの調整係数はさまざまな値を試み て,最善の推定結果が得られるものを使うのがよいかもしれない.

(19)

【参考文献】

新日 本監査法人,(2004)『研究開発費・ソフトウェア会計の実務:新会計制度の実務問題』

中央経済社.

企業 会計審議会,(1998)『研究開発費等に係る会計基準の設定に関する意見書』(吉澤 健太郎・小林信一,(2003)「研究開発に関する会計基準の変更と企業の研究開発行 動」『調査資料−95』文部科学省・科学技術政策研究所に資料として添付)

吉澤 健太郎・小林信一,(2003)「研究開発に関する会計基準の変更と企業の研究開発行 動」『調査資料−95』文部科学省・科学技術政策研究所.

金融 庁総務企画局,(2004)『「財務諸表等の用語,様式及び作成方法に関する規則」の 取扱いに関する留意事項について(財務諸表等規則ガイドライン)』http://www.fsa.

go.jp/guide/guidej/kaiji/04.pdf.

中尾 武雄,(2001)「利潤率決定要因の統計的分析  日本製造業:1985年〜1999年  」

『経済学論叢』(同志社大学)第52巻第3号,pp.549-586.

   ,(2000)「製薬企業における広告・研究開発と利潤の関係について−パネルデー タ及び時系列データと多重方程式モデルの分析」『経済学論叢』(同志社大学) 第52 巻第1号, pp.1-28.

Naka o, Takeo, (1993) Market Shares, Advertising, R&D, and Profitability:An Empirical Analysis of Leading Industrial Firms in Japan, Review of Industrial Organization, Vol. 8, pp.315-328.

   , (1979) Profit Rates and Market Shares of Leading Industrial Firms in Japan, The Journal of Industrial Economics, Vol. 27, No.4, pp.371-383.

(20)

The Doshisha University Economic Review Vol.57 No.4

Abstract

Takeo NAKAO, A Pitfall of Research Using R&D Data in Firms' Financial Reports : An Effect of the Changes in Accounting Standard in Japan

  The introduction of the new accounting standards in Japan brought about a difficult problem when we do research using R&D data in firms' financial reports.

Crucial errors could be committed if researchers do not know the changes made in R&D data of firms' financial reports . This paper shows the differences in the contents of R&D data before and after the introduction of the new accounting standards and suggests the safe method of using R&D data that contain the period of the introduction of the new accounting standards. By preventing the wrong use of R&D data, this will help promote research on R&D.

参照

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